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審決分類 審判 全部無効 商4条1項11号一般他人の登録商標 無効としない Y05
審判 全部無効 商4条1項15号出所の混同 無効としない Y05
管理番号 1145056 
審判番号 無効2005-89152 
総通号数 83 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標審決公報 
発行日 2006-11-24 
種別 無効の審決 
審判請求日 2005-12-02 
確定日 2006-09-28 
事件の表示 上記当事者間の登録第4642122号商標の商標登録無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。
理由 第1 本件商標
本件登録第4642122号商標(以下「本件商標」という。)は、「ハルスロー」の片仮名文字と「HALTHROW」の欧文字とを上下二段に書してなり、平成14年4月9日に登録出願、第5類「薬剤」を指定商品として、同15年1月31日に設定登録されたものである。

第2 引用商標
請求人が本件商標の登録無効の理由に引用する登録第2195341号商標(以下「引用商標」という。)は、「ハルナール」の片仮名文字と「HARNAL」の欧文字とを上下二段にを書してなり、昭和62年12月18日に登録出願、第1類「化学品(他の類に属するものを除く)薬剤、医療補助品」を指定商品として、平成1年12月25日に設定登録され、その後、同11年8月24日に商標権存続期間の更新登録がなされ、現に有効に存続しているものである。

第3 請求人の主張
請求人は、「本件商標の登録を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、その理由及び答弁に対する弁駁を要旨次のように述べ、証拠方法として、甲第1号証ないし同第56号証(枝番を含む。)を提出した。
1 請求の理由
本件商標は、商標法第4条第1項第11号及び同第15号に違反して登録されたものであるから、商標法第46条第1項第1号に基づいて、その登録を無効とされるべきである。
(1)商標法第4条第1項第11号該当性
ア 本件商標と引用商標との対比
(ア)外観について
本件商標は、片仮名文字を「ハルスロー」と左横書きし、その下部に欧文字で「HALTHROW」と左横書きしたものである。
これに対し、引用商標は、片仮名文字を「ハルナール」と左横書きし、その下部に欧文字で「HARNAL」と左横書きしたものである。
しかして、本件商標は、片仮名文字5文字と欧文字8文字を、また、引用商標は、片仮名文字5文字と欧文字6文字を、それぞれ上下二段に左横書きした点で構成が類似する。そして、その片仮名文字の構成において両商標は第一番目の文字「ハ」と第二番目の文字「ル」を同じくし、また、長音の位置が5番目と4番目で相違するものの、構成文字5文字うち「ハ」、「ル」、「ー」の3文字を共通にするものである。そして、両商標はその構成においては5文字中の語頭2文字の「ハル」も共通にしていることから、構成上の共通性が認められる。さらに、欧文字表記においては、本件商標の前半部は「HAL」、一方、引用商標の前半部は「HAR」であって、「L」と「R」の相違を有するものの、一般的日本人においては「L」と「R」の発音が明瞭に区別されないため、いわゆる離隔観察した場合、欧文字表記における前半部の文字構成のうち「L」と「R」の部分の相違は需要者においてほとんど認識されないと解される。そして後述するように「ハルナール」が薬剤の分野において周知・著名性を獲得していることから、具体的な出所の混同を防止する観点、さらに、近年、類似医薬品名による医薬品の取り違えによる医療事故が社会問題化しており、それを防止する観点からも、一般の商品商標の類否判断に比して医薬品という商品分野においては、より類似の範囲を拡大して考えるべきである。
よって、両商標は外観上近似する商標である。
(イ)称呼について
本件商標と引用商標の構成は、それぞれ上述のとおりであって、それぞれの構成上、前者からは、「ハルスロー」の自然称呼を生ずるものであり、引用商標からは、「ハルナール」 の自然称呼が生じるものと解するのが相当である。
しかして、本件商標より生ずる「ハルスロー」の称呼は「ハ」、「ル」、「ス」、「ロ」及び長音「ー」の5音構成よりなり、一方引用商標より生ずる「ハルナール」の称呼は「ハ」、「ル」、「ナ」、「ー」、「ル」の5音により構成され、両商標の構成音数は同一であり、語頭からの「ハ」、「ル」の2音を共通にするものである。
また、後半部分の構成文字は、本件商標は「スロー」、欧文字表記では「THROW」であり、引用商標は「ナール」、欧文字表記では「NAL」である。本件商標の後半部分「スロー」の「ス」の音は無声摩擦音であるから、その後に続く「ロ」に吸収されるため、あまり強く発音されない。さらに、「ロ」はその後に続く長音「ー」によって、語尾が「rou」音される。翻って、引用商標の後半部分は「ナール」であり、語尾は「ru」と発音される。よって、両商標は共に語尾の子音「r」が共通していること、及び近似する母音「o」と「u」で終わることから、語調語感は極めて近似したものであるといえる。薬剤師や医師は、薬剤の名前の語頭と語尾に着目して自他商品の識別をしていることが多く、薬剤名を取り違えたインシデント事例のうち、語頭と語尾が同一文字からなる場合は半分以上を占め、中間に位置する文字だけが同一の場合は一例もない。
そして、自他商品を識別するために最も重要な要素となる語頭部分に存する音が同一であるばかりでなく、後半部において、「スロー」及び「ナール」の文字は、いずれも薬剤の商標の接尾語として我が国では比較的好まれて使用されており、これに接する者への印象は極めて薄く、看過省略されがちな語であることから、両商標が、薬剤について使用される場合には、その構成中の語頭部分の「ハル」の文字部分は、後半部の「スロー」及び「ナール」の文字部分に比して、自他商品の識別力を果たす最も重要な部分、いわゆる、商標の要部若しくは商標の最も目を引きやすい部分というべきものである。さらに、後述するように、「ハルナール」が薬剤の分野において周知・著名性を獲得していることから、具体的な出所の混同を防止する観点、及び近年、類似医薬品名による医薬品の取り違えによる医療事故が社会問題化しており、それを防止する観点からも、一般の商品商標の類否判断に比して医薬品という商品分野においては、より類似の範囲を拡大して考えるべきである。
よって、両商標は称呼上も近似する商標である。
加えて、薬剤等の商標として、「ハル」の音で始まるものは少数であり、本件商標をその指定商品である「薬剤」に使用した場合、観念的な連想を引き起こしやすい語頭部分「ハル」を共通にし、しかも薬剤の商標の接尾語として、取引者間に極めて印象の薄い「スロー」を語尾部分に結合した点からも、請求人の製造・販売する商品「前立腺肥大症の排尿障害改善剤」(α受容体遮断剤)に使用する「ハルナール」を連想させ、これに接する取引者・需要者は、請求人のシリーズ商標若しくは姉妹商品として、請求人の製造・販売に係るものと誤認し、その商品の出所につき、混同を生じさせるおそれの十分にある、彼我相紛らわしい商標であるといわなければならないものである。
(ウ)観念について
本件商標からも、引用商標からも、特定の観念を生ずることがないので、これを対比することはできない。
イ 以上のとおり、本件商標と引用商標は、外観および称呼において類似することは明らかであるから、本件商標は、商標法第4条第1項第11号により登録を受けることができないものである。
(2)商標法第4条第1項第15号該当性
ア 引用商標の周知・著名性について
引用商標は、請求人の業務に係る商品「前立腺肥大症の排尿障害改善剤」(α受容体遮断剤)(以下、「前立腺疾患治療剤」ともいう。)に付されて1993年新発売以来継続して使用されている周知・著名の商標である。「ハルナール」といえば請求人の業務に係る商品との認識が広く定着しているのである。さらに、新発売当時においては語頭部「ハル」を持つ商品は当該治療領域には存在しなかったのである。
