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審決分類 審判 全部無効 商4条1項19号 不正目的の出願 無効とする(請求全部成立)取り消す(申し立て全部成立) 121
管理番号 1094966 
審判番号 無効2001-35466 
総通号数 53 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標審決公報 
発行日 2004-05-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2001-10-23 
確定日 2004-04-08 
事件の表示 上記当事者間の登録第2325691号商標の商標登録無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 登録第2325691号の登録を無効とする。 審判費用は被請求人の負担とする。
理由 第1 本件商標
本件登録第2325691号商標(以下「本件商標」という。)は、別掲(1)のとおりの構成よりなり、昭和63年11月8日に登録出願、第21類「バッグ、その他本類に属する商品」を指定商品として、平成3年7月31日に設定登録されたものである。

第2 引用標章
請求人が本件商標は商標法第4条第1項第19号に該当するとして引用する標章(以下「引用標章」という。)は、別掲(2)のとおりの構成よりなるものである。

第3 請求人の主張
請求人は、結論同旨の審決を求めると申し立て、その理由及び答弁に対する弁駁を要旨次のように述べ、証拠方法として甲第1号証ないし甲第28号証(枝番を含む。;枝番の全てを引用する場合は、その枝番の記載を省略する。)を提出した。
1.請求人及び引用標章について
(1)請求人は、1980年(昭和55年)2月にアメリカ合衆国ニューヨーク市にウルバリン マウンテン プロダクツ インコーポレーテッドを設立し、スクール・ダッフルバッグ、フライトバッグ及びメッセンジャーバッグの製造・販売に始まり、1983年(昭和58年)4月にマンハッタン ポーテージ リミテッド(以下、社名でいうときは、「マンハッタン ポーテージ社」という。)と社名を変更した。
そして、請求人は、1983年(昭和58年)に、その取扱いに係るメッセンジャーバッグ、柔らかい鞄、バックパック、ショルダーバッグ及び全てのスポーツバッグ等の商品(以下「請求人商品」という。)に使用するために、赤地の方形内に線描きのニューヨーク摩天楼ビル群の図形を白抜きに表わし、下部に「ManhattanPortage」の文字を白抜きで横書きにしてなる商標(引用標章)を採択し、使用を開始した(甲第2号証ないし甲第5号証)。
このことは、米国特許商標庁の米国商標第2075388号(別掲(3))の登録における証明書に商標の使用開始が1983年4月25日と記載されていることに徴しても明らかである(甲第3号証)。
また、請求人は、アウトドア用品をアーバン(都会の)用品にすることを目標として、引用標章を使用したかばんをナイロン製にして、ジッパー付きの仕切りやビンディング(締め金具)をつけて機能的にし、その色合いもラベンダー、黄水仙、緑がかった青等がアーバンとマッチし、旅行者、学生や多くの人々の間で人気を博し、アメリカ国内1400店舗で販売されて売上を伸ばすことに成功し、マンハッタン ポーテージ社のかばんとして著名にしたのである(甲第6号証ないし甲第12号証)。
さらに、請求人は、本件商標の登録出願前から、請求人商品をアメリカ国内での販売のみならず諸外国へも輸出しており、わが国へも輸出していたのである(甲第10号証及び甲第11号証)。
(2)被請求人の主張について
ア.被請求人は、引用標章のラベル地の色について、請求人は1988年(昭和63年)9月の時点では緑色の方形内に商標を使用しており、「赤ラベル」を最初に使用したのは被請求人であると主張する。
しかしながら、商標の使用については、かばんに縫い付け又は貼着するなどの本体に直接に付するばかりが使用でなく、各種かばん等を販売するための新聞・雑誌又は商品カタログ及びチラシ等にする広告宣伝のための表示も全て商標の使用に該当するのである。
また、被請求人が、請求人は赤ラベル地の商標を使用していないとして提出した請求人の商品カタログ(乙第3号証)には、その表紙及び裏表紙には赤地の方形内に請求人の商標が判然と表示されている。
さらに、請求人は、1983年(昭和58年)以来、緑ラベル地と赤ラベル地の商標を使用している(甲第21号証)。
したがって、被請求人の、先に赤ラベル地の使用を始めたのは被請求人であるとする旨の主張は理由がない。
イ.被請求人は、甲第6号証ないし甲第12号証の証拠程度では、引用標章が米国内及び日本において周知・著名であったとは到底考えられないと主張する。
しかしながら、引用標章のアメリカにおける周知・著名性は、甲第12号証に示す宣誓供述書等のみならず、本件商標の登録出願前に既にアメリカで全国展開のかばん専門誌「SHOWCASE」の1985年(昭和60年)版や同誌の1987年(昭和62年)版などに、引用標章を付した商品が広告宣伝されている事実をもって証明される(甲第18号証ないし甲第23号証)。
そして、請求人の商品カタログ(乙第3号証)の表紙には、1986年(昭和61年)のアメリカエベレスト登山隊による登頂時の写真が掲載されており、これは請求人が登山隊のスポンサーの関係で、写真の商業的な使用が認められたもので、このエベレスト登山隊が当時のトップニュースであった関係で、そのニュース性を利用したものであり、その広告価値が大きく評判になったものである。
また、請求人の商品カタログ(乙第3号証)は、「マンハッタン ポーテージ社」と明記する以前のもので、表紙に「JOHN PETERS」と明記されているが、これと同時代のカタログ(甲第22号証)にも引用標章が明示されている。
さらに、請求人は、日本国内の東京都文京区湯島3-16-10所在のチェン アンド サンズ カンパニー リミテッドに対し、書類鞄、旅行鞄等を輸出販売した実績を有する(甲第10号証)。また、請求人から請求人商品を輸入、販売する神戸市所在の株式会社ダイナテックに、被請求人が経営する株式会社レジャープロダクツ(以下「レジャープロダクツ」という。)からの通知書(2)(甲第25号証)があったことに対して、請求人は、請求人商品のオリジナル性を信じていたので、レジャープロダクツに問題がない旨回答している(乙第28号証)。
このほか、株式会社光文社発行、河野比呂著「究極のニューヨーク4泊6日」には、「Manhattan Portage」の店舗とそのブランドの「バッグ」がバリエーションの多さと、手頃な値段のため、ニューヨークでは大学生に人気があるとの紹介記事がある(甲第28号証)。
また、まのじょうこ名で「みんな来てね」の題でN・Y VOL.3 の夏休みスペシャルとして、「ニューヨークで大人気のManhattan Portage」として緊急取材の記事が掲載されている雑誌も存在することから(甲第23号証)、日本においてもヤング層で周知・著名となっていることが知れるのである。
さらに、甲第12号証(宣誓供述書)は、ニューヨーク市に本店を置く「BREAKAWAY COURIER SERVICE」(ブレイカウェイ クーリエサービス)というメッセンジャー会社の社長のもので、該ブレイカウェイ社はニューヨークのメッセンジャー会社としてトップシェアーを誇っており、1983年(昭和58年)、この会社にマンハッタン ポーテージ ブランドのバッグが取引商品として採用されたことにより、マンハッタン ポーテージ ブランドがニューヨーク市民に知れ渡ったことを示している。
これらのことからも、引用標章は、アメリカのみならずわが国においても周知・著名となっていることが知れるのである。
2.本件商標と引用標章が類似することについて
本件商標と引用標章は、いずれも上部に線描きのニューヨーク摩天楼ビル群の図形を配し、下部に「ManhattanPortage」の欧文字を併記してなるものであり、その図形及び欧文字の構成態様を同じくする商標である。
しかも、両商標の図形部分は、ニューヨーク摩天楼ビル群が線描きのシルエットに描かれているばかりでなく、ビル群全体が浮いたように表示している点が顕著であるため、線の太さが多少異なり、白抜きか否かの差があるとしても、類否に影響されることなく、互いに構成の軌を一にするとして看取されるものである。
また、両商標の欧文字部分は、いずれも「ManhattanPortage」の文字よりなるので、「マンハッタンポーテージ」の称呼を共通にするものである。
したがって、本件商標と引用標章は、その外観及び称呼において相紛らわしい類似の商標である。
