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審決分類 審判 全部取消 商51条権利者の不正使用による取り消し 無効とする(請求全部成立)取り消す(申し立て全部成立) X16
管理番号 1282355 
審判番号 取消2012-300286 
総通号数 169 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標審決公報 
発行日 2014-01-31 
種別 商標取消の審決 
審判請求日 2012-04-06 
確定日 2013-12-02 
事件の表示 上記当事者間の登録第5348154号商標の登録取消審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 登録第5348154号商標の商標登録は取り消す。 審判費用は,被請求人の負担とする。
理由 第1 本件商標
本件登録第5348154号商標(以下「本件商標」という。)は,別掲1のとおりの構成からなり,平成22年1月21日に登録出願,第16類「雑誌,新聞」を指定商品として,同年8月27日に設定登録されたものである。

第2 請求人の主張
請求人は,結論同旨の審決を求め,その理由を要旨次のように述べ,証拠方法として,甲第1号証ないし甲第43号証(枝番号を含む。)を提出した。
1 請求の理由
(1)被請求人の使用する商標について
ア 被請求人は,昭和57年12月24日,株式会社キャドテックスとして設立され,平成10年1月5日,株式会社医学出版に商号が変更され,雑誌及び書籍の出版等を事業目的としている(甲2)。
被請求人は,本件商標を平成22年1月に登録出願し,平成22年8月に登録を受けた後,平成23年8月頃より,「HEART」なる題号の月刊誌(以下「被請求人雑誌」という。)について,別掲2の態様からなる商標(以下「本件使用商標1」という。)の使用を開始した(甲3)。
イ なお,被請求人は,平成23年12月1日発行の被請求人雑誌2011年12月号では,本件使用商標1に登録商標であることを示す「○の中にRの記号」(以下[R]という。)を付した別掲3の態様からなる商標(以下「本件使用商標2」という。)も使用している(甲4)。
以下,本件使用商標1及び2をまとめて「本件使用商標」という。
(2)請求人の使用する商標について
ア 請求人は,昭和56年に設立された株式会社であり,医療分野の学術用書籍・専門誌の出版及びDVDの制作並びに各種セミナー及び研究会の開催等を事業目的とし,医学・看護などの医療系分野を専門とする出版社である(甲5)。
請求人は,循環器系疾患医療に関わる看護師を主な対象読者として,昭和62年11月1日に看護雑誌「HEART nursing」(以下「請求人雑誌」という。)を創刊し,当該創刊時から平成16年3月頃に至るまで,16年以上の長きにわたり,別掲5の態様からなる商標(以下「旧請求人商標」という。)を使用してきた(甲6,7)。
イ 請求人は,上記「旧請求人商標」の使用に引き続き,平成16年4月頃から現在に至るまで,請求人雑誌について,別掲6の態様からなる商標(以下「現請求人商標」という。)を使用している(甲7,8)。
ウ 旧請求人商標と現請求人商標の周知性
旧請求人商標と現請求人商標(以下,これらをまとめて「請求人商標」という。)は,請求人雑誌の商標として20年以上の長期にわたり継続的に使用されてきた結果,その主な対象読者層である循環器疾患医療に関わる看護師において,十分な周知性を獲得するに至っている。
(ア)販売実績
請求人商標が付された請求人雑誌は,昭和62年11月1日に創刊され,現在に至るまで24年の長期にわたり継続的に発行されている。創刊当初は隔月発行であったものの,昭和64年1月号より毎月発行となり,これ以降,現在に至るまで間断なく,毎月1回の出版及び発売を重ねている。
また,平成元年からは,毎月の月刊に加え,年に2回,特定のテーマを設けた増刊号を発行しているが,特に好評な増刊号については,バックナンバー販売の形態にて版を重ね,ロングセラーとなっている。
請求人雑誌の発行部数は,平成3年頃には年間5万8000部を数え,平成10年に6万5000部を越えてからは,現在に至るまで,常に6万後半から7万前半の発行部数を維持している(甲9,10)。