引用商標が周知・著名性な商標であることは、以下に示す甲第5号証及び甲第6号証からも明らかである。
すなわち、甲第5号証に示されるように、引用商標は、請求人の業務に係る商品「前立腺肥大症の排尿障害改善剤」(α受容体遮断剤)に付されて使用され、年間平均約470億円近くを売り上げており、例えば、2003年度(2003年4月〜2004年3月)についていえば、合計して約521億円(前立腺治療剤市場における市場占有率66%)を売り上げており、請求人の業務には極めて重要な商品となっているのである。
また、上記商品の広告宣伝活動は、専門誌、業界誌への広告掲載あるいは病院等の医療機関へのパンフレットの提供等によって全国的に広く行われ、その結果として、引用商標「ハルナール」は、請求人の業務に係る「前立腺肥大症の排尿障害改善剤」(α受容体遮断剤)を表示するものとして広く認識されるようになったものである。
これら広告宣伝活動の内、広告掲載に要した費用は、甲第6号証の宣伝費用一覧表に示すように、例えば、2001年から2004年についての広告宣伝費用をみると、2001年が約3330万円、2002年が約3121万円、2003年が約2102万円、2004年が約1259万円となっており、各年度によって異なるが、およそ年平均2453万円、上記4年を通算すると合計約1億円を投入しているものである。表中の「FRM」、「DOR」、「Ga-D」、「Hy」及び「Em」の文字は、請求人が製造・販売する他の製品の略語であり、「FRM」は「ファロム」、「DOR」は「ドルナー」、「Ga-D」は「ガスターD錠」、「Hy」は「ヒポカ」、「Em」は「エミレース」 をそれぞれ指す。なお、これらの他の製品に関する広告宣伝費用は、上記した各年度の広告宣伝費用及び合計額には含まれていないことを念のため付言する。
このような取引の実情を鑑みるに、引用商標は「前立腺肥大症の排尿障害改善剤」(α受容体遮断剤)を表示するためのものとして、この種商品を取り扱う業界における取引者及び需要者の間において、広く認識されている周知・著名な商標であるというべきである。
イ 出所の混同について
本件商標より生ずる「ハルスロー」の称呼と引用商標より生ずる「ハルナール」の称呼とは、語頭からの「ハ」、「ル」の2音を全く同じくしているところ、文字により構成された商標における、自他商品を識別するための標識としての機能を果す場合において、最も重要な要素となる語頭部分に存する音を共通にしているものであるから、両商標が、薬剤について使用される場合には、その構成中の語頭部分の「ハル」の文字部分は、後半部の「ナール」及び「スロー」の文字部分に比して、自他商品の識別力を果す最も重要な部分、いわゆる、商標の要部若しくは商標の基幹部分というべきものである。
さらに、薬剤等の商標として、「ハル」の音で始まるものは、前立腺疾患治療剤としては、引用商標のみであることからも、本件商標をその指定商品である「薬剤」について使用をするときは、観念的な連想を惹きおこし易い、その基幹部分「ハル」を共通にしている点からも、請求人の製造・販売する商品「前立腺疾患治療剤」に使用する引用商標を連想させ、これに接する取引者・需要者は、請求人のシリーズ商標若しくは姉妹商品として、請求人の製造・販売に係るものと誤認し、その商品の出所につき、混同を生じさせるおそれの充分にある、彼此相紛らわしい商標であるといわなければならないところである。
2 答弁に対する弁駁
(1)商標法第4条第1項第11号について
被請求人の外観、称呼及び観念についての主張は、請求の理由において述べたように、いずれも失当である。
(2)商標法第4条第1項第15号について
ア 引用商標の周知・著名性について
被請求人は、引用商標は全体として周知・著名であることを否定していない。
したがって、請求人は、この点について争わない。
ただし、以下の点については、これを争う。
イ 本件商標と引用商標との類似性について
被請求人は、本件商標と引用商標とは、商標法第4条第1項第11号の項で述べたように非類似であると主張しているが、前述のとおり、引用商標の周知・著名性、それによる具体的な出所の混同を防止の観点、さらに、医薬品の取り違えによる医療事故を防止する観点等から、一般の商標の類否判断に比して医薬品という商品分野においては、より類似の範囲を拡大して考えるべきであり、その観点から、本件商標と引用商標とは、類似していることは明らかである。
よって、この被請求人の主張は失当である。
ウ 引用商標の独創性について
被請求人は、乙第2号証及び乙第3号証において、引用商標の命名の由来を述べた上で引用商標は独創性がない旨主張しているが、ドイツ語の「HARN」は「ハルン」と発音・片仮名表記されるものであって、「ハル」とは発音・片仮名表記されるものではないことから、「ハルナール」と書する引用商標は独創性のあるものであり、これを独創性がないとする被請求人の主張は失当である。
また、被請求人は、乙第4号証ないし乙第10号証によって、語頭に「ハル」を冠する商標が引用商標の発売当時から前立腺障害の治療分野では目新しいものではなく、他にも「ハル」を語頭に有する薬剤が引用商標以外にも多数存在していると主張しているが、そもそも、被請求人が例示したものは引用商標が使用される商品「前立腺肥大症の排尿障害改善剤」(α受容体遮断剤)とは異なっており、それらと引用商標は並列に論ずることのできない例である。「ハル」を語頭に有する商標を、商品「前立腺肥大症の排尿障害改善剤」(α受容体遮断剤)について使用開始したのは、あくまでも、引用商標が嚆矢であり、そしてその「ハル」 を語頭に有する引用商標が周知・著名性を獲得した後であって、この引用商標に係る商品の特許権が満了した後に、それを奇貨とするかのように、「ハル」を語頭に有する商品(引用商標と同じ商品)の発売を開始したのが被請求人であるということをいっておかなければならない。
「ハルナール」 は、前立腺・尿道平滑筋に選択性が高いα1ブロッカーである。血圧に影響を与える血管平滑筋にほとんど作用することなく尿道の緊張状態をやわらげ排尿障害を改善する薬として、販売され、前立腺肥大症薬市場でのシェアトップを不動のものとしている。新薬は、医薬品メーカーの広告宣伝活動をとおして、その分野の医療関係者の耳目を集めるのが通常である。そして、発売時点で相当知れわたり、薬効が顕著であれば、比較的速やかに周知著名になることは、経験則上明らかである。なぜなら、医薬品メーカーは、新薬を開発するに至るまでに膨大な時間と経費をかけるから、この先行投資の回収を図るため、いったん国の許認可を得た後は、徹底的な情報伝達活動を行うからである。
請求人も、そのような活動を行ってきた。被請求人は、「ハル」で始まる医薬品をいくつか挙げ、「ハル」が要部であるという主張は、成り立たたず、「ハルナール」が医薬品において、特に独創性ある販売名であるとはいえない旨の主張をしているが、膨大な時間と経費をかけ、前立腺肥大症治療剤の分野において、「ハル」で始まる販売名を周知としたのは、請求人であることは、提出した証拠から明らかである。
したがって、被請求人が例示したものをもってして、引用商標に独創性がないとする主張は失当である。
エ 混同のおそれについて
被請求人は、引用商標に独創性が認められないことから、語頭の文字「ハル」のみで請求人の業務に係る商品を想起させるものではないと主張しているが、以上のように、引用商標に独創性が認められるが故に、この被請求人の主張は失当である。
なお、被請求人は、「ハル」を語頭に冠する商標に係る商品が多数並存しており、それぞれが取り違え等の問題なく識別されているため、狭義の混同のみならず広義の混同も生じないとしているが、この主張も、前述したように、多数の併存例と引用商標は、その使用される商品の相違から並列に論ずることができないものであり、多数の併存例の前提をもって狭義の混同広義の混同を論ずる被請求人の主張は失当であること明らかである。
そもそも、出所の混同のおそれは、その商標の使用期間,使用規模(主に売上高),宣伝広告による浸透度(主にPR方法・広告宣伝費)等の周知・著名性を形成する要件に加え、商品が競合関係にあるか否か(具体的混同のおそれ)や、競合関係にない場合には、一般的混同のおそれの有無(協業関係・資本関係等の一定の関係の存在を類推せしめる事情)等の諸事実を総合して判断すべきである。