3.本件商標が不正の目的で登録されたことについて
(1)引用標章は、請求人により本件商標の登録出願前の1983年(昭和58年)から請求人商品に使用し、アメリカ合衆国内において周知・著名となっていたものである(甲第6号証ないし甲第12号証)。
しかしながら、被請求人は、請求人商品の人気を知り、1988年(昭和63年)10月に販売についてのライセンス契約について交渉に来社したが、請求人としても日本で販売したかったことと、ライセンス契約の複雑のため、書面及び口頭での契約をすることがなかったのである(甲第13号証)。
また、数週間後にレジャープロダクツから、請求人商品の注文を受けたが、多くの変更の要求と注文数が少ないこともあって商談は成立しなかった(甲第13号証)。
なお、請求人は、これらの事実を明らかにするため、請求人の社長である「ジョン ビー ピータース」(以下「ピータース」という。)を証人とする証人尋問の申請をする。
(2)被請求人の主張について
ア.被請求人は、1988年(昭和63年)9月末に、ピータースとの商談の結果、請求人商品を日本に輸入し、販売することについて合意し、本件商標を被請求人が単独で登録出願することについて承諾があった旨を主張する。
しかしながら、ピータースは、2000年4月30日付け供述書(甲第13号証の2)で述べているように、1988年(昭和63年)10月にレジャープロダクツの代表者であった被請求人から、日本における請求人商品の販売について話合いたいとの連絡を受け、被請求人と夕食を共にしながらの商談の中で、被請求人から独占販売権の授与、契約期間を複数年とする等の申し入れがあったが、何らこれに応じてはいない。
この商談は、専ら商品売買に係る商品及びその価格の話であって、書面によるライセンス契約はもとより口頭による契約は一切していないのである。
しかも、商品の売買と異なるライセンス契約の交渉が一夜で成立するわけがなく、ライセンス契約が提案されたのは、1988年(昭和63年)11月15日付けのレジャープロダクツからピータース宛になされた書簡(乙第14号証)が最初であり、それに対しピータースは回答していない。
その上、被請求人は、ピータースが承諾したという書類や契約書もないのにもかかわらず、ピータースが被請求人の名義で商標を取得することを認めたと称し、1988年(昭和63年)11月8日付けをもって、引用標章と類似する本件商標を被請求人の名義で商標登録出願の手続きをし登録を受けているのである。
このことは、一度や二度の取引者に対し、請求人が他人名義の商標取得を承諾するはずがないのであり、これ自体不正な行為であって社会信義上到底許されることではない。
さらに、被請求人は、レジャープロダクツとともに本件商標を引用して、請求人が輸出した請求人商品について、輸入販売業者に対し、通告書を発してその販売を中止させているのである(甲第24号証)。
イ.請求人は、商談後、数週間してレジャープロダクツから「デイパック」及び「ショルダーバッグ」の計400個の注文を受けたが(乙第8号証)、その注文は多くの変更を要求しており、仕事量が製造原価に対し採算が合わず、価値がない商取引と判断しその旨を1988年(昭和63年)11月3日付けをもって回答した(乙第13号証)。
それに対し、被請求人は、通信販売用の商品のためとはいえ、請求人からの商品が届かないのに商品の広告宣伝を始めるなどの行為をし、その挙句、ピータースが承諾したという書類や契約書もないのにも拘わらず、勝手に引用標章と類似する「Manhattan/Passage」(高層ビル群の図形を含む。)商標を安易に定め(甲第15号証の1)、商品「メッセンジャバッグ、柔らかい手提げカバン、バックパック、ショルダーバッグ及び全てのスポーツバッグ」等に使用し(甲第17号証)、1989年(平成1年)4月ころから販売を開始していた。
このことは、平成11年取消審判第30180号事件の平成11年5月24日付け被請求人の答弁書(甲第16号証の3頁上から5行目と6行目)及び添付証拠中におけるレジャープロダクツの商品カタログ(甲第17号証)等の証拠書類で確認することができるのである。
しかも、被請求人は、この商品カタログ(甲第17号証)にマンハッタンパッセージ社がアメリカに存在し、恰もそれと契約しているかの如く「マンハッタンパッセージ社が旅と仕事をコンセプトにシティ感覚のソフトバックを生産し、ニューヨーカーで高い人気を得ているのが、この赤ラベルシリーズです」なる虚偽の宣伝記事を挿入して宣伝広告をしているのである。
このように、被請求人は不正な行為をして請求人の営業を妨害してきたのである。
ウ.被請求人は、「MANHATTAN PASSAGE」(高層ビル群の図形を含む。)商標について、被請求人の登録商標であり、迷彩柄のかばんに使用しても不正な行為に該当するものではないと主張する。(なお、上記「MANHATTAN PASSAGE」(高層ビル群の図形を含む。)商標は、別掲(4)の示す登録第4100203号商標と認められ、「MANHATTAN PASSAGE」の部分は誤記と認める。以下「『Manhattan/Passage』商標」という。)
しかしながら、「Manhattan/Passage」商標は、特許庁の商標審査において、請求人の「ManhattanPortage」(高層ビル群の図形を含む。)の商標登録出願(商願平11-9915)と類似の商標と認定されているばかりでなく(甲第26号証)、本件商標に対する不使用取消の審判請求事件(平成11年審判第30180号)で、請求前3年以内の使用として被請求人はレジャーポロダクツの商品カタログ(甲第17号証)を提出し、登録商標の使用が認められた事実(甲第27号証)等が存在することに徴すれば、「Manhattan/Passage」商標が引用標章と類似することは明らかである。
その上、被請求人は、甲第14号証の1に示す引用標章と類似する「Manhattan/Passage」商標について、赤地色の方形内に表示し、かつ、迷彩柄のかばんに使用していることをみれば、不正な意図をもって本件商標のみならず、「Manhattan/Passage」商標についても取得したものである。
4.以上のように、本件商標は、この出願時、既にアメリカにおいて商品「かばん」に使用されて周知・著名となっていた引用標章と類似し、また、わが国内でも請求人から相当数の商品「かばん」が輸入され、かつ、実績もあるところから、取引者・需要者間において周知の事実であることは明らかである。
その上、被請求人は、引用標章がアメリカにおいて商品「かばん」に使用されて周知・著名となっているのを知りながら、無断で引用標章と類似する本件商標を登録し、商品「かばん」に使用して現在に至っているのであり、本件商標は、被請求人により不正な意図をもって登録されたものである。
したがって、本件商標は、引用標章と外観及び称呼において類似し、被請求人により不正の目的をもって登録されたので、商標法第4条第1項第19号に該当し、同法第46条の第1項の規定により、その登録は無効とされるべきものである。

第4 被請求人の主張
被請求人は、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求めると答弁し、その理由を要旨次のように述べ、証拠方法として乙第1号証ないし乙第41号証(枝番を含む。;枝番の全てを引用する場合は、その枝番の記載を省略する。)を提出した。
1.本件商標を出願するに至った経緯
(1)本件商標の商標権者である網野越朗は、平成13年4月末まで、東京都小平市小川東町五丁目13番17号所在のレジャープロダクツ(乙第1号証)の代表取締役であったが、現在は会長の地位にある。
レジャープロダクツは、被請求人が昭和51年5月20日に設立した会社であり、デイパック,ビジネス用バッグ、旅行用バッグ、かばん類の製造販売を行っている(乙第2号証)。被請求人は、レジャープロダクツ設立前の約14年間、かばん類の製造販売一筋の業務を行っていたので、同業界に精通している者である。
(2)被請求人は、1988年(昭和63年)9月末、米国、ニューヨークのConvention Centerで開催されたNational Merchandise Showの視察及び買い付けを目的に訪米したところ、偶然見かけたシンプルなデザインのデイパックとショルダーバッグが気に入り、その商品の下げ札に印刷された電話番号をもとに、請求人代表者のピータースの事務所を訪ね、ピータースに面会して商談をした。
ピータースの事務所は、工場も兼ねていて数台のミシンと1台の裁断テーブルがあり、ピータースは自ら電動ナイフで裁断も行っているということだった。
このように、被請求人は、ピータースに会うまでは、マンハッタン ポーテージ社についても、引用標章についても全く知らなかった。
