• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申立て  登録を取消(申立全部取消) W35
管理番号 1307535 
異議申立番号 異議2015-900110 
総通号数 192 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標決定公報 
発行日 2015-12-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2015-04-07 
確定日 2015-10-13 
異議申立件数
事件の表示 登録第5730458号商標の商標登録に対する登録異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 登録第5730458号商標の商標登録を取り消す。
理由 第1 本件商標
本件登録第5730458号商標(以下「本件商標」という。)は、別掲のとおり、「珈琲茶房」の文字と「榕菴」の文字とを上下二段に書してなり、平成25年12月2日に登録出願、第35類「茶・コーヒー及びココアの小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」を指定役務として、平成26年12月1日に登録査定され、平成27年1月9日に設定登録されたものである。

第2 登録異議申立人「津山市」の登録異議の申立ての理由
本件商標の構成中にある「榕菴」の文字部分は,指定役務との関係において,江戸後期の津山藩医・洋学者(蘭学者)で,「珈琲」の文字をあてたとされる宇田川榕菴(1798?1846。以下「榕菴」という。)を表している。
榕菴を輩出した津山藩医・宇田川家は,江戸の津山藩邸を拠点に洋学(蘭学)興隆期から西洋内科学をはじめとする西洋の自然科学を積極的に受容し,日本での普及に取り組んだ家として知られ,特に榕菴については,日本初の西洋植物学書や化学書を刊行し,日本における近代科学の確立に大きな功績を残したことから全国的な認知度も高く,様々な分野での研究対象となっている。
ところで,榕菴とゆかりの深い本市においては,本市の公の施設である津山洋学資料館(昭和53年開館)において榕菴を含む宇田川家歴代の資料収集と研究,展示会,講演会,書籍等の刊行など,長年にわたり事業を展開している。
さらに,市民有志による活動としても榕菴をはじめとする洋学者の銅像設置や宇田川家墓碑の津山への移転事業などを実施し,津山の洋学に立脚した地域文化と観光の振興等に取り組んでいるところである。
さらに,例えば「津山榕菴珈琲」「榕菴ぼーろ」「黒豆榕菴珈琲」「和蘭カルタ」等,榕菴にちなんだ土産品が津山市内の団体や飲食店などによって開発,販売されており,榕菴の名のもとに観光振興や地域おこしに役立てようとする取組が広く行われるようになっている。
そうすると,本件商標を,榕菴との関係が認められない本件商標権者が自己の商標としてその指定役務について独占的に使用することは,当該故人の氏名を使用した観光振興や地域おこしなどの公益的な施策の遂行を阻害することになり,公共の利益に反するものである。
また,本件登録商標の権利者である株式会社いろは珈琲の大橋氏は、平成22年4月9日に上記津山洋学資料館を大垣市商工会グループの一員として視察し,榕菴と珈琲の歴史上のつながりや榕菴に関連する本市の文化振興や地域おこしの取組を見聞していることからしても,本件出願は,「歴史上の人物の名称を使用した公益的な施策等に便乗し,その遂行を阻害し,公共的利益を損なう結果に至ることを知りながら,利益の独占を図る目的をもってした出願」といえ,本件商標は,公正な競業秩序を害するものであって,公序良俗に反するものといえる。
以上のとおり,本件商標は,商標法第4条第1項第7号の規定に違反してなされたものであるから,取り消されるべきである。