薬剤は、一般的に、有効成分が異なると作用機序、効能効果、用法用量、副作用等に違いを生じる。適応症が同一であっても、有効成分が異なると、多くの場合代替不能である。
この観点から、被請求人が提示した治療剤のうち、「ハルシオン」、「ハルラック」についてこれを鑑みるに、これらは睡眠導入剤であり、「ハルニン」、「ハルバーン」は、頻尿治療剤であって、引用商標が使用される商品「前立腺肥大症の排尿障害改善剤」(α受容体遮断剤)とは、需要者層・取引者層が異なり、また、治療領域も相違することから、出所の混同のおそれはないというべきである。
「ハルナール」と同じ前立腺肥大症治療剤としては、確かに「ハルーリン」があるが、この「ハルーリン」 については、審判請求書にて添付した甲第5号証より明らかなとおり、市場占有率で0.1%と、非常に限られたところでしか使用されていないことがわかる。よって、具体的な出所の混同の生じるおそれは比較的低いものと考えられる。
一方、「ハルンケア」 については、これは、「ハルナール」のように医師の処方箋により、保険薬局または、病院で購入する医療用医薬品とは、異なり、誰もが一般の薬局・薬店で購入できる一般用医薬品である。医療用医薬品については、薬事法、薬事法施行令により、一般消費者(患者)に対する広告は、禁止されており、一般消費者においては、実際に「ハルナール」 を処方されない限り、その販売名を認識していないのが実状である。したがって、「ハルナール」「ハルンケア」が同じ販売ルートで需要者を共にすることはなく、「ハルンケア」があることと「ハルナール」との関係を論じることはできない。よって、出所の混同のおそれはないというべきである。
以上のように、薬効に違いがある商品、需要者層・取引者層が異なり治療領域が相違する商品と、引用商標が使用される商品「ハルナール」とを単純に比較して、その結果を周知・著名性の差に結び付けることが、周知・著名性の認定方法として正当といい得るかには疑問がある。そもそも、他に、より周知度が高い商品が存在したとしても、それだけで、当然に「ハルナール」の周知性が否定されるものではないことは、いうまでもないところである。
さらに、被請求人は、「ハルニン」「ハルバーン」「ハルーリン」「ハルンケア」等の例を挙げて、これらの商標が周知・著名であると主張しているが、その立証はなされておらず、また、その根拠も明示されていない。故に、被請求人の主張は理由がないといわざるを得ない。
これに対して、引用商標が使用される商品「前立腺肥大症の排尿障害改善剤」(α受容体遮断剤)と本件商標が使用される商品とは、いみじくも乙第8号証に示されるように、その需要者層・取引者層並びに治療領域を共通にするものである。このため、本件商標を請求人の製造・販売に係る商品と同じ商品に使用した場合には、引用商標とシリーズの商標又は姉妹品であるかの如く認識され、その出所につき具体的な出所の混同のおそれが生じるものである。
オ 「請求人の主張に対する反論」 について
「請求人の主張に対する反論」中の「医薬品の取り違えに関する医療事故の多発」の項については、これを争う。
すなわち、被請求人は、答弁書の中で、本件商標の需要者・取引者である医師・薬剤師というプロの手を経ているという理由で、本件商標と引用商標の混同は生じるおそれはないと主張している点である。
確かに、医師・薬剤師というプロの手を経ているものの、現実に、医薬の取り扱いについて高度な注意義務を有する医師・薬剤師等が属する医療業界においては、現在「医療現場における医薬の取り違え」が重大な問題となっている。この点については、被請求人も認めるところである。
そして、被請求人も認めるように、この「医療現場における医薬の取り違え」の問題はともすれば人命をもおびやかす由々しき問題であり、到底見過ごすことのできない極めて重大な問題である。とりわけ、医家向けの薬剤は、医師・薬剤師等の専門家がこれを取り扱うものでありながら、そういった専門家でさえも取り違えの問題を惹き起こしているのが現状である。
したがって、「医療現場における医薬の取り違え」という重大な問題の存在、そして、引用商標の著名性を考慮すれば、本件商標と引用商標についての出所の混同が生じる蓋然性は極めて高いものと確信する。
なお、被請求人は、処方に基づく医薬品のオーダリングシステムや医薬行政における医薬品名称類似回避のフローチャート(乙第11号証)に基づき、先頭3文字に類似性があるか否かで判断するのが現場及び医薬行政の現実であるとして、先頭2文字が共通する薬品は混同されやすいという請求人の主張は不当であるとしている。
しかしながら、被請求人においては、これらのシステムやフローチャートが作成される目的が全く理解されていないといわざるを得ない。そもそも、これらのシステムやフローチャートは、そういったものを作成しなければならないほどの混乱が生じている現実があり、その問題を解決するために作成されたものであって、2文字や3文字は1つの基準にすぎないものである。要は、2文字であれ3文字であれ語頭部分の重要性が増してきているということである。
よって、これらの基準に形式的にあてはめて、本件商標と引用商標が類似しないとする被請求人の主張は失当であるといわざるを得ない。
また、エの「判例における判断例について」の項、さらにオの「審査における判断例について」の項についてもこれを争う。
被請求人は、エの「判例における判断例について」の項において、甲第52号証ないし甲第55号証の判決は、その本質的要件の認定において本件とは事案が異なるため援用に値しないと主張している。また、オの「審査における判断例について」の項においても、同様に事案が異なるとして援用に値しないと主張している。
確かに事案は異にするものの、そこで示された判断を無視することはあまりにも無謀であるといわざるを得ない。例えば、甲第52号証を参照されたい。ここでは、「…この点からも,語頭部分にある「メバ」の2音が取引者・需要者の注意を惹く特徴的な部分とみることができる。このように,本件商標と引用AないしD商標は,語頭部分に位置して印象の強い特徴的な部分である「メバ」の2音が共通している。」と判示している。本件商標と引用商標の関係と何ら異なるところはない。よって、請求人はこれらの判例を援用したものである。これを「援用に値しない」とする被請求人の主張は妥当性を欠くものといわざるを得ない。
また、他の事件における拒絶査定の援用についても、前述したように、2文字であれ3文字であれ語頭部分の重要性が増してきているということをいうために援用したものであって、これを自己に有利に援用することに何らの問題はないものと思料する。
最後に、被請求人は、「出所の混同を生じない限りジェネリック医薬品の普及により医療制度の充実を図ろうとする趨勢にも影をさすものであって、権利の濫用とすらいえる不当なものである」と主張しているが、請求人はジェネリック医薬品の普及による医療制度の充実に何ら異議を唱えるものではない。しかしながら、語頭の「ハル」を共通にさせることにより、請求人あるいは請求人と資本関係ないしは業務提携関係にある会社の業務に係る商品と混同するおそれがあり、引用商標の周知・著名性に只乗り(フリーライド)し、請求人の努力によって著名になった商標が有する出所表示機能の希釈化(ダイリューション)にもつながるものであるから、本件商標を無効とするべく審判を請求したものである。何ゆえ「前立腺疾患治療剤」に関する医薬品に「ハル」という文字を語頭に配置して命名したのか、その必然性が見いだし得ない。
したがって、これを権利の濫用とする被請求人の主張は妥当性を欠くものである。
よって、この被請求人の主張は失当である。
カ 以上のとおり、被請求人の答弁には何ら理由がないから、本件商標は、商標法第4条第1項第15号により登録を受けることができないものである。
3 むすび
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第11号及び同第15号に違反して登録されたものであるから、同法第46条第1項第1号に基づきその登録を無効とされるべきである。

