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審決分類 審判 全部無効 商4条1項7号 公序、良俗 無効とする(請求全部成立)取り消す(申し立て全部成立) W283043
管理番号 1421590 
総通号数 40 
発行国 JP 
公報種別 商標審決公報 
発行日 2025-04-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2024-05-09 
確定日 2025-02-18 
事件の表示 上記当事者間の登録第6727993号商標の商標登録無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 登録第6727993号の登録を無効とする。 審判費用は被請求人の負担とする。
理由 第1 本件商標
本件登録第6727993商標(以下「本件商標」という。)は、「ポアロ」の文字を標準文字で表してなり、令和5年3月1日に登録出願、第28類「おもちゃ,人形」、第30類「コーヒー豆,コーヒー,ココア,茶,菓子(肉・魚・果物・野菜・豆類又はナッツを主原料とするものを除く。),パン,サンドイッチ,中華まんじゅう,ハンバーガー,ピザ,ホットドッグ,ミートパイ」及び第43類「飲食物の提供」を指定商品及び指定役務として、同年8月18日に設定登録されたものである。

第2 引用標章
請求人が、本件商標の登録の無効の理由として引用する標章(以下「引用標章」という。)は、「ポアロ」の文字を横書きしてなる標章であり、イギリスの推理作家アガサ・クリスティの小説に登場する名探偵の名称として、我が国はもとより世界中で著名になっていると主張するものである。

第3 請求人の主張
請求人は、結論同旨の審決を求め、その理由(商標法第46条第1項第6号に基づく同法第4条第1項第7号、同項第15号及び同項第19号)を審判請求書において要旨以下のように述べ、証拠方法として甲第1号証ないし甲第49号証を提出した(枝番号を含む。なお、以下、枝番号の全てを示すときは、枝番号を省略する。)。
1 本件商標
本件商標は、その構成文字に照応して「ポアロ」の称呼を生じ、また、当該「ポアロ」の文字は、後述するとおり、イギリスの著名な推理作家アガサ・クリスティ氏の小説に主人公として登場する名探偵の名称として我が国及び世界中で広く知られたものであり、これ以外の意味合いを有しないことから、本件商標に接する取引者及び需要者は、本件商標から専ら「イギリスの著名な推理作家アガサ・クリスティ氏の小説に主人公として登場する名探偵」を想起するというべきであり、かかる観念が本件商標から生じる。
2 請求人及び引用標章の周知著名性
(1)請求人
請求人である「アガサ クリスティ リミテッド」(Agatha Christie Limited)は、「オリエント急行殺人事件」、「ABC殺人事件」、「ナイルに死す」、「死との約束」等、数々のミステリー小説の著者として世界的に知られるイギリスの推理作家アガサ・クリスティ氏の著作物についての世界における著作権・商標権その他の法律上の権利を管理・保護する法人として、1955年にイギリスで設立され、アガサ・クリスティ氏のひ孫がその代表を務めている(甲2〜甲4)。
本件商標を構成する「ポアロ」の文字は、アガサ・クリスティ氏の著作である「オリエント急行殺人事件」等の推理小説に主人公として登場する名探偵、エルキュール・ポアロの名称として、我が国はもとより世界中で著名となっており、ポアロが主人公として登場するアガサ・クリスティ氏の一連の作品(33の長編・54の短編・1つの戯曲)は、「名探偵ポアロシリーズ」と呼ばれ、シリーズ最初の作品である「スタイルズ荘の怪事件」が1920年に発表されて以来、現在に至るまでの100年以上にわたり、我が国をはじめとする世界中の読者の間で読み継がれ、親しまれている(甲5の1、甲6)。このことは、株式会社教育社発行の「架空人名辞典 欧米編」に、「ポアロ」の見出しのもとに、架空の人物でありながらも「ポアロ」というキャラクターの特徴について具体的に紹介されていることからも明らかである(甲7)。
小説「名探偵ポアロシリーズ」の著者であるアガサ・クリスティ氏は、1976年に死亡しており(甲5の2)、著作権の存続期間を死後70年とする日本の著作権法においては、小説「名探偵ポアロシリーズ」の著作権は本件商標の登録査定時である令和5年8月14日において存続している。
