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審決分類 審判 全部無効 商4条1項7号 公序、良俗 無効とする(請求全部成立)取り消す(申し立て全部成立) X07
管理番号 1266009 
審判番号 無効2011-890014 
総通号数 156 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標審決公報 
発行日 2012-12-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2011-02-04 
確定日 2012-10-22 
事件の表示 上記当事者間の登録第5338569号商標の商標登録無効審判事件についてされた平成23年7月28日付け審決に対し、知的財産高等裁判所において審決取消の判決(平成23年(行ケ)第10400号、平成24年6月27日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 登録第5338569号の登録を無効とする。 審判費用は被請求人の負担とする。
理由 第1 本件商標
本件登録第5338569号商標(以下「本件商標」という。)は,「Tarzan」の欧文字を標準文字で表してなり,平成22年1月20日に登録出願,第7類「プラスチック加工機械器具,プラスチック成形機用自動取出ロボット,チャック(機械部品)」を指定商品として,同年7月6日に登録査定,同年7月16日に設定登録され,その後,平成24年2月13日に放棄の申請がなされ,その登録が抹消されているものである。

第2 請求人の主張
請求人は,結論同旨の審決を求め,その理由を要旨以下のように述べ,証拠方法として,甲第1号証ないし甲第99号証を提出した。
請求の理由
本件商標は,商標法第4条第1項第7号に違反して登録されたものであるから,商標法第46条第1項第1号により無効とされるべきものである。
1 請求人は,アメリカの作家エドガー・ライス・バローズ(Edgar Rice Burroughs,以下「バローズ」という。)が1923年に設立した米国法人であり,その主業務は,「ターザン・シリーズ」を含むバローズの著作に関する権利の管理・活用である(甲第3号証)。請求人は,日本において「TARZAN」,「ターザン」又はこれらの語を一部に含む商標について,44件の商標権を所有している(甲第4号証)。
2 バローズ及びTarzan(ターザン)について
バローズは,20世紀のアメリカSF界の草分け的存在といわれる米国の作家(1875?1950)である。バローズの文学を代表するのは,アフリカのジャングルの王者として活躍する白人青年の冒険を語る「ターザン・シリーズ(Tarzan saga)」(以下,単に「ターザン・シリーズ」という。)である。「ターザン・シリーズ」は1912年から連続して発表され,30年代のハリウッドによる映画化の人気により全世界に普及して26巻にも達した。「Tarzan(ターザン)」は,「ターザン・シリーズ」の主人公であり,バローズにより創造された。「ターザン・シリーズ」はたびたび映画化され,主人公であるターザンも世界的に有名である。
以上の事実は,「世界文学大事典」における「バローズ エドガー・ライス」「Edgar Rice Burroughs」の記述(甲第5号証),「日本大百科全書(ニッポニカ)」における「バローズ」「ばろーず」「Edgar Rice Burroughs」の記述(甲第6号証),「広辞苑第六版」における「ターザン【Tarzan】」の記述(甲第7号証),「デジタル大辞泉」における「ターザン【Tarzan】」の記述(甲第8号証),「日本大百科全書(ニッポニカ)」における「ターザン」「たーざん」「Tarzan」の記述(甲第9号証)に記載されているとおりである。
3 小説「ターザン・シリーズ」(原作)について
アメリカでの小説「ターザン・シリーズ」の総販売部数は,2003年時点で1億部を超えており(甲第14号証),これまでに数十カ国語に翻訳され,数十カ国の人びとに読まれてきた(甲第15号証及び甲第16号証)。
ターザンに関する日本語版小説には,雑誌に掲載されたが文献目録が存在しないものや,表題にターザンを使用しているがバローズの原作に基づくか不明なものもあり,全作品を把握することは困難であるが,バローズの原作(真作の「ターザン・シリーズ」)に基づき,書籍として出版されたものを国立国会図書館の蔵書目録(甲第17号証)及び東京都内の公立図書館の蔵書目録(甲第18号証)によれば,小説「ターザン・シリーズ」の原作27作中,25作について日本語翻訳版が出版されている。これらの翻訳版は,1921年から2008年まで,80年以上にわたって継続的に56冊が出版されている。
