• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部無効 商4条1項8号 他人の肖像、氏名、著名な芸名など 無効としない W16
管理番号 1370185 
審判番号 無効2019-890088 
総通号数 254 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標審決公報 
発行日 2021-02-26 
種別 無効の審決 
審判請求日 2019-12-25 
確定日 2020-11-24 
事件の表示 上記当事者間の登録第6032602号商標の商標登録無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。
理由 第1 本件商標
本件登録第6032602号商標(以下「本件商標」という。)は、「いつき組」の文字を標準文字により表してなり、平成29年8月10日に登録出願、第16類「印刷物」を指定商品として、同30年3月1日に登録査定、同年4月6日に設定登録されたものである。

第2 請求人の主張
請求人は、本件商標の登録を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、その理由を要旨次のように述べ、証拠方法として甲第1号証ないし甲第18号証(枝番号を含む。)を提出した。
1 請求の理由の要旨
本件商標は、商標法第4条第1項第8号に該当するものであるから、同法第46条第1項第1号により、無効にすべきものである。
2 第4条第1項第8号の無効原因
(1)「夏井いつき」こと「加根伊月」は、1980年より中学校国語教諭となるとともに俳句をはじめ、8年間の教師活動の後、1990年より俳人へ転身し、その後、俳人としての「夏井いつき」の投稿又は主催する定期刊行物の発行及び句会の活動によりファン層を獲得してきた。
「いつき組」の名称は、これらのファン層に向けて「俳句を楽しむ」俳句集団を表現すべく、1997年に案出された。「いつき組」の名称は、「夏井いつき」の主催等するこれらの活動に組長として関与することを示す「加根伊月」の著名な雅号等であり、1997年以降現在に至るまで上記ファン層に支えられて「夏井いつき」と共に「いつき組」は著名性を獲得してきた。
また、「いつき組」は著名な雅号等である「夏井いつき」の略称でもある。俳人という職業上、講座・句会・句会ライブ等を開催し、その一環として定期刊行物や教育教材を発行等することは重要であり、これらの役務や商品に対して、「いつき組」が用いられてきた(甲1?甲3)。
さらに、被請求人は、「いつき組」の使用について、承諾を得ていない。
(2)「夏井いつき」について
夏井いつきは、1981年頃より独学で俳句を始め、1990年には国民文化祭・県教育長賞を受賞し、俳句の種蒔き運動として、刊行物・書籍を発行・執筆、又は、編集委員に参加し、句会を開催、メディア等に出演した。
また、1994年2月に「第8回俳壇賞」を受賞以降、俳人として本格的なプロ活動に入ることとなり、前記賞の受賞後に1994年10月から1年間愛媛新聞に毎週土曜日掲載のコラム「四季録」に執筆した。1995年9月に月刊俳句新聞「子規新報」が創刊され、この子規新報で「いつき組」の前身「ミーハー吟行隊」が生まれ、「それいけミーハー吟行隊」が連載等され、その句集が書籍として発行される等、刊行物の発行等が行われた。さらに、句会、メディア等に出演した(甲3?甲7)。
(3)「いつき組」について
ア 「いつき組」命名
夏井いつきの「それ行けミーハー吟行隊」は、月刊俳句新聞「子規新報」に創刊より連載されていたが、1997年8月28日をもって終了するにあたり、同年8月15日「ミーハー吟行隊通信『いつき組』」が創刊された(甲7の3)。
「ミーハー吟行隊通信『いつき組』」は、1997年頃、俳句の新聞を作りたいと考えていた夏井いつきが、被請求人の代表者らに提案し、被請求人代表者らが編集・発行を引き受けることとなったものである。その後、2000年8月18日発行の「いつき組」36号には、「2000年9月号から、俳句集団『いつき組』は正式に活動を開始する。これまでミーハー吟行隊通信と名付けられた仲間内のミニコミにすぎなかったが、来月号からは、読者参加型俳句新聞『いつき組』としてスタートすることになる。」との記載がある(甲8の2)。
イ 「いつき組」の由来
