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審判番号(事件番号) データベース 権利
無効2011890082 審決 商標
無効2012890093 審決 商標
無効2011890049 審決 商標
無効2012890080 審決 商標
無効2011890110 審決 商標

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審決分類 審判 全部無効 商4条1項19号 不正目的の出願 無効とする(請求全部成立)取り消す(申し立て全部成立) X41
管理番号 1275196 
審判番号 無効2012-890081 
総通号数 163 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標審決公報 
発行日 2013-07-26 
種別 無効の審決 
審判請求日 2012-09-21 
確定日 2013-05-13 
事件の表示 上記当事者間の登録第5463712号商標の商標登録無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 登録第5463712号の登録を無効とする。 審判費用は被請求人の負担とする。
理由 第1 本件商標
本件登録第5463712号商標(以下「本件商標」という。)は、「日本空手道錬武舘」の文字を標準文字により表してなり、平成23年7月6日に登録出願され、第41類「空手道の教授,空手道大会の企画・運営又は開催」を指定役務として、同年12月23日に登録査定、同24年1月20日に設定登録されたものである。
なお、本件の商標権は、前商標権者である齋藤君江氏から中村典夫氏に譲渡され、同25年2月21日に商標権の移転登録申請がなされ、商標登録原簿にその登録がされているものである。
よって、以下、被請求人の主張は、齋藤君江氏によるものである。

第2 請求人の主張
請求人は、結論同旨の審決を求め、その理由を要旨以下のように述べ、証拠方法として甲第1号証ないし甲第240号証(枝番号を含む。)を提出している。
1 請求の理由
本件商標は、商標法第4条第1項第8号、同第10号、同第15号及び同第19号に違反して登録されたものであって、同法第46条第1項の規定により、その登録を無効とすべきである。
(1)前提となる事実関係
ア 請求人について
請求人は、日本空手道錬武舘の二代目舘長である。日本空手道錬武舘の初代舘長である中村典夫が平成14(2002)年6月に舘長を退任(名誉舘長に就任)し、同日、請求人が二代目舘長に就任した。
請求人は、平成23年11月1日、甲第2号証に記載されている標章と同一の標章からなる商標(以下「請求人商標」という。)について、第41類「技芸,スポーツ又は知識の教授」を指定役務として登録出願したところ、請求人商標が本件商標と同一又は類似であって、その商標に係る指定役務と同一又は類似の役務について使用するものであるから、商標法第4条第1項第11号に該当するとして、拒絶理由通知がなされた。
イ 齋藤雄次郎について
(ア)齋藤雄次郎は、平成12(2000)年より日本空手道錬武舘の副舘長であった者であるが、同15(2003)年1月に、「日本空手道神奈川錬武舘」として日本空手道錬武舘舘長である請求人より分家した者である。
(イ)齋藤雄次郎は、平成23年7月6日に本件商標を登録出願したところ、同年12月7日に死亡した。
なお、齋藤雄次郎が舘長をしていた日本空手道神奈川錬武舘は、「日本空手道神奈川練武舘」との名称にて大会に参加したり、大会を開催することはあっても、本件商標の「日本空手道錬武舘」の名称で大会に参加したことも、大会を開催したこともない。
齋藤雄次郎が死亡した平成23年12月以降は、長男齋藤涼太が日本空手道神奈川錬武舘の代表をし、大会に参加している。
(ウ)その後、本件商標は、齋藤雄次郎名義で平成24年1月12日(審決注:正しくは「平成24年1月20日」)に設定登録された。
そして、平成24年8月14日に、本件商標権が故齋藤雄次郎から同妻齋藤君江に一般承継により移転した。
ウ 日本空手道錬武舘の名称について
(ア)「日本空手道錬武舘」(正式名称)
請求人が二代目舘長をつとめる日本空手道錬武舘の正式名称は、「日本空手道錬武舘」である。
(イ)「錬武舘」(旧称、現略称)
後述のとおり、現在の日本空手道錬武舘は、昭和55(1980)年までは「錬武舘」との名称であった。
また、昭和55年以降も、日本空手道錬武舘の略称として、「錬武舘」が用いられていることがあった。
(ウ)「錬武舘本部」
「錬武舘本部」とは、日本空手道練武舘本部ないし日本空手道錬武舘本部道場の略称である。
エ 請求人と日本空手道錬武舘との関係について
(ア)はじめに(日本空手道錬武舘年譜)
日本空手道錬武館(旧錬武舘)の歴史については、上記「日本空手道錬武舘史」の制作過程において作成された「日本空手道錬武舘年譜」(甲5)がある。
上記年譜は、請求人等が編集者となり、初代舘長である中村典夫監督の下、齋藤雄次郎他、多数の関係者から客観的資料等の提供を受けながら制作したものであり、信用性が高い。
(イ)錬武舘空手道場開設
日本空手道錬武舘の初代舘長である中村典夫は、昭和26(1951)年4月、「錬武舘」舘長として、渋谷温故学会において「練武舘空手道場」の看板で道場を開設し、空手道の教授、大会の主催等を開始した。