4 ターザンに関する漫画(コミックス)について
アメリカでは,ターザンの原作小説から派生して,ターザンに関する新聞連載用の短編漫画が1929年から2000年頃まで継続して掲載され,作品数の累計は一万を超える。漫画雑誌への掲載は,ウェスタン・パブリッシング社による漫画雑誌「ターザン」の刊行(1947年)に始まり,現在に至るまで多数の出版社が長年にわたりターザンの漫画雑誌を発行してきた(甲第20号証)。現在でもターザンの漫画雑誌が発行されている事実を示す証拠として,アメリカのダーク・ホース・コミックス社のオンライン・ショッピングサイトの写しを提出する(甲第21号証)。
アメリカで発行されたターザンの漫画本の一部は,我が国でも1970年代に翻訳版が出版された(甲第22号証及び甲第23号証)。
5 ターザンに関する映像作品
小説「ターザン・シリーズ」から派生して,ターザンに関する映画及びテレビドラマも多数制作された(いずれも外国作品)。ターザンに関する映像作品は,その人気からバローズ又は請求人の許諾に基づかない盗作や類似作品も多く(甲第24号証),公開作品の再編集版も複数存在するため,作品総数は不明である。
これらの作品中,バローズ又は請求人の許諾に基づくもので,再編集版を除くオリジナル作品は53本である(甲第25号証)。
(1)劇場公開用実写映画
ターザンに関する映像作品の第一作目は,1918年にアメリカで制作された劇場公開用実写映画である。劇場公開用実写映画の作品総数は,1918年から1999年にかけて制作された43本である。日本では,第一作目が1919年に劇場公開されて以来,39本が劇場公開された。43本中の4本は劇場公開されなかったが,3本がテレビ放送され,1本がビデオ販売された。日本において,これら作品のビデオテープやDVDは継続的に販売されており,人気作品は,現在もDVDによって販売されている(甲第32号証)。
(2)映像作品のテレビ番組化
1960年代以降,テレビ放送の普及に伴い,ターザンに関するテレビ放送用作品が増加した。1996年から2003年の間に,5本のテレビ放送用作品が制作された。上記作品中,3本の作品が日本でも放送され,一部のものは,ビデオテープやDVD(全六巻)も販売され,現在でも販売されている(甲第33号証)。
(3)映像作品のアニメーション化
ターザンに関する映像作品のうち5作品がアニメーション化されている。1976年,ターザンの最初のテレビアニメシリーズが制作され,日本でもテレビ放送された。アニメーション作品は,1999年以降に集中しているが,これは,ウォルト・ディズニー社(以下「ディズニー社」という。)がアニメーションによりターザンを世界的規模でリバイバルしたことによる。
6 ターザン映画の日本での人気(実写映画)
日本におけるターザン人気の定着は,劇場公開用の実写映画に負うところが多い。この事実は,文学評論家の北上次郎氏(甲第34号証)も,その著書で「バローズについて語る時,ターザンに触れないわけにはいかない。ターザンは古今東西の冒険小説史上,もっとも有名なヒーローである。ターザンが世界中でこれだけの人気を集めているのは,映画や漫画の影響が無視できない。」と述べている(甲第35号証)。また,「広辞苑」(甲第7号証)には「ターザンが,度重なる映画化(特に1932年のワイズミュラー主演のもの)により世界的に有名になった」と説明されており,「日本大百科全書(ニッポニカ)」(甲第6号証)には「バローズの『ターザン・シリーズ』(原作小説)が,1930年代のハリウッド映画化の人気により全世界に普及して26巻にも達した」と説明されている。その他にも,「現代用語の基礎知識」(甲第36号証),「朝日新聞(1998年2月20日)」(甲第37号証),「中国新聞(1996年2月6日)」(甲第38号証),「北海道新聞(1995年3月29日)」(甲第39号証)の辞典や新聞記事においてもターザンに関する劇場公開用の実写映画が日本でも大きな人気を博した旨の記事が掲載されている。
7 ディズニー社によるターザンのリバイバル
(1)劇場公開用アニメーション映画