1997年9月15日発行の「ミーハー吟行隊通信『いつき組』」1号には、「子規新報」編集長の「名付け親の弁」として、「その若い層を俳句の世界に引きずり込んだ一番の功労者が、夏井いつきであるということに誰も異論はないであろう。ぼくたちは、そんな夏井いつきを中心とする彼女の仲間たちを『いつき組』と呼び始めていた。」「夏井いつきの負担を軽減させようと考えたのだ。それが『いつき組』の提案であった。ゆくゆくは、それが結社になればいいとも思っていた。」「当面は句会記録を集めた夏井いつきファンクラブの機関紙のようなものを考えていたのである。」との記載がある(甲8の3)。
夏井いつきを中心とするグループということで「いつき組」との名称がつけられたのであり、俳句新聞創刊以降も、夏井いつきが「いつき組」の組長を名乗り、中心的な存在であった。夏井いつきは、1998年2月15日発行「いつき組」6号に、「健全なる徒党」というタイトルのもと、「『いつき組』における組長とは、単なる台風の目=エネルギー源のようなもの。」「組長という呼び名が、単なるニックネームではなく権威の粉にまみれたニュアンスで使われる日がくるとすれば、それが『いつき組』の寿命であり、夏井いつきという台風の目が消滅する日なのだろう。」と書いている(甲8の4)。
ウ 子規新報に対する「いつき組」の付随性
「ミーハー吟行隊通信『いつき組』」は、子規新報でのミーハー吟行隊通信を発展させたものであり、子規新報に対する付随性があった。発行当初より俳句新聞「いつき組」となった時点でも、子規新報と同封送付されていたことより、子規新報時代からのファンと繋がっていることがうかがえる。同封送付は「俳句マガジンいつき組」創刊の2004年6月以前まで継続されていた(甲7の3、甲8の5)。
エ 「いつき組」の使用例
「いつき組」の使用例を示す。いずれも「『いつき組』組長、夏井いつき」として表示されており、また、夏井いつきが主催する会の参加者等も「いつき組」の組員であるとの認識がある。したがって、「夏井いつき」の露出と共に「いつき組」も多数利用されていることがうかがえる。楽しく互選の会を開催するという集団活動の品質保証のために、「いつき組」の名称を常に使用してきたのである(甲9)。
(4)まる工房及びマルコボ.コムについて
まる工房設立の1997年4月以前に、「夏井いつき」は、相当に有名になっており、句会への参加者等で多くのファンにより支持されていた。当時、夏井いつきは多忙を極めており、読者ファン層に定期的な情報発信をすべく、俳句新聞「いつき組」の構想を当時すでにまる工房を発足させていた被請求人社長らに持ち掛けたものであり、まる工房は「いつき組」発行のために設立されたものではない。
また、「ミーハー吟行隊通信いつき組0号」には、表紙の発行所が、「まる工房内いつき組編集室」となっており、このことも上記を裏付けるものである。「いつき組」組長としての夏井いつきの活動は、当時から「まる工房」に限られたものではなかった(甲8の1、甲9の1の2、甲10の2)。
(5)著名性の獲得
ア 以下の活動により、「いつき組」創設以前より蓄積した著名性を一般大衆にまで拡張してさらに積み上げてきた(甲3)。
(ア)俳人としての活動
俳句集団「いつき組」組長として名乗り、活動を続けてきた。創作活動に加え、俳句の授業〈句会ライブ〉、「俳句甲子園」の創設にも携わるなど幅広く活動中であり、また、2015年より初代俳都松山大使である。
(イ)テレビ及びラジオ出演
2013年よりテレビ「プレバト」(TBS系列全国ネットのバラエティ番組)にレギュラー出演している。夜7時から始まる人気番組であり、番組内の企画「俳句の才能査定ランキング」で査定を担当し、俳句ブームをけん引してきた。俳句に興味のなかった一般大衆の間においても、俳句コーナーの先生として、広く知られるようになっている。2018年末には、NHK紅白歌合戦の審査員を務めた。
2001年7月より「夏井いつきの一句一遊」(南海放送ラジオ)は、現在3局ネット(2018年10月信越放送の放送開始、2019年4月岩手放送の放送開始)であり、ラジオでも聞くことが出来る。日本全国、及び今は、ヨーロッパやアメリカなどからの投句もある。
(ウ)俳句の審査員・選者としての活動
松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者、俳句甲子園審査委員を行っている。
イ 各活動の分析
(ア)句会ライブ等の活動
いつき組以外の俳句甲子園を含む句会ライブ等(甲3の1)や、いつき組主催の句会ライブ等(甲3の6)では、いずれも、「いつき組」組長「夏井いつき」として参加をしている。
(イ)定期刊行物への執筆、定期刊行物の発行、新聞等への記事掲載、著書