このように、我が国及び世界中で著名な引用標章「ポアロ」と同一の文字からなる本件商標が無関係の第三者により使用された場合、アガサ・クリスティ氏の著作物についての著作権・商標権その他の法律上の権利を管理・保護している請求人の業務との関係で、広義の混同を生じさせるおそれが高く、また、請求人の商標の識別力希釈化するおそれが高い。したがって、請求人が、当該混同ないし希釈化を防除すべく、本件無効審判を請求することにつき利害関係を有していることは明らかである。
(2)小説「名探偵ポアロシリーズ」の書籍の売上高、印税及び販売数量
「名探偵ポアロシリーズ」と呼ばれる、ポアロが主人公として登場するアガサ・クリスティ氏の一連の作品(33の長編・54の短編・1つの戯曲)の我が国における直近7年間(2016年から2022年)の紙の書籍、電子書籍、オーディオブックのすべての形態を含む書籍の売上高、印税及び販売数量は甲8に記載のとおりである。
(3)「名探偵ポアロシリーズ」の翻案作品
「名探偵ポアロシリーズ」は、アガサ・クリスティ氏の原作小説に加え、劇場公開用実写映画、テレビ放送用ドラマ作品(実写版)、アニメーション作品、舞台作品(演劇)、漫画作品(コミック)、ゲームソフトといった多様なメディア及び方法を通じた翻案作品が我が国及び世界で多数製作・発表されている。「名探偵ポアロシリーズ」は、原作のみならずこれらの様々な翻案作品を通じて、多数の読者及び視聴者の間に親しまれており、シリーズ最初の作品が公開された1920年から現在に至るまで、100年以上にわたって世代を超えて世界的な人気を維持し続けている。
下記に示す翻案作品は、いずれも請求人の許諾を受けて製作されたものである。請求人は、「名探偵ポアロシリーズ」に基づく翻案作品の許諾に際しても、原作や「ポアロ」というキャラクターの価値が損なわれることのないよう細心の注意を払っていることはいうまでもない。
なお、我が国においては、「ポアロ」の原語表記である「POIROT」に対応する片仮名表記として、作品により「ポアロ」及び「ポワロ」の2つが混在して使用されているところ、これは、原語の発音を片仮名に変換する際の表記の方法の違いにすぎず、いずれもアガサ・クリスティ氏の小説に登場する名探偵ポアロを指していることに変わりはない(甲5の1)。
ア 劇場公開用実写映画(甲5の1、甲9〜甲17)
イ テレビ放送用ドラマ作品(実写版)(甲5の1、甲18〜甲25)
ウ アニメーション作品(甲26、甲27の1)
エ 舞台作品(演劇)(甲27の2〜4)
オ 漫画作品(コミック)(甲28〜甲31)
カ ゲームソフト(甲32〜甲35)
(4)我が国及び世界における商標登録
請求人は、令和6年4月19日の時点で、引用標章「ポアロ」をアルファベット表記した「POIROT」の文字からなる商標について、我が国において複数の商標登録を有している(甲36、甲38)。
また、請求人は、海外においても、「POIROT」の文字からなる商標、「POIROT」の文字を現地語で表記した商標、及び「POIROT」の文字を構成に含む商標についての登録を多数有している(甲39)。
(5)小括
以上のとおり、引用標章は、我が国及び世界中において、イギリスの推理作家として著名なアガサ・クリスティ氏の著作として世界的にベストセラーとなった推理小説シリーズ「名探偵ポアロシリーズ」に主人公として登場する名探偵の名称として、我が国及び世界中で周知著名となっていたことは明らかである。
3 商標法第4条第1項第7号該当性
(1)本件商標登録を維持することは国際信義に反する
本件商標は、「ポアロ」の片仮名を標準文字にて表してなる商標であり、当該「ポアロ」の文字は、上述のとおり、本件商標の登録査定時である令和5年8月14日において、イギリスの著名な推理作家であるアガサ・クリスティ氏の著した世界的ベストセラー小説に主人公として登場する名探偵の名称として、我が国及び世界中で広く知られていたものである。「ポアロ」が主人公として登場するアガサ・クリスティ氏の作品(33の長編・54の短編・1つの戯曲)は「名探偵ポアロシリーズ」と呼ばれ、シリーズ最初の作品である「スタイルズ荘の怪事件」が発表された1920年から現在に至るまでの100年以上にわたり、我が国及び世界中の読者の間で読み継がれ、極めて高い人気を維持し続けている。また、「名探偵ポアロシリーズ」を原作とする映画、テレビドラマ、演劇、漫画、ゲームソフト等の翻案作品も我が国及び世界中で多数製作・発表されているところ、原作である小説及びこれらの翻案作品のいずれにおいても、「ポアロ」は、左右対称にきれいに整えられた口ひげと、独特の訛りのある話し方、そしてこだわりが強く、親切で礼儀正しい性格を持ち、ひとたび探偵として事件に立ち向かうと、そのたぐいまれな観察力と洞察力、直観、さらに豊富な知識と不屈の探求心により、もつれた糸をほぐすように解決していくという、具体的な人物設定を有するキャラクターとして一貫して描写されている。