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審決分類 審判 全部無効 商4条1項7号 公序、良俗 無効としない W30
管理番号 1390910 
総通号数 11 
発行国 JP 
公報種別 商標審決公報 
発行日 2022-11-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2021-09-10 
確定日 2022-10-11 
事件の表示 上記当事者間の登録第6410977号商標の商標登録無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。
理由
第1 本件商標
本件登録第6410977号商標(以下「本件商標」という。)は、別掲1のとおりの構成よりなり、令和3年4月30日に登録出願、第30類「茶」を指定商品として、同年6月24日に登録査定、同年7月2日に設定登録されたものである。

第2 引用商標
請求人が本件商標の登録無効の理由に引用する登録第1539981号商標(以下「引用商標」という。)は、別掲2のとおりの構成よりなり、昭和54年6月6日に登録出願、第29類に属する商標登録原簿に記載のとおりの商品を指定商品として、同57年9月30日に設定登録され、その後、平成14年7月3日に指定商品を第30類「茶,コーヒー,ココア,氷」及び第32類「清涼飲料,果実飲料」とする指定商品の書換登録がされたものであり、現に有効に存続しているものである。

第3 請求人の主張
請求人は、本件商標の登録を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、その理由を要旨以下のように述べ、証拠方法として甲第1号証ないし甲第25号証(枝番号を含む。)を提出した。
1 請求の理由
本件商標は、商標法第4条第1項第11号及び同項第7号に該当するから、同法第46条第1項第1号により、その登録は無効にすべきものである。
2 具体的な理由
(1)請求の利益について
本件商標は、請求人の登録商標「庵」と類似し、これを第30類「茶」に使用するときは、取引者、需要者間に商品の出所について誤認混同を生じさせるおそれがあり、請求人にとって極めて不利益となるから、本件無効審判請求をすることについて利害関係を有する。
(2)請求人と被請求人との交渉の経緯について
ア 請求人について
請求人は、「玉露園」の名称で90年以上にわたり、主にこんぶ茶や、お茶の製造、販売を業として行ってきた企業である。
そして、昭和57年9月30日に、引用商標について商標登録を受け、その後、指定商品の書換登録により指定商品は、第30類「茶」ほかとなった。以来、長年にわたり「こんぶ茶」や「茶」などに引用商標を使用している。
イ 被請求人の「庵」の使用と交渉の経緯について
(ア)平成16年頃、被請求人(当時の「丸山製茶株式会社」)は、商品「茶」について、「庵(いおり)」の文字を大きくした商標を使用していたため、請求人は、平成16年12月29日付けの文書にて使用の中止の警告を発した(甲3)。その結果、丸山製茶株式会社は、平成17年3月5日付けで使用の中止と謝罪をしている(甲4)。
(イ)その後、令和3年2月頃に、被請求人は、自社のカタログ「茶話(Sawa)春号(2021年)」の掲載商品「茶」において、再度、商標「庵」を大きく使用していたので、同年3月5日付け文書において、商標の使用中止とカタログの回収を求めた(甲5)。
(ウ)これに対し、被請求人は、同月13日付け「回答書」において、カタログ内に「庵」の文字が大きく使用されていることに対しては、再発防止を徹底する旨述べるとともに、カタログの回収は困難なため、次号からは「庵」の文字を大きく使用しないことを約した(甲6)。
(エ)請求人は、上記回答書に対し、具体的な処置が記載されていなかったことから、カタログ及び茶袋等の廃棄を求めるとともに、請求人に生じた費用の請求を求めた(甲7)。
(オ)上記請求人の警告に対し、被請求人は、同年4月14日付け「回答書」において、「茶話(Sawa)春号(2021年)」の残数2060部については、3月13日時点で廃棄処分とし、全ての点で使用中止とした。同封の「茶話(Sawa)新茶号(2021年)」(甲9)では、「きみくらの庵」と表記を改め、「庵」の文字を単体で使用せず、「庵」との識別を明確にした。現在、「きみくらの庵」にて商標出願中であり(甲23)、商標登録が認められたら、引き続きカタログ等に「きみくらの庵」の使用を継続する旨回答している(甲8)。
