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審決分類 審判 全部無効 商4条1項7号 公序、良俗 無効としない W161824
管理番号 1356047 
審判番号 無効2018-890004 
総通号数 239 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標審決公報 
発行日 2019-11-29 
種別 無効の審決 
審判請求日 2018-01-31 
確定日 2019-08-08 
事件の表示 上記当事者間の登録第5689999号商標の商標登録無効審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 審判費用は,請求人の負担とする。
理由 第1 本件商標
本件登録第5689999号商標(以下「本件商標」という。)は,別掲のとおりの構成からなり,平成25年12月27日登録出願,第16類「工楽松右衛門の創製した帆布を用いた筆箱,工楽松右衛門の創製した帆布を用いた文房具類,工楽松右衛門の創製した帆布を用いた写真立て」,第18類「工楽松右衛門の創製した帆布を用いたかばん類,工楽松右衛門の創製した帆布を用いた袋物,工楽松右衛門の創製した帆布を用いた携帯用化粧道具入れ,工楽松右衛門の創製した帆布を用いたかばん用の金具,工楽松右衛門の創製した帆布を用いたがま口用の口金」,第24類「工楽松右衛門の創製した帆布,工楽松右衛門の創製した帆布を用いた布製の身の回り品,工楽松右衛門の創製した帆布製のランチョンマット,工楽松右衛門の創製した帆布製のコースター,工楽松右衛門の創製した帆布製のテーブルナプキン,工楽松右衛門の創製した帆布製の椅子カバー,工楽松右衛門の創製した帆布製の壁掛け,工楽松右衛門の創製した帆布を用いたカーテン,工楽松右衛門の創製した帆布を用いたテーブル掛け,工楽松右衛門の創製した帆布を用いたどん帳,工楽松右衛門の創製した帆布製のトイレットシートカバー」を指定商品として,同26年7月1日に登録査定,同年8月1日に設定登録されたものである。

第2 請求人の主張
請求人は,本件商標の登録を無効とする,審判費用は被請求人の負担とする,との審決を求め,その理由を要旨次のように述べ,証拠方法として,甲第1号証ないし甲第68号証を提出した。
1 請求の理由
(1)本件商標について
本件商標は,図形と「松右衛門帆」の文字からなるところ,当該文字のうち「帆」の文字は,その指定商品である「工楽松右衛門の創製した帆布を用いたかばん類」等の「工楽松右衛門の創製した帆布を用いた商品」との関係においては,商品の原材料等の品質を表示するにすぎないから,本件商標は,その構成中の「松右衛門」の文字部分が独立して商品の出所識別標識として機能し得るものといえる。
(2)歴史上の人物名「松右衛門」について
「松右衛門」は,兵庫県高砂市に生まれ,帆布を発明した歴史上の人物である工楽松右衛門(御影屋松右衛門又は宮本松右衛門と名乗っていた時期もあった)の略称であり,新聞,雑誌,書籍等の刊行物においては当該人物を示す名称として主に「松右衛門」が使用されており,当該人物を示す通称となっている。
この「松右衛門」は,江戸時代の海運業の発展に貢献した人物で,特に,従来の破損しやすい帆に代わり,木綿を使った厚手の丈夫な帆布を開発したことで有名な人物である。当該人物を紹介する刊行物や,当該人物が登場する書籍は枚挙にいとまがない(甲3?47)。
(3)商標法第4条第1項第7号該当性について
ア 「松右衛門」の周知・著名性
「松右衛門」は,明治の時代から現在に至るまで,様々な新聞記事,雑誌,書籍で紹介されてきた周知・著名な歴史上の人物であり,司馬遼太郎や子母沢寛のような著名な小説家の小説にも登場している(甲46,47)。
その主な功績として,北方領土の択捉島等における築港や,従来の破損しやすい帆に代わり,木綿を使った厚手の丈夫な帆布を発明,開発したこと等があり,江戸時代の海運業の発展に大きく貢献している(甲3?47)。特に,帆に用いられる帆木綿を近代的な綿帆布に発展させた人物として有名であり,手織り帆布の祖ともいわれ,また,松右衛門以来日本の帆布ががらりと一変したともいわれる(甲33)。このため,帆布や船,港湾に関する書籍には「松右衛門」が登場することが多い(甲33,35)。また,発明家である「松右衛門」は「荒巻(新巻)鮭」を発明した人物でもある(甲39,40)。
イ 「松右衛門」に対する国民又は地域住民の意識と利用状況
「松右衛門」ゆかりの地である高砂市では,高砂神社内に大正5年に銅像が建立され(甲37),平成25年にはその修復作業が完了し,石碑も設置されている(甲22)。また,現在,請求人らが寄付した工楽家の邸宅の整備が進められており(甲24),同市は,この邸宅を市の歴史,文化,観光の振興拠点とする周辺整備活用基本方針をまとめている(甲24)。
また,高砂市に関する様々な書籍(甲28,30,40,41)において,高砂市を代表する人物,偉人として紹介され,高砂市のホームページや一般社団法人高砂市観光交流ビューローのウェブサイトにおいても,高砂市ゆかりの人物として「松右衛門」が紹介されている(甲48,49)。
さらに,高砂市は,平成25年に,市内の学校や公民館に対して,「松右衛門」の生涯を描いた読み物「風を編む 海をつなぐ」を配布し,「松右衛門」の功績を市民に伝える活動を積極的に行っている(甲42)。
このように,「松右衛門」は,高砂市の歴史,文化,観光の中心的役割を担う存在として位置付けられ,利用されている名称であり,また,同市が市内の学校や公民館に「松右衛門」に関する読み物を配布する等して知名度を高める活動に力を入れていることもあり,老若男女を問わず,今なお多くの人から敬愛の念をもって親しまれ,共有財産の如く認識されている。
ウ 当該歴史上の人物名の利用状況と指定商品・役務との関係
上述のとおり,「松右衛門」は,帆布の発明者,開発者として広く知られた人物であり,上記ウェブサイトや書籍等においても帆布の発明者,開発者として紹介されているところ,本件商標の指定商品は,いずれも「工楽松右衛門の創製した帆布を用いたかばん類」等の「工楽松右衛門の創製した帆布を用いた商品」であり,当該歴史上の人物名の利用状況と指定商品・役務とは密接な関係にあるといえる。
エ 本件商標の登録出願の経緯・目的・理由・使用状況
