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審決分類 審判 全部無効 商4条1項7号 公序、良俗 無効としない 124
審判 全部無効 商15条1項2号条約違反など 無効としない 124
審判 全部無効 商4条1項19号 不正目的の出願 無効としない 124
管理番号 1200468 
審判番号 無効2008-890046 
総通号数 116 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標審決公報 
発行日 2009-08-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2008-06-03 
確定日 2009-06-29 
事件の表示 上記当事者間の登録第837128号商標の商標登録無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。
理由 1 本件商標
本件登録第837128号商標(以下、「本件商標」という。)は、「LE MANS」の文字を横書きしてなり、昭和42年1月25日に登録出願、第24類「おもちや、人形、娯楽用具、運動具、釣り具、楽器、演奏補助品、蓄音機(電気蓄音機を除く)レコ-ド、これらの部品及び附属品」を指定商品として、昭和44年11月7日に設定登録されたものである。

2 引用商標
請求人が引用する登録第4291184号商標(以下「引用商標1」という。)は、「LE MANS」の文字を横書きしてなり、昭和57年8月25日に登録出願された商願昭57-75252をもとの出願として分割出願されたものであり、第12類「輸送機械器具、その部品及び附属品(但し、自転車、自転車の部品及び附属品、航空機のタイヤ、チューブ、自動車のタイヤ、チューブを除く。)」を指定商品として、平成11年7月9日に設定登録されたものである。
同じく、仏国登録第1271720号商標(以下「引用商標2」という。)は、別掲(1)に示すとおりの構成からなり、1984年3月13日に出願され、第25類「衣類、履物、帽子」を指定商品とするものである。
さらに、同じく仏国登録第1583330号商標(以下「引用商標3」という。)は、別掲(2)に示すとおりの構成からなり、1989年7月13日に出願され、第25類「被服の他、アクセサリー等」及び第41類「スポーツ競技の企画」その他複数区分に亘る商品及び役務を指定商品・指定役務とするものである。
なお、これらを併せて「引用商標」という場合がある。

3 請求人の主張
請求人は、本件商標の登録を無効とする、審判費用は被請求人の負担とするとの審決を求め、その理由及び答弁に対する弁駁を要旨次のように述べ、証拠方法として甲第1号証ないし同第56号証(枝番号を含む。)を提出した。
(1)請求の理由
ア 請求の根拠
本件商標は、証拠により明らかなように、商標法第4条第1項第19号及び同第7号に該当するものであるから、同法第46条第1項第1号又は同第5号により、その登録は無効とされるべきものである。
イ 請求人について
請求人は、フランス、ルマンにおいて開催されてきた「24 hour du mans」(いわゆる「ルマン24時間自動車レース」)の主催者である。
上記自動車レースは、A.C.O(L’Automobile Club de l’Ouest西部自動車クラブ)が1906年に活動を開始したことに始まり、1923年から24時間自動車レースとなったものである。
ウ 本件無効審判を請求するに至った経緯
「LE MANS」は、24時間耐久自動車レースの略称として、また、主催者である請求人がその商品化事業において使用する商標として、本件商標の登録出願前から、フランスをはじめとする欧米諸国はもとより、わが国においても著名となっていたものである。
他方、本件商標の前商標権者は、他に出願がなかったことを奇貨として、請求人に無断で出願し、登録を得たものであるから、本来、本件商標は、商標法第4条第1項第19号及び同第7号に該当し、無効とされるべきものである。
ところが、前商標権者から当該商標権を譲り受けた被請求人は、さらに「LE MANS」の文字を主要部とし、何れも第25類「被服」を指定商品とする2件の商標を登録出願し、登録第5092920号(甲第4号証)及び同第5092921号(甲第5号証)として登録を受けたのである。
すなわち、被請求人は本件商標ほかを保持しつつ、さらに「LE MANS」及び該文字を含む商標を登録出願するなど、その権利の範囲を拡大化する意図が窺われ、請求人としても、このような事態を無視することはできず、今般、上記2件のほか、本件商標についても無効審判を請求するに至ったものである。
エ 商標法第4条第1項第19号について
本件商標が本条項に該当するためには、(ア)請求人の「LE MANS」商標が(本件商標の登録出願前に)日本国内又は外国における需要者に広く認識されていること、(イ)本件商標と請求人の「LE MANS」商標とが同一又は類似すること、及び(ウ)被請求人が不正の目的をもって使用すること等の要件を充足する必要があるものと解される。
(ア)請求人の「LE MANS」商標の著名性について
「LE MANS」は、「ルマン」と称され、1923年から80年以上にわたり、フランス、サルト県ルマンで開催される24時間耐久自動車レースの略称として、本件商標の出願日(昭和42年1月25日)以前から、フランスはもちろんのこと、欧米諸国及びわが国においても広く認識されていたものである。
すなわち、最も過酷で権威のある耐久自動車レースとして世界的に知られており、「モナコグランプリ(F1世界選手権)」、「インディ500」と並ぶ世界三大自動車レースの一つであり、スポーツカーの耐久世界一を決めるレース名でもある。
a フランスにおける「LE MANS」の著名性
レースの開催地フランスにおける「LE MANS」商標の著名性については、いまさら説明を要しないものと思料する。
前述のとおり、1923年に第一回のレースが開催され、その後、1936年のストライキ及び1940年から1948年まで第二次世界大戦の影響で10回ほど中断されたが、本件商標の出願時までに34回も開催されている。
なお、LE MANS24時間自動車レースの著名性については、「ル・マン24時間レースの伝統・その記録」(甲第17号証)、及びその他の証拠からも、本件商標の出願日前よりフランスにおいて著名であったことは明白である。
また、フランス工業所有権庁が編纂した同国の周知商標集(LISTE DES MARQUES FRANCAISES NOTOIRES)(註:「FRANCAISES」の文字中の「C」の文字の下には、フランス語の綴り字記号のセディーユと認められる記号が付されている。)に、引用商標3が同国の周知商標(指定商品・役務「スポーツ競技の企画、被服、アクセサリー等」)として掲載されている(甲第6号証)。
b わが国における「LE MANS」の著名性(その1)
「LE MANS」自動車耐久レースが開始されたのは1923年であるが、その当時及びその後の1950年代までは、わが国にどの程度知られていたかを知り得る資料等は入手できなかった。
しかし、本件商標の出願日の約5年前(昭和37年)から、本件商標の出願日の前年である昭和41年までをみると、わが国の主要な自動車雑誌である「モーターファン」等において、以下のとおり、「Le Mans」(ルマン)に関する相当数の記事が掲載されている。
(a)「モーターファン」1962年(昭和37年)10月号(甲第7号証)
同誌30頁から31頁にかけて、「鈴鹿サーキットの完成迫る!!」のタイトルのもと、わが国においても本格的な自動車レース場が建設されるなど自動車レースの人気の高さを示す記事が掲載されている。
また、同225頁ないし227頁には、「世界のスピード・コースを見る」として野口正一氏の「Le Mans Couse」が紹介されている。
そして、同254頁の「海外トピックス」において、1962年度のル・マン24時間耐久レースの結果を「フェラーリ、ルマンで3連勝」のタイトルのもと報告している。
同トピックスによれば、この年のレースは「スポーツカー」の部門がなく、「グラン・ツーリング・カー」2座席、クローズド又はオープン・ルーフ型とプロトタイプ又は実験車でエンジン容量4000cc以下等の2種類が出場したこと、優勝車の賞金は50,000フランであったことなどが掲載されている。
(b)「モーターファン」1965年(昭和40年)8月号(甲第8号証)
昭和40年代(1965年?)に入ると、「ルマン」及び自動車レースの記事も格段に多くなっている。
甲第8号証には、「ルマン24時間」と題し(解説:栗田一雄氏)、45頁ないし47頁にかけて写真入りで3頁にわたり、1965年度のレースの状況を解説している。
また、125頁には「ルマン・レース速報」として「フェラーリ輝く3連勝」のレースの速報を掲載している。
さらに、297頁には、「WORLD NEWS」として、「ローバーBRM」がプロトタイプとして初めて参加が認められ、見事完走し10位に入ったことが報じられている。
(c)「モーターファン」1965年(昭和40年)9月号(甲第9号証)
9月号の294頁において1頁を割き、今年(1965年)のルマン・レースの話題の一つにトライアンフの「スピットファイア」の活躍が取り上げられている。
(d)「モーターファン」1966年(昭和41年)8月号(甲第10号証)
同誌の186頁に、「第34回ルマン24時間レース速報」が掲載されている。1966年6月18日、19日に行われた第34回レースでは、7リッター・エンジンをつむ、フォードGT、MKIIが、1、2、3位を独占する圧倒的な勝利をとげた。アメリカ製のレーサーが、ルマンで優勝したのはこれが初めてのことである、と記載されている。
(e)「モーターファン」1966年(昭和41年)9月号(甲第11号証)
