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審決分類 審判 全部無効 商4条1項15号出所の混同 無効としない Y30
審判 全部無効 商4条1項7号 公序、良俗 無効としない Y30
管理番号 1376958 
審判番号 無効2017-890064 
総通号数 261 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標審決公報 
発行日 2021-09-24 
種別 無効の審決 
審判請求日 2017-09-15 
確定日 2021-05-13 
事件の表示 上記当事者間の登録第147269号商標の商標登録無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。
理由 第1 本件商標
登録第147269号商標(以下「本件商標」という。)は、別掲に示すとおりの構成からなり、大正11年4月1日に登録出願、第41類「醤油、ソース、ケツヤツプ、酢類一切」を指定商品として、同年10月27日に設定登録され、同14年5月4日に本権の登録の回復がなされたものであり、その後、昭和17年10月13日、同37年8月22日、同48年4月12日、同58年1月27日、平成5年4月27日、同14年5月21日及び同24年8月14日の7回にわたり商標権の存続期間の更新登録がされ、さらに、同15年11月26日に、その指定商品を第30類「ウースターソース,グレービーソース,ケチャップソース,しょうゆ,食酢,酢の素,ドレッシング,ホワイトソース,マヨネーズソース」とする指定商品の書換登録がされたものであって、現に有効に存続しているものである。
第2 請求人の主張
請求人は、本件商標の登録を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、その理由を審判請求書及び平成30年10月22日付け審判事件弁駁書において、要旨以下のように述べ、証拠方法として、甲第1号証ないし甲第42号証(枝番号を含む。)を提出した。
1 無効事由
(1)本件商標は、商標法(大正10年4月30日法律第99号)(以下「旧商標法」という場合がある。)第2条第1項第4号の「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」に該当し、同法第16条第1項第1号により、無効にすべきものである。
(2)本件商標は、旧商標法第2条第1項第11号の「商品ノ誤認又ハ混同ヲ生セシムルノ虞アルモノ」に該当し、同法第16条第1項第1号により、無効にすべきものである。
2 無効原因
(1)本件商標の構成
本件商標は、別掲のとおり、中央に人形の図形を配し、その上部に同大、同書体の「KEWPIE」の欧文字、その下部に同大、同書体の「キューピー」の片仮名を配してなるものであるところ、当該人形の図形部分、「KEWPIE」の欧文字部分、「キューピー」の片仮名部分のそれぞれについて、ローズ・オニールの人形及びその名称と対比すると、以下のとおりである。
ア 本件商標を構成する図形部分とローズ・オニール作成に係る人形との対比
(ア)本件商標を構成する図形の全体的な特徴及び細部の特徴
a 全体的な特徴
(a)ほぼ直立の人形である。
(b)乳幼児の体型であり、頭部が全身と比較して大きく、おおむね三頭身である。
(c)裸である。
(d)性別がはっきりせず、中性的である。
(e)全体にふっくらとしている。
b 細部の特徴
(a)頭の中央部分に上方にとがった形状の髪の毛が生えており、中央部分の毛は前に垂れており、頭部のその他の部分には髪の毛がない。
(b)顔は、縦長の楕円形状であり、頬はふっくらしている。
(c)目は、丸く大きい。
(d)眉は、目から離れた位置に小さく描かれている。
(e)鼻は、目立たない。
(f)口は、細く下向きの円弧状に描かれ、唇の端はほほえんでいるような表情に描かれている。
(g)首の後方部左右から、小さな双翼がはみ出している。
(h)両腕は、外方へ伸ばしている。
(i)両手は、てのひらを広げている。
(j)腹部は、豊満で下方にへそが描かれている。
(k)胴は、中央部が最も太い。
(l)左右の足を密着させて、直立している。
(イ)ローズ・オニール作成に係る人形の全体的な特徴及び細部の特徴
ローズ・オニールは、米国の雑誌「Ladies’ Home Journal」の1909年12月号に自作のイラスト付き詩「The KEWPIES’ Christmas Frolic(クリスマスでのキューピーたちの戯れ)」を掲載したところ、多数のキューピーが描かれている(甲6「キューピー物語」の17ページ?25ページ)。
また、ローズ・オニールは、1912年12月17日、米国の特許庁に人形の意匠を登録出願した(甲5)。
上記「キューピー物語」に描かれ、ローズ・オニールが登録出願した意匠を考慮すると、ローズ・オニール作成に係る人形の全体的な特徴及び細部の特徴は、次のとおりである。
a 全体的な特徴
(a)ほぼ直立の人形である。
(b)乳幼児の体型であり、頭部が全身と比較して大きく、おおむね三頭身である。
(c)裸である。
(d)性別がはっきりせず、中性的である。
(e)全体にふっくらとしている。
b 細部の特徴
(a)頭の中央部分に上方にとがった形状の髪の毛が生えており、中央部分の毛は前に垂れており、頭部のその他の部分には髪の毛がない。
(b)顔は、縦長の楕円形状であり、頬はふっくらしている。
(c)目は、丸く大きい。
(d)眉は、目から離れた位置に小さく描かれている。
(e)鼻は、目立たない。
(f)口は、細く下向きの円弧状に描かれ、唇の端はほほえんでいるような表情に描かれている。
(g)首の後方部左右から、小さな双翼がはみ出している。
(h)両腕は、外方へ伸ばしている。
(i)両手は、てのひらを広げている。
(j)腹部は、豊満で下方にへそが描かれている。
(k)胴は、中央部が最も太い。
(l)左右の足を密着させて、直立している。
(m)でん部は、ふくよかに描かれている。
(ウ)本件商標の図形部分とローズ・オニール作成に係る人形との対比
本件商標は、人形を正面から見た立面図であり、平面的に描かれているため、人形のでん部が描かれていないが、ローズ・オニール作成に係る人形と対比すると、上記したそれぞれの全体的特徴の全て及び細部の特徴の(a)ないし(l)が一致する。
したがって、本件商標の図形部分とローズ・オニール作成に係る人形とは、その全体及び細部において、類似するものである。
イ 本件商標を構成する文字部分とローズ・オニールの創作に係る名称との対比
(ア)本件商標を構成する文字部分
本件商標は、中央に配された人形の図形の上部に「KEWPIE」の欧文字、その下部に「キューピー」の片仮名が配されていることから、それぞれ、「KEWPIE」、「キューピー」と認識され、いずれも「キューピー」の称呼を生じる。
(イ)ローズ・オニールの創作に係る名称
「キューピー村物語」(甲7)の25ページでは、「Ladies’ Home Journal」の1909年12月号を引用して、「1909年末、キューピーを初めて発表した雑誌『Ladies’ Home Journal』(上)で、ローズ・オニールはキューピーの名前の由来について記しています。『注意:このファニーでずんぐりした生き物をキューピー(QとPを一緒にしてQ-Psと発音してください)と呼ぶのは、子どものキューピッドに似ているからです。キューピーたちはみんなキューピッドのように、小さな翼がついています。そう、キューピーは「小さなキューピッド」という意味なのです。』」と記述されている。
すなわち、ローズ・オニールは、「Ladies’ Home Journal」の1909年12月号において、「このファニーでずんぐりした生き物」を「Kewpie」と名付けたものであり、「Kewpie」は、ローズ・オニールが創作した名称であり、彼女の知的創作である。
(ウ)本件商標を構成する文字部分とローズ・オニールの創作に係る名称との対比
本件商標を構成する文字部分は、「KEWPIE」の欧文字及び「キューピー」の片仮名である一方、ローズ・オニールの創作に係る名称は、「Kewpie」であって、日本語では「キューピー」と表記されるところ、「Kewpie」及び「キューピー」は、いずれも「キューピー」の称呼を生じる。
したがって、本件商標を構成する文字部分のうち、「KEWPIE」は、ローズ・オニールの人形の名称と同一であり、また、「キューピー」は、ローズ・オニールの人形の名称の日本語表記であり、その人形の名称と同一の称呼を生じるものであるから、本件商標を構成する文字部分は、ローズ・オニールの創作に係る名称と同一又は類似する。
(2)本件商標の登録出願前における「キューピー人形の図形」及び「キューピー」標章の周知性・著名性について
ア 文部科学省検定済み教科書の高等学校外国語科用「WORLD TREK English Communication I」(甲8)にある「ローズ・オニールとキューピーの歴史」と題する年表には、1909年にキューピーが誕生し、1912年にキューピー人形が発売されて世界的ブームになった旨の記載がある。
イ 「キューピー物語」(甲6)の40ページには、大正2年に、三越でセルロイドのおもちゃが売り出されたところ、同じ頃、キューピー人形が輸入され、人気を集めたので、セルロイドの国産キューピーもどんどん作られた旨の記載がある。
ウ 「20世紀おもちゃ博物館」(甲10)の29ページには、大正2年に、原作者であるローズ・オニールの依頼で、ビスク製のキューピー人形が盛んに作られ、子供達の人気者となった旨の記載がある。
また、その209ページにある年表には、1913年(大正2年)に、キューピーが日本で紹介されて人気になった旨、1917年(大正6年)に、セルロイド製のキューピー人形が流行し、東京のデパートに特設玩具売場が出現した旨の記載がある。
エ 一般財団法人日本玩具文化財団のウェブサイトにある「おもちゃの歴史」(甲12)には、「1913 キューピーが日本で紹介され人気に。輸出用のビスクドール製造される」、「1917 セルロイド製のキューピー人形が流行」の記載がある。
オ 昭和29年に文化勲章を受章した近代日本画の巨匠である鏑木清方画伯は、大正6年に、キューピー人形を題材にした「春装」という日本画を国民新聞の付録として発表した(甲13)。
カ 「20世紀の天使たち キューピーのデザイン」(甲14)には、大正2年に日本で初めて作られたキューピー人形が、その写真とともに掲載されており、また、キューピー人形の図案が市販の多数の年賀状に取り入れられた旨の記載がある。
なお、上記キューピー人形の図案が取り入れられた年賀状は、大正5年(1916年)のものが甲第9号証(7葉目)及び甲第16号証(2葉目)、大正7年(1918年)のものが甲第16号証(3葉目)、大正8年(1919年)のものが甲第15号証(1葉目?3葉目)、大正10年(1921年)のものが甲第17号証(1葉目、2葉目)、大正11年(1922年)のものが甲第9号証(8葉目)に掲載されているとおりであって、キューピー人形の図案は、本件商標の登録出願前には、このように多数採用されるほど、我が国において広く人気を博したものである。
キ 大正時代の童画作家である武井武雄は、「キューピー紙きせかえ」を発表した(甲9の9葉目)。当時、キューピー人形を使ったおもちゃも人気であった。
ク 兵庫県立歴史博物館作成の「こども文化事典」(甲11の1葉目)には、大正時代を代表するおもちゃ8件中にキューピー人形を入れている。
また、上記キューピー人形の項目における記載によれば、上記博物館は、キューピー人形について、1909年に米国のローズ・オニールが作成し、我が国では大正の頃に流行したとするものであって、大正時代を代表するおもちゃの一つであるとする。
ケ 「広告キャラクター大博物館」(甲18)には、キューピーが子供達に爆発的な人気となったのが大正時代であり、日本初のマヨネーズ誕生と同時期である旨の記載がある。
コ 大正9年6月に「中央公論」に発表された寺田寅彦の「丸善と三越」(甲19)には、その発表時に、三越デパートの6階のおもちゃの陳列所に、キューピーが陳列されていた旨の記載がある。
サ 2016年7月21日付け「毎日新聞(地方版)」(甲20)には、大正9年当時、宮城県加美町宮崎村において、「大正切込焼」により多数のキューピー人形が製造された旨の記事とその人形の写真が掲載されている。
シ 宮城県加美町長の猪俣洋文による「町長日記」(甲21)には、大正9年当時、新たに鉄道を延伸させる計画が練られるほど、キューピー人形の人気があった旨の記載がある。
(3)本件商標が「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」(公序良俗違反)に該当することについて(上記1の無効事由(1))
ア 本件商標は、他の法律、条約等に違反し、禁止されるべき商標である。
(ア)著作権法違反
a キューピー人形についての著作権
上記(1)ア(イ)で述べたとおり、ローズ・オニールは、米国の雑誌「Ladies’ Home Journal」の1909年12月号に自作のイラスト付き詩「The KEWPIES’ Christmas Frolic(クリスマスでのキューピーたちの戯れ)」を掲載したところ、多数のキューピーが描かれている(甲6「キューピー物語」の17ページ)。
b 本件審判請求の被請求人が被控訴人となった「平成16年(ネ)第1797号 著作権侵害差止等請求控訴事件判決」においては、「ローズ・オニールは、1909年イラスト画(甲第1号証)を創作し、米国の雑誌『Ladies’ Home Journal』1909年12月号に掲載した自作のイラスト付き詩『The KEWPIES’ Christmas Frolic(クリスマスでのキューピーたちの戯れ)』にてこれを発表した。なお、1909年イラスト画には、様々の表情、姿態をした同一の幼児像(1909年作品。なお、原告指摘に係る別紙著作物目録1の(2)参照)が描かれ、これらの像に対して『キューピー(Kewpie)』なる名称が付されているが、同名称は、ローズ・オニールが、従来から、西洋神話の『キューピッド(Cupid)』にちなんで、そう名付けていたのを、このころから公に使用し始めたものである」と記述されており、「キューピー(Kewpie)」なる名称が、ローズ・オニールの創作に係る名称であることも示されている。
また、上記判決においては、キューピー作品の著作権について、「(2)キューピー作品は1909年から1913年までの間に発行されたものであり、当時の日米著作権条約及び旧著作権法に基づいて、ローズ・オニールは我が国におけるキューピー作品に関する著作権を取得した。ローズ・オニールは1944年(昭和19年)4月6日に米国ミズーリ州において死亡したため、当時の日米著作権条約及び旧著作権法3条及び9条により、キューピー作品の著作権は、同人の死後30年間存続することになったが、キューピー作品の著作権の存続期間中である1971年(昭和46年)1月1日に施行された著作権法51条により、その期間は著作者の死後50年間とされ、また、連合国特例法4条1項により3794日間の戦後加算がなされることになった。この結果、キューピー作品の著作権は、平成17年(2005年)5月21日まで保護されることとなった。」と判示されている。
c 本件商標の登録出願時の著作権法との関係
本件商標の登録出願時における著作権法(明治32年3月4日法律第39号(大正9年9月9日施行)(以下「旧著作権法」という場合がある。)の第1条第29条及び第37条の規定によれば、「図画(中略)美術ノ範囲ニ属スル著作物」について著作者がその著作物を複製する権利を専有するものであって(第1条)、著作権を侵害した者は、損害賠償の責任を負うほか、偽作をなした者には罰金刑が処断される(第37条)。
ここで、キューピー人形の図形は、「図画(中略)美術ノ範囲ニ属スル著作物」であり、本件商標は、ローズ・オニールの作成に係るキューピー人形の図形と類似する人形図形を含むものであるから、本件商標の登録出願時以後において、本件商標を使用することは、旧著作権法第1条の「著作物ヲ複製スルノ権利ヲ専有ス」る著作者の権利を侵害するものである。
したがって、本件商標を使用する行為は、旧著作権法に違反し、民事、刑事の責任を負う違法行為である。
d 本件商標の現行の著作権法との関係
現行の著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)(平成28年12月16日法律第108号)(以下「現行著作権法」という場合がある。)の第10条第17条及び第21条によれば、キューピー人形の図形は、「絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物」であり(第1条)、本件商標は、ローズ・オニールの作成に係るキューピー人形の図形と類似する人形図形を含むものであるから、現行著作権法の施行後において本件商標を使用することは、「著作物を複製する権利を専有する」という著作権を侵害するものである。
また、現行著作権法は、著作者人格権を規定し、「著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けない」権利(同一性保持権)を有するところ(第20条)、本件商標の図案は、ローズ・オニールの作成に係るキューピー人形の図形と同一ではなく、ローズ・オニールの作成に係る原著作物を許諾なく改変するものであるから、同一性保持権を侵害し、著作者であるローズ・オニールの人格的利益を損なうものである。
したがって、本件商標を使用する行為は、現行著作権法に違反し、民事、刑事の責任を負う違法行為である。
e 上記aないしdのとおり、本件商標は、旧著作権法及び現行著作権法に違反して作成され、また、複製されてきたものであり、公序良俗に違反する。
(イ)不正競争防止法違反
a 不正競争防止法(昭和9年3月27日法律第14号)(以下「旧不正競争防止法」という場合がある。)の第1条は、周知の商標、商品等表示と同一又は類似のものを使用して、他人の商品と混同を生じさせる行為を不正競争とし(第1項)、行為の差止と損害賠償の責任を認めた(第2項)。
ここで、「本法施行ノ地域内ニ於テ取引上広ク認識セラルル他人ノ」商品表示であるローズ・オニール作成のキューピー人形の図形又はその名称を使用して、キューピー人形と関係があるかのような混同を生じさせる行為は、不正競争にほかならない。
b 現行の不正競争防止法(平成5年5月19日法律第47号)(平成28年6月3日法律第54号)(以下「現行不正競争防止法」という場合がある。)は、その第2条で、周知な商品等表示を使用して他人の商品又は営業と混同させる行為、著名な商品等表示を使用する行為を不正競争とし、差止め(第3条)、損害賠償責任(第4条)を認めるほか、刑事罰に処する(第21条第2項)と定めている。
ここで、周知な商品等表示であるローズ・オニール作成のキューピー人形の図形又はその名称を使用して、キューピー人形と関係があるかのような混同を生じさせる行為又は著名な商品等表示であるローズ・オニール作成のキューピー人形の図形又はその名称を使用する行為は、不正競争にほかならない。
c 上記a及びbのとおり、本件商標は、旧不正競争防止法及び現行不正競争防止法に違反して使用されてきたものであり、公序良俗に違反する。
(ウ)工業所有権の保護に関するパリ条約違反
a 「工業所有権の保護に関するパリ条約」は、1883年3月20日に成立したところ、我が国は、明治32年(1899年)に加入した。
また、我が国は、大正14年(1925年)に合意された工業所有権の保護に関するパリ条約のヘーグ改正条約に合意したところ、当該改正条約においては、「工業上又は商業上の公正な慣習に反するすべての競争行為は、不正競争行為を構成する」とされ、「競争者の営業所、産品又は工業上若しくは商業上の活動との混同を生じさせるようなすべての行為」が禁止された。
そして、我が国においては、上記改正条約を批准するに当たり、旧不正競争防止法が制定され、周知商品表示の冒用行為を禁止する条項が盛り込まれた。
b 1967年7月14日に成立した工業所有権の保護に関するパリ条約のストックホルム改正条約(以下「パリ条約」という場合がある。)では、周知商品表示を冒用する行為の禁止、かかる商標登録についての5年間の無効請求期間の設定、悪意の登録や使用についての無効請求期間の無制限が合意されたところ(第6条の2(1)?(3))、本件商標は、第6条の2(1)に違反するものであり、また、悪意の登録、使用であるから、無効請求期間の制限を受けない。
(エ)TRIPS協定違反
1995年1月1日に発効した「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(以下「TRIPS協定」という場合がある。)は、その第16条で、上記(ウ)bで述べたパリ条約第6条の2の周知商品表示の保護条項は、商標の権利者との間の関連性を示唆し、かつ、当該権利者の利益が当該使用により害されるおそれがある場合において、登録された商標に係る商品又はサービスと類似していない商品又はサービスについて準用するものとした。
(オ)文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約パリ改正条約違反
1971年7月24日に成立し、1975年4月24日に我が国で発効した「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約パリ改正条約」(以下「ベルヌ条約」という場合がある。)は、第6条の2(著作者人格権)において、「(1)著作者は、その財産的権利とは別個に、この権利が移転された後においても、著作物の創作者であることを主張する権利及び著作物の変更、切除その他の改変又は著作物に対するその他の侵害で自己の名誉又は声望を害するおそれのあるものに対して異議を申し立てる権利を保有する。」と定め、財産的権利、すなわち、著作権とは別に、著作者人格権を規定し、「著作物の変更、切除その他の改変」に対する権利を認めた。
本件商標の図案は、ローズ・オニールの作成に係るキューピー人形の原著作物を許諾なく改変するものであるから、著作者ローズ・オニールの人格的利益を損なうものであり、ベルヌ条約の趣旨に反する。
(カ)社団法人日本経済団体連合会「知的財産権に関する行動指針」違反