(3)ピータースと被請求人は、夕食を共にして商談をしたところ、ピータースは日本の市場に大変興味を持っていて、本格的な取引先がないということで、被請求人の要求を基本的に受け入れた。その時、被請求人は、ピータースより日本の業者の名刺2〜3枚見せられたので、請求人商品は日本にも少しは入っていると思った。
ピータースに対して被請求人は、日本で本格的にマーケティングをするためには膨大な広告宣伝費などの金額を見込まなければならないので、先兵として日本市場を開拓する見返りとして、日本における独占販売権の授与、FOB価格の引き下げ、最短契約期間を複数年とするということを申し入れた。
その時、ピータースからは、表紙に「JOHN PETERS」の名前が表示された商品カタログ(乙第3号証)とバイヤー用の価格表(乙第4号証)をもらった。価格表にはピータース自ら「15%DISC/100 pcs use/YKK#5 ZIPPER/DFL SLIDE」と書き込み(乙第4号証の1)、被請求人は「Manhattan Portage Red Label」及びピータースから要求された「M/M$2000」(最低出荷ロット2000ドル)を書き込んだ(乙第4号証の2)。当初、両者は15%ディスカウントで合意したが、被請求人が帰国後、国際電話をして20%ディスカウントで合意したので、確認のため「20%disc」と記入しておいた。
(4)この商談の際、被請求人は、ピータースに対して、日本で引用標章を登録することを提案し、日本の商標登録のシステムでは先に登録しておかないと効力がないと説明したが、ピータースは、自分は先に使っているので登録する必要はないし、他の国で登録しても無駄であるといって関心を示さず、日本で登録したいのであれば全て被請求人の費用でやって欲しいといった。そのため、被請求人は帰国後、自らの名義で出願をして登録を受けることになったのである。
このようにして、被請求人が自らの名義で商標登録出願をすることについて、ピータースの許諾若しくはピータースと被請求人との間に合意があったのであり、被請求人がピータースに無断で、かつ、不正の目的をもって行ったことでは断じてない。
被請求人は、自ら商標登録出願をした経験もあり、長年の業務との関わりで商標登録の重要性を充分認識していたので、ピータースに対してもその場で日本の商標登録について話したのであるが、上記のとおり、被請求人が単独で出願することを認めたのである。
被請求人は、帰国後、ピータースの商品の輸入販売の準備と、商標登録出願の準備に取りかかり、昭和63年11月8日に,本件商標を商標登録出願をした(乙第5号証)。その後、図形部分のみについても、出願し登録を受けた(登録第2527329号商標;乙第6号証)。
(5)ニューヨークでピータースと取り交わした合意内容は、帰国後、国際電話(昭和63年10月24日)で確認をとり、その確認内容を1988年10月27日付けの手紙で送った(乙第7号証)。この時、初回注文書(乙第8号証)、商品に付けるラベル位置の指示書(乙第9号証)、代理店表示の依頼書(乙第10号証)、及びL/C開設の依頼書写しを同封した(乙第11号証)。
初回注文書では、4点の商品(乙第4号証の1の価格表にO印を付けた商品)について各100個の注文、ラベル位置の指示書では4点の商品に付ける「ManhattanPortage/ビル群の図形」のラベル(織りネーム)の位置を指示した。そのときのポイントは、「赤ラベル」を付けてもらいたいと注文したことである。被請求人がニューヨークで最初に見た請求人の「ManhattanPortage」の商品ラベルは「緑地」に商標が表示されたものであったが(乙第3号証)、日本向けの商品には「赤ラベル」でいこうと思ったからである。ピータースとニューヨークで商談したときも直接「赤ラベル」を注文したので、被請求人は価格表(乙第4号証の2)に記入しておき、初回注文書(乙第8号証)及びラベル位置の指示書(乙第9号証)にも間違いないよう「Red Label」と記入して依頼したのである。
(6)乙第3号証及び乙第4号証並びに乙第7号証ないし乙第11号証は、ピータースと被請求人との間で、請求人商品を日本において販売するという確約があって始めて存在し得るものであり、両者において合意があった何よりの証拠である。
そして、被請求人は1988年(昭和63年)10月31日に三菱銀行より当該L/CをCableにて開設した(乙第12号証)。
被請求人の1988年10月27日付けの手紙及び注文書に対し、ピータースは、1988年11月3日付けで返信してきた(航空郵便のため受領したのは1週間位後である。乙第13号証)が、その内容は、商品は1989年1月20日まで発送できない、したがって、L/Cの条件変更が必要であること、品番1439のデザイン変更(ボタン)により単価が0.60ドルアップすること、下げ札への代理店表示の名称及び住所は400個では不可能であること、但し、将来大きな注文のときには印刷できること、したがって、今回は貴社で粘着ラベルで対応してもらいたい、というものであり、そのこと自体両者の間に請求人商品を日本で販売することについて合意があったことの証拠である。
(7)被請求人は、ピータースの上記返信に対し、1988年11月15日付で折り返し問い合わせの手紙を出した(乙第14号証)。その内容は、ピータースの一方的な納期遅延の理由、及び今後もこのようなことが起こるのであれば、製造ライセンス契約をも考え、被請求人の方で同じ製品を作れるようにしたらどうかとの提案である。
すなわち、被請求人は、帰国後、日本の顧客に請求人商品を販売することを同年11月初旬には仮約束し、ニューヨークでピータースとの合意に基づいて帰国後直ちに商品の輸入のための準備を進めていたので、上記ピータースの手紙には非常に驚くと共に困惑した。ところが、ピータースからは被請求人の11月15日付け手紙に対する返事がなかった。
そこで、被請求人は、ピータースからの一方的な納期遅延がすぐ解決できるものかどうか不安があり、ピータースから商品が届かなければ顧客に約束した商品の販売はできず、苦慮した結果、「Manhattan/Passage」商標を新たに考え付き、当面この商標で対応することにした。そこで急ぎ、レジャープロダクツで商品を独自にデザインし製作して1989年(平成元年)春ころより販売を始めた。商品のコンセプトは旅とビジネスをテーマにし、従来の重厚感を一新し、軽量化した各種バッグを開発製造し、商標の表示には赤地のラベルを使用した。すなわち、当初の商品は韓国へ製造依頼をしたものであるが(乙第15号証)、その後作成したレジャープロダクツのカタログ中の品番(#2650、#2550、#2750につき)で商品の存在を確認できる(乙第16号証)。
被請求人は、引用標章を使用した商品が輸入できたら通信販売をすることにしていた。通販では納期が非常に大事であり、納期を守ることが信用第一に繋がるので、納期は絶対遅延させる訳にはゆかなかったので急ぎ対応が迫られたのである。
その後、レジャープロダクツは、この新たに自社で開発した「Manhattan/Passage」商標のブランドで売上を伸ばし、伊勢丹、小田急などの有名百貨店、東急ハンズ、ロフト等で販売される代表的なブランドとなり(乙第17証ないし乙第19号証)、それは今日まで続いており、平成13年春の「新ビジネスマン向けバッグ」ではランキング・ベストワンに選ばれている程である(乙第20号証)。
(8)被請求人は、「Manhattan/Passage」商標についても、被請求人の名義で商標登録出願をした。一度は他社の「パサージュ」の商標に類似するとして拒絶された経緯があるが、再出願後登録された(登録第4100203号商標;乙第21号証)。
「MANHATTAN/PASSAGE」の文字よりなる商標も登録されており(乙第22号証)、この文字のみからなる登録商標は、商品に直接付ける織りネームに使用している。
2.本件商標の登録後の経緯
(1)本件商標は、平成3年7月31日に商標登録されたので、レジャープロダクツでデザインし、かつ製造(直接又は間接に)したバックパック、トートバッグ等に使用を開始し(乙第23号証)、主に通信販売を行ってきた。
(2)ピータースからは、同氏の1988年11月3日付けの手紙以降、通信はなかったが、被請求人及びレジャープロダクツ(以下、両者をまとめていうときは「被請求人ら」という。)の取引先である東急ハンズに対し、1993年4月8日付けで、訴訟をする用意があるなどとした内容の通知書が届いた(乙第24号証)。
しかし、「ManhattanPortage」は、日本の特許庁で正式に商標登録をされている旨をピータースに返事を出したところ、ピータースからは何の返事もなかった。
