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審決分類 審判 全部無効 商4条1項15号出所の混同 無効とする(請求全部成立)取り消す(申し立て全部成立) Y010305091016304142
管理番号 1192302 
審判番号 無効2007-890134 
総通号数 111 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標審決公報 
発行日 2009-03-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2007-08-13 
確定日 2009-01-19 
事件の表示 上記当事者間の登録第4965333号商標の商標登録無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 登録第4965333号の登録を無効とする。 審判費用は被請求人の負担とする。
理由 第1 本件商標
本件登録第4965333号商標(以下「本件商標」という。)は、「MERCK-BANYU」の文字を横書きしてなり、平成17年8月9日に登録出願され、第1類、第3類、第5類、第9類、第10類、第16類、第30類、第41類及び第42類に属する商標登録原簿記載のとおりの商品及び役務を指定商品及び指定役務として平成18年6月30日に設定登録されたものである。

第2 引用商標
請求人が引用する登録商標は、以下の(1)ないし(14)に掲げるとおりである。
(1)登録第496397号
商標の構成:「Merck」
登録出願日:昭和30年5月31日
設定登録日:昭和32年2月14日
指定商品 :第1類「化学品、薬剤及び医療補助品」
(2)登録第1010985号
商標の構成:「MERCK」
登録出願日:昭和45年10月16日
設定登録日:昭和48年5月1日
書換登録日:平成16年3月10日
指定商品 :第2類「塗料,染料,顔料,印刷インキ(「謄写版用インキ」を除く。)
(3)登録第1010986号
商標の構成:「メルク」
登録出願日:昭和45年10月16日
設定登録日:昭和48年5月1日
書換登録日:平成16年3月3日
指定商品 :第2類「塗料,染料,顔料,印刷インキ(「謄写版用インキ」を除く。)
(4)登録第1335621号
商標の構成:別掲(1)のとおり
登録出願日:昭和47年6月7日
設定登録日:昭和53年7月21日
指定商品 :第1類「化学品、薬剤、医療補助品」
(5)登録第2231159号
商標の構成:「MERCK」
登録出願日:昭和54年10月12日
設定登録日:平成2年5月31日
指定商品 :第10類「理化学機械器具、光学機械器具、写真機械器具、映画機械器具、測定機械器具、医療機械器具、これらの部品および附属品、写真材料」
(6)登録第2261356号
商標の構成:「メルク」
登録出願日:昭和54年11月7日
設定登録日:平成2年9月21日
指定商品 :第10類「理化学機械器具、光学機械器具、写真機械器具、映画機械器具、測定機械器具、医療機械器具、これらの部品および附属品、写真材料」
(7)登録第4053496号
商標の構成:別掲(2)のとおり
登録出願日:平成7年7月21日
設定登録日:平成9年9月5日
指定商品 :第5類「循環器官用薬剤,消化器官用薬剤,その他の薬剤」
(8)国際登録第279186号
商標の構成:Merck
国際登録日:1970年1月31日
事後指定日:2001年9月21日
設定登録日:平成14年5月24日
指定商品 :第3類に属する国際商標登録原簿記載のとおりの商品
(9)国際登録第547719号
商標の構成:Merck
国際登録日:1990年1月9日
事後指定日:2001年8月24日
設定登録日:平成14年5月24日
指定商品 :第10類に属する国際商標登録原簿記載のとおりの商品
(10)国際登録第734040号
商標の構成:別掲(3)のとおり
国際登録日:2000年4月17日
設定登録日:平成13年6月29日
指定商品/役務:第5、第16及び第42類に属する国際商標登録原簿記載のとおりの商品及び役務
(11)国際登録第770038号
商標の構成:別掲(4)のとおり
国際登録日:2001年10月12日
設定登録日:平成15年11月28日
指定商品/役務:第1ないし第3、第5、第10、第16、第29、第30、第35及び第42類に属する国際商標登録原簿記載のとおりの商品及び役務
(12)国際登録第770114号
商標の構成:別掲(5)のとおり
国際登録日:2001年10月12日
設定登録日:平成16年3月19日
指定商品/役務:第1ないし第3、第5、第9、第10、第16、第29、第30、第35及び第42類に属する国際商標登録原簿記載のとおりの商品及び役務
(13)国際登録第770115号
商標の構成:別掲(5)のとおり
国際登録日:2001年10月12日
設定登録日:平成16年3月19日
指定商品/役務:第1ないし第3、第5、第9、第10、第16、第29、第30、第35及び第42類に属する国際商標登録原簿記載のとおりの商品及び役務
(14)国際登録第770116号
商標の構成:別掲(6)のとおり
国際登録日:2001年10月12日
設定登録日:平成16年3月19日
指定商品/役務:第1ないし第3、第5、第9、第10、第16、第29、第30、第35及び第42類に属する国際商標登録原簿記載のとおりの商品及び役務
上記の登録商標は、いずれも有効に存続しているものであり、以下、これらを一括して「引用商標」という。

第3 請求人の主張の要点
請求人は、結論同旨の審決を求め、その理由及び被請求人の答弁に対する弁駁を要旨以下のように述べ、証拠方法として甲第1ないし第261号証(枝番を含む。)及び参考資料1ないし10を提出している。
1 請求の理由
(1)前提となるべき事実
(ア)メルク社の歴史
請求人会社は、フリードリッヒ・メルクにより1668年ドイツのダルムシュタットで創業されたエンゼル薬局を前身に、モルヒネ、その他アルカロイド類の製造に成功し、医薬品製造に関わるようになった1827年まで遡る。エマニュエル・メルクによって設立されたエー・メルク(E・メルク)社は、1850年頃までにはすでにヨーロッパ全土に販売網を確立していたが、その後1904年には液晶の販売を最初に手がけ、また世界に先駆け1934年ないし1942年にはビタミンC、B1、E及びKの工業生産を開始、1960年代にはパール顔料の開発にも成功している。
一方、被請求人の親会社「Merck&Co.」(以下「米メルク社」という。)は、エマニュエル・メルクの孫にあたるジョージ・メルクが米国における化成品製造の拠点として1889年に設立したものである。しかしながら、この米メルク社については、第1次世界大戦後、米国政府に接収され、以後、請求人会社とは別会社としての道を歩み今日の会社となっている。
そして、現在、両社は米国及びカナダでは米メルク社が、日本、ヨーロッパ及びその他の地域では請求人が「MERCK」という商号を使うことで各々の子会社及び関連会社を含み合意し、米メルク社の日本での登録は「MERCK SHARP&DOHME」等である(甲第2号証)。
(イ)請求人会社「Merck KGaA」(以下「独メルク社」ということがある。)について
請求人は、今日、世界62か国に246の関連会社を有し、日本国内では1968年にメルクジャパン株式会社(2002年に「メルク株式会社」に商号変更。以下「日本メルク社」という。)を設立した。日本メルク社の主要製品分野は液晶、顔料、試薬、医薬品等である(甲第3号証)。
(ウ)米メルク社及びに被請求人ついて
一方、第一次大戦後米国に接収された米メルク社は、北米を中心に独立企業として発展を遂げ、現在では医薬品売上高世界10位以内に位置する大手医薬品メーカーとなっている。被請求人の会社設立も1915年と古く、国内医薬品メーカー大手の一つであったが、2004年に米メルク社の完全子会社となっている(甲第4号証)。
(2)具体的理由
(ア)本件商標が商標法第4条第1項第11号に該当すること
請求人は、上記第2の引用商標を所有している(甲第5号証)。
一方、本件商標は「MERCK-BANYU」の欧文字から構成され、「MERCK」と「BANYU」は、上述のとおり、独メルク社「Merck KGaA」、米メルク社「Merck&Co.」及び「萬有製薬株式会社」の著名な医薬品メーカーの商号の要部を構成するものであるから、「メルクバンユウ」の称呼が生ずる他、「メルク」又は「バンユウ」の略称も生ずるのは明らかといえる。