(イ)需要者
請求人雑誌は,主に循環器疾患領域の看護師が購買者あるいは読者(予定)層として想定されている専門的な雑誌である。したがって,その性質上,当該分野に関心を有する需要者数は自ずと限定される。
(ウ)需要者等における認識
請求人雑誌の主な需要者は看護師であるところ,現に,看護師らが「職場の先輩方に読むことを勧められる雑誌のひとつ」「当院では長期にわたって読まれている雑誌」「(請求人雑誌に)掲載されている記事は循環器疾患をもつ患者の看護を受け持つ看護師にとって有用な内容が多い」「(請求人雑誌は)循環器領域の看護に関心が高く,知識・経験のある読者が読む雑誌として定評がある」等と陳述するように,請求人雑誌は,循環器医療に従事する者にとって注目すべき存在の雑誌である(甲14?21)。
(エ)宣伝広告実績
請求人は,請求人商標を付した請求人雑誌の表紙を掲載し,又は請求人商標をそのまま掲載する形で,看護学会のプログラムや学会誌等において継続して広告活動を行ってきた(甲22各枝番?25)。
また,請求人は,学会誌等への広告掲載のみならず,学術集会において請求人商標を掲げたセミナーを開催(甲26,27各枝番)するなどして,請求人商標の周知化に務めてきた。なお,日本循環器看護学会からは,このような請求人の貢献に対し,感謝状を受けるまでに至っている(甲28)。
(オ)特許庁における周知性認定の事実
請求人商標が,請求人の業務に係る商品「雑誌」を表示するものとして周知性を獲得するに至っていることは,特許庁においても既に認定されているところである。すなわち,被請求人は,請求人商標をそのまま構成中に包含した態様からなる商標「ハートナース/HEART nursing」を出願したところ(甲29:商願2009-53018),周知な請求人商標に類似することをもって,商標法第4条第1項第10号により拒絶されている(甲30)。
(カ)小括
以上により,請求人商標が付された請求人雑誌の販売年数や発行部数,医療誌の取引に関する特段の事情,看護師や医師といった需要者等における認識,広告宣伝実績等からすれば,平成23年8月に被請求人雑誌が発刊された時点において,既に請求人商標は主たる対象読者層である循環器疾患医療に関わる看護師を中心に周知となっていたものとみるべきである。
(3)出所混同について
ア 請求人商標と本件使用商標の類似性
請求人商標と本件使用商標とは,上述のとおりの態様からなるところ,請求人商標では「HEART」の文字が特徴的に大きく書されていることからすると,構成文字全体から生ずる観念及び称呼の外,大きく書された「HEART」の文字部分に相応して,「ハート」の称呼及び「心」「愛情」の観念が生じ得る。一方,本件使用商標は,単に「HEART」の文字からなるため,請求人商標と同じく「ハート」の称呼及び「心」「愛情」の観念が生じるものである。
加えて,請求人商標における「HEART」の文字部分が,いわゆる「Times New Roman」と同等の書体にて大きく書されているのに対し,本件使用商標も,いわゆる「Times New Roman」と同等の書体にて「HEART」の文字を大きく書されていることから,両者は外観においても,これに接する需要者等をして近似した印象を生じさせるものである。
なお,請求人商標は大きく書された「HEART」の文字部分と,小さく書された「nursing」の文字からなる商標であるところ,これから「HEART」の文字部分のみが抽出し取引に資されることのある点は,該部分が視覚的に注目されやすい態様で大きく書されていることに加え,現に,請求人雑誌が「HEART」と略称されて取引等されている事実(甲31,32)や,社内的にも「ハート」と略称されている事実(甲33)からみて取ることができる。更に,請求人雑誌が,読者及び・又は執筆者である看護師や医師らにおいて,通常,「ハート」と称呼されていることの証左として,陳述書及び報告書(甲16,18?20,34,35)を提出する。
以上より,請求人商標と本件使用商標とは,称呼と観念において同一であり,外観においても近似した印象を与えるものであるから,両者は互いに相紛らわしい類似の商標といえる。
イ 商品の出所混同について
