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審決分類 審判 判定 その他 属する(申立て不成立) Z15
管理番号 1295108 
判定請求番号 判定2014-600002 
総通号数 181 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標判定公報 
発行日 2015-01-30 
種別 判定 
2014-01-28 
確定日 2014-12-24 
事件の表示 上記当事者間の登録第4362019号商標の判定請求事件について、次のとおり判定する。 
結論 商品「篠笛」に使用するイ号標章は、登録第4362019号商標の商標権の効力の範囲に属する。
理由 第1 本件商標
本件登録第4362019商標(以下「本件商標」という。)は、別掲1のとおり、「獅子田」の文字を縦書きしてなり、平成11年6月24日に登録出願、第15類「和楽器」を指定商品として、同12年2月18日に設定登録されたものであり、現に有効に存続しているものである。

第2 イ号標章
被請求人が商品「篠笛」に使用する標章として請求人が示す標章(以下「イ号標章」という。)は、別掲2のとおり、黒色矩形を背景にして「獅子田流」の文字を白抜き表示してなるものである。

第3 請求人の主張
請求人は、請求人が商品「篠笛」について使用するイ号標章は、本件商標の商標権の効力の範囲に属しない、との判定を求め、その理由を次のように述べ、証拠方法として、甲第1号証ないし甲第31号証(枝番を含む。)を提出した。
1 判定請求の理由の要点
(1)請求人によるイ号標章の使用は、商標的使用ではない。
(2)イ号標章は、商品「篠笛」の品質又は用途を示すものを普通に用いられる方法で表示するものである。
(3)イ号標章は、商品「篠笛」について慣用されている商標である。
2 判定請求の必要性
請求人は、「根岸篠笛工房」の名称で篠笛を製造販売する者である。被請求人は、本件商標の商標権者(甲28、甲29)である。請求人は、商品「篠笛」にイ号標章(甲1の3)の使用をしていたことについて、被請求人から、平成25年9月19日、本件商標の商標権を侵害するものである旨の警告を受けた(甲2の1及び2)。
そこで、請求人は、本件商標の商標権の効力の範囲について判定を特許庁に求め、その判定に基づいてこの問題を解決することとした。
よって、本件判定を求める次第である。
3 イ号標章の説明
請求人は、平成23年9月中旬頃より、商品「篠笛」の品質又は用途を示すために、「獅子田流」の文字を普通に用いられる方法で表示するイ号標章を自らのホームページに掲載していた(甲1の3)。
イ号標章は、商品「篠笛」の品質又は用途を示すものを普通に用いられる方法で表示するものであるとともに、古くから商品「篠笛」の取引者・需要者によって慣用されている商標である。
4 イ号標章が商標権の効力の範囲に属さないとの説明
(1)篠笛について
甲第3号証の3、甲第4号証の3、甲第5号証の5及び甲第6号証の3の記述を総合すると、篠笛について以下のことがいえる。
ア 篠笛の長さは多様であり、長い笛は音が低く、短い笛は音が高くなる。
イ 篠笛の調子(音の高低)の単位は、本(笨)である。
(2)笛師について
ア イ号標章に係る「獅子田」は、江戸時代に篠笛を作り普及させた笛師「獅子田三四郎」又は「獅子田太郎」の流れを汲む笛師(以下「獅子田の流れを汲む笛師」という。)の系統の名称であり、複数の笛師によって使用されている(甲7の3、甲8の4、甲9の2、甲31の2及び4)。
イ 「丸山」も、「獅子田の流れを汲む笛師」の系統の名称であり、「獅子田」の名称と合わせて複数の笛師によって使用されている(甲8の4及び5、甲9の2?4)。
ウ 「獅子田の流れを汲む笛師」は、「丸山」の他、「紫水」(甲10の2、甲11の1及び2、甲13の6及び7)、「紫山」(甲10の3、甲13の4及び5)、「光和」(甲12の1及び2、甲13の11及び12)、「北原唯幸」(甲14の1)など数多く存在する。