なお、錬武舘の空手の特徴は、防具(剣道の面と胴と小手のようなもの)を付けて空手を行うことにあり、現在もかかる特徴が継承されている。
中村典夫は、昭和31(1956)年3月、錬武舘の本部道場を西新宿西勢ビルに開設した。
(ウ)(旧)全日本空手道連盟発足、全日本空手道連盟錬武会への改称
錬武舘は、昭和34(1959)年、流派を超えた防具付き空手の統一組織となることを目的とし、錬武舘がその中心となって、他の流派も交えた(旧)全日本空手道連盟を組織し、中村典夫は同連盟の理事長に就任した。
(旧)全日本空手道連盟は、昭和39(1964)年に現在の全日本空手道連盟に名称を譲り、「日本空手道練武会」(「日本空手道練武会」は、「日本空手道錬武舘」とは異なるものであることに注意を要する。)に名称を変更した。
錬武舘は、(旧)全日本空手道連盟が日本空手道錬武会に改称した後も、日本空手道練武会の中心となって活動していた。
更に、日本空手道錬武会は、昭和49(1974)年に現在の全日本空手道連盟錬武会に名称を変更した。
請求人は、昭和49年に埼玉県春日部市内牧にて「春日部内牧道場」を開設した。なお、開設初年度は、「春日部市内牧公民館空手道場」との名称であり、春日部市にある錬武舘埼玉県本部道場の支部道場としての位置付けであった。
(エ)全日本空手道連盟練武会からの脱退と「日本空手道錬武舘」としての再起
練武舘は、昭和55(1980)年、全日本空手道連盟錬武会を脱退し、「日本空手道錬武舘」として再スタートした。なお、中村典夫は、錬武舘と同様、日本空手道錬武舘においても舘長に就任した。
その後、日本空手道錬武舘が中心となって、昭和56年に「日本硬式空手道競技会」、昭和58年に「日本硬式空手道協会」が設立され、昭和59年に「全日本硬式空手道連盟」が発足し、中村典夫がいずれの組織についても代表者となった。
これらの組織等が主催者となって、多くの防具付き空手の大会が開催され、中村典夫が舘長を務める日本空手道錬武舘は、これらの大会に参加していた。また、日本空手道錬武舘自体も主催者となって、多くの大会を開催していた。
他方、齋藤雄次郎は、日本空手道錬武舘の支部道場の一つとして、「錬武舘神奈川本部」、「錬武舘齋藤塾」、「日本空手道錬武舘神奈川」、「日本空手道錬武舘神奈川齋藤塾」、「錬武舘・神奈川」等の名称で、各大会に参加していた。
請求人は、遅くとも平成6(1994)年頃には、日本空手道錬武舘の副舘長に就任していた。
また、齋藤雄次郎は、平成12年、日本空手道錬武舘の副舘長に就任した。
(オ)請求人の「日本空手道錬武舘」の二代目舘長就任(平成14年6月)
日本空手道錬武舘の初代舘長である中村典夫が、平成14(2002)年6月に日本空手道錬武舘舘長を退任、名誉舘長に就任し、請求人が日本空手道錬武舘の二代目舘長に就任した。
これにより、請求人は、初代舘長である中村典夫が有していた「日本空手道錬武舘」たる名称を使用する権原等の日本空手道錬武舘に関する一切の権限を承継した。なお、甲第10号証は、平成20年頃、日本空手道錬武舘内部において乗っ取りを企てるような不穏な動きを感得したため、初代舘長であり現名誉舘長である中村典夫より、改めて証書をもらい、上記権限の承継を確認したものである。
これに伴い、平成14年8月に、日本空手道錬武舘の本部道場を西新宿西勢ビルから請求人が道場長をする春日部市内牧にある内牧道場に移転した。
また、日本空手道錬武舘の二代目舘長の就任式(祝賀会)が、平成14年11月24日に春日部福祉センターにおいて開催された。
上記就任式には、新舘長である請求人の他、名誉舘長中村典夫、副舘長齋藤雄次郎など日本空手道錬武舘の各関係者、日本空手道統部会、剛柔流空手道仁武館及び真光流拳生会等の他流派の各舘長及び各師範等が参加したほか、来賓として、複数の衆議院議員等が出席した。
(カ)齋藤雄次郎の分家(平成15年1月)
請求人は、平成14年6月より日本空手道錬武舘の新舘長に就任したため、平成12年より副舘長に就任していた齋藤雄次郎に対して改めて副舘長に委嘱するべく、平成15年1月頃、委嘱状を交付したところ、齋藤雄次郎は委嘱状の受領を拒絶した。
その後、まもなくして、齋藤雄次郎は、日本空手道神奈川錬武舘として、日本空手道錬武舘舘長である請求人より分家を希望したため、請求人はこれを許可した。
なお、齋藤雄次郎は、「日本空手道神奈川錬武舘」の標準文字について、平成15年1月29日に商標登録出願をし、同10月10日に設定登録を受けているが、このことは請求人に知らされていなかった。
(キ)請求人の二代目舘長就任後の日本空手道錬武舘
日本空手道錬武舘(旧錬武舘。なお、現在、正式名称は「日本空手道錬武舘」ではあるが、略称は「錬武舘」である。)が開催する全国大会は、昭和33(1958)年に行われた第4回大会(錬武舘全国空手道大会との名称)が最後となっていたが、請求人は、平成14(2002)年6月の日本空手道錬武舘二代目舘長就任以降、これを引き継ぐ形で、日本空手道錬武舘が主催者となって、第5回(平成16年9月)から第10回(平成22年9月)まで全国大会(練武舘全国空手道大会との名称)を主催し、日本空手道錬武舘の多くの門下生が参加してきた。
また、日本空手道錬武舘は、請求人を舘長として、全日本硬式空手道連盟や、愛知県硬式空手道連盟、全日本硬式空手道神奈川県連盟、春日部市空手道連盟その他の団体等が運営する各大会等に参加していた。
他方、齋藤雄次郎は、全日本硬式空手道連盟が開催する各大会等のみならず、請求人が舘長をする日本空手道錬武舘が主催する錬武舘全国空手道大会にも、日本空手道錬武舘から分家した「神奈川錬武舘齋藤塾」、「神錬舘」、「錬武舘齋藤塾」との名称の団体の代表者として、塾生を参加させていた。