「経団連は、わが国の代表的な企業1,350社、製造業やサービス業等の主要な業種別全国団体109団体、地方別経済団体47団体などから構成されています(いずれも2017年4月1日現在)。その使命は、総合経済団体として、企業と企業を支える個人や地域の活力を引き出し、我が国経済の自律的な発展と国民生活の向上に寄与することにあります。このために、経済界が直面する内外の広範な重要課題について、経済界の意見を取りまとめ、着実かつ迅速な実現を働きかけています。」とする、一般社団法人日本経済団体連合会は、2005年7月19日「知的財産権に関する行動指針」(以下「経団連行動指針」という場合がある。)を発表した。それには、「1.知識社会における知的財産権の重要性に鑑み、他者の知的財産権を尊重するとともに、国内外においてそのための風土作りに努める。」(甲22)と規定されており、我が国の経済団体の連合会において、他者の知的財産権を尊重することは、企業活動の基本的な行動指針であることが確認されている。
もとより、経団連行動指針は法令ではないが、我が国の経済団体の連合会が「他者の知的財産権を尊重する」と定めている事実は、かかる規範が「事実たる慣習」として法規範性を有することを示すものにほかならない。
ローズ・オニールの作品であるキューピー人形やその名称を無断で冒用することは、「他者の知的財産権を尊重する」という企業活動の基本的な行動指針に違反するものであり、公序良俗に違反する。
イ 本件商標は、ひょう窃的出願であり、出願に不法性がある。
(ア)「小学館デジタル大辞泉」、「三省堂大辞林 第三版」、「広辞苑 第三版」(甲23)及び「講談社カラー版日本語大辞典 第二版」(甲24)によれば、「剽窃」とは、「他人の作品、論文、詩歌・文章、説、文句」などの知的創作を「盗みとって」、「自分のものとして発表すること」であり、簡潔にいえば、「他人の知的創作を盗みとって自分のものとして発表すること」といえる。
(イ)「キューピー物語」(甲6)の46ページには、「ちょうどキューピー人形が、日本でも人気急上昇の時期であった。」、「食品工業株式会社(現・キューピー株式会社)の実質的な創業者であり、かねてからマヨネーズの製造販売をしたいと考えていた中島董一郎氏は、高碕氏の話をきいて、ブランドには是非『キューピー』を使いたいと思った。アメリカからやってきて、人気ももちろんだが、キューピーは愛と幸せを運ぶといわれ、マヨネーズを売り出すのにイメージ的にピッタリで最高だと思われたのだ。」との記述があり、本件商標の出願人である中島董一郎は、キューピー人形が日本で人気であったので、その人気にあやかって「マヨネーズを売り出すのにイメージ的にピッタリ」と、「キューピー人形」とその名称を「自分のものとして商標登録すること」を決意した経緯が記述されている。
(ウ)「月刊政経人」(甲25)の191ページには、本件商標の出願人である中島董一郎は、先輩で東洋製缶株式会社の高碕達之助社長を訪ねて、マヨネーズの商標について、「日本語で分かり、英語で書けて、しかも絵に描けるもの。この三つですね」との希望を申し述べたところ、当時、セルロイドのキューピー人形は、子供達のマスコットになっており、高碕達之助は、「それならキューピーだよ」と断定口調で答えた。そこで、中島董一郎は、「私の希望にぴったりのトレードマークです。それを頂きます」と、日本で初めて製造販売するマヨネーズを「キューピーマヨネーズ」と命名したものである。このように、中島董一郎が他人の知的創作である「キューピー人形」を「私の希望にぴったりのトレードマーク」であるとし、「それを頂きます」と、「キューピー人形の図案」、「キューピーの名称」を「自分のものとして商標登録すること」を決意した経緯が生々しく記述されている。
(エ)インターネット・アーカイブ「Wayback Machine」(甲26)に保存された2001年7月18日付けの被請求人作成のホームページ(甲27の1)には、「命名 キューピー キューピーは、アメリカのイラストレーター、ローズ・オニールさんが、ローマ神話に登場する愛の神、キューピッドをモチーフに発表したイラストです。これが全米で大ヒットし、いろいろな商品のコマーシャルやクリスマスカードにも使用されるようになりました。大正時代に日本でもセルロイドの国産キューピーが大流行。創業者である中島董一郎がマヨネーズを発売するにあたり、お年寄りから子供まで幅広く愛される商品に育てたいという思いを込め、人気者のキューピーを商標にしました。当初は食品工業株式会社だった社名も、1957年(昭和32年)に“キューピー株式会社”に変更しました。」の記述があり、他人の著名標章を自分のものとして商標登録した経緯が記載されている。
また、2005年3月8日付けの被請求人作成のホームページ(甲27の2)においても、同一の記載がある。
(オ)特許法、商標法、意匠法等工業所有権法4法の逐条解説を著した萼優美は、弁理士会発行の「パテント」において、「“商標のただ乗り”の問題」(甲28)として、「他人の商標のイメージを破壊し、その表彰力をダイリューションすることは明らかに商標権者の業務上の信用を稀薄ならしめる行為であり、従ってフリーライドは商標法の根本精神に反するものである。」、「商標法第4条第7号の公の秩序とは民法第90条にいわゆる公序良俗のみをいうものではなく、商標法第1条の精神により維持される商品流通社会の秩序をも包含するものと解せられるからフリーライド商標の出願は同号の規定により処理せられるべきものと考える。」と述べている。
フリーライドは、他人の著名商標にただ乗りする行為であり、正にひょう窃的行為にほかならず、知的財産法の大家である萼優美は、ひょう窃的出願によるフリーライドは、商標法第4条第7項(審決注:商標法第4条第1項第7号の誤記と認める。)の公序良俗違反に該当すると主張している。
(カ)昭和58年審判第19123号に係る審決(甲29)では、漫画のポパイの図柄とポパイの名称からなる登録第536992号商標について、「本件商標は、前記したとおり漫画の『ポパイ』又はキャラクターとしての『ポパイ』そのものを直ちに認識させるものであり、その構成内容からみて、請求人等が正当な権利を有して著名となつていた漫画『ポパイ』と偶然に一致する標章を採択したものと認めることができないばかりでなく、本件商標の登録出願人が、本件商標に係る登録出願をするにつき、請求人等(著作者、複製許諾者)より許諾を得た事実を認めることができないものである。したがって、本件商標は、前記の漫画『ポパイ』に依拠し、これを模倣又は剽窃して、その登録出願をしたものであると推認し得るものであるといわざるを得ない。そうとすれば、かかる経緯によつて登録を得た本件商標の登録を有効として維持することは、前記『ポパイ漫画』の信用力、顧客吸引力を無償で利用する結果を招来し、客観的に、公正な商品又はサービスに関する取引秩序を維持するという前記法目的に合致しないものといわなければならない。」、「加えて、本件商標は、請求人が著作権を有するポパイの図形と、これと不可分一体のものとして世人に親しまれてきた『POPEYE』及び『ポパイ』の文字を結合してなるものであるから、これを著作権者等に無断で使用することは、商標法第29条による規制の対象となるものであり、かつ、著作権法第21条の複製権・同法第112条の差止請求権・同法第118条の侵害とみなす行為等によつても規制されているので、前記商標法第4条第1項第7号の運用指針の1つである『他の法律によつて、その使用等が禁止されている商標』に該当するものであると解される。なお、被請求人は、本件商標を永年使用していること、また、本件商標の使用につき著作権者たる請求人は、被請求人による使用を黙認してきた等を主張する。しかしながら、本件商標は、前記したとおり、その使用が商標法と著作権法による規制の対象とされているものであるから、そのような商標をいかに永く使用したとしても、商標法による権利の正当な行使とはいえないものである。」、「以上の次第であるから、本件商標は、公の秩序または善良の風俗を害するおそれがあるものであつて、商標法第4条第1項第7号に違反して登録を得たものとして、同法第46条第1項により、その登録を無効にすべきものとする。」(下線は、請求人代理人による。以下同じ。)と判断した。
(キ)被請求人は、本件商標を皮切りに、「キューピー人形の図形」、「キューピー」、「KEWPIE」等からなるキューピー関連商標を470件出願し、登録し、又は譲り受けた(甲30)。
「日本語で分かり、英語で書けて、しかも絵に描けるもの。この三つ」を満たすものとして、中島董一郎は、「私の希望にぴったりのトレードマークです。それを頂きます」と、日本で初めて製造販売するマヨネーズを「キューピーマヨネーズ」と命名した(甲25)。
他人の知的創作である「キューピー人形の図案」、「キューピーの名称」を「自分のものとして商標登録すること」の中島董一郎の決意を、その後、商品又は役務の区分の全区分において出願、登録した。かかる商標の出願及び登録の行為は、他人の著名標章を自己のものとする知的財産のひょう窃にほかならず、商標法制度の根幹を揺るがす不法行為である。
特許法、実用新案法、意匠法、商標法、著作権法、不正競争防止法、種苗法等の知的財産権法の基本は、「他者の知的財産を尊重する」という基本理念を実現するものであり、他人の知的財産をひょう窃する行為は、「他者の知的財産を尊重する」という理念に違反することであり、我が国の「秩序」である知的財産法制の根本理念に違反するものといわざるを得ない。
また、国際的に視点を移せば、パリ条約、ベルヌ条約、WIPO条約、万国著作権条約、TRIPS協定等、個々の国際条約を挙げるまでもなく、知的財産を巡る国際的ハーモナイゼーションの下においては、「他者の知的財産を尊重する」という基本理念は、我が国のみならず、全世界において、知的財産の公序を形成するものであり、本件商標は、かかる知的財産の公序に違反するものである。
(ク)上述のとおり、ローズ・オニールの著作である人形と類似する図形及びローズ・オニールの創作に係る「KEWPIE」又は「キューピー」からなる商標は、知的財産の公序に違反するところ、被請求人は、請求人に対し、かかる商標権に基づいて権利主張した(甲31)。
ウ 小括
以上のとおり、本件商標は、旧商標法第2条第1項第4号の「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」に該当する。
(4)本件商標が「商品ノ誤認又ハ混同ヲ生セシムルノ虞アルモノ」に該当することについて(上記1の無効事由(2))
「キューピー人形の図形」及び「キューピー」標章は、上記(2)のとおり、本件商標の登録出願前において、老若男女を問わず、全国津々浦々まで周知・著名であったものである。
かかる周知・著名標章を無関係の第三者が自己の商品に使用する行為は、当該周知・著名標章の顧客吸引力を利用するもの(フリーライド)にほかならず、商品の需要者は、「キューピー人形の図形」及び「キューピー」標章を付した商品について、周知・著名標章である「キューピー人形」の図形、「KEWPIE」の名称と関係があるとの混同を生じさせるおそれがあることは明らかである。
したがって、本件商標は、旧商標法第2条第1項第11号の「商品ノ誤認又ハ混同ヲ生セシムルノ虞アルモノ」に該当する。
なお、旧商標法第2条第1項第11号については、除斥期間が定められていない。
(5)適用法
商標法施行法(昭和34年4月13日法律第128号)(以下「施行法」という場合がある。)第10条第1項は、「旧法によりした商標登録(中略)についての新法第四十6条第1項の審判(中略)においては、旧法第十6条第1項の規定は、新法の施行後も、なおその効力を有し、同項に規定する場合に限り、その商標登録を無効にすることができる。」と定めているところ、当該「旧法第十6条第1項」では、「商標ノ登録カ左ノ各号ノ一ニ該当スルトキハ審判ニ依リ之ヲ無効ト為スヘシ。」とされ、その第1号では、「一 登録カ第1条乃至第4条又ハ前条第二項ノ規定ニ違反シテ為サレタルトキ」とされている。
また、上記「旧法」第2条では、「第2条 左ニ掲クル商標ニ付テハ之ヲ登録セス」とされ、その第4号では、「四 秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」とされ、その第11号では、「十一 商品ノ誤認又は混同ヲ生セシムルノ虞アルモノ」とされている。
したがって、請求人は、施行法及び旧商標法の各規定に基づき、本件商標を無効とする審判を請求することができるものである。
3 平成30年10月22日付け審判事件弁駁書
(1)本件商標の登録出願前における「キューピー人形の図形」及び「キューピー」標章の周知性・著名性について
被請求人は、請求人が本件商標とローズ・オニールの作成に係る人形及びその名称とが類似する旨主張したことに対し、「この類似性自体については論ずるまでもない」と述べているところ、その意義は不明確であるものの、被請求人は類似性を争わない旨の答弁をしたものと解されるから、この点については、自白の拘束力が生じる。
また、被請求人は、本件商標の登録出願前に、我が国において、キューピー人形が人気を博し、キューピー人形及びその名称である「キューピー」が広く知られていたことについては特段争うものではない旨の答弁をしていることから、この点については、自白の拘束力が生じる。
(2)商標登録の無効理由の判断について
被請求人は、無効理由の判断時が商標登録の登録時であることは条文上明らかである旨主張するが、無効理由の存否の判断は、本件無効審判の審決の時に行われるものであり、商標登録時に行われるものでないことは明らかであるから、被請求人の主張は、不明確である。
無効理由の適用法と無効審判の審決の判断を行う時点とについては、以下のとおりである。
ア 請求人は、上記1の「無効事由」のとおり、本件商標の登録時の商標法を無効審判の適用法として主張するものであり、本件商標の出願前における「キューピー人形の図形」及び「キューピー」標章の周知性、著名性を立証した。
また、旧商標法第2条第1項第4号の「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」における「秩序」とは、知的財産に係る公序を意味すると解されるところ、請求人は、「本件商標は、他の法律、条約等に違反し、禁止されるべき商標である。」とした上で、およそ知的財産法が存在する限り、いかなる世代においても一貫して適用される知的財産における根幹的な「公序」の具体的内容を明らかにし、知的財産における根幹的な「公序」は、旧商標法第2条第1項第4号の「秩序」にほかならない旨主張、立証した。
イ 被請求人は、旧商標法第2条第1項第4号違反の判断基準時が本件商標の登録時であるとすることについて、東京高等裁判所の昭和41年4月7日判決(昭和35年(行ナ)第33号事件:征露丸事件)(乙1)において、旧商標法第2条第1項第4号違反の判断基準時を登録時としていることによっても裏付けられる旨主張するが、成り立つ余地がない。
上記判決は、「明治三七、八年の日露戦争において、陸軍は、『露西亜を征伐する丸薬』という字義による心理作戦を含め、『征露丸』と命名してクレオソートを主剤とする胃腸用丸薬を創製、製造し、全軍に服用させたのであるが、(中略)この『セイロ』が『征露丸』を通じて取引者、需要者に直感させる『征露』は『露西亜を征服する』の感情表示語として発祥したものであるところ、(中略)本件商標はその登録当時において国際交義上公の秩序に反するものであり、旧商標法第2条第1項第4号の規定に違反して登録された」との原告の主張に対し、裁判所は、「本件商標の『セイロ』であるが、仮りに『セイロ』の商標が丸薬について使用せられるとしても、仮名文字の『セイロ』は漢字の『征露』とはその表現自体にすでに大きな相違があり、これから受ける印象の上にもまた同様の相違のあることはいうをまたないところであつて、いくら当時『征露丸』なる丸薬が世上著名に売買せられていたとしても、これを直ちに漢字の『征露』、ことに『ロシア征伐』のそれに結びつけることには大きな疑問があるものといわなければならない。しかも本件『セイロ』商標の登録当時である昭和七年の頃における『征露丸』そのものについての世上一般の印象観念が既に前記したとおりと考えるのが相当なのであるから、以上各点から考えれば、本件『セイロ』の商標からは、クレオソートを主剤とする胃腸用丸薬の印象観念を生ずるにしても、『ロシア征伐』の趣旨における『征露』を直感せしめるものとは到底これを認めることはできない(中略)このことを前提として本件商標が国際交義に反し秩序を紊るものであるとする原告らの主張は、その他の判断をなすまでもなく失当として排斥を免れない」と判示したものである。
すなわち、上記判決は、昭和7年に出願された「セイロ」が漢字の「征露」とはその表現自体にすでに大きな相違があること、明治37年ないし38年の日露戦争の際に使われた「ロシア征伐」の趣旨における「征露」を昭和7年の出願当時には直感せしめることができないとの判断を行ったものであり、当該判決の先例性は、以上のとおりであって、無効判断の時期が登録時基準であると一言も述べていないばかりか、一般化することもできない。
上記判決は、本件商標がローズ・オニールの作成に係る人形及びその名称と類似するものであることを被請求人自ら認めていること、他人の著名な外国の知的財産を自己のものとして権利化した事案で国際信義にも反するものであって、知的財産における根幹的な「公序」に違反するかどうかが問われる本件とは、何らの関係もない事案である。
ウ 被請求人は、「旧商標法第2条第1項第4号(公序良俗違反)及び同法第2条第1項第11号(混同のおそれ)の要件は、(中略)判断を基礎付ける極めて広範にわたる具体的事実を積み上げていかない限り、その判断は不可能である。」と意味不明な主張をしているが、請求人は、審判請求書とともに多数の証拠を提出しており、かかる証拠によって積み上げられた具体的事実によって、公序良俗違反、誤認混同の無効理由が存在することを立証しているから、かかる具体的事実の積み上げにより、無効の判断をすることは十分可能である。
また、被請求人は、「旧商標法下の無効審判の請求に関しては除斥期間の定めがないことから、理論的には、登録から100年後、200年後又は1,000年後であっても、登録時に公序良俗違反、混同のおそれ等の無効理由が存在したことを理由に無効審判を請求することが可能である」とするところ、この点については、被請求人のいうとおりであり、請求人は、上記2(3)アの(ウ)及び(エ)のとおり、パリ条約第6条の2の規定を踏まえて、登録から何十年経過しようとも、悪意の登録、使用は無効であることを主張し、TRIPS協定第16条の規定を踏まえて、登録から何十年経過しようとも、悪意の登録、使用は無効であることを明らかにした。
そして、旧商標法の第2条第1項第4号(公序良俗違反)及び第2条第1項第11号(混同のおそれ)の無効事由については、審判請求の除斥期間の定めはなく、現行の商標法(昭和34年法律第127号。以下「現商標法」という場合がある。)の第47条においても、第4条第1項第7号「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」は除斥期間の適用を受けず、同項第10号若しくは第17号(不正競争の目的で商標登録を受けた場合)又は同項第15号(不正の目的で商標登録を受けた場合)も除斥期間の適用を受けない。登録から何十年経過しようとも、公序良俗違反、不正競争の目的不正目的の商標の登録、使用が無効であって、法の保護を受けないことは、被請求人の指摘を受けるまでもなく、商標法の秩序の根幹をなす原理、原則である。
さらに、被請求人は、「永年平和裡に存続してきた商標登録を前提に蓄積されてきた法的状態、法的関係を破壊することによる混乱等を惹起しないよう、特に、商標登録を無効とする判断をする場合には、十分な具体的事実の立証を求めるべきであり、また、その判断も極めて慎重であるべきである。」と、前言を翻すかのような意味不明の主張をしているが、そもそも、被請求人が保有するキューピー関連商標については、今日に至るまで、多数の無効審判事件、審決取消訴訟、侵害訴訟が提起され、その結果、多数の審決、判決が存在するだけでなく、被請求人からは、請求人に対してのみならず、多数の侵害主張がなされており、「永年平和裡に存続してきた」という事実はない。
なお、上記2(3)イ(カ)で述べた昭和58年審判第19123号(甲29)における判示を踏まえれば、被請求人が「永年平和裡に存続してきた商標登録」という認識を持つことがあったとしても、商標法による権利の正当な行使とはいえない以上、法的保護に値しない。
(3)旧商標法第2条第1項第4号の「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」(公序良俗違反)について(上記1の無効事由(1))
被請求人は、旧商標法第2条第1項第4号の「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」の解釈について、「そもそも一般論として、『登録商標は、他の法律、条約等に違反し、禁止されるべき商標である』又は『登録商標は、ひょう窃的出願である』としても、当該登録商標は、同号の「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」に該当することにはならず、請求人の主張は、その前提から誤っている。」旨主張するが、その主張は、以下のとおり、誤りである。
ア 被請求人が引用する東京高等裁判所の昭和27年10月10日判決(行集3巻10号2023頁)(BOYSCOUT事件)(乙2)は、「商標法第2条第1項第4号の規定は、商標自体が矯激な文字や卑猥な図形等秩序又は風俗をみだすおそれのある文字図形、記号又はその結合等から構成されている場合及び商標自体はそのようなものでなくても、これを指定商品に商標として使用することが、社会公共の利益に反し、又は、社会の一般的道徳観念に反するような場合に、その登録を拒否すべきことを定めていると解するのを相当とする。」と判示するものである。