エ 獅子田の流れを汲まない著名な笛師としては、「朗童」(甲8の4及び6、甲9の5)、「蘭情」(甲8号の4及び6)、「鳳声」(甲5の3及び6、甲6の5及び6、甲8の4)等が存在する。
(3)本(笨)の定義について
甲第8号証の6、甲第15号証の2、甲第16号証の2、甲第17号証の2及び3、甲第18号証の3の記述と、前述の(1)及び(2)を総合的に参酌すると、以下のことがいえる。
「獅子田の流れを汲む笛師」によって製作される篠笛の調子は天賦流に比べて約一本(笨)調子分短く、半音高いというように、本(笨)の定義は、笛師の系統によって異なる。
(4)請求人によるイ号標章の使用は商標的使用ではないことの説明
ア 商標の本質は、自他商品の識別機能、すなわち、「(a)同一の商標を付した商品・役務は、同一の製造者・提供者などに由来することを示す出所表示機能、(b)同一の商標を付した商品・役務は、同一の品質・役務の質を有することを示す品質保証機能、(c)商品・役務を宣伝・広告する広告宣伝機能」であると解されている。
そのため、第三者の商標の使用が、自他商品の識別標識としての機能を果たす態様で使用されていると認められないときは、その商標の使用は本来の商標としての使用ということができず、商標権者は、自己の登録商標の本来の機能の発揮を妨げられないがゆえに、その商標の使用を禁止することができない。
イ イ号標章「獅子田流」は、「本(笨)の定義が『獅子田の流れを汲む笛師』によって製作される篠笛と同一の調子であること」を示すのみであって、それ以上、自他商品の識別標識としての機能、すなわち、(a)出所表示機能も、(b)品質保証機能も、(c)宣伝・広告機能も有していない。
ウ 請求人は、イ号標章の一部である「獅子田」又は「獅子田流」を篠笛本体に付すことはなく、自らの名字である「根岸」の文字のみを篠笛本体に付している(甲19の1)。また、請求人は、イ号標章が掲載されている自己のホームページにおいて、観者が最も注目する上部に、「根岸篠笛工房」という文字を最も大きな文字サイズで掲載している(甲1の3)。したがって、需要者は、「根岸」や「根岸篠笛工房」という文字を、(a)出所表示機能、(b)品質保証機能、及び(c)宣伝・広告機能を発揮する本来の商標として認識し、イ号標章の一部又は全部を商標として認識することはない。
エ 以上、請求人によるイ号標章の使用は、本来の商標としての使用といえないから、本件商標の商標権を侵害することはない。
(5)イ号標章が、商品「篠笛」の品質又は用途の表示に該当することの説明
ア 前述の(3)のとおり、篠笛の本(笨)の定義は笛師の系統によって異なる。
そこで、需要者は、篠笛を購入する際、篠笛の本(笨)の定義に関する情報が必要となるところ、甲第8号証の6、甲第15号証の2、甲第17号証の2及び3の記載のとおり、「獅子田」及び「獅子田流」の表示は、篠笛の本(笨)の定義を示すものとして日本全国の取引者・需要者に広く認識されている。
また、「獅子田」及び「獅子田流」の表示が、篠笛の本(笨)の定義を示すものとして日本全国の取引者・需要者に広く認識されていることは、篠笛を取り扱う販売業者の多くが笛師の銘以外に「獅子田」や「獅子田流」の表示を行っていることからも裏付けられる(甲11の3及び4、甲12の2、甲13の4?7及び11?12、甲14の1、甲20の2、甲21の3、甲22の2及び3、甲23の2、甲24の2、甲25の2)。
実際、請求人が、ホームページにおいて「獅子田」や「獅子田流」の表示をせずに篠笛を販売したところ、需要者が本(笨)を誤って購入したことが何度もある。例えば、天賦流の五本調子と同じ調子(音の高低)の篠笛を欲しい需要者が、正しくは獅子田流の四本調子を購入すべきところ、誤って獅子田流の五本調子を購入してしまうといった具合である。需要者が本(笨)を誤って購入してしまう原因は、「獅子田の流れを汲む笛師」と同じ本(笨)の定義で製作された五本調子の篠笛と、天賦流と同じ本(笨)の定義で製作された五本調子の篠笛を比較すれば分かるように(甲19の2)、両者の違いは長さだけであって、実物の写真だけを見ても区別がつかないからである。そこで、需要者が本(笨)を誤って購入してしまうことを防ぐために、ほとんどの篠笛の取引者が、「獅子田」や「獅子田流」といった表示を篠笛の本(笨)の定義を示すものとして長年使用してきたことによって、「獅子田」や「獅子田流」といった表示が篠笛の本(笨)の定義を示すものとして需要者に広く認識されるに至った。
