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審決分類 |
審判 全部取消 商51条権利者の不正使用による取り消し 無効とする(請求全部成立)取り消す(申し立て全部成立) 122 |
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管理番号 | 1025620 |
審判番号 | 審判1996-16486 |
総通号数 | 15 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 商標審決公報 |
発行日 | 2001-03-30 |
種別 | 商標取消の審決 |
審判請求日 | 1996-09-30 |
確定日 | 2000-09-13 |
事件の表示 | 上記当事者間の登録第1874483号商標の登録取消審判事件について、次のとおり審決する。 |
結論 | 登録第1874483号商標の登録は取り消す。 審判費用は、被請求人の負担とする。 |
理由 |
1.本件商標 本件登録第1874483号商標(以下、「本件商標」という。)は、別掲第一商標に示すとおりの構成よりなり、昭和55年12月25日に登録出願、第22類「はき物、かさ、つえ、これらの部品及び附属品」を指定商品として、同61年6月27日に設定登録、現に有効に存続するものである。 2.請求の趣旨及び請求人の主張 請求人は、結論同旨の審決を求めると申し立て、その理由及び答弁に対する弁駁を次のように述べ、証拠方法として甲第1号証乃至同第33号証及び参考資料(1)乃至(3)を提出した。 (1)請求の理由 a)本件商標の商標権者は、その指定商品中の「運動ぐつ」について、別掲第三商標に示す構成よりなる商標(以下、「本件使用商標A」という。)を使用している。 本件使用商標Aは、別掲第二商標に示す構成よりなる請求人の著名商標(以下、「引用商標」という。)と類似するものである。 本件商標の商標権者は、引用商標が請求人のものであることを十分認識しながら本件使用商標Aをその販売する「運動ぐつ」に付し、これを販売し、請求人の業務と混同を生ずる行為をなした。 よって、本件商標は、商標法第51条第1項および同第53条の規定により取消されるべきものである。 なお、参考として、請求人は、登録第1919940号商標及び登録第2193941号商標の商標権者である。 b)被請求人は、本件使用商標Aをその側面に大きく表示した「運動ぐつ」を販売している。また、丸喜株式会は、被請求人から本件商標権の使用権を受け、同じく本件使用商標Aを表示した「運動ぐつ」を販売している。その使用の態様は、甲第30号証乃至同第32号証に示されるとおりである。 c)請求人の引用商標は、昭和20年に、フランスの女性ファッション雑誌「ELLE」のために、「エレーヌ ゴードン ラザレフ」により創作された文字である。引用商標の文字の第1の特徴は、縦長であるところにある。横と縦の比は、創作以来およそ1対2.5の比をなすように表示されている。第2の特徴として、「E」の文字を構成する三本の横棒の右端は、極端に縦方向に拡大され、「L」の文字を構成する横棒の右端も同様に表示されている。第3の特徴は、使用商標の四文字がいずれも左側に太めの縦棒をもち、これが看者の注意を引くところとなっている。引用商標の構成は、わずか4文字のローマ字からなるものであるにもかかわらず、その特徴の故に看者に極めて印象深い構成となっている。 請求人は、フランスに所在する法人であり、女性向けファッション雑誌「ELLE」の出版を中心として、各種商品のファッションを創作、紹介しているものである。 雑誌「ELLE」は、被服、身回品、化粧品、家具、食品等に関する記事を掲載する女性向けファッション週刊誌であり、フランスにおいては第2次大戦前から発行されていたが、現在までに約2300号を数えており、発行部数は、フランス語版が毎週555,000冊に達している。現在、姉妹誌「ELLE」は、ライセンス契約或いは合弁事業としての企業により、フランス版、アメリカ版、イギリス版が日本国内においても販売され、その他、イタリア版、ホンコン版、スェーデン版、中国版、ギリシャ版、フィンランド版、ドイツ版、オランダ版、ブラジル版、ポルトガル版、カナダ版、スペイン版、チエコ版、ポーランド版、トルコ版、チリ版、アルゼンチン版、メキシコ版、オーストラリア版、シンガポール版、台湾版、韓国版が、各国で販売されている。 