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審判番号(事件番号) データベース 権利
無効2012890030 審決 商標
無効2010890062 審決 商標
無効200689125 審決 商標
無効2011890082 審決 商標
無効2008890041 審決 商標

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審決分類 審判 全部無効 商4条1項19号 不正目的の出願 無効とする(請求全部成立)取り消す(申し立て全部成立) Y30
管理番号 1255243 
審判番号 無効2011-890049 
総通号数 149 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標審決公報 
発行日 2012-05-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2011-06-17 
確定日 2012-03-26 
事件の表示 上記当事者間の登録第4802393号商標の商標登録無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 登録第4802393号の登録を無効とする。 審判費用は被請求人の負担とする。
理由 第1 本件商標
本件登録第4802393号商標(以下「本件商標」という。)は、「ベルナシオン」の片仮名と「BERNACHON」の欧文字を二段に横書きしてなり、平成15年12月10日に登録出願、第30類「菓子及びパン」を指定商品として同16年8月16日に登録査定、同年9月10日に設定登録されたものである。

第2 請求人の主張
請求人は、結論同旨の審決を求め、その理由を要旨次のように述べ、証拠方法として甲第1号証ないし甲第15号証(枝番号を含む。)を提出している。
1 本件商標について
本件商標は、請求人ベルナシオン エス・アーが1952年以来、その商品「チョコレート」に使用を継続することにより、既に世界的に周知・著名となった商標「BERNACHON」と同一の欧文字「BERNACHON」とその称呼を片仮名で表わした「ベルナシオン」を単に併記してなるものである。
本件商標は、請求人が永年にわたり使用してきた周知・著名の商標と実質的に同一であり、後述するように不正の目的をもって登録を受けたものであるから、商標法第4条第1項第7号、同第10号、同第15号、同第19号に違反して登録されたものであり、その登録は無効とされるべきものである。
以下にその理由を詳述する。
2 請求人の周知・著名商標「BERNACHON」について
(1)請求人とその商標「BERNACHON」の使用
商標「BERNACHON」(以下「引用商標」ということがある。)は、創業者のモーリス・ベルナシオンが1952年にフランスのリヨンで自らのチョコレート店(ショコラティエ)を創業し、その時から、チョコレート及び菓子について使用を継続してきた商標である(甲第2号証ないし甲第15号証)。
また、引用商標の使用主体である請求人のアウトラインについては、請求人自身がるる説明するよりむしろ第三者が作成した客観的資料(甲第2号証ないし甲第15号証)の方がより適切にその実像を理解できるものと思料するので、それらの証拠資料をもって説明とする。
なお、請求人は、創業以来カカオ豆の焙煎から製品までの全工程を自ら行っていることを特徴としている。引用商標を使用したチョコレート(以下「BERNACHONチョコレート」ということがある。)は、その繊細な味覚と品質が新鮮な状態に保たれている間に顧客に賞味してもらうため、ショコラティエ「BERNACHON」はその信条として、支店を設けずリヨンの本店でのみ家族経営を続ける一方、リヨン以外の、又は外国の顧客に対しては、近年クール便で直送するなどにより可能な限り対応しており、二代目、三代目もこの信条を受け継いでいる。しかし、顧客にはこのような不便をかけているにもかかわらず、BERNACHONチョコレートは今でも世界中の愛好家や需要者の間で高い評価を受け続けていることも事実である。例えば、日本の顧客に対しても、少量のチョコレートは宅配便により直送をしていたが、品質維持の問題をクリアした上で、2007年から、外国としては世界ではじめて日本の「サロン・デュ・ショコラ」に期間限定で、本格的に参加することになった。これが日本での初参加であったにもかかわらず、BERNACHONチョコレートが初日の開店3時間で完売し、世間を騒がせることになった(甲第6号証の4、甲第11号証の2、3及び6など)。
このことは、日本においても、BERNACHONチョコレートが多くの愛好者や顧客から高く評価され、待望されていることを示す証である。
(2)BERNACHONチョコレートに対する高い評価の更なる広がりとそのきっかけ
ヨーロッパでは、BERNACHONチョコレートは、請求人が1952年に創業して以来、食の都リヨンにおいて徐々にその評価を得るようになり、また、「BERNACHON」ショコラティエも有名店としての評価が広がり、自然にフランス国の内外での知名度が広がっていった。
しかし、まず、フランス国内からその近隣のヨーロッパ諸国に広がり、更にアメリカ、カナダ、オーストラリア、ロシア等々に広がって行った。それらのきっかけは次の催しであったと考えられる。
ア 1975年、フランス料理のオーナーシェフとして国際的に著名なポール・ボキューズが、ジスカール・デスタン大統領からレジオン・ドヌール勲章を授与された折、大統領公邸のエリーゼ宮で開催された宴会で、モーリス・ベルナシオンがデザートを担当し、その時のために創作をしたガトー・ショコラが大統領をはじめシラク首相ほか出席者から大好評を受け、このことが国の内外に大評判となった。
ガトー・プレジダン(Gateau de President又はPresident)という名称は、その後顧客の間で通用するようになり、この名称が当該ガトー・ショコラの名前として定着していった。BERNACHONの店では、人気商品の一つとなり、ほぼ30年経過した今でも毎週平均100個は売れているといわれている。ちなみに、鴨の料理で有名なレストラン「トール・シャルダン」と同じように、BERNACHON店でも「President」には1番から連番の番号がつけられている。
1975年にエリーゼ宮で開催された宴会がきっかけとなり、ショコラティエ「モーリス・ベルナシオン」の名前と共に、BERNACHONチョコレートの知名度は更に世界に広がっていったと伝えられている(甲第11号証の1ないし3ほか)。
イ 1995年に始まったチョコレートの国際的見本市「Salon du Chocolat au Paris」(後述(4)参照。)のイベントが「BERNACHON」ショコラティエの存在とヨーロッパで評価の高いBERNACHONチョコレートの存在が、更に世界の他の地域に認識されるようになるきっかけとなった。何故なら、世界中のマスコミが取材するようになったからである。
(3)日本における周知性、辻静雄氏との関係、TBSの番組「料理天国」
ア 日本では、各甲号証によっても明らかなように、国内旅行並みに一般化したヨーロッパ旅行をする日本人が増え、長期滞在の人や旅行をしてきた人々が、それぞれヨーロッパで得たBERNACHONチョコレートの情報を、又はこのチョコレートを土産に持ち帰る人が増えてきた。これら旅行者による直接的な口コミやインターネット上のブログなどを介して、BERNACHONチョコレートに対する評価の高さが情報として日本のチョコレート愛好家や一般需要者の間で徐々に周知となっていたこともインターネット情報を見れば明らかである。
インターネット上のGoogle検索で、「BENACHON」、「BERNACHON LYON」、「BERNACHON CHOCOLATE」をキーワードとしてそれぞれ検索すると、例えばキーワード「BERNACHON」によって抽出された情報の数は123,000件を数え、根気の続く限りこれらの内容を検索して見たところ、その全てが請求人かそのBERNACHONチョコレートに関する情報についてであった。
要するに、「BERNACHON」の語は、辞書に出てくる単語のように誰でもが容易に使用できるような語でもなく、ありふれた苗字でもないことが確認できた。
なお、付言すれば、インターネット上の「BERNACHON」に関するブログや投稿意見は、まさに不特定多数の消費者やチョコレートの愛好家や専門家の自発的意見の集約であって、いわゆる客観性の高いコメントであると考えることができる。可能な限りこれらを総合的に整理したところ、(a)BERNACHONチョコレートの品質には信頼性があること、(b)BERNACHONチョコレートは国籍に関係なく高い評価が与えられているが、入手が容易でないこと、(c)品質、特に味覚、香り、口あたり等すべてにおいて、絶妙なバランスがとれており、品質は抜群であること、(d)「BERNACHON」ショコラティエは、チョコレートの匠とか、世界一のショコラティエなどと位置づけられ、知名度の高いチョコレートの老舗として知られていること、などのコメントが多かった一方、これに反するコメントは発見できなかった。
更に付言すれば、雑誌、単行本(甲第6号証の1ないし4ほか)による紹介でも、「日本にも多くのファンをもつベルナシオンは他に類を見ない特異なショコラティエです。・・・こうした姿勢と質の高さが評判となり、モーリスはフランス料理界のスターシェフと肩を並べて評価される最初のショコラティエとなりました。」(甲第6号証の1)と、この道の専門家が明確に解説するくらい特別の存在であり、業界で一目置かれた存在であることは確かである。
また、BERNACHONチョコレートは、日本のショコラ愛好家による厳しいテストを経て、2002年頃から常に上位に選ばれている(甲第6号証の2ないし4ほか)が、この道において有名な堺博之氏は、その著書において「世界のベスト30は・・・何万粒のショコラ(チョコレート)の中から選ばれた珠玉の30粒です。」という厳選されたチョコレートであることを明らかにしている(甲第6号証の2)。