このように、「獅子田」及び「獅子田流」の表示は、篠笛の本(笨)の定義を示すものであり、商品の品質又は用途を示すものにすぎない。
イ 仮に、「獅子田」及び「獅子田流」を篠笛の本(笨)の定義を示すものとして普通に用いられる方法で表示する態様(イ号標章を含む。)について、被請求人が本件商標の商標権を行使できることになると、需要者は、被請求人以外の笛師の笛を購入する際、これまでの取引上普通に用いられてきた方法である「獅子田」及び「獅子田流」の表示によって、篠笛の本(笨)の定義についての情報を得ることができなくなり、需要者の利益を著しく害することになる。
これは、商標法の法目的の一つである「需要者の利益の保護」に反する。
したがって、「獅子田」及び「獅子田流」を篠笛の本(笨)の定義を示すものとして普通に用いられる方法で表示する態様(イ号標章を含む。)については、本件商標の商標権の行使を容認すべきではない。
ウ 以上、請求人によるイ号標章の使用は、商品「篠笛」の品質又は用途を示すものを普通に用いられる方法で表示するものであるから、商標法第26条第1項第2号により、本件商標の商標権の効力は及ばない。
(6)イ号標章が、商品「篠笛」の慣用商標に該当することの説明
慣用商標とは、同種類の商品又は役務について同業者間において普通に使用されるに至った結果、自己の商品又は役務と他人の商品又は役務とを識別することができなくなった商標をいうものと解されている。
イ (5)にて説明したとおり、篠笛の業界において、「獅子田」及び「獅子田流」は、篠笛の本(笨)の定義を示すものとして同業者間において長年普通に使用されている。
ウ 「獅子田」及び「獅子田流」の表示は、少なくとも、被請求人以外の「獅子田の流れを汲む笛師」である「紫水」、「紫山」、「光和」、「北原唯幸」などによって長年普通に使用されている(甲26の3及び4)。
「紫水」は、大正元年に設立された有限会社大岡楽器(所在地:東京都足立区梅田)の笛師である(甲10の2、甲11の1及び2)。「紫水」とともに「獅子田」又は「獅子田流」の表示がなされた篠笛が、有限会社大岡楽器やその他の販売業者において数多く販売されている(甲11の3及び4、甲13の6及び7、甲20の2、甲22の3、甲25の2)。
「紫山」は、有限会社大岡紫山(所在地:東京都江戸川区南小岩)の笛師である(甲第10号証の3)。初代の大岡紫山は、昭和2年に発刊された「篠笛俗曲集」という書籍の編者であり、昭和初期から篠笛の普及に尽力されている(甲27の1?6)。「紫山」とともに「獅子田」又は「獅子田流」の表示がなされた篠笛が、有限会社大岡紫山やその他の販売業者において数多く販売されている(甲13の4及び5、甲21の3、甲22の2、甲24の2)。
「光和」は、有限会社小倉楽器店(所在地:東京都台東区花川戸)の笛師である(甲12の1及び2)。「光和」とともに「獅子田」又は「獅子田流」の表示がなされた篠笛が、有限会社小倉楽器店やその他の販売業者において数多く販売されている(甲12の1及び2、甲13の11及び12、甲23の2)。
このように、「獅子田」及び「獅子田流」は、被請求人以外の複数の「獅子田の流れを汲む笛師」によって長年普通に使用されている商標である。
エ 一部の販売業者では、籐巻の高級品質の篠笛には「獅子田」又は「獅子田流」を付して販売することが長年普通に行われている(甲13の13、甲21の3、甲22の2及び3)。
