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審決分類 |
審判 全部無効 商4条1項15号出所の混同 無効としない W35 審判 全部無効 商4条1項7号 公序、良俗 無効としない W35 審判 全部無効 商4条1項19号 不正目的の出願 無効としない W35 審判 全部無効 商4条1項10号一般周知商標 無効としない W35 |
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管理番号 | 1366274 |
審判番号 | 無効2017-890004 |
総通号数 | 250 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 商標審決公報 |
発行日 | 2020-10-30 |
種別 | 無効の審決 |
審判請求日 | 2016-12-31 |
確定日 | 2020-09-04 |
事件の表示 | 上記当事者間の登録第5685459号商標の商標登録無効審判事件についてされた平成29年12月1日付け審決に対し, 知的財産高等裁判所において審決取消しの判決(平成30年(行ケ)第10005号,平成30年 7月25日判決言渡)があったので,さらに審理の上, 次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は, 成り立たない。 審判費用は,請求人の負担とする。 |
理由 |
第1 本件商標 本件登録第5685459号商標(以下「本件商標」という。)は,別掲1のとおりの構成からなり,平成26年1月30日に登録出願,第35類に属する商標登録原簿に記載の役務を指定役務として,同年6月4日に登録査定され,同年7月11日に設定登録されたものである。 第2 引用商標 本件審判請求人(以下「請求人」という。)が,本件商標の登録の無効の理由において引用する商標は,別掲2のとおり,ランプシェードの立体的形状(以下「引用商標」という。:甲6)であって,同人の「PH Snowball」と称されるランプシェード(以下「請求人商品」という場合がある。)に使用されているものである。 第3 請求人の主張 請求人は,本件商標の登録を無効とする,審判費用は被請求人の負担とする,との審決を求め,その理由を審判請求書,平成29年7月10日付け回答書,同30年11月30日付け上申書及び令和元年12月2日付け上申書において要旨次のように述べ,証拠方法として,甲第1号証ないし甲第217号証を提出した。 1 請求の理由 本件商標は,商標法第4条第1項第7号,同第10号,同第15号及び同第19号に該当するものであるから,同法第46条第1項第1号により,その登録は無効にすべきものである。 (1)被請求人について 本件商標の商標権者は,2007年7月17日に設立されたインテリア用品の販売を業とする株式会社である。同人のホームページに記載されているように,取り扱う商品のほとんどが他社の意匠権が失効した商品を復刻し生産した商品(リプロダクト品)であることが,特徴である(甲3)。 (2)請求人について 請求人は,1874年に設立されたデンマーク国の株式会社であり,照明器具の製造販売を全世界に展開している。AIA(American Institute of Architects アメリカ建築学会) Honors for Collaborative Achievementを2011年に世界で最初に受賞した他,世界中で様々な賞を受賞していることが示すとおり,世界的に名声を得ているメーカーである。なお,ドイツ,フランス,スウェーデン,アメリカ,ノルウェー,オランダ,オーストラリア,フィンランド,スイス,イギリス及び日本等に現地法人を有している(甲4,甲5)。 (3)無効原因 ア 商標法第4条第1項第7号 (ア)国際信義に反する商標 本件商標の上部の図形は,請求人商品を真横から見たデザインと比較して,どちらも「対数螺旋」と呼ばれる独特の形状に基づく8枚のシェードから構成されており,かつ,縦横の比率も390:400で同一である。このことから,本件商標の上部の図形が,請求人商品を真横から見たデザインに依拠していることは明白である(甲6)。 また,本件商標に係る登録出願は,平成26年1月30日にされているが,請求人商品は,日本国内において,1983年頃から,請求人の販売代理店であった株式会社YAMAGIWA(以下「ヤマギワ」という。)が当該商品を輸入販売し,1993年からは請求人の日本法人である「ルイス ポールセン ジャパン株式会社(東京都港区)」(以下「請求人日本法人」という。)が当該商品を輸入販売してきた(甲11?甲43)。その上,請求人は,被請求人に対し,平成25年2月20日に警告状を送付しており,被請求人は,「PH Snowball」と称されるランプシェードは請求人の商品である旨を知っていた(甲7)。 これらの事実から,本件商標の登録出願時には,請求人商品の立体的形状は著名性を獲得しており,かつ,本件商標の上部のランプシェードの図形は,請求人が「PH Snowball」と称されるランプシェードについて商標権等を獲得していないことを奇貨として,その名声や信用にただ乗りしようとして商標の一部として採用されたことは容易に推認できる。 また,請求人商品の立体的形状は,「近代照明の父」と呼ばれるポール・ヘニングセン(以下「ヘニングセン」という。)が1924年の8枚シェードのランプをリデザインして1958年に発表,1983年に商品化したものであり(甲6),請求人が,現在に至るまで,33年間,世界中の市場において,ヘニングセンとの協約に基づき,1967年にヘニングセンが亡くなってからは,現在に至るまでその子息との協約(甲8)により,請求人商品に係るランプシェードのデザインに独占して使用してきたものであり(甲11?甲43),当該デザインは,デンマーク国の誇りと考えられている。このデンマーク国の象徴ともいうべきランプシェードのデザインを,権原なくその商標の一部として採用した商標は,国際信義に反する商標であり,その商標登録出願は,いわゆる「悪意の商標登録出願」に該当する。 よって,本件商標は,商標法第4条第1項第7号に該当する。 (イ)他の法律によってその使用等が禁止されている商標 請求人は,請求人商品の取付け説明書(Mounting Instruction:甲9,甲10)について著作権を有しており,そこに描かれている図に依拠している本件商標は,他の法律(著作権法)によって,その使用等が禁止されている商標に該当し,また,ランプシェード自体については,応用美術ではあるが,裁判例(知財高裁 平成26年(ネ)第10063号)が示すとおり,創作者の個性が発揮されていることは明らかであり,美術の著作物(著作権法第10条第4項)に該当する。 したがって,請求人商品のデザインに依拠している本件商標は,他の法律(著作権法第21条,同法第23条,同法第27条)によって,その使用等が禁止されている商標に該当する。 よって,本件商標は,商標法第4条第1項第7号に該当する。 イ 商標法第4条第1項第10号 請求人商品の立体的形状は,「近代照明の父」と呼ばれるヘニングセンが1924年の8枚シェードのランプをリデザインして1958年に発表,1983年に商品化したものであり,現在に至るまで,請求人商品に独占して使用してきたものである(甲11?甲43)から,本件商標の登録出願時及び登録査定時に「使用による特別顕著性」及び国内の需要者において周知性を獲得していたことは,明らかである。 また,本件商標の指定役務は,ランプシェードと類似関係にある第35類「電球類及び照明用器具類の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」(以下「小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」を「小売等役務」という。)を含んでいる。 さらに,本件商標は,請求人商品の立体的形状を真横からみた図形が含まれているが,「立体商標は,原則として,それを特定の方向から観た場合に視覚に映る姿を表示する平面商標(近似する場合を含む。)と外観において類似する。」(商標審査基準)から,本件商標は,請求人商品の立体的形状に係る立体商標と類似する。 よって,本件商標は,商標法第4条第1項第10号に該当する。 ウ 商標法第4条第1項第15号 請求人商品の立体的形状は,本件商標の登録出願時及び登録査定時に「使用による特別顕著性」と全国的に著名性を獲得していたことは明らかである(甲11?甲43)。また,本件商標は,前述のとおり,請求人商品の立体的形状を真横から見たデザインを含むものである。 そうすると,本件商標を第35類「電球類及び照明用器具類の小売等役務」以外の指定役務に使用した場合であっても,被請求人が請求人と経済的又は組織的に何らかの関係がある者の業務に係る役務ではないかと需要者は誤認し,いわゆる広義の混同が生じることとなる。 よって,本件商標は,商標法第4条第1項第15号に該当する。 エ 商標法第4条第1項第19号 本件商標の登録出願時及び登録査定時に,請求人商品の立体的形状が全国的に著名性を獲得していたことは,明らかである(甲11?甲43)。 また,外国においてもほぼ変わらないデザインのままで33年間,世界の市場で販売され,複数の国で本件商標の登録出願時及び登録査定時に周知性を獲得していたことも明白である(甲11?甲43)。 さらに,請求人は被請求人に対し,平成25年2月20日に警告状を送付しており,被請求人は「PH Snowball」と称されるランプシェードは請求人の商品である旨を知っていた。その上,被請求人のホームページ上の「リプロダクト品」の説明から,「PH Snowball」と称されるランプシェードについて商標権等を獲得していなかったことを奇貨として,被請求人は本件商標について,権利化を図るため登録出願を行ったことが想像できる。 これらの事実から,被請求人に,請求人商品の名声及び信用にフリーライドし,請求人の出所表示機能を稀釈化させその名声を毀損させる目的があったことは,容易に推認できる。 よって,本件商標は,日本国内又は外国で周知な商標について信義則に反する不正の目的で登録出願されたものに該当するので,商標法第4条第1項第19号に該当する。 2 平成29年7月10日付け回答書における主張 (1)請求人とヘニングセンとの協約,及びその子息との協約(甲8)の内容を明らかにするために,訳文を提出する。 (2)請求人商品に係る使用開始時期・使用期間,使用地域,請求人商品の販売実績,販売方法(販売代理店),広告宣伝等の証拠を提出する。特に,販売方法(販売代理店)については,請求人及び販売代理店が定期的に発行する商品カタログ(甲11?甲43,甲87?甲93)を,全国の建築設計事務所,住宅メーカー,インテリアコーディネーター,インテリアショップ,百貨店等の約5千社(人)の顧客に配布する形で販売している。 (3)提出した証拠及び証拠説明書から,請求人は,請求人商品の立体的形状を1958年から使用し,日本においては,1983年頃(遅くとも1986年)から現在まで約30年以上継続して使用したことが認められる。 また,請求人商品は,定期的に作成された請求人の販売代理店や日本法人等の商品カタログに,その写真と共に掲載されて,全国的に配布され,さらに,照明又はインテリアの書籍,雑誌及びカタログのみならず,ファッション関係の雑誌にも,近代照明の父といわれるデザイナーのヘニングセンによりデザインされ請求人の販売に係る名作のランプシェードとして,その写真と共に,長期にわたって採り上げられていることに照らせば,請求人商品は,照明器具を取り扱う業界において,ランプシェードの代表的な立体的形状として,取引者,需要者に認識されているといえる。 3 平成30年11月30日付け上申書及び令和元年12月2日付け上申書における主張 (1)商標法第4条第1項第7号について ア 事実関係 (ア)被請求人の事業 被請求人は,平成25年2月当時,そのウェブサイト上で,請求人商品と類似したランプシェード(以下「被請求人商品」という。),及び,ヘニングセンのデザインによる請求人の商品「PH5」(以下「PH5」という。)と類似したランプシェードをそれぞれ「ポール・ヘニングセンPHスノーボール」「ポール・ヘニングセンPH5」と表示して,リプロダクト品として販売していた(甲3)。 (イ) 請求人から被請求人に対する警告 請求人は,平成25年2月20日,被請求人に対し,同人のウェブサイト上で,被請求人商品等の照明器具を販売することは,ヘニングセンの「PH5」,「PH Artichoke」,「PH50」等の商品の商標権及び著作権を侵害し,不正競争を構成するので,販売の差止め及び損害賠償を求めることなどを記載した電子メール(甲7(訳文:甲132))を送信した。上記電子メールに添付された販売の差止め等の対象商品には,被請求人商品も含まれていた。 被請求人は,同年3月6日,請求人に対し,日本における請求人の著作権及び商標権を調査したが,その著作権及び商標権を侵害した事実はないこと,もし被請求人が請求人の知的財産権を侵害しているのであれば法的な証拠を添えて知らせて欲しいことなどを記載した電子メールを送信した(甲120(訳文:甲133))。 請求人は,同日,被請求人に対し,日本における請求人の登録商標(「Louis Poulsen」及び「ARTICHOKE」)の登録証を添付した上で,同月8日までに被請求人のウェブサイトから請求人の商標権及び著作権を侵害するすべての照明器具の掲載の削除を求めること,照明器具はデザイナーの死後70年間応用美術品として保護されることなどを記載した電子メールを返信した(甲120(訳文:甲133))。 被請求人は,同月14日,請求人に対し,指摘のあった登録商標はウェブサイトから削除したこと,被請求人が調べた請求人の他の登録商標の商標権を侵害していないこと,照明製品の意匠等の知的財産はデザインしたときから20年は保護されるが,それ以降効力はないことなどを記載した電子メールを送信した(甲149)。 (ウ)被請求人による「PH5」の側面形状を剽窃した商標の登録出願 被請求人は,平成25年6月14日,「PH5」の側面形状を剽窃した商標(以下「被請求人別件商標」という。)について登録出願をした。 (エ)請求人日本法人から被請求人に対する警告 請求人日本法人は,代理人弁理士を通して,平成25年11月11日付けで,被請求人に対し,「PH5」のデザインは,請求人の製造,販売に係る商品を表示するものとして,日本において周知・著名な商品等表示であること,被請求人がそのウェブサイトで販売する「PH5 Pendantlamp Old Model」という名称の商品及び「PH50 Pendantlamp」という名称の商品は,「PH5」のデザインと酷似していること,被請求人による上記商品の販売行為は,不正競争防止法第2条第1項第1号の不正競争に当たるので,販売を中止し,上記ウェブサイトから上記商品のページを削除することを求めることなどを記載した警告書を送付した(甲126)。 