これらの雑誌に掲載されるファッションは、現代感覚にあふれた「ELLE」誌独自の特徴を有し、「ELLE」ファッション、「ELLE」カラーと呼ばれて全世界の女性間に広く支持者を持っている。このように、雑誌「ELLE」は、ファッションの世界的中心地たるフランスにおいて発行され世界各国に輸出されており、日本においても「ELLE」誌及び「ELLE」ファッションは、古くから広く知られ、わが国のファッションに多大な影響を与えている。 「株式会社マガジンハウス」は、請求人の許諾の下に、昭和45年3月に雑誌「アンアン(an.an)」を日本版「ELLE」誌と位置づけて創刊し、以来、昭和57年に至るまで「アンアン」には毎号本国版「ELLE」誌の記事を一部そのまま掲載するなど「ELLE」ファッションの紹介、普及を図り、その表紙には必ず「ELLE JAPON」の商標を附してきた。なお、「アンアン」誌が若い女性間の爆発的な支持を受け、わが国で最も人気のある雑誌の一つであることは周知のとおりである。また、同社は、「クロワッサン」誌等他の出版物にも、多数「ELLE」誌の記事を「ELLE」の名の下に記載した さらに、同社は、昭和57年以来、雑誌「ELLE」の日本語版を発行、現在、「株式会社タイム アシェット ジャパン」がこれを承継し、発行しているが、日本における女性向け雑誌の中でも最も人気の高い雑誌となっていることは周知の事実である。ちなみに、我が国における、雑誌「ELLE」は、昭和57年4月から昭和60年4月までは月に1回、以後、現在に至るまで月2回刊行し、毎号の発行部数は20万冊から24万冊に達している。 その内容は、被服、身回品、化粧品その他のファッションの紹介の記事或いはこれに関連する広告の掲載であり、いわゆる「ELLE」ブランド、「エル」ブランドの国内における源流となっている。 ところで、これらの雑誌における「ELLE」のタイトルは、いずれも、特徴ある文字からなる引用商標を引きついで意識的に使用している。それ故、我が国における大多数の人々が雑誌「ELLE」、「ELLE」ファッションということを思いうかべる場合、引用商標を想起していることは間違いのないところである。 請求人は、雑誌「ELLE」の刊行を続けるのみではなく、「ELLE」ファッションの普及をはかるために、ライセンシーにこれらのファッションを商品化させる活動も行ってきた。このために、請求人は、日本を含め世界各国において各種商品について商標「ELLE」の登録をなしている。 我が国においては、昭和39年以来、帝人株式会社(以下、「帝人」という。)に対し、引用商標の独占的使用を許諾するとともにかかる活動を推進してきた。帝人は、自ら「ELLE」ファッションに係る洋服を製造、販売する一方、その独占的使用権に基づき、婦人服につき「イトキン株式会社」、スカーフ・ハンカチ類につき「川辺株式会社」、水着につき「株式会社岸田」、エプロンにつき「中西縫製株式会社」、寝装寝具類につき「西川産業株式会社」、手袋につき「株式会社三大」の各社に引用商標の再使用権を許諾した。前記各社は、共同して「ELLE」ファッションの宣伝、販売、普及に努め、その製造、販売に係る商品に引用商標を使用していた。 その後、昭和59年7月に至り、請求人は、前記帝人との関係を解約し、自ら「東洋ファッション開発株式会社」を設立し、「ELLE」ファッションの市場開発、市場調査、企画、利用をはかり、帝人の再使用権者を引つづき使用権者として引用商標の普及に努めている。なお、平成6年中における前記各社が引用商標を付して販売した商品の総売上額は約340億円である。 以上述べたところからも明らかなとおり、引用商標は、雑誌「ELLE」による著名性、「ELLE」ファッション、「ELLE」ファッション商品化により、我が国において「エル」の称呼をもって著名な商標となっている。 請求人は、商標「ELLE」の著名性により、顧客層の増加に対応するため、著名商標「ELLE」の単独使用のほか、これに「ENFANT」「PETITE」等の文字を付加して使用することも少なくないのが現状である。無論これらの商標は「被服、バック、靴」などのファッショングッズのほか、「運動ぐつ」も含まれている。 