被請求人は,被請求人の理事長が代表取締役を務める株式会社御影屋が運営する「松右衛門帆」のウェブサイトにおいて,「松右衛門帆(R)(審決注:(R)は,○の中にRの文字。以下同じ。)とは江戸時代の海運業に大きな発展をもたらした革新的な織帆布『松右衛門帆布』を独自に再現し,その製作者『御影屋(工楽)松右衛門』のようにさまざまな知恵・技術を集約して現代に通じる製品を創造するブランドです。」と紹介しており,あたかも「松右衛門帆」の文字のみで商標登録を受けているかのような虚偽表示「(R)」を行い,「松右衛門帆」が独自のブランド名称であるかのように説明している(甲50?52)。
このような行為は,ゆかりの地における他の事業者の利用を萎縮させ,その利用に大きな影響を与えるものであり,「松右衛門」の名称が有する信用,名声,顧客吸引力にフリーライドし,その使用を独占せんとする極めて悪質な行為といえる。
また,被請求人は,上記「松右衛門帆」のウェブサイトや店頭広告,かばん等の商品の下げ札に,本件商標とともに「since1785」の文字を使用し(甲50?54),あたかも1785年から継続して事業を行っているかのような虚偽表示を行っている。
さらに,被請求人が製造販売する「松右衛門帆」の名称を使用した商品は,「松右衛門の創製した帆布」の特徴を兼ね備えていない帆布を用いた商品であることから,遺族である請求人らは,そのような品質誤認を生じさせる行為を中止させるべく,被請求人に対し,使用中止を求める通知書を送付したが(甲55),被請求人から誠実な対応はなされなかった(甲56)。
このように,被請求人が,不当に歴史上の人物名を独占する目的をもって本件商標を登録し,上記のような使用行為を継続させることは,公正な競争秩序を害し,社会公共の利益の妨げになるおそれがあるというべきである。
オ 当該歴史上の人物と出願人との関係
被請求人は,「松右衛門」とは無関係である。
一方,請求人らは,「松右衛門」の遺族に当る。その事実は,「松右衛門」(一世工楽松右衛門)の名が記載されている工楽家(宮本家)過去帳に「松郎」(後の工楽長三郎)の名が記載され(甲57),その「松郎」(後に「工楽長三郎」)の除籍謄本にその子の名として「松雄」(幼名)が記載され(甲58),その「松雄」(後に「工楽長三郎」)の原戸籍謄本に,その子の名として請求人らが記載されていることから明らかである(甲59)。
そして,「松右衛門」の遺族である請求人らは,被請求人により承諾を得ずに行われた本件商標の登録行為,及び,上記エの虚偽表示,品質誤認行為によって,著しくその心情を害されている。
カ 上記を総合的に検討すれば,歴史上の人物名である「松右衛門」の文字を含む本件商標を,同人と何ら関係のない被請求人が独占使用の目的をもって登録し,使用することは,「松右衛門」の文字(名称)を活用した公共性を有する各種施策,地域振興,観光振興等の遂行を阻害するおそれがあり,ゆかりの地における各種の商品や役務等を取り扱う他の事業者等の円滑な商取引を阻害し,ひいては社会公共の利益の妨げになるおそれがあるというべきである。
また,被請求人は本件商標に関して「(R)」や「since1785」の虚偽表示を行い,また,品質誤認を生じさせる行為を行っており,このような登録,使用行為を放置しておくことは,公正な協業秩序を害し,社会公共の利益に著しく反する。
さらには,本件商標の登録,使用行為は,請求人ら遺族の心情を著しく害するものでもあり,故人の名声・名誉を傷つけるおそれがあるばかりでなく,公正な取引秩序を乱し,公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあるものといわざるを得ない。
2 答弁に対する弁駁
(1)「松右衛門帆」が普通名称であるとの主張について
ア 「帆布」の普通名称には当たらないこと
被請求人は,「松右衛門帆」の文字が,辞書や文献,論文,学術書等の刊行物に記載されている事実をもって,当該文字が普通名称であり,原材料を示す品質表示として認識される旨主張する。
「工楽松右衛門の創製した帆布」は,多くの文献に記載されているとおり(甲33,35,40,47),(ア)布の両端1寸程については縦糸1本横糸2本で織り,それ以外の部分については縦糸2本横糸2本で織ったものであり,(イ)幅の長さは2尺5寸(約75センチ)程のものであるという特徴を備えた帆布であるため,船の帆布以外の素材として用いられることに適しておらず,帆船が凋落してからは取引自体がなくなっていったものと考えられる。
「工楽松右衛門の創製した帆布」を指称する文字は,取引界において統一されておらず,取引界において,特定の名称が商品の一般的な名称であると意識されるに至っているとはいえない。
以上のとおり,「工楽松右衛門の創製した帆布」は,現代ではほとんど取引されることのなくなったものであり,特定の名称が当該商品を指称する名称として普及している事実も存在しないから,「松右衛門帆」の文字は,取引界において普通名称として理解,認識されるものとは到底いえない。
イ 「帆布」以外の商品の原材料を示す品質表示には当たらないこと
「松右衛門帆」の文字は,「帆布」以外の商品に使用される場合にも,その商品の原材料を示す品質表示として理解,認識されることはないものであるが,「工楽松右衛門の創製した帆布」は,その特性上,「帆布」以外の商品との関係において,品質表示と認識されることがあり得ないものである。
すなわち,「工楽松右衛門の創製した帆布」は,上記アにおける(ア)と(イ)の特徴を備えた帆布であり,帆船の帆布以外の商品には使用されていなかったものであるから,「帆布」以外の取引界においては,「松右衛門帆」の名はおろか,その存在を知られておらず,「帆布」の普通名称として意識されることがあり得ない。
よって,「松右衛門帆」の文字は,「帆布」の取引界において普通名称として理解,認識されるものではないことはもちろんのこと,「帆布」以外の商品分野の取引界においても,その商品の原材料を示す品質表示として理解,認識されることのないものである。
ウ 「松右衛門帆」の文字の使用に関する被請求人の主張について
被請求人は,「松右衛門帆」に「松右衛門」という文字が含まれていることをもって,工楽松右衛門の遺族の許可なく「松右衛門帆」の文字を自由に使用できないとみるのは,実質的に「松右衛門帆」なる帆布や帆布地の普通名称の使用を工楽松右衛門の遺族のみに独占させることに繋がり,妥当でないことは明らかである旨主張する。
しかしながら,請求人らは,「松右衛門帆」の文字を含む商標を被請求人が独占使用の目的をもって登録,使用することが,「松右衛門」の文字を活用した公共性を有する各種施策,地域振興等の遂行を阻害するおそれがあり,社会公共の利益の妨げになる旨主張しているのであって,「松右衛門帆」の文字が自由に使用されるべきではないなどとは一言も述べていない。