著書一覧表(甲3の2)に掲載のとおり、新聞等へ記事が掲載され(甲3の5)、独自に執筆した著書が発行(甲3の4)されている。いずれも、「いつき組」組長「夏井いつき」として執筆を行い、取材を受けている。
(ウ)テレビ及びラジオへの出演
テレビ及びラジオへの出演(甲3の3)において、上述の各活動を紹介するとともに、各地への吟行と連動し、「いつき組」組長「夏井いつき」の名を全国的に拡大させることとなった。
(6)著名な雅号、芸名若しくは筆名であるかについて
「夏井いつき」及び「いつき組」は、本件商標の登録出願時及び登録査定時において、著名な雅号、芸名若しくは筆名に該当していた。
「雅号」とは、文筆家・画家・学者などが、本名以外につける風雅な名、「芸名」とは、芸能人が職業上もちいる本名以外の名、「筆名」とは、本名以外の、文章などを発表するときに用いる名前、ペンネームをいう(辞書より)。
「夏井いつき」は、本名「加根伊月」が俳人となるに当たり俳句を作る際に用いる雅号(俳号)として付けられたものである。上述のとおり「いつき組」組長「夏井いつき」という名で、テレビ番組にも出演し、多数の書籍も執筆しているため、雅号であるとともに、芸名及び筆名でもある。
その「夏井いつき」及び「いつき組」の雅号、芸名若しくは筆名(以下「雅号等」という。)が、著名であることを要するが、「夏井いつき」及び「いつき組」の雅号等が著名であることは、上述より明らかであり、加えて、「いつき組」でGoogle検索をすると、「夏井いつき」の関係の検索結果が一番上位に表示されるが、その中をみると、夏井いつきの執筆に関する有限会社マルコボ.コム以外のものは夏井いつきに関するものである(甲11の1)。
以上より、本件商標の登録出願時及び登録査定時において、「夏井いつき」及び「いつき組」の雅号等は、俳句に関心のある層はもとより、俳句にそれほど関心のなかった一般大衆の間でも広く知られ、全国的に著名な雅号等であったことは明らかである。
(7)著名な略称であるかについで
「いつき組」は、本件商標の登録出願時及び登録査定時において、仮に著名な雅号等ではなかったとしても、「夏井いつき」という著名な雅号等の著名な略称であった。
平仮名表記の「いつき」は、人名として以外は、何ら意味を持たない語であり、Goog1e検索をすると、フリー百科事典「ウィキペディア」の「いつき」の検索結果が一番上位に表示されるが、その中をみると、「いつき」を示す単語として、夏井いつき(俳人)が最初に掲示されている(甲11の2)。このことからも、それ自体何ら意味を持たない「いつき」という語を見ると、著名人である「夏井いつき」を一般的に想起するということができる。
また、俳句新聞「いつき組」を購入している組員は、夏井いつきを「いつきさん」との名で呼んでおり、本件商標の登録の10年以上前から、俳句に興味のある人にとっては、著名な俳人の俳号である「夏井いつき」の名部分と同じ平仮名のみで書かれた「いつき」は、夏井いつきを指す言葉と受け止められていた。俳句に興味がある者やその取引者・関係者だけでなく、一般の人々にも、本件商標の登録出願日の何年も前から、俳句と何等かの関係のある事柄について「いつき」との語が出てくれば、テレビ番組「プレバト!!」で俳句コーナーの先生をしている夏井いつきを指し示しているものとして、一般的に受け入れていた。しかも、「『いつき組』」組長、夏井いつき」との使用実績が上述のとおり多数存在している。加えて、「いつき組」の呼称は、他の文人や芸能人が使用していない呼称であり、その独自性に基づく顕著性を有している。指定商品「書籍」が含む俳句集ということに鑑みれば、この点も極めて顕著性を有し、「いつき組」全体より、「夏井いつき」を直ちに想起するものと考えられる。
よって、「いつき組」は、仮に雅号等ではなかったとしても、夏井いつきという「著名な雅号等」の「著名な略称」である。
(8)他人の承諾を取得していなかったことについて
被請求人は、本件商標「いつき組」は、その組長である夏井いつきの名前より命名されたものであること、本件商標の指定商品の購読者からも、夏井いつきが組長をしている俳句新聞と認識されていることを知りながら、「夏井いつき」本人に連絡や相談もせずに、商標出願を行ったのであり、その後も承諾を得ないまま登録査定がされ、本件商標は登録されている。
