• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申立て  登録を取消(申立全部取消) W41
管理番号 1370279 
異議申立番号 異議2019-900113 
総通号数 254 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標決定公報 
発行日 2021-02-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-04-10 
確定日 2021-01-05 
異議申立件数
事件の表示 登録第6115381号商標の商標登録に対する登録異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 登録第6115381号商標の商標登録を取り消す。
理由 第1 本件商標
本件登録第6115381号商標(以下「本件商標」という。)は、「杉原千畝」の文字を標準文字で表してなり、「スギハラ フェーゼットヴェー」により、平成29年9月28日に登録出願、第41類「歴史上の人物に関する資料の展示,歴史上の人物に関する写真展の企画・運営又は開催及びそれらに関する情報の提供,歴史上の人物に関する写真の貸与,歴史上の人物に関する図書の貸与,歴史上の人物に関する書画の貸与,歴史上の人物に関するセミナーの企画・運営又は開催及びそれらに関する情報の提供,歴史上の人物に関する知識の教授,歴史上の人物に関する映画の上映・制作又は配給及びそれらに関する情報の提供,歴史上の人物に関する映画又は音楽の興行の企画又は運営及びこれらに関する情報の提供,歴史上の人物に関する演劇の演出又は上演,歴史上の人物に関する文章の執筆,歴史上の人物に関する放送番組の制作,歴史上の人物に関する放送番組の制作における演出,歴史上の人物に関する映画・演劇・演芸・音楽又は教育研修のための施設の提供,歴史上の人物に関する書籍の制作,歴史上の人物に関する電子出版物の制作・提供及びこれらに関する情報の提供,歴史上の人物に関するオンラインによる電子出版物の提供(ダウンロードできないものに限る。),歴史上の人物に関する図書若しくは記録の供覧及びそれらに関する情報の提供,歴史上の人物に関する書画・美術品の展示及びこれらに関する情報の提供,歴史上の人物に関する興行の企画・運営又は開催(映画・演芸・演劇・音楽の演奏の興行及びスポーツ・競馬・競輪・競艇・小型自動車競走の興行に関するものを除く。),歴史上の人物に関するビデオの制作(映画・放送番組・広告用のものを除く。),歴史上の人物に関するビデオの制作(映画・放送番組・広告用のものを除く。)に関する指導・助言・情報の提供」を指定役務として、同31年1月8日に登録査定、同月18日に設定登録されたものである。
なお、本件商標権については、令和2年3月18日を受付日とする移転登録申請により、「スギハラ フェーゼットヴェー」から「杉原伸生」に特定承継による移転がされている。

第2 登録異議の申立ての理由
1 登録異議の申立ての理由1について
登録異議申立人「株式会社ライズ・プロデュース」(以下「申立人1」という。)は、本件商標は、商標法第4条第1項第7号に該当するものであるから、同法第43条の2第1号により取り消されるべきである旨申立て、その理由を、要旨以下のように述べ、証拠方法として、甲第1号証ないし甲第20号証(枝番号を含む。)を提出した(注:申立人1の提出に係る甲第1号証を「申立1甲1」と表し、以下、各号証を順次同様に表記する。)。
(1)杉原千畝について
ア 杉原千畝(1900年生まれ、1986年7月31日死去:以下「千畝」という場合がある。)は、実在した人物である。
イ 千畝は、1940年にリトアニアのカウナスの日本領事館に赴任時、ナチスドイツの迫害を受けて逃げてきたユダヤ人に対して、日本の通過ビザを発給し、それによって、多くのユダヤ人の命が助かった。「小学道徳6」(申立1甲1)によると、千畝が出したビザは2,139通であり、当時は1家族で1枚のビザであったため、千畝によって助けられたユダヤ人の数は6,000人から8,000人といわれている。
ウ 2018年の小学校での道徳教科化に伴い初めて作られた6年生用の教科書のうち、検定合格の8社中4社(教育出版、光文書院、光村図書、日本文教出版)が、千畝を取り上げた(申立1甲1、申立1甲2)。
エ 千畝の出生地とされる岐阜県加茂郡八百津町(以下「八百津町」という。)には、平成4年(1992年)8月12日に岐阜県、八百津町、ふるさと創生資金、アメリカユダヤ人協会等の資金により「人道の丘公園」が開園し、同12年(2000年)に八百津町立「杉原千畝記念館」が開館した。
オ 千畝を題材として、多数の書籍、テレビ番組、映画、ミュージカルが制作されている(申立1甲3?申立1甲18)。
なお、申立人1は、千畝を題材としたミュージカル「SEMPO」を、平成20年と同25年に制作・上演し、前者は文化庁の「平成20年度文化芸術振興費補助金」の支払対象となり、後者も主催者としてテレビ朝日、WOWOW等公共性の高い会社が名を連ねた。
(2)上記(1)からすると、以下のとおりである。
ア 千畝の周知性・著名性は肯定される。特に、小学校の道徳の教科書の題材とされていることは、決定的であり、千畝は外交官であり、公人である。
イ 国民、特に八百津町の町民は、千畝を誇りに思い、千畝は、偉人として敬愛の情をもって親しまれている。
ウ 千畝は強い顧客吸引力を有し、多数の利害関係者が存在する。
エ 杉原伸生氏の出願の経緯・目的・理由は不知である。同氏は千畝の四男であるが、その事実によって商標登録を受けることについて有利になるわけではない。
オ 本件商標は、公正な競争秩序を害し、社会公共の利益に反するから、商標法第4条第1項第7号に該当する。
2 登録異議の申立ての理由2について
登録異議申立人「特定非営利活動法人 杉原千畝命のビザ」(以下「申立人2」という。)は、本件商標は、商標法第4条第1項第7号、同第10号、同第15号、同第19号に該当し、第3条第1項に違反するものであるから、同法第43条の2第1号により取り消されるべきである旨申立て、その理由を、要旨以下のように述べ、証拠方法として、甲第1号証ないし甲第27号証(枝番号を含む。)を提出した(注:申立人2の提出に係る甲第1号証を「申立2甲1」と表し、以下、各号証を順次同様に表記する。)。
(1)商標法第4条第1項第7号該当性について
ア 判断基準
本件商標は、周知・著名な故人の人物名に関するものであるところ、商標審査便覧において、「歴史上の人物の名称を使用した公益的な施策等に便乗し、その遂行を阻害し、公共的利益を損なう結果に至ることを知りながら、利益の独占を図る意図をもってした商標登録出願」と認められるものについては、公正な競業秩序を害するものであって、社会公共の利益に反するものであるとして、商標法第4条第1項第7号に該当するとしている(申立2甲1)。
さらに、商標の使用や登録が国際信義に反する場合も、商標法第4条第1項第7号に該当する場合の一類型である(知財高判平成18年9月20日(平成17年(行ケ)第10349号)、知財高判平成31年2月6日(平成30年(行ケ)第10124号)等)。
イ 社会公共の利益に反すること
(ア)千畝の功績等が日本国民に周知されていること
a 千畝の功績(申立2甲2、申立2甲3)
千畝は、1900年1月1日生まれの日本の外交官であるところ、第二次世界大戦中にリトアニアのカウナスにて日本領事館領事代理として勤務した際、ナチスドイツによる迫害を受けたユダヤ系ポーランド人等の避難民に対して日本通過ビザを発給し、その命を救った者として世界的に著名な人物である。
当時、日本では、ユダヤ人に限らず、全ての外国人について避難先の国の入国許可を得ていない者には通過ビザを発給しないという方針であったため、迫害を逃れるためにビザの発給を求めたユダヤ人の多くは、発給の要件を満たしていなかった。
しかしながら、千畝は、ヨーロッパにおける戦争が勃発した後という状況において、人道主義・博愛精神に基づく独自の判断により、要件を満たしていない避難民に対しても、ビザが無効にならないよう、できる限りの工夫を講じて日本通過ビザを発給した。