(2)被請求人の行為について
ア 被請求人が製造・販売する商品について
被請求人は,被請求人の製造・販売する商品が,現存する松右衛門帆を元にして忠実に再現された帆布を用いたものである旨主張する(乙59?61)。
しかしながら,「工楽松右衛門の創製した帆布」というために必要不可欠な要素は,上記(1)アにおける(ア)布の両端1寸程について縦糸1本横糸2本で織られている点と,(イ)幅の長さが2尺5寸(約75センチ)ほどのものという点であるところ(甲33,35,40),被請求人商品は,これらの要素をいずれも備えておらず,「工楽松右衛門の創製した帆布」を忠実に再現した帆布とはいえない。
したがって,本件商標を使用した被請求人商品は,「工楽松右衛門の創製した帆布」を用いた商品とはいえない。
イ 歴史上の人物名「松右衛門」の顧客吸引力にフリーライドしていること
(ア)「創始 天明五年」の表示
被請求人は,「松右衛門帆」の文字を使用したウェブサイトや店頭広告,かばん等の商品の下げ札に,本件商標とともに「since1785」の文字を使用し,あたかも1785年から継続して事業を行っているかのような虚偽表示を行っているが,請求人らが被請求人の運営する店舗を確認したところ,最近,当該表示に加え,「創始 天明五年」の表示の使用を開始していた(甲65)。なお,西暦1785年(天明五年)は,工楽松右衛門が帆布を発明した年である。
このような行為は,本件商標を使用した商品が,西暦1785年(天明五年)に帆布を発明した「松右衛門」により創り出された商品,あるいはその商品を作り続けている老舗店であるかのように取引者,需要者を誤認させ,歴史上の人物名「松右衛門」の強い顧客吸引力にフリーライドする行為といえる。
(イ)本件商標を「松右衛門」の紹介とともに使用していること
被請求人は,本件商標を使用するウェブサイトやパンフレットにおいて,常に歴史上の人物「松右衛門」の紹介記事を掲載しており,その製造・販売する商品に「工楽松右衛門の創製した帆布」が素材として用いられているかのように取引者,需要者を誤認させている。また,帆布の祖である「松右衛門」の名声にあやかって,「日本最初の高級帆布」等の文字を使用して(甲54),高品質な商品であることをアピールしている。
このような行為から,被請求人が,帆布の祖である「松右衛門」の名声を利用することで,その製造・販売する商品に高級感,付加価値を与えようと意図していることは明らかであり,当該行為は,歴史上の人物名「松右衛門」が有する強い顧客吸引力にフリーライドするものといえる。
(ウ)本件商標とその指定商品との関係
本件商標は,その指定商品を「工楽松右衛門の創製した帆布を用いたかばん類」等,すべて「工楽松右衛門の創製した帆布を用いた商品」としている。
上述のとおり,被請求人商品は,「工楽松右衛門の創製した帆布を用いた商品」とはいえないものであるが,仮に本件商標がその指定商品に使用される場合,その商品に用いられている帆布の発明者である「松右衛門」の文字が強い顧客吸引力を発揮することは明白であるから,被請求人が本件商標をその指定商品に使用する行為は,「松右衛門」の顧客吸引力にフリーライドするものといえる。
(3)本件無効審判請求に至るまでの経緯について
被請求人は,請求人と被請求人が松右衛門帆商品の国内外への販路開拓事業,新商品の開発事業について,相互の理解を深めながら進める旨の合意書(乙71)を交わしていると述べて,本件商標の登録に違法性はない旨主張する。
請求人らは,通知書(甲55)を送付し,品質誤認惹起行為を中止するよう被請求人に対して求めたところ,被請求人は,回答書(甲56)を提出し,請求人らの要求を拒絶した。
上記通知書の送付を受けて,その直後の平成28年9月6日,高砂市役所で市長と面談することになり,本件紛争を法的対応はとらずに話し合いで解決しようという提案があったので,請求人らは,高砂市役所の担当者を介することで,被請求人が「工楽松右衛門の創製した帆布」について正しく理解し,請求人らの要求に誠実に対応することを期待して,法的措置をとることを一時中止し,引き続き「工楽松右衛門の創製した帆布」について正しい知識や理解を消費者に伝えるよう要求してきた。
しかしながら,被請求人がこれに誠実に対応することはなかったため,請求人らは,平成28年12月に被請求人に対して,確認書(甲66)の締結を求めた。
この確認書における要求を被請求人は拒否したが,高砂商工会議所会頭の仲介で,平成29年1月27年に高砂市役所,請求人ら,被請求人の三者が話し合いで解決するために協議する場が設けられた。
合意書(乙71)は,その協議の結果締結されたものであるが,請求人らは当該合意書に記載されている内容に無条件に合意するわけもなく,同日付けで合意文書2を締結しており(甲67),この合意文書2が遵守されることを前提として,合意書(乙71)を締結したのである。この合意文書2には,「前『確認書』の内容については今後両者で協議する。」と記載されており,請求人らは,上記確認書に記載されている要求に被請求人が応じれば,被請求人の事業に協力することもやぶさかではないと考えていた。
上記事実は,高砂市役所環境経済室の室長から請求人工楽隆造宛に送られた平成29年2月17日付けの書簡からも明らかである(甲68)。この書簡には,「・・・事業がスムーズにいくよう文書を2枚に分けさせてもらったことについてご了承ください。」及び「合意文書2については,特定非営利法人高砂物産に対して高砂市としては今まで委託事業として実施してきた,松右衛門帆事業について,今後も適切に実施してもらうよう指導することをお約束いたします。」と記載されており,合意書と合意文書2が一対のものであることを示唆している。
そして,被請求人は,この合意書及び合意文書2の締結後も,「確認書」の内容について協議する姿勢を見せず,やはり誠実さを示さないばかりか,最近になって,「since1785」の表示に加えて,「創始 天明五年」の表示まで使用を開始した。
このように,請求人らは,平成28年9月から現在に至るまで,被請求人に対し,「工楽松右衛門の創製した帆布」について正しい知識や理解を消費者に伝えるよう要求を続けてきたが,合意書及び合意文書2を締結した以降も,被請求人の態度は何ら変わらず,ますます酷くなるばかりであったので,本件無効審判の請求に至った次第である。
(4)まとめ
歴史上の人物名「松右衛門」の文字を含む本件商標の登録,使用行為を放置しておくことは,公正な競業秩序を害し,社会公共の利益に著しく反するものであり,本件商標は,商標法第4条第1項第7号に該当する。