「いつき組」は、夏井いつきが、構想を提案し、俳句新聞創刊後はその「台風の目」である組長として存在してきたのであるから、当然に「いつき組」に接した組員、購読者を含めた需要者は、「夏井いつきの組」であると受けとる。また、単に俳句興味があるものや夏井いつきを知っている程度の一般大衆であっても、俳句に関する新聞で「いつき組」と聞けば、俳句の先生の夏井いつき関連の商品なのだろうと一般に受け入れるといえる。夏井いつきは、自身の名を指していると一般に受け取られている略称「いつき」を含む本件商標について、混同の有無とは関係なく、承諾なしに無断で商標登録されない人格的利益を有するのであり、万一登録されてしまった場合であっても、それが意に反するものである場合には、登録を無効とさせる権利が保障されているのである。
被請求人は、本件商標が登録査定された時点において、本件商標をタイトルとする俳句新聞「いつき組」の編集・発行を行っている会社であったことは事実である。一方、夏井いつきが、2014年に被請求人会社を退任した後、同年7月に請求人会社の取締役兼所属タレントとなり現在に至っている事情を考慮すると、本件商標について出願するに当たっては、夏井いつきの承諾を得ておくべきであったことは明白であり、その登録には瑕疵がある。
請求人は、2018年11月28日に、夏井いつきの依頼に基づくマネジメントを行うために、商標「いつき組」について、第16類「印刷物」を指定商品として、商標登録出願をし、当該出願に対して、夏井いつきによる承諾書を2019年2月に受領し、特許庁に提出している。
以上より、本件商標の登録査定時において、本件商標を登録することについて夏井いつきの承諾がなかったことは明らかである。
(9)小括
よって、本件商標は、俳人夏井いつきの著名な雅号、芸名若しくは筆名の著名な略称を含む商標であり、夏井いつきの承諾を得ていないものである。
3 答弁に対する弁駁の要旨
(1)本件商標が作成された経緯について
ア 夏井いつきは、1996年には俳壇受賞ですでに有名になっていたので、多忙を極め(甲3)、その軽減策として、被請求人らは乙第1号証を発行し、乙第2号証にも参加したにすぎない。この点は、「これを機会に、『ミーハー吟行隊』と・・・夏井いつきの負担を軽減させようと考えたのだ。それが<いつき組>の提案であった。・・・当面は句会記録を集めた夏井いつきのファンクラブの機関誌のようなものを考えていたのである。」(甲8の3)のとおりである。
イ 「まる工房は平成16年頃に事業が拡大して行政の仕事も受注するようになって」との理由は、そもそも夏井いつきが行政の仕事を受注したので、その流れでまる工房の上述の行政の仕事の受注があったにすぎない。
ウ 「俳句マガジンいつき組」(乙4の前半3点)は、「俳句新聞いつき組」(乙4の後半5点)とは別の機関誌である。
(ア)「俳句マガジンいつき組」は、「HAIKULIFE 100年俳句計画」に誌名を変え、現在も被請求人より発行され続けており、誌名変更について、雑誌には「個人名を冠したこの誌名」「チンケな個人名を掲げている」とあり、明らかに、「いつき組」が個人名だという記載があるから、「いつき組」を「夏井いつきの個人名と認識していた」から、誌名を変更したことがうかがえる(甲13)。
(イ)「俳句新聞いつき組」は、2014年10月に創刊準備号、2015年1月に復活創刊号が発行された。「ファンクラブ通信を季刊でやってみては」との編集長の提案から、「初心に戻って俳句新聞『いつき組』を復活させるのは楽しいかも」と「紙面の企画は私が自分勝手に考えた」雑誌である。また、「初心」という表現からも、「ミーハー吟行隊の隊長」→「俳句集団いつき組組長夏井いつき」という活動を想起させ、「夏井いつき個人名」を記した「ファンクラブ通信」として、被請求人も発行していたことがうかがえる(甲14)。
(ウ)メール(乙8?乙10)は、「俳句新聞いつき組」に関するものであり、ファンクラブ通信の運営を任せていた際のやりとりにすぎない(甲14)。
ファンクラブ通信ということで、夏井いつきのファンの存在を知りながら、当人の許諾無く商標登録出願を行って事後報告をしている(乙9)。この点が事前に本人の了承を得ていないことの証拠であり、このようなファンクラブのいわば略奪のような行為からファンクラブを守るためにも請求人は本無効審判を請求したものである。
(エ)平成26年の請求人法人(乙5?乙7)設立後においても、夏井いつきは多忙を極め、請求人が機関誌を発行する余裕がなかったので、被請求人の発行が継続されたにすぎない。
エ 以上のとおり、1996年俳壇受賞後著名となった夏井いつきの活動の一部を被請求人は代行していたにすぎないものである。
しかし、被請求人はその前提に言及せず、「いつき組」の名称がファンクラブを統率し得る著名性を有していることを認知しながら、本人の承諾なしに本件商標の出願を行ったのが事実である。
(2)「いつき組」が雅号でないことについて
