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審決分類 審判 全部無効 商4条1項7号 公序、良俗 無効としない X16
審判 全部無効 商3条1項6号 1号から5号以外のもの 無効としない X16
管理番号 1263077 
審判番号 無効2011-890106 
総通号数 154 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標審決公報 
発行日 2012-10-26 
種別 無効の審決 
審判請求日 2011-12-05 
確定日 2012-09-03 
事件の表示 上記当事者間の登録第5209189号商標の商標登録無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。
理由 第1 本件商標
本件登録第5209189号商標(以下「本件商標」という。)は、「法華心経」の文字を標準文字により表してなり、平成20年7月28日に登録出願され、第16類「紙類,印刷物,文房具類」を指定商品として、平成21年2月3日に登録査定、同月27日に設定登録されたものである。

第2 請求人の主張
請求人は、本件商標の登録を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、その理由(上申書を含む。)を要旨以下のように述べ、証拠方法として甲第1号証ないし甲第13号証(枝番を含む。)を提出した。
1 本件商標の無効事由
本件商標は、商標法第4条第1項第7号及び同法第3条第1項第6号に該当し、同法第46条第1項第1号により、無効とすべきものである。

2 請求人について
請求人は、宗教法人として昭和27年3月1日に設立登記されたものであって、「宗祖日蓮聖人立教開宗の本義に基き、法華経を所依の経典とし、三大秘法を宗旨として教義をひろめ、儀式行事を行い僧侶を養成し、信者を教化し、寺院及び教会を包括し、その他この宗派の目的を達成するための業務及び事業を行うことを目的とする。」ものである(甲3)。
また、請求人は、インターネット上にホームページを開設し、ネット上において、信者及び一般世人を対象にした宗教教育並びに宗派としての日蓮宗の普及活動を行う傍ら、宗教に関する講話・講演・講座などを活発に開催している(甲4の1?4の5)。
この他、請求人は、新聞「日蓮宗新聞」を発行して日蓮宗の普及に務めている(甲5)。

3 商標法第4条第1項第7号該当性について
(1)本件商標は、「法華心経」の文字を標準文字で書したものであって、「法華経」の文字中、「法華」と「経」の間に「心」の1文字が加えられたものであるが、「心」の文字が「法華経」のどの部分に加えられたとしても、「法華経の心」又は「法華経の気持」といった意味合いを有するものであり、これより「法華経」の観念を想起させるものである。
(2)ところで、岩波書店発行「広辞苑(第六版)」によれば、「ほけきょう【法華経】」は、「1.正法華経・妙法蓮華経・添品妙法蓮華経をいう。一般に、妙法蓮華経の略称。」と説明されており、また、「みょうほうれんげきょう【妙法蓮華経】」は、「1.大乗経典の一つ。四〇六年鳩摩羅什の訳。八巻。二八品より成る。二乗作仏ならびに釈尊の久遠成仏を説き、諸大乗経中最も高遠な妙法を開示したという経。天台宗・日蓮宗で所依とする。法華経。2.題目『南無妙法蓮華経』の略。」と説明されている(甲6)。
上記のように、「法華経」が日蓮宗の経典「妙法蓮華経」の略称であり、また、「妙法蓮華経」がお題目「南無妙法蓮華経」の略称であることは、日蓮宗及び宗教関係者に限らず、一般世人においても広く認識されているものであるから、本件商標は、「法華経」の観念を想起させ、これより日蓮宗の経典「妙法蓮華経」及びお題目「南無妙法蓮華経」を直感させるものである。
被請求人は、第2答弁書において、請求人主張の「本件商標は、『法華経』の観念を想起させ、これより『妙法蓮華経』及び『南無妙法蓮華経』を認識させる」には、根拠がなくこれ以上の議論は必要ないと述べているが、被請求人の主張は、本件商標が「法華経」、「妙法蓮華経」、「南無妙法蓮華経」とは文字構成が異なり、称呼も意味内容も異なる新しい経典の名称であることを理由にするものである。
しかし、被請求人は「本件商標が『法華経』を想起させる」ことについての反論をすべきであって、本件商標と「法華経」とは異なるものであると主張するのみでは本件商標の登録適格が論じられたことにはならない。
(3)日蓮宗の経典「妙法蓮華経」は、経の題号であるが、これ自体がお題目「南無妙法蓮華経」として信仰の対象となっており、宗教上権威ある文字であることは、宗教関係者はもとより一般世人においても広く認識されているものである。
(4)本件商標は、「法華経」の観念を想起させ、これより「妙法蓮華経」及び「南無妙法蓮華経」を認識させるものであるから、これを一個人が登録を受けて独占的に使用することは、日蓮宗及び宗教関係者に対して不快感を与えるだけでなく、社会の一般的道徳観念に反するものであって許されるべきではないから、商標法第4条第1項第7号に該当する。
商標法第4条第1項第7号に関する商標審査基準〔改定第7版〕は、「『公の秩序又は善良な風俗を害するおそれがある商標』には、その構成自体がきょう激、卑わい、差別的若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形である場合及び商標の構成自体がそうでなくとも、指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し、又は社会の一般的道徳観念に反するような場合も含まれるものとする。なお、『差別的若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形』に該当するか否かは、特にその文字又は図形に係る歴史的背景、社会的影響等、多面的な視野から判断するものとする。・・・」と定められている。
本件商標は、審査基準が定める「他人に不快な印象を与えるような文字」又は「社会の一般的道徳観念に反するような場合」に該当するものである。

