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審決分類 審判 全部無効 称呼類似 無効としない 017
管理番号 1057241 
審判番号 審判1999-35309 
総通号数 29 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標審決公報 
発行日 2002-05-31 
種別 無効の審決 
審判請求日 1999-06-18 
確定日 2002-04-04 
事件の表示 上記当事者間の登録第2706229号商標の商標登録無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。
理由 1 本件商標
本件登録第2706229号商標(以下、「本件商標」という。)は、平成2年8月20日に登録出願された平成2年商標登録願第94870号の変更出願として、平成5年9月24日に登録出願され、別掲(1)に表示したとおり、「しょうざん一珍染」の文字を横書きしてなり、第17類「一珍染織物を使用してなる被服、一珍染織物を使用してなる布製身回品、一珍染織物を使用してなる寝具類」を指定商品として、同7年4月28日に設定登録されたものである。

2 請求人の主張
請求人は、本件商標の登録を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、その理由及び被請求人の答弁に対する弁駁を概要以下のように主張し、証拠方法として甲第1号証ないし甲第157号証を提出した。
(1)本件商標は、請求人所有にかかる登録第2652978号商標(以下、「引用商標」という。)と類似であって、その使用する商品も同一又は類似のものに使用するものであるから、本件商標は商標法第4条第1項第11号の規定に該当するものである。
すなわち、引用商標は、別掲(2)に示すとおり、「一珍染」の漢文字を横書きしてなり、旧第17類友禅織物生地を使用した被服、布製身回品、寝具類を指定商品として、平成1年7月26日に登録出願、同6年4月28日に登録され、現に有効に存続しているものである。
そこで、本件商標と引用商標の類否をみてみるに、本件商標の前半の「しょうざん」の文字は、本件商標の権利者である「株式会社しょうざん」の商号の略称を表示したものと理解し認識されるものであるから、後半の「一珍染」の文字とは、常に不可分一体のものとして把握されるものではなく、これに接する取引者・需要者は株式会社しょうざんの取り扱いにかかる「一珍染」印の商標と認識し理解するものとみるのが相当である。
そうとすれば、本件商標は「ショウザンイッチンゾメ」の称呼の外に「イッチンゾメ」の称呼をも生ずるものである。
他方、引用商標は「一珍染」の文字よりなるものであるから、これよりは「イッチンゾメ」の称呼を生ずるものであること明らかである。
してみれば、両商標は「イッチンゾメ」の称呼を共通にする類似のものたるを免れないものである。
次に、両者の指定商品を見てみるに本件商標の指定商品は「一珍染織物を使用してなる被服、一珍染織物を使用してなる布製身回品、一珍染織物を使用してなる寝具類」となっているが、「一珍染織物」という名称の商品は、甲第5号証ないし甲第70号証にみられるように、織物を取り扱う業界においては存在しないものである。
しかしながら、その指定商品の名称中に「被服、布製身回品、寝具類」の文字を有するものであるから、引用商標の指定商品「友禅織物生地を使用した被服、布製身回品、寝具類」とは類似の関係にあるといえるものである。
そうとすれば、両者がその商標を使用する商品も互いに抵触を免れないものである。
(2)本件商標の指定商品中に「一珍染織物」の文字を有しているが、「一珍染織物」なる商品は存在しないものであることは、呉服類を取り扱う全国の幅広い業者の前記各証明書により明らかである。
また、その指定商品の表示の前半部分である「一珍染」の文字は、特許庁において請求人に与えられた厳然たる登録商標である。それにもかかわらず、本件商標においてはその指定商品の一部に請求人の登録商標である「一珍染」の文字を用いて、それがあたかも商品の普通名称であるかの如くにしている。
しかして、この「一珍染」なる語は請求人の代表者が案出した一種の造語であって、以下のとおりの経緯により商標登録されたものである。
すなわち、繊維辞典又は文献等によれば「一珍糊」とは、手加工用防染糊で、小麦粉、米糠、消石灰などを混合し、布海苔液を加えて練ったもので、桃山時代から元禄時代に盛んにサラサ、友禅染めの染色に用いられていたもので、江戸の終わり頃には行われなくなったものといわれている。