日本通過ビザの発給を受けた避難民はシベリア鉄道でソビエト連邦を横断して日本に渡り、そこからアメリカ大陸や上海などに避難した。
千畝によるビザの発給により命が救われた者は約6,000人にものぼる。
1947年、日本に帰国すると、千畝は外務省から退職勧告を受け、退職した。なお、辞職勧告の表向きの理由は、当時外務省のみならず行政組織全体に対して大規模なリストラが行われ、外務省職員の3分の1が退職した中に千畝が含まれたというものであるが、千畝の妻、幸子夫人によると、千畝は外務事務次官から口頭で「例の件」の責任を免官の理由として告げられたとのことであり、千畝自身の手記の中でも、「本件について、私が今日まで余り語らないのは、カウナスでのビザ発給が、博愛人道精神から決行したことではあっても、暴徒に近い大群衆の請いを容れると同時にそれは、本省訓令の無視であり、したがって終戦後の引揚げ帰国と同時に、このかどにより47才で依願免官となった思い出に、つながるからであります。」と述べている。
その後、1968年に、戦時中にビザの支給を受けた者の一人が千畝を訪問したことから千畝の功績が評価されるようになる。
その時の訪問者は、当時のイスラエル国大使館のニシュリ参事官であり、千畝による人道的なビザ発給について涙ながらに謝意を述べた。
翌年、千畝は多くの者を救った功績から、ビザ受給者の一人であるバルハフティク・イスラエル宗教大臣とも面会を果たし、1974年には「イスラエル建国の恩人」として表彰され、1985年にはイスラエル政府から「諸国民の中の正義の人賞(ヤド・バシェム賞)」も受賞した。
そして、2000年10月10日、日本政府も公式な千畝の名誉回復を行った。当時の河野洋平外相が、戦後の外務省の非礼を認め、正式に遺族に謝罪した。
千畝は、1986年にその生涯を終えたが、その功績は後世にも語り継がれている。
現在、千畝が発行し多くのユダヤ人の命を救った日本通過ビザは通称「命のビザ」と呼ばれており、また、千畝自身も「東洋のシンドラー」などと呼ばれ、日本のみならず国際的にもその人道的行いが評価され、多くの人々に親しまれている。
日本通過ビザの発給を受けた6,000人はその子孫も含めれば現在25万人にも達しているといわれており、全世界に点在するユダヤ人の間では英雄的存在となっている。
b 千畝を扱った活動
千畝の名前は多くのユダヤ人難民の命を救った人物として広く認識されており、同人に関連する記事は数知れず(申立2甲4の1?申立2甲4の14)、また、千畝を題材とした映画や舞台も上映・上演されている(申立2甲5の1、申立2甲5の2)。
その他にも、千畝を題材とした書籍、舞台、映画等が数多く存在し、また、小学校や中学校等の教科書やテレビ番組、ラジオ番組等においても千畝が取り上げられている(申立2甲6の1?申立2甲6の4)。
加えて、千畝の功績を称えるイベントも数多く開催されている(申立2甲6の5)。
以上のとおり、千畝の功績等は、現在に至るまでに様々な媒体を通じて広く知られており、千畝が多くのユダヤ人難民の命を救った人物であることは日本国民に周知されている。
(イ)千畝とそのゆかりの地との関係
a 八百津町との関係
(a)千畝の功績が高く評価されていること
千畝が幼少期を過ごした八百津町においては、1992年以降現在に至るまで、毎年「杉原ウィーク」と題して、1週間にわたり、千畝を称えるイベントを開催している(なお、当該イベントの中で、「杉原千畝記念短歌大会」という千畝の名を冠したイベントも開かれている。:申立2甲7の1?申立2甲7の8)。
その他、学校教育の場では、千畝を題材とした授業等が行われている(申立2甲8の1?申立2甲8の9)。
以上のとおり、八百津町は、千畝の功績を高く評価し、千畝の功績を称えるイベントの開催や資料の展示等を行っており、また、千畝は八百津町の住民から敬愛の念をもって親しまれている。
つまり、八百津町の町民は、これまで千畝の功績を称える活動を自由に行ってきているのであり、千畝の名称は、町の共有財産として認識されている状態にある(申立2甲9の1?申立2甲9の12)。
(b)千畝と八百津町の観光事業との結びつき
八百津町には公立の「杉原千畝記念館」という施設があり、当該施設において、千畝に関する資料や写真の展示、千畝に関する企画の開催等が行われている(申立2甲3)。なお、同館は、千畝の功績を称え、後世に伝えるための記念公園として設立された「人道の丘公園」の園内にあり(申立2甲10)、杉原千畝記念館及び人道の丘公園は、八百津町の観光ガイドブックや案内マップにおいても大々的に取り上げられている(申立2甲11の1?申立2甲11の2)。
また、八百津町の施策においても、「杉原千畝氏の人道的行為に基づく、人道精神の普及・啓発などを通して、人道のまちづくりを推進」することや、「杉原千畝氏の功績を軸に、町内にある豊富な観光資源を生かし、観光客や交流人口の増加に向けて、多彩なイベントを開催することで、より一層、観光事業及び観光PRの推進を行う」ことがうたわれている(申立2甲12)。
このように、千畝は八百津町の共有財産としてシンボルとなっており、八百津町の町づくりや観光事業において大きな役割を果たしている。
b 愛知県及び名古屋市との関係
千畝の母校である愛知県立瑞陵高校の正門西側には、千畝の功績を称えるための屋外展示型の顕彰施設として「センポ・スギハラ・メモリアル」が設立されている(申立2甲13の1?申立2甲13の2)。
当該施設には、千畝のブロンズ像が設置されているほか、ビザリストを復元した陶板や千畝の生涯などをまとめたパネル等が展示されている。
また、名古屋市は、千畝の当時の居住地から同校までの通学路を「杉原千畝人道の道」と名付け、銘板などを設置して千畝の功績や名古屋市とのゆかりを伝えている(申立2甲14の1?申立2甲14の2)。
以上のとおり、千畝は、愛知県及び名古屋市にとってもゆかりの深い人物であり、その町づくりや観光事業において大きな役割を果たしている。
(ウ)公益的活動における利用
a 文化・芸術の分野における利用
千畝を題材とした書籍、舞台、映画等が数多く存在しており(申立2甲5の1?申立2甲5の2、申立2甲6の1?申立2甲6の4)、これらの作品は、千畝の功績を世に広め、文化の発展や国民の社会教育等に寄与する、すなわち公益に資するものである。
b 申立人2の活動
申立人2は千畝に関する人道主義の情報を発信しもって社会教育に寄与することを目的とする非営利団体であり(申立2甲15)、上記の映画等の制作への協力、千畝の功績を称えるイベントの主催や開催への協力等を通じて千畝の功績を普及・啓蒙するという公益的な活動を行っている(申立2甲6の1?申立2甲6の5)。
(エ)本件商標に係る商標登録の影響
千畝はその人道的な活動により世界的に名声があり、特にユダヤ人にとっては命の恩人として強い敬愛を受けている。
また、千畝にとってゆかりのある八百津町、愛知県、名古屋市においては町づくりの一環として多くの活動等がなされており、地域の共有財産となっている。
このように多くの者が千畝の功績を称えるために様々な活動を行っているにもかかわらず、本件商標の登録が認められ、本件商標の権利者たるベルギー王国の法人(なお、千畝とベルギーとの間には特に深い関係性はない。)による独占的使用が認められてしまうと、千畝に対して敬意を抱いている国民の心情が害されるのは明白であり、不快感や反発を招くことは不可避である。
また、杉原千畝記念館等の施設の運営や千畝に関するイベントの開催等(申立人2による公益活動も含む。)は、本件商標に係る指定役務のうち、「歴史上の人物に関する資料の展示」等に該当するため、本件登録によりそれらができなくなる、あるいは制限されることになり、その結果として、八百津町や愛知県、名古屋市における町づくりや観光施策の実施に著しい支障が生じる。
さらに、千畝に関する映画等の制作は、本件商標に係る指定役務のうち、「歴史上の人物に関する映画の上映・制作又は配給及びそれらに関する情報の提供」等に該当するため、本件登録によりそれらができなくなる、あるいは制限されることになり、その結果として、文化の発展等が阻害され、千畝の人道的活動を広めることなどの公益が損なわれることになる。
(オ)千畝と権利者との関係、本件商標に係る出願の目的等