イ 請求人の初代オーナー、モーリス・ベルナシオンは、1980年以来、ポール・ボキューズと親友の辻静雄氏が開校した辻調理師専門学校のフランス校(シャトー・ド・レクレール校とシャトー・エスコフィエ校)2校で、親戚のポール・ボキューズと共に講師として生徒達に講義、実習、及び自らの工房での研修をさせてきた(モーリスの死後も、二代目、三代目が同様に辻調グループ学校に講師として協力を続けている。)関係を維持している。
また、モーリス・ベルナシオン及び二代目のジャン・ジャック・ベルナシオンは、1985年と1987年に、それぞれ来日の折、大阪の辻調グループ本校を訪問して、約400名の生徒達に対し、特別講義を行い、研究者に対しては、製菓の実習の指導をしている。これらに接した日本校の教師、生徒に「BERNACHON」の信条を語り、その多くの人々に強い印象と感動を与えたであろうことも想像に難くない。また、学生や教師がその周辺にいる人々に口づてでBERNACHONチョコレートについて伝えたであろうことも想像に難くない。
なお、辻学校の生徒達が卒業を前に毎年40名前後、フランス校に移籍して、仕上げの研修を受けているが、学校ではこれらの人々に「BERNACHON」ショコラティエでの見学と実習の機会を与えている。「BERNACHON」ショコラティエと辻調グループ校(辻スクール)との交流はすでに20年以上に亘り続いている。
ウ 1980年代には、TBSが辻静雄氏の協力を得て、1975年10月4日に放映を始めた料理の人気番組「料理天国」(以下「料理天国」という。)に、モーリス・ベルナシオンは、ポール・ボキューズと共に2度出演し、名前と共に、例の有名な「ガトー・プレジダン」もTBS系列のTVチャンネルを通して日本中に紹介された事実がある。
その第1回は、1985年11月7日に料理天国10周年記念番組としてTBS系列のTVチャンネルで放映された。このイベントは、さきに紹介したジスカール・デスタン大統領、シラク首相等出席のエリーゼ宮での宴会を再現する企画で、宴会は駐日フランス大使公邸で開催された。もちろんこれに招かれたポール・ボキューズと、モーリス・ベルナシオンが出席し、このときベルナシオンは、注目の「ガトー・プレジダン」を出席者に被露して、賞味してもらった(甲第7号証の2)。この機会に来日した2人は大阪の辻スクールを訪問し、400名の生徒を前に特別講義を行った(甲第7号証の3)。
第2回目は、1990年に迎える料理天国放映15周年記念番組の企画として、女優、芳村真理リポーターを含め、TBSの取材クルーがモナコ・パリ・リヨンを訪れて取材をし、最後に辻フランス校の宴会場(昔の古城)でポール・ボキューズ、モーリス・ベルナシオンと二代目のジャン・ジャック・ベルナシオン親子などを中心に催された日・仏シェフ・ショコラティエの合作による料理天国15周年記念パーティーの模様がTVを通じて日本中に紹介された(甲第7号証の3)。
(4)「サロン・デュ・ショコラ」(「Salon du Chocolat」)について
ア 「Salon du Chocolat au Paris」(以下「パリサロンデュショコラ」という。)は、チョコレートの国際的な見本市としては最も盛大で、しかも、フランスの大統領も出席するという権威のあるイベントとして国際的にも高く評価されている(甲第12号証の1)。
パリサロンデュショコラは、フランスのEvent Internationalの主催で、第1回を1995年10月に開催し、以後毎年10月にパリで開催されているが、2011年は通算17回目となる。
そして「今では、モスクワ、ニューヨーク、日本、北京などでも開催され、フランスだけでなく、各国のメディアが取材にやってきて、世界に向けて報道します。さらに、出展するショコラティエも世界を旅するようになり、ショコラティエ同士の出会いの場となっています。」とは、主催者代表の一人シルヴィ・ドゥース女史の説明である(甲第12号証の2)。
請求人は、友人でもある主催者代表の参加招請を受け、このパリサロンデュショコラには、1995年の第1回開催から参加しており、以後毎年欠かさず参加している。
イ 「Salon du Chocolat au Japon」(以下「日本サロンデュショコラ」という。)は、2000年に明治製菓及び電通との共催で東京国際フォーラムで開催されたことはあるが、以後継続しなかった。
(ア)改めて、株式会社伊勢丹(以下「伊勢丹」という。)とフランスのイベント・インターナショナルとの共同主催により新たに開催が決まり、日本では、2003年から正式に毎年バレンタインの直前(1月から2月)に、東京、京都、名古屋、福岡、札幌、仙台の6か所で開催し、パリ、ニューヨークに劣らず、年々盛況になってきている。
日本サロンデュショコラは、フランス大使館及びユビフランスの後援と、エール・フランスの協賛、並びに甲第13号証の2に名前を連ねた日本企業の協力を得て、2003年から毎年バレンタインの時期に開催されており、2011年(平成23年)で通算9回目になる。日本サロンデュショコラ開催を前に、毎年12月頃から大々的なプレスリリースを行い、これに基づいて、TV、新聞社、雑誌社が逐次全国的メディアを使い開催の内容を全国的に告知報道している(甲第13号証の3)。さらに日本側の共同主催者である伊勢丹も出店者とその作品(チョコレート菓子)を紹介するための50ページ弱の冊子をはじめ、伊勢丹通信、配布用印刷物、ポスター、看板などをもって告知している(甲第13号証の3及び8)。マスコミの報道と共に毎年行うこれらの告知活動により、相当範囲の顧客に対する周知を続け行ってきている。
(イ)請求人は、2003年から2006年までの日本サロンデュショコラへの参加を見送っていたが、「BERNACHON」が最も重視する新鮮な品質の維持に目途をつけ、また、フランス側の共同主催者と「サロン・デュ・ショコラ」のショコラティエ仲間の強いすすめもあって、2007年からは毎年参加をしている。
2007年に初めて参加、期間限定で出店した時、前記のように開店から3時間で予定のチョコレートが完売してしまい(甲第6号証の4、甲第11号証の2、3、6参照)、当時大きな話題となった。
この事実が示すように、請求人のBERNACHONチョコレートは、日本の需要者の間でも既に周知・著名になっており、東京で購入できることを熱望されていたと考えられる。リピーターの顧客はその忘れられない味覚を再び賞味することを熱望して待っており、未だ実際に賞味したことのない需要者であっても、既得の知識からBERNACHONチョコレートを賞味することを熱望していた人々が共に多数存在していることが容易に推測できるところである。
(5)小括
したがって、BERNACHONチョコレートの品質についての正しい認識は、日本の需要者のみならず取引者、ショコラティエ、料理学校の学生などの間にはすでに定着していると考えられるので、もし、引用商標又は「ベルナシオン」の商標を付した全く異質の品質をもつチョコレートが日本市場に出現した場合は、善良なる需要者を欺くことになることは明白である。
以上、上記のすべての事実を考慮して、商標法が目指す本来の目的に立ち返り、本件商標を考えた時、商標法第4条第1項第10号、同第15号、同第19号に該当し、本件商標の登録には、この点において明らかに無効事由がある。
3 「不正の、又は不正競争の目的」(商標法第47条括弧書き)の該当性
(1)本件商標の採択理由について
「BERNACHON」の語は、日本人にとっておよそ馴染みのない言葉であり、日本に存在する外国語の辞書にも収録されていないし、また、ありふれた苗字でもない。このような「BERNACHON」という語を被請求人は何故自らの商標として選んだのか不可解である。加えて、これを「菓子・パン」の商標として採択し、登録を得るに至った行為は、以下に挙げる事実に照らして明らかに不自然であり、不可解というほかない。
一方、請求人のBERNACHONチョコレートは、添付した証拠(甲第2号証の1ないし第10号証ほか)が示すとおり、本件商標の出願日(平成15年12月10日)よりはるか以前から既にヨーロッパでは、その抜群の品質に由来する信頼性に高い評価が定着しており、引用商標は周知・著名であった。この事実は、既に上記2において詳述したとおりである。
我が国では、添付の証拠が示すように、TBS系テレビの人気番組、料理天国の全国放映を通して、又は雑誌の記事、多くの日本人旅行者による口コミ、インターネットの検索、メディア等を介し、日本人の間でかなり広く知られていたことが分かる。
このような背景的事情も考慮したとき、被請求人の本件商標の採択は全く不可解としかいいようがない。
(2)被請求人(本件商標の商標権者)について
我が国で先駆的企業として大正3年(1914年)からチョコレートの製造、販売を業としてきた被請求人が、本件商標の出願前に請求人のチョコレートと引用商標の存在を全く知らなかったとは考えられないし、もし仮に知らなかったということであれば、到底これを理解することがでない。
被請求人は、日本のチョコレート業界の中で知られた企業であるから、改めて説明するまでもないと思うが、本件に関係する部分について簡単にその概要を示す。
ア 被請求人芥川製菓株式会社は、別添の検索資料(甲第14号証の1)に示すとおり、チョコレート菓子製造販売を業種とする会社である。
イ 被請求人の前社長芥川篤二氏は、外部の業界団体である「日本チョコレート工業協同組合」の理事長の要職にあった人である。会員会社数は添付の会員名簿(甲第14号証の2)に示す34社である。
ちなみに会員の株式会社メリーチョコレート(以下「メリーチョコレート社」という。)と株式会社ヨックモック(以下「ヨックモック社」という。)は、2003年以来毎年開催されている日本サロンデュショコラの運営の協力会社として名を連ねており(甲第14号証の3)、特にメリーチョコレート社は2000年以来、パリサロンデュショコラにも積極的に関与しており、賞をとった実績をもっている会社である。よって、被請求人はこれら二社がもつ情報を身近に聞くことができる立場にあった訳であるから、請求人の引用商標の存在についても当然認識していたと思われる。
更に、日本チョコレート工業協同組合のホームページによれば、世界中のチョコレート業者の名前を国別に分類したリスト(甲第14号証の4)がいつでも容易に利用できるようになっている。これを見ると、日本の欄には、「芥川製菓」の名前が、そして、フランスの欄には、「BERNACHON」の名前が明記されている。