当然のことながら、齋藤雄次郎は、「日本空手道錬武舘」の名称にて、各大会に門下生を参加させたことはなかった。
(ク)齋藤雄次郎の死亡と本件商標の登録
上記のように、齋藤雄次郎は、請求人が舘長を務める「日本空手道錬武舘」から分家した「日本空手道神奈川錬武舘」の舘長にすぎなかったにもかかわらず、平成23年12月7日に死亡する約5ヶ月前(平成23年7月6日)に、本件商標を登録出願し、齋藤雄次郎名義で設定登録され、更に、一般承継により齋藤君江に移転された。
オ 中村典夫及び請求人による本件商標の使用及び周知性の獲得
(ア)上記のように、(旧)練武舘(現在の日本空手道練武舘)は、昭和55(1980)年に「日本空手道錬武会」を脱退し、「日本空手道錬武舘」として再スタートしており、中村典夫(日本空手道錬武舘の初代舘長)によって、「日本空手道練武舘」との名称が遅くとも昭和55年頃から全国的に使われていた。
(イ)また、平成14(2002)年6月に請求人が「日本空手道錬武舘」二代目舘長に就任し、「日本空手道錬武舘」の一切を承継した以降、請求人が「日本空手道錬武舘」との名称を使っていた。
(ウ)これにより、遅くとも平成23年7月の本件商標登録出願時において、空手及び格闘技に興味がある需要者の間で、中村典夫が創設、主宰し、請求人がこれを承継した団体である「日本空手道錬武舘」が、空手道の教授、空手道大会の企画・運営又は開催等の役務を示すものとして広く認識されていたことは明らかである。
(エ)このことは、前述のとおり、(a)「日本空手道錬武舘」が遅くとも昭和55年頃から「日本空手道錬武舘」の名称にて全国大会を主催したり、(b)全日本硬式空手道連盟等が主催する各大会に「日本空手道錬武舘」として参加するのみならず(別紙大会目録参照)、(c)各衆議院議員、埼玉県知事、春日部市長、各財団法人・NPO法人、その他、空手及び格闘技関係者等からの郵送物において、請求人を「日本空手道練武舘(館)」「舘長」と称していることからも明らかである。
カ なお、齋藤雄次郎は、前述のとおり、支部道場、分家を表わす「神奈川錬武舘齋藤塾」、「神錬舘」、「錬武舘齋藤塾」との名称の団体の代表者として、塾生を参加させており、これまで一度も「日本空手道錬武舘」の名称にて、各大会に門下生を参加させたことはない。
(2)無効理由
ア 商標法第4条第1項第8号違反
中村典夫及び請求人が運営している「日本空手道錬武舘」は、法人格を有しない団体であるが、遅くとも昭和55年頃以降現在に至るまで、規約を定め、代表者として舘長を置き、「日本空手道錬武舘」との名称において空手道の教授、空手道大会の企画・運営又は開催等をして社団として独自の社会活動を営んできているため、権利能力なき社団にあたり、同号の「他人の名称」に該当する。
したがって、本件商標は、上記団体「日本空手道錬武舘」の名称と同一であり、これを含むので商標法第4条第1項第8号に該当する。
イ 商標法第4条第1項第10号違反
「日本空手道錬武舘」との文字は、中村典夫が創設、主宰し、請求人が平成14(2002)年6月にすべてを承継した日本空手道錬武舘において、中村典夫の代(遅くとも昭和55年)より、空手道の教授、空手道大会の企画・運営又は開催等に使用された結果、遅くとも平成23年7月の本件商標の登録出願時において、空手及び格闘技に興味がある需要者の間で、本件商標の指定役務である空手道の教授、空手道大会の企画・運営又は開催等の役務を示すものとして広く認識されていた。
したがって、本件商標は、上記団体「日本空手道錬武舘」の業務に係る役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標であって、その役務について使用するものであるから、商標法第4条第1項第10号に該当する。
ウ 商標法第4条第1項第15号違反
上記のように、「日本空手道錬武舘」との文字は、中村典夫が創設、主宰し、請求人が承継した日本空手道練武舘において、遅くとも昭和55(1980)年より、空手道の教授、空手道大会の企画・運営又は開催等に使用され、第三者からも同団体を示す名称として知られていた。
そして、平成15(2003)年1月、日本空手道錬武舘の副舘長をしていた齋藤雄次郎が、舘長である請求人から分家を許可され、同団体とは別団体として「日本空手道神奈川錬武舘」を設立するに至ったものである。
このように、齋藤雄次郎が元々日本空手道錬武舘の副舘長であったこともふまえると、本件商標が、齋藤雄次郎等によって、空手道の教授、空手道大会の企画・運営又は開催等において使用された場合、請求人が代表をする日本空手道錬武舘が行った空手道の教授等であると混同を生ずるおそれが極めて高い。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第15号に該当する。
エ 商標法第4条第1項第19号違反
上記のように、「日本空手道錬武舘」との文字は、請求人が承継した日本空手道練武舘において、空手道の教授、空手道大会の企画・運営又は開催等に使用され、第三者からも同団体を示す名称として知られていた。
他方、齋藤雄次郎は、日本空手道錬武舘の副舘長であったところ、平成15(2003)年1月、日本空手道錬武舘二代目舘長である請求人の許可を得て、「日本空手道神奈川練武舘」として分家し、同名称の下で空手道の教授や、日本空手道錬武舘等の空手道の各大会に参加していた。