しかしながら、その糊の調合方法は秘伝に属し一定していなかった模様である。当時、この一珍糊を使用して染色された友禅即ち「一珍友禅」に対する染色業界や呉服取引業界での一般的な評価は「安価な友禅染」と認識されていたため「一珍友禅」を謳っても高価に売れないという、あまり好ましくないイメージがあったとされている。そのため「一珍糊」を用いて染色する方法は以来立ち消えの状態が100年以上という長期間続いていたものである。ただ、その言葉自体は往時に一珍糊を用いて染色が行われた友禅織物等が、博物館等に現存しているため辞典、文献等に掲載されているものと思料される。
請求人代表者「小西正矩」は久しく顧みられなかった一珍糊を用いて染色されたといわれる桃山、元禄時代の友禅織物を徹底的に研究し、一珍糊の秘伝といわれるところを解明し、独自の技法を案出し、それを使用して友禅織物を開発し、それに新たに「一珍染」の商標を付して、呉服販売市場に提供したところ、その友禅織物は手加工の技術、技法の独自性、図柄の独創性と斬新な色使いなどが高く評価され、請求人の商品は手加工の友禅の逸品として好評を博するまでに至っているものである。
請求人は引用商標登録出願以前である昭和58年頃より友禅織物及び友禅織物を使用した被服、布製身回品に「一珍染」の商標を使用し、全国的に盛んに宣伝活動を行い広告をしたため、「一珍染」の商標を付した商品は他にはないところよりして、「一珍染」といえば請求人の取り扱いにかかる商品を指称するほどに、取引者需要者の間に広く認識されるに至っているものである。
このことは、全国的に取引されている各取引店の証明、甲第5号証ないし甲第136号証及び請求人の取引書類により明らかである。
前記に詳述するように請求人が友禅織物を使用した被服、布製身回品に付する「一珍染」の商標は自他商品の識別標識としての機能を十分に果しているものである。
(3)以上のとおりであるので、本件商標は商標法第4条第1項第11号の規定に該当するものであるから、同法第46条第1項の規定により、その登録は無効とされるべきものである。
(4)被請求人の答弁に対する弁駁
被請求人の提出した乙第1号証ないし乙第30号証(乙第3・4・5・6・25ないし27・29号証を除く)には「一珍染」の表示は見当らないので、請求人はこれらの証拠を有利に援用する。
しかして、被請求人の提出に係る証拠中「イッチン」の語源は久隅守景の画号「一陳」のことを指称するのが妥当と思料されるところであるので、「一陳糊染」を表示する場合には、この文字を用いるのが相当と思料される。しかるに、被請求人においては、請求人が一世紀近くも途絶えていた、一陳糊を使用して染色した友禅織物に「一珍染」の商標を付し、販売活動を活発にするなど苦労をして周知にした周知商標を、敢えて使用することは、請求人が友禅織物に「一珍染」の商標を付して評判を得たため、それに便乗し、また、その商標を希釈しようとしていることは火を見るよりも明らかである。
被請求人は、「一珍染」は当業界において普通に用いられる用語であると主張し、乙第1号証ないし乙第30号証を提出している
そこで、被請求人の提出したこれらの証拠中に「一珍染」の表示があり、これが当業界において普通に用いられる用語であるかどうかについて検討してみるに、乙第1・2号証の「源氏ひなかた」の往時の印刷物の中に表示されている文字は「見事さは三国一ちん染」であって「ちん」の文字は平仮名で表示されているばかりでなく「三国一」と「ちん染」の結合なのか「三国」と「一ちん染」の結合なのか不明である。いずれにしても、当時の「一ちん」という名称は、狩野派の画家「久隅守景」の画号「一陳」のことを指称していたものと思料される。したがって、これをもって「一珍染」ということはできない。
乙第3号証は、昭和55年に出版された「日本染織文献総覧」の65頁に「一ちん染」の項に括弧して(一珍染)の文字が見られるが、この表示は古い時代の「一陳糊」(一珍糊)を使用した友禅染めの紹介記事であって、江戸の終わり頃には廃れたものである。
乙第4号証は、昭和62年(1987年)に発行された雑誌「染織α」であって、「一陳染め」として説明したり「一珍染め」として説明したりしている。しかしながら、これらは請求人が友禅織物に「一珍染」の商標を付して販売したものが取引業界において持てはやされるようになってから、俄かに染色方法として登場するようになったものである。しかし、これが商品として販売されている事実はない。
乙第5号証には「一珍染(いっちんぞめ)」友禅染めの異称との説明があり、これは江戸時代に用いられたことの説明にすぎない。
乙第6号証は、平成4年(1992年)に発行された「京の友禅史」であって、これも請求人が友禅織物に「一珍染」の商標を付して販売したものが、取引業界において注目を集めるようになってから、俄かにその染色方法と称して登場するようになったものである。