被請求人は,代理人弁護士を通して,同月22日付けで,請求人に対し,被請求人が販売する商品は,リプロダクト品である旨をホームページで明記しており,不正競争防止法第2条第1項第1号の「他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」に当たらないので,請求人の要求はすべて断ることなどを記載した回答書を送付した(甲127)。 (オ)請求人の立体商標についての登録出願 請求人は,平成25年12月13日,「PH5」の立体的形状からなる立体商標(以下「PH5立体商標」という。)について登録出願をした。 (カ)被請求人別件商標についての商標登録 被請求人は,平成25年12月27日,被請求人別件商標について登録査定を受け,同26年1月17日,設定登録を受けた。 (キ)本件商標についての登録出願 被請求人は,平成26年1月30日,請求人商品の側面形状を剽窃した本件商標について登録出願をし,同年6月4日に登録査定を受け,同年7月11日,設定登録を受けた。 (ク)PH5立体商標についての商標登録 請求人は,PH5立体商標の登録出願について,平成26年10月7日付けで拒絶査定を受けたため,同27年1月14日,拒絶査定不服審判を請求した。 特許庁は,上記請求について審理をした結果,同年12月15日,PH5立体商標は,商標法第3条第1項第3号に該当するものの,その著名性を認め,同条第2項の要件を具備しているとして,原査定を取り消し,PH5立体商標を登録すべきものとする旨の審決をした。 請求人は,平成28年2月12日,PH5立体商標について,指定商品を第11類「ランプシェード」として商標権の設定登録を受けた(登録第5825191号商標)。 (ケ)請求人による輸入差止申立て 請求人は,平成28年5月11日付けで,関税法第69条の13第1項の規定に基づき,東京税関長に対し,「侵害すると認める物品」をPH5立体商標又はこれに類似する商標を付したランプシェード,「予想される輸入者」を不明として,輸入差止申立てをした(甲151)。 (コ)被請求人による輸入差止申立て 被請求人は,平成28年9月2日付けで,関税法第69条の13第1項の規定に基づき,東京税関長に対し,「侵害すると認める物品」を本件商標及び被請求人別件商標並びにこれらに類似する商標を付した電球類及び照明用器具類,「予想される輸入者」を請求人として,輸入差止申立てをした(甲130)。 (サ)請求人の輸入差止申立てに対する受理及び認定手続 東京税関長は,平成28年12月1日付けで,請求人に対し,上記請求人が申立てた輸入差止申立てについて受理通知をした(甲152)。 大阪税関南港出張所長は,同月9日付けで,請求人に対し,輸入差止申立てに係る疑義貨物が発見されたので,認定手続を執る旨の認定手続開始通知をした(甲153)。なお,当該疑義貨物は,株式会社アイエーシーインターナショナル(代表者は被請求人代表者:以下「アイエーシーインターナショナル」という。)の輸入申告貨物で「PH5」のデッドコピー品であった。 (シ)請求人による無効審判請求 請求人は,平成28年12月31日,本件商標及び被請求人別件商標について商標登録無効審判を請求した。 (ス)請求人の輸入差止申立てに対する侵害認定 大阪税関南港出張所長は,平成29年3月9日付けで,請求人に対し,上記(ケ)に係る請求人が申立てた輸入差止申立ての疑義貨物が侵害物品に該当する旨の認定結果通知をした(甲154)。 (セ)被請求人の輸入差止申立てに対する不受理 被請求人は,平成29年3月28日付けで,東京税関長から,上記(コ)に係る被請求人が申立てた輸入差止申立てについて不受理結果通知を受けた(甲131)。 (ソ)被請求人による請求人のPH5立体商標に対する無効審判請求 被請求人は,平成29年3月31日付けで,請求人のPH5立体商標について商標登録無効審判を請求した。 (タ)被請求人による税関侵害認定に対する不服申立て 上記(サ)に係る輸入差止めを受けたアイエーシーインターナショナルは,平成29年5月18日付けで,大阪税関長に対し,再調査請求をしたが,同年8月22日付けで,大阪税関長から,再調査請求の棄却決定を受け(甲155),さらに,同年9月19日付けで,当該棄却決定の取り消しを求めて審査請求をした(甲156)。 請求人は,同年11月7日付けで,上記審査請求手続に財務省関税局から参加人としての参加を要請され,手続きに参加し(甲157),同30年11月22日付けで,財務大臣は,当該審査請求を棄却する旨の裁決書を出した(甲158)。 (チ)被請求人の本件商標及び被請求人別件商標に対する無効審判の無効審決 特許庁は,平成29年12月1日付けで,本件商標及び被請求人別件商標の商標登録を商標法第4条第1項第19号に該当するとして無効とする旨の審決をした。 (ツ)被請求人による無効審決取消訴訟 被請求人は,本件商標及び被請求人別件商標に対する上記審決を不服として,平成30年1月6日,それぞれ審決取消訴訟を提起した。知的財産高等裁判所は,同年7月25日,本件商標については,審決の判断は誤りであり,被請求人主張の取消事由は理由がある,との判決をした(甲159)。また,被請求人別件商標については,商標法第4条第1項第19号に該当するとした審決の判断に誤りはないから,被請求人主張の取消事由は理由がない,との判決をした(甲160)。被請求人は上告しなかったため,被請求人別件商標の無効審決は確定し,被請求人別件商標は登録出願時まで遡及して消滅した。 (テ)その他の請求人,被請求人間の係争 PH5立体商標の商標権に基づいて,請求人が被請求人に対して商標権侵害訴訟を提起しており,被請求人が「PH5」のデッドコピー品を製造販売する行為は,請求人の当該商標権を侵害する旨の裁判官の心証が開示され,現在損害額の算定段階にある。 イ 公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標について 上記アの事実関係に基づき,本件商標が,その登録出願の経緯等に照らして社会的妥当性を欠くものがあったか又は国際信義に反するものであるか,すなわち,公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標といえるかについて検討する。 (ア)本件出願の経緯 本件出願が行われた平成26年1月30日当時,被請求人は,請求人商品を元にできるだけ忠実に復刻生産した被請求人商品を「ポール・ヘニングセンPH5スノーボール」のリプロダクト品と称してウェブサイト上で販売していたことを考えると,被請求人は,当該登録出願時において,ヘニングセンがデザインした請求人商品並びにその立体的形状及び側面形状について十分に認識していたと考えられる。 被請求人は,請求人から,被請求人商品の販売が,請求人の商標権及び著作権を侵害し,不正競争に当たるので,被請求人商品等の販売の差止め及び損害賠償を求めることなどを記載した電子メールの送信を受けた後,被請求人別件商標の登録出願を行い,さらに,請求人日本法人から「PH5」に関する警告書を受領した後に,本件商標の登録出願を行っている。 このように,本件商標の登録出願は,請求人と何度も書簡のやりとりをし,交渉を進める中で行っており,しかも,先に出願した被請求人別件商標の登録査定が届き,剽窃した商標に登録がなされるのを見定めた後に更なる剽窃商標の権利取得に向けて周到に行ったものである。 さらに,請求人が,商標登録されたPH5立体商標の商標権に基づき,PH5立体商標又はこれに類似する商標を付したランプシェードについて東京税関長に対して輸入差止申立てをしたことの対抗措置として,本件商標の商標権に基づいて請求人の製品について東京税関長に対して輸入差止申立てをしたと考えられる。この点,被請求人は,輸入差止事件(上記ア(コ))の申立てで「侵害者(注:請求人のこと)は,当社(注:被請求人のこと)の許諾なく製造された,本件商標又はこれに類似する商標を付した,電球類及び照明用器具類を輸入し,かつ,登録商標を証明書やパッケージ等に使用することで,電球類及び照明器具類の小売等役務を行っている。よって,当社の許諾なく,当該物品が業として輸入される場合は本件商標権を侵害する。」旨主張している(甲130,甲150)。 被請求人は,本件商標の審決取消訴訟において,「被告(注:請求人のこと)への輸入差し止めは,被告は原告(注:被請求人のこと)に対して輸入差し止めを行ってきたことから,その痛みを理解させるためにやむなく行ったものであり」(甲161)とするとおり,被請求人は,請求人に対して「痛み」(損害・損失)を与えてやろうという目的で,実際に,正規品である請求人商品の輸入を阻害する行為に及んでいる(甲162?甲169)。 (イ)本件商標の態様 請求人商品のデザインは,非常に独創性が高く,他のランプシェード商品には見られない特異性を有する。本件商標の上部の図形は,請求人商品を真横から見たデザイン(甲6),及び,同商品の取付け説明書(指示書)(甲9,甲10)に記載された側面形状と比較してみると,ほぼ同じ形状である。これらのことから,本件商標の上部の図形が,請求人商品を真横から見たデザイン(側面形状)に依拠した剽窃的なものであることは明白である。 (ウ)本件商標の出願の目的 上記の事実を総合すると,被請求人は,請求人から被請求人商品の販売が請求人の商標権及び著作権を侵害し,不正競争に当たる旨の警告を受けた際に,請求人商品の側面形状の平面商標がいまだ商標登録されていないことに乗じ,請求人との交渉を有利に進め,あるいは対抗手段を確保することを意図して,本件商標の登録出願を行い,しかも,現に本件商標の商標権に基づいて請求人商品に対する輸入差止申立てを行っていることが認められるから,被請求人による本件商標の登録出願は,請求人による請求人商品の営業活動に支障を生じさせることを目的とするものというべきである。被請求人自身,本件商標の目的を,輸入差止事件(上記ア(コ))で「自身の事業と権利を守る方策を検討し,主力商品であり言いがかりを向けられた照明器具の図形を商標登録しようとした」(甲165)と主張している。本件商標の審決取消訴訟においても,「商標出願の目的も,取得により,以後の被告(注:請求人のこと)からの言いがかりを回避するため」(甲161)としている。本件商標の出願の目的は,請求人に対抗する手段を確保することであり,本件商標の商標権に基づいて実際に請求人の正規品に対して損害を与えることを意図して輸入差止申立てを行っている。よって,本件商標は,請求人に損害を与える目的で,請求人商品の側面形状の図形を剽窃した商標について登録出願したものである。 なお,この点,被請求人別件商標の無効審決取消訴訟において,「PH5」の著名性が認められ,請求人の不正の目的については,「原告(注:被請求人のこと)による本件商標(注:被請求人別件商標のこと)の登録出願は,被告(注:請求人のこと)による被告商品の営業活動に支障を生じさせることを目的とするものである」と認められ,商標法第4条第1項第19号に該当する旨が認められた(甲160)。請求人商品を剽窃した本件商標及び被請求人別件商標の登録出願は,一連の係争の中で行われたものであり,両出願は同じ意図・目的で行われた出願といえる。よって,たとえ請求人商品に日本国内における著名性が認められなかったとしても,被請求人の悪意・不正の目的は,被請求人別件商標のみならず,本件商標も当然認められるものと考える。 (エ)国際信義違反 請求人はヘニングセンとの協力関係を1924年から続けており(甲62,甲150),「PH5」については,請求人のPH5立体商標の拒絶査定不服審判において,また,被請求人別件商標における無効審決取消訴訟においても,ヘニングセンがデザインした「世界のロングセラー」商品として,日本における著名性が認められている(甲150,甲160)。 さらに,デンマーク国においては,コペンハーゲン空港で請求人の商品「Artichoke」が使用されていることをはじめ,街の至る所でヘニングセンがデザインした請求人の商品が使用されており(甲170),請求人商品もサンタモニカ公立大図書館をはじめ,カフェやオフィスビルなど多くの場所で使用されている(甲15(訳文:甲135),甲107(訳文:甲139),甲109号(訳文:甲141),甲110(訳文:甲142),甲111(訳文:甲143),甲112(訳文:甲144)等)。 また,請求人は,請求人商品が掲載された日本版や英語版の商品カタログ(甲11?甲43,甲87?甲96)を継続的に発行し,同様の商品カタログをデンマーク国でも継続的に発行している(甲171?甲213)。 デーニッシュ・デザイン・カウンシル理事長のラース・トエーセン氏は,以下のように陳述をしている(甲214)。「ルイス・ポールセン・エー/エス(注:請求人のこと)の照明器具は,デンマークにある百以上の店舗や,ルイス・ポールセンのウェブサイト,デンマーク市場に向けた多数の再販業者のウェブサイトで販売されている。ルイス・ポールセン・エー/エスは,デンマーク登録商標であるPHスノーボール(VR2017 00551)をはじめ,多数の登録商標の権利者である。ルイス・ポールセン・エー/エスは過去何年にもわたり,照明器具の賞を多数受賞している」。また,「PHスノーボールという照明器具はデンマーク人によるデザインの象徴と見なされており,この照明器具は,1983年に市場に送り出されてからデンマーク国内外で広くメディアに取り上げられてきた。」「PHスノーボールがデンマーク国の需要者にとって著名であり,この照明器具がルイス・ポールセン・エー/エスにより製造され販売されている商品であることが広く知られている」(甲214)。 なお,デーニッシュ・デザイン・カウンシルとは,1977年に設立されたデンマーク国のデザイン産業界を代表する,政治的にも資金的にも独立したシンクタンクである(甲215)。 さらに,デンマーク王国フレディ・スヴェイネ駐日大使も,ヘニングセンはデンマーク国を代表する照明器具のデザイナーの一人であり,「PH Snowball」と称されるランプシェードは,デンマーク国の需要者が請求人の商品であることを認識することができるものであると陳述している(甲216)。 このように,デンマーク国において,ヘニングセンがデザインした請求人商品は,へニングセンの三部作の一つとして世代を超えて広く親しまれ,ヘニングセンはデンマーク国が誇るデザイナーの一人であり,彼の作品は重要な文化的な遺産といえる。 我が国とデンマーク国の友好関係の歴史は,平成29年で150周年を迎え,その記念事業では,名誉総裁として日本側は皇太子殿下,デンマーク側はフレデリック皇太子殿下がそれぞれ御就任され,その緊密な関係がうかがえる。また,記念行事の一つとして,全国巡回展という形で「デンマーク・デザイン」展が開催され(甲217),ヘニングセンもデンマーク国を代表するデザイナーとして作品が展示された。この展示会は,デンマーク国のデザイン博物館の学術協力,デンマーク大使館の後援を受けて開催されたものである。 加えて,上記デーニッシュ・デザイン・カウンシル理事長の陳述にあるように,「PHスノーボールという照明器具は,2014年以降デンマーク特別知的財産裁判所が判決を下す2件の裁判に巻き込まれている。