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審決分類 審判 全部申立て  登録を維持 W33
管理番号 1386389 
総通号数
発行国 JP 
公報種別 商標決定公報 
発行日 2022-07-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-03-12 
確定日 2022-07-07 
異議申立件数
事件の表示 登録第6331879号商標の商標登録に対する登録異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 登録第6331879号商標の商標登録を維持する。
理由 第1 本件商標
本件登録第6331879号商標(以下「本件商標」という。)は、別掲のとおりの構成よりなり、令和2年1月27日に登録出願、第33類「ぶどう酒,清酒,焼酎,合成清酒,白酒,直し,みりん,洋酒,果実酒,酎ハイ,中国酒,薬味酒」を指定商品として、同年12月1日に登録査定、同月18日に設定登録されたものである。

第2 引用標章
登録異議申立人(以下「申立人」という。)が、本件商標に係る登録異議の申立ての理由において引用する標章は、「CHINON」の欧文字を横書きしてなるものであって、世界貿易機構(以下「WTO」という。)の加盟国のぶどう酒又は蒸留酒の産地を表示する標章の一つであり、フランスの「アンドル・エ・ロワール県内の限定地域」で生産される「ぶどう酒」について使用することが許されている原産地名称であって、また、本件商標の登録出願時及び登録査定時の両時において、これを使用する権利を有する生産者の業務に係る商品を表示するものとして、我が国及び外国(特にフランス)における需要者の間に広く認識されていたと主張するものである(以下「引用標章」という。)。

第3 登録異議の申立ての理由
申立人は、本件商標は、商標法第4条第1項第7号、同項第10号、同項第16号、同項第17号及び同項第19号に該当するものであるから、同法第43条の2第1号により、その登録は取り消されるべきであるとして、その理由を要旨次のように述べ、証拠方法として甲第1号証ないし甲第104号証を提出した。
1 申立人及び「CHINON」について
(1)フランスにおけるワインの歴史について(甲5〜甲12)
フランスの文化や経済は、何世紀にもわたって常にワインとともに発展してきたといっても過言ではないほどにワインとの結びつきは強い。そして、フランスワインに係る現在の世界的な評判と実績は、フランスの政府や人々の並々ならぬ努力と多大な投資によって築き得られたものであり、困難に立ち向かいながらその伝統を維持してきた精神は、これからも大切に継承されていくものである。
(2)申立人について(甲13〜甲15)
申立人は、フランスにおける原産地名称及び地理的表示(以下「GI」ということがある。)に関する立法及び規則の運営管理を行う公的機関であり、1935年の原産地統制名称(以下「AOC」ということがある。)法制定と同時に、フランス農林省管轄のもとに設立された。申立人は、フランスにおいて、AOC仕様書の監視や、AOCの保護管理団体の任命・監督などを担う。また、申立人は、フランスのGI管轄当局として、産物が対応する産物指定に適合することの検証、及び、上級ランクの原産地呼称保護ワイン(以下「AOP/PDO」という。)、中級ランクの地理的呼称保護ワイン(IGP/PGI)としての保護のもと市場に出荷された産物を表現する登録名称の使用の監視を含む、GIの公的管理について責任を負う。このように申立人は、AOC等による品質保証の実効性を担保することによって生産者と需要者の保護を実現し、フランス国内外におけるAOC等の保護と普及に多大なる貢献をしている。
そして、AOCは特定の地方や地域の生産者グループを対象にフランス政府により設定・認知される集団的権利として、また、GIは知的財産権として、各地方においてその使用に関する厳格な前提条件を継続的に遵守する生産者が自由に使用できるものでなければならない一方で、パブリックドメインではないため、一般による自由な使用採択は許されない。よって、AOC等と誤認混同のおそれがある商標登録出願を監視し、また必要な措置を講じ、そのようなおそれを取り除くことも、AOC等により生産者・需要者の保護を図る申立人の重要な役割である。
(3)CHINON(シノン)について(甲16〜甲23)
CHINON(シノン)は、フランス中部のアンドル・エ・ロワール県内にあるコミューン(行政区画)であり(甲16)、古くは5世紀からその礎が築かれていたシノン城がある。このシノン城は、のちのフランス国王であるシャルル7世にジャンヌ・ダルクが謁見した要塞として有名であり、2000年には「シュリー−シュル−ロワールとシャロンヌ間のロワール渓谷」の一部としてユネスコ世界文化遺産にも登録されている。