オ 以上のとおり、「獅子田」及び「獅子田流」は、篠笛の本(笨)の定義を示すものとして、又は、「獅子田の流れを汲む笛師」を示すものとして、又は、籐巻の高級品質の篠笛を示すものとして、同業者間において普通に使用されている。
そして、篠笛の需要者は、「獅子田」又は「獅子田流」の表示だけでは何人かの業務に係る商品であることを認識することができない。これは、篠笛を取り扱う販売業者の多くが、「獅子田」や「獅子田流」の表示に加えて笛師の銘の表示を行っていることからも裏付けられる(甲11の3における「紫水」、甲12の2における「光和」、甲13の4及び5における「紫山」、甲13の6及び7における「紫水」、甲13の11及び12における「光和」、甲20の2における「紫水」、甲21の3における「紫山」、甲22の2における「紫山」、甲22の3における「紫水」、甲23の2における「光和」、甲24の2における「紫山」、甲25の2における「紫水」)。すなわち、笛師の銘だけが自他商品を識別する機能を有し、「獅子田」及び「獅子田流」は、自他商品を識別する機能がなくなった商標であるといえる。
カ なお、被請求人の笛師の銘は、「竹峰」及び「竹渓」である(甲30の1?3)。そして、被請求人においても、「獅子田」や「獅子田流」の表示に加えて「竹峰」及び「竹渓」の表示を行っている(甲30の1?3)。このことからも、篠笛の需要者が、「獅子田」又は「獅子田流」の表示だけでは何人かの業務に係る商品であることを認識することができないことが裏付けられる。
キ さらに、被請求人は、被請求人自らのホームページのトップページ上部において、「類似品注意 弊社製造の『獅子田』は現在『竹峰』もしくは『竹渓』の刻印を全てにおしています。類似品にご注意下さい!」と記載している(甲30の1?2)。この説明文によれば、被請求人は、他の同業者によって製造された「獅子田」が存在することを認識しており、「竹峰」又は「竹渓」の刻印によって出所の混同を防止していることが伺える。このような被請求人の行為も、笛師の銘だけが自他商品を識別する機能を有し、「獅子田」及び「獅子田流」が自他商品を識別する機能がなくなった原因の一つといえる。
ク また、甲第31号証の2ないし4には、被請求人の代表者である大塚義政氏に対する取材に基づいた記事が掲載されている。この記事によれば、大塚義政氏は、少なくとも、この記事が掲載されている書籍の発行日である平成6年3月31日(甲31の5)よりも前に、被請求人以外の「獅子田の流れを汲む笛師」が3軒存在することを認識していた。すなわち、大塚義政氏は、本件商標の商標権に係る商標登録出願の出願日「平成11年6月24日」(甲28)よりも前に、被請求人以外の「獅子田の流れを汲む笛師」が3軒存在することを認識していた。にもかかわらず、被請求人は、現在に至るまで、被請求人以外の「獅子田の流れを汲む笛師」による「獅子田」及び「獅子田流」の使用を容認してきたのであるから、商標権者としての最低限の努力を怠ってきたものといわざるを得ない。したがって、被請求人のみが、商品「篠笛」について他の同種の商品と識別するための標識として、慣用商標「獅子田」及び「獅子田流」を使用することを認める理由はない。
ケ 仮に、「獅子田」及び「獅子田流」の文字を含む標章(イ号標章を含む。)について、被請求人が本件商標の商標権を行使できることになると、被請求人が、商品「篠笛」の全ての取引者・需要者の長年の共有財産である慣用商標「獅子田」及び「獅子田流」を不公正に独占することになる。これは、競業者間の不公正な取引活動を封ずることによって、公正な競業秩序の維持を通じて健全な産業の発達に寄与するという商標法の法目的に反する。
したがって、「獅子田」及び「獅子田流」の文字を含む標章(イ号標章を含む。)については、本件商標の商標権の行使を容認すべきではない。
コ 以上、イ号標章「獅子田流」は、商品「篠笛」について慣用されている商標であるから、商標法第26条第1項第4号により、本件商標の商標権の効力は及ばない。
(7)結び
よって、請求の趣旨のとおりの判定を求める。

第4 被請求人の主張