同誌9月号は、その目次において「フォード勢の圧勝ル・マン24時間レース」と記載され、55頁ないし59頁まで柏木二郎氏による特集記事として、写真入りで大々的に紹介されている。
その記事の大きさやページの多さから、当時の「ルマン」24時間耐久自動車レースへの関心度や人気の高さを窺い知ることができるが、その主な内容は、前記8月号で紹介したほか、以下のとおりである。
前述のとおり、フォードGT、MKIIが、1、2、3位を独占したが、B.マクラーレンとK.マイルズは、ほぼ同時にゴールに入り、どちらが優勝か判定がつかず、結局、B.マクラーレン/アモン組のスタート位置が後ろであったため、それだけ24時間で多く走ったということになり、栄光の優勝と決まった。
また、出走した55台のうち、完走したのは15台、1位ないし3位のフォードについで、4、5、6、7、14位に入賞したポルシェ・カレラの健闘が満場の喝采を浴びた、などである。
なお、63頁の広告からもわかるように、「モーターファン」誌だけでなく、同じく自動車関係の雑誌で「三栄書房」が発行する「AUTO SPORT」誌の1966年8月号においても、「《カラーとグラフによる》フォード独走、フェラーリ潰滅のル・マン24時間レース」として、特集が組まれている。
以上が自動車雑誌における「LE MANS(ルマン)24時間耐久自動車レース」の記事掲載であるが、これらからもわかるように該自動車レースへの人気及び関心の高さが窺われ、本件商標の出願日前に、既にわが国においても、「LE MANS」は24時間自動車耐久レースの略称として、需要者間に広く認識されていたとしても何ら差し支えない。
(f)「Le Mans」の百科辞典への掲載
前記の自動車雑誌のほか、「LE MANS」は、百科辞典にも掲載されている。すなわち、本件商標の出願日の約5年前1962年(昭和37年)に発行された百科辞典である「BRITANNICA」(ブリタニカ)の「LE MANS」の項には、国際的な耐久自動車レースであることが明確に記載されている(甲第12号証)
(g)「Le Mans」に関する書籍の出版
本件商標の出願日の約4年前(昭和38年)には、「ル・マン」に関する以下の小説(訳本)も発行されている。
「ル・マン自動車レース」(J.A.グレゴワール著 桶谷繁雄訳 株式会社集英社 昭和38年5月2日発行)(甲第13号証)
このように、上記自動車レースに関する小説が発行されたということは、昭和38年当時、既に「ルマン24時間耐久自動車レース」及び「LEMANS」の名称についても国民の間に相当程度、興味や関心がもたれ、かつ、認識されていたということが推測できる。
なぜなら、一般的に、出版社が小説や書籍などを出版する場合、その販売部数、売上高等を予測し、採算を見極めつつ出版を行うものと思われるから、「ルマン24時間自動車レース」について、全く知られておらず、また、人気がないような状態であれば、売上げも見込めず出版には至らないであろうからである。
さらに、既に「ルマン自動車レース」が(わが国を含め)世界的に知られていたことは、翻訳者のOS氏も、該小説の冒頭解説の8頁及び9頁において、次のとおり記述していることからも明らかである。
「第七項については、わが国でも鈴鹿にレース用のサーキットが出来、本年(注:昭和38年)から四輪自動車の自動車レースが開始されようとしております。こういう時に、世界的に有名な、ル・マンのレースを題材としたこの小説は、文化的にいって決して無意味ではありますまい。」
上述したとおり、「LE MANS」(ルマン)は、何れも本件商標の出願日前に発行された自動車雑誌の「モーター・ファン」、「AUTO SPORT」等への多数の掲載記事や百科辞典への掲載、及びルマン自動車レースを題材とした小説(訳本)の出版等からすれば、本件商標の出願日前には、既に「LE MANS」は、24時間耐久自動車レースの略称として、わが国の需要者間において広く認識されていたというべきである。
c わが国における「LE MANS」の著名性(その2)
わが国において、戦後のモータリゼーション化の進展に伴い、自動車及び自動車レースへの関心や人気も飛躍的に高まるに至ったところ、「LE MANS24時間耐久自動車レース」もその例外ではなく、このレースに参加して勝利することが自動車メーカーのステータスや競争力アップにも繋がることから、各社こぞって参加してきたことが窺える。
このことは、わが国の自動車メーカーについてみても、トヨタ、ニッサン、ホンダ及びマツダ(「株式会社」を省略する。以下同じ)の四社が参加しており、特にマツダは1970年から参加している。
その一例をあげれば、マツダが「ロータリーエンジンの歴史(ルマン参戦)」(甲第14号証)と称して、今から約38年前の1970年から「ルマン」に参加しており、いかにこのレースへの関心度が高かったかを示している。
また、翌1971年には、「LE MANS(ルマン)」が世界的に有名になった24時間耐久自動車レースであることを裏付けるように、「ルマン」を題材とした映画が米国で製作された。題名は「LE MANS」、邦訳は「栄光のル・マン」であり、当時、米国の人気俳優であった「ステイーブ・マックイーン」が主役を演じて、わが国でも上映され、人気を博している(甲第15号証の1及び2)。
なお、日本人レーサーとして初めて参加したのは、1973年6月の第41回大会の「生沢徹」であり、途中リタイアしてしまったが、インターネット情報によれば、その記事は新聞でも大きく取り上げられている(甲第16号証)。
以上のように、「ルマン24時間耐久自動車レース」の人気は高く、「ルマン」に関連する書籍の発行や自動車雑誌には必ず特集が組まれるなどしている(甲第17号証ないし同第23号証)。
また、上記のほか、わが国で出版されている仏和辞典(新スタンダード仏和辞典 株式会社大修館書店1987年5月1日発行)にも、「【Mans(le)】24heures du Mans ル・マンの24時間自動車耐久レース」のように記述されている(甲第24号証)。
さらに、このレースの人気の高さを示すものとして、世界各地でテレビ(フィルム)放映がなされ(甲第25号証の1)、また、わが国においても、1996年の大会はテレビで衛生中継がされている(甲第25号証の2)ほか、新聞にも記事掲載されている(甲第25号証の3)。
以上のように、「LE MANS」といえば、フランスで開催される24時間耐久自動車レースの略称であることは、フランスをはじめとする欧米諸国において、また、わが国においても、本件商標の出願日前から今日に至るまで、需要者の間に広く認識されていたことは明白である。
また、同レースに関連して商品化事業が主催者である請求人のもとで行われてきたところであり、わが国においても、株式会社エトワール海渡、グンゼ株式会社、株式会社新光などに「LE MANS」商標の使用を許諾してきた(甲第26号証)。
(イ)本件商標と引用商標との類否について
本件商標は、「LE MANS」の欧文字に相応して、「ルマン」の称呼を生じるものである。
他方、請求人の引用商標は、「LE MANS」の文字よりなるから、「ルマン」の称呼を生じること明らかである。
また、両商標は、共に「ルマン24時間自動車レース」の観念を同一にするものであり、さらに、外観上もほぼ同一に近いものである。
したがって、両商標は、「ルマン」の称呼、及び「ルマン24時間自動車レース」の観念を同一にし、外観上も酷似する類似の商標といわなければならない。
(ウ)不正の目的について
本件商標が不正の目的で使用されていることは、以下のaないしcの事実から容易に推認し得るものである。
a 登録出願時における不正の目的
24時間耐久自動車レースの略称として著名な「LE MANS」の文字は、本来、請求人以外の他人が無断で使用したり、又は商標登録を受けることはできないはずである。
ところが、本件商標の前商標権者は、昭和40年代に、他の出願がなかったことを奇貨として「LE MANS」商標を第24類「おもちや、人形、娯楽用具、運動具、釣り具、楽器」等について、また、同一商標を第17類「被服、布製身回品、寝具類」について登録出願し、前者は登録第837128号(本件商標)として、また、後者は登録第971820号(甲第27号証)として商標登録を得たものである。以下、登録第971820号商標を「別件登録商標」という。
ところで、本件商標の出願人は、「株式会社ヴアンヂャケット」(以下「ヴァン社」という。)であるところ、同社社長であった故IK氏は、アイビールックで一世を風靡し、ファッション業界のカリスマ的存在であったことが窺われる。
そして、同社は、当時、わが国有数のファッションメーカーであったから、ファッションの本場であるフランスに関心がないはずはなく、当然、フランスの情報は他の何れの業界よりも敏感、かつ、容易に入手可能であったものと推察される(このことを裏付けるように、同社は、昭和45年には他の欧米企業の中でも、最初にフランス企業である「フランス・ハウザー社」との提携を行っている。)。
また、社長であった故IK氏は、前出の「モーターファン 1965年9月号(甲第9号証)」において、「コロナハードトップに乗って感じたこと」として同誌にその試乗記を掲載するなど、自動車及び自動車関係にも興味、関心を持っていたことが窺われる。
そうすると、前述の甲各号証からも明らかなように、当時、既にフランスをはじめ欧米諸国、及びわが国において、「LE MANS」が著名な自動車レース名等を表すものとして需要者間に広く認識されていたのであるから、ましてや、フランスの事情に精通し、かつ自動車関係に関心を抱いていたと推察される出願人(及び故IK氏)が上記自動車レース「LE MANS」を知らなかったということは考えにくい。
したがって、出願人は、著名な自動車レース名であることを十分に知りつつも、他に出願がないことを奇貨として、請求人に無断で(剽窃的に)登録出願を行ったというほかないのである。