したがって、商標中に「MERCK」の語を有する本件商標は、引用商標と類似し、互いに同一又は類似する商品・役務については、商標法第4条第1項第11号に該当する。
(イ)本件商標が商標法第4条第1項第15号に該当すること
本件商標には「MERCK」の語が含まれており、MERCKは上記のとおり独メルク社又は米メルク社を表すものとして世界的に著名である。しかし、「MERCK」の名称は日本国内においては独メルク社が使用することで合意しており、引用商標も独メルク社が権利者である。
そこで、本件商標について改めて検討するに、その構成中「MERCK」の文字は被請求人の親会社米メルク社を、「BANYU」は被請求人を意味することは明らかであるが、本件商標からは、「米メルク社と被請求人の合弁会社」のみならず、「独メルク社と被請求人の合弁会社」の如き意味合いをも想起させる。したがって、独メルク社又は日本メルク社の長年の使用により商標「Merck」及び「メルク」の著名性については特許庁においてもすでに周知の事実と思われるが、本件商標がその指定商品・役務に使用されることにより、需要者間で互いの出所につき誤認混同を生ずるおそれは否定できない(甲第6号証)。
したがって、本件商標は商標法第4条第1項第15号にも該当する。
(3)むすび
以上に述べたとおり、本件商標は、商標法第4条第1項第11号及び同第15号に該当し、同法第46条第1項第1号により、その登録を無効にされるべきものである。
2 弁駁
(1)当事者について
(ア)請求人の歴史
請求人の起源は、1668年にフリードリヒ・ヤコブ・メルクがドイツのダルムシュタットにおいて「エンゲルアポテク(天使薬局)」(審決注:請求理由において述べている「エンゼル薬局」を指すものと認められる。以下同じ。)を創業したことにまで遡る。
上記ヤコブ・メルクの子孫であるエマニュエル・メルクは、1850年ドイツに請求人の前身であるE・メルク社を設立し、同社が本格的にヨーロッパでの化学品及び医薬品の販売を開始した。
E・メルク社は、まだ「エンゲルアポテク」であった1827年にはモルヒネを始めアルカロイドの大量精製に成功したことを皮切りに植物抽出物やその他の化成品についても高品質な製品の生産を開始しており、1850年には早くもヨーロッパに販売網を確立していた。その後も同社はさらに発展を続け、1904年には世界に先駆けて液晶の販売を開始し、1934年から1942年にかけて、ビタミンCをはじめビタミンB1・E・Kなどの合成生産も世界に先駆けて行った。さらに、1960年代にはパール顔料の開発にも世界でいちはやく成功している。
このように、E・メルク社は、現存の医療・化成品会社の中で最も古い歴史を有する会社であるとともに、医薬品・化学品の分野において世界トップの地位を占めてきている。
1995年にはメルクグループ組織再編の一環として請求人である独メルク社がドイツのダルムシュタットに設立され、現在では、請求人がメルクグループ全事業を統括する中核となっており、E・メルク社は請求人の資本の過半数を所有する無限責任のパートナー会社として存続している。
現在、請求人及びその200社にのぼるグループ企業は、世界63か国において、約35,000人の従業員を有する世界的規模の製薬及び化学薬品グループとなっており、その生産拠点として26か国、61か所に自社工場を有するまでに至っている。そして、2007年上半期(6か月)におけるメルク・グループの総収入は、後発医薬品事業を除いても35億ユーロに達し、2007年上半期(6か月)において、後発医薬品事業の総収入は9億3,100万ユーロを記録している。また、メルクグループ全体の売上高のうち、医薬品の販売はメルクグループ合計で24億2,700万ユーロにも達し、メルクグループ全体の売上の6割を占めている(甲第3及び第13号証)。
(イ)請求人の日本における子会社
一方、1968年2月に東京都港区にメルクグループの日本法人として設立された日本メルク社は、当初は主としてメルクグループ製品の国内外での販売・輸出入を業務としていたが、国内での需要増大に伴って、日本国内にも多数の研究・生産拠点が設けられるに至った。
現在、日本メルク社は、資本金21億円、売上高は年間754億9,600万円で(帝国データバンク調査結果(甲第251号証)では業種別592社中2位となっている。)、従業員数は475名を数えるまでに至っており(2006年12月31日現在)、化成品・医薬品・試薬といった分野でその事業を展開している(以上、甲第3及び第13号証)。
また、後述するとおり、1998年1月には、日本でのジェネリック医薬品需要の高まりを受け、日本の薬局方・ジェネリック業界で長年の実績を誇る保栄薬工(当時は藤沢アストラの保栄事業部)に対し請求人及び日本メルク社が出資してメルク・ホエイ株式会社(2006年7月にメルク製薬株式会社に商号変更。以下「メルク製薬」という。)を設立した。
(ウ)米メルク社と請求人及び被請求人の関係
被請求人は、循環器系薬剤、抗炎症薬剤、抗生物質薬剤を中心とする製薬会社であり、米メルク社と1952年に販売提携を行い、1984年には米メルク社の持株比率が50パーセントを超過し、2004年から米メルク社の100パーセント子会社となり、株式上場も廃止している。
米メルク社は、もともとはE・メルク社の米国子会社であったが、同社は第1次世界大戦の勃発によって米国に接収され、以後、E・メルク社をはじめとするメルクグループと米メルク社の両者は、お互いに資本等の関係はないまま別個に発展している。
また、もともと日本では、米メルク社の子会社として、日本Merck Sharp&Dohme株式会社が存在したものの、同社は、2004年3月に被請求人が米メルク社の完全子会社となったことに伴い、被請求人と合併して解散している。なお、後述するとおり、E・メルク社と米メルク社との契約によって、米メルク社にはかかる名称の商号としての使用のみが日本では認められていた。
(2)請求人と米メルク社との間の「Merck」名称使用をめぐる契約について(本件無効審判請求の背景)
(ア)契約締結に至る経緯と契約の内容
前述のとおり、請求人をはじめとするメルクグループと米メルク社とは、その起源を同じくしながらも、第1次世界大戦の勃発により米メルク社が米国政府に接収されて以降は、全く資本関係のない別個の会社となった。
そして、メルクグループ、米メルク社の両者が別個に発展するに伴って、両者間には競合関係も発生し、そのためE・メルク社を中心とするメルクグループと米メルク社との間では、「Merck」名称の使用を巡って問題が生じたところ、その問題解決の動きが起こり、1955年に請求人と米メルク社との間で「Merck」名称の使用について規定した最初の契約が成立し(甲第183号証。以下「1955年契約」という。)、「Merck」名称の使用について概ね以下のとおりと定められた。
(a)米国及びカナダにおいては、米メルク社が商標「Merck」を使用する独占的権利を有し、E・メルク社はこれらの地域において「Merck」を含むいかなる商標も使用せず、かかる商標について権利を取得しない。これらの地域において、E・メルク社は「Emanuel Merck offene Handelsgesellschaft」の名称を特定の態様で社名又は法人名の全部又は一部として用いることのみが認められる(甲第183号証、2)a)及びb))。
(b)ドイツにおいては、E・メルク社が商標「Merck」を使用する独占的権利を有し、米メルク社はドイツにおいて「Merck」を含むいかなる商標も使用せず、かかる商標について権利を取得しない。ドイツにおいて、米メルク社は「Merck&Co.,Inc.」、「Merck&Co.,Limited」及び「Merck-Sharp&Dohme」を特定の態様で社名又は法人名の全部又は一部として使用することのみが認められる(甲第183号証、3)a)(i)(ii)及び3)b))。
(c)その他の地域(ドイツ、米国及びカナダ以外、日本を含む地域)について(以下1955年契約(甲第183号証)から引用)
「6)その他のすべての国において、米メルク社は、E・メルク社が、“Merck”の語又は“E.Merck”のように組み合わせからなるものを、商標又は名称として使用する権利を有することを認める。
但し、将来採用されるいかなる標章又は名称も、前4項及び5項に基づき米メルク社が採用し又は使用する標章又は名称と混同を引き起こすほど類似するものではないものとする。」
