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審決分類 審判 査定不服 商4条1項7号 公序、良俗 登録しない X16
管理番号 1236451 
審判番号 不服2009-11621 
総通号数 138 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標審決公報 
発行日 2011-06-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-06-25 
確定日 2011-04-06 
事件の表示 商願2008- 58888拒絶査定不服審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。
理由 第1 本願商標
本願商標は、「サガン」の片仮名文字を横書き(各文字間は1文字分のスペースを有してなる)してなり、第16類に属する願書に記載のとおりの商品を指定商品として、平成20年7月18日に登録出願されたものである。
そして、指定商品については、当審における平成21年6月25日付け手続補正書により、第16類「紙製包装用容器,紙類」と補正されたものである。

第2 原査定の拒絶の理由(要旨)
原査定は、「本願商標は、『サガン』の片仮名文字を横書きしてなるところ、該文字は、『悲しみよこんにちは』等の著者として世界的に著名なフランス人小説家『フランソワーズ・サガン』の略称と認められるから、このような商標を一私人である出願人が自己の商標として使用することは、世界的に著名な故人の名声に便乗するものであって、ひいては故人の名声・名誉を傷つけるおそれがあり、国際信義に反することから、出願人がこれを商標として採択使用することは、公序良俗を害するおそれがあるものといえる。したがって、本願商標は、商標法第4条第1項第7号に該当する。」旨認定、判断し、本願を拒絶したものである。

第3 当審における証拠調べ通知(要旨)
当審において、本願商標が商標法第4条第1項第7号に該当するか否かについて、職権に基づく証拠調べを実施した結果、下記の事実を発見したので、同法第56条第1項で準用する特許法第150条第5項の規定に基づき、請求人に対して、証拠調べの結果を通知し、相当の期間を指定して、意見を述べる機会を与えた。



1 「サガン」の文字の使用の事実について
なお、以下の文中、「Francoise Sagan」及び「Francoise Quoirez」中の「c」の文字には、正しくはフランス語のセディーユ記号が付されているが、本件においては省略している。
(1)辞書・事典等の記載について
ア 株式会社岩波書店「広辞苑 第六版」の「サガン【Francoise Sagan】」の見出し語の下に、「フランスの女性作家。作『悲しみよ、こんにちは』など。(1935?2004)」の記載がある。
イ 株式会社三省堂「大辞林 第三版」の「サガン【Francoise Sagan】●(1935?2004)」の見出し語の下に、「フランスの女流小説家。十八歳で書いた『悲しみよこんにちは』でデビュー。『ブラームスはお好き』、戯曲『スウェーデンの城』など。」の記載がある。
ウ 株式会社小学館「大辞泉 増補・新装版」の「サガン【Francoise Sagan】〔1935〕」の見出し語の下に、「フランスの女流小説家。巧みな心理描写により、倦怠感漂う恋愛を描く。作『悲しみよこんにちは』『ある微笑』など。」の記載がある。
エ 株式会社三省堂「コンサイスカタカナ語辞典 第3版」の「サガン」の見出し語の下に、「〔フランソワーズ?、Francoise Sagan 1935-2004〕フランスの女性作家。知的な感受性で現代の青春像を描く。代表作『悲しみよ、今日は』。」の記載がある。
オ 株式会社三省堂「コンサイス外来語辞典 第4版」の「サガン」の見出し語の下に、「〔フランソワーズ?、Francoise Sagan 1935-〕フランスの女流作家。知的な感受性で現代の青春像を描く。代表作『悲しみよ、今日は』。」の記載がある。