4 商標法第3条第1項第6号該当性について
(1)上記のとおり、本件商標は、「法華経」の観念を想起させるものであるから、これを本件商標の指定商品に使用しても、単に「法華経」に基づいた商品であることを認識させるだけのものであり、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができないものであって、自他商品(役務)の識別標識としての機能を備えていないものである。
(2)商標法第3条第1項第6号に関して、小野昌延・三山峻司著「新・商標法概説(2009年8月24日・青林書院発行)」には、「ここにいう識別力は広義の識別力であって,1号から5号までの規定に該当しない商標であって,外観上など『商標の構成より識別力のないもの』や,『簡単ではないがありふれた商標で,多数人が現在使用しているため識別力のない商標』のほか,『公益上特定人に独占させることが不適当と認められるような商標』もまた本号に含まれるものと考えるべきである。・・・」との説明がなされている。
(3)上記学説を参考にすれば、本件商標は、「公益上特定人に独占させることが不適当と認められるような商標」に該当するものである。
すなわち、本件商標は、単に「法華経」に基づいた商品であることを認識させるだけでなく、これを一個人が登録を受けて指定商品について独占的に使用することは、日蓮宗及び宗教関係者に対して不快感を与えるだけでなく、社会の一般的道徳観念に反するものとなるから、本来的には、商標法第4条第1項第7号に該当するものであるが、仮にそうでないとしても、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができないものである。
(4)被請求人主張のように、本件商標が「法華経の心髄を簡潔に説いた経典」の意味合いを有しているのであれば、本件商標は商品(経典)の普通名称又は商品(経典)の品質を表示するものと認識されることはあっても、これを本件商標の指定商品に使用しても、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができないものである。
なお、「般若心経」が「般若経の心髄を簡潔に説いた経典」を表したもので、また、「法華心経」が「法華経の心髄を簡潔に説いた経典」のことであるとすれば、たとえ本件商標が被請求人主張のように「過去2500年の仏教史上のどこにも出現しなかった新造語」であるとしても、そのことが登録要件を具備する理由にはならない。
被請求人は、本件商標が過去の仏教史上に無かった文字であり、題目「南無妙法蓮華経」とは異なる造語との立場で、本件商標が「妙法蓮華経」とは明確に区別でき、「南無妙法蓮華経」とも異なると主張するが失当である。
したがって、本件商標は、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができないものであって、自他商品(役務)の識別標識としての機能を備えていないものであるから、商標法第3条第1項第6号に該当する。

