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審決分類 審判 全部無効 商4条1項19号 不正目的の出願 無効としない Y03
審判 全部無効 商4条1項7号 公序、良俗 無効としない Y03
管理番号 1131425 
審判番号 無効2004-89041 
総通号数 75 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 商標審決公報 
発行日 2006-03-31 
種別 無効の審決 
審判請求日 2004-07-01 
確定日 2006-02-10 
事件の表示 上記当事者間の登録第4766294号商標の商標登録無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。
理由 第1 本件商標
本件登録4766294号商標(以下「本件商標」という。)は、「エンジェルハート」及び「Angel Heart」の文字を上下二段に横書きしてなり、平成15年1月15日に登録出願され、第3類「せっけん類,歯磨き,化粧品」、及び第25類「洋服,コート,セーター類,ワイシャツ類,寝巻き類,下着,水泳着,水泳帽」を指定商品として、同16年4月23日に設定登録されたものである。

第2 請求人の主張
請求人は、「本件商標の登録を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする」との審決を求め、その理由及び答弁に対する弁駁を要旨次のように述べ、証拠方法として、甲第1号証ないし甲第20号証(枝番号を含む。)を提出した。
1 請求の理由
(1)商標法第4条第1項第19号について
(a)「AngelHeart」の欧文字からなる標章について
香水や化粧品の製造、販売を行っていたコスコ社の社長であったロザール・ミューラー氏は、1996年頃に赤いハート形の香水瓶のデザインを創作し、1999年よりドイツを始めとする欧州各国において、この赤いハート形の瓶に入った香水に「AngelHeart」の文字からなる標章(以下、標章については、単に「AngelHeart標章」といい、該標章を付した香水を「AngelHeart香水」という。)を付して販売を開始した。
この商品は、その独特の瓶の形状、及び若い女性にアピールする商標と相まって需要者の人気を博し、特にクリスマスやバレンタイン等の時期には、ギフト用としてコスコ社の他の商品と組み合わせたセット物も販売された。また、コスコ社による広告、宣伝活動により、「AngelHeart標章」は、欧州各国及び米国における香水の需要者の間で、コスコ社の業務に係る香水を表す商標として周知となった。すなわち、コスコ社のウェブページのトップページには、他の香水とともに「AngelHeart香水」のハート形の瓶が表示されているほか、別のページでこの商品について詳細に説明しており、この商品は、コスコ社の主力商品の一つであった(甲第9号証)。そして、コスコ社は、1997年5月16日に「AngelHeart標章」についてドイツ国特許庁に商標登録出願を行い、1997年9月に設定登録を受け、商標権を取得した(甲第3号証)。
こうした状況下、被請求人は、2002年3月項、フランス・コンタクト社よりコスコ社の「AngelHeart香水」を紹介され、これを日本に輸入し、販売することを計画した。実際に輸入、販売が開始したのは2002年5月項からであるが、2002年10月、コスコ社は債務超過に陥ったことから倒産し、コスコ社の全ての財産は倒産管財人(破産管財人)(以下、「倒産管財人」という。)の管理下に置かれることとなった。その後2003年2月、倒産管財人は、ドイツにおける「AngelHeart標章」の商標権、及びコスコ社が持つ「AngelHeart香水」の製造、販売に関する一切の権利を、請求人の代表者であるBharat.b.Gera氏(以下「ゲラ氏」という。)に譲渡し、以後はゲラ氏が「AngelHeart香水」の製造販売に関する権限を有することとなった。「AngelHeart香水」の調香のレシピ及びハート型の香水瓶の図面は香水を製造する上で重要な企業秘密といえる。このことからも、ゲラ氏がドイツの「AngelHeart標章」の商標権だけでなく、「AngelHeart香水」の製造販売に関する権利をコスコ社から正当に承継していることが分かる(甲第3号証ないし甲第6号証)。
