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審決分類 審判 全部取消 商51条権利者の不正使用による取り消し 無効としない W33
管理番号 1370221 
審判番号 取消2018-300815 
総通号数 254 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標審決公報 
発行日 2021-02-26 
種別 商標取消の審決 
審判請求日 2018-10-26 
確定日 2021-01-13 
事件の表示 上記当事者間の登録第5707382号商標の登録取消審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。
理由 第1 本件商標
本件登録第5707382号商標(以下「本件商標」という。)は、「農口」の文字を標準文字で表してなり、平成26年5月23日に登録出願、第33類「日本酒,洋酒,果実酒,酎ハイ,中国酒,薬味酒」を指定商品として、同年10月3日に設定登録されたものである。

第2 引用商標
請求人が本件審判の請求において引用する商標は、「農口尚彦研究所」の文字からなる商標(以下「引用商標」という。)であって、商品「日本酒」に使用するものである。

第3 請求人の主張
請求人は、商標法第51条第1項の規定により、本件商標の登録を取消す、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、その理由を要旨次のように述べ、証拠方法として、甲第1号証ないし甲第47号証(枝番号を含む。)を提出した。
1 審判請求書における主張
(1)被請求人による本件商標と類似する商標の使用
被請求人は、本件商標と類似する標章を、本件商標の指定商品である「日本酒」に使用することにより、請求人の業務に係る商品と混同のおそれを生じさせている。
ア 本件商標及び被請求人
本件商標は、「農口」と漢字二文字を横書きにしてなる標準文字による商標であり、指定商品は第33類「日本酒,洋酒,果実酒,酎ハイ,中国酒,薬味酒」である(甲1)。本件商標の称呼は「ノグチ」、「ノウグチ」である。本件商標から生じる観念について検討するに、各種国語辞典等に「農口」の記載を請求人代理人において発見できなかったが、朝日新聞掲載の「キーワード」で検索すると「能登杜氏」がヒットし、その説明として「南部(岩手県)、越後(新潟県)、但馬(兵庫県)と並び、日本四大杜氏に数えられる杜氏集団。江戸時代、農閑期に奥能登地方から近畿の酒蔵へ出稼ぎに出かけたのが発祥といわれる。最盛期の1927年には、402人の能登杜氏が全国で酒造りをしていた。現在は約70人。『四天王』と呼ばれる能登杜氏は、農口尚彦さんのほか、・・・。」と請求人の名が紹介されている(甲2の1、2)。なお「農口」姓は、全国的に少なく、人名辞典等の文献資料には掲載が認められず、インターネット情報によると全国で順位3万番台に多い名字であり現在「農口」姓を名乗る日本人は約100人とのことである(甲3)。これらの状況を総合的に考慮すると、本件商標の指定商品に本件商標を付した場合、想起される観念は特定の人名として著名な名杜氏である請求人の名「農口」または「農口尚彦」もしくは「農口尚彦の酒」であると考えられる。
なお、被請求人は、石川県能美市の酒造会社である。平成25年末に長年閉鎖していた酒蔵である山本酒造本店の蔵を元料理人のA氏(以下「被請求人社長」という。)が買い取り、「農口酒造」と社名変更して酒造りを始めた(甲4)。現在、被請求人は酒造りの経験の浅い被請求人社長が杜氏として酒造りを担当している。
イ 使用例
被請求人は、本件商標の類似標章を被請求人の製造販売する日本酒に付して使用している(甲5)。
(ア)使用例1
大吟醸の「金」「銀」「銅」「純米大吟醸」には、「農口」の文字を縦書きで草書体風の文字を使用した標章を被請求人が付して、販売している(甲5、甲6)。
(イ)使用例2
使用例1以外の被請求人販売の日本酒には、「農口」の文字を縦書きで楷書体風の文字を使用した標章を被請求人が付して、販売している(甲5、甲7)。
なお、上記使用例1及び使用例2で使用されている商標をまとめていうときは、「本件使用商標」という。
ウ 本件商標と本件使用商標の類似性
本件商標は、構成する漢字二文字「農」「口」は同一であるため、称呼及び観念は同一といえる。一方、横書きの標準文字からなる本件商標に対して被請求人の使用している商標は草書体風または楷書体風の縦書きの文字からなり、外観においては同一とはいえない。
このため被請求人は、使用例1及び使用例2において本件商標と類似の商標を使用している。
エ 本件商標の指定商品と本件使用商標の使用に係る商品との同一性
被請求人は、本件商標の指定商品のうち「日本酒」について、本件使用商標を使用しているため本件商標の指定商品と本件使用商標の使用に係る商品は同一である。
(2)請求人の業務に係る商品との出所の混同
ア 引用商標
引用商標は、「農口尚彦研究所」の文字からなる商標である。
請求人は、石川県小松市で酒蔵「農口尚彦研究所」の杜氏として、蔵の名である「農口尚彦研究所」の名で日本酒を製造している。引用商標である「農口尚彦研究所」の文字は、日本酒の酒瓶及び贈答箱に縦書き及び楷書体で付されている(甲8、甲9)。なお、請求人は標章「農口尚彦」について第33類「清酒」について商標権を有している(甲10)。
イ 本件使用商標と引用商標との類似性
本件使用商標と引用商標は、称呼はそれぞれ「ノグチ」、「ノウグチ」に対し「ノグチナオヒコケンキュウショ」、「ノウグチナオヒコケンキュウショ」であるが、いずれも要部は名杜氏として著名な請求人個人の名字である「農口」であり、要部の称呼は同一である。外観においても商標の要部が「農ロ」である以上、類似であると評価できる。
そして、本件使用商標を日本酒に使用した場合の観念は、上記(1)アで述べたとおり、特定の人名として著名な名杜氏である請求人の名「農口」または「農口尚彦」もしくは「農口尚彦の酒」である。
一方、引用商標は、請求人の名をフルネームで付した酒蔵である「農口尚彦研究所」であるから、引用商標を日本酒に付した場合生じる観念は本件使用商標と同じく特定の人名として著名な名杜氏である請求人の名「農口」または「農口尚彦」もしくは「農口尚彦の酒」である。
したがって、本件使用商標と引用商標は類似である。
ウ 引用商標の周知性・著名性