権利者は、その代表者が千畝の相続人であるが、権利者自体は千畝との関係性に乏しいベルギーを所在地とする法人である。加えて、千畝の子である権利者の代表者以外にも、千畝の孫等の血縁者は他にも5名以上存命であり、権利者の代表者が唯一の遺族ではない。
また、権利者の名称をインターネットで検索したところ、権利者が、日本において、これまで千畝に関する資料や写真の展示、講演その他のイベントの開催等を行った形跡はなく、また今後行うといった情報も見当たらない(申立2甲16)。このことから、権利者は、これまで「杉原千畝」という名称を使用して活動を行った実績がないにもかかわらず、八百津町等における観光振興等を目的とした当該商標の利用に便乗して、本件登録を得たということがうかがえる。
(カ)小括
以上のとおり、権利者は、八百津町等における「杉原千畝」という名称の使用に便乗して本件登録を得たものと考えられ、また、本件登録により公益が損なわれる程度が著しいことから、本件登録を認めることは社会公共の利益に反するといえる。
ウ 国際信義に反すること
本件登録を認めることは、日本と海外の国々との国際信義にも反するため、本件商標は、この点からも「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に当たるといえる。
(ア)千畝とリトアニアの関係
千畝は、リトアニアの在カウナス領事代理を務めていた際にユダヤ人にビザを発給したことから、リトアニアにおいてその功績が高く評価されており、リトアニアの国民から敬愛の念をもって親しまれている。
例えば、リトアニアには、「杉原千畝記念碑」や「杉原記念館」等、千畝の功績を称える施設が複数存在しているだけでなく(申立2甲17の1?申立2甲17の4)、千畝の名を冠した「スギハラ通り」という通りも存在し(申立2甲18の1?申立2甲18の4)、さらには千畝の切手も作成されている(申立2甲19)。
また、同国首相等の公人のほか、千畝に命を救われた人やその親族等、多くのリトアニア人が、千畝ゆかりの地である八百津町を訪れ(申立2甲20の1?申立2甲20の11)、日本からも天皇陛下や町長などの公人や八百津町の市民などがリトアニアを訪問するなどしており(申立2甲21の1?申立2甲21の12)、千畝の功績をきっかけとして日本とリトアニアとの間の交流も盛んに行われている。
(イ)千畝とイスラエルの関係
千畝は、市民の大多数がユダヤ人であるイスラエルにおいても、当然ながらその功績が高く評価されており、イスラエルの国民から敬愛の念をもって親しまれている。
例えば、リトアニアと同様、イスラエルにも「杉原記念公園」という千畝の功績を称える施設が存在し(申立2甲7の2)、千畝の切手も作成されている(申立2甲22)。
さらに、千畝はその功績により、1985年にイスラエル政府から「諸国民の中の正義の人賞(ヤド・バシェム賞)」を授与されている(申立2甲23の1)。
また、多くのイスラエル人が八百津町を訪れているなどしている(申立2甲24の1?申立2甲24の17)。具体的には、2015年の時点で、年間2千人ものイスラエル人が八百津町の杉原千畝記念館を訪れている(申立2甲20の2)。
さらに、日本からも首相などの公人や八百津町の市民などがイスラエルを訪問するなどしており(申立2甲25の1?申立2甲25の6)、千畝の功績をきっかけとして日本とイスラエルとの間で交流も盛んに行われている。
(ウ)その他の国について
ポーランド共和国の政府は、千畝の功績に対し、功労勲章を授与している(申立2甲26の1?申立2甲26の2)。
その他特定の国にかかわらず、ユダヤ人が居住する地域を中心に千畝の功績は高く評価され、また、ホロコーストに関するイベントなどが定期的に行われ、その際、千畝に関するイベントも各都市で行われるなど、千畝は世界中で親しまれている(申立2甲27の1?申立2甲27の19)。
(エ)小括
以上のとおり、リトアニアやイスラエル等の国を中心に、千畝は、海外においても敬愛の念をもって親しまれており、千畝の功績がきっかけとなり、上記の国と日本との間に友好な関係が生まれている。
それにもかかわらず、本件登録を認め、権利者が本件商標を独占的に使用できるということになると、上記の国の国民、特に千畝に敬意を抱いている者の心情が害され、上記の国との友好関係に悪影響が及ぶ。リトアニアやイスラエルのユダヤ人にとってみれば千畝はまさにユダヤ人という宗教的民族集団の命の恩人である。
しかも、千畝によるビザ発給は1940年代に行われたため、これによって現に命が救われた者及びその遺族などの関係者はなお存命であり、それらの者は自分の事としてなお深謝しており、また、尊敬をしているのである。
そのような命の恩人である千畝の名について商標登録を認め、一法人が独占することを許せば、ユダヤ人との友好関係に大きな溝を作ることになることは想像に難くない。
したがって、本件登録を認めることは、日本と上記の各国との国際信義に反するため、本件商標は「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に当たる。
(2)商標法第4条第1項第10号該当性について
申立人2は、「杉原千畝」という名称を使用して、千畝を題材とした映画等の制作への協力、千畝の功績を称えるイベントの主催や開催への協力等の幅広い活動を行い、それを通じて千畝の功績の普及・啓蒙を行っている。また、かかる活動実績からすれば、需要者、すなわち千畝について関心のある者にとって、申立人2がそのような活動を行っていることは著名であるといえる。
さらに、申立人2以外にそのような活動を行っている著名な団体が他にないことからすると、「杉原千畝」という名称は、申立人2の業務に係る役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標に当たるといえる。
また、本件商標の指定役務は、申立人2が行っている上記活動と同一内容か、少なくとも類似の内容であるから、本件商標は「その・・・役務・・・について使用をするもの」に当たるといえる。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第10号に該当する。
(3)商標法第4条第1項第19号該当性について
「杉原千畝」という名称は、申立人2の業務に係る役務を表示するものとして日本国内における需要者の間に広く認識されている商標と同一の商標に当たる。
また、権利者は、これまで「杉原千畝」という名称を使用して活動を行った実績がないにもかかわらず本件登録をしたことにかんがみれば、八百津町等における観光振興等を目的とした当該商標の利用に便乗して、本件登録を得たものとも推察され、本件商標は、不正の目的をもって使用をするものに当たるといえる。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第19号に該当する。
(4)商標法第4条第1項第15号該当性について
仮に「杉原千畝」という名称が申立人2の業務に係る役務を表示するものとして(日本国内における)需要者の間に広く認識されている商標に当たらないとしても、申立人2が「杉原千畝」という名称を使用して活動を行っていることは著名であり、また、本件商標の指定役務が当該活動と同一内容か少なくとも類似の内容である以上、権利者が本件商標を使用して、その指定役務を行った場合、上記の需要者が、それが申立人2によって行われたものであると誤認する可能性は高いといえる。
したがって、本件商標は、他人の業務に係る役務と混同を生ずるおそれがある商標に当たり、商標法第4条第1項第15号に該当する。
(5)商標法第3条第1項違反について
権利者に「杉原千畝」という名称の使用の実態がないことからすれば、権利者には本件商標を使用する意思がないものと推認できる。
したがって、本件商標は、自己の業務に係る役務について使用をする商標(第3条第1項柱書)に当たらないから、商標法第3条第1項に違反する。

第3 取消理由の通知
当審において、本件商標権者に対し、「本件商標を商標権者がその指定役務について登録し、独占的に使用することは、公正な競業秩序を害するものであって、社会公共の利益に反するものといわざるを得ないから、本件商標は、商標法第4条第1項第7号に該当する。」旨の取消理由を令和元年11月27日付けで通知した。