そのため、これらの作品に接した世界中の人々の間に共通した「ポアロ」のイメージが醸成されることとなり、そのキャラクターは世代や国境を超えて多数の需要者の間に親しまれてきた。そのため、「ポアロ」(POIROT)の語からは、日本語においても他の言語においても「アガサ・クリスティの小説に主人公として登場する名探偵」との観念が一義的に生じるものであり、それ以外の観念を想起することはない。
このように、「ポアロ」は世界中の需要者の間で親しまれてきた架空のキャラクターの名称であり、当該キャラクターを生み出したアガサ・クリスティ氏と何ら関係のない第三者である被請求人が、我が国で「ポアロ」の語からなる本件商標についての登録を維持することは、国際信義に反する。
請求人は、「名探偵ポアロシリーズ」を含むアガサ・クリスティ氏の著作物についての世界における著作権・商標権その他の法律上の権利を管理・保護する法人であり、アガサ・クリスティ氏のひ孫であるジェームズ・プリチャード氏がその代表を務めている。請求人は、オフィシャル・ウェブサイト(甲2)等を通じて「名探偵ポアロシリーズ」をはじめとするアガサ・クリスティ氏の作品及びこれらを原作とする映画、テレビドラマ、演劇、漫画、ゲームソフト等の翻案作品の価値の保存・維持に努めるとともに、我が国をはじめとする世界各国・地域において、「POIROT」の文字からなる商標、「POIROT」の文字を現地語で表記した商標、及び「POIROT」の文字を構成に含む商標についての登録を有し、またライセンス契約の締結・管理を行うことによって、その文化的・商業的な価値の維持管理にも努めてきたものである。このように、世界中で広く親しまれてきた「名探偵ポアロシリーズ」の文化的・経済的な価値の維持・管理に努力を払ってきた法人である請求人が存在する状況において、請求人とは何ら関わりのない第三者が、その作品に登場する著名な主人公の名称と同一の文字からなる商標について出願を行った結果、特定の指定商品又は指定役務との関係で当該商標を独占的に利用できるようになり、請求人又は請求人から許諾を受けた者による利用を排除できる結果になることは、商標権が存続期間の更新を繰り返すことにより半永久的に保有することができる点も考慮すると、公正な取引秩序の維持の観点からみて不当というほかなく、公益に明らかに反するものである。そして、被請求人は、アガサ・クリスティ氏の作品である「名探偵ポアロシリーズ」及びその主人公の名称として著名な「ポアロ」の商標の文化的・経済的な価値の維持に何ら関わってきた者ではないことから、被請求人に本件商標の指定商品及び指定役務との関係で「ポアロ」の文字の利用の独占を許すことは到底できない。
よって、本件商標の登録を認めることは、公正な取引秩序を乱し、公序良俗を害する行為であって、国際信義に反する。
(2)本件商標出願の経緯は社会的相当性を欠き、登録を認めることは商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ない
被請求人は、本件商標を出願する約7か月前の令和4年8月15日付けで、「喫茶ポアロ」との文字を標準文字にて表してなる商標(以下「別件商標」という。)について、第30類及び第43類に属する商品及び役務を指定する出願を行った(甲41)。特許庁の審査において、別件商標は、漫画作品「名探偵コナン」において使用される語であり、同漫画作品とコラボレーションした飲食店等において宣伝文句として使用されたり、商品名として使用されたりする実情があることを踏まえると、別件商標をその指定商品又は指定役務に使用した場合、これに接する需要者は、上記漫画作品を連想、想起し、その商品又は役務が、あたかも上記作品と組織的、経済的に何らかの関係がある者の業務に係る商品又は役務であるかのように、商品又は役務の出所について混同を生ずるおそれがあるとして、商標法第4条第1項第15号に該当するとの拒絶理由が通知された(甲42)。
これに対し、被請求人は、令和5年1月19日付け提出の意見書において、「喫茶ポアロ」の文字はただちに「名探偵コナン」を想起させるものではなく、むしろその構成中の「ポアロ」の文字部分から、アガサ・クリスティ氏の推理小説に登場する架空の名探偵「エルキュール・ポアロ」を想起、連想するものであると反論した(甲43)。