1999年,ディズニー社は,請求人の許諾のもとに劇場版アニメーション映画「Tarzan(邦題「ターザン)」を制作し,この映画は日本を含む約40カ国で公開され(甲第40号証),日本を含む多くの国で高い人気を博した。また,この作品は,アカデミー賞の歌曲,ゴールデン・グローブ賞の主題歌賞,毎日映画コンクールの最優秀宣伝賞を受賞し,東京国際映画祭の特別招待作品にも選ばれた(甲第41号証ないし甲第49号証)。
(2)テレビ放送網の活用
劇場公開用のアニメーション映画「ターザン」がヒットした後,ディズニー社は,テレビ放送網を活用して日本におけるターザン人気を更に定着させた。すなわち,ディズニー社は,2000年にテレビアニメーションシリーズ「The Legend of Tarzan」を制作した。この作品は,「ターザン」の邦題で,現在,日本において,ディズニー社が提供する衛星・ケーブルテレビ放送チャンネル「DISNEY XD」において放送中である(甲第50号証)。
また,2001年,日本の衛星放送局WOWOWがディズニー特集を組み,ディズニー社のアニメーション映画「ターザン」が目玉作品として放送された(甲第51号証)。2004年には,東京ディズニーランドとフジテレビが共同プロジェクトを組み,アニメーション映画「ターザン」が目玉作品として日本全国にテレビ放送された(甲第52号証)。
(3)ターザンの続編アニメーション映画
さらに,ディズニー社は,アニメーション映画「ターザン」(1999年)の続編として2本のDVD用アニメーション映画「Tarzan&Jane」(2003年,邦題「ターザン&ジェーン」)及び「Tarzan 2」(2005年,邦題「ターザン2」)を制作し,大規模な宣伝広告を行なった(甲第53号証)。これらのDVDは,現在日本において「ターザン」(1999年)のDVDとともに販売されている(甲第54号証)。
(4)各種商品・役務とのタイアップ
アニメーション映画「ターザン」と関連して様々な商品・役務も提供された。例えば,日本においては,テレビゲームソフト(甲第55号証),音楽CD(甲第56号証),玩具(甲第57号証),書籍(甲第58号証)等のタイアップ商品が販売されている。また,ディズニー社が毎年開催しているスケートショー(ディズニー・オン・アイス)でも,ターザンをモチーフとする作品が公開された(甲第59号証及び甲第60号証)
アメリカでは,ターザンのブロードウェーミュージカルが制作され(甲第61号証),アメリカ,パリ及び香港のディズニーランドでは,ターザンをモチーフとするアトラクションが提供されている(甲第62号証)。
オ ターザン映画の次回作
映画「バイオハザード」シリーズ等を手がけるドイツのコンスタンティン・フィルムがターザンの映画化権を獲得し,ターザン誕生百周年(2012年)における公開を目指してターザンの3Dアニメーション映画の制作を進めている(甲第63号証)。
8 ターザンの著名性
バローズの小説によってターザンが誕生したのは1912年である。それから現在に至るまでの約100年の間,ターザンは,バローズの原作小説に加え,実写映画,演劇,漫画,ラジオドラマ,テレビドラマ,アニメーションなどの各時代に応じたメディアと表現方法を通じた翻案作品によって,常に世界的な人気を維持してきた。
しかも,ターザンというキャラクターは,約100年の間,共通のイメージ,すなわち,ジャングルの王者として活躍する逞しい白人青年のイメージによって世界中に定着し続けている。
このようなターザンの著名性を考慮すれば,本件商標登録時の日本において,「ターザン」の語に接する者は,それがバローズ,請求人及びそのライセンシーらによる小説や映画の主人公の著名な名称あって,アメリカの象徴ともいえるキャラクターであることを直ちに認識できる状況にあった。
また,ターザンは,小説・映画等の登場人物の名称又はこれら作品の題号として著名なだけでなく,多大な顧客誘引力及びそれに伴う経済的価値が化体された標章でもある。
請求人は,ターザンの語に化体している経済的価値を保護するために努力を重ねてきた。甲第72号証及び甲第73号証は,請求人が開設するターザンに関する二つのオフィシャル・ウェブサイトのトップページであり,当該サイト及びそれにリンクする多数のウェブサイトでは,ターザンの小説及びそれに基づく漫画,映画,ラジオ放送,テレビ放送,絵画などの翻案作品に関し,約100年分の膨大な資料を収集・整理したアーカイブを作成・提示している。
請求人は,このようなアーカイブの提供とともに,バローズの業績紹介やファンクラブの管理等も継続して行なってきた。また,請求人は,小説「ターザン・シリーズ」に基づく映画等の翻案作品の許諾に際しても,ターザンのイメージを損なうことのないよう細心の注意を払ってきた。
