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審決分類 |
審判 全部無効 商標の周知 無効としない W41 審判 全部無効 商4条1項8号 他人の肖像、氏名、著名な芸名など 無効としない W41 審判 全部無効 商4条1項7号 公序、良俗 無効としない W41 |
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管理番号 | 1371795 |
審判番号 | 無効2020-890012 |
総通号数 | 256 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 商標審決公報 |
発行日 | 2021-04-30 |
種別 | 無効の審決 |
審判請求日 | 2020-02-03 |
確定日 | 2021-02-08 |
事件の表示 | 上記当事者間の登録第6137088号商標の商標登録無効審判事件について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 |
理由 |
第1 本件商標 本件登録第6137088号商標(以下「本件商標」という。)は、別掲1のとおりの構成からなり、平成28年2月2日に登録出願、第41類「技芸・スポーツ又は知識の教授」を指定役務として、同31年3月26日に登録査定がされ、同年4月12日に設定の登録がされたものである。 第2 引用商標 請求人が会長を務める「戸山流居合道会」が「居合道の教授」について使用しているとする商標は、別掲2のとおりの構成からなる商標(以下「引用商標1」という。)及び別掲3のとおりの構成からなる商標(以下「引用商標2」という。)である。 以下、引用商標1と引用商標2を併せていうときは、「引用商標」という。 第3 請求人の主張 請求人は、本件商標の登録を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、要旨次のように述べ、証拠方法として、甲第1号証ないし甲第47号証(枝番号を含む。)を提出した。 1 請求の理由 本件商標は、商標法第4条第1項第10号、同項第7号及び同項第8号に違反して登録されたものであるから、同法第46条第1項により、その登録を無効とすべきである。 2 事実関係 (1)「戸山流居合道」、「戸山流居合道会」及び引用商標について ア 「戸山流居合道」について 「戸山流居合道」とは、大正14年、旧日本帝国陸軍戸山学校(以下「戸山学校」という。)において、戦国時代の居合を参考にして研究された軍刀の操法を源流とした居合道の流派である。 イ 「戸山流居合道会」について (ア)会の設立、歴代会長 「戸山流居合道会」は、戸山学校の剣術科科長であった森永清氏(以下「森永氏」という。)が、昭和39年頃から、居合道の指導を行い、老若男女がともに学べる戸山流居合道として確立し、その普及振興等を目的に、昭和51年頃に同氏を初代会長として組織化された団体である(甲3)。 その後、第4代会長は今瀬由雄氏(以下「今瀬氏」という。)(平成7年4月?平成11年12月)、第6代会長は守岡正純氏(被請求人設立代表者、以下「守岡氏」という。)(平成18年4月?平成24年3月)、第7代会長は請求人である林敏和氏(以下、「請求人」という。)(平成24年4月?現在)である(甲3、甲4)。 以下、請求人は、その主張において、請求人が会長を務める「戸山流居合道会」を「本会」というとして述べていることから、請求人の主張においては、そのように記載する。 (イ)会の名称、会員数等及び活動 a 会の名称 本会の名称は、創設時「戸山流居合道振興会」であったが、昭和55年に「大日本戸山流居合道会」に改称し、さらに、平成3年に「戸山流居合道会」に改称して(甲3)現在に至っており、「戸山流居合道会」の名称を使用する流派は、本会のみである。 b 会員数、支部・道場数など 平成25年ないし令和元年(平成31年)の会員数等は、平成25年及び同26年は、京都府の京田辺本部(支部)を含め国内及びアメリカ等に11の支部及び道場が所在し、平成25年は会員数134名(甲5)、同26年は会員数136名(甲6)であった。また、平成27年及び同28年は国内及びアメリカ等に11の支部及び道場が所在し、会員数108名(甲7及び甲8)、同29年は国内及びアメリ力等に10の支部及び道場が所在し、会員数109名(甲9)、同30年は国内及びアメリカ等に9の支部及び道場が所在し、会員数120名(甲10)であり、令和1年(平成31年)は国内及びアメリカ等に9の支部及び道場が所在し、会員数95名である(甲11)。 c 本会の事業活動 本会では、団体としての事業活動と各支部での活動の2種類があり、団体としての事業活動は、居合道の道場での鍛錬、毎年3月の「称号、昇段審査会・講習会」、6月頃の伊勢神宮での「居合道奉納演武会」等(甲12及び甲13)のほか、本会及び各支部ホームページの運営・維持、会報の発行などがあり、会報には活動・行事の報告、理事会の議事録、事業報告、会計報告が掲載されている。また、支部単位の活動では、日常の支部・道場での稽古、それぞれ地元の武道祭等での演武、勉強会、試し斬り稽古等があり、各支部ホームページで掲載されている(甲14)。 (ウ)会則 本会では、遅くとも第3代の会長の発足時の平成2年12月頃には会則「大日本戸山流居合道会会則」及び「戸山流居合道審査規定要領」を定めていた(甲3)。その後、会則は、数次の改訂を経て(甲15及び甲16)、現在は、平成27年11月8日改定の「戸山流居合道会会則」(以下「平成27年会則」という。)(甲17)が最新である。 そして、平成27年会則では、会の名称、本部、目的及び事業(第1条?第4条)、理事会及び決議事項(第16条?第18条)、役員会及び決議事項(第21条、第22条)、会計(第24条、第25条)、入会、除名、退会(第5条?第7条、第9条?第11条)、段位・称号の付与について定めている。 (エ)技の伝達方法 技の伝達については、流祖である森永氏が執筆した教本に基づき本会の上級者や支部長・道場長等により技の伝承が行われてきた。また、森永氏から教えを教わった時期によって、技が微妙に異なり、支部によって技が微妙に違っていたことから、第3代会長の理事会の頃から、戸山流としての技の統一を図るべく、理事会や指導者への講習会において会の意見を統一することが目指され(甲3)、森永氏の亡き後、本会では、理事会を始め、全員で技を研究し、技の統一が目指された。 (オ)「師範」の称号について 本会会則に当初より今日まで「師範」は定めていない。 守岡氏及び請求人への師範は、本会から付与したものではなく、誰に指名権や資格のはく奪の権限があるかも本会会則上の根拠はない。また、形式的、技術的なサポート役との位置づけでの単なる称呼の称号にすぎず、伝位制における「師範」という称号と異なり何ら会での権限はない。 したがって、被請求人が本件商標を出願するのに正当な地位を有するには当たらない。 ウ 引用商標について (ア)引用商標のいわれ 引用商標1は、「戸山流」の文字を中央に配し、日本の伝統である桜と菊及び居合の刀をモチーフにした家紋のような図形(以下「戸山流マーク」という。)と「士魂」及び「戸山流居合道会」の各文字を結合させてなり、引用商標2は、戸山流マークを表した商標である。 戸山流マークは、本会の初代会長森永氏の当時、桜と菊の紋章をデザインしたものを会のマークとしたことに始まり、その後は、平成3年3月24日の理事会の決定で、会の名称を「戸山流居合道会」と変更することとなり、戸山流マークも現在のデザインとなった。以後、戸山流マークは、本会のシンボルマークとして、ホームページ、会報、会則、錬成大会、指導者講習会、称号昇段審査会、奉納演武等での流旗に表示されてきた(甲3、甲13、甲14)。「士魂」の文字は、本会の標語を表し、会報や会則、錬成大会での賞の名称に平成5年から使用され(甲3)、現在も、会員の道着や各支部・道場・本会のホームページなどで使用されている(甲13、甲14)。 (イ)引用商標の商標登録までの経緯 戸山流居合道には、本会以外にも様々な流派があり、流派ごとに「戸山流居合」の文字を含んだ名称を使用し、また、一部の流派の名称は商標登録されている。そこで、本会においても、本会の名称を将来にわたって自由に使えるように、会名の商標登録について平成17年11月6日の理事会において検討がされ、戸山流マークを表した引用商標2、並びに「戸山流居合道会」の文字、標語「士魂」及び戸山流マークを結合させた引用商標1を商標登録する方針が決められた(甲3)。その後、当時の理事長であった井上東洋男氏(以下「井上氏」という。)、名誉顧問であった森永宏氏並びに副会長であった守岡氏、事務局長であった本久明氏(以下「本久氏」という。)