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審決分類 |
審判 全部無効 商3条1項1号 普通名称 無効とする(請求全部成立)取り消す(申し立て全部成立) 001 |
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管理番号 | 1051946 |
審判番号 | 無効2000-35508 |
総通号数 | 26 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 商標審決公報 |
発行日 | 2002-02-22 |
種別 | 無効の審決 |
審判請求日 | 2000-09-22 |
確定日 | 2001-11-14 |
事件の表示 | 上記当事者間の登録第3341616号商標の商標登録無効審判事件について、次のとおり審決する。 |
結論 | 登録第3341616号の登録を無効とする。 審判費用は被請求人の負担とする。 |
理由 |
1 本件商標 本件登録第3341616号商標(以下、「本件商標」という。)は、平成7年6月7日登録出願、商標の構成を後掲に示すとおり、「カンショウ乳酸」とし、指定商品を「乳酸」として、同9年8月22日に設定の登録がされたものである。 2 請求人の主張 請求人は、結論同旨の審決を求めると申し立て、その理由を次のように述べ、証拠方法として甲第1号証ないし甲第6号証を提出した。 本件商標の登録は、商標法第3条第1項第1号、同第3号または同第6号に該当し、無効とされるべきである。 (1)商標法第3条第1項第1号該当性 (イ)普通名称 商品の普通名称とは、取引界においてその商品の一般的名称であると認められている名称である。被請求人が本件商標を使用している対象商品は緩衝作用を及ぼす乳酸である。当該商品は、取引界において、一般的に「カンショウニュウサン」と呼ばれている。このことは、三共フーヅ株式会社、重松貿易株式会社等が現に「カンショウニュウサン」という名称を使用していることから明らかである。また、月刊フードケミカル、「新めんの本」等の一般の刊行物の中においても「カンショウニュウサン」という名称が特定の商品の名詞としてではなく、一般的な物質名として使用されていることからも明らかである。 「カンショウニュウサン」という名称は、緩衝作用を意味するBuffered及び乳酸を意味するLactic Acidを和訳したものである。緩衝作用を有する乳酸を日本語で表現する場合、「カンショウニュウサン」という名称しかない。「カンショウニュウサン」以外の名称は用いられていない。 (ロ)普通に用いられる方法 (a)書体 本件商標は、行書体で表示されている。しかし、本件商標の書体程度では、普通に用いられる方法で表示されたものの範囲を超えるものとは言えない。本件商標のように、指定商品の普通名称に該当する称呼しか生じないような商標については、判例等をみても、きわめて特殊の書体であらわされたものを除き、その登録は否定されている。したがって、本件商標の書体は、普通に用いられる方法で表示したものと言うべきである。 (b)カタカナ表示 本件商標は、「カンショウ」という部分をカタカナで表示している。しかし、商品を片仮名文字であらわしたものも、それが取引界において普通に用いられるものである限りは、普通名称を普通に用いられる方法であると解されている。本件商標の対象商品の取引界においては、「カンショウ」の部分をカタカナで表示した表記も、普通に用いられている。従って、本件商標は、普通名称を普通に用いられる方法で表示したものである。 (2)商標法第3条第1項第3号該当性 (ア)効能 前述のとおり、被請求人が本件商標を使用している商品は、緩衝作用を及ぼすという効能を有する乳酸である。従って、本件商標は、商品の効能を表示したものである。 (イ)普通に用いられる方法 緩衝作用を及ぼすという効能を「カンショウニュウサン」と名詞化して名称として使用するのは取引界において普通に用いられる方法である。書体及びカタカナ表示の点については、前述のとおりである。 (3)商標法第3条第1項第6号該当性 「カンショウニュウサン」という名称は取引業界で一般的に使用されている。また「カンショウ乳酸」という表示も被請求人以外の他の会社によっても使用されている。従って、本件商標は、特定の会社の業務に係る商品であることを認識できる商標とはいえない。また、前述のとおり、本件商標の書体、即ち行書体は、本件商標によって被請求人の業務にかかる商品を識別させる機能を有する程度に特異なものとはいえない。 (4)以上の次第であるから、本件商標は、商標法第3条第1項第1号、同第3号または同第6号に該当し、無効とされるべきである。 