第4 商標権者の意見
上記第3の取消理由に対し、本件商標権者は、「スギハラ フェーゼットヴェー」から「杉原伸生」に本件商標権の移転を行うと共に、意見書において、要旨以下のように述べ、証拠方法として、乙第1号証ないし乙第7号証を提出した。
1 取消理由通知における争点
取消理由通知においては、千畝が、全国的に周知・著名な人物である旨の事実認定を行った上で、以下の(1)ないし(3)の事項を認定している。
(1)正当な権利の有無(争点1)
本件商標権者が、千畝に関するいかなる権利についての正当な権利者であるのかが不明であること
(2)現実の使用事実の有無(争点2)
本件商標権者である「スギハラ フェーゼットヴェー」によるイベントの開催などの商標使用の事実を確認することができないこと
(3)他の者が存在する場合の商標法第4条第1項第7号の適否(争点3)
千畝の妻を理事長として設立された申立人2らが千畝の功績を普及・啓蒙する活動を行っている、つまり、他にも本件商標に関して権限を有する者が存在すること
そして、上記認定が正しいとした場合に生じ得る仮定的な「おそれ」を想定した上で、本件商標に対し商標法第4条第1項第7号を適用している(本件に商標法第4条第1項第7号を適用することの可否:争点4)。
しかしながら、本件商標権者は、千畝の「現存」する「唯一」の「実子(四男)」である杉原伸生(個人)に移転されている(乙1)。
本取消理由通知の根拠とされている商標法第4条第1項第7号の判断時期は異議決定時である(同条第3項反対解釈)。
したがって、上述の認定の基礎としてきた重要な事実(権利の主体)は、本取消理由通知時とは大きく変動している。
そもそも商標法第4条第1項第7号に係る各基準は、いずれも、「歴史上の人物と全く無関係の第三者」が、同人物名の商標登録を行う場合に適用されるものであり、歴史上の人物に最も深い関わりのある実子(杉原伸生)に対して適用されるべきものではない。
したがって、本件商標権者が杉原伸生となった時点で商標法第4条第1項第7号の適用対象外である。
2 争点1(正当な権利の有無)に関する意見
(1)商標法・民法の観点から考察した場合
本意見書提出時点では、千畝の「現存」する「唯一」の「実子(四男)」である杉原伸生(個人)が商標権者となっている。
商標法第35条において特許法第76条が準用されており、商標権の相続権者に関しては、民法第882条以降の各条項がそのまま適用されている。
民法の相続に関する規定により、杉原伸生は相続権者であって、相続権者である以上、「杉原千畝に関するいかなる権利についての正当な権利者であるのか不明」である旨の認定は明らかに誤りである。
(2)社会通念などから考察した場合
現商標権者である杉原伸生は、千畝の「現存」する「唯一」の「実子」であるため、我が国一般の社会通念・国民感情等からみても、その父の氏名に関し格別に強い正当性を有していることは明らかである。
また、仮に千畝が生前に自らの氏名を商標登録し管理していた場合を想定するに、千畝の財産権たる当該商標権は相続財産として、「残された唯一の実の息子」である杉原伸生が相続することに疑問を挟む余地はない。
(3)過去の審査例から考察した場合
必ずしも正当な権限を有しているとは考えられない者に対してさえも、従前、膨大な数の歴史上の人物についての商標登録例(「武田信玄」、「織田信長」、「豊臣秀吉」、「坂本龍馬」やこれらの文字を含む商標等)があり、当該商標権が今なお多数有効に存続している。
このような事実がありながら、本件商標登録を歴史上の人物であることを理由として取り消すということは、国・行政(特許庁)が国民(出願人・権利者)を公平平等に取り扱わなければならないという憲法上の重要な要請(憲法第14条)に真っ向から反しており、妥当な判断であるとは考えられない。
ましてや、杉原伸生は、上述のとおり、商標「杉原千畝」の登録を取得・維持する正当な権限を有する以上、同氏に対して商標登録を認めないことは失当である。
(4)以上より、争点1については、現時点では、一見して明白な事実の誤認となり、失当である。
3 争点2(現実の使用の有無)に関する意見
(1)商標法、審査基準、審査便覧、審決例及び判決例からみた反論
商標法は、現実の使用自体を限定列挙された登録の要件としておらず(商標法第3条第1項柱書)、同じく限定列挙された異議取消理由としておらず(同第43条の2第1号ないし同第3号)、さらには、不使用に関し登録後少なくとも3年の使用の猶予期間を与えている(同第50条第1項)。
そして、歴史上の人物に関する商標である場合にも、これら商標法の条項に関し除外規定はない。
本件商標が不使用であったとしても、それは法律が当然に予定・許容しているところであり、何ら責めを負うべきものではない。
商標法第4条第1項第7号の条項自体、及び、同審査基準・審査便覧、さらには同条項に関する審決例・判決例のいずれにおいても、歴史上の人物に関する当該商標権者による商標の不使用の事実を、本件取消理由通知のように取消の根拠とするものは見当たらない。
根拠がどこにも存在しない加重要件(現実の使用を加重要件とする要件)を創造し、本件に関してのみ、殊更に適用することは、明らかに行政権の踰越・濫用であり、到底許されるものではない(行政事件訴訟法第30条)。
(2)現商標権者自体の使用の事実
もとより本件商標権者(及び使用権者)は本件商標を我が国のみならず世界各国にわたり、あらゆる媒体において継続的かつ大々的に使用しているという事実がある。
本件商標権者「スギハラ フェーゼットヴェー」の代表者は、千畝の実子(四男)であり、過去から現在まで「杉原千畝」に関する膨大な数の講演やメディア出演などを行っている。このことは、例えば、「杉原伸生」の文字を「一体検索」した検索結果(乙2)、その中のいくつかの記事(乙3)及び、同人が自身の講演の記録などを記録した一覧表(乙4)などから立証される。
そして講演などの際には、必然的に「杉原千畝」の文字やこれを要部とする文字が顕著に表されていたという事実がある。
現商標権者によるこのような確固たる使用の事実が存在する以上、争点2(現実の使用の有無)に関する認定事実は明らかに誤りである。
(3)使用権者(及び前商標権者)による使用の事実
杉原伸生は、「一般財団法人杉原千畝記念財団」(以下「財団」という。)の名誉顧問を務めており(乙5)、財団に対して使用許諾し(商標法第31条)、同財団は、杉原千畝の文字及び、これを要部とする文字を継続的かつ大々的に使用している(乙5)。
使用権者によるこのような確固たる使用の事実が存在する以上、認定事実は明らかに崩壊する。
(4)以上より、現実の商標の使用事実を確認できないことを本件に取消理由が存在することの根拠の一つとすること自体が誤りであり、何よりも、本件商標には商標権者自身及び使用権者による明白な使用事実がある。
よって、本件商標権者である「スギハラ フェーゼットヴェー」が、我が国においてイベントの開催などを行った商標使用の事実を確認することができないことは、事実認定の明白な誤りであり、もとよりこのような不使用の事実を本件商標の取消理由の根拠とすることは、許されない。
4 争点3(他の者が存在する場合の商標法4条第1項第7号の適否)に関する意見
(1)商標法・商標審査基準の観点からみた認定の妥当性
本件において争われている商標法第4条第1項第7号が適用されるのは、そもそも商標の構成自体が非道徳的・卑わい・差別的・きょう激等(公序良俗違反)な場合であり、本件商標の構成自体が非道徳的・卑わい・差別的・きょう激等(公序良俗違反)ではないことは明らかである。
したがって、公序良俗の概念を、殊更に相続などという純粋に私人間の極めて私的な領域にまで拡大するのは、いかに審理に一定の裁量が認められているとはいえ、明らかに行政権の踰越・濫用であり、商標法第4条第1項第7号が抽象度の高い、いわゆる一般条項であるため、尚更にその恣意的な拡大・適用は戒められるべきである。
(2)判決例の観点からみた認定の妥当性
商標法第4条第1項第7号の「公序良俗」の概念を私的領域にまで広げるべきではないという司法判断が存在する(「コンマー/CONMER」商標事件(平成20年6月26日知財高裁平成19年(行ケ)第10391号)、「ハイパーホテル」商標事件(平成15年5月8日東京高裁平成14年(行ケ)第616号))。