被請求人は,本件使用商標を請求人雑誌と同一の商品,すなわち,循環器疾患医療に関わる看護師を対象とした月刊誌について使用している。また,上記(2)のとおり,請求人商標は,相当長期間にわたって継続的に使用されてきた結果,請求人雑誌に係る商標として周知性を獲得するに至っていることからすれば,需要者が,本件使用商標の付された被請求人雑誌を,請求人雑誌であると混同するおそれは極めて高い。
また,需要者が実際に商品を手に取る書店店頭では,いわゆる面だしと呼ばれるやり方で雑誌が並べられることも多く,かかる場合,需要者は,表紙上部に書された文字を手がかりに商品を手に取ることとなるため,表紙に書された題号の外観(書体や大きさ等)が似通っていると,出所の混同が生じやすい事情が認められる(甲36)。
加えて,上記陳述書並びに報告書によれば,請求人雑誌と被請求人雑誌との混同が現実にも生じていることがみて取れる。
ウ 小括
以上より,商品の同一性や販売方法,請求人商標の周知性や本件使用商標との類似性に加えて,現実に誤認事例が生じている点や両誌を勘違いした読者等も複数存在する点をあわせて考慮すると,本件使用商標の使用は,商品の出所の混同を生じさせるおそれのあるものである。
(4)本件商標と本件使用商標の類似性について
本件商標は,「NURSE」「HEART」及び「ナースハート」の各文字を三段に配した構成からなるところ,これらは,下段に書された「ナースハート」に相応して「ナースハート」の称呼が生じる他,上段に比較的小さく書された「NURSE」と,中段に大きく書された「HEART」の文字に相応し,それぞれ「ナース」及び「ハート」の称呼も生ずるとみるのが自然である。そして,本件商標は,上段に配された「NURSE」のみがあえて小さく斜体で書されている上に,該文字の末尾に登録商標であることを示す[R]の記号も付されていることからすれば,視覚上,上段の「NURSE」と中段の「HEART」の各文字はそれぞれ分離して認識・把握され得るとみるのが自然であり,中段に大きく書された「HEART」の文字部分より生ずる「ハート」の称呼をもって取引に資されることも決して少なくはないとみるべきである。
一方,本件使用商標からは,その構成文字に相応して「ハート」の称呼が生ずるため,本件商標と本件使用商標は称呼において共通する。加えて,本件使用商標からは,中段に大きく書された「HEART」の文字部分に相応して「心」や「愛情」といった意味合いが生じ得ることから,両商標は,観念においても共通する。
以上より,本件商標と本件使用商標は,外観,称呼,観念において相紛らわしく,類似の商標である。
(5)被請求人の故意について
ア 被請求人雑誌と請求人雑誌
被請求人は,本件使用商標を,請求人雑誌と同一の商品,すなわち,循環器疾患医療に関わる看護師を対象とした月刊誌について使用している。ここで,同医療分野を対象とした看護師を主な対象とする定期刊行物としては,株式会社日総研出版の発行する隔月誌「呼吸器・循環器 急性期ケア」が存在する程度であって,他には見当たらない。このような状況の下,当該分野における主要雑誌として,請求人雑誌が長年継続して販売されてきたのであるから,被請求人が,請求人雑誌の存在を知らなかったとするのは明らかに不自然である。
イ 被請求人による類似商標出願行為
被請求人は,請求人商標に酷似した商標「ハートナース/HEART nursing」を過去において出願し,周知な請求人商標に類似することを理由に登録を拒絶された経緯がある(甲29,30)。このことからしても,被請求人は,請求人商標の存在を十分に認識し,かつ,当該請求人商標が周知であることを把握していたことは明らかである。
ウ 被請求人雑誌等に付された本件使用商標への[R]の表示
被請求人は,被請求人雑誌2011年12月号の表紙において,本件使用商標の末尾に[R]の表示を付している(甲4)。また,被請求人雑誌の創刊に当たっての執筆や編集企画の依頼に当たっても,本件使用商標に[R]の表示を付すことで,関係者に「HEART」の文字自体が登録商標であるかのような誤導を与えている(甲38)。
