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審決分類 審判 全部無効 商4条1項16号品質の誤認 無効とする(請求全部成立)取り消す(申し立て全部成立) X30
審判 全部無効 商3条1項1号 普通名称 無効とする(請求全部成立)取り消す(申し立て全部成立) X30
管理番号 1216340 
審判番号 無効2009-890092 
総通号数 126 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標審決公報 
発行日 2010-06-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2009-07-30 
確定日 2010-04-19 
事件の表示 上記当事者間の登録第5219122号商標の商標登録無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 登録第5219122号の登録を無効とする。 審判費用は被請求人の負担とする。
理由 第1 本件商標
登録第5219122号商標(以下「本件商標」という。)は、別掲のとおりの構成からなり、平成20年9月19日に登録出願され、第30類「菓子」を指定商品として、平成21年4月3日に設定登録されたものである。

第2 請求人の主張
請求人は、結論同旨の審決を求め、その理由及び答弁に対する弁駁を要旨以下のように述べ、証拠方法として甲第1号証ないし第13号証(枝番を含む。ただし、枝番の全てを引用する場合は、その枝番の記載を省略する。)を提出した。
1 請求の理由
本件商標は、商標法第3条第1項第1号及び同法第4条第1項第16号に該当するものであるから、同法第46条第1項の規定により、その登録を無効とすべきである。
(1)商標法第3条第1項第1号該当性について
ア 本件商標は、「元贇焼」と表示するものであるが、「元贇焼」は、尾張藩の初代藩主に抱えられた明の帰化人、陳元贇が作った、小麦粉に大豆粉を混ぜて砂糖を加え、8の字に焼いたお菓子を示す普通名称として知られている。このことは、歴史資料や菓子の辞典等に「元贇焼」の説明が多数掲載されていることからも明らかである(甲第4号証ないし第12号証)。
イ 甲第4号証「鐵斉」9ページには「毎年一度か二度名古屋の人から、陳元贇が製法を伝えたと云う、菓子を送って来まして、私はこの元贇焼を貰うのが何よりうれしいことでした。」と記載され、122ページには「菊穂録に尾州にて板ゲンピンといふ菓子」と記載され、陳元贇が製法を伝えた菓子「元贇焼」「板ゲンピン」に関する事項が記載されている。
ウ 甲第5号証「陳元贇の研究」337ページには「いま八勝館では菊屋伝承の元贇焼という徳川末期の呼び方に倣い、松川屋や秀松堂も同称ときく。」と記載され、339ページには「市史風俗篇に、陳元贇は桜屋に製法を伝えたという一文を引用しある。板元贇は俗にいたげんぺといふ」と記載され、340ページには「いにしへ陳元贇のつたへたる菓子あり、其頃ひろく世におこなはれ、かつ其形の板に似たればとて、板元贇といひしを、」と記載され、341ページには「都の某について其製法をうけ得て、製する所はこの元贇やき也けり」と記載され、342ページには「柳亭梅彦著、船橋菓子の雛型に『元贇焼』とし、『元贇監製の四字を記せる煎餅様の菓子あり。」と記載され、松川屋や秀松堂において「元贇焼」が販売されていたこと等が記載されている。
エ 甲第6号証「日本名菓辞典」130ページには「元贇焼 げんぴんやき 名古屋市の名物。松葉屋総本店の特製品である。」と記載され、131ページには「今の『元贇焼』は明治時代の復古調。」と記載され、「元贇焼」が名古屋市の名物菓子であり、数字の8に似た形の素朴な焼き菓子である旨記載されている。
オ 甲第7号証「観て・見て・みて」18ページには「張振甫が住んだところを振甫町といい、お菓子の元贇焼もそのゆかりである。」と記載され、「元贇焼」の由来に関する事項が記載されている。
