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審決分類 審判 全部無効 観念類似 無効とする(請求全部成立)取り消す(申し立て全部成立) X28
管理番号 1251685 
審判番号 無効2009-890079 
総通号数 147 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標審決公報 
発行日 2012-03-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2009-07-03 
確定日 2012-02-09 
事件の表示 上記当事者間の登録第5202737号商標の商標登録無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 登録第5202737号の登録を無効とする。 審判費用は被請求人の負担とする。
理由 1 本件商標
本件登録第5202737号商標(以下、「本件商標」という。)は、「名奉行金さん」の文字を標準文字で表してなり、平成20年5月14日に登録出願、第28類「遊戯用器具」を指定商品として、同21年2月6日に設定登録されたものである。

2 引用商標
請求人が引用する登録第4700298号商標(以下「引用商標」という。)は、「遠山の金さん」の文字を標準文字で表してなり、平成14年11月12日に登録出願、第9類「耳栓,加工ガラス(建築用のものを除く。),アーク溶接機,金属溶断機,電気溶接装置,オゾン発生器,電解槽,検卵器,金銭登録機,硬貨の計数用又は選別用の機械,作業記録機,写真複写機,手動計算機,製図用又は図案用の機械器具,タイムスタンプ,タイムレコーダー,パンチカードシステム機械,票数計算機,ビリングマシン,郵便切手のはり付けチェック装置,自動販売機,ガソリンステーション用装置,駐車場用硬貨作動式ゲート,救命用具,消火器,消火栓,消火ホース用ノズル,スプリンクラー消火装置,火災報知機,ガス漏れ警報器,盗難警報器,保安用ヘルメット,鉄道用信号機,乗物の故障の警告用の三角標識,発光式又は機械式の道路標識,潜水用機械器具,業務用テレビゲーム機,電動式扉自動開閉装置,乗物運転技能訓練用シミュレーター,運動技能訓練用シミュレーター,理化学機械器具,写真機械器具,映画機械器具,光学機械器具,測定機械器具,配電用又は制御用の機械器具,回転変流機,調相機,電池,電気磁気測定器,電線及びケーブル,電気アイロン,電気式ヘアカーラー,電気ブザー,電気通信機械器具,電子応用機械器具及びその部品,磁心,抵抗線,電極,消防艇,ロケット,消防車,自動車用シガーライター,事故防護用手袋,防じんマスク,防毒マスク,溶接マスク,防火被服,眼鏡,家庭用テレビゲームおもちゃ,携帯用液晶画面ゲームおもちゃ用のプログラムを記憶させた電子回路及びCD-ROM,パチンコ型スロットマシン,その他のスロットマシン,ウエイトベルト,ウエットスーツ,浮袋,運動用保護ヘルメット,エアタンク,水泳用浮き板,レギュレーター,メトロノーム,電子楽器用自動演奏プログラムを記憶させた電子回路及びCD-ROM,計算尺」及び第28類「スキーワックス,遊園地用機械器具(業務用テレビゲーム機を除く。),愛玩動物用おもちゃ,おもちゃ,人形,囲碁用具,歌がるた,将棋用具,さいころ,すごろく,ダイスカップ,ダイヤモンドゲーム,チェス用具,チェッカー用具,手品用具,ドミノ用具,トランプ,花札,マージャン用具,遊戯用器具,ビリヤード用具,運動用具,釣り具,昆虫採集用具」を指定商品として、平成15年8月15日に設定登録されたものである。

3 請求人の主張
請求人は、結論同旨の審決を求め、その理由及び答弁に対する弁駁を要旨次のように述べ、証拠方法として甲第1号証ないし甲第18号証(枝番を含む。以下、甲号証を「甲1」のようにいう。)を提出した。
(1)請求の理由
本件商標は、商標法(以下「法」という。)第4条第1項第7号、同11号及び同15号に違反して登録されたものであるから、法第46条第1項の規定に基づき、その登録は無効とされるべきである。
ア 事実関係
(ア)請求人は、劇場用映画やテレビ用映画の製作・配給を行う会社であり、「網走番外地」、「仁義なき戦い」、「トラック野郎」、「極道の妻(おんな)たち」などの任侠物シリーズのほか、「仮面ライダーシリーズ」(23作品)や「戦隊シリーズ」(33作品)などの児童向けの特撮アクション映画を製作する会社としても知られている(甲1)。請求人は、「大菩薩峠」や、「笛吹童子シリーズ」、「新吾十番勝負シリーズ」、「水戸黄門シリーズ」、「旗本退屈男シリーズ」など、かつての時代劇ブームを巻き起こすきっかけとなった作品も多数製作しており(甲1)、時代劇映画も請求人の得意とする部門の1つに挙げることができる。
それが証拠に、株式を相互に持ち合うテレビ朝日との関係では、かつて、時代劇を含む全てのTVドラマ制作を請求人が担当していた時代もあり、「素浪人・月影兵庫」、「銭形平次」、「桃太郎侍」、松平健主演の「暴れん坊将軍」など、時代劇ブームの火付け役となった名作テレビ時代劇シリーズを多数製作している(甲1)。
その中にあって、1970年代から2000年代のテレビ時代劇を代表する作品の1つが「遠山の金さん」である。「遠山の金さんシリーズ」は、初代となる中村梅之助主演の「遠山の金さん捕物帳」(1970年?1973年)、二代目となる市川段四郎主演の「ご存知遠山の金さん」(1973年?1974年)、三代目となる橋幸夫主演の「ご存知金さん捕物帳」(1974年?1975年)、四代目となる杉良太郎主演の「遠山の金さん」(1975年?1977年、1979年)、五代目となる高橋秀樹主演の「遠山の金さん」(1982年?1986年)、六代目となる松方弘樹主演の「名奉行遠山の金さん」(1988年?1998年)、七代目となる松平健主演の「遠山の金さん」(2007年)と、30年を優に超える長期にわたって親しまれてきた作品である(甲2及び甲3)。
この中で「遠山の金さん役、歴代No.1」といわれているのが松方弘樹であり(甲4)、事実、1988年から1998年までの10年という長きにわたって主役を演じたのは同人ただ一人である。このことは、放送時期が比較的最近であることも手伝って、その番組タイトルである「名奉行遠山の金さん」の語が広く視聴者の記憶に浸透していることを物語っている。
(イ)松方弘樹を主演とする「名奉行遠山の金さん」は、硬派な二枚目の印象であった松方弘樹が近年、バラエティー番組などで二枚目半的な魅力をみせたころから、そのイメージが硬と軟を使い分ける「金さん」のキャラクターと符合し、同人のはまり役と言われるほど見事に演じ切った。また、「名奉行遠山の金さん」シリーズでは、当時、若者に絶大なる人気を博していたアイドル・グループ「少年隊」の東山紀之を北町奉行所の若手同心役に抜擢したことで、視聴者層がそれまでの中高年世代から若年世代にまで広がり、老若男女を問わず多くの視聴者に親しまれるようになった(甲5及び甲6)。このように、「名奉行遠山の金さん」は比較的最近の作品であり、しかも、10年という長期にわたる放送であったことに加え、東山紀之という超人気アイドルの起用により、「遠山の金さん」シリーズの中でもとりわけ、性別や年代を超えた多くの人々に親しまれ、「名奉行」と「遠山の金さん」の組み合わせになる「名奉行遠山の金さん」のタイトルをその記憶に焼き付けることとなった。
(ウ)請求人は、引用商標を所有しているが、「遠山の金さん」をはじめ「名奉行遠山の金さん」を含む各シリーズ・タイトルは全て、請求人が創案した「造語」である。甲2には「陣出達朗の時代劇小説”遠山の金さん”シリーズなどで普及した」とあり、甲5には原作者として陣出達朗の氏名が記されているが、同人が著したのは「よさこい奉行」「まぼろし奉行」「すっとび奉行」「火の玉奉行」「はやぶさ奉行」「たつまき奉行」「けんか奉行」など、いずれも春陽文庫から発行された小説であり(甲8及び甲9)、「遠山の金さん」の題号からなる小説は存在しない。陣出達朗の小説を紹介するに際して「遠山の金さん」の語が使用されるのは、請求人の作になる「遠山の金さん」シリーズが余りに人々の心に浸透したため、上の原作タイトルを言うよりも「遠山の金さん」といった方が通用し易いからに他ならない。なお、陣出達朗の原作に基づく作品として、請求人は「遠山の金さん」のテレビシリーズとは別に、片岡千恵蔵主演の「けんか奉行」「火の玉奉行」「はやぶさ奉行」「たつまき奉行」などの劇場映画を製作・公開している(甲2)。このように、「遠山の金さん」や「名奉行遠山の金さん」のシリーズ・タイトルはいずれも、請求人が映画製作に際して創案した「造語」であり、請求人独自のタイトル商標として強い出所表示機能を備えている。
