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審決分類 審判 全部無効 商3条1項3号 産地、販売地、品質、原材料など 無効としない Y30
管理番号 1265909 
審判番号 無効2007-890026 
総通号数 156 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標審決公報 
発行日 2012-12-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2007-03-02 
確定日 2012-10-09 
事件の表示 上記当事者間の登録第4955562号商標の商標登録無効審判事件についてされた平成21年3月30日付け審決に対し、知的財産高等裁判所において、審決の一部取消しの判決(平成21年(行ケ)第10229号、平成22年3月29日判決言渡)があり、さらに、最高裁判所において、上告及び附帯上告の棄却(平成22年(行ツ)第289号、第290号)並びに平成22年(行ヒ)第294号事件を上告審として受理しないとの決定が平成24年2月16日にあったので、審決が取り消された部分の指定商品についてさらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。
理由 第1 本件商標
本件登録第4955562号商標(以下「本件商標」という。)は、「イルガッチェフェ」の片仮名を標準文字で表してなり、平成17年9月8日に登録出願、第30類「コーヒー,コーヒー豆」を指定商品として、同18年4月6日に登録査定、同年5月26日に設定登録されたものである。
そして、本件審判の請求により、指定商品のうち、「エチオピア国イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)地域で生産されたコーヒー豆,エチオピア国イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)地域で生産されたコーヒー豆を原材料としたコーヒー」以外の指定商品について、その登録を無効とする旨の審決が同24年2月16日に一部確定し、その登録が同年5月25日にされ、その余の登録に関する部分については、現に有効に存続するものである。

第2 手続の経緯
本件商標について、平成19年3月2日付けで、「本件商標の登録を無効とする。」旨の無効審判の請求があったところ、同21年3月30日付けで、「本件商標の登録を無効とする。」旨の審決(以下「第一審決」という。)がされた。
この第一審決に対し、被請求人は、取り消しを求めて知的財産高等裁判所に出訴し、これが平成21年(行ケ)第10229号事件として審理された結果、平成22年3月29日に「1 特許庁が無効2007-890026号事件について平成21年3月30日にした指定商品第30類『コーヒー,コーヒー豆』に関する審決のうち,指定商品『エチオピア国イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)地域で生産されたコーヒー豆,エチオピア国イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)地域で生産されたコーヒー豆を原材料としたコーヒー』に関する部分を取り消す。2 原告のその余の請求を棄却する。」との判決が言い渡された。
この判決に対し、請求人は、平成22年5月21日付けで上告及び上告受理の申立てを、また、被請求人は、平成22年6月1日付けで附帯上告及び附帯上告受理の申立てをしたが、平成24年2月16日に最高裁判所により、「1 本件上告及び附帯上告をいずれも棄却する。2 平成22年(行ヒ)第294号事件を上告審として受理しない。」との決定がされ、上記判決は確定した。
その結果、第一審決で商標登録を無効するとされた指定商品のうち、「エチオピア国イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)地域で生産されたコーヒー豆,エチオピア国イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)地域で生産されたコーヒー豆を原材料としたコーヒー」に関する部分については、審決が取り消され、それ以外の指定商品に関する部分については、無効が確定した。

第3 請求人の主張
請求人は、本件商標の登録を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、その理由並びに答弁及び回答に対する弁駁の理由を次のように述べ、証拠方法として、甲第1号証ないし甲第29号証(枝番を含む。)を提出した。

1 請求の理由
(1)無効事由
本件商標は、指定商品「コーヒー,コーヒー豆」について使用するときには、出願人の国であるエチオピア連邦民主共和国(以下、単に「エチオピア国」という。)の高原地域である「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」で生産された「コーヒー、コーヒー豆」の商品の品質及び生産地を表示するにすぎない。
したがって、本件商標は、商標法第3条第1項第3号に違反して登録されたものであるから、同法第46条第1項第1号により無効とすべきものである(「商標法」をいう場合は、以下、単に「法」という。)。
(2)無効理由
ア 「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」がコーヒー豆の著者な産地名を表示するものであることについて
アフリカ地域であるエチオピア国は、コーヒーの産地といわれている北緯25度、南緯25度以内の地域に属し、エチオピアは北緯3度から4度、東経33度から48度に挟まれた東アフリカに位置し、世界的にコーヒー豆の産地名として著名で、古くから書籍等に紹介されているところである(甲3ないし8、甲9及び甲10)。「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」の地名は、エチオピア国の著名なコーヒー豆の生産地ハラー(Harrar)とシダモ(Sidamo)とに、挟まれたシダモ地方に属する地域に位置する(甲3の地図・198頁及び甲13)。
エチオピア国でのコーヒー豆の精製は、全てエチオピア国の首都であるアディス・アベバ(Addis Abeba)で行われるが、ハラー・コーヒーは例外でディレ・ダワ(Dire Dawa)で独占的に行われている。一方、エチオピア国で生産されているコーヒー豆の種類は全てアラビカコーヒーであるところ(甲3ないし甲7)、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」産のコーヒー豆は、エチオピア・アラビカコーヒーの輸出等級グレード1からグレード8のうち、ウオッシュド(水洗式)でグレード2に属する高級品種である(甲3)。エチオピア国の主要な輸出等級はグレード2のウォッシュド・コーヒー並びにグレード4及び5のアンウォッシュド・コーヒーであり、日本にはグレード5以上のものが輸入されている。そして、シダモ地方の一部であるイルガッチェフェコーヒー豆はグレード1又はグレード2にランクされている高級品である(甲3及び甲13)。
また、インターネットにおいては、コーヒー豆について「産地と銘柄の基礎知識」、「生産国別コーヒー豆・珈琲の種類」等と題する記事に、「コーヒーの発祥の地として知られているのがエチオピアです。日本においても大きな支持を得ています。カーファ地方やハラー地方、シダモ地方が主要産地です。」、あるいは、「コーヒーの発祥の地といわれているエチオピアは、今でも自生するコーヒーの木があり、特にハラーなどは日本でも有名で、その他シダモ、レケンプティ、ジンマなどが知られている。」旨が掲載されている(甲8及び甲14)。
「イルガッチェフェ」は、エチオピア国のコーヒー豆の4つの著名生産地域「1.ネケムプテ、2.ジンマ、3.イルガチェフェ、4.シダモ」のうちの一つの「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」に相当する産地名である(甲12)。
以上から、エチオピア国の「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」は、本件商標の登録出願以前から著名なコーヒー豆の産地名であることが明らかである。
してみれば、本件商標は、審査基準に違反して登録されたものである(甲15)。この規定は、出願人が自国の出願である場合について登録することの例外規定はなく、本件商標が登録されたこと自体明らかにこの規定に違反していることは、後述ウ(イ)の拒絶理由(「HARRAR」(商願2005-84163)、「ハラール」(商願2005-84166))の記載からも明らかである(甲21及び甲22)。
イ 知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPs協定)にも違反しており、この協定の規定からしても無効とされるべきである。(甲16)。
ウ 過去の審決例・審査例
(ア)審決例
a 「mocha」は、法第3条第1項第3号及び法第4条第1項第16号に該当し登録することができないと認定された(甲17)。
b 「The Manhattan Coffee」「ザ・マンハッタン・コーヒー」は、法第3条第1項第3号に該当し登録することができないと認定された(甲18)。
(イ)審査例
「ブルーマウンテン」、「BLUE MOUNTAIN」、「MOCA」、「ブルマン」、「HARRAR」及び「ハラール」が法第3条第1項第3号及び法第4条第1項第16号に該当するとして拒絶された(甲19ないし22)。
(ウ)前記(イ)の「HARRAR」及び「ハラール」の2件の商標の出願人は被請求人であるが、該商標は商品の産地・販売地を表すにすぎないものと認定され、拒絶の対象とされている。しかし、本件商標については、同じ出願人であって、登録当時に、エチオピア国の「コーヒー豆」の著名な生産地の1つである「イルガッチェフェ」について登録されたものであり、これは、審査の公正を乱すもので、過去の審査例、審決例に反するものである。

2 請求人の弁駁
(1)被請求人は、本件商標が法第3条第1項第3号に該当しない理由として、エチオピア国政府が自国の主要なコーヒー産業の振興のため、コーヒー等について徹底した品質管理を行っている。本件商標は、エチオピア国のコーヒー豆の産地というよりは、持徴のある香り及び風味を有する同国産コーヒー豆のブランドとして識別力を有している旨主張する。
しかし、被請求人が生産国の事情を述べ、The Ethiopian lntellectual property Office(エチオピア国知的財産局、以下「EIPO」という。)の長官の宣誓書(乙2)を提出しても、そのことにより本件商標は、識別標識となることはない。
エチオピア国政府が定めた厳しい基準に合致する品質、特徴ある香り、風味を有するコーヒーの品質管理をしたことにより「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」という地名は、需要者、取引者にとっては、地名は地名として、生産地は生産地として認識されるものである。品質管理をしたことにより識別性のないものがあることにならないことは明らかである。
(2)被請求人は、エチオピア国政府は自国の産業の振興のため、コーヒー等の品質管理を徹底して行っている旨主張する。
しかし、現在のエチオピア国産コーヒー生豆の日本における状況は、POPs条約禁止毒物であるγ-BHC、クロルデン、ヘプタクロル、DDTなどが検出されており、殆ど輸入できなくなっている。日本は、これについてエチオピア国政府に原因を糺しているが、「汚染原因は不明」との回答しか得ておらず、エチオピア国政府が言うような「品質管理を徹底」という事実はなく、我が国のエチオピアからのコーヒー豆の輸入は、段々少なくなっている(甲23(審判注:弁駁書では「甲18」と誤記。))。その原因は、上記のように、エチオピア産コーヒー豆の食品衛生法違反の事例が増えてきている事実によるものである(甲24(審判注:弁駁書では「甲19」と誤記。))。
請求人が、甲第3号証にあげた「世界の主なコーヒー生産国の事情」の193頁のエチオピアの地図には、地名として「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」の他10の地名が挙げられているが、これらのすべては、誰が見てもエチオピア国のコーヒーの主要な生産地であることは明らかである。
そして、甲第3号証の198頁には、「表25-2::エチオピアコーヒーの銘柄及び等級(及び生産地域)」の表の最上段には「イルガチェフェ グレード2(Yirgacheffe Grade2)(シダモ地方)」の記載がある。
また、インターネット資料の甲第10号証ないし甲第14号証においては、エチオピア(etiopia)の最も品質の高いコーヒーが生産され「イルガチェフェ グレード1(Yirgacheffe Grade1)(シダモ地方)」、後部には「カーファ地方やハラー地方、シダモ地方が主要産地です。」と記載されており、産地であることは明らかである。
更に、甲第5号証の「コーヒー抽出技術」の144頁のエチオピアの項には「シダモやハラーは地名でもあり、」と記載されており、エチオピア南部シダモ州の中にある「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」は、地名であることは明らかである。
被請求人だけは、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」を、『エチオピア国政府が定めた厳しい基準に合致する品質、特徴ある香り、風味を有するコーヒー等のブランド名かつ標章名である』と主張し、法第3条第1項第3号の規定に該当しないとしているが、需要者、取引者にとっては、地名であり、生産地であると認識しその他の文献にも地名であり、生産地であるとも記載されていること明らかである。
わが国においては、商標法に明るい人は、誰が見ても「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」の商標が、法第3条第1項第3号の規定に該当するものとして認識するものである。
(3)被請求人は、TRIPs協定第22条(3)ただし書きを挙げ、「拒絶し又は無効とする。」ことができるのは、「該当地理表示を使用することが、真正の原産地について公衆を誤認させるような場合に限る。」のであり、本件商標は、エチオピア国政府の厳格な審査基準に合致した同国産のコーヒー等のみに商標の使用が許可されるのであるから、本件商標の指定商品への使用は、真正の原産地について公衆を誤認させることはありえず、本件商標は、TRIPs協定に違反しない旨主張する。
しかし、我が国の商標審査では、「ブルーマウンテン」、「BLUE MOUNTAIN」、「MOCA」、「ブルマン」などが拒絶され(甲14及び甲15)、本件商標は、これらと同列であり、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」が地図上の地名であり、産地であるにもかかわらず、被請求人の上記主張は、国の事情を述べたにすぎないものであって、強引に本件商標は、エチオピア国を代表する高品質のコーヒー等のブランド名、かつ、標章名であり、コーヒー等の品質及び生産地を表示するものではないと主張するものであり、その主張は失当である。
そして、上記規定のただし書きには、「拒絶し又は無効とする。」ことができるのは、「当該地理的表示を使用することが、真正の原産地について公衆を誤認させるような場合に限る。」との記載に該当するものであり、無効とされるべきものである。
さらに、「本件商標は、エチオピア国政府の厳格な審査基準に合致した同国産のコーヒー等のみに商標の使用が許可されるのであるから、本件商標の指定商品への使用は、真正の原産地について公衆を誤認させることはありえない。」との被請求人の主張は、国の事情を述べたにすぎず、これによって識別標識のないものがあるものと変わるものでないことは明白である。
また、被請求人は、本件商標の各国における登録状況について、「本件商標は、識別力を登録要件とする、欧州共同体商標庁、アメリカ合衆国及びカナダ国で既に登録が認められている(乙2別紙AA11)。これらの国では、登録商標を基に『ファイン・コーヒー商標ライセンスイニシアティブ』が進んでいる。本件商標の登録が無効になれば、全世界で行われている『ファイン・コーヒー商標ライセンスイニシアティブ』が、エチオピア国産コーヒーの主要な輸入国の一つである我が国においては水泡に帰することになりかねない。」と主張するが、外国は外国の法律で登録商標となったものである。我が国の商標法で、法第3条第1項第3号に該当するとして、無効になったとしても、登録商標としては使用できないが、識別性のない商標であるから、標章としては、今までどおり使用できるので、水泡に帰することにはならない。
(4)むすび
以上のとおり、本件商標は、これを指定商品について使用した場合には、商品の品質及び生産地を表すものであるから、法第3条第1項第3号に該当する。
よって、本件商標の登録は、法第46条第1項第1号により無効とされるべきである。

第4 被請求人の主張
被請求人は、結論同旨の審決を求めると答弁し、その理由を次のとおり述べ、証拠方法として、乙第1号証ないし乙第67号証(枝番号を含み、乙第17号証は欠番。なお、被請求人が回答書において提出した甲第18号証ないし甲第67号証は、以下、乙第18号証ないし乙第67号証に読み替える。)を提出した。