第3 被請求人の答弁
被請求人は、結論同旨の審決を求めると答弁し、その理由を要旨次のとおりに述べ、証拠方法として、乙第1号証ないし乙第12号証を提出した。
1 商標法第4条第1項第11号該当性について
本件商標は、引用商標とは観念はもとより外観・称呼においても類似しないものである。
以下、詳細に検討する。
(1)外観について
ア 本件商標の片仮名文字「ハルスロー」は、同書・同大・等間隔で外観上まとまりよく一体に表されており、当該商標は構成文字全体を一体不可分のものと捉えられる。そのため、「ハル」と「スロー」を分離して判断すべきでない。
そして、一体不可分である本件商標の片仮名文字部分「ハルスロー」と、引用商標の片仮名文字部分「ハルナール」とを対比すると、両者は5文字の構成中、語頭の2文字が共通するのみである。その他の3文字は、いずれも長音「ー」を含んでいるものの、その長音の位置も異なっており、この後半の3文字が呈する外観は全く似つかないものである。
また、本件商標の英文字部分「HALTHROW」も同様に、同書・同大・等間隔で外観上まとまりよく一体に表されているため、構成文字全体を一体不可分のものと捉えられる。そして、一体不可分である本件商標の英文字部分「HALTHROW」と、引用商標の英文字部分「HARNAL」とを対比すると、両者はその構成文字数からして明らかに異なっており、また構成文字も最初のわずか2文字が共通するのみであって、全体的には著しく異なる外観構成を有している。
イ なお、請求人は、以下(ア)ないし(エ)に挙げる理由から、両商標は外観上近似すると主張する。
(ア)片仮名文字と英文字とを上下二段に横書きした点が共通していること。
この主張に対しては、片仮名文字と英文字とを二段書きとする構成は、商標の構成にあっては、ごく一般的な構成態様であるから、その故をもって外観・類似とする主張は不当といわざるを得ない。
(イ)片仮名文字部分において「ハル」、英文字部分において「HA」が共通していること。
これについては、構成文字が一部共通しているとはいえ、片仮名文字部分、英文字部分ともに一連不可分の構成態様からなるものであり、しかも片仮名文字、英文字ともにわずか2文字が共通しているのみであって構成の大半が明らかに異なっている事情からして、全体としては外観類似は存しないというべきである。
(ウ)英文字部分「HAL」「HAR」の対比において「L」「R」は、日本人においては明瞭に区別して発音されないため、その部分の相違は需要者においてほとんど認識されないこと。
外観の判断において発音の区別を考慮する必要はなく、不当である。
(エ)医薬品取り違えによる医療事故の多発等の実情から、薬剤の分野での商標の類似範囲は拡大して判断されるべきこと。
本件商標と引用商標とは外観上大きく異なるため医療過誤のおそれはない。
ウ 以上のとおり、本件商標と引用商標とは、その片仮名文字部分も英文字部分も、明らかに異なる外観構成からなるものであるから、両者を全体的に対比しても、外観上類似するものではない。
(2)称呼について
ア 本件商標全体から生ずる称呼「ハルスロー」及び引用商標全体から生ずる称呼「ハルナール」は、いずれも長音を含め5音と簡潔であり、しかも淀みなく一連に発音できる。したがって、本件商標「ハルスロー/HALTHROW」も引用商標「ハルナール/HARNAL」も、全体から一連にのみ称呼を生ずるものと考える。
両称呼「ハルスロー」「ハルナール」は、前半部の2音「ハル」を共通としているものの、長音を含め全体で5音という比較的短い音数の称呼において、後半部の3音「スロー」「ナール」は全く異なっている。すなわち、全体の半分以上が異なった音で構成されているのみならず、その異なる後半部「スロー」(スロオ、と発音される)と「ナール」(ナアル、と発音される)とは、その各構成音全てが母音・子音のいずれにも共通性がなく、かつ音声学上も遠くかけ離れた音を構成している。
詳述すると、「スロー」の「ス」の音は、無声摩擦音であり、あまり強く発音されないのに対し、「ナール」の「ナ」の音は有声の通鼻音であるため明確に認識される。また、語尾において、引用商標は「ru」と明確に発音されるのに対し、本件商標の語尾は長音であり、長音は前音「ロ」の余韻「o」を持った音として認識されるため、音調、音感が異なるものとして聴取される。
したがって、全体を発音した場合、称呼「ハルスロー」「ハルナール」はその語調語感を全く異にし、互いに聞き誤るおそれのないものであることは明白である。
イ なお、請求人は、以下(ア)ないし(エ)に挙げる理由から、両商標は称呼上類似すると主張する。
(ア)各後半部「スロー」「ナール」は印象が薄いから商標の要部はいずれも「ハル」の部分にあること。
これについては、請求人は語尾「ナール」「スロー」が商品「薬剤」についての商標の語尾として比較的好まれて使用されていることを主張するが、「ナール」はともかく、「スロー」についてはそのような事情にはなく、請求人の主張は根拠を欠く。
すなわち、乙第1号証として提出する検索結果のとおり、「スロー」を語尾に持つ「薬剤」についての商標は本件商標を含めてわずか12件であり、これらを所有している商標権者の数でいえば7社にすぎない。
さらに、本件商標の場合、かかる「スロー」は「THROW」という我が国でよく知られ親しまれている英語とその音訳であるから、これに接した取引者・需要者は「投げる」という意味合いを漠然と意識しつつ、明確に発音するのが普通であるから、「ハル」のみが取り出され「スロー」部分が看過省略されるなどとは到底考えられるものではない。
このように、「スロー」は「ハル」と強固に軽重なく結合し、一連一体の語を形成しているので、全体として見た場合、「ハル」に商標としての要部があるとする主張が当を得ないものであることは明白である。
(イ)語頭部「ハル」が識別上最も重要な部分であること。
本件商標及び引用商標は、それぞれ一体不可分にのみ認識されるものであって、「ハル」部分が識別上最も重要な部分として取り出されることはない。このことについては、後述する「2 商標法第4条第1項第15号該当性について」において、詳しく述べる。
(ウ)医薬品取り違えによる医療事故の多発等の実情から、薬剤の分野での商標の類似範囲は拡大して判断されるべきこと。
本件商標と引用商標とは称呼上大きく異なっており、医療過誤のおそれはない。
(エ)薬剤等の商標として「ハル」の音で始まるものは少数であること。
「2 商標法第4条第1項第15号該当性について」において後述するとおり、薬剤についての商標として「ハル」で始まるものは多数並存して登録されるとともに、医薬品業界においても多数使用されており、この点からも「ハル」が要部であるとする請求人の主張の誤りが判る。
ウ 以上のとおり、本件商標の称呼「ハルスロー」は、「ハル」の部分のみが共通するからといって、全体として、引用商標の称呼「ハルナール」と類似するとはいえないことは明らかである。
(3)観念について
本件商標「ハルスロー/HALTHROW」は、その片仮名文字部分の語頭部「ハル」について格別に「春」等の観念を生ずるものではない。また、英文字語頭部「HAL」にしても、「HAL」なる文字の配列からして、直ちに「尿」を示す独語「Harn」を想起するものではない。さらに、後半部「スロー/THROW」は我が国でもよく知られた英語「THROW」から「投げる」の観念を漠然と想起させる可能性はあるが、語頭と併せ、全体としては特段の観念を生ずることはなく、造語と捉えられるものである。
一方の引用商標「ハルナール/HARNAL」は、語頭部「ハル/HAR」から「尿」を示す独語「Harn」を漠然と想起させる可能性はあったとしても、全体としては特段の観念を生じない造語と捉えられるものである。実際、「ハル/HAR」から「Harn」が想起されたとすれば、指定商品との関係では、この部分は「記述的」であると捉えられるはずであるから、「ハルナール/HARNAL」が登録を得たのは全体として観念なき造語と判断された故であると思われるのである。
したがって、本件商標と引用商標は、観念上対比すべくもなく類似しないものである。
