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審決分類 審判 一部取消 商50条不使用による取り消し 無効としない 132
管理番号 1053855 
審判番号 審判1997-21149 
総通号数 27 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標審決公報 
発行日 2002-03-29 
種別 商標取消の審決 
審判請求日 1997-12-16 
確定日 2002-01-28 
事件の表示 上記当事者間の登録第1656910号商標の登録取消審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。
理由 第1 本件商標
本件登録第1656910号商標(以下、「本件商標」という。)は、昭和54年9月27日に登録出願、「千稔」の文字を縦書きしてなり、第32類「野菜、果実、その他本類に属する商品」を指定商品として同59年2月23日に登録、その後、平成6年4月27日に商標権存続期間の更新登録がなされ、現に有効に存続しているものである。

第2 請求人の主張
請求人は、「本件商標の指定商品中『加工食料品』についての登録を取り消す、審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、その理由及び被請求人の答弁に対して次のように述べ、証拠方法として甲第1号証ないし甲第6号証(枝番号を含む。)を提出している。
1.本件商標は、指定商品中の「加工食料品」について、商標権者、専用使用権者又は通常使用権者により継続して3年以上日本国内において使用された事実が存在しないから、商標法第50条第1項の規定により取消されるべきものである。
本件商標には、連合商標の登録が存在しない(甲第1号証)ので、平成9年3月末まで適用された旧商標法第50条第2項括弧書きの規定の適用はあり得ない。
2.被請求人の答弁に対する弁駁
平成10年9月17日付の答弁書における被請求人の主張によれば、本件の事実関係は次のようである。
(1)被請求人は、本件商標について、株式会社コセー(以下、「コセー社」という。)及び黒松千年屋株式会社(以下、「黒松社」という。)に対して、通常使用権を許諾した(乙第1号証)。そして、通常使用権者・黒松社は、本件審判請求登録日前3年以内に、次の通り、本件商標を商品梅干について使用した事実がある。
(a)平成9年12月2日(乙第4号証)(b)平成9年7月14日(乙第5号証)(c)平成9年10月22日(乙第6号証)(d)平成9年10月27日(乙第7号証)
(2)通常使用権の存在に関して
(イ)先ず、請求人は、「乙第1号証は…平成9年3月31日付契約書の写しであり、乙第2号証及び乙第3号証は、それぞれ被請求人についての平成9年4月4 日付印鑑証明書写し及び黒松社の代表者についての平成9年3月27日付印鑑証明書写しであって、何れも乙第1号証に係る契約の差異に添付したものである」と主張する。然しながら、契約日が3月31日であるのに対して、そのときに添付した被請求人の印鑑証明書の日付が4月4日であるのは、如何なる理由によるのか、因みに、契約日の「3月31日」は手書されているが、もしも、実際の契約の日時と相違する日付を記入されたものであれば、法律行為の日に瑕疵があるものとして無効である。
(ロ)次に、契約書(乙第1号証)の前文には、「甲、乙及び丙は、甲が商標■及び商標■について『第29類に属する商品加工野菜及び加工果実等)』を指定商品として商標登録を受けることにより得る商標権を乙に譲渡することに関し、次の通り契約を締結した」と記載されており、譲渡契約であって、使用許諾契約とはされていない。況んや、商標の内容について、■■とするだけで、これが本件の千稔であるのかどうかすら不明である(敢えて隠蔽されている点からすると千稔とは無関係であると推認される)。
(ハ)ところで、被請求人は、契約書第3条により、コセー社及び黒松社に対する「千稔」の使用許諾がなされたと主張するが、同条第2項には「前項に規定する通常使用権の許諾は、乙への本件商標権の移転の登録が完了した後、甲から乙に対し許諾を終了する旨の通知を行うことにより終了する」と規定されており、果たして丙(黒松)が引き続き使用権を有していたのかどうか不明である。即ち、第3条第1項及び第2項の規定によれば、甲は、乙(コセー社)及び丙(黒松社)に対し通常使用権を許諾するが、移転登録後、甲から乙(コセー社)に対する通知があったときは、丙(黒松社)の通常使用権も同時に消滅するというものであり、後述する丙(黒松社)の乙第4〜7号証のような使用事実が通常使用権に基づいてなされたものかどうか、全く立証されていないのである。
(ニ)果たしてそうすると、このような不完全な契約書(乙第1号証)を提出するだけで、黒松社が本件商標について通常使用権を有していたことが立証されているとは到底言い難い。
(3)使用の事実に関して
(イ)乙第4、6、7号証に基づいて被請求人が主張する使用事実は、何れも黒松社による本件商標の使用であるところ、仮に、乙第1号証の契約書が有効に成立したものであると仮定しても、それは商標法第50条第3項の規定に該当する。即ち、乙第1号証の乙(コセー社)及び丙(黒松社)は、何れも、同じ契約の当事者であるばかりか、同一人である川俣博英を代表取締役としており、この点において川俣博英とコセー社及び黒松社は法人格否認の法理により同一人と見なされるべきところ、件外の商願平6ー66837号(商公平8ー129558号、以下件外商標出願)に対して、コセー社が平成9年1月13日付で登録異議申立を行った。件外商標出願は、指定商品を第29類とする「千年梅」の商標に係り、コセー社の登録異議申立は、それが本件商標「千稔」に類似するという点にあった。尚、斯かる事実は、特許庁において顕著な事実と解されるので、件外の商願平6ー66837号の包袋を援用する。ところで、本件商標を引用することにより件外商標出願に対して登録異議申立を行うということは、まさしく、それに対する反撃として、本件商標に対して不使用取消審判を請求されることを承知の上のことであり、その時点で「審判の請求がされることを知った」(商標法第50条第3項)ことに外ならない。従って、コセー社は、登録異議申立を行った平成9年1月13日に本件商標に対する不使用取消審判が請求されることを知り、そして、前述の通り、コセー社と黒松社は、代表取締役の川俣博英を介して同一人と見なされるから、結局、黒松社においても不使用取消審判が請求されることを知っていたことに外ならない。
(ロ)そうすると、本件審判請求の日である平成9年12月16日の3カ月前である平成9年9月16日よりも以後に黒松社が行った本件商標の使用は、不使用を免れるための使用事実には該当しない(商標法第50条第3項)。即ち、乙第4号証(平成9年12月2日)、乙第6号証(平成9年10月22日)、乙第7号証(平成9年10月27日)は、何れも、前記平成9年9月16日よりも後の使用事実を示すものであるから、本件審判事件において参酌されない。
