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審決分類 審判 判定 その他 属さない(申立て成立) 042
管理番号 1364240 
判定請求番号 判定2019-600028 
総通号数 248 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標判定公報 
発行日 2020-08-28 
種別 判定 
2019-10-18 
確定日 2020-06-12 
事件の表示 上記当事者間の登録第3156486号商標の判定請求事件について、次のとおり判定する。 
結論 請求人が、役務「飲食物の提供(居酒屋)」に使用するイ号標章は、登録第3156486号商標の商標権の効力の範囲に属しない。
理由 第1 本件商標
本件登録第3156486号商標(以下「本件商標」という。)は、「炙屋」の漢字を横書きしてなり、平成4年4月30日に登録出願、第42類「飲食物の提供」を指定役務として、同8年5月31日に設定登録され、その後、同18年6月20日及び同28年5月24日に商標権の存続期間の更新登録がなされ、現に有効に存続しているものである。

第2 イ号標章
請求人が、役務「飲食物の提供(居酒屋)」について使用するイ号標章は、「炙り屋あとり」の文字を一連、一体で横書きしてなるもの(以下「イ号標章」という。)である(以下「飲食物の提供(居酒屋)」を「使用役務」ということがある。)。

第3 請求人の主張(要旨)
請求人は、結論同旨の判定を求め、その理由を次のように述べ、証拠方法として、甲第1号証ないし甲第3号証を提出した。
1 判定請求の要旨
本件商標は、「炙屋」の文字よりなるものであるから、「アブリヤ」の称呼が生じ、「火にあててかるく焼くお店」の観念が生じるものである。これに対し、イ号標章は、「炙り屋あとり」の一連の文字よりなるものであるから、「アブリヤアトリ」の称呼が生じ、「火にあててかるく焼くお店のあとり(なお、「あとり」とは鳥の名前)」の観念が生じるものである。
両標章は、外観(「炙屋」と「炙り屋あとり」)、称呼(「アブリヤ」と「アブリヤアトリ」)及び観念(「火にあててかるく焼くお店」と「火にあててかるく焼くお店のあとり」)のいずれにおいても相違し、イ号標章は、本件商標の商標権の効力の範囲に属さない。
なお、本件商標の指定役務、第42類「飲食物の提供」とイ号標章の使用役務とは同一の役務である。
2 判定請求の必要性
請求人は、令和1年9月30日付け警告書において、請求人のイ号標章の使用は本商標権の効力の範囲に属する旨の警告を本被請求人から受けた(甲1)。請求人は、現在もイ号標章「炙り屋あとり」を使用しているために、その商標権の効力に属するか否かについて、専門的知識でもって中立的に判断される判定を求めるものである。
3 イ号標章の説明
イ号標章は、イ号標章及び説明書で示すとおり、漢字とひらがな文字とを組み合わせて一体的にかつ一連に表記された標章「炙り屋あとり」であり、「アブリヤアトリ」との一連の称呼が生じ、またこの一連の標章から「火にあててかるく焼くお店のあとり」(「あとり」とは鳥の名前)との観念が生じる。
請求人は、2015年10月頃に滋賀県草津市で居酒屋を始めるにあたり株式会社Atoriを法人登記し(甲2)、その後標章「炙り屋あとり」を屋号として選定して居酒屋を開店し、現在に至っている。居酒屋「炙り屋あとり」は、炙り料理、焼き料理、鍋料理などを提供する飲食店であり(甲3)(なお、甲第3号証をプリントアウトすると、その表示内容のうち写真がプリントアウトされないようになっている)、炙り料理(例えば、牛もも肉のあぶり焼きなど)、焼き料理(例えば、焼き鳥など)などの提供料理とお店の名前とを関連付けて一般需要者(顧客)に居酒屋の特徴的料理内容をわかりやすくするために、居酒屋の屋号を「炙り屋あとり」としたものである。