(3)請求人は、平成11年(1999年)2月8日付けで、登録第2325691号商標(本件商標)及び同第2527329号商標に対し、不使用による商標登録の取消審判を請求した(平成11年審判第30180号及び平成11年審判第30181号)が、その請求は成り立たない旨の審決がなされた。
(4)請求人の関連会社であるPortage World wide Inc.から、東急ハンズに対し、1999年(平成11年)11月3日付けで、東急ハンズが「Manhattan/Passege」商標のバッグを販売していることに忠告をするとともに、日本で請求人のバッグの類似品が出回っていることに強く抗議をして行くという内容の書面が届いた(乙第25号証)。東急ハンズでは、被請求人の商標及びレジャープロダクツの商品は法律的に何の問題もないということで「Manhattan/Passage」商標の商品の販売は継続され今日に至っている。
(5)平成11年(1999年)12月22日付けで、米国大使館のクレイグ・アレン(Craig AI1en)から、東急ハンズとロフト宛に、「日本の特許庁が、『ManhattanPortage』のブランドが日本において良く知られているという証拠を認めて商標登録を与えた」など事実に反すること及びこれに基づいた不正な行為と決めつけたことを内容とする書面が届いた(乙第26号証)。
被請求人は、2000年(平成12年)1月7日付けで、クレイグ・アレンに対し、事実に反する点を指摘して回答した(乙第27号証)。その後、米国大使館からは何もいってきていない。
このように、請求人は、被請求人又はレジャープロダクツに直接コンタクトしてくることは一切なく、被請求人の事業活動を妨害する目的で以上のようなことを行ってきたといわざるを得ない。
(6)請求人は、2000年(平成12年)に、被請求人が本件商標を無断で使用していた株式会社ダイナテック会社に対してした通知書に対する回答を、直接レジャープロダクツに送ってきた(乙第28号証)。
(7)平成13年(2001年)2月20日に、請求人の副社長Ms.Su Hwei Linと伊藤忠インターナショナル(ニューヨーク)の山路氏が本件商標についての話し合いのためにレジャープロダクツを訪れた際には、請求人は、被請求人が商標権者であることを認めたうえで、商標権の売買には興味を持っておらず、日本での商標使用権を中心として和解案を見出すとするもので、当初は、商標権の譲渡ではなく、日本における使用権の許諾ということであった(乙第29号証)が、請求人の副社長が4月に再度来日してからの話し合いでは、一方的に権利の譲渡の話しに変え、当初の了解事項を無視して高圧的な態度に変わり、話し合いは決裂した(乙第30号証)。
(8)以上、被請求人がピータースとニューヨークで初めて会い、商談をしてから後の請求人との関わりについて詳細に説明をした(乙第31号証)。
3.請求の理由に対する反論
(1)請求人は、引用標章は、1983年から赤地の方形内に商標を表示していると主張するが、被請求人が初めてピータースに会った1988年9月の時点では、請求人商品には直接、緑地の方形内に商標を表示したものが使用されていた(乙第3号証)。
それに対して、被請求人は、日本で販売する商品には「赤ラベル」を使用することを強く要求したのであり、乙第4号証の価格表にも念のため「Manhattan Portage Red Label」と書き込んでおいた。
請求人が当初から「赤ラベル」のみで統一して使用していたのであれば、被請求人もわざわざ「赤ラベル」を注文することはなく、かつ、各書類に「Red Label」と書き込む必要はなかった。
請求人が緑地の方形内に商標を表示して使用していたことに言及していないのは、被請求人が商品に使用している赤地が非常に消費者に好まれていることに気が付き、請求人も当初から赤地の方形内に商標を使用しているかのように装い、被請求人がラベルの色彩まで模倣しているかの如き印象を与えようとしているとしか考えられない。したがって、上記請求人の主張は虚偽である。
(2)請求人は、引用標章が周知・著名となっていると主張し、甲第6号証ないし甲第12号証、甲第18号証ないし甲第23号証及び甲第28号証を提出しているが、以下のとおり、これらは、周知・著名性の立証としては不十分な書証であり、本件商標の登録出願時である1988年(昭和63年)当時、米国内及び日本において周知・著名であったとは到底考えられない。
ア.甲第6号証について;1999年2月23日付けの記事であり、記事中「マンハッタン ポーテージは今シーズンの流行り物かもしれないが、」との文言からして、1999年当時のことをいっていることは明らかであり、かつ、「ボイスビレッジ」とはどのような雑誌であるのか、また、その発行部数、購買層などについても全く不明である。
イ.甲第7号証について;1992年9月号の広告記事である。これについてもどのような雑誌か不明である。
ウ.甲第8号証の48〜93について;各種雑誌の広告掲載頁の抜粋であるが、1994年以降のものがほとんどであり、1991年及び1993年の掲載がそれぞれ1件のみである。また、甲第8号証の各種雑誌がどのような雑誌か、発行部数、発行地、購買層など何ら立証されておらず不明である。
エ.甲第9号証について;1988年版となっているが、これは単なるかばん業者のアルファベット順からなる名簿の一部であると思われる。被請求人がピータースと面談した当時の記事はこれ1件のみである。
オ.甲第10号証について;同号証の1及び2は、インボイスであって、前者は1987年(昭和62年)1月12日付けで、内容はわずか、3アイテム、計156個、US$3,114.00であり、後者は1988年(昭和63)1月13日付けで、これもわずか4アイテム、計210個、US$2,240.00となっている。
日本への輸入はこの2件のインボイスのみであり、数量も極くわずかであり、日本でどのように販売されたかは不明である。これをもって、「日本における当社製品の人気」(甲第13号証の2)といえるはずがないのである。
カ.甲第11号証について;単なる航空貨物の到着通知である。
キ.甲第12号証について;同号証の1ないし6は、全く同じ文面からなる宣誓供述書であり、同号証の7はやや文面が異なっているが、ほぼ同趣旨の文面からなっている。特に「1988年11月8日までほとんど全てのメッセンジャー、学生及び旅行者はマンハッタン ポーテージのバッグを使用している。」との箇所についてはそれを裏付ける資料も全くなく何の根拠もない文面である。本件商標の出願日に合わせて作成した、いわゆる頼まれ証明といわざるを得ない。
また、「現在、消費者の80%が米国市場で大変人気のあるマンハッタン ポーテージのバッグを愛用している。」の文面に至っては虚偽であるといわざるを得ない。すなわち、「現在」とは宣誓供述書が作成された2000年5月1日当時のことであろうところ、これを裏付ける証拠がないし、請求人の事業規模からいって(乙第32号証)米国の消費者の80%に対応することができるはずがないからである。
米国の業界誌「outdoor Retailer」(乙第33号証)は、米国におけるアウトドア用のグッズ及びバッグ類のシェア分析資料が掲載された雑誌であり、米国全土をカバーしており、有名メーカーはほとんど掲載されており、現在の売れ筋商品、将来の売れ筋商品に関する資料として業界では広く知られているところ、1993年(平成5年)6月号、同年12月号及び1994年(平成6年)2月号(乙第33号証の1ないし3)におけるデイパックなどの供給元リストをみても、請求人の名称は一切見当たらない。もし、米国の消費者の80%が請求人の商品を購入しているのであれば、このような業界誌のトップに名称が掲載されていることであろう。
米国最大のデイパックメーカー「ジャンスポーツ」は、上記雑誌などで常に上位にランクされている有名メーカーであるが、それは今日でも同様であり、最新の情報も紹介されている(乙第33号証の4)が、請求人は、このような業界誌で紹介されているメーカーのリストにも名称が掲載されていないところから、消費者の80%が請求人商品を愛用しているという主張は明らかに虚偽である。
ク.甲第18号証について;米国のかばん業界団体の広告誌であり、かばん関連商品の展示会を米国内で主催しているということは被請求人も知っているが、1985年の展示会への出展者の名簿が甲第9号証の4であると思われる。
「SHOWCASE」誌は商品広告の掲載を希望すれば、掲載してもらえるので、商標の周知・著名とは全く関係ない。そのうえ、1986年以前の広告はこれ1件と思われるが、広告掲載雑誌の頒布規模、発行部数、購買層等々、請求人は何ら立証していない。