(ハ)ところで、被請求人が主張する使用事実のうち、平成9年9月16日よりも前のものは、唯一、乙第5号証(平成9年7月14日)であるが、同号証を見ると、証明者である千種里子が直筆したと思われる部分は、住所と氏名のみと考えられる。蓋し、筆跡を見ると、手書き部分である宛名、日付(上段、中段、下段の3個所)、商品個数等は、全て証明依頼者側で記入されたものと推察できる。そこで、千種里子が購入した商品は、僅かに1箱だけであり、このような事実は請求人において不知のことであるから、請求人においては、乙第5号証の証明者である千種里子の証拠調を申立てる。
3.被請求人の答弁に対する第2弁駁
(1)乙第1号証(契約書の写し)は、契約条項の大半が隠蔽され、前文に記載された契約の目的によれば、何らかの商標を被請求人からコセー社に譲渡すること、第3条第1項によれば、当該何らかの商標の譲渡が完了するまで当該商標をコセー社及び黒松社に使用許諾すること並びに本件商標を「梅干し、しそ漬」に限りコセー社及び黒松社に使用許諾すること、同条第2項によれば、前項の譲渡が完了した後は通知を条件として前項の使用許諾が完了することだけが明らかにされていた。
(口頭審理において差し替えられた)乙第1号証によれば、コセー社が被請求人に「千年」及び「千年梅」の商標を特許庁に出願させ、登録の暁には商標権をコセー社に譲渡することを契約の目的とし、その譲渡までの経過的措置として、契約目的の商標「千年」及び「千年梅」をコセー社及び黒松社に使用許諾するという内容の全容が明らかになり、一般的なライセンス契約とは根本的に異なることが判明した。乙第1号証は、本件商標権の使用許諾を目的としたものではない。
この点に関して、「千年梅」の商標は、被請求人並びにコセー社及び黒松社とは全く別に、島田広夫(以下、「島田」という。)が平成6年7月4日に特許庁に出願(商願平6-66837号)し、出願公告されているところ、これに対して、コセー社は、平成9年1月13日付で登録異議申立を行い、当該「千年梅」が本件商標「千稔」と類似するから、商標法第4条第1項11号により拒絶査定されるべきであると主張している。つまり、コセー社は、島田の「千年梅」の商標出願に対して登録異議申立を行う反面、数ヶ月遅れで被請求人に「千年梅」の商標を出願させ(乙第9号証)、島田の商標出願が拒絶査定されるや否や被請求人の商標が登録されることをもくろみ、乙第1号証の契約にこぎつけたことが明らかである。ところが、コセー社は、前記登録異議申立を行った平成9年1月13日の時点で、申立の根拠として援用した「千稔」の本件商標が不使用取消の審判請求を受けることを危惧し、使用事実を取り繕うために、契約書中に本件商標の使用許諾を規定(第3条第1項)したのである。蓋し、証拠調における松本和男の尋問によれば、コセー社及び黒松社は、元々、被請求人に出願させた「千年」及び「千年梅」の使用を希望しているのであり(但し、現に使用された事実はない)、本件商標の「千稔」を将来にわたり継続して使用する意思を有しない。即ち、松本和男の尋問の全趣旨によれば、本来、本件商標を使用することがコセー社及び黒松社の本意ではなく、「千年」及び「千年梅」が商標登録されるまでの暫定的措置として「千稔」を使用しているだけで、「千稔」の使用はそれ以上の意味は何もないことが明白である。
過去に自己の「味千年」の商標出願が本件商標に類似するとして拒絶され、これに対して審判(乙第11号証)を請求して非類似の主張を行ったが結局は請求を棄却されたことを奇貨として、本件商標を利用すれば島田の商標出願に対して異議申立を行うことができると考え、その一方で、被請求人と交渉を行い、被請求人であれば「千稔」の商標権者であるから「千年梅」の商標出願をした場合に少なくとも商標法第4条第1項第11号の適用を免れることから、島田に対する異議申立が成立し被請求人の出願が登録されれば「千年梅」の商標権を手にできることを一心に、元々不本意ではあるが不使用による取消を免れるだけのために本件商標を被請求人に肩代わりして暫定的に使用する意図がありありと見られ、形式的には商標法第50条の使用事実を作り出したものであるが、まさしく正義に反する権利乱用である。正義を護るためにも、このような行為は到底容認することはできない。
(2)この点について敷桁すると、例えば、第三者を陥れるような目的で取得した権利を行使する行為が権利濫用とされるべきことは明らかであるところ(例えば東京高裁昭和30年6月28日判決・昭和28年(ネ)2096号、広島地裁福山支部昭和57年9月30日判決・昭和50年(ワ)227号)、本件の事案において、コセー社及び黒松社は、島田の「千年梅」と同ーの商標を違法な手段により商標登録することを企み(主観的には島田が現に使用しグッドウイルを有する商標を未だ使用事実のないコセー社が横取りしようとする意図の点、客観的にはコセー社に名義貸しをした乙第9号証の出願人である被請求人は自ら出願商標の使用意思がなく専ら譲渡を目的とするから商標法第3条第1項柱書きに違反している点において、違法性は明らかである)、その違法な目的を成就するために必須不可欠なものとして、本件商標登録の取消を免れるために本件商標「千稔」を不本意ながら暫定的使用したと主張するものであるから、明らかに権利の濫用であり、その主張自体が失当である。
よって、本件商標登録はその取消を免れない。
(3)被請求人が主張する黒松社の使用事実
(イ)平成10年9月17日付の答弁書において、被請求人は、乙第5号証により、千種里子が黒松社から梅干「千稔」1kg入り1箱を購入した事実が立証されていると主張した。同答弁書の主張は不特定多数の顧客の一人である千種里子が家庭の主婦ともとれるように、あたかも公衆に向けて販売された商品のーつを第三者が購人したかのように装い、これが誰の目にも明らかに映る主張を行ったが、証拠調べによる尋問の結果、初めて千種里子がコセー社の従業員であることが判明した経緯がある。このような被請求人の手段を選ばない主張の方法は、特許庁を冒涜するものであり、請求人においては極めて遺憾である。ともあれ、千種里子の尋問の結果によれば、乙第5号証は、その証明内容の手書き記人部分と、手書きされた日付が、何れも本人の確認なくして何者かにより記載されたものであるから、有印私文書として成立せず、証拠価値を有しない。しかも、乙第5号証に貼付された商品の写真に関する請求人からの尋問に対して、千種里子は何も答えず、包装中の文字や図柄を全く記憶していないのであるから、従業員の立場上、コセー社の上司に誘導されるままに署名捺印したに過ぎないことが容易に推認できる。更に、仮に、千種里子においてコセー社の何らかの自社商品を購入した事実があるとしても、そのような形式的取引は、商品がコセー社の社内からー歩も外に出ない状態で、しかも、不特定第三者を受入れることなく社内に固定された従業員を対象として譲渡されたものであるから、商標の使用に該当しない。比喩的に述べるならば、例えば、寿司屋の持ち帰り販売の場合、寿司屋に不特定第三者が来るからこそ寿司を商標法上の商品と認め、その包装に表示された商標を商標法上の使用と認めることができるが、余った寿司を包装し寿司屋の従業員に有償で譲渡したからといって、それが商標を商品に使用したと認め得ないことは明らかであり、本件においても同様である。