カ 株式会社平凡社「世界大百科事典 11巻 改訂新版」の「サガン」の見出し語の下に、「Francoise Sagan 1935-2004 フランスの小説家、劇作家。本名フランソアーズ・コアレ Francoise Quoirez。ソルボンヌ在学中の18歳で小説《悲しみよこんにちは》(1954)を発表して、同年の批評家賞を獲得し、一躍ベストセラー作家となる。以後、現代の有閑階級の情事の空しさと悲しみを、きめこまやかな文体に託して描くことが、彼女の作品の基調となる。小説《ある微笑》(1956)、《心の青あざ》(1972)、戯曲《スウェーデンの城》(1960)等多数の作品がある。」の記載がある。
キ 株式会社小学館「日本大百科全書 10 初版」の「サガン」の見出し語の下に、「Francoise Sagan(1935-) フランスの女流小説家、劇作家。本名フランソアーズ・クアレズ Francoise Quoirez。富裕な実業家を父に南仏カジャルクに生まれ、パリで育った。パリ大学中退。十八歳のとき、『悲しみよこんにちは』(1954)を書いて文壇にデビューし、同年度の文学批評賞を獲得。男女間の心理の細かい動きを淡々とした筆致でデリケートな雰囲気と倦怠のかおりを漂わせて描く作風は、世界各国で大きな反響を呼び起こした。・・・また著作のほか、自作の芝居の演出、映画化へ取り組むなど、多方面に活躍している。」の記載がある。
ク 株式会社三省堂「コンサイス人名辞典 外国編 第1刷」の「サガン」の見出し語の下に、「Sagan、Francoise 本名 Francoise Quoirez 1935? フランスの女流作家。富裕な実業家の娘。1953パリ大教養課程修了試験に失敗、処女作『悲しみよ、こんにちは』(’54)を書き、一躍ベストセラーとなり世界的にも有名となる。一貫して伝統的な心理小説の手法で、第2次大戦後の青春像を描く。著『ある微笑』1956、『すばらしい雲』’61、他に戯曲・バレー台本等。」の記載がある。
ケ 株式会社岩波書店「岩波=ケンブリッジ 世界人名辞典」の「サガン、フランソワーズ Sagan、Francoise 本名フランソワーズ・クワレ Francoise Quoirez (仏1935-)」の項に、「小説家。パリ生まれ。家庭教師によって教育をうけ、18歳のときわずか4週間でベストセラー『悲しみよ、こんにちは』(1954)、続いて『ある微笑』(1956)を書く。2作とも思春期の賢才と早熟がそのままに発露したもので、抑制の利いた非凡な文体で書かれている。『ブラームスはお好き?』(1959、映画化『さよならをもう一度』1961)など、以後の多数の作品の評価は賛否が分かれている。また戯曲数作、バレエ脚本『ラ・シャマド』(1966)も書いた。」の記載がある。
コ 日外アソシエーツ株式会社「20世紀西洋人名事典1.ア?ノ」の「サガン、フランソワーズ Sagan、Francoise 1935.6.21-」の項に、「フランスの小説家。ドルドーニュ地方生まれ。本名フランソアーズ・クアレズ。ソルボンヌ大学在学中『悲しみよ今日は』(1954年)を発表し、54年度批評家賞を受賞し、一躍ベストセラー作家となる。2作目『ある微笑』(56年)も好評を博し、ベストセラーとなる。繊細な心理描写を得意とし、文体は美しく簡潔な筆致で描き、70年代からは凝った文のつくりが加わり、作家としての成熟がうかがわれる。58年出版会社社長と結婚するが、60年離婚する。他の作品に『ブラームスはお好き』(59年)、『スウェーデンの城』(60年)など。」の記載がある。
サ 日外アソシエーツ株式会社「西洋人物レファレンス事典 3 現代編 上(ア?ソ)」の「サガン Sagan,Francoise」の見出し語の下に、「フランスの女流小説家、劇作家。19歳で『悲しみよこんにちは』(54)を発表、クリチック賞を獲得。現代フランスで最も多くの読者を有する作家の一人として活躍。」の記載がある。

(2)新聞記事情報の記載について
ア 「麻薬の常用30年前から 『サルトルも使っていた』 サガン女史が告白」の見出しの下、「【パリ二十一日共同】麻薬不法所持・使用の疑いでこのほど、司法当局の取り調べを受けたフランスの流行作家フランソワーズ・サガン女史(52)は、二十日付の日曜紙ル・ジュルナル・ド・ディマンシュ紙との会見で、既に三十年以上も前からモルヒネやヘロインを用い、最近もコカインを常用していた事実を告白した。・・・」の記載がある(1988.03.23 中日新聞 朝刊 31頁)。