ケ.甲第19号証について;「SHOWCASE」(甲第18号証)の広告掲載の原稿であると思われるが、これではこのような広告を掲載したのであろうと思わせるだけのものである。ここには引用標章が付された商品は見当たらず、写真中央の手すりに「図形/ManhattanPortage/Ltd」と表示されたボードが下げられ、展示会用に請求人の社名を表示したにすぎないものと認識されるだけである。
このような商品の広告を掲載したことのみをもって、しかもどのように商標が使用されているか判別できない状態で、引用標章が周知・著名であるといえるものではない。
コ.甲第20号証について;請求人は、請求人商品の広告例であると説明するのみで、広告媒体や広告の規模等々、何も主張していない。しかも、掲載されている商品をみると、商品番号1403及び1404の小型のバッグのみに引用標章が付されているのが窺えるが、その他は全て「JOHN PETERS」のロゴマークが付されていると思われる。すなわち、広告全体、特に「The John Peters Travel Collection」のタイトルから、客観的にはピータースの商品であることが強調されていると認識される。
サ.甲第21号証について;同号証の1の書面に貼付されている赤ラベルについて乙第3号証の請求人の当初のカタログ掲載の赤ラベルと比較すると、乙第3号証のものには、ビル群の図形左上に「MADE IN」の文字及び「ManhattanPortage/LTD.」の下に「NEW YORK,NEW YORK USA」の文字も入っていないので、1983年当初のものとは異なっていることは明らかである。
被請求人の調査及び乙第38号証の米国出願のデータからみて、ここに貼付されている赤ラベルは、1996年頃から使用されているものと思われる。
シ.甲第22号証について;請求人の商品カタログであると説明しているが、いつのものかが全く不明である。しかも、第1頁には「JOHN PETERS」の商標が掲載され、商品にもそれが使用されていることがはっきりと見て取れる。このことは、乙第3号証も同様である。
被請求人の調査によれば、乙第3号証にはない新商品が掲載されていること、及び1988年以前には使用されていなかった新しい素材「Ballistic Nylon」を使用していることから、1990年以降の商品を掲載したカタログであると認識される。
請求人は、このようなカタログを提出するのみで、作成時期、頒布量、頒布地域、商品の販売量などについて何ら示していない。
ス.甲第23号証について;いつ発行された雑誌であるのか、どのような雑誌であるのか、発行部数などについて何も説明していない。
被請求人の調査によれば、この雑誌は、株式会社グリーンアロー出版社が1999年4月に発行した創刊号であるが(乙第40号証)、市場調査用に試験的に発行されたものの、売れ行きが芳しくなく2000年(平成12年)末を最後に廃刊となっている。また、記事の中に、マンハッタンに始めての直営店が昨年の11月にオープンしたことが掲載されているが、それは1998年(平成10年)11月ということになり、それまでニューヨークの繁華街マンハッタンでさえ、店舗がなかったということである。
このように、1999年4月に発行され、発行部数も読者層も不明で、売れ行きも悪かった雑誌に掲載の記事をもって、1988年当時、引用標章が周知・著名であったことの立証とはなり得ないこと明らかである。
セ.甲第28号証について;これは、2001年7月15日に初版として発行されている。記事によると、ニューヨークを旅行した著者が、「間口の小さな『Manhattan Potage』というバッグの店を発見。」と書いているところから、ニューヨークで始めて知ったことになり、日本では全く知らなかった、すなわち、ここ1〜2年の間でさえ、請求人商品及び引用標章は知られていなかったということの証である。
上記のとおり、引用標章が本件商標の出願時既にアメリカにおいて周知・著名となっていたと主張する証拠資料は、どれを取ってもその裏付けを欠くものである。
そのうえ、請求人は、わが国内でも請求人から相当数の商品「かばん」が輸入され、かつ、実績もあるところから、取引者・需要者間において周知の事実であることは明らかである、と述べているが、請求人が提出した資料は、甲第10号証の極々わずかに日本に輸入されたということのみで、それ以上の立証は何もない。
しかも、甲第10号証のインボイスに記載されている商品番号と請求人の商品カタログや商品広告を対比すると、引用標章が使用された商品より、「JOHN PETERS」の標章が付された商品が圧倒的に多い。請求人は、引用標章に係る商品と「JOHN PETERS」を使用した商品とを区別することなく、全てに引用標章を使用しているかの如き主張している。
(3)請求人は、本件商標と引用標章が外観及び称呼において相紛らわしい、類似の商標である旨主張する。確かに、類似していることは否めない。それは、前述したとおり、被請求人がピータースに対し、日本での商標登録出願を勧めたが、ピータースにその意思は全くなく、被請求人が自らの費用で登録することを認めた結果であり、被請求人はピータースの許諾を得て、請求人の商標と構成をほぼ同じにする本件商標を出願して登録を得たからである。
しかしながら、本件商標及び「Manhattan/Passage」商標は、登録商標であり、かつ、レジャープロダクツの取扱いに係るバッグ類に使用するものとして、日本の大手業者には広く知られるところとなっているので、請求人商品を日本で取り扱う大手業者はなく、日本の市場で相紛れるおそれはないのである。
(4)請求人は、本件商標が不正の目的で登録されたと主張し、甲第13号証ないし甲第15号証を提出しているので以下反論する。
ア.甲第13号証について;被請求人がピータースに会ったきっかけについて「日本における当社製品の人気に気づき、」と供述しているが、全くの虚偽である。請求人は甲第10号証をその根拠とするようであるが、日本への僅かな数量の輸入でどのような商品であるのかが不明、商標の使用態様も不明、販売の状況も不明、このような状態をもって「日本における当社製品の人気」といえるはずがない。
また、ピータースは「網野氏とは書面あるいは口頭による契約は一切しませんでした。」と供述しているが、ピータースからもらった商品カタログ(乙第3号証)の存在、ピータースが合意内容を自ら書き込んでいる価格表(乙第4号証)、その他1988年11月3日付けピータース自身の手紙(乙第11号証)、被請求人の商品輸入の準備などについて請求人はどう説明するのか。
船積みについて約束の1989年1月20日までは間に合わないことなど、被請求人との合意事項がピータースによって守られなかったのは事実であるが、「品番1439のデザイン(ボタン)変更による単価のアップ」及び下げ札への総代理店表示を依頼したことに対して、「将来大きな注文があったときは印刷できる」と回答していることなどから、当初、口頭による契約があって、被請求人が初回注文書を送ったからこそ、このような回答を出しているのである。
被請求人との間の当初の契約を守らず、長年経過した後、被請求人の商品が消費者に好評を得た後、次々に争ってくるピータースの態度こそが不誠実なものとして責められるべきである。
また、ピータースは、「1997年500万ドルに達した日本における売上高は、レジャープロダクツが当社の顧客に対し法的な脅威を与え続けたため1998年には5万ドルにまで落ち込みました。」と供述している。ところが、甲第13号証の2の原文には、「SALES IN JAPAN REACHED 2 MILLION IN I997」とあり訳文との間に齟齬がある。
日本では、本件商標が平成3年(1991年)7月31日に登録された後にレジャープロダクツによって使用されたことから、日本の大手業者の間では被請求人の登録商標であることが周知されていたので、請求人商品が日本に入ってきたとしてもわずかな数量であると推測される。
そのうえ、請求人の「ビジネスレポート」(乙第32号証)によれば、売上高は250万ドル、従業員総数は27名とあるところからも、ピータースが述べる数字については虚偽であるといわざるを得ない。
ピータースは、甲第13号証の2の末尾に、正義を期待していること、これはもはやビジネスの問題ではなく、道義の問題であると思われます、と結んでいるが、このような状態は、ピータースが被請求人との当初の合意事項を守らず、その後放置したことに端を発し、被請求人らの商品の販売が順調に伸びていき、日本で本件商標及び「Manhattan/Passage」商標が周知されたことから、被請求人らの得意先に対して通告書を差し出したり、米国大使館を動かしたり、不使用取消審判を請求したりと何一つ誠実に対応していないからに他ならず、道義上の問題はピータース自身にあるといえる。