請求人が経営する飲食店は、滋賀県草津市にある居酒屋「炙り屋あとり亅の一店のみであり、本請求人は、甲第3号証で示すように、この居酒屋「炙り屋あとり」を本請求人のウェブサイト(https://atori.gorp.jp/)でもって紹介している。
また、滋賀県草津市のお店の看板にも居酒屋の屋号として『炙り屋あとり』と一体的かつ一連に表記して使用している。
4 イ号標章が本商標権の効力の範囲に属しないとの説明
(1)イ号標章について
イ号標章は、イ号標章及び説明書で記載するとおり、漢字とひらがな文字とを組み合わせて表記された標章「炙り屋あとり」であり、それらの文字の字体及び大きさは統一され、それらの文字の間の間隔も同じであり、その前半部分「炙り屋」とその後半部分「あとり」とが一連にかつ一体的不可分に表記されたものであり、「アブリヤアトリ」との一連の称呼が生じる。
このイ号標章「炙り屋あとり」からは次の観念が生じる。即ち、イ号商標の前半部分の前部『炙り』の部分からは、「1)火にあててかるく焼く。2)火にあてて温め乾かす。」の意味が生じ、また、その前半部分の後部『屋』の部分からは 「《名詞》1)人の住むためにつくった建築物。いえ。家屋。2)屋根。《接尾》1)(ア)その職業の家またはその人を表す語。(イ)その専門またはその人を表す語。時に批判・謙遜などの意を含む。2)家号、雅号、書斎に用いる語。」の意味が生じ(発行所:株式会社岩波書店 広辞苑第七版)、イ号標章の前半部分『炙り屋』からは「火にあててかるく焼くお店、火にあててかるく焼く人」などの観念が生じる。また、イ号標章の後半部分『あとり』からは、「スズメ目アトリ科の鳥。・・・」(同広辞苑第七版)との観念が生じる。
イ号標章の前半部分『炙り屋』は、上述から理解されるように、「火にあててかるく焼くお店、火にあててかるく焼く人など亅の意味が生じ、第42類の指定役務の飲食物の提供との関連においては、火にあててかるく焼いた料理を提供するお店という意味を持つ程度の語句であって、この役務との関連において自他商品識別力の非常に弱い語句である。
このような語句は、飲食物関係の役務においても、例えば、焼き肉料理を提供する焼き肉屋、ビザ料理を提供するピザ屋、うどん料理を提供するうどん屋、そば料理を提供するそば屋、ケーキを提供するケーキ屋など多数存在しており、これらの語句は、お店の種類を示す程度の語句として一般的に広く用いられ、これらの語句自体は自他商品識別機能を発揮せず、自他商品識別力の非常に弱い語句であり、このような語句は、お店の名前とを組み合わせて用いられ、その名前と組み合わせて初めて自他商品識別機能を発揮するものである。
このようなことから、このイ号標章「炙り屋あとり」は、その前半部分『炙り屋』の部分が抽出されてイ号標章の要部として自他商品識別機能を発揮することはなく、その後半部分『あとり』と結合して初めて自他商品識別機能を発揮するものである。したがって、イ号標章「炙り屋あとり」は、その前半部分『炙り屋』のみを抽出するのではなく、その前半部分『炙り屋』とその後半部分『あとり』とが一体的に結合したイ号標章「炙り屋あとり」として使用され、イ号標章「炙り屋あとり」の全体と対比して本件商標との類否を判断すべきものである。
(2)本件商標について
本件商標は、漢字で表記された商標「炙屋」であり、「アブリヤ」との称呼が生じる。本件商標の前部『炙』からは、上述したように、「1)火にあててかるく焼く。・・・」などの意味が生じ、またその後部『屋』からは「《名詞》1)人の住むためにつくった建築物。いえ。家屋。・・・《接尾》1)(ア)その職業の家またはその人を表す語。(イ)その専門またはその人を表す語。時に批判・謙遜などの意を含む。・・・」などの意味が生じ、本件商標「炙屋」からは 「火にあててかるく焼くお店、火にあててかるく焼く人など」の観念が生じる。
