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審決分類 |
審判 全部無効 商4条1項7号 公序、良俗 無効とする(請求全部成立)取り消す(申し立て全部成立) W33 |
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管理番号 | 1333343 |
審判番号 | 無効2016-890075 |
総通号数 | 215 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 商標審決公報 |
発行日 | 2017-11-24 |
種別 | 無効の審決 |
審判請求日 | 2016-12-01 |
確定日 | 2017-09-20 |
事件の表示 | 上記当事者間の登録第5737079号商標の商標登録無効審判事件について、次のとおり審決する。 |
結論 | 登録第5737079号の登録を無効とする。 審判費用は被請求人の負担とする。 |
理由 |
第1 本件商標 本件登録第5737079号商標(以下「本件商標」という。)は、別掲のとおりの構成からなり、平成26年10月9日登録出願、第33類「ぶどう酒,その他の果実酒,アルコール飲料(ビールを除く。),果実入りアルコール飲料(ビールを除く。),日本酒,洋酒,酎ハイ,中国酒,薬味酒」を指定商品として、同27年1月6日登録査定、同月30日に設定登録されたものである。 第2 請求人の主張 請求人は、結論同旨の審決を求め、その理由を要旨次のように述べ、証拠方法として、甲第1号証ないし甲第31号証(枝番号を含む。)を提出した。 1 原産地統制名称「BORDEAUX」(ボルドー)について (1)請求人の一方である「アンスティテュ ナショナル ドゥ ロリジン エ ドゥ ラ カリテ」(“INSTITUT NATIONAL DE L’ORIGINE ET DE LA QUALITE”)は、日本語で「国立原産地・品質研究所」を意味する。当該研究所は、2007年1月のフランスの法改正により、1935年に設立されたフランスの公法人である「アンスティテュ ナショナル デ ザペラシオン ドリジン」(“INSTITUT NATIONAL DES APPELLATION D’ORIGINE”)(日本語で「フランス国立原産地品質研究所」を意味する。以下、「INAO」と略する場合がある。)より組織変更されたものであり、その設立以降、フランス国内及び国外で、フランスにおける原産地統制呼称(“APPELLATION D’ORIGINE CONTROLEE”)の保護をその活動の大きな柱の一つとして取り組んでいる。 請求人のもう一方である「コンセイユ アンテルプロフェッショネル デュ ヴァン ドゥ ボルドー」(“CONSEIL INTERPROFESSIONNEL DU VIN DE BORDEAUX”)は、日本語で「ボルドーワイン委員会」を意味し、フランス国ボルドー産のワインの保護及び育成を目的の一つとして設立された、ボルドーワインの生産者と輸出業者からなるフランス法人であり、過去においても、原産地統制名称「BORDEAUX」に化体した高い評判・信用・名声を保護するために、「BORDEAUX」の文字を含み、当該原産地統制名称の有する高い名声・信用・評判を稀釈化する商標に対して商標登録異議の申立て等を行うなど、我が国においても多大なる努力を尽くしている(以下、両請求人をまとめて「請求人ら」という場合がある。)。 (2)「BORDEAUX」(ボルドー)は、フランス南西部のジロンド県の県都で、ガロンヌ川に沿う港市であり、ぶどう酒、ワインの集散地又は砂糖、ブランデー、綿織物等を産出する都市として世界的に有名な都市である(甲2及び甲3)。この「BORDEAUX」(ボルドー)との地名は、フランスの原産地統制名称法(A.O.C.法)により、原産地統制名称として定められており、厳格にその使用が統制されている。 原産地表示は、需要者・取引者にとって、商品の選択に際して極めて重大な意味を有することはいうまでもなく、パリ条約における原産地等の虚偽表示の取締りに関する規定及び誤認を生じさせる原産地表示の防止に関するマドリッド協定の精神は、最大限に尊重されなければならない。 一般に酒類、食品、繊維製品等は、原産地によって大きくその品質が左右されるため、原産地表示が重要な意味を有する。フランスにおいては、原産地表示が特に厳格に統制されており、その中核をなすのが、1935年に制定された「原産地統制名称法(Appellation d’Origine Controlee(「Controlee」の文字中、6字目の「o」及び8字目の「e」の各文字の上部には、アクサン記号が付されている。以下同じ。))」である(甲4、甲11、甲13の2、甲13の7、甲13の14及び甲14の1ないし甲14の6)。