(ロ)平成10年9月17日付の答弁書において、被請求人は、乙第6号証及び乙第7号証の商品価格表に本件商標「千稔」が記載され、これが使用事実を立証していると主張した。通常、審判事件においてこのような主張がされれば、価格表の価格に従って現に商品が販売された旨の主張であると理解するのが誰の目にも明らかであるところ、松本和男の尋問の結果によれば、何と、顧客により商品は1箱たりとも購入されなかったのである(注、被請求人の平成11年3月24 日付の答弁書(第2)第4頁17〜19行の「商標「千稔」を付したものを頒布し且つ商標「千稔」を付した包装箱により包装された梅干の販売を行ったことは、乙第6号証、乙第24号証及び乙第25号証、並びに松本証人の証言から明らかである」とある点は、尋問に対する松本の陳述とは異なり、乙第24号証及び乙第25号証に「千稔」の文字が記載されていないことからすれば明らかに事実に反する)。このような被請求人の主張も、特許庁を冒涜するものであり、請求人において極めて遺憾である。このような倫理やリーガルマインドの片鱗も見られない主張を繰返す被請求人の証拠方法に果たして幾許の信憑性があろうか。況んや、商品価格表に千稔の文字の記載があるだけで、松本和男の尋問によっても、現実に「千稔」の商標を付した商品が展示即売されたことの陳述は一切ないのであるから、これが商標の使用と認め得る事実は存在しない。
(ハ)乙第4号証について、松本和男の尋問の結果によれば、ハッピーフーズ社は、自社の販売用ではなく、自社の顧客向けの贈答用として、黒松社から梅干しを購入したとのことである。松本の陳述を言い換えるならばいわば交際上の義理である。
ところで、乙第4号証を乙第5号証と比較すると明らかなように、証明内容の手書き記人部分と、手書きされた日付は、相互に全く同じ筆跡である。そうすると、ハッピーフーズ社の代表者である田中弘侑が自ら確認し又は記載したものとは考えられないから、有印私文書として成立せず、証拠価値を有しない。
(4)被請求人の平成11年3月24日付の答弁書(第2)に対して
(イ)乙第18号証及び乙第19号証の包装箱に関して、花図形に白抜きで表された「千稔」が所謂ラベルシールにより貼着されたものであることは、口頭審理により初めて明らかになった。即ち、包装箱は、このようなラベルシールを貼付するか貼付しないか任意に選択使用できることが明らかであり、そうすると、仮に、ラベルシールを貼付していない商品を購入した者が、乙第4号証や乙第5号証のような写真を突きつけられて証明を求められれば、即座に証明に応じることも納得できる。ラベルシールは、被請求人が主張する「千稔 低塩」及び「千稔 こんぶ梅」の他に、乙第20号証に示される5種類が存在しており、これらが相互に張替え自在であることからすれば、疑問を抱くのは請求人だけではなかろう。
(ロ)乙第21号証によれば、「千稔シール」なるものが平成9年3月24日にトモ美術印刷社に印刷依頼され、「納期」に「9年3月至急」と記載されているが、乙第1号証の契約成立日(平成9年3月31日)よりも前に商標法第67条第2号に規定の侵害準備行為が行われたのであろうか、極めて不可解である。
(ハ)被請求人は、更に、乙第27号証及び乙第28号証にも本件商標が示されていると主張するが、これほど明確な写真が掲載されているカタログ類について、印刷事実、配布事実、商品販売事実が何ら主張立証されず徒に曖昧不明瞭な乙第4号証及び乙第6号証や松本和男の尋問に拘泥するのか、疑問を払拭できない。
「千稔シール」なるラベルシールについても、乙第22号証及び乙第23号証によれば、200枚が印刷され、松本和男の尋問の結果によれば、更に増刷され、本件審判請求前にこれを貼付した包装箱入りの梅干が数百箱も販売されたと言うのに、これが販売された事実は何故か自社の従業員の乙第4号証や特別な関係者である乙第5号証に限られており、客観的立場の者がー人もいないのは何故であううか。
(ニ)一般的に、不使用取消審判の性質上、請求人から被請求人の証拠方法に対する反証を挙げることは不可能に近いが、客観性の全くない証明書や従業員の尋問だけを以て、簡単容易に登録の取消を免れることができるとするならば、商標法第50条の規定を有名無実化することは必至である。
(4)以上の通り、被請求人の証拠方法には全て証拠価値がなく、本件商標の使用事実を認められるべきでない。そして、仮に、使用事実があったとしても、それは、単に登録の取消を免れるためにのみ暫定的に行われた「名目的使用」であるばかりか、悪意に満ちた違法な行為に付帯する権利濫用行為であり、商標法第50条の規定における「使用」として認められるべきでない。

第3 被請求人の答弁
被請求人は、結論同旨の審決を求めるとと答弁し、その理由及び請求人の弁駁に対して次のように述べ、証拠方法として乙第1号証ないし乙第31号証を提出している。
1.黒松社は、平成9年3月31日以降、本件商標に係る商標権について「梅干し、しそ漬け」に関する通常使用権を有し、現在に至っている(乙第1号証ないし乙第3号証)。
2.乙第4号証は、本件商標が包装箱に表示された梅干しを、平成9年12月2日付けで黒松社から購入した旨のハッピーフーズ社による証明書である。
乙第5号証は、本件商標が包装箱に表示された梅干しを、平成9年7月14日付けで黒松社から購入した旨の千種里子による証明書である。
乙第6号証は、平成9年10月22日に株式会社住友銀行本店における展示即売会で配布された黒松社の梅干等についての商品価格表の写しであり、その商品名の欄に本件商標が記載されている。
乙第7号証は、平成9年10月27日に住友生命保険相互会社梅田南支部において配布された黒松社の梅干等についての商品価格表の写しであり、その商品名の欄に本件商標が記載されている。
乙第4号証ないし乙第7号証から明らかなように、黒松社は、本件審判請求登録日前3年以内に、その請求に係る指定商品の一つである「梅干」について本件商標を使用している。
3.請求人の弁駁に対する第1答弁
(1)乙第1号証は前文において商標譲渡契約とされ使用許諾とされていないが、契約の内容に「千稔」の通常使用権許諾を含んでおり、譲渡する商標と本件請求に係る登録商標「千稔」との関係はその通常使用権許諾の成否と無関係である。なお、松本証人が証言しているように、コセー社及び黒松社が被請求人に乙第1号証の契約を申し込むこととなった発端は、コセー社が昭和60年に「味千年」という商標を「加工食料品」等について出願したところ、本件請求に係る登録商標「千稔」に称呼上類似するとの理由により登録できなかったことにある。黒松社としては、使用する商標は登録商標であることが安全であるため、先ずは被請求人の登録商標である「千稔」を使用することとし、「千稔」と「千年」は発音が同じであって「千」が共通し、しかも「千年」は会社名にも含まれているので、「千年」が登録されてコセー社がその商標権の譲渡を受けた場合は「千年」に円滑に切り替えることができることができるからである。