第3 登録異議申立人「株式会社内外総合通信社」の登録異議の申立ての理由
「榕菴」という文字は、江戸後期の蘭学者で「珈琲」の字を考案し、日本に紹介した津山藩医の宇田川榕菴を表している。宇田川榕菴ゆかりの「岡山県津山市」では、既に「榕菴珈琲」「黒豆榕菴コーヒー」「榕菴ぼーろ」等、当時榕菴が飲んだとされるコーヒーを再現したものや菓子等が販売されており、コーヒーを活かした街づくりが推進されている。
また同市内にある「津山洋学資料館」では、榕菴のコーヒー研究等に関する全国有数の資料と展示が行われ、榕菴の銅像も設置されており、津山洋学五峰の一人として同資料館の五角形のデザインにも採用されている。
このような観点から、本件商標は、同人との関係が認められない一企業が、当該商標を独占的に使用することを認めることとなり、当該故人の氏名を使用した観光振興や地域おこしなどの公益的な施策の遂行を阻害することとなり、社会公共の利益に反するものとみるのが相当で、商標法第4条第1項第7号に違反して登録されたものである。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第7号に違反して登録されたものであるから、取り消されるべきものである。

第4 本件商標に対する取消理由
商標権者に対して、平成27年7月29日付けで通知した本件商標の取消理由(要旨)は、次のとおりである。
1 商標法第4条第1項第7号の該当性
(1)登録異議申立人の提出に係る証拠等
岡山県の津山市(以下「申立人」という場合がある。)及び株式会社内外総合通信社(以下「内外総合通信社」という場合がある。)の提出に係る証拠並びに職権による調査によれば、以下の事実を認めることができる。
(なお、津山市提出の証拠については、以下「甲A○号証」と、内外総合通信社提出の証拠については、以下「甲B○号証」と、それぞれ表記する。また、漢数字は算用数字に置き換えて表記する。その他、津山市提出の証拠中、「甲4号証-2」は、番号が重複して表示されているため、後出の「甲4号証-2」を「甲4号証-6」とする。)
ア 宇田川榕菴(榕庵)について
(ア)「国史大辞典」(昭和55年、吉川弘文館発行:甲A1-2)の「うだがわようあん 宇田川榕庵」の項目には、「江戸時代後期の蘭学者。名は榕、榕庵と号す。大垣藩(戸田氏)侍医江沢養樹の長男として、寛政10年(1798)3月9日江戸日本橋の大垣藩邸内に生まれる。のち宇田川玄真の養子に迎えられ、津山侯侍医となった。幼少より本草・物産学を好み、長じて馬場貞由に就いて蘭学を修めた。博学多才の人で、多くの分野に先鞭をつけ、西洋自然科学の日本への移植・普及に努めた功績は大きく、特に植物学・化学の紹介者としての功は不朽である。文政5年(1822)『菩多尼訶経(ぼたにかきょう)』を著わして一般大衆に西洋植物学を紹介した。同9年幕府の命により天文方蛮書和解御用訳員に任ぜられ、同11年ごろより化学の研究に従い、単に西洋化学書を渉猟するのみならず、親しく実験分析をも行なって、わが国温泉の定量分析にも手を染めた。天保4年(1833)わが国最初の本格的西洋植物学書である『植学啓原』三巻を著わした。同8年『舎密(せいみ)開宗』を著わして、西洋化学の体系を紹介し、わが国近代化学の祖と称せられるに至った。その他、高等数学・測量学・兵学・兵器製造に精通し、また昆虫学をわが国に紹介してその分野でも先駆的仕事をなした。・・・著訳書に前掲書のほか、『哥非乙(こおひい)説』『瀉利塩考」『理学発微』などがあり、また主として化学に関する膨大な未刊の稿本を残している。」の記載がある。
また、我が国の一般的な国語辞書である「広辞苑」(第6版、株式会社岩波書店発行)の「宇田川榕庵」の項目においても、「江戸後期の蘭医・科学者。大垣藩医江沢養樹の子、榛斎の養子。化学・植物学・動物学・薬学に造詣が深く、かつ識見に富んだ。著『舎密開宗(セイミかいそう)』『植学啓原』『菩多尼訶(ボタニカ)経』など。」の記載がある。