同法律は、優れた産地のワインを保護・管理することを目的とし、請求人の一方である政府の機関「アンスティテュ ナショナル ドゥ ロリジン エ ドゥ ラ カリテ」によって運用されている。 原産地統制名称法に基づいて製造されたワインは、原産地統制名称ワイン(A.O.C.ワイン)と呼ばれ、原産地、品質、最低アルコール含有度、最大収穫量、醸造法等の様々な基準に合うように製造されなければならず、その基準に合格して初めてA.O.C.名称を使用することができるが、鑑定試飲会の際に不適当であるとみなされたものは、名称使用権利を失うことになっており、厳格な品質維持が要求されている。 (3)原産地統制名称は、産地の名称を法律に基づいて管理し、生産者を保護することを第一の目標とし、また、名称の使用に対する厳しい規制は、消費者に対して品質を保証するものとなっている。原産地統制名称を保護・統制することは、数々のルールや規制を自らに課し、独特の製品を長年製造してきたその地域の生産者の利益を保護するとともに、消費者が製品の産地と品質について誤認混同させられることを避け、需要者の利益に資するものであり、商標法の目的に合致するものである。 「BORDEAUX」及び「ボルドー」は、原産地統制名称法による原産地統制名称にほかならず、ボルドー産のワインにのみ使用を許される名称である。この表示を付した商品は、我が国においても広く販売されており、ワイン・食品分野の取引者・需要者のみならず、その名称は、産地を表示する標章の代表的なものの一つとして世界的に著名である(甲2ないし甲20)。 2 商標法第4条第1項第7号該当性について (1)商標法第4条第1項第7号の趣旨について 商標法は、不正競争防止法と並ぶ競業法であって、登録商標に化体された営業者の信用の維持を図るとともに、商標の使用を通じて商品又はサービスに関する取引秩序を維持することをその目的とされている。そして、商標法第4条第1項第7号は、上記目的を具現する条項の一つであり、過去の審判決例によれば、商標の文字の構成、指定商品(役務)の内容並びに当該商標の構成中の表示が外国において有する意義や重要性及び我が国における周知著名性等を総合考慮した場合に、当該指定商品(役務)に使用することが、当該外国の国民の国民感情を害し、当該外国と我が国との友好関係にも影響を及ぼしかねないものである場合には、当該商標は、国際信義に反するものと解されている(知的財産高等裁判所平成24年12月19日判決(知財高判平成24年(行ケ)第10267号、甲21)、平成7年1月24日審決(昭和58年審判第19123号、甲22)等)。 また、知的財産高等裁判所の平成18年9月20日判決(知財高判平成17年(行ケ)第10349号、甲23)は、いかなる商標が商標法第4条第1項第7号の公序良俗に反するかにつき、以下のとおり、5つの具体的事情を考慮して検討すべきとの指針を示している。 「『公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標』には、(a)その構成自体が非道徳的、卑わい、差別的、矯激若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形である場合、(b)当該商標の構成自体がそのようなものでなくとも、指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反する場合、(c)他の法律によって、当該商標の使用等が禁止されている場合、(d)特定の国若しくはその国民を侮辱し、又は一般に国際信義に反する場合、(e)当該商標の登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合、などが含まれるというべきである。」 さらに、どのような商標登録が特定の国との国際信義に反するかどうかについても、「当該商標の文字・図形等の構成、指定商品又は役務の内容、当該商標の対象とされたものがその国において有する意義や重要性、我が国とその国の関係、当該商標の登録を認めた場合にその国に及ぶ影響、当該商標登録を認めることについての我が国の公益、国際的に認められた一般原則や商慣習等を考慮して判断すべきである。」と当該判決の中で判示されている。 (2)著名な原産地名称については保護すべきであることについて ア 著名商標の保護については、従前より、周知・著名商標の保護の明確化の要請が高まってきたことに伴い、国内又は外国において広く認識されている商標が不正な目的で使用されることを防ぐことを目的として、商標法等の一部を改正する法律(平成8年法律第68号)により、商標法第4条第1項第19号が不登録事由として設けられている。そして、「商標審査便覧」においては、同号の趣旨に関して、次のように説明されている。 