かような現状の下において「ELLE」を大文字、「Marine」を小文字をもって表示する本件使用商標Aが付された「運動ぐつ」を目にする者は、必ずや、その商標の「ELLE」部分に注意を向け、請求人の著名な引用商標のバリエーションと考え、あたかも当該商品が請求人の業務に関係するものと誤認することは明らかである。 引用商標およびそのバリエーションが著名な中にあって、本件商標の権利者である被請求人が引用商標の存在を知らない筈はない。それ故、被請求人は、引用商標に類似する本件使用商標Aをその指定商品に使用しているものであり、請求人の著名な引用商標と故意に混同を生じる行為をなしたものと言わざるをえない。 よって、被請求人の行為は商標法第51条第1項および同第53条の要件に該当するものであるから、本件商標は請求の趣旨のとおり取消されるべきものである。 (2)請求人の弁駁 a)被請求人は、「登録商標の使用」とは、これと全く同一の商標及び社会通念上同一と認められる商標の使用をいうと主張するが誤りである。社会通念上同一という用語は、法第50条に見られるものであるが、登録商標がこれを含むとみなされるのは、当該条項に限ってのことである。このことは、同条第1項の括弧書きの末尾に、「以下この条において同じ」と明記していることからも明らかである。被請求人が参照している判例も、法第50条に関するものであり、商標法の他の条項にまで参照出来るものではない。 b)商標法上、被請求人が専有出来るのは、甲第1号証に表示の商標そのものである。しかし、解釈上、この範囲は、同一商標およびこれの拡大、縮尺をしたものまで含むことが認められている。しかし、それ以上にこの表示の商標と異なる商標の専有が認められているものではない。 商標法が専有権の対象から類似商標を除外していることは、商標権者の登録商標に「類似する商標」を他人が使用した場合、当該商標権者はその行為を商標権の侵害として差し止めることができるとされているのに対し(商標法37条)、同法25条が、商標権者は指定商品又は指定役務について「登録商標」の使用をする権利を有すると規定して禁止権及び専有権の範囲を明確に区別していることから明らかである。 c)被請求人は、本件商標が引用商標より前に商標登録出願をされたものであり、その後の商標登録出願の上に商標登録を受けた引用商標と類似である筈はないと主張する。 しかし、ここで問題とされるのは、被請求人が現実に使用した使用商標である。この本件使用商標A及びB(以下、「各使用商標」という。)が、本件商標と類似することが商標法第51条および同第53条の要件の一つである。両者が類似することは言うまでもない。また、各使用商標と引用商標が類似でないとしても混同が生ずることをもって、両条項の要件は満たされるものである。本件商標と引用商標がともに商標登録を受けた事実をもって、各使用商標と引用商標が類似しないとの結論に導く論理は、全く当をえないものである。 各使用商標は、引用商標と類似すること明白であり、かかる商標を付された商品は、請求人の商品と混同されるであろうことは、何人も疑うことがない事実である。 d)各使用商標は、わずかな種類の商品に使用されているにすぎず、その数量、広告も請求人のそれに比較すれば極めて少ないもので、到底世間に知られているものと言いがたい。本件で問題とする「運動ぐつ」に関しては、請求人が引用商標を使用して販売している歴史、数量の方がはるかに長く、かつ、多い。 e)「本条により商標登録を取り消すには、商標権者が登録商標またはこれに類似する商標を使用するにあたり、その使用の結果として商品の品質の誤認または他人の業務に係る商品と混同を生じさせることを認識していたことをもって足り、必ずしも他人の登録商標または周知商標に近似させたいとの意図をもってこれを使用していたことまでを必要としない。」(最高裁判決)の判決などに照らしても、著名な引用商標の存在を知り、かつ、本件商標を引用商標の如き形状をもって使用していた被請求人およびその通常使用権者に故意がなかったと言うことは出来ない。 f)商標法第25条第1項にいう登録商標には、社会通念上登録商標と同一性を有する商標を含むものではないことは、近時の最高裁判例によっても再確認されている。