加えて,被請求人雑誌やその他の雑誌における被請求人雑誌の宣伝広告においても,本件使用商標が[R]の表示とともに使用されている(甲39各枝番)。この[R]の表示は,登録商標であることを示す慣用表示として広く一般に馴染まれているものであるため,本来は,本件商標の構成文字である「HEART」の文字単体を使用する際に付すべきものではなく,本件商標そのものを使用する際に付すべきものであることはいうまでもない。
エ 被請求人による請求人雑誌の認識
被請求人が,請求人の販売する周知な雑誌群の存在を十分に認識しながら,あえてこれらと似通った名称からなる雑誌の創刊を画策してきたことは,例えば,被請求人による「呼吸ケア」なる月刊誌の企画編集依頼の追伸において,「『呼吸ケア』の創刊計画及び先生に上記の『特集企画』の依頼の件は,他社(特にメディカ出版)には洩らさないようお願い致します。」とあえて注記していることからもみて取れる(甲41)。
オ 代替表現の可能性
そもそも,循環器疾患領域の分野に関する雑誌であるからといって,あえて周知な請求人商標と混同を生ぜしめるような文字構成や書体を採択せねばならない必要性は全くないはずである。例えば,「ナース循環器」や「循環器疾患」「心臓ケア」など,代替可能な雑誌名は枚挙にいとまがないほど存在するにもかかわらず,本件商標からあえて「HEART」の文字部分のみを抽出し,これを請求人商標と同じ「Times New Roman」と同等の書体で書して本件使用商標を使用しているところに,請求人雑誌と混同を生ぜしめんとする被請求人の故意がみて取れる。
カ 小括
以上より,被請求人は,本件使用商標の使用開始当初より,周知な請求人商標を十分に熟知しており,本件使用商標を付した被請求人雑誌を販売することで,請求人雑誌と混同を生ずるとの認識があったと推認されることから,被請求人には故意があったというのが相当である。
2 上申の内容
(1)平成24年6月15日付け上申書
請求人は,被請求人に対し,本件使用商標の付された被請求人雑誌の販売行為が不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争に該当することを理由として差止等の訴えを提起していたところ(大阪地方裁判所第26民事部/平成23年(ワ)第12681号 不正競争行為差止等請求事件),その判決がなされた(甲42)。
判決文に記載のとおり,請求人が主張した(ア)請求人商標の周知性,(イ)請求人商標と本件使用商標との類似性,(ウ)請求人雑誌との混同惹起性はいずれも肯定され,請求人の訴えをほぼ全面的に認める内容となっている。
(2)平成24年8月24日付け上申書
「平成23年(ワ)第12681号 不正競争行為差止等請求事件」において,被請求人に対し標章「HEART」を雑誌に使用してはならない旨の判決が言い渡された。しかしながら,被請求人はその後も当該標章を付した雑誌の販売を中止しなかったことから,請求人は,不作為を目的とする債務の強制執行を求めて間接強制の申立(平成24年(ヲ)第940号 間接強制申立事件)を行い,請求人の主張が全面的に認められた(甲43)。
被請求人が標章「HEART」を雑誌に使用する行為が周知な請求人商標との関係において混同を生ぜしめるおそれのあることを十分に認識しながら,その使用を継続したことは,被請求人の故意を示す証左になり得るものと思料する。
3 まとめ
以上のとおり,本件商標の商標権者である被請求人は,故意に,本件商標に係る指定商品「雑誌」について,本件商標に類似する本件使用商標を使用し,請求人の業務に係る商品「雑誌」と混同を生ずるものをしたのであるから,本件商標は,商標法第51条第1項の規定により,その登録を取り消されるべきものである。

第3 被請求人の答弁
被請求人は,本件審判請求は成り立たない,審判費用は請求人の負担とするとの審決を求めると答弁し,その理由を要旨以下のように述べ,証拠方法として,乙第1号証ないし乙第20号証を提出した。
そして,被請求人は答弁の理由を種々述べているが,商標法第51条第1項の規定に係る主張は次のとおりと認められる。
1 被請求人の使用する商標
被請求人は,既に雑誌題号の書体を大文字の「HEART」から小文字の「Heart」(別掲4;以下「本件使用商標3」という。)に変更し,他人の業務に係る商品若しくは役務と混同を生ずる可能性を回避している。
2 請求人の使用する商標