加えて、「LE MANS」商標の使用についての正当な権利を有する請求人が、わが国において商品化事業等を行う可能性も十分に予測できたにも拘らず、本件商標を登録出願し、登録を受けたことは、請求人のわが国における商品化事業を妨げる意図、又は他人の著名な名称等を利用して不正の利益を得る意図も窺われる。
よって、登録出願時において不正の目的が推認されるものである。
b 「LE MANS」商標の使用事実における不正の目的
商標法は、「商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用を維持し、もって産業の発達に寄与し、併せて需要者の利益を保護する」ことを目的としている(商標法第1条)。
また、「自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、・・・登録を受けることができる。」としている(同第3条柱書)。
すなわち、商標を登録して保護する目的の一つに、商標を使用する者の業務上の信用の維持を図ることが挙げられ、また、その前提として、自らが使用することが必要であって、原則として、他人に使用させることを目的とするような出願は登録できないこととされている。
しかし、前商標権者及び現商標権者(被請求人)のこれまでの「LE MANS」商標(本件商標及び別件登録商標)の使用事実をみると、果たして上記商標法の保護目的にかなうものか否かは、以下の事実から極めて疑問といわざるを得ない。
(なお、両商標は、同じ構成からなり、商品区分が二区分にわたるため、二つの商標権となっているものである。)
すなわち、請求人は、上記「LE MANS」商標について、6件の取消審判を請求してきたが、本件商標の登録については、一部商品に対して2件の取消審判を請求し、被請求人は何ら応答しなかったため、当該商品についての登録は取消すことができた。
他方、同じ「LE MANS」の構成からなる別件登録商標について、4件の取消審判を請求したところ、何れもその指定商品について使用しているとされ、請求は不成立に終わった(甲第28号証ないし同第31号証)。
ところが、上記取消審判の何れにおいても、商標権者(前商標権者及び現商標権者)自身が使用している事実は一切見当たらない。
すなわち、全て、通常使用権者等による使用を立証することによって、登録の取消しを免れている。勿論、自己の保有する商標権に対して、専用使用権通常使用権を設定すること自体は、商標法上、商標権者に正当に認められている権利であるから、これを否定するつもりはない。
しかし、前商標権者及び現商標権者は、他人の著名な自動車レース名及び著名商標を他に出願がなかったことを奇貨として、正当な権利者である請求人に無断で(剽窃的に)出願して商標登録を受け、以後、自らは一切使用せず、相当期間にわたり高額の使用料を得て、他人に使用させていたとすれば、もはや商標法による保護には値しないというべきである。
なお、上記の相当期間にわたり高額の使用料を得ていたであろうことは、平成11年取消審判第30286号において、被請求人自身の提出した証拠(甲第32号証)からも容易に推認されるものである。
したがって、上記のことからすれば、請求人の著名な商標「LE MANS」を利用して不正の利益を得る意図があったと推察されても止むを得ない。
c 本件商標の譲渡交渉における不正の目的について
請求人は、本件商標登録ほかについて取消審判を請求してきたところであるが、その多くが不成立に終わったこともあり、問題を円満に解決するため、平成15年4月に本件商標権者の所有する「LE MANS」商標(本件商標及び別件登録商標)について、同人と譲渡交渉を行った。
しかし、請求人が1商標、百万円という高額を提示したにも拘らず、暗に金額が低すぎることを理由として拒否された経緯がある(なお、請求人が文書による回答を求めたところ、本件商標権者から文書の回答は一切なく電話回答のみである。)。
以上のことから、本件商標登録が無効とされないならば、請求人はさらに高額な金額をもって譲り受けるなどの必要に迫られることとなる。
したがって、上記の事実関係をみれば、被請求人は、正当な権利者に高額で買い取らせるという意図も窺われ、よって、不正の目的があることに疑いの余地はない。
d まとめ
以上のとおり、被請求人(及び前商標権者)は、本件商標の出願時に著名商標「LE MANS」を知りつつも、他に出願のないことを奇貨として出願し、また、登録後、自らは一切使用をせず、高額な使用料を得て他人に使用させるなどをし、不正な利益を得る目的も推認され、さらには、請求人との譲渡交渉においても、高額で買い取らせる意図も窺われることなどから、これらを総合勘案すれば不正の目的をもって使用するものであることは明らかである。
(オ)商標法第4条第1項第19号の適用事例
請求人は、本件商標が商標法第4条第1項第19号に該当するものと確信するが、このことは、審・判決例(甲第33号証及び同第34号証)からみても容易に首肯し得るものである。
(カ)小括
以上のとおり、本件商標は、「24時間自動車レース」の略称として、また、請求人がその商品化事業において使用する商標として、フランスはもとより、わが国においても本件商標の出願前より著名となっている商標「LE MANS」と類似するものであって、正当な権利者である請求人の事業活動を阻害するなど、他人に損害を加える目的及び不正の利益を得る目的など、不正の目的をもって使用するものであるから、商標法第4条第1項第19号に該当するものといわざるを得ず、よって、その登録は無効とされるべきである。
オ 商標法第4条第1項第7号について
商標法第4条第1項第7号は、商標の構成自体が公序良俗に反するものだけでなく、社会公共の利益に反し、社会の一般道徳観念に反するものも含まれると解される。
本件商標は、「LE MANS」の欧文字をゴシック体で横書きしてなるものである。そして、上記「LE MANS」は、前述のとおり24時間耐久自動車レースの略称として、本件商標の出願日前はもとより、登録査定時においても、広く需要者間に認識されていた。
また、該自動車レースは、欧米諸国をはじめ、わが国からも長年にわたり、毎年、ニッサン、マツダなどの自動車メーカーが参加している伝統あるレースでもある。
これらのことについては、前述の3(1)エ「商標法第4条第1項第19号について」の項で詳述したとおりである。
そうすると、このような世界的レースの名称(略称)について何ら関係を有しない他人が商標権を取得・独占することは、正当な権利者である請求人の「LE MANS」商標の使用にも支障を来たし、かつ、請求人が築き上げた「LE MANS」のもつ名声をフリーライドすることにもなるから、このような行為は、一般道徳観念及び国際信義に反し、また社会公共の利益にも反して許されない。
本件商標が一般道徳観念及び国際信義に反し、また社会公共の利益にも反して登録を許されないことは、審決例(甲第35号証ないし同第37号証)からもこれを裏付けられるものである。
以上のとおり、本件商標は、24時間耐久自動車レースの著名な略称を正当な権利者である請求人に無断で登録出願したものであり、かつ、前記甲第35号証ないし同第37号証の審決からしても、商標法第4条第1項第7号に該当するものといえるから、その登録は無効とされるべきである。
カ 商標法第46条第1項第5号について
本件商標は、前述のとおり、商標法第4条第1項第19号、及び同7号により、無効とされるべきである。
請求人は、本件商標は、その出願時及び登録査定時において、商標法第4条第1項第7号に該当すると確信するものであるが、仮にこれが否定されたとしても、登録後において上記条項に該当することは、前記の3(1)オにおいて述べた主張、及び異議決定例(甲第38号証)からも明らかである。
本件商標は、その登録後に商標法第4条第1項第7号に該当するものであるから、同法第46条第1項第5号により無効とされるべきである。
キ 結語
以上のとおり、本件商標は、1923年から80年にわたりフランスのルマンで開催されてきた24時間耐久自動車レースの略称として、また、請求人がその商品化事業において使用する商標として、フランスをはじめとする欧米諸国はもとより、わが国においても本件商標の登録出願前より、広く需要者に認識されている商標「LE MANS」と類似し、かつ、不正の目的をもって使用するものであるから、商標法第4条第1項第19号に該当する。
また、上記世界的レースの略称である「LE MANS」について何ら関係を有しない他人が商標権を取得・独占することは、正当な権利者である請求人の使用にも支障を生ぜしめ、かつ、請求人が築き上げた「LE MANS」のもつ名声をフリーライドすることにもなり、このような行為は、一般道徳観念及び国際信義に反し、また社会公共の利益にも反して許されないから、同法第4条第1項第7号にも該当する。
さらに、本件商標は、その登録後において、商標法第4条第1項第7号に該当するものである。
したがって、本件商標の登録は、商標法第46条第1項第1号又は同第5号により無効とされるべきである。

(2)弁駁
ア 商標法第4条第1項第19号について
(ア)フランスにおける引用各商標の周知性について
フランスにおいて「LE MANS」の人気の高さを示す証拠として、「LE MANS a century of passion」を提出する(但し、1962年ないし1966年の抜粋)(甲第39号証)。
これは、“熱狂の世紀”と題して「LE MANS24時間自動車レース」の歴史を詳細にまとめたもので、本件商標の出願日前の1962年ないし66年に行われたレースの一部を紹介すると以下の記述が認められる。
a 1962年
1962年のレースは、フェラーリ330LMのGendebien(ベルギー)-HILL(米国)組が優勝した。322頁の左上の写真は、大観衆を惹き付ける「LE MANS」自動車レースの様子が窺える。また、323頁の左上の「Notes」欄に第30回大会の観客数は30万人と記載されている。