乙第7号誌は、昭和2年7月に発行された近代友染史の記事であるが、これには「イッチン染」の表示はあるが漢字の「一珍染」の文字は見当らない。これも一時流行したのみである。
乙第8号証は、昭和28年に発行された染工友禅時代であるが、これには「一陳染」の文字があるだけであって、これも宮崎友禅斎の解説本である。
乙第9号証は、昭和46年に発行された友禅であるが、これには「一ちん(陳)染」の文字があるだけであって、これも古典の解説本である。
乙第10号証は、昭和50年6月に刊行された「友禅」と称する冊子の196頁に記載されている記事であるが、ここにも「一珍染」の表示は見当らない。ただ、上述の画家「久隅守景」の画号「一陳」により一陳糊が使用されたことが確認されたものである。
乙第11号証は、昭和44年4月に刊行された「和服地」と称する冊子の77頁に「一陳糊」、同78頁に「一陳染め」、同78頁に「一珍(一陳)友禅」の文字が記載されているが、ここにも「一珍染」の表示は見当らない。
乙第12号証は、被請求人によれば天明5年版の「更紗図譜」中に「インチン」の表示があることを立証しているが、ここにも漢字の「一珍染」の表示は見当たらない。
乙第13号証は、大正9年8月5日発行にかかる「友禅研究」(古典の解説)なる冊子の83頁には「一陳描」、88頁には「イツチン糊」と称し或は一珍、或いは一鎮など書き、一珍の字からしてこれを洛北の某寺の僧が発明したなどといっているが、イツチンは一陳で、守景の号一陳翁から出たのに相違ないとの記事を有するが、ここにも「一珍染」の表示は見当らない。
乙第14号証は、大正9年9月17日発行に係る「友禅」なる冊子(古典の解説)の38頁に「イツチン糊」「一陳糊」「一鎮糊」等幾つかの書き方があるほか、俗に一珍とも書けりの文字を有するが「一珍染」の表示は見当らない。
乙第15号証は、大正15年2月18日再版発行にかかる「捺染法」なる冊子(古典の解説)の312頁に「一珍糊」「一珍更紗」の文字を有するが、ここにも「一珍染」の表示は見当らない。
乙第16号証は、昭和4年2月11日四版発行の「京染の秘訣」なる冊子(古典の解説)の439頁に「一珍糊」、同543頁に「一珍友仙」「一珍糊」の文字を有するが、ここにも「一珍染」の表示は見当らない。
乙第17号証は、大正15年7月28日第九版発行の「実用色染学」なる冊子(古典の解説)の99頁に「一珍糊」の文字を有するが、ここにも「一珍染」の表示は見当らない。
乙第18号証は、昭和6年3月25日再版の「染織辞典」なる辞書の62頁に「いつちんのり(一珍糊)」「いつちんゆうぜん(一珍友禅)」の文字を有するが、ここにも「一珍染」の表示は見当らない。かえって、「いつちんのり」を用いて染色されたものは「友禅織物」と認識されていたことが証明される。
乙第19号証は、昭和25年6月に染織新報社発行にかかる、江戸中期の染織技術の解説本に、当時の技術の解説がなされているが、ここにも「一珍染」の表示は見当らない。
乙第20号証は、昭和37年4月30日発行にかかる繊維染色加工辞典の第37頁に「いっちんのり」一珍ノリ、手工ナツセン用防染ノリ、一陳ノリ、カキ落ノリ、引落シノリともいう、との説明があり、これは桃山時代ごろより大正初期まで用いられたが、現在はあまり使われていないことが証明される。
乙第21号証は、昭和48年3月1日第1版の「日本国語大辞典」の229頁に「いっちんサラサ(一珍更紗)」「いっちんのり(一珍糊・一陳糊)「いっちんばけ(一珍刷毛)」「いっちんゆうぜん(一珍友禅)」の項を有するが、ここにも「一珍染」の表示は見当らない。かえって、「いっちんのり」を応用して仕上げた安価な友禅染と認識されていたことが証明される。
乙第22号証は、昭和52年6月6日発行の「原色染織大辞典」なる辞典の80頁に「いっちんのり(一珍糊)」「いっちんゆうぜん(一珍友禅)」の項を有するが、ここにも「一珍染」の表示は見当たらない。かえって、「いつちんのり」を応用して仕上げた友禅染と認識されていたことが証明される。
乙第23号証は、昭和53年2月に発行されたという「日本染織辞典」なる辞典の20頁に、江戸時代初期の一珍友禅の解説の項を有するが、ここにも「一珍染」の表示は見当らない。かえって、一珍糊を用いた友禅染と認識されていたことが証明される。
乙第24号記は、昭和55年1月に発行されたという「伝統的工芸品技術事典」の224頁に明治25年当時の一珍糊の解説をしているが、ここにも「一珍染」の表示は見当らない。
乙第25号証は、梶原俊明氏の意見書であるが、その出典は乙第1号証の「源氏ひながた」の「見事さは三国一ちん染」を引用しているが、ここには「一珍染」の漢字はなく、また、乙第6号証の京の友染史及び乙第4号証の月刊染織αは請求人の「一珍染」の商標が広く認識されてからの出版になる昭和62年と平成4年に発行されたものであるので、証拠力のないものである。