(イ)宇田川榕菴の名前は、高等学校の歴史の教科書(平成26年4月、山川出版社発行:甲A1-3)にも洋学者として掲載され、その他、「シーボルトと宇田川榕菴」(平成14年、平凡社発行:甲A1-4)、「江戸の温泉学」(平成19年5月、新潮選書発行:甲A1-5)、「現代化学史」(平成25年10月、京都大学学術出版会発行:甲A1-7)等の書籍にも、当該書籍の主題とする学問を研究した人物として掲載されている。また、植物学の分野で宇田川榕菴の研究成果を取り上げた論文等が多数に上り(「宇田川榕菴植物学資料の研究」2014年3月24日、公益財団法人武田科学振興財団発行:甲A1-8)、さらに、「舎密開宗」を著した際の宇田川榕菴の化学研究の足跡を示す資料群の一つは、世界に誇る我が国の化学関連の文化遺産を認定するために平成20年3月に発足した「日本化学会化学遺産委員会」により、化学遺産第1号として、平成22年に認定された(甲A1-9)。また、津山藩があった現在の岡山県津山市では、公立の津山洋学資料館が中心となって、宇田川榕菴を含む宇田川家歴代の資料収集、展示会、講演会、書籍や機関誌の刊行などを行い、宇田川榕菴などの業績を市民に広める活動を行っている(甲A1-10?14、甲A2-1?24、28?32)。
イ 宇田川榕菴と「コーヒー(coffee)」との関連について
「広報つやま」(2009年10月28日、津山市総合企画部市長公室発行:甲A2-25)の「洋学博覧漫筆/榕菴のコーヒー研究」には、「カフェオレやエスプレッソ、カプチーノなど、今ではさまざまな種類があり、食生活に欠かせなくなったコーヒー。その日本への伝来については諸説がありますが、江戸時代の初めごろにオランダ人が出島に持ち込み、出島に出入りする通詞(通訳)や役人もコーヒーを飲んでいたことが「和蘭商館日記」などに記されています。さて、このコーヒーに興味を持ったのが津山藩の洋学者・宇田川榕菴です。榕菴はわずか18歳で『哥非乙説』という論文を書いています。当時まだ一般の人が口にすることのほとんどなかったコーヒーを、榕菴はいつ飲んだのでしょうか。『哥非乙説』をまとめる2年前、榕菴は養父の玄真とともに、将軍に拝謁するために江戸へやって来たオランダ商館長と面談をしています。こうした江戸参府の時にお土産としてコーヒーを贈ることがあったようで、この時榕菴もコーヒーを口にするチャンスに恵まれたと考えられます。きっと独特の色と香りに驚きながら飲んだに違いありません。後に玄真と榕菴は、幕府の仕事でフランス人ショメールが書いた『家庭百科事典』(オランダ語版)の翻訳に携わることになります。その訳本『厚生新編』の中のコーヒーの項目を担当した玄真は、榕菴の考えとして『えごの木と、図で見るコーヒーの木は形状がよく似ていて、味は淡白、微甘、油気が多く西洋の船がもたらすコーヒー豆と異ならない』と書き加えています。実験を大切にする榕菴らしく、他の植物と比べたり、またそれを実際に食べてみたりと、詳しく調べていたことが分かるのです。榕菴とコーヒーとのつながりはそれだけではありません。『珈琲』の当て字は、榕菴が考えたものといわれているのです。昭和初期に研究家がまとめたコーヒーの異名・熟字の一覧には『珈琲』について『宇田川榕菴自筆蘭和対訳辞書ヨリ。現代の【珈琲】の字は榕菴の作字なりし』とあります。作字とは、文字を新しく作ることです。しかし、『珈』も『琲』も旧来からある漢字なので、正確には字を当てた、ということなのでしょう。」と記載されているとともに、「榕菴の描いたコーヒーカン(コーヒーの煮出し器)の図」及び「新津山洋学資料館展示用に作製されたコーヒーカンの復元品」の写真が掲載されている。その他、「ワールド・ムック」(平成25年12月30日、株式会社ワールドフォトプレス発行:甲A1-6)、「山陽新聞」(平成17年11月30日:甲A2-21、平成22年5月15日:甲A2-27)の記事などにも同様の記事が掲載されている。