(3)過去に、故人の氏名に係る商標登録出願がその遺族による出願であると認められた場合には、相続人間の利益調整を殊更に間題とすることなく商標登録を認めている(登録第4555578号、審判1999-16517号、商標「スティーブマックイーン」事件等)。
審査の統一や出願人(商標権者)の期待権の保護、及び出願人(商標権者)間の公平な取扱い等の各要請からみても、やはり他の相続権者が存在するという事実を商標法第4条第1項第7号の適用の判断材料とすることは誤りである。
(4)このように、商標法・商標審査基準、判決例及び審査例などにかんがみても「千畝の妻を理事長として設立された申立人2ら他の者が千畝の功績を普及・啓蒙する活動を行っている」ことを、本件の取消理由が存在することの根拠とするのは明らかに失当である。
5 争点4(本件に商標法第4条第1項第7号を適用することの可否)に関する意見
(1)商標法第4条第1項第7号の判例法理から考察した場合(その1)
商標法第4条第1項第7号は、抽象性の高い、一般条項であるから、国民の人権を抑圧することがないよう、極めて限定的に解釈する必要がある。
既に、同号に関し、審査基準、審査便覧、及び審決例・判決例が、確固として存在する以上、本件に関してのみこれらの蓄積を無視し、便宜的・恣意的に拡張して解釈適用されることは、決してあってはならない(行訴法第30条等)。
そこで、歴史上の人物名についての商標法第4条第1項第7号に関する判例法理を改めて振り返ってみるに、同号が適用されるのは、「歴史上の人物と何の関りもない者により(要件1)」、「商標制度を悪用して不当な利益を得ることを目的としている場合(要件2)」の2つの要件を同時に満たす場合である。
なお、この判例法理は、同号に関する極めて著名な代表的判決例・審決例等から導き出されるものである(商標「母衣旗」事件(平成11年11月29日 東京高裁平成10年(行ケ)第18号)、商標「カーネギー・スペシャル CARNEGIESPECIAL」事件(平成14年8月29日 東京高裁平成13年(行ケ)第529号)、商標「Juventus」事件(平成11年3月24日 東京高裁平成10年(行ケ)第11号)、商標「福沢諭吉」事件(登録無効審判2004-89021 審決日平成17年5月31日)、商標「野口英世」事件(拒絶査定不服審判2003-18577 審決日平成18年5月30日)、商標「ダリ」事件(東京高裁平成13年(行ケ)第443号))。
本件商標権者である杉原伸生は、千畝の唯一の現存する実子であるため、要件1を欠く。
また、杉原伸生は、千畝の実子であるため、その相続財産の享受は民法等により保証されている。
さらに、現実に杉原伸生が、本件商標権に関して不当な利益を獲得せんとしたような事実も可能性も全く存在しないため、要件2をも欠く。
よって、上記判例法理によれば、同法理を本件商標に適用することはあり得ず、同法理を逸脱し、本件商標登録を取り消すことは、あってはならない。
ちなみに、財団のホームページの「ごあいさつ」における杉原伸生の宣言も要件2を欠くことの証左の一つとなる(乙5)。
(2)商標法第4条第1項第7号の判例法理から考察した場合(その2)
前項で述べた判例法理に徴すると、本件取消理由となった商標法第4条第1項第7号が想定されている場面は、「歴史上の人物と全く無関係の第三者が、商標登録を保有せんとする場面」である。
例えば、乙第6号証に掲げるような、杉原千畝と全く無関係な者が同氏の名前を利用して、商標登録を得んとするような場面に適用されるのが商標法第4条第1項第7号である。
一方、本件は、「正当な権限を有する唯一現存する実子たる杉原伸生が、その実の父である歴史上の人物名について商標登録を行っている場面」である。
したがって、本件は、適用されるべき「主体」や「状況」など同号が想定している場面に関して、明らかに異なる。
本件事案に対して商標法第4条第1項第7号を適用することは、同号が想定している適用範囲を大きく逸脱し、失当である。
(3)商標法第4条第1項第7号の趣旨違反(その3)
前掲の判例法理に徴すると、同号の趣旨は、歴史的著名人の実子から、同氏の財産権(商標権)を取り上げることを国に認めるものであり得ない。
ましてや、平成12年10月10日、時の外務大臣は、「杉原千畝氏顕彰プレート除幕式」において、本件商標権者・杉原伸生らに謝罪した、という事実がある(乙7)にもかかわらず、同じく政府の一機関の特許庁が、今度は千畝の実子から商標権を取り上げて、「杉原千畝」の名前の適切な管理をさせない、というのは、信義則に反する。
その上、例えば、八百津町や名古屋市等のように、杉原伸生個人に比較して圧倒的な財源を有する公共団体が、杉原伸生の実父の名前を事実上、多数使用してしまえば、正当な権利者である実子(杉原伸生)が、以後、商標権により実父(杉原千畝)の名前を維持・管理できなくなるというのは、あまりにも正義に反する。
商標法第4条第1項第7号の設けられた趣旨は、このような信義則違反や反正義を認めるものではない。
6 その他
杉原伸生が本件商標「杉原千畝」の登録を保有することで法律上、果たして何らかの不都合が生じるのか。
この点に関して、同氏は、純粋に「杉原千畝」の名前が適正に管理されることを目的としており、商標権の濫用的行使などは一切行っていない。
そして、商標法上、先使用権(商標法第32条)の制度が存在し、かつ、場合によっては商標法第26条等により商標権の効力が制限されるという法律上のしっかりとした手当がなされている。
その上、無効審判(商標法第46条)においても、商標法第4条第1項第7号については除斥期間の適用が除外され(同47条)ているため、万が一にも本件商標権が濫用的に行使されるようなことがあれば、その時点で改めて問擬すれば十分である。
何よりも審査過程において、多大なる行政資源を費やした結果、本件商標登録は認められた。その間もない現時点で、しかも、本件商標について商標法第4条第1項第7号を適用するのはそもそも失当であるにもかかわらず、本件商標を取り消すことは、現実的ではなく、有り得ない。
7 意見のまとめ
本件商標権者が、杉原千畝の唯一の現存する実子である杉原伸生となったため、審判官がその認定の根拠とした争点1ないし争点3は、既に消失した。
また、もとより商標法第4条第1項第7号は、歴史上の人物とは無関係の者に対して適用される規定であるため、杉原伸生を商標権者とする本件商標には、適用され得ない。

第5 当審の判断
1 「杉原千畝」について
「杉原千畝」は、1900年1月1日生まれの日本の外交官であるところ、1940年にリトアニアのカウナスの日本領事館に赴任時、ナチスドイツによる迫害を受けたユダヤ系ポーランド人等の避難民に対して日本通過ビザを発給し、その命を救った者として知られている(申立2甲2、申立2甲3)。
(1)「杉原千畝」の周知・著名性
ア 千畝は、2018年の小学校での道徳教科化に伴い、初めて作られた6年生用の教科書に取り上げられた(申立1甲1、申立1甲2)。
イ 千畝の出生地とされる八百津町には、平成4年に「人道の丘公園」(申立2甲3、申立2甲10)が開園し、同12年に八百津町立「杉原千畝記念館」(申立2甲3)が開館した。
ウ 千畝を題材として、多数の書籍、テレビ番組、映画、ミュージカルが制作されており、千畝の功績を称えるイベントも開催されている(申立1甲3?申立1甲18、申立2甲5の1、申立2甲5の2、申立2甲6の1?申立2甲6の5)。
エ 千畝の功績に関連する新聞記事が多数存在する(申立2甲4の1?申立2甲4の14)。
オ 千畝は多くの者を救った功績から、ビザ受給者の一人であるバルハフティク・イスラエル宗教大臣とも面会を果たし、1974年には「イスラエル建国の恩人」として表彰され、1985年にはイスラエル政府から「諸国民の中の正義の人賞(ヤド・バシェム賞)」を受賞した(申立2甲4の1、申立2甲4の4、申立2甲23)。
(2)「杉原千畝」に対する国民又は地域住民の認識
ア 千畝の出生地とされる八百津町では、平成4年に「人道の丘公園」(申立2甲10)が開園し、同12年に八百津町立「杉原千畝記念館」(申立2甲3)が開館した。