被請求人は乙第1号証ないし乙第18号記(乙第4号証及び乙第8号証を除く)の事実を看過し「一珍染」の顕著性の判断を誤って登録されたものであると特許庁の審査を非難する主張をしているが、これらの証拠中には「一珍染」の表現は見当らないものであるほか、これらに対する反論はそれぞれ前述のとおりであるので、誤った審査をされたものではない。
乙第26号証及び乙第27号証には「しょうざん」の文字を右上に小さく縦書きし、その左に大きく「一珍染の世界」の文字を縦書きしてなるものであるが、この証拠を使用した年号もなく、そこには説明として「一珍染の歴史は古く・・・」の表示をしているが、この表現(一珍染)はこれまでの乙号証にはなく、被請求人が請求人の登録商標の「一珍染」を希釈すべく、故意に使用しているものと思料される。
ところで、「一珍染」の商標に関し、請求人は平成2年5月23日付けをもって被請求人に対して甲第154号証の如き通知書を発したところ、被請求人は同年同月29日付けをもって「商品には一珍染のネームは一切使用しておりません」という旨の回答を甲第155号証の如くしているものである。そうとすれば、本件商標に「一珍染」の表示をしていることは、前記回答と矛盾することとなる。
乙第28号証の1ないし3には「遠山、立体、遊び、波状、漂う」等の表示は散見されるが「一珍染」の表示は見当らない。したがって、これには証拠価値はないものである。
乙第29号証は、平成6年2月1日発行の「装道」に掲載されている標章は「しょうざん」の平仮名文字を極めて小さく縦書きし、その下に極めて顕著に「一珍染」の漢字を書し、それに極小さく「いっちんぞめ」の振り仮名をしているものである。この装道の取材に対して被請求人は前記の如く「一珍染」が請求人の登録商標であることを知り、一珍染のネームは一切使用しておりません、という回答をなしながら、本件商標をこのように変更使用し、請求人の引用商標「一珍染」と混同を生じさせるものをしていることは、商道徳上許されるものではない。
乙第30号証は、昭和54年12月1日発行の「染織の美」の現代の更紗の記事中に「一珍」の文字を有するが、この一事をもって「一珍染」の標章が普通に使用されていたという証拠にはならない。
乙第31号証及び乙第32号証について、被請求人が「一珍」及び「イッチン」の商標を出願し、それが審査の段階で何れも拒絶されたことは認める。しかしながら、被請求人は、これらについて査定不服による審判請求等を怠っていたものである。さらに、被請求人の上記商標は「一珍」「イッチン」であって「一珍染」ではない。それゆえ「一珍染」の商標が登録適格を有しないとはいえない。
すなわち、「一珍染」の語は、被請求人が提出した各証拠について詳細に検討した結果、ほとんどのものに「一珍染」の表示をした語は発見できなかったし、「一珍染」の商標が当業界において普通に使用されていた事実も見当らない。
さらに、往時一陳染の糊や技法は、高度な技術等が要求されたことから、これに改良を加えたのが、宮崎友禅斎であり、そして友禅染が生まれ今日に至ったというもので、「一陳(珍)糊」を用いて染色した技法の友禅は粗悪品の代名詞の如くいわれていたため、大正初期には跡絶えていたことによるものである。
このように、「一珍染」の語は、引用商標出願前には見当らなかったものであり、ましてや「一珍染織物」なる表示も商品も存在しないことは、被請求人が提出した各証拠を具に検討してみても皆無であり、さらに請求人が先に提出した甲5号証ないし甲第146号証の如く全国の取扱業者が証明する如くであって、「一珍染織物」なる表示は被請求人が「一珍染」の商標を使用したいために、そのような商品が現存する如く作り上げ、特許庁の審査官を欺瞞して登録を得たものである。
乙第34号証は、当時の審査官において「一珍染」の語が請求人の登録商標であり、その登録の経緯をよく検討されないで、ある種の辞典等を参考にされて、安易に染色法ときめつけ拒絶理由を発したため、被請求人はこの時とばかりに、そのような商品が存在しないに係らず指定商品を一珍染織物を使用してなる被服、一珍染織物を使用してなる布製身回品、一珍染織物を使用してなる寝具額として権利を獲得したものである(乙第35号証)。
因みに、上記指定商品の正しい表示は「一陳糊を用いて染色した友禅織物を使用してなる被服、布製身回品、寝具類」とするのが相当であったというべきである。
被請求人は、「しょうざん一珍染」の商標を付した商品が取引者・需要者に親しまれている事実の証拠を提出するとしているが未だにその証拠が提出されていない。