また、パリ条約第5条C(2)項および同第8条の5C(2)項は、何ら登録商標の同一についての解釈に資するものではない。これらの趣旨は、まさに前述の法50条の「社会的同一性」に生かされているものであり、「登録商標の同一」の概念自体が拡大されなければならないものではない。したがって、被請求人の主張は、各使用商標は法第25条にいう本件商標の使用であることを前提としているが、誤りである。 3.答弁の趣旨及び被請求人の主張 被請求人は、「本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求める。」と答弁し、その理由を次のようの述べ、証拠方法として、乙第1号証乃至同第27号証(枝番を含む。)及び参考資料(乙1)及び(乙2)を提出した。 (1)第1回答弁 a)本件使用商標Aは、本件商標と社会通念上同一性を有する商標である。「登録商標の使用」とは、それと全く同一の商標及び社会通念上その登録商標と同一性を有する範囲の使用をいうのであり、更にいえば、商標公報に掲載された商標見本と同一の商標を使用することの方が少ないといわれるのが商品デザインの多様化がすすむ現今の取引の実情である。例えば、乙第1号証の判決理由においても、「登録商標は、これを付する商品の具体的な性状に応じ、適宜に変更を加えて使用されるのがむしろ通常であるから、そのような変更が当該登録商標の有する独自の識別性に影響を与えていない限り、なお同一の範囲に属する標章と認識するのが、商品需要者あるいは取引者の通念というべきである。」旨判示している通りである。 すなわち、本件使用商標Aは、「ELLE Marine」の構成から「エレマリーン」の一連一語の自然的称呼を有する商標であって、単に使用する商標のデザイン上、「MARINE」の文字を「Marine」と小文字を含んだレタリングにしただけで、これは明らかに本件商標の基本的構成を完備した同一性の範囲における商標であり、即ち本件商標の使用であることは自明である。「工業所有権法逐条解説」(特許庁編)中の商標法第51条についての解説においても、「なお、指定商品又は指定役務について登録商標自体を使用して誤認、混同を生じさせてもなんらの制裁規定はない。」旨明示されているのである。 なお、請求人は、本件使用商標A中「ELLE」の字体が引用商標のそれと類似すると主張するが、本件使用商標Aは、単に一般的に用いられている「センチュリー太字」タイプの縦長字体を採用しているだけであり、請求人の主張は明らかに失当である。 b)次に、請求人は、本件使用商標Aが引用商標に類似する旨主張しているが、これは商標法に照らし明らかに当を得ない主張である。そもそも、本件商標は、請求人の示す登録第1919940号商標及び同第2193941号商標とは、互いに非類似の独立した登録商標であることは明白な事実であって、本件使用商標Aが本件商標の使用そのものであるので、引用商標との類似性を論ずる余地はない。 従来の登録例をみても、商品区分第22類の商品を指定商品とするものであって、「ELLE」の文字を頭部に含んだ「ELLE HOMME」「ELLEーSPORT」「ELLEPARIS」等の登録商標が多くあり、それぞれ上記「ELLE」商標とは独立した非類似の商標として登録されている。この事実は、本件使用商標Aと「エル」の称呼を生ずる引用商標とは、互いに明瞭な非類似商標であることを証左するものに他ならない。 c)引用商標が、仮に、著名商標に至っていると仮定した場合でも、本件使用商標Aとは明らかに互いに非類似の商標である故に商品の誤認又は混同を生ずることはあり得ない。 もちろん、商品の混同とは、引用商標が周知著名に至り、使用商標の具体的商品について混同を生じた場合をいうのであって、これを本件についていえば、本件商標との同一性を具備した本件使用商標Aを「履物類」に使用しても、引用商標と具体的商品について混同を生ずることは有り得ず、実際の取引においてもそのような商品の混同が生じた事実は皆無である。 被請求人は、近年、引用商標が女性のファッション雑誌の名称としてよく知られてきていることは認めるものであるが、本件商標は、昭和55年に出願して登録された古い歴史を有する商標で、引用商標が我が国において、そのファッション雑誌の名称としてよく知られるに至る以前から被請求人が所有していることは明白な事実であり、各種のサンダルや靴に使用していることから、商品区分第22類中の履物についていえば、同一性の範囲で使用している被請求人所有の商標の方が、引用商標より知名度が高い。 