請求人は,請求人の使用する商標は,「HEART nursing」ではなく「ハートナーシング」である。請求人が請求人雑誌の題号が「HEART nursing」ではなく「ハートナーシング」であること自認していることは,請求人の発行する雑誌の広告等からも明白であり,また,雑誌の題号を正確に表す背表紙部分には,「ハートナーシング」と表記されている(乙1?8)。
3 本件使用商標について
本件商標は,「NURSE[R]」,「HEART」及び「ナースハート」の三段書きからなるものであるが,これは,「NURSE[R]」により登録になったのではなく,「HEART」と同一又は類似の商標が出願,登録時に存在していなかったから登録となったものである。
「DIABETES」「糖尿病ケア」「DIABETESCARE」の三段書きからなる商標(乙10)が「糖尿病ケア」(乙9)により拒絶になった審査例で明らかなように,本件商標の中核は,「HEART」であることから,「HEART[R]」とする整合性は保たれており,その使用は妥当である。また,被請求人が2011年12月号で,本件商標を基に「HEART[R]」とするに矛盾はない。
4 雑誌の取引
雑誌は,何よりも「コンテンツ」で選ばれるものであり,読者が毎号同じ雑誌を購入していれば雑誌題号を間違えるはずがない。類似する雑誌の題号の例は市場では非常に多いが,何ら市場(書店店頭・流通)段階で混乱は起きていない(乙11,12)。
5 陳述書
請求人提出の陳述書は,いずれも「ハートナーシング(HEART nursing)」誌と「HEART」誌の商標が似ているとは陳述しておらず,表紙のデザイン部分において太字の「HEART」部分の文字が似ているとの印象を述べたにすぎない。
また,陳述書には,いわば身内(請求人雑誌の編集委員,請求人の執行役員)による証言もあり,その証拠能力は低く,客観的な証言ではない。
6 出所の混同について
請求人が,請求人商標と被請求人雑誌と請求人雑誌とを勘違いして購入したとする例は,わずか2例であって,商品の出所混同を常に起こしていることの根拠にはならない。また,被請求人雑誌の注文が請求人になされたとする証拠がない。
したがって,請求人商標と本件使用商標とは出所の混同を生じていないし,本件商標は出所の混同など生じない。
7 まとめ
上記のとおり,請求人の使用する商標は,「ハートナーシング」であり,被請求人の使用する商標とは,いずれも非類似の異なった商標である。
そして,被請求人は,既に雑誌題号の書体を小文字の「Heart」に変更し,他人の業務に係る商品若しくは役務と混同を生ずる可能性を回避している。
したがって,本件商標は商標法第51条第1項の規定に該当しない。

第4 当審の判断
商標法第51条第1項は,「商標権者が故意に指定商品若しくは指定役務についての登録商標に類似する商標の使用又は指定商品若しくは指定役務に類似する商品若しくは役務についての登録商標若しくはこれに類似する商標の使用であって商品の品質若しくは役務の質の誤認又は他人の業務に係る商品若しくは役務と混同を生ずるものをしたときは,何人も,その商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。」と定めている。
そこで,被請求人による本件使用商標の使用行為が,上記規定に,該当するものであるか否かについて,以下検討する。
1 被請求人(商標権者)が使用する商品及び商標について
(1)被請求人が使用する商標及び商品
被請求人は,昭和57年12月24日,株式会社キャドテックスとして設立され,平成10年1月5日,株式会社医学出版に商号が変更され,雑誌及び書籍の出版等を事業目的としている事業者である(甲2)。
そして,被請求人が被請求人雑誌の題号として,平成23年8月頃から使用する商標は,「HEART」の欧文字からなるもの(本件使用商標1(別掲2)),平成23年12月1日発行の雑誌から使用する商標は,本件使用商標に登録商標であることを示す[R]を付記したもの(本件使用商標2(別掲3))である(甲3,4)。
そうすると,本件使用商標は,いずれも「心臓,心」などの意味を有する英語として親しまれた語であるから,その構成文字に相応し,「ハート」の称呼及び「心臓,心」などの観念を生ずるものである。
また,被請求人雑誌,すなわち,被請求人が使用する商品は,循環器系疾患医療に関わる看護師を主な対象読者とする月刊誌(雑誌)と認められる(甲3,4,乙13)。