の4名の共同名義にて平成17年12月26日に商標登録出願を行い、同18年10月20日に登録となった。 なお、当該商標権は2件とも、共有者の守岡氏及び本久氏からの協力が得られず更新申請が叶わなかったために平成28年10月20日に存続期間満了により権利が消滅している。 エ 「戸山流居合道会」の名称及び引用商標の使用について 「戸山流居合道会」の名称及び引用商標は、会報、道着、講習会、錬成大会、昇段審査、ホームページ等の活動で使用され、また、地元の新聞でも報道されてきた(甲3、甲5?甲11、甲13、甲14、甲16、甲17、甲19)。 (2)今瀬氏及び守岡氏から請求人への「絶縁」、守岡氏から井上氏への「破門」言い渡し、及び本会から今瀬氏等の除名処分について 守岡氏及び本久氏は、被請求人の設立認証の申請前に、本会の理事会によって除名処分を受けている。その経緯は以下のとおりである。 ア 今瀬氏から請求人への絶縁状 今瀬氏は、平成26年2月18日付けで、絶縁状を請求人に送り、また、師範証書を発行者に返すことを求め(甲18)、請求人は今瀬氏へ師範証書を返上した。 イ 本会の理事会での第7代会長の再任 平成26年3月16日の本会の理事会の決議において、請求人が次期会長に再任された(甲20)。 ウ 守岡氏から請求人への絶縁言い渡し 請求人の再任に反対であった守岡氏は、上記イの理事会において、請求人に対して絶縁、井上氏に対して破門を言い渡した(甲21)。 エ 今瀬氏、守岡氏等4名宛の会員一時停止決定通知 守岡氏の「請求人非難」に対して、行動を共にできないと判断した理事達からの提案により、今瀬氏、守岡氏、本久氏及び今瀬道春氏(以下「今瀬M氏」という。)の4名を理事会において除名し、役員会の決定事項(会員権の一時停止)を平成26年9月1日付け内容証明郵便で通知した(甲22?甲25)。 オ 本会の役員会から前記4名への除名処分通知 本会は、平成26年9月15日に理事会において、4名の除名処分を決定し、平成26年9月16日内容証明郵便で4名にこれを通達した(甲26?甲29)。 カ 守岡氏の個人代理人弁護士と思われる者から本会のほぼ全会員へ送付された文書 上記の処分決定通知について、守岡氏は、個人代理人弁護士を通じて、本会の役員会に対してではなく、本会のほぼ全ての会員へ「戸山流居合道会の異常事態に対する法的考察」(甲30)という「戸山流の弟子筋の者が師である師範の会員権を停止したり、除名したりするということは、『戸山流居合道』を通じて人間形成をしようとしている本会の目的に反しています。会のルールとして法的にはあり得ないことです。(中略)当職としては、正常化に向けた必要な法的措置をとる所存です。」という内容の文書を送付している。除名処分は、理事会から守岡氏への処分であるにもかかわらず、理事会ではなく、各会員へ上記のような文書を送付する守岡氏の行為は、本会の「居合道の教授」の事業を妨害する行為に他ならない。 なお、当初より被請求人と行動を共にした者を除き、新たに被請求人に移籍あるいは本会を退会した者は皆無であった。 (3)被請求人について ア 「特定非営利活動法人戸山流居合道会本部」設立について 被請求人は、文化遺産たる戸山流居合道を真摯に学び、不断の鍛錬により、人間性を向上させ、社会に貢献できる人材を育成すると同時に、戸山流居合道の普及・発展に関する事業を行うこと等を目的として、代表者を守岡氏とし、守岡氏等が除名前の本会在籍中にもかかわらず、平成26年8月20日に、理事会に一切諮らず非営利活動法人の申請を行ったが(甲32、甲33)、要件不備で設立認可されず、同年12月19日に再度法人認証の申請を行い(甲34、甲35)、同27年5月25日に特定非営利活動法人戸山流居合道会本部の設立について認証され(甲36)、同日、法人成立した(甲37)。 設立当初の役員は、内容証明による除名者である会長守岡氏及び副会長本久氏並びに理事2名及び監事1名である。 イ 被請求人から本会へ提起した物品返還等請求訴訟について 被請求人は、本会が、森永氏を流祖とする戸山流としての正統性がなく、権利能力なき社団である本会が法人化したものが被請求人であるから、本会からその所有する動産等が承継されなければならないと主張し、本会及び本会の会長である請求人らを被告として、所有権に基づく動産等の引き渡しを求める訴えを平成27年11月5日京都地方裁判所に起こした(甲38)。訴訟の対象物件には、本会の登録4996218号商標及び登録4996219号商標(これら2件は、更新手続がされずその権利が消滅している。以下、これらをまとめて「消滅引用商標」という場合がある。)に係る商標権2件も含まれていた(のちに、当該商標権2件の請求については訴えを取り下げた。)。 しかし、裁判所は、権利能力なき社団である本会の最高決議機関とされる理事会において、被請求人を設立する旨の決議がなされた形跡がないこと、被請求人の設立後、本会もまた居合道の鍛錬に係る活動をしており、平成26年度の本会の役員14名のうち、被請求人の設立後に被請求人の役員として活躍しているのが被請求人代表者のみである一方、上記14名のうち11名は被請求人設立後の本会の役員に名を連ねていることから、本会を被請求人に承継させることについて、理事会決議に代わる決定があったものと認められないことから、被請求人が本会から本会の財産を承継取得したと認めることはできないと判断し、被請求人の請求を棄却した(甲39)。 更に、この控訴審の判決(甲40)においても、原審の判決を維持し、被請求人が本会の同一性を保ったまま法人化したものといえないと判示している。 なお、被請求人が師範制度を有し、師範号を有する者が被請求人に所属していることから、被請求人こそが本会の正当な承継者であるとの主張について、控訴審裁判所は、「被請求人が本会と同一性を保ったまま法人化したものということはできないことは、上記説示のとおりであり、戸山流居合道会の技芸の正当な後継者が誰であるかということは、上記判断を直ちに左右するものではない。被請求人の上記主張は採用できない。」と判示し、控訴審裁判所は、「被請求人が本会と実質的同一性を有することを前提に、これを根拠として、本件動産及び本件預貯金を本会から承継したと認める余地はない」と結論づけ、被請求人の控訴を棄却した。 以上の点から、本件商標についても、本会が創作し、本会が「居合道の教授」について長年使用した商標であり、本会がその総意によって、商標登録していた商標である。 したがって、本件商標についての権利は、本会のみに帰属するから、本会とは無関係に、別個に組織化された被請求人は、本件商標に関する正当な権利を有していないというべきである。 ウ 本件商標等の商標登録出願について 被請求人は、本会の承諾なく、引用商標とそれぞれ同一構成の本件商標及び別件商標(商願2016-11129号(登録第6137087号商標)、以下「別件商標」という。)の2件を平成28年2月2日付けで商標登録出願した。 なお、当該商標出願2件と同時に被請求人が特許庁に提出した上申書では、本会が4名の個人名で登録出願した登録4996218号商標(引用商標1と同一の商標)及び登録4996219号商標(引用商標2と同一の商標)に関し、本会の法人化がされておらず、本会の理事ら個人名(4名)で登録を取得したが、昨年5月に法人登記が完了したので、今回更新登録申請に代えて法人名で新規出願を行った旨述べている(甲41)。 しかし、被請求人は、権利能力なき社団である本会が法人登記された者ではないから、上記の陳述は事実に反する。 また、登録名義人の1人である森永宏氏が逝去し、相続手続きと移転登録手続きが非常に煩雑であることを考慮し、上記2件の登録商標は更新登録申請を行わない等と述べている(甲41)が、その内容は、共有者も、上記逝去した者の相続人も知らず、本会では全く承知していない主張であって、真実ではない。 以上のとおり、被請求人は、同人が権利能力なき社団たる本会と法律的に同一であると虚偽の根拠に基づき、本件商標を出願する正当な地位を有すると主張していたものであり、そもそも、被請求人は、本件商標を出願する正当な地位など有さない。 エ 被請求人の活動、戸山流マーク等の無断使用について 被請求人は、本会と同じく、「戸山流居合道」の錬成等を目的とした事業を行っている。 また、被請求人のホームページには、「森永清師を流祖とする戸山流居合道会は、平成27年5月特定非営利活動法人として『戸山流居合道会』に改称しました。」とあり、「申請に至るまでの経緯」によると「戸山流居合道会本部は、昭和51年の『戸山流居合道振興会』創設(平成3年名称変更)以来、一貫して戸山流居合道の研鑚を通じて(中略)過去には、任意団体として活動していた本会が(中略)平成10年に特定非営利活動促進法が施行されたことにより、法人格取得の道が改めて開かれました。