上記判決は、「本件の商標は、その見本(甲第一号証)によつて見ても、単にボーイスカウトの洋服をした少年が直立する図形とその下に横書きした英文のBOY SCOUTの文字を要部とし、これと原告のいうような廓線、輪郭、円等の附記的な記載とで構成せられるものであつて、商標自体が前述のようなものでないのはもちろん、原告の指定商品は、第三類香料及び他類に属しない化粧品であるから、右の商標を、これらの商品に使用することが、秩序又は風俗をみだすものとは解されない。」と、「単にボーイスカウトの服装をした少年が直立する図形とその下に横書きした英文のBOY SCOUTの文字を要部」とする商標が「秩序又は風俗をみだすものとは解されない。」と判示するものであるところ、当該判決は、旧商標法第2条第1項第4号について、(a)「商標自体が矯激な文字や卑猥な図形等秩序又は風俗をみだすおそれのある文字図形、記号又はその結合等から構成されている場合」及び(b)「商標自体はそのようなものでなくても、これを指定商品に商標として使用することが、社会公共の利益に反し、又は、社会の一般的道徳観念に反するような場合」を挙げるものである。
本件商標は、後述するとおり、主観的に著名標章の著名性にただ乗りする意図、他人の知的財産を自己のものとして出願し、権利化を図るという「不正な目的」に基づき、客観的にローズ・オニールの創作に係るキューピー人形の図形と類似し、かつ、ローズ・オニールの創作に係る著名標章と同一であって、これら他人の知的創作を自己の物にする「ひょう窃的出願」であり、キューピー人形の図形とその名称が創作された米国を始め、世界的に著名である商標を日本国内だけでなく、全世界において出願、登録するのみならず、キューピー人形が誕生し、発表された米国において商標権の権利行使をするものであって、国際的信義に違反し、かつ、我が国においては、本件商標を皮切りに、「キューピー人形の図形」、「キューピー」、「KEWPIE」等からなるキューピー関連商標を470件出願し、登録し、又は譲り受けて、正当な理由なく「キューピー人形の図形」、「キューピー」商標の独占を図るものであって(甲30)、他者の商標選択の自由を阻害するものであるから、かかる商標権の出願、登録、保有は、商標制度を悪用するものにほかならず、知的財産の秩序の根幹である公序に違反するものである。
したがって、本件商標は、「社会公共の利益に反し、又は、社会の一般的道徳観念に反するような場合」に該当することは明らかであり、上記判決(乙2)が提示する基準においても、公序良俗違反であると認定できるから、当該判決は、本件商標を無効とする根拠となり得る先例にほかならない。
イ 「商標法雑感」(1973年発行)(乙3)について
被請求人が引用する「商標法雑感」(1973年発行)(乙3)には、「公の秩序とは、国家社会の一般的利益をいい、(中略)社会の一般的秩序を維持するために要請される倫理的規範の意味に用いられる。」と記述されているところ、上記アで述べたように、本件商標は、「社会公共の利益に反し、又は、社会の一般的道徳観念に反するような場合」に該当するものである。
上記「商標法雑感」は、「社会の一般的秩序を維持するために要請される倫理的規範」に違反することを否定したり、公序良俗違反であることを否定したりする論説ではないものであり、被請求人の主張は成り立たない。
ウ 商標登録第576663号に係る昭和40年10月20日審決(SONY事件)(乙4)について
被請求人は、商標登録第576663号に係る昭和40年10月20日審決(乙4)をもって、「旧商標法第2条第1項第4号の『秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ』に該当するか否かは、『登録商標は、他の法律、条約等に違反し、禁止されるべき商標である』又は『登録商標は、ひょう窃的出願である』ことと直接関係ないとされている」との主張をしているが、到底、成り立たない。
上記審決は、登録無効を認容した審決であり、また、審決の理由は、「『SONY』商標を使用する商品と全く別異の商品であるとしても、本件登録商標を使用する者は、請求人と何らかの関係があるかのように、取引者、需要者のみならず一般世人において混同を生ずる虞のあることが予想されるものであつたことを否定し得ないところであるから、その登録出願に際し、請求人の承諾を要するものと認められるに拘らず、その承諾を得た事実はない。」、「本件登録商標は請求人の使用する『SONY』商標とその構成において全く同一であるから、被請求人がその指定商品に本件登録商標を使用するときは、取引者、需要者あるいは一般世人がその商標を附した商品を見、またその商品の宣伝、広告を見、かつ聞くときは、被請求人会社は請求人会社と何らかの関係(例えば親子会社の関係にあるものか、資本的に繋りがあるのではないかと思うなど)にあるものと思い、ひいては商品の出所について誤認混同を生じさせる虞れが充分であるといわなければならない。」として、著名商標の誤認混同による無効理由を規定した旧商標法第2条第1項第5号及び同項第11号を適用して無効としたものである。
判決や審決の判断においては、結論を導くための理由となった判決理由、主論などと訳される「レイシオ・デシデンダイ」と、それ以外の傍論と訳される「オビター・ディクタム」と区別することができるところ、上記審決は、旧商標法第2条第1項第5号及び同項第11号を適用して無効としたものであり、結論を導くための理由となった判決理由、主論などと訳される「レイシオ・デシデンダイ」はこの判断であって、その判断の拘束力は、その限りにおいて生じ、それ以外の部分は、傍論にすぎず、拘束力はないとされている。
そうすると、被請求人が指摘する上記審決の判断部分は、拘束力のないオビター・ディクタム(傍論)部分である上、当該審決が審決データベースにも登載されていない昭和40年代の古い時代の審決であること、その後に続く、判旨を異にするポパイ事件の審決(甲29)や、「ターザン」に係る知的財産高等裁判所の判決によって、当該審決の判断は、実質的に取り消されたとみるべきである。
したがって、乙第1号証ないし乙第4号証に係るいずれの証拠も、「一般論として、『登録商標は、他の法律、条約等に違反し、禁止されるべき商標である』又は『登録商標は、ひょう窃的出願である』としても、当該登録商標は旧商標法第2条第1項第4号の『秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ』に該当しない」旨の被請求人の主張を裏付けるものではない。
なお、被請求人は、請求人が、本件商標について、他の法律・条約等に違反し、禁止されるべき商標である旨主張したのに対し、「旧商標法第2条第1項第4号の『秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ』への該当性であるから、失当であるばかりでなく、仮に、現商標法及び商標審査基準に基づき、さらに、仮に、本件商標の登録後の事情を考慮したとしても(正しい判断基準時は登録時(大正11年(1922年)10月27日)であるため、登録後の事情を考慮できないことは、既述のとおり。)、請求人の主張は認められない。」と主張しているが、その主張は成り立たない。請求人は、既述のとおり、およそ知的財産法が存在する限り、いかなる世代においても一貫して適用される知的財産における根幹的な「公序」の具体的内容を明らかにし、知的財産における根幹的な「公序」は、旧商標法第2条第1項第4号の「秩序」にほかならないことを主張、立証したものである。
エ 他の法律・条約等違反との主張について
被請求人は、請求人が、本件商標について、著作権法、不正競争防止法、パリ条約、TRIPS協定、ベルヌ条約、経団連行動指針等の各規定に違反する旨主張したことに対し、その主張にはいずれも理由がない旨反論を試みている。
しかし、請求人は、以下のとおり、本件商標について、著作権法、不正競争防止法、パリ条約、TRIPS協定、ベルヌ条約、経団連行動指針等の各規定によって形成される「知的財産に係る公序」に違反するものであると主張するものである。
(ア)被請求人は、請求人による著作権法に違反する旨の主張に対し、「商標法は、旧商標法においても、他人の著作権と抵触することを商標登録の無効理由としておらず、仮に、他人の著作権に抵触する商標であっても、抵触の一事をもって無効とされることはない。」旨主張する。
しかし、請求人は、「他人の著作権に抵触する商標」であることの「一事をもって」無効理由を主張するものではないから、上記被請求人の主張自体、失当である。
a 「東京高等裁判所 平成12年(行ケ)第386号 平成13年5月30日判決」(乙5)は、他人の著作権と抵触する商標について、「著作権は、特許権、商標権等と異なり、特許庁における登録を要せず、著作物を創作することのみによって直ちに生じ、また、発行されていないものも多いから、特許庁の保有する公報等の資料により先行著作物を調査することは、極めて困難である。(中略)特許庁は、狭義の工業所有権の専門官庁であって、著作権の専門官庁ではないから、先行著作物の調査、二次的著作物の創作的部分の認定、出願された商標が当該著作物の創作的部分の内容及び形式を覚知させるに足りるものであるかどうか、その創作的部分の本質的特徴を直接感得することができるものであるかどうかについて判断することは、特許庁の本来の所管事項に属するものではなく、これを商標の審査官が行うことには、多大な困難が伴うことが明らかである。(中略)このような先行著作物の調査等がされたとしても、(中略)出願された商標の作成者がこれら別個の著作物に依拠した可能性がどの程度あるかなど、商標登録の出願書類、特許庁の保有する公報等の資料によっては認定困難な諸事情を認定する必要があり、これらの判断もまた、狭義の工業所有権の専門官庁である特許庁の判断には、なじまないものである。(中略)特許庁の審査官が、出願された商標が他人の著作権と抵触するかどうかについて必要な調査及び認定判断を遂げた上で当該商標の登録査定又は拒絶査定を行うことには、相当な困難が伴うのであって、特許庁の商標審査官にこのような調査をさせることは、極めて多数の商標登録出願を迅速に処理すべきことが要請されている特許庁の事務処理上著しい妨げとなることは明らかであるから、商標法4条1項7号が、商標審査官にこのような調査等の義務を課していると解することはできない。(中略)その使用が他人の著作権と抵触する商標であっても、商標法4条1項7号に規定する商標に当たらないものと解するのが相当であり、同号の規定に関する商標審査基準にいう『他の法律(注、商標法以外の法律)によって、その使用等が禁止されている商標』には該当しない」と判示したものである。
上記の判示は、「特許庁の審査官が、出願された商標が他人の著作権と抵触するかどうかについて必要な調査及び認定判断を遂げた上で当該商標の登録査定又は拒絶査定を行うことには、相当な困難が伴う」ことを理由に、他人の著作権に抵触するということだけでは商標法第4条第1項第7号に該当しないとするものであるところ、他人の著作物であること、その許諾を得ていないことが審査官にも誰の目にも明らかな事案においては、上記判決が適用されるべき場面ではなく、本件商標の登録出願時において、キューピー人形の図形が「図案(中略)美術ノ範囲ニ属スル著作物」であることは、特許庁の審査官においても十二分に知り得るところであり、かかる判断に困難性はない。
この点において、上記判決の結論は誤りというべきであり、次のbに述べる「知的財産高等裁判所 平成23年(行ケ)第10400号(平成24年6月27日第2部判決)」(甲32)によって、実質的に判例変更されたものである。
b 「知的財産高等裁判所 平成23年(行ケ)第10400号(平成24年6月27日第2部判決)」(甲32)は、「『ターザン(Tarzan)』の語は,米国の作家バローズの手になる小説シリーズ『ターザン・シリーズ』に登場する主人公の名前であり,本件商標登録査定時(平成22年7月6日)の時点において,日本におけるその著作権は存続していたし,派生的著作物にはなお著作権が存続し続けていたものである。バローズから『ターザン・シリーズ』のすべての書籍に関する権利を譲り受けた原告は,オフィシャル・ウェブサイトを通じ,ターザンに関する諸々の作品及びバローズの業績を伝承・解説するとともに,『ターザン・シリーズ』を含めたバローズに関する小説,パルプ雑誌,映画,ラジオ放送作品,テレビ放送作品,コミックスなどのあらゆる作品を収蔵したオンラインアーカイブを作成・提供するなど,『ターザン』の原作小説及びその派生作品の価値の保存・維持に努めるとともに,米国のみならず世界各国において『ターザン』に関する商標を登録して所有したり,ライセンス契約の締結・管理に関わることによって,その商業的な価値の維持管理にも努めてきた。このように一定の価値を有する標章やキャラクターを生み出した原作小説の著作権が存続し,かつその文化的・経済的価値の維持・管理に努力を払ってきた団体が存在する状況の中で,上記著作権管理団体等と関わりのない第三者が最先の商標出願を行った結果,特定の指定商品又は指定役務との関係で当該商標を独占的に利用できるようになり,上記著作権管理団体による利用を排除できる結果となることは,商標登録の更新が容易に認められており,その権利を半永久的に継続することも可能であることなども考慮すると,公正な取引秩序の維持の観点からみても相当とはいい難い。被告は,『Tarzan』の語の文化的・商業的価値の維持に何ら関わってきたものではないから,指定商品という限定された商品との関係においてではあっても『Tarzan』の語の利用の独占を許すことは相当ではなく,本件商標登録は,公正な取引秩序を乱し,公序良俗を害する行為ということができる。(3)当裁判所は,以上の点を総合して勘案し,本件商標は商標法4条1項7号に該当すると判断するものである。」と判示している。
すなわち、上記判決は、「指定商品という限定された商品との関係においてではあっても『Tarzan』の語の利用の独占を許すことは相当ではなく,本件商標登録は,公正な取引秩序を乱し,公序良俗を害する行為ということができる」とし、商標法第4条第1項第7号の該当を認定したものである。
被請求人は、本件において、「『KEWPIE』、『キューピー』のようなキャラクターの名称は、たとえ、それが直ちにキャラクターの姿態を思い浮かべるようなものであっても、著作権法上の保護対象たる著作物に該当しないため、本件商標の構成要素のうち、『KEWPIE』、『キューピー』の文字部分については、他人の著作権との抵触の問題が生じないから、商標法第4条第1項第7号の問題も生じない」旨主張するが、かかる被請求人独自の見解が成り立たないことは、上記判決(甲32)からも明らかである。
また、被請求人は、「無効理由存否の判断の基準時が本件商標の登録時」と主張する一方で、「ローズ・オニール制作の著作物に係る著作権は、既にその保護期間を経過している。」と主張するが、成り立たない。本件商標の登録時点において、ローズ・オニール制作の著作物に係る著作権は、保護期間内にあり、その著作権が存続していたことは明らかである。
c 被請求人は、「『KEWPIE』、『キューピー』のようなキャラクターの名称は、たとえ、それが直ちにキャラクターの姿態を思い浮かべるようなものであっても、著作権法上の保護対象たる著作物に該当しないため、本件商標の構成要素のうち、『KEWPIE』、『キューピー』の文字部分については、他人の著作権との抵触の問題が生じないから、商標法第4条第1項第7号の問題も生じない」旨主張し、「平成13年8月7日審決(無効2000-35369号:キャンディキャンディ事件)」(乙6)を引用するが、その主張は成り立たない。
第1に、引用された事例は、「キャンディ キャンディ」の語(文字)が少女漫画及びアニメーション映画の題名だけであるのに対し、本件商標は、中央に人形の図形を配し、その上部に同大、同書体の「KEWPIE」の欧文字、その下部に同大、同書体の「キューピー」の片仮名を配してなるものであって、米国人ローズ・オニールが創作した「裸の中性的な幼児のイラスト」(キューピー人形)に類似する図形と、同女史がこのイラストを呼んだ「キューピー(Kewpie)」と同一の名称からなるものであるから、単に漫画や映画の題名ではなく、ローズ・オニールの図形、名称という知的創作の全てをひょう窃したものであり、事案を異にする。
第2に、漫画及びアニメーション映画の題名である「キャンディ キャンディ」の文字のみからなる商標については著作権が成立しないものであるから、商標法第29条に規定されているところの他人の著作権との抵触は問題となる余地がないところ、米国人ローズ・オニールが創作した「裸の中性的な幼児のイラスト」(キューピー人形)については著作権が成立するものであり、同列に論じることはできない。
第3に、上記審決(乙6)は、「本件商標は、矯激、卑猥な文字、図形からなるものでないことはいうまでもなく、請求人に損害を与える目的等、不正の目的をもってなされたものと認めるに足る証拠もなく、他に公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標に当たるとする格別の事由も見当たらない。」と判示するものであるところ、本件商標は、主観的に著名標章の著名性にただ乗りする意図、他人の知的財産を自己のものとして出願し、権利化を図るという「不正の目的」に基づき、客観的に著名標章と同一の「ひょう窃的出願」であり、主観、客観の双方において知的財産の秩序の根幹である公序に違反するのみならず、国際信義、社会の公正な取引秩序に違反する事案であり、当該審決と同列に論じることはできない。
(イ)被請求人は、請求人による不正競争防止法に違反する旨の主張に対し、「本件の判断基準時は登録時(大正11年(1922年)10月27日)であるため、登録後に制定された旧不正競争防止法、現行不正競争防止法は、本件と関係がない。」旨主張するが、誤りである。
請求人は、「周知な商品等表示であるローズ・オニール作成のキューピー人形の図形又はその名称を使用して、キューピー人形と関係があるかのような混同を生じさせる行為又は著名な商品等表示であるローズ・オニール作成のキューピー人形の図形又はその名称を使用する行為は、不正競争にほかならない。」、「本件商標は、旧不正競争防止法及び現行不正競争防止法に違反して使用されてきたものであり、公序良俗に違反する。」と主張したものである。
既述の「知的財産高等裁判所 平成23年(行ケ)第10400号(平成24年6月27日第2部判決)」(甲32)は、「指定商品という限定された商品との関係においてではあっても『Tarzan』の語の利用の独占を許すことは相当ではなく,本件商標登録は,公正な取引秩序を乱し,公序良俗を害する行為ということができる」と判示したのであって、注目すべき点は、商標登録後における「『Tarzan』の語の利用」が考慮されて、「公正な取引秩序を乱し,公序良俗を害する行為ということができる」と判断したことである。
「登録第○○○号商標の登録を無効とする。」という審決は、当該登録商標を名宛人として行われるものではなく、審判請求の当事者である被請求人に対して行われるものであり、登録商標が「公正な取引秩序を乱し、公序良俗を害する」か否かは、被請求人が当該商標登録をどのように利用してきたか、その利用態様も考慮して、当該商標登録が公序良俗違反に該当するか、審判の判断時までに生じた全ての事情が考慮されなければならないことは論をまたない。
大正11年に農商務省内局である特許局に登録された本件商標が、公序良俗違反の無効事由を有するか否かは、日米欧中韓の商標五庁(TM5)の協力枠組みにおいて世界の知的財産制度をリードする我が国特許庁が、審判の判断時までに生じた全ての事情を考慮し、被請求人に対して、平成30年に行うものである。
a 被請求人は、「一般論として、不正競争に該当する商標であっても、それが当然に公序良俗違反の商標に該当するものではない。」旨主張するが、請求人は、一般論としてかかる主張をするものではないから、その主張自体、失当である。
b 被請求人は、「本件商標の登録前の状況を示す各証拠からは、本件商標の登録時において(また、その後も)、キューピー人形やキューピーのキャラクターは、特定の者が新たに創作したものではなく、キューピッド、サンタクロース、福助人形、金太郎等と同様に、民族的な存在であると認識されていたと解するのが自然である。すなわち、請求人が提出する各証拠にもあるとおり、本件商標の登録前に、セルロイド製又はビスク製のキューピー人形、キューピー人形の図案を取り入れた年賀状等の大衆向け商品が盛んに製造、販売されたばかりでなく、鏑木清方、武井武雄らの芸術家、文化人の作品に取り入れられたり、地域産業の振興、復興のために行政主導でキューピー人形の製作、製造が実行又は試みられたり、日本の近代産業の勃興期において、多くの篤志家、会社等によって商標、広告マスコット等として採択されたりしたものである。」と、全く誤った独自の主張をする。
上記のうち、「キューピー人形やキューピーのキャラクターは、特定の者が新たに創作したものではなく」との点は、以下の判決が認定するとおり、明らかな誤りである。
(a)「大阪高等裁判所 平成16年(ネ)第1797号著作権侵害差止等請求控訴事件 平成17年2月15日判決」(甲33)は、被請求人が当事者である確定判決であり、裁判所が認定した判断として、先例的価値を有するものであるところ、次のとおり、事実を認定する。
「4 争点(4)(キューピー作品の創作性)について
(1)前記第2の2(前提となる事実)及び後掲証拠によれば、次の事実が認められる。
ア ローズ・オニールは、1874年6月25日、米国ペンシルバニア州ウイルケス・バレ市で出生し、1896年ころから本格的にイラストレーターとして活動を始めたが、1901年ころから、1901年作品等の背中に小さな双翼を有する、裸の中性的な幼児のイラストを創作発表していた(甲第7、第8号証、第42号証の1ないし3。なお、1901年作品は『イースターのキューピッド』なる文章の挿絵である。)。
イ ローズ・オニールは、1909年に、雑誌『Ladies’ Home Journal』の編集者に対して手紙(乙第16号証)を出したが、その中で、頭頂部及び左右側頭部に髪の毛の突起があり、前頭部に髪の毛が垂れ、背中に小さな双翼を有する裸の中性的な幼児のイラストを描き、このイラストを長い間(for a long time)「キューピー(Kewpie)」と呼んでいたことを明らかにし、さらに、この特徴を有するイラストを用いて創作を行いたい旨記した。
その後、ローズ・オニールは、雑誌『Ladies’ Home Journal』1909年12月号に、自作のイラスト付き詩『The KEWPIES’ Christmas Frolic(クリスマスのキューピーたちの戯れ)』を創作発表した(甲第1号証)。」
(b)「知的財産高等裁判所 平成20年(行ケ)第10139号審決取消訴訟 平成20年12月17日第4部判決」(甲34)は、被請求人が当事者である確定判決であり、裁判所が認定した判断として、先例的価値を有するものであるところ、次のとおり、事実を認定する。