ア 被請求人は、いつき組は、被請求人が機関誌の発行やイベントを企画する際に用いていた題名であり、雅号ではない旨主張するが、「俳句マガジン『いつき組』・『HAIKULIFE 100年俳句計画』」(甲13)を、「個人名を冠したこの誌名」と認識し、「俳句新聞『いつき組』」(甲14)は「ファンクラブ通信」であることを認識していたのであるから、失当というべきである。
イ 被請求人は「夏井伊月氏(審決注:被請求人の主張において、「夏井伊月」は、2001年までの本名であるとしているが、俳人としての「夏井いつき」の表記を指す場合は、以下「夏井いつき」と記載し、それ以外は、単に「夏井氏」と記載する。)が参加しないイベントでも使用された」(乙13)としているが、これは、そもそも夏井いつきがその企画内容を話し合う編集会議に参加したイベントであって、その点が無視されており、この点を明らかにするため甲第15号証を提出する。
ウ 「いつき組」の本来の性質を明らかにするために、甲第16号証を提出する。「いつき組」はライバルあっての集団であり、そのため、「読者参加型俳句新聞」として位置づけられ、「夏井いつきでなければできないシステム」の周知と維持のために「いつき組 組長」と名乗ってきたのである。読者は編集会議にも参加可能であり、その旨が告知されてきた。
エ 商標権の本質は顧客吸引力であるところ、商標法第4条第1項第8号は本人の人格権を保護する見地から本人と同一視される名称も雅号として認められるべきである。
「いつき組」に関しては、過去の使用経緯より、機関誌や句会ライブを通じていわば夏井いつきの「ライバル」を集め、「感動し、感動される」俳句集団であるところが顧客吸引力の源泉というべきである。
「いつき組」の名称は、本件商標の指定商品であり、機関誌や俳句集を含む「印刷物」に関し、「いつき組組長」として著名人である「夏井いつき」を連想させ、顧客吸引力を発揮させるのであるから、同号にいう「雅号」に他ならないというべきである。
(3)「いつき組」の著名性について
ア 被請求人は、本件商標に基づく機関誌(以下「本件機関誌」という。)の購読者数が583名であることを理由に全国的でなく、著名でないとしている。
しかし、各機関誌は部数が少ないのが通例であり、各機関誌に投稿し運営する者が俳壇の基礎を形成しているのが日本の俳句会の実情であり、失当というべきである。
しかも、夏井いつき及びいつき組組長の名称は、句会ライブやメディアを通じて大きく報道されているので、これらの名称の著名性は購読者数の範疇と考えなければならない理由も存在しない。
イ 2019年度俳句甲子園の審査委員プロフィール(甲17)及び各審査委員の所属する機関誌の部数等(甲18)から明らかなように、俳句に関する機関誌はきわめて部数が限られているのが実情である。
ウ 夏井いつきは、「主宰」や「代表」ではなく、「いつき組組長」とされている(甲17、甲18)。俳句業界で最も重要というべきこれらの紹介において「いつき組」が冠されていることからも、この名称が「夏井いつき」と同一視される程度に著名と解釈されるべきものである。
(4)「いつき組」は「夏井いつき」の著名な略称でないことについて
ア 商標法第4条第1項第8号は本人の人格権を保護する見地から本人と同一視される名称であるかどうかに本質があり、その適用範囲を適正にするために「略称」が定められていると解釈すべきである。
俳句の機関誌を発行し句会等のイベントを開催する同社が「いつき組」を語って、読者・参加者が「夏井いつき」を想起しないと考えるのは、きわめて無理があることは明白である。
イ また、違う見方をすれば、夏井いつきのファンクラブが「いつき組」である。
著名人のファンクラブは当該著名人の名称ではないことを理由に、本人が認めない者が利用してもよいものであろうか?このような場合も、その商標登録を禁止することで本人の人格権を守る必要性があるのは明白である。
被請求人は、換言すれば詭弁によりファンクラブの名を本人の承諾なしに利用しようとしているにすぎず、このような権利設定を維持することは商標法の本質に反することであり、許されるべきではない。

第3 被請求人の答弁
被請求人は、結論同旨の審決を求め、その理由を答弁書において、次のように述べ、証拠方法として、乙第1号証ないし乙第15号証を提出した。
1 本件商標は、商標法第4条第1項第8号に該当しない。
2 本件商標が作成された経緯
(1)被請求人の代表者は、平成8年頃、友人のW氏とともにアトリエまる工房を立ち上げて事業を行おうと思っていたところ、W氏の友人である夏井氏が俳句の新聞を作りたいという希望があったので、まる工房で発行・編集をすることを引き受け、その後、K氏がデザインを担当して4人で俳句新聞いつき組を発行していた(乙1、乙2)。