(3)イ号標章と本件商標との対比
イ号標章と本件商標との類否を、外観、称呼及び観念の判断要素について検討すると、次のとおりである。
まず、外観について検討すると、イ号標章は、漢字とひらがな文字の6文字が組み合わさった一連の語句「炙り屋あとり」であり、これに対して、本件商標は、漢字2文字からなる語句「炙屋」であり、イ号標章「炙り屋あとり」と本件商標「炙屋」とは、外観において明らかに相違している。したがって、このイ号標章は、本件商標と外観上において非類似である。
次に、称呼について検討すると、イ号標章「炙り屋あとり」からは、一連の 「アブリヤアトリ」の称呼が生じるのに対し、本件商標「炙屋」からは、「アブリヤ」の称呼が生じるのみであり、イ号標章の称呼「アブリヤアトリ」と本件商標の称呼「アブリヤ」とは、称呼において明らかに相違している。したがって、このイ号標章は、本件商標と称呼上においても非類似である。
最後に、観念について検討すると、イ号標章「炙り屋あとり」からは「火にあててかるく焼くお店のあとり」などと鳥の名前「あとり」を含む一連の観念が生じるのに対し、本件商標「炙屋」からは「火にあててかるく焼くお店」等、店の種類を示す程度の観念が生じるのみであり、イ号標章の鳥の名前「あとり」が強調されるものと本件商標の鳥の名前を含まないものとでは、観念においても明らかに相違している。したがって、このイ号標章は、本件商標と観念上においても非類似である。
5 むすび
以上述べたとおり、イ号標章と本件商標とは、外観、称呼及び観念において非類似である。したがって、イ号標章は本件商標の商標権の効力の範囲に属することはなく、請求の趣旨とおりの判定を求める。

第4 被請求人の答弁
被請求人は、請求人が使用役務について使用するイ号標章は、本件商標の商標権の効力の範囲に属する、との判定を求め、その理由を次のように述べ、証拠方法として、乙第1号証ないし乙第7号証を提出した。
1 経緯の説明
請求人の主張するように、確かに被請求人は、令和1年9月30日付けで警告書を請求人の代表者宛てに送付した(甲1)。
その理由として、請求人は、甲第3号証に示されるように、滋賀県草津市にて飲食物の提供を行っており、その屋号として「炙り屋あとり」を使用していることは、請求人の主張のとおりである。
したがって、本判定のイ号標章である「炙り屋あとり」が、本件商標の商標権の効力の範囲に属する旨を争うことは吝かではないが、被請求人は請求人の行為のうち、イ号標章である「炙り屋あとり」のみの使用を問題としている訳ではない。
令和1年11月21日付けにて、被請求人から請求人に対して送付した連絡書(乙1)及び参照書類(乙2)にて指摘するように、請求人のウェブサイトには「あとり」という文字と「炙り屋」という文字が明らかに大きさを変えて店舗の外装に看板として掲げられている写真(以下、「本件ロゴマーク」という。)が掲載されている。
この写真に貼られたリンクを辿るとグルメサイトである「ぐるなび」の関連サイトにリンクされており、この看板の拡大写真が確認できている。
本判定請求書の第4頁では、「また、滋賀県草津市のお店に看板にも居酒屋の屋号として『炙り屋あとり』と一体的にかつ一連に表記して使用している。」と主張されているが、この看板のことを指して説明されているのであれば、明らかに事実に反する主張であるといわざるを得ない。
同様の看板らしき表記は、同サイトの「店舗トップ」の記事にも掲載されており、商標として使用されている標章であることに疑義は生じ得ない(乙2)。
さらには、これらの同サイトでの「炙り屋 あとり」の表記及びヘッダ部分に印字される検索用タグには、「炙り屋」と「あとり」の間には略全てで半角のスペースが意図的に入れられている。