1 法第3条第1項第3号への非該当性
(1)被請求人の主張の骨子
本件商標は、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる商標である。
「YIRGACHEFFE」の語は、エチオピア国に所在する地方の名称に由来するとしても、本件商標の登録査定当時、コーヒーの産地名称としては一般需要者に知られていなかった。
したがって、本件商標は、その登録査定当時、指定商品について自他商品識別力を有していたことから、法第3条第1項第3号には該当しない。
(2)商標権者であるエチオピア国のコーヒー産業へのコントロール
ア 本件商標は、エチオピア国の長年にわたるコーヒー豆の品質のコントロール及びエチオピア国と我が国とのコーヒー豆の交易を通じて長年使用された結果、エチオピア国のコーヒーの産地というよりは、持徴のある香り及び風味を有する同国産コーヒーのブランドとして識別力を有している。
また、本件商標の登録は、エチオピア国が、同国のコーヒー農民の貧困救済のために全世界で行っているプロジェクトの一環であり、本件商標の登録の維持は、開発途上国の支援という観点からも意義があるものである。
イ EIPOの長官であるアルム・アベベ氏の宣誓書(乙2)によれば、エチオピア国政府がコーヒー産業のコントロールを始めたのは、1928年ころからであり、現在も、政府が「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」の下に販売することのできるコーヒーの品質をコントロールしており、エチオピア国では、特徴のある香りと風味を有する高品質のファイン・コーヒーのみが本件商標を付すことができるのである。
エチオピア国では、帝政期にコーヒーに関する布告1952年第121号を公布した。同布告は、コーヒー産業に関連する規則を正式に定めたものであり、エチオピア国から輸出されるコーヒーは、認可を受けたコーヒーの清浄・等級付け業者が清浄・等級付けしなければならない旨を規定していた。同布告の公布により、国のコーヒー経済への介入はより本格化した。その後の変遷を経、現在は、政府機関である農業地方開発省(The Ministry of Agriculture and Rural Development(MoARD))が、コーヒーの輸出手続(サプライ・チェーンの各段階を監視し、輸出方針に関する事項に対処し、コーヒー産業のライセンシーに対して研修、加工、販売支援等の技術的サービスを提供する広範なプログラムを含む。)をコントロールし監視する主たる監督官庁となっている。
アルム・アベベ氏の宣誓書は、コーヒーの品質等を維持するための国の関与について以下のように説明している。
「コーヒーの検査は、地域及び中央政府レベルで実施されている。地域レベルでは、エチオピア国内のあらゆる主要コーヒー生産地区が品質検査事務所を擁しており、ここでコーヒーの等級や品質をチェックして、中央の品質等級付け・オークションセンターに送る。アジス・アベバやディレ・ダワの中央検査所では、コーヒーの等級付けは、視覚による緑色分析やカップテースティングを通じて行われる。YIRGACHEFFE商標の下で輸出されるコーヒーは、商標権者がその実施当局を通じて定める品質水準に達していない限り、さらなる流通のためのオークションに進むことができない。また、コーヒー市場参入者は、オークションの手続きに参加するため、MoARDの認可を得る必要がある。エチオピア国から輸出されるコーヒー(YIRGACHEFFEコーヒーを含む)はすべて、このようなオークションの手続きを経なければならない。」
したがって、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」というブランドを付すことができるのは、エチオピア国政府が定めた厳しい基準に合致する品質、特徴ある香り、風味を有するコーヒーのみであり、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」ブランドのコーヒーは、エチオピア国という同一の出所から流出している商品であるといえる。
ウ エチオピア国産コーヒーと日本
(ア)アルム・アベベ氏の宣誓書(乙2)に添付した別紙AA13は、エチオピア国農業地方開発省(コーヒーを含む農産物の輸出を監視しコントロールする政府機関)の宣誓書であるところ、同省の大臣ヤエコブ・ヤーラ氏は、日本は、数十年にわたりエチオピア国産アラビカ・ファイン・コーヒーの主要輸入国であること、エチオピア国が行っている「ファイン・コーヒー商標ライセンスイニシアティブ」が、様々な国際的なコーヒー輸入企業とライセンス契約を締結することにより順調に進んでいることを述べている(「ファイン・コーヒー商標ライセンスイニシアティブ」については、後記エ(イ)a参照)。同氏の宣誓書には、輸出データが添付されており、同データによると、2004年11月23日から2008年3月22日までにエチオピア国から日本に輸出されたSidamo及びYirgacheffeコーヒーの輸出総量は43,754,844キログラムであり、輸出総額は、107,450,791.2米ドルである。
(イ)乙2別紙AA13は、「日本国大阪におけるExpo’70のエチオピア国パビリオンへのエチオピア国営コーヒー協会(National Coffee Board of Ethiopia)の参加に関する報告書」であり、1970年当時のエチオピア国と日本とのコーヒーについての係わりを示す証拠である。同報告書には、1970年当時、日本のエチオピア国産コーヒーの輸入量は過去10年間(1960年から1970年の間)に倍増したこと、日本は今後5年間に、米国に次ぐ世界第2位のコーヒー消費国になるであろうこと、エチオピア・コーヒー代表団がユーシーシー上島珈琲株式会社(以下「UCC社」という。)や全日本コーヒー協会を訪問し、担当者とミーティングを行ったこと、エチオピア国産コーヒーが50年近く前から日本に相当量輸出されていたこと、当時からエチオピア国にとって日本が有望なコーヒー市場であったことなどが記載されている。
乙2別紙AA2ないしAA4は、エチオピア国の輸出業者の書状、エチオピア国の輸出業者と日本の輸入業者との間の取引書類を含んでいる。Yirgacheffeコーヒーの輸入者には、日本の代表する商社等も含まれている。取引書類には、Yirgacheffeというコーヒーのブランド名が記載されている。これらの商社や輸入業者を通じてYirgacheffeというブランド名を付したコーヒーが日本に流通し、Yirgacheffeはエチオピア国産コーヒーのブランド名として、需要者に認識されるに至っている。
エ 本件商標「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」の商標としての機能
(ア)YIRGACHEFFEは「際だったジャスミンとレモンの風味」を有するエチオピア国産のコーヒー豆を指標するブランドとして需要者の間に知られている。仮にYirgacheffeがコーヒーの生産地の名称だとしても、エチオピア国政府の長年のコーヒーの品質等のコントロールにより、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」といえば、「際だったジャスミンとレモンの風味」を有するエチオピア国産のコーヒーであると、需要者が認識するに至っている。
なお、商標とは、事業者が自己の取り扱う商品・サービスを他人の商品・サービスと区別するために、その商品・サービスについて使用するマーク(標識)のことであり、商品識別機能を基本的機能として、出所表示機能、品質保証機能、広告宣伝機能などが派生するとされている。「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」は、エチオピア国産のコーヒーであるという出所を表示するにとどまらず、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」という名称(商標)を付すことができるコーヒーは、エチオピア国政府機関の厳しい審査を経たコーヒーだけであるという点で、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」という名称はコーヒーの品質を保証する機能を有している。かかる機能が発揮されることにより「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」という名称を付した商品(コーヒー)に信用が化体し、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」という名称が広告宣伝機能を果たすに至っているのである。また、自国の産業の振興という観点からも、商標権者であるエチオピア国は、今後もコーヒーの品質保持に努め、商標の名声と蓄積された信用を落とさないようその品質保持し、さらに優秀なものを供給しようと努力することが必定である。そうとすると、本件商標の登録が維持されることは、商品の流通秩序を維持し、あわせて需要者の利益を保護するという、商標法の趣旨にも合致するものである。
(イ)本件商標の登録の維持の必要性
a エチオピア国とコーヒー産業
エチオピア国は、アラビカコーヒー発祥の地と言われ、世界有数のコーヒー豆の生産国である。同国の経済は、エトルリアとの国境紛争により、打撃を与えられ、同国政府はこのような紛争後の経済課題に取り組むべく、国家開発5カ年計画を策定している。現在のエチオピア国では食糧安全保障及び貧困削減が最優先課題である(外務省ウェブサイトより、乙3)。
コーヒーは、エチオピア国の主要な貿易品目の一つであり、同国の経済において非常に重要な意味を持つものである。エチオピア国産のコーヒーは、高品質で、市場では高値(1ポンド当たり24?26USドル)で取引されているにもかかわらず、同国のコーヒー農民が得る所得は小売価格の約5%(1ポンド当たり1.20USドル?1.60USドル)と非常に低く、コーヒー農民は長年にわたり貧困にあえいでいるという状況にあった。エチオピア国政府はかかる状況を憂慮し、英国の国際支援団体Oxfam(オックスファム)等の支援を受け、同国産のコーヒー豆に関して、YIRGACHEFFE等の商標を主要国で登録するというプロジェクトである「ファイン・コーヒー商標ライセンスイニシアティブ」を立ち上げた。同国は、商標の登録の効果により、各国のコーヒー会社とのライセンス契約の交渉を有利なものとし、ライセンス契約を締結することにより、エチオピア国産コーヒーのブランド及び品質の管理を行い、YIRGACHEFFE等の商標を付したコーヒーの価格を高め、そこから得た利益をコーヒー農民に還元すれば、コーヒー農民の貧困を少しでも解消できるのではないかと確信するに至ったからである。そこで、上記目的を達成するため、エチオピア国名義のYIRGACHEFFE等の商標登録出願が主要国において行われた(本イニシアティブや主たる目的については、乙2別紙AA1参照。)。
b エチオピア国産のコーヒー豆と企業等の取り組み
米国において、エチオピア国と米コーヒーチェーン大手のスターバックス社との間で、YIRGACHEFFE等の登録をめぐる商標論争があったが、2007年6月20日に、スターバックス社が、エチオピア国がコーヒー豆に係る商標を登録することにつき合意し、共同声明が出され、エチオピア国とスターバックス社は、ライセンス契約を締結し、今後、スターバックス社は、エチオピア国のコーヒー業界と生産者であるコーヒー農民を支援することを約束した(乙4)。
また、日本では、2008年8月末現在、エチオピア国のイニシアティブに賛同した企業31社が同国とライセンス契約を締結している(乙2別紙AA5)。その契約は,乙第5号証のとおりである。
ちなみに、本件商標の登録は、エチオピア国コーヒー農民の貧困救済のために全世界で行われているプロジェクトの一環である。本プロジェクトは、開発途上国の貧困の解消を目指すLight Years IPやOxfamといったNGO及びプロボノ活動(弁護士など法律に携わる職業の人々が無報酬で行う法律家活動)を行う各国の弁護士等の参加により行われており、諸外国では一定の成功を収めている。
本件商標の登録の維持は、エチオピア国のコーヒーのブランドを適切に保護することにより、同国産のコーヒー等の品質を高め、他のコーヒー等と差別化をはかり、付加価値を向上させ、同国の産業競争力の強化及び貧困の削減につながるものである。
(3)商品識別機能について
請求人は、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」は本件商標の登録出願以前から著名なコーヒー豆の産地名であり、審査基準に違反すると主張する。しかし、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」が産地名に該当するものであっても、そのことから直ちに法第3条第1項第3号の適用により無効とされるものではない。需要者が何人かの業務に係る商品・役務であることを認識することができる商標であれば、法第3条第1項第3号による無効とはならず登録が認められうる。
この点、法第3条第1項第3号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くとされているのは、判例上、「このような商標は、商品の産地、販売地その他の特性を表示記述する標章であって、取引に際し必要適切な表示としてなんぴともその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに、一般的に使用される標章であって、多くの場合自他商品識別力を欠き、商標としての機能を果たし得ないものであることによる。」(最高裁昭和54年4月10日第三小法廷判決、ワイキキ事件)ことによる。
商標審査基準(甲10)においても、「3.国家名、著名な地理的名称、繁華な商店街、地図等は、原則として商品の産地若しくは販売地又は役務の提供の場所(取引地を含む。)を表示するものとする。」とする。これは、著名な地理的名称等であっても産地表示として必ずしも法第3条第1項第3号によって無効とならないことを前提とするものであり、また、かかる地名が著名でない場合には、産地表示として法第3条第1項第3号を適用することを原則としないことを前提としていると解される。
出願商標が法第3条第1項第3号に該当するか否かを判断するには、本件商標の登録査定時において、我が国の需要者における認識で、当該出願商標が指定商品の品質等を「普通に用いられる方法」で表示する標章のみからなるか否かを認定する必要がある。そして、この「普通に用いられる方法」で表示されているか否かは、商取引において、指定商品の需要者が商品の品質、原産地等の表示であると直観できるか否かで判断される。すなわち、指定商品の品質、原産地等を間接的に表示するにとどまる商標は、自他商品識別機能を有すると判断される。
したがって、法第3条第1項第3号に基づいて本件商標の登録の無効を主張する請求人は、査定日(平成18年4月6日)前に我が国の標準的需要者をして、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」なる文字が、本件商標の指定商品の品質又は産地を表示する語として一般に認識され、かつ、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」なる文字が品質又は産地表示であると直観させるものであった、という事実を立証する責めを負うものである。
(4)本件商標の商品識別性
これを本件についてみるに、本件商標の登録査定時において、我が国における標準的需要者が、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」が地名であり、本件商標をエチオピア国産のコーヒーに関する一般的な産地表示であると認識していたとはいえない。例えば、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」の語は、本件商標の登録査定当時の「広辞苑」、「現代用語の基礎知識2006」、「研究社 新英和大辞典」に何らの掲載がない。なお、「研究社 新英和大辞典」では「Harar」は「ハラール《エチオピア東部の市》」との記載があるが、「Blue Mountain」、「Mocha」と異なりコーヒーの産地あるいはコーヒー豆として、掲載されている事実はない(乙6ないし8)。
また、「HARRAR」商標については、UCC社が昭和43年に登録出願し、昭和46年11月16日にコーヒーを含む第30類について登録査定を受けた(乙9ないし11)事実からすると、「HARRAR」は、当該登録査定時においては、指定商品の品質又は産地を表示する語として法第3条第1項第3号を適用されず識別力のある商標として登録されたのである。また、上記HARRAR商標は、コーヒー以外にも指定商品として「茶、ココア、氷」が含まれていたが、法第4条第1項第16号が適用されることもなかったのである。
本件商標は、エチオピア国政府が定め管理する厳しい基準に合致する品質、特徴ある香り、風味を有するコーヒー等のブランド名かつ標章名であり、需要者、取引者にとっては、自身が望む特徴のある香りと風味を備えた高品質のコーヒー等を購入するための出所識別標識となるものである。
したがって、本件商標は、需要者が何人かの業務に係る商品・役務であることを認識することができる商標として登録されたものであり、識別力のない産地表示として法第3条第1項第3号の適用により無効となるものではない。
(5)本件商標の各国における登録状況
本件商標は、識別力を登録要件とする、欧州共同体商標庁、アメリカ合衆国及びカナダ国で既に登録が認められている(乙2別紙AA11)。これらの国では、登録商標を基に「ファイン・コーヒー商標ライセンスイニシアティブ」が進んでいる。本件商標の登録が無効となれば、全世界で行われている「ファイン・コーヒー商標ライセンスイニシアティブ」が、エチオピア国産コーヒーの主要な輸入国の一つである我が国においては水泡に帰すことになりかねない。
(6)請求人に対する反論
ア TRIPs協定違反との主張に対して
請求人は、TRIPs協定違反であるとも主張するが、本件商標は、エチオピア国政府の厳格な審査基準に合致した商品のみにその商標の使用が許可されるのであるから、本件商標の指定商品への使用が、真正の原産地について公衆を誤信させることはありえない。
したがって、本件商標がTRIPs協定に違反するとの請求人の主張は失当である。
イ 信義則違反
請求人は、正当な商標権者であるべき被請求人の本件商標のみに、本件商標が法令、条約に違反し、その登録が無効であると主張するが、一方ではUCC社の「HARRAR」商標を巡る一連の行動を放置しており、かかる主張は、信義則ないし衡平の観念に照らして許されない。
ウ 過去の審決例・審査例の違反との主張に対して
請求人は、本件商標が過去の審決例・審査例に違反するとして、審決例、審査例(甲17ないし22)を挙げている。しかしながら、いずれも本件と事案を異にするものであり、過去の審決例等に反するとの理由はあたらない。
エ コーヒーの輸入量減少と食品衛生法違反の主張に対して
請求人は、コーヒーの輸入量減少と食品衛生法違反を主張する。
しかしながら、甲第18号証によっても、2008年4月までは(3月に前年を若干下回るものの)いずれも前年同月の数量、金額とも大きく増加しており、2008年4月は前年同期比数量153.5%、金額157.7%と1.5倍以上であり、証拠の評価を誤っている。また、甲第19号証は、請求人作成の平成20年10月9日付け資料であり、その客観性について疑いがあるほか、請求人が主張する違反事実も特定されておらず、具体的裏付けが明らかでないため、被請求人は具体的な反論が不可能である(なお、「※9月は、厚生労働省発表ではエチオピア産コーヒー生豆の基準値超えはありませんでした。」とあるので、請求人は、少なくとも2008年9月については違反がないということを認めているようにみえる。)。
そもそも被請求人は、本件商標の自他商品識別性について主張しているのであって、請求人主張の食品衛生法違反の有無は本件商標の識別性の判断にあたり関連がない。
オ ファインコーヒー商標ライセンスイニシアティブ活動について
請求人は、「外国で我が国の地名を登録されて、その国に外務省を通じて・・抗議した。」とするのみでその詳細は明らかにしないが、本件商標は、エチオピア国自身が正当に管理する商品役務に対して本件商標を登録したものであり、同国は各国においてその法制度のもとに保護を図っているものであって、請求人の主張は失当である。
請求人は、ファインコーヒー商標ライセンスイニシアティブ活動について「識別性のない商標であるから、標章としては、今までどおり使用できるので、水泡に帰することにはならない。」というが、商標として登録が維持されなければ日本においては商標権は当初よりなかったものとして保護されないこととなり、日本における当該活動の実効性が失われることは明らかである。
今日、商標「BLUE MOUNTAIN(ブルーマウンテン)」は、コーヒー豆の名称として、普通名称化ないし慣用商標化しているものといわざるを得ず、これを登録することは明らかに商標法に反するものである。
しかしながら、本件商標は、国を代表する高品質のファインコーヒーのブランド名として識別性を有し、日本及び世界において周知著名となったものであり、被請求人は、国をあげて賢明にこのブランド価値を維持しようと努力を重ねている。
(7)小括
以上のとおりであるから、本件商標の登録は、法第3条第1項第3号に違反してなされたものでない。
したがって、本件商標は、法第46条第1項第1号により登録を無効とすべきものにあたらない。

2 法第3条第2項について
仮に、本件商標が産地表示として法第3条第1項第3号に該当する商標であるとしても、本件商標は、以下のとおり、1970年の大阪万博の際には、日本において相当程度需要者の間で周知となり、さらにその後30年以上にわたり、日本を含む世界中で継続された広告・宣伝・販売活動により、遅くとも登録査定時には日本において「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品・役務であることを認識することができるもの」(法第3条第2項)との要件を満たしていた。
(1)本件商標は、1970年の大阪万博の際には、本件商標は日本において周知著名性を獲得していたといえる(乙2別紙AA13)。
エチオピア国のコーヒー産業へのコントロールについては、前記1(2)イのとおりであり、エチオピア国は、1970年に大阪万博が開催された際、日本における同国産コーヒー豆の販売促進を目的としてこの博覧会に参加した。この万博の開催期間(1970年3月14日から同年9月14日まで)中、エチオピア国は、パビリオン内のコーヒーショップにおいて同国産コーヒーの宣伝を行うとともに、かかるコーヒーの製造及び販売(カップ及び袋単位の焙煎、挽き、包装、納入及び販売)をパビリオン来訪者に行った(入場者は会期途中の1970年6月27日議事録によれば5000万人と試算されている、乙2別紙AA13)。
エチオピア国国営コーヒー協会広報部長の報告書によれば、同広報部長は、エチオピア国産コーヒーの日本における販売促進を目的として派遣され、この期間中、コーヒーの製造及び販売について監督することや、コーヒー・ポストカードの販売及びパンフレットの無料頒布、無料のプラスチック製ペンホルダーの無料配布を行うこと、さらに「エチオピア・コーヒーの日」には、さまざまなエチオピア国産コーヒーを用意して来訪者に試飲してもらうほか、特製のコーヒー袋に入れて無料で配布すること、後日、焙煎業者や輸入業者との交渉に利用するため、パビリオン来訪者からのコメントや住所をフォームに記入してもらうことなどの義務及び責任を負っていた。なお、同報告書には「市場は既に開拓済み」との記載もある(報告書序文3.)。
さらに、エチオピア国国営コーヒー協会の事務総長を中心とするコーヒー派遣団は、同期間中の1970年6月23日にUCC社を訪問、同年6月27日に全日本コーヒー協会(AJCA)との会談を行うなど、日本のコーヒー輸入業者や代理店と会談し、周知活動を行った。
したがって、これら大阪万博の期間を通じて一般消費者に限らず、焙煎業者や輸入業者など取引業者を含めた日本における広い需要者に「SIDAMO」等のコーヒーが周知著名となった。
(2)大阪万博以後の本件商標の普及と浸透(乙2別紙AA13)
1970年当時、日本のコーヒー輸入量は10年間で倍増しており、コーヒー業界はその後5年間に、日本が米国に次ぐ世界第二位のコーヒー消費国になると予想していたが、その後、被請求人の努力により、本件商標は世界及び日本国内における需要者の間でさらに周知著名となりエチオピア産の高品質スペシャリティ・コーヒー豆としての識別性を確固たるものとしていった(遅くとも2001年時点でエチオピア国産コーヒーの「SIDAMO」、「YIRGACHEFFE」がスペシャリティーに分類されていたことは甲第6号証197頁からも見て取れる。)。
例えば、エチオピア国のコーヒー豆は、長年にわたりアンバッサエンタープライズを通じて日本に輸入されており、この主なバイヤーとして、日本の大手商社である双日株式会社、丸紅株式会社のほか、カーギル・コーヒー、石光商事株式会社、トヨタコーポレーションがある(乙2別紙AA2)。またこれら以外にも三井物産株式会社、兼松株式会社、伊藤忠商事株式会社等との取引書類に見られるとおり、相当量の取引がなされてきた(乙2別紙AA3、AA4)。
エチオピア国は、政府が定めた厳しい基準に合致する品質、特徴ある香り、風味を有するコーヒー等のブランド名、かつ、標章名であることを、需要者、取引者に広く知れ渡るよう努力を重ねてきた。
その結果、エチオピア国の高品質のコーヒーに対する周知著名性は確立しており、2004年11月23日から2008年3月22日までにエチオピア国から日本に輸出されたSIDAMO及びYIRGACHEFFEコーヒーの輸出総量及び総額は、前記1(2)ウ(ア)のとおりである。
(3)本件商標の登録
被請求人は、このように取引者、需要者において何人の業務に係る商品であるかを認識できるものとして全国的に周知となった本件商標を平成17年9月8日に登録出願したのであり、本件商標は、その登録時において、全国多数の需要者から認識されて、自他商品識別標識としての機能を果たしていたことが明らかである。
2008年7月9日現在、日本ではエチオピア国のイニシアティブに賛同した企業31社が同国とライセンス契約を締結している(乙2別紙AA5及び乙5)。