(カ)上記の回答書に対し、請求人は、具体的な処置が記載されていないこと、また、最新の「茶話(Sawa)新茶号」でも改善が見られないこと、及び以前(平成16年12月29日付け警告書)にも同様の事例があり、警告書発送の3か月後に使用中止の確認をしていることなどから、その商標の使用の中止を求めた(甲10)。
(キ)その後、被請求人は、同年5月19日付け「連絡書」において、請求人が商標権侵害を主張する理由は、カタログの表記において「庵」のフォントを「きみくらの」のフォントよりも大きくした点にあると見受けられるが、「きみくらの」の文字は判読を妨げるほど小さなものではなく、「きみくら」という当社の名称を付すことで、当社の製品と容易に認識できるなどと述べ、よって、両商標は非類似であるから請求人の商標権を侵害しない旨主張した(甲11)。
(ク)上記の被請求人の「連絡書」に対し、請求人は、同年6月14日付けの文書において、「きみくらの」の文字を小さく、「庵」の文字を大きく表すことは、「庵」の文字部分も独立して自他商品の識別標識としての機能を有するものであるから、請求人の登録商標「庵」と類似するものである。よって、被請求人の主張は受け入れられないから、商標の使用中止と中止できない場合は使用料の請求を求める旨回答をした(甲12)。
(ケ)被請求人は、同年7月7日付け「連絡書」において、カタログに表した「庵」の漢字を大きく表した態様の「きみくらの庵」の商標の登録が認められたので、請求人の登録商標「庵」の商標権を侵害しないことは明らかになったなどと述べた(甲13)。
以上が交渉の経緯であるが、請求人は、「きみくらの」の文字を小さく書し、「庵(いおり)」の漠字を圧倒的に大きく書した本件商標及びその使用商標は、請求人の登録商標「庵」と類似するものと確信する。
また、本件商標の指定商品である第30類「茶」は、引用商標の指定商品に含まれる。よって、本件商標は、引用商標と類似し、かつ、その指定商品も同一又は類似するから、商標法第4条第1項第11号に違反して登録を受けたものといわざるを得ない。
加えて、本件商標の出願の過程において、被請求人側に信義則に違反する行為があったため、本件無効審判請求に及んだものである。
(3)商標法第4条第1項第11号について
ア 本件商標と引用商標の類否について
(ア)称呼の類否
本件商標は、「きみくらの」の平仮名文字と「庵」の漢字とを縦書きし、「庵」の右側に「いおり」のルビを付した構成からなるものである。(「庵」の漢字とその右側に小さく書された「いおり」の振り仮名文字の全体を表示するときは、単に「庵(いおり)」と表記する。)
そこで、「きみくらの」と「庵」は、それぞれ平仮名文字と漢字で表してなるから、その字体を異にする上、その大きさも「庵」の漢字は、「きみくらの」の平仮名文字の約3倍程度と圧倒的に大きく書してなるものであるから、両文字は視覚上、分離して把握されるものである。
また、本件商標を構成する上部の「きみくら」の平仮名文字は、被請求人の商号「きみくら株式会社」の略称であり、これに所属等を表す格助詞「の」の文字を介し、漢字「庵」を結合してなるものであって、「きみくらの」と「庵」の文字とが一体となって特定の熟語を形成する語でもない。
そうすると、本件商標中、特に大きく目立つ態様で書された「庵」の漢字部分を分離して把握しても何ら不自然ではなく、むしろ、圧倒的に大きく目立つ態様で書された「庵」の文字に取引者、需要者は着目し、簡易迅速を旨とする商取引においては、この部分の称呼をもって商取引に当たることも決して少なくないものといわざるを得ない。
したがって、本件商標からは「キミクラノイオリ」の一連の称呼のほか、簡易迅速を旨とする商取引においては、個別商品の識別標識である「庵(いおり)」の文字部分を捉え、これより単に「イオリ」の称呼をもって取引に当たることも少なくないから「イオリ」の称呼をも生じるものといわなければならない。
他方、引用商標は、やや太い筆記体で「庵」の漢字を書してなるから、これより「イオリ」又は「アン」の称呼を生じることは明らかである。
したがって、本件商標と引用商標とは、ともに「イオリ」の称呼を共通にする類似の商標というべきである。
(イ)観念及び外観の類否について
本件商標は、その構成中「庵(いおり)」の部分も独立して自他商品の識別標識としての機能を果たすものであるから、該「庵」の文字より「僧などが住む小さな住居」等の観念を生ずるものである。
他方、引用商標「庵」からも同一の観念を生じることは明らかであるから、両商標は、上記の観念を共通にする類似の商標である。