そして、「AngelHeart香水」を含むコスコ社の香水は、ドイツ有数の百貨店でドイツ80都市に133店舗を構える「Kaufhof Warenhaus」や、化粧品と香水の専門店で同様にドイツ国内に数百店舗を持つ「Douglas、Intercos」といった店舗において販売されており、「AngelHeart香水」がドイツ及び欧米各国で周知となっていたといえる。2000年1月から2003年7月までの期間、「AngelHeart香水」の全世界における売上額の合計は、1,105,247ユーロ(日本円に換算すると約147,500,000円)であり、これは1つの銘柄の香水としては異例の売上額である(甲第10号証)。
我が国において、欧文字「AngelHeart」でウェブサイト検索すると、多数の日本語ホームページが検索され、その多くに「AngelHeart香水」がコスコ社の商品である旨が表示されている(甲第11号証)。
(b)不正の目的
被請求人は、当初コスコ社から「AngelHeart香水」を仕入れ、これをウエニ貿易株式会社を通じて日本において販売していたが、コスコ社の倒産後、人気商品であった「AngelHeart香水」が入手できなくなったことから、マキシム社に香水を製造させ、コスコ社の製品と同じ赤いハート形の瓶に入れて、「AngelHeart標章」を付して販売することを意図した。もともと、「AngelHeart香水」を製造、販売する権利は、コスコ社に属しており、同社の倒産後は同社の倒産管財人に、後にゲラ氏が倒産管財人から「AngelHeart香水」の製造、販売に関する権利を譲り受けてからは同氏に帰属している。被請求人は、これら3者のいずれの承諾も得ないままに、正当な権利なくマキシム社に「AngelHeart香水」のデッドコピー商品を製造させ、日本に輸入し販売した。 被請求人が、コスコ社の倒産後も「AngelHeart香水」の製造、販売を希望するのであれば、コスコ社の倒産管財人と交渉し、これに関する権利を得ることもできたはずである。しかし、被請求人は、そのような措置を採らず、何ら正当な権利がないにもかかわらず、コスコ社の倒産時の混乱に乗じて「AngelHeart香水」の製造、販売を行ったばかりでなく、たまたま、我が国において「AngelHeart標章」が出願登録されていないことを奇貨として、本件商標の設定登録を受けた。
このような被請求人の行為は、コスコ社の倒産管財人から、「AngelHeart標章」のドイツにおける商標権及び「AngelHeart香水」に関する一切の権利を譲り受けたゲラ氏、及び同氏が代表を務めるクランディスティン社の権利を侵害し、かつ、日本における「AngelHeart香水」の販売を阻止する目的でなされたことは明らかである。
被請求人は、本件商標の設定登録前の拒絶理由通知(平成16年1月20日付け)に対する上申書(同年3月1日付け)において、「AngelHeart香水」は、被請求人の自社ブランド商品として製造、販売することを企画し、コスコ社もこれを承諾したのであるから、何ら信義則に反するものではないと主張するが、コスコ社の元社長であるロザール・ミュラー氏に確認したがそのような事実はない。
被請求人は、日本向けに香りが違うものをコスコ社に作らせた旨を述べているが、同社が同一の商品の輸出先によって異なる香りのものを製造したことはない。推認するに、被請求人は、「AngelHeart香水」の製造について何ら権利を有しないため、この香水のレシピを入手することができなかったので、コスコ社の「AngelHeart香水」とは香りが違うことを正当化するために述べた虚偽の事実である。
商標権者は、欧米および我が国において、コスコ社の業務に係る香水を表すものとして周知な「AngelHeart標章」と類似の商標を、その正当な権利者であるクランディスティン社及びその日本における代理店である有限会社タッチが、日本において「AngelHeart香水」を販売することを阻止する目的でなされた本件商標を登録出願したものである。
(c)以上よりすれば、本件商標は、商標法第4条第1項第19号の無効理由を有している。
(2) 商標法第4条第1項第7号について
被請求人は、コスコ社から「AngelHeart香水」を仕入れ、日本に輸入して販売していたが、両社の間にライセンス関係はないことは、前述のとおりであり、このことは、本件商標についての拒絶理由通知に対する意見書(平成16年1月20日付け)を補足するための上申書において被請求人自ら認めるところである。そして、本件商標の登録出願に際し、コスコ社、同社の倒産管財人、及びゲラ氏のいずれの承諾も得ていないものである。