請求人による努力の結果,バローズの業績は過去に埋れることもなく,キャラクターの名称としてのターザンの語にも経済的価値が化体し維持されてきた。ディズニー社等の請求人のライセンシーたちがターザンとタイアップして各種商品・役務を提供しているのも,標章としてのターザンに経済的価値が化体しているからである。
日本では,小説「ターザン・シリーズ」及び映画等の翻案作品が長年にわたって高い人気を博してきたうえ,ディズニー社によるターザン人気も記憶に新しいところである。本件商標登録時の日本では,ターザンの語に多大な経済的価値が化体していたこと及びその価値が尊重・保護されるべきことを誰もが直ちに認識できる状況にあった。例えば,ディズニー社は,ターザンに関する一連のアニメーション映画を制作するにあたり,請求人から著作権の許諾を受けるだけでなく,「Tarzan」を請求人の商標と認識したうえで商標の使用許諾も受け,その旨を自社ウェブサイトに明示している(甲第75号証)。
9 無効理由
上述した事実関係を考慮すれば,被請求人が「Tarzan」という商標を偶然に採択したとは考えられない。被請求人は,本件商標の登録時,「ターザン」が請求人らによる小説・映画等の登場人物の著名な名称であり,アメリカの象徴とも言える世界的に著名なキャラクターであることを認識していた。それにもかかわらず,被請求人は,無断で,「Tarzan」の語を商標権によって永久に独占する目的で本件商標登録を得たと推認される。かかる行為は国際信義に反し許されない。
同様に,被請求人は,本件商標の登録時,「ターザン」という語には,請求人らの努力によって標章としての多大な経済的価値が化体していたことも認識していた。それにもかかわらず,被請求人は,無断で,「Tarzan」の語を商標権によって永久に独占する目的で本件商標登録を得たと推認される。かかる行為は,取引秩序の公正をも乱すものであり許されない。
よって,本件商標は,国際信義に反しかつ取引秩序の公正を乱す行為に基づき登録されたものであるから,公の秩序又は善良の風俗を害する商標として,商標法第4条第1項第7号に該当する。

第3 被請求人の答弁
被請求人は,「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」旨の審決を求めると答弁し,その理由を要旨次のように述べ,証拠方法として乙第1号証を提出した。
答弁の理由
1 請求人は,甲第4号証により「ターザン」,「Tarzan」又はこれらの語を一部に含む商標につき,44件の登録商標を所有している旨主張するが,本件商標の指定商品が属する商品区分第7類については1件の商標権をも所有していない。
また,請求人が所有する44件の登録商標については,いずれも使用の事実が証明されていない。すなわち,商標は,登録したからといって,そのことをもってその商標が周知・著名になったりするというものではなく,その商標が使用されることにより信用が化体して初めて商標の周知・著名性を獲得するものである。
したがって,請求人が44件の商標権を所有している事実のみから「ターザン」,「Tarzan」又はこれらの語を一部に含む商標が直ちに周知・著名性を有しているとする請求人の主張は,理由がない。
2 請求人は,甲第5号証ないし甲第75号証により,「ターザン」,「Tarzan」の語が請求人らによる小説,映画等の登場人物として周知・著名であると主張する。
しかし,書籍に掲載され,映画化されたことのみをもって,周知・著名性を有するとはいえない。これらの書籍,映画等がどの程度販売されて,周知・著名になったかを説明するには,証拠としては不充分である。特に「ターザン」に関する上記証拠は,重複していたり,絶版になっていたりする書籍があり,上記証拠のみで「ターザン」,「Tarzan」が直ちに周知・著名性を有しているとの主張の証拠としては充分ではない。特に,映画に関しては,近年,公開の頻度も激減し,1999年以降は,映画化されておらず,人の目に触れる機会が減少しており,周知・著名性は有しないため,証拠として認定するには無理がある。
被請求人は,特許電子図書館の日本国周知・著名商標検索により,「ターザン」について検索したが,検索結果は0件であった。このことは,商標「ターザン」が周知・著名商標でないことを示している。
したがって,「ターザン」,「Tarzan」又はこれらの語を一部に含む商標が周知・著名であるとする請求人の主張は,理由がない。