両事件において裁判所は,PHスノーボールを,デンマーク国著作権法に基づき著作権で保護されるべき作品であると述べた。ただ,PHスノーボールが著作権法で保護されるものであることに被告が異論を唱えなかったことにも留意すべきである。裁判所はさらに,PHスノーボールとほとんど同じ照明器具のマーケティング(デッドコピー品の売買)を行うことは,デンマーク国マーケティング実務法第3条に違反するものであると述べた」(甲214)。すなわち,請求人商品は,デンマーク国において著作権法で保護されるべき著作物であるとの判断が裁判所で下され,この事実は反論できないほど周知の事実であるということを意味している。 なお,デーニッシュ・デザイン・カウンシルは東西の高等裁判所,海事裁判所,商務裁判所の民事訴訟に参加する専門家を任命する提案を行う者として,法務省に認められている(甲215)。 よって,請求人商品は,そのデザイナーであるヘニングセンの製品としてデンマーク国の誇る重要な文化的な遺産であり世代を超えて広く親しまれているものであること,デンマーク国及び北欧デザインは我が国でも愛好者が多く,ヘニングセンの作品は我が国とデンマーク国の友好関係に重要な役割を担っていると考えられること,請求人商品はデンマーク特別知的財産裁判所でも認められた著作物であることから,我が国がこのような著作物を平面商標として剽窃した商標の登録を認めることは,我が国とデンマーク国の国際信義に反し,両国の公益を損なうおそれが高いと考えられる。 (オ)公序良俗違反の有無について 本件出願の経緯及び目的にかんがみれば,本件商標の登録出願は,適正な商道徳に反し,著しく社会的妥当性を欠く行為というべきであり,さらに,国際信義にも違反していると考えられるため,これに商標登録を認めることは,公正な取引秩序の維持の観点及び公益的観点のいずれにおいても不相当であって,「商標を保護することにより,商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り,もって産業の発達に寄与し,あわせて需要者の利益を保護する」という商標法の目的(同法1条)に反するというべきである。 (カ)被請求人の令和元年6月10日付け回答書に対する反論 請求人商品の立体的形状,及び,請求人商品の取付け説明書に描かれた平面図形は,本件商標の登録査定時に著作権が認められるものであり,パブリックドメインではない。また,これらは長く請求人により使用され,少なくともデンマークでは請求人商品として周知となっている形状であるため,この点からもパブリックドメインとは到底いえない。 商標法第4条第1項第7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」には,「出願の経緯に社会的妥当性を欠くものがある等,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ない場合」のほか,「社会の一般道徳観念に反するような場合」が該当する。これには「ある商標をその指定役務について登録し,これを排他的に使用することが,当該商標をなす用語等につき当該商標出願人よりも密接な関係を有する者等の利益を害し,剽窃的行為である,と評することのできる場合も含まれ,このような商標を出願し登録する行為は,商標法4条1項7号に該当するというべきである」と判示されている(平成14年(行ケ)第94号参照)。安易に商標法第4条第1項第7号を適用することを批判する意見も見受けられるが,その場合でも「特段の事情がない限り,当該各号の該当性の有無によって判断されるべきである」とされる(平成19年(行ケ)第10392号参照)。「特段の事情」の有無の判断においては,本件のような,侵害警告を受けた係争相手の製品を表した平面図形を剽窃的に取り込んだ商標の場合は(そして,現にこのような剽窃商標に基づいて権利行使をしている場合であればなおさら),相当な「悪意」が推認され,排他権を認めるべきではない「特段の事情がある場合」と考えられる。本件の場合はデンマーク国での周知性が認められるべき事案であるが,たとえ周知・著名が認められない場合であったとしても,本件のような状況で排他権を認めることは健全な法感情に照らして許されるべきではない。そして,請求人の商品すべての平面図形の商標登録を取得することは現実的ではなく,このような商標を請求人が出願していなかったことは請求人の責めに帰するものではない。 本件商標の出願経緯は社会的妥当性を欠き,被請求人の悪意は健全な法感情に照らして許されるものではない。被請求人の悪意(不正の目的)は,「PH5」に関する別件の審決取消訴訟でも認められている(甲160)。 (2)商標法第4条第1項第19号について ア 外国における請求人商品の周知性 本件審決取消判決は,請求人商品が請求人の業務に係る商品であることを表示するものとして,「日本国内における」需要者の間に広く認識されている商標に当たると認めることはできないとして,商標法第4条第1項第19号の該当性を否定した。よって,日本国内における請求人商品の周知性の有無のみを判断し,「不正の目的」を含め「その余の点について判断」していない。すなわち,判決の拘束力が生じるのは,判決理由中の判断のうち,判決主文を導き出すのに不可欠な法律上・事実上の判断についてであるため(最判平成4年4月28日民集46巻4号245頁),「外国における」請求人商品の周知性に関する商標法第4条第1項第19号の該当性については審理判断が行われておらず,この点についての拘束力は生じていない。 ここで,同号の規定は,外国で周知な商標と同一又は類似の商標を信義則に反する不正の目的で出願したものを排除することを目的の一つとしており,そのような商標は出所表示機能を希釈化させたり,周知商標の持つ名声を毀損させたりすることから,設けられた規定である。我が国以外の一の国において周知であれば良く,商標が外国において周知であるときは,我が国における周知性は問わない。 イ 不正の目的 「不正の目的」の推認については,「その周知商標が使用されている国の政府等から,その商標登録出願について国際信義に反するものである旨等,何らかの関心が表明されている場合には,その内容等について十分勘案すべきものとする。」とされているところ,デンマーク国駐日大使からの陳述書(甲216),及びデーニッシュ・デザイン・カウンシル理事長の陳述書(甲214)は,請求人商品がデンマーク国において,いかに著名であるかについて陳述しており,かつ,甲第214号証では請求人商品をめぐるデンマーク国での知的財産裁判所での侵害訴訟について言及されており,国の政府等からの関心が表明されているものとして,これらの内容は十分に勘案すべきものである。 (3)その他の被請求人の主張に対する反論 ア 請求人適格についての反論 被請求人は,ライセンス契約が存在していなければ,請求人は請求人適格の要件を満たしていないと主張するが,本件商標の図形部分は,請求人商品の取付け説明書(甲9,甲10)に描かれている図形とほぼ同一であり,請求人商品を真横から見たデザインを剽窃的に取り込んで出願した商標である。また,被請求人は,請求人を「予想される輸入者」として本件商標に基づく税関差止申立てを行った経緯があり,両者は実際に係争関係にあることから,請求人は明らかに利害関係人である。 イ 著作権の保護期間についての反論 被請求人は,請求人商品の著作権の保護期間について,著作者の死後50年を経過しているので保護期間が満了しているため,それ以降は何人も複製できると主張するが,本件商標の無効事由の有無は登録査定時を基準として判断するため,被請求人が主張した著作権の保護期間に照らすと,登録査定時(2014年6月4日)には著作権は有効に存続している。 ウ 請求人商品の立体的形状の周知性についての反論 被請求人は,本件の審決取消訴訟において,日本国内又は外国における請求人商品の立体的形状の周知性が否定されたと主張するが,本件の審決取消訴訟においては,外国における周知性は判断されていない。 エ 請求人提出の上申書の主張が訴訟では行われていないことについての反論 被請求人は,上申書の主張が訴訟において主張されていないものであるため,本件手続ではもはや主張できないものであると主張するが,「審決に対する取消の訴においてその判断の違法が争われる場合には,専ら当該審判手続において現実に争われ,かつ,審理判断された特定の無効原因に関するもののみが審理の対象とされる」ため(最大判昭和51年3月10日民集30巻2号79頁),請求人は,本件の審決取消訴訟において,実際に審理判断された無効原因ではない無効事由(商標法第4条第1項第7号)に関する主張を上申書において補強したものである。当該無効事由は無効審決では審理判断されていない事由であるため,審決の違法性を争う審決取消訴訟で主張すべきものではない。 第4 被請求人の答弁 被請求人は,結論同旨の審決を求め,答弁書,平成29年9月11日付け回答書及び令和元年6月10日付け回答書において,その理由を要旨次のように述べ,証拠方法として乙第1号証ないし乙第25号証を提出した。 1 答弁の理由 (1)請求人のランプシェード 請求人は,本件商標の構成中の上部に大きく描かれた9層の幾何図形からなる図形部分(以下「本件図形部分」という。)が,請求人商品のデザインに依拠している,あるいは,当該照明器具のランプシェードの立体的形状と類似する等により,本件商標が無効理由を有すると主張しているが,それらは,請求人商品の立体的形状が著名であり,自他商品識別力を備えていること等が前提とされている。しかし,かかる事実は存在せず,請求人の主張には何ら根拠がない。 ア 請求人商品は,ヘニングセンによりデザインされたものであり,1958年に公表された後,1983年に商品化されたものである。請求人の主張する請求人商品とは,すなわち,商品が持つ立体的形状である。 (ア)商品の立体的形状は,商品等に期待される機能をより効果的に発揮させ,商品等の美感を追求するなどの目的で選択されるものであって,商標としての機能を果たすものとして採用されるものではない。また,文字,図形等による標章とは異なり,需要者・取引者の観点からも,商品の立体的形状を,商品の機能や美感を際立たせるために選択されたものと認識し,商品の出所を表示し,自他商品を識別するために選択されたものとは認識しない。 さらに,商品の機能又は美感に資することを目的とする形状は,同種商品等に関わる者が,当該形状を使用することを欲するものであり,特段の事情がない限り,当該形状を特定人に独占使用させることは,公益上適当ではない。したがって,商品の用途・性質等に基づく制約の下で,同種の商品等について,機能又は美感に資することを目的とする形状の選択であると予測し得る範囲のものであれば,当該形状が特徴を有していたとしても,自他商品識別標識には当たらないというべきである。 (イ)請求人によれば,請求人商品にみられる8枚のランプシェードにより構成される形状は「対数螺旋」といわれるもので独特の形状であるとのことであるが,この対数螺旋について,請求人日本法人は甲第6号証において,「独特の曲線をシェードに持たせることにより,その中心に置いた光源からの光がシェードのどの部分にも同じ角度で当り,光のコントロールを容易にする事により理想的な光の拡散を実現しました。」と説明している。それによれば,8枚のランプシェードにより構成される立体的形状の特徴(対数螺旋)は,一義的には「理想的な光の拡散」を実現するため,すなわち,商品の機能に資することを目的とするものであり,加えてその形状が美感にも資するものであるとみるべきである。 また,請求人商品の上記形状は,ペンダントランプ用のランプシェードとしては,需要者において予測可能な範囲の特徴といえるので,請求人商品の立体的形状は,ペンダントランプ用のランプシェードの基本的な機能及び美感を発揮させるために必要な形状の範囲内であって,これを見た需要者において当該形状をもって商品の出所を表示する自他商品識別標識として認識し得るものではない。 (ウ)以上のとおり,請求人商品の立体的形状は,本来的に自他商品識別機能を有していないので,これが自他商品識別機能を有するとするには,当該立体的形状を使用した結果,自他商品識別力を獲得していることが必要であり,自他商品識別力を獲得したかどうかは,使用期間,使用地域,商品の販売数量,広告宣伝の期間,地域及び規模,当該形状に類似した他の商品の存否などの事情を総合考慮して判断されるべきである。 (エ)一方,商品の基本的な機能及び美感を発揮させるために必要な形状は,その形状により発揮される機能の観点からは発明ないし考案として,また,商品の美感の観点からは意匠として,特許法・実用新案法・意匠法が定める要件を満たせば,独占権が付与され保護されるが,その一方で,各権利の存続期間が満了した後は,当該立体的形状は,自由で公正な競争に資するため,パブリックドメインとして何人も自由に実施し得るものとなる。仮に,請求人商品の立体的形状に関連して特許権,実用新案権,意匠権があったとしても,当該立体的形状は,請求人商品の公表の時期からして,数十年前から何人も自由に実施し得るものとなっている。 このように,商品等の機能又は美感に資することを目的として採用される商品の立体的形状であってパブリックドメインになっているものは,その使用により自他商品識別力を獲得していない限り,公正かつ自由な競争に資するべく,何人も自由に実施し使用することができるようになる。 イ そこで,請求人商品の立体的形状の日本における使用状況について検討する。 (ア)使用状況を示す証拠として提出されている,甲第19号証ないし甲第43号証からは,日本では1986年よりヤマギワが,1992年から請求人日本法人が請求人商品を販売していたことが推察される。 しかし,これら証拠方法はいずれも商品カタログであり,それらにおいて,複数ある照明器具の中のひとつとして請求人商品が紹介されているにすぎない。 例えば,甲第19号証はヤマギワの照明器具のカタログであるが,そこにおいて請求人商品が紹介されている頁は108頁で,少なくとも当該頁の前に約100頁にわたり,異なる照明器具が紹介されているものと推察される。 また,甲第20号証においても,請求人商品は,見開きで50個並べて表示されている照明器具の中のひとつにすぎない。 しかも,請求人商品が紹介されているのは52頁目に当たるので,カタログ全体では,請求人商品以外にも多数の商品が紹介されていると推察される。 請求人日本法人のカタログでも,例えば,甲第31号証などにおいても全219頁中の1頁に請求人商品が紹介されているにすぎない。 以上の状況から,請求人が提出した甲第19号証ないし甲第43号証においては,請求人商品は多数ある商品の中の一商品として紹介されていたにすぎず,そこに掲載されている請求人商品を需要者が確実に見たとは限らない。 また,これを見たとしても,需要者は,多数ある同種商品の中においては,その立体的形状がもたらす美感・印象に注目するのであり,当該形状については,美感を際立たせるために選択されたものとしてしか認識しないというべきである。 