「7)その他のすべての国において、米メルク社は、本契約の発効日後、直ちに及びいかなる場合でも3年以内に、商標“Merck”、“MerckCross”及び“MerckMerckMerck”について、現存するすべての登録を取消し、すべての出願を取下げ、及びすべての使用を中止するものとする。」
1955年契約については、1970年1月1日付けで1955年契約に代わるものとして以下のとおり新たな契約(以下「1970年契約」という。)が締結されているが、これは、ドイツ側当事者の名称変更に起因してなされたものであって、内容自体は1955年契約とほぼ同一のものである(甲第184号証、「1970年契約」12項参照)。
「6)その他のすべての国において、米メルク社は、E・メルク社が、“Merck”の語又は“E.Merck”のように組み合わせからなるものを、商標又は名称として使用する権利を有することを認める。但し、将来採用されるいかなる標章又は名称も、前4項及び5項に基づき米メルク社が採用し又は使用する標章又は名称と混同を引き起こすほど類似するものではないものとする。」
「7)その他のすべての国において、米メルク社は、商標“Merck”、“MerckCross”及び“MerckMerckMerck”について、現存するすべての登録を取消し、すべての出願を取下げ、及びすべての使用を中止することを引き受けた。」
(イ)「日本メルク万有」商標について
E・メルク社と米メルク社との間では、日本において以下のような事件が発生したこともあった。
すなわち、1972年頃に日本メルク萬有株式会社(被請求人と米メルク社の合弁会社として設立されていた会社。現在は解散している。)が、我が国において商標「日本メルク万有」に係る商標登録出願を行ったことに対して、E・メルク社が、米メルク社に対し、かかる商標登録出願は1970年契約の第7項に違反することを理由として1972年2月5日付け書状(甲第185号証)で商標登録出願の取下げを要求したところ、同年3月9日付け書状(甲第186号証)において、米メルク社の担当者は「・・・かかる出願は1970年1月の契約に違反するものである、という貴殿らのご意見に同意します。」、「直ちに日本メルク万有社に対して、この問題を知らせ、かかる商標出願を直ちに取り下げる措置を取るよう要求する手紙を書きました。日本メルク万有社から該出願を取り下げたという確認を受取次第、お知らせします。このようなことが起こったのは残念です。」との返事がなされた。
このように、「日本メルク万有」商標に係る商標登録出願が、1970年契約の内容に違反するものであること、すなわち、「日本メルク万有」に係る商標が「商標『Merck』について、現存するすべての登録を取消し、すべての出願を取下げ、及びすべての使用を中止する」という1970年契約第7項の対象になるという認識及び理解は、米メルク社自体によって明確に示されていたものである。
(ウ)以上のとおり、請求人をはじめとするメルクグループと被請求人の完全親会社である米メルク社との間では、1955年契約及び1970年契約に基づき「Merck」名称の使用については地域別に整理がなされてきたものである。
本件無効審判の背景には、上記のとおり、「メルク」及び「Merck」の商標について、日本では請求人側のメルクグループが正当な権利を有することが契約によって当事者間で確認されているにも関わらず、今般、被請求人が「万有製薬株式会社」から「メルク万有株式会社」への商号変更を検討し(甲第188号証)、かつ、本件商標登録出願をしたという事情が存在するものである。
なお、被請求人は、2007年10月22日付けプレスリリースにより、商号変更の延期を知らせている(甲第189号証)が、かかる商号変更の延期も、請求人が米メルク社に対して抗議を行った結果である。ただし、本件無効審判の結果如何によっては、商号変更が再浮上するおそれもあり、本件無効審判の結論は極めて重要なものである。
(3)「Merck」及び「メルク」の各商標(以下「請求人商標」という。)が請求人及びそのグループ企業の出所に係る商品又は営業を示すものとして周知・著名であること
請求人商標は、以下のとおり、わが国において、請求人及びそのグループ企業の商品又は営業を示すものとして医薬、試薬、化学製品等の分野で周知・著名となっている。
(ア)医薬品分野
前述のとおり、医薬品事業は、約35億ユーロのメルクグループ総売上高の約6割の売上を占めており、過去から現在を通して請求人を始めとするメルクグループにとっての世界的な主要事業となっている(甲第13号証参照。また、甲第7号証の1ないし100についてみると、甲第7号証の16、18、20、22、23、30、31、32、37、40、41、43、46、49、51、52、54、55、65、67、84、86、87、92、94ないし97などが、医薬品に関連する記事となっている)。
請求人を中心とするメルクグループは、世界的には癌、神経及び成長障害、循環器系疾患並びに不妊症の治療用の革新的医薬品から消費者のヘルスケア製品にまで及ぶ医薬品を提供してきた(甲第13号証、会社概要4頁(日本語訳))。
なお、2007年上旬に、請求人はスイスのセローノ・エス・エーを買収して請求人の旧医療用医薬品事業部門と事業統合し、メルクセローノが設立され、現在は、同社によって150か国以上の国々でメルクの医薬品が販売されており、市販薬としてはビタミン剤、風邪治療薬、インフルエンザ治療薬等を販売して一般の人々に好評を博している。
日本メルク社は、医薬品事業部を設立する以前には、メルクグループと日本企業や医療機関とのライセンス導出・導入に関するコーディネートや医療用医薬品原料の輸出入を主として行ってきており(甲第3号証)、その結果、1990年に田辺製薬によって上市されたメインテート錠は、日本のβブロッカー市場で第2位という実績をおさめている(甲第7号証の10ないし12)。
2001年からは、日本メルク社でも医薬品事業部を設立し、ハチ刺傷、食物アレルギーなどによるアナフィラキシーショックに対する緊急補助治療薬品である「エピペン」を2003年に上市し、2003年は年間997万7,000円、2004年は年間7,055万9,000円、2005年は年間7,816万5,000円、2006年は年間1億365万1,000円の売上を誇っている(甲第16号証ないし甲第23号証)。
さらに、鼻炎治療薬「ナシビン」も古くから請求人と中外製薬との提携(現在は佐藤製薬に製造販売承認が承継されている)によって日本国内で処方されている(甲第182号証)。
また、後発医薬品(いわゆるジェネリック医薬品)の分野についてみると、1993年には、請求人を始めとするメルクグループはジェネリック品の市場に進出し世界各地にグループ企業の設立を開始した。その中で、1998年1月、日本でのジェネリック品の需要の高まりを受けて、メルク製薬が誕生し(甲第7号証の205参照)、その2006年12月期の売上は168億4,300万円にも達し(甲第252号証)、メルク製薬はメルク・ホエイ株式会社の時代から日本国内において多数のジェネリック医薬品を上市してきている(甲第25号証ないし甲第34号証)。
以上のとおり、日本国内においても、請求人を始めとするメルクグループが医薬品を「メルク」及び「Merck」の名称のもとで長年にわたって提供してきている。また、「メルク」及び「Merck」の名称での日本国内における医薬品提供は、1955年契約及び1970年契約に従い、請求人と日本メルク社が独占的に行ってきており(一方、米メルク社はあくまで「万有製薬」ブランドで医薬品を提供している。)、その結果、日本国内において医薬品で請求人商標と言えば、請求人及びそのグループ企業のみの商標を指し示すものと広く認識されている(甲第28号証ないし甲第35号証参照)。また、保健薬辞典(甲第24号証)においても、「メルク製薬」のみが記載されている。
(イ)試薬分野
請求人をはじめとするメルクグループは、検査・研究・実験用の試薬についても1830年代という早い時期から注目し、現在では世界的な試薬のリーディングカンパニーとなっている。
日本では、日本メルク社設立後の1980年代から試薬分野への本格参入を開始し、現在では、2万種類もの製品を手がけており、20社以上の代理店と特約を結び事業を拡大している(甲第3号証)。