3 被請求人の答弁 被請求人は、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求めると答弁し、その理由を次のように述べ、証拠方法として、乙第1号証ないし乙第3号証を提出した。 (1)答弁の要旨 (A)本件商標は、指定商品(乳酸)の普通名称ではないし、普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなるものではないから、商標法第3条第1項第1号には該当しない。 (B)本件商標は、指定商品(乳酸)の効能を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなるものではないから、商標法第3条第1項第3号には該当しない。なお、本件商標は、被請求人による使用の結果、被請求人の業務に係る商品であることを示す商標として需要者に知られており、識別力を有するものである。 (C)本件商標は、被請求人の業務に係る商品であることを示す商標として需要者に知られており、需要者は本件商標によって当該商品が何人の業務に係るものであることを認識しうるから、商標法第3条第1項第6号には該当しない。 (2)はじめに (a)本件商標は、片仮名「カンショウ」なる標章と漢字「乳酸」なる標章からなり、被請求人の作出にかかる造語である(以下、「本件商標」あるいは「本件商標(カンショウ乳酸)」として表示する。)。したがって、本件商標は、「緩衝乳酸」なる標章とは異なる標章である。 (b)なお、片仮名「カンショウ」に対応する漢字は、広辞苑第3版によれば、以下のとおりである。 干渉、好商、完勝、官省、管掌、冠省、冠称、竿機、喚鐘、寒松、勧奨、観賞、感傷、勧賞、寛正、管掌、関渉、歓笑、緩衝、環象、個性、簡捷、観象、観照、観賞、鑑賞 上記に照らし、片仮名「カンショウ」は、特定の用語の片仮名表記ということはできない。本件商標「カンショウ乳酸」が、被請求人の作出にかかる造語である所以である。 (3)本件商標が普通名称であるか、商標法第3条第1項第1号に該当するかについて (イ)請求人は、「商品の普通名称とは、取引界においてその商品の一般的名称であると認められている名称である。」と記載しており、この記載は、網野誠博士の所説を引用したものと思料されるが、同博士の所説は、引用の記載に引き続いて、以下の通り、述べられている。 『一定の商品の名称Aがある場合において、これと同一の商品を製造・販売する者が、商標として別個の名称Zを採用しこれをその商品に使用しても、Zなる商標が使用された商品が依然として取引界においてAとも呼ばれるような場合においては、その商品の名称Aはその普通名称であるといえよう。これに反して、商品の名称Bがある場合に、これと同一の商品を製造・販売する者がその商品に商標として別個の名称Zを使用した場合において、Zの商標が使用された商品が依然としてBとも称呼されるということがない場合においては、Bは普通名称ではなくその商品の個性化された名称であるといえよう。』 a)上記所説によれば、本件商標が本件指定商品である「乳酸」の普通名称でないことは明らかであろう。 b)また、本件商標は、被請求人の商品である「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤の普通名称であるということもない。 c)(請求人がいかなる商品の普通名称であると主張しているのか明確ではないが、上記a)、b)の主張をしているものと思料される。) (ロ)被請求人が本件商標(カンショウ乳酸)を付している商品は、「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤である。 甲第6号証は、被請求人作成のパンフレットであり、本件商標(カンショウ乳酸)が表示されている。その上で、『カンショウ乳酸は、食品のpH調整剤です。』、『カンショウ乳酸は緩衝作用を持つpH調整剤です。』等の記載がなされている。上記記載によれば、本件商標(カンショウ乳酸)は当該製品の商標として使用されているのであり、この記載から普通名称であると言えるのは、「PH調整剤」なる表示である。 (a)被請求人の商品である「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤は、【乳酸-乳酸ナトリウム混合pH調整剤】と表示されることもあり、【乳酸-乳酸ナトリウム混合pH調整剤】は「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤の普通名称であるということができる。前掲網野博士の所説によれば、「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤に、第3者が別個の名称を付しても、当該製品は、「PH調整剤」とも呼ばれるであろうから、「pH調整剤」は普通名称足りうると言うことになる。