被請求人による上記意見書は、本件商標の出願日のわずか41日前に提出されていることに鑑みると、被請求人が、「ポアロ」の文字がアガサ・クリスティ氏の推理小説に登場する架空の名探偵の名称として我が国及び世界中において周知著名であることを十分に把握・理解したうえで本件商標の出願を行ったことは明らかである。
このような別件商標の出願の経緯に照らしても、被請求人が、アガサ・クリスティ氏の作品やその翻案作品を通じて世界中の人々の間で長年にわたり親しまれてきた「ポアロ」のキャラクターイメージやその著名性にあやかるべく、「ポアロ」の語の有する顧客吸引力に便乗して不当な利益を得る目的をもって、本件商標について登録出願し登録を受けたものであることは明らかである。
よって、請求人と何ら関係のない一個人である被請求人が本件商標を独占して使用することは、社会公共の利益に反し、公の秩序を乱すものであって、商標を保護することにより、商標を使用する者の業務上の信用の維持を図り、需要者の利益を保護するという商標法の目的に反するものであるから、本件商標の登録を認めることは、公正な取引秩序を乱し、商道徳に反する。
(3)過去の裁判例及び特許庁の審決
商標法第4条第1項第7号該当性について判断した判決及び審決等においても、無関係の第三者によってなされた著名な小説、映画、アニメーション作品等の登場人物やキャラクターの名称についての商標出願は、公正な商取引・商標秩序を乱すものであり、ひいては国際信義に反し、商標法第4条第1項第7号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当すると判断されており、その判断要素としては、他人の標章の存在を知っていたと推認される事情、当該作品が文化的・経済的価値を有するものとして世界的に高く評価されている事情、当該作品を通じて一貫して共通のイメージが形成されていることにより商標から一義的な観念が想起される事情などが挙げられている(甲40、甲45〜甲47)。
(4)小括
以上の裁判例及び審決にみられる商標法第4条第1項第7号の認定に至る説示からしても、上記(2)及び(3)のとおり、本件商標は、公正な商取引・競業秩序を乱すものであり、ひいては国際信義に反するものであることが明らかであり、登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあって、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないものである。したがって、本件商標は、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標として、商標法第4条第1項第7号に該当する。
4 商標法第4条第1項第15号該当性
(1)本件商標と引用標章との類似性の程度
上述のとおり、本件商標は、引用標章とは外観、称呼、観念のいずれの要素についても同一のものであるから、商標全体としての対比においても互いに同一であることは明らかであり、本件商標と引用標章は全く同一の商標である。
(2)引用標章の周知著名性及び独創性の程度
上述のとおり、本件商標の登録出願時において、引用標章は、アガサ・クリスティ氏の世界的ベストセラー小説に主人公として登場する名探偵の名称として我が国及び世界中で周知著名となっていた商標であって、当該主人公が登場する一連の作品(33の長編・54の短編・1つの戯曲)は「名探偵ポアロシリーズ」と呼ばれ、100年以上もの長きにわたり世代を超えて多くの読者に読み継がれており、それらを原作とする映画やテレビドラマ等の翻案作品も世界中で多数製作・発表されることによって、引用標章は世界中の人々の間に広く知られているに至っている。
また、引用標章は、アガサ・クリスティ氏の小説に主人公として登場する名探偵の姓であって、具体的な人物像(甲7)を持つ架空の人物の名称として、一連の小説はもとより、これらを原作とする映画、テレビドラマ、演劇、漫画、ゲームソフト等の翻案作品においても、我が国及び世界中において一貫して描写されており、その独創性は高度のものである。そのため、引用標章からは、「アガサ・クリスティの小説に主人公として登場する名探偵」との観念が一義的に生じ、それ以外の観念を想起することはない。
したがって、引用標章の周知著名性及び独創性の程度は極めて高い。
(3)本件商標の指定商品・指定役務と引用標章が使用されうる商品・役務の関連性