イ 「サガンまた麻薬?、昨年12月、裁判所から告訴される」の見出しの下、「【パリ六日=山口昌子】『悲しみよ今日は』などで知られるフランスの人気女流作家、フランソワーズ・サガンさんが麻薬法違反容疑でパリ裁判所から昨年十二月に告訴されていたことが六日、判明した。サガンさんは同十一月に警察から尋問されていた。同時期に芸能関係者など六人が告訴された。サガンさんはその後、釈放された。・・・」の記載がある(1993.01.07 産経新聞 東京夕刊 10頁)。
ウ 「フランス紙フィガロ ミッテラン前仏大統領の『かっての恋人』はサガン?」の見出しの下、「25日付フランス紙フィガロは、1996年に死去したミッテラン前フランス大統領との親密な交際を暴露する『女性大物作家』の著作が、10月1日に発売されると報じた。題名は『かつての恋人』(プロン社)。著者はジャンヌ・ドータンという偽名で発表されており、フィガロ紙は『この秋、最も話題となりそうな本』と紹介している。フィガロによると、真の著者として作家のフランソワーズ・サガンさんや、雑誌レクスプレスを創刊、文化相も務めたフランソワーズ・ジルーさんらの名が取りざたされている。・・・」の記載がある(1998.09.26 日刊スポーツ 22頁)。
エ 「汚職の仲介役か サガンさんに疑惑」の見出しの下、「【パリ20日藤島誠哉】小説『悲しみよこんにちは』などで知られるフランスの女流作家フランソワーズ・サガンさん(63)が石油汚職疑惑で業者から巨額の現金を受け取った疑いが発覚し、話題となっている。サガンさんは金銭授受を否定したものの、仲介したことは告白。故ミッテラン前大統領との友情を利用するなど、スター作家の汚れた側面が浮かび上がった。・・・」の記載がある(1999.03.21 北海道新聞朝刊全道 31頁)。
オ 「サガン氏に有罪 脱税で仏裁判所」の見出しの下、「【パリ26日=山口昌子】『悲しみよ、こんにちは』などの小説で知られるフランスの人気作家、フランソワーズ・サガン氏(六六)が二十六日、パリの軽犯罪裁判所から脱税罪で執行猶予付きの一年の禁固刑を言い渡された。」の記載がある(2002.02.27 産経新聞 大阪朝刊 31頁)。
カ 「似非サガン??作家原田康子氏(プロムナード)」の見出しの下、「ある時期、私は『日本のサガン』と呼ばれていた。デビュー作『挽歌』を世に出してから、しばらくのあいだのことである。サガンとは、いうまでもなくフランスの作家、フランソワーズ・サガンを指す。世界的なベストセラーになったサガンの処女作『悲しみよ こんにちは』が、わが国で翻訳出版されたのは一九五六年春、『挽歌』の出版は同年暮なのだから、わが国においてはサガンと私の名は、おなじ時期に知れ渡ったことになる。作品の内容にも似かよったところがあった。『挽歌』も『悲しみよ こんにちは』も年若いヒロインが大人の世界に入りこみ、年長の女性を死に追いやるのである。サガンと私は同性であるばかりか、ほぼ同世代の作家といってよく、私が『日本のサガン』と呼ばれたのも、やむをえなかったであろう。・・・」の記載がある(2003.07.22 日本経済新聞 夕刊 13頁)。
キ 「サガンさん死去 輝かしい作家失う 仏大統領、死悼む」の見出しの下、「【パリ=共同】フランスのシラク大統領は、死去したサガンさんを『現代フランス文学の傑出した人物』とし、『フランスでの女性の地位発展に貢献した』とたたえた。大統領は『彼女の死で、フランスは最も輝かしく心を動かされる作家の一人を失った。サガンさんは繊細さとエスプリ(機知)を持って人間の魂の情熱と気力を探し求めた。独創的なスタイルで彼女はその時代を目撃し、フランス社会とその発展の光景を鋭く描いた』と語った。ラファラン首相も『サガンさんは“ほほ笑み”だ。メランコリー(憂うつ)で、謎で、距離を置いた、それでも楽しい微笑だ』と称賛。『彼女のスタイルは、デビュー作以降一つの世代をつくり出した。数百万人のフランス人は今夜、彼女が著書の中で共感させたメランコリーを感じている』と述べた。」の記載がある(2004.09.25 中日新聞 夕刊 11頁)。