主な製品はクロマトグラフィー関連製品、環境分析・微生物・染色液関連製品、分子生物・細胞生物学の研究用試薬、有機合成用試薬(甲第61ないし第63号証)であり、多くの取引先への納入実績がある(例えば、甲第63号証「弊社製品取扱店一覧」などを参照)。
さらに、日本メルク社においては、「メルク・マイクロバイオロジーセミナー」と称してユーザー及びディーラー等を対象とした試薬・ライフサイエンスのセミナーも開催し、ユーザー及びディーラーに対する情報提供にも力を入れてきている(甲第48ないし第53号証)。
(ウ)液晶、顔料、光学、その他化学品等の分野について
また、上記(ア)及び(イ)の分野にとどまらず、請求人は液晶、顔料、光学、化学品等の分野においても世界的に有名な企業であり、日本でもこれらの分野で大きく事業を展開している。
すなわち、パソコン、携帯電話、テレビ、モバイル機器等に使用される液晶ディスプレイの液晶材料についてみると、請求人は、世界に先駆けて、今から100年以上前の1904年には液晶材料の販売を開始しており、日本では、1970年代には、請求人が開発・製造した製品の輸入販売を行い、1981年からは厚木の応用研究室において、輸入に頼っていた液晶製品の一部国内製造を開始し、現在では有機EL材料や有機半導体材料も取り扱っている。また、請求人及びメルクグループは、単に自ら液晶について研究・製造するにとどまらず、研究者等を対象とした液晶セミナーも「メルク液晶セミナー」「Merck LC Insight」の名称で実施しており、2007年には通算12回目を数えている(甲第36ないし第47号証)。また、日本メルク社の研究者によって、多数の論文が発表されており、学界でも請求人及びそのグループ企業がリードをはかっている(甲第70ないし第181号証)。
さらに、上記のとおり、請求人は1960年代には無毒性のパール(真珠)顔料を創り出すことに成功しており、日本では、日本メルク社の小名浜製造センターにおいて日本国内を初め、アジア、オセアニア等各国向けの顔料生産を開始し、その後、拡大する需要に対応している。日本メルク社は、その顔料についての技術力を広く知らしめるべく社団法人日本包装技術協会主催で開催される東京国際包装展(甲第54ないし第56号証)や社団法人日本塗料協会主催で開催されるPAINT SHOWにも例年出展し(甲第57ないし第60号証)、その技術力は高く評価されているものである。
化成品についてみると、1930年代に請求人は世界で初めてビタミンC、B1、E、Kの合成生産に成功し、その後も様々な化学合成品の開発に力を注ぎ、現在では約1000以上もの品目を扱っている。日本では、化粧品原料(紫外線吸収剤、殺菌剤他、昆虫忌避剤、スキンケア用原料、消炎剤等)、医薬品原料・医薬中間体(ビタミン、ミネラル類、糖アルコール類も)、食品添加物・機能性食品素材などを、日本メルク社が請求人を初めとするメルクグループ等から輸入し、約300以上もの品目を化粧品、医薬品、食品の大手メーカーに対して提供してきている(甲第3号証)。
また、請求人の高い技術力は、光学分野を始めとする工業技術分野でも活用されており、真空管蒸着材料を生産し、さらに眼鏡・高機能サングラス・双眼鏡などに請求人及びメルクグループ製品を用いた反射防止コーチングが使用されている(甲第3号証)。
その結果、請求人商標は、医薬及び試薬の分野に加えてこれら化学品の分野においても、請求人及びそのグループ企業のみの出所表示として日本において有名となっている。
(エ)多数の登録商標
また、請求人は、日本国内においても、複数の類に請求人商標について多数の登録商標を保有している(甲第5号証の1ないし14参照)。これらの商標権に基づき、日本国内においても、長年にわたり、請求人商標は、請求人及びその子会社により医薬品分野、試薬分野、液晶、顔料、光学その他化学品等の分野において独占的に使用されている。
(オ)宣伝広告・雑誌記事
さらに、請求人及び日本メルク社は、上記の製品等について日本国内において、多数の宣伝広告を行ってきており(甲第190ないし第248号証、甲第7号証の384、385、387及び388参照)、また、多数の新聞・雑誌記事にも長年にわたって請求人商標が請求人又はそのグループ企業を示すものとして掲載されてきている(甲第7号証の1ないし432)。
また、ドメイン名についても、「MERCK.CO.JP」及び「MERCK.JP」のJPドメイン両者いずれについても日本メルク社が保有しており(甲第8及び第9号証)、「MERCK.CO.JP」のドメイン名のもと日本メルク社はホームページも運営している(甲第2号証の1の2)。
(カ)以上のとおり、請求人商標は、請求人の商品又は営業を示すものとして医薬、試薬、化学製品等の分野で周知、著名であり、AIPPI日本有名商標録等にも掲載されている(甲第6号証の1)。
(4)無効理由
(ア)商標法第4条第1項第11号について
本件商標「MERCK-BANYU」のうち、「MERCK」はハインリッヒ・エマニュエル・メルクの人名に由来する外国語(ドイツ語)であり、わが国においては請求人及びそのグループ企業を示すものとして周知・著名なものであり、それ自体で識別力を有するものである。
また、「BANYU」は被請求人の商号である「萬有製薬株式会社」の一部をローマ字表記したもの、すなわち日本語に由来するものである。
そして、一般に、外国語と日本語とが結合された語においては、日本語が外国語の読みに対応したものである場合や、日本語が外国語の翻訳であるような場合を除き、称呼上・観念上のつながりは生じない。
このように、「MERCK-BANYU」において、「MERCK」と「BANYU」との間に称呼上・観念上のつながりは存在せず、それゆえ、本件商標は「MERCK」単独で認識されることが通常である。
さらに、簡易・迅速を尊ぶ取引の現場において、本件商標に接した需要者は、本件商標を請求人及びそのグループ企業の表示として周知・著名な「MERCK」の部分のみをもって省略する可能性も存在し、かかる点に鑑みても、本件商標から「メルク」の称呼が生じるものである。
そして、本件商標の要部である「MERCK」と引用商標とは同一又は類似であることは明白であるから、本件商標は商標法第4条第1項第11号に該当するものである。
さらに、商標法第4条第1項第11号に関する審査基準は、「(6)指定商品又は指定役務について需要者の間に広く認識された他人の登録商標と他の文字又は図形等と結合した商標は、その外観構成がまとまりよく一体に表わされているもの又は観念上の繋がりがあるものを含め、原則として、その他人の登録商標と類似するものとする。」とされており、かかる審査基準に鑑みると、請求人の周知・著名な登録商標である「MERCK」を含む「MERCK-BANYU」は、商標法第4条第1項第11号に該当するものである。
なお、被請求人が引用する東京高裁判決の事案は、「どさん子大将」の商標が「どさん子」商標との関係で商標法第4条第1項第11号該当性が問題となったものであり、「どさん子」及び「大将」ともに日常用語であるとした上で「右二つの語のうちの一方が日常使用されない特異な語であるなどその語自体が特別顕著な印象を与えるとか、その称呼が全体として殊更冗長であるなど特段の事情がない限り、その商標は原則として一連に称呼され一体的に観念されるものと解するのが相当であって、・・・」という認定に至っているものである。
これに対して、本件では、「MERCK-BANYU」を構成する文字のうち、「MERCK」及び「BANYU」共に特定の意味を有する日常一般に使用される語ではなく、しかも「MERCK」は周知である。したがって、上記東京高裁判決の事案とは全く異なり、本件商標からは「メルク」の称呼が生じるものであり、上記東京高裁判決に基づく被請求人の主張にも理由はない。
また、本件商標において、「MERCK」と「BANYU」との間にはハイフンが存在している。このような場合、ハイフンによって分かれた言葉は通常分離して称呼されるものであり、参考資料2ないし10に示す審決例からも明らかである。
したがって、本件商標についてもハイフンを介し分離して看取されるものであり、「MERCK-BANYU」においては「MERCK」のみが単独で要部となるものである。
(イ)商標法第4条第1項第15号について
商標法第4条第1項第15号における「混同を生ずるおそれがある商標」の意義について論じた最高裁平成12年7月11日判決(民集54巻6号1848頁〔レールデュタン事件〕)は、「混同を生ずるおそれ」が、いわゆる「狭義の混同を生ずるおそれ」のみならず、広く「広義の混同を生ずるおそれ」まで含むことについて、以下のとおり判示している。