また、16世紀のフランス・ルネサンス文学史上の権威であるフランソワ・ラブレーは、このCHINON(シノン)出身であり、その著作の一つは日本語にも翻訳され、日本で多くの読者を獲得し、文学的な学術研究がなされている。ラブレーとCHINON(シノン)の結びつきは非常に強く、その名前と著作がCHINON(シノン)のAOC生産基準書(甲32)に言及されるほどである。また、彼の肖像画は、CHINON(シノン)のトップ生産者シャルル・ジョゲによるワインのラベルに用いられ、日本でも多く流通する。
以上のように、CHINON(シノン)は、そのワインのみならず、豊富な文化資源・観光資源を有する場所としても有名である。
(4)CHINON(シノン)のワインについて(甲24〜甲33)
CHINON(シノン)を擁するロワールワインは赤、白、ロゼ、スパークリングと多彩だが、CHINON(シノン)は、ぶどう品種カルベネ・フランを主体とし、スミレの香りを思わせるアロマ豊かで爽やかかつコクのある優れた赤ワインが主として生産されていることを特徴とする。
CHINON(シノン)では、5世紀頃から既にぶどう栽培が行われていたといわれる。1935年のAOC法制定後、1937年7月31日にはCHINON(シノン)ワイン保護組合が設立され、同年、ワインの原産地としてフランスでAOCとして認められたのち(甲32)、1967年12月20日にはリスボン協定のもとでAOC登録された(甲2〜甲4)。その後、欧州委員会によっても上級ランクワインを表示するAOP/PDOとしての登録がなされた(甲24)。
最新のデータによれば、CHINON(シノン)のワイン全体の平均収量は1へクタール当たり55ヘクトリットル(5500リットル)、過去5年間を平均した年間生産量は9万2900ヘクトリットル(929万リットル/ワインボトル約1238万6667本分)であり、そして、CHINON(シノン)の名称を使用する権利を有する生産者数は約200軒である(甲33)。
(5)CHINON(シノン)の周知著名性について(甲34〜甲47)
ア 広告宣伝広報活動の実績
(ア)TasteFranceMagazine(テイスト・フランス・マガジン)
TasteFranceMagazine(テイスト・フランス・マガジン)は、フランス農林省主導のプロジェクトとして、美味しいものが大好きな人たちに向けたフランス食材情報発信サイトであって、食に関するあらゆる情報を共有することをそのテーマとする(甲35)。そして、AOC等の販売促進を図る公表組織としてロワール地方のワイン生産者によって設立されたInterLoireを通じ、2013年以降、CHINON(シノン)を紹介した記事やビデオによりプロモーションが積極的に行われている。
なお、「日本で人気のあるロワールワイン」とするビデオ(甲46)に登場するソムリエは、2017年「第8回全日本最優秀ソムリエコンクール」優勝、2018年「第4回A.S.Iアジア・オセアニア最優秀ソムリエコンクール」優勝、2019年「第16回A.S.I.世界最優秀ソムリエコンクール」11位入賞などの受賞歴を有する著名なソムリエで、日本の需要者に広くワインの魅力を伝えるべく、2019年からはサントリーワイン・ブランドアンバサダーに就任するほど、ワイン業界で大きな影響力をもって活躍される人物である(甲47)。
(イ)生産者の紹介
現在、CHINON(シノン)の名称を使用する権利を有する生産者数は約200軒あるが(甲33)、日本でも、それら生産者が、主にワイン販売店等の取引者のサイトを通じて、生産されるCHINON(シノン)の説明、CHINON(シノン)の製法やそのこだわりについてのインタビューなどとともに多数紹介されている(甲48〜甲74)。
(ウ)ワイン販売店等による紹介
CHINON(シノン)のワインは、大手企業から小規模販売店に至るまで、さまざまな販売店によって取り扱われている(甲75〜甲91)。
(エ)ブログ
取引者・需要者によるCHINON(シノン)の記事が多数ある(甲92〜甲95)。
(オ)受賞歴
CHINON(シノン)のワインは、「第7回日本で飲もう最高のワイン2017」にて専門家シルバー賞を受賞しており、これは、CHINON(シノン)の品質が日本の専門家の間で認められていることを示すものである(甲96)。
イ 事業規模及び業績(日本への輸出量)
「CHINON(シノン)」を原産地表示として使用する権利を持つ生産者は約200軒と少なく(甲33)、これら生産者も小規模なドメーヌが多くかつAOC等の基準を満たす品質を維持するために厳格な収量制限も行われているという実情のもと、CHINON(シノン)の生産量は、絶対的に少なくならざるを得ない。