このような状況を総合的に見る限り、上記組合の要職を務めていた被請求人は、当業者として本件商標の出願前に、当業界では既に有名なショコラティエ「BERNACHON」の存在を当然知り得ていた筈であるといわなければならない。
ウ 被請求人は、2004年10月にパリサロンデュショコラの視察を目的として計画された業界のグループ旅行にその社員を参加させた事例が検索により抽出された(甲第14号証の5)。ちなみに、この旅行にはメリーチョコレート社の社員2名も参加した。
また、被請求人は、業界の「ヨーロッパの食とギフトを学ぶ研修旅行」に別の社員を参加させ研修を受けさせた事例も同様抽出されている(甲第14号証の6)。
これらの事例からも、被請求人は、業務上の活動範囲を日本以外、特にヨーロッパとのかかわりも日常的にもち、チョコレート業界にとって必要充分な情報は適切に把握していたことが分かる。
(3)日本サロンデュショコラの共同主催者伊勢丹に対する警告状について
ア 請求人は、パリサロンデュショコラには1995年の第1回から毎年欠かさず出店しているが、繊細な味覚をもつチョコレートの品質を損なわせないため、リヨンの本店以外に支店を設けないとする創業者以来の信条を50年以上に亘り守ってきた。新鮮な品質保持の手段をクリアした上で、世界ではじめて、2007年から日本サロンデュショコラの会期中だけ出店を始め、以後毎年出店を続けている。
イ 2010年(平成22年)の日本サロンデュショコラの会期中、つまり、2010年1月26日付けで、被請求人は、内容証明郵便をもって、日本側主催者の伊勢丹に対し、「被請求人名義で登録されている本件商標の権利を侵害するものである」旨の警告と共に、「上記商標権侵害の事実に基づく本問題の対処方法について誠意ある回答を求める」旨通告してきた。
しかし、請求人は、この警告を受領する以前、3年連続して日本サロンデュショコラへの出店を平穏に続けてきた訳であるから、2010年になってからの唐突な警告は、警告の時期として、余りにも不自然で正直驚いた次第である。推測するに本件商標の登録日が2004年(平成16年)9月10日で、その除斥期間は2009年(平成21年)9月10日までであるから、2007年、2008年、2009年の1月から2月は、除斥期間内ということになる。
2007年から2009年までの3年間は請求人のBERNACHONチョコレートの入手を切望してきた日本の多くの愛好者達のお陰で、用意したすべてのBERNACHONチョコレートが開会初日の3時間で完売したため、報道機関をはじめ世間の話題となって騒がれた。にもかかわらず、被請求人はひたすら除斥期間中沈黙を守り続け、除斥期間の終了を待って警告状を送りつけてきたものと考えられる。もし、そうであるならば、被請求人は自ら本件商標の登録が無効事由を内包していることを知っていたと自白したのと同じである。
ウ 警告状の受領が日本サロンデュショコラの会期の真っ最中であったため、混乱を極力避け、円滑に、しかも常識的な解決を期するため、請求人にとっては異例の商標登録買い取りを申し入れたが、被請求人はこの申し入れを即座に拒否し、唯一有償による通常使用権の付与に固執して話が全くかみ合わず、止むを得ず、基本に立ち返り本件は無効審判の請求をもって根本的に対応することになった。
(4)小括
以上述べたとおり、被請求人による本件商標の出願に始まり、登録を保持するに至った今日まで被請求人がとった一連の行動の軌跡を検証すると、随所に不正競争又は不正の目的が散見される。これら被請求人の一連の行動は総じて極めてアンフェアといわなければならない。
4 「公序良俗」違反(商標法第4条第1項第7号)について
(1)情報がグローバル化した現在、例えば「BERNACHON」をキーワードとして検索すると、抽出された全ての記事が請求人及びその評価の高いチョコレートに関するものであって、しかも請求人のチョコレートはその品質についてヨーロッパのみに限らず、我が国においてもその評価が高く、これを否定する記事が全くないことも驚きである。元フランス首相のレイモン・バール(Raymond・Barr)氏をして、請求人の創業者「モーリス・ベルナシオンは、リヨンで一番の、つまり世界一のショコラティエであり、フランスの誇りである」と言わしめたことも「BERNACHON」のフランスにおける特別の存在感を認識させられるところである。
また、フランスでも有名な日本人オーナーシェフ、平松宏之氏も添付の陳述書(甲第5号証)において、「まさにフランスのチョコレート文化の伝統を体現するブランドとして君臨している存在」と請求人を高く評価している。
更に、甲第10号証及び第11号証の1が示すように、フランスではジスカール・デスタン元大統領、シラク元大統領、上述のバール元首相、そしてサルコジ現大統領もBERNACHONチョコレートの愛好家であることも事実であって、フランス人にとってBERNACHONチョコレートはフランスの誇りであるということも決して単なる誇張ではないであろう。
(2)上述のように、フランス及びヨーロッパ諸国では勿論のこと、我が国でも本件商標の出願前から一貫して、引用商標は、請求人の固有の味覚と品質を備えた請求人のチョコレートであることを保証する唯一の目印であるという認識がすでに需要者の間に定着している。
このような現状において、請求人以外の者が、たまたま登録の存在を背景として、BERNACHONチョコレートの真正品とは異質のチョコレートに同一の商標を付してこれを販売した場合、明らかに品質について善良な需要者の期待を裏切ることになり、むしろ、取引の安全を害し、正常な取引を混乱させることになる。
実は請求人は、前述の経緯の後、日本サロンデュショコラの共同主催者であり、被請求人であった伊勢丹と話し合いの上、1年に1回の大切なイベントである2011年の日本サロンデュショコラでの無用な混乱を避けるため、不本意ながら、過去50年の間誠実に使用を続け内外で高い評価を受けている請求人の引用商標を2011年は「B de Lyon」に急遽変更せざるを得なかった訳であるが(甲第13号証の7)、請求人の立場からすれば、極めてアンフェアという他ないと考える。
このケースは、日本企業のモラルを問われる由々しきケースであり、この事実がフランス政府の目に止まったらただでは済まない問題である。
(3)このような現状にある本件商標の登録に対して、このまま表見的な商標保護が続くとするならば、我が国商標制度に対する外国からの信頼を著しく損なうことになり、ひいては日本国の信用にも影響を与え兼ねない問題であると考える。
このような理由で、本件商標は公序良俗に違反するものであり、商標法第4条第1項第7号にも違反するものである。

第3 被請求人の答弁
被請求人は、本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、その理由を要旨次のように述べ、証拠方法として乙第1号証ないし乙第32号証(枝番号を含む。)を提出している。
1 請求人の主張について
請求人の主張は、「商標(標章)」採択の自由と、先願登録主義を否定、言い換えれば自己がその採択による先願登録主義を無視するものであり、全体として法律規範としての一般性及び法的安定性を揺るがすものである。
請求人は、審判請求書において、本件商標が、商標法第4条第1項第7号、同第10号、同第15号、及び同第19号に該当するものとし、その登録は同法第46条により無効にされるべきであると主張する。
以下に、甲号証の内容を簡単に説明し、次いで請求人の主張に対し反論する。
2 周知性の立証について
(1)本件商標の出願前の甲号証について
ア 甲第2号証の1
同号証は、1991年3月発行の月刊雑誌「hifashion」の中で、パリ特派員藤井郁子氏が、約半世紀前に「リヨン市」菓子職人である初代モーリス・ベルナシオンによってチョコレートが作り上げられたチョコレート店があること、大阪の阿倍野にある辻調理師専門学校のフランス校のリヨン郊外で実習、講義が行われ、ボキューズを筆頭に、ブラン、オルシ、ラムロワーズといった各教授陣の中にベルナシオンという職人がいる学校があることを紹介したもので、流通過程におかれたチョコレート名がベルナシオン(商標)として取り上げられたものではない。
イ 甲第2号証の2
2002年1月31日に株式会社同朋社発刊の書籍「最新の世界の洋菓子3」の8ページないし17ページに、「Bernachon」の店舗名(老舗「ベルナシオン」)、ショーケース、各商品(5種類のチョコレートケーキに「Bernachon」という商標が付されている。)、ベルナシオンファミリー(前掲のモーリス・ベルナシオンから引き継いだ2代目ジャン=ジャック・ベルナシオンと3代目フィリップ・ベルナシオン)の写真等が紹介されている。このように「Bernachon/ベルナシオン」は商品名として使用されているものもあるが、中には店舗名や職人のファミリーネームで使用されることもあり、上記17ページの中央には「目の行き届かない仕事はしたくないのでリヨンの1店だけであり、ニューヨークや東京への出店もしていない」と紹介されている。
ウ 甲第3号証の1
2002年11月20日発刊の書籍「大人のためのフランス三ツ星レストラン」の56ページに、カカオからチョコレートを作っているベルナシオンの菓子屋(レストラン)があることをmap付きで紹介されているにすぎない。
エ 甲第3号証の2
雑誌「ヴァンサンカン」1998年4月号の445ページに、フランスのローヌ、アルプス地方にチョコレートショップ「BERNACHON ベルナシヨン」が高級食材店として紹介されているものである。
オ 甲第4号証
1985年に、フランス国内のFlammarion社発行の書籍「La Passion du Chocolat」に、「Bernachon」の家族について記載がある。
カ 甲第5号証(平松宏之氏の陳述書)
該陳述書では、「Bernachon」店が、創始者モーリス・ベルナション、2代目ジャン・ジャック・ベルナション、3代目フィリップ・ベルナションヘと受け継がれていること、そして「Bernachon(ベルナション)」がフランス国内でチョコレート文化の伝統を体現しているとのことの他に、日本へは2007年に初上陸し、それ以来ブランドとしても人気を誇っている旨述べられている。