カ 甲第8号証「和菓子百楽」153ページ及び154ページには「元贇焼 この元贇焼は、尾張藩の初代藩主に抱えられた明の帰化人、陳元贇が作ったもの」と記載され、小麦粉に大豆粉を混ぜて砂糖を加え、8の字に焼いて胡麻をかけたお菓子が「元贇焼」であることが記載されている。
キ 甲第9号証「和菓子の辞典」141ページには「元贇焼 [愛知]焼菓子。名古屋市中区丸の内の松葉屋総本店、・・・嘉永年間(1848)に長者町四丁目の菊屋が「元贇焼」を売り出したとかある。」と記載され、「元贇焼」が松葉総本店や松川屋などの商品であり、小麦粉に大豆粉を混ぜて砂糖を加え、8の字に焼いて胡麻をかけたお菓子であることが記載されている。
ク 甲第10号証「東区の歴史」88ページには「ゲンピンという丸い穴の開いた菓子がある。・・・元贇の考案だと言われている。」と記載され、「ゲンピン」という丸い穴のあいた菓子に関する事項が記載されている。
ケ 甲第11号証「尾張名古屋の人と文化」29ページには「元贇はこのほかにも、ともに<元贇焼>と呼ばれた菓子や陶器の製法を伝えたり」と記載され、陳元贇が「元贇焼」の製法を伝えたことが記載されている。
コ 甲第12号証「日本銘菓事典」139ページには「元贇焼[げんぴんやき]小麦粉、大豆の粉に砂糖を加え、数字の8の字形に作り、上面にゴマをかけて焼いたもの。」と記載され、「元贇焼」が、小麦粉に大豆粉を混ぜて砂糖を加え、8の字に焼いて胡麻をかけたお菓子であることが記載されている。
サ また、平成21年6月5日発行の中日新聞において、請求人の製造する菓子が「元贇焼」として紹介された(甲第2号証)。商標や標章の掲載に対し日頃から最大限の注意を払っている新聞社においても、「元贇焼」は普通名称として使用されている。そして、本件商標は、「元贇焼」を普通に用いられる方法で表示するものである。
したがって、本件商標は、商標法第3条第1項第1号に該当する。
(2)商標法第4条第1項第16号該当性について
本件指定商品「菓子」のうち、小麦粉に大豆粉を混ぜて砂糖を加え、8の字に焼いたお菓子以外の商品に「元贇焼」が使用された場合、商品の品質の誤認を生じさせるおそれがあることは明らかである。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第16号に該当する。

2 答弁に対する弁駁
(1)「商標法第3条第1項第1号について」における、甲各号証に対する被請求人の主張に対して、以下のように反論する。
ア 被請求人は、「普通名称とは、指定商品が取り引きされる範囲内で特定の商品の名称として取引上普通に通用していることを言う」と主張しているが、法律解釈の規範となる「特許庁編 工業所有権法逐条解説[第17版]」において、普通名称は「その商品又は役務の一般的な名称であると意識されるに至っているものをいう」と定義されている(甲第13号証)。
したがって、被請求人の普通名称の定義は間違っている。以下で「元贇焼」の名称が一般的な名称(普通名称)であると意識されていることを説明する。
イ 甲第4号証に対して
「菓子の取引業界で元贇焼が特定の菓子の商品の名称として取引上普通に通用していたとはいえない」とする被請求人の主張には理由がない。
「私はこの元贇焼を貰うのが何よりうれしいことでした。」とあるように、筆者は、「元贇焼」から特定の菓子が当然想起されることを考慮し、何ら菓子の形状等を特定することなく「元贇焼」と呼んでいる。したがって、「元贇焼」は、一般的な名称であると意識されるに至っていた。
ウ 甲第5号証に対して
「かつてかような名称の菓子があったことを推測させるに過ぎない」とする被請求人の主張には理由がない。
「郷土文化(第五号)」「柳亭梅彦著、船橋菓子の雛型」等、複数の文献に「元贇焼」の特徴が非常に具体的に記載されている。このように甲第5号証には、「元贇焼」が江戸時代から存在していたことが示されている。
エ 甲第6号証に対して
「明治期には滅びた」「いまの元贇焼け復古調」等の記載に基づいて「極めてマイナーな菓子、名称に過ぎなかった」とする被請求人の主張には理由がない。
甲第6号証には「名古屋市の名物」と記載されており、しかも明治時代に復古しているということは、「元贇焼」が一般的な名称であると意識されていたことを意味している。