ク 「【訃報】サガンさん死去 一つの時代の終焉」の見出しの下、「◆仏文学者朝吹さん『パリ的な人だった』【パリ=山口昌子】アンニュイ(倦怠(けんたい))やメランコリー(憂愁)、シック(粋)など『パリ的なもの』の象徴でもあった小説家のフランソワーズ・サガンさんの死は、欧州統合という新しい時代を前に、『パリが一つの時代の終わりを迎えた』と、深い悲しみをもって伝えられた。・・・」の記載がある(2004.09.25 産経新聞 大阪夕刊 11頁)。
ケ 「サガンさん死去 青春の愛と孤独描く 波乱の私生活、華麗な生涯」の見出しの下、「二十四日亡くなったフランソワーズ・サガンさんは十八歳の時に書き上げた『悲しみよこんにちは』で一九五四年、衝撃的なデビューを飾った。以来、ベストセラーを次々に発表。作品には、傷つきやすい青春の愛と孤独が描かれ、『欲望にかられる人間たちを描きながら、彼らの魂の傷を哀れみをこめて眺める』独自性が評価された。・・・格調高い正統派 吉田加南子学習院大教授の話 一過性の流行作家ではなく、格調高い正統派。非常に若くしてデビューしたため、作品そのものよりもサガンの名が伝説になった。古典を踏まえた上で新しい形を取り入れたオーソドックスな文章で、古典と現代のバランスが絶妙。フランスではその後、若い作家も誕生しているが、サガンほど作品の幅のある人は出ていない。彼女が先端を走っていた第二次大戦後のある時代が遠のいていく気がする。」の記載がある(2004.09.25 東京新聞 夕刊 11頁)。
コ 「サガンさん死去 奔放…波乱万丈の生涯 酒、麻薬、2度の離婚」の見出しの下、「【パリ=島崎雅夫】二十四日死去した仏女性作家のフランソワーズ・サガンさんは、十代で文壇デビュー後、野心作を次々に発表し、仏文学界に一時代を築いた。しかし、私生活は酒や麻薬などに関するスキャンダルに見舞われ続け、波乱万丈の一生だった。・・・」の記載がある(2004.09.25 読売新聞 東京夕刊 19頁)。
サ 「サガンさんの作品 追悼コーナーを各書店が設置へ」の見出しの記載がある(2004.09.27 FujiSankei Business i. 27頁)。
シ 「【緯度経度】『サガンの時代』に哀惜 パリ 山口昌子」の見出しの下、「フランソワーズ・サガンが死んだ。六十九歳だった。フランスのメディアは追悼報道であふれている。それは優雅、繊細、洗練、才気煥発(かんぱつ)、孤独、倦怠(けんたい)、諧謔(かいぎゃく)といったパリ的なものを象徴していた作家の死によって、今、つくづくと実感されるパリ的なものやフランス的なものの消滅に対する弔鐘のようだ。・・・」の記載がある(2004.10.03 産経新聞 大阪朝刊 4頁)。
ス 「朝吹登水子さん死去 サガン、ボーボワールを翻訳」の見出しの下、「サガン、ボーボワールの翻訳者として知られた朝吹登水子(あさぶき・とみこ)さんが2日、死去した。・・・東京生まれ。戦前にパリ留学し、1950年にデザイナーを目指し再び渡仏。52年にオートクチュール・デザイナーの資格を得た。哲学者の森有正の勧めで翻訳を始め、昨年9月に死去したフランソワーズ・サガンの世界的ベストセラー『悲しみよこんにちは』の翻訳(55年刊)で一躍脚光を浴びた。以後サガン作品のほとんどを手がけたほか、ボーボワール『娘時代』『女ざかり』(共訳)も翻訳。サルトルとも親交を持った。また、日本人として初めてカンヌ国際映画祭の審査員を務め、2000年、仏レジオン・ドヌール勲章を受章した。・・・」の記載がある(2005.09.03 読売新聞 東京朝刊 39頁)。
セ 「サガン作品など翻訳、朝吹登水子氏(死去)」の見出しの下、「朝吹 登水子氏(あさぶき・とみこ=作家、翻訳家)2日、東京都内の自宅で死去、88歳。・・・サガンの『悲しみよこんにちは』、ボーボワールの『女ざかり』など多くの著書を翻訳し、日本に紹介した。・・・」の記載がある(2005.09.03 日本経済新聞 朝刊 39頁)。