(4)以上のとおり、本件商標「「ハルスロー/HALTHROW」 と、引用商標「ハルナール/HARNAL」とは、外観・称呼・観念のいずれの観点からも類似しないから、本件商標は商標法第4条第1項第11号に反して登録されたものではない。
なお、請求人は、本件商標が商標法第4条第1項第11号に該当するという主張の根拠として、引用商標「ハルナール」の周知性と医薬品取り違えによる医療事故の存在を挙げ、類似範囲を拡大すべきであると述べているが、前述したとおり、当を得た主張ではない。本来、商標権成立の課程において、登録要件として審査に供される商標法第4条第1項第11号おける類否の判断は、他の同法第4条第1項第10号、同第15号等との法条との関係からしても明らかなように、実際の取引の場において生じている個別具体的な事情を観察してダイナミックに判断するのではなく、一般的な事情下にあってスタティックに判断すべきものであって、引用商標の周知性や、引用商標を使用する医薬品に係る医療事故等の個別具体的な事情は配慮されるべきものではないのである。
請求人の主張は根拠に乏しい。
2 商標法第4条第1項第15号該当性について
(1)引用商標の周知・著名性について
被請求人は、引用商標「ハルナール/HARNAL」が全体として周知であることを否定するものではない。
(2)本件商標と引用商標との類似性について
本件商標「ハルスロー/HALTHROW」と、引用商標「ハルナール/HARNAL」とは、前述のとおり明らかに非類似である。
(3)「ハルナール」の独創性について
ア 「ハル」はドイツ語「Harn(尿)」に由来し(乙第2号証)、薬剤について疾患等に関連する語を用いてネーミングすること、ドイツ語を多用することなどの医薬品業界の慣行が存在している。実際に、「ハルナール/HARNAL」も、この慣行に従い、これを由来としている(乙第3号証)のであって、命名という観点からも独創性のあるものではない。
イ また、請求人は、商標「ハルナール/HARNAL」に係る商品を発売した1993年当時、語頭部「ハル」を持つ商標に係る商品は当該治療領域には存在しなかった、と述べている。
しかしながら、「ハル」を冠する商標に係る薬剤は「ハルナール」以外にも多数存在している。例えば「ハルニン(HARNIN)」(乙第4号証)は、「ハルナール/HARNAL」と同じ前立腺障害の治療に使用され、1993年よりずっと以前の1984年に発売されて現在まで継続して販売されている。また、「ハルバーン」(乙第5号証)も同治療分野において1987年から現在まで販売されているし、また、「ハルナール」の発売とほぼ同時期である1994年からは「ハルーリン(HARURINE)」(乙第6号証)も同治療分野において販売されている。
このように、語頭に「ハル」を冠する商標は、「ハルナール」発売当時から、前立腺障害の治療分野では目新しいものではなかったのである。
この点に鑑みれば、医薬品において、なかんずく頻尿等の尿障害に係る医薬品、例えば前立腺障害治療薬分野にあって「ハル」はむしろ用途、機能を記述する品質表示語であるとも解することができる。それ故に、引用商標登録出願時点で先願先登録の地位にあり、また、9年ないし6年の販売実績を持ち周知であると認められる「ハルニン」「ハルバーン」の存在にも関わらず、同じ「ハル」を語頭に有する「ハルナール/HARNAL」が前記先願先登録商標と非類似のものとして商標登録を得たのは、「ハル」部分に要部(顕著性)が存するものではないという判断によるものと考えられるのである。
上記のとおり、商標「ハルナール/HARNAL」は、既に同治療分野において先行する「ハルニン」「ハルバーン」等の薬剤に参入する形で発売され、また発売後わずか1年で未だ「ハルナール/HARNAL」が周知性を獲得する前に参入してきた「ハルーリン(HARURINE)」など、当該治療分野において複数存在している語頭に「ハル」を冠する商標の一つとして、それらに混じって周知性を獲得するに至ったのであるから、市場での周知性を獲得するに際しては、「ハルナール/HARNAL」は、語頭の「ハル」が共通していたとしても、「ハルニン」「ハルバーン」「ハルーリン」等とは異なる薬剤であると認識され、これら他の薬剤とは完全に識別された上で、その薬効等を評価され、次第に周知になっていくというプロセスを経たはずである。
したがって、「ハルナール/HARNAL」は、語頭に「ハル」の付く名称の薬剤、という程度ではなく、あくまで「ハルニン」 「ハルバーン」 「ハルーリン」とは異なり、かつこれらとは識別可能な一連一体の「ハルナール」として認識されることがまず必要だったのであり、「ハルナール//HARNAL」全体で周知となったものである。
また、「ハルナール/HARNAL」が周知性を獲得したと思われる後も、同治療分野において、「ハルンケア」(乙第7号証)など、語頭に「ハル」を冠する商標を使用した商品が販売されているという事実がある。
すなわち、「ハルナール/HARNAL」は発売当時から現在に至るまで、常に語頭に「ハル」を冠する商標を使用した当該治療分野の商品の一つとして存在しているのであり、「ハル」といえば「ハルナール/HARNAL」を想起させる、あるいは逆に「ハルナール/HARNAL」といえば「ハル」を想起させる、というような取引事情が形成されることのなかったことは明らかである。
実際に、当該治療分野において、前記「ハルンケア」(乙第7号証)は積極的な広告によりかなりの周知性も得ている。医療用医薬品と一般医薬品との違いがあるとはいえ、「ハルナール/HARNAL」以外の語頭に「ハル」を冠する商標が、同治療分野において周知性を獲得できるという事情は、商標「ハルナール/HARNAL」の周知性が、その「ハル(HAR)」部分に起因するのではなく、一連一体の「ハルナール/HARNAL」全体に起因するからに外ならないのである。
しかるが故に、語頭に「ハル」を冠する異なる商標が「ハルナール/HARNAL」とは区別され、独立して周知性を獲得するに至ったのである。
ウ また、引用商標「ハルナール/HARNAL」に係る商品の発売の10年前である1983年から睡眠導入剤「ハルシオン」(乙第8号証)が販売されている。「ハルシオン」は1997年時点で同分野の売り上げランキングは2位であり、1999年度は55億円を売り上げている周知・著名の薬剤に係る商標である(乙第9号証)。1992年にはその後発品として「ハルラック」(乙第10号証)も発売されている。
このように、前立腺障害の治療分野に限定せず医薬品全体としてみると、1993年に「ハルナール/HARNAL」が発売された時点では、既に後発品も発売されるほどの周知・著名な薬剤「ハルシオン」も存在していながら、それとは全く別個の薬剤として「ハルナール/HARNAL」が周知性を獲得したとするのなら、それは「ハルナール/HARNAL」全体が一連一体としてのものに外ならないからである。
エ 以上の事情を勘案すれば、仮に「ハルナール/HARNAL」が周知性を得ていたとしても、語頭に「ハル」を有することをもって「ハルナール」を連想させるという請求人の主張の不当は明らかである。
(4)混同のおそれについて
以上のとおり、本件商標と引用商標とは非類似であり、しかも商標「ハルナール/HARNAL」に独創性が認められないことからしても、語頭の文字「ハル」がそれのみで請求人の業務に係る商品を想起させるものでもない。
しかも、実際に、医薬品業界の取引事情を鑑みると、同治療分野であるか否かを問わず、多数「ハル」を語頭に冠する商標に係る商品は多数併存しており、それぞれが取り違え等の問題なく識別されているのであるから、本件商標を使用した場合、直接的な狭義の混同はもとより、請求人の業務に係る商品(商標「ハルナール/HARNAL」)との関係で、業務提携関係、シリーズ商品、姉妹品であるとの広義の混同をも生ずるおそれはないのである。
(5)請求人の主張に対する反論
請求人は、本件商標が商標法4条1項15号に該当する理由として、以下アないしオを主張するが、いずれも妥当なものではないので、以下詳述する。
ア 語頭に「ハル」を有する商標に係る商品は、当該治療薬領域には存在しなかったとする主張について
この主張が事実と異なることは、上記「(3)ハルナールの独創性について」において述べたとおりである。