イ 八百津町においては、平成4年以降現在に至るまで、毎年「杉原ウィーク」と題して、1週間にわたり、千畝を称えるイベントを開催している(申立2甲7の1?申立2甲7の8)。
ウ 八百津町や岡崎市の学校教育の場では、千畝を題材とした授業等が行われている(申立2甲8の1?申立2甲8の9)。
エ 八百津町は、千畝の生誕100年祭等、千畝の功績を称える活動を行っている(申立2甲9の1?申立2甲9の12)。
オ 千畝の母校、愛知県立瑞陵高校の正門西側には、千畝の功績を称えるための屋外展示型の顕彰施設として「センポ・スギハラ・メモリアル」が設立され、千畝のブロンズ像、ビザリストを復元した陶板や千畝の生涯などをまとめたパネル等が展示されている(申立2甲13の1、申立2甲13の2)。
カ 名古屋市は、千畝の当時の居住地から同校までの通学路を「杉原千畝人道の道」と名付け、銘板などを設置している(申立2甲14の1、申立2甲14の2)。
キ リトアニアにおいては、「杉原千畝記念碑」や「杉原記念館」等の施設が存在しており(申立2甲17の1?申立2甲17の4)、千畝の名を冠した「スギハラ通り」という通りも存在する(申立2甲18の1?申立2甲18の4、申立2甲19)。さらに、千畝が描かれた切手も作成されている(申立2甲19)。
ク イスラエルにおいては、「杉原記念公園」という施設が存在し(申立2甲7の2)、千畝が描かれた切手も作成されている(申立2甲22)。さらに、千畝はその功績により、1985年にイスラエル政府から「諸国民の中の正義の人賞(ヤド・バシェム賞)」を授与されている(申立2甲4の1、申立2甲4の4、申立2甲23)。
ケ 2019年10月25日付けの朝日新聞夕刊には、「『命のビザ』80年、絆は今も 日本・リトアニア、杉原千畝の功績 大統領、出身地の岐阜初訪問」の見出しの下、「第2次世界大戦中、外交官の杉原千畝(ちうね)(1900?86)がリトアニアでユダヤ人に『命のビザ』を発給してから来年で80年。24日には、同国の国家元首が初めて杉原の出身地である岐阜県を訪問した。これまで民間交流を積み重ね、来年には両国政府が記念行事も予定する。杉原の功績がつないだ日本とリトアニアの関係は、今も深まっている。・・・一方、日、リトアニア両政府は来年の『命のビザ』80年に合わせ、両国の相互訪問ツアーや、記念館のあるカウナス市で日本関連のイベントなどを計画。さらに、リトアニア国会では来年を『杉原千畝の年』と位置づけることも決まった。」との記事がある。
(3)「杉原千畝」の功績に対する各種利用状況
ア 千畝を題材として、多数の書籍、テレビ番組、映画、ミュージカルが制作されており、千畝の功績を称えるイベントも開催されている(申立1甲3?申立1甲18、申立2甲5の1?申立2甲5の2、申立2甲6の1?申立2甲6の5)。申立人1は、千畝を題材としたミュージカル「SEMPO」を、平成20年と同25年に制作・上演した(申立1甲3、申立2甲5の2)。
イ 八百津町において、「杉原千畝記念館」「人道の丘公園」などが観光ガイドブックや案内マップに取り上げられている(申立2甲3、申立2甲10、申立2甲11の1、申立2甲11の2)。
ウ 「第5次 八百津町総合計画 2017-2024」において、「杉原千畝氏の人道的行為に基づく、人道精神の普及・啓発などを通して、人道のまちづくりを推進」することや、「杉原千畝氏の功績を軸に、町内にある豊富な観光資源を生かし、観光客や交流人口の増加に向けて、多彩なイベントを開催することで、より一層、観光事業及び観光PRの推進を行う」ことがうたわれている(申立2甲12)。
エ 千畝の母校、愛知県立瑞陵高校の正門西側には、千畝の功績を称えるための屋外展示型の顕彰施設として「センポ・スギハラ・メモリアル」が設立され、千畝のブロンズ像、ビザリストを復元した陶板や千畝の生涯などをまとめたパネル等が展示されている(申立2甲13の1、申立2甲13の2)。
オ 名古屋市は、千畝の当時の居住地から同校までの通学路を「杉原千畝人道の道」と名付け、銘板などを設置している(申立2甲14の1、申立2甲14の2)。
カ 申立人2は、千畝に関する人道主義の情報を発信しもって社会教育に寄与することを目的とする非営利団体であるところ(申立2甲15)、申立人2のホームページによれば、申立人2は、平成13年8月20日に、千畝の妻を初代理事長として設立されたものであり、現在の理事長は、千畝の孫である。申立人2は、映画等の制作への協力、千畝の功績を称えるイベントの主催や開催への協力等を通じて千畝の功績を普及・啓蒙するという活動を行っている(申立1甲1、申立1甲2、申立1甲4、申立1甲7、申立1甲12、申立1甲17、申立2甲5の1等)。
2 「杉原千畝」と本件商標登録出願との関係について
(1)「杉原千畝」の功績に対する各種利用状況と指定商品・役務との関係
ア 「杉原千畝記念館」等の施設の運営や千畝に関するイベントの開催等は、本件商標に係る指定役務中、「歴史上の人物に関する資料の展示、歴史上の人物に関する写真展の企画・運営又は開催及びそれらに関する情報の提供」等に該当する。
イ 千畝に関する映画・ミュージカル等の制作は、本件商標に係る指定役務中、「歴史上の人物に関する映画の上映・制作又は配給及びそれらに関する情報の提供、歴史上の人物に関する演劇の演出又は上演」等に該当する。
ウ 千畝に関する書籍の制作は、本件商標に係る指定役務中、「歴史上の人物に関する書籍の制作」等に該当する。
(2)出願の経緯・目的・理由
ア 本件商標の出願の目的・理由は、必ずしも明らかでないが、本件商標の登録査定時の商標登録出願人である「スギハラ フェーゼットヴェー」は、平成30年9月6日提出の意見書において、「現今、『杉原千畝』商標は全くの無関係な第三者による使用が放置されており、このような全く無関係な者による商標の使用は故人の名誉を毀損することはもとより、あたかも故人と何らかの関係を有するがごとく振る舞い、需要者を欺瞞するものであり、これを放置することこそが、『社会公共の利益に反する』ものであって、このような使用は、正当な権利者である本願出願人により排除されるべきである」旨主張し、本件商標の登録査定時の商標登録出願人(設定登録時の商標権者)の代表者である「杉原伸生」は、千畝に関する講演やメディア出演を行っており(乙2?乙4)、講演などの際には、必然的に「杉原千畝」の文字やこれを要部とする文字が顕著に表されていた旨主張すると共に、「杉原伸生」が名誉顧問を務める財団(乙5)に対して、「杉原千畝」の文字やこれを要部とする文字を使用許諾して、財団が大々的に使用している旨主張している。
イ 一方で、「スギハラ フェーゼットヴェー」が、我が国において、これまで千畝に関する資料や写真の展示、講演その他のイベントの開催等を行った事実を確認することはできない(申立2甲16)。
(3)「杉原千畝」と商標権者との関係
本件商標権については、前述のとおり、令和2年3月18日を受付日とする移転登録申請により、「スギハラ フェーゼットヴェー」から「杉原伸生」に特定承継による移転がされているものである。
本件商標の登録査定時の商標登録出願人(設定登録時の本件商標権者)である「スギハラ フェーゼットヴェー」は、ベルギーに所在する法人であり、同法人と千畝との関係は不明であるが、その代表者は、千畝の四男「杉原伸生」である。
3 商標登録異議申立制度の趣旨
登録後の異議申立制度は、商標登録に対する信頼を高めるという公益的な目的を達成するために、登録異議の申立てがあった場合に特許庁が自ら登録処分の適否を審理し、瑕疵ある場合にはその是正を図るというものであって、無効審判制度のように、特許庁が行った登録処分の是非を巡る当事者間の争いを解決することを目的とするものではない(工業所有権法(産業財産権法)逐条解説〔第21版〕)。
そして、「登録異議の申立てに対する決定の判断基準時点は、・・・当該商標を登録すべきものとした処分(査定又は審決)の時点と解すべきである」(知的財産高等裁判所平成19年(行ケ)第10001号)旨判示されているところである。
してみれば、本件登録異議申立に対する決定の判断にあたっては、本件商標の登録査定時を判断基準時点と解すべきである。
4 商標権者について