オ 甲第7号証に対して
「元贇焼と呼ばれた菓子がかつてあったことを示唆するに過ぎない」との主張には理由がない。
「お菓子の元贇焼もそのゆかりである。」とあるように、筆者は「元贇焼」から特定の菓子が当然想起されることを考慮し、何ら菓子の形状等を特定することなく「元贇焼」を使用している。したがって、「元贇焼」は一般的な名称であると意識されるに至っていた。
カ 甲第8号証及び第9号証に対して
「元贇焼を松葉屋総本店他が取り扱っていたことを示唆するにとどまる」とする被請求人の主張には理由がない。
辞典等に掲載される程に、「元贇焼」は取引業界で一般的な名称であると意識されていることを示すものである。
キ 甲第10号証及び第11号証に対して
「『元贇焼』が特定の菓子の商品の名称として取引上普通に通用していることを示すものではない。」とする被請求人の主張には理由がない。
甲第10号証には、「ゲンピン」という焼き菓子の製法が具体的かつ詳細に記載されている。また甲第11号証には、「元贇焼」の伝来の経緯が記載されている。いずれも、取引業界で「ゲンピン」が、一般的な名称であると意識されていることを示唆している。
ク 甲第12号証に対して
「いくつかの菓子屋が『元贇焼』を扱ったことがある事実を示しているに過ぎない。」とする被請求人の主張には理由がない。
いくつかの菓子屋が「元贇焼」を扱っていた事実とともに、「元贇焼」が特定の菓子(「小麦粉、大豆の粉に砂糖を加え、数字の8の字形に作り」)を示すものであることが記載されている。このことは、「元贇焼」が特定の菓子を示す一般的な名称と意識されていることを意味している。
(2)次に、乙第1号証ないし乙第3号証を引用した被請求人の主張に対し、以下のように反論する。
ア 被請求人は、「名古屋と名古屋市東区の歴史と文化を支え伝えていくことを目的とした『東区文化のみちガイドボランティアの会』及び被請求人が元贇焼の復活をめざして奮闘してきたものである(乙第2号証及び第3号証)」と主張する。
請求人が会長を務める「八福の会」(ボランティア団体)では、「元贇焼」を復活させるために、平成20年5月頃、「東区文化のみちガイドボランティアの会」会長を介して被請求人に対し、「元贇焼」の指導を賜りたい旨申し出たが返事がなかった。平成20年8月頃、再度の申し出をしたところ、「不可」との返事があった。そこで請求人らは、甲各号証の記載や元贇焼を知る方を訪ねることで独自に調査、試作を重ね、元贇焼の完成に至った(甲第2号証)。調査の過程で請求人は、陳元贇の人柄に惹かれ、「元贇焼」の名称は共有の財産であり普通名称であると考え、商標登録出願を見送っていた。ところが後日、被請求人が「元贇焼」の商標登録出願を行っていたことを知った(出願日:平成20年9月19日)。
このように被請求人は、請求人が「元贇焼」を使用する意思があることを知った後、この使用を悪意を持って妨害する目的で普通名称の商標登録出願を行っていたのである。
イ また、被請求人は、「元贇焼という名称は特定の菓子を指すというより、陳元贇にちなむ菓子との意味に過ぎない。」と主張している。
しかしながら、甲各号証、特に菓子辞典などに多数記載されているように、「元贇焼」が特定の形状や製法の菓子を指すものであることは紛れもない事実である。したがって「元贇焼」は一般的な名称として意識されている。
ウ また、被請求人は、「かつて小規模な数件の菓子屋で若干の数量が取り扱われていたらしい経緯がある。」と主張している。
しかしながら、「小規模な」「若干の数量」と認定する根拠が全く不明である。
エ また、被請求人は、「最近では完全に廃れている以上、到底特定の商品等の名称として取引上普通に通用しているなどとはいえない」と主張している。
しかしながら、取引上普通に通用していることは普通名称の定義でなく、「その商品の一般的な名称であること」が普通名称の定義である。そして、かって複数の菓子屋で「元贇焼」が取り扱われていたことは事実である。また、乙第1号証及び第2号証において示されているように、「元贇焼」は当時「銘菓」として作られ販売されていたのである。これらからも、菓子の取引業界で「元贇焼」が、特定の菓子の商品の一般的な名称であると意識され、現在も「一般的な名称」として意識されていることは疑いようもない。