3 商標法第4条第1項第7号に規定する「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」には,1.その構成自体がきょう激,卑わい,差別的若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形である商標,2.商標の構成自体がそうでなくとも,指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し,又は社会の一般的道徳観念に反するような商標,3.他の法律によって,その使用等が禁止されている商標,特定の国若しくはその国民を侮辱する商標又は一般に国際信義に反する商標等が挙げられる。
本件商標は,上記した公序良俗類型の1,2に該当する可能性がないため,上記類型3に該当するか否かを検討する。
請求人が提出したいずれの証拠によっても,「ターザン」,「Tarzan」又はこれらの語を一部に含む商標が請求人の業務に係る商品・役務を表示する商標として需要者間に広く認識されているものとは認められないし,また,本件商標が不正の目的をもって登録されたことを証明する証拠も提出されていない。
これらの事実から,仮に,被請求人が本件商標を使用したとしても,請求人の「ターザン」,「Tarzan」又はこれらの語を一部に含む商標の出所表示機能を希釈化させるおそれがないため,上記類型3に該当しない。
したがって,本件商標は,請求人が主張するような公の秩序又は善良の風俗を害するものではなく,請求人の主張には理由がない。

第4 当審の判断
1 「Tarzan」に関する基本的事実関係について
請求人提出に係る証拠及び主張の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
(1)小説「ターザン・シリーズ」
「ターザン(Tarzan)」は,米国の作家エドガー・ライス・バローズ(1875年〔明治8年〕?1950年〔昭和25年〕)によって創作され,1912年から出版された小説シリーズ「ターザン・シリーズ」(全26巻)に登場する主人公の名前である(広辞苑第6版〔甲7〕,デジタル大辞泉〔甲8〕,日本大百科全書(ジャポニカ)〔甲9〕)。「ターザン・シリーズ」を構成する各作品は,いずれも,英国貴族の血をひきながらアフリカのジャングルで類人猿に育てられ,成長してジャングルの王者となった主人公「ターザン」の物語である(甲5,9)。主人公「ターザン」は,実在する人物ではなく,バローズが創造した架空の人物であり,「Tarzan(ターザン)」は,小説中の架空の猿語「Zan」(皮膚を意味する。),「Tar」(白を意味する。)に基づく造語である(甲85)。
「ターザン・シリーズ」の各作品は,1950年代までに約30か国語に翻訳されて約50か国以上の人々に読まれ,1912年から1947年までの間に1億部以上が販売され,米国では1962年ころの1年間で約1000万部が販売された(甲14?16)。日本においては,「ターザン・シリーズ」の各作品の翻訳本が1921年(大正10年)から2000年(平成12年)にかけて複数の出版社によって発行され,「ターザン・シリーズ」の翻訳版として発行された書籍は約56冊である(甲17?19,枝番を含む。)。
(2)著作権の存続期間
小説「ターザン」シリーズの日本における著作権は,バローズの死亡日が属する年の翌年である1951年の1月1日から50年と3794日(戦時加算)を加算した2011年(平成23年)5月22日まで存続期間が残っていた。
(3)請求人とその活動
バローズは,1923年(大正12年)3月24日に請求人を設立し,1923年4月2日付の契約に基づき,「ターザン・シリーズ」のすべての書籍に関する権利を請求人に譲渡し,以後その管理は請求人が行っている(甲78)。
請求人は,オフィシャル・ウェブサイトを通じ,ターザンに関する諸々の作品及びバローズの業績を伝承・解説するとともに,ファンクラブの管理等を行っているほか,上記オフィシャル・ウェブサイトにおいて,「ターザン・シリーズ」を含め,バローズに関する小説,パルプ雑誌,映画,ラジオ放送作品,テレビ放送作品,コミックスなどのあらゆる作品を収蔵したオンランアーカイブを作成・提供している。このアーカイブには,国内外で100年間にわたり制作・発表された作品が,可能な限り網羅的に格納されている。(甲73?75)
請求人は,平成23年(2011年)1月31日の時点で,日本において,「TARZAN」,「ターザン」又はこれらの語を一部に含む商標について登録商標権を44件有するとともに,平成24年(2012年)1月の時点で,日本以外に米国を含む約80の国と領域において,数百件の商標権を有している(甲4,79,80の1?5)。