ところが、齋藤雄次郎は亡くなる直前(5月前)に、請求人が舘長を務める日本空手道錬武舘に何らの断りなく、自分ないし自分の後継者として「日本空手道神奈川練武舘」の代表となるであろう長男齋藤涼太のために、空手等の格闘技に携わる者の間で著名な名称である「日本空手道錬武舘」の知名度を不正利用し、知名度を独占しようとする不正な目的があったものである。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第19号に該当する。
2 まとめ
本件商標は、商標法第4条第1項第8号、同第10号、同第15号及び同第19号に違反して登録されたものであって、同法第46条第1項の規定により、その登録を無効にすべきものである。

第3 被請求人の主張
被請求人は、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、その理由を要旨以下のように述べ、証拠方法として乙第1号証ないし乙第5号証(枝番号を含む。)を提出している。
1 商標登録出願に至った経緯
齋藤雄次郎は、平成15(2003)年1月に日本空手道錬武舘より分家独立と「神奈川錬武舘」の名称使用を正式に允許されたものであるが、允許された「神奈川錬武舘」の名称の使用を適切に図るために商標登録出願をするという考えに至り、平成15年1月29日に「日本空手道神奈川錬武舘」と標準文字で書してなる商標について商標登録出願(商願2003-011398号)をし、同年10月10日に商標権の設定登録(商標登録第4716201号)を受けたものである。
その後、平成22(2010)年のある日、被請求人(審決注:「請求人」の誤記と思われる。)の関係者(自称「事務局長」)を名乗る人物から齋藤雄次郎の自宅に電話があり、数時間にわたり齋藤雄次郎が有する上記の商標権を返却するよう強く主張を受け、このままでは平成15年の分家独立以来、信用を築き上げてきた「神奈川練武舘」の名称を奪われるのではないかという極めて強い危機感を齋藤雄次郎は抱いた。
この件について「神奈川錬武舘」の名称を守るためにどうすればよいか商工会議所の無料相談会を利用したところ、紹介された弁理士に「日本空手道錬武舘」という名称で商標登録出願することを勧められ、齋藤雄次郎はそれが法的に見て正しい手段だ、そうする以外に方法は無い、と信じ切って商標登録出願に至ったのであり、決して請求人に対する嫌がらせ等の意図をもって出願したものではないといい切れる。
2 商標法第4条第1項第8号に該当しないこと
(1)「日本空手道錬武舘」は権利能力なき社団に該当しないこと
請求人は、中村典夫及び請求人が運営する「日本空手道錬武舘」が権利能力なき社団に該当する、と主張する。
商標法第4条第1項第8号の「他人」には権利能力なき社団が含まれる一方、権利能力なき社団とは、団体としての組織を備え(第1要件)、多数決の原理が行われ(第2要件)、構成員の変更にもかかわらず、団体そのものが存続し(第3要件)、その組織によって、代表の方法、組合の運営、財産の管理その他団体として主要な点が確定している(第4要件)、という4要件を満たすものをいうと解すべきところ(最高裁昭和55年2月8日第二小法廷判決、民集34巻2号138頁)、社会通念上、空手道場は道場主を頂点として門下生の段位ないしは年齢に基づいた厳然たる上下関係により組織が構成されるものであり、組織の構成員間で多数決の原理が行われるものではない。
そして、請求人は、「日本空手道錬武舘」が規約を定め、代表者として舘長を置いていることは主張しているものの、第2要件たる多数決の原理を含めて、「日本空手道錬武舘」が権利能力なき社団に該当すると認めるに足りる事実を請求人が主張したとは認められない。
したがって、中村典夫及び請求人が運営する「日本空手道錬武舘」は権利能力なき社団ではない。
(2)「日本空手道錬武舘」という名称が著名でないこと
仮に「日本空手道錬武舘」が権利能力なき社団に該当するとしても、権利能力なき社団の名称は、法人との均衡上、商標法第4条第1項第8号の「略称」に準じ、著名性を有することが必要である(平成13年4月26日東京高裁平成12年(行ケ)第344号外「日本美容医学研究会事件」)。
また、商標法第4条第1項第8号の「略称」に要求される著名性は、指定役務との関係における著名性だけでは足りず、世間一般に広く知られていることを要する(平成17年7月22日最高裁平成16年(行ヒ)第343号「国際自由学園事件」)。
そこで、請求人の主張と甲各号証を参照しても、「日本空手道錬武舘」という名称が出願時及び登録査定時において現実に世間一般に広く知られている程度に著名性を獲得していたと認めるに足る事実はなく、あるいは甲第14号証ないし甲第16号証の空手専門雑誌の発刊部数や甲第17号証ないし甲第92号証に示された空手の大会の規模(出場者数、観客数)といった著名性を間接的に証明する主張も為されていない。
したがって、「日本空手道錬武舘」という名称は、本件商標の出願時及び登録査定時において著名ではなかったといえる。
(3)「日本空手道錬武舘」が「他人」に該当しないこと
請求人の主張は、齋藤雄次郎が平成15年(2003年)1月27日付で分家独立したことにより「日本空手道練武舘」との関係において他人となったという前提に立つものである。