本判定請求書の第5頁では、「・・・それらの文字の字体及び大きさは統一され、それらの文字の間も同じであり、その前半部分「炙り屋」とその後半部分「あとり」とが一連にかつ一体不可分に表記されたものであり、・・・」と主張されているが、これも明らかに事実に反する主張であるといわざるを得ない。
さらに加えて、上記を指摘した被請求人の上記連絡書に対し、令和1年11月27日付けにて、請求人は被請求人に対して回答書(乙3)を送付するに至り、「炙り屋」と「あとり」の間にスペースが入ったものは不適切な記載であることを認めると共に、スペースを除く修正を行うことを示唆している。
しかしながら、その添付資料(乙4)の資料5では、請求人の飲食店で配布している名刺に、上記で被請求人が言及している本件ロゴマークを記載していることも明示している。
被請求人は、請求人に対し、電話連絡を行い、再三にわたり、「判定によって問題の一義的な解決を図る貴社のご意向は理解できるが、誤ったイ号標章はいたずらに事件を論難させるにすぎず、何らの解決をも得ることはできないこと。」、「できるだけ速やかにイ号標章を実際の使用態様に即した標章に追加の上、修正して欲しいこと」、「万一、意図的にこのようなイ号標章の認定を行っているのであれば、問題を一義的に解決する意思が無く、事実に反し単に形式的に有利な判定結果を受け易くするための詭弁に他ならず、到底受け入れられるものではないこと。」、「事実に反する判定の結果に拘わらず、全て『炙り屋 あとり』の使用態様について、然るべき判断を然るべき機関にて求めて行くこと。」を説明すると共に、再度書面にして令和1年12月3日付けにて再警告書(乙5)を送付するに至った。
これに対し、請求人は、令和1年12月10日付けの回答書(2)(乙6)にて、「炭火焼居酒屋の店舗名『炙り屋あとり』」と本件ロゴマークとは異なる商標であり、商標の類否の判断も異なる基準で判断されるものと考えています。・・・『炙り屋あとり』及び本件ロゴマークについては、判定請求を一つ一つして特許庁の判断を求めたいと考えています。したがって、本件ロゴマークについて本件商標権の効力の範囲に属するとのご見解をお持ちであるときには、本件判定請求とは別個に本件ロゴマークについての判定請求の手続を早期に行うようにします。・・・」としている。
再三にわたり、全ての「炙り屋 あとり」の使用態様について商標権侵害を主張する被請求人に対し、このような回答に意味があるのか理解に苦しむところではあるが、少なくとも請求人は本判定請求をして問題の一義的解決を図る意図がないことは明白であり、誠に残念ながら、意図的に事実に反するイ号標章の認定を行い、単に形式的に有利な判定結果を受けやすい事件を、いたずらに醸成しているに過ぎないといわざるを得ない。
2 答弁の内容
本来、問題の一義的解決を図るため、請求人によって使用されている全ての標章について議論されるべきであるが、請求されたイ号商標のみについて判定を行う請求人の都合により、本答弁書にて以下のとおり答弁する。
請求人は、請求人が「飲食物の提供」について使用するイ号標章が、本件商標の商標権の効力の範囲に属しないと主張している。
しかしながら、これらの主張は到底認められるものではなく、イ号標章は本件商標の商標権の効力の範囲に属するものであると確信するので、以下、この理由を説明する。
3 イ号標章について
判定請求書にて説明されるように、請求人から提起されているイ号標章は漢字とひらがな文字とを組み合わせて「炙り屋あとり」と書されたものであることに異論はない。
ただし、ここから生じる称呼は、「炙り屋」の部分から「アブリヤ」の称呼と、「あとり」の部分から「アトリ」の称呼が生じることを主張する。