5 審査・審判例
(1)平成10年審判第35042号の無効審決(甲7)
商標「南無妙法蓮華経」の登録を無効とした審決で、「本件商標は商標法第3条第1項第6号に違反して登録されたものである旨の登録無効の理由を通知したところ、被請求人は何ら意見を述べるところがない・・・請求人が本件商標の登録無効理由として、商標法第4条第1項第7号、同第6号又は同第15号を掲げ・・・ているが、これらを検討しても、宗派のお題目を商標として採択使用することが直ちに公序良俗を害する虞に繋がるということは困難であり、また、宗派のお題目は一般的に自他商品の識別力を欠くものであるから、公益団体に係る事業を表示する標章に該当するとは言い難く、指定商品に使用しても該商品が当該宗派の業務に係る商品又は役務の如く混同を生ずる虞があるとも言い難い。しかして、本件商標は、商標法第3条第1項第6号に違反して登録されたものであるとの無効理由は正当なものであり、その登録は同号に違反してなされたものである・・・」と判断された。
(2)商願平9-163772号の拒絶査定(甲8)
商標「南無妙法蓮華経」は、「この商標登録出願に係る商標は、仏教用語と思しき語を羅列したものと認められるところ、構成散漫なこのような態様にあっては、どの文字をもってして商取引にあたるのか認識できないばかりか、これに接する取引者、需要者は、商品の出所を表示する商標というよりはむしろ、単に、一宗派の題目を唱えたにすぎないものとして理解するにとどまるものであるから、これをその指定商品に使用しても、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができない。したがって、この商標登録出願に係る商標は、商標法第3条第1項第6号に該当する。」と認定されて拒絶査定になった。
(3)商願2005-20222号の拒絶査定(甲9)
商標「南無妙法蓮華教」は、「この商標登録出願に係る商標は、『法華経に帰依する意』で日蓮宗で法華経を信仰して加護を求める心持ちを表して唱える語、御題目であって一般に広く知られている『南無妙法蓮華経』と同一称呼であり、末尾の『教』の文字がわずかに異なるにすぎない。そうすると、これを本願指定商品に使用した場合、この異なっている文字に気付かないで前記日蓮宗の御題目が表されているものとの理解がされ、又は、気付いたとしても前記日蓮宗の御題目が誤記されたものとして理解されるとみるのが相当である。そして、このように、結局、前記日蓮宗の御題目が表されていると理解されるものであるから、この商標登録出願に係る商標は、自他商品の識別標識としては需要者に認識されない商標といわざるを得ない。したがって、この商標登録出願に係る商標は、商標法第3条第1項第6号に該当する。」と認定されて拒絶査定になった。
(4)商願2005-20223号の拒絶査定(甲10)
上記(3)と同旨
(5)商願2006-87582号の拒絶査定(甲11)
商標「妙法蓮華経」は、拒絶理由通知の理由1において、「この商標登録出願に係る商標は、大乗経典『法華経』(広辞苑)を看取させるものであるから、このような商標をその指定商品に使用しても、経典の名前を表したものと理解され、自他商品の識別標識としては認識されないというのが相当であるため、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができない商標と認める。したがって、この商標登録出願に係る商標は、商標法第3条第1項第6号に該当する。」、また、拒絶理由通知の理由2において、「この商標登録出願に係る商標は、・・・天台宗・日蓮宗の教理のよりどころである大乗経典の一『法華経』(広辞苑)を看取させるものであるため、このような標章を、出願人が商標として採択・使用することは、前記した宗教関係者に対して不快な印象を与えるものと認められるから、社会一般の道徳観念に反し適切ではない。したがって、この商標登録出願に係る商標は、商標法第4条第1項第7号に該当する。」と認定されて拒絶査定になった。
(6)商願2009-36131号の拒絶査定(甲12)
商標「南無妙法蓮華経」は、拒絶理由通知において、「本願商標を構成する『南無妙法蓮華経』の文字は、『日蓮宗三大秘法の一。妙法蓮華経に帰依する意。これを唱えれば、真理に帰入して成仏するという。本門のお題目。』等を意味する語であり、一般にも、日蓮宗のお題目として広く知られている。そうとすれば、これを本願の指定商品に使用しても、自他商品の識別標識として認識されることはないとみるのが相当であり、本願商標をその指定商品に使用しても、需要者が何人の業務に係る商品であることを認識することができないものと認める。したがって、この商標登録出願に係る商標は、商標法第3条第1項第6号に該当する。」と認定されて拒絶査定になった。
(7)商願2010-36237号の拒絶査定(甲13)
商標「法華心経(標準文字)」は、拒絶理由通知において、「この商標登録出願に係る商標は、法華経に基づいた宗教であるとの観念を想起させるものであって、法華経は日蓮宗の経典『妙法蓮華経』を認識させるものであって釈迦の説いた教えをもとにしたものである。してみれば、これを本願指定商品に使用しても、上記の法華経に基づいた商品であることを認識するにとどまり、自他商品の識別標識としての機能を有しているものとはいえず、需要者をして何人かの業務に係る商品であることを認識することができないものと認められる。したがって、この商標登録出願に係る商標は、商標法第3条第1項第6号に該当する。」と認定されて拒絶査定になった。
(8)小括
上記審査・審判例を参照すると、「妙法蓮華経」商標の出願が商標法第4条第1項第7号違反を理由に拒絶査定になっているが(甲11)、他の出願商標は、いずれも同法第3条第1項第6号に該当すると認定されて拒絶査定又は登録無効になっている。
本件商標は、「法華心経」の文字であるが、これを一個人が商標登録を受けて独占的に使用することは、日蓮宗をはじめ宗教関係者に対して不快感を与えるだけでなく、社会一般の道徳観念に反し適切ではないので商標法第4条第1項第7号に該当するものであるが、仮に、同号に該当しないものであるとしても、需要者をして何人かの業務に係る商品であることを認識することができないものであり、自他商品(役務)の識別標識としての機能を備えていないものであるから、同法第3条第1項第6号に該当するものである。
ここで特筆すべきは、本件商標と同一文字である商願2010-36237号「法華心経」商標の出願が、同法第3条第1項第6号に該当すると認定されて拒絶査定になっていることである(甲13)。
本件商標と甲第13号証の商標「法華心経」とは、同じ文字であるから、甲第13号証の商標出願において認定された「これを本願指定商品に使用しても、上記の法華経に基づいた商品であることを認識するにとどまり、自他商品の識別標識としての機能を有しているものとはいえず、需要者をして何人かの業務に係る商品であることを認識することができないものと認められる。」との拒絶理由は、そのまま本件商標の無効理由となるものである。
(9)被請求人の主張について
被請求人は、甲第7号証ないし甲第12号証の審査・審判例の判示を当然であると認めているが、本件商標は、「妙法蓮華経(法華経)」、「南無妙法蓮華経」と同一のものと認識されることはないから、当該判示は本件商標には当てはまらないと主張し、また、甲第13号証(商標「法華心経」)の拒絶査定は、本件商標の無効理由とはならないと主張しているが、いずれも失当である。
甲第7号証ないし甲第12号証の審査・審決例は、当該商標が「妙法蓮華経」又は「南無妙法蓮華経」を看取させるものであって需要者が何人の業務に係る商品であることを認識できないものであり、また、「法華経」を看取させるため宗教関係者に対して不快感を与え一般社会の道徳観念に反することを示唆したものである。
なお、被請求人が甲第13号証出願の意見書において引用した商標は、登録商標「日蓮世界宗」と本件商標「法華心経」である。
「日蓮世界宗」は、本件商標とは商標の態様及び指定商品等を異にしているので、審査官の判断は正当である。また、本件商標の登録査定日(平成21年2月3日)と甲第13号証出願の拒絶査定日(平成23年8月30日)に鑑みれば、審査官は、本件商標が登録要件を欠如しているから甲第13号証出願の参考にならないと判断したと思われ、甲第13号証出願の審査官の判断は正当である。

6 むすび
本件商標は、「法華心経」の文字を標準文字で書したものであって、「法華経」の観念を想起させるものであり、これより日蓮宗の経典「妙法蓮華経」及びお題目「南無妙法蓮華経」を認識させるものであるから、これを一個人が登録を受けて独占的に使用することは、日蓮宗及び宗教関係者に不快な印象を与えるだけでなく、社会一般の道徳観念に反し適切ではないので、商標法第4条第1項第7号に該当するものである。
また、本件商標は、仮に同号に該当しないものであるとしても、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができないものであり、自他商品(役務)の識別標識としての機能を備えていないものであるから、同法第3条第1項第6号に該当するものである。
よって、本件商標は、同法第46条第1項第1号によりその登録は無効とされるべきである。