被請求人は、結論同旨の判定を求めると答弁し、その理由を次のように述べ、証拠方法として、乙第1号証ないし乙第3号証を提出した。
1 答弁の理由
(1)イ号標章は商標的使用であること
ア 請求人は自身のホームページにおいて甲第1号証の3のようにイ号標章を使用していたが、甲第1号証の3に続くものとして商品である篠笛の価格表(乙1)もホームページに掲載しており、ここでは「獅子田流(上、下藤巻)七穴」、「獅子田流(上、下藤巻)六穴」と表示して三本調子から七本、八本調子までの各調子毎の価格を記載した上で、更に篠笛の写真を掲載し、例えば「獅子田流(上、下藤巻)七穴 五本調子の写真です」と説明文を記載している。このような「獅子田流」の使用態様は、請求人が販売する商品である篠笛についての、商品名としての使用以外の何物でもない。ちなみに、請求人のホームページでは、「獅子田流」が篠笛の品質や用途を示すものであるとの趣旨の説明(本件請求で主張している内容)や、そのような趣旨で「獅子田流」を使用しているとの説明はー切なされていない。
請求人は、篠笛本体に獅子田の表示をせず、ホームページでは販売主体として「根岸」或いは「根岸篠笛工房」と目立つように表示しているから、需要者が商品の出所を誤認する等の事態はないというが、請求人が「根岸」をいくら強調しようとも、上記使用態様で「獅子田流」と表示すれば、需要者が本件商標との関係性を認識することは必定である。
なお、甲第2号証の1及び2の警告後において、請求人はホームページの価格表から「獅子田流」の記載を削除し「古典調」の表示に変更した(乙2)。このことは、請求人自身が「獅子田流」の表示問題性を認識していた証左であろう。
イ また、請求人は、「獅子田流」との表示は、請求人が販売する篠笛が、獅子田の流れを汲む笛師が制作する篠笛と同一調子の篠笛であることを示しているだけであるとも主張し、このことも、商標的使用でないという理由としている。
しかし、「獅子田」とは篠笛の調子を示す一般的な表示ではないし、規格でもない。甲号証中には「獅子田」が篠笛の調子を示す表示であるとか、篠笛の規格であることを裏付ける記載は一切存在しない。甲号証中にあるのは、獅子田の流れを汲む笛師が制作した篠笛がどのような調子を持つものであるか、他の獅子田の流れを汲まない笛師が制作した(そして「獅子田」の表示を使用していない)篠笛と比較した説明であるにすぎない。つまり、獅子田の流れを汲む笛師が制作した篠笛と同一調子の篠笛であれば、獅子田の流れを汲まない笛師が制作した篠笛であっても「獅子田」或いは「獅子田流」と表示するとの証拠は一切ないのである。
請求人が商標的使用でないというなら、請求人は、自身が販売する篠笛は笛師獅子田の流れを汲む制作者で制作した篠笛ではないが、獅子田の篠笛と同一調子に制作してあると表示し説明すれば良いのである。しかし、請求人はこのような説明を全くしていないのであり、その上での「獅子田流」の使用は、獅子田の流れを汲む笛師が制作している篠笛であると僣称していることになり、正に商標権の侵害である。
(2)イ号標章は品質、用途を示す表示ではない
ア 請求人は、「獅子田」或いは「獅子田流」の表示は篠笛における笨の定義を示すものとして取引者・需要者に広く認識されていると主張している。
しかし、そのような事実はなく、請求人主張を裏付ける証拠もない。
イ 甲第8号証の6、甲第15号証の2、甲第16号証の2、甲第17号証の2、3、甲第18号証の3の記載内容は、獅子田の流れを汲む笛師が制作した篠笛の特徴を、流れを汲まない笛師が制作した篠笛と比較することを主としつつ、複数の視点から説明している記述であるにすぎない。つまり、「獅子田」と表示されている篠笛の特徴を説明するに止まり、篠笛一般における笨の定義になっていない。「獅子田」の篠笛の特徴を説明する文献がどれだけ大量にあろうと、だからといって、「獅子田」が品質や用途を示す表示に転化することはないのである。