請求人は、日本酒業界で知らぬ人のない名杜氏であり、著名人である(甲11)。請求人は、石川県の奥能登の祖父・父の二代続く杜氏の家に生まれ、中学卒業後酒造りの修業を始めた。昭和36年、石川県白山市の菊姫合資会社において杜氏に着任し、平成9年に定年退職するまでに数々の名酒を世に送り出し、請求人自身も連続12回、全国鑑評会金賞を受賞し、現在まで通算27回金賞を受賞している。その後、平成10年に鹿野酒造合資会社の杜氏に着任、平成24年まで杜氏を務めた。その間、平成15年にはポプラ社から自己の杜氏としての歩みや酒造りへの思いを記した「魂の酒」を出版している(甲12)。平成18年には「現代の名工」に認定、平成20年には黄綬褒章を受章した。平成22年3月9日のNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」に「魂の酒、秘伝の技」として出演している(甲13)。その後、いったん杜氏を引退したものの、平成25年に請われて被請求人の杜氏となり、被請求人のもとで平成25年、平成26年分の仕込みを行った。その間、テレビ東京「和風総本家」の「81歳の杜氏・農口尚彦幻の名酒再生秘話」に出演した(甲11)。
被請求人と快を分かった後、請求人は再び引退を決意したが、自らの技を後進に伝えるべく、平成29年に85歳で若手育成のため「農口尚彦研究所」で杜氏として復活した。請求人は若いころより、能登四天王と呼ばれ名杜氏としてその名を全国に知られており、86歳の現在では、「日本酒造りの神様」と呼ばれている。日本酒に関わる酒造会社、酒の小売店はもちろん、日本酒ファンの間で請求人の名を知らない者はない。
そして引用商標は、日本酒造りの神様が復活した酒蔵として設立当初より、日本酒ファンの間で話題となって、各種メディアにも多数取り上げられている。当該研究所は請求人の酒造りの技にほれ込んだ経営者が請求人に思いどおりの酒造りと後進の育成に取り組んでもらうため農口氏のためにつくった酒蔵であり、当該研究所のすべての酒は請求人の手による。
請求人が引用商標の使用を開始したのは、平成29年秋からでありその実績はまだ約1年ほどであるが、そもそも日本酒造りの神様といわれる請求人の名は、引用商標使用開始のはるか以前より全国的に著名であり、かつ引用商標も既に著名となっている。請求人の作る酒は、発売と同時に完売または品薄となり石川県を訪れた日本酒ファンは当該研究所の酒を求めて県内の酒店を探し回るほどである。
引用商標の紹介例は枚挙にいとまがない(甲14)。平成30年9月9日にフジテレビの27時間テレビの「日本の食遺産」のコーナーにおいて請求人が「農口尚彦研究所」の杜氏として出演した(甲15)。また、平成29年10月期のTBSの日曜劇場「陸王」の公式ホームページの「伝統産業に生きる」のコーナーにおいても「農口尚彦研究所」が紹介されている(甲16)。また、日本経済新聞でも平成30年4月13日に全国版夕刊において同研究所が箱組みで紹介された(甲17)。加えて、多数の雑誌・新聞・テレビ・広告等で同研究所及び引用商標を付した酒、請求人を紹介している(甲18?甲23)。なお、平成30年8月には農口尚彦研究所の酒が、同年秋からANA国際線ファーストクラスなどの機内食メニューに通年で採用されることが決定した(甲24)。
よって、請求人の名を冠した引用商標もまた著名といえる。
エ 引用商標との出所の混同
本件使用商標と引用商標はいずれも、石川県産の日本酒に使用されている。このため、いわゆる地元の日本酒通や食通が通う酒店や飲食店においては需要者の混同を避けるため、かつ客からの苦情を避けるため、あえて引用商標を付した酒のみを取り扱う店が石川県内において多く存在する。一方、主に観光客を相手とするような酒店や大手スーパーにおいては、被請求人の酒のみが販売されている場合もある。石川県内の大手スーパーにおいては、あたかも被請求人の酒が請求人の手によるかのような表示のもとで売られている(甲25の1、2)。また、両者の酒を取り扱っているJR金沢駅構内の地酒蔵は県外や海外の観光客の利用が多く、購入者の誤認混同を避ける目的で被請求人の酒に「杜氏農口尚彦」の手によるものではなく、被請求人社長によるものであることを明示してある(甲26)。
また、日本酒ファンがSNS等において杜氏農口尚彦の手によらない日本酒「農口」の存在を憂慮する書き込みを掲載しており、一般需要者に誤認混同が生じていることが分かる(甲27、甲28)。
なお、被請求人の公式ホームページの「お客様の声」においても「大吟醸、2本いただいて最初の1本はすぐいただきました。山廃純米の『労働者の酒』(農口さんの言い方)と違って、なんとシャープで淡麗で美しいことか。でも私の好みではありませんでした。6000円もしたのに飲みたくないので放置していて、半年後の今飲んだら、うまいことうまいこと!!『命の水』に変わっていました。おすすめではないかも知れ得ませんが、『生』だけに本当に生きていて面白いです。農口さん、どうか健康で長生きしていただき、私たちファンを長く楽しませてください。」と「農口さん」と人名としての「農口」に対してお礼の言葉を述べており、杜氏農口尚彦の手による酒であると誤認している(甲29)。
また、被請求人の公式ツイッターにおいても、平成30年4月8日に「2017年冬に活動を再開した名杜氏農口尚彦氏を再び呼び寄せて作った一本」、平成30年2月4日に「念願の農口杜氏の酒」、平成29年12月29日に被請求人は石川県能美市と加賀の酒蔵であるにもかかわらず請求人の出身地である能登を意識して「能登のお酒」「能登の農口」との書き込みがある。また平成29年10月21日には「農口さんが価格破壊している」同月16日には「農口 杜氏さんの名前のお酒」、平成29年9月26日には「長年飲みたかった農ロの杜氏さまが復活しているのを今更知り」などとの書き込みを被請求人においてあえてリツイートしており、被請求人の日本酒を一般需要者が請求人の手によるものと誤認して購入していることが明白となっている(甲30)。
ところで、請求人が被請求人の杜氏を務め、平成25年末から製造した日本酒は一升瓶で40,000本、400石で、これを平成26年6月末までの約6か月間で、ほぼ完売している。翌平成26年は一升瓶で113,158本、約1,130石を製造し、その後、請求人は被請求人と袂を分かっている(甲31)。当初製造した400石の約3倍の日本酒を平成26年には製造しており、高級酒の割合が高かったとはいえ、すでに請求人が被請求人を離れて4年以上の年月が経過しており、最初の400石が約6か月でほぼ完売したことから、その約3倍の量の日本酒も、約8倍以上の期間の経過で、既に請求人の製造した日本酒は被請求人のもとにはほとんど残っていないものと推認される。実際、この平成25年以降、平成29年までの期間、日本酒全体の出荷量は伸び悩んでいるが、請求人が主に製造してきた特定名称酒は、本醸造酒を除き、その出荷量を堅調に伸ばしていることからも、そのことが裏付けられる(甲32)。