しかしながら、齋藤雄次郎は分家独立と同時に神奈川錬武舘の名称の使用を正式に允許されており、本件商標の出願時及び登録査定時において「日本空手道練武舘」を含めたグループの一員というべき立場にあったため、商標法第4条第1項第8号にいう「他人」には該当しないものである。
齋藤雄次郎が運営する神奈川錬武舘は、中村典夫に師事して日本空手道錬武舘の一員となった当初から平成15(2003)年の分家独立を経て、出願時及び登録査定時の時点までに数多くの大会で功績を残している。
また、分家独立する直前の平成14年2月14日に開催された首都圏防具空手道選手権大会兼硬式空手道選手権大会では神奈川錬武舘として団体戦優勝を果たしてもいる。
現神奈川錬武舘舘長代行の齋藤涼太(齋藤雄次郎と被請求人の子である。)が平成22(2010)年5月9日に開催された全日本硬式空手道選手権大会に男子重量級の部で出場し、優勝している。さらに、齋藤涼太及び他2名の神奈川錬武舘の門下生が平成22年11月7日に開催されたオーストラリア国際硬式空手道選手権大会に出場し、優勝ないし準優勝している。
これらの功績は、日本空手道練武舘より派生した空手道場の中でも際立ったものであり、神奈川錬武舘は中村典夫及び請求人が運営する「日本空手道錬武舘」本部の名声の向上にも極めて大きく貢献している、いわば広告塔の立場にある。
また、齋藤涼太と他数名の選手は、過去の大会での実績が評価されて全日本硬式空手道連盟の選抜チームの一員として選出され、平成22年11月7日に開催されたオーストラリア国際硬式空手道選手権大会に出場したものであるが、請求人が運営する「日本空手道錬武舘」本部からは1人も同大会への出場者はおらず、乙第5号証に「9.主将 齋藤涼太(錬武舘・選手)」と書されるように齋藤涼太他数名の神奈川錬武舘に所属する選手が「日本空手道錬武舘」を含めた「錬武舘」グループ全体の代表として出場したのである。乙第5号証において「練武舘」と括弧書きされる選手は全て神奈川錬武舘所属の選手である。
このように、中村典夫と請求人が運営する「日本空手道錬武舘」本部に対する齋藤雄次郎と神奈川練武舘の多大な貢献度を鑑みれば、分家独立という形式的な事実のみをとらまえて被請求人が「日本空手道錬武舘」と「他人」の関係にあると判断すべきものではない。
(4)小括
以上の点から、「日本空手道錬武舘」の名称は、商標法第4条第1項第8号により登録を排除し、人格権を保護すべき「他人の名称」には該当しない。
したがって、本件商標は、同号に該当する商標ではない。
3 商標法第4条第1項第10号に該当しないこと
請求人が「日本空手道錬武舘」という商標の周知性を根拠付けるものとして提出した証拠は膨大であるが、甲各号証において「日本空手道錬武舘」との語句は散見されるものの、大半は単に中村典夫及び請求人の所属団体又は大会の主催者ないしは参加者としての「日本空手道錬武舘」を説明的に示すものであって、役務を提供する者を表示する商標として用いた事実を示すものでは殆どない(商標として使用していると認められるのは甲88くらいのものである。)。
また、請求人が主張するように、遅くとも昭和55年頃から空手道に興味を持つ需要者にとって、「日本空手道錬武舘」という商標が、中村典夫及び請求人又は「日本空手道錬武舘」という団体が提供するサービスを表示するものとして知り得る状態にあったとしても、「日本空手道錬武舘」という商標が出願時及び登録査定時において、中村典夫及び請求人又は「日本空手道錬武舘」という団体が提供するサービスを表示する商標として、現実に需要者の間に広く知られていたと認めるに足る事実はなく、あるいは上記した空手専門雑誌の発刊部数や、空手の大会の規模(出場者数、観客数)といった、商標が需要者の間に広く認識されていたことを間接的に証明する主張も為されていない。
したがって、本件商標は、その出願時及び登録査定時において被請求人以外の他人の出所を表示するものとして需要者の間に広く認識されたものではないため、商標法第4条第1項第10号に該当する商標ではない。
4 商標法第4条第1項第15号に該当しないこと
本件商標が請求人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがあるか否かは、「日本空手道錬武舘」という商標の著名性に起因するものであるところ、前述のとおり、「日本空手道練武舘」という商標が出願時及び登録査定時において中村典夫及び請求人又は「日本空手道錬武舘」という団体が提供するサービスを表示する商標として、現実に需要者の間に広く知られていたと認めるに足る事実はなく、あるいは上記した空手専門雑誌の発刊部数や、空手の大会の規模(出場者数、観客数)といった、商標が需要者の間に広く認識されていたことを間接的に証明する主張も為されていない。
したがって、本件商標は、出願時及び登録査定時において他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがあったとまではいえず、商標法第4条第1項第15号に該当する商標ではない。
5 商標法第4条第1項第19号に該当しないこと
商標法第4条第1項第19号の適用に際しては、他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標であることが要件とされるところ、前述のとおり「日本空手道錬武舘」という商標が出願時及び登録査定時において中村典夫及び請求人又は「日本空手道練武舘」という団体が提供するサービスを表示する商標として、現実に需要者の間に広く知られていたと認めるに足る事実はなく、あるいは上記した空手専門雑誌の発刊部数や、空手の大会の規模(出場者数、観客数)といった、商標が需要者の間に広く認識されていたことを間接的に証明する主張も為されていない。