「(1)「キューピー」の由来と我が国における認知の状況
甲第68?第71,第74及び第75号証,第80?第88号証の各1並びに弁論の全趣旨によると,以下の各事実が認められる。
米国人ローズ・オニールは,1909年,『レディース・ホーム・ジャーナル』誌のクリスマス特集号に『クリスマスでのキューピーたちの戯れ』と題した詩及びキューピッドをモチーフにした裸体の幼児のイラストを発表した。このイラストに描かれたキャラクターは,『キューピー』と名付けられ,その際立った特徴としては,頭髪と思しきものが主として頭頂部のみにあり,しかもその部分が尖っており,目がパッチリと大きく,背中には天使の翼と思しき一対の小さな羽が生えたふくよかな裸体の姿をしたものであった。
その後,ローズ・オニールは,雑誌において『キューピーシリーズ』の連載を始め,1913年には,『キューピー』のイラストを立体化した人形がドイツで製作され,アメリカにおいて発売され人気を博した。」
(c)上記(a)及び(b)の判決は、米国人ローズ・オニールが創作した「裸の中性的な幼児のイラスト」と、同女史がこのイラストを「キューピー(Kewpie)」と呼んだという事実、すなわち、「キューピー人形の図案」、「キューピーの名称」がローズ・オニールの創作に係ることを認定しているものであるところ、これらの判決が認定したとおり、キューピー人形の図形は、ローズ・オニールの創作に係るものであって、その名称「Kewpie」は、ローズ・オニールが創作した造語である。そして、その名称「Kewpie」(日本語表記「キューピー」)は、それ以前には存在しなかったものであり、また、その人形及び名称は、構成上、他と容易に識別できる顕著な特徴を有するものである。
本件商標は、上記キューピー人形と同一又は極めて類似するものであるから、かかる商標の使用は、「不正の目的をもって使用するものと推認される」ことに帰結するものである。
c 被請求人は、「鏑木清方、武井武雄らの芸術家、文化人の作品に取り入れられたり、地域産業の振興、復興のために行政主導でキューピー人形の製作、製造が実行又は試みられたり、日本の近代産業の勃興期において、多くの篤志家、会社等によって商標、広告マスコット等として採択されたりしたものである。」旨主張し、自らと「鏑木清方、武井武雄らの芸術家、文化人、地域産業の振興、復興を行った行政、日本の近代産業の勃興期における多くの篤志家、会社」とを同列に扱おうとしているかのようである。
しかし、中島董一郎が著名標章の著名性にただ乗りする意図、他人の知的財産を自己のものとして出願し、権利化を図るという「不正な目的」で、ローズ・オニールの作成に係る人形の図形と「キューピー」の名称を、そっくりそのまま自己のものとして権利化を図った、すなわちひょう窃し、米国においてキューピー人形が人気を博していることを知り得た上で、他国の知的創作を自らのものとして権利化をし、また、キューピー人形の創作者の母国である米国において多数の出願、登録をしたばかりか、キューピー人形の創作者の母国であり、かつ、「キューピー人形」の著作物の第1発表国である米国において、キューピー人形及び「Kewpie」の名称について権利行使をし、他人の知的創作であるキューピー人形及びその名称である「キューピー」をドイツからミャンマーに至るまで全世界において103件の商標出願、登録を行うなど、国際信義に違反し、日本国内においては、キューピー関連商標を470件出願、登録し、又は譲り受けて、他人の知的創作である「キューピー人形の図形」、「キューピー」商標の独占を図り、その結果、他者の商標選択の自由を阻害し、商標制度を悪用し、知的財産の秩序の根幹である公序に違反する被請求人と、「鏑木清方、武井武雄らの芸術家、文化人、地域産業の振興、復興を行った行政、日本の近代産業の勃興期における多くの篤志家、会社」とを同列に論じることはあり得ず、被請求人の主張は、全くの筋違いである。
d 被請求人は、「以上によれば、本件商標の登録時において、キューピーのキャラクター及びその名称が、他人の周知又は著名な商品等表示であったとは認められず、本件商標は、旧不正競争防止法、現行不正競争防止法に違反して使用されてきた事実はない。また、本件商標をその指定商品(醤油、ソース、ケチャップ、酢類一切)に使用することで、他人の周知又は著名な商品等表示との間に誤認混同を生じさせるといった事実は、その判断基準時を問わず、一切認められず、やはり、本件商標の使用が不正競争に該当する余地はない。」旨主張するが、成り立たない。
「知的財産高等裁判所 平成23年(行ケ)第10400号(平成24年6月27日第2部判決)」(甲32)に係る登録商標は、商標登録第5338569号に係る商標であって、指定商品を第7類「プラスチック加工機械器具,プラスチック成形機用自動取出ロボット,チャック(機械部品)」とするものであるところ、既述のとおり、当該判決は、「指定商品という限定された商品との関係においてではあっても『Tarzan』の語の利用の独占を許すことは相当ではなく,本件商標登録は,公正な取引秩序を乱し,公序良俗を害する行為ということができる」とし、「他人の周知又は著名な商品等表示であった」かどうか、「誤認混同の有無」を問わず、商標法第4条第1項第7号の該当を認定したものである。
(ウ)被請求人は、請求人によるパリ条約に違反する旨の主張に対し、「請求人は、対応する不正競争防止法違反(周知表示混同惹起行為、ひょう窃的出願)、商標法違反(混同のおそれ、ひょう窃的出願)に基づく無効理由の主張を別途に行っており、パリ条約違反が新たな無効理由を構成するものではない。」旨主張するが、成り立たない。
請求人は、工業所有権の保護に関するパリ条約の「ヘーグ改正条約においては、『工業上又は商業上の公正な慣習に反するすべての競争行為は、不正競争行為を構成する』こと」、「『競争者の営業所、産品又は工業上若しくは商業上の活動との混同を生じさせるようなすべての行為』が禁止された」こと、パリ条約では、「周知商品表示を冒用する行為の禁止と、かかる商標登録についての5年間の無効請求期間の設定と、悪意の登録や使用についての無効請求期間の無制限が合意されたもの」であり、「本件商標は、悪意の登録、使用であるから、無効請求期間の制限を受けない。」、すなわち、登録から何十年経過しようが、悪意の登録、使用は無効であることを主張したものである。
被請求人は、「パリ条約第6条の2(1)は、日本国内に直接適用されるものではない(「新・注解商標法(上)」44ページ)(乙8)」旨主張するが、請求人は、パリ条約の国内適用を主張したのではなく、「周知商品表示を冒用する行為の禁止」と、「悪意の登録、使用は無効請求期間の制限を受けない」という知的財産に係る公序の具体的内容がパリ条約に宣明されていることを説明したものである。
(エ)被請求人は、請求人によるTRIPS協定違反との主張に対し、「請求人は、(中略)本件商標のいかなる点が商標法上の公序良俗違反に該当するとの主張であるかが明らかでないから、請求人による主張は、失当である。また、そもそも、既述のとおり、本件の判断基準時は登録時(大正11年(1922年)10月27日)であるため、登録後に発効したTRIPS協定は、本件と関係がない。」旨主張するが、成り立たない。
請求人は、「パリ条約第6条の2の周知商品表示の保護条項は、商標の権利者との間の関連性を示唆し、かつ、当該権利者の利益が当該使用により害されるおそれがある場合において、登録された商標に係る商品又はサービスと類似していない商品又はサービスについて準用するものとした。」と主張したのであり、TRIPS協定は、パリ条約第6条の2の周知商品表示の保護条項「周知商品表示を冒用する行為の禁止」と、「悪意の登録、使用は無効請求期間の制限を受けない」は、「登録された商標に係る商品又はサービスと類似していない商品又はサービスについて準用するものとした。」ものであって、登録から何十年経過しようが、悪意の登録、使用は無効であるという、知的財産に係る公序の具体的内容を説明したものである。
(オ)被請求人は、請求人によるベルヌ条約違反との主張に対し、「条約が国内で直接適用されることは、前提とされていない(「詳解著作権法(第4版)」563ページ)(乙9)。そうすると、ベルヌ条約は、日本国内に直接適用されるものではないため、その条約の規定違反を理由に商標法上の公序良俗違反に該当するとする請求人による主張は、失当である。」、「登録後に発効したベルヌ条約は、本件と関係がない。」旨主張するが、成り立たない。
請求人は、ベルヌ条約の国内適用を主張したのではなく、「同条約は、(中略)著作権とは別に、著作者人格権を規定し、『著作物の変更、切除その他の改変』に対する権利を認めた。本件商標の図案は、ローズ・オニールの作成に係るキューピー人形の原著作物を許諾なく改変するものであるから、著作者ローズ・オニールの人格的利益を損なうものであり、ベルヌ条約の趣旨に反する。」と主張したものであり、「同条約は、(中略)著作権とは別に、著作者人格権を規定し、『著作物の変更、切除その他の改変』に対する権利を認めた」ものであり、かかる著作者人格権の保護は、知的財産に係る公序の具体的内容であることを説明したものである。
(カ)被請求人は、請求人による経団連行動指針違反との主張に対し、「登録の100年近くも後に発表された経団連の知的財産権に関する行動指針は、本件と関係がない。」、「経団連行動指針は、経団連が会員企業の知的財産権に関する理解を啓蒙するために作成したものにすぎず、法規範性を有せず、何らの法的拘束力もない。」、「当該指針違反を理由に商標法上の公序良俗違反に該当するとする請求人の主張には、何ら根拠がなく、明らかに失当である。」旨主張するが、成り立たない。
請求人は、「もとより、経団連行動指針は法令ではないが、我が国の経済団体の連合会が『他者の知的財産権を尊重する』と定めている事実は、かかる規範が『事実たる慣習』として法的規範性を有することを示すものにほかならない。ローズ・オニールの作品であるキューピー人形やその名称を無断で冒用することは、『他者の知的財産権を尊重する』という企業活動の基本的な行動指針に違反するものであり、公序良俗に違反する。」と主張したのであり、「他者の知的財産権を尊重する」ことは、知的財産に係る公序の具体的内容であることを説明したものである。
オ ひょう窃的出願との主張について
被請求人は、請求人による「ひょう窃的出願である」との主張に対し、「『ひょう窃的出願』は公序良俗違反を基礎付けるものではない」、「一般論として、他人の著作権と抵触する商標の出願又は他人の周知著名商標と混同を生じさせる商標の出願であっても、旧商標法第2条第1項第4号(及び現商標法第4条第1項第7号違反)に該当しないとするのが、裁判例及び審決例の示すところである。」旨主張するが、成り立たない。
「知的財産高等裁判所 平成23年(行ケ)第10400号(平成24年6月27日第2部判決)」(甲32)は、「指定商品という限定された商品との関係においてではあっても『Tarzan』の語の利用の独占を許すことは相当ではなく,本件商標登録は,公正な取引秩序を乱し,公序良俗を害する行為ということができる。(中略)当裁判所は,以上の点を総合して勘案し,本件商標は商標法4条1項7号に該当すると判断するものである。」と判示し、また、「昭和58年審判第19123号に係る審決」(甲29)は、「本件商標は、前記の漫画『ポパイ』に依拠し、これを模倣又は剽窃して、その登録出願をしたものであると推認し得るものであるといわざるを得ない。(中略)以上の次第であるから、本件商標は、公の秩序または善良の風俗を害するおそれがあるものであって、商標法第4条第1項第7号に違反して登録を得たものとして、同法第46条第1項により、その登録を無効にすべきものとする。」と判示したものであり、この点において、被請求人の主張は、根拠がない。
さらに、本件商標の登録出願時において施行された特許法(大正10年4月30日法律第96号 大正11年1月1日施行)は、冒認出願について、「第五十7条 特許カ左ノ各号ノ一ニ該当スルトキハ審判ニ依リ之ヲ無効ト為スヘシ 一 特許カ第1条乃至第3条第8条又ハ第三十2条ノ規定ニ違反シテ与ヘラレタルトキ 二 特許カ特許ヲ受クルノ権利ノ承継人ニ非サル者又ハ特許ヲ受クルノ権利ヲ冒認シタル者ニ対シテ与ヘラレタルトキ」と規定しており、特許法の分野において、他人の発明を自己のものとして出願した冒認出願は、明文をもって特許無効事由とされており、他人がなした発明を自己のものとして出願し、権利化を図る行為は、知的財産の秩序の根幹に違反するものであるので、無効事由であることを明文で規定するものである。
商標の分野における「ひょう窃的出願」は、特許の分野における冒認出願と同様に、他人の知的財産を自己のものとして出願し、権利化を図る行為にほかならず、知的財産の秩序の根幹、すなわち、公序に違反する行為であって、無効事由であることは、論理的な帰結である。
カ 本件商標の採択の経緯について
(ア)被請求人は、本件商標の採択の経緯に関し、「そもそも、『ひょう窃的出願』は、旧商標法第2条第1項第4号違反(及び現商標法第4条第1項第7号違反)を基礎付けるものではない」旨主張するが、上記オで述べたとおり、「ひょう窃的出願」は、他人の知的財産を自己のものとして出願し、権利化を図る行為にほかならず、知的財産の秩序の根幹、すなわち、公序に違反する行為であり、旧商標法第2条第1項第4号に違反することは明らかである。
また、被請求人による「本件商標の登録時において(また、その後も)、キューピー人形やキューピーのキャラクターは、特定の者が新たに創作したものではない」旨の主張については、上記エ(イ)bで述べたとおり、明らかな誤りである。
のみならず、本件商標は、主観的に著名標章の著名性にただ乗りする意図、他人の知的財産を自己のものとして出願し、権利化を図るという「不正の目的」に基づき、客観的に著名標章と同一の「ひょう窃的出願」であり、主観、客観の双方において知的財産の秩序の根幹である公序に違反するのみならず、国際信義、社会の公正な取引秩序に違反する事案であり、単なる「ひょう窃的出願」と同列に論じることはできない。
(イ)被請求人は、「請求人の提出に係る甲第6号証、甲第25号証及び甲第27号証から、本件商標の出願人である中島董一郎や、キューピー商標採択のアイデアを提供した東洋製缶株式会社の高碕達之助が、『他人のものを盗んでやろう』といった悪意に満ちていた様子などは全くうかがわれないことからも、裏付けられるものである」旨主張するが、以下のとおり、あり得ない認識である。
a 「キューピー物語」(甲6)46ページ
「キューピー物語」(甲6)には、「ちょうどキューピー人形が、日本でも人気急上昇の時期であった。」、「食品工業株式会社(現・キューピー株式会社)の実質的な創業者であり、かねてからマヨネーズの製造販売をしたいと考えていた中島董一郎氏は、高碕氏の話をきいて、ブランドには是非『キューピー』を使いたいと思った。アメリカからやってきて、人気ももちろんだが、キューピーは愛と幸せを運ぶといわれ、マヨネーズを売り出すのにイメージ的にピッタリで最高だと思われたのだ。」との記述があり、本件商標の出願人である中島董一郎は、キューピー人形が日本で人気であったので、その人気にあやかって「マヨネーズを売り出すのにイメージ的にピッタリ」と、「キューピー人形」とその名称を「自分のものとして商標登録すること」を決意した経緯が記述されている。
これは、正に著名標章の著名性にただ乗りする意図、他人の知的財産を自己のものとして出願し、権利化を図るという「不正な目的」が如実に表されているものである。
キューピー人形のコレクターであり、キューピー人形をこよなく愛した「キューピー物語」(甲6)の著者である大澤秀行氏が、キューピー商標の出願の経緯を詳細に記載して、かかる事実関係を広く世に公表したことは、被請求人がキューピー人形の図形と「kewpie」の名称を独占したことを世に問い、被請求人のかかる行為を告発、弾劾する意図に基づくものと推測される。
b 「月刊政経人」(甲25)
「月刊政経人」(甲25)によれば、本件商標の出願人である中島董一郎は、先輩で東洋製缶株式会社の高碕達之助社長を訪ねて、マヨネーズの商標について、「日本語で分かり、英語で書けて、しかも絵に描けるもの。この三つですね」との希望を申し述べたところ、当時、セルロイドのキューピー人形は、子供達のマスコットになっており、高碕達之助は、「それならキューピーだよ」と断定口調で答えた。そこで、中島董一郎は、「私の希望にぴったりのトレードマークです。それを頂きます」と応答したものである。
上記においては、本件商標の出願人である中島董一郎が、他人の知的創作である「キューピー」を「私の希望にぴったりのトレードマーク」であるとし、「それを頂きます」と発言しており、著名標章の著名性にただ乗りする意図、他人の知的財産を自己のものとして出願し、権利化を図るという「不正の目的」が如実に表されているものである。
また、上記「月刊政経人」の192ページには、中島董一郎が、「『宣伝費は経費で処理せず、資本として蓄積すべきである』と言って、それ以降、年間売上額をそっくり宣伝に注ぎ込んだ。」と記述されており、他人の著名な知的創作をひょう窃し、その並外れた顧客吸引力を冒用して、自社製品を売り込もうとする意図、年間売上額をそっくり宣伝費に使っても、なりふり構わず、キューピー商標の著名性を冒用しようとする不正の意図が明らかにされている。
すなわち、被請求人による「キューピー人形の図案」、「キューピーの名称」からなる「キューピー関連商標」の使用は、創業者である中島董一郎による不正の目的による出願、登録から今日に至るまで、そのまま綿々と引き継ぐものにほかならず、かかる不正の目的によって登録された商標は、いかなる時点においても、商標法の保護を受けることがあってはならない。
c 被請求人の過去のホームページ(甲27の1、甲27の2)の記載
インターネット・アーカイブに保存された2001年7月18日付けの被請求人作成のホームページ(甲27の1)には、「命名 キューピー キューピーは、アメリカのイラストレーター、ローズ・オニールさんが、ローマ神話に登場する愛の神、キューピッドをモチーフに発表したイラストです。これが全米で大ヒットし、いろいろな商品のコマーシャルやクリスマスカードにも使用されるようになりました。大正時代に日本でもセルロイドの国産キューピーが大流行。創業者である中島董一郎がマヨネーズを発売するにあたり、お年寄りから子供まで幅広く愛される商品に育てたいという思いを込め、人気者のキューピーを商標にしました。当初は食品工業株式会社だった社名も、1957年(昭和32年)に“キューピー株式会社”に変更しました。」の記述があるところ、その内容によれば、(a)被請求人が使用する「キューピー」は、ローズ・オニールがキューピッドをモチーフに発表したイラストであること、(b)「キューピー」は全米でヒットし、大正時代に日本でもセルロイドの国産キューピーが大流行したこと、(c)中島董一郎が「幅広く愛される商品に育てたいという思いを込め」て、人気者のキューピーを商標にしたこと、という事実が記載されており、正に、本件商標の出願人である中島董一郎の、著名標章の著名性にただ乗りする意図、他人の知的財産を自己のものとして出願し、権利化を図るという「不正な目的」が如実に表されている。
なお、2005年3月8日付けの被請求人作成のホームページ(甲27の2)においても、同一の記載があることから、被請求人は、少なくともその間、かかる事実を公表していたが、その後、当該ホームページは閉鎖され、これらの事実関係は隠蔽されている。
キ 「萼優美の論攷」(甲28)について
被請求人は、「萼優美の論攷」(甲28)について、「同氏自身、1963年の時点で、裁判所や特許庁がそのような考え方を採っていなかったからこそ、このような論攷を寄せていると理解される。」と主張する。
しかし、「フリーライド商標の出願」は、他人の知的財産を自己のものとして出願し、権利化を図る行為にほかならず、知的財産の秩序の根幹、すなわち、公序に違反する行為であり、旧商標法第2条第1項第4号に違反することは、既述のとおりであり、また、「1963年の時点で、裁判所や特許庁がそのような考え方を採っていなかった」とする点については、本件無効審判と事案を異にし、無関係である。
本件商標は、単なる「フリーライド商標の出願」ではなく、主観的に著名標章の著名性にただ乗りする意図、他人の知的財産を自己のものとして出願し、権利化を図るという「不正の目的」に基づき、客観的に著名標章と同一の「ひょう窃的出願」であり、主観、客観の双方において知的財産の秩序の根幹である公序に違反するのみならず、国際信義、社会の公正な取引秩序に違反する事案であり、同列に論じることはできない。
ク ポパイ事件の審決(昭和58年審判第19123号)について
被請求人は、ポパイ事件の審決(昭和58年審判第19123号)について、「ポパイ事件の事実関係は、その審決時には存在しなかった『商標法第4条第1項第19号』(平成8年の商標法改正で新設された)を適用すべきであった案件であり、現商標法第4条第1項第7号(旧商標法第2条第1項第4号)の事件としては、イレギュラーな事案であったと整理されるべきものである。」旨主張するが、成り立たない。
既述の「知的財産高等裁判所 平成23年(行ケ)第10400号(平成24年6月27日第2部判決)」(甲32)は、「指定商品という限定された商品との関係においてではあっても『Tarzan』の語の利用の独占を許すことは相当ではなく,本件商標登録は,公正な取引秩序を乱し,公序良俗を害する行為ということができる」とし、商標法第4条第1項第7号の該当を認定したものである。
ケ 「東京高等裁判所 平成12年(行ケ)第386号 平成13年5月30日判決」(判時1797号150頁)(乙5)について
(ア)被請求人は、「東京高等裁判所 平成12年(行ケ)第386号 平成13年5月30日判決」(判時1797号150頁)(乙5)を持ち出し、次のとおり、種々の反論を試みている。
a 現商標法の下でも、本件と同様、他人の著作権と抵触する商標であるとして、公序良俗違反(現商標法第4条第1項第7号違反)により、その登録を無効とすべきか否かが争われた事件において、「その使用が他人の著作権と抵触する商標であっても、商標法4条1項7号に規定する商標に当たらないものと解するのが相当であり、同号の規定に関する商標審査基準にいう『他の法律(注、商標法以外の法律)によって、その使用が禁止される商標』には該当しないものというべきである」と判示されている(東京高等裁判所 平成12年(行ケ)第386号 平成13年5月30日判決、判時1797号150頁)(乙5)。