第4 被請求人の答弁
被請求人は,結論同旨の審決を求め,その理由を要旨以下のように述べ,証拠方法として,乙第1号証ないし乙第72号証を提出した。
1 本件商標は,何ら公序良俗を害するものではなく,商標法第4条第1項第7号に反して登録されたものではない。むしろ,被請求人は,公益に供すべく,今日に至るまで本件商標を用いて地域振興に尽力してきたところである。
そもそも,本件商標を構成する「松右衛門帆」の文字は,帆布や帆布地の種類を示す普通名称であることから,かかる帆布地を用いた商品との関係においては自他商品識別機能を発揮するものではなく,何人も自由に使用できるものである。特許庁においても,当該文字は「工楽松右衛門の創製した帆布を用いた商品」について自他商品識別力を発揮しないものとして繰り返し判断がなされている。指定商品との関係において,原材料であるところの帆布地の普通名称であると無理なく認識される文字を商標の構成要素に含むことが公序良俗に反しないことは明らかであり,かつ,本件商標の図形部分についても,何ら公序良俗に反するものではない以上,本件商標は商標法第4条第1項第7号に反するものではない。
また,請求人らは,被請求人が工楽松右衛門と無関係であるというが,被請求人は松右衛門帆の復興に主体的に関わっており,また,工楽松右衛門の銅像の復元にも協力するなど(乙1),高砂市に根付いたNPO法人として,松右衛門帆を創製した松右衛門に敬意を払ってきた。請求人らは,被請求人が本件商標を独自に創造したブランド名であるかのように使用していると主張するが,本件商標は,被請求人が独自に創造した図形と,商品の原材料である松右衛門帆という品質表示を組み合わせてなるものであって,これを指定商品に使用することに何ら違法性は認められない。また,請求人らが個人的に指定商品について不使用であると感じたり,このことを快く思わなかったとしても,本件商標の登録が公益に反するものであって公序良俗を害することには繋がらない。
2 「松右衛門帆」は帆布や帆布地の普通名称であること
「松右衛門帆」なる文字は,播州高砂の船頭であった工楽松右衛門が創製した帆布を指称する普通名称として,複数の辞書(乙2,4),文献(乙5,6),学術論文(乙7?14),郷土史・広報誌等(乙15?18),新聞・雑誌等(乙19?44)に掲載され,また,特許庁における「松右衛門帆」に関する自他識別力の判断からすると,工楽松右衛門が創製した帆布を用いた商品との関係において,「松右衛門帆」なる文字は,その構成文字全体をもって原材料を示す品質表示と認識されるとみるのが自然である(乙45?48)。
以上より,「松右衛門帆」の文字は,「工楽松右衛門の創製した帆布又は帆布地」を示す一般的な名称であり,何人も自由に使用できるものであって,本件商標の指定商品である「工楽松右衛門の創製した帆布を用いたかばん」等との関係においては,単に商品の原材料を示す品質表示と認識されるにすぎないものであるから,当該文字を商標の構成要素として含むことをもって,商標全体が公序良俗を害しているものとみるのは妥当ではない。これを,「松右衛門帆」に「松右衛門」という文字が含まれていることをもって,工楽松右衛門の遺族の許可なく「松右衛門帆」の文字を自由に使用できないとみるのは,実質的に「松右衛門帆」なる帆布や帆布地の普通名称の使用を工楽松右衛門の遺族のみに独占させることに繋がり,妥当でないことは明らかである。たとえ請求人らが帆布の創製者の遺族であるとしても,一般的な帆布を指称するものとして古くから用いられている「松右衛門帆」なる名称の使用を独占できるわけではなく,また,当該帆布や帆布地を用いた商品に対して他人が「松右衛門帆」なる文字を使用することを阻害する権原を有しているわけでもない。
3 被請求人による「松右衛門帆」の再現及び商品開発の経緯
上述の理由により,たとえ本件商標の構成において「松右衛門帆」なる文字が含まれているとしても,当該文字は無理なく需要者等において商品の原材料を示す品質表示語と認識されるものであって,本件商標は商標法第4条第1項第7号に違反して登録されたものでないことは明らかである。
なお,同号に規定する商標登録の無効理由の有無の判断には直接的に関係するものではないものの,以下,被請求人の本件商標の採択や使用等が,請求人らの述べるような,工楽松右衛門のゆかりの地において「松右衛門」の文字を独占し他者の利用を委縮させ,工楽松右衛門の名声にフリーライドし,おとしめるものではないことについて述べる。
(1)「松右衛門帆」の歴史について
「松右衛門帆」とは,江戸時代後期に活躍した播州高砂(現在の兵庫県高砂市)出身の廻船業者であり発明家でもあった工楽松右衛門の創製した帆布である(乙5?16)。播州木綿をより合わせた太糸を2本引き揃えて織られた厚地広幅の松右衛門帆は軽くて丈夫で水切れも良く,江戸時代の海運業に大きな発展をもたらし,現在の帆布の礎になったといわれている。工楽松右衛門は,松右衛門帆の製造方法を秘密とせず広く技術を公開したため(甲39,40),松右衛門帆は播州にとどまらず全国各地で生産されるに至った。なお,念のために付言すると,松右衛門帆がここまで全国的に広く用いられ知られるようになったのは,工楽松右衛門やその遺族が,松右衛門帆の技術を独占する意思のみならず,松右衛門という名称についても独占する意思を有していなかったからであり,その結果,工楽松右衛門の創製した帆布は,「松右衛門帆」なる普通名称とともに広く用いられるに至ったといえる。
そこまで全国的に広まった松右衛門帆ではあるが,明治以降,大型船の形態が帆船から機械を動力源とするものへと移行するにつれてすたれていき,工楽松右衛門の生誕の地である高砂においても生産されることはなくなっていた。現在,日本各地のいくつかの博物館等に,当時の松右衛門帆とされる帆布が所蔵されている(乙50)。
(2)研究者らの協力による「松右衛門帆」の再現と商品化の取り組みについて
被請求人は,兵庫県高砂市の地域活性化を目的として,歴史的文化の発掘・復元による地域ブランド品の研究開発や,アンテナショップ運営等の事業を行うために平成21年に高砂ブランド協会の名称で設立され,同23年にNPO法人の認定を受け現在の名称となった(乙51?53)。また,被請求人の理事長を務める柿木貴智氏は,平成28年4月に株式会社御影屋を設立して代表取締役を兼任し,被請求人から松右衛門帆を用いた製品の製造販売等の事業の委託を受けている(乙54,56)。