さらに、例えば「香菓の泡(かくのなわ)(かくなわ)」、「黏臍(てんせい)」(いずれも平安時代の唐菓子、「広辞苑(第五版)」より引用)のように、過去において一般的と意識されていた名称が、現在ではあまり使用されなくなった場合でも、未だ、なお取引上、一般的な名称(普通名称)であると意識されている名称は多々ある。これらからしても、「元贇焼」が、菓子の取引業界で、特定の菓子の一般的な名称であると意識されているといえる。
したがって、商標法第3条第1項第1号に関する被請求人の主張は、成り立たない。
(3)次に、商標法第4条第1項第16号に関する被請求人の主張であるが、上述したように、「元贇焼」が特定の菓子の名称として一般的であると意識されている以上、他の菓子の名称として「元贇焼」の名称が使用されることで、品質誤認を生ずるおそれがあることは明白である。
したがって、商標法第4条第1項第16号に関する被請求人の主張は、成り立たない。

第3 被請求人の答弁
1 答弁の趣旨
被請求人は、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は、請求人の負担とする、との審決を求め、その理由を要旨次のように述べ、証拠方法として乙第1号証ないし第3号証を提出している。

2 答弁の理由
(1)商標法第3条第1項第1号該当性について
請求人は、証拠を引用して、本件商標が普通名称である旨主張しているが、普通名称とは、当該指定商品が取引される範囲内で特定の商品の名称として取引上普通に通用していることをいうところ、本件で「元贇焼」という菓子が取引される範囲で特定の商品の名称として取引上普通に通用しているか否かを以下に見ていくこととする。
ア まず、甲第4号証は、昭和36年発行の書籍であるところ、そこには「陳元贇が製法を伝えたという菓子が以前あったこと」「この菓子は今では似たものを鼈甲焼といって売っている。当時は大変珍しかった」との記載がある。つまり、製法を伝えた菓子があった、というに過ぎず、どの菓子を指すのか判然としないこと、「以前あった」「当時は大変珍しかった」というのであり、殆ど菓子の世界では知られていなかったこと、しかも「今では」(昭和36年当時)似たものを鼈甲焼という全く違った名称で販売されている、というのである。したがって、菓子の取引業界で元贇焼が特定の菓子の商品の名称として取引上普通に通用していたとは言えない。
イ 次に、甲第5号証には、「板元贇」とか「げんぺ」「板けんひん」といった名称が使用されていた経緯があること、確かに八勝舘等では元贇焼という名称の菓子を扱っていることが記されているが、甲第5号証が昭和37年発行にかかるもので、かってかような名称の菓子があったことを推測させるに過ぎないこと、がうかがえる。
ウ そして、甲第6号証(昭和46年発行)には、「明治期には滅びた」「今の元贇焼は復古調」などとあるうえ、「1日に石油カン二杯が焼ければいい方である」などとあり、ほそぼそと消えては廃れしていた極めてマイナーな菓子、名称に過ぎなかったことがわかる。
エ また、甲第7号証(昭和52年発行)の記載(「お菓子の元贇焼もそのゆかりである」)は、元贇焼と呼ばれた菓子がかつてあったことを示唆するに過ぎない。
オ さらに、甲第8号証(昭和58年発行)は、江戸時代に作られたことのある元贇焼を、松葉屋総本店が取り扱っていた事実を示すにとどまる。
カ 次いで、甲第9号証(平成元年発行)も、松葉屋総本店他が取り扱っていたことを示唆するにとどまる。
キ また、甲第10号証は、「ゲンピン」というお菓子が元贇の考案である旨述べているに過ぎず、甲第11号証も、元贇が「元贇焼」の製法を伝えたことを述べるにとどまり、いずれもが「元贇焼」が特定の菓子の商品の名称として取引上普通に通用していることを示すものではない。
ク そして、甲第12号証もいくつかの菓子屋が「元贇焼」を扱ったことがある事実を示しているに過ぎない。