第3 被請求人の答弁
被請求人は、結論同旨の審決を求めると答弁し、その理由を要旨以下のように述べ、証拠方法として乙第1号証ないし乙第11号証(枝番を含む。)を提出した。
1 被請求人の立場と活動について
被請求人は、滋賀県所在の宗教法人「妙法寺」の代表役員・住職であり、日蓮宗に所属する仏教僧侶である(乙5)。
したがって、被請求人は、正しい法華経信仰を探求研鑽し、これを普及伝道する「宗教活動」を業とする者であり、現代に対応する法華経信仰の実践と普及活動を行っている(乙6の1)。
被請求人は、釈迦仏・日蓮聖人の弟子として、現代に対応する正しい法華信仰のあり方を探求し続ける中で、宗祖日蓮聖人立教開宗の本義が現代の大衆教化の現場に正しく伝わっていない原因の一つは、日蓮宗の所依の経典「妙法蓮華経(法華経)」の全体的な構成と要旨を、日常的に、簡潔に理解できる方法がないことにあると気付いた。「妙法蓮華経(法華経)」は28章からなる大部の教典であり、ダイナミックな物語的構成で、多くの譬喩(たとえ話)を含んでおり、教えの全体的な構成と要旨を把握することが難しい(乙1及び乙4の2)。そして、被請求人は「『般若経』に対応する『般若心経』があるように、『法華経』に対応する『法華心経』を編纂せよ」という釈迦仏からの啓示を受け、本件商標である「法華心経」という名称の21世紀の新しい「仏教経典」が誕生した。

2 「法華心経」と「法華経」、「妙法蓮華経」及び「南無妙法蓮華経」との関係
(1)請求人は、「本件商標は、『法華心経』の文字を標準文字で書したものであって、『法華経』の文字中、『法華』と『経』の間に『心』の1文字が加えられたものであるが、『心』の文字が『法華経』のどの部分に加えられたとしても、『法華経の心』又は『法華経の気持』といった意味合いを有するものであり、これより『法華経』の観念を想起させるものである。」と主張するが、荒唐無稽の言い掛かりである。
請求人の主張どおり、「心」の1文字を「法華経」の3文字の各部分に配当してみると、「心法華経」、「法心華経」、「法華心経」及び「法華経心」の4通りである。
「法華経心」は、自然に読み下して「法華経の心」という意味合いに読み取れる。この組み合わせにおいて、「法華経の」は修飾語であり、主要部は「心」である。
「心法華経」は、漢文の返り点を応用すれば「法華経の心」という意味合いに読めるのかも知れないが、この挙証責任は被請求人には無いので、この組み合わせについてはこれ以上論じない。
「法心華経」は、その意味が全く不明である。少なくとも「法華経の心」という意味は、全く認識できない。
「法華心経」は、本件商標であるが、自然に読み下すだけで「法華の心の経」という意味が認識できる。この組み合わせにおいて、「法華の」と「心の」は修飾語であり、主要部は「経」である。
以上4通りの組み合わせの中で、確かな意味が読み取れる「法華経心」と「法華心経」を比較すると、「法華経心」が単に「法華経の心」という単なる抽象的観念であるのに対し、「法華心経」は「法華の心の経」と読まれ、「経」すなわち「経典」という具体的実体を伴う商標であることが認識される。さらに上記「法華の心の経」は「法華経の心の経」の意味になる。なぜなら「法華」は「法華経」の略として使用される文字だからである(乙1)。
さらに、上記「法華経の心の経」の意味をより詳しく説明すれば、「法華経の心を説いた経」ないし「法華経の心髄を簡潔に説いた経典」という意味になる。
(2)「法華心経」の由来と意味
上記のとおり、本件商標「法華心経」は、被請求人が21世紀の初頭に釈迦仏の啓示を受けて独創編纂した「新しい教典」の名称である。本件商標は、標準文字「法華心経」の4文字が一体不可分に結合された造語、すなわち被請求人が釈迦仏の啓示を受けて、「般若心経」の「般若」を「法華」に置き代えて創造した造語であり、過去2500年の仏教史上未だかつて無い「発見」ないし「無形の創造」に相当するものである。このことは、仏教用語を網羅した辞書・事典類のどこにも「法華心経」という名称が記載されていないことから明らかである(乙1?4の各「法華○○」の項)。
本件商標「法華心経」の文字は、21世紀に独創編纂された新しい経典の名称であるから、古来より定着している「妙法蓮華経」(法華経)という仏教経典とは、外形も呼称も内容も明確に区別できるものである。また、同様の理由で、本件商標「法華心経」は、「南無妙法蓮華経」7文字の「題目」とも、全く異なる新造語である。
(3)「法華心経」と「般若心経」
古来より「法華」(ほっけ)は「法華経」の略であり、「法華経」は「妙法蓮華経」の略称である(乙1)。また、「般若心経」は古来より「般若経の心髄を簡潔に説いた経典」という意味が確定している(乙1)。特に奈良薬師寺・高田好胤師の写経勧進運動(乙7)以降、「般若心経」は日本国中に普及しており、「般若心経」とは「般若経の心髄を簡潔に説いた経典」との認識が広く定着している。
この現状で需要者が「法華心経」の4文字を見れば、「般若心経(ハンニャシンギョウ)」との対比から、「法華心経」は「ホッケシンギョウ」と呼称し、「法華経の心髄を簡潔に説いた経典」の事であるという認識を持つことが可能かつ自然であり、常識的にそれ以外の認識は考えられない。被請求人の住職寺「妙法寺」に参拝した一般観光客も、「法華心経」の4文字を見て「法華経の心髄を簡潔に説いた経典」と認識し、その「お守りカード」や「写経セット」を購入している事実がある。
したがって、一般需要者が本件商標「法華心経」の文字から受ける認識は「法華経の心髄を簡潔に説いた経典」であるということができる(乙6の2及び6の3)。

3 被請求人ホームページの掲載記事の目的
被請求人のホームページ(乙11)に掲載の「法華心経」関係の記事の目的は、以下のとおりである。
一般需要者及び宗教関係者に、a)「法華心経」が登録商標であることを告知して、模倣・盗用トラブルを防止すると共に、「法華心経」という経典の歴史的特殊性から「登録商標」の保護を必要とする事情を説明し理解を求めること(登録商標「法華心経」の頁)、b)本件商標である「法華心経」という名称の経典の由来と概要を説明すること(「トップページ「当寺の特色」、「法華心経のお寺」、「法華心経とは」の頁)、及びc)主として宗教関係者に、「法華心経の普及」と「編纂内容の検討」の方法を提案すること(「法華心経ネットワーク」の頁。)である。
このホームページをみれば、被請求人の「法華心経」の商標登録は、決して公序良俗に反するものではないし、人類共通の公的財産である伝統経典の名称を商標登録して独占利用しようとするものでもなく、21世紀以降の人類の公益に資する、全く新しい経典を健全に育成するために登録商標による保護を求めていることが理解できる。