ウ 津山市における宇田川榕菴又は榕菴(榕庵)の語の利用状況について
(ア)平成21年2月9日付け「津山朝日新聞」(甲A5-2)には、「和菓子製造販売のくらや(省略)は、津山産小麦『ふくほのか』を使い、津山藩医・宇田川榕菴にちなんだ焼き菓子『榕菴ぼーろ』を商品化。観光客の土産用をメーンに、市制施行80周年の11日に合わせて発売する。・・・榕菴が『珈琲』の当て字を考えた人物であることをしおりで紹介し、・・・」と記載され、平成21年5月21日付け「山陽新聞」(甲A5-3)には、「2月に発売した『榕菴ぼーろ』。津山産の小麦や勝英地域特産の黒豆を使い、商品名は津山洋学の発展に寄与した蘭学者・宇田川榕菴にちなんだ。榕菴が『珈琲』の当て字を考えたとされることからコーヒー風味にした。」の記載がある。
(イ)平成21年2月12日付け「津山朝日新聞」(甲A5-8)には、「洋風コーヒーまんじゅう『udagawa蘭遊哥非乙(らんゆうコッヒイ)』は、生地やあんにコーヒー粉末を加え、『珈琲』の当て字考案者といわれる宇田川榕菴にかけた。クッキーサンド『榕菴の和蘭karuta』は、竹炭を練り込んだ生地に、黒豆煮と黒豆きな粉入りクリームをはさみ、和蘭カルタを作った榕菴の名を冠した。」の記載がある。
(ウ)平成22年6月19日付け「読売新聞」、平成22年6月25日付け「津山朝日新聞」及び「山陽新聞」には、「『珈琲』の当て字を考えたとされる津山藩医の宇田川榕菴(1798?1846)が、自筆資料に図示したコーヒー沸かし器を、津山市田町の城西浪漫館(省略)が再現した。名称は『コーヒーカン』で、オランダ語でコーヒーポットの意味。」、及び「『珈琲』の当て字を考えた津山藩医・宇田川榕菴(1798?1846)が、自筆資料に残した『コーヒーカン(煮出し器)』を、田町の城西浪漫館が再現した。館内SO’sCafeで7月から、オリジナルブレンドの『榕菴珈琲』をドリップする容器として使う。」などの記載がある。(以上、甲B5-1)。
(エ)平成23年1月17日付け「津山朝日新聞」には、「城西浪漫館(省略)は、『珈琲』の当て字を考えた津山藩医・宇田川榕菴(省略)にちなんだ『津山榕菴珈琲』を持ち帰り用に商品化。」の記載があり、また、平成23年7月20日付け「津山朝日新聞」及び平成23年7月31日付け「山陽新聞」には、「城西浪漫館は8月2日から館内の喫茶店で市ゆかりの幕末の蘭学者・宇田川榕菴(省略)にちなんだシャーベット状の飲み物『榕菴珈琲スムージー』を発売する。榕菴は『珈琲』の当て字を考えた人物として知られる。」などの記載がある。(以上、甲B5-1)。
(オ)「城西浪漫館」のパンフレット(平成24年10月、津山市都市建設部歴史まちづくり推進室作成:甲A5-4)には、「国登録有形文化財/中島病院旧本館」、「中島病院旧本館は多くの市民の要望で保存が決定、平成20年に建物が中島壮太さんから津山市に寄贈されました。津山市では官民協働のモデル事業として位置づけ、『残す』から『活かす』という共通認識のもとに地域の情報発信施設として先人から受け継いだ歴史的文化遺産を活用し、『城西浪漫館』として、広く市民に愛され続ける施設を目指しています。」、「『珈琲』の字は津山藩が発祥/江戸時代の津山藩医で蘭学者の宇田川榕菴(うだがわ・ようあん)は、現在広く使用されている『珈琲』の漢字表記を考えた人物です。榕菴ら宇田川家三代が眠る泰安寺から程近い喫茶店として、城西浪漫館では幕末の味を再現した『榕菴珈琲』をつくりました。榕菴が書き残したイラストから復元した江戸時代のコーヒー煮出し器『コーヒーカン』で淹れて提供しています。日本近代化学に多大な貢献を果たした榕菴や洋学(蘭学)の津山に興味を持っていただくきっかけになれば幸いです。」の記載がある。