ケ 乙第1号証ないし第3号証に明らかなように、元贇焼という名称の菓子は江戸時代に伝えられ、いくつかの菓子屋が手がけたことはあるものの、殆ど人口に膾炙(かいしゃ)されることなく廃れてしまった歴史的な菓子の名称に過ぎない(乙第1号証には「昭和になって八勝館で販売もされていたが現在は途絶える」とある)。
コ だからこそ、名古屋と名古屋市東区の歴史と文化を支え伝えていくことを目的とした「東区文化のみちガイドボランティアの会」及び被請求人が元賃焼の復活をめざして奮闘してきたものである(乙第2号証及び第3号証)。
サ そもそも、従前普通名称とされたケースは「羽二重餅」「本みりん」など、当該指定商品、役務が取引される範囲内で特定の商品等の名称として取引上普通に通用していることが明白な場合に代表される。しかるに本件では、元贇焼という名称は特定の菓子を指すというより、陳元贇にちなむ菓子との意味に過ぎず、しかも、かつて小規模な数件の菓子屋で若干の数量が取り扱われたらしい経緯はあるものの、少なくとも最近では完全に廃れている以上、到底特定の商品等の名称として、取引上普通に通用しているなどとは言えない。
したがって、請求人の主張には理由がない。
(2)商標法第4条第1項第16号該当性について
請求人は、「8の字に焼いたお菓子以外の商品に『元贇焼』が使用された場合、商品の品質の誤認を生じさせるおそれがあることは明らかである」旨主張するが、趣旨が不明としか言いようがない。
特定の商標と商品の形態とに関連性が認められる場合に、他の形態の商品に当該商標が使用されれば誤認が生ずるおそれがあることは一般的には認められようが、これはどの商標にも言えることである。
したがって、かかる主張自体が失当と言わざるを得ない。

第4 当審の判断
1 商標法第3条第1項第1号該当性について
(1)商標法第3条第1項第1号の趣旨について
ア 甲第13号証「特許庁編 工業所有権法逐条解説(第17版)」によれば、「普通名称とは、取引界においてその名称が特定の業務を営む者から流出した商品又は特定の業務を営む者から提供された役務を指称するのではなく、その商品又は役務の一般的な名称であると意識されるに至っているものをいうのである。」と解説されている。
イ また、判決によれば、商標法第3条第1項第1号に規定する「普通名称」は、商品についていえば、指定商品の属する特定の業界において当該商品の一般的名称であると認識されているに至っているもの、を意味するものであると解される(東京高裁 平成13年(行ケ)第249号及び同14年(行ケ)第434号参照)。
そこで、本件商標が商標法第3条第1項第1号に該当するか否かを、以上の観点に立って検討する。
(2)本件商標は、別掲のとおり、「げんぴんやき」及び「元贇焼」の文字よりなるところ、請求人提出の証拠によれば、「元贇焼/げんぴんやき」に関して、以下の事実が認められる。
ア 甲第4号証「鐵斉(日本美術新報社 昭和36年6月20日発行)」9頁には、「毎年一度か二度名古屋の人から、陳元贇が製法を伝えたと云う、菓子を送って来まして、私はこの元贇焼を貰うのが何よりうれしいことでした。・・」との記載がある。
同122頁には、「陳元贇の菓子」の見出しの横に、「菊穂録に尾州にて板ゲンピンといふ菓子、陳元贇より起こると記せり。松風ケシ板などといふものと同じさまの菓子也。・・」との記載がある。
イ 甲第5号証「陳元贇の研究(雄山閣出版株式会社 昭和37年8月25日発行」337頁には、「いま八勝館では菊屋伝承の元贇焼という徳川末期の呼び方に倣い、松川屋や秀松堂も同称ときく。・・」との記載がある。
同339頁には、「市史風俗篇に、陳元贇は桜屋に製法を伝えたという一文を引用しある。・・」との記載がある。
同340頁には、「鏡屋六代鈴木正七の分家に正祐(1816?1889)という当主がいた。・・・凡庸でない正祐は三十二の秋に唐菓子元贇焼の復活に着眼し、名古屋長者町六丁目に店舗を構えた。尾陽御菓子所菊屋がこれで」との記載がある。
同342頁には、「柳亭梅彦著、船橋菓子の雛型に『元贇焼』とし、『元贇監製の四字を記せる煎餅様の菓子あり。・・」との記載がある。