4 商標法第4条第1項第7号該当性について
請求人は、a)「法華経」は日蓮宗の経典「妙法蓮華経」の略称であり、また、日蓮宗の経典「妙法蓮華経」は、経の題号であるが、これ自体がお題目「南無妙法蓮華経」として信仰の対象となっており、宗教上権威ある文字であることは、宗教関係者はもとより一般世人においても広く認識されているものであること、b)本件商標「法華心経」は、「法華経」の観念を想起させ、これより日蓮宗の経典「妙法蓮華経」及びお題目「南無妙法蓮華経」を認識させるものであるから、c)これを一個人が登録を受けて独占的に使用することは、日蓮宗及び宗教関係者に対して不快感を与えるだけでなく、社会の一般的道徳観念に反するものであって許されるべきではないから、商標法第4条第1項第7号に該当する旨主張する。
これについて、被請求人は、上記a)にいう「法華経」、「妙法蓮華経」及び「南無妙法蓮華経」が、宗教上権威ある文字であることは、宗教関係者はもとより一般世人においても広く認識されているということについては、異論はない。
しかし、上記b)及びc)については、前項2に述べた諸理由より、本件商標「法華心経」の文字を見た一般需要者がもっとも自然に受ける認識は「法華経の心髄を簡潔に説いた経典」である。「法華心経」の文字から、文字構成も呼称も意味内容も異なる「法華経」、「妙法蓮華経」及び「南無妙法蓮華経」が認識されるという請求人の主張は、不自然なこじつけである。本件商標「法華心経」は、「法華経」、「妙法蓮華経」及び「南無妙法蓮華経」とは全く別の「新しい経典」の名称である。したがって、本件商標を一個人が登録を受けて独占的に使用しても、既に一般に広く知られている日蓮宗の経典「妙法蓮華経」や、題目「南無妙法蓮華経」を使用したことにはならないから、本件商標は商標法第4条第1項第7号には該当しない。

5 商標法第3条第1項第6号該当性について
(1)請求人は、a)本件商標は、「法華経」の観念を想起させるものであるから、b)これを本件商標の指定商品に使用しても、単に「法華経」に基づいた商品であることを認識させるだけのものであり、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができないものであって、自他商品(役務)の識別標識としての機能を備えていないものであるから、商標法第3条第1項第6号に該当する旨主張する。
(2)しかし、本件商標「法華心経」は、「法華経の心髄を簡潔に説いた経典」という実体を持つ商品の名称である。「法華心経」の文字を見た一般需要者が受ける認識も「法華経の心髄を簡潔に説いた経典」であり、一般世人において既に広く認識されているところの「法華経」の観念などではあり得ない。
本件商標を、指定商品「紙類、印刷物、文房具」に使用すれば、まさしく「法華心経」の「経典(経本)、写経セット、読誦本」等の具体的製品になるのであって、「本件商標は、単に『法華経』に基づいた商品であることを認識させるだけのものであり、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができないものであって、自他商品(役務)の識別標識としての機能を備えていないものである」等というのは、全く根拠のない濡れ衣である。
したがって、本件商標は、商標法第3条第1項第6号には該当しない。
(3)請求人は、商標法第3条第1項第6号に関連して、小野昌延・三山峻司著「新・商標法概説」(2009年8月24日青林書院発行)の「ここにいう識別力は広義の識別力であって、1号から5号までの規定に該当しない商標であって,・・・『簡単ではないがありふれた商標で、多数人が現在使用しているため識別力のない商標』のほか,『公益上特定人に独占させることが不適当と認められるような商標』もまた本号に含まれるものと考えるべきである。・・・」との学説を引用して、本件商標は、「公益上特定人に独占させることが不適当と認められるような商標」に該当するものである旨主張する。ただし、この該当性の根拠として請求人が指摘することは、「本件商標『法華心経』は『法華経』を認識させるものであるから」ということの繰り返しに尽きる。
(4)上記2「法華心経」と「法華経」、「妙法蓮華経」及び「南無妙法蓮華経」との関係において、縷々論証してきたとおり、本件商標「法華心経」は、「法華経」、「妙法蓮華経」及び「南無妙法蓮華経」とは文字構成も呼称も異なり、かつ「法華経の心髄を簡潔に説いた教典」の意味を認識させるものであるから、既に仏教用語として定着している「法華経」、「妙法蓮華経」及び「南無妙法蓮華経」を認識させるものではない。
したがって、請求人の「本件商標は『公益上特定人に独占させることが不適当と認められるような商標』に該当するものである。」という主張は、根拠がない。
なお、「妙法蓮華経」等の宗教用語は、商標として使用することができないかといえば、決してそのようなことはない。「妙法蓮華経」、「般若心経」等の文字は、「経本」や「写経セット」の商標として、各宗教団体や出版業者が使用している(乙8)。ただし、商標登録ができないだけである。
世俗一般商品の場合、指定商品によっては、「宗教上権威ある文字を商標に使用することが、公序良俗に反し、他人に不快感をあたえ、社会の一般的道徳観念に反する」ケースや、「宗教用語として広く普及しているため、宗教用語と認識され、一般商品の商標としては自他商品の識別能力を欠く」ケースもあり得るが、「経本」や「写経セット」等、宗教用品の場合に、宗教用語を商標登録して独占使用することができない理由は、「宗教上権威ある文字を商標に使用することが、公序良俗に反するから」ないし「宗教用語と理解されて識別能力を欠くから」では自己矛盾になる。この場合の理由は「妙法蓮華経」や「般若心経」等、従来から存在する仏教経典の名称や仏教用語は、長い歴史の中で定着して公知の文字となり普通名詞化して独占適用性が無いからであろう。
これに対し、本件商標は、被請求人が21世紀の初頭に釈迦仏の啓示を受けて発見ないし独創編纂した新しい経典の名称である。過去2500年間誰も使っていない文字であるから、登録商標として保護されるべき独占適用性がある。もしその保護が受けられなければ、誰でも「法華心経」の標章を商品「紙類、印刷物、文房具」に使用して「経典(経本)、写経セット、読誦本」等を製作頒布できることになり、全く異なる編纂内容を持つ「法華心経」の標章が乱立し、商品の出所の混同を生じて需要者の利益が害され、商標法第1条に規定する法目的に反することになる。