ソ 「[時代の証言者]夢見る文学・田辺聖子(16)ヒントになったサガン」の見出しの下、「・・・雑誌の種類は増えたものの、女性が読んで楽しいと思える小説はまだ少なかった。恋愛小説はいつの時代にも書かれるものですが、戦後は特に恋愛の描きにくい時代でした。『アプレゲール(戦後)』という言葉がはやった混乱期には、刺激の強いものが好まれたのです。すれっからしの関係を描く小説の方が、『現代的』に見えたんですね。でも私は、そんなの本当の恋愛じゃないと思ってた。私が描きたかったのは、普通の男の子と女の子の恋です。当時世界的に注目を浴びていたフランソワーズ・サガンの小説は、そんな私にヒントをくれました。恋の生まれる雰囲気、二人の仲が行き違う兆し、何よりも『思ったままに書いていいのよ』というかのような軽やかな文章。文豪の本ばかり読んでいては、巷(ちまた)の恋は書けなかったでしょう。・・・」の記載がある(2009.05.27 読売新聞 東京朝刊 10頁)。
タ 「サガン 疾走する生 マリー=ドミニク・ルリエーヴル著」の見出しの下、「18歳で鮮烈な文壇デビューを飾り、戦後フランスの象徴となったフランソワーズ・サガン。本著によれば、ブルジョア育ちの知性とボーイッシュな容姿、そしてその才能とで注目を浴びた彼女の人生の実際は、『フィッツジェラルドの小説から抜け出してきたような』ものだった。周囲の支援なしには生きられず、薬物依存で、元大統領のような著名人とも渡り合いながら純粋さゆえに悪党たちに利用されて借金を抱え、すべてを失う。臨終まぢかに苦痛を訴えるサガンに世話係の女性が優しく答えた言葉は、本質的で、どこまでも切ない。(永田千奈訳、阪急コミュニケーションズ・2100円)」の記載がある(2009.06.14 朝日新聞 東京朝刊 14頁)。
チ 「【家族がいてもいなくても 久田恵】(131)『波瀾万丈』で得たもの」の見出しの下、「『サガン』の生涯を描いた映画を見た。サガンって、あの有名なフランスの女性作家、フランソワーズ・サガンである。・・・」の記載がある(2009.08.27 産経新聞 大阪朝刊 17頁)。
ツ 「【次代への名言】9月2日・『悲しみよ こんにちは』」の見出しの下、「■『常識はずれなことを考える自由、少なく考えることの自由、自分の人生を選ぶ自由、自分自身を選ぶ自由。』(『悲しみよ こんにちは』朝吹登水子訳)『悲しみよ こんにちは』は戦後のフランスを代表する女流作家、サガンのデビュー作で代表作、そして世界のベストセラー。でも、一気に読ませてしまう朝吹さんの名訳がなければ、日本で夏目漱石や太宰治の作品とならぶロングセラーとなっていたかどうか、疑問だと思う。・・・」の記載がある(2009.09.02 産経新聞 東京朝刊 6頁)。
テ 「(シネマわーるど)サガン-悲しみよこんにちは- 新進作家、波乱の人生描く/大分県」の見出しの下、「・・・フランソワーズ・サガン。18歳の若さで書いた小説『悲しみよこんにちは』が世界中で脚光を浴び、名声と富を一夜にして手にした女性である。この映画は、そんなサガンのその後の人生を描いた、女性監督の作品である。・・・」の記載がある(2009.10.22 朝日新聞 西部地方版/大分 22頁)。
ト 「読書日和:話題です 『灰色の虹』ほか」の見出しの下、「・・・■サガンという生き方(山口路子著・新人物文庫・700円)18歳で『悲しみよ こんにちは』でデビュー。若くして莫大(ばくだい)な印税と名声を手にいれるも、2度の結婚と離婚。酒とギャンブルを愛した奔放な作家の人生。文庫オリジナル。」の記載がある(2010.11.09 毎日新聞 東京夕刊 3頁)。
ナ 「サガンの生き方に光 作家が魅力語る 20日に軽井沢 /長野県」の見出しの下、「1日限りの文学カフェ『いま、なぜサガン?』が20日、軽井沢町で開かれる。10月に『サガンという生き方』を出版した同町在住の作家、山口路子さんがフランソワーズ・サガン(1935?2004)の魅力を話す。経済効率を追求すると不足しがちな潤いを『文学のカロリー』で補給してもらいたい、と企画された。『悲しみよ こんにちは』で戦後、鮮烈にデビューし巨額の印税も得たフランスの作家サガンは、2度の結婚と離婚を経験、酒や薬物、ギャンブルに依存しながら『破滅をも受け入れた』。個人を大切にしたその生き方はマスコミや大衆からもバッシングを受けたが、母国ではいまサガンを再評価する動きがあり、昨年は自伝映画が公開された。・・・」の記載がある(2010.11.10 朝日新聞 東京地方版/長野 28頁)。