本件商標の指定商品及び指定役務は、第28類「おもちゃ,人形」、第30類「コーヒー豆,コーヒー,ココア,茶,菓子(肉・魚・果物・野菜・豆類又はナッツを主原料とするものを除く。),パン,サンドイッチ,中華まんじゅう,ハンバーガー,ピザ,ホットドッグ,ミートパイ」及び第43類「飲食物の提供」である。他方、引用標章は、アガサ・クリスティ氏の小説に登場する主人公の名称であるところ、小説や映画、アニメーション作品等の登場人物(キャラクター)の名称が、本件商標の指定商品及び指定役務の分野である、おもちゃ・菓子・食品等の商品や、カフェ・レストラン等のサービスについて商標として使用されることは一般的に行われている。
実際に、2015年2月には、我が国において「名探偵ポアロシリーズ」を出版する株式会社早川書房が、東京都千代田区神田に所在する本社ビルにある喫茶店「サロンクリスティ」において、名探偵ポアロをテーマにしたカフェ「カフェ・ポアロ」を期間限定でオープンした(甲49の1〜3)。
ほかにも、小説や映画、アニメーション作品等の登場人物(キャラクター)の名称が、おもちゃ・菓子・食品やカフェ・レストランの名称として使用されている事例は、我が国において多数確認できる(甲49の4〜11)。
(4)商品・役務の需要者の共通性
本件商標の指定商品及び指定役務の需要者は、広く一般消費者であるといえる。これに対し、引用標章は、アガサ・クリスティ氏の推理小説に登場する主人公の名称であって、当該小説を原作とする映画、テレビドラマ、演劇、漫画、ゲームソフト等の娯楽作品も多数製作・発表されているところ、これらの娯楽作品の読者及び視聴者もまた広く一般消費者である。
したがって、本件商標の指定商品及び指定役務と引用標章が使用される商品及び役務は、その需要者が共通する。
(5)その他取引の実情
商標の類否判断は、商標が使用される商品及び役務の主たる需要者層その他商品及び役務の取引の実情を考慮し、需要者の通常有する注意力を基準として判断しなければならないところ、本件商標及び引用標章に共通する需要者である一般消費者は、必ずしも商標について詳細な知識を持つ者が多数含まれるとはいえず、商品を購入したりサービスの提供を受けたりする際に、商品のメーカーやサービスの提供主体に対して払われる注意力は必ずしも高いとはいえない。そして、そのような一般消費者が、引用標章と全く同一の本件商標に接した場合、引用標章の周知著名性と両商標の同一性により、アガサ・クリスティ氏の推理小説に登場する主人公としての「ポアロ」を想起する可能性は極めて高い。
(6)小括
以上を総合して考慮すると、本件商標をその指定商品及び指定役務に使用するときは、これに接する取引者・需要者において、「イギリスの著名な推理作家であるアガサ・クリスティ氏の小説に主人公として登場する名探偵」を想起・連想し、本件商標を使用することにつき、アガサ・クリスティ氏の著作物についての世界における著作権・商標権その他の法律上の権利を管理・保護する法人である請求人から許諾を受けている等、請求人と関係のある営業主の業務に係る商品及び役務であるかの如く認識して取引にあたると考えられるため、その出所について混同を生ずるおそれがあり、本件商標は、商標法第4条第1項第15号に該当する。
5 商標法第4条第1項第19号該当性
(1)引用標章の周知著名性
上述のとおり、本件商標の登録出願時において、引用標章は、アガサ・クリスティ氏の著作として世界的にベストセラーとなった推理小説シリーズ「名探偵ポアロシリーズ」に登場する主人公の名称として、我が国及び世界中で周知著名となっている商標であって、作品中に描かれた主人公「ポアロ」の個性的なキャラクターとともに、広く世界中の人々の間で世代を超えて親しまれているものである。したがって、引用標章は、商標法第4条第1項第19号に規定する「他人の業務に係る商品を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標」に該当する。
(2)本件商標と引用標章の類似性
上述のとおり、本件商標と引用標章は全く同一の商標である。
(3)被請求人の「不正の目的
ア 本件商標が、独創性の高い引用標章と全く同一の商標であること
引用標章は、上述のとおり、本件商標の登録出願時において、アガサ・クリスティ氏の著作として世界的にベストセラーとなった推理小説シリーズ「名探偵ポアロシリーズ」に登場する主人公の名称として我が国及び世界中で周知著名に至っている商標であった。