ただし、この陳述書には上記の本件商標の出願時よりずっと後の2007年に初上陸したとの記載があるだけで、フランス国はもちろん日本国での周知性を立証しているものではなく、他の甲号証に記載されているようなことの確認にすぎない。
キ 甲第6号証の3
2002年12月30日発行の書籍であるが、その内容は「店名」が「ベルナション/BERNACHON」で、商品名は「パレドール/PALETSD’OR」のチョコレートである。なお、これは畑博之氏が「現地では評判だけれど日本では知られていないもの」を前提としてショコラ愛好者が2002年に選んだものである。
ク 以上が、本件商標の出願前の甲号証として、請求人が挙げた証拠である。残り(後述)の甲号証は全て本件商標の出願(平成15(2003)年12月10日)以後のものであり、証拠として成り立たないものである(なお、これらの甲号証も除斥期間経過後のものである。そして、そのささやかな甲号証を周知性の証拠として採用されるための除斥期間については、請求人の主張に沿って後述する。)。
前記の甲号証は、ベルナシオン(ベルナション)のファミリー名であったり、ツーリスト会社が紹介する(リヨン市)店舗名であるものも含まれており、チョコレート(菓子)に商標として使用されているものは僅かである。このような証拠により、本件商標の出願時に請求人の商標が単に知られたものであったものとしても、日本国内やフランス国において客観的な周知性が立証され、商標法第4条第1項第10号、同第19号(同第15号について、請求人は混同のおそれについて立証をしていない。)に該当するものとは到底いえないものである。
事実、前記のように、甲第2号証の2の17ページ中段下部には「目の行き届かない仕事は、・・・したくないから、リヨンのここ1店だけで、念の入った仕事に精を出す。」と記載され、甲第5号証及び請求人の主張によれば、本件商標の出願時どころか、登録日よりずっと後(2007年に日本に初上陸して日本サロンデュショコラに初参加)になって、日本国に進出してきたものである。
請求人の主張と立証は、ほとんどない証拠によるリヨン市の一老舗の店名の紹介をもって、日本やフランスでの周知性の地域範囲と取引需要者間等による客観的事実により周知性を立証されたというものではなく、請求人の一方的かつ偏った見解である。
(2)上記以外の甲号証(周知性を立証する証拠になり得ない)について
ア 甲第2号証の3及び4
甲第2号証の3及び4の雑誌「Cafe Sweets vol.58」は、本件商標の出願後の2006年1月に柴田書店から発行されたもので、周知性の立証時点が出願時にあるものではない。
イ 甲第6号証の1
2010年1月29日株式会社PHP研究所の発行に係る書籍で、その中に初代のモーリス、2代ジャン=ジャック、3代フィリップの紹介があり、ショコラをリヨンのボキューズのレストランで味わうことができるとの記載がある。
ウ 甲第6号証の2
本件商標の出願後である2004年(平成16年)2月10日に祥伝社から出版された書籍であり、請求人ではなく、大阪のショコラ愛好者が試食会においてベルナション(ショップ)/フランス・リヨン(国・都市)における商品「ショコラ」について商標「アマンドプランセス」と「オランジェット」を評価したものである。
エ 甲第6号証の4
2011年4月7日にインターネットから出力したものである。その中には、本件審判請求書に記載しているように、請求人のそれまで自国内であった方針を2007年に変更し、日本サロンドショコラに(バレンタインとして)初参加した旨の記載がある。これは証拠として成立しない(なぜならば、ネット内の記述は2011年4月7日のものであり、その時点で発表された記載内容として考えられるためである。)。
オ 甲第7号証の1ないし4
1975年10月4日スタートから1992年9月26日最終回の「料理天国」として放送されたとしているが、料理というかなり広い概念の番組に関するものであり、その証拠中に商標「ベルナシオン」と記載されたものはなく、該放送に「ベルナシオン氏他多数の人」が出ているというだけであり、商標とは関係がなく、関係のあるものは「Gateau du President 大統領のガトー」という商標を使用しているのみである。甲第7号証の3及び4は、1985年8月26日及び1989年9月のベルナシオン氏と思われる人等の記念写真である。
カ 甲第8号証の1ないし4
1987年の記念撮影等や、2010年6月23日又は2011年4月14日にインターネットから出力したものであり、記事の内容として、「ベルナシオン/BERNACHON」の店の紹介や、2000年6月13日及び14日の辻調グループフランス校創立20周年イベントにBERNACHON、BOCUSEの各氏が参加していることの記述にすぎない。また、辻調グループが2007年1月31日の日記(在校生、研修生、卒業生)を掲載したもので、中には「ベルナシオンの製品を購入することは難しいのですが、(2007年)1月29日まで東京で行われていた『サロン・ド・ショコラ』にベルナシオンが初出店した」等の記述があり、本件商標の出願後のものであって、周知性を立証するものではない。
キ 甲第9号証の1
ジャン・ジャック・ベルナシオンと辻調との関係等で、本件商標の出願後の2008年1月31日に株式会社学習研究社から発行された書籍である。
ク 甲第9号証の2及び3
2010年8月9日又は2011年4月7日にインターネットから出力したものであり、内容は、「モーリス・ベルナション」に師事した三枝俊介氏の店の紹介又は木村成克氏の経歴でベルナシオンに勤務したことが記載されている。
ケ 甲第10号証
2011年2月21日、同年4月14日等、2011年にGoogleからチョコレートや「bernachon」を検索したものである。
コ 甲第11号証の1ないし22
いずれも本件商標の出願後にインターネットから出力したもので、それらの内容は、辻調グループの連載コラム(同号証の1)、リヨンの「ベルナシオン店」を紹介し、そこに商標「ガドー・プレジダン」が記載されていること(同号証の2)、リヨンにベルナシオン店があることと、そこでのチョコレート「ガトー・プレジダン」の紹介があること(同号証の3)、シラク大統領もファンらしいベルナシオン(氏)のショコラが絶品との記載があること(同号証の4)、初めフランスのリヨン本店のみで老舗「BERNACHON:ベルナシオン」を営んでいたこと、2007年から国外で初出店したことが記載されていること(同号証の5)、サロン・ドゥ・ショコラ(この催しはベルナシオン店における商標「Nougatine」だけでなく、他に他人による多数の店舗が出店している。)のインターネットの内容(同号証の6)、2009年2月のカレンダーと、リヨンのベルナションにおいて、商標「Bernachon」が記載されたパッケージにチョコレートを入れている写真の記事が紹介されていること(同号証の7)、1970年代にフランスで流行した苦いチョコレートの震源地としてベルナション(店)が紹介されているのみで、商標としての使用はされていないこと(同号証の8)、「食の都リヨンでしか買えないこだわりのチョコレート屋BERNACHON(ベルナシオン)」との表示(店)と、観光スポットのベルナシオン(チョコレート屋)の紹介(同号証の9)、フランスのリヨンにあるベルナシオンでの感想文が本件商標の出願後のものとして複数記載されていること(同号証の10)、観光旅行として、フランス・リヨン「BERNACHON ベルナシオン」店の紹介と、そこでのチョコレートやケーキの商品で商標として使用しているBERNACHONの包装が本件商標の出願後に掲載されていること(同号証の11)、リヨンにおける食べ歩き情報として、お菓子屋さんBernachonベルナションの紹介(同号証の12)、旅行者の旅紀行として、2001年9月2日にBernachonベルナション店へ行った記事があること(同号証の13)、パリ・リヨンでの研修旅行でのチョコレート専門店BERNACHON(ベルナション)の紹介(同号証の14)、「フランスしか売っていないというベルナションのチョコレート」との記載があること(同号証の15)、記載内容は本件商標の出願後(2008年7月24日)のものであり、その中にショコラティエ(店)「Bernachon」の記載があること(同号証の16)、美食の都リヨン市の中で、ベルナション(BERNACHON)店の紹介(同号証の17)、2008年2月1日(本件商標出願後)のブログの記事(同号証の18)、旅先(リヨン)でのウマイもの紹介(日記)におけるベルナシオン店とその包装に記載した商標「BERNACHON」の写真(同号証の19)、「日本では2007年に新宿伊勢丹でのサロンデュショコラで買えたのが初めてで」との記載があること(同号証の20)、ブログのベルナションのサロン・ド・テの記事(同号証の21)、ブログの2010年伊勢丹での通販の紹介(同号証の22)等である。
サ 甲第12号証の1及び2
甲第12号証の1は、2009年10月14ないし18日(もちろん、本件商標の出願後)にフランスで行われたチョコレート祭り「サロン・デュ・ショコラ」(145店中の一つにベルナションのブースがあったと考えられる。)を、日本の雑誌「Salon du Chocolat」が紹介したもので、「Bernachon」の文字の記載はない。同号証の2は、出版元や発行日は不明であり、上記雑誌「Salon du Chocolat」と関連するものと思われるが、商標「ベルナシオン」を立証するものではない。
シ 甲第13号証の1ないし8
甲第13号証の1は、甲第12号証の1の雑誌の別ページのものと思われるもので、フランスリヨンにおけるベルナション氏の店で板チョコの包装に記載した商標「Bernachon」について紹介されている。甲第13号証の2は、発行所等の記載はあるが、発行は12月3日とあるのみで、年は不明。
甲第13号証の3は、2006年ないし2011年におけるバレンタインとしての「サロン・ド・ショコラ」のプレスリリース先たるテレビ・ラジオ・雑誌・新聞各社の一覧であるが、これは甲第12号証の1及び2の145店が出店したフランスでのイベントの紹介であると思われる。ただし、これらの証拠にはヴァレンタイン等の文字があるのみで、ベルナシオンの商標についての記載が全くない。