ニ 「サガン」の見出しの下、「【サガン -悲しみよ こんにちは-】アスミック、117分。4935円 実際に小説を読んだことはなくても、著者名とタイトルぐらいは聞いたことがあるはず。世界的ベストセラー作家、フランソワーズ・サガン。その人生を、生き写しだと評判の女優シルビー・テステューが熱演した佳作。18歳で称賛と大金を手にしたサガンの、栄光の日々から孤独な晩年までがつづられていく。」の記載がある(2009.11.19 共同通信)。

(3)インターネット情報の記載について
ア 「日本文学館/Nihon Bungakukan」のウェブサイトにおいて、「2006年刊行書籍 2006年03月」の見出しの下、「サガンに魅せられて 原点への旅/著者 小嶋明代〈自分史〉」の項において、「若くして名声を得たフランスの女性作家サガンに影響を受けた著者が、自らの生き方や宗教観などを振りかえりつつ、今日までの厖大な時間を書き記した。」の記載がある(http://www.nihonbungakukan.co.jp/modules/myalbum/viewcat.php?cid=59&num=10&orderby=dateA&pos=10)。
イ 「本やタウン」のウェブサイトにおいて、「書籍情報」として、「書 名 サガンのすべて」、「出版社 発行所=新書館」及び「著 者 フランソアーズ・サガン 朝吹登水子」の記載がある(https://www.honya-town.co.jp/hst/HTdispatch?nips_cd=9831126467)。

2 「フランソワーズ・サガン」に対するフランス国民等の認識に関する事実について
(1)「[国際線]フランソワーズ・サガンの新作『逃げ道』がベストセラーに」の見出しの下、「フランソワーズ・サガンの近作『逃げ道』がフランスで刊行された<Francoise Sagan 《Les Faux-Fuyants》,Julliard>。この作品は、一九四〇年六月、ドイツ軍の進攻をまえにパリを逃れる難民の列に加わったロールス・ロイスに乗る四人--百万長者の老婦人ディアーヌ、同性愛の中年の外交官ロイ、美しい銀行家夫人リュス、プレーボーイのブリュノーが、車をドイツの戦闘機の攻撃によって炎上させられるところからはじまる。・・・いつもながらのサガンの軽妙な語り口によって、この第二次大戦中の物語もたちまちベストセラーのトップにおどり出ている。」の記載がある(1991.07.01 毎日新聞 東京夕刊 6頁)。
(2)「F・サガンの新作に賛否両論の反響(海外文化)」の見出しの下、「フランスでこの秋、二つの新刊小説が相次いでヒットした。フランソワーズ・サガンの十九冊目の小説『束の間の悲しみ』と、ジャーナリスト兼作家のフィリップ・ラブロの『パリで社会人スタート』である。サガンの新作は、衝撃的なデビュー作であった一九五四年の『悲しみよこんにちは』から四十年たち、第一作を思い出させる題名。でも、今回の主人公は肺がんのため半年の命と医師から宣告された中年の建築家という、シリアスな設定だ。感情を抑制して医師と対話する診察室の出だしの緊迫感はさすがだが、主人公の人物像、文体、結末に関しては厳しい批評も目立ち、賛否両論の反響が出ている。・・・」の記載がある(1994.10.27 朝日新聞 東京夕刊 11頁)。
(3)「現代仏文学の傑出した人物 シラク大統領、死を惜しむ」の見出しの下、「【パリ25日共同】フランスのシラク大統領は、二十四日死去した作家フランソワーズ・サガンさんを『現代フランス文学の傑出した人物』とし、『フランスでの女性の地位発展に貢献した』とたたえた。大統領は『彼女の死で、フランスは最も輝かしく心を動かされる作家の一人を失った。サガンさんは繊細さとエスプリ(機知)を持って人間の魂の情熱と気力を探し求めた。独創的なスタイルで彼女はその時代を目撃し、フランス社会とその発展の光景を鋭く描いた』と語った。ラファラン首相も『サガンさんは〓ほほ笑み〓だ。メランコリー(憂うつ)で、謎で、距離を置いた、それでも楽しい微笑だ』と称賛。『彼女のスタイルは、デビュー作以降一つの世代をつくり出した。数百万人のフランス人は今夜、彼女が著書の中で共感させたメランコリーを感じている』と述べた。・・・」の記載がある(2004.09.25 共同通信)。