乙第36号証及び乙第37号証の1・2は、本件と事案を異にするものであるから参考にはならない。
なお、被請求人は、請求人が提出した甲第5号証ないし甲第136号証、甲第139号証ないし甲第146号証等は信憑性に欠けるものであるとの趣旨の答弁をしているが、織物又は着物を専門とするこれらの取引業者の全てが「一珍染織物」という商品が存在しないことを認めているものであるから、これらの証明書を無視することはできない。
被請求人は、「一珍染」の語は、当業界においては、染色技法、織物、着物について普通に用いられる用語であって、真に公益に属する性質のものであると主張し、またこの商標は、普通名称又は慣用商標ないし品質表示であって、自他商品の識別力を有しないものであると主張するが、「一珍染」の語は、請求人がこれまで主張した如く、百年以上も跡絶えていた一陳糊を用いて染色した織物、即ち友禅織物の染色技法を復元した商品に「一珍染」の商標を付するまで、何人も使用をしていなかった語であることは、しばしば述べるとおりである。その後、請求人が商品に「一珍染」の商標を付して売り出したものが、人気を博し、取引者・需要者の間に広く認識されるに至ったため、俄かに「一珍糊」を用いた染色技法を研究発表する冊子も増え、中には請求人の登録商標そのままを染色技法「一珍染め」として発表するものまででている有様で困惑しているところである。しかしながら、「一珍染」の商標を使用しているのは請求人のみであって、他にこれを使用しているものはないものであるから、この語が商品の普通名称又は慣用商標ということはできず、商品の品質を表示するものであるということもできない。
さらに付言すれば、被請求人は答弁書中の諸所において「一珍染」の語が古来より普通に使用されていたものである如く述べているが、古くより使用されていたものは「インチン」「イッチン」「一陳友仙染め」「一陳糊(一珍糊)」「一陳染め」「三国一ちん染」「一珍友禅」等種々あげられるが、いずれも関係する商品名は大方「友禅織物」を指称するもので「一珍染」の文字を使用したものは見当らない。ましてや、「一珍染織物」という文字は全く見当らないし、そのような商品も存在しないものである。そうとすれば、本件商標は、架空の商品を指定しているものであるから、商標法第6条第1項又は第2項の規定にも違反してなされたものである。

3 被請求人の答弁
被請求人は、結論同旨の審決を求めると答弁し、その理由を概要以下のように主張し、証拠方法として乙第1号証ないし乙第37号証(枝番号を含む。)を提出した。
(1)請求人は、本件商標が請求人の所有に係る引用商標と類似し、指定商品も同一又は類似のものであるから、商標法第4条第1項第11号の規定に違反して登録されたものであると主張するが、この主張は以下のとおり不当である。
本件商標は、「しょうざん一珍染」の文字を一連に横書きした構成よりなるものである。
(2)一珍染について
「一珍染」は、一珍糊を防染糊として使用した友禅染の染色技法、また同技法を用いて染色した織物、並びに同織物を用いてなる着物の名称であって、「一陳染め」「一珍友禅」とも呼ばれ、当該業界で普通に用いられる用語である(乙第1号証ないし乙第11号証、乙第25号証)。
一珍染の歴史は古く、江戸時代、貞享4年(1687年)版の模様染の雛形本「源氏ひなかた」(乙第1号証,乙第2号証〉中にも、27種の染色法中に「見事さは三国一ちん染」との記載がみられるとおりである。
防染糊として使用される「一珍糊」とは、請求人も述べているところであるが、小麦粉を煮てこれに糠や消石灰を混ぜ、さらに布海苔等を加えて練り上げたものである。
一珍糊は「インチン」とも呼ばれ、その処方は、古くは天明5年(1785年)版の「更紗図譜」(乙第12号証)に記されており、また乙第16号証や乙第17号証等の文献でも紹介されているところであるが、その調合は、各染色家により使用する染料や仕上りの好み等に応じ、工夫が凝らされている。この一珍糊を使用した一珍染の特徴は、糊置きして染めた後、生地を斜めに引っ張るかヘラで掻き落とすだけで糊が落ち、水洗いをしなくてもいい点にあり、しかも糊の割れ目に染料が入って生まれる微妙な色使いは、他の染物にはない独特の味わいがある(乙第4号証)。
上記のとおり、「一珍染」は、古来より存在する染色技法、織物、着物の名称である。
(3)請求人の主張及び証拠について
請求人は、「『一珍染』なる語は請求人の代表者が案出した一種の造語」であると主張するが、これが偽りであることは上記の事実より明白である。
請求人は、一珍糊を使用した友禅染織物が請求人の代表者により復元されたことの証左として、甲第4号証の新聞記事を提出している。