(エ)また、「名奉行遠山の金さん」を含む「遠山の金さん」シリーズはいずれも「遠山左衛門尉景元(又は、遠山金四郎景元)」をモデルとする作品であるが、その人物像や行動パターンについても概ね、請求人が原作を脚色することで翻案したものである。すなわち、「遠山の金さん」といえば、いわゆる「遠山桜」といわれる「桜吹雪」の刺青をしており、最後の場面で名奉行としてもろ肌を脱いで裁きをするという、お決まりの行動が人々の記憶に染み付いているが、「桜吹雪」の刺青であったことや最後にもろ肌脱いで裁きをしたことを示す記録は、明治26年に明治座で初代市川左団次によって演じられた歌舞伎の通し狂言「遠山桜天保日記」にも、また、陣出達朗の原作にも記述がない(甲10)。つまり、現在、多くの人に慣れ親しまれている「遠山左衛門尉景元(又は、遠山金四郎景元)」の人物像や行動パターンは、請求人が原作を脚色して製作した「遠山の金さん」のテレビシリーズに負うところが殆どといって過言でない。事実、平成20年12月、50年ぶりに尾上菊五郎によって通し狂言「遠山桜天保日記」が演じられた際にも、本来の舞台では最後に刺青を見せる場面は存在しないが、請求人が製作したテレビシリーズ「遠山の金さん」で慣れ親しんだ最後のシーンを観客の多くが期待していることから、最後に遊び人の金さんが北町奉行に変身し、自慢の刺青を見せて裁きをするという歌舞伎にない場面を加えるなど、請求人の「遠山の金さん」は歌舞伎の狂言にまで強い影響力を及ぼすに至っている(甲11)。
(オ)「遠山の金さん」はその名称や各シリーズ・タイトルだけでなく、そのモデルとなる「遠山左衛門尉景元(又は、遠山金四郎景元)」の人物像や行動パターンについても、陣出達朗の原作を脚色することで請求人が性格付けを行ったものであり、請求人の企画・構想が色濃く反映されたテレビシリーズとなっている。そのため、「遠山の金さん」や「名奉行遠山の金さん」の語からは、原作者よりもむしろ、製作会社である請求人の出所が直ちに想起される状況となっており、請求人の出所標識として顕著な機能を備えるに至っている。加えて、「名奉行遠山の金さん」が「遠山の金さん」シリーズの中で最も長期にわたって放送され、かつ、性別・世代を超えた多くの視聴者に親しまれたことで、「遠山」と「金さん」の組み合わせは勿論のこと、「名奉行」と「金さん」の組み合わせからも直ちに、「名奉行遠山の金さん」や「遠山の金さん」の観念及び製作会社である請求人の出所が認識できる状況となっている。
Yahooの検索ページで「名奉行金さん」を入力すると、松方弘樹主演の「名奉行遠山の金さん」や他の主役の「遠山の金さん」に関するウェブページがヒットし(甲12)、その中で、本件商標と同じ「名奉行金さん」の語を使用している個人のブログでも、請求人の「遠山の金さん」について言及している(甲13)。
(カ)請求人は自己の製作に係る映画作品を様々な商品等に利用する商品化事業も行っており、「遠山の金さん」についても名古屋市に本店を有する株式会社大一商会(以下「大一商会」という。)に対して、同社が製造・販売するパチンコ器具につき、引用商標の使用を許可する商品化許諾のライセンスを付与している(甲14)。
イ 無効理由
(ア)法第4条第1項第7号について
本件商標「名奉行金さん」は、請求人が製作した「名奉行遠山の金さん」や「遠山の金さん」と同一の観念を生ずるものであり、かつ、請求人の出所を表示するものであるから、請求人と何ら関係を有しない被請求人に対してその登録が維持されるときには、当商品化業界の公正なる秩序を害し、長年にわたって培われてきた商慣行に混乱を来たすことは明白である。
著名な映画のタイトルやキャラクター名を商品に付することで、その商品の購買力が高められることは、商品を取り扱う者だけでなく、誰もが知り得るところであるが、他方、そのような著名性を備えた名称を使用する場合は、映画製作会社やマーチャンダイジングを担当する窓口会社から商品化許諾のライセンスを受け、然るべきロイヤリティを支払わねばならない。そのため、映画タイトルやキャラクターの名称と同一ではないが、それを標ぼうするような類似の名称を用いることで、ロイヤリティの支払いを免れ、しかも、同一名称を使用した場合と同等の商品購買力を得られるような悪質な商標登録が昨今、横行している。しかし、映画の製作には膨大な時間的及び資金的な投資が不可欠であり、商品化事業は作品の広告宣伝と共にその資金回収としての性格を強く帯びていることから、その著名性や名声に無断で便乗(フリーライド)されるようなことがあれば、前記投資を行った者の被る損害は計り知れない。そのため、商標法や不正競争防止法では他人の周知・著名な表示と混同のおそれがある商標の登録及び使用を禁じている。
かかるところ、本件商標は請求人が製作した「名奉行遠山の金さん」や「遠山の金さん」と観念を同じくし、かつ、取引者・需要者をして請求人の出所を認識させるものであるから、本来、その採用に際しては請求人からライセンスを受けねばならないところ、請求人から承諾を受けた事実は見当たらない。そのため、本件商標の登録が維持されるときには、請求人と何ら関係を有しない被請求人による「遠山の金さん」や「名奉行遠山の金さん」と類似する商標の独占排他的な使用を可能にし、かつ、請求人の作になる「遠山の金さん」や「名奉行遠山の金さん」の名声へのフリーライドを許す結果を招くことは明白である。また、仮にそうなれば、商品化許諾のロイヤリティ支払いを免れるため、あえて周知・著名な他人の商標と同一商標の採用を避け、その名声や著名性にフリーライドできるような悪質な類似商標の登録・使用の横行を許すことにもなりかねず、当商品化業界の公正なる秩序を害するだけでなく、長年にわたって培われてきた商慣行に著しい混乱を来たす。
(イ)法第4条第1項第11号について
本件商標は「名奉行金さん」と書してなり、第28類「遊戯用器具」を指定商品とするものであるが、これは「遊戯用器具」を含む第9類及び第28類の商品を指定する引用商標「遠山の金さん」と彼此混同のおそれがある類似の商標である。
請求人が製作した作品「遠山の金さん」は1970年代から2000年代の長きにわたって放送されたテレビシリーズであるが、その名称をはじめ、各シリーズ・タイトルも請求人が映画製作に際して独自に創案した「造語」であるほか、その人物像や行動パターンについても請求人が脚色して性格付けを行ったのであり、シリーズ全体を通じて請求人の企画・構想が色濃く反映されている。それがため、「遠山の金さん」といえば直ちにその製作会社である請求人が想起される状況にあり、請求人の出所標識として強い機能を備えるに至っている。なかでも、「遠山の金さん」シリーズ中、最も長期に放送され、かつ、性別・世代を超えた多くの視聴者に親しまれ、しかも、比較的最近に放送されたのが「名奉行遠山の金さん」であったことで、「名奉行」の語は「遠山の金さん」と密接な関連性を有する語として、視聴者の記憶に深く刻まれることとなった。その結果、当商品化業界においては、「遠山」と「金さん」の組み合わせは勿論のこと、「名奉行」と「金さん」の組み合わせからも直ちに、請求人の作になる「遠山の金さん」の観念及び請求人の出所が認識できる状況となっている。
ところで、法第4条第1項第11号の「商標の類否」については、最高裁昭和43年2月27日:昭和39年(行ツ)第110号判決で判示しており、また、同号に関する商標審査基準2で規定している。
「遠山の金さん」のテレビシリーズが1970年代から2000年代の長きにわたってテレビ放送され、その内の10年という長期にわたり「名奉行遠山の金さん」シリーズが性別・世代を超えた多くの視聴者に親しまれたという事実に徴すれば、「名奉行」の語は「遠山の金さん」と密接な関連性を有する語として視聴者の記憶に深く浸透し、「遠山」と「金さん」の組み合わせは勿論のこと、「名奉行」と「金さん」の組み合わせからも直ちに、「遠山の金さん」及び請求人の出所が連想し得る状況となっていたと理解できるから、本件商標は引用商標と誤認混同のおそれがある類似の商標と解するのが、上の判決及び社会通念に照らし相当である。したがって、本件商標は引用商標と彼此混同のおそれがある観念上類似の商標である。
(ウ)法第4条第1項第15号について
本件商標は「名奉行金さん」と書してなるが、「名奉行」の語が請求人の作になる「遠山の金さん」と密接な関連性を有する語として視聴者に広く認識されていることから、これと「金さん」の語とを組み合わせた標章を、その指定商品であるパチンコ器具等の「遊戯用器具」に使用した場合、あたかも、請求人の取り扱いに係る「遠山の金さん」又は「名奉行遠山の金さん」に関連する商品であるかの如く、また、請求人からライセンスを受けた者の取り扱いに係る同種商品であるかの如く、若しくは、請求人と親子会社など何らかの関係を有する者の取り扱いに係る同種商品であるかの如く、その出所につき混同を生ずるおそれがある。