b 1963年
1963年のレースは、フェラーリ250PのScarflotti-Bandini(イタリア)組が優勝した。100%イタリア人の勝利、再びフェラーリがレースを支配、等の記載が見られる。
c 1964年
1964年のレースは、フェラーリ275PのGuichet(フランス)とVaccarella(イタリア)組が優勝した。米国の「Cobra」がGTカテゴリーで勝利したと記載されている。また、325頁の左上「Note」には、フランスのJean Guichetがフランス人として、1954年以来の優勝をし、フランス国歌が鳴りわたったと記載されている。
d 1965年
1965年のレースは、フェラーリ275LMのGregory(米国)とRindt(オーストラリア)組が優勝した。
e 1966年
1966年のレースは、フォードMKIIのAmon-Mc Laren(ニュージーランド)組が優勝した。「アメリカ(車)とうとう勝利」のタイトルでフォード車の初優勝が記載されている。また、346頁には、米国フォード社創設者の息子のヘンリー・フォード二世が66年レース・スタートの最善の位置を得た旨記載されている。
また、上記甲第39号証の巻末の358頁以下には「The ACO and its Show」と題して、以下のように記載されている。
「1906年以来、多くの有名人がモータースポーツの関係でサルト(レース場の地名)を訪れた、ファン・カルロス スペイン国王、フランス大統領のVincent Auriol(1949年)、同ポンピドー大統領(1972年)、政府の大臣、各国大使、世界的企業の社長、世界チャンピオン、オリンピックのメダリスト、及び作家、芸術家など。」
すなわち、スペイン国王やフランス大統領なども多数出席するほどの有名な自動車レースであるから、このことからみてもフランスの需要者間に広く認識されていることが容易に窺われるものである。
これらを審判請求時に提出した証拠と併せみれば、いかに「LE MANS24時間自動車レース」及びその略称である「LE MANS」の人気が高く、かつ盛大に行われていたか窺うことができ、本件商標の出願日前にフランスにおいて、需要者の間に広く認識されていたことは明らかである。
また、フランス工業所有権庁が発行した「フランス周知商標集」(甲第6号証)は、わが国特許庁が外国の著名商標を保護するために送付を依頼し、その結果取得したものである。被請求人は、その発行日が不明であるから証拠力がないというが、在日フランス大使館経済部によれば、原本は同大使館経済部にも備え置かれ、その発行は1993年とのことである。また、独立行政法人工業所有権情報・研修館にはそのコピーが公開されている。
また、商標審査便覧によれば、上記周知商標集は、「外国周知商標集 フランス編」として挙げられ、その取扱いは、「掲載されている商標については、原則として当該国における需要者の間に広く認識されている商標として取り扱うものとする。」とされている(甲第40号証)。
さらに、ブリタニカ百科事典の「LE MANS」の項に「LE MANS24時間自動車レース」が最初に記載されていないから「24時間自動車レース」として第一義的に広く知られていない、などということはあり得ない。百科事典としての性質上、まず、その都市が首都、州都等であるか、その歴史、人ロ、さらに主な産業等々・・・の順序で記載するのが通例だからである。
(イ)日本における引用商標の周知性について
被請求人は、乙第1号証によれば該雑誌「モーターファン」の購読者は、全雑誌閲読者中、1.6%と少なく、また、テレビ放映などもされていないから、本件商標の出願時及び査定時に日本において広く認識されていなかった旨主張する。
a 雑誌「モーターファン」(甲第7号証ないし同第11号証)について
商標法第4条第1項第10号、同第19号等の規定において、「需要者」とは、あまねく全ての分野の需要者を対象としているものではないことは、通説、判例の示すところである(甲第41号証及び同第42号証)。すなわち、全ての分野における需要者間において、当該商標が広く認識されている必要はなく、特定分野の商品・役務について需要者の間で広く認識されていれば足りるものと解される。
そうすると、あらゆる分野の雑誌の需要者を対象として調査し、雑誌「モーターファン」の購読者は、全雑誌閲読者中、1.6%であるから少ないと判断するのは、そもそも、その根底において誤っている。むしろ、全雑誌閲読者中、1.6%を雑誌「モーターファン」の購読者が占めているのであれば、当該雑誌がいかに広く購読され、かつ人気があったかの証左でもある。
したがって、雑誌「モーターファン」等において示したとおり、既に、本件商標の出願日前にわが国においても、「LE MANS」は「24時間自動車レース」の略称及び請求人の商標として需要者間に広く認識されていた。
被請求人は、「ルマン」の記載は特定の号しか記載がない旨主張するが、「ルマン」(LE MANS)は、例えば、同月号に「ル・マンの雰囲気・・・ダンロップブリッジ完成」のタイトルのもと、「船橋サーキットにダンロップブリッジが完成しました。本場欧州の国際的レース場ル・マン・レース場の雰囲気を伝えるダンロップブリッジは、・・・」の記載があり、このことからも既に、「ルマン(LE MANS)」が国際的レース場としても周知されていたことを容易に窺い知ることができる。
また、同月号174ページの「青い目が見た日本のくるま(6)」中にも、7月17日及び18日に船橋サーキットで開催された「全日本自動車クラブ選手権」に関連して、モーリス・ランジュバン氏は、日本の鈴鹿が東京から遠すぎるとの批判に対し、フランスのGPのルーアンや24時間レースのル・マンを引き合いに出し、決して鈴鹿が遠くはないと反論している記述も見られ、ここでもフランスを代表する自動車レースとしての「ル・マン」の周知度を知ることができるのである。
b 書籍「ル・マン自動車レース」(甲第13号証)について
被請求人は、総務省統計局・政策統括官・統計研究所の資料(乙第2号証)を挙げ、昭和38年には12,982点の書籍が発行されているから、その一点の書籍に題材として取り上げられたからといって、「LE MANS24時間自動車レース」及び引用商標が需要者の間で広く認識されていたことを示すものではない旨主張するが、これも前述と同様で、全ての書籍の購買層にまで広く認識される必要はないのである。
c テレビ放映について
被請求人は、テレビ放映などもされていないこと(乙第3号証)をもって、需要者間において広く認識されていないとしている。
しかし、テレビ放映は周知・著名性獲得のための一手段に過ぎず、テレビ放映がされていないことをもって、必ず周知・著名性を獲得できないということもできない。
d 別件登録商標の審査時における意見書について
被請求人は、本件商標と同一の構成よりなる別件登録商標の審査時の拒絶理由通知、意見書、拒絶査定、及び審決書(乙第1号証の1ないし4)を提出し、「LE MANS24時間自動車レース」及びその略称についての著名性については何ら言及されていないから、本件商標についても同じである旨主張する。
他方、この中で被請求人(但し、前商標権者)自らが、当時、既に「ルマン(LE MANS)」がフランスの自動車レースとして著名であったことを自認している記述がある(甲第44号証)。
すなわち、出願人は、意見書で以下のように述べている。
「審査官は本願商標『LE MANS』のMANSを英語的に考えて男性の意を直感させるとお考えになられたのでありましょうが、・・・もし本願商標が男性の意を現すとすれば、スイスの有名な湖「ル マン」、又はフランスのパリ-マルセーユ間の交通要点あるコンミューン「ル マン」、同じく自動車レースの「ル マン」も男性を現すことになりますが、他国はいざ知らず我国ではその様に考える者は誰もいないと思っております。」
この場合、スイスの有名な湖「ル マン」、フランスの有名なコンミューン「ル マン」、同じくフランスの有名な自動車レースの「ル マン」をそれぞれ例として挙げていることは明白であるから、そうすると被請求人自身も「ル マン(LE MANS)」がフランスの自動車レースとして有名(著名)であったことを自認しているといえる。
(ウ)本件商標と引用商標1ないし3の類否について
被請求人は、本件商標から「LE MANS24時間自動車レース」の観念を生じることはなく、本件商標と引用商標1ないし3は非類似の関係にある旨主張する。
「LE MANS」は、「24時間自動車レース」の略称として需要者間に広く認識されていたものであり、上記観念を生じるものと確信するが、仮にそうでないとしても、本件商標と引用各商標とは、その外観において類似し、かつ「ルマン」の称呼を同一にするものであるから、類似商標であることは明らかである。
(エ)不正の目的について
被請求人(但し、前商標権者)は「LE MANS」が請求人の主催する24時間自動車レースの略称として及び請求人の商標として需要者間に広く認識されていたことを知りながら、剽窃的に出願を行ったものである。
そして、これを知っていたと推認し得ることは、前商標権者の代表者あるIK氏の経歴や言動等により容易に推察される旨述べた。
これに対し、被請求人は、引用商標の周知著名性を否定すると共に、IK氏が広めたのはアイビールックで、フランスのファッションには関心があったわけではないこと、また、前権利者とIK氏の興味とは直接関係がないなどと述べている。
そこで、IK氏について証拠を挙げてさらに述べると共に、不正の目的を有することについて、判決例等をあげて反論する。
a IK氏について
IK氏自身の著書「悠貧ダンディズム」(甲第45号証)や、同氏を知る者が書いた書籍「VANストーリーズ」(株)集英社発行(甲第46号証)によれば、本件商標の出願日前の事実として、以下のことが窺われる。