(カ)平成26年7月15日付け「山陽新聞」には、「『珈琲』の当て字を考案した幕末の津山藩医・宇田川榕菴にちなんだ土産として、城西浪漫館(省略)が販売しているコーヒーの粉を再利用した消臭袋『鶴葵』が観光客らの人気を集めている。」の記載がある。(甲A5-5)。
エ 津山市の観光振興等の施策について
(ア)産学官民の協働により地域活性化事業として、「津山ロール」(洋菓子)や「黒豆榕菴珈琲」等が宇田川榕菴にちなむ津山地域の特産品として紹介されたリーフレット等が作成された(平成20年及び平成22年、つやま新産業創出機構等作成:甲A5-6?9)。
(イ)「津山市観光協会」のパンフレット(平成26年3月、津山市産業経済部観光振興課作成:甲A4-5)の「津山の“すごい”必見スポット」には、「『珈琲』という当て字をした蘭学者」として宇田川榕菴が紹介され、「江戸時代の珈琲を味わおう」として城西浪漫館や宇田川榕菴が描いたコーヒーカン(煮出し器)が紹介されている。
(ウ)「津山珈琲倶楽部」のリーフレット(平成27年1月、津山市総合企画部秘書広報室作成:甲A4-6)には、「倶楽部名は、幕末の津山藩医で洋学者の宇田川榕菴が、コーヒーの漢字表記『珈琲』を考案したといわれることにちなんでいます。」の記載がある。
(エ)津山市の「計画上の施策について」(津山市産業経済部観光振興課作成:甲A4)には、以下の記載がある。
「(1)津山市成長戦略実行計画(平成27年2月策定)
■“珈琲のまち つやま”プロジェクト<城東?城西地区>
コーヒーのあて字『珈琲』を考案した蘭学者、津山藩医・宇田川榕菴ゆかりの地である津山を『珈琲』のメッカとするため、『珈琲のまち』として観光客に視覚と味覚を通じた記憶に残る観光地・津山を印象づけるとともに、滞在時間の延長、リピーターの獲得を図ります。
(2)津山市観光戦略アクションプラン(平成27年3月策定)
“珈琲のまち つやま”プロジェクト〔2年以内の具体的な取組み(平成27年度?平成28年度)〕
■コーヒーのあて字『珈琲』を考案した蘭学者、津山藩医・宇田川榕菴ゆかりの地である津山を『珈琲』のメッカとするため、珈琲を提供する協力店の募集や珈琲を使った特産品の開発・販売、津山洋学資料館と連携した『珈琲』にまつわるイベントの開催等を通じて『珈琲のまち』としてPRしていくことで、滞在時間の延長とリピーターの獲得を図ります。」
(オ)地域の資源を活かした商品開発等による産業振興を推進している津山市の産学官民団体が所属する津山市商工連携推進団体(=つやまFネット)は、「つやまFネットH27度事業計画 モノ・ヒト・モノガタリによる商品開発」(平成27年4月1日、津山市産業経済部みらい産業課作成:甲A6)を作成しており、その内容として、「モノガタリ宇田川榕菴と珈琲)との結びつきの活用」を商品開発の一つにしている。
(2)宇田川榕菴と津山市との関係
上記(1)で認定した事実によれば、宇田川榕菴ないし榕菴(榕庵)は、蘭学をはじめ、植物学、化学、科学等、様々な学問の分野に精通し功績を残した人物として、各学問の分野の研究者等の間に広く知られている人物であり、また、「コーヒー」の当て字として「珈琲」の文字を考えた人物としても広く知られているものと認めることができる。
特に、津山藩医として活動した岡山県津山市では、公立の津山洋学資料館が中心となって、洋学(蘭学)者としての宇田川榕菴を含む宇田川家歴代の資料収集、展示会、講演会、書籍や機関誌の刊行などを行い、その業績を高く評価している。
さらに、宇田川榕菴と「珈琲」との関連も市の広報によって市民に広く知らしめている実情にあり、宇田川榕菴は、そのゆかりの地といえる岡山県津山市及びその市民の間においては、特に親しまれている人物であると認めることができる。