イ 「ハル」の文字部分が引用商標の要部であるという主張について
「ハルナール/HARNAL」は、語頭に「ハル」を有する多数の他の薬剤と併存した状態で、これらと識別可能な一連一体の「ハルナール」として認識されてきたのであり、「ハル」部分のみが要部として取り出される事情にないことは、上述のとおりである。
ウ 医薬品の取り違えに関する医療事故の多発について
請求人は、医薬品の取り違えの問題について詳しく述べているが、そのような問題が人命に影響する由々しき問題であり、商標という側面からも混同を生ずるべきでないことは、商標権者としても何ら異論のないところである。
しかしながら、以下(ア)ないし(ウ)のとおりである。
(ア)しかして、本件商標「ハルスロー/HALTHROW」 と引用商標「ハルナール/HARNAL」とは、もともと混同を生ずるおそれの全くないものであるから、指定商品が「薬剤」であるからといって、本件の判断に影響を及ぼすものではない。
何故ならば、本件商標「ハルスロー/HALTHROW」と引用商標「ハルナール/HARNAL」とは、前述のとおり、その外観・称呼において語頭2文字(2音)「ハル/HA」を共通しているのみであって、その他の部分は似ても似つかないものだからである。
そして、引用商標「ハルナール/HARNAL」は、前立腺治療分野で周知となっている薬剤に係る商標ではあるものの、それは語頭に「ハル」を有する多数の同分野・異分野における薬剤の商標のなかにあって、常に「ハルナール/HARNAL」全体を一連一体として認識された結果、それらの他の商標と十分に識別されながら周知性を獲得してきたものであるから、決して「ハル」の部分のみが要部として独立して認識され、「ハル」といえばあの「ハルナール」を想起させるという事情にはないのである。
本件商標にしても事情は同様であり、多数の語頭に「ハル」を冠する商標の中にあって、「ハルスロー/HALTHROW」は常に一連一体の商標として認識され、「ハル(HAL)」部分や「スロー(THROW)」部分のみが取り出されて取引に資されることはあり得ないのである。
したがって、本件商標「ハルスロー/HALTHROW」と引用商標「ハルナール/HARNAL」とは、互いに一連一体の商標としてのみ対比された結果、「ハル/HA」部分以外に共通部分がなく全体としては大きく異なるのであるから、混同を生じようがないのである。引用商標「ハルナール/HARNAL」自身が、語頭に「ハル」を冠する多数の周知商標に係る薬剤のなかにあって、混同を生ずることなく周知性を獲得していった事情からも、このことは明らかである。
また、実際の取引の場にあっては、引用商標に係る医薬品も、本件商標に係る医薬品も、いずれも病院で医師により処方され、処方薬局の薬剤師により調合されて患者に手渡される。もともと混同し得ない「ハルスロー/HALTHROW」と「ハルナール/HARNAL」である上に、医師・薬剤師というプロの手を経て最終需要者である患者の手に渡る医薬品は、実際の取引の場にあっても、混同の蓋然性はきわめて低いものとなるのである。実際に、医療現場の実情に照らしても、本件商標と引用商標との混同のおそれがないことは、従来から語頭に「ハル」を有する多数の商品が問題なく識別されてきたことからも明らかである。
(イ)また、請求人は、処方に基づく医薬品のオーダリングシステムは、通常、薬品名の先頭2文字を入力し、複数の候補のなかから目的の薬品を選択するというシステムであるから、先頭の2文字が共通する薬品は誤認混同され易いという趣旨のことを述べている。
しかし、このようなオーダリングシステムでは、先頭の2文字「ハル」で検索した場合、「ハルナール」「ハルスロー」の2種だけではなく、他にも同効薬である「ハルニン」 「ハルバーン」「ハルーリン」等が検索される。
そこで、薬剤を取り扱う業界では、当該オーダリングシステムにおいても、検索に際し、薬剤名の先頭3文字以上を入力するよう推奨しており、実際に3文字以上の入力を行うことが一般的になっている。
実際、先頭2文字が共通するからといって検索時に誤認混同を生ずるような状態では、先頭2文字が共通する薬剤は併存し得ず、したがって薬品名は2000種程度しか併存し得ないことになってしまうのであるから、先頭2文字が共通する薬品は誤認混同され易いという請求人の主張は不当である。
(ウ)さらに、請求人自身が提出している「厚生労働省医薬食品安全対策課による新規承認医薬品名称類似回避フローチャート」(甲第51号証の1:乙第11号証)からも明らかである。このフローチャートに従えば「ハルスロー/HALTHROW」「ハルナール/HARNAL」の両名称においては、一致させるために置き換え・挿入・削除を行わなければならない回数(edit)が「3」であり、先頭からの文字の一致した文字数(head)が「2」であるから、構成文字の類似度等の他の要素を何ら考慮するまでもなく、「名称変更不要」、すなわち名称は類似しない、との結果になる。医薬行政の要請からいえば、商標の類否を超えて、取り違えの可能性を些少でも内包するような医薬品の名称は変更させるべきであるとの厳しい基準に基づいてフローチャートを作成しているものと思われるが、このフローチャートにおいても何ら検討の要なく変更不要と判断されているということは、本件商標と引用商標とが医薬品取り違えの問題を生ずるおそれが全くないといえるほどに非類似であることを意味している。
ちなみに、請求人が本件において援用すべきであるとする他の判決例、審査例における商標「メバスタン」と「メバスチン」、「メバロチン」と「メバスタン」、「メバロチン」と「メバスロリン」、「メバロチン」と「メバラチオン」、「メバロチン」と「メバロカット」、「トリオスク」と「トリオックス」等は、いずれもこのフローチャートでは「要変更」、あるいは構成文字の類似度によって「要変更」又は「要検討」となる。文字の類似度等の判定を待つまでもなく最初から全く検討も変更も要しないという結果になる本件の場合とは、異なっているのがわかる。
エ 判例における判断例について
請求人の挙げる甲第52号証ないし甲第55号証の判例はいずれも、登録無効請求に係る商標が商標「メバロチン」との関係で出所の混同を生ずるおそれがあるとして商標法第4条第1項第11号に該当すると判示するが、その根拠として、多少の文言上の差はあるが、いずれも以下の要件を全て充足していると認定している。
(a)商標「メバロチン」の周知・著名性
(b)商標「メバロチン」の独創性
(c)登録無効請求に係る商標と商標「メバロチン」との類似性
(d)商品・需要者等の関連性
本件事案においては、上記のうちの(b)(c)の要件を充足しておらず、したがって全く事情を異にする。
詳述すると、上記の要件(b)商標「メバロチン」の独創性は、「メバ」を語頭部に冠する薬剤が、「メバロチン」以外には、「メバロチン」発売から10年以上の間ごく僅かしか存在せず、また出版物等にも掲載されていないことを理由として、認定されている。
そして、この独創性の認定は、要件(c)においても、両商標の類似性を肯定する材料として大きな影響を与えている。例えば、平成16年(行ケ)第256号商標権行政訴訟事件(甲第53号証)では、「語頭に『メバ』の音が付く高脂血症用剤は平成12年より以前には『メバロチン』以外には存在しなかったことなどに照らし、(『メバ』の音は)聴者の印象・記憶に残る音であるというべきである。…以上によれば、本件商標の『メバスロリン』と引用商標の『メバロチン』を一連のものとして呼称した場合、共通する音が聴者の記憶、印象に残りやすいのに対し、相違する音が呼称全体に及ぼす影響は小さいことから、両称呼の全体の語感語調は近似しているということができる。」との裁判所の判断が示されている。
翻って本件について検討すると、前述のとおり、「ハル」を語頭に冠する商標に係る薬剤は、同じ前立腺障害用薬剤の分野において、「ハルナール/HARNAL」発売前から、また発売後周知性を獲得する前から複数種販売されているから、「ハルナール/HARNAL」商標、特に語頭の「ハル」部分に独創性があるとはいい難い。