ウ また、篠笛販売業者の多くが笛師の銘以外に「獅子田」や「獅子田流」の表示を行っていようと、これによって、「獅子田」が笨の定義として使用されている根拠となるものではない。請求人は、甲第11号証の3、4、甲第12号証の2、甲第13号証の4ないし7、11、12、甲第14号証の1、甲第20号証の2、甲第21号証の3、甲第22号証の2、3、甲第23号証の2、甲第24号証の2、甲第25号証の2を提出しているが、これら甲号証における「獅子田」の使用例は、獅子田の流れを汲まない笛師によって制作された篠笛についても「獅子田」或いは「獅子田流」が使用されていることが立証されなければ、「獅子田」や「獅子田流」が笨の定義に転化していることの立証にならないところ、上記甲号証ではそのような立証になっていない。
エ なお、請求人は、請求人が「獅子田流」の表示をせずに販売したら、需要者が間違った篠笛を購入した例があるとも主張している。この主張内容は、具体的にいかなる事例を説明しているのか不明であるし、証拠も提出されていないのであるが、獅子田の流れを汲む笛師が制作する「獅子田」の表示を付して販売される篠笛には一定の調子があり、それと同じ調子の篠笛を購入したい需要者が、獅子田のこの篠笛と同じものを買いたいといわず、同じ「●笨調子」だから同じ調子と思い込んで購入したら違っていたという事態であるとすれば、このような事態が生じたことと、「獅子田」が笨の定義になっていることとは次元が違うとしかいいようがない。
(3)イ号標章は慣用商標でもない
ア 「獅子田」の表示は、被請求人以外に、「紫水」、「紫山」、「光和」、「北原唯幸」が使用している。しかし、これらの「獅子田」の表示を使用している篠笛を制作し販売しているのは、いずれも獅子田の流れを汲む笛師である(なお、光和は笛師が死去しており後継者がいないために在庫処分をしている状況である)。流れを汲まない笛師は、或いは「丸山」、或いは「朗童」(天賦流)、或いは「蘭情」その他の表示を使用しているのが実態である。むしろ、「獅子田」は上記の笛師しか使用していない表示であるというべきである。
イ この点に関連し、請求人は、一部の販売者が藤巻の高級篠笛に「獅子田」或いは「獅子田流」を付して販売していると主張している(甲13の13、甲21の3、甲22の2、3)。しかし、これら甲号証の例は、全て「紫山」の篠笛であり、獅子田の流れを汲む笛師が制作した篠笛に「獅子田」を付しているのである。流れを汲まない篠笛に獅子田を付しているものではない。
ウ また、請求人は、「獅子田」や「獅子田流」の表示以外に、「紫水」や「紫山」等の銘が使用されており、被請求人も「竹峰」、「竹渓」の銘を使用しているのは、「獅子田」や「獅子田流」に自他商品識別機能がなくなり慣用商標化している証左であるとも主張している。しかし、他の銘を使用しているから「獅子田」に識別機能がなくなったとは論理の飛躍であり、失当である。二重の識別標識が使用されているからといって、一方の識別機能が失われたことにはならない。
エ なお、念のために付言すれば、被請求人は、現在、有限会社組織であるが、遡れば大正3年(1914年)に初代中村甚五郎が獅子田流笛師新山氏に弟子入りして獅子田流篠笛の制作を開始し、二代目伊東忠一を経て三代目である現代表者大塚義政に至っているものであって、初代以来、正当に「獅子田」を継承して現在に至っているものであるが(乙3、甲31の2)、たとえ、「獅子田」を名乗る資格のある者が複数存在し、複数の者が自己の商品である篠笛に「獅子田」の表示を使用していた場合であっても、その中の一人が商標登録の出願をすることには何等の問題もない。この出願は、使用者が複数存在していたことによって普通名称化している等、登録要件が欠けていれば登録されないが、そうでなければ登録される。そして、登録後の複数の者の間の調整は、先使用権の問題であるにすぎないのである。
(4)結論
以上のとおり、イ号標章は、商標登録第4362019号の商標権の効力範囲に属する。

第5 当審の判断
1 「獅子田」の文字について
「獅子田」は、江戸時代に篠笛を作り普及させた笛師「獅子田三四郎」又は「獅子田太郎」の流れを汲む笛師の系統の銘である(甲7の3、甲8の4、甲9の2)。