しかしながら、この新聞記事は、取材記事の様であり、請求人の取材のみに基づくものとすれば客観性を欠き、「一珍染」商標が請求人に帰属すべき性質のものであることの証左となり得ない。
むしろ、この記事中に、「一珍染は、江戸初期の絵師で、狩野派中興の祖・狩野探幽(たんゆう)門下の四天王といわれた久隅守景(一陳または一珍斉)が考案したとされる。小麦粉に石灰を混ぜて作る-珍糊(のり)を使って模様や線を描き、染料で染め、乾燥したあと糊を落とすと、紋様に複雑なひびが入り、独特のモザイク調の風合いをかもしだす。全体の調子は淡く、素朴で落ちついた感じの染め物。」とあり、「小西さんが一珍染に初めて出会ったのは約十年前。神戸市立美術館で、その染め方を記した古文書をみつけた。」とある通り、「一珍染」の語が、一珍糊を用いた染色技法を指称する用語として古くより存在していたものであって、請求人の創造したものでないことを裏付けるものである。
また、請求人は、当該技法は請求人代表者によって復元されたと主張する。
しかし、被請求人が一珍染を手掛け始めたのは請求人より先である。
すなわち、請求人が提出した各証拠によると、請求人は、昭和58年に一珍染の技法を完成させ、商品に「一珍染」の文字を使用開始したとみられるが、被請求人は、請求人に先んじて、昭和50年前には一珍染の織物・着物を手掛け始めているのである。
遅くとも、昭和54年発行の乙第30号証の被請求人の紹介記事中に「一珍」の記述がみられ、このことからも被請求人が請求人より先に一珍染を手掛けていることは明らかである。
以後、被請求人は、乙第26号証、乙第27号証、乙第29号証の通り、一珍染の技法による織物・着物を製造・販売している。
尚、被請求人による昭和50年頃の-珍染の一例を乙第28号証の1ないし3に示す。
しかも、一珍糊(インチン)の処方並びに-珍糊を用いた染色技法、すなわち一珍染の技法自体は、乙第4号証、乙第8号証、乙第12号証、乙第16号証、乙第17号証、乙第20号証の文献で紹介されている通り、当該業界の者であれば誰でもが容易に実施し得るものであり、ただ、各染色家によって、一珍糊の調合や技法に工夫がこらされているばかりである。
従って、「一珍染」の語は、請求人に帰属すべき性質の語ではなく、真に公益に属するべきものである。
請求人は、「一珍染織物」が名称として存在せず、「一珍染」商標が請求人の業務に係る商品の表示として広く認識されるに至っていることの証左として、甲第5号証ないし甲第136号証、甲第139号証ないし甲第146号証の取引店の証明書を提出している。
しかし、これらの証明書は、いずれも予め用意したとみられる定型二通りの証明様式によるもので、証明者は請求人の商品の取引店に限られており、織物の取引業界または友禅織物を取り扱う業界全体を掌握・証明できる立場にない。
してみれば、各証明者は、単に「請求人の-珍染商品」を知っているにすぎず、いかなる根拠に基づき証明書を発行したのか不明であって、証明書の信憑性は極めて疑わしい。
さらに、請求人が提出する甲第1号証ないし甲第3号証、甲第147号証ないし甲第153号証は、単に請求人が「一珍染」の表示を使用していることを示すにすぎず、染色技法・織物・着物の名称である「一珍染」が請求人に帰属する性質のものであることを証するものではない。
むしろ、甲第148号証及び甲第149号証は、「一珍染」が古くより存在した染色技法・織物・着物の名称であって、請求人の造語でないことを裏付けるものである。
請求人が提出する甲第154号証及び甲第155号証は、被請求人の社員である「野口-珍」の作家名についての通知書及び回答書であって、「一珍染」に関するものではない。
また、被請求人が「一珍染」の名称を、染色技法及び織物、着物の名称として使用しないことを確約したものではなく、「野口一珍」の作家名についての係争を回避するために、回答したにすぎないものである。
上述の通り、請求人が提出する証拠は、「一珍染」が古来より存在する染色技法・織物・着物の名称であることを否定するものではない。
(4)被請求人の「一珍染」「-珍」の商標登録出願について
被請求人は、昭和53年5月17日付で、「一珍」(商願昭53-37168)及び「イッチン」(商願昭53-37169)商標を、旧第16類について出願したが、いずれも自他商品識別力を有しないとして昭和55年12月5日付で拒絶査定となった(乙第31号証ないし乙第33号証)。
そこで、被請求人のハウスマークたる「しょうざん」を付して「しょうざん一珍染」として、本件商標の登録出願を行い、厳格な審査を経て、指定商品「一珍染織物を使用してなる被服、一珍染織物を使用してなる布製身回品、一珍染織物を使用してなる寝具類」について登録されたものである。
この事実に示される通り、「一珍染」がよく知られた染色法であることは、特許庁においても確認されているところである。