6 審査・審判例の検討
請求人が審査・審判例として掲げている7件の「無効事例」を、以下に検討する。
(1)請求人の提示する甲第7号証ないし甲第12号証の出願ないし登録商標は、いずれも「宗教上権威ある文字」として、既に一般世人に広く認識されている「妙法蓮華経」及び「南無妙法蓮華経(教)」の文字を、世間の「一般商品の商標」として、使用しようとしたものである。これらが、商標法第3条第1項第6号あるいは同法第4条第1項第7号に該当すると判示されたのは当然である。
(2)これらに対し、本件商標「法華心経」は、既に一般世人に広く認識されている「妙法蓮華経(法華経)」及び「南無妙法蓮華経」とは、文字構成も呼称も意味内容も全く異なる、別個の「経典」の商標である。仮に、本件商標から「妙法蓮華経(法華経)」及び「南無妙法蓮華経」と関連あるものとして想起、連想されることがあっても、本件商標が「妙法蓮華経(法華経)」及び「南無妙法蓮華経」と同一のものとして認識されることはあり得ない。
したがって、請求人が掲げる甲第7号証ないし甲第12号証の審査・審判例における「妙法蓮華経」及び「南無妙法蓮華経」と認められる文字を直接使用する事例に関する判示は、本件商標には当てはまらない。
(3)請求人が審査・審判例として掲げている甲第7号証ないし甲第13号証の中で商標法第4条第1項第7号が適用された事例は、甲第11号証(「妙法蓮華経」)の1件だけである。
なぜこの1件だけかその真の理由は不明であるが、この商標の指定商品を見ると「宗教」とは全く関係のない一般品目を多数列挙し、しかもそれらの商品中には、第24類「織物製トイレットシートカバー」、第27類「洗い場用マット」など、明らかに不衛生な用途の品目も含まれている。これら不衛生な用途の指定商品に、「妙法蓮華経」という宗教上権威ある文字を商標として使用することは、単に宗教関係者だけでなく、一般人にも不快な印象を与える。こういう明らかに不敬な商標使用も一つの理由となって、「社会一般の道徳観念・公序良俗に反する」と認定されたのではないかと思われる。とすれば、商標法第4条第1項第7号に該当するのは、このように「特別不敬な事情」等がある場合に限定されるといえる。
また、請求人が審査・審判例として掲げた甲第7号証は、登録第2712715号商標「南無妙法蓮華経」の登録を無効とした審判事件であり、「当審の判断」において、「本件審判において、本件商標は商標法第3条第1項第6号に違反して登録されたものである旨の登録無効の理由を通知したところ、被請求人は何ら意見を述べるところがないのは前示のとおりである。そして、請求人が本件商標の登録無効理由として、商標法第4条第1項第7号、同第6号又は同第15号を掲げ、証拠方法として甲第1号証ないし同26号証提出しているが、これらを検討しても、宗派のお題目を商標として採択使用することが直ちに公序良俗を害する虞に繋がるということは困難であり、また、宗派のお題目は一般的に自他商品の識別力を欠くものであるから、公益団体に係る事業を表示する標章に該当するとは言い難く、指定商品に使用しても該商品が当該宗派の業務に係る商品又は役務の如く混同を生ずる虞があるとも言い難い。」と判示されたものであって、宗教関係者による宗教用語の安易な権威付けは諫められている。
(4)本件商標の商標法第4条第1項第7号該当性について
請求人の掲げる審査・審判例から、商標法第4条第1項第7号の適用は、極めて慎重に厳格に行われていることが窺われる。「妙法蓮華経」及び「南無妙法蓮華経」という伝統的宗教用語として確立した文字でも、その商標出願が公序良俗違反と認定されることは極めて限定的である。まして、「妙法蓮華経」及び「南無妙法蓮華経」とは文字構成も呼称も意味内容も異なる新造語である本件商標「法華心経」が、何故商標法第4条第1項第7号に該当するのか全く合理的根拠がない。
したがって、本件商標は商標法第4条第1項第7号に該当しない。
(5)商標「妙法蓮華経」ないし「南無妙法蓮華経」の商標法第3条第1項第6号該当性について
請求人が審査・審判例として掲げた甲第7号証ないし甲第12号証の出願又は登録商標は、「南無妙法蓮華経」又はそれを含むかそれと同視しうる商標5件と、「妙法蓮華経」の1件であるが、これらは、いずれも商標法第3条第1項第6号に該当するという理由で拒絶査定又は無効審決を受けている。
ところで、この商標法第3条第1項第6号の規定は、すこぶる難解であるが、請求人の提示する審査・審判例中、もっとも分かり易いシンプルな表現がされ、かつ、本件商標との比較対象にもなる甲第11号証中の拒絶理由通知の理由1によると、「この商標登録出願に係る商標は、『妙法蓮華経』の文字を標準文字で書してなるところ、大乗経典『法華経』(広辞苑)を看取させるものであるから、このような商標をその指定商品に使用しても、経典の名前を表したものと理解され、自他商品の識別標識としては認識されないというのが相当であるため、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができない商標と認める。したがって、この商標登録出願に係る商標は、商標法第3条第1項第6号に該当する。」と認定された。
これを一般人にも分かる平易な表現に置き換えれば、「『妙法蓮華経』という文字は、昔から広く一般社会に(宗教的に崇敬すべき)『経典の名前』として定着しており、それ以外の意味用法はあり得ないから、一般的商品の識別標識とは認識され得ない。」ということになろう。そうすると、この「基準」で一般的な事例は説明出来るとは思うが、仮に「妙法蓮華経」の文字を「経典の名前」として商標出願しても認められないことについて、「『妙法蓮華経』の文字は『経典の名前』を表したものと理解されるから」という理由では説明がつかない。例えば、「極上の妙なる香りの線香」に「妙法蓮華経」の商標が付された場合、それは許可されないであろう。その結論自体に全く異論は無いが、その理由付けが、「『妙法蓮華経』の文字は『経典の名前』を表したものと理解されるから、自他商品の識別標識としては認識されない。」というだけでは、「妙法蓮華経」なる「有り難いお経の名前」を線香の商標に借用することが、なぜ許されないのかについて一般的な説得力に欠ける。「妙法蓮華経」等の文字が何故商標登録出来ないか又は独占適応性がないかについて、もう少し平易かつ普遍的な(どのような場合にも共通する)理由付けが必要である。それとの対比において、本件商標自体の独占適応性を検証する必要がある。
そのために参考になるのが、前掲小野昌延・三山峻司著「新・商標法概説」の商標法第3条第1項第6号についての学説であり、「妙法蓮華経」などの文字は、この学説の「公益上特定人に独占させることが、不適当と認められるような商標」にあたるということになろう。その理由は、一般人にも通じる平易な言葉で表現すれば、「妙法蓮華経」などの伝統的仏教経典は、千年以上も前に内容が確定して、誰でも自由に使用できる「人類共通の公的財産」化しており、その名称も誰でも使用出来る普通名称化しているため、これを特定人に独占させることは、公益上不適当と認められるからであろう。
この「人類共通の公的財産」の考え方が、「妙法蓮華経」、「南無妙法蓮華経」等の文字を商標登録して独占使用することが許されない、あらゆる場合に共通の「基本的理由」ではないかと思量する。事例によっては別の宗教的理由等が追加されることはあるとしても、基本的理由は「人類共通の公的財産となっているから」ということであろう。
(6)本件商標の商標法第3条第1項第6号該当性について
上記の検討を踏まえて、本件商標が、「公益上特定人に独占させることが不適当と認められるような商標」と見なされ、商標法第3条第1項第6号に該当するか否かについて検討する。
従来から存在する伝統的仏教経典「妙法蓮華経(法華経)」や題目「南無妙法蓮華経」等は、千年ないし数百年以上前に「名称」も「内容」も確定して、誰でも自由に使用できる「人類共通の公的財産」化しているため、「公益上特定人に独占させることが不適当と認められるような商標」と見なされ、商標法第3条第1項第6号に該当する。これに対し、本件商標は、21世紀の初頭に被請求人により「法華心経」の4文字を一体不可分に結合して独創発案された新造語であるから、未だ「人類共通の公的財産」化しているわけではなく、自他商品の識別性を有しており、商標として保護されるべき独占適応性がある。
したがって、本件商標は商標法第3条第1項第6号には該当しない。
(7)請求人が提示する甲第13号証の審査例は、出願人は本件審判の被請求人であり、この出願に対して「刊行物等提出書」による情報提供を行ったのは本件審判の請求人であり、本件商標と同一文字である「法華心経」(指定商品第21類「お守り、おみくじ、お札、護符」)の出願が、商標法第3条第1項第6号に該当すると認定されて拒絶査定になったものであるが(乙9)、被請求人は決してこの拒絶査定に納得し承伏した訳ではなく、請求人と争いを続けることを嫌って、査定不服審判請求を断念しただけである。