また、俳句新聞の発行・編集だけでなく、俳句のイベントの企画や運営、デザインもまる工房として行っていた。
(2)まる工房は、平成16年頃に、事業が拡大して行政の仕事も受注するようになっており、法人化することとし、商号を有限会社マルコボ.コムとして、平成16年9月17日に設立登記をした(乙3)。
(3)まる工房の法人化後、夏井氏は、法人役員として、被請求人より給料を受領し、被請求人の一構成員として行動していた。
また、本件機関誌は、被請求人の費用で宣伝を行い、かつ、実際の販売にあたっては在庫などのリスクを抱え、被請求者が購読者から購読料を受領していた(乙4)。
(4)夏井氏は、平成26年7月31日に、同氏及び請求人の代表者によって、両夫婦の終活と税金対策のために請求人を設立した(乙5?乙7)。請求人が設立された後も、本件機関誌は新聞に発行形態を変更し、被請求人より発行され続けてきた。
したがって、夏井氏の位置づけは、被請求人から本件機関誌の発行に当たり、依頼を受け、本件機関誌に執筆をしていたものであり、夏井氏自身もこのことは認識していた(乙8?乙10)。
3 「いつき組」が著名な雅号でないこと
(1)請求人は、「いつき組」が雅号である旨主張しているが、「いつき組」は、被請求人が機関誌の発行やイベントを企画する際に用いていた題名であり、雅号ではなく(乙11、乙12)、機関誌の読者を対象としたイベントの際に多く使用し、被請求人及びK氏等が企画立案・運営を行い、夏井氏が参加しないイベントでも使用された(乙13)。
(2)著名性について
本件機関誌の購読者数は、平成30年1月の時点で583名であり(乙15)、著名性については、一地方のものでは足らず全国的なものでなければならないところ、全国的なものであるとはいい難い。
4 「いつき組」は「夏井いつき」の著名な略称ではないこと
請求人は、仮にいつき組が雅号でなかったとしても、夏井いつきという「著名な雅号等」の著名な略称である旨を主張している。
夏井いつきの本名が加根伊月であり、夏井いつきという名称が雅号ないし芸名であるということは被請求人としても争わないが、「いつき組」は、夏井いつきの略称ではない。略称は、通常、雅号を省略して付するものであり、「夏井」あるいは「いつき」であれば理解はできるが、個人の雅号等を省略して「いつき組」というのは不自然である。
また、「いつき」は、日本の氏名としてはありふれたものであり、それに「組」を付したことで、直ちに夏井いつきを連想するとはいえない。
さらに「組」というのは集団を意味する単語であり、個人を指す略称に付するものではないから、「いつき組」は、夏井いつきという「著名な雅号等」の「著名な略称」とはいえない。

第4 当審の判断
請求人が本件審判を請求することについては、当事者間に争いがないので、以下、本案に入って判断する。
1 「夏井いつき」について
(1)請求人の提出に係る甲各号証及び主張によれば、以下の事実が認められる。
ア 「夏井いつき」は、加根伊月氏が俳人として活動する際に使用している名称であり、同氏は、1980年に中学校国語教師となるとともに俳句を始め、1990年から俳人へ転身し、同年第5回国民文化祭愛媛県教育委員会教育長賞(甲4の3)、1994年に第8回俳壇賞(甲5)を受賞した。
イ 「夏井いつき」としての活動
(ア)1994年10月から1年間愛媛新聞にコラムを連載し(甲6の1)、俳句新聞等の編集や俳句に関連した書籍の執筆(甲6の2?4等)、トークイベントへの出演(甲7の1、甲9の1の7・8)、愛媛県で開催する俳句甲子園の審査員(甲9の1の10・11)、NHK「BS俳句王国」等テレビへの出演、句会ライブ(甲7の4?7)を行った。
(イ)2013年よりテレビ「プレバト」(TBS系列の全国ネットのバラエティ番組)にレギュラー出演、2001年より「夏井いつきの一句一遊」(南海放送ラジオ)等のラジオに出演し(甲3の3、甲9の2の3)、松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者として活動している。
(2)上記(1)によれば、「夏井いつき」は、加根伊月が俳人として活動する際に使用している雅号、芸名又は筆名と認められる。
そして、「夏井いつき」は、上記の活動を通じて、俳人として需要者間に広く知られているといい得るものである。