戸山流居合道会本部が特定非営利活動法人として法人格を取得し(中略)特定非営利活動法人戸山流居合道会本部を設立することとしたものです。(平成26年12月13日)」と本件商標の登録出願当時から記載し、現在もかかる記載は継続している(甲42)。 しかしながら、本会の最高決議機関である理事会では特定非営利活動法人化することについて決定したこともなく、また、本会は「戸山流居合道会本部」に改称もしていない。 被請求人は、本件商標の登録出願当時から、そのホームページにおいて、本会に無断で、本会のシンボルマークである戸山流マーク(引用商標2と同一の商標)、及び本会の長年のスローガンである「士魂」の文字を使用しており、現在もその使用を継続している(甲42)。 3 本件商標の無効理由 (1)商標法第4条第1項第10号について ア 引用商標の周知性について 本会は、森永氏を流祖として、戸山流居合道の普及振興を目的に昭和51年頃に組織化されたのを始まりとし、会の活動においては、現在、京都府、岐阜県、大阪府、三重県、愛知県及びアメリカ等各地の支部・道場に約100名の会員を有し、居合道の鍛錬を行い、会の運営においては、遅くとも平成2年の会則施行当時から、理事会及び役員会が運営・財産の管理をしている。 よって、本会は、権利能力なき社団としての実体を備えているというべきである。 本会は、平成3年から「戸山流居合道会」の名称を使用しており、遅くとも平成3年頃から、引用商標を会報、会則、錬成大会、指導者講習会、称号昇段試験、各種イベント活動、奉納演武での流旗などに使用している。 また、本会は、本会の総意によって、引用商標を本会での自由な使用と自己防衛のため、商標登録を行っていた。 したがって、引用商標は、本件商標の登録出願時までには、本会の「居合道の教授」に係る役務を表示するものとして、取引者、需要者の間で広く知られていたというべきである。 イ 本件商標と引用商標との類似性について 本件商標は、引用商標1と同一の商標である。また、本件商標は、戸山流マークを表した引用商標2をそっくりそのまま含んでなるから、引用商標2に類似する商標である。 そして、本件商標の指定役務は、引用商標が長年使用された「居合道の教授」を包含した役務である。 ウ 本会と被請求人の関係 被請求人は、本会の理事会の決定により平成26年9月16日付けで除名処分を受けて、本会を退会した守岡氏が、同年12月19日に法人申請し、同27年5月27日に設立された特定非営利活動法人である。本会が法人化した承継団体というわけではなく、本会とは法律上の同一性もない「他人」(商標法第4条第1項第10号)に該当する。 また、被請求人が本件商標を登録出願する正当な地位を有すると認める事情もない。 エ まとめ よって、本件商標は、需要者の間で広く認識された他人の商標と同一又は類似の商標を同一の役務又は類似の役務について使用するものであり、かつ、被請求人は本件商標を登録出願することにおいて正当な地位を有していないのであるから、本件商標は、商標法第4条第1項第10号に該当する。 (2)商標法第4条第1項第7号について ア 本件商標の出願の意図について 被請求人は、法人成立(平成27年5月27日)直後の平成27年11月5日に、本会及び請求人に対して、本会からの承継取得を原因とした物品返還等請求訴訟(甲38)を提起し、その訴訟対象には当初、本会の所有する登録商標(消滅引用商標)も含まれていた。しかしながら、裁判所の訴訟指揮に従い当該訴え部分を取り下げ、その後、被請求人は、被請求人が権利能力なき社団たる本会の法人化した団体である等の虚偽の事実を陳述し(甲41)、同28年2月2日に本会の所有する各登録商標と同一構成の本件商標及び別件商標を本会に無断で登録出願した。 また、守岡氏は、本会が平成17年12月26日に4名の共同名義で引用商標を登録出願した当時の商標権(消滅引用商標)の共同名義人の一人であって、かつ、当該商標登録当時(平成18年10月20日)、本会の第6代会長を務めていた。 したがって、守岡氏は、引用商標が本会の事業の継続にとって大切な商標であること、会則に明示される「戸山流」の文字を含む本件商標の退会者による使用は本会の会則に反する使用であること(会則11条)、引用商標に係る消滅引用商標の更新登録に守岡氏が協力せず、被請求人が本件商標を登録すれば、引用商標の商標登録の権利が消滅し、かつ、本会によるその再登録も困難となることを熟知していたことは明らかである。 しかしながら、本件商標の登録出願時の上申書では、引用商標に係る消滅引用商標の更新申請に関し「相続人が多数おり、相続手続と移転登録手続とが非常に煩雑になることを考慮して、これを取り止めて新規出願を行いました。」と、あたかも、本件商標の新規出願が、本会の本懐であるかのように虚偽の事実を陳述し、さらに、引用商標2に類似する本件商標を「居合道の教授」等について使用し、ホームページ等において、被請求人は本会が法人化したものであるかのように記載している。 なお、当該ホームページを見る限り、被請求人は本件商標を使用していない。 加えて、被請求人の設立(平成27年5月27日)以前、守岡氏は、本会による平成26年9月16日付け除名処分決定(甲27)について、請求人による不当な処分であったので、冷静に対処するようにといった内容を法的文書として守岡氏の個人弁護士と思われる者を通じて本会のほぼ全会員及び無関係の剣道指導者等に向け郵送した(甲30、甲31)。 かかる被請求人から本会への物品返還請求訴訟の提起や本件商標の登録出願時の特許庁への虚偽の陳述、本件商標の使用態様、及び守岡氏が本会の会員宛てに「戸山流居合道会の異常事態」などという文書を送付した各種の本会への事業妨害行為から、本件商標は、被請求人が本会の事業活動を妨害する不正の目的で出願したことは明らかである。 イ まとめ よって、本件商標は、その登録出願の経緯に社会的妥当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する公の秩序に反するものとして到底容認し得ないというべきである(知的財産高等裁判所平成17年(行ケ)第10349号)。 したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第7号に該当する。 (3)商標法第4条第1項第8号について ア 本会の社団性と「戸山流居合道会」の名称について 本会は、遅くとも平成3年頃から「戸山流居合道会」の名称において「居合道の教授」を行い、権利能力なき社団としての実体を備えていたというべきである。 したがって、本会の「戸山流居合道会」の名称は、「他人の名称」(商標法第4条第1項第8号)に該当する。 イ まとめ よって、本件商標は、他人の名称である、「戸山流居合道会」を合む商標であり、本会の承諾なく出願及び登録されたものであるから、商標法第4条第1項第8号に該当する。 4 本件商標の審査において提出された平成29年4月18日付意見書での被請求人の主張について (1)平成29年3月10日付けの、本件商標は、「居合道の教授」の役務について周知な引用商標と同一又は類似であり、これと同一又は類似の役務について使用するものであるから、商標法第4条第1項第10号に該当するとの拒絶理由通知書には、「出願人が上記団体との関係において、本願商標を登録出願することにおいて正当な地位があることを明らかにしたときはこの限りではありません。」との記載があった。 (2)これに対し、被請求人は、平成29年4月18日付け意見書において、種々の資料を添付し「本願出願人、特定非営利活動法人戸山流居合道会本部は、審査官殿がご指摘の『戸山流居合道会』の正当な継承団体であるため、商標法第4条第1項第10号の規定には該当しない。」と主張し、その根拠として、請求人は恩師である今瀬氏から絶縁されたので、絶縁された請求人を会長とする本会は正当な継承団体とはいえないこと、及び被請求人は、正当な継承団体として法人格を取得したことなどの10点を挙げている。 しかしながら、個人的な絶縁状一通を根拠に被請求人が元々の戸山流居合道会の正当な継承団体であるという主張は意味不明であり、また、被請求人の法人設立後の本会の会員数は100名前後を維持しており、本会の会員の減少といった事情も見られず、客観的にも被請求人が技の正統な継承団体とは考えられないことなどから、被請求人の主張はいずれも理由はなく採用し得ないものである。 (3)まとめ 以上のとおり、被請求人の「元々の戸山会」(平成25年までは一つの団体であった「戸山流居合道会」を意味する。)の正統な継承者であるから、本件商標の出願について正当な地位がある、との主張はいずれも理由がなく採用し得ないというべきである。 第4 被請求人の主張 被請求人は、結論同旨の審決を求め、要旨次のように述べ、証拠方法として、乙第1号証ないし乙第59号証(枝番号を含む。)を提出した。 