また、被請求人は、コスコ社の了解のもとに自らオリジナルブランドとして開発したブランドについて出願したものなので、何ら信義則に反していない旨を主張するが、前述のように、そのような事実はないのであるから、被請求人の主張は成り立たない。
さらに、被請求人が「AngelHeart香水」の人気や名声をよく知った上でこれを自ら利用し、不当な利益を得る目的で出願したことも前記のとおりである。
したがって、被請求人は、我が国において当該商標が商標登録されていないことを奇貨として、正当な権利者であるコスコ社の倒産時の混乱に乗じて本件商標を出願し、同社から倒産管財人を通じて正当に権利を継承した請求人の事業を妨害する不当な目的でなしたものであり、コスコ社の営業努力によって築かれた「AngelHeart香水」の人気及び信用を何ら正当な権利なく剽窃的に独占しようとするものにほかならず、国際商道徳に著しく反する行為であって、公正な取引秩序を乱すおそれがあるばかりでなく、国際信義に反し公の秩序を害するものであることは明らかである。
以上よりすれば、本件商標は、商標法第4条第1項第7号によって無効にされるべきである。
(3)利害関係について
請求人は、本件商標と類似する「AngelHeart標章」について、「化粧品,香水」を指定商品として商標登録出願(商願2003-25625)を行っているが、本件商標を引用商標として拒絶理由通知を受けており、本件商標が無効とされれば、この商標について登録を受け得る立場にある。また、請求人は、「AngelHeart標章」を付した香水、化粧品等を我が国で販売するための準備を行っている。
(4)以上のとおり、本件商標は、商標法第4条第1項第19号及び同第7号に該当し、商標法第46条第1項により、無効とされるべきである。
2 答弁に対する弁駁
被請求人は、日本に輸入された実績のなかった「AngelHeart香水」について、被請求人の自社ブランドとして販売するために香り成分の異なるものをコスコ社につくらせて販売したと主張するが、大手輸入業者であるウエニ貿易株式会社は、2002年6月ころ、被請求人から「AngelHeart香水」を仕入れ、これをコスコ社製品として販売網に乗せ、販売していた(甲第13号証)。
被請求人は、「AngelHeart香水」が被請求人のオリジナル商品であることの根拠として、外箱の色や外箱内部のスポンジの色、香水キャップの色が異なることを挙げるが、このような変更は販売先の国の流通事情等に合わせるため、商品を輸入、販売する際によく行われることであるから、この程度の変更をもって被請求人のオリジナル商品であるということはできない。
被請求人は、請求人の主張が不明瞭であり、立証が不十分であると主張するが、コスコ社は、被請求人が日本において「AngelHeart香水」の販売を開始する以前から欧州各国及び米国において「AngelHeart香水」の製造、販売していたのであり、被請求人が本件商標を登録出願した時点において、「AngelHeart標章」が周知となっていた。
被請求人は、請求人及びその代表者であるゲラ氏のいずれもが「AngelHeart標章」のブランドで製品を製造、販売していないと主張するが、請求人は、「AngelHeart香水」に関する事業を倒産管財人から譲り受けた後、これを製造するための生産ラインの確保や、販売網の確保に努めてきたのであり、現在は請求人のウェブサイトにも掲載され(甲第14号証)、ドイツにおいても販売されている(甲第15号証)。香水は、何千何百とあるのであるから、必然的にその1つ1つの市場に占めるシェアは小さくならざるを得ないし、その中で、「AngelHeart香水」の2年7月の期間に約1万1千ユーロの売り上げは決して小さくはない。
被請求人は、日本における「AngelHeart標章」の周知性は、全て被請求人の製品に由来するものであり、それに「コスコ」という会社名が小さく付されているとしても、「AngelHeart香水」の製造メーカーであるという記載にすぎないというが、これは、自社のオリジナルブランドとして、「AngelHeart香水」を日本において販売し、被請求人の努力によってこれを日本において周知にしたという主張とは矛盾する。もし、「AngelHeart標章」が被請求人の香水のオリジナルブランドであり、被請求人が雑誌やウェブサイトにおける宣伝、広告を行うことによってこれが周知になったのであれば、製造メーカーのコスコ社の名前がなぜわざわざ記載されるか。いわゆるブランド製品については、そのブランドと実際の製造者が異なるのはよく見られるところであるし、製品ラベル等に実際の製造者が記載されることはあるが、広告、宣伝にまで、下請けにすぎない製造業者の名称を記載することは通常考えられない。