しかも,これらの商品カタログの配布部数,地域など,全国のランプシェードの一般的な需要者層に広くそれらのカタログが配布されたかについて,全く示されていない。 また,カタログ中に複数ある同種商品が紹介されているが,それらの商品の中で,どのようにして請求人商品のみが広く知られるようになったといえるのかについて示す資料もない。 さらに,請求人商品の使用地域,請求人商品の販売数量,広告宣伝のされた期間・地域及び規模などについて示す証拠もないことから,請求人商品の立体的形状が使用により自他商品識別力を獲得するに至ったとみるべき事情は全く見当たらない。 請求人商品の立体的形状は,本来的には,商品等の機能又は美感に資することを目的として採用され,かつ,数十年前にはパブリックドメインになっているものであり,その使用により自他商品識別力を獲得していない以上,何人も当該形状を自由に実施し,使用することができるものであるというべきである。 (イ)海外に関しても,幾種類かの商品カタログが提出されているだけで,請求人商品の販売実績を示す資料が全く見られない。 甲第4号証において,各種の賞を受けた照明器具が20種類以上紹介されているが,請求人商品はそれらには含まれていない。 加えて,請求人が販売する照明器具は,甲第4号証で紹介されているものにはとどまらず,それを上回る数の種類があると考えられる。 多数あるそれらの照明器具の中で,受賞歴のあるものとして紹介されていない請求人商品の立体的形状が,本件商標に係る出願の登録査定時に,本来の美感・機能を目的としたものを超えて,商品の出所を表示する自他商品識別標識として認識されるに至っていたとは考えられない。 したがって,請求人商品の立体的形状は,海外においても,その使用により自他商品識別力を獲得するに至ったとはいい難いというべきである。 なお,WIPOが提供しているGlobal Brand Databases,EUIPOが提供しているTMView,請求人の本国デンマーク特許庁のデータベースを調べる限り,本国デンマーク国,また同国が加盟する欧州共同体において,請求人商品の立体的形状について商標登録されている事実は見つからなかったので,本国,同国が加盟する欧州共同体等で当該形状が自他商品識別標識として機能するものとして,商標登録により保護されているという事情もない。 ウ 以上のとおり,請求人商品の立体的形状は,本来的に自他商品識別力を備えておらず,国内における使用により自他商品識別力を獲得するに至ったとみるべき事情もない。また,海外においても同様である。 (2)商標法第4条第1項第7号について ア 請求人は,請求人商品の立体的形状について著名性が獲得されていると主張しているが,上述のとおり,請求人商品の使用地域,請求人商品の販売数量,広告宣伝のされた期間・地域及び規模などについて示す証拠は一切提出されていないので,本件商標の登録査定時において当該形状が日本又は外国で周知・著名であったとはいえない。 請求人は,請求人が当該形状について商標権等を獲得していないことを奇貨として,その名声や信用にただ乗りしようとして商標の一部として採用されたと主張しているが,そもそも請求人商品の立体的形状は商標登録に必要な自他商品識別力が欠如するために商標権を獲得できないものであり,請求人商品の立体的形状との関係で想定しうる特許権,意匠権があったとしても公表時期(1958年)からみて,それらの権利によって保護される期間も相当前に過ぎていることから,請求人の上記の主張に何ら根拠がないことは明白である。 加えて,請求人商品の立体的形状は,パブリックドメインとして何人も自由に実施しうるものであるので,本件図形部分が,仮に当該形状に依拠していたとしても,何ら不正なところはない。 イ 請求人は,請求人商品をデザインしたヘニングセン及びその相続人との間で結ばれた協約に基づいて,世界の市場において,請求人商品を独占的に使用してきたので,請求人商品はデンマーク国の誇りであり,同国の象徴というべき請求人商品のデザインを,権原なく商標の一部として採用した商標は国際信義に反し,「悪意の商標登録出願」に該当すると主張している。 当該協約の対象に請求人商品が含まれているかは,請求人が提出した証拠では不明であるが,仮に請求人商品が協約の対象であったとしても,当該協約はデザイナー(及びその相続人)と企業である請求人との間で結ばれた私的な協約でしかない。その協約において独占的な使用の文言があったとしても,それは私的契約に基づくものにすぎず,私的協約に基づく独占的な使用の事実のみをもって,請求人商品がデンマーク国の誇り,あるいは象徴であるとする請求人の主張には,全く根拠がない。 したがって,本件商標を登録したとしても国際信義に反するとはいえない。 また,当該私的協約により請求人商品の独占的な製造・販売が請求人に認められているとしても,それは協約の当事者間を拘束するにすぎず,第三者たる被請求人の本件商標登録に対しては何ら影響を与えるものではない。上記アで述べた事項と総合して考慮しても,本件商標に係る出願について,悪意の商標登録出願に該当しないことは明白である。 ウ 請求人は,請求人商品の取付け説明書について著作権を有していて,そこに描かれている図に依拠している本件商標は著作権法により使用が禁じられていると主張しているが,著作物に該当するとすれば取付け説明書そのものが該当するのであって,そこに描かれている個々の図形は著作物に該当しない。 請求人は,請求人商品の立体的形状が美術の著作物に該当するので,請求人商品のデザインに依拠している本件商標の使用が著作権法により禁止されていると主張している。 請求人商品が著作物に該当する点については認容しかねるが,その点を除いても,本件図形部分は請求人商品を複製するものではないので,著作権法で使用を禁じられるものには該当しない。著作権法における「複製」とは,印刷,写真,複写,録音,録画その他の方法により有形的に再製することをいい,著作物に依拠して,その内容・形式を覚知させる程度に再製されていることが必要である。請求人商品はランプシェードの立体的形状だけではなく,シェードの素材の質感,さらには,請求人商品で採用されている対数螺旋が理想的な光の拡散を実現するものであることから,光が拡散する様子をも含めて,これらが渾然一体となったものであり,それを本件図形部分からは覚知することはできない。 したがって,本件商標は,著作権法により使用が禁じられるものには該当しない。 エ 以上のとおり,本件商標は,登録を認めたとしても国際信義に反するものでもなく,社会的妥当性に欠けるものでもないので,商標法第4条第1項第7号には該当しない。 なお,請求人は被請求人に対して平成25年2月20日に警告状を送付しているとするが,そもそも,請求人商品の立体的形状はパブリックドメインでありその実施が禁じられていないので,当該警告自体が不当である。 また,当該警告状において請求人が侵害品として具体的に特定しているのは「The infringing products involve:Poul Henningsen(PH)PH5,PH Artichocke,PH3/2 Academy,PH50,PH5-41/2,PH3/2pendant.PH4/3,PH4/1/2-3/1/2 and Ame Jacobsen,AJ Floor and AJ table」であり,「PH Snowball」については当該警告状において具体的に指摘されていないので,当該警告状は本件商標とは全く関係ない。 オ そもそも請求人の理由は,法律論として成り立っていない。 (ア)商標法第4条第1項第7号に定められた「公の秩序」に,「国際信義」が該当することを認めるとしても,「公の秩序」も「国際信義」も,抽象的規範にすぎず,それを直接具体化した法律,政令等は存在しないので,そのままでは,具体的な事件には,直接当てはめできないものである。そこで,商標法第4条第1項第7号の,「公の秩序」の一つである,「国際信義」とは,どのような具体的規範として定立することができるのか,その理由を提示して,具体的に検討できる規範として定立しなければならない。 (イ)同様に,著作権法第10条,及び同法第21条以下,に該当する場合には,「公の秩序」に反する,という主張も,具体的な規範の定立や,著作権法と商標法の法律上の関係を説明して規範を定立する必要がある。なぜなら,著作権法にも,商標法にも,具体的な双方の関係性は,規定されていないからである。そこで,審判例や,判例を提示して,著作権法と商標法の法的関連を説明した上で,著作権法第10条,及び同法第21条以下,に該当する場合には,「公の秩序」に具体的にどのように反するので,無効なのだ,という規範を定立する必要がある。 (ウ)よって,請求人の主張する具体的事実の真否以前に,本審判請求の商標法第4条第1号第7号は,このままでは,およそ理由とはなり得ない。 (3)商標法第4条第1項第10号及び同第15号について 請求人商品の立体的形状は,本来的には自他商品識別機能を有していないので,当該立体的形状を自他商品識別標識というには,当該立体的形状を使用した結果,自他商品識別力を獲得していることが必要である。しかし,請求人商品の立体的形状が使用により自他商品識別力を獲得するに至ったとみるべき事情は全く見当たらない。そうである以上,本件商標の登録査定時において,当該形状が商標(自他商品識別標識)として日本国内で周知,あるいは日本国内又は外国において著名であったということはあり得ない。 したがって,類否等を詳細に検討するまでもなく,本件商標は,商標法第4条第1項第10号及び同第15号に該当しない。 (4)商標法第4条第1項第19号について 請求人商品の立体的形状は,本来的には自他商品識別機能を有していないので,これが自他商品識別標識というには,当該立体的形状を使用した結果,自他商品識別力を獲得していることが必要であるが,請求人商品の立体的形状が,使用により自他商品識別力を獲得するに至ったとみるべき事情は全く見当たらない。そうである以上,本件商標の登録査定時において,当該形状が商標(自他商品識別標識)として日本国内で周知,あるいは日本国内又は外国において著名であったということはあり得ない。また,請求人商品の立体的形状は自他商品識別力を獲得するに至っておらず,商標として機能していない以上,当該形状は,出所表示機能も持たず,また,識別標識として機能することによって初めて蓄積される名声や業務上の信用も蓄積されていない。 したがって,本件商標は,商標法第4条第1項第19号に該当しない。 2 平成29年9月11日付け回答書における主張 (1)請求人は,甲第8号証の協約の内容を明らかにするために,その日本語訳文を提出しているが,これは,請求人とデザイナー(及びその相続人)との間で結ばれた協約原本の写しでなく,この英語翻訳がこの協約原本の内容を正しく表現しているかは不明であり,このような英語翻訳を日本語に翻訳して提出したとしても,請求人とヘニングセンとの協約,及びその子息との協約の内容は依然として不明なままである。 (2)請求人は,請求人商品に係る使用開始時期・使用期間,使用地域,販売実績,販売方法などについての証拠を追加提出しているが,追加提出された証拠(甲44?甲119)を含めた証拠全体から判断しても,請求人商品の立体的形状が使用により自他商品識別力を獲得するに至ったとすることができない。 ア 請求人商品の販売実績について,甲第118号証に2000年以降の販売台数が示されている。その販売台数は,2000年から2016年までの17年間の総販売台数が5,759台であり,この総販売台数を一年当たりに換算すると約340台であり,この台数約340台が17年間にわたっての日本国での一年間の平均販売台数である。単年度の上半期の販売台数であくまで参考程度であるが,2016年上半期の日本における屋内家庭用照明器具の販売台数は約570万台(乙1)であり,これと対比すると,わずか0.003%程度のマーケットシェアでしかない。また,甲第118号証には2000年から2016年までの17年間の売上金額が示されており,この17年間の累計売上金額が約6億8,000万円となっているが,この売上金額は17年間の売上金額の累計であって,日本国での一年間当たりの売上金額に換算するとわずか4,200万円(審決注:「4,000万円」の誤りと認める。)程度である。 このような一年当たりの販売台数及び売上金額の商品が自他商品識別標識ではない立体的形状について識別力を獲得したとはいい難い。 イ 請求人は,自身及び販売代理店が定期的に発行する商品カタログ(甲11?甲43,甲87?甲94)を全国の建築事務所,住宅メーカー,インテリアコーディネーター,インテリアショップ,百貨店等の約5千社(人)の顧客に配布する形で販売しているとし,その顧客リストも提出している。 しかし,甲第11号証ないし甲第18号証は英語版などの商品カタログであって日本語のものではなく,それらの作成時期も古くて1988年から2007年であり,これらの商品カタログをこの当時に約5千社の顧客(甲119)に配布する形で販売されたとは考え難く,また,甲第19号証ないし甲第23号証及び甲第87号証ないし甲第93号証はヤマギワ株式会社(現ヤマギワ)の商品カタログであり,このような他社の商品カタログを請求人が約5千社の顧客(甲119)に配布する形で販売したことも考え難いものである。さらに,約5千社に配布したとのことであるが,同一法人に所属する個人が多数含まれているので,同一法人に対して重複して配布されている分は除外して評価すべきであり,除外した場合には配布先の数がかなり減る。 甲第19号証ないし甲第23号証及び甲第87号証ないし甲第94号証は,ヤマギワ株式会社の商品カタログであるが,これらのカタログでは,100頁を超える枚数にわたり照明器具が掲載されており,これらの照明器具のーつとして請求人商品が示されている。このような商品カタログでの請求人商品の紹介は,一商品として掲載されているにすぎず,またその掲載も商品の機能及び美感に資する目的で使用されているものであり,その立体的形状に自他商品識別力をもっておらず,また自他商品識別の目的で使用されているわけではない。このことは,甲第44号証ないし甲第86号証の雑誌の大部分においても同様のことがいえる。加えて,甲第97号証ないし甲第114号証は,請求人のデンマーク王国での広報誌であり,これらの広報誌は,日本国ではなく,デンマーク王国において配布されたものである。 (3)請求人は,駐日デンマーク王国大使の証明書を提出しているが,当該駐日大使は復任して2年にすぎないため(乙2),その駐日大使が日本の現状の取引事情や需要者の認識について理解しているとは考えられず,かつ,当該証明書が請求人の作成した定型的な内容であることを考慮すると,請求人商品の立体的形状が日本において自他商品識別標識として機能するに至っているかについての証明書としては信用性が低いものである。 