請求人が主張するように、「あとり」はスズメ目アトリ科の小型の鳥類であるものの、一般的には知られた鳥ではなく、また食用にもならない鳥であることからしても、指定役務である「飲食物の提供」との関係において、ある程度区別して認識される語であることに異論はない。
しかしながら一方で、指定役務である「飲食物の提供」との関係において、「戻り屋あとり」の語全体から、ある種の火を用いた調理を連想させる「炙り屋」という語は、鳥の種類を意味する「あとり」との関係において、必ずしも一連に認識されるものではないといえる。
つまり、指定役務である「飲食物の提供」との関係が有るからこそ、「炙り屋あとり」の語全体の中で、部分的に「飲食物の提供」と親和性の高い語(炙り屋)と、そうでない語(あとり)との間には、一定の“区切り”と呼べる境目が存在するといえる。
このことは、上記1の経緯でも注目されていたように、請求人の飲食店を紹介するウェブサイトがこぞって「炙り屋」と「あとり」との間にスペースを入れ、“区切り”を意識してイ号標章を認識していたことに裏付けられている。
請求人が例え意図的に「炙り屋あとり」を一連に使用していたとしても、この標章を取り扱う媒介となる者、つまり、ぐるなび、Retty、Facebook、ヒトサラには、イ号標章「炙り屋あとり」は「炙り屋」「あとり」と認識されているに等しい状況が、容易に認識されるのである。
以上の理由から、イ号標章は、単に一連に書された語をそのまま「アブリアトリ」という称呼のみが生じる語ではなく、「炙り屋」「あとり」と認識されて「アブリヤ」と「アトリ」というそれぞれの称呼も併せて、若しくは、むしろ主体的に生じていることを確信する。
4 本件商標について
本件商標は、漢字で書された「炙屋」であり、「アブリヤ」との称呼を生じると共に、ある種の火を用いた調理、及びこれを行う場所や飲食店を連想させることは間違いない。
しかしながら、直接的に「飲食物の提供」に関係する“提供の場所”、“態様”、“提供の方法”等を表示する語でないことは明白であると共に、「飲食物の提供」に慣用されている語でないこともまた明白である。
1993年の第1号店の開業以後、ゆっくりとかつ確実に店舗数を増やし、使用を途絶えさせることなく、約27年間使用し続けて来た被請求人の飲食店「炙屋」「あぶりや」は、「アブリヤ」という称呼と共に、十分に需要者に認識されるに至っている(乙7)。
5 イ号標章と本件商標との対比
外観と観念に関しては、一定の差異があることは事実である。
しかしながら、上述したように、イ号標章の重要な称呼の一つは「アブリヤ」であり、本件商標の称呼も「アブリヤ」である。イ号商標の一部の称呼であることを理由に全く参酌していない判定請求書の主張には、明らかな恣意と誤認があり、正確な認定と評価を行っていないことは明らかである。
イ号標章は確かに「炙り屋あとり」と一連に書してなる標章ではあるが、その構成には一定の“区切り”と呼べる境目が存在し、「炙り屋」と「あとり」とに分けて称呼されることは上述したとおりである。
少なくとも、イ号標章を掲げた飲食物の提供を行う店舗は、開業27年の「炙屋」「アブリヤ」と何らかの経済的関連を有する事業者であるかのように、需要者に誤った認識を与えるばかりか、開業27年のグッドウィルにフリーライドする悪意すら見え隠れする危惧を禁じ得ない。
結果として、イ号標章の重要な称呼の一つである「アブリヤ」は、本件商標の称呼の「アブリヤ」と同一であり、商標全体として両者は類似する標章に他ならず、イ号標章は本件商標の商標権の効力の範囲に属するものであるとの結論に疑いはない。
6 むすび
以上の全ての理由により、イ号標章は、本件商標の商標権の効力の範囲に属するものである。

第5 当審の判断
1 本件商標とイ号標章の類似性について
(1)本件商標