そして、津山市においては、業者などが、宇田川榕菴の名声又は同人が「コーヒー」のあて字として「珈琲」の文字を考えた人物であることに関連づけて、平成21年頃から、「榕菴ぼーろ」、「榕菴珈琲」、「榕菴珈琲スムージー」、「津山榕菴珈琲」などの標章を付して商品の販売を行ってきたところであり、また、産学官民の協働による地域活性化事業の一環として、平成20年頃から、津山藩医であり洋学(蘭学)者としての宇田川榕菴の名声又は同人が「コーヒー」のあて字として「珈琲」の文字を考えた人物であることに関連づけた商品の開発、販売を推進し、平成27年度の津山市成長戦略実行計画(平成27年2月策定)及び津山市観光戦略アクションプラン(平成27年3月策定)においては、その施策に、「コーヒーのあて字『珈琲』を考案した蘭学者、津山藩医・宇田川榕菴ゆかりの地である津山を『珈琲』のメッカとする」などとした地域活性化の施策において、宇田川榕菴と関連づける商品を開発し、観光振興を明確化したと認めることができる。
以上によれば、岡山県津山市においては、公立の津山洋学資料館が中心となって、宇田川榕菴を含む宇田川家歴代の資料収集、展示会、講演会、書籍や機関誌の刊行などを行い、宇田川榕菴などの業績を市民に広める活動をしている実情にあり、また、「宇田川榕菴」ないし「榕菴」の語は、津山市の住民全体の間には、あたかも「共有財産」のように認識され、業者間においては、自己の業務に係る商品等に、いわば自由に使用することができる標章と認識していた状態にあったということができる、そして、市の施策においても、観光振興や地域活性化のシンボルとして、宇田川榕菴の名前を用いた商品等の開発を推し進めたり、催し物等を開催するなどの取り組みが行われてきたところであり、宇田川榕菴の名前は、岡山県津山市における公益的事業の遂行と密接な関係を有しているものと認めることができる。
(3)宇田川榕菴と商標権者との関係
商標権者は、岐阜県大垣市御殿町1丁目2番地に所在するところ(商標登録原簿)、商標権者の提出に係る平成27年6月1日付け上申書によれば、商標権者は、「1964年4月より輸入コーヒー豆加工焙煎業として創業し、1973年に法人化した企業であるが、大垣市の商工会関連のグループには所属していない。そして、宇田川榕菴は、コーヒーについては、植物学の研究の中で「珈琲」という漢字を文献に書き残したという以外に特段の功績はみられず、岐阜県大垣市では、地域振興のイベントにコーヒーを含む様々な地元の商品を紹介しているが、それらは身近な食品であるからであって宇田川榕菴について殊更に特別な取り扱いをしている様子はみられない。本件商標は、インターネット上で展開している仮想店舗の名称であり、内外総合通信社が販売している『榕菴珈琲』等もインターネット上のショッピングモールで販売している商品の名称である(提出物件参照)から、想定される商圏は、インターネット環境が利用できるあらゆる場所であり、申立人の『地域振興の妨げになり公序良俗に反する』の主張は、事実と矛盾するものと考えられる。『榕菴』の名称を使用した商品は、現在のところ、内外総合通信社が製造販売する商品以外には存在せず、今回の申立てそのものが申立人自身の利益の独占を目的とするものであり不適切であると考えられる。商標権者は、岡山県津山市の地域振興を妨げる意図は全くなく、また現在も津山市内では当該商品が土産物として販売されていることから、商圏の競合しないそれらについてまで制限を求めることは全く考えていない。」旨を述べていることを認めることができる。
してみると、商標権者は、宇田川榕菴とは何らの関係をも有しない者と優に推認することができる。なお、商標権者は、平成22年4月9日頃に、津山洋学資料館を訪れ、「商品開発医のための研究資料として」、「コーヒーカン」の復元品等の撮影許可を求めた(甲A2-26)。