(4)「ターザン」の派生作品
ア 漫画(コミック)
小説「ターザン・シリーズ」を原作とする「ターザン」の新聞連載用の短編漫画が,米国で1929年から2000年ころまで,再掲載を含めて掲載された。また,漫画雑誌への掲載は,ウェスタン・パブリッシング社による漫画雑誌「ターザン」の刊行(1947年)に始まり,現在に至るまで複数の出版社が「ターザン」の漫画雑誌を発行し,現在では,アメリカのダーク・ホース・コミックス社により販売が継続されている。日本においては1970年代に日本語版が出版された。(甲20?23)
イ 舞台劇及びラジオ放送
「ターザン」は,1921年には舞台劇として上演され,1931年にはラジオ・ドラマが放送された(甲24)。
ウ 劇場公開用実写映画
劇場公開用実写映画は,1918年から1999年にかけて43本製作され,日本では1919年(大正8年)から1984年(昭和59年)までに39本が劇場公開された(甲25,27)。
エ テレビ放送用作品(実写版)
1966年から2003年の間に5つのテレビ放送用作品(実写版)が制作され,2000年(平成12年)ころまでにそのうち3つが日本でテレビ放送された。(甲25,28の1・3)
オ アニメーション作品
1976年から2005年にかけて,ターザンに関するアニメーション作品が5つ製作された。そのうちの1つはテレビアニメシリーズであり,4つはディズニー社によるアニメーション作品であって,うち1つが劇場公開用,1つがテレビ用アニメシリーズ,2つがDVD用オリジナルアニメである。(甲25,27,28の2,31)
上記ディズニー作品のうち,1999年(平成11年)に請求人の許諾のもとに制作された劇場版アニメーション映画「Tarzan」(邦題:「ターザン」)は,日本を含む約40か国で公開され,米国においてヒットしたほか,日本においても,国内興行収入約29億円をあげるヒットとなった(甲41?44)。
カ ターザン映画の次回作
ドイツのコンスタンティン・フィルムが請求人からターザンの映画化権を獲得し,ターザン誕生百周年にあたる2012年の公開を目指してターザンの3Dアニメーション映画の制作を進めていることが,ウェブサイト上において,2010年8月に報じられた。また,米国のワーナー・ブラザースが,ターザン映画を新たに3部作として制作することがウェブサイト上において2011年6月に報じられた。(甲63,92)
(5)「Tarzan」に関するライセンス契約
ディズニー社は,請求人の許諾に基づき,ターザンとタイアップさせた各種商品・役務を継続的に提供している。請求人は,2000年4月から現在に至るまでディズニー社から継続的にロイヤルティの支払を受け,その額は総額で400万米ドル以上になる。(甲86の1・2)
請求人は,1984年(昭和59年)以降,日本において,「Tarzan」に関し,マガジンハウス株式会社との間で雑誌「Tarzan」についてライセンス契約を締結したほか,住金物産株式会社との間で下着及びカジュアルシューズ等に関するライセンス契約を締結するなど,合計12社に合計21件のライセンスを許諾した(甲87)。
(6)その他
ア Tarzana(ターザナ)は,米国のロスアンゼルス市におけるSan FernandoValley 地域にある管轄区(district)である。この地域は,かつてバローズが所有していた牧場(バローズはこの牧場をTarzana Ranch〔ターザナ牧場〕と名付けた。)の跡地にあり,バローズが土地を住宅用に分譲したところ近隣の小農家が住宅街に移り始め,発展した。1927年,地域住民はバローズとその作品における登場人物であるターザンに敬意を表し,町の名前を「ターザンの街」という意味の「Tarzana(ターザナ)」に改名した。(甲81,82)
イ 昭和63年(1988年)4月2日付の朝日新聞において,マリリン・モンローのブロンズ製メダルが同月5日から全国の百貨店などで発売されること,これはパリ造幣局及び米国政府がジェームズ・ディーンやターザンなどとともに「現代の神話」と題するシリーズの1つとして製作したものであることが報じられた(甲69)。
2 「ターザン(Tarzan)」の周知性について