「多年に亘って企業が努力を積み重ね、多大な宣伝広告費を掛けることにより、需要者間において広く知られ、高い名声、信用、評判を獲得するに至った周知、著名商標は、十分に顧客吸引力を具備し、それ自体が貴重な財産的価値を有するものといえる。これらの周知、著名商標については、第三者の使用により出所の混同のおそれまではなくとも、出所表示機能を稀釈化させたり、その周知、著名商標のもつ名声を毀損させることが可能であり、このような目的を持った不正な使用から十分保護する必要がある。」 イ 「BORDEAUX(ボルドー)」は、上述したように、著名なフランスの原産地統制名称として、その使用が厳格に管理・統制されているものであって、請求人らによる長年にわたる厳格な品質管理・品質統制の努力の結果、高い名声、信用、評判が形成されているものであり、ぶどう酒の商品分野に限られることなく一般消費者に至るまで、世界的に著名な原産地名称として広く知られている。 原産地名称は、商品が産出された土地の地理的名称をいい、商標とは地理的名称に限定されること及びその商品の品質、社会的評価、その他の特性が、産出地固有の気候、地味等の自然条件又は産出地の人々が有する伝来の生産技術、経験若しくは文化等の人的条件といった地理的要因に基づくこと等の点において異なるが、商標とは、商品の出所表示機能、品質保証機能及び広告機能を有する点において、共通しているものと考えられる。そうすると、原産地名称のうち、著名な標章については、著名商標の有するこれら機能が商標法によって保護されているのと同様に保護されることが望ましいというべきである(無効2002-35301、甲25の2)。 したがって、商標法第4条第1項第7号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれのある商標」には、著名な原産地名称を含む表示からなる商標を同法第4条第1項第17号によって商標登録を受けることができないとされているぶどう酒又は蒸留酒以外の商品に使用した場合に、当該表示へのただ乗り(フリーライド)又は当該表示の稀釈化(ダイリューション)を生じさせるおそれがある等、公正な取引秩序を乱すおそれがあると認められるものや国際信義に反すると認められるものも含まれると解すべきである。 ゆえに、著名な原産地名称を原産地と離れた特定個人又は企業が自己の商標として登録し、使用することは、商標法第4条第1項第7号に該当するものとして、認められるべきではなく、商標法の下、著名な原産地名称については保護されるべきである。 (3)本件商標について ア 本件商標は、別掲のとおり、「Bord’or」の欧文字をスクリプト体で横書きしたものであり、「ボルドー」又は「ボルドール」の称呼が自然に生じるものであるところ、「ボルドー」の称呼は、厳格に管理統制されている原産地統制名称として著名な標章「BORDEAUX」(ボルドー)から生じる「ボルドー」の称呼と同一である。また、「ボルドール」の称呼についても、「ボルドール」と「ボルドー」とは、称呼上、語尾音「ル」の有無が相違するが、語尾音は、称呼を聴別する上で聞き落しやすい音とされており、いずれの称呼も長音(「ー」)を伴った「ド」の音が強く明瞭に発音され、「ボルドール」の称呼にあって、語尾音「ル」は、弱く響く音となることから、「ボルドール」と「ボルドー」とは、称呼上、互いに紛らわしい類似するものといえる。 そうすると、本件商標は、著名な原産地統制名称に相当する「BORDEAUX(ボルドー)」に類似するものであり、また、上述したように、原産地統制名称である「BORDEAUX(ボルドー)」が高度な著名性を有していることから、本件商標は、著名な原産地統制名称である「BORDEAUX(ボルドー)」を想起させる商標という印象を強く与えるというべきものである。 また、本件商標の出願人は、その出願審査の過程において、早期審査に関する事情説明書の資料として「商品パンフレット」及び「商品注文書」の写しを提出しているところ、当該資料によれば、本件商標の使用に係る商品について、「“いつも中身は、金賞ボルドー”品質保証ブランド『ボルドール』誕生!!!」と銘打って広告宣伝されていることから、本件商標が著名な原産地表示である「BORDEAUX」、「ボルドー」に化体した信用や顧客吸引力にフリーライドした商標であること、すなわち、著名な原産地表示である「BORDEAUX」、「ボルドー」にあやかって採択し、出願されたものであることは明らかである(甲1の3)。 したがって、本件商標が、原産地統制名称ワイン以外の商品たるその商品に使用されるときは、厳格に管理統制されている上記原産地統制名称としてのイメージが稀釈化され、その著名標章のもつ名声が毀損されるおそれがあるといわざるを得ず、また、商取引の秩序を乱すものであり、ひいては国際信義に反するものとして、公序良俗を害するおそれがあるというべきである。 