そのうえ、引用標章を構成する「ポアロ」の文字は、上述のとおり、アガサ・クリスティ氏の小説に登場する主人公の姓であって、具体的な人物像を持つ架空の人物の名称として、一連の小説はもとより、これらを原作とする映画、テレビドラマ、演劇、漫画、ゲームソフト等の翻案作品においても、我が国及び世界中において一貫して描写されており、その独創性は高度のものである。そのため、日本語の「ポアロ」及びそのアルファベット表記である「POIROT」のいずれからも、「アガサ・クリスティの小説に主人公として登場する名探偵」との観念が一義的に生じ、それ以外の観念を想起することはない。
一方、本件商標は、引用標章と全く同一の「ポアロ」の文字からなる商標であり、周知著名な引用標章を知らずに偶然の一致をもって本件商標を創作のうえ採択したものであることなどあり得ない。したがって、被請求人による本件商標の登録出願は、他人の周知著名な商標を日本において先取り、あるいは、商品及び役務を市場から排除する等の不正な意図をもってなされたことが容易に推認でき、本件商標が被請求人によって剽窃的に登録出願されたものであることは明らかである。
イ 被請求人が別件商標「喫茶ポアロ」の出願において引用標章の周知著名性を主張していたこと
こうした被請求人の不正の目的は、上述のとおり、被請求人が本件商標を出願する約7か月前に出願した別件商標「喫茶ポアロ」(甲41)についての特許庁による拒絶理由通知書(甲42)に対する意見書(甲43)において、「喫茶ポアロ」の文字は「名探偵コナン」を想起させるものではなく、その構成中の「ポアロ」の文字部分から、むしろアガサ・クリスティ氏の推理小説に登場する架空の名探偵「エルキュール・ポアロ」を想起、連想するものであると、引用標章の周知著名性を主張していたとの事実によっても裏付けられる。被請求人による当該意見書は、本件商標の出願日のわずか41日前に提出されていることからも明らかなとおり、被請求人が、引用標章の世界的な周知著名性を十分に把握・理解し、これが多大な顧客吸引力を有するものであることを明確に認識したうえで本件商標の出願を行ったことは、別件商標のこのような出願の経緯に照らしても明らかである。
ウ 以上のとおり、被請求人は、我が国及び世界中で周知著名な引用標章の存在を知ったうえで、引用標章が日本において登録出願・登録されていないことを奇貨として、引用標章を日本において先取りし、その強力な顧客吸引力にただ乗りフリーライド)することによって利益を得る不正な目的をもって、引用標章と全く同一の本件商標を出願したことは明らかである。
(4)小括
以上のとおり、本件商標は、その登録出願時及び登録査定時において、アガサ・クリスティ氏の著作として世界的にベストセラーとなった推理小説シリーズ「名探偵ポアロシリーズ」に登場する主人公の名称として我が国及び世界中で周知著名に至っていた引用標章と同一の商標であって、被請求人が、引用標章について、いまだ日本国内で商標登録・出願がなされていないことを奇貨として、日本において先取り、あるいは、請求人による我が国市場への参入を阻害し、請求人の商標の著名性へのただ乗り、その出所指標力の希釈化等、請求人に損害を与える不正の目的をもって使用するものであるから、本件商標は、商標法第4条第1項第19号に該当する。
6 むすび
以上のことから、本件商標は、その登録出願時及び登録査定時において、商標法第4条第1項第7号、同法4条第1項第15号及び同法第4条第1項第19号に該当していたものであるから、同法第46条第1項第1号の規定により、その登録は無効とされるべきである。

第4 被請求人の答弁
被請求人は、請求人の主張に対し、何ら答弁していない。

第5 当審の判断
1 請求人は、引用標章に関する法律上の権利を管理・運営する者であり、本件審判を請求することの利害関係がある旨を主張するところ、被請求人からは答弁はなく、当事者間に争いがないものであり、請求人が本件審判の請求について利害関係を有すると認める。
以下、本案に入って審理する。
2 請求人について
請求人は、1955年にイギリスで設立された、イギリスの推理作家アガサ・クリスティの著作物についての世界中の文芸及びメディア関係の権利を管理・保護する法人である(甲2〜甲4)。
また、請求人は、日本及び海外において、引用標章「ポアロ」の欧文字表記である「POIROT」の文字からなる商標又は当該文字を現地語で表記した商標、及び「POIROT」の文字を構成中に含む商標について商標登録を有している(甲36〜甲39)。
3 引用標章の周知著名性について
(1)請求人の主張及び提出に係る証拠によれば、以下のとおりである。
ア 小説「名探偵ポアロシリーズ」(以下「ポアロシリーズ」という。)
「ポアロ(Poirot)」は、アガサ・クリスティによって創作された、「ポアロシリーズ」に主人公として登場する名探偵の名称である(甲5の1)。