b 現商標法の下でも、上記aにおいて引用した「東京高等裁判所 平成12年(行ケ)第386号 平成13年5月30日判決」(判時1797号150頁)(乙5)において、「その使用が不正競争防止法2条1項1号に規定する不正競争に当たる商標は、同時に、商標法4条1項10号又は15号により登録を受けることができない。」、「商標法は、その使用が不正競争防止法2条1項2号に規定する不正競争に当たる商標については、商標法4条1項10号、15号又は19号の規定に該当する場合に登録拒絶及び無効の事由とすることにより、その登録を規律することを意図していると解するのが相当であって、その使用が不正競争防止法2条1項2号に規定する不正競争に当たる商標が一律に商標法4条1項7号に該当し登録拒絶及び無効とされるべきものと解することはできない。」と判示されているとおり、一般論として、不正競争に該当する商標であっても、それが当然に公序良俗違反の商標に該当するものではない。
c 東京高等裁判所によってなされた判決(東京高等裁判所 平成12年(行ケ)第386号 平成13年5月30日判決、判時1797号150頁)(乙5)では、「その使用が他人の著作権と抵触する商標であっても、商標法4条1項7号に規定する商標に当たらない」と判示されている。また、当該裁判事件で対象となった登録商標は、本件と同様、被請求人が有するキューピー人形の図形からなる商標であることからしても、同判決の規範の方が、本件において、より親和性が高いといえ、本件における旧商標法第2条第1項第4号違反の主張も、当然排斥されるべきである。
(イ)請求人は、被請求人による上記(ア)における主張について、以下のとおり、反論する。
a 本件商標の出願人である中島董一郎は、その登録出願前に、米国において、キューピー人形が人気を博し、キューピー人形及びその名称「キューピー」が広く知られていたことを了知していた。
中島董一郎の一生を記述した「中島董一郎譜」(甲35)によれば、中島董一郎は、大正4年(1915年)3月に米国ニューヨークに到着し、同年12月9日まで米国に滞在していた。
他方、既述の文部科学省検定済み教科書の高等学校外国語科用「WORLD TREK English Communication I」(甲8)にある「ローズ・オニールとキューピーの歴史」と題する年表には、1909年にキューピーが誕生し、1912年にキューピー人形が発売されて世界的ブームになった旨の記載がある。
また、「知的財産高等裁判所 平成20年(行ケ)第10139号審決取消訴訟 平成20年12月17日第4部判決」(甲34)には、「1913年には,『キューピー』のイラストを立体化した人形がドイツで製作され,アメリカにおいて発売され大人気を博した。」と記述されている。
そうすると、中島董一郎は、上記米国滞在中に、米国においてキューピー人形が人気を博していたこと、キューピー人形及びその名称「キューピー」が米国で広く知られていたことを見聞したのであり、外国の著名標章を自らのものとする、国際信義に違反する不正な目的にて本件商標を出願したものにほかならない。
b 被請求人による「キューピー」商標の不正取得
中島董一郎は、上記aのとおり、1915年3月から同年12月9日まで米国に滞在していたのであって、米国においてキューピー人形が人気を博し、キューピー人形及びその名称「キューピー」が米国で広く知られていたことを知り得たのであり、他国における著名商標を国際的信義に反して、我が国で出願、登録し、権利化したものである。
c 被請求人による米国におけるキューピー商標の権利取得
米国特許庁の商標電子検索システム(TESS)を用いて、商標を「kewpie」とし、かつ、商標権者を「kewpie」及び「kabushiki」とする検索式により、被請求人が米国において保有するキューピー関連商標を検索した結果、2018年10月13日時点において、12件がヒットした(甲36)。この12件のうち、存続中の商標は、5番、8番及び10番ないし12番を除く7件であり、その概要は、各検索結果のとおりであって、そのうちの7番の商標(米国商標登録4838773号)は、その検索結果に示されるとおり、キューピー人形と「KEWPIE」の文字からなる商標である。
d 被請求人による米国におけるキューピー商標の権利行使
米国特許庁の商標審判及び上訴検索システム(TTABVUE)を用いて検索した結果、被請求人は、米国において、「KEWPIE DOLL」なる商標に対し、権利行使をした(甲37)。
すなわち、被請求人は、キューピー人形及びその名称「キューピー」の創作者の母国であり、かつ、本件「キューピー人形」の著作物の第1発表国である米国において、他人の創作物を自らのものとして登録したキューピー関連商標に基づいて、権利行使をしたのであり、かかる行為は、他国の会社が我が国の著名なアニメ作品の画像や名称を我が国において商標登録して権利行使するに等しく、正に、国際信義に反する行為である。
e 世界における被請求人によるキューピー関連商標の権利取得
世界知的所有権機関(WIPO)が提供する国際商標登録データベースを用いて、商標を「kewpie」とし、かつ、商標権者を「kewpie」及び「kabushiki kaisha」とする検索式により検索したところ、103件がヒットした(当該データベースは100件までしか表示されないため、101番から103番までは、昇順に表示した。)(甲38)。
上記検索結果によれば、1957年11月25日に、ドイツで、本件商標と同じキューピー人形と「KEWPIE」及び「キューピー」からなる商標が出願されたのを皮切りに、2018年には、ミャンマーで「KEWPIE」等の文字商標が出願されている。
上記のとおり、被請求人は、全世界において、他人の知的創作であるキューピー人形及びその名称「キューピー」の権利化を図っており、被請求人による他人の知的創作のひょう窃行為は、全世界規模に及んでいるのであって、かかる行為は、国際信義にもとる行為にほかならない。
f 「知的財産高等裁判所 平成17年(行ケ)第10349号 平成18年9月20日判決)(「赤毛のアン」原題判決)(甲42)は、「[1]本件商標は,世界的に著名で高い文化的価値を有する作品の原題からなるものであり,我が国における商標出願の指定商品に照らすと,本件著作物,原作者又は主人公の価値,名声,評判を損うおそれがないとはいえないこと,[2]本件著作物は,カナダ国の誇る重要な文化的な遺産であり,我が国においても世代を超えて広く親しまれ,我が国とカナダ国の友好関係に重要な役割を担ってきた作品であること,[3]したがって,我が国が本件著作物,原作者又は主人公の価値,名声,評判を損なうおそれがあるような商標の登録を認めることは,我が国とカナダ国の国際信義に反し,両国の公益を損なうおそれが高いこと,[4]本件著作物の原題である「ANNE OF GREEN GABLES」との文字からなる標章は,カナダ国において,公的標章として保護され,私的機関がこれを使用することが禁じられており,この点は十分に斟酌されるべきであること,[5]本件著作物は大きな顧客吸引力を持つものであり,本件著作物の題号からなる商標の登録を原告のように本件著作物と何ら関係のない一民間企業に認め,その使用を独占させることは相当ではないこと,[6]原告ないしその関連会社と本件遺産相続人との間の書簡による合意内容などに照らすと,原告による本件商標の出願の経緯には社会的相当性を欠く面があったことは否定できないことなどを総合考慮すると,本件商標は,商標法4条1項7号の『公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標』に該当し,商標登録を受けることができないものであるというべきである。」と判示する。
すなわち、上記判旨に沿うと、本件商標は、[1]世界的に著名な本件著作物の価値を損なうおそれがないとはいえないこと、[2]本件著作物であるキューピー人形は、米国で生まれた重要な文化的な資産であり、我が国においても世代を超えて広く親しまれ、我が国と米国の友好関係に重要な役割を担ってきた作品であること、[3]我が国が本件キューピー人形の価値、名声、評判を損なうおそれがあるような商標の登録を認めることは、我が国と米国の国際信義に反し、両国の公益を損なうおそれが高いこと、[4]本件著作物は大きな顧客吸引力を持つものであり、原告(審決注:「被請求人」の誤記と認める。)のように本件著作物と何ら関係のない一民間企業に認め、その使用を独占させることは相当ではないこと、[5]本件商標の出願の経緯には社会的相当性を欠く面があったことは否定できないことなどを総合考慮すると、本件商標は、商標法第4条第1項第7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当し、商標登録を受けることができないものであるということに帰着するものである。
したがって、上記判決の基準に沿っても、本件商標の登録は、国際信義に反するものである。
コ 社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反することについて
(ア)被請求人は、自己の商品又は役務の区分の全区分における出願及び登録並びに権利行使について、「本件の判断基準時は登録時(大正11年(1922年)10月27日)であるため、登録後の事情である被請求人によるキューピー関連商標の全区分における出願や請求人に対する権利行使は、本件と関係がない。」旨主張するが、成り立たない。
本件商標は、主観的に他人の知的財産を自己のものとして出願し、権利化を図る「不正な目的」、客観的にローズ・オニールの創作に係るキューピー人形の図形と類似し、ローズ・オニールの創作に係る著名標章と同一であり、キューピー人形及びその名称「キューピー」の創作者の母国であり、かつ、本件「キューピー人形」の著作物の第1発表国である米国においては、多数のキューピー関連商標を出願、登録するばかりでなく、キューピー人形及び「kewpie」の名称について権利行使をし、上記米国を含め、全世界においては、103件のキューピー関連商標を出願し、登録するものであって、国際的信義に違反するものであり、我が国においては、キューピー関連商標を470件出願し、登録し、又は譲り受けて、他人の知的創作である「キューピー人形の図形」、「キューピー」商標の独占を図るものであって、かかる独占には何ら正当性は見いだし得ず、その結果、他者の商標選択の自由を阻害し、商標制度を悪用するものというべきであり、知的財産の秩序の根幹である公序に違反するものであるから、「社会公共の利益に反し、又は、社会の一般的道徳観念に反するような場合」に該当するものである。
被請求人による「キューピー人形の図案」、「キューピーの名称」からなる「キューピー関連商標」の使用は、創業者である中島董一郎による不正の目的による本件商標の出願、登録から今日に至るまで、そのまま綿々と引き継ぐものにほかならない。
このような他人の知的財産を自己のものとして出願し、権利化を図るのみならず、商標の全区分において、又は、国際的にも多数の商標登録の権利化を図る行為は、知的財産の秩序の根幹、すなわち、公序に違反する行為であり、かかる知的財産の根幹の秩序に違反するかどうかの判断は、本件審決が被請求人を名宛てにしてなされるものであるから、被請求人による登録商標の利用状況も審決時に考慮されなければならない。
(イ)被請求人は、「キューピーのキャラクターの生みの親であるローズ・オニール氏に敬意を表し、同氏ゆかりの地にて、ささやかながら寄付やボランティア活動を行うなど、同氏の偉業をたたえる活動を行っているところである」旨主張するが、かかる事実は、何ら立証がない。
仮に、かかる事実が存在したとしても、被請求人による他人の知的財産を自己のものとして出願し、権利化し、かつ、全世界において、「キューピー人形の図形」、「キューピー」商標を独占する行為を免責するものではなく、知的財産の秩序の根幹、すなわち、公序違反であることについて何ら影響はない。
(ウ)被請求人は、「被請求人の事業のための宣伝広告ではあるが、そのような多大なる宣伝広告活動によって生じた業務上の信用、顧客吸引力を保護して、事業者が安心してブランドに信用を蓄積できるようにし、もって産業の発展に寄与することは、商標法の目的とするところである」旨主張するが、商標法を全く誤解するものである。
「知的財産高等裁判所 平成23年(行ケ)第10400号(平成24年6月27日第2部判決)」(甲32)は、「指定商品という限定された商品との関係においてではあっても『Tarzan』の語の利用の独占を許すことは相当ではなく,本件商標登録は,公正な取引秩序を乱し,公序良俗を害する行為ということができる」とし、商標法第4条第1項第7号に該当すると認定したのであり、商標法は、公正な取引秩序を守ることを目的とするものである。
サ 我が国特許庁の悪意の出願排除に向けての取組について
(ア)特許庁のウェブページには、「2014年5月13日、特許庁は、香港で開催された第136回国際商標協会(INTA)年次総会の場において、『第2回悪意の商標出願セミナー』を開催しました。このセミナーは、日米欧中韓の商標五庁(TM5)の協力枠組みにおいて、我が国がリードして取り組んでいる『悪意の商標出願対策プロジェクト』の一環として開催したもの」と記述されており(甲39)、日米欧中韓の商標5庁(TM5)の協力枠組みにおいて、我が国が悪意の商標出願対策プロジェクトをリードして取り組んでいることを宣明したものであるところ、特許庁がその場で配布した資料(甲40)には、「商標法第4条第1項第19号(平成8年法改正により導入)」の見出しの下、同号のポイントや、同号における「不正の目的」の推認についての記述がある。
請求人が既に主張及び立証したとおり、キューピー人形の図形は、ローズ・オニールの創作に係るものであり、その名称「Kewpie」は、ローズ・オニールの創作した造語であって、キューピー人形の図形及びその名称「Kewpie」(日本語表記「キューピー」)は、それ以前には存在しなかったものである。また、その人形及び名称は、構成上、他と容易に識別できる顕著な特徴を有するものである。本件商標は、かかるキューピー人形と同一又は極めて類似するものであるから、かかる商標の使用は、「不正の目的をもって使用するものと推認される」ことに帰結する。かかる商標は、出願、登録、使用のいかなる段階においても、商標法の保護の枠外におかなければならない。
(イ)特許庁が上記(ア)で述べたセミナーで同時に配布した資料には、「2.事例(1)『iOffice2000』事件(東京高裁平成13年(行ケ)205号)」及び「(2)悪意の商標出願に適用される主な条文の整理」の各見出しに係る記述があるところ、前者の判決は、「Office2000」の著名性にただ乗りする意図を認定し、著名性の稀釈化のおそれを認定して、「不正の目的」を認定したものであり、後者においては、「出願の経緯に不正がある等により、社会公共の利益に反し又は社会の一般的道徳観念に反するもの・国際信義に反するもの → 4条1項7号」と記載されている。
上記特許庁の基準による現商標法第4条第1項第7号(公序良俗違反)に本件を当てはめると、次のとおりである。
a 出願の経緯に不正
主観的には、本件商標の出願人である中島董一郎が、他人の知的創作である「キューピー」を「私の希望にぴったりのトレードマーク」であるとし、「それを頂きます」と発言したものであり、著名標章の著名性にただ乗りする意図、他人の知的財産を自己のものとして出願し、権利化を図るという「不正の目的」が如実に表されているものである(甲6、甲25、甲27、甲35)。
客観的には、本件商標は、中央に人形の図形を配し、その上部に同大、同書体の「KEWPIE」の欧文字、その下部に同大、同書体の「キューピー」の片仮名を配してなるものであるところ、ローズ・オニールの作成に係る人形及びその名称との対比において、被請求人は、その類似性を争わないものであり、ローズ・オニールの作成に係る人形の図形とローズ・オニールの作成に係る「キューピー」の名称をそっくりそのまま自己のものとして権利化を図った、すなわち、ひょう窃したものである。
b 国際信義違反
本件商標の出願人である中島董一郎は、米国において、キューピー人形が人気を博していたことを知り得たものであって、他国の知的創作を自らのものとして権利化をしたものであり、また、被請求人は、キューピー人形及びその名称キューピーを米国において多数、出願、登録したばかりか、キューピー人形及びその名称「キューピー」の創作者の母国であり、かつ、本件「キューピー人形」の著作物の第1発表国である米国において、キューピー人形及び「kewpie」の名称について権利行使をしたものである。のみならず、被請求人は、他人の知的創作であるキューピー人形及びその名称キューピーをドイツからミャンマーに至るまで、全世界において、103件の商標出願、登録を行ったものであり、かかる行為は、国際信義に反する。
c 社会公共の利益に反する
被請求人の創業者である中島董一郎による本件商標の出願における不正の目的は、本件商標の登録から今日に至るまで、被請求人によってそのまま綿々と引き継がれているものであって、その結果、被請求人は、我が国においては、キューピー関連商標を470件出願し、登録し、又は譲り受け、キューピー人形の創作者の母国である米国を始め、全世界において、他人の知的創作である「キューピー人形の図形」、「キューピー」商標を出願、登録し、「キューピー」関連商標の独占を図るものであって、かかる独占には、何ら正当性は見いだし得ない。
何ら正当性の根拠のない被請求人による「キューピー」関連商標の独占は、その結果、他者の商標選択の自由を阻害するものであって、正に商標制度を悪用するものというべきであり、知的財産の秩序の根幹である公序に違反するものであるから、「社会公共の利益に反し、又は、社会の一般的道徳観念に反するような場合」に該当するものである。
被請求人によるこれら「社会公共の利益に反し、又は、社会の一般的道徳観念に反する」行為は、大正11年4月1日に被請求人の創業者である中島董一郎による本件商標の出願に由来するものであり、本件商標の登録こそ、被請求人による公序良俗行為の根源にほかならない。
被請求人がかかる商標をいかに永く使用したとしても、「社会公共の利益に反し、又は、社会の一般的道徳観念に反するような場合」に該当する以上、商標法の保護を受ける余地はなく、旧商標法第2条第1項第4号「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」に該当するものであるから、同法第16条第1項第1号により、無効にすべきものである。
(4)旧商標法第2条第1項第11号の「商品ノ誤認又ハ混同ヲ生セシムルノ虞」(混同のおそれ)について(上記1の無効事由(2))
ア 被請求人は、上記1の無効事由(2)(混同のおそれ)について、「本件商標の登録時において、キューピー人形やキューピーのキャラクターは、特定の者が新たに創作したものではなく、キューピッド、サンタクロース、福助人形、金太郎等と同様に、民族的な存在であると認識されていたことがうかがわれ、キューピーのキャラクター及びその名称が、他人の周知又は著名な商標であったとは認められず、また、そのような状況の存在を立証する証拠もない。さらに、本件商標の登録時(また、その後のいかなる時点においても)、本件商標をその指定商品(醤油、ソース、ケチャップ、酢類一切)に使用することで、他人の周知又は著名な商品等表示との間に誤認混同を生じさせるといった事実も全く認められない。そうすると、本件商標は、旧商標法第2条第1項第11号の『商品ノ誤認又ハ混同ヲ生セシムルノ虞アルモノ』に該当するものではない。」旨主張するが、成り立たない。
イ 大正11年7月8日発行の「商標法講話」(甲41)には、旧商標法第2条第1項第11号の「商品ノ誤認又ハ混同ヲ生セシムルノ虞アルモノ」について、「一一 商品ノ誤認又ハ混同ヲ生セシムルノ虞アル商標ハ之ヲ登録セズ(商二I(11)) (1)『商品ノ誤認』トハ商標ト商品トノ間ノ不實関係ノ爲世人ヲシテ其ノ商品ノ品質眞價ヲ誤信セシムル場合ヲ指シ『商品ノ混同』トハ商標ト商品トノ間ノ不實関係以外ノ事情ノ爲商品ノ出所ヲ同一ナリト思ハシムル場合ヲ謂フ趣旨デアル、例ヘバ砂糖蜜ノ商標トシテ蜂ノ圖形ヲ用ヰ赤色混成酒ニ葡萄ノ圖形ヲ用ヰ又海老肉以外ノ羊羹ニ海老羊羹ノ文字ヲ用ヰルガ如キハ其ノ商品ヲ蜂蜜、葡萄酒、海老肉入羊羹ノ如ク思ハシムル虞アルモノニシテ之前者ノ例デアル、又商品混同ノ場合トハ例ヘバ商品自轉車自働車ニ對スル甲ノ商標ヲ乙ガ其ノ商品ノ構成部分ニ對シ使用スルガ如キハ其ノ一例ニシテ此場合需要者ハ乙ノ商品ヲ甲ノ制作販売品ナリト混同スルノ虞アルモノデアル、而シテ本號ガ前者ノ場合ヲ包含スルコトハ何等疑ナキ所ナルカ尚本號ガ後者ノ如キ商品ト商標トノ間ノ不實関係以外ノ事情ニ依リ商品ノ出所混同ノ虞アル場合ヲ分チテ規定シタノハ後段ノ如キ場合ガ舊法第二條第三號後段ノ所謂世人欺瞞ノ商標ニ該當スルヤ否ヤニ付問題ヲ生ジタルヲ以テ之ヲ明確ナラシムル爲舊法ニ『世人ヲ欺瞞スルノ虞アルモノ』トアルヲ『商品ノ誤認』又ハ『商品ノ混同ヲ生セシムルノ虞アルモノ』ニ分チ後段ノ規定ニ依リ問題ヲ積極ニ決シタルニ外ナラナイ、予ハ舊法ニ於イテモ新法ト同様ニ解スベキモノト信ズ」と記述されている。
すなわち、商品の誤認とは商標と商品との間の不実関係のため、商品の品質真価値を誤信させる場合を指し、砂糖蜜の商標に蜂の図形を用いたり、赤色の混成酒にブドウの図形を用いたり、海老肉以外の羊羹に海老羊羹の文字を用いるがごときは、その商品を蜂蜜、葡萄酒、海老肉入り羊羹のごとく思わせるおそれがあるので、前者の例である。
また、商品混同の場合とは、例えば、商品自転車自動車に対する甲の商標を乙がその商品の構成部分に対して使用するがごときは、その一例であって、この場合、需要者は、乙の商品を甲が製作販売した商品であると混同するおそれがあるものである。
そこで、本号が前者の場合を包含することは何らの疑いないところであるが、本号が、後者のごとき商品と商標との間の不実関係以外の事情により、商品の出所混同のおそれある場合を分けて規定したのは、後段のごとき場合が、旧法第2条第3号後段の「世人を欺瞞するおそれのあるもの」とあるを「商品の誤認」又は「商品の混同を生じさせるおそれのあるもの」に分けて、後段の規定により、問題を積極に決したことにほかならない、と記述している。