本件商標の登録査定時における商標登録出願人(設定登録時の本件商標権者)は、「スギハラ フェーゼットヴェー」であることは、前述のとおりである。
現商標権者である「杉原伸生」は、本件商標に係る商標法第4条第1項第7号の判断時は、異議決定時であると主張し、取消理由の通知後である令和2年3月18日を受付日とする移転登録申請により、本件商標権について、「スギハラ フェーゼットヴェー」から「杉原伸生」に特定承継による移転がされたことをもって、「審判官がその認定の根拠とした争点1ないし争点3は、既に消失した」旨主張しているが、本件異議申立における商標法第4条第1項第7号該当性の判断基準時点は、上記3のとおり、登録査定時であるから、かかる主張は、その前提において誤りであり、当該移転によって本件登録異議申立に対する決定の判断が左右されるものではない。
そうすると、本件異議申立において、商標法第4条第1項第7号該当性について、「商標権者」としての妥当性を判断すべき対象は「スギハラ フェーゼットヴェー」である。
5 商標法第4条第1項第7号該当性について
(1)歴史上の人物名からなる商標について
商標の構成自体が非道徳的、卑わい、差別的、きょう激若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形に当たるものでなくても、商標の使用や登録が社会公共の利益に反し、又は社会の一般的道徳観念に反するような場合も商標法第4条1項第7号に該当し得るものであることから、歴史上の人物名からなる商標については、「当該歴史上の人物の周知・著名性」、「当該歴史上の人物名に対する国民又は地域住民の認識」、「当該歴史上の人物名の利用状況」、「当該歴史上の人物名の利用状況と指定商品・役務との関係」、「出願の経緯・目的・理由」及び「当該歴史上の人物と出願人との関係」に係る事情を総合的に勘案して、当該商標の使用や登録が社会公共の利益に反するか否かを判断すべきである。
(2)本件商標の商標法第4条第1項第7号該当性について
上記(1)に係る事情についてみるに、前記1及び2からすれば、「杉原千畝」は、リトアニアのカウナスの日本領事館に赴任時、1940年にナチスドイツによる迫害を受けたユダヤ系ポーランド人等の避難民に対して日本通過ビザを発給し、その命を救った者として知られており、千畝を題材として、道徳の教科書を含めた多数の書籍、テレビ番組、映画、ミュージカルが制作され、千畝の功績を称えるイベントも開催されていること等からすれば、全国的に周知・著名な人物であるといえる。
また、千畝の出生地とされる八百津町では、平成4年に「人道の丘公園」が開園、同12年に「杉原千畝記念館」が開館し、リトアニア、イスラエルを含めたゆかりの地において、千畝に関する記念館や公園が存在し、千畝に関するイベントが行われ、さらには、日本とリトアニア両国政府が記念行事を予定する等、我が国のみならずゆかりの各地において、千畝は、敬愛の念をもって親しまれている実情にあるといえる。
そして、八百津町において、「杉原千畝記念館」、「人道の丘公園」などが観光ガイドブックや案内マップにおいて取り上げられ、同町の施策においても、「杉原千畝氏の人道的行為に基づく、人道精神の普及・啓発などを通して、人道のまちづくりを推進」することや、「杉原千畝氏の功績を軸に、町内にある豊富な観光資源を生かし、観光客や交流人口の増加に向けて、多彩なイベントを開催することで、より一層、観光事業及び観光PRの推進を行う」ことがうたわれており、八百津町の町づくりや観光事業において、「杉原千畝」の名は、大きな役割を果たしているということができる。
さらに、ゆかりの地である愛知県や名古屋市においても、千畝に関する顕彰施設の設立や銘板等の設置を行い、その功績を称えており、申立人2も、平成13年の設立以来、千畝の功績を称えるイベントの主催や開催への協力等を通じて千畝の功績を普及・啓蒙するという活動を行っていることが確認できる。
そして、これらの活動は、本件商標の指定役務中、「歴史上の人物に関する資料の展示,歴史上の人物に関する写真展の企画・運営又は開催及びそれらに関する情報の提供,歴史上の人物に関する映画の上映・制作又は配給及びそれらに関する情報の提供,歴史上の人物に関する演劇の演出又は上演,歴史上の人物に関する書籍の制作」と密接に関連するものである。
以上のように、「杉原千畝」は、その功績から、我が国はもとより、リトアニア、イスラエルなど、海外においても広く知られており、地方公共団体やNPO法人等、複数の公益的な団体が千畝の功績を称えるイベントの主催や開催への協力等を通じて千畝の功績を普及・啓蒙するという活動を行っている状況からすると、「杉原千畝」の名は、既に、一個人という私的な立場を超えて、公共的な財産的価値を有するに至っているというのが相当である。
そうすると、「杉原千畝」の文字よりなる本件商標を、一私人が自己の商標として登録し、独占的に使用することは、前述のような「杉原千畝」の功績を活用した地域振興や観光振興等の公益的遂行を阻害するおそれがあり、さらに、千畝を題材とした書籍、テレビ番組、映画、ミュージカルの制作、千畝の功績を称えるイベントを行う多数の事業者に対して無用の混乱を招くおそれがあるものというのが相当である。
また、商標権は、専用権であるとともに、第三者に対する禁止権でもあることからすれば、前述のように、公共的な財産的価値を有するに至っている「杉原千畝」の文字よりなる本件商標を、商標として採択し、これを、特定の者に(それが、千畝の四男を代表者とする法人であるとしても)、商標権として商標登録を認めることは、本件商標権者以外に、地方公共団体やNPO法人等、複数の公益的な団体が行っている公益的な活動に伴う各種役務への「杉原千畝」の名称の使用を制限することとなる。
してみれば、「杉原千畝」の文字よりなる本件商標を、一私人が「歴史上の人物に関する資料の展示、歴史上の人物に関する写真展の企画・運営又は開催及びそれらに関する情報の提供、歴史上の人物に関する映画の上映・制作又は配給及びそれらに関する情報の提供、歴史上の人物に関する演劇の演出又は上演、歴史上の人物に関する書籍の制作」等の役務について登録し、独占的に使用することは、公正な競業秩序を害するものであって、社会公共の利益に反するものといわざるを得ない。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第7号に該当する。
6 現商標権者の主張について
(1)「杉原伸生」は、取消理由に対する意見書において、4つの争点を挙げ、「本件商標権者が、杉原千畝の唯一の現存する実子である杉原伸生となったため、争点1ないし争点3は、既に消失した。また、もとより商標法第4条1項第7号は、歴史上の人物とは無関係の者に対して適用される規定であるため、杉原伸生を商標権者とする本件商標には、適用され得ない。」旨主張している。
かかる主張は、その前提において誤りであり、「杉原伸生」への本件商標権の移転によって本件登録異議申立に対する決定の判断が左右されるものでないことは、前記4のとおりである。
(2)争点1「本件商標権者が、千畝に関するいかなる権利についての正当な権利者であるのかが不明であること」について
ア これは、本件商標「杉原千畝」の使用や登録が社会公共の利益に反するか否かという観点からの検討に際して、総合的に勘案すべき事情の一として挙げているものである。
「杉原伸生」は、本件商標権は、千畝の「現存」する「唯一」の「実子(四男)」である「杉原伸生」に移転しており、「杉原伸生」は、民法の相続の規定や社会通念からみても、千畝に関する権利の相続権者に当たるから、当該認定は事実誤認である旨主張している。
しかしながら、本件商標権は、そもそも千畝の有していた財産権ではないし、本件登録異議申立に対する決定の判断基準時点における商標権者は、ベルギーの法人「スギハラ フェーゼットヴェー」であり、同法人は、千畝に関する権利の相続権者とみることはできない。
そうすると、本件登録異議申立に関し、本件商標権者が、千畝に関するいかなる権利についての正当な権利者であるのかは不明であるといわざるを得ない。