3 令和元年6月10日付け回答書における主張 (1)請求人との間の契約 請求人は,ヘニングセンとの協力関係を1924年から続けている(甲8,甲150)と主張しているが,提出されているものは,請求人とインガー・ヘニングセン(現在はインガー及びポール・ヘニングセンの相続人)との間のライセンス契約(以下「本件ライセンス契約」という。)の一部分の英語訳及びその日本語訳のみである。 ア 本件ライセンス契約について 一般的に,ライセンス契約では,許諾地域,許諾期間,ライセンス料などを規定するが,提出された本件ライセンス契約の英語訳及びその日本語訳においては許諾地域,許諾期間などが全く示されていない。また,一般的に,ライセンス契約では,契約日が記載され,契約当事者が契約書面にサインを行うが,提出された本件ライセンス契約の英語訳及びその日本語訳においてはこれらも示されていない。また,本件ライセンス契約の根拠として提出されたものは,英語以外の外国語の文書を,請求人のIPRマネージャーという地位の従業員が英訳したものであり,この英文訳が本件ライセンス契約原本と同一内容のものであるのか,また,本件ライセンス契約が現在までにわたって有効に継続していたのか,そもそも本件ライセンス契約自在が存在するものなのかなどは全く不明である。 この本件ライセンス契約自体が存在しない,又は本件ライセンス契約に基づいて本件請求人が第三者との間で係争する権原を認められていないとすれば,請求人が本件無効審判を請求する権原を有しておらず,無効審判の当事者適格の要件を満たしておらず,本件審判自体が却下されるべきものとなる。 イ 本件ライセンス契約の承継について デザイナーであるヘニングセンは1967年に死亡し(乙19,乙20),その配偶者であるインガー・ヘニングセンは1996年に死亡し(乙21),また先妻との子であるサイモン・ヘニングセンは1974年に死亡しているようである(乙21)。 ウ 本件ライセンス契約の冒頭部分について 本件ライセンス契約の冒頭部分の日本語訳では「1.1 本契約は2010年1月1日付で有効となり,1978年4月6日付基本ライセンス・・・に取って代わるものである。」となっており,また当事者の一方についてもインガー・ヘニングセン(現在,インガー及びポール・ヘニングセンの相続人)となっている。このような事実からすると,インガー・ヘニングセンが死亡した後は,基本ライセンスにおける当事者の一方は存在しない状態となり,このような状態が2010年1月1日まで10年以上にわたって続き,2010年1月1日に本件ライセンス契約を締結したものと考えられるが,この本件ライセンス契約のインガー・ヘニングセン側の当事者(インガー及びポール・ヘニングセンの相続人)が誰なのかも全く不明であり,このままでは本件ライセンス契約自体も非常に不可解なものとなっている。 (2)著作権の保護期間 ヘニングセンは,1967年1月31日に死亡していることから(乙20),その著作物等の保護期間はその翌年(1968年)1月1日から起算されて50年,すなわち2017年12月31日までであり,2018年(平成30年)12月30日の前日までに著作権等が消滅しているために,著作権改正法により死後70年まで延長されることがない。このようなことから,ヘニングセンの著作物等の保護期間は,2017年12月31日までであり,それ以降は,著作物等についての著作権による保護は認められず,何人も自由に複製などすることができるものである。 (3)請求人商品の立体的形状 請求人商品の立体的形状は,本件商標の登録査定時において日本国内又は外国において周知・著名であったということができず,本件審決取消訴訟においてそのことを理由に審決が取り消されていることからも周知性がないことは明らかである(乙25)。 請求人商品の立体的形状については,特許権及び意匠権などの権利が存在せず,パブリックドメインとして何人も自由に実施し得るものであるので,本件商標の図形が請求人商品の立体的形状に類似していたとしても何ら不正なことはなく,またこのような図形を使用したとしても国際信義に反するものではないことは明らかである。 請求人は,請求人商品がサンタモニカ公立大図書館,カフェやオフィスで使用されているとしている(甲15,甲107,甲109?甲112)が,ここで示された設置例は6つ程度であり,このような設置数では,請求人商品がデンマーク国において周知,著名であるとはいえない。甲第170号証については請求人商品の設置例ではなく,ヘニングセンがデザインした別の製品である(甲150,甲160も同様。)。 甲第171号証ないし甲第213号証は,商品カタログ及び商品価格表である。すなわち,甲第171号証ないし甲第181号証は1985年から2017年までの商品カタログであり,通常,これらの商品カタログは,商品の販売会社であれば自社商品を紹介するために毎年発行するものであり,これらの商品カタログに掲載されているということをもって請求人商品がデンマーク国内において周知であるとはいえない。また,甲第182号証ないし甲第213号証は1986年から2017年までの請求人の商品の価格表であり,これらの商品価格表は,商品の販売会社であれば自社商品の価格を知ってもらうために商品カタログとともに毎年発行するものであり,商品カタログに加えて商品価格表にも掲載されているということをもって請求人商品がデンマーク国内において周知であるとはいえない。 請求人は,日本における周知,著名性を立証するために請求人商品を一部に含む商品カタログ(甲87?甲96)を提出したが,本件審決取消訴訟においてこれら商品カタログなどに基づいて周知性が認められておらず(乙25),このようなことからしても,これらの商品カタログ及び商品価格表に基づきデンマーク国における請求人商品の周知性が認められないことは明らかである。デンマーク国における周知性については,デンマーク国における販売個数,販売金額,広告頻度などから判断されるべきものである。 また,デンマーク国においての周知性を主張するためにラース・トエーセン氏の陳述書(甲214)などを提出しているが,このような陳述書でもって周知性が認められるものではない。周知性については販売個数,販売金額などに基づいて客観的に示されるべきものである。 加えて,ラース・トエーセン氏の陳述において,請求人商品がデンマーク国著作権法に基づき保護されるべきものであるかのように述べられているが,仮にデンマーク国において著作権法で保護されたとしても,日本国においては,日本国の法律に適用して保護されることになる。 このようにデンマーク国においても周知,著名かは不明である請求人商品と類似する図形を商標の一部に採用したとしても請求人商品を複製するものではなく,そもそも請求人商品が日本国において著作物に該当するかも不明であり,またデンマーク国において周知,著名かも不明で,著作権によって保護されるべきものであるかも不明である立体的形状について,日本国において商標登録を受けたとしても国際信義に反するものではない。 (4)公序良俗 請求人は,本件商標は公の秩序又は善良な風俗を害するおそれがある商標に該当すると主張するが,本件商標の登録出願及びその後の経緯などからして公序良俗違反に該当するものではない。被請求人は,請求人商品の立体的形状に類似する図形を含む商標を出願したが,登録出願時において請求人に対して権利行使する意図はなく,その営業活動を妨害する目的でもって出願したものではなく,被請求人が輸入差止申立を行ったのは,請求人が輸入差止申請を行った後の平成28年9月2日であり,輸入差止請求を受けるまでは登録商標を取得したのみの状態であり,この輸入差止申請がなければ輸入差止申請をすることはなかった。 また,日本国において特許権及び意匠権などの権利が存在せず,日本国において著作物として認められるかも全く不明であり,このようなパブリックドメインとして何人も自由に実施し得る立体的形状を商標の一部に使用したとしても公の秩序又は善良な風俗を害するおそれはない。 (5)平成30年11月30日付け上申書(以下「本件上申書」という。)の主張が,訴訟では行われていないこと 平成30年(行ケ)第10005号事件は,平成30年7月25日判決言渡であり,翌日には,請求人代理人に送達され,通常の上告期間2週間に加え,付加期間30日が加えられている。 そして,上告理由は,上告が受理された旨の通知を得てから50日の間に提出すればよいこととされている。このように請求人には,100日程度の時間的余裕が存したのである。 本件上申書の内容は,上告時点ですでに存在していたものばかりであり,訴訟において,上告の上,主張できたものばかりである。 そこで,本件上申書は,訴訟において主張されていないものであるので,訴訟の確定によって,その主張は遮断された,と解すべきであり,本件手続きでは,もはや主張できないのである。 本来提出すべきであり,提出できた,訴訟において主張されなかったにもかかわらず,本件手続きで提出するのは,請求人に不利な判断をした裁判所の判断の回避が目的である,という外なく,このような目的は,訴訟資源の無駄遣いであり,信義則上も認められてはならない。 このような後出し主張は,訴訟資源の無駄遣いであり,被請求人にとり不意打ちであり,極めて不公正であるので,民事訴訟同様,時期に遅れた攻撃防御方法として,却下されるべきであり,本件手続での提出は認められてはならない。 (6)まとめ これらを総合すると,本件商標の登録手段は適正な商道徳に違反するものではなく,また著しく社会的妥当性を欠く行為でもなく,さらに国際信義に反する行為でもなく,本件商標は,商標法第4条第1項第7号の公の秩序又は善良な風俗を害するおそれのある商標に該当しない。 第5 当審の判断 1 請求人適格について 本件審判の請求に関し,当事者間において,利害関係の有無につき争いがあることから,まず,この点について判断する。 両当事者から提出された主張及び証拠によれば,請求人は,ヘニングセンのデザインによる請求人商品(甲6)を販売しており,別掲1の構成よりなる本件商標の存在によって,請求人商品の輸入差止め等,法律上の利益や,その権利に対する法律的地位に直接影響を受けるか,受ける可能性のある者といえる者であり,請求人は,本件審判を請求することについて,利益を有するものと解するのが相当である。 したがって,本件審判の請求は,その請求を不適法なものとして却下することはできない。 2 審決取消判決の拘束力について (1)本件審判の経緯 本件審判については,平成29年12月1日付けで「本件商標の登録を無効とする。」旨の審決(以下「一次審決」という。)をしたところ,これに対して同30年1月6日に被請求人より取消訴訟が提起され(以下「一次審決取消訴訟」という。),知的財産高等裁判所において審決取消しの判決(平成30年(行ケ)第10005号,平成30年7月25日判決言渡:以下「一次審決取消判決」という。)がなされたものであり,当該一次審決取消判決の確定を受け,特許庁に差し戻されたものである。 (2)一次審決取消判決の認定・判断 一次審決は,「本件商標の登録は,商標法第4条第1項第19号に違反してされたものであるから,請求人のその余の主張について判断するまでもなく,同法第46条第1項の規定に基づき無効とすべき」であると審決した。 当該審決に対し,一次審決取消判決は,「引用商標は,他人(請求人)の業務に係る商品であることを表示するものとして,日本国内における『需要者の間に広く認識されている商標』に当たるものと認めることはできないから,その余の点について判断するまでもなく,本件商標は,商標法4条1項19号に該当するものとは認められない。」とした上で,当該審決を取り消したものである。 (3) 審決取消判決の拘束力 商標登録無効審判事件についての審決の取消訴訟において,審決取消しの判決が確定したときには,審判官は商標法第63条第2項で準用する特許法第181条第2項の規定に従い,当該審判事件についてさらに審理を行い,審決をしなければならないところ,再度の審理には行政事件訴訟法第33条第1項の規定により取消判決の拘束力が及ぶ。 3 引用商標の周知性について (1)国内における請求人商品の周知性について ア 認定事実 請求人の主張及び提出された証拠によれば,以下の事実が認められる。 (ア)請求人 請求人は,1874年に設立された,電気器具,照明器具の製造販売等を業とするデンマーク国法人である。 請求人は,1967年(昭和42年)から,ドイツ,フランス,スウェーデン,アメリカ,ノルウェー,オランダ,オーストラリア,フィンランド,スイス及びイギリスの各国に100%子会社の現地法人を設立し,日本においても,1990年(平成2年)に,照明器具の製造,輸出入,卸売を業とする請求人日本法人を設立した。 (イ)請求人商品の販売状況 a 請求人は,1958年(昭和33年)にデンマーク国のデザイナーであるヘニングセンがデザインした請求人商品の販売を,1983年(昭和58年)に開始して以来,各国の現地法人等を通じて,請求人商品を含むヘニングセンがデザインしたランプシェード商品(以下「PHシリーズ」という。)の販売を世界的に展開している。 日本においては,1986年(昭和61年)から,ヤマギワが請求人の販売代理店として,1993年(平成5年)から,請求人日本法人が,現地法人として請求人商品の輸入,販売等を行っている。 日本における2000年(平成12年)から2016年(平成28年)までの間の請求人商品の販売台数は合計5,759台,売上額は合計約6億8,000万円(甲118)である。 b 請求人の顧客リスト(甲119)には,全国の建築設計事務所,ゼネコン設計部,照明設計事務所,インテリアデザイン・内装設計事務所,住宅リフォームメーカー,家具・インテリアショップ,プレス等の約5,000社(人)(同一法人の重複分を含む。)が掲載されており,請求人商品は,北海道から九州にかけての全国的な範囲で取り扱われている。 (ウ)広告宣伝 a 商品カタログ ヤマギワ又は請求人日本法人は,1986年(昭和61年)以降,請求人商品がその写真と共に掲載された商品カタログ(甲19?甲26,甲31,甲33?甲43,甲87?甲95)を定期的に作成し,請求人の顧客リスト掲載の顧客等に配布している。 ヤマギワ作成の商品カタログでは,請求人商品及び「PHシリーズ」の他の複数の商品について,これらの商品の形態(立体的形状)が認識できるような写真が掲載されると共に,「ルイスポールセン/PHシリーズ/デンマーク,ルイスポールセン社は1920年代半ばに照明事業を開始。以来,『環境と,人と光の調和をデザインする』というコンセプトを貫いています。気鋭のデザイナーで建築家でもあった,ポール・ヘニングセンによってデザインされたPHシリーズは同社を代表する作品です。緻密に設計された羽やセードによってどこからも光源が見えず,柔らかい間接光だけが空間に放たれます。独自の存在感を持つ独創的なフォルムは,あくまでも良質な光を生むためにデザインされており,光のオブジェとさえ表現されています。」(「1998-99」版(甲90),「2002-2003」版(甲91),「2004-2005」版(甲92))等の説明がされている。