請求人は、映画の製作・配給のほか、製作した映画を各種商品や役務に利用する商品化事業を行っているが、昨今、パチンコ器具を含む遊戯用器具のメーカーは同業他社よりも商品展開の優位性を確保するため、映画やテレビ及びその主人公等のキャラクタ一等が有する顧客吸引力に着目し、請求人をはじめとする映像製作各社に対して盛んにライセンスの申込を行っている。現に、請求人においても各種遊技機メーカーからの引き合いが殺到しており、株式会社平和に対してパチンコ器具への「桃太郎侍」の利用をライセンスしている(甲15)。また、被請求人も、奇しくも請求人のグループ企業である東映アニメーション株式会社が製作した作品「ウィングマン」につき、ライセンスを得て自己のパチンコ器具に利用している(甲16)。このように、今や、パチンコ器具やパチスロ器具への著名な映画やそのタイトル等の利用は、他社製品への優位性獲得を使命とするこれら遊技機メーカーにとって、極めて有力な顧客吸引力獲得の手段となっているが、他方、当商品化業界のルールとして「1作品1業種1社」の原則があり、それにより、ライセンシーは1作品を契約期間中は自己の製品に独占利用できることで、圧倒的な顧客吸引力を獲得し、他社よりも優位性を確保できるようになっていることは、意外と知られていない。すなわち、仮に、1つの作品が同業種の複数企業にライセンスされたとすれば、似たような同種商品が複数の同業他社からも提供されることになるため、顧客吸引という点では効果が希薄になってしまうが、1つの作品を1業種の1社にだけライセンスすることで、圧倒的な顧客吸引力を独占できるため、他社の優位に立つことができるのである。これが当商品化業界の慣行となっている「1作品1業種1社」のルールである。
請求人は、既に「遠山の金さん」をパチンコ器具に利用する権利を大一商会に対してライセンスしているため、万が一、本件商標が、指定商品に含まれるパチンコ器具に使用されるようなことがあれば、法4条1項7号に関連する事柄ではあるが、当商品化業界において保たれてきた前記ルールが毀損されてしまうほか、正規のライセンス商品を知らない利用者には、あたかも、それが請求人から正規に許諾を受けたライセンス商品であるかの如く誤信されるであろうことは明らかである。
してみれば、被請求人が本件商標を、指定商品に含まれるパチンコ器具に使用したとすれば、当商品化業界において守られてきた「1作品1業種1社」のルールが根底から覆されてしまうほか、遅くとも本件商標が出願された平成20年5月当時であれば既に、「名奉行遠山の金さん」や「遠山の金さん」の語が請求人の出所を表示する標識として取引者・需要者に広く認識されていたことは明らかである。そうして、「名奉行遠山の金さん」が比較的最近の作品であることも手伝って、「名奉行」と「遠山の金さん」つまり「金さん」が本件テレビシリーズを示す語として密接な関連性を持つに至ったことで、あたかも、請求人の取り扱いに係る商品であるかの如く、又は、同人からライセンスを受けた者の商品であるかの如く、若しくは、請求人やそのライセンシーである大一商会と何らかの関係を有する者の取り扱いに係る商品であるかの如く、その出所につき誤認混同を来たすことは明らかであるから、請求人の取り扱いに係る商品と混同のおそれがある商標とみるのが、上の判決及び社会通念に照らし相当である。したがって、本件商標は請求人の「名奉行遠山の金さん」や「遠山の金さん」の独自性及び顧客吸引力を希釈化し、請求人及びそのライセンシーの業務に係る商品と混同を生ずるおそれがある。
(2)弁駁
ア 事実関係
(ア)テレビ放送は日本全国に情報を瞬時に発信できるメディアであり、最も効果的な周知性・著名性の獲得手段であるところ、そのテレビ放送というメディアを介して、10年もの長期にわたり放送されたことによる効果は絶大である。したがって、放送終了後10年を経過したといえども、「名奉行遠山の金さん」のタイトルが視聴者の記憶に深く刻まれていることは明白である。
乙7と乙8の書籍タイトルに「名奉行遠山の金さん」の語が用いられていること、被請求人指摘のとおりであるが、請求人の作になる「遠山の金さんシリーズ」はいずれも陣出達朗の原作に依拠するところ、前記書籍の発行時期が松方弘樹主演の「名奉行遠山の金さん」のテレビ放送開始年度(1988年)と重なることから、購読者により親近感を与えるための販売促進手段として、出版に際してテレビ番組のタイトルである「名奉行遠山の金さん」の語を付加したものに他ならない。それが証拠に、1970年に発行された同一書籍には「海賊奉行」又は「無頼奉行」のタイトルが記されるだけで、「名奉行遠山の金さん」の語は用いられていない(甲17及び甲18)。
(イ)高視聴率の獲得や視聴率の低下防止を企図する場合に、高い人気を博しているタレントや著名なスポーツ選手などを起用することは、過去の実績や経験則に基づいてテレビ局が古くから行ってきた常套的手法に他ならない。したがって、人気アイドルである「東山紀之」の起用が、「名奉行遠山の金さん」の語を視聴者の記憶に焼き付けるうえで、絶大なる効果を奏したことは明白である。
(ウ)被請求人は、「遠山の金さん」の語が請求人の創案した「造語」でないことを示す様々の証拠を提出し、それを唯一のよりどころとして、「遠山の金さん」や「名奉行遠山の金さん」の商標が請求人を示す強い出所表示機能を備えていないと指摘する。しかし、これらは請求人の作になるテレビ映画のタイトルであるところ、その名称やキャラクターが商品等の出所表示として機能し、それらと同一又は類似の表示を使用する行為が、自他商品の出所混同のみならず、ライセンサーとライセンシーにより構成された商品化事業グループに属する者の商品であるかの如く誤信させる不正競争行為に該当することは、下記を含む多くの判決によって既に確立された解釈となっている。
NFLヘルメットマーク事件(最高裁昭和59年5月29日判決)
ポパイネクタイ事件(東京地裁平成2年2月19日判決)
ミッキーマウス不正競争防止法事件(東京地裁平成2年2月28日判決)
「遠山の金さん」及び「名奉行遠山の金さん」の語が顕著な出所表示機能を備えていることは、これらが「造語」であるか否かに拘らず、前示した最高裁判決等に照らし明白である。かかるところ、被請求人は、請求人が製作した「遠山の金さんシリーズ」中、6代目に当たる松方弘樹をキャラクターに起用し、しかも、この6代目作品で使用した「名奉行遠山の金さん」のタイトルと酷似する「名奉行金さん」の語のパチンコ器具への使用を画策しており、これは不正競争防止法の問題ではあるが、上の判決にあるように、請求人を中心とした商品化事業グループに属する者の取り扱いに係る商品であるかの如く、取引者・需要者を誤信させる不正競争行為に該当することは明らかである。さらに、マーチャンダイジング・ライセンス業界においては、長年にわたり遵守されてきた「1作品1業種1社」のルールがあるところ、請求人は現在、同じ「遠山の金さんシリーズ」中、3代目に当たる橋幸夫をキャラクターとするパチンコ器具へのライセンスを行っており、被請求人のパチンコ器具が市場に出回ることとなれば、前記ルールを根底から脅かす、極めて由々しき事態を招来することは明らかである。この点、被請求人は「取引の実情について」の項において、意味のない販売形態について述べ、人物名やキャラクター名の重複事実を根拠にして、軽々に本件商標やキャラクターの重複利用は問題ないと、あたかも責任逃れともとれる主張をするが、事は極めて重大であり、軽率の謗りを免れない。
なお、引用商標の拒絶理由通知に対し、「造語」である旨を主張しなかったとの指摘については、「遠山の金さん」が請求人の著作物のタイトルであり、その著作物を記録するメディアに相当する「レコード、映写フィルム、スライドフィルム、電子出版物」等については、これらに記録される著作物の内容表示として取り扱われるのが経験則であるため、拒絶理由を解消するために、削除補正を行ったものに他ならない。「造語」であるか否かとは全く無関係である。
(エ)被請求人は、遠山金四郎が「遠山桜」といわれる「桜吹雪」の刺青をしており、もろ肌脱いで裁きをするというお決まりの行動につき、様々な証拠を提出して、請求人が翻案したものではないと指摘する。しかし、甲11に示すように、そもそも歌舞伎で採用する「遠山桜天保日記」にもそのような刺青やお決まりの行動がないところ、テレビで請求人の作品により慣れ親しんだ観客を満足させるため、敢えてそのようなシーンを加えたとあり、このことこそ、請求人が「遠山の金さん」の人物像や行動パターンを翻案し、かつ、その印象を視聴者の記憶に強く焼き付けたことを示す何よりの証左である。また、奇しくも、乙34の4には「・・・片肌を脱いで桜吹雪の刺青を見せて啖呵を切り、これにて一件落着と言うのは、どうやら作り話のようだ。」とあるが、その作り話こそ、請求人が翻案した脚色に他ならない。