(2)乙第5号の写真に写っている梅干の包装箱(乙第18号証)及び乙第4号証の写真に写っている梅干の包装箱(乙第19号証)は、千種証人及び松本証人の各証言から明らかなように、黒松社が種々の梅干製品に共通使用する紙箱に、昆布を使用した梅干についての商標「千稔」のラベルを貼り付けたものである。このような方式は経費節減のためである。乙第18号証の包装箱のラベルの印刷については、トモ美術印刷社によって平成9年3月24日付けでその下請会社(アズマレーベル)に作業指図書が発行され、平成9年3月31日に黒松社に対し請求書が発行され、その売上がトモ美術印刷社の売上台帳に記載され、その代金の領収証が、同年5月9日に黒松社に対し発行されている(乙第21号証ないし乙第23号証)。
商標「千稔(低塩)」のラベルが貼付された乙第18号証の包装箱により包装された梅干(昆布を使用したもの)が平成9年4月頃から黒松社によって販売され、千種証人が平成9年7月14日付で黒松社から購入したことは、乙第5号証、乙第20号証ないし乙第23号証、並びに松本及び千種両証人の証言から明らかである。その後、乙第19号証の包装箱により包装された梅干を、ハッピーフーズ社が平成9年12月2日付で黒松社から購入したことは、乙第4号証、並びに松本及び千種両証人の証言から明らかである。また、黒松社が、平成9年10月22日に、住友銀行本店6階において、商品価格表(乙第6号証)を頒布し、かつ、商標「千稔」を付した包装箱により包装された梅干の販売を行ったことは、乙第6号証、乙第24号証及び乙第25号証、並びに松本証人の証言から明らかである。更に、黒松社が、平成9年10月27日に、住友生命保険相互会社梅田南支部において、昆布を使用した梅干についての広告に商標「千稔」を付したものを頒布したことは、乙第7号証及び松本証人の証言から明らかである。
(3)請求人は、「乙第4、6、7号証に基づいて被請求人が主張する事実が商標法第50条第3項の規定に該当する」と主張する。
しかしながら、被請求人並びに通常使用権者であるコセー社及び黒松社は、請求人から本件商標に関し不使用取消審判の請求をする旨の意思表示を予め受けたことはない。通常使用権者コセー社は、本件商標権について通常使用権の許諾を受ける前に件外の商標登録出願に対し商標登録異議申立を行ったが、コセー社としては、その商標登録出願人が本件商標に対し不使用取消審判の請求を行うか否かは、異議申立の際もその後も知ることができなかった。しかも、請求人は、当該商標登録出願人ではない。
(4)請求人は、「通常使用権者(黒松社)による本件商標の使用は、将来、別の商標に切り替える予定のものであるから、名目的使用にすぎず、不使用による本件登録の取消を免れるものではない」と主張する。
しかしながら、本件商標は、通常使用権者黒松社により本件審判請求登録前に現実の取引において使用されているのであるから、実際の取引の裏付けなく単に広告に一度か二度程度使用された場合について問題となり得る「名目的使用」に該当することはあり得ない。
4.請求人の弁駁に対する第3答弁
[1]平成11年5月17日付弁駁に対する答弁
(1)弁駁の理由(1)(イ)及び(ロ)について
被請求人は、平成10年9月17日付け答弁書では、その時点で乙第1号証のうち答弁に必要であると判断された箇所のみを示したが、平成10年11月18日付審判事件弁駁書の内容に照らし他の箇所も示すことが必要であると判断して、平成11年2月17日の口頭審理・証拠調べにおいては全内容を開示した。このことについて、請求人は、「クリーンハンズ」に反するので極めて遺憾であると述べている。
わが国において法律上クリーンハンズの原則が問題となるのは、民法708条に規定するように不法原因給付について返還請求を認めない場合と同様の法理が成立する場合であると解されるが、請求人が述べる内容についてこのようなクリーンハンズの原則がどう該当するのか、その根拠が全く明らかにされていない。よって、「クリーンハンズ」についての請求人の記述は何らその意義を認めることができない。
(2)弁駁の理由(1)(ハ)乃至(ホ)について
(2‐1)コセー社及び黒松社が被請求人に乙第1号証の契約を申し込むこととなった発端、被請求人がコセー社及び黒松社と同契約を締結するに至った経緯、同契約によりコセー社及び黒松社に本件商標「千稔」についての通常使用権を許諾した理由(新開発製品である昆布を使った梅干に黒松社が本件商標「千稔」を使用するため)は、何れも平成11年3月24日付の審判事件答弁書(第2)の理由(1‐1)に述べた通りである。
本件商標についての通常使用権者たる黒松社は、新開発製品である昆布を使った梅干について、被請求人の商標権に基づき安全に使用できる本件商標の現実の取引における使用を、これまでの主張・立証により明らかになったように、本件審判請求登録日前3年以内に行なっていたことは勿論、乙第27号証(SEN‐YU「ギフト&ショッピングカタログ‐’98SUMMER」(平成10年[1998]夏季の泉友株式会社のカタログ)及び乙第28号証(平成10年より使用中の黒松社の商品カタログ)に示されるように、本件審判請求の登録後においても継続している。通常使用権者黒松社による本件商標の使用が名目的使用に過ぎないという請求人の主張が成立しないことは、審判事件答弁書(第2)の第5頁第18-29行に述べた通りである。
なお、請求人は(ハ)において、「千年」及び「千年梅」が商標登録された後、コセー社に対する譲渡が完了すれば、法律的にも通常使用権は契約書第3条第2項により失効する旨述べているが、乙第1号証の契約書第3条第2項によれば、通常使用権が終了するためには被請求人からコセー社に対し許諾を終了する旨の通知を行うことを要するのであるから、請求人の述べる内容は事実に反する。
(2‐2)次に、(ニ)において請求人は、「コセー社及び黒松社は、既に好評を博し使用されている島田の『千年梅』の商標を妬み、これを横取りすることを企み」と述べているが、このような主張を事実と認めるべき根拠は何ら示されていない。また、コセー社が昭和60年に商標「味千年」について行なった商標登録出願が拒絶査定を受けた理由は、商標法第3条第1項第3号違反であり、本件商標「千稔」に類似するという拒絶理由は、拒絶査定不服審判において初めて通知された。コセー社は、「千稔」に類似するという拒絶理由通知に対し意見書を提出してはいない。
従って、コセー社が「味千年」の商標出願につき「千稔」と非類似であるという主張をしたという請求人の主張は事実に反する。
更に、請求人は、コセー社及び黒松社が島田広夫氏の商標登録出願(商願平6-66837号)に対する異議申立の後で被請求人と交渉を行なった旨を、根拠を全く示さずに主張しているが、審判事件答弁書(第2)の理由(1)に述べた通り、被請求人に対しコセー社が本件商標に係る商標権についての譲渡交渉を始めたのは平成7年頃からであり、その後商標法改正により類似する商標の分離移転が可能になることとなったため、乙第1号証の契約が成立したのである。請求人の述べる内容は事に反する。