「悠貧ダンディズム」(甲第45号証)(各頁に以下の記載がある。)
・カーレーサーなどを応援していたこと(48頁)
・第1回日本グランプリ(自動車レース)のチャンピオンのSS氏と友人であったこと(56頁)
・SS氏と東名高速道路で車の競争をし、BMWで競争に勝ったこと(57頁)
「VANストーリーズ」(甲第46号証)(各頁に以下の記載がある。)
・大学では車好きが昂じて明治大学自動車部を設立したこと(47頁)
・次男のY氏は、第一回日本グランプリレースの幻の優勝者であること(163頁)。
・1959年(昭和34年)に世界一周の海外視察を行っていること(IK氏はファッションデザイナーであるから、ファッションの本場であるフランスも視察したことは当然推認される。)(138頁)
また、甲第43号証では、次男のY氏と共に、コロナハードトップやアルファロメオ・ジュリアススプリントGTの試乗記や試乗報告書を寄稿していること
以上の事実を総合勘案すれば、自動車や自動車レースに関心の高いIK氏が当時、既に「24時間自動車レース」として著名な「LE MANS」を知り得たとしても何ら不自然ではなく、むしろ、知り得ていたことは容易に推認し得るものである。
また、被請求人は、IK氏と法人であるヴァン社とは直接的に関係ない旨述べるが、IK氏は同社の創業者であり、カリスマ的存在であったのであるから、IK氏が行っていたことは、実質的に同社が行っていたのと同じであるといっても過言ではない(甲第47号証)。
すなわち、VAN(ヴァン社)は、モータースポーツにもスポンサー活動をしており、IT氏、SS氏など有名ドライバーを支援していたこと、本件商標の出願の翌年に当たる1968年のカーレースを描いたカレンダーを製作していること(製作は1967年末と推定される。)などから、IK氏の趣味が同社の経営にも強く影響していることが窺われるのである。
したがって、IK氏、及びその影響下にあった前権利者は、「24時間自動車レース」として著名な「LE MANS」を知悉しながら、これを出願したものと推認でき、よって、不正の目的を有していたといわざるを得ない。
b 不正の目的についての逐条解説書の記載、審決及び判決例
本件商標は、不正の目的をもってした登録出願であると推認し得るところ、これを裏付けるため、特許庁の逐条解説書(甲第48号証)を挙げる。
本件商標「LE MANS」の文字は、被請求人が創造した語でないことは明らかであり、請求人が1923年以来、長年にわたってフランスで開催してきた「LE MANS 24時間自動車レース」の著名商標「LE MANS」と同一である。そして、同レースは本件商標の出願時において既に34回を数えており、前商標権者は、当然にこれを知りながら請求人に無断で(剽窃的に)出願したものであることに疑いの余地はない。
そして、かかる場合、不正の目的を有するものといえることは、平成7年審判第25958号「MARIEFRANCE」事件の審決(甲第33号証)からも、これを是認できるものである。
また、同条項でいう「不正の目的」について、知的財産高等裁判所の判示があり(甲第49号証及び同第50号証)、最近の特許庁の異議決定における認定もある(甲第51号証)。
(オ)小括
以上のとおり、工業所有権逐条解説、審決及び判決例などから判断しても、前商標権者は、請求人の周知商標「LE MANS」の存在を知悉しながら、わが国において出願がされていないことを奇貨として、これを登録出願したものである。また、当該周知商標について正当な権利を有する者のわが国への登録を阻害し得ることを知りながら登録出願した行為といえる。
したがって、被請求人は、請求人の主催するル・マン24時間自動車レースを表す著名商標「LE MANS」を知りながら、その著名性あるいはその名声に只乗り(フリーライド)する目的で出願したものともいえるから、その時点で不正の目的を有していたものと言わざるを得ない。
(カ)その他の「LE MANS」商標の使用事実における不正の目的
請求人は、被請求人が本件商標と同一の別件登録商標について、過去20年間にわたって自らは一切使用せず、第三者に使用させてきたこと、また、使用に当たって相当、高額な使用料を得ていることなどを挙げた。
「LE MANS」商標の使用事実における不正の目的は、本件商標のものではないかもしれないが、そもそも、本件商標と別件登録商標とは、同一の構成からなり、一出願一区分制度のもとで2つの商標権になったにすぎないものである。
被請求人は、本件商標の出願時に使用の意思はあり、市場の動向や会社の方針により使用していなかっただけであること、高額の使用料を得るために、本件商標を使用させたつもりはない旨主張する。
しかし、市場の動向や会社の方針により使用していない、と言いつつも過去20年間、自らは一切使用していないから、最早、市場の動向や会社の方針により使用していなかったなどという主張は詭弁に過ぎず信用できない。
また、被請求人は、高額の使用料を得るために本件商標を使用させたつもりはない旨主張するが、実態をみれば、まさに相当額の使用料を得るためのみに過去20年にわたり、自ら使用することなく、他人に専用使用権又は通常使用権を与えている事実が窺える(甲第28号証ないし同第32号証)。
すなわち、昭和62年9月から平成1年12月まで、第三者に使用させていること、また、平成4年6月5日以前の3年以内に第三者に使用させていること、平成8年から平成14年にわたり通常使用権者に使用させていること、2005年から2008年にわたり第三者に使用させていること(乙第5号証)が窺われる。そして、甲第31号証、甲第32号証及び乙第5号証によれば、その使用料は年間約200万円ないし220万円である。
なお、他の商標権の専用使用権料又は通常使用権料の実態をみると、審決、判決例に示された限りにおいては、年額10万円ないし年額30万円であり(甲第53号証ないし同第55号証)、これらと比較すると、本件の年間約200万円ないし220万円の使用料がいかに高額であるかが窺い知れる。
もちろん、使用料の多寡は、その商品の単価や売上高、あるいはその商標のいわゆるブランド価値等によるものであるが、年額200万円以上の使用料は破格であり、その高額な価格設定の根拠は、「LE MANS」のブランド価値の高さによるものに他ならない。また、相当の売上高にしても「LE MANS」商標のブランド価値によるものである。
そうすると、このブランド価値を高めたのは自ら使用することのなかった被請求人でないことは明白であり(また使用権者でもない。)、1923年以来、世界の三大自動車レースとして名声を高め、また、商品化事業を推し進めてきた請求人の努力によることは明らかである。
すなわち、被請求人は他人の著名な商標を利用して不正の利益を得る目的をもって本件商標の登録を得たといわれても仕方がない。
(キ)その他の主張について
被請求人は、別件登録商標の拒絶理由や審決書には、フランスやわが国において広く認識されていることの言及がないから、商標法第4条第1項第19号に該当しない旨主張する。
しかし、外国のみ著名で、かつ不正の目的をもってした商標出願を拒絶する規定(商標法第4条第1項第19号)は、平成8年改正商標法で採用され明記されたのであるから言及がないのは当然である。また、本件商標の出願時及び査定時において、外国周知商標の保護が十分適切に行われていたか否かは疑わしく、さらに、わが国で広く認識されている旨の言及がなされなかったからといって、これが常に正しいとは限らない。
イ 商標法第4条第1項第7号について
被請求人は、請求人の挙げた複数の審決例は本件と商標や提出された証拠などが異なること、本件商標の出願時及び査定時にフランス及び日本において広く認識されていないから、請求人の築き上げた名声をフリーライドすることもない旨主張する。
しかし、本件商標の出願時及び査定時にはフランスはもとより日本においても、請求人の主催する「LE MANS」が「24時間自動車レース」の略称として、また、請求人の商標として、需要者間に広く認識されていたことは前述のとおりであり、しかも、被請求人(但し、前権利者)もこれを自認しているのであるから、被請求人の上記主張は前提において誤っている。
ところで、商標法第4条第1項第7号は、商標の構成自体がきょう激、卑わいのものに限らず、社会公共の利益に反し、又は社会の一般道徳に反するものも含まれるし、また、一般に国際信義に反する商標も上記条項に該当することは、判例や商標審査基準からも明らかである(甲第56号証)。
本件商標は、「LE MANS」の文字が請求人の主催する世界三大自動車レースの一つである「LE MANS24時間自動車レース」の略称として著名であることを知悉しながら、無断で出願して登録を得たものであるから、国際信義、国際商道徳に反するものと言わざるを得ない。
そして、他人がした「ルマン/LE MANN」商標についての異議申立事件において、特許庁は、平成9年8月21日付けで、「このような商標を他人が登録することは公序良俗に反し、国際信義からも許されない」とする異議決定をしている(甲第38号証)。また、この間に何らかの事情の変化が生じたとも考えられない。
ウ 商標法第46条第1項第5号について
被請求人は、本件商標は登録後に商標法第4条第1項第7号に該当するとして挙げた審決・判決例を本件と同列に論じられないとし、また、登録から39年後に無効とするのは、著しく法的安定性を害する旨主張する。
そもそも、他人の著名な商標を剽窃し、自らは過去20年間使用せず、他人に使用させ、その間に高額の使用料を得ているような商標を無効としたとしても、著しく法的安定性を害することなどということにはならないし、また、そのために本来、正当な権利に基づいて商標権を取得し、使用することのできる者の権利の行使を阻害しているのである。

4 被請求人の主張