ウ 甲第6号証「日本名菓辞典(株式会社東京堂出版 1971年3月5日初版発行」130頁下段には、「元贇焼/げんぴんやき」の見出しの下に、「名古屋市の名物。松葉屋総本店の特製品である。せんべいの一種なのだが、数字の「8」に似た形の素朴な此の焼き菓子には古雅な味が残っている。」との記載がある。
同131頁上段には、「今の『元贇焼』は明治時代の復古調。」との記載がある。
エ 甲第7号証「観て・見て・みて(愛知県旅館環境衛生同業組合 昭和52年11月発行」18頁には、「張振甫が住んだところを振甫町といい、お菓子の元贇焼もそのゆかりである)」との記載がある。
オ 甲第8号証「和菓子百楽(株式会社里文出版 昭和58年10月20日発行」153頁及び154頁にかけて「元贇焼/げんぴん」の見出しの下、「松葉屋総本店とその住所等」及び「この元贇焼は、尾張藩の初代藩主に抱えられた明の帰化人、陳元贇が作ったものといいます。小麦粉に大豆粉を混ぜて砂糖を加え、8の字型に焼いて胡麻をかけたお菓子です。」との記載がある。
カ 甲第9号証「新装普及版/和菓子の辞典(株式会社東京堂出版 平成元年9月30日発行」141頁には、「元贇焼/げんぴんやき」の見出しの下、「[愛知]焼菓子。名古屋市中区丸の内の松葉屋総本店、同市瑞穂区汐路町の松川屋などの製品。小麦粉、大豆粉に砂糖を加え、数字の8の字形につくって焼いたもの。」との記載がある。
キ 甲第10号証「名古屋区史シリーズ 東区の歴史(愛知県郷土資料刊行会 平成8年8月30日発行」88頁には、「ゲンピンという丸い穴の開いた菓子がある。小麦粉・砂糖・飴などを材料にゴマを入れて作るもので、これも元贇の考案だといわれている。」との記載がある。
ク 甲第11号証「尾張名古屋の人と文化(中日新聞社 平成11年10月10日発行」29頁には、「元贇はこのほかにも、ともに<元贇焼>と呼ばれた菓子や陶器の製法を伝えたり、」との記載がある。
ケ 甲第12号証「日本銘菓事典(株式会社東京堂出版 2004年8月20日発行」139頁には、「元贇焼[げんぴんやき]」の見出しの下、「小麦粉、大豆の粉に砂糖を加え、数字の8の字形に作り、上面にゴマをかけて焼いたもの。徳川中期頃、尾張藩に召し抱えられた清国人、陳元贇が創製したといわれている。名古屋の古書によると桜屋という菓子屋があり、陳元贇から教わって板状の板元贇を作り、なまって『いたげんぺ』と呼ばれたとか、嘉永年間(1848?54)に長者町4丁目の菊屋が『元贇焼』を売り出したなどと伝えられている。」との記載がある。
コ 甲第2号証「中日新聞(2009年(平成21年)6月5日)」には、「約四百年前に名古屋で活躍した文化人陳元贇の発案とされる郷土菓子を現代に復活させる計画が、名古屋市高岳福祉会館(東区泉二)で進められている。・・郷土菓子は小麦粉や砂糖を練り合わせ、8の字状や板状にして焼いた菓子。「元贇焼」「いたげんぺ」などの名称で昭和六十年代ごろまで市内の和菓子店で販売されていた。」との記載がある。
(3)上記において認定した事実によれば、元贇焼は、徳川中期頃、尾張藩に召し抱えられていた明の帰化人陳元贇が創製したといわれているもので、尾張の菓子屋「桜屋」の主人に、口伝により製法が伝えられた、せんべいの一種の焼き菓子で「板元贇」「いたげんべ」などと呼ばれ広く行われていたこと、その後「板元贇」は、一時製造が途絶えたが、嘉永元年(1848年)ころ、菊屋が京の都から製法を得てこれを復活し、「元贇焼」と称して製造・販売したこと、そして、明治初期までに、再度、元贇焼は途絶えたが、明治期には再度、復活し、遅くとも昭和28年ころまでには「八勝館」「松川屋」及び「秀松堂」などが、「元贇焼」の名称を使用し、板状(短冊型)又は数字の8の字状(蛇目型)の形状のものを復活製造・販売しており、その後も「松葉屋総本店」や「松川屋」などで取り扱われ、名古屋市内では、昭和60年代ごろまで和菓子店で販売されていたこと、原材料や製法については、当事者以外秘伝とされていたこと、当事者でも、口伝による伝承であったこと及び伝承が数度途絶えたことにより、詳細は特定はされていないものの、おおよそ小麦粉、大豆粉や砂糖を練り合わせ8の字状や板状にして、上面にゴマをかけて焼いた菓子であることが認められる。