平成22年,被請求人の前身である高砂ブランド協会は,新たな物産品の開発に際し,高砂の出身者である工楽松右衛門に着目し,工楽松右衛門の創製した松右衛門帆の復元と,松右衛門帆を用いた物産品を製作する取り組みを開始した。松右衛門帆の復元には,衣服設計等の権威である神戸芸術工科大学の教授(乙57)らの協力を得て,神戸大学海事博物館に所蔵されている松右衛門帆や,各地に残されている松右衛門帆の資料の調査・分析を行った(乙58)。なお,神戸大学海事博物館に所蔵の松右衛門帆は,工楽松右衛門の遺族であり請求人らの実父に当たる工楽長三郎氏(甲59)の寄贈によるものであり(乙59,60),その来歴は確かなものといえる。被請求人は,前記教授らの監修の下,調査・分析により明らかとなった松右衛門帆の糸や織を忠実に再現することを試み,播州織の職人として60年以上の経験を有する者の製織により松右衛門帆を復元した。そして,当該復元した帆布を用いてかばん等を製作している(乙20,22,54)。
(3)被請求人による地域振興への取り組みと,その活動の公益性について
被請求人の製造・販売する松右衛門帆を用いたかばん等は,その品質の高さや独特の風合いの美しさから,高砂という地域を代表するブランドとして年々高い評判を獲得している。一例として,高砂市内のみならず全国の百貨店や小売店等30店舗以上で取り扱われていることや(乙62),平成28年に日本商工会議所と全国観光土産品連盟が共催する「第57回全国推奨観光土産品審査会」でグローバル部門の中国大使館賞を受賞したこと(乙63,64),同29年に経済産業省近畿経済産業局主催の「Challenge Local Cool Japan in パリ」に選定され,フランス・パリのショールームに常設展示・販売されたこと(乙65,66)等,地域を代表する物産品として国内のみならず海外へも販路を広げながら,高砂市の活性化に貢献を続けていることが看て取れる。
松右衛門帆は,現代の一般的な帆布とは糸の太さや織の方法が異なるため,今では希少となった力織機で織り上げる必要があり,また,非常に手間がかかるところ,復元に際しては播州織の職人の協力を得,その後,平成29年12月までは松右衛門帆を織ることができる技術を持つ兵庫県西脇市等の播州織の工場に製織を依頼していた。被請求人の理事長を務める柿木貴智氏は,松右衛門帆を後世に残すための取り組みの一つとして,高砂市内に松右衛門帆のための織り工場を作り,平成29年1月には本格稼働させて,高砂の地で生地から製品までを一貫生産できる体制を整えた(乙67,68)。松右衛門帆の織職人の育成は,高砂市の平成29年度及び同30年度「たかさご未来総合戦略」に地場産業創造事業としても掲げられているものである(乙69)。
(4)小括
このように,被請求人は,松右衛門帆の復元とそれを用いた物産品の開発による高砂市の地域振興に真摯に取り組んでおり,被請求人のかかる取組は,公益性が認められこそすれ,他者の利用を委縮させたり工楽松右衛門の名声にフリーライドし,おとしめたりするものでは決してない。
4 請求人の主張について
請求人は,被請求人に対し,本件商標の使用中止等を求める通知書を送付し(甲55),それに対して被請求人から誠実な対応はなされなかった旨を述べている。しかしながら,被請求人は,当該通知書に対しては回答(甲56)を行い,その後,高砂市職員の立会いの下,被請求人の理事長である柿木氏と請求人らのうち工楽誠之助氏と工楽隆造氏が面会し,平成29年1月27日付けで,市が委託事業として認定してきた松右衛門帆商品の国内外への販路開拓事業,新商品の開発事業について,相互の理解を深めながら進める旨の合意書を交わしている(乙71,72)。
そもそも,請求人は,請求人の承諾を得ることなく行われた本件商標の登録行為などについて心情を害されていると述べるが,「松右衛門帆」を用いた商品についての当該文字の使用や,当該文字を含む商標を登録することについて,請求人の承諾は元々必要がないものであり,本件商標の登録自体に違法性は認められない。請求人は,「松右衛門」という名称が歴史上の人物名であることに主眼を置いて種々主張するところであるが,「松右衛門帆」というのは帆布の普通名称であって,遺族のみによって独占されてきた名称ではないことは繰り返し述べたとおりである。
5 結語
本件商標は,「帆船」を模した図形と「松右衛門帆」なる文字とを上下二段に配した構成からなるところ,その構成自体が非道徳的,卑わい,差別的,矯激又は他人に不快な印象を与えるような文字からなるものではなく,また,本件商標をその指定商品について使用することが社会公共の利益に反し,社会の一般的道徳観念に反するものともいえない。さらに,本件商標は,他の法律によって,その商標の使用等が禁止されているものではなく,特定の国若しくはその国民を侮辱し,又は一般に国際信義に反するものでもない。加えて,本件商標の採択や登録出願の経緯からしても,社会的妥当性を欠くものがあるわけではなく,また,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合に該当するわけでもない。
したがって,本件商標は,商標法第4条第1項第7号に違反して登録されたものではない。

第5 当審の判断
1 はじめに
商標法第4条第1項第7号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」には,(a)商標の構成自体がきょう激,卑わい,差別的若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形である場合,(b)商標の構成自体が前記のものでなくとも,指定商品又は指定役務について使用することが,社会公共の利益に反し,又は社会の一般的道徳観念に反する場合,(c)他の法律によって,その使用等が禁止されている場合,(d)特定の国若しくはその国民を侮辱し,又は一般に国際信義に反する場合,(e)当該商標の登録出願の経緯に著しく社会的相当性を欠くものがあり,その登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するとして到底容認し得ないような場合,などが含まれると解される(知財高裁平成17年(行ケ)第10349号同18年9月20日判決)。
上記の観点を前提に,本件商標の商標法第4条第1項第7号該当性について,検討する。
2 「松右衛門帆」並びに「工楽松右衛門」及び「松右衛門」の社会一般の認識について