甲第13号証の4は、「1月23日(水)?28日(月)」の記載から2008年の日本サロンデュショコラに関するものと考えられる。2008年伊勢丹新宿店発行の冊子であり、多数のチョコレートメーカの中の一つ(1ページのみ)として「Bernachon」が掲載されている。
甲第13号証の5ないし8も、上記同号証の4と同様に、伊勢丹新宿で毎年行われている催事物に係るもので、それぞれの中で「BERNACHON」のチョコレート菓子が売られていることが記載されているが、これらの証拠は全て、本件商標の出願(登録)後(それぞれ2009年ないし2011年の日本サロンデュショコラ)のものである。
なお、甲第13号証の7では、ベルナシオン氏の出店(伊勢丹ブース)でのチョコレート商標を「BERNACHON」から「B de Lyon」へと変更してあるが、これは被請求人が伊勢丹等へ通告書を発送(平成22年1月26日)したことによるもので、その詳細については、後述する。
ス 甲第14号証の1ないし6
甲第14号証の1は、2011年2月17日のインターネットにおける被請求人のホームページの会社概要部分であり、同ページにあるように、1886年の創業以来今日に至っているものである。
同号証の2ないし4は、2010年2月2日のインターネット出力のもので、日本チョコレート工業協同組合のものである。当時、その理事長として被請求人の現会長の氏名が挙げられている。なお、同号証の4中のリスト(抜粋)中に「Bernachon」の店名が記載されているが、これは世界の店舗およそ400件を掲載したリスト全体のうちの一店名にすぎない。
同号証の5及び6は、2010年6月25日のインターネットの出力(投稿日2009年10月11日)で、これらの内容は、本件商標の出願後に日本の業者等がフランスヘ旅行したときの日記のようなものである。
セ 甲第15号証の1及び2
これらは、2011年4月7日にインターネット出力したものであり、本件商標の出願後である2006年1月19日にベルナシオンを訪れた時のコメント等である。
(3)各甲号証における周知性の有無の統括
以上の各甲号証を見ると、甲第2号証の1及び2、甲第3号証の1及び2並びに甲第4号証が、本件商標の出願前に知られたものである。
なお、甲第6号証の3は2002年12月30日発行の雑誌であるが、その文章中には、前記のように「『現地では評判だけれど日本では知られていない』隠された逸品・・・」と記載されている。
また、甲第5号証の陳述書中には「Bernachon(ベルナッション)は1952年、美食の街リヨンにて創業。手作業の職人仕事によるショコラティエとして・・・。日本には2007年に初上陸を果たし、・・・」と記述する創業から2007年までの文章があるが、その周知性を立証するものではない。
その他の甲号証は、雑誌の発刊、展示会、新聞・放送(これらの中には「Bernachonベルナション」の文字が使用されていなかったり、あったとしてもベルナションの店名であったり、ベルナシオン一族の氏として使用されたもの)であるが、いずれも本件商標の出願後のものであり、周知性を立証する根拠となるものではない(商標法第4条第3項)。
なお、本件審判請求は除斥期間経過後のものであり、しかも、請求人の主張は、商標法第47条の「不正競争又は不正の目的で商標登録を受けた場合」として、いわゆる除斥期間が適用されないとするものであるが、そもそも請求人は少なくとも2007年以降海外市場を目指したものであり、本件については、後述するように、本件商標が自己の自由な意思の下で商標を選択したものである以上、除斥期間の有無について争う根拠のないものである。
3 請求人の主張に対する反論
(1)請求人の周知・著名商標「BERNACHON」について
ア まず、請求人は1952年フランスリヨンで創業し、家族経営で(個人店として)3代まで営んできた。近年では、クール便の直送も行い、2007年(本件商標の出願日より約3年後)からは日本サロンドショコラの催事(それも数ある他の業者の中の一つとして)を行うことで初上陸した。そこで、請求人の挙げる甲第6号の4は、2007年2月2日(ただし、これは、「東京スイーツ倶楽部?例会の報告?」)であり、出力は2011年4月7日である。また、甲第11号証の2、3及び6は、2011年4月14日、同年4月7日及び同年5月19日にそれぞれ出力したものである。
したがって、これらの請求人が主張する「日本においても『BERNACHON』チョコレートが多くの愛好者や顧客から高く評価され、待望されていることを示す証」は、本件商標の出願後のもので証拠力のない根拠のない主張である。
イ 1975年のエリーゼ宮において、件外のリヨンの三ツ星レストラン「ポール・ボキューズ」で、その食事の終りに出るデザートを「ベルナシオン」という老舗が担当したということで、そこでは「ガトー・ショコラ2.50ユーロ」といった本件商標「ベルナシオン」とは異なる商品名が付いたものである(甲第11号証の1、2及び3)。
しかし、これらの証拠も2010年8月9日、2011年4月14日又は同月7日の出力であって、本件商標の出願よりかなり後のものである。
1995年チョコレートの国際見本市「Salon du Chocolat au Paris」(パリサロンデュショコラ)がパリで催され、その出展した店数は145とのことであるが、そこに「ベルナション」という店名の表示はなく、その中でチョコレートに「ベルナション」を付したもの等があったのかは被請求人は知らない。
ウ 日本人のヨーロッパ旅行客が増え、BERNACHONチョコレートを持ち帰る人もいるとの事で、一般需要者の間で周知になったことはインターネットで見れば明らかとの主張について
(ア)請求人は、それを実証しようとGoogleで検索しているが、それらほとんどのものが本件商標の出願後のものであることは、前述したところである。
請求人は、甲第6号証の1(書籍「高級ショコラのすべて」)を挙げているが、その内容は人名としての初代モーリス・ベルナシオン、二代ジャン=ジャック、そして三代フィリップに受け継がれた「Chocolatier Bernachon=(ベルナションのチョコレート工場)」の紹介であり、上記書籍の発行日は2010年1月29日であって、本件商標の出願日より遥かに後のものである。甲第6号証の2(書籍「ショコラ・ランキング」)も、本件商標の出願後の平成16年2月10日発行である。
前記のように、甲第6号証の3(雑誌「ジョイス・ジャポン」)は唯一本件商標の出願日より早い2002年12月30日発行であるが、その内容は「2002年のベストチョコレート」に店名「ベルナシオン(BERNACHON)」が、商品名(商標)をベルナシオンとは異なる「パレドール(PALETSD’OR)」という表示で記載されているものであり、ショコラ愛好者クラブジャポンの畑氏が「現地では評判だけれど日本では知られていない」との記事を載せているにすぎない。
(イ)ここでは、請求人と辻調理師専門学校の交流について述べられ、「BERNACHON」チョコレートについて伝えたであろうことも想像に難くないと、裏付けのない我田引水的な主張をしているが、これらは辻調理師専門学校とBernachon店との交流のことで、商標についての立証はない。
(ウ)1980年代のTBS番組「料理天国」にモーリス・ベルナシオン氏がポール・ボキューズ氏と共に2度出演とあり、川北氏から同氏への手紙、モーリス・ベルナシオン氏の写真があるが、そこでの商標は「Gateau du President=大統領のガトー」という本件「Bernachon」とは異なる商標を用いたものである(甲第7号証の2及び3)。
エ 「サロン・デュ・ショコラ(Salon du Chocolat)」について
(ア)これは、本件商標の出願後にインターネットで出力された、Parisで開かれたチョコレートのイベントであり、主催者代表としてシルヴイ・ドゥース女史の紹介がある。しかし、145店の催しの説明はあるが、商品チョコレートとしての商標「Bernachon」の記載はない(甲第12号証の1及び2)。
(イ)日本でも伊勢丹等がバレンタインの催事として2003年から2011年までの9回の日本サロンデュショコラを開催したとしている。そして、その催事の告知報道として甲第13号証の3及び8に紹介されている。
ただし、請求人は「・・・相当範囲の顧客に対する周知を続け行ってきている。」としているが、これは本件商標の出願後である日本サロンデュショコラという展示会場の広告である。
(ウ)事実、請求人が認めるように、同人は2003年から2006年までの日本サロンデュショコラへの参加を見送ってきたが、2007年(本件商標の出願日より遥か後である)から参加しているものである。
請求人は、審判請求書で「この事実が示すように、請求人のBERNACHONチョコレートは、日本の需要者の間でも既に周知・著名になっており、・・・」とし、また、「・・・、もしBERNACHON又はベルナシオンの商標を付した全く異質の品質を持つチョコレートが日本市場に出現した場合は、善良な需要者を欺くことになる・・・」との主張をしている。
しかし、この請求人の主張は商標制度の基本が先願登録主義であることを無視した論理であり、その原則のために商標法第4条第3項における「・・・第10号、第15号、・・・又は第19号が、たとえ(出願後)同規定に該当するようになった商標があったとしても、登録出願の時に当該各号に該当しないもの(つまり他人の周知商標に該当しない)については、これらの規定は、適用しない。」という法趣旨を無視するものである。言い換えれば、本件商標の出願時に請求人の商標が周知であることを立証した場合に、はじめて同法第4条第1項第10号又は同第19号の規定が適用されるものである。
本件について検証すれば、前述したように、請求人の挙げる証拠のほとんどが本件商標の出願後のものであり、このような証拠により、本件商標の商標登録が無効になるものではない。もし、上記請求人の主張が可ということであれば、他人の商標が出願された後において、広告・宣伝及び大量販売等を行うことにより、先願先登録の商標を無効にして、自己の登録をすることが可能になり、その矛盾は明らかである。
オ よって、本件商標は、商標法第4条第1項第10号、同第19号(フランスはもちろん日本における周知性が立証されていない。)、及び同第15号(混同のおそれについての立証がない。)に該当せず、同法第46条の無効事由はないものと思料する。