3 まとめ
したがって、本件商標は、その登録が法第3条の規定に違反してなされたものでなく、法第46条第1項第1号により登録を無効とすべきものにあたらない。

第5 当審の判断
本件無効の審判の請求に係る指定商品については、最高裁判所の決定により、平成24年2月16日に、第一審決で商標登録を無効するとされた指定商品のうち、法第4条第1項第16号に該当するとした指定商品「エチオピア国イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)地域で生産されたコーヒー豆,エチオピア国イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)地域で生産されたコーヒー豆を原材料としたコーヒー」に関する部分以外については、無効が確定した。
したがって、第一審決が取消された指定商品「エチオピア国イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)地域で生産されたコーヒー豆,エチオピア国イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)地域で生産されたコーヒー豆を原材料としたコーヒー」に係る本件商標の法第3条第1項第3号該当性について、以下判断する。

1 請求人及び被請求人の主張並びに提出された証拠(甲7、甲12ないし16、乙1、乙2の1、乙2の2の1ないし3・5・11・12、乙4、乙5、乙12、乙28の1・3・5・7、乙29の1、乙30の1ないし5・7ないし10、乙31及び乙42の1・2)によれば、次の事実が認められる。
(1)エチオピアにおける国家のコーヒー経済への本格的な介入は、1952年のコーヒー加工業者への免許制導入などの一連の条例制定に始まり、1972年にはコーヒー・オークション制度が始まった。オークションの開催者は、被請求人のコーヒー・紅茶局である。
コーヒー豆の選別は、まず出荷地において行われるが、オークションにおいては、上記コーヒー・紅茶局の管轄下にある「コーヒー・紅茶品質管理・検査センター」の検査担当官が、持ち込まれたコーヒー豆につき自らサンプルのテスティングを行うなどして格付けをし、格付け票に結果を記入する。そして、その後、格付け票とサンプルがオークション会場に展示されて、オークションに付される。
エチオピアのコーヒー豆の産地は、南部の広い範囲に広がっており、その土地の気候や植生によって栽培方法やコーヒーの風味が異なっている。したがって、産地の情報は重要である。
エチオピアからのコーヒー豆の輸出に際しては、上記の格付けの情報とは別に、生産地や栽培方法や加工方法の情報なども勘案して、銘柄名が付される。銘柄によって価格が異なる。
「YIRGACHEFFE」は、上記のようにして付される銘柄名の一つであり、一定の品質が備わっていないと、この銘柄名は付されない。
(2)我が国のコーヒー豆輸入業者は、エチオピアからコーヒー豆を輸入するに際して、注文確認書に、次のような記載をしている。
ア 双日株式会社の注文確認書(乙2別紙AA3[4枚目])
「契約日 2005年(平成17年)1月21日」
「商品 エチオピアコーヒー豆」
「品質 水洗式精製Yirgacheffe(イルガッチェフェ) グレード2」
「数量 600袋」
「出荷期限 2005年(平成17年)2月/3月」
イ ワタル株式会社の2004年(平成16年)3月2日付け売買契約書(乙2別紙AA3[6枚目])
「品質 YIRGACHEFFE(イルガッチェフェ) グレード2」
「数量 60kg×300袋」
ウ ワタル株式会社の2005年(平成17年)10月19日付け注文確認書(乙2別紙AA3[7枚目])
「明細 エチオピアコーヒー豆 Yirgacheffe(イルガッチェフェ) グレード2 2005年/2006年収穫 オーガニック300袋」
エ ワタル株式会社の2005年(平成17年)8月30日付け注文確認書(乙2別紙AA3[8枚目])
「商品 エチオピアコーヒー豆 Yirgacheffe(イルガッチェフェ) グレード2(2005年/2006年収穫)」
「数量 正味60kg×280袋」
(3)被請求人は、本件商標について、31社との間で、ライセンス契約を締結している(乙2別紙AA5)。その契約は、ライセンシーは被請求人が本件商標についてすべての権利、権益及び利益を有することを認めることなどを内容とするもので、ロイヤルティーは無償とするものである(乙5)。
また、被請求人は、日本国外においても、スターバックス社等との間で、「YIRGACHEFFE」商標についてのライセンス契約を締結している。
なお、本件商標は、外国においては、アメリカ合衆国、欧州共同体(EU)、カナダで既に商標登録がされている。
(4)2004年(平成16年)11月から2008年(平成20年)3月までの間に、エチオピアは、日本に対し、「YIRGACHEFFE」を、合計241万1230kg輸出した(乙2別紙AA13)。
(5)書籍、新聞、プレスリリース及びウェブサイトにおける「イルガッチェフェ」の使用状況は、次のとおりである。
ア 書籍
(ア)柴田書店書籍部編「コーヒーがわかる本」1994年(平成6年)7月10日発行(乙28の3)62頁には、「エチオピア産のコーヒーには、モカハラーに代表されるナチュラルのコーヒーとシダモウォッシュド、イルガチュフェで知られる水洗式コーヒーとがある。」と記載されている。
(イ)堀口俊英著「コーヒーのテースティング」株式会社柴田書店2000年(平成12年)2月10日発行112頁(乙28の5)には、「品名 イェルガチェフェ」、「イェルガチェフェ地方産。シダモの上級グレード」と記載されている。
(ウ)「世界の主なコーヒー生産国事情」東京穀物商品取引所2001年(平成13年)3月発行(甲6)には、「主要生産地は南西部のカファ(Kaffa)地方、南部のシダモ(Sidamo)地方である。東部のハラー(Harrar)地方はコーヒーの銘柄としても有名である。」(5枚目)、「70%から80%のコーヒーはアンウォッシュド(非水洗式)で精製される。代表的なものには・・・ハラー(Harrar)、シダモ(Sidamo)などがある。アンウォッシュド・コーヒーの味の中には、特別だと考えられているものがあり、特に日本ではスペシャリティーコーヒーに分類されている。エチオピアのウォッシュド・コーヒーは全てスペシャリティーコーヒーの枠に入っている。代表的なものはシダモ(Sidamo)・・・イルガチュフェ(Yirgacheffe)・・・などである。」(6枚目[197頁])、「表25-2:エチオピアコーヒーの銘柄及び等級(及び生産地域)」「イルガチュフェ グレード2(Yirgacheffe Grade2)(シダモ地方)」(7枚目)と記載されている。
(エ)堀口俊英著「スペシャルティコーヒーの本」株式会社旭屋出版2005年(平成17年)8月9日発行(乙28の7)137頁には、「エチオピア」について、「ほとんどが小規模農家で、プランテーションは少ない産地です。カファ、シダモ、ハラー等が産地としては有名です。」、「最近は少量ですが、ウォッシュトのG-2のシダモやイルガチェフェも増えつつあります。最も価格の高いスペシャルティコーヒーとしては、特徴的な香味を持つイルガチェフェと言うことになります。」と記載されている。
(オ)高根務編「アフリカとアジアの農産物流通」アジア経済研究所2003年(平成15年)3月25日発行182頁(乙28の1)には、「2002年2月の時点でオークションで入手できる情報は、以下のとおりである。」、「水洗コーヒー、(i)産地(ゾーン、ワレダ)、(ii)オークション番号、(iii)記入日、(iv)コーヒーの種類(シダモ・コーヒーなど、地名を冠したブランド名)、(v)品質(粒子の大きさ〈screen〉、水分〈moisture〉、外見〈appearance〉、におい〈odour〉)、(vi)味(酸味…、コク…、特徴/味…)、(vii)総合評価…」と記載されている。
イ 新聞、プレスリリース
(ア)1990年(平成2年)7月13日付け「東京読売新聞朝刊」(乙30の1)には、「味の素ゼネラルフーヅは、粗挽きの『マキシムレギュラーコーヒー』を8月21日から発売する。オリジナル、カリビアンブレンド、モカ・イルガチャフェブレンドの3種類で、すっきりした味わいとまろやかなコクが特徴という。」と記載されている。
(イ)1996年(平成8年)11月24日付け「毎日新聞朝刊」(乙30の2)には、「イルガッチャフィというコーヒーの産地として有名な地方がある。」と記載されている。
(ウ)キーコーヒー株式会社の2004年(平成16年)7月28日付けのプレスリリース(乙30の3)は「LP 有機栽培珈琲 モカ シダモ」についてのものであるが、それには、「『有機栽培珈琲 モカ シダモ』は、エチオピアのシダモ地区のイルガチャフェ産の水洗式のコーヒーで、…」と記載されている。
(エ)2003年(平成15年)10月3日付け「日本食糧新聞」(乙30の4)には、「キーコーヒー…は、レギュラーコーヒー『LP 有機栽培珈琲 モカ シダモ』など4品を9月1日から全国発売した。」、「『LP 有機栽培珈琲 モカ シダモ』は、新製品。エチオピアのシダモ地区イルガチャフェ産の水洗式のコーヒー。」と記載されている。
(オ)2004年(平成16年)3月17日付け「日本食糧新聞」(乙30の5)には、「キーコーヒー…は、レギュラーコーヒー『LP〈スペシャルブレンド〉』などライブパックシリース6品をNEWパッケージに全面リニューアル」、「〈有機栽培珈琲モカシダモイルガチャフェ産〉」と記載されている。
(カ)2005年(平成17年)4月25日付け「日本食糧新聞」(乙30の7)には、「(株)アートコーヒー…は5月1日、家庭用レギュラーコーヒー『摘みたて旬 モンテ・アレグレ農園』・・・『同 モカ・イルガチェフ』・・・の2アイテムを発売する。」、「『同 モカ・イルガチェフ』は、エチオピアのイルガチェフ地区で生産したウォッシュドタイプ(水洗式)のアラビカ豆を使用した100%エチオピアコーヒー。」と記載されている。
(キ)2005年(平成17年)5月13日付け「日本食糧新聞」(乙30の8)には、「キーコーヒー(株)・・・は1日から“5月度旬摘み珈琲”「モカ イルガチャフェG-1」・・・を限定発売した。」、「今回の商品は、エチオピアのシダモ地方イルガチェフ周辺で栽培し、水洗処理したグレード1認定の生豆。生産量は年間120tで、イルガチェフ産のわずか2%程度の希少品。」と記載されている。
(ク)2005年(平成17年)5月16日付け「大阪日日新聞」(乙30の9)には、「ヤスナガコーヒー…は、コーヒーを焙煎したてのアロマ(香り)『一番香り』として商標登録し、『お試し一番香りセット』の販売を開始した。」、「『お試し一番香りセット』はマタリー・アールマッカ、エチオピア・イルガチャフェイ、キリマンジャロ・モンデュールなど7種類の豆を各百グラムとブルーマウンテンNo.1五十グラムを詰め合わせたもので、…」と記載されている。
(ケ)2006年(平成18年)2月20日付け「日本食糧新聞」(乙30の10)には、(株)アートコーヒーの新製品について、「昨年春に発売した『摘みたて旬 モンテ・アレグレ農園』・・・『同 モカ・イルガチェフ』・・・の2アイテムをリメークして発売する。」、「『同モカ・イルガチェフ』は、エチオピアのイルガチェフ地区で生産したウォッシュドタイプ(水洗式)のアラビカ豆を使用した100%エチオピアコーヒー。」と記載されている。
ウ ウェブサイト
(ア)ウェブサイト「遠赤外線自家培煎スペシャリティコーヒー専門『珈琲倶楽部』」(2006年(平成18年)10月5日、甲10)には、「イリガチャフはエチオピア南シダモ地方の標高1800から2200mの高地で栽培されています。収穫されたチェリーは豊富な水を利用し、水洗式で処理されます。厳しい品質管理のもとに精選されており、不純物や未熟豆も混ざらず高品質で知られています。大部分が非水洗式であるエチオピアコーヒーの中においてイリガチャフは高く評価されています。」、「エチオピアコーヒーの中で最もその品質が高く評価されている『YIRGACHEFFE
』」、「今回お届けするETHIOPIA YIRGACHEFFEG1は、ETHIOPIA輸出最高規格であるGrade1です。」と記載されている。
(イ)ウェブサイト「エチオピア・イルガチェフG1」fukumotocoffee.com(2006年(平成18年)10月5日、甲11)には、「今回お届けする『ETHIOPIA YIRGACHEFFE G1』はETHIOPIA輸出最高規格である『Grade 1』です。」「これまでに物理的には存在した規格でも、実際に流通することは無く、流通していた物の最高の物は『Grade 2』です。今般世界で初めて商品化するに至った夢のグレードです。」と記載されている。
(ウ)ウェブサイト「エチオピアコーヒー豆の詳細」eynet.co.jp(2006年(平成18年)12月14日、甲13)には、「品名イルガチェフェG2・スペシャル」「詳細 エチオピアのトップグレード品のイルガチェフェを更に栽培地をイルガチフェの村だけに限定したプレミアム品です。最高の香りとピュアなエチオピア・モカのイルガチェフェを味わう事が出来ます。」、「品名 イルガチェフェ・G1」「詳細エチオピアのトップグレード品のイルガチェフェ・スペシャルを更に厳選して、新たに出来ました最高級グレードのG1です。」、「品名 イルガチェフェ・G2」「詳細 シダモ地区の一部ですが、標高が高く、良質の酸味とアロマがあるためシダモG2とは区別されています。」と記載されている。
(エ)ウェブサイト「ヨーロッパ・アメリカ市場で、絶大な評価を勝ち取ったモカ」doicoffee.com(2006年(平成18年)12月14日、甲14)には、「エチオピアはイルガチェフェ村から作り出された銘柄。」、「エチオピア産のいわゆる『モカ』系の銘柄数あるなかで、その品質の高さからドイツ、アメリカ、ヨーロッパ市場において絶大な評価を得た銘柄が、この村から作り出された銘柄。」と記載されている。
(オ))ウェブサイト「エチオピアコーヒー:エチオピア・イルガチェフェ・グレード1 MUCカフェスタジオ」(2007年(平成19年)1月23日、甲12)には、「エチオピア連邦民主共和国 エチオピアコーヒーの4つの著名生産地域のうち・・・1.ネケムプテ、2.ジンマ、3.イルガチェフェ、4.シダモ」と記載されている。