(2)本件商標及びその指定商品
本件商標は,前記第1のとおり,「NURSE[R]」「HEART」「ナースハート」の各文字を三段に表してなるものであり,第16類「新聞,雑誌」を指定商品とするものである。
そこで,本件商標の構成についてみると,これを構成する各段の文字は,中段の「HEART」が最も大きく太字で表されているのに対し,上段の「NURSE」は最も小さな斜体文字で(登録商標を示す[R]を付記),下段の「ナースハート」は「HEART」とほぼ同じ大きさではあるが細字で表されていることから,これに接する需要者にとっては,構成の中心に最も大きく太字で表された「HEART」の部分が特に注意を惹く部分といえる。また,「HEART」は,前記のとおり「心臓,心」などの意味を有する英語として親しまれた語である。
そうすると,本件商標は,視覚上及び意味上から「HEART」の部分が特に注意を惹く部分といえるから,これが独立して自他商品識別機能を発揮し得るものであり,当該部分から「ハート」の称呼及び「心臓,心」などの観念を生ずるものとみるのが相当である。
そして,本件商標の構成にあって,「HEART」の部分が独立して自他商品識別機能を発揮し得るものであることは,「本件商標は『HEART』と同一又は類似の商標が出願,登録時に存在していなかったから登録となったものである」などとして,被請求人も自認しているところである。
(3)本件商標及び指定商品と本件使用商標及び使用商品との対比
前記(1)及び(2)のとおり,本件商標が「HEART」の部分が独立して自他商品識別機能を発揮し得るものであるのに対し,本件使用商標も「HEART」の構成からなるものであって,共に「ハート」の称呼及び「心臓,心」などの観念を生ずるものであるから,本件使用商標の使用は,本件商標に類似する商標の使用ということができる。
また,本件商標の指定商品は,第16類「雑誌,新聞」であるのに対し,本件使用商標を使用する商品も循環器系疾患医療に関わる看護師を主な対象読者とする月刊誌,すなわち「雑誌」であるから,その使用は,本件商標の指定商品についての使用である。
(4)小括
したがって,被請求人による上記使用は,商標権者による指定商品についての登録商標に類似する商標の使用である。
2 請求人の使用する商標について
(1)請求人の使用する商標
請求人は,昭和56年に設立された,医療分野の学術用書籍・専門誌の出版及びDVDの制作並びに各種セミナー及び研究会の開催等を事業目的とし,医学・看護などの医療系分野を専門とする事業者である(甲5)。
そして,請求人は,昭和62年11月に循環器系疾患医療に関わる看護師を主な対象読者とした看護雑誌(請求人雑誌)を創刊し,その表紙に,「HEART nursing(旧請求人商標)」(別掲5)を創刊号(11月号)から平成16年3月号まで使用し,その後,旧請求人商標の態様を一部変更した「HEΛRT(ARを変形)nursing(現請求人商標)」(別掲6)を,平成16年4月号から少なくとも本件審判の請求時まで継続して使用している(甲6?8)。
そして,旧請求人商標と現請求人商標を対比すると,両商標は,その構成中の「HEART」と「HEΛRT」において,「A」「R」の部分の変形に相違を有するものであるところ,その変形の程度は些細なものであって,これらの相違点は,表示全体の構成から見ると些細な相違というべきであり,両商標は,実質的に同一のものといえる。
また,旧請求人商標と現請求人商標は,「HEART(HEΛRT)」の部分が「nursing」の部分よりも格段に大きな字で表示されていることから,当該部分が特に注意を惹く部分であって,独立して自他商品識別機能を発揮し得るものといえる。
なお,被請求人は,「請求人雑誌の題号は『HEART nursing』ではなく『ハートナーシング』である」旨主張するが,被請求人の主張のとおり,請求人雑誌の表紙や背表紙に「ハートナーシング」の表示があるとしても,これらは,請求人雑誌の表紙に明記された「HEART(HEΛRT)nursing」の読みを表したものと見るのが相当であり,「ハートナーシング」の表示のみを請求人雑誌の題号と特定するのは不自然であって妥当ではない。
(2)請求人商標の周知性