(オ)「遠山の金さんシリーズ」を通じて遠山金四郎の性格付けを請求人が行ったことは、例えば、前記した歌舞伎で採用される「遠山桜天保日記」と請求人の作になる「遠山の金さんシリーズ」のテレビ番組のプロットとを対比することによって、容易に理解し得ることであり、また、「遠山の金さん」や「名奉行遠山の金さん」が出所標識としての機能を備えており、とりわけ、「名奉行遠山の金さん」の印象が視聴者の記憶に深く刻まれていることは、前示した最高裁等の判決及び前説示した理由から、容易に導き出される事柄である。
(カ)当業界における常識では、「タイアップ」とは殆どが新作映画のプロモーションに付随して行われる契約をいい、請求人が商品化許諾に際して行っているライセンスはタイアップ契約ではない。したがって、請求人のライセンスが「タイアップ」契約であることを前提とした被請求人の主張及びその余の指摘についても、全く理由がない。
イ 取引の実情について
(ア)被請求人の主張は、請求人が示した最高裁判決に「取引の実情」の文言があるため、これに着目し、自己の「名奉行金さん」に係るパチンコ器具事業の正当性をいわんがため、単に一般的な取引形態や人物名及びキャラクター名に係る重複例を列挙しただけのものであり、責任逃れとも取れる主張に他ならず、何ら理由がない。
(イ)また、被請求人は、「遊技用器具」の需要者、取引者は、パチンコホール等の「遊技場営業者」と、製造者と遊技場営業者との間に介在する「販売代理店」の二者であり、遊技場で遊技を楽しむ一般遊技者(プレーヤー)は流通や購入に関与しないので、需要者、取引者には当らないと指摘する。
しかし、被請求人の主張に従えば、遊技場営業者と販売代理店さえ混同を生じなければ、一般遊技者が著しい混同を生じても構わないことになり、同様の関係が遊園地経営者と遊園地用機械器具の製造者の間にも見られるが、昨今、中国で問題となった、ディズニーランドやそのキャラクターを模倣したアトラクションを設置する遊園地も、その利用客が如何に混同を来たそうと、前記した遊園地経営者と遊園地用機械器具の製造者さえ混同を生じなければ、全く責任を問えないことになってしまう。なお、被請求人はしばしば「需要者、取引者」の語を引用するが、法第4条第1項第7号をはじめ、同11号、同15号にも、その規定中に「取引者、需要者」の文言は存在しないことを付言する。
(ウ)さらに、被請求人が列挙する人物名やキャラクター名に係る重複使用例は、いずれも利用年度が異なっており、契約期間中における重複使用事実を示すものでないばかりか、各ライセンスの具体的な契約内容が分からない状態で論じ得る事柄でもない。通常、ロイヤリティを支払う代わりに、周知・著名な名称やキャラクターを自己の商品等に独占利用できるようにすることで、他社との差別化・優位化を図り、自己の商品の販売や利用の促進を図るのが商品化許諾事業の本質であるから、仮に、契約期間中に同一内容のライセンスが複数の業者に付与されたとすれば、他社との差別化・優位化が図れず、販売や利用の促進に資することができないことは明白である。したがって、社会通念及び当業界の経験則に照らせば、商品化許諾のライセンスを受けるライセンシーが、そのようなライセンス契約を率先して締結するとは思えず、この点に関する被請求人の主張は、到底、措信し得ない。
(エ)被請求人は、キャラクター標章について、複数の遊技機メーカーが重複使用(重複タイアップ契約)している実態があり、いわゆる「フェイス トゥ フェイス」で取引を行う販売形態であれば、出所の混同は生じないというが、極めて乱暴な主張であり、首肯できない。なお、被請求人の主張及び証拠は、被請求人がいうところの「タイアップ契約」に関するものであり、請求人はタイアップ契約を行っていないから、そのような無関係な契約形態であることを前提とする被請求人の主張は、何ら理由がない。
(オ)パチンコ器具の利用者である一般遊技者(プレーヤー)が需要者、利用者に当らないとする指摘については、それこそ強弁・き弁である。
ウ 無効理由について
(ア)法第4条第1項第11号について
歴史上の人物名の一部を共通にする商標の共存事実があることをよりどころとして、本件商標は引用商標と非類似の商標というが、「遠山の金さん」が造語であるか否かに拘らず、本件商標から生ずる観念は引用商標と同一である。
請求人は、その製作に係るテレビ映画「遠山の金さんシリーズ」に付随する商品化事業の保護を目的として、引用商標を商標登録したものであるが、前記したように、長期にわたって「遠山の金さんシリーズ」が放送された結果、「遠山の金さん」といえば、請求人が脚色したところの遠山金四郎の人物像及び行動パタ一ンが広く視聴者の記憶に刻まれることとなった。また、「遠山の金さんシリーズ」の中でも特に「名奉行遠山の金さん」は、その放送期間が10年に及ぶこと、比較的最近の放送時期であること、及び、配役に人気アイドルを起用したこと等により、老若男女を問わず、広く視聴者の記憶に残ることとなり、「名奉行」と「金さん」の組合せから容易に「松方弘樹」主演の「名奉行遠山の金さん」が連想されるようになった。かかるところ、本件商標は「名奉行金さん」と書してなり、「松方弘樹」主演の「名奉行遠山の金さん」と「名奉行」及び「金さん」の語を共通にすることから、請求人が製作したテレビシリーズである「遠山の金さん」が直ちに連想されるようになっている。しかも、本件商標が使用される商品は、請求人が商品化許諾のライセンスにより、既に引用商標を使用しているところと同一の「パチンコ器具」である。してみれば、請求人が引用した最高裁判決に徴すれば、本件商標が引用商標と同一の観念を生じ、取引者・需要者をして彼此混同を生じさせる類似の商標であることは明らかである。
なお、請求人は、本件商標を「名奉行」と「金さん」の組合せ、引用商標を「遠山」と「金さん」の組合せと称しただけであり、これらを分離すべきとの主張は行っていない。被請求人指摘のとおり、本件商標も引用商標も共に構成全体として類否を考察すべきであり、その場合の両商標の観念こそ同一なのである。
(イ)法第4条第1項第15号について
請求人の商品化許諾は、タイアップのライセンスではないから、このような誤った認識に基づく被請求人の主張は理由がなく、失当である。
商標の類否については、観念を同じくする類似の関係にあるところ、被請求人が現実に商品化を画策している「パチンコ器具」は、「松方弘樹」主演の「名奉行遠山の金さん」をほうふつ・連想させる「名奉行金さん」の商品名というだけでなく、その主演である「松方弘樹」本人をもキャラクターとして採用するものであり、しかも、現実の商品化では「もろ肌脱いだ遠山の金さん」の容姿等も利用されるものと推察される。仮に、そのような「パチンコ器具」が現実に市場に出回ったとすれば、請求人から正規のライセンスを受けた大一商会の取り扱いに係る「松方弘樹をキャラクターとする『遠山の金さん』のパチンコ器具」とその出所につき混同を生ずることは明白であり、また、あたかも、被請求人が請求人や大一商会と何らかの関係を有するかの如く、誤って認識されるおそれがあることは明白である。してみれば、請求人が引用した最高裁判決に徴すれば、本件商標が請求人やそのライセンシーの取り扱いに係る商品と重大な出所混同のおそれがあることは疑いの余地もない。
さらに、前示したNFLヘルメットマーク事件判決は、不正競争防止法に関する事件判決ではあるが、上の最高裁判決と同旨の判決内容となっており、そのことから、本件商標を付した「パチンコ器具」を譲渡し、引渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせた場合は、その行為が、不正競争防止法で禁じる不正競争行為に当ることは明らかである。
なお、被請求人は、「名奉行遠山の金さん」の一連語が、広く視聴者の記憶に浸透している(周知)との主張については、証拠もなく理由がないというが、数ある時代劇作品、数ある「遠山の金さんシリーズ」の中で、被請求人が「名奉行遠山の金さん」をほうふつ・連想させるような「名奉行金さん」の語を本件商標に採用し、しかも、「名奉行遠山の金さん」の主演である「松方弘樹」をそのキャラクターに据えた「パチンコ器具」の販売を画策している、その行為こそ、「名奉行遠山の金さん」が周知・著名であることを顕著に示す、何よりの証左である。
(ウ)法第4条第1項第7号について
請求人は、劇場向け映画のほか、テレビ放送用の映画を多数製作してきたが、その製作には膨大な資本と時間の投資が不可欠である。多大な努力によって獲得した作品の名声や著名性に便乗する者が後を絶たず、最近では、一見すると合法的な行為に見えるが、その実、何ら権利処理を行わずして前記名声や著名性にただ乗りせんとする、脱法的行為を行う者が横行するようになった。そして、その一端を担うこととなる商標登録については、穏当を害する商標として従来から同号を主張し、その適用が承認されてきた経緯がある。