被請求人は、結論と同旨の審決を求めると答弁し、その理由を要旨次のように述べ、証拠方法として乙第1号証ないし同第11号証(枝番号を含む。)を提出した。
(1)商標法第4条第1項第19号について
ア フランスにおける引用商標1ないし3の周知性について
請求人は、引用商標1ないし3が「LE MANS24時間自動車レース」の略称として、本件商標の出願日より以前から、フランスの需要者間において広く認識されていたものであると述べている。そして、請求人は、甲第17号証の書籍及びその他の証拠からフランスで広く認識されていたことが明白であると述べている。
しかし、審判請求書において具体的に証拠が特定されているのは、甲第17号証だけで、それ以外の証拠はどれを指すのか不明である。甲第17号証の1点の書籍に「LE MANS24時間自動車レース」の関連記事が掲載されているからといって同レースがフランスで広く認識されているとはいえない。
また、甲第17号証は「LE MANS24 時間自動車レース」に関する書籍であり、引用商標1ないし3「LE MANS」が「LE MANS24時間自動車レース」の略称として広く認識されていることを示すものではない。
仮に、「LE MANS24時間自動車レース」にある程度の周知性があったとしても、引用商標1ないし3が同レースの略称として広く認識されていたかどうかは、別個の問題である。引用商標1ないし3の「LE MANS」の語は、フランス北西部サルト県の県都を示す語であり、「LE MANS24時間自動車レース」を一義的に示す語ではない。「LE MANS」という都市は、同レースの開催地である以外に多くの特色を持っている。例えば、甲第12号証の百科事典を見ても、「LE MANS」という都市は、列車、機械、農業用具等の製造地であることが示されている。したがって、自国の都市について多くの知識を有しているフランスの需要者は、引用商標1ないし3の「LE MANS」の語からは同名の都市を想起し、引用商標1ないし3「LE MANS」と「LE MANS24時間自動車レース」とは別異の語として認識する。
また、請求人は、フランスの周知商標集を提出しているが、これはいつ発行したのかが不明で証拠力を有していない。
上述してきたことを考え合わせると、本件商標の出願時及び査定時において引用商標1ないし3はフランスにおいて広く認識されていなかった。
イ 日本における引用商標1ないし3の周知性について
乙第1号証は、日本雑誌協会及び日本雑誌広告会が1969年11月17日ないし23日におこなった雑誌総合調査の専門誌に関する結果をまとめたものである。それによると全国13歳ないし59歳までの男女6,445人のうち、雑誌を閲読している人は76.6%の4,934人であり、雑誌「モータファン」を含む自動車誌を購読している人は、雑誌閲読者4,934人のうち、77人の1.6%である。
この結果から、需要者全体のうち、雑誌「モータファン」を購読している人がいかに少ないかが分かる。しかも、「LE MANS24時間自動車レース」の関連記事は毎号掲載されているわけではなく、年に1回あるいは2回だけである。
したがって、需要者全体から見たとき1.6%の購読者しかいない雑誌に「LE MANS24時間自動車レース」の関連記事が年2回掲載されただけでは、需要者の間で広く認識されることはない。
また、これら雑誌「モータファン」には「LE MANS24時間自動車レース」に関連する記事が掲載されているのであり、引用商標1ないし3「LE MANS」が「LE MANS24時間自動車レース」の略称として広く認識されていることを示すものではない。
また、乙第2号証は、総務省の統計局・政策統括官・統計研修所が発表した資料をプリントアウトした書面であるが、それによると甲第13号証の発行された昭和38年には、12,982点の書籍が発行されている。したがって、このたった1点の書籍に題材として取り上げられたからといって、「LE MANS24時間自動車レース」が需要者の間で広く認識されていたことを示すとは言えず、また引用商標1ないし3が同レースの略称として、需要者の間で広く認識されていたことを示すものではない。
また、乙第3号証は、1967年と1968年の「LE MANS24時間自動車レース」の開催日付近のテレビ欄である。なお、1967年の決勝レース開催日は6月10、11日、1968年は9月28、29日であった(甲第17号証)。これらを見ると「LE MANS24時間自動車レース」の中継や関連する番組が一切放映されていない。これは日本のテレビ局が、視聴者は「LE MANS24時間自動車レース」に関心はなく、中継や関連する番組を放映しても、観る者がいないと判断したためである。
更に、請求人は、甲第18号証ないし甲第26号証をあげて、引用商標1ないし3の周知性を立証しようとしている。しかし、本件商標が商標法第4条1項19号の規定に該当するかどうかの判断は、本件商標の出願時及び査定時を基準として判断される。したがって、本件商標の登録時よりずっと後に発行等されたこれらの証拠は証拠力を有していない。また、これらの証拠が発行等された時点に引用商標1ないし3に一定の周知性があったとしても商標の周知性は、時期によって変化するものであり、本件商標の登録性とは関係ない。
本件商標の出願時及び査定時に「LE MANS24時間自動車レース」に関連する内容は、ほんの僅かな書籍や雑誌に掲載されていただけで、テレビ放映も全くされていなかった。また同レースの関連グッズの販売もされていなかった。
そのため本件商標の出願時及び査定時において引用商標1ないし3は日本国内において広く認識されていなかった。
ウ 本件商標と引用商標1ないし3との類否について
請求人は、本件商標と引用商標1ないし3とから、共に「LE MANS24時間自動車レース」の観念が生じるため、両商標は観念を同一にすると述べている。
しかし、「LE MANS24時間自動車レース」は本件商標の出願時及び査定時において広く認識されていないから、本件商標の「LE MANS」の語から「LEMANS24時間自動車レース」の観念が生じることはない。
したがって、本件商標と引用商標1ないし3から生じる観念は非類似の関係にある。
エ 登録出願時における不正の目的について
請求人は、本件商標の前権利者の社長であるIK氏がフランスの事情に精通し、かつ自動車関係に関心を抱いており、引用商標1ないし3が「LE MANS24時間自動車レース」の著名な略称であることを知りながら、請求人に無断で(剽窃的に)本件商標を出願したと述べている。
しかし、IK氏が我が国に持ち込んだのはアメリカのファッションであるアイビールックである。フランスのファッションに関心があったわけではない。また、IK氏が車に興味があったからといって、IK氏が試乗記を書いたコロナハードトップは日本のトヨタ製の車であるし、フランスで行われている「LE MANS24時間自動車レース」に関心があったかどうかなど分からない。また、本件商標の権利者であったのは、ヴァン社という法人であって、IK氏の興味とは直接関係ない。ヴァン社の製品は、アメリカのアイビールックを基調としており、フランスのコンチネンタルファッションを基調としたものはない。
オ 「LE MANS」商標の使用事実における不正の目的について
ヴァン社は本件商標の出願時において、本件商標を使用する意思があった。その後、市場の動向や会社の方針によって使用していなかっただけである。
また、ヴァン社には、高額の使用料を得るために他人に別件登録商標を使用させたつもりは全くない。何故なら、甲第32号証に示されているように、ヴァン社はジャスインターナショナル株式会社(以下「ジャス社」という。)に別件登録商標の独占的通常使用権を許諾していたが、これは、ジャス社側からヴァン社側に別件登録商標の使用の申し入れがあって、許諾契約が締結されたわけであって、ヴァン社側がこのような契約を結ぶようにジャス社に積極的に働きかけたわけではない。甲第32号証に示されているようにジャス社が、片倉工業株式会社、株式会社水甚、株式会社マリモ等の他社に再使用権を与えてこれらの会社から使用料を得るために、ヴァン社に許諾契約を結ぶように持ちかけたのである。ヴァン社が、片倉工業株等に別件登録商標の再使用権の契約について主体的に働きかけたことはない。ジャス社が主体的に片倉工業等に働きかけたのであり、ヴァン社は再使用権の設定について承認を与えただけである。
カ 請求人の譲渡交渉について
請求人が本件商標及び別件登録商標について失敗したと述べている譲渡交渉は、本件商標等の登録から20年以上経った時点で行われたものであり、本件商標の出願時及び査定時に不正の目的があったかどうかとは関係ない。しかも、この譲渡交渉は請求人側から持ちかけられたものであり、譲渡交渉が持ちかけられるのを見越して、請求人に高額で譲渡すべく不正の目的で、20年以上も前に本件商標等を出願し登録を受けたわけがない。
また、被請求人は、「LE MANS」ブランドを使用して被服等の商品を販売しようとして前権利者より本件商標等の譲渡を受けているのであるから、譲渡交渉について応じないのは当然である。被請求人は、本件商標等の「LE MANS」ブランドを使用して商品を販売しているのであるから、これら商標等を他者に譲渡するわけにはいかない。「LE MANS」ブランドの実際の使用態様等を示す(乙第4号証ないし同第10号証)。
したがって、本件商標の前権利者は、自ら本件商標を使用する意思を持って出願し、登録を受けたのであり、他人に使用させて使用料を得るために登録を受けたのではない。また、被請求人は、他者に高額な金額で買い取らせることを目的として本件商標を前権利者から譲り受けたわけではなく、実際に本件商標を含めた「LE MANS」のブランドを被服等の商品に使用するために譲り受けた。
キ 甲第33号証及び同第34号証の審・判決例について
これらの審・判決例は、対比されている商標や事件で提出された証拠、判断の時期等が異なり、本件と同列には論じられない。