この時点で既に、本件商標は商標法第4条第1項第19号に該当する商標でないといえるが、請求人は、本件商標の出願人である齋藤雄次郎が空手等の格闘技に携わる者の間で著名な名称である「日本空手道錬武舘」の知名度を不正利用し、知名度を独占しようとする不正の目的で本件商標登録出願をした旨を根拠もなく主張しているため、以下のとおり反論する。
すなわち、齋藤雄次郎が運営してきた神奈川練武舘は平成15年の分家独立以後から現在に至るまで多数の門下生を擁しており、それら門下生の功績も乙各号証に示されるようにめざましいものであって、出願時及び登録査定時において殊更に請求人が運営する「日本空手道錬武舘」の知名度(上記したようにそもそも著名かは疑わしいが)を利用するまでもなく繁盛していたのだから、不正の目的は全くなかったといえる。
また、齋藤雄次郎は登録査定前の平成23年12月7日に急逝しており、今年の9月中旬頃にようやく相続に関する諸々の手続が完了し、被請求人が一般承継した本件商標に係る権利の処分については、放棄ないしは請求人に移転することも視野に入れて検討を始めていた矢先に、一周忌も終えない内に無効審判を請求されたのであって、被請求人が現実に本件商標を利用して図利加害を図った事実は全くないと見るべきである。
したがって、本件商標は、出願時及び登録査定時においてその登録を受けることに不正の目的があったとまではいえず、商標法第4条第1項第19号に該当する商標ではない。
6 請求人の主張が事実と異なる点について
(1)請求人が甲第5号証として提出した「日本空手道練武舘史」は未完成であり、中村典夫を含めた日本空手道錬武舘の関係者は、資料こそ提供すれども、「日本空手道練武舘史」の原稿そのものについては一切確認していないから、信用性は低く、証拠としての体を為していないものである。
(2)請求人は、齋藤雄次郎が日本空手道錬武舘に所属し始めた時期を正確には審判請求書には記載しておらず、その意図は不明であるが、齋藤雄次郎は日本空手道錬武舘に遅くとも昭和63年(1988年)に自らの門下生と共に参加し、平成2年には錬武舘本部理事に就任している。その後、平成15年(2003年)に分家独立するまでは日本空手道錬武舘本部の組織の一員であった。
(3)請求人の主張に「委嘱状の受領を拒絶した」とあるが、齋藤雄次郎はあくまでも舘長である請求人に対する礼を失することのないように、請求人を直接訪ねて最大限の礼を尽くして丁重にお断りしたのであって、殊更に委嘱状の受領を拒絶したという請求人の主張は事実と異なる。
7 結び
以上のとおり、本件商標は、商標法第4条第1項第8号、同第10号、同第15号及び同第19号のいずれの規定にも違反して登録されたものではない。

第4 当審の判断
1 中村典夫及び請求人の使用に係る商標である「日本空手道錬武舘」(以下「使用商標」という。)の周知性について
(1)当事者の主張及びその提出に係る証拠によれば、以下の事実が認められる。
ア 平成14年11月24日に春日部福祉センターにおいて、空手道に係る団体である「日本空手道錬武舘」の新舘長就任祝賀会及び名誉舘長感謝の集いが開催され、日本空手道錬武舘関係者をはじめ、日本剛柔流、空手道練心館、日本空手道統部会、剛柔流空手道仁武館、真光流拳生会等の他流派の代表者等多数の者が参加した。その事実は、株式会社福昌堂発行「月刊空手道」(2003年3月号)に掲載されたほか、同誌には「道場移転!!錬武館」の見出しで「錬武館本部道場として、48年の長きに渡り西新宿の地にあった道場が、新たに錬武館中野道場として移転。」との記事が掲載された(甲3及び4)。
イ 請求人は、平成20年9月8日付で日本空手道錬武舘初代舘長中村典夫(以下「初代舘長」という。)から日本空手道錬武舘二代目として錬武舘の一切の権限を委譲された(甲10)。初代舘長は、昭和20年代に「錬武舘」の名称を用いた空手道場を開設して以来、空手道に係る各種大会の開催や全日本空手道連盟、日本空手道錬武会、全日本空手道連盟錬武会、日本硬式空手道協会、全日本硬式空手道連盟等の設立に参画したことが窺える(甲5)。
なお、被請求人は、甲第5号証について、これが未完成であることを理由に、その成立を否認しているが、記載されている個々に対する否認ではなく、一方で被請求人は、初代舘長が昭和26年4月に「錬武舘空手道場」を開設したこと、全日本空手道連盟の発足、日本空手道錬武会への名称変更、錬武舘は昭和55年に全日本空手道連盟錬武会を脱退し「日本空手道錬武舘」として再スタートしたこと、その後日本硬式空手道競技会、日本硬式空手道協会、全日本空手道連盟が発足し、初代舘長がこれら各組織の代表者となったこと、現在の日本空手道錬武舘が昭和55年までは「錬武舘」の名称であったこと、昭和55年以降も日本空手道錬武舘の略称として「錬武舘」が用いられることもあった、という請求人の主張を認めており、同号証の掲載内容及び請求人主張の全趣旨に照らし、初代舘長の前記足跡をあながち否定することはできない。
ウ 他方、本件商標の登録出願人齋藤雄次郎(同人は本件商標の登録出願後設定登録前に死亡したが同人名義で本件商標の設定登録がされ、その後、本件商標権は一般承継により被請求人に移転している。)は、昭和57年頃、「錬武舘」(審決注:「日本空手道錬武舘」の略称として用いられていたものと推認される。)に入門し、その後、錬武館の理事になり、平成12年頃には副館長となっていたが、平成15年1月27付けで日本空手道錬武舘(舘長は請求人)から「神奈川錬武舘」の名称使用及び「錬武舘分家」を允許された(甲7及び8)。