本件商標は、「炙屋」の漢字を横書きしてなるものであるところ、該文字は、例えば、「広辞苑第七版」(株式会社岩波書店)の「炙る」の項に「火にあてて軽く焼く。」の記載があり、また、「屋」の項に接尾語として「その職業の家またはその人を表す語。」の記載があることから、その指定役務「飲食物の提供」との関係では、「炙る料理を提供する店、(料理を)炙る人」程の漠然とした意味合いを理解させるものである。
そうすると、本件商標は、その構成文字に相応して「アブリヤ」の称呼を生じ、「炙る料理を提供する店、(料理を)炙る人」程の観念を生じるものである。
(2)イ号標章
イ号標章は、「炙り屋あとり」の文字を横書きしてなるものであるところ、その構成文字は、同じ書体、同じ大きさで、外観上まとまりよく一体に表されているものであり、その構成文字全体から生じる「アブリヤアトリ」の称呼も、格別冗長ではなく、無理なく一連に称呼し得るものである。
また、イ号標章の構成中「炙り屋」の文字部分は、上記(1)と同様に、「広辞苑第七版」(株式会社岩波書店)の「炙る」の項に「火にあてて軽く焼く。」の記載があり、また、「屋」の項に接尾語として「その職業の家またはその人を表す語。」の記載があることから、その使用役務との関係では、「炙る料理を提供する店、(料理を)炙る人」程の漠然とした意味合いを理解させるものであり、イ号標章は、その構成文字から「『あとり』という名称の炙る料理を提供する店、(料理を)炙る人」程の意味合いを想起させるものである。
そして、イ号標章の構成中、後半の「あとり」の文字部分が自他役務の識別標識としての機能を発揮する要部と捉えられる場合があるとしても、前半部分の「炙り屋」の文字自体は、「飲食物の提供」との関係において、炙る料理を提供する店という店の種類を表す表示と理解される可能性が高く、さほど自他役務識別力を有さないから、ことさら、この部分を分離抽出し、商標の要部として、他の商標との類否を判断することは許されないというべきである。
してみれば、イ号標章は、その構成文字に相応して「アブリヤアトリ」の称呼を生じ、「『あとり』という名称の炙る料理を提供する店、(料理を)炙る人」程の観念を生じるものである。
(3)本件商標とイ号標章の類否
本件商標とイ号標章の類否について検討するに、本件商標とイ号標章とは、上記(1)及び(2)のとおりの構成からなるところ、外観においては、「あとり」の文字の有無及び構成文字数において明らかな差異を有するものであるから、外観上、判然と区別できるものである。
次に、称呼においては、本件商標から生じる「アブリヤ」の称呼とイ号標章から生じる「アブリヤアトリ」の称呼とは、その音構成及び音数において明らかな差異を有するものであるから、称呼上、明瞭に聴別されるものである。
そして、観念においては、本件商標からは、「炙る料理を提供する店、(料理を)炙る人」程の観念が生じるのに対し、イ号標章は、「『あとり』という名称の炙る料理を提供する店、(料理を)炙る人」程の観念を生じるものであるから、観念上、明確に区別できるものである。
そうすると、本件商標とイ号標章とは、外観、称呼及び観念のいずれの点についても、相紛れるおそれのない非類似の商標というべきである。
2 本件商標の指定役務とイ号標章の使用役務の類似性について
本件商標の指定役務は、前記第1に記載のとおり、第42類「飲食物の提供」であるのに対し、請求人が主張及び提出した証拠(甲3)によれば、イ号標章の使用役務は「飲食物の提供(居酒屋)」である。
してみれば、本件商標の指定役務とイ号標章の使用役務は、同一又は類似するものである。
3 イ号標章が本件商標の商標権の範囲に属するかについて
商標権の範囲は、願書に記載した商標及び指定役務に基づいて定められるものであり(商標法第27条第1項、同第2項)、商標権の効力は、指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務についての登録商標又はこれに類似する商標の使用に及ぶものである(同法第25条、同法第37条)。