「ターザン(Tarzan)」は,前記認定事実のとおり,米国の作家エドガー・ライス・バローズ(1875年〔明治8年〕?1950年〔昭和25年〕)により1912年から出版された小説シリーズ「ターザン・シリーズ」(全26巻)に登場する主人公の名前であり,映画など「ターザン」が主人公として登場する多くの派生作品があるところ,証拠(甲6〔日本大百科全書〕,7〔広辞苑第六版〕,8〔デジタル大辞泉〕,9〔日本大百科全書〕,93)によれば,1930年代のハリウッドによる映画化,特に水泳選手ワイズミュラーが主演した映画の人気により全世界的な知名度を有するに至ったことが認められる。「ターザン」映画の全盛期は1930年代であったが,1962年に版権の切れた原作小説がペーパーバックで出版されると爆発的な人気を呼び,ターザン人気の第2次ブームとなったものと認められる(甲15,亀井俊介著「アメリカン・ヒーローの系譜」1993年11月10日発行〔甲66〕)。
しかし,原作小説はバローズが亡くなった1950年(昭和25年)までに著作ないし発表されたものであって,「ターザン」が世界的な知名度を獲得する原動力となったワイズミュラー主演の映画の公開は米国では1948年,日本では1950年(昭和25年)までであるのみならず,他の「ターザン」劇場公開用実写映画は43本のうち41本までが1968年(昭和43年)(米国)又は1970年(昭和45年)(日本)までに公開が集中し,その後の実写版映画の制作は1981年,1983年,1999年と間隔が空いている上,日本における劇場公開は1984年(昭和59年)が最後である。そうすると,1999年(平成11年)にディズニー社によるアニメーション映画「ターザン」が日本においてヒットしたほか,1999年(平成11年)から2000年(平成12年)にかけて連続ドラマ「ターザンの大冒険」がBS放送で,2010年(平成22年)には連続ドラマ「ターザン」がCS放送でそれぞれテレビ放映され(甲30,50),2005年(平成17年)までにビデオやDVDが数枚発売されていること,ディズニー社からターザンとタイアップした各種商品・役務を継続的に提供されていることを考慮しても,1970年代以降,日本における「ターザン」人気は次第に薄れていき,ディズニー社によるアニメ映画がヒットした1999年(平成11年)から10年以上が経過した本件商標の登録査定時(平成22年7月6日)の時点において,「ターザン」の原作小説又はその派生作品やタイアップ商品等が広く人々の目に触れる機会は減少していたものと認められる。
我が国において本件商標登録査定時に「Tarzan」の語から想起されるのは,世代による差もあると解されるものの,雄叫びを挙げながら蔦を使ってジャングルを飛び回る男性(青年)の姿という漠然としたイメージであり,熱心な愛好者や研究者は別として,「ターザン」が,米国の作家であるバローズによる小説「ターザン・シリーズ」の題号又はその主人公であることや,英国貴族の血をひきながらアフリカのジャングルで類人猿に育てられ,成長してジャングルの王者として君臨するようになった人物という具体的な人物像(特徴や個性)を想起させるものとしてまでは,一般的であったということができない。
3 本件商標が公序良俗に反するか否かについて
(1)上記のとおり,本件商標登録の査定時(平成22年7月6日)において,「ターザン(Tarzan)」の語は雄叫びを挙げながら蔦を使ってジャングルを飛び回る男性(青年)の姿を想起させるものとして一定程度認識されていたことを認めることができる。また,前記認定のとおり,請求人が1984年(昭和59年)以降,日本において,「Tarzan」に関し,合計12社に合計21件のライセンスを許諾したことからすれば,「Tarzan」の語が一定の顧客吸引力を有していたことも認めることができる。
しかし,「ターザン(Tarzan)」が原作小説の映画化を通じて世界的な知名度を獲得したものであって,日本における「Tarzan」に関するライセンス契約において対象となった製品は,雑誌,カジュアルシューズ,下着等のアパレル関係,テレビ放送,子供向け書籍及びソフトカバーブックなどであり(甲87),米国における有力なライセンシーであるディズニー社は遊園地の経営や映画の製作・配給を業とする企業であることなどに照らすと,書籍,アパレル,遊園地,映画及びテレビ放送等の一般消費者と直接接する商品・役務との関係ではともかく,本件商標の指定商品である「プラスチック加工機械器具,プラスチック成形機用自動取出ロボット,チャック(機械部品)」という一般消費者を対象としない商品の分野において,「Tarzan」の語が経済的に一定程度評価しうる顧客吸引力を有しているとまでは認めがたい。加えて,本件商標登録の査定時(平成22年7月6日),「ターザン」の原作小説の作者であるバローズが亡くなってから既に60年を超える期間が経過していた上,1970年代以降,日本における「ターザン」人気は次第に薄れていき,ディズニー社によるアニメ映画がヒットした1999年(平成11年)から10年以上が経過した本件商標の登録査定時(平成22年7月6日)の時点において,「Tarzan」が広く人々の目に触れる機会は減少し,「Tarzan」の語から想起されるイメージがかなり漠然としたものになっていたことは前記のとおりである。