4 被請求人の主張
被請求人は、本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とするとの審決を求めると答弁し、その理由を要旨次のように述べ、証拠方法として乙第1号証ないし乙第99号証(枝番を含む。以下、乙号証を「乙1」のようにいう。)を提出した。
請求人の主張する法第4条第1項第7号、同11号及び同15号の各無効理由は、以下に述べるとおり、いずれも理由がなく失当である。
(1)事実関係
ア 請求人が、映画の製作・配給を行う会社であり、各種映画の製作していること、1970年代から2000年代のテレビ時代劇を代表する作品の1つが「遠山の金さんシリーズ」であることは認める。
請求人の「遠山の金さんシリーズ」のうち、「名奉行遠山の金さん」の一連表示のタイトル名が広く視聴者の記憶に浸透しているとの主張については、証拠がない。
請求人は、「遠山の金さんシリーズ」のうち一連の「名奉行遠山の金さん」のタイトル名が広く視聴者の記憶に浸透している理由として、a)六代目松方弘樹氏が1988年から1998年までの10年という長きにわたって主役を演じたこと、b)放送時期が比較的最近であることのほか、c)人気アイドル(東山紀之)の起用を挙げているが、そもそも放映完了後10年近く経過している「名奉行遠山の金さん」が、最も多用されている「遠山の金さん」よりも、ことさらにこの一連語に限って、広く視聴者の記憶に浸透している、との主張については疑問がある。
なお、「名奉行遠山の金さん」の一連語は、松方弘樹主演のテレビ映画のほかに、各書籍タイトル(乙7、乙8)にもそのまま用いられている。
イ 人気アイドル(東山紀之)の起用が、「名奉行遠山の金さん」の一連表示をことさら広く視聴者の記憶に焼き付けたとの主張は、証拠がない。
ウ 請求人は、引用商標に関連して、「遠山の金さん」をはじめ「名奉行遠山の金さん」を含む各シリーズ・タイトルは全て、請求人が創案した「造語」であり、請求人独自のタイトル商標として強い出所表示機能を備えていると主張するが、これは事実に反する。
「遠山の金さん」の語は、辞書・辞典(乙3の2、乙4の2、)に記載されているように、我が国において、歴史上の人物である「遠山金四郎」の略称又は愛称として、古くから一般に広く親しまれているものである。
引用商標の出願審査手続における拒絶理由通知のなかで、「遠山の金さん」の語は「単にその商品の品質(内容)を表示するにすぎないもの」と認定されている(乙1の3)。
この認定に対し、請求人は何ら意見を述べることなく、容認して、願書に記載された指定商品(乙1の1)のうち、「レコード、・・電子出版物」の商品を削除して変更する手続補正書(乙1の4)を提出し、その結果、引用商標の登録を得た経緯がある(乙1の5)。
なお、引用商標の先願登録商標として第4562620号「金さん」が存在する(乙2)。
「遠山の金さん」の語は、古い映画のタイトルとして用いられ(乙34の8)、現存する書籍(古書を含む)の書名タイトルとしても、多くのものに使用されている(乙9ないし乙20、乙34)。
また、陣出達朗の著作には、「遠山の金さん」「遠山金四郎」「金さん」のタイトル(サブタイトル)を付したものが多数ある(乙21ないし乙25)。
さらに、陣出達朗の原作に基づく片岡千恵蔵ら主演のビデオのタイトルにも「遠山の金さん」の語(サブタイトル)を付したものが多数ある(乙26ないし乙32)。
「遠山の金さん」の語は、「遠山金四郎」の略称又は愛称であって、実存していた当時から、親しみと畏敬の念をこめて「遠山の金さん」と呼ばれたとされるものであって、現存する書籍(古書を含む。)等のタイトルとして多くのものに使用されている。例えば、「国立劇場第261回?平成二十年十二月歌舞伎公演」パンフレットの尾上菊五朗の文(乙5の3)にも「皆様がよくご存知の”遠山の金さん”」「今や”遠山の金さん”には欠かせない場面」「歌舞伎で復活する”遠山の金さん”」とあるように、また同様に、同リーフレット(乙6)の裏面解説に「桜吹雪の刺青(ほりもの)で悪を絶つ時代劇の人気者?ご存知”遠山の金さん”が三宅坂に颯爽と参上!」とあるように、一般人に広く深く親しまれている愛称である。
したがって、請求人の創案した「造語」であることを前提とする、「遠山の金さん」などの語が請求人独自のタイトル商標として強い出所表示機能を備えているとの主張は明らかに根拠がなく、理由がない。そして、「遠山の金さん」の語は、我が国において、古くから一般に広く親しまれ、多方面に亘って非独占的に用いられているものであるから、「遠山の金さん」あるいはこれに「名奉行」を冠した「名奉行遠山の金さん」の表示が、請求人の業務に係るものとして、需要者等の間に広く認識されているとは、到底いえない。そもそも、「遠山の金さん」や「名奉行遠山の金さん」の標識(表示)自体に造語のような独創性がない。
エ 請求人は、「遠山の金さん」の人物像や行動パターンについて、いわゆる「遠山桜」といわれる「桜吹雪」の刺青をしており、最後の場面で名奉行としてもろ肌を脱いで裁きをするという、お決まりの行動が、概ね、請求人が原作を脚色することで翻案したものであると主張するが、証拠がない。
これに対して、いわゆる「遠山桜」といわれる「桜吹雪」の刺青と、奉行としてもろ肌を脱いで裁きをするという、お決まりの行動が推測され得る戦前の資料(絵画や映画の写真)が掲載された文献(乙33、乙34)がある。いわゆる「遠山の金さん」のお決まりの行動パターンが、請求人が原作を脚色することで翻案したとの主張は根拠がない。
(2)取引の実情について
ア 最高裁判例と取引の実情
請求人も引用する最高裁判例によれば、法第4条第1項第11号に係る「商標の類否」は、同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が、その外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して、その商品又は役務に係る取引の実情を踏まえつつ全体的に考察すべきものであり(最高裁昭和39年(行ツ)第110号昭和43年2月27日判決)、また、法4条1項15号にいう「混同を生ずるおそれ」の有無は、当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や、当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として、総合的に判断されるべきものとされる(最高裁平成12年7月11日判決「レールデュタン事件」)。
そこで、「遊技用器具」に関連する「取引の実情」について述べる。
(ア)「遊技用器具」の販売形態
a 需要者、取引者
本件商標の指定商品は第28類の「遊技用器具」であり、具体的には「パチンコ器具」(業界では「パチンコ遊技機」「パチンコ機」ともいう。)及び「スロットマシン」(業界では「パチスロ」ともいう。)であることは明らかである。
そして、この「遊技用器具」の需要者、取引者とは、
a)パチンコホール等の「遊技場営業者」(業界では単に「遊技場/ホール」ともいう。)、b)製造者と該遊技場営業者との間に介在する「販売代理店(代行店)」である。
なお、遊技機が設置された遊技場で遊技を楽しむ一般遊技者(プレーヤー)は「遊技用器具」の流通及び購入に関与しないので、商品の需要者、取引者には該当しない。
b 販売形態
この種遊技用器具(以下、パチンコ遊技機について述べる。パチスロの取引形態もほぼ同様である。)の販売は、
a)製造者であるメーカーから直接遊技場(ホール)へ販売される「直販ルート」と
b)販売代理店(代行店)を介して販売される「代理店ルート」の2通りがある(別掲【図1】参照)。
メーカーの直販比率は概ね40?80%で、各メーカーの営業力の大小によって変動する。販売(流通)形態としては、例えば、各種の製造装置や加工機械や成形機械等の産業用機械器具のそれと近似しているが、遊技用器具は公安委員会や警察等の風俗営業関係行政がからむ分だけ複雑で、特殊、専門性がある。
遊技用器具は、遊技場の経営を左右することはもとより、1台30万円以上(パチンコ機)の価格を有する高額商品であるから、その購入は慎重に行なわれる。通常、遊技場営業者(ホール)は、メーカーの商品情報や展示会(営業)で情報を得て、購入の意思決定をなし、発注、受注、契約という個々の手続を経て商品が納入、設置される(別掲【図2】参照)。
設置に際しては遊技場(ホール)所轄の警察署の調査及び承認が必要であり、その承認後初めて遊技者が使用開始、つまりホールでの営業(開店)ができることとなる。
次に、被請求人が使用している「注文書」及び「売買契約書」のひな形を示す(乙36及び乙37)。
c 「遊技用器具」の特殊な取引形態