また,請求人日本法人作成の商品カタログでは,請求人商品が写真と共に1頁にわたって紹介され,「PHスノーボール デザイン:ポール・ヘニングセン ルーバーが幾重にも配されたデザインで,1958年に発表されたもの」(「1992年」版(甲24),「1996年」版(甲26)),「PHスノーボール 1924年の8枚シェードランプがリ・デザインされ1958年に発表されたもの。発売は1983年」(「2001年」版(甲31),「2007年」版(甲35))等の説明がされている。 b 請求人商品の雑誌等の出版物への掲載 請求人商品は,2000年(平成12年)から2014年(平成26年)ころまでの間に,家具に関する書籍,照明に関する雑誌・カタログ,インテリア雑誌,ファッション雑誌等の出版物(甲44?甲83)で紹介されている。 これらの出版物においては,例えば,以下のような説明がされている。 (a)請求人商品及び「PHシリーズ」の他の複数の商品について,これらの商品の形態(立体的形状)が認識できるような写真が掲載されると共に,「北欧三都市で選ぶ,照明の逸品。」,「POUL HENNINGSEN ポール・ヘニングセン スノーボール 1958年の『ガラス,光と色展』に出品され,85年に商品化される。」(「pen 2000.2」:甲44) (b)請求人商品及び「PHシリーズ」の他の複数の商品について,これらの商品の形態(立体的形状)が認識できるような写真が掲載されると共に,「P・ヘニングセンが愛した,黄昏の光。」,「その名のとおり,雪の玉を思わせる美しいシェードが,心を酔わせる柔らかい光をもたらす『スノーボール』。」(「pen 2001 4/1」:甲45) (c)請求人商品及び「PHシリーズ」の他の複数の商品について,これらの商品の形態(立体的形状)が認識できるような写真が掲載されると共に,「ルイスポールセンを代表するポール・ヘニングセンデザインのPHランプ。…PHスノーボール」(「Memo 男の部屋 2001.10」:甲46) (d)請求人商品及び「PHシリーズ」の他の複数の商品について,これらの商品の形態(立体的形状)が認識できるような写真が掲載されると共に,「あたたかでやさしい北欧のあかり」,「ポール・ヘニングセンのPHスノーボール。重なりあうシェードが計算された光と影を演出します。」,「光沢とマットにシェードを塗り分けることによって,生まれる独特の光と影は,ひとつの芸術。スノーボール」(「新しい住まいの設計 2002.1」:甲48) (e)請求人商品及び他の複数の商品について,これらの商品の形態(立体的形状)が認識できるような写真が掲載されると共に,「スノーボール ポール・ヘニングセン 名品中の名品。シェードとリフレクターが演出する柔らかい光とグラデーションは他に類がない美しさ」(「北欧スタイル 2002 Summer」:甲49) (f)請求人商品及び他の複数の商品について,これらの商品の形態(立体的形状)が認識できるような写真が掲載されると共に,「緻密に計算してデザインしたセードによって,やわらかな間接光を生みだすP・ヘニングセンの名作。…PHスノーボール」(「輸入住宅 別冊住まいの設計 118」:甲50) (g)請求人商品及び他の複数の商品について,これらの商品の形態(立体的形状)が認識できるような写真が掲載されると共に,「ポール・ヘニングセンの不朽の名作PHシリーズのひとつ。光沢とマットに塗り分けられた8枚シェードがつくる光の効果が素晴らしい。…品名:PH Snowball」(「輸入住宅 ベストセレクション5」:甲53) (h)請求人商品が写真と共に1頁にわたって紹介されると共に,「伝統とモダンが息づくやわらなか照明」,「ポール・ヘニングセンのPHシリーズは,光が目に直接当たらないように,工夫を凝らした構造によって,反射や拡散を調整し,空間を美しく見せる。どこから覗いても光源である電球が見えない『PHスノーボール』や『PHアーティチョーク』などは,その象徴といえる。」(「家具コレクション Vol.17 SPRING 2006」:甲58) (i)請求人商品が写真と共に1頁にわたって紹介されると共に,「光の美を極めた新しい住宅照明 ポール・ヘニングセン『スノウボール』」,「PHランプとよばれる照明器具の中で,特に名高いのは主にペンダント型の器具ですが,代表作とも言える『PH5』『スノウボール』などは,実はアルミニウムを主素材としてつくられています。」(「エコムス 22 2007.9」:甲60) (j)請求人商品及び「PHシリーズ」の他の複数の商品について,これらの商品の形態(立体的形状)が認識できるような写真が掲載されると共に,「シェード両面を光沢とマットで塗り分けることで得られる,独特な光の効果をもった『PHスノーボール』。その美しさは長い時の経過に耐え得る照明です ペンダントライト(PH snowball)」(「SEMPRE NEWS Vol.4 2009」:甲63) (k)請求人商品及び「PHシリーズ」の他の複数の商品について,これらの商品の形態(立体的形状)が認識できるような写真が掲載されると共に,「約50年前に誕生した『PHスノーボール』は,北欧の照明デザインを代表する機能美を備えた名品のひとつです。」(「プレシャス 2009.3」:甲64) イ 国内における引用商標の周知性の有無について (ア)引用商標は,別掲2のとおり,上部に小さな凸部を有する8層構造のランプシェードの立体的形状からなり,8層のシェードが組み合わさった形状から構成されている。このような8層のシェードが組み合わさった形状は独特なものであり,特徴的な形状と認められる。また,引用商標は,ヘニングセンがデザインした請求人商品の立体的形状であり,1986年(昭和61年)に日本国内で請求人商品の販売が開始された当時には,当該立体的形状は,他のランプシェード商品には見られない独自のデザインであった。もっとも,請求人商品の立体的形状は,ランプシェードとしての機能をより効果的に発揮させ,美感をより優れたものとする目的で採用されたものであり(甲90?甲92),しかも,ランプシェードの形状として通常採用されている範囲を大きく超えるものとはいえないから,請求人商品の立体的形状それ自体に商品の出所を表示し,自他商品を識別する機能ないし自他商品識別力(以下「自他商品識別力」という。)があるものとは認められない。 以上を前提に,引用商標が,請求人商品に使用された結果,本件商標の登録出願時において,自他商品識別力を獲得するに至り,請求人の業務に係る商品であることを表示するものとして,「需要者の間に広く認識されている」ものであったかどうかについて判断する。 (イ)請求人商品がランプシェードであることからすると,請求人商品の需要者は,照明器具,インテリアの取引業者及び照明器具,インテリアに関心のある一般消費者であることが認められる。 そこで,まず,請求人商品の販売状況をみると,請求人商品は,1986年(昭和61年)から,日本国内における販売が開始され,2000年(平成12年)から2016年(平成28年)までの17年間の請求人商品の販売台数が合計5,759台,売上額が合計約6億8,000万円であった。 そうすると,上記17年間における請求人商品の1年当たりの平均販売台数は約339台,1台当たりの売上額は約11万8,076円となる。 請求人商品の価格帯のランプシェードの販売台数等の販売状況の総体は明らかではないものの,1年当たりの平均販売台数が約339台であるという請求人商品の販売実績は決して多いとはいえない。また,各年の販売台数の推移(甲118)をみても,請求人商品の販売台数が短期間の一時期に飛躍的に増加したというような事情はうかがわれない。 (ウ)a 請求人商品の広告宣伝状況をみると,ヤマギワ又は請求人日本法人は,全国の建築設計事務所,ゼネコン設計部,照明設計事務所,インテリアデザイン・内装設計事務所,住宅リフォームメーカー,家具・インテリアショップ,プレス等の約5,000社(人)(同一法人の重複分を含む。)の請求人の顧客リスト(甲119)に掲載された顧客に対し,定期的に請求人商品が掲載された商品カタログを配布していたことは,上記ア(イ)b及びア(ウ)aのとおりである。 しかし,商品カタログにおける請求人商品の取り上げ方をみると,ヤマギワ作成の商品カタログでは,請求人商品は,「PHシリーズ」の他の複数の商品と共に掲載され,これらの商品の形態(立体的形状)が認識できるような写真が掲載されてはいるが,請求人商品の写真は他の商品の写真と同程度の大きさであり,請求人商品が特に目立つものではない。また,請求人商品の写真が商品の説明と共に掲載されたもの(甲90?甲92)もあるが,その説明は,ヘニングセンによってデザインされた「PHシリーズ」の商品全体についてのものであり,請求人商品に特に焦点を当てて,その立体的形状を印象付けるような内容のものとはいえない。 次に,請求人日本法人作成の商品カタログでは,請求人商品が写真と共に1頁にわたって紹介されたもの(甲24,甲26,甲31,甲35)があるが,請求人商品の説明は,請求人商品の機能が中心であり,その立体的形状を印象付けるような内容のものとはいえない。 さらに,商品カタログの全体の発行部数や請求人の顧客リストに掲載された顧客以外の需要者に対する配布状況等は明らかではない。 b 請求人商品の雑誌等の出版物への掲載状況をみると,上記ア(ウ)bのとおり,請求人商品は,2000年(平成12年)から2014年(平成26年)ころまでの間に,家具に関する書籍,照明に関する雑誌・カタログ,インテリア雑誌,ファッション雑誌等の出版物で紹介されているが,その多くは,請求人商品が「PHシリーズ」の他の複数の商品と共に掲載されたものであって,請求人商品の写真は他の商品の写真と同程度の大きさであり,請求人商品が特に目立つものではない。また,請求人商品が写真と共に1頁にわたって紹介されると共に,請求人商品の説明が付された雑誌(甲58,甲60)もあるが,これらの雑誌の発行部数,主な購買層等は明らかではない。 (エ)上記(イ)及び(ウ)の認定事実に照らすと,請求人商品の販売が1983年(昭和58年)から開始され,日本国内においても1986年(昭和61年)から本件商標の登録出願がされた2014年(平成26年)当時まで約29年以上にわたり継続的に販売されていたことを考慮しても,請求人商品の販売等の取引,商品カタログの配布,請求人商品の雑誌等の出版物への掲載等を通じて,請求人商品が日本国内の広範囲にわたる照明器具,インテリアの取引業者及び照明器具,インテリアに関心のある一般消費者の間で広く知られるようになったということはできない。 そうすると,請求人商品の立体的形状からなる引用商標が,1986年(昭和61年)から本件商標の登録出願日(平成26年1月30日)までの間に請求人商品に使用された結果,本件商標の登録出願時において,周知著名となったものとはいえないし,また,自他商品識別力を獲得するに至ったものと認めることはできないから,引用商標は,請求人の業務に係る商品であることを表示するものとして,日本国内における「需要者の間に広く認識されている商標」に当たるものと認めることはできない。 (オ)a この点に関し,請求人は,被請求人がリプロダクト品の対象として請求人商品を選択したこと自体が,請求人商品及びその立体的形状である引用商標が需要者の間に周知であったことを示すものといえる旨主張する。 しかしながら,インテリア商品の販売を業とする被請求人がリプロダクト品の対象として請求人商品を選択したからといって,少なくとも需要者である照明器具,インテリアに関心のある一般消費者の間に請求人商品及びその立体的形状が広く認識されていることを客観的に裏付けるものではないから,請求人の上記主張は採用することができない。 b なお,駐日デンマーク大使作成の陳述書(甲121)中には,「PHスノーボール」は,30年以上にわたり世界でそして日本で使用されており,需要者によって請求人の商品であることが認知されている旨の記載部分がある。 しかしながら,「認知」が何を意味するのか明確ではない上,「認知」を客観的に裏付ける具体的事実の記載はないから,上記記載部分を採用することができない。 ウ 小括 以上のとおり,請求人商品の立体的形状からなる引用商標が,請求人商品に使用された結果,本件商標の登録出願時において,周知著名となったものとはいえないし,また,自他商品識別力を獲得するに至ったものと認めることはできないから,引用商標は,請求人の業務に係る商品であることを表示するものとして,日本国内における「需要者の間に広く認識されている商標」に当たるものと認めることはできない。 (2)外国における請求人商品の周知性について ア 請求人は,請求人商品の外国における周知性を立証する証拠として,デンマーク国においてサンタモニカ公立大図書館をはじめカフェやオフィスビル等で請求人商品が設置されていることが示されているカタログ(甲15,甲107,甲109?甲112),1985年から2017年にかけて発行された請求人の商品カタログ・価格表(甲11?甲18,甲171?甲213),1983年から2008年にかけて発行された請求人の広報誌(甲97?甲114),及び,請求人商品がデンマーク国で周知である旨が記載された2018年10月12日付けデーニッシュ・デザイン・カウンシル理事長の陳述書及び同年9月12日付けデンマーク国駐日大使の陳述書(甲214,甲216)を提出している。 イ しかしながら,引用商標が,デンマーク国を含む外国において商標として登録されているというような主張立証もなく,外国において自他商品識別標識として機能するものとして,商標登録により保護されているという事情すら見いだせない上,請求人の挙げる請求人商品のデンマーク国における設置例は6件程度であり,このような設置数は決して多いものとはいえず,これらの事例をもって請求人商品がデンマーク国の需要者の間に広く知られているものと認めることはできない。 また,請求人のカタログ・価格表や広報誌には,請求人商品が商品カタログ・価格表及び広報誌の一部に継続的に掲載されており,請求人商品がデンマーク国等において1983年頃から継続的に販売されていたことはうかがえるものの,デンマーク国等における請求人商品の販売数量や売上高等の具体的な記載はなく,販売状況の推移等も不明である。 そして,商品カタログ・価格表においては,請求人の業務に係る他のランプシェードと比較して請求人商品の立体的形状のみが目立つ形で掲載されているとはいえない上,これらの広告媒体の発行部数,配布先や配布数等は不明であり,デンマーク国等において,請求人商品についての宣伝広告費がどれ程であるかも不明であって,これらの証拠を検討しても,請求人商品のデンマーク国その他の外国における周知性を認めることはできない。 さらに,デーニッシュ・デザイン・カウンシル理事長やデンマーク国駐日大使の陳述書中には,「『PH Snowball』は,デンマーク国の需要者の間で請求人の商品であることが広く知られている」旨記載されており,ヘニングセンの「PH Snowball」と称されるランプシェードがデンマーク国の需要者の間で一定程度知られていたことはうかがわれるものの,デンマーク国の需要者の間で,引用商標が請求人の業務に係る商品を表すものとして広く知られていることを客観的に裏付ける具体的な事実は示されていない。 