InterLoire集計に係る日本へのCHINON(シノン)の輸出量(甲97〜甲99)によれば、過去5年間を平均したCHINON(シノン)の年間生産量が9万2900ヘクトリットル(929万リットル/ワインボトル約1238万6667本分)であり(甲33)、そのうち世界に輸出されている量は10%に満たず、その優れた品質によってフランス国内での人気が高いことが推認される。そして、フランスから輸出される赤・ロゼのロワールワインにおけるシェアで見れば、世界に輸出されるCHINON(シノン)はロワールワインの3%ないし6%であるが、そのもともと少ない世界輸出量のなかで、多い年は、日本に輸出されるロワールワインのうち20%をCHINON(シノン)が占めたこともあり、世界の中で、日本はCHINON(シノン)にとって重要な一大市場であることがわかる(甲97)。
また、経済的な観点からは、世界に輸出されるCHINON(シノン)の量はロワールワインの3%ないし6%であるものの、金額でみれば5%ないし10%を占め、相対的に付加価値をもって取引されていることがわかる。日本では、輸出されるロワールワインの量におけるCHINON(シノン)のシェアが4%ないし20%であるところ、金額では9%ないし22%を占め、その経済的貢献の度合いの大きさが見て取れる。
以上のように、もともと流通量が少ないCHINON(シノン)ではあるが、希少価値のある貴重なワインとして、日本で確実に市場を獲得して愛飲されているものである。
ウ 使用期間
ぶどう栽培が開始された5世紀頃から現在まで、CHINON(シノン)はワインの産地として広く認識されてきたが、法的に原産地表示としての地位を得たのは1937年からであり、以降、フランス国内外においてAOC/AOP/GIとしての法上の保護のもとで使用が継続されている。少なくとも2000年以降から毎年CHINON(シノン)が日本に輸入され、継続して20年以上も日本の市場で流通している(甲97、甲98)。
エ ワインに係る取引の実情(甲100、甲101)
ワインの評判や知名度を高める要素として重要なのは、流通量の多さだけではなく、その品質である。
また、ワインの取引者・需要者の特色としては、一般的に、知識を積極的に求める者が多く、一般需要者のほか、ソムリエ・ワインエキスパートやワイン業者などのワインに関する専門的な知識を備えた者や、よりワインを楽しむためのワイン検定を受検したりする者もいる。これら取引者・需要者にとって、特にAOCやAOPなどの原産地名称及び地理的表示は、ワインの品質を表示する要素として、最も基礎的でかつ最重要の情報であり、その周知著名性は必ずしも流通量と比例しないのが実情である。
そして、CHINON(シノン)についていえば、紹介記事等は枚挙に暇がなく、日本における流通量は決して多くはない一方で長期間継続的に取引されている事実があり、AOC/AOPに証明される高い品質をもって取引者・需要者の間で広く認識されており、周知著名であることがわかる(甲16〜甲96)。
オ 小括
以上のように、引用標章の歴史的背景、宣伝広告広報の実績、事業規模及び業績、使用期間に、ワインに係る取引の実情を併せ鑑みれば、本件商標の登録出願時及び登録査定時の両時において、引用標章が日本で周知著名であって、かつ、外国(特にフランス)においても周知著名であるということは明白である。
2 商標法第4条第1項第17号について
引用標章はフランス語表示であるが、日本では、多くの場合、引用標章を片仮名文字で「シノン」と表示している事実が認められる(甲16〜甲96)ことから、引用標章は、日本において一般に「シノン」と称され、かつ、その称呼又は「シノン」の片仮名文字をもって把握・認識されているのが実情といえる。
ここで、本件商標の構成中「Shinon」(決定注:「shinon」の誤記と認める。以下同じ。)の文字は、引用標章とは1文字目を異にするものの、引用標章を片仮名で表示した標章でかつ引用標章を指称するものとして把握・認識されている「シノン」を、日本で最も広く普及し使用されているヘボン式ローマ字の綴方にしたがってローマ字に翻訳した「SHINON」と同一の文字から構成されている。してみれば、本件商標は、引用標章の翻訳と認められる文字で表示した標章を形式的に構成中に含むと判断されるのが相当である。
よって、本件商標は、WTO加盟国において「アンドル・エ・ロワール県内の限定地域」以外の地域を産地とするぶどう酒について使用をすることが禁止されている標章を有する商標に該当する。
さらに、引用標章の翻訳と認められる文字で表示した標章を有する本件商標は、「アンドル・エ・ロワール県内の限定地域」以外の地域を産地とするぶどう酒についてはその使用が禁止されるところ、原産地名称として厳格な保護が求められている当該地域以外の地域を産地とする「ぶどう酒,果実酒」について使用をするものである。
また、引用標章は、本件商標の登録出願時及び登録査定時の両時において、WTO加盟国のぶどう酒又は蒸留酒の産地を表示する標章であった。
以上より、本件商標は、商標法第4条第1項第17号に該当する。
3 商標法第4条第1項第16号について
引用標章は、原産地名称であり、商品の産地、及び、原産地名称としての厳格な基準を満たす商品の品質や生産の方法、その他の特徴を表示するものである。