「商標法4条1項15号にいう『他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標』には、当該商標をその指定商品又は指定役務・・・に使用したときに、当該商品等が他人の商品又は役務・・・に係るものであると誤信されるおそれがある商標のみならず、当該商品等が右他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品等であると誤信されるおそれ・・・がある商標を含むものと解するのが相当である。」
さらに、上記判決は、「広義の混同のおそれ」の有無の具体的判断基準として以下のとおり判示している。
「そして、『混同を生ずるおそれ』の有無は、当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や、当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として、総合的に判断されるべきである。」
かかる最高裁判決の判示を前提として、本件商標が指定商品に使用された場合、「他人」すなわち請求人及びメルクグループ企業の商品及び役務との間で「広義の混同のおそれ」を生じさせることについて、以下論じる。
(a)当該商標と他人の表示との類似性の程度
この点については、上記商標法第4条第1項第11号について論じたところと同様であり、本件商標と請求人商標は類似するものである。
(b)他人の表示の周知著名性及び独創性の程度
上記したとおり、1955年契約及び1970年契約の存在により、日本国内においては請求人商標に基づく医薬品販売は請求人並びにその子会社である日本メルク社及びメルク製薬が40年以上の長きにわたり独占的に行ってきたものであり、その結果、請求人商標は請求人及びそのグループ企業のみを表示するものとして、広くわが国において周知・著名となっている。
また、請求人商標は、わが国ではあまりなじみのないドイツ人の人名に由来するものであって、わが国において、その表示の独創性は高いものと言える。
さらに、請求人商標は、特定の商品のみに使用されているペットマークではなく、営業主自体を表示するいわゆるハウスマークであり、その混同を生じる範囲は一般的に広いものとして考慮されるべきである(小野昌延編『注解商標法(上巻)新版』395頁〔工藤=樋口〕においては、「商標の性格・種類及び商標の構成の独創性(造語商標等)とも関係する。例えば、独創性のある著名商標が企業のハウスマークであれば、混同を生ずるおそれのある範囲は広いといえよう。・・・」として、ハウスマークの混同を生ずるおそれの範囲を広く捉えている)。
以上の点に鑑みても、「MERCK-BANYU」の表示に接した需要者は、わが国において周知かつ著名な「MERCK」の部分に着目し、本件商標から請求人及びそのグループ企業を連想するものである。
また、特に、製薬・化学業界においては、「スミスクライン・藤沢」「スミスクライン・住薬」「ファイザー田辺」「台糖ファイザー」「森下ルセル」「ヤンセン協和」「ベーリンガー・マンハイム東宝」「藤沢アストラ」などを例にとっても明らかなように、海外企業と日本企業の合弁企業などにおいて、海外企業名(カタカナ)と日本企業名(漢字)とを結合させた商号、商標が頻繁に用いられる(甲第63ないし第68号証)ことは周知の事実である。また、請求人自身も、過去に関東化学との間で「メルク・カントー」という商号で台湾において合弁企業を立ち上げたことがある(甲第7号証の35等参照)。
かかる点に鑑みれば、「MERCK-BANYU」という本件商標が薬剤等の指定商品に使用された場合に、当該商品に接した需要者は、当該商品が請求人(又はその子会社)と日本企業との日本の合弁企業の出所に係るものであると混同するおそれが充分に考えられる。
(c)当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質、用途又は目的における関連性の程度について
本件商標の指定商品及び役務は、第1類(化学品ほか)、第3類(さび除去剤ほか)、第5類(薬剤ほか)、第9類(理化学機械器具ほか)、第10類(医療用機械器具ほか)、第16類(文房具類ほか)、第30類(食品香料,調味料,香辛料ほか)、第41類(セミナーの企画・運営又は開催,映画・演芸・演劇・音楽又は教育研修のための施設の提供ほか)、第42類(医薬品・化粧品又は食品の検査又は研究ほか)である。
そして、わが国において請求人商標が、請求人及びそのグループ企業に係る商品及び役務の出所として周知著名である医薬品、化成品等の分野と比較すると、第1類、第5類については商品自体が全く同一であって、需要者も共通するものである。
さらに、総合医薬、化学品メーカーとして請求人及びメルクグループは経営の多角化を進めているところであり、医薬品、化学品関連以外の本件商標の指定商品役務についても需要者に混同が生じるおそれは存するものと言わなければならない。
特に、第1類及び第5類に掲げられた指定商品及び役務以外の商品及び役務についても、医薬、化学品メーカーが取り扱うことが充分に想定されるものであり、同一営業主あるいは同一系統の営業主により製造販売されている商品・役務であると考えられ、取引者ないし需要者を共通にするものと考えられる。
以上述べてきたとおりであるから、本件商標が付された商品及び役務提供に接した一般消費者、研究者、医師・薬剤師等において、当該商品が請求人と親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係にある営業主の業務に係る商品及び役務であると混同するおそれが存在することは明らかである。
なお、日刊薬業平成17年8月24日号においては「ドイツ・メルク」「訴訟問題で米メルクとは無関係との声明出す」「ドイツ・メルクは22日、米メルクのCOX-2阻害剤『VIOXX』・・・の副作用に関する訴訟問題で、メディアから照会や質問などが多いことから・・・」「ドイツメルクは『Merck KgaA』の名称を米国、カナダ以外の国で使用し、米国、カナダではEMDを使っている。一方米メルクは『Merck&Co.』を北米で使用、そのほかの国ではMSDを使っている。」(甲第249号証)とされており、現実に両者の間で混同が生じうることが示されている(さらに、甲第255ないし第260号証も参照)。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第15号に該当するものである。
(ウ)被請求人の主張に対する反論
これに対して、被請求人は、「本件商標『MERCK-BANYU』を付した商品・役務は、市場において米メルク社の子会社のものであると受け取られるのが通常であり、独メルク社の関係会社の商品・役務であると混同されることはあり得ない。」と主張する。
しかしながら、かかる被請求人の主張は、事実関係及び法律論ともに誤りが存在し、理由がないものである。
(a)「メルク」及び「Merck」は日本国内においては請求人及びそのグループ企業を指す表示としてのみ周知著名であること
そもそも、「メルク」及び「Merck」の表示が米メルク社の出所に係る商品・役務を示すものとしてわが国において著名であることを裏付ける資料は本件において提出されていない。
むしろ、米メルク社の開発した製品が仮に日本で販売されるとしても、その製造販売については完全子会社である被請求人が行っているものであるから、日本において「Merck&Co.」の表示が商標として商品に付されるものではない。したがって、医薬品売上高(乙第2号証の1ないし5)についても、これらの数字が日本において、米メルク社が「Merck&Co.」の名称で販売した薬の売上高を示すものではないから米メルク社「Merck&Co.」の日本における有名性を裏付けるものではない。
被請求人が根拠とするWikipedia(甲第2号証の1の1)の記事の標記についても、Wikipediaはあくまでインターネット上で資格等を問わない匿名の執筆者により自由に作成されるものであって、そこに記載されている事項は真偽や裏づけが必ずしも確かなものではなくあくまで参考程度の意味を持つに過ぎないものであり、まして、「このような表記方法からも、米メルク社が独メルク社よりはるかに著名である」ことを示す証拠になるものではない。