(5)本件商標と請求人の引用商標との類否について
以上の通り、「一珍染」は、古来より存在する、一珍糊を用いた染色技法を指称する用語であって、本件指定商品との関係でみれば、少なくとも本件商標の登録査定の時には、商品の普通名称または慣用商標ないし品質表示として親しまれており、「一珍染」の文字のみでは、これに接する需要者は何人の業務に係る商品か認識することができないものである。
請求人の引用商標は、普通名称または慣用商標ないし品質表示であって、現時点ではその登録無効審判の請求について除斥期間を徒過しているため無効審判請求によって無効とすることはできないが、自他商品の識別力を有しない原始的に無効原因を内包する登録であり、この登録商標には禁止権は存しないものである。
本件商標は、上記の通り、識別力がない「一珍染」の文字に、自他商品を区別するために、被請求人のハウスマークであって極めて強い識別力を有する「しょうざん」商標を冠して「しょうざん一珍染」となすものであって、取引者及び需要者において「しょうざん一珍染」として親しまれ、請求人の-珍染とは明確に区別されているものである。
被請求人は、目下、この事実を証する証拠を収集・整理中につき、追って提出する。
してみれば、本件商標は、「しょうざん一珍染」全体、もしくは極めて強い自他商品識別力を有する「しょうざん」の部分からのみ称呼、観念を生じるものであり、「一珍染」の部分のみからは、称呼、観念は生じないから、請求人の引用商標とは類似しないものである。
過去の判例に照らしても、識別力がない文字と強い識別力を有する文字との結合商標にあっては、識別力がない部分からは称呼、観念を生じないことは、最高裁平成3年(行ツ)第103号判決(乙第36号証)、また、東京高裁平成9年(行ケ)第62号判決(乙第37号証の2)及びその上告審でありこれを維持した最高裁平成10年(行ツ)第94号判決(乙第37号証の1)からも明らかである。
請求人は、企業を表す役割を果たす部分の商標と商品毎に使用される商標との結合にあっては、商品毎に使用される商標の部分も独立して自他商品の識別標識として機能を果たすものである、という判断例として、平成4年審判第21809号審決(甲第156号証)及び平成3年審判第16289号審決(甲第157号証)を提出しているが、本件商標は、ハウスマークと普通名称または慣用商標ないし品質表示との結合よりなる商標であって、これらとは事案を明確に異にする。
従って、本件商標は、商標法第4条第1項第11号の規定に違反して登録されたものではないから、本件審判請求によって無効とされるべきではない。

4 当審の判断
(1)「一珍染」について
甲第4号証は、昭和63年2月26日付産経新聞夕刊の第10頁であるが、そこに掲載されている「一珍染」に関する記事をみると、「一珍染」は京都府加悦町の染色家、小西正矩さんが十年がかりで現代によみがえらせた染色法である旨、また、一珍染めは、江戸初期の絵師で狩野探幽門下の久隅守景(一陳または一珍斉)が考案したとされ、小麦粉に石灰を混ぜて作る一珍糊を使って、模様や線を描き、染料で染め、乾燥したあと糊を落とすと、紋様に複雑なひびが入り、独特のモザイク調の風合いをかもしだす、全体の調子が淡く素朴で落ち着いた感じの染め物である旨記載されている。そして、この「一珍染」に関する記事においては、「一珍染」は、染色技法の一つ、又はこの染色技法により染められた染め物であるとの理解、認識のもとに記事が書かれているものと認められ、「一珍染」が特定の者により使用されている商標であることを窺わせるような記載はない。
また、乙第4号証は、昭和62年5月1日株式会社染色と生活社発行の「月刊染織α」5月号であるが、その第7頁ないし15頁には一陳糊による一陳友禅染めや一陳染めの技法が紹介されており、同第20頁ないし25頁には、「一珍糊染めの作品づくり 高橋明実」と題して「一珍染めとの出会い」、「私の一珍染め手法」が、同第26頁ないし27頁には、「一珍染め糊料事典 志多野義夫」と題して「一珍友禅と一珍糊」、「一珍染めの原料と用法」が紹介されている。乙第6号証は、平成4年5月16日京都友禅協同組合発行の「京の友禅史」であるが、その第245頁に「イッチンゾメ 一珍染め」、「イッチンノリ 一珍糊」及び「イッチンユウゼン 一珍友禅」の項があり、それぞれその説明が記載されている。乙第21号証は、昭和48年3月1日株式会社小学館発行の「日本国語大辞典」第二巻であるが、その第229頁の「いっちんのり【一珍糊・一陳糊】」の項に「手工捺染(なっせん)用の防染糊。小麦粉、米ぬか、消石灰などを混合し、ふのり液を加えて練ったもの。水洗いなしで仕上げができるのが特徴。」と記載されている。また、乙第22号証は、昭和52年6月6日株式会社淡交社発行の「原色染織大辞典」であるが、その第80頁に「いっちんのり 一珍糊」及び「いっちんゆうぜん 一珍友禅」の項があり、それぞれその説明が記載されている。