「遊技用器具」は、その需要者、取引者が、遊技場営業者(ホール)及び販売代理店(代行店)という、限られた特定の者であり、販売ルートも「直販ルート」と「代理店ルート」の2通りに限られ、購入(設置)に関しては、公安委員会や警察等の行政対応のための専門的知識を要するという特殊な取引形態を有する。
のみならず、遊技用器具は、遊技場の経営を大きく左右しかつ高額なものであるから、実際の取引に際しては、メーカーとその需要者である遊技場(ホール)営業者との間で、注文書や契約書によって詳細かつ具体的、個別的に(フェイス トゥ フェイスで)合意が形成され慎重な取引がなされるという販売形態に関する特殊な取引の実情を有する。
(イ)商標の特性1(キャラクター標章)
a 遊技用器具のキャラククー性
一方において、遊技場(ホール)営業者が収益を上げるためには、遊技用器具は遊技者(プレーヤー)が好むもの、遊技者の興味を引きつけるものであることが不可欠である。そのためには、遊技のゲーム性の工夫はもちろんのこと、遊技機の外観やそのイメージをアップすることは重要な課題である。とりわけ近年の液晶機の普及は、液晶画面の画像や音声によって遊技用器具にキャラクターを登場させ遊技のゲーム性やゲーム内容の演出を高めることを可能とした。そして、いまやパチンコ遊技機(及びパチスロ)業界では、このキャラクタ一機以外は考えられないという状況までに至った。
このキャラクターは、大別して、a)メーカーのオリジナルキャラクタ、b)既存の(タイアップ)キャラクターがあり、前者はメーカーにより採択され育成されるもので、歴史上の人物や事物、特定の職業人(プロスポーツ、すし職人など)、動物やロボット、妖怪などのほか、その時代のブームになった、サッカーや「恐竜」ものなどが採択されるが、当たり外れのリスクがあり、また、流行に追随する事が多く、短期間ですたれたりする。他方、後者のタイアップキャラクターにあっては、もともと人気のあった有名人や人気キャラクターを使用するので、当たり外れのリスクが少なく、即効的効果が期待でき、ヒットする確率が高いが、タイアップの契約料がかかるという問題がある。パチンコ遊技機の業界では、2000年以降は「オリジナルで頑張るメーカーがだんだん少数に」なり、「タイアップ機種が年を追うごとに、ものすごい勢いで増えて」いるとされる(乙38)。
ちなみに、タイアップキャラクターの対象は、「タレント(歌手)、漫画、映画作品やゲームなど多岐に渡っていて、特に流行などは見受けられない」が、「パチンコを打つ年代層に合わせたモチーフを使うようにするというのが、暗黙の了解」になっており、「また、ゲーム内容も研究されるようになり、例えば演歌歌手など高い年齢層をターゲットにしたタイアップ機種では、ややこしい演出をいれないようにする、あるいは逆に、若い年代が好むモチーフの場合は、ちょとしたコツで出玉が増えたり勝てる可能性が高まるようなゲーム性にするなど、単にタイアップするのではなく、より効果的なゲーム性の模索が、生き残りをかけたポイントになっているよう」であるとされる(乙38)。
b キャラクター標章
近年、遊技用器具にあっては、外観やそのイメージをアップしゲーム内容の演出を高めるために歴史上の人物や有名人や人気アニメ等のキャラクターを登場させたものが多用され、同時に、キャラクター又はそれと関連イメージを有するネーミングが標章として採用される。本件商標の「名奉行金さん」及び引用商標の「遠山の金さん」はいずれも、この遊技用器具のキャラクターのイメージを表示する標章である。
(ウ)商標の特性2(キャラクター標章の類否)
遊技用器具(パチンコ遊技機及びパチスロ)に使用されるキャラクター標章にあっては、共通のキャラクターをモチーフとし、わずかな相違を有する複数の標章が機種名として採用され出所の混同を生ずることなく使用されており、かつ商標登録においても非類似の商標として登録されている多数の例がある。
本件商標及び引用商標のような「歴史上の人物」を共通モチーフとする複数のキャラクター標章について、実際に販売されている実機の「機種名」の検索結果を示す。併せて、前記「機種名」に関連する登録商標(指定商品・遊技機)の調査結果を示す(乙39ないし乙46)。
(エ)商標の特性3(キャラクター標章の重複使用)
次に、遊技機に使用されるキャラクター標章について、複数の遊技機メーカーが重複使用(重複タイアアップ契約)している実態がある。すなわち、同一の(タイアアップ)キャラクター標章が重複して使用されるケースであるが、この場合には別のメーカー表示等によって出所表示機能が果たされ、実際に出所の混同が生じていない。もっとも、上記(ア)で述べたようなメーカーと購入者とが「フェイス トゥ フェイス」で取引を行う特殊な販売形態であれば、このことからも出所の混同は生じない。
調査結果の一部を示す(乙39、乙47ないし乙99)。
乙47ないし乙52の例は、いずれもパチンコ遊技機同士を含む重複使用のケースであるが、パチンコ遊技機とパチスロの重複使用は多数にのぼる。また、同一のキャラクター標章がパチンコ遊技機とパチスロの別個のメーカーの実機に使用された例(乙54ないし乙99)である。これらも、出所の混同を生ずることなく販売されている実情がある。
(3)無効理由について
ア 法第4条第1項第11号について
(ア)事実関係
請求人の主張は、被請求人が先の事実関係の項で証拠とともに主張したように、事実関係の点から、明らかに理由がない。
(イ)商標の類否
a 「しょうざん事件」判例によれば、「商標の類否」の判断に際しては、同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が、その外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して、その商品又は役務に係る取引の実情をまえつつ全体的に考察すべきものでされる(最高裁昭和39年(行ツ)第110号昭和43年2月27日判決「しょうざん事件」)。
商標の類否について、商標自体の類否と指定商品「遊技用器具」の分野における取引の実情の両点から検討する。
なお、商標の類否判断に際しては、近時の裁判例では、当該商品又は役務に係る取引の実情を独立して判断することが多いようである(「ラブコスメ事件」、「ガールズウォーカー(同種○○ウォーカー)事件」、「SHI-SA(+図形)事件」、「キューピー事件」)。
b 商標自体の類否について
本件商標及び引用商標に対し、「金さん」の文字からなる先願登録商標が存在する(乙2)ことからも解るように、本件商標及び引用商標は、「金さん」の構成部分を共有する結合商標と解される。
結合商標と解されるものについては、商標の構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することにつき、最高裁昭和37年(オ)第953号判決「リラ宝塚事件」ほかが参照されるべきである。
c この判例をふまえつつ考察すると、本件商標は、標準文字で「名奉行金さん」の各文字を同じ書体でまとまりよく一体的に表されたものであるから、「名奉行金さん」として外観上一体として把握し得るものである。また、構成全体から生ずる「メイブギョウキンサンの」称呼も冗長なものではなく、よどみなく一連に称呼し得るものであって、これをことさらに「メイブギョウ」「キンサン」の構成部分に分離して、称呼、観念しなければならないとする特段の事情が存在するとはいえない。
これに対して、引用商標は、標準文字で「遠山の金さん」の文字を同じ書体でまとまりよく一体的に表されるものであるから、「遠山の金さん」として外観上一体として把握し得るものである。また構成全体から生ずる「トオヤマノキンサンの称呼も冗長なものではなく、よどみなく一連に称呼し得るものであって、これをことさらに「トオヤマノ」「キンサン」の部分に分離して、称呼、観念しなければならないとする特段の事情が存在するとはいえない。
そうすると、本件商標と引用商標とは、外観、称呼及び観念において、相紛れることのない互いに非類似の商標といわなければならない。
d 一方、本件商標及び引用商標からは、我が国で古くから一般に広く親しまれている歴史上の人物である「遠山金四郎」を連想させる。しかし、両商標が共通の事物、特に歴史上の人物を連想させることのみによっては、両商標を類似のものと判断することはできない。とりわけ、本件の「遠山金四郎」のように我が国で古くから一般に広く親しまれている人物にあっては、当該人物に対する需要者、取引者の認識程度が高いので、彼此区別する判断力も高いと考えられる。
このことは、一般に広く親しまれている「歴史上の人物」を共通モチーフとす複数の商標が、相紛れるおそれのない互いに非類似の商標として登録され、かつ取引の実際で実機名として使用されている多くの例があることからも立証される。
(ウ)小括