次に、本件商標の構成中、上方に横書きされた「Shinon」の文字と下方に縦書きされた「深穏」の文字は、直ちに一体にのみ把握されなければならないとする合理的根拠はなく、視覚上、「Shinon」と「深穏」に分断可能な態様からなる。よって、「Shinon」と「深穏」の文字のそれぞれが独立して識別標識として機能するというべきである。
ここで、本件商標に係る「Shinon」の文字と引用標章とを比較すると、本件商標はその欧文字に相応して「シノン」の称呼を生ずるものである。他方、引用標章はフランス語で「シノン」と発音され、かつ、日本において片仮名文字の「シノン」をもって取引に資されている実情があるため(甲16〜甲96)、引用標章から「シノン」の称呼が生じる。
そして、本件商標に係る「Shinon」の文字と引用標章に係る「CHINON」の文字は共に6文字からなり、1文字目の「S」と「C」に差異を有するとしても、2文字目以降の「HINON」の5文字すべてをその構成位置を含め共通にするものであるから、上記差異が両者の印象に及ぼす影響は小さく、外観上、相紛れるおそれがあるというべきである。
さらに、「Shinon」は既成語ではないため、直ちに特定の意味合いを想起させず、観念上、引用標章を認識させないことが明らかとはいえない。さらに加えれば、引用標章は片仮名による「シノン」をもって把握・認識されているところ、「SHINON」は、日本で最も広く普及し使用されているヘボン式ローマ字の綴方にしたがって「シノン」をローマ字に翻訳したものであるという事実も誤認混同を惹起する大きな要因である。
よって、本件商標と引用標章は、「シノン」の称呼を共通にするものであり、かつ、外観・観念においても相紛れるおそれがある類似の標章であると判断するのが相当である。
引用標章が表す商品の品質は、原産地名称としての厳格な基準を満たすぶどう酒,すなわち、「アンドル・エ・ロワール県内の限定地域で生産されたぶどう酒」であることから、本件商標の指定商品中「ぶどう酒,果実酒」とは同一の商品として直接的な関連を有するものであり、また、本件商標の指定商品中「洋酒,酎ハイ」とは類似する商品として関連を有するものである。そして、引用標章が表す商品の品質は、「アンドル・エ・ロワール県内の限定地域を産地とするぶどう酒,果実酒」及び「アンドル・エ・ロワール県内の限定地域を産地とするぶどう酒を材料等とする洋酒,酎ハイ」であるところ、本件商標の指定商品が有する品質とは異なる(甲32、甲102、甲103)。
したがって、本件商標は、これを指定商品「ぶどう酒,果実酒,洋酒,酎ハイ」について使用するときは、これに接する取引者・需要者が引用標章を想起し、その商品があたかも引用標章に係る原産地表示の基準を満たした商品又は引用標章に係る原産地表示の基準を満たした商品を材料等とする商品であるかのごとく誤認する場合が少なくなく、その商品の品質について誤認を生ずるおそれがあるものといわざるを得ない。
なお、「Shinon」の文字自体が品質誤認を生ぜしめるおそれがあるため、たとえ本件商標の構成中に「深穏」の文字が付加されていたとしても、本件商標が品質誤認を生ずるおそれがあることには変わりはない。
よって、本件商標は、商標法第4条第1項第16号に該当する。
4 商標法第4条第1項第10号について
上記1(5)のとおり、引用標章は、引用標章を使用する権利を有する生産者の業務に係る商品を表示するものとして、需要者の間に広く認識されている。
また、上記3のとおり、本件商標と引用標章は、称呼・外観・観念の点で相紛れるおそれのある類似の商標であって、かつ、本件商標は、引用標章に係る商品又はこれに類似する商品について使用をするものである。
さらに、引用標章は、上記1(5)で述べたとおり、本件商標の登録出願時及び登録査定時において、日本で周知著名であって、かつ、外国(特にフランス)においても周知著名な標章であった。
よって、本件商標は、商標法第4条第1項第10号に該当する。
5 商標法第4条第1項第19号について
上記1(5)及び3のとおり、本件商標は、引用標章を使用する権利を有する生産者の業務に係る商品を表示するものとして日本国内及び外国(特にフランス)における需要者の間に広く認識されている引用標章と類似の商標であるため、本件商標権者が本件商標を使用した場合、引用標章により長期にわたって大切に守られてきた商品の品質に基づく信用、名声、顧客吸引力等を毀損するおそれがおおいにある。
そして、引用標章は、フランス法、リスボン協定、欧州理事会規則による法の保護のもと、少なくとも1967年12月20日以降はぶどう酒の原産地名称・地理的表示としての登録情報が日本を含め国際的に公開されていたものであり(甲2〜甲4、甲24)、かつ、日本においては少なくとも2000年以降20年以上にもわたって継続的に引用標章に係るぶどう酒が流通している事実に基づけば(甲97、甲98)、ぶどう酒造りを専門に行うワイナリーを1998年から営む本件商標権者が、本件商標の出願前に引用標章のことを知り得なかったとすべき正当な理由は皆無である。そして、現在のところ、本件商標の出願にあたって本件商標権者の積極的な図利加害目的は確認できないものの、引用標章を容易に知り得た本件商標権者が、それと極めて高い類似性を有する本件商標を全くの偶然で採択に至ったというのは甚だ不自然であり、その経緯には合理的な疑義を禁じ得ない。