1 事実関係について (1)役務「居合道の教授」の需要者 居合道と剣道は表裏一体の関係にあり、全日本剣道連盟は、全日本剣道連盟居合を制定している(乙1)。全日本剣道連盟によれば、日本における剣道人口は2014年末で約177万人である(乙2)。役務「居合道の教授」の需要者には剣道家も含まれ、本件商標の出願時(平成28年2月2日)において、全日本剣道連盟所属の剣道家だけをみても需要者数は約177万人であると推察される。 (2)引用商標等の使用状況 ア ホームページにおける使用 インターネットアーカイブ(Wayback Machine)に記録されている情報によれば、「京田辺本部」のホームページに引用商標の使用が開始されたのは、平成19年(2007年)10月頃から(乙3)、「津支部」は同25年(2013年)7月頃から(乙5)、「京都支部」は同28年(2016年)1月頃から(乙6)及び「岐阜支部」は同23年(2011年)8月頃から(乙7)である。また、「誠和会」のホームページおいて引用商標の使用は確認できず(甲14-1)、「日州古屋東海鍛錬道場」及び「浪速支部」のホームページにおいて、本件商標の出願時における使用は確認できない(甲14-2、甲14-3)。 イ 会報における使用 昭和61年12月付け会報1号から平成24年7月31日付け会報67号において、引用商標は使用されていない(甲3、甲4)。 なお、平成22年7月頃に発行された会報の発行部数は、配布対象会員数103名に対して、170部程度であり(乙8)、余分に発行されている会報は、錬成大会における来賓等、配布可能性がある関係者用であって、他年月号の会報の発行部数も会員数に加えて、約60ないし70部余分に印刷した程度である。 ウ 会則における使用 引用商標の使用が確認できるのは、平成25年(2013年)9月8日改正版の会則からである(甲16)。また、そもそも会則は広告機能をもって公開されるものではなく、対外的に公開されている事実は確認できない。 エ 会員名簿における使用 平成25年(1993年)度の会員名簿における引用商標の使用を確認できるが、会員名簿は広告機能をもって公開されるものではない。 オ 錬成大会等における使用 錬成大会、指導者講習会、称号昇段審査会及び試斬り講習会は、いずれも会内部の活動であり、一般需要者の姿は確認できない(乙9?乙12)。 カ 奉納演武等における使用 月読神社における奉納演武で引用商標1が使用されているが、写真で確認できる一般見物人は十数名程度である。その他、伊勢神宮における神宮武芸奉納会、石清水八幡宮桜祭り武道大会、関刃物祭りが行われているが、引用商標を確認できず、その使用は限定的である(乙13)。 キ 新聞記事 請求人が主張する産経新聞、京都新聞、洛南タイムス、中日新聞及び岐阜新聞の記事には、いずれも、引用商標は表示されておらず、「戸山流居合道会」の文字も上記新聞の一部に記載があるのみである(甲3)。 ク 「士魂」の文字の使用 「士魂賞」の文字が会報(平成5年8月付け会報11号)に記載されているが(甲3)、「士魂」の文字は記載されていない。また、昭和61年12月付け会報1号から平成24年7月31日付け会報67号においては「士魂」の文字は使用されていない。ホームページにおける使用は上記アと同じである。道着については、「士魂」の文字を道着に付している支部はほとんどなく(甲13、甲14)、いつ頃から道着に引用商標が使用されているのかも不明である。 ケ 会員への周知 会報43号(甲3)には、戸山流マークのいわれが説明され、「戸山流の伝統を守るシンボルと思っていただいたらいいと思います。」と説明されているのみで、引用商標への周知を図る積極的な活動は見受けられない。 コ 以上の事実より、引用商標は役務「居合道の教授」を表示するものとして需要者の間に広く知られていたとはいえない。 (3)名称「戸山流居合道会」の使用状況と知名度 ア 名称「戸山流居合道会」の使用状況及び報道 「戸山流居合道会」の文字の使用状況は、前記(2)のアないしカと同様であり、当該文字が継続的に広告として表示されているのはホームページ程度である。 また、会員向け以外に配布される可能性がある会報の部数は60ないし70部程度であり、会則、会員名簿は対外的に公開されるものではなく、錬成大会、指導者講習会、称号昇段審査会、試斬講習会は会内部の行事であり、奉納演武等の行事は年数回であることから、「戸山流居合道会」の広告的使用は限定的である。 さらに、「戸山流居合道会」の報道記事についても、前記(2)キのとおり、「戸山流居合道会」の記載がある記事はわずかである。 イ 名称「戸山流居合道会」の使用者 「戸山流居合道会」の使用者は、請求人のみではなく、異なる団体のホームページに「戸山流居合道会」の表示がある(乙14、乙15)。 ウ 検索サイトGoogleの検索結果 (ア)検索ワード「剣道」又は「居合道」で検索したときのヒット件数は約4100万件、検索ワード「居合道」で検索したときのヒット件数は約203万件、検索ワード「戸山流居合道」で検索したときのヒット件数は約57,500件、検索ワード「戸山流居合道会」で検索したときのヒット件数は約2,400件である(乙16)。 (イ)「剣道」又は「居合道」の記載があるウェブページのうち、「戸山流居合道会」の文字を含むウェブページは、わずか0.005%であり、「居合道」の記載があるウェブページとの比較でみても、「戸山流居合道会」の文字を含むウェブページはわずか0.118%、さらに「戸山流居合道」の記載があるウェブページとの比較に限定してみても、「戸山流居合道会」の文字を含むウェブページはわずか4.17%である。 エ ウィキペディアにおける「居合道」の説明記事 居合道専門団体として、「全日本居合道連盟(全居連)、一般財団法人全日本剣道連盟居合道部(全剣連「居合道」)、特定非営利活動法人全国居合道連盟(全国居)、大日本居合道連盟(大居連)、特定非営利活動法人日本居合道連盟(日居連)、戸山流居合道連盟」が挙げられているが、「戸山流居合道会」の紹介は見当たらない(乙17)。 オ 以上の事実より、「戸山流居合道会」の名称が周知及び著名であるとはいえない。 (4)「特定非営利活動法人戸山流居合道会本部」設立の正当性 平成26年7月12日にNPO法人の設立準備会である「特定非営利活動法人戸山流居合道会本部の設立準備会」が開会された(乙18)。 その議事録の内容によれば、「特定非営利活動法人戸山流居合道会本部」の設立申請は、京田辺本部、つまり請求人がいうところの支部「京田辺本部」を法人化するために行われたものであり、解散時の資産移管管理先を「戸山流居合道会」としていることや、設立時の資産は京田辺本部保有分にすると考えていることからしても、請求人が会長を務める「戸山流居合道会」を乗っ取るような悪意がなかったといえる。偶然にもNPO法人の申請時期が、除名処分前後に重なったにすぎず、除名処分を受け、結果として、現在「特定非営利活動法人戸山流居合道会本部」として活動している。 (5)本件商標等の商標登録出願の正当性 被請求人は、引用商標に係る商標権(消滅引用商標)の取り扱いが分からず、当該引用商標の商標登録出願を担当した戸山流居合道会の弁理士に、2015年1月9日相談に行き、(a)故森永宏氏の継承登録は煩雑なので、平成28年10月20日期限満了の後、再申請するのが得策である。(b)再申請を行うとして、そのタイミングは期間満了時の3?5か月前がよかろう、とのアドバイスを受け(乙19?乙21)、また、特許庁にも相談し、商標登録出願可能とアドバイスされている。 また、故森永宏氏の相続人の一人である妻に商標登録の継承について相談しているが、継承手続が煩雑であることを理由に手続の協力を断られている。 一方、請求人等は、今瀬氏等の除名後、「商標登録について(権利者のうちの一名の逝去等に伴う変更)」に関して検討しており、「費用と手間を考慮し、現在のままで期限まで行く事とする(平成18年10月20日より10年間)。」と判断している(乙22)。 以上の事実に照らせば、本件商標の出願について、請求人が主張するような悪意や、請求人及び戸山流居合道会の事業活動を攻撃したり、不正の利益を得る目的が被請求人になかったことは明らかである。 (6)「戸山流居合道会」の分裂 ア 分裂の概要 被請求人は、説明の便宜のため、被請求人の主張における用語を定義し、イ以下で主張したい事実関係を概説すると述べていることから、被請求人の主張においては、被請求人が定義する用語で記載することとする。 (ア)用語 a 分裂:今瀬氏等と請求人等の不和発生(平成25年頃)から、今瀬氏及び守岡氏から請求人への「絶縁」(平成26年2月18日)、守岡氏から井上氏への「破門」言渡し(平成26年3月16日)、今瀬氏、守岡氏等の除名処分(平成26年9月15日)、守岡氏等による特定非営利活動法人戸山流居合道会本部の申請・設立(平成27年5月25日)までにわたる一連の出来事をいう。 