d)請求人は、本件使用商標Aが引用商標と故意に混同を生ぜしめるものである旨主張するが、本件使用商標Aは、本件商標と同一の範囲での使用であって故意を生ずる余地はなく、上記主張は全く当らない。更に、被請求人及びその商品の販売を担当している「丸喜株式会社」は、請求人からの警告を考慮して、同人との無用の争いをも回避する目的のため速やかに本件使用商標Aの使用を中止し、登録商標そのものの使用に切りかえたところである。もちろん、故意の行為とは、過失を含まない行為であることは「工業所有権法逐条解説」中に明記されている通りである。 e)以上に述べた通り、各使用商標は、本件商標と社会通念上同一とみなされる商標の使用であって、請求人の業務に係る商品と混同を生ずることはあり得ず、また実際にそのような事実は皆無であり、従って、商標法第51条第1項および同第53条のいずれにも該当しない商標である。 (2)第2回答弁 a)法第50条の条項は、平成9年4月1日から施行の新商標法第50条第1項の条項であり、同法附則第10条第1項の規定により、上記施行日以前の本法審判の適用は、なお従前の例、即ち、旧商標法第50条第1項の規定に従う旨明規されているのであり、該旧商標法第50条中には請求人の言う「以下この条において同じ」の如き条文はどこにも存在していないのである。 改正前の審査基準において「登録商標の使用の認定に際しては、使用に係る商標が登録商標と社会通念上同一のものと認識し得るか否かを観察するものとし、登録商標に係る指定商品の属する産業分野における商取引の実情をも充分に考慮するものとする。」(商標権存続期間の更新登録)旨基準されている。このことは国際的な見地からみても、例えばパリ同盟条約第5条C(2)項に於て「商標の所有者が一の同盟国において登録された際の形態における商標の識別性に影響を与えることなく構成部分に変更を加えてその商標を使用する場合には、その商標の登録の効力は、失われず、また、その商標に対して与えられる保護は、縮減されない。」旨規定されており、更に、同第6条の5C(2)項において「本国において保護されている商標の構成部分に変更を加えた商標は、その変更が、本国において登録された際の形態における商標の識別性に影響を与えず、かつ、商標の同一性を損なわない場合には、他の同盟国において、その変更を唯一の理由として登録を拒絶されることはない。」旨規定して商標の同一性の範囲を認定しているのである。上述の如き客観的な法理念に基づき、各使用商標は、本件商標の使用であることは自明である。 翻って、引用商標は、別掲第二商標の「ELLE」である旨特定して、各使用商標がこれに類似と主張しているが、例えば、「アシェット フィリパキ ジャパン」発行の「ELLEジャポン」誌1996年7月号表紙及び請求人発行の1992年7月創刊「ELLE」誌ブラジル版表紙に示されている誌名には共に明らかに「L」の文字が1個欠落した形態であるが、これらの使用形態にまで引用商標の同一性を認めることは出来ないこととなる。 b)請求人は、各使用商標が法第25条に規定する専用権の範囲を脱している旨主張しているが、各使用商標は、本件商標の使用であって、法理念上も「登録商標の専用権は相似形のほか、若干字体を変更したにすぎないようなもの、その他社会通念上同一商標とみなさないことが著しく取引の実体に反するような場合においては、これにも及ぶものであると解することが、法律の文理解釈いかんにかかわらず、商標法及びパリ条約の精神に沿うのではないかと思われる。」と解されるものであり、該第25条にいう「商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専用する」旨の規定にいささかも外れていないことは明白である。 各使用商標は、明らかに本件商標と基本的な構成を一にした同一性を具備した商標であり、即ち、各使用商標の使用は、本件商標の使用であって、当然上記請求人の主張は誤っており、法第51条ないし同第53条立件の要件を欠いていることは自明である。 