2(1)ところで、法第3条第1項第3号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くとされているのは、このような商標は、商品の産地、販売地その他の特性を表示記述する標章であって、取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに、一般的に使用される標章であって、多くの場合自他商品識別力を欠き、商標としての機能を果たし得ないものであることによるものと解すべきである(最高裁昭和54年4月10日第三小法廷判決・判例時報927号233頁参照)。
(2)そして、前記1認定の事実によれば、(i)我が国においては、「YIRGACHEFFE」又は「イルガチェフェ」(前記(1)のとおり「YIRGACHEFFE」の日本語表記にはいろいろなものがあるが,いずれも「YIRGACHEFFE」の日本語表記であると認められるので,以下それらを総称して「イルガッチェフェ」を用いる。)は、これが「コーヒー、コーヒー豆」に用いられる場合、コーヒー又はコーヒー豆の銘柄又は種類を指すものとして用いられることが多いこと、(ii)我が国において、「イルガッチェフェ」が、エチオピアにおけるコーヒー豆の産地として用いられる場合があるが、その場合でも、上記銘柄又は種類としての「YIRGACHEFFE」又は「イルガッチェフェ」の産地として用いられていることが多いこと(「イルガッチェフェ」が「シダモ」の産地として用いられることもあったと認められるが,そのような例が多いとは認められない。)、(iii)上記銘柄又は種類としての「YIRGACHEFFE」又は「イルガッチェフェ」は、エチオピア産の高品質のコーヒー豆又はそれによって製造されたコーヒーについて用いられていることが認められる(なお、前記(1)の事実の中には、本件商標の登録査定日以後の事実が含まれているが、本件商標の登録査定日後1年以内の事実であり、本件商標の登録査定日前の事実と相まって、上記認定に用いることができると認める。)。
以上の事実に、証拠(乙6ないし8、乙21の1・2、乙23の1ないし8、乙24の1・2、乙25ないし27、乙44ないし46)によれば、エチオピアの「イルガッチェフェ」(「YIRGACHEFFE」)という地名は、我が国の学校教育において使用されている地図(小学校、中学校、高校)はもとより、一般の地図にも掲載されておらず、辞書・事典類にも「イルガッチェフェ」(「YIRGACHEFFE」)の項目はないことが認められるから、一般に我が国においては、エチオピアの「イルガッチェフェ」(「YIRGACHEFFE」)という地名の認知度は低いものと認められることを総合すると、本件商標が、その指定商品である「コーヒー、コーヒー豆」について用いられた場合、取引者・需要者は、コーヒー豆の産地そのものというよりは、コーヒー又はコーヒー豆の銘柄又は種類、すなわち、エチオピア産(又はエチオピアのシダモ地方イルガッチェフェ地域産)の高品質のコーヒー豆又はそれによって製造されたコーヒーを指すものと認識すると認められる。そうすると、本件商標は、自他商品識別力を有するものであるということができる。
また、前記1認定の事実によれば、上記銘柄又は種類としての「YIRGACHEFFE」又は「イルガッチェフェ」は、いろいろな業者によって使用されているのであるが、それがエチオピア産(又はエチオピアのシダモ地方イルガッチェフェ地域産)の高品質のコーヒー豆又はそれによって製造されたコーヒーについて用いられている限り、被請求人による品質管理の下でエチオピアから輸出されたコーヒー豆又はそれによって製造されたコーヒーについて用いられていることになるから、商標権者が被請求人である限り、その独占使用を認めるのを公益上適当としないということもできない。
(3)したがって、本件商標は、これを指定商品「エチオピア国イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)地域で生産されたコーヒー豆、エチオピア国イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)地域で生産されたコーヒー豆を原材料としたコーヒー」に使用しても、商品の産地又は品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標ということはできず、法第3条第1項第3号に該当しない。

3 請求人の主張について
(1) 請求人は、特許庁の商標審査基準とTRIPs協定について主張するが、これについては、以下のとおり採用することができない。
ア 特許庁の商標審査基準[改訂第8版](甲10)は、商標法3条1項3号に関し、「1.商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、数量、形状(包装の形状を含む。)、価格若しくは生産若しくは使用の方法若しくは時期を表示する2以上の標章よりなる商標又は役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、数量、態様、価格若しくは提供の方法若しくは時期を表示する2以上の標章よりなる商標は、本号の規定に該当するものとする。」、「3.国家名、著名な地理的名称(行政区画名、旧国名及び外国の地理的名称を含む。)、繁華な商店街(外国の著名な繁華街を含む。)、地図等は、原則として、商品の産地若しくは販売地又は役務の提供の場所(取引地を含む。)を表示するものとする。」としている。
しかしながら、特許庁の商標審査基準は、地理的名称であれば、それのみで直ちに商標法3条1項3号に当たるとしていないことは明らかであり、「イルガッチェフェ」が地理的名称であるからといって、その登録を認めることが上記審査基準に反するということはできない。
イ TRIPs協定「第2部知的所有権の取得可能性、範囲及び使用に関する基準」、「第3節地理的表示」、第22条「地理的表示の保護」の規定のとおり、TRIPs協定は、地理的表示について、地理的表示を含むか又は地理的表示から構成される商標の登録であって、当該地理的表示に係る領域を原産地としない商品についてのものが、真正の原産地について公衆を誤認させるような場合には、拒絶し又は無効とする、と規定する。
しかしながら、本件商標については、自他商品識別力を認め、その指定商品中「エチオピア国イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)地域で生産されたコーヒー豆、エチオピア国イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)地域で生産されたコーヒー豆を原材料としたコーヒー」に使用した場合に商標法3条1項3号が規定する「商品の産地又は品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」に該当しないと判断することが、上記のTRIPs協定の規定に反するということはできない。
(2)請求人は、過去の審決例、審査例、裁判例について主張するが、それらは、本件とは事案が異なるものであり、前記判断を左右するものではない。

4 むすび
以上のとおり、本件商標は、法第3条第1項第3号に違反して登録されたものではないから、法第46条第1項の規定により、無効とすべきものではない。
よって、結論のとおり審決する。
別掲
*********************************
(参考)
第一審決(平成21年3月30日付け審決)

審決

無効2007-890026

東京都中央区日本橋箱崎町6番2号 マックス本社ビル別館3階
請求人 社団法人 全日本コーヒー協会
東京都大田区南雪谷四丁目7番5号 大岡特許事務所
代理人弁理士 大岡 啓造
エチオピア連邦民主共和国,アディスアベバ,ピーオーボックス 2490,スーダン ストリート,ザ エチオピアン インテレクチュアル プロパティオフィス
被請求人 エチオピア連邦民主共和国
東京都港区赤坂1丁目12番32号 アーク森ビル 西村あさひ法律事務所
代理人弁護士 福島 栄一
東京都港区赤坂1丁目12番32号 アーク森ビル29階 西村あさひ法律事務所
代理人弁護士 竹原 隆信
東京都港区赤坂1丁目12番32号 アーク森ビル 西村あさひ法律事務所
復代理人弁護士 大向 尚子
東京都港区赤坂1-12-32 アーク森ビル29階 西村あさひ法律事務所
復代理人弁理士 熊谷 美和子

上記当事者間の登録第4955562号商標の商標登録無効審判事件について、次のとおり審決する。

結 論
登録第4955562号の登録を無効とする。
審判費用は被請求人の負担とする。

理 由
第1 本件商標
本件登録第4955562号商標(以下「本件商標」という。)は、「イルガッチェフェ」の片仮名文字を標準文字で表してなり、平成17年9月8日に登録出願、第30類「コーヒー、コーヒー豆」を指定商品として、同18年4月6日に登録査定、同年5月26日に設定登録され、当該商標権は現に有効に存続するものである。

第2 請求人の主張の要点
請求人は、結論同旨の審決を求めると申し立て、その理由並びに答弁及び回答に対する弁駁の理由を次のように述べ、証拠方法として、甲第1号証ないし甲第29号証(枝番を含む。)を提出した。
1 請求の理由
(1)無効事由
本件商標は、商標法第3条第1項第3号及び同法第4条第1項第16号に違反して登録されたものであるから、同法第46条第1項第1号により無効とすべきものである(「商標法」をいう場合は、以下単に「法」という。)。
(2)無効理由
ア 「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」がコーヒー豆の著者な産地名を表示するものであることについて
エチオピア連邦民主共和国(以下、単に「エチオピア国」という。)は、世界的にコーヒー豆の産地名として著名で、古くから書籍等に紹介されている(甲第3号証ないし甲第10号証)。「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」の地名は、エチオピア国の著名なコーヒー豆の生産地ハラー(Harrar)とシダモ(Sidamo)とに、挟まれたシダモ地方に属する地域に位置する(甲第3号証の地図・198頁及び甲第13号証)。
エチオピア国でのコーヒー豆の精製は、全てエチオピア国の首都であるアディス・アベバ(Addis Abeba)で行われるが、ハラー・コーヒーは例外でディレ・ダワ(Dire Dawa)で独占的に行われている。
一方、エチオピア国で生産されているコーヒー豆の種類は全てアラビカコーヒーであるところ(甲第3号証ないし甲第7号証)、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」産のコーヒー豆は、エチオピア・アラビカコーヒーの輸出等級グレード1からグレード8のうち、ウオッシュド(水洗式)でグレード2に属する高級品種である(甲第3号証)。エチオピア国の主要な輸出等級はグレード2のウォッシュド・コーヒー並びにグレード4及び5のアンウォッシュド・コーヒーであり、日本にはグレード5以上のものが輸入なされている。そして、シダモ地方の一部であるイルガッチェフェコーヒー豆はグレード1又はグレード2にランクされている高級品である(甲第3号証及び甲第13号証)。
また、インターネットにおいては、コーヒー豆について「産地と銘柄の基礎知識」、「生産国別コーヒー豆・珈琲の種類」等と題する記事に、「コーヒーの発祥の地として知られているのがエチオピアです。日本においても大きな支持を得ています。カーファ地方やハラー地方、シダモ地方が主要産地です。」、あるいは、「コーヒーの発祥の地といわれているエチオピアは、今でも自生するコーヒーの木があり、特にハラーなどは日本でも有名で、その他シダモ、レケンプティ、ジンマなどが知られている。」旨が掲載されている(甲第8号証及び甲第14号証)。
以上から、エチオピア国の「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」は、本件商標の登録出願以前から著名なコーヒー豆の産地名であることが明らかである。
イ 本件商標
本件商標は、「イルガッチェフェ」からなるものであるところ、該文字は、エチオピア国のコーヒー豆の4つの著名生産地域「1.ネケムプテ、2.ジンマ、3.イルガチェフェ、4.シダモ」のうちの一つの「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」に相当する産地名であり(甲第12号証)、上述のとおり、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」の地域で生産されたコーヒー豆は、高級品種であることは、古くから特に本件商標の出願以前から(2001年の3発行の書籍等によれば)著名なコーヒー豆の産地及び品質を表示していること明らかである(甲第3号証)。
したがって、本件商標は、法第3条第1項第3号に該当するものである。この規定は、出願人が自国の出願である場合について登録することの例外規定はなく、本件商標が登録されたこと自体明らかにこの規定に違反していることは明白である。この事実は、後記ウ(イ)bの拒絶理由の記載からも明らかである(甲第21号証及び甲第22号証)。
また、知的所有権の貿易関連の側面に関するTRIPs協定第22条(地理的表示の保護)(3)は、「加盟国は、職権により(国内法令により認められる場合に限る。)又は利害関係を有する者の申立てにより、地理的表示を含むか又は地理的表示から構成される商標の登録であって、当該地理的表示に係る領域を原産地としない商品についてのものを拒絶し又は無効とする。」と規定しているところ、本件商標は、この協定にも違反するものである(甲第16号証)。
ウ 過去の審決例・審査例
(ア)審決例
a 昭和53年審判第5086号の審決(甲第17号証)は、「本願商標『mocha』は、その指定商品中モカ産のコーヒーについて使用するときには、商品の産地、品質を表示するにすぎず、その他のコーヒーについて使用するときには商品の品質について誤認を生じさせるおそれがあるから、法第3条第1項第3号及び法第4条第1項第16号に該当し登録することができない。」と認定した。
b 昭和63年審判第18266号の審決(甲第18号証)は、「本願商標『The』、『ザ』の文字部分については、『Manhattan』、『マンハッタン』を単に強調するような関係にある英語の定冠詞として理解し、『Coffee』、『コーヒー』の文字部分は、商品の普通名称を表したと理解するにとどまるものと認められから、結局、本願商標はこれをその指定商品について使用しても、全体として商品の品質、販売地を表示するにすぎず、自他商品の識別標識としての機能を果たし得ないもの判断するのが相当である。」と認定した。
(イ)審査例
a 「ブルーマウンテン」、「BLUE MOUNTAIN」、「MOCA」、「ブルマン」が法第3条第1項第3号及び法第4条第1項第16号に該当するとして拒絶された(甲第19号証及び甲第20号証)。
b 「コーヒー豆」に使用する商標「HARRAR」及び「ハラール」について、「HARRAR」、「ハラール」の文字は、エチオピア国の都市で指定商品「コーヒー豆」の集散地を表すから、これを指定商品について使用しても単に商品の産地・販売地を表すにすぎないものであり、かつ、商品の品質について誤認を生じさせる。したがって、本願商標は、法第3条第1項第3号及び法第4条第1項第16号に該当する旨認定した(甲第21号証及び甲第22号証)。
上記商標出願は、出願人がエチオピア国であっても、拒絶の対象とされている。
(ウ)上記(イ)bの2件の商標出願である「HARRAR」及び「ハラール」について、指定商品に使用しても単に商品の産地・販売地を表すにすぎないものと認定したにもかかわらず、登録当時に、エチオピア国の「コーヒー豆」の著名な生産地である本件商標については登録されたものであり、これは、審査の公正を乱すもので、過去の審査例、審決例に反するものである。
エ むすび
以上のとおり、本件商標は、これを指定商品について使用した場合には、商品の品質及び生産地を表すものであるから、法第3条第1項第3号に該当し、前記以外の商品に使用するときには、品質及び生産地の誤認を生じさせるおそれがあるので、法第4条第1項第16号に該当する。
2 第1答弁及び回答に対する弁駁
(1)法第3条第1項第3号について
ア 被請求人は、本件商標が法第3条第1項第3号に該当しない理由として、エチオピア国政府が自国の主要なコーヒー産業について徹底した品質管理を行っている。本件商標は、エチオピア国のコーヒー豆の産地というよりは、持徴のある香り及び風味を有する同国産コーヒー豆のブランドとして識別力を有している旨主張し、乙第1号証及び乙第2号証を提出する。
しかし、被請求人が生産国の事情を述べ、The Ethiopian lntellectual property Office(エチオピア国知的財産局、以下「EIPO」という。)の長官の宣誓書を提出しても、そのことにより本件商標は、識別標識となることはない。
エチオピア国政府が定めた厳しい基準に合致する品質、特徴ある香り、風味を有するコーヒー豆の品質管理をしたことにより「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」という地名は、需要者、取引者にとっては、地名は地名として、生産地は生産地として認識されるものである。品質管理をしたことにより識別性のないものがあることにならないことは明らかである。
イ 被請求人は、エチオピア政府は自国の産業の振興のため、コーヒー豆の品質管理を徹底して行っている旨主張するが、現在のエチオピア国産コーヒー生豆の日本における状況は、POPs条約禁止毒物であるγ-BHC、クロルデン、ヘプタクロル、DDTなどが検出されており、殆ど輸入できなくなっている。日本は、これについてエチオピア国政府に原因を糺しているが、「汚染原因は不明」との回答しか得ておらず、エチオピア国政府が言うような「品質管理を徹底」という事実はなく、我が国のエチオピア国からのコーヒー豆の輸入は、段々少なくなっている(甲第23号証)。その原因は、上記のように、エチオピア国産コーヒー豆の食品衛生法違反の事例が増えてきている事実によるものである(甲第24号証)。
甲第3号証(193頁のエチオピア国の地図)には、地名として「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」のほか、10の地名が挙げられているが、これらのすべては、エチオピア国のコーヒー豆の主要な生産地であることは明らかである。そして、同号証198頁には、「表25-2:エチオピアコーヒーの銘柄及び等級(及び生産地域)」の表の最上段には「イルガチェフェ グレード2(イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE) Grade2)(シダモ地方)」の記載がある。
また、甲第10号証ないし甲第14号証(インターネット資料)においては、エチオピア(etiopia)の最も品質の高いコーヒーが生産され「イルガチェフェ グレード1(イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE) Grade1)(シダモ地方)」、後部には「カーファ地方やハラー地方、シダモ地方が主要産地です。」と記載されており、産地であることは明らかである。
さらに、甲第5号証(144頁)のエチオピア国の項には「シダモやハラーは地名でもあり、」と記載されており、エチオピア南部シダモ州にある「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」は、地名であることは明らかである。
被請求人は、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」を、エチオピア国政府が定めた厳しい基準に合致する品質、特徴ある香り、風味を有するコーヒー及びコーヒー豆のブランド名かつ標章名であると主張し、法第3条第1項第3号の規定に該当しないとしているが、需要者、取引者にとっては、地名であり、生産地であると認識しその他の文献にも地名であり、生産地であるとも記載されていることが明らかである。
したがって、本件商標は、法第3条第1項第3号に該当する。
(2)法第4条第1項第16号について
被請求人は、本件商標は「コーヒー、コーヒー豆」の品質及び生産地を表示したものではないから、本件商標を指定商品に使用しても、商品の品質及び生産地の誤認を生ずるおそれはない旨主張する。
しかし、上述のように、本件商標は、地名及び生産地表示である(甲第3号証及び甲第10号証ないし甲第14号証)ので、商品の品質及び生産地の誤認を生ずるおそれがある。
(3)「YIRGACHEFFE」は、エチオピア国の地図に記載された外国の地名である。これを登録することは、特許庁において審査便覧41.103.01「外国の地名等に関する商標について」及び審査基準五「第3条第1項第3号」、審査基準十四「第4条第1項第16号」の取り決めに反することになり、条約においてはTRIPs協定に違反することになる(甲第15号証、甲第16号証、甲第25号証及び甲第26号証)。
被請求人は、TRIPs協定第22条(3)に関し、ただし書きを挙げ、「拒絶し又は無効とする。」ことができるのは、「該当地理表示を使用することが、真正の原産地について公衆を誤認させるような場合に限る。」のであり、本件商標は、エチオピア国政府の厳格な審査基準に合致した同国産のコーヒー豆のみに商標の使用が許可されるのであるから、本件商標の指定商品への使用は、真正の原産地について公衆を誤認させることはありえず、本件商標は、TRIPs協定に違反しない旨主張する。
しかし、我が国の商標審査では、「ブルーマウンテン」、「BLUE MOUNTAIN」、「MOCA」、「ブルマン」などが拒絶され(甲第19号証及び甲第20号証)、本件商標は、これらと同列であり、「YIRGACHEFFE」が地図上の地名であり、産地であるにもかかわらず、被請求人の上記主張は、国の事情を述べたにすぎないものであって、強引に本件商標は、エチオピア国を代表する高品質のコーヒー豆のブランド名かつ標章名であり、コーヒー豆の品質及び生産地を表示するものではないと主張するものであり、その主張は失当である。
そして、本件商標は、「拒絶し又は無効とする。」ことができるのは、「当該地理的表示することを使用することが、真正の原産地について公衆を誤認させるような場合に限る。」との記載に該当するものであり、無効とされるべきものである。
さらに、「本件商標は、エチオピア国政府の厳格な審査基準に合致した同国産のコーヒー豆のみに商標の使用が許可されるのであるから、本件商標の指定商品への使用は、真正の原産地について公衆を誤認させることはありえない。」との被請求人の主張は、国の事情を述べたにすぎず、これによって識別標識のないものがあるものと変わるものでないことは明白である。
また、被請求人は、本件商標の各国における登録状況について、「本件商標は、識別力を登録要件とする欧州共同体商標庁、アメリカ合衆国及びカナダ国で既に登録が認められている(別級AA11)。これらの国では、登録商標を基に『ファイン・コーヒー商標ライセンスイニシアティブ』が進んでいる。本件商標の登録が無効になれば、全世界で行われている『ファイン・コーヒー商標ライセンスイニシアティブ』が、エチオピア国産コーヒーの主要な輸入国の一つである我が国においては水泡に帰することになりかねない。」と主張するが、外国は外国の法律で登録商標となったものである。我が国の商標法で法第3条第1項第3号及び法第4条第1項第16号に該当するとして、無効になったとしても、登録商標としては使用できないが、識別性のない商標であるから、標章としては、今までどおり使用できるので水泡に帰することにはならない。
(4)むすび
よって、本件商標の登録は、法第46条第1項第1号により無効とされるべきである。