b 分裂前戸山流:上記分裂が起きる前の「戸山流居合道会」をいう。 c 林派戸山流:上記分裂後の請求人が代表を務める「戸山流居合道会」をいう。 d NPO戸山流:被請求人(特定非営利活動法人戸山流居合道会本部)をいう。 (イ)概要 NPO戸山流は、分裂前戸山流分裂の際、戸山流居合道会本部(京田辺本部)を承継して法人化したものである。京田辺本部は分裂前戸山流の中核的存在であり、京田辺本部の分離によって分裂前戸山流の実態は変容した。団体という器としてみれば、分裂前戸山流と、林派戸山流とは同じようにみえるものの、役務「居合道の教授」の出所、役務の質という観点からみれば、分裂前戸山流と、分裂後戸山流とは同一とはいえず、引用商標に化体した信用は林派戸山流に承継されていない。引用商標の表示主体ないし権利者としての地位が、NPO戸山流にあることを根拠付ける事実を以下に説明する。 イ 師範の存在について 会則に規定がなく、段級位制を採用している建前であったとしても、不文律として「中心となるべき人」、すなわち「師範」が実体的に存在しているといえる。会則はあくまで会を運営するための規則であり、明文化されてない慣習、風習、その他の不文律が存在していても何ら不思議ではなく、矛盾するものでもない。 具体的な指導の実態をみても、師範による指導的立場は、他の有段者とは異なる。また、師範の称号は、段位とは異なり、世代ごとに1人ないし2人指名されており、戸山流居合道会の指導を行う「中心となるべき人」に授与され、師範は森永氏を流祖とする戸山流居合道会の形を正しく後世に残す責務を負った存在といえる。 なお、今瀬氏から請求人への師範号の授与は、理事会で承認されていること、分裂前戸山流の印が押されていることからして、個人的なものではなく、分裂前戸山流による授与であることも明白である。 ウ 絶縁について 請求人が主張している「執拗な個人攻撃」及び「林会長追い落としの工作」というのは、戸山流居合道の形を守るために行っていた今瀬氏等から請求人への働きかけのことであったと理解できる。また、絶縁状の記述「師の行為を聞き入れず」及び「いたずらに権力と名誉を追い求めるのみ」は、上記働きかけに対する請求人の反発行為であったと理解できる。さらに、請求人の形の変化以外に、今瀬氏に絶縁を決断させる具体的な事情が見いだせず、かかる絶縁は、役務「居合道の教授」の質の問題に関わるものであり、師範の権限の有無は問題ではない。 エ 除名処分について 上記絶縁に対して、今瀬氏ほか4名に対する会員権一時停止が通達され、同4名を除名処分とする処分決定の通知があったことは事実であるが、絶縁の理由、現会長への働きかけは、「役員決定通知」に記載の内容が真実とはいえない。 除名処分は、会則に従った決定ではあるが、団体が秩序を維持するために行使できる裁量権(除名処分権)の大きさと、除名処分により今瀬氏等が受ける不利益の大きさとのバランス、手続の衡平を考えると、請求人の形の問題を全く検討することなく、不確かな理由により、一方的・偏見に満ちた絶縁状と断じて、弁明の機会を与えること無く除名処分とする行為は、社会通念上著しく妥当性に欠けるものであり、権利の濫用というほかない。この除名処分は、分裂前戸山流の形を守ろうとする師範・元会長等の中核人物(今瀬氏ほか3名)等を会から追放し、分裂前戸山流をさんだつする行為に他ならない。この除名処分により、戸山流居合道の形を守ろうとするNPO戸山流と、形の変更をよしとする林派戸山流との分裂が確定的なものとなった。 オ 分裂前戸山流とNPO戸山流の同一性 分裂前戸山流において要職を歴任した今瀬氏(第4代会長)、守岡氏(第6代会長)等は、NPO戸山流においても、会長、副会長及び顧問として在籍し(乙42?乙44)、分裂前戸山流の中核であった京田辺本部及び関支部は、NPO戸山流及びその支部として活動しており(乙44-6)、分裂前戸山流に所属していた日本人会員118名のうち、高段者を含む30名がNPO戸山流に移籍し、分裂前戸山流で行われていた活動をNPO戸山流が引き続き行っている(乙50)など、組織(京田辺本部、関支部)、人的資源(師範、役員)、居合の形、活動内容、本部の所在地(京田辺市)等の観点から見て、分裂前戸山流とNPO戸山流は同一性を有している。 カ 分裂前戸山流の中核 京田辺本部は戸山流居合道会本部と呼ばれていたこと(乙3-1)、同本部は会員数が最大であり(甲5)、居合道の稽古も行われていること(乙3-3)、京田辺本部の守岡氏、関支部の今瀬氏が戸山流居合道の形の統一に貢献したこと、錬成大会はほとんどが京田辺市内で行われており、昭和56年より戸山流居合道会本部(京田辺本部)が主催して行っていること(乙57、乙3-3)、分裂前戸山流の会報は、平成3年(1991年)5月から平成26年頃まで、戸山流居合道会本部(京田辺本部)が発行していること(乙58)及び一般にも「京都府に本部がある戸山流居合道」と認識されていること(甲3)などから、京田辺本部は分裂前戸山流の中枢であった。 キ 分裂前戸山流と林派戸山流の非同一性 林派戸山流は、会の分裂によって、分裂前戸山流の中枢であった京田辺本部及び関支部を失うと共に、戸山流居合道の形の統一・指導者講習を担っていた師範及び歴代会長を失い、また、請求人は今瀬氏から師範号を剥奪されていることなどから、組織、人的資源、居合の形、活動内容、本部の所在地等の観点からみて、分裂前戸山流と林派戸山流は同一性を失っている。 ク 小括 以上のとおり、NPO戸山流は、組織(京田辺本部、関支部)、人的資源(師範、役員)、居合の形、活動内容、本部の住所(京田辺市)等の観点からみて、引用商標の使用主体及び役務「居合道の教授」の出所としての同一性を有する。また、NPO戸山流の前身である京田辺本部は、引用商標の信用蓄積に大きな貢献があった。 一方、林派戸山流は、京田辺本部及び師範を失っており、その実態は会の分裂により分裂前戸山流から変容し、また、元師範であった請求人の居合道の形に変化がみられ、林派戸山流が提供する役務の質も変化している。 2 商標法第4条第1項第10号に基づく無効理由について (1)商標法第4条第1項第10号の趣旨 商標法第4条第1項第10号の趣旨(平成28年(行ケ)第10245号)からすれば、その適用は、「需要者の間に広く認識されている」商標を対象にするものであるから、需要者の認識を基準にして判断されるべきものである。 また、商標法第4条第1項第10号の「他人」は出願人以外の者を意味すると解されるが、その適用に当たっては、上記規定の趣旨を踏まえ、商標登録出願をする正当な地位を有するか否かを考慮すべきである。 (2)非周知性 ア 出所混同防止の趣旨からすると、商標法第4条第1項第10号の需要者の範囲は、戸山流居合道会の会員だけでなく、その潜在的な需要者及び取引者も含まれると解すべきであるところ、引用商標に係る役務には、剣道家も含まれ、全日本剣道連盟所属の剣道家だけをみてもその人口は約177万人、その他、全日本居合道連盟(全居連)、特定非営利活動法人全国居合道連盟(全国居)、大日本居合道連盟(大居連)、特定非営利活動法人日本居合道連盟(日居連)、戸山流居合道連盟等に所属する居合道家、剣道又は居合道に興味がある潜在的な需要者、居合道に関連する商品を販売したり、体育館の貸し出しを行ったりする取引者を含めると、「需要者」の数は、より大きなものとなる。 イ 引用商標が継続的に広告として表示されているのはホームページ程度である。 請求人は、遅くとも平成3年頃から、引用商標を、会報、会則、錬成大会、指導者講習会、称号昇段試験、各種イベント活動、奉納演武での流旗等に使用している、と主張するが、会員向け以外に配布される可能性がある会報の部数は60ないし70部程度であり、会則、会員名簿は対外的に公開されるものではなく、錬成大会、指導者講習会、称号昇段審査会、試斬講習会は会内部の行事であり、奉納演武等の行事は年数回であることから、引用商標の広告的使用は限定的である。 また、ホームページについても、平成3年頃からの使用は確認できず、分裂前戸山流「京田辺本部」のホームページにおける引用商標の使用は平成19年10月頃からであり、「誠和会」、「日州古屋東海鍛錬道場」、「浪速支部」のホームページでは引用商標は使用されていない。さらに、「津支部」、「京都支部」及び「岐阜支部」のホームページにおける引用商標の使用は、それぞれ平成25年(2013年)7月頃、平成28年(2016年)1月頃、平成23年(2011年)8月頃であり、本件商標の出願日前、わずか2年7か月、1か月、4年6か月である。 以上の事実だけを踏まえても、引用商標が特定人の役務「居合道の教授」を表示するものとして上記需要者の間に広く知られていたとはいえない。 