被請求人は、「AngelHeart香水」がコスコ社によって宣伝広告されたことはないと主張するが、事実に反する。甲第16号証及び甲第17号証は、コスコ社が展示会の際に配布したリーフレットの写し及び「AngelHeart香水」が紹介されている雑誌の写しであって、これから、「AngelHeart香水」は、コスコ社の主力製品であり、同社により広告、宣伝がされてきたことが分かる。
被請求人は、イオニス・バラコス氏がコスコ社の姉妹会社の輸出マネージャーで、事実を正確に認識できた者であると主張するが、同氏はコスコ社の倒産後、その混乱に乗じて被請求人と「AngelHeart香水」を日本に輸入、販売することを意図した人物である。
被請求人は、「AngelHeart香水」の宣伝広告費を1億円以上かけたというが、輸入代理店が自己の輸入に係る商品について宣伝広告を行うことは当然であり、これをもって「AngelHeart標章」が被請求人の商標として周知であると主張するのは非常識である。
また、被請求人は、株式会社わかば及び株式会社エクスバンドが署名、捺印した乙10号証及び乙11号証を提出しているが、被請求人と取引関係にある者の供述書が何ら証拠として価値をもたない。
(1)商標法第4条第1項第19号について
被請求人は、自社ブランドの「AngelHeart香水」をコスコ社に製造させていたとして、乙第12号証の1及び乙第12号証の2を提出しているが、これらには、「As agreed with Mr.Barakos,all bottles will be filled with She Lilac」と記載されているが、 これは「She Lilac」をボトルに詰めることにバラコス氏が同意したということを意味するもので、コスコ社は、被請求人に自社ブランドとして「AngelHeart香水」を日本において販売することを了解していたといえない。
(2)商標法第4条第1項第7号について
被請求人は、「AngelHeart香水」の日本における周知性は被請求人に帰属するというが、これは「AngelHeart香水」をコスコ社から輸入していたにすぎない被請求人が、不正に利益を独占する目的で意図的に被請求人の名を付した宣伝広告を行ったものであって、悪意での周知性の取得に他ならない。
甲第20号証は、コスコ社の元社長ロザール・ミュラー氏からゲラ氏に、ハート形の香水瓶の著作権を譲渡したという内容の宣誓書であり、甲第3号証ないし甲第6号証と合わせて、ゲラ氏が「AngelHeart香水」の事業に関する権利を正当に承継したことを示すものである。
商標法第4条第1項第7号の判断基準は、実体的正義に反するか否かというところにある。単に外国商標権者から商品を輸入していたにすぎない被請求人は、我が国において「AngelHeart標章」が商標登録されていなかつたこと、及び「AngelHeart標章」の外国商標権者が倒産したことを奇貨として、不正に利益を独占する目的で商標登録出願を行ったものである。
仮に、被請求人のこのような行為が認められるのであれば、輸入業者は何ら正当な根拠なく権利を得る一方、商品を開発し営業に力を注いだ外国商標権者は、著しい不利益を被ることになる。
被請求人の「AngelHeart香水」に関する利益を不当に独占すべく本件商標を登録出願に及んだ行為は、商標法第4条第1項第7号に該当する。

第3 被請求人の答弁
被請求人は、結論同旨の審決を求めると答弁し、その理由を要旨次のように述べ、証拠方法として、乙第1号証及び乙第18号証(枝番号を含む。)を提出した。
1 商標法第4条1項第19号について
商標法第4条第1項第19号の広く認識されている要件は、請求人が主張要件のための主張、立証がなされなければならないところ、そのような主張もないし立証もされていない。もともと、商標の周知性という状態は、流動的であり時間によって変化するものであり、香水のように多量の品種が毎年現れては消えていくような性格の商品はそれが特に顕著である。
2 被請求人が、本件商標を出願するに至った事情は、以下(1)ないし(4)のとおりである。
(1)平成14年3月〜14年7月まで