以上の事情に加えて、被請求人ホームページの商品一覧においてあえて「山廃大吟醸」300本限定「農口杜氏最後の作品」3万円、と表示してあることを併せ考えると(甲5)、既に請求人が作った日本酒は被請求人のもとにほとんど在庫としては存在しないものと考えられる。
したがって、被請求人が現在本件使用商標を付して販売している日本酒のほとんどは請求人の手によるものではないことは明らかである。
以上の点を総合考慮すると、一般需要者として本件使用商標を付した日本酒を請求人の手による酒であるとの誤認混同が生じていることは明白である。
(3)被請求人の故意
請求人はかつて被請求人の杜氏を務めていた。被請求人社長は、平成25年に請求人を初代杜氏に迎え、酒造りを開始した。本件商標は、翌年5月に出願されている(甲1)。
しかし、請求人は2シーズン酒造りを行った段階で被請求人と袂を分かち、平成27年4月に被請求人を去った。会社を去るにあたり、請求人としては自己の手掛けた酒がなくなれば当然に被請求人が「農口」の名前を使わないだろうという認識で蔵を去っており、その際、自己の名を今後使用しないことを求め、被請求人社長も何ら異議を述べなかったため、請求人としては自己の手掛けた酒がなくなった時点で「農口」及び杜氏農口尚彦の名前は被請求人の商品から消えることを確信していた。この時点において、被請求人が本件使用商標を使用することに大きな事情変更が生じている。
なお、被請求人の酒は、現在、被請求人社長が酒造りを行っている。
ところが、請求人と被請求人との約束は守られることなく、被請求人は請求人の名声に乗じて自社の酒を宣伝し続けた。請求人としては、自らが携わっていない酒に自己の名が付されること、特に自己の名を付された酒が到底杜氏として承服できるレベルの酒ではないことに我慢がならず、平成28年3月16日付けで被請求人宛内容証明郵便において「農口尚彦の名を配したラベルを貼付した製品の回収及びホームページをはじめとするすべての広告媒体等における『農口尚彦』の名の削除」を求めた(甲33の1、2)。これに対し、同年4月21日付け普通郵便で被請求人社長は「ラベルについては、農口氏の氏名が表示されないよう、弊社代表者が製造していることを示す表示をして流通させております。また、今後はラベルの内容自体を一新し、更に誤解のない内容にすることを検討しております。」「広告媒体等のうち、貴職らからご指摘いただきましたホームページ上の表示については、すでにホームページ作成を依頼した業者に削除するように依頼しております。そのほかの媒体についても貴職らご指摘の点があるか確認して対応します。」との回答があった(甲34の1、2)。
平成28年当時、請求人は一旦杜氏職を離れていたため、被請求人の回答を受け入れ、回答書の内容を履行するのであれば損害賠償等を行うことまでは求めないとの方針で、これ以上の追及は控えることとした。
ところが、平成29年秋、請求人が再び杜氏として酒づくりを始めてみると被請求人においてあえて請求人の名に乗じて酒を販売する場面が多数発見され、到底看過できないものであることが発覚した。
まず、前記平成28年の回答に反して、被請求人販売の日本酒には、使用例1、使用例2の大吟醸等において本件使用商標横に「杜氏農口尚彦」の名が付され、顧客に対しあたかも請求人が作った酒であるかのような外観をあえて創出し販売されている(甲35の1、2)。なお、使用例1の草書体風の「農口」の文字は被請求人経営者に乞われてしたためた請求人の自筆である。また、被請求人ホームページ「会社概要」でも「霊峰白山を望み、日本海の荒波に臨む酒造りを行うこと、およそ二百年の歴史ある酒蔵。全国新酒鑑評会にて通算二十七回の金賞を受賞した現代の名工農口尚彦を杜氏が平成二十五年末より再始動。生涯現役を貫く農口が酒造りの原点であるきめ細かい愛情を大切に、日本酒の神髄に迫ります。」とあえて請求人の名を全面に押し出している(甲36)。また、上記(2)エでも述べた公式ツイッターでは、請求人の手による酒であると誤解している需要者の書き込みを訂正するどころか、あえて公式ツイッターにおいてリツイートして需要者が誤認混同をするように誘導している。このようなリツイートは、上記(2)エで紹介した請求人が新たに酒蔵を始めた以後だけではなく、以前から行われている。平成28年12月14日には「入手困難、石川県でおすすめの日本酒・土産は『農ロ』な理由。」と「現代の名工『農口尚彦』の酒造りとの広告写真が張り付けられた書き込みをリツイートしているほか、平成28年12月9日には、「山廃と吟醸酒の第一人者、日本酒の神と称される杜氏農口尚彦さん。現代の名工、黄綬褒章を受章し、その酒は酒好きには堪らない逸品で‥‥」との書き込みをリツイートしている(甲37)。また、上記(2)エで述べたように、被請求人は請求人の手によるとする山廃大吟醸を被請求人ホームページにおいて一本3万円で販売しているが(甲5)、引用商標を付した山廃吟醸酒(1.8L)は一本5千円で販売している。引用商標を付した日本酒で一升1万円を超える酒はない(甲8)。
被請求人は、平成27年4月に請求人が被請求人を離れる際に自己の名を今後使用しないことを求め、その際何ら異議を述べず、更に平成28年3月に、請求人が被請求人の所為に耐え兼ねて内容証明を送った際にも、すぐに善処する旨約束したにもかかわらず、その後も、本件使用商標を付して日本酒を販売する際に、請求人の名を入れたり、被請求人ホームページ上及び公式ツイッター上であたかも被請求人の商品が請求人の手によるかのような外観を創出しているのであるから、被請求人が「商品の品質若しくは役務の質の誤認又は他人の業務に係る商品若しくは役務と混同を生じる」ことについて故意を有することは明白であるだけでなく、むしろ、被請求人の行為は商標権を有することを奇貨とした権利濫用(民法第1条第3項)と評価できる。
(4)商標法第51条第1項の公益性