請求人らは,本件商標は,帆布を発明した歴史上の人物である工楽松右衛門の略称であって,周知・著名な「松右衛門」の文字を含む商標であるから,同人と何ら関係のない被請求人が独占使用の目的をもって登録,使用することは,「松右衛門」の名称を活用した公共性を有する各種施策,地域振興,観光振興などの遂行を阻害するおそれがあり,ゆかりの地における公正な協業秩序を害し,社会公共の利益に反する,また,請求人ら遺族の心情を害するものであり,故人の名声・名誉を傷つけるおそれ,公正な取引秩序を乱し,公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあるとして,本件商標が商標法第4条第1項第7号に該当する旨主張する。
そこで,証拠及び当事者の主張により,「松右衛門帆」並びに「工楽松右衛門」及び「松右衛門」の社会一般の認識について検討する。
(1)辞書上の記載
「広辞苑第六版」(2008年(平成20年)1月11日第1刷発行)の「松右衛門帆」の項には,「天明(1781?1789)年間,播州高砂の船頭,工楽松右衛門の創製した帆布。太い綿糸で織った厚手の『織り帆』で,綿布を重ねて刺子にした『刺し帆』に代わり,明治時代まで用いられた。」の記載がある(乙2)。
また,「精選版 日本国語大辞典第三巻」(株式会社小学館,2006年(平成18年)3月20日第1刷発行)の「まつえもんほ(松右衛門帆)」の項には,「江戸時代,天明五年(1785)播磨国(兵庫県)高砂の工楽松右衛門が創製した帆布。太い木綿糸で厚手の丈夫な布地を二尺余りの広幅に織りあげたもの。従来の刺帆(さしほ)に対して織帆(おりほ)とも呼び,格段に丈夫なため以後帆布の代表的なものとなった。」との記載がある(乙3)。
加えて,「大辞林第三版」(株式会社三省堂)の「松右衛門帆」の項にも,「1785年,播州高洲の船頭工楽松右衛門が創製した帆布地の名称。太い木綿糸で織り上げた広幅の丈夫な帆布。それまで使われていた刺帆に対して織帆とも呼ばれた。」と掲載されている(乙4)。
このように,我が国を代表する複数の国語辞典において,「松右衛門帆」の文字は,工楽松右衛門が創製した帆布又は帆布地の名称であると記載されている。
(2)新聞上の記載
産繊新聞(2007年(平成19年)10月15日発行:甲14)に「帆布の始祖 『工楽松右衛門伝』」の見出しの下,「松右衛門帆の名声は全国津々浦々に拡がりを見せていくのであった・・・松右衛門は再び想を練り,社会公益という観点から自己の独占すべきものにあらずとし,多くの弟子職人に心から製織の技を伝授した。」の記載,産繊新聞(2008年(平成20年)4月15日発行:甲20)に「工楽松右衛門伝 祖父は何を業界に伝えたかったのか」の見出しの下,「松右衛門帆を開発するまでには三年から四年・・・この帆が世の中に出ると同時に,飛ぶように売れ生産が追いつかないようになった。・・・松右衛門は自分が開発した帆布の製法を公開し『誰でも積極的に製造販売して良い』というスタンスをとった」の記載,神戸新聞(2015年(平成27年)9月8日発行:甲24)に「江戸期の発明家/高砂出身の工楽松右衛門/邸宅跡を整備へ」の見出しの下,「松右衛門は漁師の家に生まれた。・・・軽く丈夫な『松右衛門帆』を開発して,帆船のスピード化による海運業の発展に貢献。」の記載,神戸新聞夕刊(2015年(平成27年)11月7日発行:甲25)に「高砂出身 江戸期海運に尽力/工楽松右衛門 功績に光」の見出しの下,「松右衛門は漁師の宮本松右衛門の長男として生まれた。兵庫県津(神戸市)の廻船問屋の船頭となり,1785年に従来の破損しやすい帆に代わり,木綿を使った厚手の帆布『松右衛門帆』を開発。」の記載がある。
(3)書籍等の記載
ア 「高砂誌」(明治44年10月12日発行:甲28)には,「初代 工楽松右衛門」の記載,「高砂案内」(昭和7年2月23日発行:甲30)には,「工楽松右衛門銅像」及び「工楽松右衛門創製の帆布」の写真及び「工楽松右衛門翁」の記載,「みなとまち高砂の偉人たち」(2010年6月吉日発行:甲40)には,「港づくりの天才/帆布の発明者 工楽松右衛門」の説明文中(24頁)に「松右衛門は製法を独占することなく,むしろ積極的に船乗りのために,この技術を人に教え帆布工場をつくることをすすめた。」の記載,「高砂市史 第二巻」(平成22年6月30日発行:甲41,乙16)には,「工楽松右衛門と高砂湊」として,「工楽松右衛門」及び「松右衛門帆」の記載がある。
また,「風を編む 海をつなぐ/工楽松右衛門物語」(2013年(平成25年)3月高砂市教育委員会発行:甲42,乙15)には,「織帆は,その作成者である松右衛門の名をとって『松右衛門帆』と呼ばれるようになった。松右衛門は織帆の製造を独占することはなく,むしろ積極的にこの技術を人に教え,帆布工場を作ることをすすめた。」の記載,さらに,高砂市のホームページ(甲48)には,「工楽松右衛門/帆布の改良者」の見出しの下,「従来の帆布に改良を加え,厚地大幅の帆布の織り上げに成功,『工楽松右衛門』と呼ばれて全国の帆船に用いられるようになりました。」の記載がある。
イ 「人ありき」(昭和47年8月25日朝日新聞社発行:甲32)に「工楽松右衛門」の説明文中に「世にいう『松右衛門帆』の出現で,水切りよく,軽くて強い,外洋の風波にも耐えるとあって二年ほどで全国的に使われるようになった。」の記載,「兵庫県歴史散歩」(1982年(昭和57年)5月25日歴史散歩刊行会発行:甲34)に「この帆は,やがて松右衛門帆として,全国に広がっていき,神戸に進出した松右衛門は,・・・」の記載,「江戸時代 人づくり風土記28/兵庫」(1998年(平成10年)10月12日社団法人農山漁村文化協会発行:甲36)に「創意工夫で帆布を改良した工楽松右衛門」の記載,「江戸の科学力」(平成21年4月18日株式会社学習研究社発行:甲38,乙11)に「『新帆布』を考案して海運を改革した創意工夫の達人!/工楽松右衛門」の記載,「歴史街道」(平成16年12月1日PHP研究所発行:甲39)に「【工楽松右衛門】人は何のために働くか-真っ当に生きた海商」として,「発明した新製法を惜しげもなく公開して『だれでも好きなように製造販売してよろしい』という態度をとったので,たちまち播磨一帯に製造所が広がった。」の記載,「みなとの偉人たち」(2008年(平成20年)3月15日株式会社ウェイツ発行:乙10)に「工楽松右衛門」の説明文中に「この『松右衛門帆』は,その高性能からまたたく間に全国に広がり,日本の海運を明治まで支えたのである。」の記載がある。