ク 別件登録商標の出願書類及び審判書類について
別件登録商標と本件商標とは、指定商品が異なるが同様に解釈され、出願日は同日である。別件登録商標の拒絶理由通知書(乙第11号証の1)では、「LE MANS24時間自動車レース」及びその著名な略称として引用商標1ないし3が、フランス及び我が国において広く認識されていたことに起因する拒絶理由は通知されていない。その後、出願人が意見書(乙第11号証の2)を提出したが、拒絶査定(乙第11号証の3)になり、これを不服として拒絶査定不服審判を請求した。その審決書(乙第11号証)では、「LE MANS」の語がフランスの北西部の都市サルト県の首都を指称すると認定している。しかし、「LE MANS24時間自動車レース」及びその著名な略称として引用商標1ないし3が、フランス及び我が国において広く認識されているといったことには、全く言及されていない。
つまり、別件登録商標は、2回審査を受けたわけであるが、いずれの審査においても「LE MANS24時間自動車レース」及びその著名な略称として引用商標1ないし3が、フランス及び我が国において広く認識されているといったことには、全く言及されていない。これはつまり「LE MANS24時間自動車レース」及びその著名な略称として引用商標1ないし3が、フランス及び我が国において広く認識されていなかったことを明確に示すものである。
(2)商標法第4条第1項第7号について
請求人は、複数の審決例をあげて本件商標が本号に該当すると述べている。
しかし、これらの審決例は、対比されている商標や事件で提出された証拠、判断の時期等が異なり、本件と同列には論じられない。
また、これらの審決例では、日本国内における輸入代理店契約を有利に進めるため、取引を有利な条件で継続し、あるいは商標を有利な条件で買い取らせるため、商標を高額で買い取らせるため、または営業を妨害するため等の不正の目的をもって出願したことが認定されている。
しかし、本件商標の前権利者及び被請求人から、請求人と何らかの有利な契約を結ぶため、あるいは何らかの交渉するために請求人と接触したことはない。また、請求人からの本件商標等の譲渡の申し出にも被請求人は応じるつもりはなかった。本件商標の前権利者は、本件商標を実際に使用し本件商標を付した商品を販売するために、本件商標を出願し登録を受けたのである。また、被請求人も、「LE MANS」ブランドを被服等の商品に使用するために前権利者から本件商標の譲渡を受けたのである。したがって、本件をこれらの審決例と同列には論じられない。
また、「LE MANS24時間自動車レース」及びその著名な略称としての引用商標1ないし3は、本件商標の出願時及び査定時に、フランス及び我が国おいて広く認識されていないから、引用商標1ないし3の使用にも支障を来たさないし、請求人が築き上げたという「LE MAN」のもつ名声にフリーライドすることもないし、フリーライドすることもできない。
また、他に、本件商標が「公の秩序及び善良の風俗」を害するおそれがある商標であることを肯定する要因は見当たらない。したがって、本件商標は、公正な取引秩序を乱し、国際信義に反し、ひいては公共の利益に反し、公の秩序を害するものではない。
(3)商標法第46条第1項第5号について
請求人は、商標登録後において本件商標が商標法第4条第1項第7号に該当することになっていると述べている。
しかし、請求人がその証拠としてあげた決定例(甲第38号証)は、対比されている商標や事件で提出された証拠、判断の時期等が異なり、本件と同列には論じられない。
また、この決定例に係る異議申立ては、当該商標の公告後すぐに行われたものであり、本件商標のように登録後、39年も経過してからなされたわけではなく、同列には論じられない。
また、登録から39年も経過してから、出願時及び査定時の判断を争い、当該商標が無効にされるとすると、法的安定性を著しく害することとなる。
したがって、商標法第46条第1項第5号が適用される場合は極めて限定的でなければならない。
いつの時点を基準として、同第5号の適用を判断するのか明確ではないが、仮に近年を基準として判断すると、2007年11月においても、被請求人は本件商標と類似の商標(登録第5092920号)の登録を受けている。もし、引用商標1ないし3が広く認識されているとすれば、登録を受けられないはずである。
したがって、引用商標1ないし3が近年広く認識されていない場合に本件商標を無効にすることは、法的安定性を著しく害し、認められるべきではない。
(4)結語
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第19号、同第7号に該当せず、商標法第46条第1項第1号及び商標法第46条第1項第5号に基づく無効理由を有していない。

5 当審の判断
(1)請求の利益について
本件審判請求に関し、当事者間に利害関係について争いがないので、本案に入って判断する。
(2)商標法第4条第1項第19号該当について
周知性について
(ア)請求人提出の証拠によれば、以下の事実が認められる。
a 「LE MANS」の語は仏語の一であり、1962年(昭和37年)発行の辞典(甲第12号証)中「LE MANS」の項に、同語が仏国北西の都市であることとともに、「国際的な耐久自動車レース場」(the site of the international endurance auto race)である旨の記載がある。
b 「Le Mans」は仏国の地理的名称であり、該地で行われる24時間耐久自動車レースを「ルマン24時間耐久自動車レース」あるいは「ルマン24時間レース」と指称している。そして、当該「ルマン24時間レース」は、第1回が1923年に開催されて以降、中止された年はあるがほぼ毎年継続して行われ、本件商標の出願年(昭和42年)の前年に当たる1966年までに34回開催され、その後も継続している。また、前記「ルマン24時間レース」は、「ル・マン」「LE MANS」と略して指称され、表示されている(甲第7号証、同第17号証及び同第39号証)。
c 1962年、1965年及び1966年に発行された雑誌「モーターファン」(甲第7号証ないし同第11号証)において、「フェラリー、ルマンで3連勝」「今年のル・マンの結果・・・」(甲第7号証)、「昨年までルマンに5連勝・・・」「ルマンのローバーBRM」(甲第8号証)、「ルマンのスピリットファイア」(甲第9号証)、「ルマンのレースには、総合順位のほか、・・・」(甲第10号証)、「アメリカ車として初めてルマンに優勝・・・」「ルマンに優勝したマクマーレン・・・」(甲第11号証)等のように、前記「ルマン24時間レース」を指称する文字として「ルマン」「ル・マン」が頻繁に使用されている。
d 1965年(昭和40年)発行の雑誌「モーターファン ’65」(甲第43号証)に掲載された自動車タイヤの広告には、「ル・マンの雰囲気・・・」として、「本場欧州の国際的レース場ル・マン・レース場の雰囲気を・・・」との記載がある。また、同誌の記事「“青い目”がみた日本のくるま」中に、鈴鹿サーキットと比較して、「また24時間レースのル・マンも・・・」との記述がある。
e わが国において「ル・マン自動車レース」と題する翻訳小説が昭和38年に発行され、その訳者の解説中において「世界的に有名な、ル・マンのレースを題材とし・・・」と述べられている(甲第13号証)。また、同解説には、わが国でも鈴鹿にレース用のサーキットが出来、この年から四輪自動車のレースが開始されようとしていたことが記載されている。
f なお、上記aないしeのほか、提出された甲号証(甲第18号証ないし同第22号証ほか)においても、「ルマン24時間自動車レース」あるいはその略称としての「LE MAM(ル・マン)」に係る記載が認められるけれども、いずれも、本件商標の出願日以降の事実に係るものである。
(イ)以上からすれば、「LE MAM(ル・マン)」が仏国のル・マン地方で開催される自動車レースを表す標章「24hour du mans」(24時間自動車レース)」の略称として用いられ、「ルマン」の称呼をもって、本件商標の出願時には、仏国をはじめ我が国における自動車レースに係る役務の需要者の間に広く認識されていたと認め得るものである。しかし、それとても、自動車レースに係る役務を中心として限定的な需要者の間におけるものであったというのが相当である。
なお、本件商標の出願時において、引用商標1ないし3が、上記以外に、その指定商品・役務について使用をされた結果、その需要者の間に広く認識されるに至っていたことを認めるに足りる直接的な資料はなく、これを認めることはできない。
(ウ)被請求人は甲号証に係る雑誌等の閲読者の比率を挙げるが、当該号証の記載事実を自動車レースに係る役務の需要者との関係でみることで足りるというべきであるから、全発行雑誌等との閲読者比率をもって、前記認定は左右され得ない。なお、甲第17号証のように書籍等の発行時が出願後であっても、その内容に記載された出願前(発行時前)の事実についての記述は、本件商標の出願前の事実の証左となり得るのは明らかというべきである。
イ 商標の類否について
本件商標は、その構成文字に相応して「ルマン」の称呼を生ずるものである。
一方、引用商標1ないし3及び略称「LE MAM(ル・マン)」は、その構成文字から「ルマン」の称呼を生ずるものである。
してみれば、本件商標と引用商標及び上記略称とは、その外観、称呼において相紛らわしいものであり、本件商標は、引用商標1ないし3及び略称「LE MAM(ル・マン)」に類似する商標と判断するのが相当である。
不正の目的について
(ア)商標法第4条第1項第19号における「不正の目的」とは、不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的であり、図利目的・加害目的をはじめとする取引上の信義則に反するような目的と解される(特許庁編「工業所有権法逐条解説」参照)。