なお、夏井いつきが執筆した文章及び俳句などに「いつき」の文字が記載されているものがあり(甲4の1、甲4の6の2・5?7等)、1996年発行の雑誌に「俳句倶楽部 いつき」の表示があること(甲6の4)は認められるものの、「いつき」の文字が「夏井いつき」の略称として使用され、広く知られていると認めるに足る証拠はないから、「いつき」の文字が「夏井いつき」の著名な略称と認めることができない。
2 「いつき組」について
(1)請求人の提出に係る甲各号証及び主張によれば、以下の事実が認められる。
ア 1997年9月15日発行の「ミーハー吟行隊通信『いつき組』1号」には、「子規新報」編集長の「名付け親の弁」として、「その若い層を俳句の世界に引きずり込んだ一番の功労者が、夏井いつきであるということに誰も異論はないであろう。ぼくたちは、そんな夏井いつきを中心とする彼女の仲間たちを『いつき組』と呼び始めていた。・・・夏井いつきの負担を軽減させようと考えたのだ。それが『いつき組』の提案であった。ゆくゆくは、それが結社になればいいとも思っていた。・・・当面は句会記録を集めた夏井いつきファンクラブの機関紙のようなものを考えていたのである。」の記載がある(甲8の3)。
イ 2000年8月18日発行の「ミーハー吟行隊通信『いつき組』」には、「2000年9月号から、俳句集団『いつき組』は正式に活動を開始する。これまで、ミーハー吟行隊通信と名付けられた仲間内のミニコミにすぎなかったが、来月号からは、読者参加型俳句新聞『いつき組』としてスタートすることになる。」の記載がある(甲8の2)。
ウ 2004年6月26日付け愛媛新聞には、「『集まれ俳句キッズ』の選者として、おなじみの夏井いつきさん主宰のグループ『俳句集団いつき組』がこのほど、雑誌を創刊しました。名前は『俳句マガジン いつき組』。俳句を詠むことと、読み解くことに役立ててもらうのが狙いです。・・・94年に俳句界の賞をとりました。同年、俳句の新聞でミーハー吟行隊というグループを結成しました。97年、同隊を俳句集団いつき組に発展させたのです。」の記載がある(甲7の3)。
エ 「俳句新聞いつき組 2004年5月号」には、「いつき組って何だ?!」の表題の下、「俳句集団『いつき組』」「『俳句集団いつき組』は組織の名前ではない。『いつき組』という俳句を楽しむための『考え方』なのだ。」の記載があり(甲16の3)、また、「俳句新聞いつき組復活創刊号-1号- 2015年1月号」には、「俳句新聞『いつき組』→俳句マガジン『いつき組』→俳句ライフマガジン『100年俳句計画』と進化を遂げた我々の月刊誌」の記載がある(甲14の2)。
オ 2003年3月18日付け愛媛新聞には、「ミーハー吟行隊は俳句集団『いつき組』へと発展、夏井は『組長』を名乗る。」の記載(甲9の1の1)、「一句一遊 情報局」と題する書面には、「俳句集団『いつき組』組長 夏井いつきです!」の記載(甲9の1の3)、平成20年11月吉日の記載がある「『第1回日本俳句教育研究会・研究発表大会』の御案内」と題する書面には、「日本俳句教育研究会(nhkk)・・・副会長 俳句集団『いつき組』組長 夏井いつき」の記載(甲9の1の4)、「俳都松山の当日配布冊子」には、「夏井いつき・・・俳句集団『いつき組』組長。」の記載(甲9の1の7・8)、「吟行ナビえひめ」のウェブサイトには、「私のおすすめ吟行地 夏井いつき 俳句集団『いつき組』組長」の記載(甲9の2の1)、「愛媛新聞/カルチャースクールのご案内」と題する書面には、「講師 夏井いつき 俳句集団『いつき組』組長」の記載(甲9の1の9)、「俳句甲子園の当日配布冊子」には、「夏井いつき先生/『いつき組』組長」の記載(甲9の1の10・11)、その他「夏井いつき」は「いつき組」組長である旨の記載がある(甲9の2の2、甲9の3の4、甲17等)。
(2)上記(1)によれば、「いつき組」の文字は俳句集団を指す語として使用されるとともに、俳句新聞や俳句マガジンの題号としても使用されていることが認められる。
また、「夏井いつき」は俳句集団「いつき組」の組長と自ら称するとともに、他者からも称されているということができる。
しかしながら、「いつき組」の文字は、上記のとおり、俳句集団を指す語又は俳句新聞や俳句マガジンの題号として使用されているものの、俳句新聞や俳句マガジンの主たる購読者は、俳句の愛好者や俳句に興味を有する者など限られた範囲にとどまるというべきである上、請求人の主張する「俳句新聞『いつき組』」の700部の発行部数(甲18)もさほど多いものとはいえず、それ以外の各種発行物の発行部数は明らかでない。また、そのほかに、「いつき組」の俳句集団としての活動状況等を具体的に把握することができる証拠も見いだせない。