イ 請求人らは、国内外の需要者・取引者が想起する「BORDEAUX(ボルドー)」表示の信頼性や評判を損なわぬよう、ボルドー地方のぶどう生産者やぶどう製造業者を厳格に管理・統制し、厳格な品質管理・品質統制をし、これらの者と無関係の他人が「BORDEAUX(ボルドー)」を無断で使用ないし登録することで、請求人ら、そしてぶどう生産者やぶどう製造業者らの努力により蓄積・維持されてきた「BORDEAUX(ボルドー)」表示のイメージが毀損されることがないように活動を続けてきた。このような請求人らの努力により、「BORDEAUX(ボルドー)」は、現在まで長期にわたって著名性を保ち続け、高い名声、信用、評判を獲得してきたのであり、その結果、世界的に多大な顧客吸引力が化体するに至っているのである。 そして、請求人らは、「BORDEAUX(ボルドー)」表示のイメージが毀損される可能性がある限り、「BORDEAUX(ボルドー)」の語をそっくりそのまま含むものに限らず、これをもじった名称や商標等も、「BORDEAUX(ボルドー)」表示を軽蔑ないし嘲笑するがごときものとして、フランス国において、不快感などの国民感情を生じさせるおそれがあるため、当然に使用が規制されるべきものと考えるところ、本件商標が登録された事実は、原産地表示に関してフランス政府が国を挙げて取り組んでいる統制ないし歴史を全く理解していないか、又は極めて軽視しているだけでなく、「BORDEAUX(ボルドー)」表示に対してフランス国民が抱いている誇りや名誉といった国民感情をないがしろにするものといわざるを得ない。 したがって、本件商標は、上記原産地統制名称である「BORDEAUX(ボルドー)」の稀釈化をきたすおそれがあり、また、フランス国民の不快感などの国民感情を生じさせるおそれもあるため、国際信義に反するといわざるを得ないものである。 (4)異議決定及び無効審決例 原産地統制名称の「BORDEAUX(ボルドー)」を含む商標については、その稀釈化を引き起こすおそれや公正な競業秩序を乱すおそれがあるとして、商標法第4条第1項第7号に該当すると判断された先例が多数存在する。 とりわけ、本件商標の指定商品に類似する第35類「ボルドー産のぶどう酒の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」を指定役務とし、「BORDEAUX EXPERIENCE」及び「ボルドー エクスペリエンス」の文字を上下二段に表してなる商標は、平成22年9月27日審決(無効2010-890018、甲24の5)により、商標法第4条第1項第7号に該当すると判断されている。 (5)「BORDEAUX(ボルドー)」以外の原産地統制名称に関する商標 ア 原産地統制名称については、「BORDEAUX(ボルドー)」に限らず、これを構成中に有する商標、又はこれらをもじった商標が、商標法第4条第1項第7号に該当するものと判断されている。 特に、「BORDEAUX(ボルドー)」と並ぶ著名な原産地統制名称である「CHAMPAGNE(シャンパン)」については、知的財産高等裁判所の平成24年12月19日判決(知財高判平成24年(行ケ)第10267号、甲21)を含め、過去の審判決等において、商標法第4条第1項第7号に該当するものと判断された先例が多数存在する(甲25の1ないし甲25の31)。 イ 「ROMANEE-CONTI(「ROMANEE」の文字中、6字目の「E」の文字の上部には、アクサン記号が付されている。)(ロマネコンチ)」、「BEAUJOLAIS NOUVEAU(ボジョレーヌーボー)」、「CHABLIS(シャブリ)」といった原産地統制名称についても、これらをその構成中に有する商標、又はこれらをもじった商標が、商標法第4条第1項第7号に該当するものと判断されている(甲26の1の1ないし甲26の6)。 ウ 上記ア及びイに示した審判決等は、いずれも、商標に含まれる原産地名称が、フランス国が国内法令を制定し、INAO等が中心となって統制、保護を図ってきたものであること、当該原産地名称が著名性を獲得したものであることを理由に挙げており、さらに、当該商標をその指定商品等に使用するときは、著名な原産地名称の表示へのただ乗り(フリーライド)や同表示の希釈化(ダイリューション)を生じさせるおそれがあるばかりでなく、生産者及び製造者はもとより、国を挙げてぶどう酒の原産地名称又は原産地表示の保護に努めているフランス国民の感情を害するおそれがあるなどと判断している。 