そして、齋藤雄次郎は、第41類「空手道の教授,空手道大会の企画運営又は開催」を指定役務とする、「日本空手道神奈川錬武舘」の文字からなる商標を平成15年1月29日に登録出願し、同年10月10日に設定登録を受けた(甲13)。
エ これに先立つこと、昭和50年6月8日には全日本空手道連盟錬武会主催による「錬武会全日本空手道選手権大会」(第14回)が開催され、初代舘長が役員として参加したほか、請求人も「錬武舘春日部市内牧公民館空手道場」代表として参加した。同様の大会は第16回として昭和52年にも開催された(甲17及び18)。
その後、昭和57年以降現在に至るまで空手道に係る各種大会が開催されている(甲20ないし29、31、33ないし62、64ないし73、75ないし79、81ないし83、85、86、88ないし92)。これら各種大会において、日本空手道錬武舘の関係者が役員として又は競技者として参加したものとして、’82埼玉県硬式空手道選手権大会、’82神奈川県硬式空手道選手権大会、’82全日本硬式空手道選手権大会、’82関東オープン硬式空手道選手権大会、第1回横須賀硬式空手道選手権大会(以上昭和57年開催)、’83日本硬式空手道関東選抜選手権大会、各流選抜東日本硬式空手道選手権大会(以上昭和58年開催)、硬式空手道’84東日本ちびっこ・少年選手権大会、第1回中部日本オープン硬式空手道選手権大会、全日本硬式空手道連盟第一回選手権大会(以上昭和59年開催)、第二回中部日本オープン硬式空手道選手権大会(昭和60年開催)、’86東日本硬式空手道選手権大会(昭和61年開催)、第6回硬式空手道全国選抜優勝大会及び日本少年錬成大会(昭和62年開催)、第5回全日本オープン空手道選手権大会(平成1年開催)、第6回全日本オープン空手道選手権大会(平成2年開催)、全日本硬式空手道選手権大会、第2回日本空手道錬武舘神奈川大会(平成3年開催)、’92年度及び’94年度ないし2002年度の全日本硬式空手道選手権大会(平成4年及び6年ないし14年の各年に開催)、第6回及び第7回日本空手道錬武舘神奈川大会(平成11年及び12年開催)、2002年神奈川県硬式空手道オープン大会及び第8回日本空手道錬武舘神奈川県大会(平成14年開催)、空手道演武大会、第19回ないし第24回及び第26回の全日本硬式空手道選手権大会(平成15年ないし20年及び22年の各年に開催)、第50回春日部市空手道選手権大会、第22回硬式空手道全国選抜優勝大会(以上平成15年開催)、第5回錬武舘防具付空手道大会並びに演部会、第51回ないし第58回の春日部市空手道選手権大会(兼市民体育祭空手道大会)(平成16年ないし23年の各年に開催)、第23回硬式空手道全国選抜優勝大会(平成16年開催)、第6回全日本剛柔流空手道選手権大会(平成17年開催)、第6回錬武舘空手道選手権大会、第25回硬式空手道全国選抜優勝大会(以上平成18年開催)、第26回硬式空手道全国選抜優勝大会(平成19年開催)、第8回錬武舘空手道選手権大会(平成20年開催)、日本空手道錬武舘第10回関根東壱杯演武大会、第9回錬武舘空手道選手権大会、国際親善第10回全日本剛柔流空手道選手権大会、第7回神奈川県硬式空手道選手権大会(以上平成21年開催)、第10回錬武舘空手道選手権大会(平成22年開催)、第31回愛知県硬式空手道選手権大会、第21回新実戦武道空手道交流大会、第1回錬武舘流空手道選手権大会(以上平成23年開催)、第1回全日本琉球古武道連盟結成各会派合同記念演武大会、第22回闘技空手道挙誠会館格闘王座決定戦(以上平成24年開催)が挙げられる。これらの大会については前掲雑誌「月刊空手道」2003年4月号、2005年1月号、2009年3月号及び2010年7月号で紹介された(乙第2号証及び甲第14ないし第16号証)。特に、同誌2005年1月号には、日本空手道錬武舘の主催に係る「第5回錬武舘防具付空手道大会並びに演武会」(2004年9月26日)についての記事が掲載された。また、これらの大会における具体的な参加者数等は明らかでないが、各大会の案内には、各種流派からの役員や競技者等が多数掲載されている。
上記各種大会のうち、内外スポーツ新聞社、報知新聞社、茨城新聞社、日刊スポーツ新聞社、河北新報社、中日新聞社、中日スポーツ、京都新聞社、大阪日日新聞社、東京スポーツ新聞社、京葉市民新聞社、山梨日日新聞社等の新聞社や、テレビ神奈川、東北放送TV、東海テレビ放送、山梨放送等のテレビ局が後援しているものもある(甲17ないし19、21、23、24、26、28、29、34、45、52、55、59、62、67、70、78及び86)。また、いくつかは日本空手道錬武舘自体が主催するものであって、その大会案内の表紙には主催者として「日本空手道錬武舘」の文字が明示されているほか(甲35、36、38、75、76及び82)、他の団体が主催する大会においても大会案内において「日本空手道錬武舘」の文字を明示した広告がされており(甲46、47、51、56、57、60、64、71、73、77、81、83及び88)、これらは役務の出所標識たる商標としての機能を果たしているものといえる。
なお、上記各種大会の中には、齋藤雄次郎が「神奈川錬武舘齋藤」、「錬武舘神奈川県本部」、「錬武舘秦野支部」、「錬武舘齋藤塾」、「日本空手道錬武舘神奈川齋藤塾」、「日本空手道錬武舘神奈川」等として自ら参加し又は塾生を参加させていたものも含まれる(甲16、22ないし24、37、39、44、45等)。