また、第3者が別個の名称を付しても、当該製品は、【乳酸一乳酸ナトリウム混合pH調整剤】とも呼ばれるから、【乳酸一乳酸ナトリウム混合pH調整剤】は、「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤の普通名称足りうると言うことになる。 (b)ところで、本件商標(カンショウ乳酸)が「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤の普通名称であるならば、「本件製品はカンショウ乳酸です」と表示されることになるはずである。しかるに、『カンショウ乳酸は、食品のpH調整剤です。』、『カンショウ乳酸は緩衝作用を持つpH調整剤です。』と記載されているのは、本件商標が、「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤の普通名称ではないことの証左である。 本件商標(カンショウ乳酸)が「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤の普通名称ではないからこそ、本件商標(カンショウ乳酸)を付した商品が「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤であることを説明しているのである。第3者が「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤に別個の名称を付した場合は、当該製品はその別個の名称で呼ばれ、当該製品の普通名称である【乳酸-乳酸ナトリウム混合pH調整剤】と呼ばれることはあっても、「カンショウ乳酸」と呼ばれることはないから、本件商標(カンショウ乳酸)は普通名称ではなく、被請求人の商品の個性化された名称であるといえるのである。 (ハ)なお、請求人は、「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤が、いわゆる緩衝作用を有するものであることから、緩衝作用を有する乳酸を「緩衝乳酸」と言い、「緩衝乳酸」は、「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤の普通名称であると主張するが、誤りである。また、「はじめに」で指摘したとおり、そもそも、本件商標(カンショウ乳酸)は「緩衝乳酸」なる標章とは異なる標章であるから、「緩衝乳酸」なる標章が当該製品の普通名称であるか否かということは、本件商標(カンショウ乳酸)が普通名称であるかということとは関係がない。 a.乳酸ナトリウムは、乳酸をナトリウムで中和したものであり、乳酸とは異なる化学的性質を有する物質である。「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」は、食品添加物であるpH調整剤に限らず、その作用に強弱はあっても、一般的に緩衝作用が認められる。ここでいう緩衝作用の緩衝とは、「二つの物の間の衝突や衝撃をゆるめ和らげること、また、そのもの」と定義されるものであり、化学の分野では、緩衝作用を有する溶液のことを緩衝溶液と言われており、「酸またはアルカリを加えても水素イオン濃度の変化を微小にとどめることができる溶液」と定義されている。一般に、弱酸とその塩、あるいは、弱塩基とその塩を含む水溶液は緩衝作用があると理解されている。 b.乙第1号証について 乳酸と乳酸ナトリウムの混合溶液だけではなく、酢酸と酢酸ナトリウムの混合溶液、クエン酸とクエン酸ナトリウムの混合溶液等が緩衝溶液として知られている。これらの混合溶液には緩衝作用が認められるが、だからといって、これらの混合溶液が「緩衝酢酸」(または「カンショウサクサン」)、「緩衝クエン酸」(または「カンショウクエンサン」)などと言われることはない。これらの混合溶液は、「酢酸緩衝液」、「クエン酸緩衝液」と表示される。乙第1号証は、「食品添加物公定書解説書(第7版)」であるが、そこには、上記の他にも、緩衝作用のある混合溶液が紹介されているが、それらの混合溶液は、「ギ酸緩衝液」、「酢酸リチウム緩衝液」、「リン酸緩衝液」等と表示(記載)されている。 c.つまり、緩衝作用の認められる食品添加物である混合溶液については、通常、「酢酸緩衝液」、「クエン酸緩衝液」、「ギ酸緩衝液」、「酢酸リチウム緩衝液」、「リン酸緩衝液」と表示されるのであって、それらを緩衝酢酸(または「カンショウサクサン」)、緩衝クエン酸(または「カンショウクエンサン」)、緩衝ギ酸(または「カンショウギサン」)、緩衝リン酸(または「カンショウリンサン」)と表示することはない、少なくとも、そのような表示は通常の表示方法ではない。