7 宗教用語の登録例について
「日蓮世界宗」の文字からなる商標が平成20年6月20日に登録されている(乙10)。
「日蓮」は、宗教的聖人の名称であり、一般人にもよく知られた宗教上権威ある文字であって、「日蓮宗」その他日蓮系の諸教団の名称に使用されている文字であるが(乙1)、該文字が入っていても登録が許可されている。
それは、宗教用語「日蓮」が含まれていても、「日蓮世界宗」という5文字が一体不可分に結合された「新造語」で、既に存在する「日蓮宗」、「日蓮正宗」等とは、明確に識別できるからと思われる。
本件商標についても、上記商標「日蓮世界宗」と同じことがいえるはずである。すなわち「法華経」という宗教用語が含まれていても、「法華経」に「心」の1字を挿入して「法華心経」の4文字が一体不可分に結合された「新造語」となれば、「法華経」とは全く別の文字として自他商品の識別可能な商標となり得る。
本件商標は、「法華経」とは全く別の自他商品の識別可能な商標である。

8 まとめ
以上のとおり、本件商標「法華心経」は、被請求人が21世紀の初頭に釈迦仏の啓示を受けて独創編纂した「新しい経典」の名称であり、「法華心経」の4文字が一体不可分に結合された新造語、すなわち被請求人が「般若心経」の「般若」を「法華」に置き代えて創造した新造語であって、「法華心経」の文字から認識される意味は「法華経の心髄を簡潔に説いた経典」である。したがって、本件商標「法華心経」の文字から、文字構成も呼称も意味内容も全く異なる経典「法華経(妙法蓮華経)」や題目「南無妙法蓮華経」が認識されることはあり得ない。
本件商標「法華心経」は、独占適応性と自他商品の識別性があり、商標法第4条第1項第7号にも同法第3条第1項第6号にも該当しない。