また、外観についても、本件商標中の「庵」の漢字と引用商標の「庵」の漢字は、共に「庵」の漢字からなるから、外観上類似するものといえる。
イ 以上のとおり、本件商標と引用商標とは、共に「イオリ」の称呼を同じくし、また、「僧などが住む小さな住居」の観念を共通にするものであって、その外観においても類似するものであるから、両商標は、その称呼、観念及び外観において類似する商標といわなければならない。
また、本件商標の指定商品である第30類「茶」は、引用商標の指定商品中の第30類の指定商品中に含まれるものである。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第11号に該当するものであることは明らかである。
(4)商標法第4条第1項第7号について
商標法第4条第1項第7号は、公序良俗に反する商標の登録を拒絶する規定と解されるところ、同号は、商標自体が矯激卑猥の商標に限らず、その出願の過程において信義誠実の原則に反して登録を受けた商標や、他人の商標を劉窃したような商標等も同号に該当するものと解される。
この点、被請求人は、本件商標の出願前の令和3年3月13日付け請求人宛ての書簡において、「カタログ内の表記に「庵」の文字が大きく書されていることについて、貴社にご迷惑をかけたことを深くお詫びし、また、カタログについては、次号より「庵」の文字を大きくしないことをお約束します。」などと述べている。
また、同年4月14日付け「回答書」において、「現在、「きみくらの庵」を出願中であり、商標登録が認められましたらカタログ、資材に「きみくらの庵」の使用を継続する所存です。」と述べている。
すなわち、被請求人は、「庵」の文字を大きくしないこと、4月14日時点での出願中の商標の態様で使用を継続する旨の回答を示しているところ、それにも拘わらず、被請求人は、上記の出願中の「きみくらの庵(いおり)」について、令和3年4月21日付けで登録査定を受けると、「庵(いおり)」の文字を「きみくらの」の文字より約3倍大きくした本件商標を同年4月30日付けで出願し、同年7月2日に登録を受けているのである。
被請求人は、請求人に対し、当時、「出願中の商標の態様で使用する所存です。」と述べながら、これが登録査定を受けると、直ちに「庵(いおり)」の文字を「きみくらの」の文字よりも圧倒的に大きくした態様の本件商標を出願し登録を受けたものであり、このような被請求人の出願の行為は、この間、請求人と被請求人との間で交わされた「きみくらの庵」商標の使用に関する交渉経緯に照らせば、回答書に示された意思とは相反する行為をしたことになるから、このようなことは商道徳に反し信義誠実の原則に反する行為といわざるを得ない。
よって、本件商標は商標法第4条第1項第7号に違反して登録を受けたものというべきである。
(5)結語
以上のとおりであるから、本件商標は、商標法第4条第1項第11号及び同第7号に違反して登録されたものであり、同法第46条第1項第1号の規定により、その登録は無効とされるべきものである。

第4 被請求人の答弁
被請求人は、結論同旨の審決を求めると答弁し、その理由を要旨次のように述べ、証拠方法として乙第1号証ないし乙第13号証(枝番号を含む。)を提出した。
1 答弁の理由
(1)無効審判の請求の利益について
本件商標と引用商標の両商標が類似するとの主張は否認する。「本件商標を第30類「茶」に使用するときは、取引者、需要者間に商品の出所について誤認混同を生じさせるおそれがあり、請求人にとってきわめて不利益となる」との請求人の主張は否認する。
(2)請求人について
請求人が長年にわたり「こんぶ茶」や「茶」などに登録商標「庵」を使用していることは否認する。なお、請求人が登録第1539981号商標「庵」を長年にわたり「こんぶ茶」や「茶」などに使用していると主張するのであれば、その証拠を提出すべきである。
(3)請求人と被請求人の交渉の経緯について
平成16年から平成17年当時、請求人と丸山製茶株式会社との間で、甲第3号証ないし甲第4号証に示される文書の取り交わしがあった。
被請求人は、令和3年2月頃にカタログ「茶話(sawa)春号2021spring」(乙1)を発行した。当該カタログで被請求人が商標「庵」を大きく使用していたとの請求人の主張は否認する。被請求人は、請求人より、甲第5号証に示される令和3年3月5日付けの文書を受領した。また、甲第6号証に示される文書を、被請求人から請求人に令和3年3月13日付で送付した。またその後、甲第7号証ないし甲第13号証に示される文書の取り交わしがなされた。