(2)本件が商標法第47条の「不正の又は不正競争の目的で商標登録を受けた場合」に該当するとの請求人の主張について
本規定は、「商標登録が過誤によってなされたときでも、一定の期間無効審判の請求がなく平穏に経過したときは、その既存の法律状態を尊重し維持するために無効理由たる瑕疵が治癒したものとしてその理由によっては無効審判の請求を認めないというものである。除斥期間を適用するかどうかの判断基準は、周知性が立証されたことを前提に、その無効理由が公益的な見地から既存の法律状態を覆してまでも無効とすべきものであるかどうかにかかる。」とされている(特許庁編「工業所有権法(産業財産権法)逐条解説」)。
まず、本件では、前述したように、もともと無効事由たる瑕疵があったものではなく、正当な法律に基づいて登録されたものである(今回の請求人には、周知性を立証するものがない。)。よって、本件商標の登録には瑕疵がなかったものである。
万一、瑕疵により登録されたと想定しても、本件は私益的な係争であり、既存の法律状態を覆してまで無効にすべきではなく、法的安定性から無効にならないものである。まして、請求人の立証の大部分は、本件商標の出願後のものであり、その出願後に広告・宣伝等を用いて周知にすることで被請求人の権利を請求人の権利にするといった(まして請求人の規模は、フランス・リヨンの一店舗として小さく、伊勢丹等が主催する日本サロンデュショコラ、すなわち数多くの出店舗の中の一店舗として出店する等、伊勢丹等における催事を利用していること)、それも本件商標の出願後において、やっと経済上の有利性を利用した横車的な主張は論理的に成り立たないものである。
以下、請求人の主張に対して反論する。
ア 請求人は、TV番組「料理天国」や雑誌の記事等により、商標「BERNACHON」がフランス国や我が国において、周知・著名であったと主張している。
しかし、上記料理天国は、料理全般といったようにチョコレートよりも、ずっと大きい規模における多数の料理メーカが紹介されたものであると思われ、しかも甲第13号証の3等には「BERNACHON」の文字自体が表示されたものはない。
また、甲第12号証の1及び2や甲第13号証の1及び2により、我が国の雑誌に掲載されたパリサロンデュショコラの出展を例に挙げているが、これも145のブース中の一つであるとしても(立証されていない。)、商標としての「BERNACHON」の表示が記載されていないものであり、具体性に欠ける独り善がりのものである。請求人は、他のいくつかの甲号証に示されているように、2007年に日本へ初上陸し、本件商標の出願日よりずっと遅く広告・宣伝したものである。
このように、請求人は、単に周知・著名であることを現時点で立証しているにすぎないものであり、他人の出願(及び登録)よりも遅れての立証を意識的に除外しての主張(請求人の甲号証における出版日や出店日等と、本件商標の出願日を対比していないもの)であり、我が国商標法第4条第1項第10号、同第15号及び同第19号が採る出願時の判断基準を無視したものである。
イ 請求人は、甲第14号証の1ないし4により日本チョコレート工業協同組合における表示中のほんの一部を挙げ、同組合の会員であるメリーチョコレート社とヨックモック社が2003年から開催されている日本サロンデュショコラの運営の協力会社である旨主張するが、それを立証する甲第14号証の3には、そのような裏付けになる記載がない。また、日本サロンデュショコラの開催は、本件商標の出願日より約1年程早いもの(開催は年に1回)ではあるものの、前述したように、ベルナシオン/BERNACHONの出品は本件商標の出願後である2007年からであり、日本で周知性が得られたとする請求人の主張は根拠のないものである。
また、請求人は日本チョコレート工業協同組合において、世界のチョコレート業者の名前を国別に掲載したリスト(甲第14号証の4)を挙げて、被請求人は「BERNACHON」の存在を当然知り得た筈である旨主張するが、上記リストは請求人が1ページのみリストアップしたもので、全ページ中には各国別におおよそ400社のチョコレート業者があり、その中の一つ、それも商標ではなく店名についてのもので、被請求人が記憶する程のものではない。
ウ 請求人の主張する日本サロンデュショコラの共同主催者伊勢丹への被請求人の警告状について
(ア)請求人は、「繊細な味覚をもつチョコレートの品質を損なわせないため、リヨンの本店以外に支店を設けないとする創業者以来の信条を50年以上に亘り守ってきた。新鮮な品質保持の手段をクリアした上で、世界ではじめて、2007年から(これは本件商標の出願から約4年、登録から約3年経ている。)日本での年1回の催事としての日本サロンデュショコラの会期中だけ出店を続けている。」旨主張する。
(イ)被請求人は、チョコレートの製造・販売業者の立場であるが、チョコレートを買う側でないために、請求人が被請求人の商標権を侵害している事実を知らず、その後2010年1月26日に初めて知り、伊勢丹等に警告状を出したもので、それからの経緯は乙第1号証ないし乙第11号証にあるとおりである。
被請求人は、本件の請求人代理人をその代理人として交渉を重ねた結果、伊勢丹等が侵害した事実を認めた証として、少額ではあるが、その際の侵害に限り、解決金と確認書を入手した。
なお、上記警告事件以前に、請求人は本件商標に対して不使用による取消審判を平成20年6月16日に請求した結果、請求は成り立たないとの審決がされた(乙第12号証の1ないし4)。
(ウ)上記事情の結果、請求人は本件商標権の買い取りを申し入れてきた。請求人は乙第12号証の2に示すように「Bernachon ベルナシオン」を自ら使用し、その後現在でも乙第24号証ないし乙第26号証及び第27号証の1ないし7のとおり(なお、乙第27号証の1において、売り上げが「0」になっているが、その際の商標は前記乙第12号証の2に添付された単体又はセット物についてのチョコレートにベルナシオンが付されていたものであり、また、乙第26号証の総合カタログにある来年のバレンタインにおけるベルナシオンの売り上げはこれからのものである。)、使用を継続しているために、本件商標そのものの譲渡は難しいが、通常使用権ではどうかとし、また、請求人側からの申し入れにより「PHILLIPE BERNACHON」商標を有償で譲渡する旨の通知をしていたものである(乙第13号証ないし乙第23号証)。
しかしながら、請求人側からの回答は、代理人が変更されたという知らせを最後に、途中で打ち切られていたが、今回突然に本件商標の無効審判を請求したものである。
請求人代理人は、乙第8号証により、「ベルナシオン」の販売先(伊勢丹等)の侵害を認めて、金員を支払うことに合意し(乙第10号証)、また、請求人代理人とは別の代理人が乙第18号証のように、「本件商標の商標権者は被請求人であり、かつその事実について何ら争う余地がありません。」と認めていながら、一方で今回の無効審判の請求といった請求人の行為には、被請求人の代表者は理解しかねるとの思いを表明している。
今回の請求人の主張では、本件商標の取得に商標法第47条の不正競争又は不正の目的があるとのことである。商標法第47条は、本件商標が第4条第1項第10号、同第15号及び同第19号違反が不正競争又は不正の目的で登録されたときに、いわゆる除斥期間の適用を除去する規定である。しかしながら、本件のように、出願時において請求人の周知でもない商標に対しては商標法第4条第1項第10号、同第15号及び同第19号の規定に該当するものではないし、また、被請求人の商標選択が独自のものであることから、除斥期間の適用が除外されるべきものではない(このことについては以下のエで立証する。)。
請求人は、被請求人の行動はアンフェアとしているが、本件商標の出願時に周知でもない請求人の商標について我が国商標法の規定に則って被請求人が商標権を取得したこと、及び本件審判の請求が本件商標の登録の日から5年以上経過したものであり、また、本件商標の登録が不正又は不正競争の目的で取得したものではないことから、請求人の主張には理由がない。まして、請求人は一度本件商標の権利を認めたが、その後その意思を覆して本件審判を請求してきたものであり、それこそ信義誠実の原則に反するものである。
エ 被請求人が正当に本件商標の登録をした経緯
被請求人は、北海道のおみやげ、チョコレート販売会社株式会社ナシオ(以下「ナシオ社」という。)と取引があった。ところが、他人の先登録第643415号商標「名塩」があり、これを被請求人が譲り受けた後(乙第28号証の1及び2)、ナシオ社の商品として使用していた。その後に、被請求人は、北海道関係の一群の商標を登録したが(乙第29号証)、その中に適当なものがないため被請求人が使用していたトラピスチヌ修道尼の横向き像のモールド(乙第30号証の1及び2)をヒントに、トラピスチヌ修道院にある「鐘」すなわち「Bell」を前記「名塩」(ナシオ)の冠頭に一連に付し、語呂合わせのため最後に「ン」を付した「ベルナシオン/BELNASHION」(登録第2392438号;1989年6月6日出願(この時はヨーロッパでのパリサロンデュショコラが始まった1995年よりも古く、もちろんその後の日本サロンデュショコラよりも古い。)を所有していた(乙第29号証の整理番号T89-500)。この登録第2392438号は、前記ナシオ社との取引中止とともに更新登録をしないで権利消滅していた(乙第31号証の1及び2)が、その後、その一部スペルを変更して本件商標を出願し登録したものである(乙第32号証の1及び2)。
請求人は、2010年まで警告をしなかったのは、「権利失効の原則」を持ち出して信義則違反ではないかと述べているが、これは無効審判請求事件に用いる理論ではなく、被請求人が侵害事件として請求人に権利行使をしたときの理論であり、本件審判請求には当てはまらないし、また上記したように請求人の一方的妄想にすぎないものである。
なお、この権利失効の原則は、これを安易に認めると権利者の保護に欠け、不正な行為を助長することにもなりかねないので、一般的には単に侵害事実が長期にわたって継続しているだけでは足りず、被害者がその事実を知りながら何ら権利行使を行わず長期にわたってこれを放置したこと、被侵害者のかような態度から侵害者ももはや被侵害者が差止請求権を行使しないであろうと信じる相当の理由があること等の要件が重要であると考えており(最判昭30.11.22民事9巻11号1781ページ)、当然本件商標の行使が上記に該当しないことは明らかである。