商標法第51条第1項の趣旨は「商標権者が登録商標を不当に使用することによって、一般公衆が商品の品質を誤認したり又は他人の業務に係る商品との間に混同を生じたりすることがないように、登録商標の不当使用者に対し、その登録商標の登録を取り消し、もって一般公衆の利益を保護することを主要な目的とする」(最判昭和61年4月22日 ユーハイム事件)。
本件は、被請求人による権利濫用と評価できるような所為により、被請求人が請求人の名声に乗じてあえて一般需要者に誤認混同を起こさせており、実際に一般需要者において引用商標と本件使用商標との間で誤認混同が生じていることが明白な事案である。
いい酒造りをすることに生涯をささげてきた請求人にとって、納得のいかない酒が請求人の酒だと誤認混同されることにより需要者を失望させ困惑させるのは耐え難い事態であり、やむを得ず本請求に及んだ次第である(甲38)。
本件商標を取り消すことは一般公衆の利益を保護するため必須であり、かつ、本審判の趣旨に沿うものであると思料する。
2 審判事件弁駁書における主張
(1)弁駁の理由
本件において、被請求人は、自らが「農口」の商標権を有することを奇貨として、請求人の手による酒であるかのような外観を装い、自らの商品を販売している。かかる所為は、請求人の利益を害するばかりか、請求人の手による酒であると誤信して被請求人の酒を購入している一般公衆の利益を著しく害しており、商標法第51条の趣旨に鑑み本件商標は取り消されるべきである。
(2)被請求人の答弁について
ア 被請求人は商標法第53条の裁判例を挙げて類似範囲について、「不正使用取消審判において、使用商標が登録商標と社会通念上同一と認められる商標であれば、両者を同一商標として扱うべきことを判示している」と主張するが、被請求人の挙げた裁判例は異なる称呼、観念に係る事例であり、主張自体失当である。
また、被請求人は商標法第50条第1項括弧書きにかかる工業所有権法(産業財産権法)逐条解説(以下「逐条解説」という。)を挙げて、類似範囲についての説明を行っているが、かかる主張も失当である。「社会通念上同一の範囲」の概念が商標法第50条第1項及び同法第38条第4項にのみ適用されることは、第50条第1項括弧書き及び第38条第4項括弧書きの規定から明白である。
そもそも商標法第50条と同法第51条の立法趣旨は全く異なる。かかる趣旨の違いから商標法第50条においては第1項括弧書きが存在し、かつ、あえて「以下この条において同じ。」と限定を加えているものであるから、商標法第50条と同様の解釈を商標法第51条において行わんとする被請求人の解釈は条文の趣旨を無視したものである。
加えて、被請求人は「注解商標法〔新版〕株式会社青林書院」の商標法第25条の項の説明についても解釈の例示に挙げているが、商標法第25条は商標権の効力の規定であり、そもそも逐条解説の商標法第25条の解説において記されているとおりであって、禁止権の範囲が指定商品の如何によって変化をするなどということは、法解釈の安定の見地からもあり得ない。商標法第51条の「登録商標」の範囲を拡張して免責することは、商標法第51条の「商標権の行使を逸脱した商標の不正使用をする者に対して制裁を加えるとともに、第三者の権利利益及び一般公衆の利益を保護しようとするもの」とする立法趣旨に反し、同条項の実効性を不当に制限する結果となる。
本件においては、被請求人も認めるように、本件商標と本件使用商標においては、書体及び縦書き、横書きの相違があり、明確に登録商標の類似範囲における使用であるといえる。
イ 被請求人は、本件商標と引用商標が非類似であるから品質の誤認又は出所の混同を生じない旨主張する。
しかしながら、本条における出所の混同とは、「混同には広義の混同を含み,当該他人に係る商品等との混同のみならず,その者と組織的又は経済的な関係を有する者の業務に係る商品等と混同を生ずるときも該当する」(青林書院 新・注解商標法下巻)ことであり、被請求人は条文の解釈を誤っている。
本件においては、甲第2号証の1及び2、甲第11号証ないし甲第24号証により請求人が日本酒の世界において周知、著名であることは明白であり、甲第25号証の1ないし甲第26号証及び甲第28号証ないし甲第30号証により被請求人の本件使用商標に係る酒が少なくとも請求人と組織的又は経済的な関係を有する者の業務に係る商品等と混同を生ずるときにあたることは明白であるといえる。
ウ 被請求人は、登録商標「農口尚彦」が拒絶理由通知なく登録査定となったこと等をもって被請求人の故意を否定する。
しかしながら、被請求人は、甲第34号証の1において自ら請求人の氏名を商品等に表示しないよう約したにもかかわらず、甲第35号証の1にあるように、あえて登録商標の類似範囲における使用をした指定商品において使用商標に近接して杜氏農口尚彦の名を付し、被請求人ホームページにおいてもあえて請求人と関連があるかのような表示を行い(甲36)、公式ツイッターにおいて被請求人との関連を誤解した書き込みをあえてリツイートすることにより被請求人の指定商品があたかも請求人と関連があるかのような外観をあえて創出していたものであり、被請求人の故意は明らかである。
(3)請求人の主張
ア 「登録商標の類似範囲における使用であること」について
本件においては、使用例1に挙げたように、被請求人は、大吟醸に「金」「銀」「銅」「純米大吟醸」には、「農口」の文字を縦書きで草書体風の文字を使用した標章を被請求人が付して、販売している(甲5、甲6)。
また、使用例2では、上記使用例1以外の被請求人販売の日本酒には、「農口」の文字を縦書きで楷書体風の文字を使用した標章を被請求人が付して、販売している(甲5、甲7)。
登録商標の範囲については、「商標法上は、商標の構成要素(文字、図形、記号等)が少しでも異なると、それらが類似であるか非類似であるかは別問題として、少なくとも同一の商標とは扱わないのが原則である」と社団法人発明協会「平成6年改正 平成8年改正 平成10年改正 工業所有権法の解説」(特許庁総務部総務課工業所有権制度改正審議室編)に明記されている。
加えて、取消2013-300941(平成28年3月31日審決)においても、「本件商標と被請求人使用商標とは、同一のものとはいえず、商標法第51条の趣旨に鑑みれば、両者を実質的に同一とみることもできない」として類似である旨認定している。
これらを踏まえて本件商標を見るに、本件商標は、構成する漢字二文字「農」「口」は同一であるため、称呼及び観念は同一といえる。一方、標準文字に対して被請求人の使用している商標は草書体風または楷書体風の文字からなり、外観においては同一とはいえない。