第3 被請求人の答弁の要点
被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求めると答弁し、その理由を次のとおり述べ、証拠方法として、乙第1号証ないし乙第16号証を提出した。(なお、被請求人は、エチオピア国の生産・輸出する商品について、「コーヒー、コーヒー豆」又は「コーヒー」等とする場合があるが、後記第4の1の認定のとおり、本件審判におけるエチオピア国の生産・輸出する商品は、「コーヒー豆」と認められるから、以下、被請求人の答弁において、上記「コーヒー、コーヒー豆」又は「コーヒー」等の記載については、「コーヒー豆」とした。)
1 第1答弁及び審尋に対する回答(なお、「審尋に対する回答」は、第1答弁の理由以外に述べるべき点があれば、回答書をもって答弁されたい旨の平成20年6月19日付け審尋に対する回答である。)
(1)法第3条第1項第3号について
ア 本件商標は、エチオピア国の長年にわたるコーヒー豆の品質のコントロール及びエチオピア国と我が国とのコーヒー豆の交易を通じて長年使用された結果、エチオピア国のコーヒー豆の産地というよりは、持徴のある香り及び風味を有する同国産コーヒー豆のブランドとして識別力を有している。また、本件商標の登録は、エチオピア国が、同国のコーヒー農民の貧困救済のために全世界で行っているプロジェクトの一環であり、本件商標の登録の維持は、開発途上国の支援という観点からも意義があるものである。
イ 商標権者であるエチオピア国のコーヒー産業へのコントロール
EIPOの長官であるアルム・アベベ氏の宣誓書(乙第2号証)によれば、エチオピア国政府がコーヒー産業のコントロールを始めたのは、1928年ころからであり、現在も、政府が「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」の下に販売することのできるコーヒー豆の品質をコントロールしており、エチオピア国では、特徴のある香りと風味を有する高品質のファイン・コーヒー豆のみが本件商標を付すことができるのである。
エチオピア国では、帝政期にコーヒー豆に関する布告1952年第121号を公布した。同布告は、コーヒー産業に関連する規則を正式に定めたものであり、エチオピア国から輸出されるコーヒー豆は、認可を受けたコーヒー豆の清浄・等級付け業者が清浄・等級付けしなければならない旨を規定していた。同布告の公布により、国のコーヒー経済への介入はより本格化した。その後の変遷を経、現在は、政府機関である農業地方開発省(The Ministry of Agriculture and Rural Development(MoARD))が、コーヒー豆の輸出手続(サプライ・チェーンの各段階を監視し、輸出方針に関する事項に対処し、コーヒー産業のライセンシーに対して研修、加工、販売支援等の技術的サービスを提供する広範なプログラムを含む。)をコントロールし監視する主たる監督官庁となっている。
アベベ氏の宣誓書は、コーヒー豆の品質等を維持するための国の関与について以下のように説明している。
「コーヒー豆の検査は、地域及び中央政府レベルで実施されている。地域レベルでは、エチオピア国内のあらゆる主要コーヒー豆生産地区が品質検査事務所を擁しており、ここでコーヒー豆の等級や品質をチェックして、中央の品質等級付け・オークションセンターに送る。アジス・アベバやディレ・ダワの中央検査所では、コーヒー豆の等級付けは、視覚による緑色分析やカップテーステイングを通じて行われる。YIRGACHEFFE商標の下で輸出されるコーヒー豆は、商標権者がその実施当局を通じて定める品質水準に達していない限り、さらなる流通のためのオークションに進むことができない。また、コーヒー豆市場参入者は、オークションの手続きに参加するため、MoARDの認可を得る必要がある。エチオピア国から輸出されるコーヒー豆はすべて、このようなオークションの手続きを経なければならない。」
したがって、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」というブランドを付すことができるのは、同国政府が定めた厳しい基準に合致する品質、特徴ある香り、風味を有するコーヒー豆のみであり、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」ブランドのコーヒー豆は、エチオピア国という同一の出所から流出している商品であると言える。
ウ エチオピア国産コーヒー豆と日本
(ア)アルム・アベベ氏の宣誓書(乙第2号証)に添付した別紙AA12(乙第2号証に添付の別紙については、以下「別紙AA○○」という。)は、エチオピア国農業地方開発省(コーヒー豆を含む農産物の輸出を監視しコントロールする政府機関)の宣誓書であるところ、同省の大臣ヤエコブ・ヤーラ氏は、日本は、数十年にわたりエチオピア国産アラビカ・ファイン・コーヒー豆の主要輸入国であること、エチオピア国が行っている「ファイン・コーヒー商標ライセンスイニシアティブ」が、様々な国際的なコーヒー豆輸入企業とライセンス契約を締結することにより順調に進んでいることを述べている(「ファイン・コーヒー商標ライセンスイニシアティブ」については、エ(イ)a参照)。同氏の宣誓書には、輸出データが添付されている。同データによると、2004年11月23日から2008年3月22日までにエチオピア国から日本に輸出されたSidamo及びYIRGACHEFFEコーヒー豆の輸出総量は43,764,844kgであり、輸出総額は、107,450,791.2米ドルである。
(イ)別紙AA13は、「日本国大阪におけるExpo'70のエチオピア国パビリオンへのエチオピア国営コーヒー協会(National Coffee Board of Ethiopia)の参加に関する報告書」であり、1970年当時のエチオピア国と日本とのコーヒーについての係わりを示す証拠である。同報告書には、1970年当時、日本のエチオピア国産コーヒー豆の輸入量は過去10年間(1960年から1970年の間)に倍増したこと、日本は今後5年間に、米国に次ぐ世界第2位のコーヒー消費国になるであろうこと、エチオピア・コーヒー代表団がユーシーシー上島珈琲株式会社(以下「UCC社」という。)や全日本コーヒー協会を訪問し、担当者とミーティングを行ったこと、エチオピア国産コーヒー豆が50年近く前から日本に相当量輸出されていたこと、当時からエチオピア国にとって日本が有望なコーヒー市場であったことなどが記載されている。
別紙AA2ないしAA4は、エチオピア国の輸出業者の書状、エチオピア国の輸出業者と日本の輸入業者との間の取引書類を含んでいる。YIRGACHEFFEコーヒー豆の輸入者には、日本の代表する商社等も含まれている。取引書類には、YIRGACHEFFEというコーヒー豆のブランド名が記載されている。これらの商社や輸入業者を通じてYIRGACHEFFEというブランド名を付したコーヒー豆が日本に流通し、YIRGACHEFFEはエチオピア国産コーヒー豆のブランド名として、需要者に認識されるに至っている。
エ 本件商標の商標としての機能
(ア)YIRGACHEFFEは、「際だったジャスミンとレモンの風味」を有するエチオピア国産のコーヒー豆を指標するブランドとして需要者の間に知られている。仮にYIRGACHEFFEがコーヒー豆の生産地の名称だとしても、エチオピア国政府の長年のコーヒー豆の品質等のコントロールにより、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」といえば、「際だったジャスミンとレモンの風味」を有するエチオピア国産のコーヒー豆であると、需要者が認識するに至っている。
なお、商標とは、事業者が自己の取り扱う商品・サービスを他人の商品・サービスと区別するために、その商品・サービスについて使用するマーク(標識)のことであり、商品識別機能を基本的機能として、出所表示機能、品質保証機能、広告宣伝機能などが派生するとされている。「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」は、エチオピア国産のコーヒー豆であるという出所を表示するにとどまらず、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」という名称(商標)を付すことができるコーヒー豆は、エチオピア国政府機関の厳しい審査を経たコーヒー豆だけであるという点で、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」という名称はコーヒー豆の品質を保証する機能を有している。かかる機能が発揮されることにより「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」という名称を付した商品(コーヒー豆)に信用が化体し、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」という名称が広告宣伝機能を果たすに至っているのである。また、自国の産業の振興という観点(この点については(イ)参照)からも、商標権者であるエチオピア国は、今後もコーヒー豆の品質保持に努め、商標の名声と蓄積された信用を落とさないようその品質保持し、さらに優秀なものを供給しようと努力することが必定である。そうとすると、本件商標の登録が維持されることは、商品の流通秩序を維持し、あわせて需要者の利益を保護するという、商標法の趣旨にも合致するものである。
(イ)本件商標の登録の維持の必要性
a エチオピア国とコーヒー産業
エチオピア国は、アラビカコーヒー発祥の地と言われ、世界有数のコーヒー豆の生産国である。同国の経済は、エトルリアとの国境紛争により、打撃を与えられ、同国政府はこのような紛争後の経済課題に取り組むべく、国家開発5カ年計画を策定している。現在のエチオピア国では食糧安全保障及び貧困削減が最優先課題である(外務省ウェブサイトより:乙第3号証)。
コーヒー豆は、エチオピア国の主要な貿易品目の一つであり、同国の経済において非常に重要な意味を持つものである。エチオピア国産のコーヒー豆は、高品質で、市場では高値(1ポンド当たり24ないし26USドル)で取引されているにもかかわらず、同国のコーヒー農民が得る所得は小売価格の約5%(1ポンド当たり1.20USドル?1.60USドル)と非常に低く、コーヒー農民は長年に亘り貧困にあえいでいるという状況にあった。エチオピア国政府はかかる状況を憂慮し、英国の国際支援団体Oxfam(オックスファム)等の支援を受け、同国産のコーヒー豆に関して、YIRGACHEFFE等の商標を主要国で登録するというプロジェクトである「ファイン・コーヒー商標ライセンスイニシアティブ」を立ち上げた。同国は、商標の登録の効果により、各国のコーヒー会社とのライセンス契約の交渉を有利なものとし、ライセンス契約を締結することにより、エチオピア国産コーヒー豆のブランド及び品質の管理を行い、YIRGACHEFFE等の商標を付したコーヒー豆の価格を高め、そこから得た利益をコーヒー農民に還元すれば、コーヒー農民の貧困を少しでも解消できるのではないかと確信するに至ったからである。そこで、上記目的を達成するため、エチオピア国名義のYIRGACHEFFE等の商標登録出願が主要国において行われた(本イニシアティブや主たる目的については、別紙AA1参照。)。
b エチオピア国産のコーヒー豆と企業等の取り組み
米国において、エチオピア国と米コーヒーチェーン大手のスターバックス社との間で、YIRGACHEFFE等の登録をめぐる商標論争があったが、2007年6月20日に、スターバックス社が、エチオピア国がコーヒー豆に係る商標を登録することにつき合意し、共同声明が出され、エチオピア国とスターバックス社は、ライセンス契約を締結し、今後、スターバックス社は、エチオピア国のコーヒー業界と生産者であるコーヒー農民を支援することを約束した(乙第4号証)。
また、日本では、2008年8月末現在、エチオピア国のイニシアティブに賛同した企業31社が同国とライセンス契約を締結している(これらのライセンス契約の署名頁の写しは別紙AA5に含まれている。)。なお、契約を締結した取引業者は、本件商標をエチオピア国の取扱いに係るコーヒー豆のブランドであると認めたからこそ契約書を締結したのであり、かかるライセンス契約の存在は、本件商標が商標としての識別力を有していることの証左であると言える(ライセンス契約の詳細については、乙第5号証を参照されたい。)。
ちなみに、本件商標の登録は、エチオピア国コーヒー農民の貧困救済のために全世界で行われているプロジェクトの一環である。本プロジェクトは、開発途上国の貧困の解消を目指すLight Years IPやOxfamといったNGO及びプロボノ活動(弁護士など法律に携わる職業の人々が無報酬で行う法律家活動)を行う各国の弁護士等の参加により行われており、諸外国では一定の成功を収めている。
本件商標の登録の維持は、エチオピア国のコーヒー豆のブランドを適切に保護することにより、同国産のコーヒー豆の品質を高め、他のコーヒー豆と差別化をはかり、付加価値を向上させ、同国の産業競争力の強化及び貧困の削減につながるものである。
(2)法第4条第1項第16号について
本件商標は、「コーヒー、コーヒー豆」の品質及び生産地を表示したものではないから、本件商標を指定商品に使用しても、商品の品質及び生産地の誤認を生ずるおそれはない。
したがって、本件商標は、法第4条第1項第16号に該当しない。
(3)TRIPs協定第22条
請求人は、本件商標が、知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPs協定)に違反している旨主張する。
しかし、TRIPs協定第22条(3)のただし書きは、「ただし、当該加盟国において当該商品に係る商標中に当該地理的表示を使用することが、真正の原産地について公衆を誤認させるような場合に限る。」と規定し、「拒絶し又は無効とする。」ことができるのは、「当該地理的表示を使用することが、真正の原産地について公衆を誤認させるような場合に限る。」とある。上述したように、本件商標は、エチオピア国政府の厳格な審査基準に合致した同国産のコーヒー豆のみに商標の使用が許可されるのであるから、本件商標の指定商品への使用は、真正の原産地について公衆を誤認させることはありえない。したがって、本件商標は、TRIPS協定に違反しておらず、本件商標がTRIPS協定に違反しているという請求人の主張は、条約の解釈に誤りであると言わざるを得ず、失当である。
(4)本件商標の各国における登録状況
本件商標は、識別力を登録要件とする、欧州共同体商標庁、アメリカ合衆国及びカナダ国で既に登録が認められている(別紙AA11)。これらの国では、登録商標を基に「ファイン・コーヒー商標ライセンスイニシアティブ」が進んでいる。本件商標の登録が無効となれば、全世界で行われている「ファイン・コーヒー商標ライセンスイニシアティブ」が、エチオピア国産コーヒー豆の主要な輸入国の一つである我が国においては水泡に帰すことになりかねない。
2 第2答弁
(1)本件商標の法第3条第1項第3号及び法第4条第1項第16号非該当性
以下に述べるとおり、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」の語は、エチオピア国に所在する地方の名称に由来するとしても、本件商標の登録査定当時、コーヒー豆の産地名称としては一般需要者に知られていなかった。
したがって、本件商標は、その登録査定当時、指定商品について自他商品識別力を有していたことから、法第3条第1項第3号には該当しない。
さらに、本件商標は、徹底した品質管理をクリアしたコーヒー豆に自他商品識別力のあるブランドとして使用されているので、品質の誤認を生じるおそれはない。
したがって、法第4条第1項第16号も理由がない。
ア 商品識別機能について
請求人は、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」は本件商標の登録出願以前から著名なコーヒー豆の産地名であり審査基準に違反すると主張する。しかし、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」が産地名に該当するものであっても、そのことから直ちに法第3条第1項第3号の適用により無効とされるものではない。需要者が何人かの業務に係る商品・役務であることを認識することができる商標であれば、法第3条第1項第3号による無効とはならず登録が認められうる。
この点、法第3条第1項第3号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くとされているのは、判例上、「このような商標は、商品の産地、販売地その他の特性を表示記述する標章であって、取引に際し必要適切な表示としてなんぴともその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに、一般的に使用される標章であって、多くの場合自他商品識別力を欠き、商標としての機能を果たしえないものであることによる」(最高裁昭和54年4月10日第三小法廷判決、ワイキキ事件)ことによる。
商標審査基準(甲第15号証)においても、「3.国家名、著名な地理的名称、繁華な商店街、地図等は、原則として商品の産地若しくは販売地又は役務の提供の場所(取引地を含む。)を表示するものとする」とする。これは、著名な地理的名称等であっても産地表示として必ずしも法第3条第1項第3号によって無効とならないことを前提とするものであり、またかかる地名が著名でない場合には、産地表示として法第3条第1項第3号を適用することを原則としないことを前提としていると解される。
出願商標が法第3条第1項第3号に該当するか否かを判断するには、本件商標の登録査定時において、我が国の需要者における認識で、当該出願商標が指定商品の品質等を「普通に用いられる方法」で表示する標章のみからなるか否かを認定する必要がある。そして、この「普通に用いられる方法」で表示されているか否かは、商取引において、指定商品の需要者が商品の品質、原産地等の表示であると直観できるか否かで判断される。すなわち、指定商品の品質、原産地等を間接的に表示するにとどまる商標は、自他商品識別機能を有すると判断される。