(イ)本件商標に係る商標公報及び商標登録原簿(甲第1号証)に徴すれば、本件商標の出願人は、ヴァン社であり、同法人が商標登録を得て、その後、当該商標権が被請求人に権利移転されたものである。そして、上記のとおり、「LE MAM(ル・マン)」は仏国のル・マン地方で開催される自動車レースを表す標章の略称として用いられ、本件商標の出願時には自動車レースに係る役務の需要者の間に広く認識されていたと認められるが、それは、自動車レースに係る役務を中心として限定的な需要者の間におけるものであったというのが相当である。
さらに、「LE MAM(ル・マン)」の語は、仏国の北西部の地理的名称「ル・マン地方」を指すものであることは顕著な事実に属し(甲第12号証、乙第11号証の4)、唯一請求人の創造に係る造語といえないことは明らかというべきである。
しかして、「LE MAM(ル・マン)」は「24hour du mans」(24時間自動車レース)」の略称としてその需要者の間に広く認識されるに至っていたと認め得るものであり、また、本件商標は前記の標章(略称)に類似するものと認められる。しかし、請求人の主張及び提出した全証拠を総合してみても、本件商標の出願人が、図利目的・加害目的をはじめとする取引上の信義則に反するような目的をもって本件商標をその指定商品について出願し登録を受けたと認めることはできない。
(ウ)この点について、請求人は、本件商標の出願人ヴァン社のオーナー経営者といえる故IK氏が同社の創業者であり、同氏が行っていたことは、実質的に出願人が行っていたのと同じであるといっても過言ではないとして、同氏の自動車との係わりの深さ等を挙げ、本件商標が剽窃的な出願である旨主張している。
証拠(甲第9号証、同第43号証、同第45号証及び同第46号証)によれば、確かに、IK氏が自動車や自動車レースに興味を示していたと推察され、また一方、ヴァン社(出願人)に対する同氏の立場を斟酌すれば、同氏が出願人の動向に影響力があったであろう事は否定し得ないところである。
しかしながら、同氏が「ルマン24時間自動車レース」と直接的な関わりを有していたとか、当該「24時間自動車レース」が「ル・マン」と略称されることを同氏が知っていたと確認し得る直截的な証左はみいだせない。そして、同氏が自動車や自動車レースに感心があったからといって直ちに、また、同氏の趣味の面からみて仮に上記レースが「ル・マン」と略称されることを知っていたとして、そのことを根拠として、被服等を取り扱う事業者である出願人が、本件商標の指定商品について商標登録の無いことを奇貨とし、自動車レースに係る標章(略称)の名声を知悉しつつ、それにフリーライド等する意図のもと、剽窃的に本件商標の出願をしたと結論づけることは、出願人が仏国と関連付け得るファッション関係の事業者であったことや同社のモータースポーツへのスポンサー活動等を考慮してもなお、相当に困難というべきである。
なお、請求人は、別件登録商標に係る意見書において出願人(ヴァン社)が「ル・マン」の周知性・著名性を自認していた旨述べるが、当該意見書には同文字について周知性や著名性に係る直接的な記述はなく、同文字が拒絶理由に対応しての一例として挙げられたに止まるとみるのが相当である。
そして、請求人による指定商品に係る我が国における事業の展開等を、出願人がその出願前に予知していたとみるべき事情等を示す証拠はない。
したがって、請求人の前記主張は採用し得ない。
(エ)また、請求人は、使用料の額について他の事例との比較をしたうえで、本件商標に係る使用料が高額であり、これと出願人が長期に亘り現実に使用をしていない点とを併せ、高額の使用料を得る目的で本件商標を出願した旨主張している。
しかし、使用料の設定は、当該使用権に係る各当事者の任意の意思に基づき行われるものであり、その多寡の妥当性を一概に論ずることはできないうえ、請求人に係る標章(前記略称及び引用商標)の存在が、使用料の設定に直接的に影響を与えたとみるべき的確な証拠もみいだせない。そして、登録後に商標権者自身は使用をせず、第三者に使用権を設定し使用させていたことを併せみたとしても、これらの事実をもって、不正の利益を得る目的のみで本件商標が出願されたということはできない。
(オ)さらに、請求人と被請求人との間に被請求人の所有する本件商標ほか1件の商標権について譲渡交渉が行われたことは、当事者間に争いがない。そして、請求人及び被請求人が述べる譲渡交渉の経緯を総合しても、他者(第三者)に使用権を許諾している商標権の当該譲渡交渉が、それぞれの思惑の有り様はさておき、譲渡交渉として一般的なものではないとはいえず、まして、請求人の交渉の相手も本件商標の出願人ではなく、設定登録後に当該商標権を特定承継した被請求人である。
しかして、仮に請求人の提示した譲渡価格が低いと被請求人が受け止め、それが理由で譲渡交渉が合意に至らなかったとしても、これをもって、当該譲渡交渉より20年以上も遡る時期になされた本件商標の出願が、当該商標権を高価格で買い取らせるためになされたとみるのは到底無理というほかない。
エ 小括
以上からすれば、本件商標は、その出願時においてみたときに、不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的をもって使用をするものとして出願されたと断ずることはできないといわざるを得ない。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第19号の規定に該当するものとは認められない。
(3)商標法第4条第1項第7号該当について
商標の構成(文字や図形等)それ自体において公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標はもとより商標法第4条第1項第7号に該当するが、その構成自体においてはそうでなくても、当該商標の出願がその経緯等において適正な商道徳に反し、社会通念に照らしてみれば、社会的妥当性を欠くものがあり、その登録を認めることが商標法の目的に反することになる場合には、商標法第4条第1項第7号に該当することがあると解されるものである(東京高裁平成14年(行ケ)第616号判決、同高裁平成17年(行ケ)第10028号判決参照)。
しかして、本件商標は、その構成からみて、きょう激、卑わい、差別的若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形からなるものでないことは明らかである。そして、特定の国やその国民を侮辱したり、又は一般に国際信義に反するような商標ということもできない。また、全証拠に徴してみても、本件商標の出願の経緯において、社会的妥当性を欠くものがあったとすべき事情等もみいだせない。
なお、上記のとおり、故IK氏は自動車や自動車レースに感心を抱いていたと推察される。しかし、同氏が出願人の動向に影響力があり、自動車が同氏の趣味の一であったからといって、また、同氏が「24時間自動車レース」が「ル・マン」と略称されることを仮に知っていたとしても、上記(1)のとおり、出願人に不正の目的があったと認められないことを併せみれば、IK氏の関心事を根拠の一として、出願人が、本件商標の指定商品について登録の無いことを奇貨とし、信義則に反し剽窃的に出願したと断ずることはできないというのが相当である。
また、請求人の挙げる登録異議申立に係る決定は、本件商標の出願時から20数年を下る時期のものであり、その判断の時期、商標の構成及び証拠等において本件と相違し、直ちに本件の結論を左右し得るものとみることはできない。
以上からすれば、本件商標は、その構成からみても、出願の経緯等からみても、商標法第4条第1項第7号の規定に該当するということはできない。
(4)登録後における商標法第4条第1項第7号該当について
請求人の主張及び同人の提出した全証拠を総合してみても、登録時には公序良俗を害するおそれがある商標とは認められなかった本件商標が、登録後の社会状況や国際情勢の変化、新たな法令や条約に基づく規制等に伴い、登録後に、その登録が公益に反し良俗を害するおそれがあるものとなるに至ったといわなければならないような格別の事情や理由をみいだすことはできない。
したがって、本件商標が、商標法第46条第1項第5号にいう同法第4条第1項第7号に該当するものとなったと認めることはできない。
(5)まとめ
以上のとおり、本件商標は商標法第4条第1項第7号及び同第19号に違反して登録されたものとは認められず、また、商標登録がされた後において同法第4条第1項第7号に該当するものとなったとも認められないから、同法第46条第1項第1号又は同第5号によって、その登録を無効とすることはできない。
なお、本件審判の審理終結後、請求人から提出された平成21年2月3日付け審理再開申立書については、判決(審決)事例の事件番号が特定されていないことから、その理由を検討するも上記判断に影響を及ぼし得る程の内容ではないと判断し、審理再開の必要を認めないこととした。
よって、結論のとおり審決する。
別掲 別掲(1) 引用商標2




別掲(2) 引用商標3




審理終結日 2009-01-22 
結審通知日 2009-01-28 
審決日 2009-02-17 
出願番号 商願昭42-4238 
審決分類 T 1 11・ 22- Y (124)
T 1 11・ 222- Y (124)
T 1 11・ 6- Y (124)
最終処分 不成立 
特許庁審判長 渡邉 健司
特許庁審判官 井出 英一郎
鈴木 修
登録日 1969-11-07 
登録番号 商標登録第837128号(T837128) 
商標の称呼 ルマン 
代理人 藤沢 昭太郎 
代理人 山田 清治 
代理人 萼 経夫 
代理人 藤沢 則昭 
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