平成13年2月から4月にかけて、被請求人らと請求人の副社長との話し合いが当事者間の唯一直接の話し合いであったが、副社長の高圧的な態度は目に余るものがあり、信頼関係を持つことは出来なかったことからも、請求人に非があることは明らかである。
イ.甲第14号証の赤地のラベルを請求人がいつから使用しているのかは不知である。
ウ.甲第15号証のラベル等は、「ManhattanPortage」商標ではなく、「Manhattan/Passage」商標である。「Mannhatan/Passage」商標は、被請求人が商標登録を得ているのである。
甲第15号証の1は、レジャープロダクツが以前使用していたものであり、現在は、商品の下げ札として使用しているのは乙第34号証のものである。商標登録を得ている「MANHATTAN/PASSAGE」の文字のみも商品に直接付ける織りネームとして使用している。
なお、請求人は、甲第14号証の2及び甲第15号証の2としてやや模様が近似している模様の生地からなるバッグの写真を提出して、被請求人が請求人のバッグを模倣しているかの印象を与えようとしていると考えられるが、具体的な主張は何もない。被請求人は、甲第15号証の2の商品を1997年(平成9年)にスポット的に数回のロットで製造販売したのみであるが、この生地の模様は決して特殊なものではなく、いわゆる「デザート・カモフラージュ柄」あるいは「デザート・迷彩柄」と呼ばれ、1991年の湾岸戦争の際、多国籍軍が砂漠用として採用したところから、それ以降、この柄はファッションに取り入れられ、バッグ、靴、衣服、帽子などに現在でも幅広く使用されているものである(乙第35号証)。
よって、このように一般に普及し好まれている柄をバッグに使用することが不正な行為に該当すること全くない。
エ.請求人は、自身のインターネット上のホームページに、レジャープロダクツの「Manhattan/Passage」商標を掲載して、「COPIES,COUNTERFEITS AND IMITATIONS」(複製、偽造及び模倣)と中傷し、さらに「Take the Manhattan Portage LTD Challenge!」(マンハッタンポータージ社の挑戦を受けよ!)などと掲載している(乙第36号証)。
そして、文面中に、バッグ類がニューヨーク市のルーズベルト アヴェニューの店舗で販売されていること、また、ニューヨーク市の西36番ストリート及び8番アヴェニューに店舗を有している、と掲載し、路上で販売しているような不鮮明な写真も掲載しているが全くの虚偽である。被請求人らは商品を米国に輸出していないし、ニューヨークに店舗を有していることもない。また、レジャープロダクツの商品は「Made in Korea」(韓国製)でもない。これも請求人が勝手に掲載しているのである。
このように請求人は、何人もみることが可能なホームページに被請求人に関する根拠のない誹謗中傷を掲載して平然としているのであり、請求人こそ不正な行為を行っているといわざるを得ない。
(5)ピータースに対する「証人尋問申出書」について
ア.ピータースと被請求人がニューヨークで会ったのは事実である。ピータースは被請求人と会ったことは認めたうえで、商取引について契約若しくは合意はなかったと証言することが考えられるが、被請求人がこれまでに述べた事実及び乙各号証により、商談が成立し、日本に商品を輸入することについて合意があったことは明らかである。
特に、乙第3号証(「乙第4号証」の誤記と認める。)の価格表にはピータース自ら「15%DISC」と書き込み、被請求人は「Manhattan Portage Red Label」と書いておき、また、ピータースから要求された最低出荷ロットとして「M/M$2000」を記入した。そして、被請求人は帰国後、商品の輸入のための準備をした事実は証明し得た。
よって、ピータースと被請求人が商取引のために会ったことを改めて証言することは不必要であり、当事者本人から客観的な事実が証言されることは考えられない。
イ.引用標章の使用事実についても、被請求人は、請求人が引用標章を現在、米国で使用していることを否定するものではない(商品に赤地の方形内に商標を表示したものといつから使用しているかについては不知である)。但し、1988年(昭和63年)当時、日本への商品の輸入は極くわずかであり(甲第10号証)、請求人の商標はほとんど誰にも知られていなかったといっても過言ではない。
被請求人目身は、長年かばんの業界に身を置いているが、ニューヨークでピータースに会うまでは、請求人及び引用標章については全く知らなかったのである。
よって、請求人の使用商標について改めて証言することは不必要である。
ウ.以上のとおり、請求人は、甲各号証では請求の理由を裏付けることは到底できないと考え、ピータース本人の証言を得ようとしていると思われるが、ピータースは当事者本人であるから、第三者的な証人とはなり得ず、甲各号証以上の証言は得られる見込みはなく、かえって事実をねじ曲げて証言されるおそれが懸念される。
しかしながら、万が一、ピータースの証人尋問申請が認められるのであれば、被請求人本人の尋問も申請する。
4.以上、述べたとおり、本件商標は、被請求人により正当な理由のもとに商標登録出願をしたものであり、商標登録出願及び商標登録査定若しくは商標登録のいずれの時においても不正の目的はなく登録されたものである。

第5 当審の判断
1.引用標章について
(1)請求の理由、甲第3号証ないし甲第6号証、甲第9号証ないし甲第11号証、甲第18号証、甲第19号証、甲第21号証及び乙第3号証によれば、以下の事実が認められる。(枝番の全てを引用する場合は、その枝番の記載を省略する。以下、他の項についても同じ。)
ア.請求人は、1983年4月に「ウルバリン マウンテン プロダクツ インコーポレーテッド」から「マンハッタン ポーテージ リミテッド」と社名変更したスクール・ダッフルバッグ、フライトバッグ、メッセンジャーバッグ等バッグの製造、販売を業務とする米国の法人である。
イ.請求人は、「使用開始」を1983年(昭和58年)4月25日とする別掲(3)のとおりの構成よりなる商標を、国際分類第18類(ソフトラゲッジ、ショルダーバッグ、バックパック、すべての用途のスポーツバッグ、自転車ウエストポーチ)及び第22類(キャンバスメッセンジャーバッグ)について、米国特許商標庁へ登録出願し、「登録番号;第2075388号」として1997年(平成9年)7月1日に登録を受けた。上記登録商標の要部である高層ビル群の図形及び該図形の下部に書された「ManhattanPortage」の文字のロゴは、請求人の依頼により、1983年2月9日ころ、米国コネチカット州スタンフォードの所在の「Louise J.Adamcio」により製作された。
ウ.本件商標の登録出願前である1988年(昭和63年)10月以前に発行、頒布された請求人商品を掲載した商品カタログには、その表紙及び裏表紙に地色を赤色とした横長長方形内の中央部に、白抜きで描かれた高層ビル群の図形及び該図形の下部に同じく白抜きで書された「ManhattanPortage」の文字を要部とする標章が表示されている。また、同カタログ中に掲載された商品には、地色を緑色とした横長長方形内の中央部に、白抜きで描かれた高層ビル群の図形及び該図形の下部に同じく白抜きで書された「ManhattanPortage」の文字を要部とする標章が付されているものが存在する。
そして、上記地色を赤色と緑色とする2種類の標章を表示したラベルは、請求人の依頼により、1983年4月に、米国ニューヨーク州ニューヨーク市に所在の「U.S.LABEL ARTISTIC」により製造された。
エ.請求人は、請求人商品に引用標章ないし「ManhattanPortage」の文字を使用して、1985年(昭和60年)には、米国国内で発行されたと認められる雑誌等に宣伝広告した。
オ.請求人商品は、1987年(昭和62年)1月、1988年(昭和63年)1月及び1988(昭和63年)6月ころ、東京都文京区所在の「CHENG & SONS CO.LTD.」を通じて日本に輸入された。その際の各総数量は、順に156個、210個及び100個であった。
(2)上記(1)で認定した事実によれば、引用標章と社会通念上同一の範囲の商標と認められる米国における登録第2075388号商標は、1983年(昭和58年)4月25日に請求人によりバッグ類について使用が開始され、請求人は、本件商標の登録出願前より、引用標章若しくはこれと社会通念上同一と認められる地色を赤色と緑色とした2種類の標章を、請求人商品が掲載された商品カタログに使用し、あるいは米国国内で発行された雑誌等に1985年には宣伝、広告をしていたことが認められ、また、請求人商品は、本件商標の登録出願前には既に、わが国に所在する法人により輸入されていたことが認められる。