そして、商標権者は、上記上申書において、岡山県津山市の地域振興を妨げる意図は全くなく、また現在も津山市内では当該商品が土産物として販売されていることから、商圏の競合しないそれらについてまで制限を求めることは全く考えていない旨述べるが、商標権の効力は、排他独占的に日本全国に及ぶものであるから、本件商標の登録により、岡山県津山市や当該市における業者等が「宇田川榕菴」ないし「榕菴」の標章を使用できなくなることは明らかであって、前記認定のとおり、津山市が産学官民の協働のもと、宇田川榕菴の名前を観光振興や地域活性化のシンボルとして公益的事業に取り組んでいるところからすれば、商標権者が本件商標をその指定役務について独占的に使用することは、津山市における公益的事業において、土産物等の販売に支障を生ずるというべきである。
(4)まとめ
以上によれば、商標権者が、本件商標の登録を得たことにつき、仮に津山市の地域振興を妨げる意図はなかったとしても、商標権者が津山市を訪れた平成22年4月9日頃は、津山市は、産学官民の協働のもと、宇田川榕菴の名前を観光振興や地域活性化のシンボルとして取り組んでいた時期であり、また、そのために「榕菴の描いたコーヒーカン(コーヒーの煮出し器)の図」からコーヒーカンの復元品を作製した時期でもあって、商標権者は、津山市が観光振興や地域活性化のシンボルとして宇田川榕菴の名前とコーヒーとを結びつけていることを知り、これに便乗して、本件商標の登録を得たものと推認せざるを得ず、本件商標の登録が維持されれば、津山市が産学官民の協働のもと、宇田川榕菴の名前を観光振興や地域活性化のシンボルとして取り組んでいる公益的事業の遂行を阻害し、公共的利益を損なう結果を招来するものである。
してみれば、本件商標の登録出願の経緯には、著しく社会的妥当性を欠くものがあり、その商標登録を認めることは、公正な競業秩序を害するものであって、本件商標は、公の秩序又は善良な風俗を害するおそれがある商標というべきである。
2 結論
したがって、本件商標の登録は、商標法第4条第1項第7号に違反してされたものと認める。

第5 商標権者の意見の要旨
当社ではトラブルを未然に防止するために商標についての登録作業を行っているが、これらは指定商品又は指定役務並びに商品及び役務の区分については、第35類「茶・コーヒー及びココアの小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」にのみ行っており、当社の業務に関わりの無いそれ以外の商品や役務については申請を行っていない事からも他社の純粋な営業活動を妨害する意図は全くなく、当然ながら津山市内での地域振興についても何かしらの影響を与える意図は全くない。
当社は、コーヒー産業に深く関わっていることから常日頃より国内外を問わず様々な情報を収集するよう心がけているが、岡山県津山市内に宇田川榕菴とコーヒーに関する資料を展示する博物館があり、その資料の中に榕菴が書いたコーヒーカンの図を元に製作した復元品があるとの情報を得て、平成22年4月13日に現地を訪れた。しかしながら実際に見た復元品は、現実に使用する事どころかフタを開ける事も出来ない、展示用のいわゆるハリボテであると知り、またそれ以外に特に注目すべき情報も無かったことから資料収集を打ち切り、直ちに帰路についた。
「榕菴珈琲」が発売されたのは、翌年の平成23年1月であった様であるが、この時点で当社が津山市内において何かしらの地域振興が始まることを予見することは全く不可能である。
さて、今回問題となっている「榕菴」の商標については、既に多くの津山市民が愛着をもって捉え、同市では本年2月及び3月よりは地域活性化の施策として観光振興を明確化したとあるが、当社所在地は津山市から300km以上も離れており、また当社と人的交流も全くないことから、取消理由通知書が到着するまで、その様な事情は全く認知していなかった。
また、当社はコーヒー豆の輸入と焙煎加工を行う専門業者であり津山市内における地域振興とは購買層も商品展開も全く違うこと、また当社は「珈琲茶房榕菴」という名称を長年使用し顧客からも強く認識されており、当社が津山市内において行われている経済活動に頼らなければならない理由は皆無であり便乗商法との指摘は全く的を射ていない。