したがって、本件商標「ハルスロー/HALTHROW」 と引用商標「ハルナール/HARNAL」の類似性についても、「ハル」の語頭音が特段聴者に強い印象・記憶を残しやすいとはいえない。また、印象・記憶の強さについて付言すれば、本件における「ハル(HAR)」は独語「Harn(尿)」に由来することから、主たる取引者・需要者たる医薬品業界の関係者又は医師・処方箋薬剤師にとって、とりたてて独創性のないありふれた音であるといえる。さらに、「ハル」の音は「春」「貼る」 「張る」等いろいろな意味合いで日常口にすることも多い音であるから、患者も含めたごく一般の需要者・取引者全てにとっても、「メバ」のようなインパクトはなく、聞き馴染みのある音である。
さらに、特許庁における登録についても、「ハル」を語頭に冠する商標は、商品「薬剤」を指定商品として多数登録され、引用商標「ハルナール/HARNAL」と併存している。引用商標の商標権者の所有に係るものを除いても、58件が登録されている(乙第12号証)。(因みに、「メバ」を語頭に冠する商標は、そのほとんどが「メバロチン」所有者のものである。)
このことからも、「ハル」の音を冠する商標が一般に好まれ採択され易いものであるといえる。
したがって、本件事案は、甲第52号証ないし甲第55号証の「メバロチン」訴訟の場合とは全く事情が異なり、商標「ハルナール/HARNAL」は周知であっても商標自体(語頭部「ハル(HAR)」)に独創性のないものであるから、その周知性は一連一体の商標「ハルナール/HARNAL」全体として始めて発揮されるというべきである。すなわち、周知ではあっても「ハル」と聞いただけで引用商標を想起させるというのではなく、「ハルナール」と聞いて始めて「ああ、あの前立腺障害の治療薬か」との認識を生ぜしめるという種の周知性にすぎない。
また、類似性についても、「ハルナール」の称呼中に特に聴者の印象・記憶に残る部分があるわけではないから、称呼「ハルナール」全体として本件商標の称呼「ハルスロー」と対比される。称呼「ハルナール」と称呼「ハルスロー」が類似しないことについては前述のとおりである。
このように、甲第52号証ないし甲第55号証の判決は、その本質的要件の認定において本件とは事情が異なるものであるから、請求人の述べるように「援用」することは妥当ではない。
オ 審査における判断例について
請求人は、指定商品を「薬剤」とする商標「TRIOSC/トリオスク」に係る出願が、登録商標「トリオックス/TRIOX」を引用されて拒絶されたことを挙げ、本件の主張理由に有利に援用する、と述べる。
しかしながら、請求人が引用する拒絶査定の文言についても、商標の語頭「3文字」、すなわち全体の半分以上が共通することが重要であるとの趣旨で、わずか5音のなかで語頭2文字のみが共通しているにすぎない本件事案とは異なる。
しかも、前述の厚生労働省医薬食品局安全対策課が示した医薬品販売名の承認審査における基準(フローチャート:前掲乙第11号証)もそれを裏付けている、とも主張しているが、確かに前記フローチャートにおいては共通する語頭音(head)が3音以上であるかどうかは、重要な判断基準の一つとなっており、その基準に照らして考えれば本件商標「ハルスロー/HALTHROW」は何ら問題なく承認を受けるべきものである。
仮にこの審査例が、薬剤についての商標は常に語頭部のみが重要な識別標識であって、他の構成文字の相違は出所混同のおそれの有無に影響を与えない、という主張の裏づけで挙げられているのであるとすれば、語頭部さえ共通していれば全体が類似関係になくとも常に登録を拒絶されることになる。すなわち、商標全体における語頭部の独創性・重要性を考慮することなくこのような判断が至極当然のこととしてなされるとすれば、薬剤における商標はどのような商標であろうと周知性さえ備えればその語頭の2文字を独占できるという不当な結果を招くことになるのである。
「ハルニン」「ハルバーン」「ハルーリン」等の全く同一の治療分野における医薬品や、「ハルシオン」「ハルラック」等の周知の他分野における医薬品等、「ハル」を語頭に冠する商標に係る医薬品と共存してきた結果として周知性を獲得した商標「ハルナール/HARNAL」が、医薬品の商標について「ハル」という2文字を冠するものの全てを独占しようという行為である。同時に、特に自らの後発品(ジェネリック医薬品)の商標について、治療分野から自然に想起される語「尿」の独語に由来する「ハル」の音の採択を妨げるものであるから、商標採択の自由を不当に制限するものであり、出所の混同を生じない限りジェネリック医薬品の普及により医療制度の充実を図ろうとする趨勢にも影をさすものであって、権利の濫用とすらいえる不当なものである。
なお、他の事案の審査における判断に関しては、商品「薬剤」を指定商品として、前記乙第12号証に挙げたとおり「ハル」を語頭に冠する多数の商標が引用商標「ハルナール/HARNAL」と併存して登録されているという実情があることを申し添える。これらの登録商標が商品「薬剤」に使用された場合、「ハルナール/HARNAL」との関係で出所混同を生ずることはないと認められた結果である。
(6)以上のとおり、本件商標「ハルスロー/HALTHROW」は、引用商標「ハルナール/HARNAL」との関係において、医療現場の実情や医薬品の取引の実情、過去の判例の趣旨等を考慮しても、出所の混同を生じ得ないものであり、商標法第4条第1項第15号に反して登録されたものではない。
3 むすび
以上述べたとおり、本件商標は、商標法第4条第1項第11号及び同第15号のいずれにも反することなく登録されたものである。

第4 当審の判断
(1)商標法第4条第1項第11号該当性
ア 外観について
本件商標は、上記のとおりの構成よりなるところ、構成中の上段部「ハルスロー」の片仮名文字及び下段部の「HALTHROW」の欧文字は、前者の構成文字数が5文字、後者の構成文字数が8文字からなり、それぞれの構成文字数が格別多いとはいえないばかりでなく、外観上特定の文字部分が格別大きく顕著に表されているとか、あるいは図案化されている等視覚上特定の文字部分が印象に残る外観上の特徴はなく、それぞれ同書・同大・等間隔に表されており、上段の文字部分及び下段の文字部分とも外観上まとまりよく一体に表されており、構成文字全体としても、外観上まとまりよく一体に表されているものである。
そうすると、本件商標は、片仮名文字と欧文字の相違により、上段部と下段部に分離して外観上捉える場合があるとしても、構成中の上段の文字部分を殊更「ハル」と「スロー」、下段の文字部分を「HAL」と「THROW」とに分離して観察しなければならない格別の理由はないというべきである。
一方、引用商標は、上記のとおりの構成よりなるところ、構成中の上段部「ハルナール」の片仮名文字及び下段部の「HARNAL」の欧文字は、前者の構成文字数が5文字、後者の構成文字数が6文字からなり、本件商標と同様にそれぞれの構成文字数が格別多いとはいえないばかりでなく、外観上特定の文字部分が格別大きく顕著に表されているとか、あるいは図案化されている等視覚上特定の文字部分が印象に残る外観上の特徴はなく、それぞれ同書・同大・等間隔に表されており、上段の文字部分及び下段の文字部分とも外観上まとまりよく一体に表されており、構成文字全体としても、外観上まとまりよく一体に表されているものである。
そうすると、引用商標も、片仮名文字と欧文字の相違により、上段部と下段部に分離して外観上捉える場合があるとしても、構成中の上段の文字部分を殊更「ハル」と「ナール」、下段の文字部分を「HAR」と「NAL」とに分離して観察しなければならない格別の理由はないというべきである。
してみれば、本件商標と引用商標とは、上段部と下段部の構成文字列が明らかに異なっており、最初のわずか2文字「ハル」と「HA」とを共通するのみであって、全体的においても印象が著しく異なる外観構成を有しているものであるから、両者を上段部と下段部及び全体的に対比しても、外観上類似しないものといわざるを得ない。
この点に関して、請求人は、本件商標と引用商標とは、構成文字5文字のうち「ハ」、「ル」、「ー」 の3文字及び語頭2文字の「ハル」も共通し、さらに、一般的な日本人においては「L」と「R」の発音が明瞭に区別されないため、いわゆる隔離観察した場合、「L」と「R」の部分の相違は需要者においてほとんど認識されないものと解される。加えて、「ハルナール」が薬剤の分野において周知・著名性を獲得していること、医薬品の取り違えによる医療事故の社会問題化、それの防止する観点からも、医薬品という商品分野においては、より類似の範囲を拡大して考えるべきである旨主張する。