そして、元贇焼は、昭和60年代ごろに製造・販売が途絶えたとしても、途絶えてから現在まで、それほど長期間経過してはおらず、未だ当時の状況を記憶している取引者・需要者が大勢いると推察されるばかりでなく、甲第4号証ないし第12号証にみられるように、各種出版物に紹介されており、かつ、前記、甲各号証のうち、甲第9号証ないし第12号証は、平成になってからの出版物であることが認められる。
これらを合わせ考慮すると、「元贇焼」は、本件商標について登録査定がなされた平成21年2月24日当時、「菓子」を取り扱う業界において、当該商品の一般的名称であると認識されていたとみるのが相当である。
(5)被請求人の反論
被請求人は、普通名称とは、当該指定商品が取引される範囲内で特定の商品の名称として取引上普通に通用していることをいうと主張する。
しかしながら、商標法が第3条第1項第1号をもって商品の普通名称を登録しないこととしているのは、商品の普通名称が、自他商品の識別力を有しないのが通常であるから登録すべきではないとされたものであり、これに加えて、仮に、商品の普通名称を商標登録し、これに独占排他的な効力を与えた場合には、取引者・需要者は、当該商品の商取引に支障を来すおそれがあると解されるからである。
すなわち、被請求人の主張する如く、普通名称の範囲を、特定の商品の名称として取引上、普通に通用しているものだけに限定した場合には、本件事案のように、過去に該商品を取り扱う業界において普通名称として扱われていた商品の名称が、たとえ、未だ商品の普通名称であると該業界で認識されている名称であっても、現在はその商品の取引が行われていないことを理由に、本来、識別性を有しない名称を商標登録することになるばかりでなく、再度、その名称により取引を再開しようとする者に多大な支障を来すおそれがあるから、この点に関する被請求人の主張は採用することができない。
(6)まとめ
以上のとおり、「げんぴんやき」及び「元贇焼」の文字からなる本件商標を、その指定商品中「元贇焼」について使用するときは、商品の普通名称普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標と認める。
したがって、本件商標は、商標法第3条第1項第1号に該当する。

2 商標法第4条第1項第16号該当性について
本件商標は、商品「元贇焼」を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標と認められるものであることは、上記1のとおりである。
そうすると、本件商標をその指定商品中「元贇焼」以外の菓子に使用するときは、あたかも該商品が「元贇焼」であるかのごとく商品の品質について誤認を生じさせるおそれがある。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第16号にも該当する。

3 結論
以上のとおり、本件商標は、商標法第3条第1項第1号及び同法第4条第1項第16号に違反して登録されたものであるから、同法第46条第1項の規定により、その登録を無効とすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
別掲 別掲(本件商標)



審理終結日 2010-02-23 
結審通知日 2010-02-26 
審決日 2010-03-09 
出願番号 商願2008-82611(T2008-82611) 
審決分類 T 1 11・ 11- Z (X30)
T 1 11・ 272- Z (X30)
最終処分 成立  
前審関与審査官 武谷 逸平小田 明 
特許庁審判長 佐藤 達夫
特許庁審判官 小川 きみえ
野口 美代子
登録日 2009-04-03 
登録番号 商標登録第5219122号(T5219122) 
商標の称呼 ゲンピンヤキ、ゲンピン、ゲンインヤキ、ゲンイン 
代理人 稲山 朋宏 
代理人 松永 圭太 
代理人 高橋 穣二 
代理人 山本 尚 

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