なお、乙第1号証に示されるカタログにて被請求人が、掲載商品「茶」において「庵」の文字を使用していたことに関して、単独で商品を識別する標識として使用されたものではない。
(4)商標法第4条第1項第11号について
本件商標「きみくらの庵(いおり)」は、別掲1のとおりの構成であり、「庵」の漢字部分の文字の大きさが、「きみくらの」の平仮名文字部分やルビ部分である「いおり」文字よりも大きく書されている。なお、「きみくら」の平仮名文字部分は、被請求人の商号「きみくら株式会社」の略称であり、被請求人はこの略称「きみくら」について商標権を所有している(乙2)。
本件商標のうち「きみくら」部分は、上述のように商標登録されており(乙2)、出所識別標識としての称呼、観念が生じる部分であることからすると、「庵」の文字以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じる場合に該当するから、本件商標の構成文字の一部である「庵」の文字を抽出し、この部分だけを引用商標と比較して類否判断することは許されないというべきものである。
また、本件商標のうち「きみくら」部分は、上述のように商標登録されており、構成文字中識別力のある部分に該当するものである。一方で「庵」の文字は「草木を結びなどして作った質素な小屋、小さな家。僧や世捨て人の仮ずまいするもの。」(乙4)などの意味を有する文字であるが、指定商品「茶」との関係においては、上記「きみくら」部分よりは相対的に識別力が小さい文字ともいうことができる。なぜならば、「庵」の文字は我が国において室町末期から桃山期にかけて発展した日本式の茶道において、茶を出してもてなすための茶室の名称に多く使用される文字であるからである。具体的には、1582年に千利休が作ったとされる茶室「待庵」(国宝)、織田有楽(織田信長の弟)が作ったとされる「如庵」(国宝)、小堀遠州が作ったとされる「密庵席」(国宝)、古田織部が作ったといわれる「燕庵」、等が挙げられる(乙5)。このように、「庵」の漢字は古くは室町時代から本件商標に係る指定商品「茶」との関係において切っても切り離せない関係を有しており、したがって本件商標の構成文字中、「きみくら」部分は相対的に識別力が大きく、「庵」部分は相対的に識別力が小さいというべきものである。そうすると本件商標のように「庵」部分が大きく書してあったとしても、識別力のある「きみくら」部分からも称呼、観念を生ずることは明らかであるから、本件商標の構成文字の一部である「庵」の文字を抽出し、この部分だけを引用商標と比較して類否判断することは許されない。
請求人は、被請求人の令和3年5月19日付け「連絡書」(甲11)の「当社では「きみくらの庵」の他に「きみくらの誉」、「きみくらの朝露」、「きみくらの若摘」などの商品を販売しているところ、これらの商品との区別のために各パッケージ等では、「庵」、「誉」、「朝露」、「若摘」のフォントサイズをある程度目立たせる必要がある」との説明に対して、審判請求書において「各商品を区別(識別)するために、「庵」、「誉」、「朝露」、「若摘」の各文字を大きく表示する意図が窺える」とし、さらには「これらに接する取引者・需要者も被請求人の上記意図と同様に理解し、「庵」、「誉」、「朝露」、「若摘」などの各文字は各商品を識別する標識として捉え、いわば独立して商標としての機能を有する部分と理解、認識し、この部分をもって商取引に当たる場合も少なくないものといわざるを得ない」と主張している。しかしながら、被請求人が「庵」文字のフォントサイズを目立たせる方法で表示しているのはあくまで本件商標「きみくらの庵(いおり)」を補足説明するためである。すなわち、カタログ(乙1)において示されるように、「庵」表示のすぐそばに「きみくらの庵」の商標表示があることから、取引者・需要者は「庵」文字が商品を識別する標識として捉えるとは考えにくく、あくまで「きみくらの庵」商標を意味する表示であると自然に捉えられるものである。また、上記連絡書でも述べたとおり、被請求人が「庵」文字を使用するのは、自社カタログ中に掲載されている自社の複数の緑茶商品の区別を行うためであって、他社の商品との区別をするための使用ではないことは明らかである。このように被請求人は自他商品識別機能を発揮させる態様で「庵」文字を表示しているとはいい得ないものであるから、請求人の主張は失当である。
してみれば、本件商標からは「キミクラノイオリ」の一連の称呼のみが生じるものであり、「イオリ」の称呼は生じるものではないことは明らかである。