(4)「【訃報】フランソワーズ・サガンさん死去 『悲しみよこんにちは』のベストセラー作家」の見出しの下、「【パリ=山口昌子】フランスの現代作家、フランソワーズ・サガンさん=写真(ロイター)=が二十四日夕(日本時間二十五日未明)、仏北西部オンフルールの病院で肺塞栓のために死去した。六十九歳だった。十八歳の時に書いた処女作で、世界的なベストセラー小説『悲しみよこんにちは』(一九五四年に発刊)は、ブルジョア階級の少女の初恋と青春の残酷さを簡潔な文体で描き、フランスだけでなく日米など二十数カ国で翻訳され、約五百万部のベストセラーになった。『重大なテーマを軽やかに描いた』と言われ、第二次大戦後の急激な価値観の変化の中で倦怠(けんたい)感と喪失感に悩まされた時代を的確に描いて読者を魅了したが、処女作が批評家大賞に輝いたほかは、権威ある文学賞には恵まれなかった。晩年はアルコールとクスリなどで健康を害したうえ、莫大(ばくだい)な原稿料もすべてカジノなどで使い果たし、ノルマンディーの広大な自宅も手放した。・・・サガンさんの愛読者で、『もう一度、健康を取り戻して筆を取ってもらいたい』と、数週間前に入院中のサガンさんを見舞ったドヴァブレ文化・情報相は、『悲しみよ、こんにちは、ではない。無限の悲痛よ、こんにちはだ』と深い悲しみを表明。『彼女はプルーストのようにわれわれの心の、存在の、時代の多面性を走りぬけながら観察した』と述べ、その生き急いだような死を悼むとともに、二十世紀という複雑な時代を鋭い感性で描き切った才能を称賛した。・・・サガンさんのデビュー当時は、サルトルやボーボワール、カミュなどの実存主義文学が華やかなころ。彼らが出入りしたセーヌ左岸のサンジェルマン・デ・プレ界隈(かいわい)には独特の文化が生まれた。サガンさんはサルトルと交友を深め、晩年はよく食事をともにしていた。サルトルもボーボワールも亡き後、『最後の実存主義者』ともいわれたサガンさんの死で、こうしたパリ独特の文化も消えていくといえそうだ。」の記載がある(2004.09.27 FujiSankei Business i. 27頁)。
(5)「フルスピードで人生を生きたフランスの作家、フランソワーズ・サガンさん 9月24日、69歳で死去」の見出しの下、「一九五四年、フランス。戦後の重苦しい時代に、十八歳の少女が軽やかな音楽のような文体で書いた小説『悲しみよこんにちは』が数百万部の世界的なベストセラーに。作家フランソワ・モーリャックが『小さな魅力的な怪物』と呼んだ少女は新時代を開き、伝説となった。南フランス・カジャルク生まれ。若くして早すぎる栄光と富を手に。最初に買ったのはスポーツカー。はだしで髪を風になびかせ危険なスピードに陶酔。早口でしゃべり三十の小説を次々執筆。時代の先端を奔放に走り抜けた『フルスピードの人生』(写真週刊誌パリマッチ社説)だった。晩年は孤独と困窮、病気がち。『彼女は愛と孤独のすべてを知っていた。人間の心についての二、三の本質的なことをとてもエレガントに書いた作家として残るだろう』(日曜新聞)。『私に安らぎを与えるのは過剰だけ』『いつも悪魔を試すのが好きなの』。パリマッチはスピード事故で入院した瀕死(ひんし)の姿、華麗なパリの夜会から孤独な晩年まで四十四枚の写真と三十八ページの記事で追悼した。各紙も『われらの時代のサガン』『決して物事を半端にしない。旋風のような人生』『エレガンス、ユーモア、軽さ。子供の熱狂を捨てることと責任ある大人になることを頑強に拒んだ永遠の少女』と賛辞を。その生き方にあこがれた国民の目は一様に優しい。・・・」の記載がある(2004.10.30 共同通信)。

第4 当審における証拠調べ通知に対する請求人の意見
上記第3の「証拠調べ通知」に対して、請求人からは、何らの意見、応答はなかった。

第5 当審の判断
1 商標法第4条第1項第7号の該当性について
商標法第4条第1項第7号については、「世界的に著名な者の著名な略称を、その死後、遺族等と何ら関係を有しない者が、遺族等の承諾を得ることなく、商標として指定商品について登録することは、世界的に著名な死者の著名な略称の名声に便乗し、指定商品についての使用の独占をもたらすことになり、故人の名声、名誉を傷つけるおそれがあるばかりでなく、公正な取引秩序を乱し、ひいては国際信義に反するものとして、公の秩序又は善良の風俗を害するものといわざるを得ない。」と解されるところである(同旨判決 東京高裁 平成13年(行ケ)第443号 平成14年7月31日判決参照)。