c)本件商標は、請求人の登録第2193941号商標よりも先願であり、且つ、3年も早い昭和61年登録以後、被請求人の所有する商標として現在に至るまで各種のサンダル・靴類に使用している商標であり、仮に各使用商標の使用が引用商標と混同を生ずるものになったものであるならば、該引用商標は本件商標の権利範囲を侵触しつつ使用され続けたものであるという矛盾が生じるのである。ちなみに、不正競争防止法では、その第11条第1項第3号乃至同第4号において、他人の商品等表示が需要者の間に広く認識される前から又は著名になる前からその商品等表示と同一若しくは類似の商品等表示を使用する者又はその業務を承継した者がその商品等表示を不正の目的でなく使用した場合は適用を除外する規定を設けている。 d)各使用商標は、先に述べた通り、本件商標と同一とみなされる範囲での使用であって、従って、故意を生ずる余地のない登録商標の使用であり、請求人の主張する引用商標の著名性については、近年において引用商標が女性のファッション雑誌の名称としてよく知られてきていることは認めるものであるが、それとても本件商標の出願から数年も経てから日本版が発刊されたものであり、殊に、本件商標の指定商品である「はき物」についての引用商標の著名性についてはこれを認める証左なく、仮にそうであるとすれば、本件商標の効力範囲を侵蝕しつつ成り立つものである。就中、商品「はき物」については、現在に至るまで請求人及び「株式会社アシェット フィリパキ ジャパン」自身では、引用商標を使用した商品の製造・販売を行なっておらず、ライセンス生産により使用され始めるに至ったのは近年のことであり、これを以て、引用商標が著名に至ったとは到底認め難く、実際取引上においても商品の混同は全く生じていない。 被請求人は、商品デザインの多様化がすすむ現今の取引の実情に合わせて当然本件商標と同一とみなされる範囲内での使用態様で多種デザインの本件商標を使用したはきものを販売してきており、各使用商標もそのようにデザイン化された本件商標の使用であることは明らかであって引用商標との商品の混同はあり得ない。なお、弁駁書中に引用された各判決例は、全て登録商標の変更使用及び類似商標の使用に限定された判示であり、本件と事案を異にすることは明らかである。 4.当審の判断 (1)引用商標の著名性 本件審判請求の理由及び甲第1号証乃至同第33号証を総合してみるに、以下の事実が認められる。 a)請求人は、昭和20年(1945年)に、フランスで、引用商標(別掲第二商標)を題号とした女性向けのファッション雑誌を創刊し、その後、フランス以外のヨーロッパ、南北アメリカ、東南アジアなどの世界各国でも請求人雑誌が発行されている。 我が国では、請求人の許諾の下に、昭和45年3月、表紙に「ELLE JAPON」の文字を付した雑誌「 アンアン(an.an)」が、日本語版の請求人雑誌の位置づけで創刊され、さらに、昭和57年4月には、雑誌「ELLE」が創刊された。引用商標は、請求人により、昭和20年にファッション雑誌の題号として採用されてから以降、例えば、同雑誌の表紙に、引用商標と同一字体の「ELLE」を大きく強調して表示する(甲第5号証)等、その構成態様で一貫して使用されている。 同雑誌の編集発行業務は、その後、株式会社マガジンハウスを経て、現在では、株式会社タイム アシェット ジャパンに承継されている。そして、昭和57年4月に創刊された雑誌「ELLE」は、創刊から同60年4月までは、月一回、その後、月2回発行され、毎号の発行部数は20から24万冊となっている。 b)「日英仏独対照 服飾辞典」(昭和47年2月、株式会社ダヴィッド社発行)の「エル 仏Elle」の項目には、「フランスのファッション・ブックを兼ねた大型女性週刊誌の名、若い女性向きの雑誌として知られている。」、「服飾辞典」(昭和54年3月、文化出版局発行)の「エル・ファッション」の項目には、「フランスの女性雑誌「ELLE」によって生み出されたファッションのこと」及び「増補版服飾大百科事典 下」(昭和61年6月、文化出版局発行)の「エル」の項目には、「ファッション中心に編集したフランスの若い女性向けの週刊誌であり、最近では『エル・ファッション』と呼ばれ、全世界の若い女性たちの間に支持者を持つようになっている。」の旨が記載されている。 c)請求人は、ライセンシーによる引用商標の使用も推進しており、昭和39年以降、「帝人株式会社」に対し引用商標の独占的使用を許諾した。