次に観念について検討する。本件商標は上述のとおり、その構成中「庵(いおり)」の部分は独立して自他商品の識別標識としての機能を果たすものではなく、本件商標「きみくらの庵(いおり)」全体から「きみくら株式会社が所有する小さな住居、茶室」などの観念を生ずるものである。他方、引用商標「庵」からは「僧などが住む小さな住居」等の観念を生ずるものであるから、両商標は観念において類似しない。
さらに外観について検討すると、本件商標「きみくらの庵(いおり)」は、楷書で縦書きに書してなる外観を有するから、「毛筆で書した外観」を有する引用商標「庵」とは明らかに非類似であるといえる。
なお、仮に本件商標の構成中から「イオリ」の称呼が生じるとしても、引用商標は毛筆で「庵」の漠字を書してなり、上述のとおり指定商品「茶」との関係において「庵」の文字(称呼、観念)は比較的識別力が小さい文字である(乙5)から、本件商標と引用商標とを、称呼、外観及び観念を総合的に対比し観察した場合には、「毛筆で書した外観」及び観念上において著しく相違するものであり、それが称呼の共通性を凌駕するものであるから、両商標は全体として明らかに非類似の商標というべきである。
以上のとおり、本件商標と引用商標は、その称呼、観念及び外観のいずれにおいても類似するものではない。よって、本件商標は商標法第4条第1項第11号に該当するものではない。
(5)商標法第4条第1項第7号について
商標法第4条第1項第7号は「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」について商標登録を禁止する規定であるところ、その意義は、社会的・公的な観点において信義に反する場合に、商標登録を禁止しようとするものであって、私人間の交渉経緯等において道徳的な是非を規定しようとするものではないことが明らかである。
また、商標法の法目的(商標法第1条)には「商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もって産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護する」と掲げられているとおり、上記法目的の下において、被請求人は自らの事業に関する商標を自由に選択できるものである。
乙第11号証は被請求人の会社としての沿革を示すものである。乙第11号証に示されるとおり、平成3年に「丸山製茶株式会社」の通信販売部門として「有限会社お茶の里城南」が設立されると共に、平成21年にお茶専門店である「茶菓きみくら」がオープンした。被請求人である「きみくら株式会社」は、上記通信販売と店舗を一体化して令和2年に設立されたものであるが、この沿革からも明らかなように「株式会社お茶の里城南」時代からの顧客を多数有しているものである。そして、本件商標は、「株式会社お茶の里城南」時代から長年使用を継続し信用が化体していた商標「城南の庵(いおり)」(乙第12号証、登録第4485554号商標)の、業務上の信用を引き継ぎつつも新たな客層の顧客にアプローチするために、新社名に対応した本件商標を選択し、甲第23号証に示される横書きの商標「きみくらの庵(いおり)」(登録第6385593号商標)及び縦書きの本件商標を商標出願すると共に権利所有するに至ったものである。
上述のように、請求人が指摘する本件商標の出願の経緯、及び、請求人との間で交わされた交渉経緯は、被請求人の事業に鑑みて通常の営業努力に相当するものである。
被請求人は甲第6号証に示される令和3年3月13日付「回答書」において、「次号より表記を改め「庵」の文字を大きく使用しないことをお約束いたします」と述べ、さらには「きみくらの庵」について商標出願中であること及び請求人の「庵」との識別を明確とすることを述べている。また、甲第6号証(審決注:「甲第8号証」の誤記と認める。)に示される令和3年4月14日付「回答書」において、「茶話(Sawa)新茶号(2021)カタログでは、「きみくらの庵」と表記を改め「庵」の文字を単体で使用せず」、「資材については(中略)「庵」単体での使用の実績はなく、「きみくらの庵」と表記し貴社「庵」との識別を明確にして参りました。」と述べている。すなわち被請求人は当初より、上述の商標法第4条第1項第11号の項目でも述べた「きみくらの庵」と「庵」とは別異かつ非類似の商標であるとの理解及び信念に基づいて、「庵」の文字を単体で使用しないことを請求人に約束すると共に、請求人の主張に対して、カタログの表記などに関して誠実に対応したものである。