したがって、法第3条第1項第3号に基づいて本件商標の登録の無効を主張する請求人は、査定日(平成18年4月6日)前に我が国の標準的需要者をして、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」なる文字が、本件商標の指定商品の品質又は産地を表示する語として一般に認識され、かつ、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」なる文字が品質又は産地表示であると直観させるものであった、という事実を立証する責めを負うものである。
イ 本件商標の商品識別性
これを本件についてみるに、本件商標の登録査定時において、我が国における標準的需要者が、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」が地名であり、本件商標をエチオピア国産のコーヒー豆に関する一般的な産地表示であると認識していたとはいえない。例えば、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」の語は、本件商標の登録査定当時の「広辞苑」、「現代用語の基礎知識2006」、「研究社 新英和大辞典」に何らの掲載がない。なお「研究社 新英和大辞典」では「Harar」は「ハラール《エチオピア東部の市》」との記載があるが、「Blue Mountain」、「Mocha」と異なりコーヒー豆の産地あるいはコーヒー豆として、掲載されている事実はない(乙第6号証ないし乙第8号証)。
また、「HARRAR」商標については、UCC社が昭和43年に登録出願し、昭和46年11月16日にコーヒーを含む第30類について登録査定を受けた(乙第9号証ないし乙第11号証)事実からすると、「HARRAR」は、当該登録査定時においては、指定商品の品質又は産地を表示する語として法第3条第1項第3号を適用されず識別力のある商標として登録されたのである。また、上記HARRAR商標は、コーヒー以外にも指定商品として「茶、ココア、氷」が含まれていたが、法第4条第1項第16号が適用されることもなかったのである。
本件商標は、エチオピア国政府が定め管理する厳しい基準に合致する品質、特徴ある香り、風味を有するコーヒー豆のブランド名かつ標章名であり、需要者、取引者にとっては、自身が望む特徴のある香りと風味を備えた高品質のコーヒーを購入するための出所識別標識となるものである。
したがって、本件商標は、需要者が何人かの業務に係る商品・役務であることを認識することができる商標として登録されたものであり、識別力のない産地表示として法第3条第1項第3号の適用により無効となるものではない。
ウ 法第3条第2項について
仮に本件商標が産地表示として法第3条第1項第3号に該当する商標であるとしても、本件商標は、以下のとおり、1970年の大阪万博の際には、日本において相当程度需要者の間で周知となり、さらにその後30年以上にわたり、日本を含む世界中で継続された広告・宣伝・販売活動により、遅くとも登録査定時には日本において「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品・役務であることを認識することができるもの」(法第3条第2項)との要件を満たしていた。
(ア)本件商標は、1970年の大阪万博の際には、本件商標は日本において周知著名性を獲得していたといえる(別紙AA13)。
エチオピア国のコーヒー産業へのコントロールについては、前記1(1)イのとおりであり、エチオピア国は、1970年に大阪万博が開催された際、日本における同国産コーヒー豆の販売促進を目的としてこの博覧会に参加した。この万博の開催期間(1970年3月14日から同年9月14日まで)中、エチオピア国は、パビリオン内のコーヒーショップにおいて同国産コーヒー豆の宣伝を行うと共に、かかるコーヒー豆の製造及び販売(カップ及び袋単位の焙煎、挽き、包装、納入及び販売)をパビリオン来訪者に行った(入場者は会期途中の1970年6月27日議事録によれば5000万人と試算されている:別紙AA13)。エチオピア国国営コーヒー協会広報部長の報告書によれば、同広報部長はエチオピア国産コーヒー豆の日本における販売促進を目的として派遣され、この期間中、コーヒー豆の製造及び販売について監督することや、コーヒー・ポストカードの販売及びパンフレットの無料頒布、無料のプラスチック製ペンホルダーの無料配布を行うこと。
さらに「エチオピア・コーヒーの日」には、さまざまなエチオピア国産コーヒーを用意して来訪者に試飲してもらうほか、特製のコーヒー袋に入れて無料で配布すること。後日、焙煎業者や輸入業者との交渉に利用するため、パビリオン来訪者からのコメントや住所をフォームに記入してもらうことなどの義務及び責任を負っていた。なお、同報告書には「市場は既に開拓済み」との記載もある(報告書序文3.)。
さらに、エチオピア国国営コーヒー協会の事務総長を中心とするコーヒー派遣団は、同期間中の1970年6月23日にUCC社を訪問、同年6月27日に全日本コーヒー協会(AJCA)との会談を行うなど、日本のコーヒー豆輸入業者や代理店と会談し、周知活動を行った。
したがって、これら大阪万博の期間を通じて一般消費者に限らず、焙煎業者や輸入業者など取引業者を含めた日本における広い需要者に「YIRGACHEFFE」等のコーヒー豆が周知著名となった。
(イ)大阪万博以後の本件商標の普及と浸透(別紙AA13)
1970年当時、日本のコーヒー豆輸入量は10年間で倍増しており、コーヒー業界はその後5年間に、日本が米国に次ぐ世界第二位のコーヒー消費国になると予想していたが、その後、被請求人の努力により、本件商標は世界及び日本国内における需要者の間でさらに周知著名となりエチオピア産の高品質スペシャリティ・コーヒー豆としての識別性を確固たるものとしていった(遅くとも2001年時点でエチオピア国産コーヒー豆の「SIDAMO」、「YIRGACHEFFE」がスペシャリティーに分類されていたことは甲第6号証197頁からも見て取れる。)。
例えば、エチオピア国のコーヒー豆は、長年にわたりアンバッサエンタープライズを通じて日本に輸入されており、この主なバイヤーとして、日本の大手商社である双日株式会社、丸紅株式会社のほか、カーギル・コーヒー、石光商事株式会社、トヨタコーポレーションがある(別紙AA2)。またこれら以外にも三井物産株式会社、兼松株式会社、伊藤忠商事株式会社等との取引書類に見られるとおり、相当量の取引がなされてきた(別紙AA3及びAA4)。
エチオピア国は、政府が定めた厳しい基準に合致する品質、特徴ある香り、風味を有するコーヒー豆のブランド名かつ標章名であることを、需要者、取引者に広く知れ渡るよう努力を重ねてきた。
その結果、エチオピア国の高品質のコーヒー豆に対する周知著名性は確立しており、2004年11月23日から2008年3月22日までにエチオピア国から日本に輸出されたSIDAMO及びYIRGACHEFFEコーヒー豆の輸出総量及び総額は、前記1(1)ウ(ア)のとおりである。
(ウ)本件商標の登録
被請求人は、このように取引者、需要者において何人の業務に係る商品であるかを認識できるものとして全国的に周知となった本件商標を平成17年9月8日に登録出願したのであり、本件商標は、その登録時において、全国多数の需要者から認識されて、自他商品識別標識としての機能を果たしていたことが明らかである。
2008年7月9日現在、日本ではエチオピア国のイニシアティブに賛同した企業31社が同国とライセンス契約を締結している(別紙AA5及び乙第5号証)。
エ まとめ
したがって、本件商標の登録は、法第3条、法第4条第1項の規定に違反してなされたものではない。
(2)TRIPs協定違反との主張に対して
請求人は、TRIPs協定違反であるとも主張するが、本件商標は、エチオピア国政府の厳格な審査基準に合致した商品のみにその商標の使用が許可されるのであるから、本件商標の指定商品への使用が、真正の原産地について公衆を誤信させることはありえない。
したがって、本件商標がTRIPs協定に違反するとの請求人の主張は失当である。
(3)信義則違反
請求人は、本件商標が法令、条約に違反し、その登録が無効であると主張するが、かかる主張は、以下の事情に照らし、信義則ないし衡平の観念に照らして許されない。
UCC社は、被請求人の承諾を得ることなく、昭和43年(1968年)に「HARRAR」商標を指定商品「茶、コーヒー、ココア、氷」について出願し、その後、平成19年4月25日の放棄による権利消滅まで長期間にわたり保有し続けた(乙第9号証ないし乙第11号証)。被請求人は、平成18年ころより、UCC社に対して当該「HARRAR」商標の譲渡交渉を再三申し入れたが、UCC社は、平成19年4月25日当該商標を抹消し、被請求人への譲渡を拒否した。請求人は、UCC社による「HARRAR」商標の登録については、登録当時から現在まで何ら異議を述べていない。他方、被請求人に対しては、すでに特許庁において有効なものとして登録された4件の商標「SIDAMO」「YIRGACHEFFE」「シダモ」「イルガッチェフェ」のすべてについて無効審判を請求した。請求人は、UCC社の商標について認識しながら、本件審判において何ら言及することなく、被請求人出願の「HARRAR」「ハラール」のみを引用して無効を主張する。
請求人は、正当な商標権者であるべき被請求人の本件商標のみに積極的にその無効を主張し、一方ではUCC社の「HARRAR」商標を巡る一連の行動を放置しており、信義則ないし衡平の観念に照らして許されない。
(4)過去の審決例・審査例の違反との主張に対して
請求人は、本件商標が過去の審決例・審査例に違反するとして、以下の審決例、審査例を挙げている。しかしながら、いずれも本件と事案を異にするものであり、過去の審決例等に反するとの理由はあたらない。
ア 昭和53年審判第5086号(甲第17号証、商標「mocha」)
上記審決は、本願商標「mocha」について、「原審においては、本願商標はアラビアで産出するコーヒーの輸出港として知られ、またそこを経由して輸出されるコーヒーの取引名として付される『mocha』の文字をあらわしたもの」、「本願商標の構成は(中略)アラビアのモカ産のコーヒーの種別を表す語としてよく知られている『モカ』を欧文字で表現したものと容易に理解されるもの」と認定しており、その認定のとおり、商標「mocha」は、イエメンの南西岸、紅海に面する小さな港町である「Mocha(モカ)」に由来するものとみられる。「Mocha(モカ)」は、イエメン共和国南西部の漁港で、モカコーヒーの集積地及び輸出港として非常に有名となり(乙第6、8)、世界のコーヒーの母港と称されるまでになった。また、「Mocha(モカ)」から積み出されるコーヒーには古くより「Mocha」という名が冠され、モカコーヒーと称されていた。したがって、「mocha」という標章を付したコーヒーに接した需要者等は、当該コーヒーをコーヒーの輸出港として有名な「Mocha(モカ)」から輸出されたコーヒーであると認識し、「Mocha(モカ)」以外の港から輸出されたコーヒーに「mocha」という商標が使用された場合、そのコーヒーがモカから輸出されたコーヒーであると商品の産地(品質)について誤認を生じるおそれがあるから、「mocha」が法第3条第1項第3号及び法4条第1項第16号に該当するというのは必定である。同一の出所から流出する一定の品質を有するコーヒー豆を表彰するブランドである本件商標と商標「mocha」とは事案を異にするものである。
イ 昭和63年審判第18266号(甲第18号証、商標「The Manhattan Coffee/ザ・マンハッタン・コーヒー」)
マンハッタン(Manhattan)は、アメリカ合衆国北東部、ニューヨーク州南東部のハドソン川下流域にある島であり、ニューヨーク市の区の一つである。同商標が法第3条第1項第3号に該当すると判断されたのは、マンハッタンが本願商標の指定商品である「コーヒー」の産地や販売地というよりは、マンハッタンがアメリカ合衆国ニューヨーク市の地名を表すものとして我が国において極めて著名であることに由来するものであり、審査基準に例示されている「著名な地理的名称」に該当するため、「商品の産地若しくは販売地を表示するもの」として法第3条第1項第3号に該当すると判断されたのであり、本件商標とは事案を異にするものである。
ウ 審査例
(ア)請求人は、「ブルーマウンテン」、「BLUE MOUNTAIN」、「MOCA」、「ブルマン」が拒絶されている(甲第19号証及び甲第20号証)ことから、本件商標は、審査例に違反する旨主張する。
しかしながら、「BLUE MOUNTAIN」及び「ブルーマウンテン」は、コーヒー豆の種類として、コーヒー愛飲者のみならず、一般需要者の間でも、その名を知らぬ者がいないほど著名である。広辞苑や英和辞典等にも、高級コーヒー豆の名称として掲載されており(乙第6号証ないし甲第8号証)、もはや、コーヒー豆の産地云々というようなレベルを超えて、高級コーヒー豆の名称として、普通名称化ないし慣用商標化しているものである。また、「ブルマン」は、「ブルーマウンテン」の略称である。したがって、特徴のある香りと風味を有する高品質のファイン・コーヒー豆のブランドである本件商標とは、事案を異にするものである。
また、「MOCA」については、拒絶理由の内容は明らかではないが、「Mocha(モカ)」に由来するとして、拒絶されたものと思料され、本件商標と事案を異にするものである。
(イ)「HARRAR」及び「ハラール」(甲第21号証及び甲第22号証)について
本件商標と「HARRAR」及び「ハラール」は、称呼、外観及び観念の全てが相違する非類似の商標である。商標の識別力の有無は、その指定商品と関係で、個別具体的に判断されるべきものであり、商標が同一あるいは類似であればともかく、同じ出願人が出願したという理由で、同一の判断がなされなければならないとする、根拠はない。
(5)コーヒー豆の輸入量減少と食品衛生法違反の主張に対して
請求人は、エチオピア国産コーヒー生豆の日本における状況について、同国産コーヒー生豆の日本における状況はPOPs禁止毒物が検出され、ほとんど輸入できなくなっている旨主張し、さらに、日本がエチオピア国政府に原因を糺しているが、原因不明との回答しかなく、エチオピア国政府がいうような「品質管理を徹底」という事実はなく、コーヒー豆の輸入量減少と食品衛生法違反を主張する(甲第23号証及び甲第24号証)。
しかしながら、甲第23号証によっても、2008年4月までは(3月に前年を若干下回るものの)いずれも前年同月の数量、金額とも大きく増加しており、2008年4月は前年同期比数量153.5%、金額157.7%と1.5倍以上であり、証拠の評価を誤っている。また、甲第24号証は、請求人作成の平成20年10月9日付け資料であり、その客観性について疑いがあるほか、請求人が主張する違反事実も特定されておらず、具体的裏付けが明らかでないため、被請求人は具体的な反論が不可能である(なお、「※9月は、厚生労働省発表ではエチオピア産コーヒー生豆の基準値超えはありませんでした。」とあるので、請求人は、少なくとも2008年9月については違反がないということを認めているようにみえる。)。そもそも被請求人は、本件商標の自他商品識別性について主張しているのであって、請求人主張の食品衛生法違反の有無は本件商標の識別性の判断にあたり関連がない。
(6)ファイン・コーヒー商標ライセンスイニシアティブ活動について
請求人は、「外国でわが国の地名を登録されて、その国に外務省を通じて・・抗議した」とするのみでその詳細は明らかにしないが、本件商標は、エチオピア国自身が正当に管理する商品役務に対して本件商標を登録したものであり、同国は各国においてその法制度のもとに保護を図っているものであって、請求人の主張は失当である。
請求人は、ファイン・コーヒー商標ライセンスイニシアティブ活動について「識別性のない商標であるから、標章としては、今までどおり使用できるので、水泡に帰することにはならない」というが、商標として登録が維持されなければ日本においては、商標権は当初よりなかったものとして保護されないこととなり、日本における当該活動の実効性が失われることは明らかである。
一説によれば、現在「日本国内で、ブルーマウンテンとして販売されているコーヒーの量は正規輸入量の3倍というあり得ない事態になっている」という信じがたい事実が指摘されている(乙第13号証)。これは商標として保護されていない「ブルーマウンテン」ブランドの希釈化によるものである。複数の文献によれば、ブルーマウンテンコーヒーを名乗れるのはジャマイカ産コーヒー豆の中でも一定の区域(ブルーマウンテン山脈のうち(2256メートル)の標高800?1200メートルの山の斜面)で生産されたものに限られ、これはジャマイカ政府が栽培環境と豆の品質を守るために定めたものであるとされる(乙第14号証ないし乙第16号証)。
しかしながら、我が国では、「ハイマウンテンコーヒー」と見られるものを「ブルーマウンテンコーヒー」と称して販売しているコーヒー店があり、確認を求めると「ジャマイカだからブルマンだよ」と主張する事例(乙第14号証)、「キューバ産ブルーマウンテン」を供している喫茶店などもあるということである(乙第15号証)。
今日、商標「BLUE MOUNTAIN(ブルーマウンテン)」は、コーヒー豆の名称として、普通名称化ないし慣用商標化しているものと言わざるを得ず、これを登録することは明らかに商標法に反するものである。
しかしながら、本件商標は、国を代表する高品質のファイン・コーヒー豆のブランド名として識別性を有し、日本及び世界において周知著名となったものであり、被請求人は、国をあげて賢明にこのブランド価値を維持しようと努力を重ねている。
以上のとおりであるから、本件商標の登録は、法第3条第1項第3号及び法第4条第1項第16号に違反してなされたものでない。