そこで、このような観点から、本願商標が同号に該当するか否かについてみるに、本願商標は、前記第1のとおり、「サガン」の片仮名文字を横書き(各文字間は1文字分のスペースを有してなる)してなるものであるから、その構成文字に相応して、「サガン」の称呼を生ずること明らかである。
そして、前記第3の1及び2に示された事実によれば、故「Francoise Quoirez」は、筆名「Francoise Sagan(フランソワーズ・サガン)」とするフランスの女流作家で、デビュー作「悲しみよ、こんにちは」が大ベストセラーとなった世界的に著名な作家であり、2004年(平成16年)9月24日に死亡したが、その死亡時には、フランスにおいて多数の追悼報道がなされ、シラク大統領(当時)が「彼女の死で、フランスは最も輝かしく心を動かされる作家の一人を失った。」と言わしめるほど、フランス国民の間においても親しまれていた者であったことが認められる。
我が国においても、多数の新聞記事が当該故人の業績をたたえるなど、著名な存在であったことは疑う余地もない。そして、「Francoise Sagan(フランソワーズ・サガン)」を筆名とする故「Francoise Quoirez」は、前記第3の1のとおり、我が国の各種辞書・事典等において、「サガン」の見出し語で表示され、我が国の新聞記事の見出しにおいても、いずれも「サガン」と表示されていることからすれば、「サガン」は同人の略称として、著名であったと認めることができ、その後、その著名性が減少したことを窺わせる証拠はない。
しかして、本願商標は、上記のとおり、「サガン」の片仮名文字を横書きしてなるところ、当該文字は、上記著名な筆名の略称を想起するほかに、特定の意味を有する親しまれた語が見出せないことからすれば、本願商標「サガン」に接する取引者、需要者は、同故人の著名な筆名の略称を表したものと理解、把握するとみるのが相当である。
そこで、請求人と同故人との関係についてみるに、両者が何らかの関係を有する者であると認め得る証左はなく、また、当該略称の出願や登録に関して、同故人の遺族等から何らかの承諾等を得た者であるともいえないものであるから、請求人は、同故人とは何ら関係を有することのない者といわざるを得ない。
以上に検討したところによれば、本願商標は、その構成に照らし、指定商品の取引者、需要者に故「Francoise Quoirez」の著名な筆名である「Francoise Sagan(フランソワーズ・サガン)」の著名な略称「Sagan(サガン)」を表す文字よりなるものと容易に認識させるものであるから、遺族等の承諾を得ることなく本願商標を指定商品について登録することは、世界的に著名な死者の著名な略称の名声に便乗し、指定商品についての使用の独占をもたらすことになり、故人の名声、名誉を傷つけるおそれがあるばかりでなく、公正な取引秩序を乱し、ひいては国際信義に反するものとして、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあるといわざるを得ないものである。
したがって、本願商標は、商標法第4条第1項第7号に該当する。
2 請求人の主張について
請求人は、過去の登録例を挙げ、本願商標も同様に登録されるべきと主張するが、本願商標が商標法第4条第1項第7号に該当するか否かは、査定時又は審決時において、個別具体的に判断されるものであるから、それらの登録例に拘束されるべき理由はない。
したがって、請求人の上記主張は、採用することができない。
3 むすび
以上のとおり、本願商標が商標法第4条第1項第7号に該当するとして本願を拒絶した原査定は、妥当であって取り消すことはできない。
よって、結論のとおり審決する。
別掲
審理終結日 2011-02-01 
結審通知日 2011-02-04 
審決日 2011-02-15 
出願番号 商願2008-58888(T2008-58888) 
審決分類 T 1 8・ 22- Z (X16)
最終処分 不成立 
前審関与審査官 山田 忠司菅沼 結香子金子 尚人 
特許庁審判長 渡邉 健司
特許庁審判官 前山 るり子
安達 輝幸
商標の称呼 サガン 
代理人 長屋 直樹 
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