さらに、「(3)以上述ベタ所ニ依リ本号ハ商標ガ世人ニ及ボス各般ノ事情ヲ綜合シテ判定スベキモノトナルガ故ニ本号ノ適用アル場合ハ(イ)商標ト商品トノ不實関係例へハ砂糖蜜ニ蜂ノ圖形ヲ使用スルガ如キ場合(ロ)類似商品ト云ヒ得ザルモ尚接近セル商品ニ(完成品ト構成部分トノ間ニ此問題ヲ生シ得ルコトアリ)有名ナル他人ノ商標ヲ使用スルトキ例へハ現在ニ於テハ足袋ノ商標タル『福助』又ハ『つちや』印ヲ他人ガ護謨足袋底ノ商標トシテ使用スルトキ(ハ)一人ガ同一又ハ類似ノ商標ヲ多数ノ異種商品ニ付各別ニ登録ヲ受ケ其ノ者ガ『デパートメントストア』経営ヲ為セルトキニ於テ僅少ナル残種ノ商品ニ付他人ガ其ノ商標ヲ使用スルトキ(ニ)商品ニ関係ナクトモ非常ニ著明ナル商標ヲ他人ガ別種ノ商品ニ使用スルトキ等ナリトス」と記述されている。
すなわち、以上述べたところにより、本号は、商標が世人に及ぼす各般の事情を総合して判定すべきものであるが故に、本号の適用ある場合は、「(イ)商標と商品との間に不実関係、例えば、砂糖蜜に蜂の図形を使用するがごとき場合、(中略)(ニ)商品に関係なくても、非常に著名な商標を他人が別種の商品に使用するとき等である」、と記述している。
以上のとおり、本件商標の登録当時、旧商標法第2条第1項第11号に規定される「商品ノ混同ヲ生セシムルノ虞アルモノ」とは、「商品に関係なくても非常に著名な商標を他人が別種の商品に使用するとき」は「商品ノ混同ヲ生セシムルノ虞」があると解されたのであり、「商品ノ混同ヲ生セシムルノ虞」において、当該著名商標がどこの誰が権利者であるかということを世人が知ることを要求するものではなく、商品に関係なくても著名な商標を他人が別種の商品に使用することによって、商品の混同のおそれがあると判断されるのである。
そうすると、「本件商標の登録出願前に、我が国において、キューピー人形及びその名称である『キューピー』が広く知られていたことについては特段争うものではない。」とする、キューピー人形及びその名称「キューピー」を、被請求人が、本件商標の指定商品「醤油、ソース、ケチャップ、酢類一切」に使用するにおいては、世人は、当該商品が著名なキューピー人形及びその名称である「キューピー」と関係があるかの誤認、すなわち、商品の混同のおそれがあると判断されるものである。
したがって、本件商標は、旧商標法第2条第1項第11号に規定される「商品ノ誤認又ハ混同ヲ生セシムルノ虞アルモノ」に該当するものであるから、同法第16条第1項第1号により、無効にすべきものである。
第3 被請求人の主張
被請求人は、結論同旨の審決を求めると答弁し、その理由を要旨以下のように述べ、証拠方法として、乙第1号証ないし乙第9号証を提出した。
1 本件商標とローズ・オニールの作成に係る人形及びその名称との対比
請求人は、本件商標とローズ・オニールの作成に係る人形及びその名称とが類似する旨主張するが、この類似性自体については論ずるまでもない。
2 本件商標の登録出願前における「キューピー人形の図形」及び「キューピー」標章の周知・著名性について
請求人は、本件商標の登録出願前に、我が国において、「キューピー人形の図形」及び「キューピー」標章が周知、著名であった旨主張する。
この点について、被請求人は、本件商標の登録出願前に、我が国において、キューピー人形が人気を博し、キューピー人形及びその名称である「キューピー」が広く知られていたことについては特段争うものではない。
しかし、上記のようにキューピー人形が人気を博したことは、本件商標の出願時又は登録時に、我が国において、「キューピー人形の図形」及び「キューピー」標章が、何者かの何らかの商品についての商品出所表示として周知、著名であったことを意味するものではなく、実際、そのようなことも認められない。請求人の主張は、両者を混同するものであり、失当である。
3 無効理由全般について
(1)無効理由存否の判断の基準時が本件商標の登録時(大正11年(1922年)10月27日)であることについて
請求人による本件商標に無効理由が存在するとの主張全体に共通する大きな欠陥の1つとして、請求人は、本件商標の無効理由存否の判断基準時を明確にせず、また、誤った基準時を前提に主張しているので、この点を明確にする。
請求人が無効理由として主張する旧商標法第2条第1項第4号違反(無効理由(1))及び同法第2条第1項第11号(無効理由(2))の判断基準時は、いずれも本件商標の登録時(大正11年(1922年)10月27日)である。このことは、同法第16条第1項第1号が「商標ノ登録カ左ノ各号ノ一ニ該当スルトキハ審判ニ依リ之ヲ無効ト為スヘシ。 一 登録カ第1条乃至第4条又ハ前条第二項ノ規定ニ違反シテ為サレタルトキ」と定め、商標登録が上記各条に違反してなされたことを無効理由としていることから、条文上、明らかであり、また、東京高等裁判所の昭和41年4月7日判決(昭和35年(行ナ)第33号事件:征露丸事件)(乙1)において、旧商標法第2条第1項第4号違反の判断基準時を登録時としていることによっても裏付けられる。
そうすると、本件商標が旧商標法第2条第1項第4号及び同項第11号に違反するか否かの判断が、本件商標の登録後の事情により左右され、影響されることはないにもかかわらず、請求人は、上記判断基準時を明確にせずに、本件商標の登録後の事情を縷々述べるばかりであるから、そのような無効理由が認められる余地はない。
してみれば、請求人による主張のうち、本件商標の登録後の事情に係る部分は、本件には関係ないものとして排斥され、また、本件商標の登録時における旧商標法第2条第1項第4号及び同項第11号違反を基礎付ける事実は、請求人により何ら立証されておらず、そのような事実が存在したことは認められないとして、本件審判の請求が成り立たないことは、極めて明白である。
(2)約100年前における規範的要件の判断は慎重であるべきことについて
旧商標法第2条第1項第4号(公序良俗違反)及び同法第2条第1項第11号(混同のおそれ)の要件は、特定の書面の記載事項等によって判断できるものではなく、いずれも社会の一般的道徳観念、取引者・需要者の認識、一般的取引の実情等を極めて幅広く総合考慮して初めて判断が可能となる規範的要件である。そのため、判断を基礎付ける極めて広範にわたる具体的事実を積み上げていかない限り、その判断は不可能である。
また、いかに上記具体的事実を積み上げていっても、本件で問題となる本件商標の登録時(大正11年(1922年)10月27日)のような約100年前の時代の人々の道徳観念や認識等を、当時生まれてもおらず、当時の世の中の常識・世相・雰囲気といったものを全く体感していない者が認定、判断することには、おのずと限界があることに留意すべきである。
請求人も主張するとおり、旧商標法下の無効審判の請求に関しては除斥期間の定めがないことから、理論的には、登録から100年後、200年後又は1,000年後であっても、登録時に公序良俗違反、混同のおそれ等の無効理由が存在したことを理由に無効審判を請求することが可能であるが、上記のとおり、これらの無効理由の存否の判断のためには、当時の世の中の常識や道徳観念といった具体的事実の積み上げのみで認定、判断することが困難な事項を認定、判断する必要があることを十分に念頭に置き、基本的には、永年平和裡に存続してきた商標登録を前提に蓄積されてきた法的状態、法的関係を破壊することによる混乱等を惹起しないよう、特に、商標登録を無効とする判断をする場合には、十分な具体的事実の立証を求めるべきであり、また、その判断も極めて慎重であるべきである。
(3)旧商標法第2条第1項第4号違反(公序良俗違反)(無効理由(1))について
ア 「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」の解釈
請求人は、「本件商標は、他の法律、条約等に違反し、禁止されるべき商標である。」、「本件商標は、ひょう窃的出願である」と主張し、その結果当然に、本件商標が旧商標法第2条第1項第4号の「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」に該当する旨主張するようである。
しかし、一般論として、「登録商標は、他の法律、条約等に違反し、禁止されるべき商標である」又は「登録商標は、ひょう窃的出願である」としても、当該登録商標が上記「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」に該当することにはならず、請求人の主張は、その前提から誤っている。
請求人は、旧商標法第2条第1項第4号の「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」の解釈を何ら示していないが、東京高等裁判所の昭和27年10月10日判決(行集3巻10号2023頁)(BOYSCOUT事件)(乙2)は、同号につき、「商標法第2条第1項第4号の規定は、商標自体が矯激な文字や卑猥な図形等秩序又は風俗をみだすおそれのある文字図形、記号又はその結合等から構成されている場合及び商標自体はそのようなものでなくても、これを指定商品に商標として使用することが、社会公共の利益に反し、又は、社会の一般的道徳観念に反するような場合に、その登録を拒否すべきことを定めていると解するのを相当とする。」と判示している。当該判決は、旧商標法下の知財事件を数多く手がけ、萼優美の論攷(甲28)の冒頭にも登場するなど、知的財産法分野において公明な三宅正雄元判事著の「商標法雑感」(1973年発行)(乙3)96ページにおいて、旧商標法第2条第1項第4号について判示する唯一の裁判例として紹介されるなど、当時の旧商標法第2条第1項第4号の「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」の解釈を示すものといえる。
このように、旧商標法第2条第1項第4号の「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」に該当するか否かは、「登録商標は、他の法律、条約等に違反し、禁止されるべき商標である」又は「登録商標は、ひょう窃的出願である」ことと直接関係ないとされているが、この点を明確にした審決例として、商標登録第576663号に係る昭和40年10月20日審決(SONY事件)(乙4)が挙げられる。当該審決では、ソニー株式会社の「SONY」商標が周知、著名となった後に、菓子及び麺麭の類について出願された商標登録「SONY」について、旧商標法第2条第1項第11号違反を認めて無効としたものの、同法第2条第1項第4号違反の主張については、「請求人は経済秩序を紊乱するの虞があるものとして本件登録商標は旧商標法第2条第1項第4号の規定にも違反してその登録がなされたものであるから、この規定によつてもその登録は無効となすべきであると主張しているが、この法条は、商標自体が矯激な文字や卑猥な図形等から成るもので、これを登録することにより、社会公共の利益に反し、または社会の一般的道徳観念を破壊するような虞のある場合をいうのであつて、本件のような事案はこの法条に該当するものということはできない。」と、上記東京高等裁判所判決の規範に沿いつつ、旧商標法第2条第1項第4号違反を否定している。
以上のとおり、旧商標法第2条第1項第4号の「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」について判断した裁判例、審決例からすれば、そもそも一般論として、「登録商標は、他の法律、条約等に違反し、禁止されるべき商標である」又は「登録商標は、ひょう窃的出願である」としても、当該登録商標は、同号の「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」に該当しないものであるから、請求人による個々の主張に反論するまでもなく、請求人の主張が失当であることは明らかである。
なお、請求人は、現行の商標審査基準が商標法第4条第1項第7号に該当する例の1つとして「他の法律によって、当該商標の使用等が禁止されている場合」を挙げていることなどから、上記主張をしているものと推察されるが、ここで問題となるのは、旧商標法第2条第1項第4号の「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」への該当性であるから、失当であるばかりでなく、仮に、現商標法及び商標審査基準に基づき、さらに、仮に、本件商標の登録後の事情を考慮したとしても(正しい判断基準時は登録時(大正11年(1922年)10月27日)であるため、登録後の事情を考慮できないことは、既述のとおり。)、請求人の主張は認められない。
イ 他の法律・条約等違反との主張について
請求人は、「本件商標は、他の法律、条約等に違反し、禁止されるべき商標である。」として、著作権法、不正競争防止法、パリ条約、TRIPS協定、ベルヌ条約、経団連行動指針等の各規定に違反する旨主張するが、次のとおり、そのいずれも理由がない。
(ア)著作権法違反との主張について
請求人は、ローズ・オニールの創作に係るキューピー作品のうち、1909年から1913年までの間に発行されたものの著作権は平成17年(2005年)5月21日まで存続することから、本件商標を使用する行為は、旧著作権法、現行著作権法に違反し、公序良俗に違反する旨主張する。
しかし、既述のとおり、本件の判断基準時は登録時(大正11年(1922年)10月27日)であるため、登録後に制定された現行著作権法は、本件と関係がない。
また、商標法は、旧商標法においても、他人の著作権と抵触することを商標登録の無効理由としておらず、仮に、他人の著作権に抵触する商標であっても、抵触の一事をもって無効とされることはない。
そして、現商標法の下でも、本件と同様、他人の著作権と抵触する商標であるとして、公序良俗違反(現商標法第4条第1項第7号違反)により、その登録を無効とすべきか否かが争われた事件において、「その使用が他人の著作権と抵触する商標であっても、商標法4条1項7号に規定する商標に当たらないものと解するのが相当であり、同号の規定に関する商標審査基準にいう『他の法律(注、商標法以外の法律)によって、その使用が禁止される商標』には該当しないものというべきである」(東京高等裁判所 平成12年(行ケ)第386号 平成13年5月30日判決、判時1797号150頁)(乙5)と判示されている。また、当該裁判事件で対象となり、無効とされなかった登録商標は、本件と同様、被請求人が有するキューピー人形の図形からなる商標であることからしても、本件における旧商標法第2条第1項第4号違反の主張も、当然排斥されるべきである。
したがって、本件商標がローズ・オニールの作成に係るキューピー人形の図形の著作権ないし著作者人格権を侵害するか否かを論ずるまでもなく、請求人による上記主張は、失当であることが明らかである。
なお、「KEWPIE」、「キューピー」のようなキャラクターの名称は、たとえ、それが直ちにキャラクターの姿態を思い浮かべるようなものであっても、著作権法上の保護対象たる著作物に該当しないため、本件商標の構成要素のうち、「KEWPIE」、「キューピー」の文字部分については、他人の著作権との抵触の問題が生じないから、商標法第4条第1項第7号の問題も生じない(平成13年8月7日審決(無効2000-35369号:キャンディキャンディ事件)(乙6参照)。また、請求人も認めているとおり、ローズ・オニール制作の著作物に係る著作権は、既にその保護期間を経過している。
以上により、いずれにしても、請求人の主張は、失当である。
(イ)不正競争防止法違反との主張について
a 請求人は、「『本法施行ノ地域内ニ於テ取引上広ク認識セラルル他人ノ』商品表示であるローズ・オニール作成のキューピー人形の図形又はその名称を使用して、キューピー人形と関係があるかのような混同を生じさせる行為は、不正競争にほかならない」、「周知な商品等表示であるローズ・オニール作成のキューピー人形の図形又はその名称を使用して、キューピー人形と関係があるかのような混同を生じさせる行為又は著名な商品等表示であるローズ・オニール作成のキューピー人形の図形又はその名称を使用する行為は、不正競争にほかならない」などと主張し、本件商標の使用が旧不正競争防止法、現行不正競争防止法に違反し、公序良俗違反に該当する旨主張する。
しかし、既述のとおり、本件の判断基準時は登録時(大正11年(1922年)10月27日)であるため、登録後に制定された旧不正競争防止法、現行不正競争防止法は、本件と関係がない。
また、前掲「SONY」事件審決(乙4)が示すとおり、旧商標法下においても、問題となる登録商標に関して不正競争防止法違反と評価すべき事実があった場合、旧商標法第2条第1項第11号違反の問題は生じ得るとしても、同法第2条第1項第4号違反にはならないとされている。
そして、現商標法の下でも、上記(ア)において引用した「東京高等裁判所 平成12年(行ケ)第386号 平成13年5月30日判決」(判時1797号150頁)(乙5)において、「その使用が不正競争防止法2条1項1号に規定する不正競争に当たる商標は、同時に、商標法4条1項10号又は15号により登録を受けることができない。」、「商標法は、その使用が不正競争防止法2条1項2号に規定する不正競争に当たる商標については、商標法4条1項10号、15号又は19号の規定に該当する場合に登録拒絶及び無効の事由とすることにより、その登録を規律することを意図していると解するのが相当であって、その使用が不正競争防止法2条1項2号に規定する不正競争に当たる商標が一律に商標法4条1項7号に該当し登録拒絶及び無効とされるべきものと解することはできない。」と判示されているとおり、一般論として、不正競争に該当する商標であっても、それが当然に公序良俗違反の商標に該当するものではない。また、当該裁判事件で対象となり、無効とされなかった登録商標は、本件と同様、被請求人が有するキューピー人形の図形からなる商標であることからしても、本件における旧商標法第2条第1項第4号違反の主張も、当然排斥されるべきである。
したがって、本件商標の使用が不正競争に該当するか否かを論ずるまでもなく、請求人による上記主張は、失当であることが明らかである。
b 請求人は、本件商標の使用が(本件商標の登録時には存在しなかったが)不正競争防止法違反に相当する旨を主張するが、旧不正競争防止法、現行不正競争防止法違反に相当するためには、他人の周知又は著名な商品等表示が存在することが大前提となるところ、誰の、どのような商品等表示(商品又は役務の出所を示す識別標識)に基づいて主張しているのか判然とせず、この点からも、請求人による主張は、失当であることが明らかである。
この点について、請求人は、キューピー人形が人気を博し、キューピー人形の姿態と名称とが広く知られていたことを主張するのみであるが、これらの事実は、キューピー人形の図形及びその名称である「キューピー」、「KEWPIE」が何者かの商品等表示として周知、著名であったことを意味するものではない。むしろ、本件商標の登録前の状況を示す各証拠からは、本件商標の登録時において(また、その後も)、キューピー人形やキューピーのキャラクターは、特定の者が新たに創作したものではなく、キューピッド、サンタクロース、福助人形、金太郎等と同様に、民族的な存在であると認識されていたと解するのが自然である。
すなわち、請求人が提出する各証拠にもあるとおり、本件商標の登録前に、セルロイド製又はビスク製のキューピー人形、キューピー人形の図案を取り入れた年賀状等の大衆向け商品が盛んに製造、販売されたばかりでなく、鏑木清方、武井武雄らの芸術家、文化人の作品に取り入れられたり、地域産業の振興、復興のために行政主導でキューピー人形の製作、製造が実行又は試みられたり、日本の近代産業の勃興期において、多くの篤志家、会社等によって商標、広告マスコット等として採択されたりしたものである。
また、被請求人に対するキューピーに係る著作権訴訟後の現在においてすら、ローズ・オニールがキューピーのキャラクターの創作者であることが我が国で広く知られている状況にはなく(知的財産高等裁判所 平成24年(行ケ)第10392号 平成25年3月21日判決)(乙7参照)、本件商標の登録前の大正期の我が国の状況に鑑みれば、これらの多くのキューピーを使用する者らが、皆ローズ・オニール又はその代理店等の許諾を得て使用していたとは考え難い(そのような事実を示す証拠もない)。
さらに、上記キューピーを使用する者らが、皆著作権者の許諾を得て、対価を支払う義務があることを知りながら、ただ乗りする悪意をもってキューピーを使用していたかといえば、到底そのようにも認められず(そのような事実を示す証拠もない)、このような実情からすれば、キューピー人形やキューピーのキャラクターは、特定の者が新たに創作したものではなく、キューピッド、サンタクロース、福助人形、金太郎等と同様に、民族的な存在であると認識されていたことがうかがわれるというべきである。
c 以上によれば、本件商標の登録時において、キューピーのキャラクター及びその名称が、他人の周知又は著名な商品等表示であったとは認められず、本件商標は、旧不正競争防止法、現行不正競争防止法に違反して使用されてきた事実はない。
また、本件商標をその指定商品(醤油、ソース、ケチャップ、酢類一切)に使用することで、他人の周知又は著名な商品等表示との間に誤認混同を生じさせるといった事実は、その判断基準時を問わず、一切認められず、やはり、本件商標の使用が不正競争に該当する余地はない。
したがって、いずれにしても、請求人の主張は、失当である。
(ウ)パリ条約違反との主張について
請求人は、本件商標がパリ条約第6条の2(1)項(周知商標の保護)に違反する悪意の登録、使用である旨主張する。
しかし、既述のとおり、本件の判断基準時は登録時(大正11年(1922年)10月27日)であるため、登録後に合意、批准したパリ条約の規定は、本件と関係がない。
この点をおくとしても、条約の内容が国内法の制定を前提としている場合は、商標法第77条(特許法第26条)によっても、当該規定の国内的効力が直接認められるものではないと解されており、パリ条約第6条の2は、その例であるとされている(「新・注解商標法(上)」44ページ)(乙8)。
そうすると、パリ条約第6条の2(1)項は、日本国内に直接適用されるものではないため、当該規定違反を理由に、商標法上の公序良俗違反に該当するとする請求人による主張は、失当である。