また,「日本庶民生活史料集成 第十巻」(1970年(昭和45年)5月15日株式会社三一書房発行:乙5)の「松右衛門帆」の項に「天明五(1785)年播州高砂の工楽松右衛門が創案した帆布で,本書でいうように,太い木綿糸をもって縦糸二筋・横糸二筋(ただし両耳の幅二寸ほどは縦糸一筋にする)で二尺五寸という大巾の厚い布地に織り上げたもの。・・・この丈夫な新帆布は化政期以後になると急速に普及し,松右衛門帆の名で呼ばれるようになった。」の記載,「帆布の今昔」(昭和52年11月2日関西重布会発行:甲33,乙8)に「帆木綿を近代的な綿帆布に発展させたのは播州高砂の人,工楽松右衛門といわれている。『松右衛門帆』と称せられるもので・・・」の記載,「ものと人間の文化史/和船I」(1999年(平成11年)5月20日 財団法人法政大学出版局発行:甲35,乙9)に「松右衛門帆は縦糸・横糸とも刺帆の糸とは比較にならないような太い糸で織ってあり,その厚さからみても強度は優に刺帆の数倍はあったものと思われる。」,「一端の幅はのちに二尺五寸(76センチ)にほぼ規格化するが,こうした広幅で厚い帆布を織るためには,織機の改良からはじめなければならなかったはず・・・」の記載,「特別展/江戸時代の兵庫津」(平成28年10月8日兵庫県立考古博物館発行:乙13)に「工楽(御影屋)松右衛門」の説明中に「松右衛門帆」の記載がある。
(4)以上からすると,江戸時代に工楽松右衛門なる人物が,それまでの帆より丈夫な,太くよった糸を使用して織った帆布を創製し,その帆布が「松右衛門帆」と呼ばれたこと,当該帆布の製法が一般に公開され全国に普及したことは,上記(1)ないし(3)のとおり,新聞,書籍等に記載されている。しかしながら,それらの記載は,主として船舶関係の学術書の類いのもの(「ものと人間の文化史/和船I」(甲35,乙9),「日本庶民生活史料集成 第十巻」(乙5)),高砂市等の郷土史の類いのもの(「高砂案内」(甲30),「高砂市史 第二巻」(甲41,乙16),「風を編む 海をつなぐ/工楽松右衛門物語」(甲42,乙15)),帆布等の業界関係の類いのもの(「帆布の今昔」(甲33,乙8),産繊新聞平成19年10月15日(甲14)及び同20年4月15日(甲20)),そして,後掲のとおり,被請求人の商品を紹介する新聞記事や広報誌(乙20?23,69)に多く見られるものである。
また,雑誌(「みなとまち高砂の偉人たち」(甲40),「江戸の科学力」(甲38,乙11))においても,工楽松右衛門や「松右衛門帆」に関する記載はその中のごく一部で取り上げられているにすぎない。
してみれば,「工楽松右衛門(松右衛門)」なる人物が江戸時代に実在し,同人が創製した帆布又は帆布地の名称が「松右衛門帆」と称されて,近代の我が国でその帆布が普及していたことは認められるとしても,「松右衛門帆」及び「工楽松右衛門(松右衛門)」が取り上げられている記事等の記載は,船舶関係や帆布等の業界関係など限定的であり,それらの新聞,書籍等の記載をもって,「松右衛門帆」並びに「工楽松右衛門」及び「松右衛門」が一般に広く知られているとまではいうことができない。
3 請求人及び被請求人について
請求人は,工楽松右衛門の子孫である(甲57?59,乙72)。
一方,被請求人は,兵庫県高砂市の地域活性化を目的として,歴史的文化の発掘・復元による地域ブランド品の研究開発や,アンテナショップ運営等の事業を行うために2009年(平成21年)に「高砂ブランド協会」の名称で設立され,2011年(同23年)4月にNPO法人の認定を受け現在の名称となったものである(乙51?53)。
4 被請求人と高砂市の取り組みについて
(1)「産繊新聞」(平成23年8月15日:乙20)に「江戸時代の帆布『松右衛門帆』を再現」の見出しの下,「高砂青年会議所の有志7名でつくる高砂ブランド協会(柿木貴智会長(審決注:被請求人の理事長と同一人。))は,同市出身で江戸時代に活躍した工楽松右衛門(くらく・まつえもん)が作った帆布を復活させた。」の記載,「神戸新聞」(2011年(平成23年)5月13日:乙21)に「ふるさと納税に記念品/高砂市にゆかりの品贈る」の見出しの下,「高砂市は・・・今年度から『松右衛門帆トートバッグ』など高砂ゆかりの記念品を贈ることにした。」の記載,「神戸新聞(夕刊)」(2013年10月:乙22)に「松右衛門帆バッグ全国へ」の見出しの下,「江戸期の海運業を発展させたとされる帆布『松右衛門帆』で作ったバッグが人気を呼んでいる。3年前,現代帆布の原点として高砂市などが復元。・・・市から販売を受託するNPO法人『高砂物産協会』(審決注:被請求人をいう。特段の断りがない限り,以下同じ。)の柿木貴智理事長は熱っぽく語る。・・・高砂物産協会が2010年,神戸芸術工科大の協力で復元に成功。バッグやポーチに商品化して売り始めた。」の記載,「奥さま手帳 2013年6月号」(乙23)に「NPO法人高砂物産協会理事長 柿木貴智さん/2009年高砂青年会議所・理事長に就任・・・同年高砂ブランド協会・会長に就任。2010年神戸芸術工科大学の野口正孝教授の協力を得て,江戸時代の帆布[松右衛門帆]を復元。[松右衛門帆]バッグの企画・販路拡大を通じ,高砂市の活性化を目指す。」の記載がある。
(2)「たかさご未来総合戦略/平成29年度及び平成30年度アクションプラン」(平成29年3月及び平成30年3月高砂市)(乙69)に「地方創生推進交付金事業」の事業概要として「高砂発祥の『松右衛門帆布』を全国ブランドとして発信し,地場産業として未来へ繋げるため,帆布を織る職人の育成を支援する。」の記載がある。
(3)以上からすると,被請求人は,高砂市と共同して江戸時代の帆布である「松右衛門帆」を復活させ,2010年(平成22年)から,高砂市の地域活性化を目的として松右衛門帆(の生地)を使用したバッグ等の販売事業を行ったこと,高砂市は「松右衛門帆布」を全国ブランドとして発信していくため,帆布を織る職人の育成を支援する事業を行っていることが認められる。
5 本件商標の商標法第4条第1項第7号該当性について
上記第1のとおり,本件商標は,帆を模した円状の図形とその下に「松右衛門帆」の漢字を配した構成からなるものであって,その指定商品は,工楽松右衛門の創製した帆布を用いた各種商品とするものである。
そして,「松右衛門」が人名であると認識することはさほど困難ではないことから,「松右衛門帆」の表示は,「松右衛門」と「帆」を結合させたものと認識できる。
しかしながら,本件商標の構成中,「松右衛門帆」は,上記2(4)のとおり,一般に広く知られているとは認められず,歴史上の人物名である「松右衛門」についても,一般に広く知られているとは認められないから,本件商標に接する者が,「松右衛門」が人名に当たる部分であることを認識し得るとしても,それを超えて,特定の人物(「松右衛門帆」を創製した人物である「工楽松右衛門」)を表示するものと認識することはできないというべきである。