イ 「杉原伸生」は、歴史上の人物についての過去の商標登録の存在を挙げ、これらの登録例がありながら、本件商標登録を歴史上の人物であることを理由として取り消すということは、妥当な判断であるとはいえない旨主張しているが、これらの登録例と本件商標とは、その功績を称える公益的な活動を行っている者の存在や、血縁者の存在等の事情が異なっており、これらの登録例があることをもって、直ちに本件商標の商標法第4条第1項第7号該当性の判断が左右されるものではない。
(3)争点2「本件商標権者である『スギハラ フェーゼットヴェー』によるイベントの開催などの商標使用の事実を確認することができないこと」について
「杉原伸生」は、現実の商標の使用事実を確認できないことを本件商標に取消理由が存在することの根拠の一つとすること自体が誤りである旨主張しているが、本件商標「杉原千畝」の登録が社会公共の利益に反するか否かという観点からの検討に際して、総合的に勘案すべき事情の一として挙げているものであり、商標の不使用を問題にしているのではなく、千畝の功績に対する活動を商標権者名義で行っていない点を指摘したものである。
そして、本件登録異議申立に対する決定の判断基準時点における商標権者は、ベルギーの法人「スギハラ フェーゼットヴェー」であるところ、当該法人が千畝に関するイベント等を行っている事実は見いだせない。
また、「スギハラ フェーゼットヴェー」の代表者である「杉原伸生」は、「杉原千畝」に関する講演やメディア出演を行い、その際には、必然的に「杉原千畝」の文字やこれを要部とする文字が顕著に示されていると主張すると共に、財団に対して使用許諾し、財団も「杉原千畝」の文字やこれを要部とする文字を継続的かつ大々的に使用している旨主張している。
しかしながら、提出された証拠をみるに、「杉原伸生」が千畝に関する講演等を行っていることはうかがえるものの、これらは、あくまで「杉原伸生」個人の活動であり、「スギハラ フェーゼットヴェー」の活動とみることはできない。また、財団は、本件商標の登録査定日の3月前の平成30年(2018年)10月1日に設立されたものであり(乙5)、当該財団が「杉原千畝」の文字やこれを要部とする文字を継続的かつ大々的に使用している状況を確認することはできず、かつ、財団に対して使用許諾していることを裏付ける証拠も見いだせない。
(4)争点3「千畝の妻を理事長として設立された申立人2らが千畝の功績を普及・啓蒙する活動を行っている、つまり、他にも本件商標に関して権限を有する者が存在すること」について
「杉原伸生」は、公序良俗の概念を、相続などという私人間の極めて私的な領域にまで拡大するのは、行政権の踰越・濫用である旨主張している。
しかしながら、商標の使用や登録が社会公共の利益に反し、又は社会の一般的道徳観念に反するような場合も商標法第4条第1項第7号に該当し得るものである(平成17年(行ケ)第10349号)ことから、歴史上の人物名からなる商標における同号の該当性については、前記5(1)に掲げる各種事情を総合的に勘案して、当該商標の使用や登録が社会公共の利益に反するか否かを判断すべきものであり、「杉原千畝」の名は、前記5(2)のとおり、既に、一個人という私的な立場を超えて、公共的な財産的価値を有するに至っているというのが相当である。
そうすると、「杉原千畝」の文字よりなる本件商標を、たとえ、千畝の四男を代表者とする法人であるとしても、一私人が、その功績を称える各種事業や活動に通じる「歴史上の人物に関する資料の展示、歴史上の人物に関する写真展の企画・運営又は開催及びそれらに関する情報の提供、歴史上の人物に関する映画の上映・制作又は配給及びそれらに関する情報の提供、歴史上の人物に関する演劇の演出又は上演、歴史上の人物に関する書籍の制作」等の役務について登録し、独占的に使用することは、公正な競業秩序を害するものであり、社会公共の利益に反するものといわざるを得ない。
このように、本件商標の商標法第4条第1項第7号該当性については、公益的な観点から判断しているものであるから、公序良俗の概念を、私人間の極めて私的な領域にまで拡大しているものではない。
(5)争点4「本件商標に対し商標法第4条第1項第7号を適用していること」について
「杉原伸生」は、「歴史上の人物名について商標法第4条第1項第7号が適用されるのは、判例法理によれば、『歴史上の人物と何の関りもない者により(要件1)』、『商標制度を悪用して不当な利益を得ることを目的としている場合(要件2)』の2つの要件を同時に満たす場合である。」として、「杉原伸生は、千畝の唯一の現存する実子であるため、要件1を欠き、その相続財産の享受は民法等により保証されており、現実に杉原伸生が、本件商標権に関して不当な利益を獲得せんとしたような事実も可能性も全く存在しないため、要件2も欠くから、本件商標に、商標法第4条第1項第7号を適用することはできない。」旨主張している。
しかしながら、本件商標権は、前述のとおり、千畝自身が保有していた商標権ではなく、千畝の死後、その功績に乗じて「杉原千畝」の名を商標とした権利であって、千畝の遺族が相続できる財産であるとはいい難い。
そして、歴史上の人物名からなる商標における同号の該当性については、前記5(1)に掲げる各種事情を総合的に勘案して、当該商標の使用や登録が社会公共の利益に反するか否かを公益的な観点から判断すべきものであり、「杉原伸生」の主張する2つの要件を満たす場合のみに適用が限定されると解すべき理由は見いだせない。
本件商標の商標法第4条第1項第7号該当性については、公益的な観点からみたときに、本件商標権者のみが「杉原千畝」の名称を商標として独占することが妥当であるか否かを問題としているものであるから、千畝の実子であるという点のみをもって、他の公益的な状況を考慮しないとすることはできない。
加えて、本件登録異議申立に対する決定の判断基準時点における商標登録出願人(設定登録時の本件商標権者)は、千畝の実子である「杉原伸生」ではなく、ベルギーの法人「スギハラ フェーゼットヴェー」である。
以上を考慮すれば、「杉原千畝」の文字よりなる本件商標を、ベルギーの法人「スギハラ フェーゼットヴェー」がその指定役務について登録し、独占的に使用することは、公正な競業秩序を害するものであって、社会公共の利益に反するものといわざるを得ない。
(6)その他の主張について
「杉原伸生」は、商標法第32条、同第26条、同第46条の規定において種々の手当がされているものであるから、万が一にも本件商標権が濫用的に行使されるようなことがあれば、その時点で改めて問擬すれば十分である旨主張している。
しかしながら、商標法第4条第1項第7号は、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当するときは、商標登録することができない旨規定しているものであるから、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある」場合に同号が適用されることは、法文上明らかである。
(7)小括
したがって、「杉原伸生」の上記主張はいずれも採用することはできない。
7 まとめ
以上のとおり、本件商標は、公正な競業秩序を害するものであり、社会公共の利益に反するものであって、商標法第4条第1項第7号に該当し、その登録は、同条第1項の規定に違反してされたものであるから、同法第43条の3第2項の規定により、その登録を取り消すべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
別掲

異議決定日 2020-08-28 
出願番号 商願2017-129568(T2017-129568) 
審決分類 T 1 651・ 22- Z (W41)
最終処分 取消 
前審関与審査官 藤平 良二 
特許庁審判長 山田 正樹
特許庁審判官 鈴木 雅也
冨澤 美加
登録日 2019-01-18 
登録番号 商標登録第6115381号(T6115381) 
権利者 杉原 伸生
商標の称呼 スギハラチウネ 
代理人 並川 久里子 
代理人 今井 和男 
代理人 湯川 信吾 
代理人 上林 祐介 
代理人 浅倉 隆顕 
代理人 望月 崇司 
代理人 並川 啓志 
代理人 上原 空也 
  • この表をプリントする

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