ウ 分裂前戸山流の分裂によって、林派戸山流は、分裂前戸山流の中核であった京田辺本部及び関支部、並びに師範及び歴代会長を失い、請求人の居合道の形は「森永清氏を流祖とする戸山流居合道」の形から変容し、その結果、請求人は今瀬氏から師範号を剥奪されるなど、林派戸山流の実体は、分裂前戸山流から大きく変容している。また、林派戸山流は、その所在地が京田辺市から岐阜県の会長宅に変更され、月読神社(京田辺市)における奉納演武を行っていない等の変化があり、需要者も、林派戸山流の実体が分裂前戸山流から変化したと認識し得る。 このため、引用商標が一定の信用を蓄積していたとしても、当該引用商標は、分裂前戸山流を表示するものであって、林派戸山流を表示するものとはいえない。分裂後(平成27年5月25日)、本件商標の出願日(平成28年2月2日)までわずか10か月程度であり、その間に、引用商標が林派戸山流を表示するものとして周知となったという事実はない。 エ したがって、本件商標の出願時において、引用商標は役務「居合道の教授」を表示するものとして需要者の間に広く知られていたとはいえない。 (3)商標登録出願の正当な地位 分裂前戸山流は、NPO戸山流と林派戸山流に分裂し、会の実体は大きく変容した。 被請求人(NPO戸山流)は、組織(京田辺本部、関支部)、人的資源(師範、役員)、居合の形、活動内容、本部の住所等の観点からみて、引用商標の使用主体並びに役務「居合道の教授」の出所としての同一性を有し、また、信用蓄積に大きく貢献したものであるため、引用商標に蓄積された商標の信用を正当に引き継ぐ者である。 よって、被請求人は、本件商標の商標登録出願をする正当な地位を有するものである。 なお、請求人は、平成29年(ネ)第2187号の判決文を引用し、被請求人に対して請求人が、商標法第4条第1項第10号の「他人」に該当する旨を主張するが、当該判決は、分裂前戸山流がNPO戸山流に同一性を保ったまま法人化されたものではない旨を判示したものであって、商標法第4条第1項第10号の「他人」該当性とは無関係である。 (4)結論 引用商標は、本件商標の出願時において「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標」に該当しない。 よって、本件商標は、商標法第4条第1項第10号に該当しない。 3 商標法第4条第1項第7号に基づく無効理由について (1)出願時の状況について ア 本件商標の出願について、請求人が主張するような悪意や、請求人及び林派戸山流の事業活動を攻撃したり、不正の利益を得る目的が被請求人になく、本件商標は、引用商標を安定的に使用するために出願したものである。 イ 請求人は、被請求人が権利能力なき社団たる戸山流居合道会の法人化した団体である等の虚偽の事実を陳述し、と非難するが、本件商標の出願当時、被請求人は、訴訟提起を行っていることから明らかなように(甲38)、自身が分裂前戸山流を法人化した団体としての地位を有すると信じており、自身の認識と異なる事実を敢えて主張したものではなく、虚偽の陳述には当たらない。 また、請求人は、本会に無断で商標登録出願したことを責めるが、商標法には特許法のような共同出願義務(特許法第38条)はなく、商標登録出願を行い得る地位を有するものが単独で出願することに違法性はない。 ウ 請求人自身、引用商標を大切なものと認識しているのであれば、今瀬氏等を除名処分にしたこと、NPO戸山流が設立されたこと、消滅引用商標の権利者の一人の逝去により商標権の承継手続が必要であった状況下、何らかの対応を行うべきであったことは明らかであり、請求人は、除名処分を行った平成26年9月15日から本件商標の出願日(平成28年2月2日)まで対応を放置しており、請求人自ら商標登録出願を行う等の対応を行わなかった責めを被請求人に帰すべき理由はない。 (2)物件返還等請求訴訟について 被請求人は、分裂前戸山流の正当な「承継者」である旨を主張して、請求人に物品返還等請求訴訟を提起したが、訴訟の提起それ自体は不正なものではなく、商標登録出願の悪意性と直接関係するものではなく、商標権に基づく不正の利益を目的とした訴訟提起ではない。 (3)出願経過について 請求人は、被請求人が本件商標の商標登録出願において虚偽の陳述を行った旨を主張するが、消滅引用商標の権利者の逝去に係る相続手続と移転登録手続が煩雑なことは事実であり、また、意見書において、請求人と被請求人とのトラブルの実情を説明しており、本件商標は、虚偽の事実に基づいて登録になったものではない。 (4)通知文書について 守岡氏等は、平成26年9月15日付け除名処分の決定について、その事情を説明した文書、弁護士の見解を示した文書等を林派戸山流の会員に郵送したことは事実であるが、これらの文書は、標題からも明らかなように、弁明の機会も無く除名処分された守岡氏等がトラブルの実情、守岡氏等の対応(NPO戸山流の設立等)を知ってもらうためのものであり、当該文書は請求人の事業妨害に当たらない。事実、請求人は分裂後戸山流を退会した者は皆無であると述べている。 (5)商標登録後の状況 被請求人は、引用商標を継続的に使用することを目的に商標登録出願を行ったにすぎないことは上記のとおりであり、商標権の設定登録が完了した後も、被請求人は、請求人に対して不当に金銭を要求したり、差止請求をしたり、戸山流居合道会の事業を妨害するようなことは行っていない。 (6)結論 以上のとおり、本件商標の出願には、商標登録の適格性に関する予測可能性及び法的安定性を損なってまで商標法第4条第1項第7号を適用し、当該商標登録を排除しなければならないような公益に反する問題はなく、本件商標が「その出願の経緯に著しく社会的相当性に欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして認めることができない」(平成14年(行ケ)第616号、平成19年(行ケ)第10391号)に該当する事情は存在しない。 よって、本件商標は、商標法第4条第1項第7号に該当しない。 4 商標法第4条第1項第8号に基づく無効理由について (1)請求人は権利能力なき社団であり、「戸山流居合道会」はその名称である。 判決例(平成10年(行ケ)第380号、平成12年(行ケ)第345号、平成14年(行ケ)第219号)の解釈によれば、本件商標がその名称「戸山流居合道会」を含むことを理由に、商標法第4条第1項第8号により商標登録を無効にするためには、名称「戸山流居合道会」が著名性を有することが必要と解される。 (2)そして、「戸山流居合道会」の広告的使用は限定的であること、「戸山流居合道」の記載があるウェブページ数に対する「戸山流居合道会」の文字を含むウェブページ数がわずか4.17%であること、及びウィキペディアにおける「居合道」の説明記事に居合道の団体として「戸山流居合道会」が含まれていないことを踏まえると、「戸山流居合道会」の名称が出願時及び登録時において著名であったとはいえない。 (3)「戸山流居合道会」の名称は、一流派の名称「戸山流居合道」に、人々が集まって作る団体組織を意味する「会」の文字を付したものであり、「戸山流居合道」の錬成を目的に人々が集まって作られた団体組織程度の意味しかなく、本来的に特定人を指す名称ではない。「戸山流居合道会」の名称を使用する団体は、請求人以外にも存在しており、「戸山流居合道会」の名称が特定人を指すものとはいえないから、人格権保護の見地から「戸山流居合道会」の名称を含む商標の登録を排斥する理由はない。 (4)結論 以上のとおり、本件商標は、商標法第4条第1項第8号に違反して登録されたものではない。 5 結語 以上のとおり、本件商標は、商標法第4条第1項第10号、同項第7号及び同項第8号に該当するものではない。 第5 当審の判断 請求人が本件審判を請求するにつき、利害関係を有する者であることについては、争いがないから、本案に入って審理する。 1 引用商標等の周知性について 請求人の主張及び同人の提出に係る証拠によれば、以下の事実が認められる。 (1)「戸山流居合道会」について ア 「戸山流居合道会」は、戸山学校の剣術科科長であった森永氏(流祖)を会長として、昭和51年頃に組織化された団体である(甲3)。 現在の会長である請求人は第7代の会長であり、第6代の会長は被請求人の設立代表者守岡氏である(甲3、甲4)。 イ 「戸山流居合道会」は、創設時「戸山流居合道振興会」であったが、昭和55年に「大日本戸山流居合道会」に改称し、さらに、平成3年に「戸山流居合道会」に改称し(甲3)、現在に至っている。 ウ 平成25年ないし令和元年(平成31年)の「戸山流居合道会」の支部及び道場数は、平成25年に国内及びアメリカ等に11(甲5)、同26年は13(甲6)、同27年及び同28年は11(甲7、甲8)、同29年は10(甲9)、同30年は9(甲10)であり、令和元年(平成31年)は8(甲11)であり、その会員数は、最も多い平成26年に136名、最も少ない令和元年(平成31年)に95名である。 