(2‐3)また(ホ)において請求人は、権利濫用の主張を行っている。請求人は、権利濫用の主張が多々なされる商標権侵害訴訟のうち、それが認められた数少ない裁判例を挙げ、それを本件に当てはめようとしているようである。しかしながら、商標権に基づく差止請求権の行使が権利濫用と認定されて認められなかったそれらの裁判例と本件とは、あらゆる点において事案の内容が異なっており、請求人の主張が成立する余地はない。請求人の主張では、どのような権利の行使に対しそれが権利濫用であると主張しているのかも明らかではない。
なお、請求人は(ホ)において、被請求人並びにコセー社及び黒松社の行為乃至意図について違法性が明らかであると主張しているが、失当であることは明らかである。
請求人は先ず、「島田が現に使用しグッドウイルを有する商標を未だ使用事実のないコセー社が横取りしようとする意図」を有するため違法であるとする。島田広夫氏による「千年梅」商願平6-66837号の出願は平成6(1994)年7月4日であるが、請求人が言うところの島田広夫氏による商標「千年梅」の使用は、何時頃開始されたのか何らの主張もなく、グッドウイルを有するか否かも不明である。使用開始が仮にその商標登録出願の前後であるとしても、被請求人の商標登録日である昭和59(1984)年2月23日よりも後であることは疑いない。
請求人の主張によれば類似商標が登録されていても、商標法の規定に違反して商標権者に無断で商標の使用を開始すると共に商標登録出願を行ない、グッドウイルを有するに至ったと主張すれば、商標権者との間で契約が成立するまで使用を控えていた者が商標法に則った手続で商標権を譲り受けてその登録商標を使用することを阻止することができることになり、著しく妥当性を欠くことは明らかである。よって請求人の主張は成立しない。そもそも、商標権を侵害するような行為に基づき何らかの請求を行うことは、前述のクリーンハンズの原則により認められないものとされて然るべきである。尤も、島田広夫氏は、商願平6-66837号についての商標登録異議申立に対する答弁において、本件商標「千稔」と島田広夫氏の出願に係る商標「千年梅」は類似しない旨主張している。その主張が成立するならば、商標「千年梅」は島田広夫氏に商標登録が認められ、島田広夫氏による梅干等に関する商標「千年梅」の使用は正当な行為であることになる。
従って問題の核心は、梅干等の商品について本件商標「千稔」と商標「千年梅」とが類似するか否かにあるのであり、そのことについての当否は商願平6-66837号についての商標登録異議申立手続において決せられるべきものであることは言うまでもない。
請求人は次に、「被請求人は自ら出願商標の使用意志がなく専ら譲渡を目的とするから商標法第3条第1項柱書に違反している点」において違法であるとする。しかしながら、商標法第3条第1項柱書違反となり得るか否かは別として、その要件の判断基準時は登録査定時なのであるから、被請求人の使用意志の有無を商標登録出願前の契約内容のみにより予め確定することはできない。また、商標法は類似する商標の分離移転を認めるが(第24条の2第1項)、「特許庁編 工業所有権法逐条解説」等に記載の通り、先願先登録商標権者の同意により類似する商標の登録を認めるコンセント(同意書)制度については、先願先登録商標権者の同意を得るために要する日数による審査の長期化等を避けるために導入せず、登録後の分離移転により全て対処することとした。そのため、他人の先願先登録商標と類似する商標について商標法第24条の2第1項に基づき商標権を取得しようとすれば、目的とする商標を当該他人に出願してもらうか、或いは自己の商標登録出願により生じた権利を当該他人に譲渡してその商標の出願人となってもらい商標登録後、当該他人からその商標権の分離譲渡を受けるという手順をとらざるを得ない。ところが、商標法第3条第1項柱書に規定する使用意志の要件は登録査定時に必要なのであるから、これを形式的に適用すれば、商標法第24条の2第1項が予定する前記のような分離移転は一切不可能となり、類似する商標の分離移転を認めた商標法改正の後に行なわれてきた分離移転のうち相当件数が無効であることとなる。このような解釈が商標法の予定するものでないことは明らかである。また、前記のように予め当事者同士が合意した上で商標登録後に分離移転を行う場合に、例えば、譲受人が使用意志を有すれば使用意志の要件を満たすものと解したとしても、所謂商標ブローカーによる不当な行為等を排除する上で不都合な点は何ら生じない。
従って何れにせよ、請求人の主張するような違法性は存在せず、それ以前に、請求人の権利濫用の主張は失当である。
(2‐4)以上の通り、弁駁の理由(1)(ハ)乃至(ホ)における請求人の主張は全て成立し得ない。
ところで、平成11年5月17日付審判事件弁駁書提出の前に、本件に関連して、商願平6-66837号の出願人である島田広夫氏が本件請求人を代理人としてコセー社及び本件被請求人代理人に対し平成11年4月9日付で内容証明郵便による通知(乙第29号証)を行ない、平成11年4月27日付でコセー社がこれに対し回答(乙第30号証)を行ない、翌日本件請求人に配達された(乙第31号証)ので、これらの写しを提出する。
なお、乙第30号証の回答書に対する返答は現在までにない。
乙第29号証の通知の内容は、請求人が本件審判請求を取り下げることと引き換えに商願平6-66837号に対するコセー社による商標登録異議申立を取り下げることに応じなければ、乙第1号証の第1条第1項に規定された商標「千年」及び商標「千年梅」についての商標登録出願に対し商標登録異議申立を行ない、万一登録された場合は詐欺(商標法第79条)教唆及び幇助の罪によりコセー社及び本件被請求人代理人を告発する、コセー社が有する数十件の商標登録に対し不使用取消審判を請求するとするものであるが、コセー社による乙第30号証の回答内容は、子会社である黒松社は、昭和50年頃から、和歌山県日高郡南部町において梅干し等を製造し、「千年屋」という商標を主たる商標として使用して、「黒松社」の商号のもとで、大阪市淀川区西三国の大阪営業所を拠点として全国の生協会員やスーパー等に大量の商品の販売を行っており、梅干し等の通信販売も行っていること、乙第29号証の通知人である島田広夫氏は、比較的最近に至り、「千年農園」の屋号を用い、和歌山県日高郡南部川村において梅干しを製造し、大阪市淀川区西中島の大阪STATIONを拠点として、「千年梅」等の商標を使用して梅干しを販売していることを挙げ、コセー社による商標登録異議申立はこのような状況に対する企業防衛上最小限の措置としてのものでもあることを述べると共に、商標登録異議申立及び本件審判については、法律の規定に従って公的な判断を待つ等とするものである。島田広夫氏による商標及び屋号の選択可能性は無限にあるにも拘らず、商品が同一で、商標、屋号、製造場の住所、及び販売拠点の住所が何れも近似し、通信販売という販売方法も共通しているのであるから、長年にわたる努力によりグッドウイルを築いてきた黒松社及びコセー社として強い危機感を抱くのは当然であり、その点を別としたとしても、商標法の規定に則った手続について請求人により種々の非難を受ける理由がないことは、前述の通りである。