甲第23号証に示される横書きの商標「きみくらの庵(いおり)」(登録第6385593号商標)に関して、被請求人は令和3年4月27日付けで登録査定を受けて商標権を所有するに至り、それを甲第11号証に示される「連絡書」により請求人に連絡した。また同「連絡書」において、「庵」のフォントを「きみくらの」のフォントよりも大きく記載したとしても、毛筆で書された「庵」の文字で構成される請求人の引用商標とは非類似である旨主張した。しかしながら請求人は、甲第12号証に示される書面において被請求人の上記主張に反論した。そのため、被請求人は、自らの主張(「庵」のフォントを「きみくらの」のフォントよりも大きく記載したとしても、毛筆で書された「庵」の文字で構成される請求人の引用商標とは非類似である)に対して特許庁の判断を仰ぐべく、本件商標を出願すると共に、請求人から警告を受けていることを理由とした早期審査により、登録に至ったものである。
上記述べたとおり、被請求人は自らの事業を守ると共に請求人との交渉を円満解決すべく誠実に対応したものであるから、信義誠実の原則に反するとは到底いえないものであり、商道徳の観点から何らの問題もないものである。
2 むすび
以上述べたとおり、被請求人の所有する本件商標は、商標法第4条第1項第11号又は同第7号の規定に違反して登録されたものには該当しない。

第5 当審の判断
1 本件審判の請求の利益について
本件審判の請求に関し、当事者間において、利害関係の有無につき争いがあることから、まず、この点について判断する。
商標法第46条に規定する商標登録の無効審判を請求できる者は、当該商標登録を無効とすることに関して利害関係を有する者であるところ、ある商標の登録の存在することによって、直接不利益を被る関係にある者は、それだけで同条にいう利害関係人としてのその商標の登録の無効審判を請求する利害関係を有すると解されている(東京高裁昭和35年(行ナ)第106号)。
そして、請求人は、本件商標は、請求人の登録商標「庵」と類似し、これを第30類「茶」に使用するときは、取引者、需要者間に商品の出所について誤認混同を生じさせるおそれがあると主張していることから、請求人は、本件商標の存在により、不利益を被るものであって、本件審判の請求をすることについて法律上の利益を有するものというべきである。
2 商標法第4条第1項第11号について
(1)本件商標について
本件商標は、別掲1のとおり、灰色の縦四角形内に「きみくらの庵」の文字を縦書きで表してなるものであるところ、「庵」の文字は「きみくらの」の文字より大きく表し、「庵」の文字の右には極めて小さく同じく縦書きで「いおり」と付した構成よりなるもので、「いおり」の文字は、「庵」の漢字の読みを示すために付加表記したものと理解されるものである。
そして、本件商標の構成中「庵」の文字は、「草木や竹などを材料としてつくった質素な小屋。」等を意味する語であるものの、「きみくら」もしくは「きみくらの」の文字は、一般的な辞書等に載録はなく、特定の意味合いを想起させるものとはいえない。加えて「の」は格助詞の「の」と見るのが自然であるから、本件商標は、構成文字全体を連体するものとして看取されるから、全体として、特定の意味合いを想起させることのない一種の造語を表したものとして理解されるものである。
また、「庵」の文字が「きみくらの」の文字に比べて大きく表され、平仮名と漢字の違いがあるものの、構成各文字は、灰色の縦四角形内に、同じ書体で外観上まとまりよく一体に表されており、「庵」の文字部分のみが強く支配的な印象を与えるとも、「きみくら(の)」の文字部分が商品の品質等を表示するものともいえない。
さらに、本件商標全体から生じる「キミクラノイオリ」の称呼も格別冗長ではなく、よどみなく一連に称呼し得るものである。
そうすると、かかる構成からなる本件商標は、その構成文字全体をもって一連一体の造語として認識、把握されるものと判断するのが相当である。
したがって、本件商標は、その構成全体から、「キミクラノイオリ」の一連の称呼のみを生じ、特定の観念を生じないものである。
(2)引用商標
引用商標は、別掲2のとおり、「庵」の漢字を筆書き風に表してなるところ、「庵」の文字は、「草木や竹などを材料としてつくった質素な小屋。」等を意味する語であるから、当該観念が生じ、「イオリ」の称呼が生じる。
(3)本件商標と引用商標の類否について
本件商標と引用商標は、上記(1)及び上記(2)のとおりの構成よりなるところ、両商標は「きみくらの」及び「いおり」の文字の有無及び書体に明らかな差異を有するから、外観上明確に区別できるものである。