なお、引用標章は、上記1(5)で述べたとおり、本件商標の登録出願時及び登録査定時において、日本で周知著名であって、かつ、外国(特にフランス)においても周知著名な標章であった。
よって、本件商標は、商標法第4条第1項第19号に該当する。
6 商標法第4条第1項第7号について
本件商標は、引用標章を片仮名で表示した標章でかつ引用標章を指称するものとして把握・認識されている「シノン」を、日本で最も広く普及し使用されているヘボン式ローマ字綴方にしたがってローマ字に翻訳した「SHINON」を含む。よって、本件商標を「アンドル・エ・ロワール県内の限定地域で生産されたぶどう酒,果実酒」以外の商品について使用した場合、当該使用行為はリスボン協定に違反する。してみれば、リスボン協定に違反する本件商標が、当該協定の加盟国であるフランスの国益に直接的に反するものである。
一方で、日本が加盟国でない協定に基づく原産地名称であってもTRIPS協定の解釈を通じて日本でも一定の保護が与えられていることは、裏を返せば、原産地名称を含む地理的表示に係る経済的影響の大きさや、それらを相互に保護する国際的な要請の高さを示しており、また、日本も国際社会を形成する一員としてその任を理解した上で積極的に果たしていることを示唆するものである。
そして、上記1(1)で述べたとおり、フランスにおける原産地名称は、歴史的な紆余曲折を経て各産地の生産者等と密接かつ長期間にわたる結びつきにより築き上げられたフランスの文化的資産・経済的資産となっているのであり、このような状況において、本件商標の登録を維持することは、高品質のぶどう酒として世界的に高い評価を受けているフランスの原産地名称たる引用標章の伝統と評判を保護し、もって加盟国フランスの重要な産業の一つであるワイン産業を国際的に保護するというリスボン協定の目的に反するものであり、リスボン協定及びTRIPS協定が保護することを目的とした加盟国フランスの国益を著しく害するものである。
他方、日本側の視点に立っても、日本でもTRIPS協定の解釈を通じて一定の保護が与えられる原産地名称たる引用標章の翻訳と認められる文字を含む本件商標を、フランスの上記国益を害してまで保護すべき重要な国益は存在しないはずであり、本件商標の登録の維持は、むしろ原産地名称の相互保護の要請が高まる国際社会の流れに逆行することとなり、日本の原産地名称の外国における保護にも支障をきたす状況を招きかねない。
そもそも日本の商標法(商標法第4条第1項第17号、同項第16号、不正競争防止法第2条1項第20号、不当景品類及び不当表示防止法第5条)が、原産地名称の使用が許されるぶどう酒以外の商品について、原産地名称の翻訳と認められる文字を含む商標並びに商品の品質について誤認を生ずるおそれがある商標の登録及び使用を禁止しているにもかかわらず、引用標章の翻訳と認められる文字を含む本件商標並びに商品の品質について誤認を生ずるおそれがある本件商標の登録を維持することが、日本の国益に何ら沿うものでないことは明らかである。
さらに、原産地名称としての基準を満たさない商品について、原産地名称の翻訳と認められる文字を含む商標並びに商品の品質について誤認を生ずるおそれがある商標の商標登録を認めることは、すなわち、日本の公権をもって、原産地名称に係る商品について日本の取引者・需要者が有している高い信頼を毀損し、同時に、国としてフランスとの外交友好関係を害する事態にも繋がりかねないのである。
このような観点からしても、本件商標の登録を維持しない方が日本の国益に沿うというべきなのである。
以上のような事情を考慮すれば、本件商標をその指定商品について使用することは、日本とフランスとの間の国際信義に反するといわざるを得ず、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標であると判断されるべきである。
よって、本件商標は、商標法第4条第1項第7号に該当する。

第4 当審の判断
1 引用標章について
(1)申立人の主張及び同人が提出する本件商標の登録査定前の証拠によれば、以下の事実が認められる。
ア 申立人について
申立人は、フランスにおける原産地名称及び地理的表示に関する立法及び規則の運営管理を行う公的機関であり、1935年のAOC法制定と同時に、フランス農林省管轄のもとに設立された。そして、AOC等と誤認混同のおそれがある商標登録出願を監視し、また必要な措置を講じること、そのようなおそれを取り除くことも、申立人の役割である(甲13、甲14、申立人の主張)。
イ 「CHINON」の文字について