そうすると、「いつき組」は、俳句集団を指す語、又は、俳句新聞や俳句マガジンの題号であるとしても、広く知られているものということはできない。
3 商標法第4条第1項第8号該当性について
(1)商標法第4条第1項第8号の趣旨
商標法第4条第1項第8号が、他人の肖像又は他人の氏名、名称、著名な略称等を含む商標は、その他人の承諾を得ているものを除き、商標登録を受けることができないと規定した趣旨は、人(法人等の団体を含む。以下同じ。)の肖像、氏名、名称等に対する人格的利益を保護すること、すなわち、自らの承諾なしにその氏名、名称等を商標に使われることがないという利益を保護することにあると解される(最高裁平成15年(行ヒ)第265号、最高裁平成16年(行ヒ)第343号)。
そして、商標法第4条第1項第8号の趣旨は、人格的利益の保護にあるところ、問題となる商標に他人の略称等が存在すると客観的に把握できず、当該他人を想起、連想できないのであれば、他人の人格的利益が毀損されるおそれはないと考えられる。そうすると、他人の氏名や略称等を「含む」商標に該当するかどうかを判断するに当たっては、単に物理的に「含む」状態をもって足りるとするのではなく、その部分が他人の略称等として客観的に把握され、当該他人を想起・連想させるものであることを要すると解すべきである(知財高裁平成21年(行ケ)第10074号、知財高裁平成23年(行ケ)第10190号)。
(2)「いつき組」の文字について
「いつき組」は、前記2のとおり、俳句集団の名称又は俳句新聞や俳句マガジンの題号として使用されているものである。
前記2(1)からすれば、「いつき組」は「夏井いつき」に由来する名称といい得るものであるが、同氏の雅号、芸名、筆名と認めるに足りる証拠は見いだせない。
また、「夏井いつき」は、加根伊月の雅号、芸名又は筆名といい得るものであるが、「いつき組」の構成文字に「夏井いつき」は含まれておらず、かつ、団体を認識させる「組」の文字を有する「いつき組」の文字を、「夏井いつき」の略称とみることはできない。
(3)商標法第4条第1項第8号該当性
「いつき組」の文字は、俳句集団の名称又は俳句新聞や俳句マガジの題号として使用されており、他人の肖像、氏名、名称でないことはもとより、「夏井いつき」の雅号、芸名、筆名又は略称のいずれでもない。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第8号に該当しない。
なお、権利能力なき社団の名称の商標法第4条第1項第8号の該当性については、著名性が必要なところ(東京高裁平成12年(行ケ)第344号、平成13年4月26日判決、東京高裁平成12(行ケ)第345号、平成13年4月26日判決参照)、上記2(2)のとおり、俳句集団「いつき組」の名称として広く知られているものということはできないから、その点からしても、本件商標は、商標法第4条第1項第8号には当たらないものである。
その他、「いつき」の文字が「夏井いつき」の著名な略称とはいえない上、「いつき組」の文字は、「いつき」の文字部分が他人(夏井いつき)の略称として把握され、「夏井いつき」を想起・連想させるものであるとはいえないことから、著名な略称を含むものとも認められない。
4 請求人の主張
請求人は、「いつき組」の文字は、仮に雅号等ではなかったとしても、「夏井いつき」という「著名な雅号等」の「著名な略称」である旨主張しているが、そもそも「いつき組」は、夏井いつきの略称ではないことは先に述べたとおりであるから、「いつき組」は「夏井いつき」の著名な略称とみることはできない。
したがって、請求人の上記主張は、採用することができない。
5 むすび
以上のとおり、本件商標の登録は、商標法第4条第1項第8号に違反してされたものではないから、同法第46条第1項の規定により、その登録を無効とすることはできない。
よって、結論のとおり審決する。
審理終結日 2020-08-31 
結審通知日 2020-09-04 
審決日 2020-10-12 
出願番号 商願2017-111527(T2017-111527) 
審決分類 T 1 11・ 23- Y (W16)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 吉野 晃弘 
特許庁審判長 木村 一弘
特許庁審判官 中束 としえ
板谷 玲子
登録日 2018-04-06 
登録番号 商標登録第6032602号(T6032602) 
商標の称呼 イツキグミ 
代理人 北村 光司 
代理人 高尾 俊雄 

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