[2](1)弁駁の理由(2)(イ)について
トモ美術印刷社により黒松社に納入された商標「千稔(低塩)」のラベルが貼付された乙第18号証の包装箱により包装された梅干(昆布を使用したもの)が平成9年4月頃から黒松社によって販売され、千種証人が平成9年7月14日付で黒松社から購入したことは、平成11年3月24日付の審判事件答弁書(第2)の理由(2)に述べた通り、乙第5号証、乙第20乃至23号証、並びに松本及び千種両証人に対する両当事者の尋問及び職権尋問の結果よ.り明らかである。また、千種証人に対する両当事者の尋問及び職権尋問により、千種証人はコセー社入社前から黒松社の顧客であり、コセー社入社後も、黒松社の種々の商品及び同社が取扱っている他社の各種商品(味噌、ドリンク類、岩のり等)の中から 商標「千稔」のラベルが貼付された乙第18号証の包装箱により包装された梅干、すなわち通常販売される態様の商品を、価格が割り引きされている点を除きー般顧客が購入するのと同様に、乙第5号証に示される平成9年7月14日及びそれより前の5月に購入していたこと、及び他の時期にも同商品又は黒松社の他の商品を購入していたことが明らかとなった。
請求人は、「平成10年9月17日付け答弁書において…・不特定多数の顧客の一人である千種里子が云々」と主張しているが、商標「千稔」のラベルが貼付された乙第18号証の包装箱により包装された梅干を、乙第5号証に示されるように千種里子が購入した態様は、前述のように、黒松社の納品書に示された価格が乙第4号証、乙第6号証及び乙第7号証に記載されたもの(3500円)よりも割引された価格(2990円)である以外不特定多数の顧客の場合と何ら異ならないのであるから、特別な取扱いが必要であるとは判断されなかったのである。請求人の主張は当らない。また、請求人は乙第5号証について、尋問の結果によれば、証明内容の手書き記入部分と手書きされた日付が何れも本人の確認なくして何者かにより記載されたものであるから、有印私文書として成立せず、証拠価値を有しないと主張するが、全く事実に反する。私文書の成立については、民事訴訟法228条4項の規定が適用され、本人の署名又は押印がある私文書は真正に成立したものと推定されるものと認められるが、請求人本人が主尋問を行なった際、千種証人は乙第5号証について、住所及び署名を自ら行ない自分で押印を行なった旨はっきりと証言しており、これを覆す事実は何ら存在しないのであるから、乙第5号証の成立が真正であることは証明されたものと言うほかはない。更に、請求人は、「乙第5号証に貼付された商品の写真に関する請求人からの尋問に対して、千種里子は何も答えず、包装中の文字や図柄を全く記憶していない」旨述べるが、これもまた事実に全く反する。
乙第5号証における貼付写真が消されたコピーを示されて請求人の尋問を受けた千種証人は、包装箱に貼付されたラベルにおける商標「千稔」の文字及び包装箱の中央に大きく記載された「紀の国育ち」の文字について、はっきりと記憶していた。記憶にない部分(包装箱の右上の円内の文字)及び記憶違い(包装箱に貼付されたラベルにおける商標「千稔」の文字の下に小さく表された「低塩」の文字)もあったが、両当事者の尋問及び職権尋問の内容を総合すれば、乙第5号証の証明内容を疑わせるようなものでないことは明らかである。
従って、「従業員の立場上、コセー社の上司に誘導されるままに署名捺印したに過ぎないことが容易に推認できる」という請求人の主張が成立し得ないことは明らかである。また請求人は、「仮に、千種里子においてコセー社の何らかの自社商品を購入した事実があるとしても…、商標の使用に該当しない。」と主張するが、黒松社が、昆布を使った梅千を新しく開発し、商標「千稔」を表示したラベルをトモ美術印刷社により作成してその新開発商品の包装箱に貼付したのは、その新開発商品を不特定第三者等に販売するため以外のなにものでもない。商標「千稔」のラベルが貼付された乙第18号証の包装箱により包装された梅干は、前述のとおり、千種里子等のコセー社の社員に対しても、価格を割引する以外は一般顧客に対する販売と何ら異なるところなく販売されていたのであるから、請求人の主張は成立しない。
更に請求人は、「余った寿司を包装して寿司屋の従業員に有償譲渡する」ことをたとえとして、商標「千稔」のラベルが貼付された乙第18号証の包装箱により包装された梅干の千種里子に対する販売が商品についての商標の使用ではないと主張するが、千種里子が購入した商品は、「店内で食するために提供されるものではなく、商標法上の商品そのものであり、余りものではなく、通常の一般客に販売するための商品であり、寿司屋の商号等が記載された包装紙が用いられるに過ぎないのとは異なり、当該商品専用の商標「千稔」が使用されており、専用商標「千稔」が付された包装箱により通常の販売の態様で包装されている等のあらゆる点において請求人の例えとは異なる。請求人の主張が失当であることは明らかである。
尤も、仮に、商標「千稔」のラベルが貼付された乙第18号証の包装箱により包装された梅干の千種里子に対する販売(乙第5号証に示される平成9年7月14日及びそれより前の5月)が、黒松社による商品「梅干」についての商標「千稔」の使用に当たらないとしたとしても、トモ美術印刷社による商標「千稔」のラベルが貼付された乙第18号証の包装箱により包装された昆布を使った梅干が、黒松社の商品として存在しており、それを千種里子が購入したことは否定しようがない。黒松社が、わざわざコセー社の社員のために、昆布を使った梅干を新しく開発し、商標「千稔」のラベルが貼付された乙第18号証の包装箱によりそれを包装して提供することはあり得ないのであるから、松本証人及び千種証人の証言にあるように、平成9年4月に商品化されたこと、すなわち一般顧客への販売が開始されたことは、これを認めるほかはない。
(2)弁駁の理由(2)(ロ)について