このように、「BORDEAUX(ボルドー)」以外の原産地名称を含む商標に対して下された審判決等に照らしても、本件商標をその指定商品に使用した場合において、著名性を獲得した原産地名称である「BORDEAUX(ボルドー)」の表示へのただ乗り(フリーライド)及び同表示の稀釈化(ダイリューション)を生じさせるおそれがあることのみならず、本来、限定された発泡性ぶどう酒にのみ付されるべき同表示が、別の商品・役務に使用されることによって、同表示の汚染(ポリューション)を生じされるおそれがあり、また、国を挙げてぶどう酒の原産地名称又は原産地表示の保護に努めているフランス国民の感情を害するおそれがあることは明らかというべきである。 したがって、本件商標を登録することは、公正な取引秩序を乱し、国際信義に反するものであるから、公の秩序を害するおそれがあると判断されるのが相当であり、商標法第4条第1項第7号により、取り消すべきものである。 (6)小括 上記(1)ないし(5)によれば、著名な原産地統制名称である「BORDEAUX(ボルドー)」は、請求人らによる不断の努力によって、高い名声・信用・評判が維持されているのであって、これを容易に想起させ、原産地とかけ離れた特定個人が自己の商標として登録し、使用することは、公序良俗を害するものであるというべきである。すなわち、本件商標は、著名な原産地名称である「BORDEAUX(ボルドー)」の名声を僣用し、「BORDEAUX(ボルドー)」に化体している高い名声・信用・評判から不正な利益を得るために使用する目的でなされたものであるから、「BORDEAUX(ボルドー)」表示へのただ乗り(フリーライド)及び同表示の稀釈化(ダイリューション)を生じさせるおそれがあり、公正な取引秩序を乱し、国際信義に反するものであるため、商標法によって登録され、保護されるに値しない商標というべきである。 したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第7号に該当するものというべきある。 3 結び 以上に述べたとおり、本件商標は、商標法第4条第1項第7号に該当するものであるから、その登録は、同法第46条第1項第1号により、無効とされるべきものである。 第3 被請求人の答弁 被請求人は、何ら答弁するところがない。 第4 当審の判断 1 「BORDEAUX」(ボルドー)について (1)請求人の主張及び同人の提出に係る甲各号証によれば、以下の事実が認められる。 ア 株式会社岩波書店2008年1月11日発行「広辞苑第六版」(甲2)の「ボルドー【Bordeaux】」の項には、「フランス南西部、ガロンヌ川に沿う港市。葡萄酒の集散地。また、砂糖・ブランデー・綿織物などを産出する。…ボルドー地方から産する葡萄酒。赤葡萄酒はクラレットとも呼ぶ。…」と記載されている。 イ 株式会社三省堂1985年12月10日発行「コンサイス外国地名事典(改訂版)」(甲3)の「ボルドー Bordeaux」の項には、「フランス南西部、ジロンド県の県都、港湾・工業都市。…ブドウ酒の輸出港として有名。…」と記載されている。 ウ 株式会社柴田書店1982年5月20日発行「新版 世界の酒事典」(甲5)の「ボルドー(Bordeaux)」の項には、「フランスの代表的なぶどう酒の産地。…行政的にジロンド県産のものにかぎってゆるされる名称で、ジロンド県は最上級のぶどう酒を産するメドック、グラーブ、ソーテルヌ、サン・テミリヨンの四地区と、これにつぐポムロール、アントル・ドゥ・メール、コート、パリュスなどの地区に分かれている。…フランスのぶどう酒産出地域は、大きくボルドー、ブルゴーニュ、シャンパーニュの三地方に分けられるが、なかでもボルドー地方は量質ともに第1位で、フランス総生産量の実に3分の2を占め、年産約8,000万ガロンを産出している。この地方のぶどう酒は、ブケ(発酵と熟成過程でうまれる香り)、アロマ(ぶどうの品種による香り)、パルフュム(口にふくんだときの香り)がよく、酒質も色もひじょうにすぐれている。そのぶどう栽培地の土壌は、表面が粘土質で、その下に小石や砂の層があり、農作物の作付けにはむかないが、ぶどうの栽培には最適の条件を備えている。」と記載されている。 エ 株式会社柴田書店昭和56年6月15日発行「洋酒小事典」(甲6)の「ボルドー Bordeaux」の項には、「フランス西部にある世界的に有名なワインの産地。赤、白のワインを産し、赤ワインをクラレットと呼ぶ場合が多い。…」と記載されている。 オ 早川書房1996年3月31日発行「ワインの女王 五版」(甲7)には、その表紙に「…ワイン生産地としてボルドー最大の特色は『シャトー・ワイン』が特有の制度として確立している点にある。…肝心かなめの点は、シャトーの持主がシャトー周辺の自己所有畑で、自らぶどう栽培に当り、建物付属の醸造所でワインを造り、樽貯蔵し、自ら瓶詰めしたワインに限って、そのシャトー名を冠せるところにある。」、「ボルドーを知らずしてワインを語るなかれ!」、「繊細な香りと豊かなコク。酒の王にしてワインの女王。ボルドー・ワインに乾杯!」と記載され、その48頁には、「…名酒になるはずのワインに他の地方のワインや質のおちるぶどうからつくったワインを混ぜる不心得者が横行したし、今でもあとを絶たない。