したがって、本件商標は前記経緯により、請求人の商標とは関係なく、上記経緯のもとで、独自に出願・登録したもので、何ら不正競争や不正の意思で登録したものではないことを表明するものである。
(3)請求人の主張する「公序良俗」違反(商標法第4条第1項第7号)について
ア 請求人は、自己の「BERNACHON」がヨーロッパや我が国において評価が高く、甲第5号証や甲第10号証及び第11号証の1を前提に、請求人の商品が日本で定着しているので、請求人以外の者がたまたま登録の存在を背景としてこれを販売した場合、明らかに品質について善良な需要者の期待を裏切ることになり、取引の安全を害し、混乱させることになる旨主張する。
イ 被請求人は、請求人の上記主張は理解し難い。商標権の取得は各国独立の原則により日本やフランスにおいて各国別に権利が成立しているものであり、事実フランスでは請求人が権利所有していると思われる。我が国でも先願登録主義の下に権利が発生し、それに基づいて法が施行されており、それにもかかわらず請求人が何故日本へ保護を求めて出願しなかったのであろうか。それは、既に説明したように、請求人が日本へ進出したのは2007年からであり、本件商標が存続する限り難しいものであったからと思われる。
ウ 請求人の主張によれば、先願の商標が被請求人に存在したとしても、その出願後において請求人の販売、広告・宣伝により周知・著名に至れば先願先登録の商標権を無効にして、その後自己が出願して権利を取得できるという論理になる。これは、例えていえば、一企業(フランス・リヨン市の一個人商店である請求人に対し、被請求人は本社近くの駒込工場、戸田工場、板橋工場及び狭山工場でチョコレートを製造・販売しており、規模の上では優るとも劣らないものである。)が、本件商標の出願後に、伊勢丹やマスコミの広告・宣伝、他のフランスメーカと共に日本へ乗り込んだものであって、他企業の権利を蹴散らすことになり、許されるべきことではない。まして、請求人が提出した甲号証のほとんどが本件商標の出願後のものであり(請求人は、このことを知ってか、知らないか判らないが、雑誌の出刊日や宣伝・広告の日を本件商標の出願日と照合していない。)、また、広告効果の大きいと見られるパリサロンデュショコラに係る証拠中には「Bernachon」の文字はなく、それを日本で紹介した各種雑誌やラジオ及びテレビのものはチョコレートとして「ベルナション」と具体的に表示されている証拠はなく、まるで虎の威を借る狐のように、あるいは証拠力のない甲号証を、さもあるかのごとく提出したものである。
エ 請求人は、本件商標が公序良俗に反して登録になった旨主張しているが、その主張には、何が公序良俗違反か具体性がない。前掲「工業所有権法(産業財産権法)逐条解説」によれば、商標法第4条第1項第7号を解釈するにあたっては、「・・・むやみに解釈の幅を広げるべきではなく、一号から六号までを考慮して行うべきであろう。」としている。7号は、公益規定であるが、請求人の主張する一方的な論理に公益性があるとは思わず、単なる自己の私益を主張しているにすぎない。
(4)以上述べたように、本件商標は被請求人において真に使用されているものであり、その出願後から有名にしたという論理(それも交渉中一時的には本件商標の商標権者が被請求人であることを認めながら)のみにより、その登録を無効にされるべきものではない。
それにしても、長い間、リヨン市の一店舗の請求人であったものが、近年の流通改革(冷凍技術)により、2007年から日本に進出(それも伊勢丹などで他の数多くあるチョコレートメーカの中に埋もれて)したことで、被請求人の登録商標が邪魔になったという理由で無効審判請求が成り立つとは思われない。
4 むすび
以上のとおり、請求人の主張には本件商標の出願時における周知性が立証されておらず、本件商標は、商標法第4条第1項第10号、同第15号及び同第19号に該当しないし、もちろん同項第7号の公序良俗に違反するものではない。

第4 当審の判断
1 引用商標「BERNACHON」の周知性について
(1)請求人の提出に係る証拠によれば次のとおりである。
ア 本件商標の登録出願前に発行等されたものについて
(ア)1991年(平成3年)3月1日文化出版局発行の「hi fashion(ハイファッション)」1991年3月号(甲第2号証の1)には、その119ページに「HI FASHION SPECIAL TRIP」「Lyon」「Ecole Technique Hoteliere Tsuji」及び「辻調理師専門学校。」の表題が付され、「Chocolatier Bernachon」及び「フランス・チョコレートのキング、ベルナション。」の見出しの下に、「”マスタータッチのチョコレート”とニューヨーク・タイムズやヘラルド・トリビューンから名づけられたベルナションのチョコレートは”美食の町リヨン”が語られるとき必ず思い出される名高い手作りのもの。フランスのチョコレートならベルナションしかないという人も多い。ベルナションのチョコレートは約半世紀近くこの道で働く国宝的な菓子職人、モーリス・ベルナションによって作り上げられた。」「大阪・阿倍野にある辻調理師専門学校は今から30年前、国際的な料理研究家辻静雄によって創設された。・・・その専門家養成の最終コースとして生まれたのが美食の町リヨン近郊にある二つの城で学ぶシステム。・・・教授陣にはボキューズを筆頭に、ブラン、オルシ、ラムロワーズ、ベルナション・・・」等の記載あり、チョコレートの製造過程を示す写真、モーリス・ベルナションと大統領の食卓に注文されたチョコレートケーキ“プレジダン”の写真などが掲載されている。
(イ)2002年(平成14年)1月31日株式会社同朋舎メディアプラン発行の「Grand Patissier グランパティシエ/最新世界の洋菓子3」(甲第2号証の2)には、8ないし17ページに「ベルナション/Bernachon」として、その店舗、商品についての写真と説明が掲載されている。例えば、「豆から始まる仕事」の項には、「フランスを代表する上質チョコレートの老舗『ベルナション』は、リヨンの高級住宅街6区を横断する・・・ルーズベルト通りに、その広々とした店舗を構えている。・・・『ベルナション』が他と圧倒的に異なるのは、チョコレートを豆から買い付け、焙煎から製品までの全工程を自分のところで行なっている点である。」の記載、「父と息子のスクラム」の項には、「・・・1975年、名料理人のポール・ボキューズがレジオン・ドヌール勲章を授与された際に大統領官邸で開かれた昼食会で、『ベルナション』はデザートを担当する。その時のアントルメ《プレジダン(大統領)》は、週に100台は売れる、店の名物となった。」の記載、「クラシック過ぎるほどに」の項には、「その一貫した仕事ぶりを一目見たいという申し込みが世界中から後を立たないため、商工会議所を通してグループで快く受け付けている。」の記載、「ボキューズのアドバイス」の項には、「名物《プレジダン》に、パリの老舗レストラン『トゥール・ジャルダン』の鴨と同じような、ナンバーリングカードをつけるという奇想天外なアイデアも、・・・」の記載、及び「出店拒否を貫徹」の項には、「『ベルナション』には、ニューヨークや東京など、世界各地の企業から出店の依頼が引きも切らないが、断固として受け付けない。・・・支店でさえ、パリはおろかリヨン市内にもないのだ。」の記載がある。また、掲載された写真には、店頭に「BERNACHON」の文字が掲げられ、ショーケースには多くのチョコレート菓子が並べられ、「BERNACHON」の文字を表示したチョコレート製銘板又は紙片が付されたケーキが写されている。
(ウ)2002年(平成14年)11月20日株式会社小学館発行の「大人のためのフランス三ツ星レストラン」(甲第3号証の1)には、56ページに「Bernachon」として、店舗、商品等が写真と共に紹介されており、「フランスでも数少ない素材からのチョコレート作り」の見出しの下に、「・・・カカオからチョコレートを作っているお菓子屋はフランスでも4?5件しかない。<ベルナション>は創業50年。農場から直接買い付けた10?11種類のカカオを使い、発酵、焙煎、攪拌などの作業をすべて行なっている。・・・パリに店を、という依頼も多いが頑なに支店を出さないのも、このつやを保つためなのだ。」の記載がある。
(エ)1998年(平成10年)4月1日婦人画報社発行「ヴァンサンカン25ans」4月号(甲第3号証の2)には、445ページに「ローヌ・アルプの街へ行く」「美食の都・リヨンで食の楽しみを味わい尽くす」の見出し下に、「BERNACHON ベルナション」として請求人の店舗、商品の写真と共に、「大人のための高級ショコラは香り高いカフェと一緒に」「ポール・ボキューズの娘婿が経営する、リヨンでは有名なチョコレートショップ。美食家の地元のマダムのなかには『チョコレートはここのでなくては』という顧客も多いそう。」の記載がある。
(オ)2002年(平成14年)12月30日東京プレスセンター株式会社発行「JOYCEJAPON ジョイス・ジャポン」2003vol.1(甲第6号証の3)には、「もっとチョコレートのこと!耳より情報」の見出し下に、「1986年、日本にも『ショコラ愛好者クラブジャポン』が誕生。・・・年に5回、世界中から厳選したおいしい店のチョコレートを試食します。」の記載があり、「ショコラ愛好者クラブジャポンが選んだ、2002年ベストチョコレート」として、「ベルナシオン BERNACHON」(店名)の「パレドール PALETS D’OR」(商品名)が最初に掲げられている。
(カ)「楽天 みんなで解決!Q&A」と題するウェブページ(甲第11号証の15)には、「解決済みの質問」の項目に、「フランスでしか売っていないというベルナションのチョコレート」「どんな情報でも結構ですので『ベルナション』について情報をください」「投稿日時-2002-01-29」の記載があり、その回答(1)に「ベルナション(Bernachon)はフランスといっても、パリではなくリヨンにあるケーキとチョコレートのお店です。でも、味はフランス中でも有名で折り紙つきです。特にチョコレートは最高です。」「投稿日時-2002-01-30」の記載がある。