よって両者が類似であることは明白である。
なお、仮に字体自体が同一であると万が一に認められる場合があったとしても、被請求人は「農口」の商標を絵柄付きのラベルに「杜氏 農口尚彦(落款を付したもの)」を使用して指定商品である清酒を販売している(甲39?甲44)。
東京高裁平成8年7月18日判決(平成7年(行ケ)第17号・トラピスチヌの丘事件)は、「称呼,観念を共通にするものの,外観において異なるものといわざるを得ないから,使用商標は,登録商標と同一の商標と認めることはできず,本件商標に類似する商標というべきである」としており、また、東京高裁平成15年6月19日判決(平成14年(行ケ)第168号・Phillipson事件)においても、字体が異なることやその他の表示が使用商標には付記されている点をとらえ類似商標であるとの判断がなされている。
上記判決と比較するに本件においても、ラベルのデザイン全体をもって指定商品「清酒」に係る商標であると評価できるものであり、被請求人の登録商標の類似の範囲における使用に該当することは明らかである。
イ 「品質の誤認又は出所の混同を生ずる」点について
(ア)商品の品質の誤認を生ずる使用とは、「商標が指定商品の種類を表示又は暗示する標章を含むものであるときに,指定商品と商標が実際に使用されている商品との間に相違がある場合,商標が表示する商品の品質が虚偽の事実を含む場合等をいうもの」(知財高裁平成24年11月29日判決・平成24年(行ケ)第10188号・「Goodwear事件」)である。
本件においては日本酒造りの神様といわれる請求人が日本酒に携わる者や日本酒ファンの間では周知著名であることは明白であり(甲11?甲24)、請求人の手による酒であるという品質の誤認のもとに一般需要者が被請求人の指定商品を購入しており、商品の品質の誤認を生じている。
加えて、上記アで述べたように被請求人は「農口」の商標の左下に必ず「杜氏 農口尚彦」を記した形で指定商品「日本酒」を製造販売している。日本酒は日本全国各地に多数銘柄が存在するが、全国的に名の知られた杜氏は数少ない。指定商品である「日本酒」の需要者は、名人として名高い全国的に周知著名な杜氏の名前が記されている日本酒であれば当然に名人である「その杜氏の手による日本酒」であるとの期待と確信をもって購入することが常であるから、品質の誤認が生じていることは明白である。
(イ)出所の混同については、当該他人に係る商品等との混同のみならず、その者と組織的又は経済的な関係を有する者の業務に係る商品等と混同を生ずるときも該当する(東京高裁平成15年8月27日判決・平成15年(行ケ)第76号・「金杯菊正宗」商標事件)。
本件においては、実際に販売業者が請求人の手による酒であると誤信して店頭において被請求人の指定商品を販売しており(甲25の1、甲25の2)、誤認予防のための措置をとる店もあるほどであり(甲26)、出所の混同が生じていることは明白である。
(ウ)品質の誤認又は出所の混同に関しては、請求人が別途金沢地方裁判所に提起した標章使用差止等仮処分命令申立事件(平成30年(ヨ)第67号)においても、被請求人の商品との品質の誤認又は出所の混同が生じていることが認定されている(甲45)。
ウ 「被請求人の故意」の存在
被請求人の故意は、請求人が被請求人のもとを去ったのち、特に請求人と被請求人の警告文のやり取りの後も従前と変わらず指定商品を販売し続けていることにより明白である(甲33の1?甲34の2)が、そのほかにも被請求人のホームページ上の記載や公式ツイッターのリツイート状況からも明白である(甲36、甲37)。
取消2004-31334(平成18年1月13日)審判においても、ライセンス契約終了後の警告文のやりとりの後も指定商品について類似商標を付した販売を継続したことをもって被請求人の故意を認定している。
加えて、上記イ(ウ)の仮処分申立事件においても、被請求人の故意は明白に認定されているといえる。被請求人は、同申立事件において、被請求人の販売する指定商品は請求人が在職中に製造した在庫であるとの主張を行っているが、請求人代理人弁護士や裁判所が備え付け義務のある帳簿(甲46)の提出を強く求めたにもかかわらず、主要な部分の提出を拒んでいたが、被請求人から帳簿として唯一提出された酒類移出簿により、被請求人の在庫は請求人の退職時より増加していることが認定されており(甲45)、被請求人が請求人以外の者の手による指定商品を「杜氏 農口尚彦」の名を付して販売していたことは明白である。なお、被請求人は、在庫の増加について「一升瓶から四合瓶に酒を移す作業で増えた可能性がある」との説明を新聞社の取材に対し答えているようである(甲47)。
以上の事情を勘案すれば、被請求人の故意は明白である。

第4 被請求人の主張
被請求人は、結論同旨の審決を求め、その理由を以下のとおり述べ、証拠方法として、乙第1号証ないし乙第18号証(枝番号を含む。)を提出した。
1 商標法第51条第1項に規定する要件について
請求人は、被請求人が故意に指定商品について登録商標(本件商標)に類似する商標(本件使用商標)の使用であって、請求人の業務に係る商品(商標「農口尚彦研究所」を付した商品)若しくは役務と混同を生ずるものをしたため、商標法第51条第1項に規定により、その登録を取り消すべきである旨主張している。
しかしながら、指定商品について登録商標に類似する商標の使用、請求人の業務に係る商品と混同を生ずること及び被請求人(商標権者)の故意のいずれの要件も充足していないため、本件商標は、商標法第51条第1項に規定する取消理由を有しないものであり、その登録は取り消されるべきものではない。
2 指定商品についての登録商標に類似する商標の使用について
(1)本件使用商標と本件商標の同一性
ア 本件使用商標の構成態様
請求人は、本件商標に類似する本件使用商標として、甲第5号証ないし甲第7号証で示す使用例1及び使用例2の2つの態様を指摘している。
イ 本件使用商標と本件商標との同一性について
請求人は、本件商標と本件使用商標とは、文字構成が同一であるから称呼及び観念が同一であるけれど、書体の相違や縦書き・横書きの相違から外観は物理的に異なるため、両者は同一商標ではなく類似商標の関係にあると主張する。
しかしながら、現実の登録商標の使用においては、登録商標をそのままの態様で使用しているとは限らないのが実情であり、使用商標が登録商標の構成部分に変更を加えてあっても、その変更が商標の識別性に影響を及ぼさず、かつ、商標の同一性を損なわない場合には同一商標として両者を扱って、実際の商取引を行っている慣習が認められる。