(2)上記(1)の事実によれば、「日本空手道錬武舘」(支部を含む。)の競技者及び関係者が参加した空手道に係る各種大会が長年に亘り頻繁に開催されており、いずれの大会にも相当数の参加者(競技者、関係者、観客等)があったものと推認され、少なくともこれら参加者には大会案内が頒布されたものというべきであり、また、新聞社やテレビ局が後援していることからすると新聞やテレビ等で報道された可能性もあったものと推認される。
そして、「日本空手道錬武舘」の文字は、請求人が舘長である空手道に係る団体の名称としてのみならず、空手道の教授、空手道大会の企画・運営又は開催等の役務を示すものとしても、昭和55年頃より長年使用された結果、本件商標の登録出願時には既に、この種業界において、「空手道の教授、空手道大会の企画・運営又は開催」の役務を表示する請求人らに係る使用商標として取引者、需要者の間に広く認識されていたものというべきであり、その状態は本件商標の登録査定時にも継続していたものと認められる。
2 本件商標について
本件商標は、取引者、需要者の間に広く認識されている請求人らの使用商標である「日本空手道錬武舘」の商標と同一の文字からなるものである。
3 不正の目的について
前記のとおり、本件商標の登録出願人齋藤雄次郎は、もともと日本空手道錬武舘に所属し役員や副館長まで務めた者であり、平成15年1月に日本空手道錬武舘から分家独立するまでは同舘の一員として活動していたものであるから、日本空手道錬武舘の存在及び活動について、更には「日本空手道錬武舘」との商標について熟知していたものといえる。
然るに、齋藤雄次郎は、上記分家独立を期に、日本空手道錬武舘から允許された文字を含む「日本空手道神奈川錬武舘」の商標を出願し登録を受けた。ここまでは、上記允許との関係から許容される余地があるとしても、更に進んで、日本空手道錬武舘と同一の文字からなる本件商標を宗家たる日本空手道錬武舘に無断で分家たる齋藤雄次郎が出願し登録を受けるべき合理的理由は見出し難い。
むしろ、齋藤雄次郎は、「日本空手道錬武舘」が商標登録されていないことを奇貨として、これを剽窃的に先取りし、「日本空手道錬武舘」に化体した顧客吸引力、信用、名声を不正に利用し、不正の利益を得る目的、他人たる日本空手道錬武舘に損害を加える目的その他の不正の目的をもって本件商標を出願し登録を受けたものといわざるを得ない。
以上のとおり、請求人らの使用商標である「日本空手道練武舘」の周知性及び本件商標の登録出願の経緯等を総合すれば、本件商標は、商標法第4条第1項第19号に該当するものと認められる。
4 被請求人の主張等について
被請求人は、「允許された『神奈川錬武舘』の名称の使用を適切に図るために『日本空手道神奈川錬武舘』と標準文字で書してなる商標について商標権を取得したが、その後、平成22年のある日、請求人の関係者より上記の商標権を返却するよう求められたことを受け、このままでは平成15年の分家独立以来、信用を築き上げてきた『神奈川練武舘』の名称を奪われるのではないかという強い危機感を抱いた齋藤雄次郎は、商工会議所の相談会で紹介された弁理士に『日本空手道錬武舘』という名称で商標登録出願することを勧められ、それが法的に見て正しい手段であり、そうする以外に方法は無い、と信じ商標登録出願に至ったのであり、決して請求人に対する嫌がらせ等の意図をもって出願したものではない。」旨の主張をしている。
しかしながら、請求人の関係者より上記の商標権を返却するよう求められたとしても、その事は、当事者間で解決すべき私的な事案であって、宗家の使用する「日本空手道錬武舘」の商標を承諾を得ないで、その商標権を剽窃的に先取りすることの正当な理由には当たらないものである。
よって、被請求人の主張は採用できない。
なお、本件の商標権は、平成25年2月21日に商標権の移転登録申請がなされ、前商標権者である齋藤君江氏から中村典夫氏に譲渡されたものであるが、本件商標が商標法第4条第1項第19号に違反して登録されたものであるか否かの無効審判の判断時は、登録査定時であるから、上記移転登録の事実があったとしても、その事が同号に該当するか否かの判断に影響を与えるものではない。
5 むすび
以上のとおり、本件商標は、商標法第4条第1項第19号に違反して登録されたものであるから、その余の請求理由について判断するまでもなく、同法第46条第1項の規定に基づき、その登録を無効にすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
別掲
審理終結日 2013-03-18 
結審通知日 2013-03-21 
審決日 2013-04-04 
出願番号 商願2011-50741(T2011-50741) 
審決分類 T 1 11・ 222- Z (X41)
最終処分 成立 
前審関与審査官 海老名 友子 
特許庁審判長 関根 文昭
特許庁審判官 田中 亨子
井出 英一郎
登録日 2012-01-20 
登録番号 商標登録第5463712号(T5463712) 
商標の称呼 ニッポンカラテドーレンブカン、カラテドーレンブカン、レンブカン、ニッポンカラテドー 
代理人 ▲辻▼本 恵太 
代理人 黒田 博道 
代理人 中野 仁 
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