第4 当審の判断
1 本件商標の指定商品等について
本件商標の指定商品は、前記第1のとおり、「コーヒー、コーヒー豆」であるところ、平成20年10月28日の第1回口頭審理の結果によれば、指定商品中の「コーヒー」は、焙煎後のコーヒー豆及びそれを更に加工した粉状、顆粒状又は液状にした商品(焙煎後のコーヒー豆を加工した粉状、顆粒状又は液状にした商品を以下、「コーヒー製品」という。)が含まれるものであり、また、同「コーヒー豆」は、焙煎前のコーヒー豆である(第1回口頭審理調書)。
なお、被請求人は、エチオピア国の生産・輸出する商品について、「コーヒー、コーヒー豆」又は「コーヒー」等と主張する場合があるが、本件商標の登録査定時におけるエチオピア国が生産・輸出する商品は、「コーヒー豆」と認められ、「コーヒー豆」以外の商品がエチオピア国で生産され、日本に輸出されたと認めるに足る証拠の提出はない。したがって、エチオピア国の生産・輸出する商品については、以下「コーヒー豆」とする。
2 法第3条第1項第3号について
(1)法第3条第1項第3号の立法趣旨
法第3条第1項第3号の立法趣旨をみるに、「商標法3条1項3号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くとされているのは、このような商標は、取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのは公益上適当でないとともに、一般的に使用される標章であって、多くの場合自他商品識別力を欠くものであることによるものと解される(最高裁第三小法廷判決昭和54年4月10日・裁判集民事126号507頁、判例時報927号233頁参照。)。この趣旨に照らせば、登録査定時において、当該商標が、取引者、需要者に指定商品に係る産地、品質であると広く認識されている場合はもとよりであるが、仮に、その商標が指定商品の産地、品質として取引者、需要者に知られていない場合であっても、将来、取引者、需要者にその商品の産地、品質であると認識される可能性があり、これを特定人に独占使用させることが公益上適当でないと判断されるときには、その商標は、同号に該当すると解するのが相当である。」旨、東京高裁平成14年(行ケ)第502号事件(平成15年9月30日判決)及び東京高裁平成16年(行ケ)第189号事件(平成17年1月20日判決)等は、判示している。
そこで、この趣旨に則って、本件について判断する。
(2)甲第3号証ないし甲第14号証によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 甲第3号証(「世界の主なコーヒー生産国事情」東京穀物商品取引所、2001年3月発行)の「エチオピア」の項目(193頁)には、「Harar(ハラー)」、「Yirga Cheffe(イルガチェフェ)」、「Sidamo(シダモ)」、「Djimmah(ジマ)」などコーヒーの産地と認められる地名が記載されたエチオピア国の地図が掲載され、「コーヒー/栽培」の項目(195頁、196頁)には、「エチオピアで生産されているコーヒーの種類は全てアラビカコーヒーである。・・・自生したコーヒーは3、500種類以上あるが、特性に基づいてそのうち少量の品種が選択されて栽培されてきた。例えば、シダモ(Sidamo)およびジェディオ(Gedio)地域には、ウォリショ(Wolisho)があるが、これは高単収で豆のサイズが大きく、比較的コーヒー豆の病害(CBD)に耐性がある。」、「主要生産地は南西部のカーファ(Kaffa)地方、南部のシダモ(Sidamo)地方である。東部のハラー(Harrar)地方はコーヒーの銘柄としても有名である。」の記載がある。また、同「収穫」の項目(196頁、197頁)には、「エチオピアのウォッシュド・コーヒーは全てスペシャリティーコーヒーの枠に入っている。代表的なものはシダモ(Sidamo)、リム(Limu)、イルガチャフェ(YIRGACHEFFE)、ベベカ(Bebeka)などである。」の記載がある。さらに、同「品種および等級」の項目には、「(2)輸出等級」の「表25-2:エチオピアコーヒーの銘柄及び等級(及び生産地域)」の「ウォッシュド(水洗式)」の欄(198頁)には、「イルガチャフェ グレード2(YIRGACHEFFE Grade 2)(シダモ地方)」、「シダモ グレード2(Sidamo Grade 2)(シダモ地方)」などの記載がある。
イ 甲第4号証(「珈琲の書」株式会社柴田書店、昭和47年2月25日発行)の「コーヒー産地図」の項目(73頁)には、コーヒーの産地として、エチオピア国の名前の記載があり、また、「アフリカ地域」の項目(75頁)には、「エチオピアは、アラビカ種の元祖の地。栽培もされるが、ほとんど放置されているような、野生が各地にみられる。エチオピア・コーヒーはアビシニアンともいわれ、主要な産地はハラリだが、近親のアラビア・コーヒーに代表名(コヒア・アラビカ)を譲り、エチオピア産品はモカに数えられている。」との記載がある。
ウ 甲第5号証(「コーヒー抽出技術」株式会社柴田書店、昭和51年6月1日発行)の「エチオピア」の項目(144頁)には、「エチオピアの南部でほとんど産出され、コーヒーの発祥地だけにイェーメンとはくらべものにならないくらい多く、ほとんどがアメリカへ輸出されている。エチオピアコーヒーも品質をいうことが多い。代表的なものにハラリ(またはハラー)、ジマ、シダモがある。シダモやハラーは地名でもあり、産地ではカーファが一番多い。またブラジル同様、サイズ、格付がきびしく機関もしっかりしている。現在出荷港名はあまりいわれないが、ここがイェーメンコーヒーとちがうところである。」との記載がある。
エ 甲第6号証(「珈琲ブック 田崎真也のテイスティング」株式会社新星出版社、1998年11月15日発行)の「コーヒー豆〈基本の基本〉」の項目には、「コーヒーの三大品種のひとつ『アラビカ』」の見出しのもと、「コーヒーの原産地はエチオピアで、ブラジル、コロンビアをはじめとした中南米諸国や、・・・などで栽培されています。」の記載がある。また、同書109頁には、「名前の付け方は国名、港名、地域名など」の見出しのものと、「コーヒーの名前の付け方には一般的に以下の3種類があります。i 生産地の国の名前 ii 出荷する港の名前 iii 生産地域の名前 一般に知られている名前で説明すると、コロンビアやグアテマラは iに、モカやサントスは iiに、ハワイ・コナやキリマンジァロ、ブルーマウンテンなどはiiiに該当します。」との記載がある。
オ 甲第7号証(「田口 護の珈琲大全」日本放送出版協会、2003年11月15日発行)の「コーヒーの原種」の項目(8頁)には、「コーヒーは、大きくアラビカ、ロブスタ、リベリカの三原種に分類されるが、市場に流通しているのはアラビカとロブスタ種の2種類と思っていい。」との記載があり、アラビカ種は、エチオピアのアビシニア高原が原産とされている旨の記載がある。
カ 甲第8号証(「UNION COFFEE ROASTERS/産地と銘柄の基礎知識」http://www.union-coffee.co.jp/cru-e4.htm)には、「現在日本に輸入されているコーヒー豆は殆どが世界最高水準のものばかりです。市場には数多くの銘柄が流通し、どれを選んだら良いのか迷ってしまうほどです。ここでは各国の主要な産地と収穫される豆の特徴をご紹介します。」などの記載のもとに、コーヒー豆の産出国が紹介されているところ、「エチオピア(etiopia)」の項目には、「コーヒー発祥の地として知られているのがエチオピアです。『モカ』の名を持つコーヒーは同国産とイエメン産のコーヒーの事を指しています。・・・カーファ地方やハラー地方、シダモ地方が主要産地です。」との記載及び打ち出し日が2007年(平成19年)1月23日と推認し得る「2007/01/23」の記載が各頁にある。
キ 甲第9号証(「タスコ珈琲店/生産国別コーヒー豆 珈琲の種類」http://taxco-coffee.com/stepsuri.html)の「エチオピア」の項目には、「コーヒー発祥の地といわれるエチオピアは、アフリカ大陸の北東部に位置、今でも自生するコーヒーの木があるといわれているコーヒーの発祥地にふさわしい良質の豆を栽培、特にハラーなどは日本でも有名で、その他シダモ、レケンプティ、ジンマなどが知られている」との記載及び打ち出し日が2007年(平成19年)1月23日と推認し得る「2007/01/23」の記載が各頁にある。
ク 甲第10号証(「遠赤外線自家焙煎スペシャリティコーヒー専門『珈琲倶楽部』尾張旭(愛知県)/エチオピア・モカ・イリガチャフ・WASH」http://www.coffee-club.co.jp/page015.html)には、「位置 エチオピア南部 シダモ州」、「イリガチャフはエチオピア南シダモ地方の標高1800から2200mの高地で栽培されています。」、「大部分が非水洗式であるエチオピアコーヒーにおいてイリガチャフは高く評価されています。」の記載があり、また、「GRADE・1」には、「エチオピアコーヒーの中で最もその品質が高く評価されている『YIRGACHEFFE』 YIRGACHEFFE地域の中でもKONGAは1800?2000Mの標高にあり、最も標高が高い地域です。」、「産出地域:YIRGACHEFFE地域(SIDAMO地区内)のKONGA」などの記載及び打ち出し日が2006年(平成18年)10月5日と推認し得る「2006/10/05」の記載が各頁にある。
ケ 甲第11号証(「ETHIOPIA YIRGACHEFFE G1」http://www.fukumotocoffee.com/ethiopia.htm)には、「『エチオピア・イルガチェフ』はコーヒー発祥の地と言われるエチオピア、アビシニア高原南部のシダモ地方の産。YIRGACHEFFEの収穫されるKONGAは標高1,800?2,000メートルの標高にあり、YIRGACHEFFE地域の中でも最も標高が高い地域です。」、「今回お届けする『ETHIOPIA・YIRGACHEFFE・G1』は、ETHIOPIA輸出最高規格である『Grade 1』です。これまでに物理的には存在した規格でも、実際に流通することは無く、流通していた物の最高の物は『Grade 2』です。今般世界で初めて商品化するに至った夢のグレードです。」などの記載及び打ち出し日が2006年(平成18年)10月5日と推認し得る「2006/10/05」の記載が各頁にある。
コ 甲第12号証(「MUC CAFE STUDIO/エチオピア イルガチェフェ グレード1」http://www.cafestudio.jp/coffee_ethiyirgachefeg1.htm)の「生産地」の項目には、「エチオピアコーヒーの4つの著名生産地域のうち、イルガチェフェ(Yirgachefe)」とあり、上記4つの著名生産地域として、「1.ネケムプテ 2.ジンマ 3.イルガチェフェ 4.シダモ」の記載がある。また、同記事中には、「エチオピアで2005年にはじめてエチオピアコーヒーオークション〈E-CAFE GOLD ETHIOPIA 2005〉が開催されました。・・・この〈イルガチェフェ グレード1〉は、ブラジルと共に世界でただ二つのナチュラルコーヒーの生産地であるエチオピアで、あえて世界の嗜好に併せて、水洗(Washed)処理がなされたコーヒー豆。コンペに入賞し、オークションで落札された最高級のコーヒー豆です。」との記載及び打ち出し日が2006年(平成18年)1月23日と推認し得る「2006/01/23」の記載が各頁にある。
サ 甲第13号証(「エチオピアコーヒー豆の詳細」http://www.eynet.co.jp/02shopping/p2-2-6.htm)には、「コーヒー規格/等級には欠点豆の混入率によって、グレード1?8までに分けられています。日本に輸入されているのはグレード5以上のもので、水洗式タイプはグレード2に格付けされています。水洗式タイプで代表的なものが、イルガチェフェで、非水洗式タイプの代表的なものにモカハラーがあります。」との記載があり、さらに、「品名/イルガチェフェG2・スペシャル」について「エチオピアのトップグレード品のイルガチェフェを更に栽培地をイルガチフェの村だけに限定したプレミアム品です。」、「品名/イルガチェフェ・G1」について「エチオピアのトップグレード品のイルガチェフェ・スペシャルを更に厳選して、新たに出来ました最高級グレードのG1です。」、「品名/イルガチェフェG2」について「シダモ地区の一部ですが、標高が高く、良質の酸味とアロマがあるためシダモG2とは区別されています。日本では通常モカコーヒーといえばナチュラルが主流ですが、イルガチェフェは水洗式コーヒーで、ヨーロッパではグルメコーヒーとして定着しています。ナチュラルのモカのような発酵臭はなく、香りが強く、柑橘系の酸味、コクがあり、さすがエチオピアのトップグレード品です。」などの記載及び打ち出し日が2006年(平成18年)12月14日と推認し得る「2006/12/14」の記載が各頁にある。
シ 甲第14号証(「エチオピア イガルテェフェ」http://www.doicoffee.com/pnn4.htm)には、「ヨーロッパ・アメリカ市場で、絶大の評価を勝ち取ったモカ」の見出しのもと、「エチオピアはイルガチェフェ村から作り出された銘柄。エチオピア産のいわゆる『モカ』系の銘柄数あるなかで、その品質の高さからドイツ、アメリカ、ヨーロッパ市場において絶大な評価を得た銘柄が、この村から作り出された銘柄。生産は1950年と比較的新しい中で、その特徴的なモカフレーバーと評される香り、独特の酸味から作り出されるカップは、世界中のロースター(焙煎業者)の注目の的になった。」との記載及び打ち出し日が2006年(平成18年)12月14日と推認し得る「2006/12/14」の記載が各頁にある。
(3)前記(2)で認定した事実によれば、コーヒーの原産国といわれているエチオピア国で産出されるアラビカ種コーヒー豆は、モカコーヒーと呼ばれていること、エチオピア国内の主な生産地は、ジンマ(Djimmah)地域を含むカーファ(Kaffa)地方、ハラー(Harar)地方、イルガチェフェ(Yirga Cheffe)地域を含むシダモ(Sidamo)地方などがあり、これらの産地で生産されるコーヒー豆には、その産地名がコーヒー豆の名称(取引に資される場合の名称。以下同じ。)としても使用される場合が多いこと、上記産地で産出されるコーヒー豆は、本件商標の登録査定時(平成18年(2006年)4月6日)には既に、我が国において、高品質のコーヒー豆として紹介されていたことなどが認められる。
また、本件商標の登録査定時(平成18年(2006年)4月6日)と近接した請求人による打ち出し日(同年10月、同年12月及び同19年(2007年)1月)においても、我が国において、高品質のコーヒー豆として紹介されていたことなどが認められる。
(4)ところで、本件商標の登録査定時において、コーヒー豆の輸入業者及びその需要者たるコーヒー豆焙煎業者、コーヒー豆小売業者、あるいはコーヒー製品の製造業者やコーヒーを提供する喫茶店等の飲食物提供業者等のコーヒー豆ないし焙煎後のコーヒー豆を専門的に取り扱う業者(以下「取引業者」という。)が、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」(なお、前記(2)の書籍及びインターネット記事には、「YIRGACHEFFE」の日本語表記は、「イルガチェフェ」、「イルガチェフ」などの片仮名が当てられているが、後記認定の別紙AA3の取引書類において、「イルガッチェフェ」の片仮名が用いられているので、日本語表記するときは、以下「イルガッチェフェ」とする。)の語に接した場合は、これよりエチオピア国のコーヒー豆の産地ないし同国シダモ地方イルガッチェフェ地域で生産されたコーヒー豆の名称を表したと理解したであろうことは、容易に推認し得るところである。
また、これを一般需要者についてみるに、コーヒーは、それ自体嗜好性の強い商品といえるばかりでなく、特に焙煎後のコーヒー豆を小売店等で購入する愛飲者にとっては、コーヒー豆の種類、焙煎の仕方、豆の挽き方等の違いにより、香り、風味、こくなどの嗜好に相当な個人差があり、これが商品選択に大きく左右するといえるから、これら一般の需要者が焙煎後のコーヒー豆を購入する場合においても、コーヒー豆の種類、産出国などの違いに高い関心を持ち、注意深く商品の選択をするであろうことは容易に推測することができる。
そうすると、本件商標の登録査定時において、取引業者及び我が国において相当数に上るとみられるコーヒー愛飲者たる一般の需要者が、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」の語に接した場合、前記(2)で認定したとおり、コーヒーに関する書籍やインターネットの記事に「YIRGACHEFFE」の日本語表記として「イルガッチェフェ」等の語が、エチオピア国のコーヒー豆の産地ないし高品質のコーヒー豆の名称を表すものとして、少なからず掲載されていた事実があることも相俟って、これよりエチオピア国のコーヒー豆の産地ないし同国シダモ地方イルガッチェフェ地域で生産されたコーヒー豆の名称を表したものと理解したとみるのが相当である。
以上によれば、本件商標は、その登録査定時において、エチオピア国のコーヒー豆の産地ないし同国シダモ地方イルガッチェフェ地域で生産されたコーヒー豆の名称を表すものとして、取引業者においてはいうに及ばず、コーヒーを日常的に愛飲する広範な一般需要者の間においても、広く知られていたというべきであるから、これをその指定商品中「エチオピア国イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)地域で生産されたコーヒー豆、エチオピア国イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)地域で生産されたコーヒー豆を原材料としたコーヒー」について使用しても、単に商品の産地又は品質を表示するものと認められる。仮に、単に商品の産地又は品質を表示するものと認められるのが尚早であるとしても、本件商標の登録査定時(平成18年(2006年)4月6日)と近接した請求人による打ち出し日(同年10月、同年12月及び同19年(2007年)1月)においても、我が国において、高品質のコーヒー豆として紹介されていたことからすると、少なくとも、将来、取引業者又は一般需要者にその商品の産地又は品質であると認識される可能性があり、かつ、本件商標は、取引に際し必要適切な産地又は品質を表示するものであって、特定人による独占使用を認めるのは公益上適当でないというべきである。
したがって、本件商標は、法第3条第1項第3号に該当する。
(5)法第3条第1項第3号に関する被請求人の主張について
ア 被請求人は、第1答弁及び審尋に対する回答において、本件商標は、エチオピア国の長年にわたるコーヒー豆の品質のコントロール及びエチオピア国と我が国とのコーヒー豆の交易を通じて長年使用された結果、同国のコーヒー豆の産地というよりは、持徴のある香り及び風味を有するエチオピア国産コーヒー豆のブランドとして、識別力を有しているから、本件商標は法第3条第1項第3号に該当しない旨主張し、また、第2答弁において、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」の語は、エチオピア国に所在する地方の名称に由来するとしても、本件商標の登録査定当時、コーヒー豆の産地名称としては一般需要者に知られておらず、一般需要者が本件商標をコーヒー豆の産地表示であると認識していなかったから、本件商標は指定商品について自他商品識別力を有していた。仮に本件商標が産地表示として法第3条第1項第3号に該当する商標であるとしても、本件商標は、1970年の大阪万博の際には、日本において相当程度需要者の間で周知となり、さらにその後30年以上にわたり、日本を含む世界中で継続された広告・宣伝・販売活動により、遅くとも登録査定時には日本において「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品・役務であることを認識することができるもの」(法第3条第2項)との要件を満たしていたことから、法第3条第1項第3号には該当しない旨主張する。