「ポアロシリーズ」は、1920年に最初の作品が発表されて以来、33の長編・54の短編・1つの戯曲が制作され、世界中で親しまれており、我が国においてもほぼ全ての作品が翻訳及び刊行されている(甲3、甲5の1、甲6)。
「ポアロシリーズ」において、ポアロは、丁寧な物腰、たぐいまれな観察力や洞察力、直感、豊富な知識や不屈の探究心などといった特徴を持つキャラクターとして描かれている(甲7)。
イ 「ポアロシリーズ」の翻案作品
(ア)映画
「ポアロシリーズ」の小説を原作とした映画は、1931年から2023年にかけて12作品が製作され、我が国では1975年から2023年までに7作品が劇場公開された(甲5の1、甲9〜甲15)。そのうちの1作品(オリエント急行殺人事件、1974年)は、米国内では約3500万ドルの興行収入を記録し、同年度のアカデミー賞助演女優賞を受賞した(甲9)。
また、2017年から2023年にかけて米国で製作された「オリエント急行殺人事件」(2017年)、「ナイル殺人事件」(2022年)及び「名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊」(2023年)の3作品は、劇場公開時に雑誌やインターネットに取り上げられて話題となり、このうち、「オリエント急行殺人事件」の我が国における配給収入は約16.2億円、「ナイル殺人事件」の我が国における興行収入は5.4億円にのぼった(甲3、甲4、甲13〜甲17)。
(イ)テレビドラマ(実写版)
イギリスで製作された「ポアロシリーズ」の小説を原作とする実写版のテレビドラマは、世界で10億人が視聴されたとされ、我が国においても、1990年から2014年の25年間にわたり、日本語吹き替え版が放送された(甲5の1、甲18、甲20)。その他、2005年から2021年にかけて、我が国において、「ポアロシリーズ」の小説を原作とするドラマが製作、放送され、そのうちの1作品は、「東京ドラマアウォード2015」の単発ドラマ部門でグランプリを受賞した(甲21〜甲25)。
(ウ)アニメーション作品
2004年から2005年にかけて、我が国において、「ポアロシリーズ」の小説を原作とするアニメーション作品が放送された(甲26、甲27)。
(エ)舞台作品、漫画作品(コミック)及びゲームソフト
2019年から2022年にかけて、我が国において、「ポアロシリーズ」の小説を原作とする舞台作品(演劇)が製作・上演された(甲27)。
また、我が国において、「ポアロシリーズ」の小説を題材とした漫画作品が発表された(甲28〜甲31)。
さらに、2020年から2024年にかけて、我が国及び外国において「ポアロシリーズ」の小説を原作としたゲームソフトがリリースされた(甲32〜甲35)。
(2)上記(1)からすれば、「ポアロシリーズ」は、アガサ・クリスティにより、1920年以降、33の長編、54の短編及び1つの戯曲が製作され、それらは我が国を含め世界中において親しまれている。また、「ポアロシリーズ」の小説を翻案した映画、テレビドラマ、アニメーション作品、舞台作品、漫画作品及びゲームソフト等、種々の作品が多数製作されており、それらの高い興行成績や受賞歴も踏まえれば、ポアロシリーズは、世界中に広く知られた作品であるということができる。
そうすると、引用標章「ポアロ」は、「ポアロシリーズ」に主人公として登場する名探偵の名称として、そのキャラクターとともに世界的な知名度を有するに至っているものであり、「ポアロシリーズ」が、1920年より長年にわたって製作、公開されていることからすれば、その知名度は、本件商標の登録査定時はもとより、現在も継続しているといえる。
4 商標法第4条第1項第7号の該当性
上記3のとおり、引用標章は、ポアロシリーズに登場する名探偵の名称として、本件商標の登録査定時には、広く認識されていたといえる。
また、「ポアロ」は、1920年に最初の作品が製作されて以降、一貫して、丁寧な物腰や、観察力や洞察力などを備えたキャラクターとして描写されており、「ポアロ」の語から、他の観念を想起するという事情も見あたらない。
そして、請求人は、上記2のとおり、「ポアロシリーズ」を含むアガサ・クリスティの著作物についての世界中の文芸及びメディア関係の権利を管理・保護し、我が国を含む世界各国において引用標章に係る商標を登録するなど、その商業的な価値の維持管理にも努めてきたものとみることができる。