これを防ぐために、フランスではAC(Appellation Controllee(「Controllee」の文字中、6字目の「o」及び9字目の「e」の各文字の上部には、アクサン記号が付されている。以下同じ。))制度が生れ、現在では他の国も見習いだしている。『原産地名統制呼称』とも訳されているこの制度は、一定の地域で、それぞれ法令の要求する条件(使うぶどうとか最大生産量など)を守ったものだけに、その地域名を名乗ることを認めるというものである。…」と、その69頁には、「…フランス・ワインのラベルを見てみると、たいていAppellation Controlleeという文句が刷られているはずである。…ラベルに、この表示を地方名と組み合わせて表示することが?場合によっては表示してはならないことが?フランスではワイン生産者に義務づけられているが、この表示するしくみが、アペラシオン・コントローレ(Appellation d’Origine Controllee 略してAOCまたはAC)制度である。日本では『原産地名統制呼称』とか『原産地名管理呼称』制度と訳している。…」と、その71頁には、「…これをボルドーでみてみると、まずAC『ボルドー・ワイン』がある。これは…ボルドー市を中心にしたジロンド県内の広大な地域である。…」と、それぞれ記載されている。 カ サントリー株式会社1998年12月1日発行「世界のワインカタログ1999 by Suntory」(甲8)には、その81頁に「ボルドー」の見出しの下、「ボルドーの葡萄園は、ジロンド河の両岸と、ガロンヌ河、ドルドーニュ河の両岸に広がっており、銘醸地がひしめくフランスの中でも、質・量とも群を抜いて名高い地域です。ボルドーワインは恵まれた自然風土の中で育まれた複数の葡萄品種の組み合わせから生まれ、長い熟成期間を経て、繊細な風味と香りを身につけていきます。文字どおり、“ワインの女王”にふさわしい優雅な個性です。…ボルドーのワインは、原産地呼称統制ワイン-AOCが多く、フランス全体のAOC生産量の2割強を占めています。世界のワイン産地の中で最も名高いボルドーといわれるゆえんです。…」と記載され、ボルドーのAOCワインを産出している代表的ワインの地区として、その81頁から82頁にかけて「メドック地区」、「グラーヴ地区」、「ソーテルヌ地区」、「サンテミリオン地区」、「ポムロール地区」、「フロンサック地区」及び「アントル・ドゥー・メール地区」が各々紹介されている。 キ 日本経済新聞社1996年9月30日発行「田崎真也のフランスワイン&シャンパーニュ事典」(甲9)には、「●PART3 ボルドー BORDEAUX」の見出しの下、「…ボルドーのワインについて語るならば、シャトーについて触れなくてはならない。ボルドーのシャトーは、文字通りの絢爛豪華な城館もあるが、ごく普通のワイン農家といった建物もあり、醸造所と考えた方がいい。シャトーが所有する畑から穫れたぶどうを自分のシャトーでワインにする。すなわちシャトー元詰めがボルドーワインの基本的考え方だ。…」と記載され、その118頁ないし127頁には、「Chateau(3字目の「a」の文字の上部には、アクサン記号が付されている。以下同じ。) Lafite-Rothschild/シャトー・ラフィット・ロートシルト」、「Chateau Margaux/シャトー・マルゴー」、「Chateau Mouton Rothschild/シャトー・ムートン・ロートシルト」、「Chateau Lagrange/シャトー・ラグランジュ」及び「Chateau Beychevelle/シャトー・ベイシュヴェル」が各々紹介されている。 ク ネスコ(日本映像出版株式会社)1991年5月27日発行 株式会社文藝春秋発売「ワールドアトラス・オブ・ワイン」(甲10)には、その80頁に「Bordeaux ボルドー」の見出しと地図が掲げられ、その81頁には、「…ボルドーはこの世で最大の上質ワイン産出区域だ。ジロンド県全体がワインづくりにかかわり、全部がボルドーなのだ。産出量はブルゴーニュをはるかにしのぎ、1983年には5億1,000万lを産した。…」と、その82頁には、「ボルドー:品質決定要因」の見出しの下、「ぶどう栽培・ワイン醸造にとってボルドー地方がもっている利点を数え上げるのは簡単だ。海に近く、河川が縫うように走っているため、気候が温和で安定し、大西洋側に森林があって強い潮風を遮り、降雨が少なく、基盤岩が豊富に無機物を含んでいる反面、表土は全般に全くやせており、多くの場合、非常に分厚い。…」と、それぞれ記載されている。 ケ 株式会社講談社昭和63年5月17日発行「『世界の名酒事典』別冊 世界の名ワイン事典」(甲12)には、その2葉目に「世界のワインの指標」の見出しの下、「ワイン大国フランスで昔から銘醸の地として名高い、ボルドーとブルゴーニュを取り上げ、両地方の歴史から、気候風土の違い、そして銘酒選びまでを紹介した。」