しかしながら、本件商標がエチオピア国のコーヒー豆の産地ないし同国イルガチェフェ地域で生産されたコーヒー豆の名称を表すものとして、その登録査定時に我が国のコーヒー関連の取引者、一般需要者に知られていたものであり、自他商品の識別標識としての機能を有しないことは前記認定のとおりである。
なお、仮に、一般需要者が本件商標をコーヒー豆の産地表示であると認識していなかったとしても、ある商標が法第3条第1項第3号に該当するか否かで争われた裁判(東京高裁 昭和52(行ケ)第82号 昭和56年5月28日判決言渡)によれば、「法3条1項3号が、商品の産地、販売地、品質等を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標を登録することができないとしたのは、そのような商標は一般に自他商品識別の機能をもたないし、また仮に自他商品識別の機能を有することがあるとしても、そのような品質等の表示は商品取引の過程において必要なものであり、取引業者は皆その使用を欲するものであるから、特定の人にのみその使用を独占させることは公益に反することによるものと考えられる。そうだとすると、ある商標が商品の品質を示すものであることにつき、当該商品のわが国における取引業者に認識があるとすれば、一般消費者の認識を問題とすることなく、その商標の使用を特定の者に独占させる結果になるような商標権の設定を許すべきでないと解するを相当とする。」との判示は、本件商標にも、そのまま当てはまることになるから、登録査定当時、コーヒー豆の産地名称としては一般需要者に知られておらず、一般需要者が本件商標をコーヒー豆の産地表示であると認識していなかったから、本件商標は、指定商品について自他商品識別力を有していたとの主張は採用できない。
次に、本件商標がその登録査定時に法第3条第2項の要件を具備していたかについて検討するに、日本における著名性を立証するためのものとして提出された別紙AA2ないしAA4及びAA13によれば、以下のとおりである。
(ア)別紙AA2は、エチオピア国のAmbassa Enterprises(アンバッサ エンタープライズ有限会社)からの2008年6月27日付け書簡であるところ、これによれば、同社は、「Sidamo(シダモ)」を含む生コーヒー豆を日本の商社5社に輸出したとの記述が認められるが、これら日本の商社5社と取引をした時期については何ら記載されていない。
(イ)別紙AA3は、以下iないしViiiの書類が添付されている(なお、これらの書類には何ら番号等が付されていないが、便宜上iないしViiiの番号を付した。)ところ、i は、売り主をエス.エー.バジェーシュ ピーエルシーとし、買い主を双日株式会社とする両者間の注文確認書と認められ、「商品:エチオピアコーヒー豆」、「品質:水洗式精製 YIRGACHEFFE(イルガッチェフェ)グレード2」、「数量:150袋(9000kg)」等の記載があるが、日付の記載はない。ii は、売り主をエス.エー.バジェーシュ ピーエルシーとし、買い主をボルカフェ株式会社とする両者間の2007年5月24日付け購買契約書と認められ、「品質:エチオピアアラビカコーヒー/YIRGACHEFFE(イルガッチェフェ)グレード1」、「数量:60kg×270袋」、「出荷:2007年6月」等の記載がある。iii は、売り主をモプラコ トレーディング カンパニー リミテッドとし、買い主を双日株式会社とする両者間の注文確認書(契約日:2005年1月21日)と認められ、「商品:エチオピアコーヒー豆」、「品質:水洗式精製 YIRGACHEFFE(イルガッチェフェ)グレード2」、「数量:600袋(36、000kg)」、「出荷期限:2005年2月/3月」等の記載がある。iV は、ワタル株式会社がオロミア コーヒー ファーマーズ コーペラティブ ユニオンから「エチオピアコーヒー豆 YIRGACHEFFE(イルガッチェフェ)グレード2 300袋」を購入し、これが2004年3月24日に輸出の許可がされたことを内容とするものである。V は、売り主をオロミア コーヒー ファーマーズ コーペラティブ ユニオンとし、買い主をワタル株式会社とする両者間の2004年3月2日付け売買契約書と認められ、「商品:エチオピアアラビカコーヒー」、「品質:YIRGACHEFFE(イルガッチェフェ)グレード2」、「数量:60kg×300袋」、「出荷:至急」等の記載がある。Vi は、売り主をタデッセ メスケラとし、買い主をワタル株式会社とする両者間の2005年10月19日付け注文確認書と認められ、「明細:エチオピアコーヒー豆 YIRGACHEFFE(イルガッチェフェ)グレード2 300袋」、「出荷:2006年2月」等の記載がある。Vii は、ワタル株式会社がタデッセ メスケラに対して行った2005年8月30日付け確認書と認められ、「商品:エチオピアコーヒー豆 YIRGACHEFFE(イルガッチェフェ)グレード2(2005年/2006年収穫)」、「数量:60kg×280袋」、「出荷:2005年11月」等の記載がある。Viii は、日付、表題の記載がないが、売り主、買い主、商品、品質、数量等が上記iと同じである。
また、別紙AA4は、船荷証券2通であるところ、日付の記載がないが、取引されたコーヒー豆の数量等から見れば、別紙AA3におけるii及びiii取引の船荷証券と認められる。
(ウ)別紙AA13は、エチオピア国国営コーヒー協会の広報部長から同協会の事務総長に宛てた「日本国大阪におけるEXPO'70のエチオピア国パビリオンへのエチオピア国営コーヒー協会の参加」等と題する報告書であるところ、その内容の要旨は、1970年(昭和45年)3月から9月にかけて開催された大阪におけるEXPO'70へエチオピア国も参加し、エチオピア国産コーヒー豆の販売促進のための活動を行った、というものである。
(エ)前記(ア)ないし(ウ)によれば、「YIRGACHEFFE(イルガッチェフェ)」なるコーヒー豆が日本の商社を通じて日本に輸入されたことは推認できるが、本件商標の登録査定前においては、わずかにエチオピア国の民間企業と双日株式会社及びワタル株式会社の2社との間に取引があったにすぎないものであり、加えて、別紙AA3のiないしViiiの書類には、「品質:エチオピアアラビカコーヒー/YIRGACHEFFE(イルガッチェフェ)グレード1」などのように、「YIRGACHEFFE(イルガッチェフェ)」の語が商標の表示としてではなく、品質的な表示として表されていることが認められる。また、別紙AA2は、取引があった時期についての記載がない。さらに、大阪EXPO'70においてエチオピア国産コーヒー豆の販売促進のための活動を行ったことは推認されるものの、その後、我が国において、「イルガッチェフェ」の語について、エチオピア国産コーヒー豆のブランドであることの広報活動を具体的にどのように行ったのかなどを示す証拠は何ら提出されていない。
そうすると、別紙AA2ないしAA4及びAA13からは、「イルガッチェフェ」の語がエチオピア国産コーヒー豆のブランドを表示するためのものとして、本件商標の登録査定時において、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができるものであるとする事実を認めることはきわめて困難であるといわざるを得ない。また、エチオピア国の長年にわたるコーヒー豆の品質のコントロールにより、YIRGACHEFFE産のコーヒー豆が独特の品質や特徴を維持し続けているものであるとしても、我が国の取引業者及び一般需要者が「イルガッチェフェ」の語に接した場合に、これより独特の品質や特徴を維持し続けているコーヒー豆のブランドと認識するというより、むしろ、高品質のコーヒー豆の産地ないしコーヒー豆の名称を表すものとして認識していた場合が多いとみるのが相当である。
そして、他に「イルガッチェフェ」の語がエチオピア国産コーヒー豆のブランド及びコーヒーのブランドとして、本件商標の登録査定時において、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができるものであるとする事実を認めるに足る証拠は見出せない。
イ 被請求人は、本件商標の登録は、エチオピア国が同国のコーヒー農民の貧困救済のために全世界で行っているプロジェクトの一環であるから、本件商標の登録の維持は、開発途上国の支援という観点からも意義がある旨主張する。
しかしながら、前記認定のとおり、「イルガッチェフェ」の語が、エチオピア国のコーヒー豆の産地ないし同国イルガッチェフェ地方で生産されたコーヒー豆の名称を表し、指定商品の産地、品質等を表示する語として、本件商標の登録査定時に、我が国のコーヒー分野の取引業者、一般需要者の間に広く認識されていた以上、本件商標は、商標の本質である自他商品の識別標識としての機能が備わっておらず、商品の出所を明らかにすることはできないから、法第3条第1項第3号に該当するものである。
ウ 被請求人は、日本では、2008年8月末現在、エチオピア国のイニシアティブに賛同した企業31社が同国とライセンス契約を締結しており、これらの企業は、本件商標をエチオピア国の取扱いに係るコーヒー豆のブランドであると認めたからこそ契約書を締結したのであり、かかるライセンス契約の存在は、本件商標が商標としての識別力を有していることの証左である旨主張する。
そこで検討するに、別紙AA5には、EIPO(エチオピア国知的財産局)と商標ライセンス契約を締結した日本の企業31社のリスト及び契約書の写しの一部が示されているところ、乙第5号証(同契約書の訳文)によれば、上記契約書の要旨は以下(ア)ないし(ク)のとおりである。
(ア)ライセンサー(エチオピア国政府)は、コーヒーの名称である「SIDAMO」、「YIRGACHEFFE」、「HARRAR」及び「HARAR」(契約書の要旨に限り、以下、まとめて「マーク」という。)についての権利を保護するため、日本国特許庁及び世界中の他の国々の政府機関に申請を行っている。この申請の目的は、マーク及びマークに象徴されるグッドウイルの世界中の使用による農民への便益を最大にし、マークの不正利用を防止することを追求することにある。
ライセンサーは、農業団体及びその他のエチオピア国のコーヒーの分野における組織化された利害関係者に代表される、マークがカバーするコーヒーの生産及び供給に従事する400万人ものエチオピア人の利益のため、そしてそれらの人々と協同して、マークに関する全ての権利、権限及び利益を含む、マークの使用に伴う権利の確保、促進及び管理に責任を自ら負っている。
(イ) ライセンシーは、マークがライセンサーの製造する高品質のコーヒーを識別するものであることをここに承認する。
一方、ライセンシーは、マークを日本及び世界中において、そのビジネスに使用することを望んでいる。
ライセンサーは、ライセンシーに対し、下記に定める契約条件に従いマークを使用する、又はサブライセンシーに再許諾する、非独占的なライセンスを許諾することに同意している。
(ウ) 通常使用権の許諾:本契約中に規定された契約条件を前提として、ライセンサーは、ライセンシーに、マークを、日本及び世界中において、登録あるいは登録出願によりカバーされる商品、すなわちコーヒー(「商品」)に関して使用する、下記第8条に規定される限定されたサブライセンスの権利が付された非独占的なライセンスを許諾する。
(エ) 商標の所有権:ライセンシーは、ライセンサーがマークの所有権を有していることを承認し、所有権に反する行為をしないこと。
(オ) 品質維持:ライセンシーは、マークの使用を、ライセンサーの管理する基準に従わせることに合意する。
(カ) 使用方法:ライセンシーは、ライセンサーから事前に書面による承認を得なければ、マークを他のいかなる商標とも合体して使用しないこと、及びサブライセンシーに使用させないことに合意する。
(キ) ロイヤルティー:ライセンシーからのロイヤルティーの支払いは要求されない。
(ク) 終了:本契約は5年間有効に継続する。
そして、乙第2号証(訳文)によれば、上記日本の企業31社との契約締結日は、一番早いもので2007年6月12日であり、一番遅いものは2008年2月18日である。
なお、別紙AA1(エチオピア・ファイン・コーヒーのブランド所有及び管理プロジェクト:訳文)には、「ライセンスの付与」について、「エチオピアは、すべてのコーヒー・バイヤーにライセンスを付与する。ライセンスを得たバイヤーのみが、先進国においてエチオピア産ファイン・コーヒーの小売販売を行うことができる。」と記載されている。
上記契約書の要旨によれば、EIPO(エチオピア国知的財産局)と日本の企業31社との間で締結した商標ライセンス契約の締結日は、いずれも本件商標の登録査定時以降であること及び当該契約は、いわゆる一般的な通常使用権契約にあるような、ライセンサーがライセンシーに対し、商標使用許諾の対価として使用料を求めるという目的で締結されたものではない。しかも、すべてのバイヤーにライセンスを付与するというものである。商標ライセンス契約をした日本の企業にとってみれば、「YIRGACHEFFE」の標章が無料で、しかも、エチオピア国の農民の救済等といった大義名分のもとに使用することができるのであるから、「イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)」がコーヒー豆の産地・品質表示、あるいはブランド名であるか否かについて深く考慮することなく、契約を締結したものと窺うことができる。
したがって、これらの契約の締結をもって、本件商標がコーヒー豆のブランド及びコーヒーのブランドとして、本件商標の登録査定時に識別力を有しているものと認めることはできない。
エ 被請求人は、本件商標は、欧州共同体商標庁、アメリカ合衆国及びカナダ国で既に登録が認められており、これらの国では、登録商標を基に「ファイン・コーヒー商標ライセンスイニシアティブ」が進んでいる。本件商標の登録が無効となれば、全世界で行われている「ファイン・コーヒー商標ライセンスイニシアティブ」が、エチオピア国産コーヒーの主要な輸入国の一つである我が国においては水泡に帰すことになりかねない旨主張する。
しかしながら、日本において出願及び登録された商標は、あくまでも、日本の商標法及び日本におけるコーヒー分野の取引の実情に照らして判断されるものであり、商標の自他商品の識別力、使用による自他商品の識別力の獲得の有無についても、日本における商標の使用状況等を勘案して判断されるべきものであるから、本件商標と同一の構成よりなる商標が既に他の国において登録が認められているとしても、その事実をもって、日本においても自他商品の識別力を有しているとはいえない。また、被請求人のいう「ファイン・コーヒー商標ライセンスイニシアティブ」が全世界で行われていることを認めるに足る証拠の提出はない。
オ 被請求人は、請求人は正当な商標権者であるべき被請求人の本件商標のみに積極的にその無効を主張し、他方、UCC社の有していた「HARRAR」商標については、何ら異議の申立て等をしなかったのであるから、本件審判の請求は、信義則ないし衡平の観念に照らして許されない旨主張する。
しかしながら、UCC社の有していた「HARRAR」商標について、請求人が何ら異議の申立て等をしなかったとしても、「HARRAR」商標は、昭和43年8月17日に登録出願され、同46年11月16日に登録査定されたものであって(乙第9号証ないし乙第11号証)、本件商標の登録査定時とは約35年の隔たりがあり、当該商標の登録査定時には、我が国の一般需要者のコーヒー全般に対する知識の程度、情報の伝達の速度等においても、本件商標の登録査定時よりは格段に低いということができ、したがって、当該商標がコーヒー豆の産地等を表すものとして、我が国のコーヒー関連の商品・役務分野の取引業者、一般需要者に認識されていなかったと推測され得るところである。このことは、当該商標の設定登録後に登録無効審判が請求されていないことからも首肯し得るところである。ところが、本件においては、前記認定のとおり、本件商標がその登録査定時に、エチオピア国のコーヒー豆の産地ないし同国シダモ地方イルガッチェフェ地域で生産されたコーヒー豆の名称を表すものとして、コーヒー関連の商品・役務分野の取引業者、一般需要者に認識されていたものであるから、本件審判の請求について、信義則ないし衡平の観念に反する旨の被請求人の主張は失当である。
カ 被請求人は、請求人の挙げた審決例・審査例は、いずれも本件と事案を異にするものであるから、本件商標の登録は無効とされるべきでない旨主張する。
しかしながら、ある商標が法第3条に該当するか否かの判断は、その指定商品の取引の実情等を考慮して、個々の商標ごとに個別具体的に判断されるべきものであるところ、本件は、前記のとおり、事案に即して証拠に基づいて検討されたものである。
キ 以上のとおりであるから、法第3条第1項第3号に関する被請求人の主張はいずれも理由がない。
3 法第4条第1項第16号について
前記2認定のとおり、「イルガッチェフェ」の文字からなる本件商標は、これをその指定商品中、「エチオピア国イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)地域で生産されたコーヒー豆、エチオピア国イルガッチェフェ(YIRGACHEFFE)地域で生産されたコーヒー豆を原材料としたコーヒー」について使用しても、単に商品の産地又は品質を表示するものというべきであるから、本件商標の指定商品中、上記商品以外の「コーヒー豆、コーヒー」について使用するときは、商品の品質について誤認を生じさせるおそれがあるものといわなければならない。
したがって、本件商標は、法第4条第1項第16号に該当する。
4 むすび
以上のとおり、本件商標の登録は、法第3条第1項第3号及び法第4条第1項第16号に違反してされたものであるから、法第46条第1項の規定により無効とすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。

平成21年 3月30日

審判長 特許庁審判官 中村 謙三
特許庁審判官 石田 清
特許庁審判官 小林 由美子
審理終結日 2012-07-19 
結審通知日 2012-07-26 
審決日 2012-08-30 
出願番号 商願2005-84165(T2005-84165) 
審決分類 T 1 11・ 13- Y (Y30)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 佐藤 達夫 
特許庁審判長 関根 文昭
特許庁審判官 酒井 福造
寺光 幸子
登録日 2006-05-26 
登録番号 商標登録第4955562号(T4955562) 
商標の称呼 イルガッチェフェ 
復代理人 大向 尚子 
復代理人 熊谷 美和子 
代理人 福島 栄一 
代理人 大岡 啓造 
代理人 竹原 隆信 

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