内外総合通信社が「榕菴」の商標を独占する目的で出願を行ったのは、既に津山市内に於いて様々な活動が報告されている平成22年7月30日であり、結果として同年8月6日付にて拒絶されたものであるが、登録されていない商標についての過去の状況を把握することは不可能であることからも、その後に行った「珈琲茶房榕菴」の商標出願時にそれらの事情を当社が知る事はあり得ない。
当社が登録出願を行ったのは津山市訪問から3年8月を経過した平成25年12月であった事からしてもこれらは津山市における地域振興とは全く関係ないことであるが、提出した出願については翌々年の平成27年1月に査定された。
当社では、その登録査定を受けて類似の名称を使用していた各販売者に対してその旨を通知し注意喚起を行ったことで今回の事態に到っているわけであるが、先の内外総合通信社の出願では拒絶しておきながら当社の出願では一年以上の期間を経ながら査定を行った事を考えると、そもそもの審査が杜撰であったと言わざるを得ない。
しかしながら、当社は大垣市と同様に津山市の地域発展を心より願っており、また農林水産省認可法人全日本コーヒー商工組合連合会の正規会員として永年にわたりコーヒー消費振興資金を拠出するなど、コーヒー文化の普及と推進を強く願っている立場でもあるから、大垣市民はもとより津山市民にも広く浸透し誰もが使用できる「榕菴」の名称は全ての市民の共有財産であり何人も占有するべきでは無いという登録異議の申立てについては賛同し、当社が取得した商標の登録については辞退をする。

第6 当審の判断
本件商標についてした前記第4の取消理由は、妥当なものと認められるものである。
そして、商標権者は、意見書において種々述べているところであるが、前記の取消理由に記載のとおり、本件商標の商標出願においては、商標権者は、それ以前に津山市を訪れており、同市が観光振興や地域活性化のシンボルとして宇田川榕菴の名前とコーヒーとを結びつけていることを十分に知っていたことが強く推認されるものであるから、これに便乗して、本件商標の登録を得たものといわざるを得ない。
また、商標権者は、津山市において、官民協力して「宇田川榕菴」の名前とコーヒーとを結びつけて商品開発、販売等がなされていることが理解される状況にもかかわらず、平成27年1月9日に商標権の設定登録がなされると、同年2月20日には、「榕菴珈琲」を販売するウェブサイトの会社に対し、警告メールを行っているものである(甲B4)。
してみれば、本件商標の登録出願の経緯には、著しく社会的妥当性を欠くものがあり、その商標登録を認めることは、公正な競業秩序を害するものであって、本件商標は、公の秩序又は善良な風俗を害するおそれがある商標というべきである。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第7号に違反して登録されたものであるから、同法第43条の3第2項の規定により、その登録を取り消すべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
別掲 別掲(本件商標)




異議決定日 2015-08-31 
出願番号 商願2013-98220(T2013-98220) 
審決分類 T 1 651・ 22- Z (W35)
最終処分 取消  
前審関与審査官 小川 敏 
特許庁審判長 金子 尚人
特許庁審判官 榎本 政実
井出 英一郎
登録日 2015-01-09 
登録番号 商標登録第5730458号(T5730458) 
権利者 株式会社いろは珈琲
商標の称呼 コーヒーサボーヨーアン、コーヒーチャボーヨーアン、コーヒーサボー、コーヒーチャボー、ヨーアン、アコーアン、ヨー、アコー 

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