エ 戸山流居合道会の事業活動は、団体としての事業活動と各支部での活動の2種類がある。前者として、居合道の道場での鍛錬、「称号、昇段審査会・講習会」、伊勢神宮での「居合道奉納演武会」等があり、平成19年ないし平成31年(令和元年)の期間に、年4回ないし11回の事業を行った(甲12、甲13)。その他、戸山流居合道会及び各支部ホームページの運営・維持、会報の発行などがあり、会報には活動・行事の報告、理事会の議事録、事業報告、会計報告が掲載されている(甲3、甲4、甲19、甲20)。また、支部単位の活動では、日常の支部・道場での稽古、それぞれ地元の武道祭等での演武、勉強会、試し斬り稽古等があり、各支部ホームページで掲載されている(甲14)。 オ 戸山流居合道会では、1986年12月に会報第1号を発行し、平成27年3月15日号が74号であり、また、平成3年の5月から、会報の表題に「戸山流居合道会」の文字が表示されている(甲3、甲4、甲19、甲20)。 カ 「第30回戸山流居合道錬成大会記念誌」(平成22年8月1日発行)には、その表紙に「戸山流居合道会」の文字が表示されている(甲3)。 キ 平成25年ないし令和元年の会員名簿の表紙並びに平成25年及び平成27年の会則の表紙には「戸山流居合道会」の文字が表示されている(甲5?甲11、甲16、甲17)。 ク 戸山流居合道会及び名古屋支部、浪花支部、津支部、京都支部、岐阜支部のホームページ(印刷日令和元年10月11日、同月13日)には、「戸山流居合道会」の文字が表示されている(甲13、甲14-2?甲14-6)。 ケ 産経新聞(平成6年3月14日)、洛南タイムス(平成6年5月24日)、中日新聞及び岐阜新聞(いずれも平成6年11月8日)、中日新聞(平成7年6月19日)、京都新聞(平成9年発効日不明)には、「戸山流居合道会」の名称で、同会の活動を紹介する記事が掲載されている(甲3)。 コ その他、浪花支部のホームページ(甲14-3)の「2019-03-10 028」の表示上部の写真の旗には「戸山流居合道会」の文字が表示され、また、錬成大会及び試斬り講習会等において、旗に「戸山流居合道会」の文字が表示されている(甲3(78ページ、143ページ、258ページ)等)。 (2)引用商標2について 別掲3の構成からなる戸山流マークと称される引用商標2については、会報(平成17年3月6日号)(甲3(196ページ))にそのいわれの説明があり、「第30回戸山流居合道錬成大会記念誌」(平成22年8月1日発行)(甲3)の表紙及び会報の平成26年8月31日号、同27年3月15日号の表紙に表示されている(甲19、甲20)。また、引用商標2は、平成25年度ないし令和元年の会員名簿(甲5?甲11)並びに平成25年及び平成27年の会則の表紙の表紙(甲16、甲17)に表示されている。 さらに、引用商標2は、戸山流居合道会並びに名古屋支部、浪花支部、津支部、京都支部及び岐阜支部の各ホームページ(印刷日令和元年10月11日、同月13日)に表示され(甲13、甲14-2?甲14-6)、また、道着(甲14-3)や錬成大会等の事業において旗に表示されていることがうかがえる。 (3)小括 上記(1)によれば、「戸山流居合道会」の文字は、平成3年頃から、居合道の教授に使用されていたことがうかがえるものの、その使用は会報、錬成大会等の行事における旗、会員名簿・会則の表紙及びホームページであるところ、被請求人が除名される前の最も会員数が多い平成26年において136名であり、その会員数は多いとはいえないこと、会報の発行部数及び錬成大会の参加者数は明らかにされていないものの、一般的に、会報や錬成大会は会員を対象とするものであるから、上記会員数からすれば、その発行部数又は参加者数は、多いものとはいい難いこと、さらに、ホームページへの掲載開始時期は明らかではなく、かつ、ホームページは、当該ホームページに関心を持ってアクセスする者が目にするもので、広く一般の者が目にするものとはいえない。加えて、戸山流居合道会の支部数も10箇所程度であり、新聞における紹介も平成6年ないし平成9年の間にわずか数回にすぎないものであることからすれば、「戸山流居合道会」の文字が、請求人の業務に係る役務(居合道の教授)を表示するものとして需要者の間に広く知られていると認めることができない。 また、引用商標2については、上記(2)によれば、その使用が確認できるのは、会報、会員名簿及び会則等の限られた者のみが目にするもの並びにホームページ程度であることからすれば、請求人の業務に係る役務(居合道の教授)を表示するものとして、需要者に広く認識されていると認めることができない。 さらに、別掲2の構成からなる引用商標1の使用は見いだすことができず、加えて、これが請求人の業務に係る役務(居合道の教授)を表示するものとして、需要者に広く認識されていると認め得る事情も見いだせない。 なお、「士魂」の文字についても、請求人の業務に係る役務(居合道の教授)を表示するものとして、需用者に広く認識されていると認め得る事情は見いだせない。 したがって、引用商標及び「戸山流居合道会」の文字のいずれも請求人の業務に係る役務(居合道の教授)を表示するものとして、本件商標の登録出願時及び登録査定時に、我が国の需要者の間において広く認識されていたと認めることができない。 2 商標法第4条第1項第10号該当性について 本件商標は、別掲1のとおりの構成からなり、引用商標は、別掲2及び別掲3のとおりの構成態様からなるところ、本件商標と引用商標1とは、同一の商標といえ、また、本件商標の図形部分と引用商標2とは同一の構成態様からなるものであるから、本件商標と引用商標とは同一又は類似する商標と認められ、かつ、本件商標の指定役務には、請求人が引用商標を使用する「居合道の教授」を含むものである。 しかしながら、引用商標は、前記1からすれば、請求人の業務に係る役務(居合道の教授)を表示するものとして、本件商標の登録出願時及び登録査定時において、需要者の間に広く認識されていたと認められないものである。 したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第10号に該当しない。 3 商標法第4条第1項第8号該当性について 商標法第4条第1項第8号は、他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)と規定し、「他人」については、自己以外の現存する者をいい、自然人(外国人を含む。)、法人のみならず、権利能力なき社団を含むものである。 そして、権利能力なき社団の名称については、法人との均衡上、その名称は、商標法第4条第1項第8号の略称に準ずるものとして、同条項に基づきその名称を含む商標の登録を阻止するためには、著名性を要するものと解すべきである(東京高裁平成12年(行ケ)第344号、東京高裁平成12年(行ケ)第345号)ところ、「戸山流居合道会」は権利能力なき社団であって、本件商標の登録出願時及び登録査定時において、その著名性が認められないことは前記1のとおりである。 したがって、本件商標は、たとえその構成中に「戸山流居合道会」の文字を含むものであるとしても、「戸山流居合道会」の文字の著名性が認められないことから、商標法第4条第1項第8号に該当しない。 4 商標法第4条第1項第7号該当性について (1)商標法第4条第1項第7号の解釈 商標法第4条第1項第7号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」には、(a)その構成自体が非道徳的、卑わい、差別的、矯激若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形である場合、(b)当該商標の構成自体がそのようなものでなくとも、指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反する場合、(c)他の法律によって、当該商標の使用等が禁止されている場合、(d)特定の国若しくはその国民を侮辱し、又は一般に国際信義に反する場合、(e)当該商標の登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合、などが含まれるというべきである。(知財高裁 平成17年(行ケ)第10349号) しかしながら、先願主義を採用している日本の商標法の制度趣旨などからすれば、商標法第4条第1項第7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれ」を私的領域にまで拡大解釈することによって商標登録出願を排除することは、商標登録の適格性に関する予測可能性及び法的安定性を著しく損なうことになるので、特段の事情のある例外的な場合を除くほか、許されないというべきである。