さらに、請求人は、被請求人が、本件商標の出願の直前に行った別の登録出願に係る意見書において、「ポアロ」が著名である旨言及したと主張しているところ、そのような経緯があることも踏まえれば、本件商標の採択にあたり、引用標章の周知性や顧客吸引力に便乗して、不正の利益を得ようとする目的をもって、本件商標を登録出願したといえるものであって、請求人と関わりのない第三者である被請求人が、最先の商標出願を行った結果、特定の指定商品との関係で当該商標を独占的に使用できるようになり、請求人による使用を排除できる結果となることは、商標登録の更新が容易に認められており、その権利を半永久的に継続することも可能であることなども考慮すると、公正な取引秩序の維持の観点からみても相当とはいい難い。
また、被請求人は、引用標章の世界的な知名度、顧客吸引力及び商業的価値の維持に何ら関わってきたものではないから、本件商標の指定商品及び指定役務との関係においてではあっても、「ポアロ」の語の使用の独占を認めることは相当ではなく、本件商標の登録は、公正な取引秩序を乱し、公序良俗を害するものというべきである。
したがって、「ポアロ」の文字からなる本件商標は、商標法第4条第1項第7号に該当する。
5 商標法第4条第1項第15号及び同項第19号の該当性
(1)商標法第4条第1項第15号について
本件商標は、「ポアロシリーズ」に主人公として登場する名探偵の名称として著名な引用標章と同一又は類似するものであるとしても、請求人自らが、引用標章を自己の業務として商品又は役務に使用している事情は見いだせないから、引用標章は、請求人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして使用する商標ということはできない。
してみれば、被請求人が本件商標をその指定商品及び指定役務について使用をしても、これに接する需要者が、その商品及び役務が他人(請求人)又は同人と経済的、組織的に何らかの関係がある者の業務に係る商品及び役務であると誤認し、商品及び役務の出所について混同するおそれはないものとみるのが相当である。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第15号に該当しない。
(2)商標法第4条第1項第19号について
本件商標は、「ポアロシリーズ」に主人公として登場する名探偵の名称として著名な引用標章と同一又は類似するものであるとしても、請求人自らが、引用標章を自己の業務として商品又は役務に使用している事情は見いだせないから、引用標章は、請求人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして使用する商標ということはできない。
してみれば、本件商標は、他人(請求人)の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標ということはできないから、本号が適用される要件を欠くものである。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第19号に該当しない。
6 むすび
以上のとおり、本件商標は、商標法第4条第1項第15号及び同項第19号に該当しないものの、同項第7号に該当するものであり、その登録は、同条第1項の規定に違反してされたものであるから、同法第46条第1項の規定により、その登録は無効とするべきである。
よって、結論のとおり審決する。
別掲
(行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、この審決に係る相手方当事者を被告として、提起することができます。 (この書面において著作物の複製をしている場合の御注意) 本複製物は、著作権法の規定に基づき、特許庁が審査・審判等に係る手続に必要と認めた範囲で複製したものです。本複製物を他の目的で著作権者の許可なく複製等すると、著作権侵害となる可能性がありますので、取扱いには御注意ください。
審理終結日 2024-12-03 
結審通知日 2024-12-05 
審決日 2024-12-24 
出願番号 2023021309 
審決分類 T 1 11・ 22- Z (W283043)
最終処分 01   成立
特許庁審判長 旦 克昌
特許庁審判官 小林 裕子
大島 康浩
登録日 2023-08-18 
登録番号 6727993 
商標の称呼 ポアロ 
代理人 稲葉 良幸 
代理人 小林 奈央 
代理人 廣中 健 
代理人 田中 克郎 

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