ウ 上記ア及びイの認定事実に照らすと,1983年頃から2015年にかけてデンマーク国等において請求人商品が商品カタログ等に掲載されていたこと,デンマーク国において請求人商品が設置されていたこと,デーニッシュ・デザイン・カウンシル理事長やデンマーク国駐日大使の陳述書を考慮しても,引用商標が外国において自他商品識別標識として機能するものとして,商標登録により保護されているという事情すら見いだせない上,請求人商品の販売等の取引,商品カタログの配布,請求人商品の雑誌等の出版物への掲載等を通じて,請求人商品がデンマーク国を含む外国の広範囲にわたる照明器具,インテリアの取引業者及び照明器具,インテリアに関心のある一般消費者の間で広く知られるようになったということはできない。 そうすると,請求人商品の立体的形状からなる引用商標が,1983年頃から本件商標の登録出願日(平成26年1月30日)までの間に請求人商品に使用された結果,本件商標の登録出願時において,デンマーク国を含む外国において周知著名となったものとはいえないし,また,自他商品識別力を獲得するに至ったものと認めることはできないことから,引用商標は,請求人の業務に係る商品であることを表示するものとして,外国における「需要者の間に広く認識されている商標」に当たるものと認めることはできない。 (3)まとめ したがって,国内及び外国いずれにおいても,請求人商品の立体的形状からなる引用商標が,請求人商品に使用された結果,本件商標の登録出願時において,周知著名となったものとはいえないし,また,自他商品識別力を獲得するに至ったものと認めることはできないから,引用商標は,請求人の業務に係る商品であることを表示するものとして,日本国内又は外国における「需要者の間に広く認識されている商標」に当たるものと認めることはできない。 4 商標法第4条第1項第10号該当性について 本号は,「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であつて,その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの」と規定されている。 そして,引用商標は,上記3(3)のとおり,本件商標の登録出願時及び登録査定時において,他人(請求人)の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたものとは認められないものである。 そうすると,商標の類否や商品・役務の類否について言及するまでもなく,本件商標は,本号を適用するための要件を欠くものといわざるを得ない。 したがって,本件商標は,商標法第4条第1項第10号に該当しない。 5 商標法第4条第1項第15号該当性について (1)引用商標の周知性について 引用商標については,上記3(3)のとおり,本件商標の登録出願時及び登録査定時において,他人(請求人)の業務に係る商品を表示するものとして,需要者の間に広く認識されているものと認めることはできない。 (2)本件商標及び引用商標の類似性について ア 本件商標 本件商標は,別掲1のとおり,上部に描かれた左右の8層の幾何図形部分(以下「本件図形」という。)と,その左下に略三角形の中に「R&M」の文字を配した図形部分(以下「R&M」図形部分という。)及びその右に「R&M Interior Store」の文字(以下「文字部分」という。)を配した構成からなるものである。 イ 引用商標 引用商標は,別掲2のとおり,上部に小さな凸部を有する8層構造のランプシェードの立体的形状からなり,8層のシェードが組み合わさった形状から構成されている。 ウ 本件商標と引用商標の類似性 本件商標の構成中,上部の本件図形は,8層のシェードが組み合わさったランプシェードの形状とおぼしき図形から構成されているところ,これは,ヘニングセンがデザインした請求人商品の立体的形状を真横から見たデザインに酷似していることから,本件商標と引用商標は,一定の類似性が認められる。 (3)商品及び役務の関連性,需要者の共通性について 本件商標の指定役務中「照明用器具類の小売等役務」と,請求人商品「ランプシェード」は,「ランプシェード」が「照明用器具類の小売等役務」の取扱商品の関係にあり,一般的に同一業者によって取り扱われ,需要者の範囲も一致することから,相互の関連性が高いものであり,その取引者,需要者の範囲も共通する場合が多いと考えられる。 しかしながら,本件商標の指定役務中,「照明用器具類」以外の小売等役務と,商品「ランプシェード」については,小売等役務とその取扱商品の関係にはなく,相互の関連性が高いということはできないから,取引者,需要者の範囲が共通するということもできない。 (4)小括 そうすると,本件商標と引用商標とが一定の類似性を有し,商品「ランプシェード」が「照明用器具類の小売等役務」と関連性が高く,その需要者の範囲を共通にする場合があるとしても,請求人商品の立体的形状からなる引用商標は,自他商品識別力を有しないものであって,かつ,取引者・需要者の間に広く認識されていたものとは認めることができないものであり,さらに,「照明用器具類」以外の大部分の小売等役務と,請求人の業務に係る商品は関連性が高いとはいえず,取引者,需要者の範囲は共通しないものである。 してみれば,商標権者が本件商標をその指定役務について使用しても,取引者,需要者は,引用商標を連想又は想起することはなく,その役務が他人(請求人)あるいは同人と経済的若しくは組織的に何らかの関係を有する者の業務に係るものであるかのように,役務の出所について混同を生ずるおそれはないものというのが相当である。 したがって,本件商標は,商標法第4条第1項第15号に該当しない。 6 商標法第4条第1項第19号該当性について 本号は,「他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であつて,不正の目的(不正の利益を得る目的,他人に損害を加える目的その他の不正の目的をいう。以下同じ。)をもつて使用をするもの(前各号に掲げるものを除く。)」と規定されている。 引用商標は,上記3(3)のとおり,他人(請求人)の業務に係る商品を表示するものとして,日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されていたものと認められないものであるから,本件商標は,商標法第4条第1項第19号を適用するための要件を欠くものといわざるを得ない。 したがって,本件商標は,商標法第4条第1項第19号所定の他の要件を判断するまでもなく,同号に該当しない。 7 商標法第4条第1項第7号該当性について (1)本号の趣旨 商標の登録出願が適正な商道徳に反して社会的妥当性を欠き,その商標の登録を認めることが商標法の目的に反することになる場合には,その商標は商標法4条1項7号にいう商標に該当することもあり得ると解される。しかし,同号が「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」として,商標自体の性質に着目した規定となっていること,商標法の目的に反すると考えられる商標の登録については同法4条1項各号に個別に不登録事由が定められていること,及び,商標法においては,商標選択の自由を前提として最先の出願人に登録を認める先願主義の原則が採用されていることを考慮するならば,商標自体に公序良俗違反のない商標が商標法4条1項7号に該当するのは,その登録出願の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合に限られるものというべきである(平成14年(行ケ)第616号参照)。 (2)国際信義違反について ア 判断基準 商標登録が特定の国との国際信義に反するかどうかは,当該商標の文字・図形等の構成,指定商品又は役務の内容,当該商標の対象とされたものがその国において有する意義や重要性,我が国とその国の関係,当該商標の登録を認めた場合にその国に及ぶ影響,当該商標登録を認めることについての我が国の公益,国際的に認められた一般原則や商慣習等を考慮して判断すべきである(平成17年(行ケ)第10349号参照)。 イ 請求人は,「請求人商品は,そのデザイナーであるヘニングセンの製品としてデンマーク国の誇る重要な文化的な遺産であり世代を超えて広く親しまれているものであること,デンマーク国及び北欧デザインは我が国でも愛好者が多く,ヘニングセンの作品は我が国とデンマーク国の友好関係に重要な役割を担っていると考えられること,請求人商品はデンマーク特別知的財産裁判所でも認められた著作物であることから,我が国がこのような著作物を平面商標として剽窃した商標の登録を認めることは,我が国とデンマーク国の国際信義に反し,両国の公益を損なうおそれが高い」旨主張している。 ウ しかしながら,請求人の提出した甲各号証の内容を検討しても,請求人商品が,デンマーク国の誇る重要な文化的な遺産として公的に保護され,私的機関がこれを使用することが禁じられているといったような具体的な事実を見いだすことはできない。 エ また,ヘニングセンの作品が我が国の展覧会(甲217)において紹介されており,その愛好家がいるとしても,請求人商品は,その展示物の一にすぎないものであり,請求人商品については,上記3(3)のとおり,デンマーク国においても周知であるとは認められないものであるから,本件商標が,請求人商品の周知性に基づく顧客吸引力にフリーライドするものということはできない。 オ してみれば,本件商標が請求人商品の立体的形状を横から見た形状に近似する図形を含んでおり,請求人商品がデンマーク特別知的財産裁判所で認められた著作物であるとしても,請求人商品の立体的形状は,ランプシェードとしての機能をより効果的に発揮させ,美感をより優れたものとする目的で採用されたものであり,上記3(3)のとおり,請求人商品に使用された結果,使用による識別力を獲得したとは認められないものであって,デンマーク国における請求人商品の周知性も認められない上,請求人商品が,デンマーク国の誇る重要な文化的な遺産として公的な保護を受けているというような事実も見いだせないことは上記ウのとおりであるから,本件商標の商標登録がデンマーク国に悪影響を与え,我が国とデンマーク国の国際信義に反し,両国の公益を損なうおそれが高いとはいえないものである。 カ 以上のとおり,本件商標の登録が国際信義違反とみるべき事情はなく,その他,「照明用器具類の小売等役務」について,本件商標の登録を認めることについての我が国やデンマーク国の関係を害する等というべき具体的な事情も見いだせないから,本件商標の商標登録が国際信義違反であるということはできない。 (3)他の法律によって,当該商標の使用等が禁止されている商標か否かについて 請求人は,「請求人商品のデザインに依拠している本件商標は,他の法律(著作権法第21条,同法第23条,同法第27条)によって,その使用等が禁止されている商標に該当する。よって,本件商標は,商標法第4条第1項第7号に該当する。」旨主張している。 しかしながら,商標法上,他人の著作権と抵触する商標について,商標登録を受けることができない旨を定めた規定は存在しない。一方で,商標権と著作権が抵触する場合の規律に関し,商標法第29条は,商標権者は,指定商品又は指定役務についての登録商標の使用がその使用の態様によりその商標登録前に生じた他人の著作権又は著作隣接権と抵触するときは,指定商品又は指定役務のうち抵触する部分についてその態様により使用することができない旨を定めており,同条の規定は,他人の著作権と登録商標が抵触する場合があることを前提とするものであるから,商標法上,他人の著作物について商標登録出願を行うことを禁止するものではないものと解される(令和元年(行ケ)第10086号参照)。 そうすると,商標の使用が他人の著作権と抵触するとしても,そのことをもって,直ちに当該商標が商標法第4条第1項第7号に規定する商標に当たるものとはいえない。 (4)本件商標の登録出願の経緯について ア 両当事者から提出された証拠及び主張からは,以下の事実が認められる。 (ア)インテリア商品の販売を業とする被請求人は,意匠権の存続期間が終了した意匠に係る製品を,オリジナルデザインを元にできるだけ忠実に復刻生産し,これを「リプロダクト品」と称して,被請求人の管理するウェブサイト(甲3)で販売している。 (イ)平成25年2月当時,被請求人は,そのウェブサイト上で,被請求人商品及び「PH5」と類似したランプシェードをそれぞれ「ポール・ヘニングセンPHスノーボール」「ポール・ヘニングセンPH5」と表示して,リプロダクト品として販売していた(甲3)。 (ウ)請求人から被請求人に対する警告 平成25年2月20日,請求人は,被請求人に対し,同人のウェブサイト上で,被請求人商品等の照明器具を販売することは,ヘニングセンの「PH5」等の商品の商標権及び著作権を侵害し,不正競争を構成するので,販売の差止め及び損害賠償を求めることなどを記載した電子メールを送信した。当該電子メールには,参考として添付された写真中に被請求人商品が掲載されていたものの,侵害対象商品として請求人商品は明記されていない(甲7(訳文:甲132))。 同年3月6日,被請求人は,請求人に対し,日本における請求人の著作権及び商標権を調査したが,その著作権及び商標権を侵害した事実はないこと,もし被請求人が請求人の知的財産権を侵害しているのであれば法的な証拠を添えて知らせて欲しいことなどを記載した電子メールを送信した(甲120(訳文:甲133))。 同日,請求人は,被請求人に対し,日本における請求人の登録商標(「Louis Poulsen」及び「ARTICHOKE」)の登録証を添付した上で,同月8日までに被請求人のウェブサイトから請求人の商標権及び著作権を侵害するすべての照明器具の掲載の削除を求めること,照明器具はデザイナーの死後70年間応用美術品として保護されることなどを記載した電子メールを返信した(甲120(訳文:甲133))。 同月14日,被請求人は,請求人に対し,指摘のあった登録商標はウェブサイトから削除したこと,被請求人が調べた請求人の他の登録商標の商標権を侵害していないこと,照明製品の意匠等の知的財産はデザインしたときから20年は保護されるが,それ以降効力はないことなどを記載した電子メールを送信した(甲149)。 (エ)被請求人による「PH5」の側面形状を有する商標の登録出願 平成25年6月14日,被請求人は,被請求人別件商標について登録出願をした(商願2013-045784号)。 (オ)請求人日本法人から被請求人に対する警告及びこれに対する被請求人の回答 平成25年11月11日付けで,請求人日本法人は,代理人弁理士を通して,被請求人に対し,「PH5」のデザインは,請求人の製造,販売に係る商品を表示するものとして,日本において周知・著名な商品等表示であること,被請求人がそのウェブサイトで販売する「PH5 Pendantlamp Old Model」という名称の商品及び「PH50 Pendantlamp」という名称の商品は,「PH5」のデザインと酷似していること,被請求人による上記商品の販売行為は,不正競争防止法第2条第1項第1号の不正競争に当たるので,販売を中止し,上記ウェブサイトから上記商品のページを削除することを求めることなどを記載した警告書を送付した(甲126)。 