「CHINON」の文字は、「フランス中西部、アンドレ−エ−ロアール県、ロアール川の支流ビエンヌ川沿いの町。ロアールワインの代表的な産地として有名。ジャンヌ=ダルクがシャルル7世に謁見したというシノン城がある。」の意味を有する語であって、「シノン」と読まれるものである(甲16)。
ウ CHINON(シノン)のワイン(以下「シノンワイン」という。)について
CHINON(シノン)では、5世紀頃から既にぶどう栽培が行われていたとされ、1935年のAOC法制定後、1937年7月31日にはシノンワイン保護組合が設立され、同年、ワインの原産地としてフランスでAOCとして認められたのち、1967年12月20日にはリスボン協定の下でAOC登録された(甲2〜甲4、甲32、申立人の主張)。その後、欧州委員会によっても上級ランクワインを表示する「AOP/PDO」として登録された(甲24、申立人の主張)。
エ シノンワイン全体の平均収量は1へクタール当たり55ヘクトリットル(5500リットル)、過去5年間を平均した年間生産量は9万2900ヘクトリットル(929万リットル/ワインボトル約1238万6667本分)であり、そして、CHINON(シノン)の名称を使用する権利を有する生産者数は約200軒であるとされる(申立人の主張)。
そして、世界に輸出されるシノンワインの量はロワールワインの3%ないし6%であるところ、金額でみると5%ないし10%を占めている(甲97)。また、日本においては、輸出されるロワールワインの量におけるシノンワインのシェアが4%ないし20%であるところ、金額では9%ないし22%を占める(甲97)。
また、シノンワインは、遅くとも2000年以降、毎年日本に輸入されているものであって、その後、継続して20年以上にわたり、日本の市場で流通している(甲97、甲98、申立人の主張)。
オ インターネット情報における掲載状況について
(ア)日本におけるワイン販売店等のウェブサイトにおいて、CHINON(シノン)の名称を使用する権利を有する生産者が、生産されるシノンワインの説明等とともに紹介されている(甲63、甲67、甲74)。
(イ)シノンワインの取引者・需要者のブログであるとされるウェブサイトにおいて、シノンワインが紹介されている(甲93、甲95、申立人の主張)。
カ 受賞歴について
ファインズのウェブサイトにおける2017年5月22日付けの「「第7回 日本で飲もう最高のワイン2017」プラチナ賞受賞!」という記事には、「シノン ソレイユ ド クレーヌ 2015」というワインが「専門家 シルバー賞」を受賞した旨の記載がされるとともに、「CHINON」の文字が表示されたラベルの貼られた瓶の画像が掲載されている(甲96)。
キ ワインの取引の実情について
ワインの取引者・需要者の特色としては、一般的に、知識を積極的に求める者が多く、一般需要者のほか、ソムリエ・ワインエキスパートやワイン業者などのワインに関する専門的な知識を備えた者や、よりワインを楽しむためにワイン検定を受検したりする者もいるとされる(甲100、甲101、申立人の主張)。
(2)申立人が提出する本件商標の登録査定後の証拠及び日付や出典が不明な証拠によれば、CHINON(シノン)の町、シノン城やシノンワインは、複数のウェブサイトで紹介されており、シノンワインがワインの小売店のウェブサイトを通じて、我が国において一般に販売されていることがうかがえる(甲18〜甲20、甲26〜甲30等)。
(3)以上からすると、引用標章は、我が国においては「シノン」と読まれるものであり、「フランス中西部、アンドレ−エ−ロアール県、ロアール川の支流ビエンヌ川沿いの町」を示す語であるところ、リスボン協定の下、ぶどう酒について、原産地名称として、AOC登録されているものであって、シノンワインは、遅くとも2000年以降継続して日本に輸入され、市場に流通しているものである。
そうすると、申立人の主張及び同人が提出する本件商標の登録査定前の証拠によれば、「CHINON」の欧文字(引用標章)又は引用標章を片仮名で表示した「シノン」の文字は、我が国においては「「シノン」を原産地とするワイン」を示す地理的表示として、ワイン愛飲家を中心に知られていたことが認められる。
2 本件商標と引用標章について
(1)本件商標
本件商標は「shinon」の欧文字を横書きし、その下部に「深穏」の漢字を縦書きしてなるところ、これらの構成各文字は同色で、かつ、ほぼ同じ文字の大きさで表されていること、さらに、「深穏」の漢字は上段の「shinon」の欧文字の下部中央にバランスよく配置されていることから、「shinon」の文字が横書きされ、「深穏」の文字が縦書きされているとしても、本件商標は、視覚上、まとまりよく一体的に看取されるものである。
そして、「shinon」の欧文字及び「深穏」の漢字は、ともに辞書等に掲載のないものであって、特定の意味合いを認識させることのない一種の造語であると認識されるものである。