また、請求人が言及するパリ条約の各規定は、商標法、不正競争防止法の条項として、国内法として制定されているところ、請求人は、対応する不正競争防止法違反(周知表示混同惹起行為、ひょう窃的出願)、商標法違反(混同のおそれ、ひょう窃的出願)に基づく無効理由の主張を別途に行っており、パリ条約違反が新たな無効理由を構成するものではない。
さらに、対応する不正競争防止法違反(周知表示混同惹起行為、ひょう窃的出願)、商標法違反(混同のおそれ、ひょう窃的出願)に基づく無効理由の主張も失当であることは、別途、指摘しているとおりである。
以上のとおり、いずれにしても、請求人の主張は、理由がない。
(エ)TRIPS協定違反との主張について
請求人は、TRIPS協定の規定を引用し、「パリ条約第6条の2の周知商品表示の保護条項は、商標の権利者との間の関連性を示唆し、かつ、当該権利者の利益が当該使用により害されるおそれがある場合において、登録された商標に係る商品又はサービスと類似していない商品又はサービスについて準用するものとした」と述べるのみで、本件商標のいかなる点が商標法上の公序良俗違反に該当するとの主張であるかが明らかでないから、請求人による主張は、失当である。
また、そもそも、既述のとおり、本件の判断基準時は登録時(大正11年(1922年)10月27日)であるため、登録後に発効したTRIPS協定は、本件と関係がない。
さらに、上記(ウ)においても述べたとおり、パリ条約第6条の2は、日本国内で直接適用されるものではないため、この点においても、請求人による主張は、失当である。
(オ)ベルヌ条約違反との主張について
請求人は、「本件商標の図案は、ローズ・オニールの作成に係るキューピー人形の原著作物を許諾なく改変するものであるから、著作者ローズ・オニールの人格的利益を損なうものであり、ベルヌ条約の趣旨に反する」旨主張する。
この点について、我が国においては、著作権関連条約に加盟するに当たり、条約の内容に適合するよう、国内法を整備しており、条約が国内で直接適用されることは、前提とされていない(「詳解著作権法(第4版)」563ページ)(乙9)。
そうすると、ベルヌ条約は、日本国内に直接適用されるものではないため、その条約の規定違反を理由に商標法上の公序良俗違反に該当するとする請求人による主張は、失当である。
また、そもそも、既述のとおり、本件の判断基準時は登録時(大正11年(1922年)10月27日)であるため、登録後に発効したベルヌ条約は、本件と関係がない。
(カ)経団連行動指針違反との主張について
請求人は、「ローズ・オニールの作品であるキューピー人形やその名称を無断で冒用することは、『他者の知的財産権を尊重する』という企業活動の基本的な行動指針に違反するものであり、公序良俗に違反する」旨主張する。
しかし、そもそも、既述のとおり、本件の判断基準時は登録時(大正11年(1922年)10月27日)であるため、登録の100年近くも後に発表された経団連の知的財産権に関する行動指針は、本件と関係がない。
また、経団連行動指針は、経団連が会員企業の知的財産権に関する理解を啓蒙するために作成したものにすぎず、法規範性を有せず、何らの法的拘束力もない。そして、既述のとおり、仮に、法律違反がある場合でさえ、直ちに商標法上の公序良俗違反となるとは認められないにもかかわらず、当該指針違反を理由に商標法上の公序良俗違反に該当するとする請求人の主張には、何ら根拠がなく、明らかに失当である。
ウ ひょう窃的出願との主張について
請求人は、本件商標の出願人である中島董一郎が、他人、すなわち、ローズ・オニールの知的創作である「キューピー人形の図案」、「キューピーの名称」を自分のものとして商標登録したなどと主張する。
また、請求人は、「“商標のただ乗り”の問題」(甲28)における記述を基に、「フリーライドは、他人の著名商標にただ乗りする行為であり、正にひょう窃的行為にほかならない」として、当該フリーライドが商標法第4条第1項第7号公序良俗違反に該当する旨主張する。
しかし、請求人による上記主張は、次のとおり、そのいずれも理由がない。
(ア)「ひょう窃的出願」は公序良俗違反を基礎付けるものではないことについて
請求人の主張する「ひょう窃的出願」とは、「他人の知的創作又は周知著名商標を自分のものとして商標登録出願すること」と理解され、これが、旧商標法第2条第1項第4号の「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」(あるいは、判断基準時を誤っているが、現商標法第4条第1項第7号公序良俗違反)に該当すると主張するものと理解される。
しかし、「他人の知的創作又は周知著名商標を自分のものとして商標登録出願すること」は、結局のところ、「他人の著作権と抵触する商標を自分のものとして商標登録出願すること」(著作権法違反)、「他人の周知著名商標を自分のものとして商標登録出願すること」(不正競争防止法違反)と評価される行為にほかならず、これを別の表現で言い換えたにすぎない。
そうすると、既述のとおり、一般論として、他人の著作権と抵触する商標の出願又は他人の周知著名商標と混同を生じさせる商標の出願であっても、旧商標法第2条第1項第4号(及び現商標法第4条第1項第7号違反)に該当しないとするのが、裁判例及び審決例の示すところである。
したがって、請求人による主張は、失当である。
(イ)本件商標の採択の経緯について
請求人は、本件商標の採択の経緯について、「キューピー物語」(甲6)、「月刊政経人」(甲25)、被請求人の過去のホームページの記載(甲27の1、甲27の2)に基づいて、縷々主張する。
しかし、上記(ア)のとおり、そもそも、「ひょう窃的出願」は、旧商標法第2条第1項第4号違反(及び現商標法第4条第1項第7号違反)を基礎付けるものではないから、請求人による主張は、失当である。
また、既述のとおり、本件商標の登録時において(また、その後も)、キューピー人形やキューピーのキャラクターは、特定の者が新たに創作したものではなく、キューピッド、サンタクロース、福助人形、金太郎等と同様に、民族的な存在であると認識されていたと解するのが自然である。
この点について、請求人の提出に係る甲第6号証、甲第25号証並びに甲第27号証の1及び甲第27号証の2から、本件商標の出願人である中島董一郎や、キューピー商標採択のアイデアを提供した東洋製缶株式会社の高碕達之助が、「他人のものを盗んでやろう」といった悪意に満ちていた様子などは全くうかがわれないことからも、裏付けられるものである(被請求人自身の作成に係る甲第27号証の1及び甲第27号証の2はともかく、甲第6号証及び甲第25号証の著者も、このエピソードを相応に好意的に記載していることからもうかがわれる。)。請求人は、甲第25号証に「・・・経緯が生々しく記述されている」などと、中島及び高碕の両氏のやりとりを揶揄するかのように主張するが、甲第25号証の記事全体を読んだ上での主張であるかに疑問を差し挟まざるを得ないほどに的外れな主張といわざるを得ない。
以上のとおり、いずれにしても、請求人の主張は、理由がない。
(ウ)萼優美の論攷(甲28)について
萼優美の論攷(甲28)では、商標法第4条第1項第7号の適用範囲を現状(当時)より広く解し、いわゆる「フリーライド商標の出願」を同号で処理すべき旨の考えが示されている。
しかしながら、上記考えは、萼氏の私見であるし、同氏自身、1963年の時点で、裁判所や特許庁がそのような考え方を採っていなかったからこそ、このような論攷を寄せていると理解される。
したがって、現商標法第4条第1項第7号、さらには、本件で適用される旧商標法第2条第1項第4号の解釈として、同論攷の考えがそのまま適用されるわけでないことは明らかである。
なお、旧商標法第2条第1項第4号の解釈は、既述のとおりであり、また、上記論攷(甲28)の冒頭で言及されている「東京地裁の三宅裁判長」(当時)は、その著書である「商標法雑感」(1973年発行)の96ページにおいて、当時の旧商標法第2条第1項第4号の「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」の解釈を示しており、この解釈が裁判例及び審決例に沿ったものであることも、既述のとおりである。
(エ)ポパイ事件の審決(昭和58年審判第19123号)について
請求人は、漫画のポパイの図柄とポパイの名称からなる商標に関する審決(甲29)を引用し、他人の著名な漫画のキャラクターをひょう窃したと推認される商標について、現商標法第4条第1項第7号公序良俗違反に該当すると判断された事例を示している。
しかし、既述のとおり、上記審決よりも後に東京高等裁判所によってなされた判決(東京高等裁判所 平成12年(行ケ)第386号 平成13年5月30日判決、判時1797号150頁)(乙5)では、「その使用が他人の著作権と抵触する商標であっても、商標法4条1項7号に規定する商標に当たらない」と判示されている。また、当該裁判事件で対象となった登録商標は、本件と同様、被請求人が有するキューピー人形の図形からなる商標であることからしても、同判決の規範の方が、本件において、より親和性が高いといえ、本件における旧商標法第2条第1項第4号違反の主張も、当然排斥されるべきである。
なお、ポパイ事件の事実関係は、その審決時には存在しなかった「商標法第4条第1項第19号」(平成8年の商標法改正で新設された)を適用すべきであった案件であり、現商標法第4条第1項第7号(旧商標法第2条第1項第4号)の事件としては、イレギュラーな事案であったと整理されるべきものである。
(オ)被請求人による商品又は役務の区分の全区分における出願及び登録並びに権利行使について
請求人は、被請求人によるキューピー関連商標に係る商品又は役務の区分の全区分における出願や、請求人に対する権利行使について言及する。
しかし、既述のとおり、本件の判断基準時は登録時(大正11年(1922年)10月27日)であるため、登録後の事情である被請求人によるキューピー関連商標の全区分における出願や請求人に対する権利行使は、本件と関係がない。
また、そもそも、本件商標と被請求人によるキューピー関連商標の全区分における出願や請求人に対する権利行使とは、直接関係がない。
したがって、上記の事情が、本件商標の旧商標法第2条第1項第4号違反を基礎付けることはあり得ない。
この点について、念のため付言するに、被請求人は、キューピーのキャラクターの生みの親であるローズ・オニール氏に敬意を表し、同氏ゆかりの地にて、ささやかながら寄付やボランティア活動を行うなど、同氏の偉業をたたえる活動を行っているところであり、また、世界的ブームとなったキューピーが日本以外の国の一般人から忘れられていく中、被請求人は、長年にわたり、多大なる宣伝広告費を投じて、愛らしいキューピーの姿を日本のお茶の間に届け、キューピーを日本人の記憶の中にとどめていることに少なからず貢献をしていることも事実である。確かに、被請求人の事業のための宣伝広告ではあるが、そのような多大なる宣伝広告活動によって生じた業務上の信用、顧客吸引力を保護して、事業者が安心してブランドに信用を蓄積できるようにし、もって産業の発展に寄与することは、商標法の目的とするところであることからしても、被請求人が商標出願をし、また、必要に応じて、その権利の行使をすることは、何ら批判される筋合いのものではない。
いずれにしても、請求人による主張は、失当である。
エ 小括
以上のとおり、本件商標は、旧商標法第2条第1項第4号の「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」に該当するものではない。
したがって、請求人の主張する無効理由(1)は、成り立つ余地がない。
(4)旧商標法第2条第1項第11号(混同のおそれ)(無効理由(2))について
請求人は、本件商標の登録前において、「キューピー人形の図形」及び「キューピー」の名称が日本全国で周知、著名であったとし、かかる周知著名標章を無関係の第三者が自己の商品に使用する行為は、当該周知著名標章の顧客吸引力を利用するもの(フリーライド)にほかならず、被請求人が本件商標を付して販売する商品について、当該周知著名標章の図形ないし名称と関係があるとの混同を生じさせるおそれがあるため、旧商標法第2条第1項第11号(混同のおそれ)に該当する旨主張する。
しかし、既述のとおり、本件商標の登録時において、キューピー人形やキューピーのキャラクターは、特定の者が新たに創作したものではなく、キューピッド、サンタクロース、福助人形、金太郎等と同様に、民族的な存在であると認識されていたことがうかがわれ、キューピーのキャラクター及びその名称が、他人の周知又は著名な商標であったとは認められず、また、そのような状況の存在を立証する証拠もない。
さらに、本件商標の登録時(また、その後のいかなる時点においても)、本件商標をその指定商品(醤油、ソース、ケチャップ、酢類一切)に使用することで、他人の周知又は著名な商品等表示との間に誤認混同を生じさせるといった事実も全く認められない。
そうすると、本件商標は、旧商標法第2条第1項第11号の「商品ノ誤認又ハ混同ヲ生セシムルノ虞アルモノ」に該当するものではない。
したがって、請求人の主張する無効理由(2)は、成り立つ余地がない。
(5)商標法の目的に照らした場合に請求人の主張が著しく失当であることについて
本件商標は、被請求人の創始者である中島董一郎が、大正11年(1922年)4月1日に、キューピー人形の図形、「KEWPIE」及び「キューピー」の文字からなる商標を、指定商品「醤油、ソース、ケチャップ、酢類一切」について商標登録出願し、同年10月27日に登録を受けたものである。
被請求人は、大正8年に設立され(当時の商号は「食品工業株式会社」)、同14年にマヨネーズの製造、販売を開始したが、それ以来、現在に至るまで、一貫して「キユーピー」及び「KEWPIE」の語、キャラクター「キューピー」からなる商標を、マヨネーズを含む被請求人の商品の広告等に使用しており、昭和32年には商号を「キユーピー株式会社」に改めたほか、同様の特徴を備えたキャラクター又は「キューピー」との称呼を生じる商標について多数の登録を受けている。そして、逐一立証するまでもなく、本件商標が、被請求人の商標として、極めて著名であることは誰の目にも明らかであり、顕著な事実である。
他方、商標法は、商標を保護することにより、商標を使用する者の業務上の信用の維持を図り、需要者の利益を保護することを目的とする(現商標法第1条。なお、旧商標法には、法目的を規定する条文は存在しなかったが、条文として明示していなかっただけで、当該目的が旧商標法の下でも変わらないことは明らかである。)ところ、約100年にわたって膨大な信用を蓄積し、現在もなお、被請求人の著名商標であることが明らかな本件商標を万が一にも無効にするようなことがあれば、商標法の目的とするところに明らかに逆行し、また、我が国の取引者や需要者、市場において混乱を生じさせるなど、商標法の趣旨を没却する結果を招くことは火を見るより明らかである。
このように、商標法の目的に照らしてみても、請求人の主張が著しく失当であることは明らかであり、本件審判の請求が成り立つ余地は、一切ない。
4 結語
以上のとおり、請求人の主張する無効理由には、いずれも理由がなく、本件審判の請求が成立しないことは明らかである。
第4 当審の判断
請求人が本件審判を請求するについて利害関係を有する者であることについては、当事者間に争いがないので、以下本案に入って審理する。
1 「キューピー」の由来及び我が国における認知の状況について
請求人の主張及び同人の提出した甲各号証によれば、「キューピー」の由来及び我が国における認知の状況については、次のとおりである。
(1)「キューピー」の由来
ア 米国ペンシルバニア州生まれのローズ・オニール(1874年?1944年)は、米国の雑誌「Ladies’ Home Journal」(1909年12月号)に、詩とともに、キューピッドをヒントにした裸体の幼児のイラストを発表し、そのイラストに描かれたキャラクターに「KEWPIE」(キューピー)と名付けた。そして、当該雑誌における「KEWPIE」(キューピー)のページは、翌1910年にも連載された(甲6?甲9)。
また、ローズ・オニールは、米国特許庁に対し、上記「KEWPIE」(キューピー)のイラストに係る人形の意匠を1912年12月17日に出願し、1913年3月4日にその権利を得た(甲5)。
イ 1912年ないし1913年頃、上記「KEWPIE」(キューピー)のイラストに係る人形がドイツで製造され、米国で発売されて大人気となったが、米国人でさえ、その人形がドイツ製であることを知る人は少ないとされ、また、米国においては、熱狂的なファンはいるものの、我が国ほど誰でもが知り、身近なものと感じているとはいえないとされる(甲6、甲8、甲9、甲14)。
(2)我が国における認知の状況
ア 大正2年(1913年)頃、キューピー人形が我が国に紹介されて人気となり、また、ローズ・オニールの依頼により、主に米国輸出用として、ビスク(磁器)製のキューピー人形が製造されたとされる(甲6、甲10、甲12、甲14)。
その後、大正6年(1917年)には、セルロイド製のキューピー人形が製造され、流行したとされるが、それらの中には、ローズ・オニールによるオリジナルに似ているものの、顔だちに日本の赤ちゃんの可愛らしい表情が加わったものなど、日本独特の表情を持つものも含まれていたとされ、生みの親のローズ・オニールや、オリジナルの可愛らしいキューピーもあまり知られないまま、どんどん日本なりのキューピーが作られて広く愛されたとされる(甲6、甲10、甲11、甲14)。
なお、大正9年(1920年)頃には、宮城県において、「切込焼」の復興計画の一環として、その「切込焼」による磁器製のキューピー人形が製造され、その輸出が目指されたが、「世界恐慌」の影響により、当該復興計画は頓挫したとされる(甲20、甲21)。
イ 大正時代には、例えば、キューピー人形が描かれた日本画(大正6年)、キューピーの絵柄を用いた市販の絵はがき(大正5年、大正10年)や年賀状(大正5年、大正7年、大正8年、大正11年)、キューピーをモチーフとして用いた紙着せかえが作られたが、これらについては、顔だちなどといった表情のみならず、その着衣や背景に日本独特のものが描かれていた。そして、これらのキューピー(人形)について、ローズ・オニールとの関係性は見いだせない(甲9、甲13?甲17)。
なお、大正13年又は14年には童謡「キューピーさん」も作られたとされるが、これについてもローズ・オニールとの関係性は見いだせない(甲9、甲14)。
ウ 日本的な、日本でデザインされ、生産されたキューピーは、セルロイドその他の人形だけでなく、何かの商品のブランド名や、広告類のイラストとして、また、商品の容器やケースとしても広く使われたとされ、そのような状況は、アメリカにおいても同様とされる(甲6)。そして、甲第6号証には、その具体例として、「私の記憶にハッキリあるものでは、紙で、QP印があった。石けんも、キューピーの形のものから、今も現役のベビー石けんの箱にまでデザインされている。鍋やフライパン等、金物でQP印があり、背丈1メートルもありそうな大きなキューピーが、フライパンを掲げて町の金物屋の店頭に立っていたのを思い出す。現在も、日本でキューピーといえば、誰でもご存じなのが、マヨネーズだろう。この会社は、実に社名まで『キユーピー株式会社』として25年以上になる。我が国のマヨネーズメーカーの最大手で、缶詰にも定評がある。日本人の食生活の多様化に合わせ、マヨネーズやドレッシングの他、各種ベビーフードなど、数多くを市場に送り出している。・・・この会社とキューピーとの出会いは古く、会社の歴史とともに伝えられている。」といった記載とともに、キューピーに係る「あかすり」、「ベビー石けん」及び「シャンプー」の容器や鍋のふたの写真が掲載されているほか、被請求人の製造、販売するキューピーに係る「マヨネーズ」や「ベビーフード」の容器の写真等も掲載されている。
(3)小括
上記(1)及び(2)によれば、キューピー人形は、米国において、1912年ないし1913年頃に大人気となったとはいえるものの、それがローズ・オニールの創作に係るものとしてのみ認識されていたか否かは明らかでない。
また、キューピー人形は、我が国において、大正時代初期に紹介されて人気となるとともに、同時期にはローズ・オニールの依頼を受けた米国輸出用のビスク(磁器)製の人形の製造もされたことがうかがえるが、その後、大正5年頃には、市販の絵はがきや年賀状にローズ・オニールが創作したイラストに描かれたキャラクターとかけ離れた日本独特の特徴を備えたキューピーの絵柄等が現れ、翌大正6年に製造が始まり、流行したセルロイド製のキューピー人形についても同様に、日本独特の表情を備えたものが現れたことがうかがえる。
そして、上記のように「日本的な、日本でデザインされ、生産されたキューピー」といえるものは、その後も、人形のみならず、被請求人の製造、販売するマヨネーズを含む様々な商品のブランド名、商品容器、広告類のイラストとして、継続的に使用され続けていることがうかがえるものの、その使用に係る商品について、ローズ・オニールとの関係性は見いだせない。
そうすると、キューピー人形やその名前「キューピー」(KEWPIE)は、大正時代の初めにその人形が紹介されたことをきっかけとして、我が国において知られるようになったとはいえるものの、その人形や名前がローズ・オニールの創作によるものであることまで知られるようになったか否かは明らかでなく、さらに、大正時代の中頃以降においては、その創作者との関連なく、同一の名前の下、その創作のオリジナルからかけ離れた日本独特の特徴を備えたものが普及し、様々な商品のブランド名や広告類のイラスト等として、継続的に使用され続けていることからすれば、キューピッドを模した裸体の幼児といったイメージからなるキャラクターないしその名前を表すものとして認識されてきたとはいえる一方、ローズ・オニールがその創作者として認識されてきたとはいい難い。
してみれば、本件商標の登録出願日(大正11年4月1日)前はもとより、その登録日(同年10月27日)以後においても、我が国において、キューピー人形やその名前「キューピー」(KEWPIE)が広く知られていたとまではいい得るものの、それらについて、いずれがローズ・オニールの創作に係るものであるか又は同人の創作に係るものとは別個のものであるかなどといった峻別がされて認識されていたとは認めることができない。
2 旧商標法第2条第1項第4号該当性について