ア 使用期間
前記(1)のとおり,請求人は,「HEART(HEΛRT)」を要部とする請求人商標を,昭和62年11月から,被請求人雑誌が刊行された(平成23年8月頃から)前に20年間以上にわたり使用している。
イ 販売実績
請求人雑誌の発行部数は,各号につき概ね4000部を超えており,平成3年から平成23年までの1年当たりの発行部数は合計5万部ないし8万部である(甲9,10)。
また,請求人雑誌の読者は,主として,心臓血管外科,循環器科及び集中治療室(ICU)に勤務する看護師であるところ,これらの診療科に所属する看護師の総数は,平成21年11月時点において,全国で合計約6万4500人と推定される(甲13)。
更に,請求人雑誌は,病院・医療センターなどによって定期購読をされており,これらの施設に所属する看護師も読者となるものであるから,請求人雑誌は,全国で想定される読者のうち相当程度の割合の者によって閲覧されてきたものと推認される(甲16?21)。
ウ 宣伝広告実績
請求人は,少なくとも平成16年から20年までの間において,日本循環器看護学会学術集会のプログラムや学会誌に,請求人商標を付した請求人雑誌の表紙又は請求人商標を掲載することにより広告活動を行った(甲22?26)。また,請求人雑誌の創刊時(昭和62年11月)に,その創刊を記念した「HEART nursing」と題するセミナーを開催,その後も同名のセミナーを年1回平成2年まで開催し,請求人商標を付した請求人雑誌の周知活動を行った(甲27)。
エ 需要者の認識
請求人社員並びに医師及び看護師の陳述書(甲16?21,34,35)及び請求人雑誌の購読申込書等(甲31?33)によれば,請求人雑誌の取次会社,書店,定期購読者や読者である医師及び看護師は,一般に請求人雑誌を「ハート」と呼称してきたこと,回答した医師や看護師の多くが,請求人雑誌と被請求人雑誌を紛らわしいものであると認識していることが認められる。
(3)小括
前記のとおり,「HEART(HEΛRT)」は,請求人商標において独立して自他商品識別機能を発揮し得るものであって,その要部といえること,そして,請求人商標が付された請求人雑誌の販売年数や発行部数,医療誌の購読対象者の範囲などの取引に関する事情,看護師や医師といった需要者における認識,広告宣伝実績などを併せ考慮すれば,請求人商標中の「HEART(HEΛRT)」は,平成23年8月頃に被請求人雑誌が発刊された時点において,その需要者の間に広く認識されていたものとみるべきである。
3 出所混同のおそれについて
(1)請求人商標と本件使用商標の類似性
請求人商標は,別掲5及び6の構成からなるところ,前記のとおり,その構成中の格段に大きな字で書された「HEART(HEΛRT)」の部分が独立して自他商品識別機能を発揮し得るものであって,当該部分から「ハート」の称呼及び「心臓,心」などの観念を生ずるものである。これに対し,本件使用商標も「HEART」の文字からなり,請求人商標と同様に「ハート」の称呼及び「心臓,心」などの観念を生ずるものである。
加えて,請求人商標中の「HEART(HEΛRT)」と本件使用商標「「HEART」とは,共に,いわゆる「Times New Roman」と同等の書体の文字で大きく書されていることから,両者は,外観においても,近似した印象を与えるものである。
そうすると,請求人商標と本件使用商標は,「HEART(HEΛRT)」と「HEART」の対比において,「ハート」の称呼及び「心臓,心」などの観念を共通にするものであり,かつ,外観においても近似した印象を与えるものであるから,両者は互いに相紛らわしい類似の商標である。
(2)被請求人雑誌の需要者
請求人雑誌と被請求人雑誌は,共に循環器疾患に係る医療に従事する看護師を対象とする雑誌であることから,その主たる需要者(購読者)は,共に循環器疾患に係る医療に従事する看護師であって,需要者を共通にするものである。
(3)小括(混同のおそれ)