また、本件商標の構成中、「深穏」の文字部分を構成する「深」の文字は「シン」と読まれる漢字であって、「穏」の文字は「オン」と読まれる漢字であり、本件商標の構成中「shinon」を構成する「shin」の文字はローマ字読みで「シン」、「on」の文字はローマ字読みで「オン」と読むことからすれば、当該欧文字部分は「深穏」の漢字の読みである「シンオン」を欧文字で表記したものと容易に理解できるものであって、両者は称呼上の関連性があるものである。
そうすると、本件商標は、全体として一体的なものとして理解・認識されるものであると判断するのが相当である。
したがって、本件商標は、その構成文字に相応して「シンオン」の称呼を生じ、特定の観念は生じないものである。
(2)引用標章
引用標章は「CHINON」の欧文字からなるところ、当該文字は「フランス中西部、アンドレ−エ−ロアール県、ロアール川の支流ビエンヌ川沿いの町。ロアールワインの代表的な産地として有名。ジャンヌ=ダルクがシャルル7世に謁見したというシノン城がある。」の意味を有する語であって、「シノン」と読まれるものである(甲16)。
そして、上記1(3)のとおり、引用標章は、リスボン協定の下でワインについてAOC登録されているものであって、我が国においては「「シノン」を原産地とするワイン」を示す地理的表示として、ワイン愛飲家を中心に知られていたことが認められる。
そうすると、引用標章はその構成文字に相応して「シノン」の称呼を生じ、「「シノン」を原産地とするワイン」の観念を生じるものである。
(3)本件商標と引用標章の類否
本件商標と引用標章を比較すると、「深穏」の漢字の有無という顕著な差異があることに加え、本件商標の「shinon」の欧文字と引用標章を比較しても、看者の目にとまりやすい語頭において「s」と「C」の差異を有するものであること、前者は小文字のみからなるものであるのに対し、後者は大文字のみからなるものであることから、両者は外観上相紛れるおそれはない。
また、称呼においては、本件商標から生じる「シンオン」と引用標章から生じる「シノン」の称呼を比較すると、全体の音数が4音と3音とで異なること、2音目の「ン」の有無において差異があることなどから、両者は、称呼上相紛れるおそれはない。
そして、観念においては、本件商標は特定の観念を生じないのに対し、引用標章は「「シノン」を原産地とするワイン」の観念を生じるものであるから、両者は観念上紛れるおそれはない。
そうすると、本件商標と引用標章とは、外観、称呼、観念のいずれにおいても紛れるおそれのない非類似のものであって、別異のものというべきある。
3 商標法第4条第1項第17号該当性について
本件商標は「shinon」の欧文字を横書きし、その下部に「深穏」の漢字を縦書きしてなるところ、これは、日本国のぶどう酒若しくは蒸留酒の産地のうち特許庁長官が指定するものを表示する標章又はWTOの加盟国のぶどう酒若しくは蒸留酒の産地を表示する標章のうち当該加盟国において当該産地以外の地域を産地とするぶどう酒若しくは蒸留酒について使用をすることが禁止されている「CHINON」の文字を有するものでもないし、その片仮名表記その他翻訳と認められる文字を有するものでもない。
なお、申立人は、本件商標の構成中「shinon」の文字は、引用標章を片仮名で表示した標章でかつ引用標章を指称するものとして把握・認識されている「シノン」を、日本で最も広く普及し使用されているヘボン式ローマ字の綴方にしたがってローマ字に翻訳した「shinon」と同一の文字より構成されているから、本件商標は、引用標章の翻訳と認められる文字で表示した標章を形式的に構成中に有すると判断されるのが相当である旨述べているが、引用標章を片仮名で表示した「シノン」の文字をさらにローマ字表記に変換することは、翻訳とはいえないから、その主張は、採用することができない。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第17号に該当しない。
4 商標法第4条第1項第16号該当性について
本件商標の構成中「shinon」の欧文字は、上記2(1)のとおり、「深穏」の漢字の読みを欧文字表記したものと認められるものであって、本件商標は、一体的なものとして理解・認識されるものであり、特定の意味合いを認識させることのないものである。
また、上記3のとおり、「shinon」の欧文字は「CHINON」の文字を翻訳したものとはいえないもので、本件商標と引用標章とは、上記2(3)のとおり、全く別異のものであるから、本件商標から引用標章を連想又は想起するとはいえず、本件商標をその指定商品に使用しても、これに接する取引者、需要者が、「「シノン」を原産地とするワイン」であると認識するとはいえない。その他に、商品の品質の誤認を生じさせる事情を見いだすこともできない。
してみれば、本件商標をその指定商品について使用しても、商品の品質について誤認を生じさせるおそれはないというべきである。