これに対し,同月22日付けで,被請求人は,代理人弁護士を通して,請求人に対し,被請求人が販売する商品は,リプロダクト品である旨をホームページで明記しており,不正競争防止法第2条第1項第1号の「他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」に当たらないので,請求人の要求はすべて断ることなどを記載した回答書を送付した(甲127)。 (カ)請求人の立体商標の商標登録の経緯 平成25年12月13日,請求人は,PH5立体商標について登録出願をした(商願2013-98030号)。 同27年1月14日,請求人は,PH5立体商標の登録出願について,同26年10月7日付けで拒絶査定を受けたため,拒絶査定不服審判を請求した(不服2015-764号)。 特許庁は,上記請求について審理をした結果,同年12月15日,PH5立体商標は,商標法第3条第1項第3号に該当するものの,その著名性を認め同条2項の要件を具備しているとして,原査定を取り消し,PH5立体商標を登録すべきものとする旨の審決をした。請求人は,同28年2月12日,PH5立体商標について,指定商品を第11類「ランプシェード」として商標権の設定登録(登録第5825191号商標)を受けた。 (キ)被請求人別件商標について登録 平成25年12月27日,被請求人は,被請求人別件商標について登録査定を受け,同26年1月17日,設定登録を受けた(登録第5643726号商標)。 (ク)本件商標についての登録出願及び商標登録 平成26年1月30日,被請求人は,請求人商品の側面形状の図形を有する本件商標について登録出願をし,同年6月4日に登録査定を受け,同年7月11日,設定登録を受けた(本件商標)。 (ケ)請求人による輸入差止申立て 平成28年5月11日,請求人は,関税法第69条の13第1項の規定に基づき,東京税関長に対し,「侵害すると認める物品」をPH5立体商標又はこれに類似する商標を付したランプシェード,「予想される輸入者」を不明として,輸入差止申立てをした(甲151)。 (コ)被請求人による輸入差止申立て 平成28年9月2日,被請求人は,関税法第69条の13第1項の規定に基づき,東京税関長に対し,「侵害すると認める物品」を本件商標及び被請求人別件商標並びにこれらに類似する商標を付した電球類及び証明用器具類,「予想される輸入者」を請求人として,輸入差止申立てをした(甲130)。 (サ)請求人の輸入差止申立てに対する受理及び認定手続 平成28年12月1日,東京税関長は,請求人に対し,請求人が申立てた上記(ケ)に係る輸入差止申立てについて受理通知をした(甲152)。 同月9日,大阪税関南港出張所長は,請求人に対し,輸入差止申立てに係る疑義貨物が発見されたので,認定手続を執る旨の認定手続開始通知をした(甲153)。 (シ)請求人による無効審判請求 平成28年12月31日,請求人は,本件商標及び被請求人別件商標について商標登録無効審判を請求した(本件審判及び無効2017-890003号)。 (ス)請求人の輸入差止申立てに対する侵害認定 平成29年3月9日,大阪税関南港出張所長は,請求人に対し,請求人が申立てた上記(ケ)に係る輸入差止申立ての疑義貨物が侵害物品に該当する旨の認定結果通知をした(甲154)。 (セ)被請求人の輸入差止申立てに対する不受理 平成29年3月28日,被請求人は,東京税関長から,被請求人が申立てた上記(コ)に係る輸入差止申立てについて不受理結果通知を受けた。その理由は,「本件商標につき,証明器具の図形部分を抽出して差止対象物品と類否判断できると主張するが,図形部分が出所識別標識として強く支配的な印象を与えることや,図形部分以外の箇所が出所識別標識としての称呼,観念が生じないことなど,図形部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することが許されると解すべき十分な論拠が示されていない。」というものである(甲131)。 (ソ)被請求人による請求人のPH5立体商標に対する無効審判請求 平成29年3月31日,被請求人は,請求人のPH5立体商標ついて商標登録無効審判を請求した(無効2017-890023号)。 (タ)被請求人の本件商標及び被請求人別件商標に対する無効審判の無効審決 平成29年12月1日,特許庁は,本件商標及び被請求人別件商標の商標登録を商標法第4条第1項第19号に該当するとして無効とする旨の審決をした。 (チ)被請求人による無効審決取消訴訟 平成30年1月6日,被請求人は,本件商標及び被請求人別件商標に対する上記(タ)に係る審決を不服として,それぞれ審決取消訴訟を提起した(一次審決取消訴訟及び平成30年(行ケ)第10004号)。 同年7月25日,知的財産高等裁判所は,本件商標については審決の判断は誤りであり,被請求人主張の取消事由は理由がある,との判決をした(甲159)。また,被請求人別件商標については,商標法第4条第1項第19号に該当するとした審決の判断に誤りはないから,被請求人主張の取消事由は理由がない,との判決をした(甲160)。被請求人は上告しなかったため,被請求人別件商標の無効審決は確定し,被請求人別件商標は登録出願時まで遡及して消滅した。 イ 本件商標の登録出願が適正な商道徳に反し,著しく社会的妥当性を欠く行為か否かについて 請求人は,「被請求人は,請求人から被請求人商品の販売が請求人の商標権及び著作権を侵害し,不正競争に当たる旨の警告を受けた際に,請求人商品の側面形状の平面商標が未だ商標登録されていないことに乗じ,請求人との交渉を有利に進め,あるいは対抗手段を確保することを意図して,本件商標の登録出願を行い,しかも,現に本件商標の商標権に基づいて請求人商品に対する輸入差止申立てを行っていることが認められるから,被請求人による本件商標の登録出願は,請求人の営業活動に支障を生じさせることを目的とするものというべきである。本件商標の出願の目的は,請求人に対抗する手段を確保することであり,本件商標の商標権に基づいて実際に請求人の正規品に対して損害を与えることを意図して輸入差止申立てを行っている。よって,本件商標は,請求人に損害を与える目的で,請求人商品の側面形状の図形を剽窃した商標について登録出願したものであり,本件出願の経緯及び目的にかんがみれば,本件商標の登録出願は,適正な商道徳に反し,著しく社会的妥当性を欠く行為というべきである」旨主張している。 しかしながら,請求人商品の立体的形状からなる引用商標は,ランプシェードとしての機能をより効果的に発揮させ,美感をより優れたものとする目的で採用されたものであり,請求人商品に使用された結果,使用による識別力を獲得したともいえないから,その立体的形状それ自体に商品の出所を表示し,自他商品識別力があるものとは認められないものであり,かつ,上記3(3)のとおり,他人(請求人)の業務に係る商品であることを表示するものとして,日本国内又は外国における「需要者の間に広く認識されている商標」に当たるものでもない。 してみれば,請求人商品の立体的形状については,自他商品識別力がないものであって,かつ,周知・著名なものともいえないから,被請求人が当該立体的形状の側面図形を含む本件商標を登録出願したとしても,それが直ちに適正な商道徳に反し,著しく社会的妥当性を欠くものであるとはいえない。 さらに,被請求人は,本件商標の商標権に基づいて東京税関長に対して輸入差止申立てをしたものの,東京税関長は,「本件商標につき,照明器具の図形部分を抽出して差止対象物品と類否判断できると主張するが,図形部分が出所識別標識として強く支配的な印象を与えることや,図形部分以外の箇所が出所識別標識としての称呼,観念が生じないことなど,図形部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することが許されると解すべき十分な論拠が示されていない。」として当該輸入差止申立ては不受理とされている。 そうすると,当該輸入差止申立てが不受理となった以上,請求人商品が輸入差止めとなり,請求人に具体的損害等が発生したということはできないし,また,請求人への対抗策として当該輸入差止申立てを行ったものであるとしても,それは本件商標の登録出願から2年半後のことであり,このことのみにより,本件商標の登録出願時点で当該登録出願により被請求人に請求人の営業活動を妨害するような目的があったともいい難い。 その他,本件商標の登録出願の経緯を参照しても,本件商標によって請求人商品の製造,販売について具体的損害等が発生したことを認めることができる事実は見いだせず,請求人が提出した甲各号証を検討しても,本件商標の登録出願の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合に該当するとみるべき特段の事情は見当たらない。 したがって,被請求人が請求人商品を知りつつ,本件商標の登録出願を行ったものであるとしても,当該出願を行うことが,適正な商道徳に反し,著しく社会的妥当性を欠く行為に該当するとまではいえないものと判断するのが相当である。 (5)請求人の主張について ア 「PH5」に関する主張について 請求人は,被請求人別件商標の無効審決取消訴訟において,「PH5」の著名性が認められ,請求人の不正の目的については,「原告(注:被請求人のこと)による本件商標(注:被請求人別件商標のこと)の登録出願は,被告(注:請求人のこと)による被告商品の営業活動に支障を生じさせることを目的とするものである」と認められ,商標法第4条第1項第19号に該当する旨が認められた(甲160)。請求人商品を剽窃した本件商標及び被請求人別件商標の登録出願は,一連の係争の中で行われたものであり,両出願は同じ意図・目的で行われた出願といえる。よって,たとえ請求人商品に日本国内における著名性が認められなかったとしても,被請求人の悪意・不正の目的は引用商標のみならず本件商標も当然認められるものと考えると述べ,本件商標が商標法第4条第1項第7号に該当する旨主張している。 しかしながら,請求人商品の立体的形状は,ランプシェードとしての機能をより効果的に発揮させ,美感をより優れたものとする目的で採用されたものであり,請求人商品に使用された結果,使用による識別力を獲得したともいえず,かつ,上記3(3)のとおり,請求人の業務に係る商品であることを表示するものとして,日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されているものとは認められないものであって,使用された結果,自他商品識別力が認められた「PH5」とは周知著名性の程度が異なっており,同じような登録出願の経緯を有するとしても,被請求人別件商標(PH5)についての不正の目的の認定・判断と本件商標についての認定・判断を同列に論じることはできない。 したがって,請求人のかかる主張を採用することはできない。 イ 「社会の一般道徳観念に反する」との主張について 請求人は,商標法第4条第1項第7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」には,「出願の経緯に社会的妥当性を欠くものがある等,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ない場合」のほか,「社会の一般道徳観念に反するような場合」が該当する。これには「ある商標をその指定役務について登録し,これを排他的に使用することが,当該商標をなす用語等につき当該商標出願人よりも密接な関係を有する者等の利益を害し,剽窃的行為である,と評することのできる場合も含まれ,このような商標を出願し登録する行為は,商標法4条1項7号に該当するというべきである」(平成14年(行ケ)第94号参照)と述べ,本件商標が同号に該当する旨主張している。 しかしながら,請求人商品の立体的形状は,ランプシェードとしての機能をより効果的に発揮させ,美感をより優れたものとする目的で採用されたものであり,請求人商品に使用された結果,使用による識別力を獲得したともいえないから,その立体的形状それ自体に商品の出所を表示し,自他商品識別力があるとは認められないものであり,かつ,上記3(3)のとおり,請求人の業務に係る商品であることを表示するものとして,日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されているものとは認められないものである。 そうすると,被請求人がそのような立体的形状の側面の図形をその一部に含む本件商標を採択し,登録出願したとしても,上記(4)イのとおり,これを排他的に使用することにより,請求人の利益を害することとなるとはいい難く,剽窃的な行為であるということはできない。 したがって,請求人のかかる主張を採用することはできない。 (6)小括 以上のとおり,本件商標は,他の法律によって当該商標の使用等が禁止されている商標,国際信義違反に当たらず,本件商標の登録出願の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあるともいえず,さらに,本件商標の構成自体が,非道徳的,卑わい,差別的,きょう激若しくは他人に不快な印象を与えるような構成態様でもない。 したがって,本件商標は,商標法第4条第1項第7号に該当しない。 8 まとめ 以上のとおり,本件商標は,商標法第4条第1項第10号,同第15号,同第19号及び同第7号のいずれにも該当するものでなく,その登録は,同条第1項の規定に違反してされたものではないから,同法第46条第1項の規定に基づき,その登録を無効にすることはできない。 よって,結論のとおり審決する。 |
別掲 |
別掲1(本件商標) 別掲2(引用商標・請求人商品:甲6) |
審理終結日 | 2020-03-25 |
結審通知日 | 2020-03-30 |
審決日 | 2020-04-23 |
出願番号 | 商願2014-6431(T2014-6431) |
審決分類 |
T
1
11・
25-
Y
(W35)
T 1 11・ 271- Y (W35) T 1 11・ 22- Y (W35) T 1 11・ 222- Y (W35) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 高橋 謙司 |
特許庁審判長 |
冨澤 美加 |
特許庁審判官 |
鈴木 雅也 小俣 克巳 |
登録日 | 2014-07-11 |
登録番号 | 商標登録第5685459号(T5685459) |
商標の称呼 | アアルアンドエムインテリアストア、アアルエムインテリアストア、アアルアンドエムインテリア、アアルエムインテリア、アアルアンドエム、アアルエム |
代理人 | 池田 智洋 |
代理人 | 特許業務法人 松原・村木国際特許事務所 |
代理人 | 岸本 忠昭 |