上記2のとおり,請求人商標中の「HEART(HEΛRT)」が請求人雑誌を表示するものとして,その需要者の間に広く認識されていること,本件使用商標が,請求人商標の要部である「HEART(HEΛRT)」と称呼,観念を共通にし,かつ,外観においても近似した印象を与える互いに相紛らわしい類似の商標であること,本件使用商標が使用されている商品と請求人商標が使用されている商品とは同一のものであって,両者の需要者も共通していることなどの事情を総合的に勘案すれば,本件使用商標を被請求人雑誌に使用したときには,これに接した需要者に対し,請求人商標を想起させて,その商品が請求人の業務に係る商品又は請求人と経済的若しくは組織的に何らかの関連を有する者の業務に係る商品であるかのように,その出所につき誤認を生じさせるおそれがあるというべきである。
なお,被請求人は,「2012年8月号から,被請求人雑誌の題号の書体を小文字の『Heart』(別掲4)に変更したことをもって,他人の業務に係る商品若しくは役務と混同を生ずる可能性を回避している。」旨主張するが,その書体の変更は,本件審判請求後のことであって,本件の審理・判断に何らの影響を及ぼすものではない。
そして,被請求人は,その主張において「混同を生ずる可能性を回避している」として,被請求人自身が書体の変更前の本件使用商標と請求人商標の間の混同のおそれを自認していると言わざるを得ない。
4 故意について
被請求人と請求人は,共に書籍・新聞等の出版等を事業目的とし,その名称から同業者(出版社)といえる者であり(甲2,5),被請求人雑誌と被請求人雑誌もまた,共に「循環器看護に従事する看護師のための雑誌」であることからすれば,被請求人は,関連雑誌といえる請求人雑誌の状況については十分な情報を得ていたはずであり,また,本件使用商標が請求人商標と同じ「Times New Roman」と同等の書体で書されていることからしても,本件使用商標の使用を開始した当時,請求人商標及び「HEART(HEΛRT)」が需要者の間において広く認識されていたことを知っていたことは明らかである。
したがって,被請求人は,当初から,本件使用商標を商品「雑誌」に使用すれば,請求人の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがあることを認識して,その使用を行っていたものと推認するほかない。
加えて,被請求人は,「HEART」の文字のみからなる登録商標を所有していないにも関わらず,被請求人雑誌の表紙や被請求人雑誌の宣伝広告,請求人雑誌の創刊に当たっての執筆や編集企画の依頼文等において,本件使用商標の末尾に登録商標であることを示す[R]の表示し使用している(甲
4,38,39)ことが認められ,このことは,被請求人が被請求人商標「HEART」を雑誌に使用する行為が周知な請求人商標及び「HEART(HEΛRT)」との関係において混同を生ぜしめるおそれのあることを十分に認識しながら,その使用をしたことを裏付けるものと言わざるを得ない。
したがって,被請求人による本件使用商標を被請求人雑誌に使用する行為は,故意によるものと言わざるを得ない。
5 むすび
以上のとおり,被請求人による本件使用商標を被請求人雑誌に使用する行為は,「商標権者が故意に指定商品についての登録商標に類似する商標の使用であって他人の業務に係る商品と混同を生ずるものをしたとき」に該当し,商標法51条1項の要件を具備するというべきである。
したがって,本件商標の登録は,商標法第51条第1項の規定により,取り消しを免れない。
よって,結論のとおり審決する。
別掲 別掲1 本件商標



別掲2 本件使用商標1



別掲3 本件使用商標2




別掲4 本件使用商標3



別掲5 旧請求人商標



別掲6 現請求人商標




審理終結日 2012-11-28 
結審通知日 2012-11-30 
審決日 2013-01-08 
出願番号 商願2010-7231(T2010-7231) 
審決分類 T 1 31・ 3- Z (X16)
最終処分 成立  
前審関与審査官 金子 尚人 
特許庁審判長 小林 由美子
特許庁審判官 鈴木 修
小川 きみえ
登録日 2010-08-27 
登録番号 商標登録第5348154号(T5348154) 
商標の称呼 ナースハート、ナース、ハート 
代理人 三山 峻司 
代理人 井上 周一 
代理人 木村 広行 
代理人 齊藤 整 
代理人 松田 誠司 

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