と、その3葉目には、「なぜボルドーとブルゴーニュか」の見出しの下、「このようなワインの王国でも、その代表格となると、やはり、ボルドーとブルゴーニュになってしまうのである。この二つの地方は、世界のワインの最高峰と目される極上物を頂点に、中級から下級に至るワインを産出しているが、…これらの二つの地方はその赤ワインのタイプが際立った対照をなしていて、『ワイン』そのものの指標的存在となっているということである。また、白ワインも同様にブルゴーニュは辛口、ボルドーは甘口が世界の模範的存在になっている。」と、それぞれ記載されている。 コ 株式会社講談社昭和55年5月30日発行「世界の名酒事典’80改訂版」(甲13の1)には、その2葉目に「ボルドー・ワインの特徴」の見出しの下、「ボルドー・ワインとは、ジロンド県内の十三のぶどう栽培地域のいずれかで、A・O・Cの規定にもとづいてつくられたワインをいう。それ以外の地域でつくられたワインをブレンドしたものは、ボルドー・ワインを名のることはできない。十三のぶどう栽培地域は、(1)メドック、(2)グラーヴ、(3)ソーテルヌ、(4)サンテミリオン、(5)ポムロール、…なかでも(1)?(5)の地区が優秀で、ボルドーが世界に誇るワインのほとんどは、ここで生産される。…」と記載され、その3葉目には、ボルドーワインの格付け銘柄の一覧表等が記載されている。そして、ほぼ同様の内容が、同社発行「世界の名酒事典」の’82-’83年度版、’84-’85年度版、’87-’88年版、’90年版ないし’99年版、2000年版ないし2006年版、2008年-09年版、2010-11年版、2012年版ないし2014年版(甲13の2ないし甲13の26)にも記載されている。 サ 読売新聞社1986年4月17日発行「The一流品 決定版」(甲17)の250頁ないし253頁には、「FRENCH WINE/フランスワイン」、「ボルドー地区」の見出しの下、「ボルドー地区は、大西洋に面した南西フランスに位置し、世界で最も広大なぶどう栽培地帯である。ジロンド河、ガロンヌ河、ドルドーニュ河の両岸に広がっており、ここでできる赤ワインは“クラレット”とよばれるワインの女王と称賛される。鮮やかな紅色が特徴。ボルドーワインで登場するのがシャトー。城というより、ぶどう園全体を指している。一八五五年に地域、畑(シャトー)別に格付けが決められ、今日に至っている。」の記載とともに、同地区の各シャトーのワインが紹介されている。そして、ほぼ同様の内容が、同社発行「The一流品」の「決定版PART2」(1987年4月20日発行)、「PART3」(1988年5月6日発行)及び「PART4」(1989年6月16日発行)にも記載されている(甲18ないし甲20)。 (2)上記(1)において認定した事実によれば、「ボルドー」の語は、その原語である「BORDEAUX」を含め、遅くとも昭和50年代中頃以降、我が国において、フランス南西部にある代表的なぶどう酒の産地を表す地名であり、かつ、同地で作られるぶどう酒をも指称する語として、一般に広く知られるに至っているといえ、また、当該「BORDEAUX」の語は、生産地域、製法、生産量等の所定の条件を備えたぶどう酒についてのみ使用できるフランスの原産地統制名称であることも相当程度知られているといえる。 そうすると、「ボルドー」及び「BORDEAUX」の各語は、本件商標の登録出願時及び登録査定時には既に、「フランスの代表的なぶどう酒の産地」及び「フランスのボルドー地方で(のみ)作られるぶどう酒」を意味するものとして、我が国の需要者の間に広く認識されていたというべきである。 2 「BORDEAUX」及び「ボルドー」の名称の保護に関して (1)フランス食品振興会(SOPEXA)1987年発行「フランスのワインとスピリッツ」(甲4)において、「ワインの分類」の見出しの下、ワインは、EC(欧州共同体)の規則に従って、テーブルワインとV.Q.P.R.D.(指定地域優良ワイン)の2つの等級に分類され、さらに、フランスでは、この2つの等級がそれぞれ2分され、(i)A.O.C.(原産地統制名称ワイン)(ii)V.D.Q.S.(上質限定ワイン)(iii)ヴァン・ド・ペイ(地酒)(iv)ヴァン・ド・ペイを除いたテーブルワインの4つに分けられること、V.D.Q.S.(上質指定ワイン)は、原産地名称国立研究所(INAO)による厳しい規制に合格したものに限られ、その製造の条件は、地域ごとに厳密に定められ、法令化されていること、A.O.C.