指定商品「遊技用器具」の分野においては、販売形態及び商標の特性に関して極めて特異な特徴がある。その販売形態の特徴、及び商標の特質からなる取引の実情をふまえて、両商標を全体的に検討すると、両者は相紛れることのない、互いに非類似の商標である。したがって、法第4条第1項第11号に関する請求人の主張は理由がない。
イ 法第4条第1項第15号について
(ア)事実関係
a 本号の理由に関しても、前項の11号の理由と同様、請求人の上記主張は、事実関係の点から、明らかに理由がない。
b そして、「事実関係」の項で述べたように、
a)「遠山の金さん」の語は、我が国において、歴史上の人物である「遠山金四郎」の略称又は愛称として、古くから一般に広く親しまれ、多方面に亘って非独占的に用いられているものであるから、
b)「遠山の金さん」あるいはこれに「名奉行」を冠した「名奉行遠山の金さん」の表示が、請求人の業務に係るものとして、需要者等の問に広く認識されているとは、到底いえない。そもそも、「遠山の金さん」や「名奉行遠山の金さん」の標識(表示)自体に造語のような独創性がない。
c ところで、「1作品1業種1社」のルール云々に関する請求人の主張は、本号の出所混同とは関係がないと考えるので、とりたてて反論はしないが、ただ事実として、商品「遊技用器具」の分野では、キャラクター標章について、複数の遊技機メーカーが重複使用(重複タイアップ契約)している実態(乙47ないし乙99)があり、発売時期のずれはあるものの、各機種が別個のメーカーから出所の混同を生ずることなく販売されている事実があることを取引の実情として指摘しておく。ちなみに、請求人が関与するという「桃太郎侍」についても株式会社平和(2007年・甲15)と株式会社藤商事(2009年・乙53)とがパチンコ遊技機を発売している事実がある(乙50)。「1作品1業種1社」のルールが「当商品化業界の慣行となっている」との請求人の主張はにわかには信じられない。
(イ)出所混同のおそれ
a 出所混同のおそれについては、「レールデュタン事件」判例に沿って、総合的に判断されるべきものとされる。
b 本件についてみるに、本件商標と請求人が引用する標章「遠山の金さん」及び「名奉行遠山の金さん」とは、上記アで対比説明したところからも明らかなように、その外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合した標章自体の類否を検討した結果、両者は相紛れることない、互いに非類似の標章である。なお、請求人の「名奉行遠山の金さん」については「遠山の金さん」の構成部分が主要部である。
c 一方において、「遠山の金さん」の語は、我が国において、古くから一般に広く親しまれ、多方面に亘って非独占的に用いられているものであるから、「遠山の金さん」あるいはこれに「名奉行」を冠した「名奉行遠山の金さん」の表示が、請求人の業務に係るものとして、需要者等の間に広く認識されているとは、到底いえない。付言すると、上述のように、「遠山の金さん」の語が歴史上の有名人物である「遠出金四郎」の略称又は愛称として古くから一般に広く親しまれ、多方面に亘って非独占的に用いられており、標識(表示)自体に造語のような独創性がなく、この点からも「遠山の金さん」の周知性獲得の困難さがある。
d さらに、本件商標の指定商品「遊技用器具」の分野における取引の実情にあっては、販売形態及び商標の特性に関して極めて特異な特徴がある。
e これら販売形態の特徴、及び商標の特質からなる取引の実情を考慮すると、本件商標と引用表示とは顕著な相違を有するものであるから、取引の実際において本件商標が指定商品である「遊技用器具」に使用されたときに、需要者等において、あたかも、当該商品が請求人の業務に係るものであるかの如く誤信されるおそれは全くありえない。のみならず、本件商標が「遊技用器具」に使用されたときに、当該商品が請求人と親子会社等の何らかの関係を有する者の取り扱いに係る商品であるかの如く、若しくは、請求人やそのライセンシー(商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主)である大一商会と何らかの関係を有する者の取り扱いに係る商品であるかの如く、その出所につき混同(広義の混同)を来すおそれがあるとは、到底いうことができない。
f 本件商標の指定商品である「遊技用器具」の分野では、本件商標のようなキャラクター標章について、同一またはイメージを共通とする実機が別個のメーカーから出所の混同を生ずることなく現実に販売されているという実態がある(乙39ないし乙99、乙50、乙53及び甲15)
商品化事業を行うライセンサー側の「1作品1業種1社のルールが当商品化業界の慣行となっている」との言はさておき、現実の取引の実際にあっては、実際の市場で重複するキャラクター名の遊技機が併存しているのは、隠すすべもない事実である。契約時期のずれや、あるいは契約自体がされていない若しくはそもそも契約不要なケースも含まれるが、しかし、現に証拠(乙38ないし乙51ほか)として提出したように、これらの同一またはイメージを共通とするキャラクター標章の実機が別個のメーカーから出所の混同を生ずることなく現実に販売されている事実があるということは、本号の「出所混同のおそれ」の有無を「取引の実情」や「取引者及び需要者の注意力を基準」として総合判断する際における重要な要素として十分考慮されるべきである。
(ウ)小括
以上、本件商標と引用標章との類似性を検討した結果、及び指定商品「遊技用器具」の分野における販売形態ならびに商標(キャラクター標章)に関する取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品等の需要者等において普通に払われる注意力を基準として総合的に検討した結果において、取引の実際において本件商標が指定商品である「遊技用器具」に使用されたときに、その需要者等において、あたかも、請求人の業務に係るものであるかの如く、又は請求人と親子会社等の何らかの関係を有する者の取り扱いに係る商品であるかの如く、若しくは請求人やそのライセンシーである大一商会と何らかの関係を有する者の取り扱いに係る商品であるかの如く、その出所につき混同を来すおそれがあるということはできない。
ウ 法第4条第1項第7号について
(ア)事実関係
前項の11号及び15号の理由と同様、請求人の主張は理由がない。
(イ)本号該当性について
本号の規定が適用される類型として、学説上次の3つが挙げられる(小泉直樹「いわゆる「悪意の出願」について?商標法4条1項7号論の再構成?」(「商標の保護」日本工業所有権法学会年報第31号(2007)所載。2008年5月有斐閣発行)。第一の類型として、公益上、何人も登録してはならない商標、第二の類型として、本来団体的に帰属すべきであり、特定者に独占させるべきでない商標、そして、第三の類型として、当該商標に関する権利が「本来帰属すべき者」以外の者によって登録された商標である。
これらの類型において、請求人の主張は第三の類型に当たるのではないかと推測されるが(第一、第二の類型に該当しないことは明らかである)、この類型の場合には「商標は、特許と違い、『商標登録を受ける権利』といったものを観念できず、また、先願主義を採用しているため、7号の適用を肯定するためには、たんなる冒認を超えた事情が必要となる」とされる(前記小泉著163頁)。
本号の理由に関する請求人の主張は、請求人が製作した「遠山の金さん」や「名奉行遠山の金さん」(の表示)が請求人の出所を表示させるというのであるが、事実関係の項ですでに述べたように、それは明らかに失当である。「遠山の金さん」の語は、我が国において、古くから一般に広く親しまれ、多方面に亘って非独占的に用いられているものであるから、「遠山の金さん」あるいはこれに「名奉行」を冠した「名奉行遠山の金さん」の表示が、請求人の業務に係るものとして、需要者等の間に広く認識されているとは、到底いえない。そもそも、「遠山の金さん」や「名奉行遠山の金さん」の標識(表示)自体に造語のような独創性がない。
したがって、本件商標「名奉行金さん」が請求人の出所を表示するという請求人の主張は根拠がない。
そうすると、本件商標が請求人の出所を表示することを根拠として、被請求人が請求人から商品化許諾のライセンスを受けていないから、あるいは然るべきロイヤリティを支払っていないから「商品化業界の公正なる秩序」や「商慣習」を害するという請求人の主張は明らかに理由がなく、また、その他の「事情」については言及していない。
(ウ)小括
上記したように、請求人の法第4条第1項第7号の無効理由に関する主張は明らかに失当である。

5 当審の判断
(1)当事者の提出した証拠によれば、以下の事実が認められる。