してみると、引用標章は、本件商標の登録出願前には、少なくとも米国国内のバッグ類を取り扱う業界及び該商品の需要者の間で広く認識されていたものというのが相当である。
2.本件商標と引用標章の類否及びこれらが使用される商品の類否について
(1)本件商標と引用標章は、それぞれ別掲(1)、(2)のとおり、本件商標は、細い線で高層ビル群の図形及び該文字の下に「ManhattanPortage」の文字を表してなるのに対し、引用標章は、地色を赤色とする横長長方形内に白抜きで高層ビル群の図形及び該文字の下に「ManhattanPortage」の文字を表してなるものである。
してみると、本件商標と引用標章とは、いずれも高層ビル群の図形及び該図形の下部に書された「ManhattanPortage」の文字において、構成の軌を一にするものであり、しかも、看者の注意を強く惹く高層ビル群の図形部分は、ビルの配置においても同一であるばかりでなく、文字部分の構成態様も同一のものである。
そうとすれば、本件商標と引用標章は、これらを構成する線の太さ、白抜きか否か等において差異を有するものであるとしても、その差異は、両者の外観上の類否判断に大きな影響を及ぼすものとはいえず、それぞれを時と所を異にして離隔的に観察した場合は、外観上相紛れるおそれがある商標というべきである。
また、両者は、その構成中の「ManhattanPortage」の文字部分より「マンハッタンポーテージ」の称呼を生ずるものであるから、該称呼を共通にするものである。
したがって、本件商標と引用標章とは、外観及び称呼において類似するものである。
(2)本件商標は、前記したとおり、その指定商品を平成3年政令299号による改正前の商標法施行令別表による商品区分第21類「バッグ類、その他本類に属する商品」とするものである。これに対し、引用標章は、その使用に係る商品を「スクール・ダッフルバッグ、フライトバッグ、メッセンジャーバッグ等バッグ類」とするものである。
してみると、本件商標及び引用標章は、いずれも「バッグ類」に使用するものということができる。
3.不正の目的について
(1)請求・弁駁の理由及び答弁の理由並びに甲第13号証、甲第16号証、甲第17号証、乙第1号証ないし乙第16号証によれば、以下の事実が認められる。
ア.被請求人は、かばん類の製造販売等を業務とする東京都小平市所在のレジャープロダクツの代表取締役であったが、平成13年4月25日に退任し、現在は会長の職に就いていることが認められる。被請求人は、レジャープロダクツの代表取締役であった1983年(昭和63年)9月に訪米した際に、偶然請求人商品を見つけ、同年10月に、請求人の代表者であるピータースを訪れ、請求人商品を日本で販売することについての商談を持ち掛けた。
その際、ピータースは、請求人商品を日本市場で販売することについて乗り気であったこと、被請求人は、ピータースより日本の業者の名刺2〜3枚見せられたので、請求人商品は日本にも少しは入っていると思ったこと、被請求人は、請求人から請求人商品が掲載された商品カタログと請求人商品の価格表をもらったこと、被請求人は、請求人が被請求人に対し日本における独占販売権を授与することなどを申し入れたが、被請求人の日本における独占販売権については書面による契約はしなかったこと、被請求人は、ピータースに対し、引用標章の日本における登録出願を勧めたが、請求人は関心を示さなかった(この点に関して請求人は反論していない。)ことが認められる。
イ.被請求人の帰国後、レジャープロダクツは、1988年(昭和63年)10月27日付けで、先の10月24日の請求人との電話の内容確認の書簡と請求人商品を注文する注文書を送付した。書簡の主な内容は、「貴殿は我々(レジャープロダクツ)が独占的に貴社製品の日本における販売を(宣伝をしながら)促進することを許可しました。我々は日本における貴社製品の独占販売会社です。・・・そして、ニューヨーク港本船渡しの値段については、貴殿の価格表より20%割り引くことに双方同意しました。私は上述した事が、今回の両者間の電話会談で同意した重要事項だと思います。折り返し便にて貴殿の方からもご確認ください。この契約の有効期間は・・・5年間を提案します。」とするものであり、また、注文書の主な内容は、「デイパック、ショルダーバッグ合計400個」の注文とともに、商品のデザインの変更、商品に使用するラベルの色の特定及び同ラベルにレジャープロダクツの名称、住所等を入れることなどの条件を付したものである。そして、レジャープロダクツは、上記取引のため、「信用状有効期限」を「1988年11月30日」とする信用状を開設した。
ウ.上記イ.の注文に対し、ピータースは、1988年(昭和63年)11月3日付の書簡で、注文品を1989年(平成1年)1月20日まで発送することができないこと、商品のデザインの変更には割増金が必要であること、商品に付されるラベルの住所等を変更するには、注文数が少なく対応できないことなどを通知した。
エ.被請求人は、1988年(昭和63年)11月8日に本件商標の登録出願をした。
オ.上記ウ.のピータースの書簡に対して被請求人は、1988年11月15日付けで、被請求人は、被請求人の顧客と請求人商品に関し取引契約を締結してしまったので、同年12月25日までに請求人商品を受け取らなければならないこと、被請求人が日本で請求人商品の生産を行うライセンス契約を提案したことなどを内容とする書簡を請求人に送付した。
カ.上記オ.の被請求人の書簡に対し、請求人、ないしピータースからは何らの返事がなかった。
キ.レジャープロダクツは、1989年(平成1年)3月27日に韓国ソウル市所在の会社に「MANHATTANシリーズのバッグおよびパック」の製造を、1989年(平成1年)4月15日以前に出荷することを条件に依頼した。そして、レジャープロダクツは、赤地のラベルに白抜きで表した「ビル群の図形」及び「ManhattanPassage」の文字を要部とする商標を、ショルダーバッグ、ダッフルバッグ、スクールデイバッグ、ビジネスバッグ等に付して、1989年(平成1年)4月ころより販売し始めた。
(2)上記(1)で認定した事実によれば、レジャープロダクツの代表取締役であった被請求人は、本件商標の登録出願前である1983年(昭和63年)10月には、引用標章の存在を知る立場にあったことが認められる。
そして、1983年(昭和63年)10月当時、請求人と被請求人との間に、請求人商品の取引に関し、どのような取り決めがあったのか明らかではないが、仮に被請求人が主張するように、被請求人が請求人商品を日本で販売することについて、請求人から独占販売権を授与されていたとすれば、請求人及び引用標章について何らの知識を有していなかった被請求人が、突然請求人を訪れ、にわかに請求人から独占販売権を授与されるということは、通常の商取引からすれば極めて異例のことといわなければならないし、書面による契約書が交わされていないことを併せて考えると、請求人と被請求人との間には、請求人商品の取引について何らかの話し合いがあったものと窺い知れるとしても、被請求人に請求人商品についての日本における独占販売権があったものと認めることは困難であるといわざるを得ない。
また、前記(1)イ.で認定したように、1988年(昭和63年)10月27日付けレジャープロダクツの書簡中には、「この契約の有効期間は・・・5年間を提案します。」とあるが、被請求人らにとって未知ともいえる請求人、ないし引用標章が使用される請求人商品を被請求人らが日本で販売することについて、長期契約ともいえる「5年の契約期間」を提案すること自体、奇異の念を抱かざるを得ず、むしろ、かばん業界に精通している者であると自認する被請求人の立場にあれば、被請求人は、請求人商品の評判について何らかの知識を得ていたものと考えざるを得ない。
他方、請求人と被請求人との間に、何らかの形で商品取引についての合意があったものとみられるとしても、請求人(ピータース)と被請求人らとの間における書簡には、引用標章に酷似する本件商標を被請求人が登録出願することについての明示は一切なく、1988年(昭和63年)11月3日付のピータースの書簡に対する被請求人の1988年(昭和63年)11月15日付の返信中でも、ライセンス契約の提案はしているものの、1988年(昭和63年)11月8日に登録出願をした本件商標については何ら触れられていない。