次に、称呼においては、本件商標から生じる「キミクラノイオリ」の称呼と引用商標から生じる「イオリ」の称呼とは、「イオリ」の音を共通にするとしても、両商標は語頭の「キミクラノ」の音の有無により、全体の構成音及び構成音数に明らかな差異を有するものであるから、両者は、語感、語調が相違し、称呼上、明瞭に聴別し得るものである。
さらに、観念においては、本件商標からは、特定の観念は生じないものであるのに対し、引用商標からは、「草木や竹などを材料としてつくった質素な小屋。」等の観念を生じるものであるから、両者は、観念上、相紛れるおそれがないものである。
してみれば、本件商標と引用商標とは、外観、称呼及び観念のいずれの点についても、類似しない商標というべきである。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第11号に該当しない。
3 商標法第4条第1項第7号について
(1)両当事者から提出された証拠及び両当事者の主張からは、以下の事実が認められる。
ア 請求人は、平成16年12月に商品名「庵」の使用中止を警告し(甲3)、被請求人(旧丸山製茶株式会社)は、平成17年3月に「庵」の使用の中止と謝罪をした(甲4)。
イ 令和3年3月に、請求人は、被請求人に、カタログ(2021年春号)における「庵」の文字を大きくした商標は、「●(省略)●」上記カタログにおける商標の使用中止と当該カタログの回収を求めた(甲5)。
これに対し、被請求人は、同月に、再発防止を徹底していたものの迷惑をかけたとして謝罪しつつ、カタログの回収は困難であること、次号からは「庵」の文字を大きく使用しないこと、「●(省略)●」を回答した(甲6)。
ウ 請求人は、上記回答を受け、同年4月に被請求人に対し、「●(省略)●」当該使用に係るカタログ及び茶袋等の廃棄を求めるとともに、「●(省略)●」請求人に生じた費用の支払いを求めた(甲7)。
エ 被請求人は、同月に「カタログの残部について、3月13日時点で廃棄処分とし、「茶話(Sawa)新茶号(2021年)」(甲9)では、「きみくらの庵」と表記を改め、「庵」の文字を単体で使用せず「庵」との識別を明確にした。「きみくらの庵」を商標出願中であり(甲23)、商標登録が認められたら、引き続きカタログ等で「きみくらの庵」の使用を継続する。」旨回答した(甲8)。
上記カタログには、「注文受付4月23日まで」の記載があり、「きみくらの庵」の文字のほか、本件商標と同一視できる態様や、本件商標を横書きで表したような態様からなるものが表示されている(甲9)。
オ 請求人は、最新の「茶話(Sawa)新茶号」でも改善が見られないことなどから、同月(令和3年4月)に、被請求人に対して商標「庵」の使用の中止等を求めた(甲10)。
カ 被請求人は、令和3年5月19日付け「連絡書」において、「本件商標の使用態様と引用商標とは非類似であるから引用商標の商標権を侵害しない。」旨主張した(甲11)。
キ 請求人は、令和3年6月14日付けの文書において、「「きみくらの」の文字を小さく、「庵」の文字を大きく表すことは、「庵」の文字部分も独立して自他商品の識別標識としての機能を有するものであるから、請求人の登録商標「庵」(引用商標)と類似するものである。よって、被請求人の主張は受け入れられないから、被請求人がカタログ等に使用する商標「きみくらの庵」の使用中止を求め、中止できない場合は使用料の支払いを求める。」旨回答した(甲12)。
ク 被請求人は、令和3年7月7日付け「連絡書」において、「カタログに表した態様の「きみくらの庵」の商標(本件商標)の登録が認められたので、請求人の登録商標「庵」の商標権を侵害しないことは明らかになった。」と述べた(甲13)。
(2)上記(1)からすれば、請求人と被請求人との間には、被請求人がカタログ等に使用する、「庵」の文字を大きく表した「きみくらの庵」の文字からなる商標等に関するやりとり(当該商標の使用の中止又は当該商標の使用に対する引用商標に基づく使用料の支払い請求の交渉等)が行われていたこと、当該商標が引用商標と類似する商標か否かについて見解の相違があること、被請求人は、遅くとも令和3年4月までには本件商標と同一視できる態様や、本件商標を横書きで表したような態様からなる商標を使用していたこと、本件商標が商標登録されたことが認められる。
(3)商標法第4条第1項第7号の趣旨