同様に、「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤は、【乳酸-乳酸ナトリウム混合pH調整剤】と表示されること、あるいは、「乳酸緩衝液」と表示されることが通常であって、緩衝乳酸(または「カンショウニュウサン」)という表示、言い方はしないのである。 d.甲第2号証には、『緩衝乳酸』との表示が記載されているが、重松貿易株式会社の広告であるに過ぎず、誤用したものである。けだし、甲第2号証には、『オランダ PURAC biochem b.v.社製』との記載があるが、これは請求人の製品であることを示すものである(請求人は、平成10年に設立登記がなされているが、それ以前から日本国内において営業活動していたものである。)。つまり、重松貿易株式会社はオランダ PURAC biochem b.v.社の代理店として請求人製品を取り扱っていたものである。しかるに、請求人は、被請求人から商標権侵害の警告書が送達されるまで、請求人の製品を「カンショウ乳酸」と表示していた(乙第2号証。なお、乙第2号証は本件商標権の侵害訴訟において、請求人から裁判所に提出されたものである。)。したがって、重松貿易株式会社は、請求人の製品を「カンショウ乳酸」と表示すべきであったにもかかわらず、「カンショウ」に「緩衝」なる表示を誤って当てはめたものである。被請求人は、請求人から提出されるまで、このような広告がなされていたことを知らなかった。 e.甲第5号証について 甲第5号証について、請求人は、アムステルダム化薬会社発行の「乳酸と乳酸塩」と説明するが、甲第5号証は、同社の日本総代理店である重松貿易株式会社の発行にかかる書面である。善意に解釈すれば、アムステルダム化薬会社発行のものを翻訳したものと解することもできるが、そうであるならば、原本を提示して翻訳を添付するべきである。重松貿易株式会社の発行にかかる書面をアムステルダム化薬会社発行の書面として提出するのは失当である。 甲第5号証の5枚目には、『特性』と題して、『乳酸は、・・・弱酸である。乳酸によって有効な緩衝系を造ることができる。モルの異なる乳酸-乳酸ナトリウム緩衝剤のpH価は、上掲の図1を参照。』と記載されており(同頁左欄10行〜右欄2行)、図1の説明欄には、『2種の濃縮液の乳酸-乳酸ナトリウム緩衝剤のpH価を示す。』と記載されている(傍線部はいずれも被請求人代理人)。右によっても、「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤は、『乳酸-乳酸ナトリウム緩衝剤』と表示されているのであって、『緩衝乳酸』(または「カンショウニュウサン」)とは表示されてはいない。なお、甲第5号証の囲み部分の『緩衝乳酸』なる表示は、重松貿易株式会社の取り扱う具体的な製品の表示であり、本文及び他の部分との整合性がなく、同社による誤用である。 f.以上から、『緩衝乳酸』(または「カンショウニュウサン」)なる標章は、「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤の普通名称であるということはできないし、「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤の普通名称を普通に用いられる方法で表示するものということもできない。 (4)被請求人による販売実績について (ア)「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤を製品化し、これに「カンショウ乳酸」との商標を付して、販売を始めたのは被請求人が最初であり、1967年(昭和42年)のことである。以後、当時、日本国内における乳酸メーカーは被請求人のみであったこともあり、「カンショウ乳酸」商標を付した製品は、被請求人の製造に係る「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤として、食品業界において広く知られるところとなった。 (イ)被請求人は、ブランド政策の観点から、平成7年6月7日、本件商標の登録出願を行い、平成9年8月22日、本件商標登録を得たものである。 (ウ)「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤の製造・販売において、近年、請求人が「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤の日本国内における販売を本格化する前には、被請求人は、国内の最大手として、業界における当該製品の製造・販売実績の9割程度を占めていた。請求人の販売が本格化してからも、ここ数年において8割程度を占めており、国内最大手の地位は維持されている。