同社は、自ら「ELLE」ファッションに係る被服を製造・販売する一方、「イトキン株式会社」他多数社に、引用商標の再使用を許諾し、これらの使用者も共同して、「ELLE」ファッションの宣伝・販売・普及に努めてきた。さらに、請求人は、昭和59年7月に、「帝人株式会社」との関係を解消すると共に、自ら「東洋ファッション開発株式会社」を設立して、引用商標を管理し、従前の再使用権者らと共同して引用商標の普及に努めてきた。平成7年には、「イトキン株式会社」「ムーンバット株式会社」等、33社の国内企業が、引用商標のライセンシーとなり、これらの企業は、被服のみならず、アクセサリー、バッグ類、傘などの他種類の分野において、引用商標を付した商品を製造・販売している。ちなみに、「イトキン株式会社」「ムーンバット株式会社」他8社の平成1年における「被服、アクセサリー、バッグ類、傘」等の引用商標を付した商品の総売上高は、約56億円であった。 d)以上によれば、引用商標は、遅くとも平成1年には、ファッション雑誌を表示するものとしての著名性を獲得していて、かつ、その商標が、「被服、アクセサリー、バッグ類、傘」等の多種類の商品を表示するものとしても使用されていたことは、本件商標の指定商品を含むファッション関連の業界において、広く認識されていたといい得るものである。さらに、その後における、雑誌「ELLE」の発行やライセンシーによる引用商標の使用状態などからみると、被請求人が本件使用商標A(別掲第三商標)を付した「運動靴」の製造・販売を開始したと認められる平成4年頃までには、引用商標の著名性は、更に増していたものということができる。 なお、乙第10号証乃至同第20号証、甲第30号証乃至同第32号証 及び参考資料1乃至3を総合して勘案すれば、被請求人が、本件使用商標A(別掲第三商標)を付した「運動靴」の製造・販売を開始したのは、平成4年頃であり、その後、書体変更して、本件使用商標B(別掲第四商標)を付した「運動靴」を製造・販売していたと認められるものである。 (2)本件商標と各使用商標との比較 本件商標は、別掲第一商標に示すとおり、「ELLE MARINE」の欧文字を太字で横書きし、その中央下部に小さく「エレマリーン」の片仮名文字を細字で横書きしてなるものであるところ、その構成からみれば、「ELLE MARINE」の欧文字部分も、独立して自他商品の識別標識としての機能を果たすものということができる。 そして、各使用商標は、別掲第三及び第四商標に示すとおり、前者が「ELLE Marine」、後者が「ELLE MARINE」の欧文字を横書きしてなるものであるところ、これらと前記本件商標の欧文字部分とは、その書体、文字の大きさに相違点があるものの、欧文字の綴りを同一にし、いずれも、「ELLE」と「Marine」又は「MARINE」の文字とを結合したと容易に理解させるものである。 してみれば、各使用商標は、本件商標に類似する商標といわざるを得ない。 (3)各使用商標と引用商標との比較及び出所の混同について 引用商標は、別掲第二商標に示すとおり、「ELLE」の欧文字を横書きしたものであるところ、その構成する各文字は、いずれも縦長の大文字であって、横線の右端部分に縦方向に拡大されたひげがあり、また、縦線が横線に比べて太いという、いわゆる、ローマン書体風の欧文字であることに特徴を有するものである。 他方、各使用商標は、前記(2)のとおりであって、その構成からみれば、前者が「ELLE」と「Marine」、後者が「ELLE」と「MARINE」の文字とを結合したと容易に理解させるものであり、両文字全体で1つの熟語を形成するものということもできない。そして、他にこれらを常に一体のものとしてのみ把握しなければならないとする格別の事情は見当たらない。 さらに、各使用商標の前半部の「ELLE」の文字は、上記特徴を有する引用商標に酷似した態様のものということができる。 