しかしながら、本件商標と引用商標とは、後述の引用商標の周知・著名性及び両商標の指定商品が医薬品という商品分野であることを考慮したとしても、本件商標を「ハル」と「スロー」、「HAL」と「THROW」に分離観察し、同様に引用商標を「ハル」と「ナール」、「HAR」と「NAL」とに分離観察し、さらに「L」と「R」の部分の相違は需要者においてほとんど認識されないとすることは、本件商標と引用商標との構成態様からして、不自然であって、上記のとおりであるから、この点に関する請求人の主張は採用できない。
イ 称呼について
本件商標と引用商標とは、前記のとおり本件商標が「ハルスロー」「HALTHROW」の文字よりなり、引用商標が「ハルナール」「HARNAL」の文字よりなるものであるから、本件商標からは「ハルスロー」の称呼を生じ、引用商標からは「ハルナール」の称呼を生ずるものである。
そこで、本件商標と引用商標の称呼を比較するに、両称呼は、長音を含めてわずか5音という短音構成からなるものである。
そして、両称呼の後半部の3音「スロー」と「ナール」は、「ス」と「ナ」、「ロ」と「ー」及び「ー」と「ル」という明らかに構成音を異にするものであり、かつ、構成各音の音質も共通性が見いだせないものであって、わずかに前半部の2音「ハル」を共通にするにすぎないものであるから、本件商標と引用商標は、それぞれ一連に称呼するも、音感、音調が明らかに異なる互いに聞き誤るおそれはないものというべきである。
この点に関して、請求人は、「両商標が薬剤について使用される場合には、その構成中の語頭部分の『ハル』の文字部分は、自他商品の識別力を果たす最も重要な部分であって、商標の要部若しくは商標の最も目を引きやすい部分というべきものであり、さらに、後述するように、『ハルナール』が薬剤の分野において周知・著名性を獲得していること、医療事故を防止する観点からも、より類似の範囲を拡大して考えるべきである。加えて、薬剤等の商標として、『ハル』の音で始まるものは少数であり、『スロー』は、薬剤の商標の接尾語として、取引者間に極めて印象の薄い点からも、請求人の製造・販売する商品「前立腺肥大症の排尿障害改善剤」(α受容体遮断剤)に使用する『ハルナール』を連想させ、これに接する取引者・需要者は、請求人のシリーズ商標若しくは姉妹商品として、請求人の製造・販売に係るものと誤認し、その商品の出所につき、混同を生じさせるおそれの十分にある。」旨主張する。
しかしながら、上記のとおり、本件商標は「ハルスロー」のみの称呼を生じるのに対し、引用商標は「ハルナール」のみの称呼を生じるものであり、両者は、全体として音感、音調が明らかに異なる互いに聞き誤るおそれはないものというべきであるから、後述の請求人の製造・販売に係る薬剤「前立腺肥大症の排尿障害改善剤」(α受容体遮断剤)である「ハルナール」が薬剤の分野において周知・著名性を獲得していること、及び医療事故の防止の観点を考慮したとしても、この点に関する請求人の主張も採用できない。
ウ 観念について
本件商標と引用商標とは、それぞれ特定の観念を有しない造語といえるものであるから、観念において比較することができないものである。
エ 以上のとおり、本件商標と引用商標は、外観、称呼及び観念のいずれの点においても相紛れるおそれはないから、本件商標は、商標法第4条第1項第11号に該当するものということはできない。
(2)商標法第4条第1項第15号該当性
請求人の使用に係る「ハルナール」、「HARNAL」及び「Harnal」(以下「使用標章」という。)商標の著名性について
(1)甲第5号証ないし甲第8号証、甲第10号証ないし甲第13号証、甲第15号証ないし甲第36号証及び甲第38号証並びに請求の理由によれば、使用標章は、請求人の前身にあたる山之内製薬株式会社が、商品「前立腺肥大症の排尿障害改善剤」を表示するものとして、少なくとも医療用医薬品を取り扱う業者、前立腺肥大症の排尿障害改善剤に係わる専門医、薬剤師などその取引者、需要者の間に広く認識されていたものと認められ、その著名性は、本件商標の登録査定時に至るまで継続していたものということができる。
しかしながら、本件商標と引用商標とは、上記したとおり、十分に区別し得る明らかに別異の商標というべきものであり、使用標章「ハルナール」、「HARNAL」及び「Harnal」とにおいても、同様に十分に区別し得る明らかに別異の商標といえるものであるから、被請求人が本件商標をその指定商品について使用した場合、これに接する取引者・需要者が直ちに引用商標若しくは使用標章を想起し連想して、当該商品を請求人あるいは同人と経済的又は組織的に関係のある者の業務に係る商品と誤信し、その出所について混同するおそれがあるものということはできない。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第15号に該当するものとはいえない。
この点に関して、請求人は、「引用商標が請求人の製造・販売に係る薬剤『前立腺肥大症の排尿障害改善剤』(α受容体遮断剤)に使用され周知・著名であること、本件商標と引用商標が、薬剤について使用される場合には、その構成中の語頭部分の『ハル』の文字部分は、後半部の『ナール』及び『スロー』の文字部分に比して、自他商品の識別力を果す最も重要な部分、いわゆる、商標の要部若しくは商標の基幹部分というべきものであり、その基幹部分『ハル』を共通にしている点からも、請求人の製造・販売する商品『前立腺疾患治療剤』に使用する引用商標を連想させ、これに接する取引者・需要者は、請求人のシリーズ商標若しくは姉妹商品として、請求人の製造・販売に係るものと誤認し、その商品の出所につき、混同を生じさせるおそれの充分にある。」旨主張する。
しかしながら、本件商標と引用商標とは、類似性の程度として、前記のとおり商標において明らかに別異のものといわざるを得ないものであるから、引用商標若しくは使用標章の周知著名の程度、本件商標の指定商品と請求人の業務に係る商品等との関連性の程度、取引者及び需要者の共通性を総合的に考慮したとしても、本件商標をその指定商品について使用した場合、これに接する取引者・需要者が直ちに引用商標若しくは使用標章を連想、想起するとはいえないものである。
さらに、請求人の商標の基幹部分であると主張する語頭に「ハル」の文字が冠されている薬剤名は、甲第9号証よりすると、「ハルナール」以外に、「ハルシオン」、「ハルニンコーワ錠」、「ハルバーン」、「ハルラック」及び「ハルリーン錠」のように、相当数使用されており、換言すると、請求人のみ製造・販売に係る薬剤の商標の基幹部分として、直ちに取引者、需要者の間に認識、把握されているものとはいえないものである。
また、ある登録商標が無効にされるか否かの判断は、個々の登録商標ごとに個別具体的に検討判断されるべきことは明らかであることよりすると、請求人の挙げている判決例等に拘束されるものではないから、この点に関する請求人の主張も採用できない。
(3)まとめ
以上のとおり、本件商標の登録は、商標法第4条第1項第11号及び同第15号に違反してされたものではないから、同法第46条第1項の規定により、その登録を無効とすることはできない。
よって、結論のとおり決定する。
審理終結日 2006-07-24 
結審通知日 2006-07-31 
審決日 2006-08-17 
出願番号 商願2002-28838(T2002-28838) 
審決分類 T 1 11・ 271- Y (Y05)
T 1 11・ 26- Y (Y05)
最終処分 不成立  
特許庁審判長 野本 登美男
特許庁審判官 小林 薫
山口 烈
登録日 2003-01-31 
登録番号 商標登録第4642122号(T4642122) 
商標の称呼 ハルスロー 
代理人 川瀬 幹夫 
代理人 橘 哲男 
代理人 小谷 悦司 

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