本件商標(カンショウ乳酸)は、被請求人の製造・販売にかかる「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤の商標として業界に広く知られているところである。 (5)商標の誤用、あるいは、不適切な使用は、商標の希釈化を生ぜしめるものであるから、これらの誤用に対しては商標権者が商標権の保全のためにしかるべき対応をとるのは当然のことであるが、それらの全てに対応することは、状況の把握の面からも極めて困難であり、全てに対応せよと要求することは、彼我の権衡を失するおそれがある。単に誤用の事実があるからといって、当該表示が、直ちに、普通名称であるということにはならないというべきである。 イ)甲第3号証は、被請求人関連会社の社員の作成にかかる文書であり、「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤を一般的に説明し、次いで、具体的な製品について触れるにあたって、当時業界で良く知られていた被請求人の製品(商品名「カンショウ乳酸」)の名称を用い、「カンショウ乳酸」と表示したものである。 ロ)甲第4号証は、食品添加物であるpH調整剤の需要者である日本製粉株式会社関係者によって作成された書籍であるが、そこで使用されている表等に用いられている表示は「緩衝乳酸」なる標章であり、前述のとおり、「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤を表示する方法としては、不適切であり、誤用である。 (6)甲第1号証について 請求人は、甲第1号証により、三共フーズ株式会社(旧三共イースト株式会社)が「カンショウ乳酸」を商標として使用しており、請求人及び被請求人以外の会社によって「カンショウ乳酸」が使用されているから、本件商標が普通名称であると主張する。 (イ)当然のことながら、第3者が本件商標を違法に使用している場合は、被請求人はこれに対応して、その使用の差し止め等を請求することになる。現実に、請求人に対しては、本件商標権に基づいて、乙第2号証において使用されている標章について使用差し止めを求めて東京地方裁判所に訴えを提起し(東京地方裁判所平成12年(ワ)第15732号事件)、他にも、「緩衝乳酸」標章を誤用するものに対して、その是正を求めている。ちなみに、「緩衝乳酸」標章を誤用していた者は、この使用を中止している。 (ロ)しかしながら、三共フ-ズ株式会社(旧三共イースト株式会社)は、「乳酸と乳酸ナトリウムの混合物」からなる食品添加物であるpH調整剤の開発にあたって協力関係にあった会社であり、その関係もあり、被請求人は三共フーズ株式会社との間で、本件商標の使用許諾契約(乙第3号証)を結んでいる。したがって、三共フ-ズ株式会社による本件商標の使用は適法なものであり、甲第1号証の使用方法は、商標としての使用であり、何ら、普通名称化を導くものではなく、かえって、本件商標が商標として機能していることの証左である。 (7)商標法第3条第1項第3号及び商標法第3条第1項第6号について 本件商標(カンショウ乳酸)が、指定商品(乳酸)の効能を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなるものではないこと、自他商品識別力(特別顕著性)を有することは、既に述べたところである。したがって、本件商標は、商標法第3条第1項第3号及び商標法第3条第1項第6号に該当するものではないことは既に明らかであろう。 (8) 結論 以上の次第であるから、本件商標は、指定商品あるいは被請求人商品の普通名称とはなっていないし、普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなるものではないから、商標法第3条第1項第1号には該当しないこと、本件商標は、指定商品(乳酸)の効能を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなるものではないから、商標法第3条第1項第3号には該当しないこと、本件商標は、被請求人の業務に係る商品であることを示す商標として需要者に知られており、需要者は本件商標によって当該商品が何人の業務に係るものであることを認識しうるから、商標法第3条第1項第6号には該当しないことが明らかである。 4 当審の判断 本件審判において、請求人、被請求人両当事者の主張の論点は、本件商標「カンショウ乳酸」がその指定商品とする「乳酸」に関し、普通名称(商標法第3条第1項第1号)または品質等表示(同法第3条第1項第3号)ないし何人かの業務に係る商品であるのかを認識し得ないもの(同法第3条第1項第6号)か否かの点にある。 そこで、先ず、本件商標「カンショウ乳酸」が「乳酸」の普通名称に当たるものかどうかの点について検討するに、請求人提出の甲各号証および当事者の主張の全趣旨によれば、次の各点が認められる。 (1)甲第3号証は、平成9年2月発行の業界雑誌「月刊フードケミカル1997年2月号」抜粋写しと認められるところ、同誌75頁ないし77頁には、被請求人会社またはその関連会社である「武蔵野商事株式会社」の社員「藤野満」(被請求人は答弁書において被請求人関連会社の社員である旨述べている。)に係る「乳酸の特徴と食品への利用」と題する評論が掲載されている。同評論には、食品添加物として使用されている乳酸塩類の種類として、「乳酸カルシウム」、「乳酸ナトリウム」、「乳酸鉄」、「ステアロイル乳酸カルシウム」、「粉末乳酸」、「粉末乳酸ナトリウム」および「カンショウ乳酸」が並列的に掲げられている。そして、「カンショウ乳酸」については、「乳酸に乳酸ナトリウムを配合し、緩衝性を持たせたpH調整剤である。pHの影響を受け易い食品成分に対しその緩衝作用により、望ましいpH領域内に安定させることができる。」との説明が加えられている一方、「カンショウ乳酸」が被請求人(会社)の開発に係るpH調整剤の商標であることを示すような記載は見出せない。 (2)甲第4号証は、著者小田聞多,発行者食品産業新聞社に係る1992年11月発行「新めんの本」抜粋写しと認められるところ、同文献97頁には、茹で麺の保存のための処理に関し、加熱殺菌する場合には茹で麺のpHを下げてから行うのが効果的である旨、pHを下げるためには有機酸類を使用する旨、その使用方法としては酸を生地に練り込む方法と茹で麺を酸液に浸漬する方法とがある旨の記述がそれぞれあり、その記述と同じ頁には、各種有機酸を生地に練り込んだ場合の生地および茹で麺の各pH値に関し著者が引用したデータ資料が「日本製粉(株)資料」の名目の下に掲出・紹介されている。同データ資料には、生地に練り込んだ各種有機酸の名称として、「緩衝乳酸」、「乳酸」、「りんご酸」、「フマール酸」および「クエン酸」の各語が掲げられ、そのそれぞれについて生地およびそれを用いた茹で麺の各pH値が示されている。そして、同文献中、茹で麺の保存のための処理に関する記述部分には、緩衝乳酸、乳酸、りんご酸、フマール酸およびクエン酸について、その意味内容を殊更説明するような記載はない。 また、同文献「新めんの本」109頁には、包装茹麺の製造に際しての処理に関し、麺を茹で上げた後に水洗いし、有機酸液に浸漬して麺のpHを下げるようにするが、有機酸はそれぞれpHを下げる力が異なる旨の記述があり、その記述と同じ頁には、各種有機酸の強度比較に関し著者が引用したデータ資料が「日本製粉資料」の名目の下に掲出されている。同データ資料には、各種有機酸の名称として、酸度の強い順に「フマル酸」、「酒石酸」、「フィチン酸」、「乳酸」、「緩衝乳酸」、「グルコン酸」、「リンゴ酸」、「クエン酸」、「リン酸」、「コハク酸」および「酢酸」の各語が掲げられており、それぞれについて、小麦粉ペーストをpH4.2にしたときの酸度(単位,PPM)が掲げられている。そして、同記述に続けて、食味として感じる酸度はpHよりも酸の量に比例し、pHをできるだけ下げたい場合は、フマル酸や乳酸を使用するとよい旨が記載されている。同文献の包装茹麺の製造に際しての処理に関する記述部分には、フマル酸、酒石酸、フィチン酸、乳酸、緩衝乳酸、グルコン酸、リンゴ酸、クエン酸、リン酸、コハク酸および酢酸について、その意味内容を殊更説明するような記載はない。 以上の(1)及び(2)の各認定によれば、食品業界または食品添加物を取り扱う事業者ないしはこの種商品の取引者、需要者間においては、少なくとも平成4年11月当時すでに「緩衝乳酸」(カンショウ乳酸)について、「リンゴ酸」、「フマル酸」、「クエン酸」、酢酸等の有機酸類と並んで、食品に添加するpH調整剤(乳酸と乳酸ナトリウムの混合物からなる食品添加用のpH調整剤)または乳酸塩類の一種類名として一般に理解されていたものと認められ、それが乳酸に乳酸ナトリウムを配合して緩衝性を持たせた有機酸であることも、一般に認識し理解されていたものと認められる。 そして、「リンゴ酸」、「フマル酸」、「クエン酸」、「酢酸」、「乳酸カルシウム」、「乳酸ナトリウム」、「乳酸鉄」、「ステアロイル乳酸カルシウム」、「粉末乳酸」、「粉末乳酸ナトリウム」などが、いずれも有機酸類の種類を示す普通名称であるといえること、「緩衝乳酸」の「緩衝」を「カンショウ」と片仮名表記しても、「乳酸」に乳酸ナトリウムを配合して緩衝性を持たせた有機酸であるという意味に相違を来すものでないこと、また、一般に化学の分野では、緩衝作用を有する溶液のことを緩衝溶液と呼称し以前より普通に用いているように(被請求人もこの点は認めている。)