(原産地統制名称ワイン)は、その製造が、V.D.Q.Sワインに適用される規制より更に厳格な規則を充たすものでなければならず、原産地、品種、最低アルコール含有度、最大収穫量、栽培法、剪定、醸造法及び、場合によっては、熟成条件等の規準が決定されており、その原産地域がV.D.Q.Sワインの場合より更に厳しく限定されていること、その原産地統制名称を使用するためには、様々な規準に合うように製造され、かつ、鑑定試飲会において、不適当とみなされない必要があることなどが記載されている。 また、上記「フランスのワインとスピリッツ」の「産地別A.O.C.ワイン一覧表」中には、「フランス西南部(ボルドーを含む)」が記載されている。 (2)フランス食品振興会(SOPEXA)発行の原産地統制名称制定50周年に係るパンフレット(甲11)、フランス原産地統制名称の国際的保護のためのINAOのアクションに関するメモ(甲15)及び1935年7月30日付け原産地統制名称に係るフランス国政令抜粋(甲16)によれば、フランスでは、1935年に原産地統制名称法令が制定され、また、原産地名称国立研究所(INAO)は、原産地統制名称のぶどう酒が満たすべき生産区域、ブドウ品種、生産高、最低天然アルコール純度、栽培方法、醸造方法、蒸留方法などの条件を定めることができるとともに当該名称の保護を目的として結成された各種組合とともにフランス国内及び国外で原産地統制名称を保護するための活動をしているなどとされている。 3 本件商標の商標法第4条第1項第7号該当性について 本件商標は、別掲のとおり、「Bord’or」の欧文字を筆記体で横書きしてなり、その構成文字に相応して、「ボルドー」又は「ボルドール」の称呼を生じるものと認められる。 ところで、本件商標は、前記第1のとおり、その指定商品中に「ぶどう酒」を含むものであるところ、上記1(2)で述べたように、本件商標の登録出願時及び登録査定時に、「ボルドー」及び「BORDEAUX」の各語が「フランスの代表的なぶどう酒の産地」及び「フランスのボルドー地方で(のみ)作られるぶどう酒」を意味するものとして我が国の需要者の間に広く認識されていたことからすれば、本件商標から生じる称呼「ボルドー」は、当該ぶどう酒ないしその産地を容易に想起させるといえるし、また、本件商標から生じる称呼「ボルドール」や本件商標を構成する欧文字「Bord’or」についても「ボルドー」の音や「Bord」の欧文字を含むものであることを考慮すると、当該ぶどう酒ないしその産地を連想、想起させる場合も少なからずあるとみるのが相当である。 そして、上記1及び2のとおり、フランスのボルドー地方では、ぶどう生産者及びぶどう酒製造者が長年その土地の気候、風土を利用して優れた品質のぶどう酒生産に努めており、また、同国においては、国内法令を制定し、1935年以降、原産地名称国立研究所が中心となって「BORDEAUX」を含む原産地統制名称の厳格な統制、保護をしてきており、その結果として、「BORDEAUX」についての著名性が確立されているものといえる。 そうすると、本件商標をその指定商品(特に、ぶどう酒)について使用するときは、我が国において需要者の間で広く認識されている「ボルドー」及び「BORDEAUX」の語へのただ乗り(フリーライド)や稀釈化(ダイリューション)を生じさせるおそれがあるばかりでなく、ボルドー地方のぶどう生産者及びぶどう酒製造者はもとより、国を挙げてぶどう酒の原産地統制名称の厳格な統制、保護をしているフランス国民の感情を害するおそれがあるというべきである。 したがって、本件商標は、公正な取引秩序を乱し、国際信義に反するものであるから、公の秩序を害するおそれがある商標であり、商標法第4条第1項第7号に該当する。 4 まとめ 以上のとおり、本件商標の登録は、商標法第4条第1項第7号に違反してされたものであるから、同法第46条第1項の規定により、無効とすべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
別掲 |
別掲 本件商標 |
審理終結日 | 2017-07-25 |
結審通知日 | 2017-07-28 |
審決日 | 2017-08-08 |
出願番号 | 商願2014-85276(T2014-85276) |
審決分類 |
T
1
11・
22-
Z
(W33)
|
最終処分 | 成立 |
前審関与審査官 | 鈴木 雅也 |
特許庁審判長 |
青木 博文 |
特許庁審判官 |
豊泉 弘貴 田中 敬規 |
登録日 | 2015-01-30 |
登録番号 | 商標登録第5737079号(T5737079) |
商標の称呼 | ボルドール、ボルドア、ボルドー、ボードール、ボードア、ボードー |
復代理人 | 阪田 至彦 |
代理人 | 池田 万美 |
代理人 | 稲葉 良幸 |
代理人 | 田中 克郎 |
代理人 | 佐藤 俊司 |
復代理人 | 阪田 至彦 |
代理人 | 田中 克郎 |
代理人 | 佐藤 俊司 |
代理人 | 稲葉 良幸 |
代理人 | 池田 万美 |