2 本件商標について
本件商標は、別掲1のとおり、「獅子田」の文字を縦書きしてなるところ、これより「シシダ」の称呼を生じるものである。
そして、「獅子田」の文字は、「篠笛」について上記1の意味合いを有する語であるから、本件商標をその指定商品中「篠笛」に使用するときは、「獅子田の流れを汲む笛師によるもの」程の観念を生じるものである。
3 イ号標章について
イ号標章は、別掲2のとおり、黒色矩形を背景にして「獅子田流」の文字を白抜き表示してなるところ、その使用商品「篠笛」に係る上記1の実情からすると「獅子田」と「流」の文字を結合したものと容易に認識し得るものである。
ところで、イ号標章中の「流」の文字部分は、「武術・芸術・技芸のグループおよびその系統」(三省堂大辞林第3版)の意味を有する語であり、「○○流」(○○は、流派名)の文字が使用されており、そして、商品「篠笛」の取引においては、例えば「紫水流」と「紫水」の文字のように同義で使用されていること(甲11の3、甲13の6、7)からすると、商品「篠笛」にあっては、「流」の文字の有無によって商品を識別するものではないといえ、該文字部分が捨象して認識されることも決して少なくないといえる。
そうすると、イ号標章は、本件商標と同様に、「獅子田の流れを汲む笛師によるもの」程の観念を生じ、「シシダリュウ」の称呼が生じるほか、「シシダ」の称呼をも生じるものである。
4 本件商標とイ号標章の類否について
本件商標とイ号標は、「獅子田の流れを汲む笛師によるもの」程の観念及び「シシダ」の称呼を共通にするものである。
そして、本件商標とイ号標章の外観についてみると、(a)縦書きと横書きであるか、(b)線書きであるか矩形を背景にした白抜き文字であるか、及び(c)「流」の文字の有無に差異を有するものであるが、前記(a)及び(b)については、文字の表現方法として普通に用いられるものであり、(c)については、上記3のとおり、「流」の文字部分が捨象して認識されことも決して少なくないから、本件商標とイ号標章は、相紛らわしいものといえる。
そうすると、本件商標とイ号標章は、観念、称呼及び外観のいずれの点からみても相紛れるおそれのある類似の商標というべきであり、かつ、本件商標の指定商品「和楽器」は、イ号標章の使用商品「篠笛」が含まれるものである。
5 請求人の主張について
請求人は、(a)請求人によるイ号標章の使用は、商標的使用ではない、(b)イ号標章は、商品「篠笛」の品質又は用途を示すものを普通に用いられる方法で表示するものである、及び(c)イ号標章は、商品「篠笛」について慣用されている商標であると主張している。
しかしながら、請求人が主張する甲第1号証の3に表示されたイ号標章についてみると、当該イ号標章の表示が商標的使用ではないとは認められない。また、請求人提出の全証拠によっては、請求人の主張のように本件商標とイ号標章が「篠笛」の「本(笨)の定義」を示すものであるとは認められなし、本件商標とイ号標章を「獅子田の流れを汲む笛師でない者」が使用している事実は見いだせない。
したがって、請求人の主張は、いずれも採用することができない。
6 むすび
以上からすれば、商品「篠笛」に使用するイ号標章は、本件商標の商標権の効力の範囲に属するものといわなければならない。
よって、結論のとおり判定する。
別掲 別掲1(本件商標)


別掲2(イ号標章)

判定日 2014-12-12 
出願番号 商願平11-55568 
審決分類 T 1 2・ 9- YB (Z15)
最終処分 不成立  
特許庁審判長 小林 由美子
特許庁審判官 渡邉 健司
大森 健司
登録日 2000-02-18 
登録番号 商標登録第4362019号(T4362019) 
商標の称呼 シシデン、シシタ、シシカリ 
代理人 齋藤 博子 
代理人 齋藤 昭彦 
代理人 對▲崎▼ 俊一 
代理人 對▲崎▼ 綾子 

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