、「緩衝」(カンショウ)の語自体が特に真新しい用語とはいえないこと、さらに、この種の有機酸または乳酸塩類の種類名を表示するに際して当該漢字以外に当該漢字に相応する片仮名表記も普通に使用される傾向にあるといえる取引事情(例えば、グルコン酸、リンゴ酸、クエン酸、リン酸、コハク酸等)等も併せ考慮すれば、「カンショウ乳酸」という語は、遅くとも平成4年11月時点において、すでに当該商品(有機酸または乳酸塩)の普通名称として定着していたものというべきである。 また、前記事実によれば、被請求人またはその関連会社の社員である藤野満に係る「乳酸の特徴と食品への利用」と題する評論発表時(平成9年2月)用いた「カンショウ乳酸」の語が「乳酸カルシウム」、「乳酸ナトリウム」、「乳酸鉄」、「ステアロイル乳酸カルシウム」、「粉末乳酸」および「粉末乳酸ナトリウム」と同列に並ぶ食品添加用の乳酸塩類の一つの種類を表す名称と認識していたことを推認するのに十分であって、「カンショウ乳酸」の語が遅くとも平成4年11月の時点において普通名称となっていたとする前記認定を裏付けるものといえる。 この点について、被請求人は、「カンショウ乳酸」は被請求人が昭和42年5月に製造販売を開始した原告商品を示す名称であり、自らの作出に係る造語であって、普通名称ではないとし、前記評論「乳酸の特徴と食品への利用」における「カンショウ乳酸」についての記述も本件商標の誤用にすぎない旨主張する。 しかしながら、当初は特定の商品または役務の商標(自他商品または役務の識別標識)であったものが、その後、諸事情により自他識別の機能を失い、当該商品またはその種類名として需要者一般に認識されるに至るという現象は決して珍しいことではなく、また、たとえ「カンショウ乳酸」が昭和42年5月に製造販売が開始されたpH調整剤の商標であり、被請求人の作出に係る造語であったとしても、以後、本件商標について登録査定がされた平成9年(7月3日)までの約30年にわたる期間が経過していることを考慮すれば、そのことから直ちに普通名称であることが否定されるものではない。また、前記評論における「カンショウ乳酸」に関する記述については、仮に、「カンショウ乳酸」が被請求人商品に係る商標であり、かつ、その執筆者(著者)が被請求人会社またはその関連会社の社員であったとすれば、前記評論中にその旨の注記(ことわり書き)を付すことが必要と思われるところ、そのような注記なしに「カンショウ乳酸」」がpH調整剤の一つとして他の有機酸類と並び用いられていることは、むしろ、「カンショウ乳酸」の語が普通名称となっており、被請求人の関係者でさえ、被請求人に係る商品との関連性を特に注記することなく用いてしまった状況を窺わせるものといえる。 さらに、被請求人は、第三者が本件商標の使用に関し使用許諾契約を交わし(乙第3号証)、あるいは、それまで使用していた「緩衝乳酸」の表示を「調整乳酸」に改めたとする事情を述べているが、それら事情は「カンショウ乳酸」の語が普通名称であるとの前記認定を覆すに足りるものではない。このほか述べる被請求人の主張は、いずれも論拠に乏しく客観性を欠くものであるから、採用の限りでない。 なお、被請求人・請求人両当事者間において別途争われた東京地方裁判所平成12年(ワ)第15732号商標権侵害差止等請求事件については、その後、原告の請求をいずれも棄却する旨の判決がされた(平成13年2月15日判決言渡)。 以上のとおり、本件商標(「カンショウ乳酸」)は、その登録査定時である平成9年7月当時すでにこの種有機酸類または乳酸塩類を取り扱う事業者ないしその取引者・需要者間においては、食品添加物用の有機酸類または乳酸塩類(pH調整剤)の一種類名を表す語として、すなわち、その普通名称として定着していたものであるから、この点において、本件商標は、商標法第3条第1項第1号に該当するものというべく、その登録は、同法条の規定に違反してされたものといわなければならない。 してみれば、本件商標の登録は、商標法第46条第1項により、これを無効とすべきである。 よって、結論のとおり審決する。 |
別掲 |
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審理終結日 | 2001-04-06 |
結審通知日 | 2001-04-20 |
審決日 | 2001-05-08 |
出願番号 | 商願平7-56501 |
審決分類 |
T
1
11・
11-
Z
(001)
|
最終処分 | 成立 |
前審関与審査官 | 瀧本 佐代子 |
特許庁審判長 |
原 隆 |
特許庁審判官 |
宮川 久成 小林由美子 |
登録日 | 1997-08-22 |
登録番号 | 商標登録第3341616号(T3341616) |
商標の称呼 | カンショウニューサン、カンショウ |
代理人 | 中島 徹 |
代理人 | 島田 康男 |
代理人 | 島田 富美子 |
代理人 | 寺原 真希子 |
代理人 | 木村 久也 |
代理人 | 斎藤 亜紀 |