そうすると,被請求人が「松右衛門」の周知著名性に便乗して本件商標を登録出願し,登録を受けたものというべきではなく,かかる行為が,故人の名声,名誉を傷つけるおそれがあるとはいい難い。
また,被請求人と高砂市は,高砂市の地域活性化を目的として,高砂発祥の「松右衛門帆」を用いたバッグ等の販売事業や帆布を織る職人の育成を支援する事業を行う関係にあることは認められるが,被請求人及びその関係者以外の事業者が「松右衛門」及び「松右衛門帆」の文字を使って,地域おこしなど公益的な施策等を行っていたという事情は認めることができない。
そして,被請求人は,上記4で示したとおり,2010年(平成22年)から,高砂市の地域活性化を目的として松右衛門帆(の生地)を使用したバッグ等の販売事業をしており,高砂市も「松右衛門帆布」を全国ブランドとして発信し,地場産業創造事業(平成28年度,同29年度)として取り組んでいる実情があって,被請求人が高砂市の事業活動を阻害するような行為に及んでいるような事実も認められないことから,公共の利益を損なう行為があったということはできない。
さらに,請求人提出の全証拠によっても,本件商標の出願経緯等に不正の利益を得る目的その他不正の目的があるなど社会通念に照らして著しく社会的相当性を欠くものがあったものと認めることはできない。
してみれば,本件商標は,その構成自体がきょう激,卑わい,差別的若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形からなるものではないことはもとより,本件商標をその指定商品について使用することが,社会公共の利益に反し,又は社会の一般的道徳観念に反するとの理由は見いだせない。
その他,他の法令等に反するとの事由や,国際信義にもとる行為であるとみるべき事情も認められないものである。
したがって,本件商標は,公の秩序又は善良の風俗を害するおそれのある商標には該当せず,商標法第4条第1項第7号に違反して登録されたものとはいえない。
6 請求人の主張について
(1)請求人は,本件商標の登録,使用行為は,請求人ら遺族の心情を著しく害するものでもあり,故人の名声・名誉を傷つけるおそれがあるばかりでなく,公正な取引秩序を乱し,公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあるものといわざるを得ない旨主張している。
しかしながら,先に述べたとおり,「松右衛門帆」ないし「松右衛門」が一般に広く知られているとは認められないところであって,本件商標は,「松右衛門」の周知著名性に便乗して登録出願され,登録を受けたものというべきではなく,かかる行為が,故人の名声,名誉を傷つけるおそれがあるなどとはいい難いから,請求人の主張は採用できない。
(2)請求人は,被請求人の「松右衛門帆」の文字が普通名称であって,商品の原材料を示す品質表示であるから本件商標が公序良俗を害しているとはいえない旨の主張に対して,「松右衛門帆」の文字が普通名称に当たらず,商品の原材料を示す品質表示として理解,認識されることもない旨主張している。
しかしながら,本件に係る認定,判断は上記5のとおりであって,仮に「松右衛門帆」が普通名称又は品質表示でないとしても,そのことが直ちに本件における商標法第4条第1項第7号該当性の認定を左右するものではない。
(3)請求人は,被請求人商品に用いられている帆布は,「松右衛門帆の特徴」を備えていないため,商品の品質を誤認させる表示を用いていること,被請求人は工楽松右衛門の子孫である請求人の了解なく「工楽松右衛門」及び「松右衛門帆」の名称を使用している旨主張し,被請求人に対し,本件商標の使用中止等を求める通知書(甲55)を送付した。これに対し,被請求人は,被請求人の商品は,忠実に再現した「松右衛門帆」の生地から,その特徴を最大限生かして製造したものであり,この宣伝表現は景表法5条1号所定の優良誤認表示に該当しない,歴史上の人物の名称を利用する場合にはその子孫の了解を得るという社会通念又は慣例が存在するかについては疑問といわざるを得ない旨主張し,請求人の要求を拒絶する回答を行った(甲56)。その後,請求人は,被請求人に対し,「工楽松右衛門の創製した帆布」について正しい知識や理解を消費者に伝えるよう要求してきたが,被請求人から誠実な対応はなされなかった旨主張している。
この点に関し,両当事者提出の主張及び証拠によれば,被請求人の理事長である柿木氏と請求人は,高砂市役所担当者の立会いの下,平成29年1月27日付けで,「高砂市が委託事業として認定してきた松右衛門帆商品の国内外への販路開拓事業,新商品の開発事業について,今後正しい方向性に向けてお互いに理解しながら進めていくことに合意する。」及び「前『確認書』の内容については今後両者間で協議する。」旨の合意書を交わした(乙71,甲67)ことがうかがえる。
そうすると,同合意書に係るトラブルは基本的には同合意書に係る両当事者間の私的な問題として解決すべきものであるから,このような問題は,商標制度に関する公的な秩序の維持を図る商標法第4条第1項第7号の該当性にかかわる問題と解することはできない。
したがって,請求人の上記主張はいずれも採用できない。
7 むすび
以上のとおり,本件商標の登録は,商標法第4条第1項第7号に違反してされたものではないから,同法第46条第1項により,無効とすることはできない。
よって,結論のとおり審決する。
別掲 別掲 本件商標


審理終結日 2019-05-31 
結審通知日 2019-06-11 
審決日 2019-06-27 
出願番号 商願2013-102485(T2013-102485) 
審決分類 T 1 11・ 22- Y (W161824)
最終処分 不成立  
特許庁審判長 小出 浩子
特許庁審判官 平澤 芳行
板谷 玲子
登録日 2014-08-01 
登録番号 商標登録第5689999号(T5689999) 
商標の称呼 マツエモンホ、マツエモン、マツウエモン 
代理人 洲崎 竜弥 
代理人 藤田 知美 
代理人 藤田 知美 
代理人 齊藤 整 
代理人 前田 幸嗣 
代理人 前田 幸嗣 
代理人 飯島 歩 
代理人 前田 幸嗣 
代理人 徳永 弥生 
代理人 服部 京子 
代理人 飯島 歩 
代理人 飯島 歩 
代理人 藤田 知美 

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