商標法第4条第1項第7号は、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」は商標登録をすることができないとしているところ、同号は、商標自体の性質に着目したものとなっていること、商標法の目的に反すると考えられる商標の登録については、同法第4条第1項各号に個別に不登録事由が定められていること、商標法においては、商標選択の自由を前提として最先の出願人に登録を認める先願主義の原則が採用されていることを考慮するならば、商標自体に公序良俗違反のない商標が商標法第4条第1項第7号に該当するのは、その登録出願の経緯に著しく社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合に限られるものというべきである。
また、同号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれ」を私的領域にまで拡大解釈することによって商標登録出願を排除することは、商標登録の適格性に関する予測可能性及び法的安定性を著しく損なうことになるので、特段の事情のある例外的な場合を除くほか、許されないというべきである(平成22(行ケ)第10032号参照)。
以下、上記に基づいて検討する。
(4)本件商標の商標法第4条第1項第7号該当性について
本件商標と引用商標に関し、両当事者間で上記(1)の交渉経緯があり、請求人の警告に対し、被請求人が、「庵」の文字を大きく使用していることについて、再発防止を徹底していた等の回答をしたとしても、実際に「きみくらの庵」の文字からなる商標を使用していた被請求人が、当該使用に係る商標は引用商標とは非類似の商標であると考え、これを明確にするために、その使用に係る本件商標を出願することそれ自体は信義則に反するものということはできない。また、上記2(3)のとおり、本件商標と引用商標は非類似の商標であり、本件商標権者が本件商標をその指定商品である「茶」についてカタログ等で使用することも、信義誠実の原則に反するとはいえないものである。
そうすると、本件商標の登録出願の経緯に著しく社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合に該当するとはいえない。
そして、もとより、本件商標は、その構成自体が、非道徳的、卑わい、差別的、矯激若しくは他人に不快な印象を与えるような文字からなるものではなく、他に本件商標が、指定商品について使用することが社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反する場合など、商標法第4条第1項第7号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当するというべき事情は見いだせない。
してみれば、本件商標は、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標とはいえない。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第7号に該当しない。
4 むすび
以上のとおり、本件商標は、商標法第4条第1項第7号、同項第11号のいずれにも違反して登録されたものとはいえないから、同法第46条第1項の規定に基づき、その登録を無効とすべきでない。
よって、結論のとおり審決する。

別掲1(本件商標)

別掲2(引用商標)


別掲
(行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、この審決に係る相手方当事者を被告として、提起することができます。 (この書面において著作物の複製をしている場合のご注意) 特許庁は、著作権法第42条第2項第1号(裁判手続等における複製)の規定により著作物の複製をしています。取扱いにあたっては、著作権侵害とならないよう十分にご注意ください。
審理終結日 2022-08-09 
結審通知日 2022-08-12 
審決日 2022-08-31 
出願番号 2021054490 
審決分類 T 1 11・ 22- Y (W30)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 佐藤 淳
特許庁審判官 板谷 玲子
佐藤 松江
登録日 2021-07-02 
登録番号 6410977 
商標の称呼 キミクラノイオリ、キミクラノアン、キミクラ 
代理人 弁理士法人太田特許事務所 
代理人 弁理士法人英知国際特許商標事務所 

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