まず、役務については、前記2のとおり、本件商標の指定役務とイ号標章の使用役務は、同一又は類似するものである。
しかしながら、本件商標とイ号標章とは、上記1(3)に記載のとおり、非類似の商標というべきであるから、本件商標の指定役務とイ号標章の使用役務が、同一又は類似するものであるとしても、イ号標章が本件商標の商標権の効力の範囲に属するものということはできない。
4 被請求人の主張について
(1)被請求人は、「請求人のウェブサイトに『あとり』という文字と『炙り屋』という文字が明らかに大きさを変えて店舗の外装に看板として掲げられている写真(以下、「本件ロゴマーク」という。)が掲載されている。」、「同サイトでの『炙り屋 あとり』の表記及びヘッダ部分に印字される検索用タグには『炙り屋』と『あとり』の間には略全てで半角のスペースが意図的に入れられている。」(乙1、乙2)等と述べ、「請求人は本判定請求をして問題の一義的解決を図る意図がないことは明白であり、誠に残念ながら、意図的に事実に反するイ号標章の認定を行い、単に形式的に有利な判定結果を受けやすい事件を、いたずらに醸成しているに過ぎない」旨主張している。
しかしながら、判定は、イ号標章について、登録商標と同一又は類似の商標の範囲に該当するか否かについて疑義のある場合に判定を求めることができる制度であり(商標法第28条第1項)、イ号標章と異なる態様で「炙り」と「あとり」の間にスペースを有する標章が存在するとしても、そのことにより直ちに本件判定請求について法的な問題が生じるということはできない。
(2)また、被請求人は、本件商標について、「1993年の第1号店の開業以後、ゆっくりとかつ確実に店舗数を増やし、使用を途絶えさせることなく、約27年間使用し続けて来た被請求人の飲食店『炙屋』、『あぶりや』は、『アブリヤ』という称呼と共に、十分に需要者に認識されるに至っていることもまた明らかな事実である」旨主張し、被請求人が飲食物の提供を行っているとおぼしき店舗の写真及び「平成5(1993)年3月31日『炙屋曽根崎店』を大阪にオープンさせた。」旨記載された被請求人ウェブサイトのプリントアウトを提出している(乙7)。
しかしながら、本件商標の使用範囲、本件商標を使用した店舗の売上高、シェアなどの実績並びに本件商標に係る広告宣伝の費用、宣伝方法などについては、その事実を量的に把握することができる客観的な証拠は何ら提出されておらず、他に「炙屋」の文字からなる商標が、被請求人の業務に係る役務「飲食物の提供」を表示するものとして需要者の間に広く認識されていると認め得るような証拠も見いだせないことから、本件商標が、被請求人の業務に係る役務「飲食物の提供」を表示するものとして、我が国おける需要者の間に広く認識されていたものと認めることはできない。
(3)したがって、上記の被請求人の主張は、いずれも採用することができない。
5 むすび
以上のとおりであるから、判定請求に係る役務「飲食物の提供(居酒屋)」に使用するイ号標章は、本件商標に係る商標権の効力の範囲に属しないものである。
よって、結論のとおり判定する。
別掲

判定日 2020-06-04 
出願番号 商願平4-110013 
審決分類 T 1 2・ 9- ZA (042)
最終処分 成立  
特許庁審判長 山田 正樹
特許庁審判官 小田 昌子
鈴木 雅也
登録日 1996-05-31 
登録番号 商標登録第3156486号(T3156486) 
商標の称呼 アブリヤ 
代理人 西村 弘 
代理人 北村 吉章 
代理人 松下 ひろ美 
代理人 永田 良昭 
代理人 永田 元昭 
代理人 大田 英司 
代理人 岸本 忠昭 

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