さらに、「米メルク社『Merck&Co.』の名は、・・・医療関係者には『メルクマニュアル』、一般消費者には『メルクマニュアル家庭版』の発行により広く知られている」という被請求人の主張についてみても、わが国において実際にどれだけの家庭及び医師に「メルクマニュアル」なるものが普及しているかは全く不明であり、「Merck&Co.」の周知著名性を裏付けるものとはいえない。
(b)商標法第4条第1項第15号についての被請求人の理解の誤り
なお、仮にこれらの点を置いたとしても、被請求人のかかる見解は、商標法第4条第1項第15号の意味を正しく理解しないものであって明らかに理由がない。
この点について説明すると、前掲最判の調査官解説である高部真規子「判解」『最高裁判所判例解説民事編 平成12年度(下)』(法曹会、平成15年)では、商標法第4条第1項第15号における「混同を生ずるおそれ」の意味について、「『混同を生ずるおそれ』があるというには、出願商標をその指定商品に使用したときに、他人の商標に係る商品と混同する蓋然性(抽象的なおそれ)があれば足り、現実の混同や混同の危険性は必要ではない。」と解説されている。
すなわち、本件において、商標法第4条第1項第15号該当性を判断する際に法律的に考慮するべき要素は、あくまで「MERCK-BANYU」という本件商標が指定商品である「化学品」「薬剤」等に使用された場合に「広義の混同のおそれ」が生じるかという点である(この点について、田村善之著「商標法概説〔第2版〕」(弘文堂、2000年)64頁は、「・・・注意しなければならないのは、広知表示の示す主体との間で出所の混同のおそれを問われるのは、あくまでも抽象的な指定商品、役務と出願商標という概念であるということである。出願人が未だ指定商品、指定役務に出願商標を使用していない場合はもとより、たとえ使用していたとしても、出願人固有の取引の実情を混同のおそれを否定する方向に斟酌することは許されない。」としている)。
換言すれば、本件で商標法第4条第1項第15号該当性の判断を行う場合に、「他人」にあたる請求人及びグループ企業の「メルク」「Merck」表示の周知著名性が問題となるのであって、出願人側(被請求人側)の事情によりこの周知著名性が否定されるものではない。
したがって、「一般的に『メルク』と言えば、米メルク社『Merck&CO.』を想起するものであることは明らかである。」という被請求人の主張は、商標法第4条第1項第15号該当の主張に対する反論として失当であり、「混同を生ずるおそれ」の有無の判断との関係では意味がない。

第4 被請求人の答弁の要点
被請求人は、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、その理由を要旨以下のように述べ、証拠方法として乙第1ないし第6号証(枝番を含む。)を提出している。
1 商標法第4条第1項第11号が定める無効事由について
(1)請求人は、本件商標「MERCK-BANYU」から「メルク」の略称も生ずるなどとし、本件商標と引用商標が類似であると主張するが、誤りである。
(2)結合商標が問題となった東京高裁昭和57年3月31日判決では、一般論として以下のとおり判示している。
「元来本件商標のように、文字のみからなる商標にあっては、通常その文字に相応した称呼、観念を生ずるものであるから、たとえ、それが二つの語を結合してなるものであっても、これを構成する各文字が一様に連なり、その各語に対応する文字の大きさや形態に差異がない場合には、右二つの語のうちのいずれかが日常使用されない特異な語であるなどその語自体が特別顕著な印象を与えるとか、その称呼が全体として殊更冗長であるなど特段の事情がない限り、その商標は原則として一連に称呼され一体的に観念されるものと解するのが相当であって・・・、」
かかる判示に照らし、本件商標について分析すると、本件商標「MERCK-BANYU」は、「MERCK」の文字部分と「BANYU」の文字部分との間に、その書体の大きさや形態上の差異がなく、また、両者の間に間隔もなくハイフンで結ばれている。「MERCK-BANYU」を構成する文字は、全て同じ大きさ及び同じ書体であり、かつ、各構成文字は、中央にハイフンを配し同じ間隔で一連に結合してなるものであり、「MERCK-BANYU」全体から生じる「メルクバンユウ」の称呼は、淀みなく一連に称呼することができる。
そして、本件商標については、上記判決のいう特段の事情は何ら存在しないことから、本件商標「MERCK-BANYU」は一連に称呼され、一体的に観念されるべきである。
(3)よって、本件商標からは、その構成文字全体に相応して「メルクバンユウ」の称呼のみが生じ、「メルク」の略称は生じないため、称呼の点で引用商標と類似しない。また、本件商標の外観及びそこから生じる観念は、引用商標の外観及び観念と類似しない。
(4)以上のとおり、称呼、外観及び観念のいずれの点においても、本件商標と引用商標は類似しない。なお、本件商標に関する異議2006-90501号事件においても、同様の判断が下されている(乙第1号証)。
2 商標法第4条第1項第15号が定める無効事由について
(1)請求人は、本件商標「MERCK-BANYU」から、「独メルク社と萬有の合弁会社」の如き意味合いをも想起し、需要間で互いの出所につき誤認混同を生ずるおそれがあると主張するが、かかる主張は誤りである。
(2)まず、米メルク社「Merck&Co.」は、請求人自らも指摘するとおり、その医薬品売上高が世界10位以内に入る世界的に有名な製薬会社である。米メルク社の医薬品売上高は、2002年(平成14年)及び2003年(平成15年)は世界第3位、2004年(平成16年)は世界第4位、2005年(平成17年)は世界第7位、2006年(平成18年)は世界第8位であった(乙第2号証の1ないし5)。また、米メルク社「Merck&Co.」の名は、単に世界的に有名な製薬会社としてのみならず、医療関係者には「メルクマニュアル」、一般消費者には「メルクマニュアル家庭版」の発行により広く知られている(乙第3号証)。このように、米メルク社は、日本を含め世界的に、独メルク社よりも著名である。現に、請求人が書証として提出したWikipedia(甲第2号証の1の1)においても、「メルク」のタイトルでは米メルク社「Merck&Co.」の解説がなされ、他方、独メルク社については「メルク(ドイツ)」と「(ドイツ)」を加えたタイトルで紹介されおり(乙第4号証)、このような表記方法からも、米メルク社「Merck&Co.」が独メルク社「Merck KGaA」よりもはるかに著名であり一般的に「メルク」と言えば米メルク社「Merck&Co.」を想起するものであることは明らかである。この点は、米メルク社については単に「メルク」と表記する一方で、独メルク社については「ドイツのメルク、独メルク」と表記する資料(乙第2号証の1)があることからも明らかである。
(3)次に、被請求人と米メルク社との提携の歴史は古く、昭和29年(1954年)に両社の合弁会社、日本メルク萬有株式会社を設立し、昭和57年(1982年)には、米メルク社が被請求人に資本参加し、昭和59年(1984年)には、被請求人の発行済み株式の50.02%を取得した(以上、乙第5号証の1、2)。このような長い提携関係を経て、平成16年(2004年に、被請求人である万有製薬株式会社が米メルク社の100%子会社となったことは、周知の事実である(乙第6号証)。
(4)なお、請求人は、日本国内においては、請求人が「メルク」の名称を使用する旨の合意があると述べるが、当該合意によっても、本件商標のように「メルク」の語を含んだ商標を被請求人が使用又は登録することまでは禁じられていない。
(5)以上から、本件商標を付した商品・役務は、市場において米メルク社の子会社のものであると受け取られるのが通常であり、独メルク社の関係会社の商品・役務であると混同されることはあり得ない。したがって、本件商標の使用により、出所の誤認・混同が生じることはなく、商標法第4条第1項第15号に該当しない。

第5 当審の判断
1 本件における事実関係
当事者の提出に係る証拠によれば、以下の事実が認められる。
(1)請求人会社の起源は、1668年にドイツのダルムシュタットにおいてフリードリッヒ・ヤコブ・メルクがエンゼル薬局を創業したことに始まり、1827年には上記ヤコブ・メルクの子孫であるエマニュエル・メルクがモルヒネその他のアルカロイド類の製造に成功し医薬品製造に関わるようになった。そして、1850年にはエマニュエル・メルクが請求人の前身であるE・メルク社を設立してヨーロッパでの化学品及び医薬品の本格的な販売を開始し、全ヨーロッパに製品販売網を構築した。