そうすると,被請求人が雄叫びを挙げながら蔦を使ってジャングルを飛び回る男性(青年)というターザンのイメージと被請求人が製作する樹脂成形品取出しロボットの動きを重ね合わせて,このようなロボットの商品名として使用することを想定して本件商標登録をしたのだとしても,そのことをもって,「Tarzan」のイメージやその顧客吸引力に便乗しようとする不正の意図に基づく剽窃行為であるとまでいうことはできない。
(2)しかしながら,日本では広く知られていないものの,独特の造語になる「ターザン」は,具体的な人物像を持つ架空の人物の名称として,小説ないし映画,ドラマで米国を中心に世界的に一貫して描写されていて,「ターザン」の語からは,日本語においても他の言語においても他の観念を想起するものとは認められないことからすると,我が国で「ターザン」の語のみから成る本件商標登録を維持することは,たとえその指定商品の関係で「ターザン」の語に顧客吸引力がないとしても,国際信義に反するものというべきである。
「ターザン(Tarzan)」の語は,米国の作家バローズの手になる小説シリーズ「ターザン・シリーズ」に登場する主人公の名前であり,本件商標登録査定時(平成22年7月6日)の時点において,日本におけるその著作権は存続していたし,派生的著作物にはなお著作権が存続し続けていたものである。バローズから「ターザン・シリーズ」のすべての書籍に関する権利を譲り受けた請求人は,オフィシャル・ウェブサイトを通じ,ターザンに関する諸々の作品及びバローズの業績を伝承・解説するとともに,「ターザン・シリーズ」を含めたバローズに関する小説,パルプ雑誌,映画,ラジオ放送作品,テレビ放送作品,コミックスなどのあらゆる作品を収蔵したオンラインアーカイブを作成・提供するなど,「ターザン」の原作小説及びその派生作品の価値の保存・維持に努めるとともに,米国のみならず世界各国において「ターザン」に関する商標を登録して所有したり,ライセンス契約の締結・管理に関わることによって,その商業的な価値の維持管理にも努めてきた。
このように一定の価値を有する標章やキャラクターを生み出した原作小説の著作権が存続し,かつその文化的・経済的価値の維持・管理に努力を払ってきた団体が存在する状況の中で,上記著作権管理団体等と関わりのない第三者が最先の商標出願を行った結果,特定の指定商品又は指定役務との関係で当該商標を独占的に利用できるようになり,上記著作権管理団体による利用を排除できる結果となることは,商標登録の更新が容易に認められており,その権利を半永久的に継続することも可能であることなども考慮すると,公正な取引秩序の維持の観点からみても相当とはいい難い。被請求人は,「Tarzan」の語の文化的・商業的価値の維持に何ら関わってきたものではないから,指定商品という限定された商品との関係においてではあっても「Tarzan」の語の利用の独占を許すことは相当ではなく,本件商標登録は,公正な取引秩序を乱し,公序良俗を害する行為ということができる。
(3)したがって,本件商標は,商標法第4条第1項第7号に該当する。
4 結論
以上のとおり,本件商標の登録は,商標法第4条第1項第7号に違反してされたものと認めることができるから,同法第46条第1項の規定により,無効とすべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
審理終結日 2012-08-23 
結審通知日 2012-08-28 
審決日 2012-09-10 
出願番号 商願2010-3167(T2010-3167) 
審決分類 T 1 11・ 22- Z (X07)
最終処分 成立  
前審関与審査官 豊田 緋呂子高橋 幸志 
特許庁審判長 小林 由美子
特許庁審判官 小川 きみえ
鈴木 修
登録日 2010-07-16 
登録番号 商標登録第5338569号(T5338569) 
商標の称呼 ターザン 
代理人 伊藤 研一 
代理人 村上 晃一 
代理人 穂坂 道子 

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