したがって、書体の相違や縦書き・横書きの微細な外観の相違にすぎない本件商標と本件使用商標の両者を社会通念上同一の商標であると見るべきであって、類似商標ではなく同一商標として両者を扱うべきである。
このことは、平成19年(行ケ)第10352号、同第10363号各審決取消請求事件、及び、平成19年(行ケ)第10353号、同第10364号各審決取消請求事件の判決からも明らかである。これ等の裁判は、何れも商標権者による不正使用ではなく、商標権者から許諾を受けた使用権者による不正使用取消審判(商標法第53条第1項)の審決に対する審決取消訴訟の例であるが、判決理由において登録商標と使用商標との同一性について、不正使用取消審判において、使用商標が登録商標と社会通念上同一と認められる商標であれば、両者を同一商標として扱うべきことを判示している。
また、商標法第50条第1項括弧書きについて、逐条解説には、それまで審決や判決例によりされていた当然の解釈を単に規定上明確にしたものにすぎず、上記括弧書きが存在してはじめて上述した解釈がされるわけではない旨の記載がされていることからも明らかなように、使用商標と登録商標との同一性は、商標法第50条ばかりではなく、本件における商標法第51条第1項においても同様に解釈されるべきことは当然である。
さらに、「注解商標法[新版]株式会社青林書院」の商標法第25条の項においては「企業が登録商標を使用するにあたっては、登録商標の構成に多少の変更を加えて使用することがごく普通に行われており、登録商標の同一の範囲を厳格に解釈することは、取引社会の実情からみて妥当でなく、また商標権者に専用権を与えて商標を保護することとした商標法の趣旨に反することも明らかである。したがって、登録商標の同一の範囲というのは、登録商標と物理的に同一のもの及びそれと相似形のものを意味すると限定的に解釈すべきではなく、取引社会の通念に基づいて解釈するのが妥当である。」と記載されている。
ウ 指定商品「日本酒」における実際の商取引の実情
指定商品「日本酒(清酒)」における胴ラベルにおいては、標準文字で登録された文字を縦書きの毛筆書体で表記したように使用している例が多くみられる(乙1?乙18)。
さらに、甲第10号証で示すように、請求人の商標登録第5979077号は「農口尚彦」と漢字4文字を横書きにしてなる標準文字の登録商標であるが、甲第8号証及び甲第9号証で示すように、請求人自らが実際の胴ラベルに、「杜氏 農口尚彦」の文字を縦書きの毛筆書体で表記したように使用している。
エ 本件商標と本件使用商標の対比
以上を総合的に勘案すると、本件商標と本件使用商標とは、書体、縦書き・横書きの相違が存するものの、同一の称呼及び観念を生じ、かつ、外観においても自他商品識別標識としての実質的な差異がないことは明らかである。
したがって、本件使用商標の使用は、本件商標と社会通念上同一と認められる範囲内での商標の使用であって、両者は同一商標として扱うべきであり、よって本件使用商標について、本件商標のいわゆる禁止権の範囲内での使用ではないものとして判断すべきである。
(2)小括
被請求人は、登録商標と同一商標の使用をしているため、指定商品についての登録商標に類似する商標の使用要件を充足しない。
3 請求人の業務に係る商品と混同を生ずること
(1)本件使用商標と引用商標との非類似性
外観において、本件使用商標が漢字2文字に対して、引用商標は漢字7文字を、それぞれ同一書体で一体不可分の構成で縦書きして表示されてなる。
したがって、両者の外観は明らかに相違する。
次に、請求人は称呼及び観念において、引用商標の要部は「農口」であると主張する。
しかし、甲第8号証及び甲第9号証の外観から「農口」と「尚彦研究所」に分離して看取されるべき理由は認められない。
また、観念においても、「杜氏 農口尚彦」が著名であるから、両者の観念も「杜氏 農口尚彦」又は「農口尚彦の酒」の観念が生じると主張する。
しかし、本件使用商標「農口」を氏と認識したとしても、三代読いた農口姓の杜氏が現に存在(甲11、甲16、甲18、甲19、甲22等)し、他にも同一姓が推測できること、及び、「農口尚彦研究所。この名称にピンときたら、アナタはかなりの日本酒通」(甲20)との記載等からも見られるように、「農口」から「農口尚彦」の姓名を直感するとの認識は通常の取引者及び一般の需要者からかけ離れたものであり、引用商標の一体不可分に構成する「研究所」を全く無視したものともいえる。
加えて、両商標の使用態様は、本件使用商標は瓶の胴ラベルに顕著に表示されているのに対して、請求人の引用商標は封印シールに渦巻状のマークとともに、楷書体で縦書きして使用していること(甲8、甲9)、及び上記の明らかな構成態様の相違を勘案すれば、市場において各商標を付した両者の商品が出所の混同を生じる要因は全く存在しない。
さらに、請求人の「農口尚彦」(商標登録第5979077号)は、被請求人の本件商標(先願先登録)が査定時に存続していたにもかかわらず、経過情報によると本件商標に基づく拒絶理由通知がなされることなく登録査定となっている。
すなわち、共に標準文字で横書きしてなる上記二つの商標は、互いに非類似の関係にあると判断されている。
それにもかかわらず、縦書きは共通するけれど互いの書体が異なる、本件使用商標「農口」と、請求人の「農口尚彦」に「研究所」が付加された引用商標「農口尚彦研究所」とが類似するとの請求人の主張は一貫性がなく矛盾し是認できないことは明らかである。
よって、本件使用商標と引用商標とは互いに類似するものでなく非類似の商標である。
(2)引用商標の周知性・著名性
「農口尚彦」の杜氏としての名声を主張する資料を提示しているのみで、引用商標「農口尚彦研究所」が日本酒において周知著名であることの立証はされていない。
(3)引用商標との出所の混同
請求人の取消の理由は、被請求人の故意による本件使用商標「農口」と請求人の引用商標「農口尚彦研究所」とが商品の混同を生じているとの主張であった。
しかし、混同の事実及びおそれについての主張は皆無で、被請求人の「杜氏 農口尚彦」のラベルでの表示を批難するのみである。
請求人の甲第33号証の1及び2の内容証明に対して、被請求人の甲第34号証の1及び2の回答のとおり、現在は、請求人が製造した日本酒にのみ、「農口尚彦」の表示を使用している。