そうとすると、前記(1)のとおり、引用商標が、各使用商標の「運動靴」への使用開始時には、既に、ファッション雑誌を表示するものとして著名性を獲得していたばかりでなく、「被服、アクセサリー、バッグ類、傘」等の多種類の商品を表示するものとしても、ファッション関連の業界において、広く認識されていたものであること、引用商標の使用をする「被服、アクセサリー、バッグ類、傘」等の商品と「運動靴」とは、需要者層を同じくする場合も少なくなく、トータルファッションという観点からみれば比較的密接な関連を有する商品であること及び各使用商標の前半部の「ELLE」の文字が引用商標に酷似した態様であること等を併せ考慮すれば、被請求人が、各使用商標を本件商標の指定商品中の「運動靴」に使用するときは、これに接する取引者・需要者は、その前半部の「ELLE」の文字のみを捉え、引用商標を連想、想起し、その商品が請求人又は同人と何らかの関係がある者の業務に係るものであるかのように、その出所について混同を生ずるおそれがあるものと判断するのが相当である。 したがって、被請求人(本件商標権者)における、各使用商標の使用は、「他人の業務に係る商品と混同を生ずるものをした」といわなければならない。 (5)故意について 引用商標が周知著名なものであることは前記(1)のとおりであって、被請求人は、各使用商標の使用開始当時、同人の製造販売する「運動靴」と比較的密接な関連を有する商品に使用する引用商標の存在を十分把握していたと認められること、そして、本件商標の構成が別掲第一商標のとおり、「ELLE MARINE」と「エレマリーン」の文字を上下二段に書してなるものであるのに、各使用商標は、「ELLE Marine」又は「ELLE MARINE」の欧文字のみであって、しかも、それら前半部の「ELLE」の文字が引用商標に酷似するものに変更されていることからみれば、被請求人に、 各使用商標の使用にあたり、請求人の業務に係る商品と混同を生ずることについての認識があったといわざるを得ない。 してみれば、被請求人が各使用商標を使用したことには故意があったものというべきである。 なお、被請求人は、「登録商標の使用」とは、その登録商標と全く同一の商標の使用のみをいうものではなく、若干字体を変更したにすぎないもの、その他社会通念上同一商標とみなされるものの使用もこれに含まれると解されるところ、各使用商標は、本件商標の字体を変更したにすぎず、本件商標と社会通念上同一のものであるから、本件商標の使用に当たること、そして、これを前提に、本件商標と同一の範囲内での使用であるから、故意を生ずる余地もない旨主張する。 しかし、各使用商標と本件商標を比較するに、前者は欧文字の下部に「エレマリーン」の片仮名文字がなないこと、前者がローマン書体風の字体であるのに対して、後者の欧文字部分はブロック体であって、両者の字体が異なること等、その外観において相違するものであるから、各使用商標と本件商標とは、社会通念上同一の商標といえないこと明らかである。そうとすれば、各使用商標の使用は、本件商標の使用に該当するものでなく、上記被請求人の主張は採用できない。 (6)以上のとおり、商標権者(被請求人)が、故意に指定商品中「運動靴」について、登録商標(本件商標)に類似する商標(本件使用商標AおよびB)を使用するものであって、他人(請求人)の業務に係る商品と混同を生ずるものをしたと認められるから、本件商標の登録は、商標法第51条第1項の規定により取り消すべきものである。 追って、請求人は、本件商標は、商標法第53条の規定により取り消されるべきである旨の主張もしているが、当審の審尋書に対する回答により、本件審判の請求は、同法第51条第1項の規定に基づく取消審判の請求として、審理を進めた。 よって、結論のとおり審決する。 |
別掲 |
第一商標(本件商標) 第二商標(引用商標) 第三商標(本件使用商標A) 第四商標(本件使用商標B) |
審理終結日 | 2000-06-21 |
結審通知日 | 2000-07-04 |
審決日 | 2000-07-17 |
出願番号 | 商願昭55-105499 |
審決分類 |
T
1
31・
3-
Z
(122)
|
最終処分 | 成立 |
前審関与審査官 | 広石 辰男 |
特許庁審判長 |
為谷 博 |
特許庁審判官 |
箕輪 秀人 滝沢 智夫 |
登録日 | 1986-06-27 |
登録番号 | 商標登録第1874483号(T1874483) |
商標の称呼 | エレマリーン |
代理人 | 宇佐美 利二 |
代理人 | 高梨 範夫 |
代理人 | 浅村 肇 |
代理人 | 関根 秀太 |
代理人 | 浅村 皓 |