第4 当審の判断
請求人が本件審判を請求する法律上の利害関係を有することについては、当事者間に争いはないので、以下、本案に入って審理する。
1 商標法第4条第1項第7号について
請求人は、本件商標は、「法華経」の観念を想起させ、これより「妙法蓮華経」及び「南無妙法蓮華経」を認識させるものであるから、これを一個人が登録を受けて独占的に使用することは、日蓮宗及び宗教関係者に対して不快感を与えるだけでなく、社会の一般的道徳観念に反するものであって許されるべきではないと主張するので、以下検討する。
(1)商標法第4条第1項第7号の趣旨
商標法第4条第1項第7号は、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」は商標登録を受けることができないと規定している。
ここでいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」には、(a)その構成自体が非道徳的、卑わい、差別的、矯激若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形である場合、(b)当該商標の構成自体がそのようなものでなくとも、指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反する場合、(c)他の法律によって、当該商標の使用等が禁止されている場合、(d)特定の国若しくはその国民を侮辱し、又は一般に国際信義に反する場合、(e)当該商標の登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合、などが含まれるというべきである(知財高裁平成17年(行ケ)第10349号参照)。
以上の観点から、本件商標が商標法第4条第1項第7号に該当するものであるか否かについて判断する。
(2)本件商標「法華心経」について
本件商標は、上記第1のとおり、「法華心経」の文字からなるものであるところ、該「法華心経」は、その構成文字全体として特定の意味を有する成語とはいい難いものである。なお、「法華心経」は、被請求人の主張によれば、被請求人が2000年以降に編纂した経典の名称であると認められ、提出された証拠に照らし、それ以前に「法華心経」なる経典が実在した事実は認められない。また、「法華心経」が、上記経典の名称として本件商標の指定商品の需要者の間に認識されているとは認められない。
他方、当事者の提出に係る証拠によれば、「法華経」とは、「1.正法華経・妙法蓮華経・添品妙法蓮華経をいう。一般に、妙法蓮華経の略称。2.香銘。木所は伽羅→香木」とされ、また、「妙法蓮華経」とは、「1.大乗経典の一つ。四〇六年鳩摩羅什の訳。八巻。二八品より成る。二乗作仏ならびに釈尊の久遠成仏を説き、諸大乗経中最も高遠な妙法を開示したという経。天台宗・日蓮宗で所依とする。法華経。2.題目『南無妙法蓮華経』の略。」とされている(甲6、乙1)。
請求人は、「法華経」が経典「妙法蓮華経」の略称であり、「妙法蓮華経」がお題目「南無妙法蓮華経」の略称であることは、一般世人においても広く認識されているものであるから、「法華」と「経」の間に「心」の1文字が加えられた本件商標は、「法華経」の観念を想起させ、これより「妙法蓮華経」及び「南無妙法蓮華経」を認識させると主張する。
しかしながら、たとえ「法華経」が一般に知られているとしても、「法華心経」の文字からなる本件商標は、これを構成する文字において明らかな相違があり、「法華経」ないし「妙法蓮華経」、「南無妙法蓮華経」(以下、これらを「法華経等」ということがある。)を直ちに認識するものとはいうことはできない。
また、証拠を見ても、上記において認定判断したとおり、「法華心経」の文字が法華経等を意味するものとまで認めることができない。むしろ、「法華経」の語が一般に知られているならばなおさら、本件商標を「法華経」とは別異のものであると認識するのであって、法華経等を認識するとはいい難いものである。
そうすると、本件商標は、特定の意味を有しない造語というのが相当であって、その構成自体が非道徳的、卑わい、差別的、矯激若しくは他人に不快な印象を与えるような文字であるとはいえず、その指定商品に使用することが社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反するものや、社会的相当性を欠き、その登録を容認することが商標法の目的に反するものであるとはいうことができない。
その他、本件商標が公の秩序又は善良の風俗を害するおそれのある商標というに足る証拠はない。
(3)小括
したがって、本件商標は、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれのある商標には該当せず、商標法第4条第1項第7号に違反して登録されたものとはいえない。

2 商標法第3条第1項第6号について
前記1(2)で認定したとおり、本件商標「法華心経」は、一般に知られた特定の意味合いを有するものではない。
そして、本件商標から法華経等を認識させるともいえず、一般に広く知られ、使用されているものとはいえないから、これが自他商品の識別標識としての機能を有しないとまではいうことができない。
なお、請求人は、本件商標をその指定商品に使用しても、取引者、需要者に「法華経に基づいた商品」を認識させるだけであると主張し、商品の普通名称又は品質を表示するものと認識させることもある旨も述べるが、本件商標から特定の意味合いが生じない以上、「法華経に基づいた商品」を認識させたり商品の普通名称等を表示すると認識させたりするものとはいうことができない。

3 むすび
以上のとおり、本件商標は、商標法第4条第1項第7号及び同法第3条第1項第6号に違反して登録されたものではないから、同法第46条第1項の規定によりその登録を無効とすることはできない。
よって、結論のとおり審決する。
審理終結日 2012-07-11 
結審通知日 2012-07-13 
審決日 2012-07-25 
出願番号 商願2008-61351(T2008-61351) 
審決分類 T 1 11・ 22- Y (X16)
T 1 11・ 16- Y (X16)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 山田 正樹 
特許庁審判長 内山 進
特許庁審判官 前山 るり子
板谷 玲子
登録日 2009-02-27 
登録番号 商標登録第5209189号(T5209189) 
商標の称呼 ホッケシンキョー、ホッケシンギョー 
代理人 中山 清 

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