商標は「農口」であり、関わった杜氏の氏名が事実として表示されているのみで、引用商標「農口尚彦研究所」を商品「日本酒」に付して最初に発売開始以前の平成25年度より変わらない。
甲第27号証は2016(平成28)年11月24日、甲第28号証は2016(平成28)年3月12日に投稿されたブログの記事である。いずれの記事も農口尚彦研究所の設立前で、まして引用商標の使用商品すら想像できない時期の記事である。いかなる記載部分に基づいて、市場に無い商品との出所の混同を言及していると主張しているのか不明である。
甲第29号証において、赤枠記載の商品は、被請求人が製造した「日本酒 純米大吟醸 1800m l6,000円」であり、事実の誤認はなく、本件使用商標と引用商標「農ロ尚彦研究所」とを混同していることをうかがわせる内容ではない。
甲第30号証の被請求人の公式ツイッターがリツイートした各ツイートは、本件使用商標と引用商標「農口尚彦研究所」とを混同していることをうかがわせる内容ではない。
平成30年4月8日及び平成30年2月4日のツイート中の商品は、被請求人が製造した「日本酒 純米大吟醸 1800ml」であり、平成29年10月16日のツイート中の商品は、被請求人が製造した「日本酒 銅 大吟醸 押し切り 1800ml」であり、事実の誤認はない。
同じく、平成29年9月26日及び同年12月29日のツイート中の商品は、「プロデュース ・・・」(審決注:「・・・」の部分は被請求人社長の氏名。)と表示されており、甲第34号証の1及び2の回答のとおりの対応がなされている。
同じく、平成29年10月21日のツイート中の「農口さん」は「農口酒造」を示しているにすぎない。
請求人は同人の製造した日本酒が被請求人のもとにはほとんど残っていないものと推認しているが、平成25年度及び26年度に請求人が関与して製造した日本酒は現在も在庫として残っている。
前述のように被請求人の甲第34号証の1及び2の回答に基づいて、被請求人は国税局と相談上で、在庫として残っている請求人が製造した日本酒にのみ、「農口尚彦」の表示を使用し、請求人の製造していない日本酒については、「農口尚彦」の表示を使用していない。
(4)小括
本件使用商標は、引用商標との非類似であり、引用商標との出所の混同も認められないので、請求人の業務に係る商品と混同を生ずることの要件を充足しない。
4 被請求人の故意について
(1)請求人の主張について
商標法第51条第1項の「故意」とは、商標権者が指定商品について登録商標に類似する商標を使用するにあたり、これを使用した結果、他人の業務に係る商品と混同を生じさせることを認識していることと解するのが相当である(平成23年(行ケ)第10005号審決取消請求事件)。
請求人は、前記第3の1(3)において、甲第33号証及び甲第34号証を根拠として、本件請求の理由と無関係である「農口尚彦」の使用における故意を主張している。
しかしながら、上記3(1)のとおり、請求人の「農口尚彦」(商標登録第5979077号)と被請求人の本件商標(「農口」)とは、互いに非類似の関係にあると判断されている。
したがって、「農口尚彦」ですら、「農口」に類似しておらず、被請求人が指定商品について登録商標「農口」に類似する商標を使用していることの故意は認められない。
しかも、被請求人は平成25年度より本件使用商標を使用しているのであって、請求人による「農口尚彦研究所」の使用以前であり、被請求人による本件使用商標の使用開始時に、請求人が「農口尚彦研究所」ブランドで清酒を製造販売することは全く請求人自身も念頭にすら無く、まして取引者や需要者も想像すらできないことであった。
その後、本件使用商標を継続して使用している被請求人が、平成27年12月から指定商品である日本酒に使用を開始した請求人の商標「農口尚彦研究所」と混同させる故意があったとの主張は時系列においても不可思議である。
(2)小括
商標権者が指定商品について登録商標に類似する商標を使用するにあたり、これを使用した結果、他人の業務に係る商品と混同を生じさせることを認識していないので、被請求人(商標権者)の故意の要件を充足しない。

第5 当審の判断
1 本件商標と本件使用商標との類否について
(1)本件商標
本件商標は、「農口」の文字を標準文字により表されてなるところ、特定の意味を有しない造語として認識されるものであるから、その構成文字に相応して「ノウグチ」又は「ノグチ」の称呼を生じ、特定の観念を生じないものである。
(2)本件使用商標
本件使用商標は、別掲のとおり、草書体又は楷書体で「農口」の文字を縦書きしてなるものであるから、その構成文字に相応して「ノウグチ」又は「ノグチ」の称呼を生じ、特定の観念を生じないものである。
(3)本件商標と本件使用商標の類否
本件商標と本件使用商標とは、外観においてその書体が異なり、横書きと縦書きの相違はあるものの、構成文字が同じであるから、外観上類似しているものということができる。
そして、本件商標と本件使用商標とは、いずれも「ノウグチ」又は「ノグチ」の称呼を共通にし、特定の観念を生じないものであるから、観念上比較できないものである。
そうとすると、本件商標と本件使用商標とは、外観において類似するものであり、「ノウグチ」又は「ノグチ」の称呼を共通にするものであるから、観念において比較することができないとしても、類似の商標と認められるものである。
2 引用商標の周知性について
(1)引用商標
引用商標は、「農口尚彦研究所」の文字を縦書きの楷書体で書してなるものであって、商品「日本酒」に使用されている(甲8、甲9)。
(2)引用商標の使用状況について
請求人が引用商標の使用を開始したのは、平成29年秋からである。
また、請求人は、請求人や引用商標がテレビ、雑誌及び新聞等といった各種媒体において紹介されていると主張し証拠を提出している(甲16?甲23)。
しかしながら、請求人は、請求人自身が著名な杜氏であることを前提に引用商標も当然著名であると主張するのみであって、引用商標に係る「日本酒」の販売開始時期、販売場所・地域、販売数量、売上金額、市場占有率、その他の宣伝広告の状況などについての立証は全くされておらず、引用商標の周知性を推し量ることはできない。
したがって、請求人の主張及び提出した証拠によっては、引用商標についての周知性を認めることができない。
3 商品の出所の混同について
(1)本件使用商標と引用商標の類否について
ア 本件使用商標
本件使用商標は、上記のとおり、草書体又は楷書体で「農口」の文字を書してなるものであるから、その構成文字に相応して「ノウグチ」又は「ノグチ」の称呼を生じ、特定の観念を生じないものである。