そして、特段の事情があるか否かの判断に当たっても、出願人と、本来商標登録を受けるべきと主張する者との関係を検討して、例えば、本来商標登録を受けるべきであると主張する者が、自らすみやかに出願することが可能であったにもかかわらず、出願を怠っていたような場合や、契約等によって他者からの登録出願について適切な措置を採ることができたにもかかわらず、適切な措置を怠っていたような場合は、出願人と本来商標登録を受けるべきと主張する者との間の商標権の帰属等をめぐる問題は、あくまでも当事者同士の私的な問題として解決すべきであるから、そのような場合にまで「公の秩序や善良な風俗を害する」特段の事情がある例外的な場合と解するのは妥当でない(知財高裁 平成19(行ケ)第10391号)。 (2)商標法第4条第1項第7号該当性 ア 前記1によれば、「戸山流居合道会」は、昭和51年頃に流祖である森永氏により組織化された団体であり、初代会長を森永氏、第6代会長を守岡氏とし、現在の第7代会長が請求人である。 また、平成26年2月18日付けで、今瀬氏から請求人に対し絶縁状が送付されたこと(甲18)、今瀬氏、守岡氏、今瀬M氏及び本久氏(以下、これら4名をまとめて「被請求人関係者」という。)に対し同年9月15日の理事会において除名処分が決定し、同月16日付けで通達されたこと(甲26?甲29)、被請求人は、同年8月20日に「特定非営利活動法人戸山流居合道会本部」の申請を行ったが認められず、同年12月19日に再度申請し、同27年5月25日にその設立が認証され、同月27日に設立され、設立当時の役員は京田辺本部(支部)に所属していた者が複数名含まれること(甲32?甲37)、さらに、被請求人は、自身が「戸山流居合道会」の正当な承継人であると主張し、同27年11月5日に所有権に基づく動産等の引き渡しを求める訴えを起こしたが、その請求が棄却されたこと(甲38?甲40)が認められる。 イ 前記1によれば、戸山流居合道会は、創設時「戸山流居合道振興会」であったが、昭和55年に「大日本戸山流居合道会」に改称し、さらに、平成3年に「戸山流居合道会」に名称を変更し、現在も使用していること及び「戸山流マーク」を少なくとも平成22年頃には使用していることが認められる。 ウ 本件商標は平成28年2月2日に登録出願されたものであり(甲1)、また、引用商標1と同一の構成態様からなる登録第4996218号商標及び引用商標2と同一の構成態様からなる登録第4996219号商標は、その閉鎖商標原簿によれば、いずれも守岡氏ほか3名を権利者とするものであったが、いずれも更新申請がなく、その権利は、平成28年10月20日に消滅している。 (3)上記(2)アの事実からすれば、被請求人関係者は、戸山流居合道会の理事会で除名処分が行われた平成26年9月15日に除名処分とされるまでの相当の期間、戸山流居合道会の会員であったと認められる。 そうすると、本件商標については、その出願は、被請求人関係者が戸山流居合道会の役員会において除名処分を決定され、通達された後に出願にされたものであることから、戸山流居合道会とその会員の関係にあった者の間における商標権の帰属等をめぐる問題であり、あくまでも当事者同士の私的な問題として解決すべきであって、「公の秩序や善良な風俗を害する」特段の事情がある例外的な場合には該当しないものと判断するのが相当である。また、請求人は、引用商標に係る2件の商標権の権利を更新しなければ権利が消滅してしまうことを理解していたのであり、改めて引用商標に係る商標の出願を行う機会は充分にあったといえる。 なお、本件が当事者同士の私的な問題であることは、被請求人が、自身が「戸山流居合道会」の正当な承継人であると主張し、所有権に基づく動産等の引き渡しを求める訴えを起こしたことなどからも裏付けられる。 その他、本件商標が、「指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反する場合」や「当該商標の登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合」など、商標法第4条第1項第7号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当するというべき事情は見いだせない。 したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第7号に該当しない。 5 請求人の主張について 請求人は、「被請求人の設立代表者である守岡氏は、消滅引用商標が戸山流居合道会の事業の継続にとって大切な商標であること、消滅引用商標に係る商標権の更新申請(更新申請期限:平成28年10月20日)に守岡氏が協力せず、被請求人が本件商標を登録すれば、消滅引用商標の商標権が消滅し、かつ、その再登録も困難となることを熟知していたにもかかわらず、守岡氏を代表者とする被請求人は、戸山流居合道会に無断で本件商標を出願し、登録し、また、そのホームページにおいて、あたかも被請求人が本会の特定非営利活動法人への承継団体であるかのように記載し、本会のシンボルマークともいうべき戸山流マーク及び『士魂』の文字からなる商標を無断で『居合道の教授』について使用している一方で、当該ホームページを見る限り本件商標の使用は見当たらない。さらに、被請求人は、戸山流居合道会に対して、正当な『承継者』であると主張し、物品返還等請求の訴訟を起こし、加えて、被請求人の設立(平成27年5月27日)以前、守岡氏は、戸山流居合道会による平成26年9月16日付け除名処分決定について、請求人による不当な処分であったので、冷静に対処するようにといった内容を法的文書として守岡氏の個人弁護士を通じて、戸山流居合道会のほぼ全会員及び無関係の剣道指導者等に向け郵送した。かかる本件商標の出願及び登録までの経緯、その使用状況、並びに弁護士を通じ戸山流居合道会の会員宛てに会を攻撃するかのような文書を送付した行為に照らせば、本件商標は、請求人に係る戸山流居合道会の事業活動を妨害する不正の目的で出願されたものというべきであって公の秩序又は善良の風俗を害するものである」旨主張している。 しかしながら、上記のとおり、守岡氏は元々戸山流居合道会の会員であり、本件商標の登録出願時において、被請求人は自身が戸山流居合道会の正当な後継者と考えていたこと、消滅引用商標の更新手続きについては、担当していた弁理士と相談の上、本件商標の出願を行ったことがうかがわれることからすれば、被請求人関係者が引用商標に係る登録商標の更新手続きを行わずに本件商標の出願を行い、上記内容の上申書を提出しているからといって、本件商標の出願の経緯において不当な目的があったとまではいうことができないものである。 また、守岡氏が除名処分に対して、弁護士を通じて会員等に文書を送付した行為自体をもって、戸山流居合道会の業務を妨害するものともいえず、また、上記行為によって、請求人に係る事業に支障がなかったことは、請求人が、「当初より被請求人と行動を共にした者を除き、新たに被請求人に移籍あるいは本会を退会した者は皆無であった。」と述べていることからも明らかである。 したがって、請求人の上記主張は採用することができない。 6 むすび 以上のとおりであるから、本件商標の登録は、商標法第4条第1項第10号、同項第8号及び同項第7号に違反してされたものとはいえないから、同法第46条第1項の規定により、その登録を無効とすることはできない。 よって、結論のとおり審決する。 |
別掲 |
別掲1(本件商標) 別掲2(引用商標1) 別掲3(引用商標2) |
審理終結日 | 2020-12-07 |
結審通知日 | 2020-12-09 |
審決日 | 2020-12-23 |
出願番号 | 商願2016-11130(T2016-11130) |
審決分類 |
T
1
11・
22-
Y
(W41)
T 1 11・ 23- Y (W41) T 1 11・ 255- Y (W41) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 林田 悠子、大島 勉、中村 聖、中尾 真由美 |
特許庁審判長 |
木村 一弘 |
特許庁審判官 |
中束 としえ 板谷 玲子 |
登録日 | 2019-04-12 |
登録番号 | 商標登録第6137088号(T6137088) |
商標の称呼 | シコントヤマリューイアイドーカイ、シコン、トヤマリューイアイドーカイ、トヤマリューイアイドー、トヤマリュー、トヤマ |
代理人 | 田中 伸次 |
代理人 | 河野 英仁 |
代理人 | 安田 恵 |
代理人 | 鈴木 行大 |
代理人 | 宗助 智左子 |
代理人 | 河野 登夫 |
代理人 | 松井 宏記 |
代理人 | 田中 景子 |