請求人は、「平成10年9月17日付答弁書において、被請求人は、乙第6号証及び乙第7号証の商品価格表に本件商標『千稔』が記載され、これが使用事実を立証していると主張した」旨主張するが、これも事実に反する。平成10年9月17日付答弁書における被請求人の主張が、「『こんぶ梅』という昆布を使用した梅干についての商標として本件商標『千稔』が記載された商品価格表(乙第6号証及び乙第7号証)を配布したこと」が、商標法第2条第3項第7号に規定する使用に該当するとする主張であることは、明白である。これらの商品価格表が、本件商標「千稔」が使用された「梅干」を含む各商品の現実の取引を前提として配布されたものであることは、松本証人の証言等により明らかであるから、商標法第50条第2項に規定する使用に該当することに疑問の余地はない。また請求人は、被請求人の答弁書(第2)における「黒松社が、平成9年10月22日に、住友銀行本店6階において、昆布を使用した梅干についての広告に商標『千稔』を付したものを頒布し且つ商標『千稔』を付した包装箱により包装された梅干の販売を行ったことは、乙第6号証、乙第24号証及び乙第25号証、並びに松本証人の証言から明らかである。」旨の主張について松本証人の陳述と異なり、乙第24号証及び乙第25号証に「千稔」の文字が記載されていないことからすれば明らかに事実に反すると主張する。松本証人の証言により、平成9年10月22日に、株式会社住友銀行本店において、乙第6号証の商品価格表に掲載されている全商品、すなわち本件商標「千稔」が使用された梅干を含む全商品について、商標「千稔」のラベルが貼付された包装箱により包装された梅干及びその他の包装された商品を展示しそれぞれの試食用サンプルを提供して販売を行っていたことが明らかである。すなわち、客の求めがあれば直ちに商品を引き渡すことができる状態で商品を展示して販売行為を行なっていたのである。松本証人は、本件商標「千稔」が使用された梅干については、「結局試食品を食べてもらっただけでその時点では売れなかった」と、事実をそのまま述べたが、前記のように客の求めがあれば直ちに商品を引き渡すことができる状態で商品を展示して行なっていた行為について、請求人の主張するように客が購入しなければ販売ではないとするならば、客が購入した時点においてのみ一時的にその行為は「販売行為」となり、たまたま客が購入しなければ全く「販売行為」はなかったことになってしまい、あまりに常識に反することは明らかである。なお、この平成9年10月22日の株式会社住友銀行本店における展示即売会においては、商標「千稔」のラベルが貼付された包装箱により包装された梅干の現実の譲渡又は引渡しはなかったにせよ、譲渡又は引渡しのために展示していたのであるから、これも梅干についての商標「千稔」の使用に該当することは言うまでもない。
また、「乙第6号証、乙第24号証及び乙第25号証、並びに松本証人の証言から明らかである」とは、乙第6号証、乙第24号証及び乙第25号証、並びに松本証人の証言を総合した内容から明らかであるという意味であることは明白である。よって、請求人の主張は何れも成立し得ない。
(3)弁駁の理由(2)(ハ)について
請求人は、乙第4号証に示されるハッピーフーズ社による黒松社からの梅干の購入が、ハッピーフーズ社の販売用ではなく顧客向けの贈答用であるから、交際上の義理であると述べている。請求人が言う「交際上の義理」とは何を意味するのか不明であり、その主張には何の根拠も示されていない。商標「千稔」を使用する黒松社の梅干は、卸売のための商品ではなく、最終需要者に対する通信販売を含む直接販売のための商品であるから、ハッピーフーズ社が贈答用として購入することに何の不思議もない。「交際上の義理」であるとする主張は成立しない。また、請求人は乙第4号証について、証明内容の手書き記入部分と手書きされた日付がハッピーフーズ社の代表者の筆跡ではなく、代表者が自ら確認し又は記載したものとは考えられないから、有印私文書として成立せず、証拠価値を有しないと主張する。前述のとおり、私文書の成立については、民事訴訟法228条4項の規定が適用され、本人の押印がある私文書は真正に成立したものと推定されると認められるが、最高裁の判例上、乙第4号証のように私文書中の印影が本人の印章により顕出された場合には、反証なき限り当該印影は本人の意思に基づき成立したと推定され、その結果、民事訴訟法228条4項の要件が満たされるので、乙第4号証全体が真正に成立したものと推定される。これを覆す事実は何ら存在しないのであるから、請求人の主張は成立しない。
[3](1)弁駁の理由(3)(イ)について
答弁書(第2)の(2)において述べたように、黒松社が、共通使用する紙箱に種々の梅干製品用のラベルを貼りつけて使用する方式を用いているのは、経費節減のためである。請求人は「ラベルシール」を貼付していない商品を購入した者が、乙第4号証や乙第5号証のような写真を突きつけられて証明を求められれば、即座に証明に応じることも納得できる」と、根拠不明の主張を行なっているが、乙第4号証や乙第5号証における納品書には商標「千稔」が記載されているのであるから、商標「千稔」のラベルが包装箱に貼付された商品を購入したと考えるのが自然であり、請求人の主張は辻褄が合わない。また、この納品書を配布した行為自体についても商標の使用であると言える。
(2)弁駁の理由(3)(ロ)について
請求人は、「乙第1号証の契約成立日よりも前に商標法第67条第2号に規定の侵害準備行為が行なわれたのであろうか、極めて不可解である」と述べるが、黒松社が侵害準備のためではなく通常使用権に基づく使用の準備のために商標「千稔」のラベルを作成したことは明白であり、請求人の主張は失当である。契約書調印日に契約の成否が定まるよりも、契約書調印日以前に契約成立の見通しがついていることや実質的に契約が成立していることの方がむしろ一般的であることは経験則から明らかである。
(3)弁駁の理由(3)(ハ)について
乙第27号証は、平成10年[1998]夏季の泉友株式会社のカタログであり、乙第28号証は、平成10年より使用中の黒松社の商品カタログであって、本件審判請求登録後に配布されたものであるから、商標法第50条第2項に規定する使用の証明に直接用いることはできない。また、請求人は、「自社の従業員の乙第4号証や、特別な関係者である乙第5号証」と述べているところ、特別な関係者とは乙第4号証のハッピーフーズ社を指すものであると解されるが、ハッピーフーズ社が特別な関係者であるとする根拠は全く示されておらず、請求人の主張は成立しない。
(4)弁駁の理由(3)(ニ)について
各証拠方法についての証拠調は適正に行なわれ、各証人に対する尋問も両当事者及び職権により適正に行なわれたのであるから、法的に客観性が担保されている。これを否定する請求人の非難は失当である。
[4]上述の通り、請求人の主張は何れも成立し得ず、商標法第50条第2項の規定により、本件審判請求は理由がない。

第4 当審の判断
1.請求人及び被請求人が提出した各証拠及び両者の主張並びに松本和夫、千種里子両証人の証言によれば、以下の事実が認められる。
(1)黒松社は、コセー社の子会社で、梅干、梅関連製品を販売しており、社員は、全員がコセー社に籍を置き、販売はコセー社の社員全員が代行している。商標は、コセー社が取得、所有し、黒松社が使用している。
(2)乙第5号証の証明者である千種里子は、平成9年4月頃から黒松社(コセー社)の従業員になった。
(3)黒松社は梅干等に「千年屋」の商標を昭和50年頃から使用、販売している。
(4)コセー社は「味千年」商標を昭和60年4月5日に登録出願をしたが、本件商標「千稔」が引用されて拒絶査定となり、これを不服とする審判請求をしたが、平成4年3月26日に拒絶審決がなされた(甲第4号証、乙第11号証)。