なお、申立人は、「本件商標の構成中、上方に横書きされた「shinon」の文字と下方に縦書きされた「深穏」の文字は、直ちに一体にのみ把握されなければならないとする合理的根拠はなく、視覚上、「shinon」と「深穏」に分断可能な態様からなる。よって、「shinon」と「深穏」の文字のそれぞれが独立して識別標識として機能するというべきである」旨主張しているが、本件商標は、上記2(1)のとおり、全体として一体的なものとして理解・認識されるものと判断するのが相当であり、申立人の主張は採用することができない。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第16号に該当しない。
5 商標法第4条第1項第10号該当性について
申立人の主張及び同人が提出する証拠からは、引用標章を使用する者の業務に係る商品を表示するもの、すなわち出所識別標識として、引用標章が需要者の間に広く認識されているものであるかどうかは推し量ることができないが、本件商標の登録出願時及び登録査定時に、その指定商品を取り扱う業界において、引用標章が、商品の出所識別標識として周知のものであったとしても、上記2(3)のとおり、本件商標と引用標章とは、外観、称呼、観念のいずれにおいても紛れるおそれのない非類似のものである。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項10号に該当しない。
6 商標法第4条第1項第19号について
申立人の主張及び同人が提出する証拠からは、引用標章を使用する者の業務に係る商品を表示するもの、すなわち出所識別標識として、引用標章が日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されているものであるかどうかは推し量ることができないが、本件商標の登録出願時及び登録査定時に、その指定商品を取り扱う業界において、引用標章が、商品の出所識別標識として周知のものであったとしても、上記2(3)のとおり、本件商標と引用標章とは、外観、称呼、観念のいずれにおいても紛れるおそれのない非類似のものであり、その他に、本件商標権者が不正の利益を得る目的、他人に損害を与える目的、その他不正の目的をもって使用するものと認めるに足りる事情を見いだすこともできない。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第19号に該当しない。
7 商標法第4条第1項第7号について
引用標章が、本件商標の登録出願時及び登録査定時において、その指定商品を取り扱う業界において、「「シノン」を原産地とするワイン」を示すものとして、ワイン愛飲家を中心に知られていたとしても、本件商標と引用標章とは、上記2(3)のとおり、全く別異のものであって、本件商標は引用標章を連想又は想起させるとはいえないものである。
そうすると、本件商標権者が本件商標をその指定商品に使用した場合、社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反するとはいえないし、本件商標は、その構成自体が、非道徳的、卑わい、差別的、矯激若しくは他人に不快な印象を与えるような文字からなるものではなく、かつ、他の法律によって、その商標の使用等が禁止されているものとも、特定の国若しくはその国民を侮辱し、又は国際信義に反するものともいえない。
さらに、当審において、職権をもって調査するも、本件商標の登録出願の経緯に、社会的相当性を欠くというべき事情や本件商標権者が本件商標を商標登録することが公序良俗に反するものであると認めるに足りる事情を見いだすこともできない。
してみれば、本件商標は、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標とはいえない。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第7号に該当しない。
8 まとめ
以上のとおり、本件商標は、商標法第4条第1項第7号、同項第10号、同項第16号、同項第17号及び同項第19号のいずれにも違反して登録されたものではないから、同法第43条の3第4項の規定に基づき、その登録を維持すべきものである。
よって、結論のとおり決定する。

別掲
別掲 本件商標


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異議決定日 2022-06-28 
出願番号 2020008844 
審決分類 T 1 651・ 22- Y (W33)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 佐藤 淳
特許庁審判官 大森 友子
須田 亮一
登録日 2020-12-18 
登録番号 6331879 
権利者 株式会社ケンゾー
商標の称呼 シンオン、シノン 
代理人 齊藤 誠一 
代理人 シュワルツ 知子 
代理人 特許業務法人深見特許事務所 

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