イ 本件商標の登録出願後に発行等されたものについて
(ア)平成18年1月5日株式会社柴田書店発行「cafe sweets カフェ-スイーツ」(甲第2号証の3)には、「リヨンの名店『ベルナション』の職人的なチョコレートづくり」の見出しの下に、「1952年創業の『ベルナション』は、“美食の都”リヨンでも、とりわけよく知られたショコラトリー。」などの紹介記事と共に、「BERNACHON」の文字が掲げられた店頭の写真、各種商品の写真が掲載され、その中には「BERNACHON」の商標が付された商品の写真もある。
(イ)2010年(平成22年)1月29日株式会社PHP研究所発行「高級ショコラのすべて」(甲第6号証の1)には、172ページに「ショコラティエ ベルナシオン Chocolatier Bernachon」の見出しの下に、日本にも多くのファンを持つベルナシオンは、他に類を見ない特異なショコラティエです。一九五二年、フランス南東部の美食の街リオンで、初代モーリス・ベルナシオンが修業先を引き継いで独立したのが始まりです。」の記載がある
(ウ)平成16年2月10日祥伝社発行「ショコラ・ランキング」(甲第6号証の2)には、88ページ及び89ページに「世界のベスト30はヨーロッパにあり」の見出しの下に、「ボンボンショコラ 世界のベスト30」として、9位に「アマンドプランセス(ベルナション/フランス・リヨン)」、20位に「オランジェット(ベルナション/フランス・リヨン)」の記載があり、105ページに「Bernachon ベルナション」として、その「アマンドプランセス」と「オランジェット」の説明と共に、「店はリヨンのみで、支店もないし、卸しもしていません。リヨンでタクシーに乗って『ベルナション』と言えば連れて行ってもらえるほど、向こうでは超有名店です。」の記載がある。
(エ)「AllAbout」と題するウェブページ(甲第11号証の2)には、「ヨーロッパお菓子紀行vol9 伝統を守る老舗『ベルナション』」の見出しの下に、「創業者であり、ショコラティエの第一人者であるモーリス・ベルナション氏が亡き後、ご子息のジャン=ジャック・ベルナション氏が受け継ぐ洋菓子店『ベルナション(BERNACHON)』。」「店舗はこのリオンにしかありません。さらに、こだわりのチョコレートゆえ、品質保持のために輸出も殆どしないそうです。」「このベルナションの特筆すべきは、昔ながらの伝統でチョコレートを作り上げているところ。」「日本では味わえないからこそ、リヨンに立ち寄った際はかならず訪れたいお店の一つです。」「(更新日 2004年10月25日)」の記載と共に、「BERNACHON」の文字が掲げられた店頭の写真や各種商品の写真が掲載されている。
(オ)「在仏日本商工会議所CCIJF」と題するウェブページ(甲第11号証の16)には、「フランス生活お役立ち情報 2」の見出しの下に、「フランスで『旨い!』と思った食べ物」の項に「リヨンにあるショコラティエBernachonのパレドールや板チョコ・・・」「2008年7月24日付け」の記載がある。
(2)上記(1)によれば、次のとおり認めることができる。
ア 請求人について
請求人が運営する店舗「BERNACHON」は、フランス南東部リオンで1952年の創業以来現在まで、チョコレート菓子を素材(カカオ豆)の買い付け、焙煎から製品(チョコレート菓子)に至るまでの全行程を独自に行って製造し、販売し、その製品は、1975年にフランスの大統領官邸で開かれた昼食会で供された(上記(1)ア(ア)ないし(エ)及びイ(ア)(イ))。
イ 引用商標「BERNACHON」について
請求人の店舗「BERNACHON」は1952年に創業し現在まで継続してのチョコレート菓子を製造販売していること、同店のチョコレート菓子が1975年にフランス大統領の昼食会で供されたこと、ショコラ愛好者クラブジャポンが2002年ベストチョコレートとして「BERNACHON」の商品を最初に掲げていること及び本件商標の登録出願前に発行された書籍等における「・・・ベルナションのチョコレートは“美食の町リヨン”が語られるとき必ず思い出される名高い手作りのもの。フランスのチョコレートならベルナションしかないという人も多い。」「ポール・ボキューズの娘婿が経営する、リヨンでは有名なチョコレートショップ。美食家の地元のマダムのなかには『チョコレートはここのでなくては』という顧客も多いそう。」などの記載内容からすれば、引用商標「BERNACHON」は、請求人の店舗名として、かつ、請求人の業務に係る商品「チョコレート菓子」を表示するものとして、本件商標の登録出願の日(平成15年(2003年)12月10日)前には、少なくともリヨンを中心とするフランスにおける取引者、需要者の間に広く認識されていたものと、また、我が国においてはチョコレート愛好家や関係者の間で「ベルナション」又は「ベルナシオン」と称され相当程度知られていたものと判断するのが相当である(上記(1)ア)。
また、その状況は本件商標の登録査定の日(平成16年9月10日)以降においても継続していたというのが相当である(上記(1)イ)。
2 商標法第4条第1項第19号の該当性について
引用商標「BERNACHON」が、請求人の業務に係る商品「チョコレート菓子」を表示するものとして、本件商標の登録出願の日前ないし登録査定の日以降も、フランスにおける需要者の間に広く認識されているものと認められることは上記1(2)イのとおりであるから、以下、他の要件について検討する。
(1)本件商標と引用商標との類否ついて
本件商標は、上記第1のとおり、「ベルナシオン」と「BERNACHON」の文字からなり、引用商標は、「BERNACHON」の文字からなるものであるから、両者は、外観において「BERNACHON」の構成文字を共通にするところがあり、称呼においても「ベルナシオン」の称呼を共通にするものである。
また、両者は特定の観念を生じないから、観念において区別することはできないものである。
そうとすれば、本件商標と引用商標とは、外観において共通するところがあり、称呼において共通するものであって、観念において区別できないものであるから、両者の外観、称呼及び観念を総合すれば、両者は類似の商標というべきである。
(2)不正の目的について
ア 引用商標「BERNACHON」がフランスにおける取引者、需要者の間に広く認識されていたものと認められること、「BERNACHON」の語は辞書等に掲載されているものではないし我が国において一般に親しまれている語でもないこと、本件商標の指定商品「菓子及びパン」は引用商標が使用されている商品「チョコレート菓子」を含んでいること及び被請求人は1914年からチョコレートの製造販売を行っているチョコレート菓子製造販売業者であること(甲第14号証)などを総合してみれば、被請求人が、偶然引用商標と同一の綴り文字を本件商標の一部に採択したものというより、引用商標のフランスにおける周知性ただ乗り(フリーライド)し不正の利益を得る目的や請求人の日本市場への参入を阻止し請求人に損害を加える目的などの不正の目的をもって本件商標を登録出願し登録を受けたものと判断するのが相当である。
イ 被請求人は、本件商標の登録出願の経緯を「被請求人は、「名塩」の文字からなる登録商標を所有し、その後、トラピスチヌ修道院の「鐘」(Bell)と当該「名塩」を結合し、語呂合わせで語尾に「ン」を付し、「ベルナシオン」及び「BELNASHION」の文字を二段書きした構成からなる登録商標(以下「被請求人商標」という。)を所有していたが、その商標権は更新登録をせず権利消滅した。その後、被請求人商標の綴りを一部変更して、本件商標を登録出願し登録を受けたものである。」旨述べている。
しかしながら、被請求人商標の欧文字の綴りを「BELNASHION」から「BERNACHON」に変更する合理的理由は見いだし難く、むしろ、被請求人は、偶然自己が所有していた被請求人商標の称呼が引用商標の称呼と酷似することを奇貨として、故意に被請求人商標の欧文字綴りを「BERNACHON」に変更したとみるのが自然であり、合理的である。
ウ そうすると、被請求人は、偶然自己が所有していた被請求人商標の称呼が引用商標の称呼と共通することを奇貨として、故意に被請求人商標の欧文字の綴りを「BERNACHON」に変更して、引用商標のフランスにおける周知性ただ乗り(フリーライド)し不正の利益を得る目的や請求人の日本市場への参入を阻止し請求人に損害を加える目的等の不正の目的をもって本件商標を登録出願し登録を受けたものといわざるを得ない。
してみれば、本件商標は、請求人の業務に係る商品「チョコレート菓子」を表示するものとして、その登録出願の時ないし登録査定日以降もフランスにおける需要者の間で広く知られている引用商標「BERNACHON」と類似の商標であって、不正の目的をもって使用をするものといわなければならない。
3 むすび
以上のとおりであるから、本件商標は、商標法第4条第1項第19号に違反して登録されたものであるから、他の理由について判断するまでもなく、同法第46条第1項の規定に基づき、その登録を無効にすべきものである。
なお、被請求人は、商標法第4条第1項第19号違反を理由とするときは、同法第47条の規定に基づき、いわゆる除斥期間が適用されるごとき主張をしているが、同号違反は同法第47条の規定の対象とされていない。
よって、結論のとおり審決する。
審理終結日 2012-01-27 
結審通知日 2012-01-31 
審決日 2012-02-13 
出願番号 商願2003-109691(T2003-109691) 
審決分類 T 1 11・ 222- Z (Y30)
最終処分 成立 
前審関与審査官 藤平 良二 
特許庁審判長 森吉 正美
特許庁審判官 瀧本 佐代子
小畑 恵一
登録日 2004-09-10 
登録番号 商標登録第4802393号(T4802393) 
商標の称呼 ベルナシオン、バーナション、バーナチョン 
代理人 特許業務法人 松原・村木国際特許事務所 
代理人 酒井 一 
代理人 蔵合 正博 
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