その後もE・メルク社は発展を続け、1904年には世界に先駆けて液晶の販売を開始したほか、1934年から1942年にかけてビタミンC・B1・E・Kの工業生産に成功し、さらに1960年代にはパール顔料の開発にも成功した。1995年にはメルクグループの組織再編の一環として請求人である独メルク社(Merck KGaA)がドイツのダルムシュタットに設立され、現在ではメルクグループ全事業を統括する中核となり、E・メルク社は請求人のパートナー会社として存続している。
請求人は、医薬品、化学薬品等の製造販売を主たる業務とし、現在世界で200社を超えるグループ企業を擁し、その生産拠点は60か所以上に及んでいる。
日本では、1968年にメルクグループの日本法人として日本メルク社(「メルクジャパン株式会社」、2002年に「メルク株式会社」に商号変更)が設立され、当初は主にメルクグループ製品の国内外での販売・輸出入を行っていたが、その後日本国内にも研究・生産拠点が設けられ、現在では液晶、顔料、その他の化成品、医薬品、試薬等の分野に事業を展開している(以上、甲第2号証の1の1及び2、甲第3、第12、第13、第255及び261号証、乙第5号証の2)。
また、1998年には、請求人及び日本メルク社が出資してメルク製薬(「メルク・ホエイ株式会社」、2006年に「メルク製薬株式会社」に商号変更)を設立し、ジェネリック医薬品の分野にも進出し、多数のジェネリック医薬品を上市している(甲第2号証の1の1、甲第7号証の205、甲第10、第11及び第25ないし34号証)。
(2)一方、被請求人は、1915年に設立された製薬会社であり、循環器系薬剤、抗炎症薬剤、抗生物質薬剤等の医家向け医薬品の製造、販売及び輸出入を主たる業務内容としている。1952年には、米メルク社(Merck&Co.)と販売提携し、1954年に米メルク社との合弁会社「日本メルク萬有株式会社」を設立した。1984年には米メルク社の持株比率が50%を超え、米メルク社の傘下に入り、2004年から米メルク社の100%子会社となり、上場も廃止している(以上、甲第4号証、乙第5及び第6号証)。
(3)被請求人の親会社である米メルク社の起源は、1891年に上記E・メルク社の創始者エマニュエル・メルクの孫であるジョージ・メルクがアメリカにおけるE・メルク社の子会社として米国ニューヨークに設立したことに始まるが、第一次世界大戦でドイツが敵国となったため同社は米国政府に接収され、以後、E・メルク社をはじめとするメルクグループとは資本等の関係のない別個の会社として発展し、現在では世界的医薬品の大手企業となっている。日本では、米メルク社直属の日本法人として日本MSD(Merck Sharp & Dohme)株式会社が存在していたが、2004年に、被請求人の米メルク社の完全子会社化に伴い被請求人に吸収合併された(以上、甲第2号証の1の1、乙第5号証の2)。
(4)E・メルク社と米メルク社とは、その起源を同じくするものの、上記経緯により別個の法人となっていることから、両者間に「Merck」の名称を巡って問題が生じたため、1955年にE・メルク社と米メルク社との間で「Merck」名称の使用について概ね次のように規定した契約(1955年契約)が締結された(甲第183号証)。
a)米国及びカナダにおいては、米メルク社が商標「Merck」を使用する独占的権利を有し、E・メルク社は「Merck」を含むいかなる商標も使用せずその権利を取得しない。
b)ドイツにおいては、E・メルク社が商標「Merck」を使用する独占的権利を有し、米メルク社は「Merck」を含むいかなる商標も使用せずその権利を取得しない。
c)その他の地域(ドイツ、米国及びカナダ以外、日本を含む。)においては、米メルク社は、E・メルク社が「Merck」の語又はこれと他の文字との組合せからなるものを商標又は名称として使用する権利を有することを認め(但し、将来採用されるいかなる標章又は名称も、米メルク社が採用又は使用する標章又は名称と混同を引き起こすほど類似するものではないものとする。)、商標「Merck」、「MerckCross」及び「MerckMerckMerck」について現存するすべての登録の取消し、すべての出願を取り下げ及びすべての使用を中止する。
その後、1970年1月1日付けで1955年契約に代わるものとして新たな契約(1970年契約)が締結されたが、その内容自体は1955年契約とほぼ同一のものである(甲第184号証)。
(5)これに関連し、我が国において、前出日本メルク萬有株式会社が商標「日本メルク万有」を登録出願したことについて、E・メルク社は、1972年2月25日付け書簡により、1970年契約違反を理由に米メルク社に対して上記出願の取下げ要求をした。これに対し、米メルク社は、1972年3月9日付け書簡により、上記出願が1970年契約違反であることを認める旨返答した(甲第185及び第186号証)。
(6)その後、被請求人は、2007年7月18日に、2008年1月1日付けで社名を「メルク万有株式会社」に変更する旨のプレス発表を行ったが、2007年10月22日には上記社名変更を延期する旨のプレス発表を行っている(甲第188及び第189号証)。
2 請求人商標の周知著名性について
(1)当事者の提出に係る証拠によれば、以下の事実が認められる。
(ア)世界大手医薬品メーカーの医薬品売上高の世界ランキングによれば、メーカー名として「メルク」と表示された米メルク社は、2002年及び2003年の各年に第3位、2004年に第4位、2005年に第7位、2006年には第8位となっているのに対し、独メルク社は、2002年が第27位、2003年が第23位、2004年及び2005年が第25位、2006年が第24位となっており、米メルク社の方が独メルク社よりも常に上位に位置している。また、上記ランキングの説明文中や税引前利益率ランキング及び実効税率ランキングの表中では、米メルク社は単に「メルク」と表示されているのに対し、独メルク社は「メルクKGaA」「独メルク」又は「ドイツのメルク」と表示されている(以上、乙第2号証の1ないし5)。
(イ)米メルク社が1899年に発刊した「Merck's Manual of the Materia Medica」(後の「The Merck Manual of Diagnosis and Therapy」)は、膨大な医学情報をコンパクトに掲載した基礎的・標準的な医学書であり、「メルクマニュアル」と称されて医療従事者に利用されている。この「メルクマニュアル」をベースにできるだけ易しく書き下ろした家庭向けの「メルクマニュアル家庭版」もあり、いずれも日本語版が出版されている(甲第2号証の1の1、乙第3号証)。
(ウ)昭和63年2月2日ないし平成18年6月8日の間に発行された各種新聞には、E・メルク社、独メルク社ないしはメルクグループに関する様々な記事が報道されているが、これらの記事においては、具体的な商標について言及するものは殆ど見当たらず、しかも、E・メルク社、独メルク社ないしはメルクグループを単に「メルク」と記述するものは少なく、多くは「E・メルク社」、「エー・メルク社」、「独メルク社」、「ドイツ・メルク社」、「ドイツのE・メルク(社)」、「ドイツのエー・メルク(社)」、「ドイツ・メルク」等と記述されている(甲第7号証の1ないし407)。もっとも、これらの新聞中において複数回に亘って掲載された日本メルク社の企業広告のうち、甲第7号証の75、212及び271の新聞(いずれも本件商標の登録出願前に発行)には、同社の取扱いに係る商品の表示と共に「MERCK」の文字が独立して表示されており、商標としても認識し看取され得るものである。
(エ)日本メルク社は、昭和45年3月ないし昭和55年5月の間に発行された雑誌「化学と工業」において、「MERCK」の商標を表示して、同社の取扱いに係るクロマトグラフィー関連製品、各種試薬等について多数回宣伝広告を行った(甲第190ないし第247号証)。また、同社は、昭和63年1月から平成17年10月にかけて「メルク液晶セミナー」、「メルク・マイクロバイオロジーセミナー」等の名称で各種セミナーを複数回開催した。その際に配布されたと推認される冊子には、日本メルク社の表示と共にあるいは別個に「MERCK」の標章が明示されている(甲第36ないし第46号証、甲第48ないし第51号証)。