(5)島田広夫が「千年梅」の商標を平成6年7月4日に登録出願し、出願公告された。これに対し、コセー社は、本件商標「千稔」と類似し商標法第4条第1項第11号に該当するとの登録異議の申立を平成9年1月13日に行った。
(6)黒松社は、トモ美術印刷社に対して「千稔」の文字を表示したシール(以下、「千稔シール」という。)の印刷を平成9年3月24日に依頼した(乙第21号証)。
(7)黒松社及びコセー社と本件商標の商標権者(被請求人)は、被請求人が「千年」及び「千年梅」の商標登録出願をし、その登録を受けた後は、その商標権をコセー社に譲渡すること、当該商標権の移転の登録が完了するまでの間、本件商標「千稔」についてコセー社及び黒松社に対して使用を許諾すること、等を内容とする契約を平成9年3月31日付けで締結した(乙第1号証)。
(8)千種里子は、黒松社から梅干「千稔」1kg入り1箱を平成9年7月14日に購入した(乙第5号証及び証言)。
(9)黒松社は、平成9年10月22日に株式会社住友銀行本店で展示即売会を開催するとともに、その場で「千稔」が記載されている梅干しの価格表を配布した(乙第6号証、乙第24号証)。
(10)黒松社は、住友生命保険相互会社梅田支店において商品価格表を平成9年10月27日に配布した(乙第7号証)。
(11)ハッピーフーズ社は、平成9年12月2日に黒松社から本件商標を付した商品を購入した(乙第4号証)。
(12)請求人は、平成9年12月17日に本件商標に対する取消審判の請求をし、平成10年1月28日にその旨の予告登録がなさている。
2.以上の事実と被請求人が提出した乙第4号証〜乙第7号証、乙第27号証及び乙第28号証を総合勘案し、本件商標が取り消しに係る商品「加工食料品」に使用されていたか否かを検討するに、
(イ)平成9年3月31日、被請求人、コセー社及び黒松社の3社は、被請求人(甲)が「千年」「千年梅」の商標登録出願をし、その登録を受けた場合には、それらの商標をコセー社(乙)及び黒松社(丙)に譲渡するが、それまでの経過措置として、被請求人は、本件商標の使用をコセー社及び黒松社に許諾する旨の契約を締結した。そして、上記コセー社及び黒松社は、代表者が同一人であり、深い関係を有するとしても、それぞれが独立して商行為能力を有する企業とみるのが相当である。
(ロ)黒松社は、契約締結前の平成9年3月24日に3社による契約が無事締結されることを見越して、作業指図(乙第21号証)に基づく「千稔シール」200枚の印刷を「トモ美術印刷社」に依頼をし、「トモ美術印刷社」は、出来上がった「千稔シール」を3社契約の締結された日と同じ平成9年3月31日に、発注先の黒松社に納入した(乙第22号証、乙第23号証)。
(ハ)印刷された「千稔シール」は、黒松社により平成9年4月頃より商品「梅干し」の包装箱(乙第18号証)に貼付して使用され、同9年7月4日及び12月2日には、同社の社員「千種里子」及び得意先の一つである「ハッピーフーズ社」が購入した(乙第5号証及び口頭審理における証言)。
一方、黒松社は上記(ハ)以外にも「千稔シール」を付した商品「梅干し」を、平成9年10月22日及び平成9年10月27日に株式会社住友銀行本店及び住友生命保険相互会社梅田支店において展示販売し、その場で「千稔」商標名の「梅干し」が記載されているチラシを頒布した(乙第6号証、乙第24号証)。
請求人は、上記黒松社の(イ)ないし(ハ)の行為は、本件商標の不使用による取り消しを免れるだけのために本件商標を被請求人に肩代わりして暫定的に使用するものであるから、形式的に商標法第50条の使用事実を造り出したものであり、このような商標の使用は本件商標の使用にはあたらない旨主張しているが、上記3社による契約は、請求人の本件商標の不使用取消審判請求前から請求人の本件取消審判請求とは何ら関係なく進められていたことが認められる。
また、契約の成り行きを見越し、場合によっては無駄になることも覚悟し、独自の責任において、契約締結前にシールを作成していたとしても何ら不自然なことではない。そして、千稔シールの貼付された商品を、社員の「千種里子」が平成9年7月14日に自己用として、また得意先の一つである「ハッピーフーズ社」が平成9年12月2日に贈答用としてそれぞれ購入したことを証明しており、その証明書中、住所、氏名以外の個所が予め印刷されていたり他人が記載しているものであっても、それだけの理由で該証明書の信憑性が全くないとまでは言い得ないものであるから、上記事項に反する請求人の主張は憶測の域を脱しないものであるから採用し難い。
ところで、商標法50条第3項によれば、「第1項の審判の請求前3月からその審判請求の登録の日までの間に、日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかがその請求に係る指定商品又は指定役務について登録商標の使用をした場合であって、その登録商標の使用がその審判の請求がなされることを知った後であることを請求人が証明したときは、その登録商標の使用は第1項に規定する登録商標の使用に該当しないものとする。」と規定している。
しかるに、請求人は口頭審理における証言において、本件審判請求の取り消し請求前に、被請求人に対し本件商標の譲渡交渉若しくは不使用取消審判請求を行う等の意思表示を行ってはいないと述べている。
そうとすれば、通常使用権者(黒松社)が3社の契約に基づき、「千稔シール」を商品「梅干し」の包装箱に貼付し使用したり「千稔」の文字を商品「梅干し」のチラシに記載し頒布した日時が、本件商標の取消審判請求の3月前であっても、その登録商標の使用がその審判の請求がなされることを知った後であるということはできないから、上記の如き通常使用権者の黒松社による本件商標の使用は、商標法第50条第3項に該当する使用であるということはできない。
また、通常使用権者である黒松社が商品「梅干し」に使用している「千稔シール」及びチラシにおける「千稔」商標は、本件商標と社会通念上同一性を有する商標と認められるものである。
してみれば、本件商標は、通常使用権者によって、本件審判の請求の登録前3年以内に、日本国内において、請求に係る商品「加工食料品」属する「梅干し」に使用されていたものと認めざるを得ない。
したがって、本件商標の指定商品中請求に係る商品の登録は、商標法第50条の規定により、取り消すことはできない。
よって、結論のとおり審決する。
審理終結日 1998-05-22 
結審通知日 1998-06-09 
審決日 2001-12-14 
出願番号 商願昭54-73515 
審決分類 T 1 32・ 1- Y (132)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 上田 克已 
特許庁審判長 寺島 義則
特許庁審判官 野本 登美男
滝沢 智夫
登録日 1984-02-23 
登録番号 商標登録第1656910号(T1656910) 
商標の称呼 センミノリ、センネン 
代理人 高良 尚志 

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