イ 引用商標
引用商標は、上記のとおり、「農口尚彦研究所」の文字からなるところ、その構成文字に相応して「ノウグチナオヒコケンキュウショ」又は「ノグチナオヒコケンキュウショ」の称呼を生じ、特定の観念を生じないものである。
ウ 本件使用商標と引用商標との対比
本件使用商標の外観と引用商標の外観を対比すると、両者は「農口」の文字を共通にするものの、本件使用商標は「農口」の文字のみからなるのに対して、引用商標には、それに続いて「尚彦研究所」の文字を有するものであって、両者は、構成文字及び構成文字数に顕著な差異を有するから、外観において相紛れるおそれはない。
また、本件使用商標から生じる称呼「ノウグチ」又は「ノグチ」と引用商標から生じる称呼「ノウグチナオヒコケンキュウショ」又は「ノグチナオヒコケンキュウショ」とを対比すると、両者は、「ノウグチ」又は「ノグチ」の音を共通にするとしても、「ナオヒコケンキュウショ」の音の有無において相違し、構成音において差異を有するから、称呼において相紛れるおそれはない。
さらに、本件使用商標と引用商標は、いずれも観念が生じないものであるから、観念においては、比較することができない。
そうすると、本件使用商標は、引用商標とは、観念において比較できないとしても、外観及び称呼において相紛れるおそれのないものであるから、両者が需要者に与える印象、記憶、連想等を総合してみれば、両商標は、非類似の商標であるというのが相当である。
(2)出所の混同のおそれの有無について
本件使用商標は、上述したとおり、引用商標とは相紛れるおそれのない非類似の商標であって、その類似性が高いとはいえないものである。そして、引用商標は、上述したとおり、請求人の業務に係る商品の出所を表示するものとして周知性を有するものとは認められない。
したがって、本件使用商標は、被請求人がこれを本件商標の指定商品に使用したとしても、需要者をして請求人の業務に係る商品であると誤認を生じさせるおそれはなく、請求人の業務に係る商品と混同を生じるものをしたとはいえない。
4 品質の誤認について
請求人は、請求人が日本酒に携わる者や日本酒ファンの間では周知著名であることは明白であり、請求人の手による酒であるという品質の誤認のもとに一般需要者が被請求人の指定商品を購入しており、商品の品質の誤認を生じている旨主張する。
しかしながら、上記3(2)のとおり、本件使用商標と引用商標とは相紛れるおそれのない非類似の商標であって、被請求人が本件使用商標を使用しても請求人商標を想起するということはできないから、請求人の主張は、その前提において失当といわなければならず、被請求人による本件使用商標の使用が、品質の誤認を生ずるものをしたとはいうことができない。
さらに、請求人は、品質の誤認又は出所の混同に関しては、請求人が別途金沢地方裁判所に提起した標章使用差止等仮処分命令申立事件(平成30年(ヨ)第67号)においても、被請求人の商品との品質の誤認又は出所の混同が生じていることが認定されている旨主張する。
しかしながら、当該標章使用差止等仮処分命令申立事件においては、「『農口尚彦』及び『杜氏 農口尚彦』との表示は,取引業者を含む需要者の平均人を基準にして,日本酒の需要者の間で広く認識されている(周知性)ものと一応認められ,・・・」及び「債務者(審決注:本件の被請求人のこと。)による『農口尚彦』及び『杜氏 農口尚彦』との表示の使用及び当該表示を使用した商品の譲渡によって,債権者(審決注:本件の請求人のこと。)の商品又は営業と混同を生じさせるおそれがあるものと一応認められ,・・・」とし、「農口尚彦」及び「杜氏 農口尚彦」の表示についての周知性から、当該表示を使用した商品についての出所の混同を生じさせるおそれがあるとするものであって、当該標章使用差止等仮処分命令申立事件においては「農口尚彦」又は「杜氏 農口尚彦」の表示が日本酒の需要者の間で周知と認められたといえるものの、このことをもって、引用商標「農口尚彦研究所」が同様に広く認識されていたとはいえないから、その前提において誤りがある。
よって、請求人の主張はいずれも採用できない。
5 故意について
請求人は、平成27年4月に被請求人を離れる際に自己の名を今後使用しないことを求め、その際何ら異議を述べず、更に平成28年3月に、請求人が内容証明を送った際にも、すぐに善処する旨約束したにもかかわらず、その後も、本件使用商標を付して日本酒を販売する際に、請求人の名を入れたり、被請求人ホームページ上及び公式ツイッター上であたかも被請求人の商品が請求人の手によるかのような外観を創出しているのであるから、被請求人が「商品の品質若しくは役務の質の誤認又は他人の業務に係る商品若しくは役務と混同を生じる」ことについて故意を有することは明白である旨主張している。
しかしながら、前記3のとおり、本件使用商標をその指定商品に使用しても請求人の業務に係る商品と混同を生じさせるおそれはなく、さらに請求人提出の全証拠によっても、被請求人が、請求人の業務に係る商品と混同を生じさせることを認識していたといえる事情は見いだせない。
したがって、被請求人による本件使用商標の使用について、商標法第51条第1項所定の「故意」を認めることはできない。
6 結論
以上のとおり、被請求人である商標権者が、故意に本件商標と類似する本件使用商標をその指定商品に使用して商品の品質の誤認又は請求人の業務に係る商品と混同を生ずるものをしたということはできないから、本件商標の登録は、商標法第51条第1項の規定により、取り消すことはできない。
よって、結論のとおり審決する。
別掲 別掲 本件使用商標(色彩は、甲第5号証ないし甲第7号証を参照。)
使用例1














使用例2




審理終結日 2020-03-06 
結審通知日 2020-03-09 
審決日 2020-03-27 
出願番号 商願2014-41284(T2014-41284) 
審決分類 T 1 31・ 3- Y (W33)
最終処分 不成立  
特許庁審判長 金子 尚人
特許庁審判官 小松 里美
中束 としえ
登録日 2014-10-03 
登録番号 商標登録第5707382号(T5707382) 
商標の称呼 ノグチ、ノークチ、ノーコー 
代理人 宮田 誠心 
代理人 宮田 正道 
代理人 坂井 美紀夫 
代理人 松田 光代 

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