(オ)本件商標の登録出願前に日本メルク社又はメルク製薬によって発行されたと認められる会社案内、医薬品に関する商品説明書、ガイドブック、カタログ等には「メルク株式会社」又は「メルク製薬株式会社」の社名が明示されているほか(甲第3、第19ないし第23及び第63号証)、「MERCK」の標章も付されている(甲第3及び第63号証)。
(2)以上の認定事実に加え、上記1の事実関係を総合勘案すると、以下のように判断するのが相当である。
(ア)米メルク社及び独メルク社は、もともと起源を同じくするものであって、いずれも世界的な製薬会社であり(確かに、医薬品売上高では米メルク社の方が独メルク社よりも常に上位に位置しているものの、独メルク社も世界で第27位(2002年)、第23位(2003年)、第25位(2004年及び2005年)等と医薬品業界において世界的な大手企業といえるものである。)、少なくとも本件商標の登録出願時には、「Merck」又は「メルク」といえば、両者のいずれかを指称するものとして一般に知られていたものというべきである。
新聞報道や医薬品売上高世界ランキング表等において、独メルク社について「メルクKGaA」、「独メルク」、「ドイツのメルク」等と表示されていることは、両者を区別するために用いられているものとみるのが自然である。
(イ)「Merck」又は「メルク」の標章については、上記1955年契約及び1970年契約によれば、我が国において、米メルク社は商標又は名称として登録又は使用することができないものといえるが、米メルク社の我が国市場への参入は比較的早く、1952年には被請求人と販売提携を行い、1954年には被請求人との合弁会社「日本メルク萬有株式会社」を設立しているのであるから、上記契約前には既に、米メルク社に係る医薬品等の商品が我が国市場に流通し、「Merck」又は「メルク」の商標の下に取引されていたとしても不自然ではなく、古くから「メルクマニュアル」が医療従事者に活用されており、その日本語版も出版されていることや、米メルク社の製薬業界における規模なども併せ考慮すれば、「Merck」又は「メルク」の文字は米メルク社を指称するもの(名称の略称)として、また、同社関連の医薬品等の商標としても相当程度知られていたものというべきである。
他方、独メルク社は、我が国においては、「化学品、薬剤及び医療補助品」を指定商品として昭和30年(1955年)5月31日に登録出願された「Merck」の文字からなる登録第496397号商標をはじめとする上記第2のとおりの引用商標を有し、前示のように、「MERCK」の商標を医薬品、試薬、化学品等について使用しているほか、E・メルク社、メルクグループ、独メルク社について新聞等において繰り返し報道されていることからすれば、「Merck」又は「メルク」の文字は独メルク社を指称するもの(名称の略称)としても、又は同社関連の医薬品、試薬、化学品等について使用する商標としても知られており、結局、請求人商標は、本件商標の登録出願時には請求人の業務に係る商品を表示する商標として取引者、需要者の間に広く認識されていたものというべきである。
3 本件商標の商標法第4条第1項第15号該当性について
(1)請求人の提出に係る証拠によれば、以下の事実が認められる。
(ア)独メルク社は、米メルク社のCOX-2阻害剤「VIOXX」(一般名=rofecoxib)の副作用に関する訴訟問題で、メディアから照会や質問が多いことから、独メルク社と米メルク社とは無関係であるとの声明を発表したことが報道されているほか、独メルク社と米メルク社とがしばしば混同される旨も報道されている(甲第249及び第256号証)。
(イ)請求人を中心とするメルクグループは、医薬品事業のみならず、ヘルスケア製品、クロマトグラフィー関連製品、環境分析・微生物・染色液関連製品、各種試薬、液晶、顔料、光学その他の化学品等の分野にも事業を展開し、社団法人日本包装技術者協会主催の「東京国際包装展」や社団法人日本塗料協会主催の「PAINT SHOW」に出展しているほか、研究者等を対象とした各種セミナーの開催も行っている(甲第3、第16ないし第23、第25ないし第34、第36ないし第63号証)。
(2)ところで、本件商標は、上記第1のとおりの商品及び役務を指定商品及び指定役務とするものであり、これらの商品及び役務中、例えば、化学品、植物成長調整剤類、試験紙等(第1類)、さび除去剤、塗料用剥離剤等(第3類)、薬剤(第5類)、理化学機械器具(第9類)、医療用機械器具(第10類)、セミナーの企画・運営又は開催(第41類)、医薬品・化粧品又は食品の試験・検査又は研究(第42類)などは、請求人商標が使用されている商品及び役務と同様ないしは少なからぬ関係を有するものであり、請求人商標の周知著名性は、本件商標の指定商品・役務の分野における取引者、需要者の間にも及んでいるものというべきである。
(3)さらに、本件商標は、上記第1のとおりの構成からなるところ、請求人が主張するように、全体として、「米メルク社と被請求人の合弁会社」又は「独メルク社と被請求人の合弁会社」の如き意味合いを想起させる場合もあることは強ち否定できないが、「MERCK」の文字が他の文字と一体となって一連の熟語として一般に親しまれているとまではいえず、全体をもって常に不可分一体にのみ認識し把握されるものではないから、その構成中に「MERCK」の文字を含むものとして認識し把握されとみるのが自然である。
そして、前示のとおり、「MERCK」の文字は請求人(独メルク社)及び米メルク社の名称の略称又は商標として取引者、需要者の間に広く認識されており、米メルク社の名称の略称又は商標のみを連想・想起させるものとはいい難いこと、本件商標の指定商品・役務と請求人商標の使用に係る商品・役務とは少なからぬ関係にあること、請求人は医薬品のみならず種々の商品・役務分野に進出し多角経営を進めていること、実際に請求人と米メルク社とを混同するおそれがあることについて報道されていること、被請求人は自己の名称変更の予定を延期しており、恰も1970年契約に違反するおそれがあることを自認していたかのようにも窺えること、などを総合勘案すると、本件商標をその指定商品及び指定役務について使用した場合には、これに接する取引者、需要者は、その構成中の「MERCK」の文字部分に着目して、周知著名となっている請求人商標ないしは請求人を連想、想起し、該商品又は役務が請求人又は同人と経済的・組織的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品又は役務であるかの如く、その出所について混同を生ずるおそれがあるものというべきである。
(4)したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第15号に該当するものといわなければならない。
4 まとめ
以上のとおり、本件商標は、商標法第4条第1項第15号の規定に違反して登録されたものであるから、請求人が主張するその余の無効事由について判断するまでもなく、同法第46条第1項の規定に基づき、その登録を無効にすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
別掲 別掲
(1)登録第1335621商標


(2)登録第4053496号商標


(3)国際登録第734040号商標


(4)国際登録第770038号商標

(色彩は原本参照のこと)

(5)国際登録第770114号商標及び国際登録第770115号商標


(6)国際登録第770116号商標



審理終結日 2008-11-17 
結審通知日 2008-11-19 
審決日 2008-12-09 
出願番号 商願2005-74215(T2005-74215) 
審決分類 T 1 11・ 271- Z (Y010305091016304142)
最終処分 成立  
前審関与審査官 鈴木 斎 
特許庁審判長 芦葉 松美
特許庁審判官 岩崎 良子
内山 進
登録日 2006-06-30 
登録番号 商標登録第4965333号(T4965333) 
商標の称呼 メルクバンユー、メルク、バンユー、マークバンユー、マーク 
代理人 荒井 紀充 
代理人 井滝 裕敬 
代理人 松尾 和子 
代理人 熊倉 禎男 
代理人 中村 稔 
代理人 緒方 絵里子 
代理人 藤倉 大作 
代理人 大武 和夫 
代理人 飯田 圭 
代理人 辻居 幸一 
代理人 奥村 直樹 

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