ア フリー百科事典「ウィキペディア」(Wikipedia)の「遠山の金さん」の項(甲2)には、冒頭に「遠山の金さん(とおやまのきんさん)は、江戸町奉行・遠山金四郎景元を主人公とした時代劇」との記載がある。
イ 広辞苑(乙3)の「とおやまきんしろう【遠山金四郎】」の項に、「江戸末期、江戸の町奉行。名は景元。下情に通じ、名奉行をもって聞え、『遠山の金さん』として親しまれ、歌舞伎狂言や講釈などに脚色。」と記載され、また、日本語辞典(乙4)には、「とおやまきんしろう【遠山金四郎】」の項に、「江戸末期の江戸町奉行。名は景元。金四郎は通称。下情に通じた名奉行とうたわれた。歌舞伎・講談で『遠山の金さん』として知られる。」と記載されている。
ウ ワイズ出版発行の書籍「遠山の金さん」(乙34)には、「遠山の金さんが初めて映画化されたのは、大正13年で、・・・」との記載があり(乙34の4)、また、遠山金四郎をモデルとした複数の映画の主役俳優の映像写真が掲載され、昭和7年に「遠山の金さん」の題名でサイレント映画が制作されたことのほか、大正13年以降で遠山金四郎をモデルとして制作・上映された多数の映画名が制作会社や映画監督名とともに掲載されている(乙34の5ないし8)。
エ 請求人は、遠山金四郎をモデルとした片岡知恵蔵主演の映画を複数制作配給した(甲2)ほか、1970年から2007年までの間、「遠山の金さん捕物帳」「ご存じ遠山の金さん」「ご存知金さん捕物帳」「遠山の金さん」「名奉行 遠山の金さん」という番組タイトルのテレビ時代劇を制作し、当該番組はテレビ朝日系列で放送された。これらのうち、「名奉行 遠山の金さん」は、松方弘樹主演でシリーズ化され、午後8時枠で約10年間にわたり放送された(甲3、甲5、甲6、甲10)。
オ 「【歌舞伎】菊五郎が『遠山桜』披露・・」と題する2008年12月3日付けMSNの記事において、「・・テレビでも人気を呼び、お茶の間のヒーローとなった。」「遊び人の金さんが北町奉行に変身して、自慢の刺青を見せるクライマックスがおなじみとなり、お白州(当時の法廷)での裁きがないと芝居が興ざめになるという判断から、歌舞伎にはなかった刺青シーンを加えることにした。」との記述があり(甲11)、歌舞伎の舞台でも、当初にはなかった遠山金四郎が刺青姿を披露するシーンが加えられるようになった(乙5の3、乙6)。
カ 歌舞伎の演目を紹介している遠山櫻天保日記には、「遠山は、・・・腕を捲ってほりものを見せ・・」との記載があり(乙33の2)、袖から出した腕に刺青が見える奉行の図が掲載されている(乙33の1)。また、河出書房新社発行の書籍「時代小説のヒーローたち」(乙35)にも、刺青のある片肌をだして裁きをする遠山奉行の映画のシーンや舞台模様の写真が多数掲載されている。
キ 以上によれば、遠山金四郎景元は、江戸時代末期に江戸町奉行等を歴任した実在の人物であるが、大正時代から今日に至るまでの間、庶民の娯楽(映画、テレビ、歌舞伎等)のなかで、同人をモデルとした桜の入れ墨をした主人公である名奉行が繰り返し描かれ、その結果、同人に関する一定の人物像が形成されてきたということができる。そして、その人物像は、「遠山の金さん」「名奉行 遠山の金さん」等の標章や呼び名と強く結び付いて、本件商標の登録査定前から一般に定着しているということができる。
ク しかしながら、前記人物像の形成・定着に請求人が寄与したことは認められるとしても、「遠山の金さん」「名奉行遠山の金さん」が、唯一請求人に係る造語であるとまではいえず、また、これらから請求人を想起させるということもできない。
(2)本件商標と引用商標との類否
本件商標は、「名奉行金さん」の文字を標準文字で表してなるものであり、「名奉行」と「金さん」とを組み合わせたものと容易に認識し得るものである。
そして、上記(1)の各事実を考慮すれば、本件商標は、名奉行であり、かつ、「金さん」の愛称をもった人物像「遠山金四郎」を容易に想起させるというのが相当である。
してみると、本件商標は、「名奉行の遠山金四郎」の観念を生ずるものといわなければならず、また、構成文字に相応して「メイブギョウキンサン」の称呼を生ずるものである。
一方、引用商標は、「遠山の金さん」の文字を標準文字で表してなるものであり、氏姓「遠山」と愛称の「金さん」とを格助詞「の」をもって連結したものと容易に認識させるものである。
そして、上記(1)の各事実を考慮すれば、引用商標は、「遠山の金さん」の愛称をもって親しまれ、江戸時代の名奉行として知られる「遠山金四郎(景元)」を想起させるというのが相当である。
してみると、引用商標は、「名奉行の遠山金四郎」の観念が生ずるものといわなければならず、また、構成文字に相応して「トウヤマノキンサン」の称呼を生ずるものである。
そうとすると、本件商標と引用商標とは、商標全体としての外観及び称呼に差異はあるものの、「名奉行の遠山金四郎」の観念を共通にするものであって、外観において、いずれも平易な書体(標準文字)で表された後半の「金さん」の文字を共通にし、また、称呼において、後半の「キンサン」を共通にすることを併せみれば、その外観及び称呼の差異が観念の共通性を凌駕する程の差異とはいえず、これらの印象・連想・記憶を総合してみた場合、両商標は、これを同一又は類似する商品に使用したときは、取引者、需要者をして、当該商品が同一の出所に係るものであるかの如く出所の誤認を生じさせるおそれがあるものと判断するのが相当である。
してみると、本件商標と引用商標とは類似する商標といわなければならない。
また、本件商標の指定商品は、ぱちんこ器具、コリントゲーム器具、抽選器等を含む「遊戯用器具」であり、引用商標の指定商品には「遊戯用器具」が含まれている。
したがって、本件商標は、その先願に係る引用商標と類似する商標であり、かつ、引用商標の指定商品と同一又は類似の商品に使用されるものであるから、法第4条第1項第11号の規定に該当する。
(3)被請求人の主張について
請求人は、パチンコ遊技機に使用されるキャラクター標章の実態や併存する登録例等を挙げ、パチンコ遊技機に係る実情を述べ、本件商標と引用商標とは非類似の商標と判断されるべきものである旨主張している。
しかしながら、「遊戯用器具」に含まれるパチンコ遊技機についての取引者や需要者が遊技場営業者(ホール)及び販売代理店(代行店)であって、パチンコ遊技機の取引が一般消費材のそれとは異なり、また、遊技場営業について行政上の規制等があるとしても、他の商品(各種機械器具等)の取引に比して特殊なものとまでいうことはできず、むしろ、各種業務用の機械器具等について行われる一般的な取引の形態の範疇に属するものというのが相当である。なお、本件商標の指定商品中には、ぱちんこ器具以外に抽選器等も含まれている。
したがって、「遊戯用器具」について、通常行われる商標の類否判断と異なる類否判断をすべきとする理由はないから、被請求人の主張をもって、上記(2)の判断は左右されない。
また、被請求人は、パチンコ遊技機に使用されるキャラクター標章の重複的な使用実態を挙げているが、いわゆるキャラクター標章が使用されるパチンコ遊技機等が時期を違えて重複的に遊技場(ホール)に設置されることがあったとしても、その重複は、商品自体の異同に係わることであり、かつ、いわゆるキャラクター標章に係る許諾等の契約内容如何に係わることでもあって、商品の出所を識別させる商標の類否とは別異のことというべきである。
したがって、前記キャラクター標章の重複的な使用のあることをもって、前記の類否判断は左右し得ないものである。
さらに、被請求人の掲げる登録例は、本件商標とその構成を全く異にするものであるし、商標の類否は、対比する商標ごとに個々具体的に判断されるべきものであるから、当該登録例をもって本件の判断は左右されるものでもない。
以上、被請求人の主張は、前記(2)の判断を左右し得ないものである。
(4)結語
以上のとおり、本件商標は商標法第4条第1項第11号に違反して登録されたものであるから、同法第46条第1項第1号の規定に基づき、その登録を無効にすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
別掲 別掲








審理終結日 2010-03-16 
結審通知日 2010-03-18 
審決日 2010-04-05 
出願番号 商願2008-37009(T2008-37009) 
審決分類 T 1 11・ 263- Z (X28)
最終処分 成立  
前審関与審査官 菅沼 結香子金子 尚人 
特許庁審判長 森吉 正美
特許庁審判官 小畑 恵一
瀧本 佐代子
登録日 2009-02-06 
登録番号 商標登録第5202737号(T5202737) 
商標の称呼 メーブギョーキンサン、メーブギョーキン、メーブギョー、キンサン 
代理人 村下 憲司 
代理人 後藤 憲秋 

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