そして、被請求人らは、ピータースの1988年(昭和63年)11月3日付の書簡で、請求人との商品取引が成立しないと察知すると、請求人商品に類似するかばん類を、1989年(平成1年)3月27に付けの注文書により、韓国において製造させ、これら商品に赤地のラベルに白抜きで表した「ビル群の図形」及び「Manhattan/Passage」の文字を要部とする商標を使用して販売したものと認められる。
してみると、被請求人は、本件商標の登録出願前に、わが国において請求人商品が輸入されていたこと及び請求人が請求人商品について使用し、米国国内のかばん類の取引者、需要者の間に広く認識されている引用標章の存在を知る立場にありながら、引用標章と酷似する本件商標を登録出願することについて、請求人の承諾を得ないで無断で行ったと推認することができ、この行為には、信義則に反する不正の目的があったといわざるを得ない。そして、これを覆すに足りる証拠は見出せない。
もっとも、請求人は、引用標章を日本国内において登録出願することについて関心を示さなかったとの被請求人の主張について、何ら争うところがなく(この点に関しては、本件商標が登録されてから10年以上も経ってから、その登録について無効審判を請求していることからも容易に窺えるところである。)、また、請求人と被請求人との間に、いかなる取引の約束があったにせよ、そして、これを履行しない請求人の行為に瑕疵があったとしても、さらには、仮に被請求人が請求人の日本における独占販売業者であったとしても、これらの事情と引用標章に酷似する本件商標を請求人に無断で登録出願する行為とは、何らの関係を有せず、したがって、上記事情を考慮したとしても、被請求人は、他人である請求人が米国国内でかばん類について使用する引用標章と酷似する本件商標を日本で登録出願することについて、請求人に無断でしてもよいということにはならないことは明らかである。
4.被請求人の主張について
(1)被請求人は、本件商標を登録出願をすることについて、ピータースの許諾若しくはピータースと被請求人との間に合意があったから、ピータースに無断で、かつ、不正の目的をもって行ったものではない旨主張する。
しかしながら、被請求人が本件商標を登録出願することについて、ピータースの許諾若しくは両者間に合意があったと認めるに足りる証拠は存在しないのみならず、本件商標に対し請求人からその登録について無効審判が請求されている事実からしても、ピータースの許諾若しくは両者間に合意はなかったとみるのが妥当である。
(2)被請求人は、自己が実際に使用する商標を表示したラベルの地色について、赤色を最初に使用したのは被請求人であり、請求人は1988年(昭和63年)9月の時点では緑色の方形内に商標を使用していた旨主張する。
上記被請求人の主張するところは、被請求人の使用する商標は、引用標章とは非類似であり、不正の目的がない旨主張しているのか定かではないが、仮に請求人が本件商標の登録出願前において、請求人商品に緑色の地色のラベルのみを使用していたとしても、被請求人の使用する商標(本件商標)と引用標章とは、その要部である高層ビル群の図形及び該図形の下部に書された「ManhattanPortage」の文字において共通するものであるから、ラベルの地色の差異をもって、被請求人使用の商標の独創性をいう被請求人の主張は失当であるし、前記認定のとおり、本件商標の登録出願前に発行、頒布されたと認められる商品カタログ(乙第3号証)の表紙及び裏表紙には、地色を赤色とした標章が表示されていることが認められ、したがって、本件商標の登録出願前に、請求人から商品カタログ(乙第3号証)を持ち帰った被請求人は、自己の使用する商標のラベルについて、請求人の使用する標章をそのまま採用したものといわざるを得ない。
また、被請求人は、自己の使用する商標について、「Manhattan/Passage」商標をいっているのであれば、本件審判においては、本件商標が商標法第4条第1項第19号に違反して登録されたものであるか否かを判断すれば足りると解されるのであるから、被請求人が実際に使用する商標のラベルの地色の赤を最初に使用したのは被請求人であるとしても、この主張は、本件審判においては何らの意味をもなさないものである。そして、前記したとおり、本件商標は、その登録出願時には、少なくとも米国国内のかばん類の取引者、需要者の間で広く認識されていたと認め得る引用標章と外観及び称呼において類似する商標であり、その登録出願は、正当な使用権原を有する請求人の承諾を得ないでしたものと認められる。
(3)被請求人は、提出された証拠からは、本件商標の登録出願前における引用標章の周知、著名性は認められない旨主張する。
しかしながら、「需要者の間に広く認識されている商標」とは、米国国内の国民のすべてに広く認識されていることまでを必要とするものではなく、当該商品の取引者の間に広く認識されていれば足りると解される。
また、旅行用バッグ、通勤・通学用バッグ等にあっては、デザインもさることながら、商品の使いやすさ、軽量であること、品質の良さなどが商品の選択のポイントとなり、そのような特質を有する商品は、製造される工場等の規模の大きさ、大量生産される商品であるか否か等とは無関係に、その販売数が少ない場合であっても、その取引者、需要者の間における認識度が高くなる場合があることは、取引の実際に照らして明らかである。
ところで、甲第6号証、甲第7号証及び甲第9号証によれば、請求人商品について、「1981年までにはブルーミングデールのショーウインドにプラスチック製の留具を付けた私のバッグがみられるようになった。その頃から他の皆もプラスチック製の留具を使うようになったけれど、私が最初である。」、「1982年ニューヨーク市にある会社が非常に耐摩耗で軽量かつ耐久性のあるナイロンであるコーデュラを使用した最初のメッセンジャーバッグの製作を開始した。・・・マンハッタン ポーテージはまた、より現代的で手にやさしいネクサス留具を利用して金属製の留具に先行している。職人の技能は優れており、全てが卓越している。・・・」、「製品の出来映え、品質及び細部の機能に注意深い配慮がなされている。全ての製品がコーデュラ素材の流行色で、生涯保証により裏付けされている。」などの記載が認められ、請求人商品は、上記特性を有する商品として、少なくとも米国国内のバッグ類を取り扱う取引者の間において、広く認識されていたものとみるのが相当であるし、前記認定のとおり、請求人は、遅くとも1985年には、請求人商品についての宣伝、広告を雑誌を通じて行ったことが認められるものである。
(4)被請求人は、請求人商品に使用される商標の多くは、「JOHN PETERS」のロゴマークであり、引用標章の使用は極めて少ないところから、引用標章が周知であるとはいえない旨主張する。
しかしながら、乙第3号証(請求人商品のカタログ)の表紙及び裏表紙には、地色を赤とする引用標章が表示されているばかりでなく、掲載されている商品についても、地色を緑とする引用標章が表示されていることは明らかであり、請求人は、引用標章又は「ManhattanPortage」の文字をもって、宣伝広告したことは前記認定のとおりである。
(5)したがって、上記被請求人の主張はいずれも理由がなく、採用することができない。
5.以上のとおりであるから、本件商標は、本件商標の登録出願前より、米国国内のバッグ類の分野において、その取引者、需要者の間に広く認識されていた引用標章と類似するものであって、不正の目的をもって使用する商標であるものといわざるを得ない。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第19号に違反して登録されたものであるから、同法第46条第1項の規定により、その登録を無効とする。
なお、請求人から、ピータースの証人尋問が申請されていたが、本件は上記のとおり判断するのが相当であり、証人尋問をする必要性はないものである。
よって、結論のとおり審決する。
別掲 (1)本件商標


(2)引用標章


(地色を赤色とする)
(3)米国登録第2075388号商標


(4)登録第4100203号商標


審理終結日 2002-08-13 
結審通知日 2002-08-16 
審決日 2002-08-28 
出願番号 商願昭63-126279 
審決分類 T 1 11・ 222- Z (121)
最終処分 成立  
前審関与審査官 中村 謙三浜島 一孔 
特許庁審判長 三浦 芳夫
特許庁審判官 野本 登美男
茂木 静代
登録日 1991-07-31 
登録番号 商標登録第2325691号(T2325691) 
商標の称呼 マンハッタンポルテイジ、マンハッタンポーテッジ 
代理人 萼 経夫 
代理人 村越 祐輔 
代理人 川村 恭子 
代理人 館石 光雄 
代理人 佐々木 功 

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