そして、以上の新聞、出版物における記載を総合すれば、「一珍染」、「一珍染め」、「一陳染」及び「一陳染め」は、表記が多少異なるが同一の染色法を指している用語であって、「一珍糊(一陳糊)」を使って模様や線を描き染色する染色技法又はこの染色技法により染められた染め物をいうものと認められる。また、「一珍染」は、廃れた染色技法であるが、伝統的な染色技法として新聞、出版物において紹介されているものであって、この染色技法を試みる者も請求人代表者「小西正矩」以外に存在する事実が認められる。
そうすると、「一珍染」は、少なくとも和服の生地や和服を製造販売する業界において、本件商標の登録時には、一珍糊を使う染色技法又はこの染色技法により染められた染め物を意味するものとして理解、認識されていたとするのが相当である。
(2)本件商標の指定商品について
本件商標は、「一珍染織物を使用してなる被服、一珍染織物を使用してなる布製身回品、一珍染織物を使用してなる寝具類」を指定商品としているところ、その表記からみて、指定商品は、一珍染の染色技法で染められた織物を使用してなる被服等を指していると容易に理解できると認められる。
この点に関し、請求人は、「一珍染織物」というような商品は存在せず、本件商標は、架空の商品を指定しているものであるから、商標法第6条第1項又は第2項の規定にも違反してなされたものである旨主張している。
しかしながら、本件商標の指定商品は、前記のとおりに理解することができるものであって、架空の商品を指定するものとはいえないから、この点についての請求人の主張は採用できない。なお、商標法第6条違反は、そもそも、無効理由とはなっていない。
(3)本件商標と引用商標の類否
本件商標は、「しょうざん一珍染」の文字を横書きした構成のものであり、その構成中の「一珍染」の文字は、前記のとおり、本件商標の登録時には、一珍糊を使う染色技法又はこの染色技法により染められた染め物をいうものとして理解、認識されていたものである。そうすると、「一珍染」の文字は、一珍染の染色技法により染められた織物を使用してなる商品に使用するときは、その品質を表す文字であって、自他商品識別機能を有しないものであるから、本件商標の自他商品の識別は、この文字以外の「しょうざん」の文字部分によりなされるものといわざるをえない。
一方、引用商標は、請求人が主張のように、「一珍染」の漢字を横書きしてなり、旧第17類友禅織物生地を使用した被服、布製身回品、寝具類を指定商品として、平成1年7月26日に登録出願、同6年4月28日に登録され、現に有効に存続しているものである。
そして、本件商標と引用商標の類否について検討すると、本件商標は、その構成中に引用商標を構成している漢字と同一の「一珍染」の文字を有しているが、これをその指定商品である「一珍染織物を使用してなる被服、一珍染織物を使用してなる布製身回品、一珍染織物を使用してなる寝具類」即ち一珍染の染色技法で染められた織物を使用してなる被服、布製身回品、寝具類に使用するときは、その商品の品質を表す文字であって、自他商品識別機能を有しないから、本件商標が構成中に「一珍染」の文字を有していることをもって、引用商標と類似する商標とすることはできない。また、他に、本件商標と引用商標とが類似するとみるべきところはないから、本件商標は、引用商標と類似するものとはいえない。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第第11号に違反して登録されたものでないから、同法第46条第1項の規定により無効とすべき限りでない。
よって、結論のとおり審決する。
別掲 別掲
(1)本件商標

(2)引用商標

審理終結日 2002-02-04 
結審通知日 2002-02-07 
審決日 2002-02-20 
出願番号 商願平5-97424 
審決分類 T 1 11・ 262- Y (017)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 小宮山 貞夫鈴木 茂久原 隆佐藤 正雄 
特許庁審判長 三浦 芳夫
特許庁審判官 中嶋 容伸
滝沢 智夫
登録日 1995-04-28 
登録番号 商標登録第2706229号(T2706229) 
商標の称呼 ショウザンイッチンゾメ、ショウザン 
代理人 土屋 豊 
代理人 吉崎 修司 
代理人 村田 紀子 
代理人 武石 靖彦 

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