(1)旧商標法第2条第1項第4号は、「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」に該当する商標について登録を認めない旨定めているところ、その趣旨は、現商標法第4条第1項第7号と同旨といえる。
そうすると、上記「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」には、標章の構成自体がきょう激、卑わいな文字、図形である場合及びその構成自体がそうでなくとも、指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し、又は社会の一般的道徳観念に反するような場合が含まれ(東京高裁昭和27年10月10日判決・昭和26年(行ナ)第29号)(乙2)、さらに、その使用が不正な意図をもってされ、国際信義又は公正な取引秩序に反する場合もこれに当たると解される(東京高裁平成11年3月24日判決・平成10年(行ケ)第11号、同平成11年12月22日判決・平成10年(行ケ)第185号)。
そこで、これらを踏まえて、本件商標の旧商標法第2条第1項第4号該当性について、以下検討する。
(2)被請求人と「キューピー」について
ア 被請求人の創業者である中島董一郎は、明治37年(1904年)に農商務省の水産講習所(現在の東京水産大学)へ入学し、同所の一年先輩である高碕達之助の薦めで、農商務省海外実業練習生の試験を受験、大正元年(1912年)9月にその合格通知を受けた後、翌年1月に英国へ渡航し、大正4年(1915年)3月には、欧州戦乱により、米国へ移住した。そして、中島董一郎は、同年12月まで米国に在住した後、大正5年(1916年)1月に帰国したが、米国在住中に、マヨネーズについて、それが日本人に欠けている良質なたんぱく質を含むものであることから、これをいつか必ず日本中に普及させて日本人の体位向上に役立てたいという願望を抱いたとされる(甲25、甲35)。
その後、中島董一郎は、大正7年(1918年)2月頃、中島商店(後の「株式会社中島董商店」。以下「中島董商店」という。)を創業、翌年11月には食品工業株式会社(以下「食品工業社」という。)も創立した(甲25、甲35)。
イ 高碕達之助が創立した東洋製缶(後に他社と合併して、日魯漁業となる。)は、第一次世界大戦後、輸出用だけでなく、内地売りの缶詰も製造することになり、そのラベルと商標が必要となってきたところ、当時の社長から相談された高碕達之助が「キューピーがいい」といったことから、始めはキューピー印の缶詰を売り出したとされ、それは、ちょうど我が国でもキューピー人形が人気急上昇の時期であったとされる。そして、かねてからマヨネーズの製造、販売をしたいと考えていた中島董一郎は、当該高碕達之助の話を聞いて、マヨネーズのブランドに「キューピー」を使いたいと思い、高碕達之助にお願いをし、承認を得て、マヨネーズの部類に「キューピー」を登録(本件商標)したとされる(甲6)。
なお、中島董一郎が「キューピーマヨネーズ」と命名したことについては、大正14年3月、中島董一郎が我が国初のマヨネーズの本格的製造に着手した時に、マヨネーズの商標についての相談をした高碕達之助から「キューピー」との提案があり、それが「日本語で分かり、英語で書けて、しかも絵に描けるもの」という自分の希望に即したものである上、当時、セルロイドのキューピー人形が子供たちのマスコットになっていたこともあいまって命名した旨の記載もある(甲25)が、本件商標は、大正11年4月1日に登録出願されたものであり、その時期に大きな齟齬がある。
ウ 中島董一郎による我が国初のマヨネーズは、具体的には、中島董商店が食品工業社へマヨネーズの製造を依頼し、中島董商店がそのマヨネーズを販売するというものであったが、初年度の売上げは120函足らずであったとされる(甲25、甲35)。
また、発売当時のパンフレットの表紙とされるものには、「キユーピー印」の文字及び「マヨネーズ」の文字を二段書きにしてなるものの下方に、キューピーの絵図を「KEWPIE」の文字と「BRAND」の文字の間に配したものや「Mayonnaise Sauce」の文字等の表示のあるラベルが貼付された商品容器の絵図を配し、さらに、それらの左方に、マヨネーズのかかった魚料理が盛りつけられた皿を手に持つ2体のキューピーの絵図が描かれている(甲18)。
エ 中島董一郎は、初年度の売上げが芳しくなかったことから、マヨネーズに係る広告宣伝について、多くの人々の目につきやすい新聞広告による周知徹底を図ることとした。具体的には、新聞の同一箇所に毎日、「キューピーマヨネーズを毎日の食膳に」をキーワードとする30行広告を掲載し続けるというものであり、その結果、商品名が知られるようになり、大正15年の売上げは約1,000函になったとされる。このことにより、広告の威力を知った中島董一郎は、それ以降、年間売上額をそっくり宣伝に注ぎ込むようになり、新聞広告だけでなく、ポスターに当時一流の映画スターをモデルに起用したり、当代一流画家に広告図案と絵を描いてもらうなどして、その斬新さで世人の注目を浴びたとされる(甲25、甲35)。
なお、新聞広告については、例えば、食べ方や栄養の説明が細かく記載されているもの(昭和2年?昭和4年頃)、「勝ち抜く為に栄養を」の記載があるもの(昭和16年)、「不意の御来客に 御家庭の御食膳に」の記載があるもの(昭和32年)、「毎日のお食膳に」の記載のあるもの(昭和58年以降)のように、宣伝文句は、時代ごとの世相を反映したものとされた一方、「キユーピー」の文字及び「マヨネーズ」の文字を2列に縦書きしてなる標章、キューピーの絵図並びに発売当時のパンフレットにおけるのと同様にラベルが貼付された商品容器の絵図は、当初から継続して使用されている(甲18)。
オ 食品工業社のマヨネーズの生産量は、昭和16年には発売時(大正14年)の1,000倍(年間出荷量10万個(約500トン))に達したが、第2次世界大戦のため、製造が一時中止された。そして、昭和23年に製造が再開されたものの、原料不足で製造ができない場合もあったため、昭和24年の生産量は58トンにとどまったが、昭和30年の生産量は2,500トンとなり、昭和30年から昭和40年の間の生産量は17倍という飛躍的な伸びを示すなど、食品工業社は、世界で屈指の大マヨネーズメーカーになったとされる(甲6、甲18、甲25、甲27の1、甲27の2)。
また、第2次世界大戦後しばらく、日魯漁業の缶詰の一等品にはアケボノ印、二等品にはキューピー印が使われていたが、食品工業社は、高碕達之助の口添えを得て、昭和25年にキューピー印を譲り受けたとされる(甲6)。
さらに、食品工業社は、昭和32年に、社名を「キユーピー株式会社」(現在の被請求人名)に変更した(甲6、甲27の1、甲27の2)。
カ 被請求人は、2017年(平成29年)7月18日の時点で、「キユーピー」の文字からなる又は当該文字を構成中に有してなる標章について、我が国において、商標登録第74144号(出願日:1915年(大正4年)7月10日、登録日:1915年(大正4年)9月1日)を筆頭に、460件の商標登録を有し、商願2016-69343他9件の登録出願をしている。そして、当該商標登録に係る標章には、その構成中に「KEWPIE(kewpie)」の文字やキューピーの絵図を有するものも少なからずある(甲30)。
また、被請求人は、2018年(平成30年)10月14日の時点で、「KEWPIE」の文字からなる又は当該文字を構成中に有してなる標章について、米国において、登録番号を「1237958」とするもの(出願日:1977年(昭和52年)3月30日、登録日:1983年(昭和58年)5月17日)を筆頭に、7件の商標登録(他に5件の消滅したものがある。)を有している。そして、当該商標登録に係る標章には、キューピーの絵図と「KEWPIE」の文字とを結合してなるもの(登録番号を「4838773」とするもの)もある(甲36)。
さらに、被請求人は、2018年(平成30年)10月14日の時点で、「kewpie」の文字からなる又は当該文字を構成中に有してなる標章について、オーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、ドイツ、デンマーク、欧州連合、フランス、インドネシア、イスラエル、アイスランド、カンボジア、ラオス、モンゴル、メキシコ、マレーシア、ニュージーランド、フィリピン、シンガポール、米国及びベトナムにおいて、1957年(昭和32年)11月25日から2018年(平成30年)6月22日までの間に出願されたものであって、既に消滅したもの又は保留中のものを含め、99件の出願等をしたことがうかがえる(その他、被請求人による国際登録第1215084号、同第1219572号、同第1256089号及び同第1430344号の4件がある。)。そして、当該標章には、その構成中に「KEWPIE」、「キユーピー」の文字やキューピーの絵図等を有するものもある(甲38)。
なお、被請求人は、米国において、他人による「KEWPIE DOLL」の標章に係る出願に対し、2016年(平成28年)5月26日に異議申立てをしたことがうかがえる(甲37)。
キ 上記アないしカによれば、中島董一郎は、米国在住中(大正4年(1915年)3月?12月)に抱いたマヨネーズの国内普及とそれによる日本人の体位向上といった願望をかなえるべく、帰国後、我が国におけるマヨネーズの製造、販売を企図していたところ、大正14年3月にその製造、販売を始めた。この間に、中島董一郎は、本件商標を出願(大正11年4月1日)したが、その出願に当たっては、農商務省の水産講習所時代の一年先輩であって、先に国内向けの缶詰の商標としてキューピー印を使用していた高碕達之助の承認を得ている。
ところで、キューピー人形は、上記1に述べたことを踏まえれば、米国においては、中島董一郎が在住していた頃に人気であったとはいい得るものの、それがローズ・オニールの創作に係るものとしてのみ認識されていたか否かは明らかではなく、また、我が国においては、中島董一郎が帰国してから本件商標を出願するまでの間(大正5年1月?大正11年4月)、キューピー人形やその名前「キューピー」(KEWPIE)が広く知られていたとまではいい得るものの、それらについて、いずれがローズ・オニールの創作に係るものであるか又は同人の創作に係るものとは別個のものであるかなどといった峻別がされて認識されていたとは認めることができない。
そうすると、仮に、本件商標の構成中、図形部分がローズ・オニールの創作に係るキューピー人形と類似し、「KEWPIE」及び「キューピー」の各文字部分がローズ・オニールの創作に係るキャラクターの名前又はその名前の片仮名表記と同一であるとしても、中島董一郎が、本件商標を出願するに当たり、他人の標章の著名性にただ乗りする、あるいは、他人の知的財産を自己のものとして出願し、権利化を図るなどといった不正の目的をもってそれをなしたとはいい難い。
また、食品工業社(現キユーピー株式会社)の製造、販売するマヨネーズは、発売当初は売上げが芳しくなかったものの、商品の広告宣伝を工夫することにより、発売翌年(大正15年)以降、第2次世界大戦頃の生産中断を除き、その売上げを大きく伸ばし続けた結果、同社は、世界で屈指の大マヨネーズメーカーになったなどと称され、その商品に係るラベルや広告宣伝においては、その発売当初から継続して、キューピーの絵図、「KEWPIE」の文字若しくは「キユーピー」の文字又はそれらを組み合わせてなる標章が使用されている。そして、同社は、その使用に係る標章について、国内外で多数の商標出願をし、登録を得ているが、それは、国内外で事業を行う企業が、その事業を安定的に行う上で通常行うことの範ちゅうに属するものといい得るものであるし、また、米国でなされた他人の出願に対する異議申立ても、米国内において取得している自己の権利との関係で行ったものとみるのが相当である。
以上述べたことを総合勘案すれば、本件商標は、不正の目的をもって出願、登録されたものとはいえず、また、被請求人が本件商標を始めとするキューピーの絵図、「KEWPIE」の文字若しくは「キユーピー」の文字又はそれらを組み合わせてなる標章からなる登録商標をその指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反する又は社会の一般的道徳観念に反するものともいえず、さらに、その使用が不正な意図をもってされ、国際信義又は公正な取引秩序に反するものともいえないとみるのが相当であり、請求人の提出に係る甲各号証を総合してみても、これを覆すに足りる事実は見いだせない。
(3)請求人の主張について
ア 請求人は、本件商標が旧商標法第2条第1項第4号に該当する理由の一として、ローズ・オニールの作成に係るキューピー人形の図形と類似する人形の図形を含む本件商標は、旧著作権法及び現行著作権法に違反して作成され、また、複製されてきたものであり、本件商標の登録出願時において、キューピー人形の図形が「図案(中略)美術ノ範囲ニ属スル著作物」であることは、特許庁の審査官においても十二分に知り得るところであり、かかる判断に困難性はない旨主張する。
しかしながら、上記(1)で述べたとおり、我が国においては、本件商標の登録出願日(大正11年4月1日)前はもとより、その登録日(同年10月27日)以後においても、キューピー人形やその名前「キューピー」(KEWPIE)が広く知られていたとまではいい得るものの、それらについて、いずれがローズ・オニールの創作に係るものであるか又は同人の創作に係るものとは別個のものであるかなどといった峻別がされて認識されていたとは認められない。
また、旧商標法第2条第1項第4号と同旨といえる現商標法第4条第1項第7号に係る平成12年(行ケ)第386号(東京高裁 平成13年5月30日判決)(乙5)においては、図形等からなる商標について登録出願がされた場合において、特許庁の審査官が、出願された商標が他人の著作権と抵触するかどうかについて必要な調査及び認定判断を遂げた上で当該商標の登録査定又は拒絶査定を行うことには、相当な困難が伴うのであって、特許庁の審査官にこのような調査をさせることは、特許庁の事務処理上著しい妨げとなることは明らかであるから、現商標法第4条第1項第7号が、商標審査官にこのような調査等の義務を課していると解することはできず、よって、その使用が他人の著作権と抵触する商標であっても、現商標法第4条第1項第7号に規定する商標には当たらないと解するのが相当であり、そして、このように解したとしても、その使用が商標登録出願の日前に生じた他人の著作権と抵触する商標が登録された場合には、当該登録商標は、指定商品又は指定役務のうち抵触する部分についてその態様により使用することができないから(現商標法第29条)、不当な結果を招くことはない旨判示されている。そして、旧商標法においては、他人の意匠権と抵触する商標が登録された場合を規定する一方、他人の著作権と抵触する商標が登録された場合は規定されていなかったが(旧商標法第7条第3項)、後者の場合については、昭和31年12月24日付け「工業所有権制度改正審議会商標部会答申」で「第12 著作権と抵触する商標登録出願については、審査の際登録を拒絶することはしないが、この登録商標の使用については商標権者は著作権者の許諾を得なければこれを使用することができないこととする。」旨の答申がされたことを受けて、現商標法第29条に規定された。
さらに、旧商標法及び現商標法(ただし、商標法等の一部を改正する法律(平成8年法律第68号)による改正前のものに限る。)においては、商標権の更新登録の出願がされた場合に、審査官が登録商標について旧商標法第11条ただし書(旧商標法第2条第1項第4号その他の公益的事由)又は現商標法第19条第2項ただし書(現商標法第4条第1項第7号その他の公益的事由)に該当すると判断したときは、その更新登録は認められない(旧商標法第21条、現商標法第21条第1項第1号)ところ、この審査官による旧商標法第2条第1項第4号又は現商標法第4条第1項第7号該当性に係る判断をする際に、他人の著作権との抵触関係を調査等するには、上記したのと同様の困難が伴うから、このような調査等の義務が審査官に課されているとはいえないとみるのが相当である。
以上を踏まえれば、上記請求人の主張は、採用することができない。
イ 請求人は、本件商標が旧商標法第2条第1項第4号に該当する理由の一として、周知な商品等表示であるローズ・オニール作成のキューピー人形の図形又はその名称を使用して、キューピー人形と関係があるかのような混同を生じさせる行為又は著名な商品等表示であるローズ・オニール作成のキューピー人形の図形又はその名称を使用する行為は、不正競争にほかならず、本件商標は、旧不正競争防止法及び現行不正競争防止法に違反して使用されてきたものであり、公序良俗に違反する旨主張する。
しかしながら、上記(1)で述べたとおり、我が国においては、本件商標の登録出願日(大正11年4月1日)前はもとより、その登録日(同年10月27日)以後においても、キューピー人形やその名前「キューピー」(KEWPIE)が広く知られていたとまではいい得るものの、それらについて、いずれがローズ・オニールの創作に係るものであるか又は同人の創作に係るものとは別個のものであるかなどといった峻別がされて認識されていたとは認められない。
そうすると、我が国において、請求人の主張するローズ・オニール作成のキューピー人形の図形又はその名称が、旧不正競争防止法第1条第1項第1号の「本法施行ノ地域内ニ於テ取引上広ク認識セラルル他人ノ氏名、商号、商標、商品ノ容器包装其ノ他他人ノ商品タルコトヲ示ス表示」並びに現行不正競争防止法第2条第1項第1号の「他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているもの」及び同項第2号の「他人の著名な商品等表示」に該当するものとはいい難い。
また、上記(2)で述べたとおり、本件商標は、不正の目的をもって出願、登録されたものとはいえず、また、被請求人が本件商標を始めとするキューピーの絵図、「KEWPIE」の文字若しくは「キユーピー」の文字又はそれらを組み合わせてなる標章からなる登録商標をその指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反する又は社会の一般的道徳観念に反するものともいえず、さらに、その使用が不正な意図をもってされ、国際信義又は公正な取引秩序に反するものともいえない。
以上を踏まえれば、上記請求人の主張は、採用することができない。
(4)小括
以上によれば、本件商標の登録は、旧商標法第2条第1項第4号に違反してなされたとはいえない。
3 旧商標法第2条第1項第11号該当性について
請求人は、本件商標が旧商標法第2条第1項第11号に該当する理由として、「キューピー人形の図形」及び「キューピー」標章が、本件商標の登録出願前において、老若男女を問わず、全国津々浦々まで周知・著名であったものであり、かかる周知・著名標章を無関係の第三者が自己の商品に使用する行為は、当該周知・著名標章の顧客吸引力を利用するもの(フリーライド)にほかならず、商品の需要者は、「キューピー人形の図形」及び「キューピー」標章を付した商品について、当該周知・著名標章である「キューピー人形」の図形、「KEWPIE」の名称と関係があるとの混同を生じさせるおそれがあることは明らかとし、さらに、同号の「商品ノ混同ヲ生セシムルノ虞」については、当該周知・著名標章がどこの誰が権利者であるかということを世人が知ることを要求するものではないから、商品に関係なくても当該周知・著名な標章を他人が別種の商品に使用することによって、商品の混同のおそれがあると判断されるべきである旨主張する。
しかしながら、旧商標法第2条第1項第11号の「商品ノ混同ヲ生セシムルノ虞」があるものとは、例えば、ある商標が商品について使用された結果、その商品を表示するものとして需要者の間で非常に広く認識される(著名)に至った場合において、他人がその商標を別種の商品に使用するときは、その商品について、需要者が当該著名な商標に係る商品と同じ出所に係るものと混同するおそれがあるなどといったものが該当するといえ、そのときは、その出所の具体的な企業名等は知らずとも、特定の出所と認識されることで足りるとみるのが相当であるところ、上記1(1)で述べたとおり、本件商標の登録出願前の大正時代の中頃以降においては、ローズ・オニールとの関連なく、「キューピー」(KEWPIE)という同一の名前の下、その創作のオリジナルからかけ離れた日本独特の特徴を備えたものが普及し、様々な商品のブランド名や広告類のイラスト等として、継続的に使用され続けているといった状況にあったといえることからすれば、本件商標をその指定商品について使用しても、これに接する需要者が、本件商標の構成中の図形部分や文字部分をもって、特定の出所を認識することはないというべきである。
そうすると、本件商標は、旧商標法第2条第1項第11号の「商品ノ混同ヲ生セシムルノ虞アルモノ」に該当するものではないし、また、請求人の主張及び同人提出の甲各号証を総合勘案しても、本件商標が同号の「商品ノ誤認ヲ生セシムルノ虞アルモノ」に該当すると認めるに足る事実は見いだせない。
してみれば、本件商標の登録は、旧商標法第2条第1項第11号に違反してなされたとはいえない。
4 まとめ
以上のとおり、本件商標の登録は、旧商標法第2条第1項第4号及び同項第11号のいずれにも違反してされたものとは認められないから、同法第16条第1項第1号により、その登録を無効とすることはできない。
よって、結論のとおり審決する。
別掲 【別記】

審理終結日 2019-12-27 
結審通知日 2020-01-07 
審決日 2020-01-21 
出願番号 商願大11-500 
審決分類 T 1 11・ 271- Y (Y30)
T 1 11・ 22- Y (Y30)
最終処分 成立 
特許庁審判長 金子 尚人
特許庁審判官 小松 里美
田中 敬規
登録日 1922-10-27 
登録番号 商標登録第147269号(T147269) 
商標の称呼 キューピー 
代理人 高田 泰彦 
代理人 砂山 麗 
代理人 矢崎 和彦 
代理人 朝倉 悟 
代理人 中村 行孝 
代理人 本宮 照久 
代理人 佐藤 泰和 
代理人 宮嶋 学 
代理人 柏 延之 
代理人 日野 修男 
代理人 永井 浩之 
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