被請求人は、日本国内で香水を企画、販売することを業とする者であり、自社オリジナルブランド品を開発すべく、メーカーをさがしていたところ、平成14年3月ころ、フランスの香水販売業者であるフランスコンタクト社からコスコ社の「AngelHeart香水」を紹介された。当時この商品は、ドイツ国内でも販売実績はわずかで、ドイツ国内でも周知性はなかったし、日本に輸出した実績もなかった。コスコ社の話によると、「AngelHeart香水」は、コスコ社のレギュラー商品でもなく、宣伝広告もなされた事はなく、また2000年〜2002年にかけて納品は大幅に減少しているとのことであった。そこで、被請求人は、香り成分が全く異なるものをコスコ社につくらせ、それをフランスコンタクト社を通じて製品輸入し、被請求人のオリジナル商品として日本国内で販売し始めた。
しかし、この商品の国内での販売は、平成14年7月まで5,200個くらいであり、その後、コスコ社に追加して製造させようとしたところ、2002年10月1日に同社は倒産し、商品は供給されなくなった。
(2)平成14年11月〜同15年1月まで
その後、被請求人は「AngelHeart香水」を本格的に展開することを計画し、香水専門誌や各種雑誌による広告、店頭キャンペーンでの直接PR、ウエブサイトでの広告宣伝を行った。
このような被請求人の活動により、「AngelHeart香水」に人気がでてきた。そこで、被請求人は、フランスコンタクト社を通じて他社に「AngelHeart香水」をつくらせ、販売始めたところ、売上が伸びてきた。この商品は、第1段階の商品とは「外箱の色(透明→赤)、外箱内部のスポンジの色(灰色→赤)、香水キャップの色(透明→赤)」の点で異なっている。被請求人は、このような状況下で本件商標の登録出願を行った。
(3)平成15年2月以降
ところが、このような「AngelHeart標章」の日本国内での人気がうわさとなった後、ゲラ氏は、倒産管財人から「AngelHeart標章」のドイツ国内での商標を極めて安い価格で譲り受けた。しかし、同人及び同人から許諾を受けたグランディスティン社は、ドイツ国内において「AngelHeart」標章を使用しているわけではない。日本ではグランディスティン社からライセンスを受けたと称する会社が「AngelHeart標章」を使用して商品を販売し始めたが、その後、本件商標が設定登録され、その販売は中止されている。
コスコ社は、2002(平成14年)年10月以降、債務超過に陥り、以降同社製品の販売はされていない。コスコ社の商標を取得したと称するゲラ氏及び請求人も、「AngelHeart香水」を製造、販売していない。
(4)「AngelHeart香水」の周知性について
請求人の作成した販売実績は、何ら客観性は担保されていないのみならず、このようなデータにおいてさえ、2002年3月以降の販売実績はない。また、「AngelHeart香水」の販売実績の合計1万1千ユーロは、2000年1月から2002年7月までのものなので、年間に直すと、わずか45万ユーロ程度にすぎない。もともと、ドイツは、米国、フランスと並ぶ香水の市場規模(約日本市場700億円の倍の千数百億円と推定される。)の0.003%程度ということになる(乙第2号証の1)。これでは、何百何千とある香水中では、周知であるはずはない。まして、「AngelHeart香水」の販売のピークは、1999年であり、以後大幅に低下している。2002年の売上高(多分に倒産前の在庫処分を含むと思われる。)に至っては3万ユーロ(数百万円)程度である(甲10号証)。
さらに、請求人は、ドイツのみならず、欧州各国のおよび米国における需要者の間で周知となっていたと主張するが、かりに、甲第10号証で示された程度の売上が、欧州各国や米国向けのものを含むものであるとすると、その市場規模は数千億円であり、この様な拡散された市場での上記売上程度では、広く認識されているはずがない。逆にドイツ向けのみであるとすると、ドイツ以外で周知であるという主張は根拠がない。
請求人は、コスコ社のウェブサイト(甲第9号証)に「AngelHeart香水」の瓶が表示されているとするが、逆に、2002年春夏の同社のカタログには「AngelHeart香水」が掲載されているものの、主力商品としては全く触れらていない(乙第3号証)。同ホームページの「Trade Parters」の記載はコスコ社の製品一般に対するものであり、「AngelHeart香水」に特定されるものではない。
請求人は、日本における本件商標の周知性の証拠(乙11号証(「甲第11号証」の誤記と認められる。)を提出したが、それらは被請求人の製品に由来し、全て被請求人の製品で、本件商標の登録出願後のものであり、出願当時の周知性という要件を満たしていない。ごく少数に、「コスコ」という会社名が小さく付しされているものがあるが、それは単に被請求人の「AngelHeart香水」の製造メーカーであるという記載にすぎない。被請求人の調査によると、欧文字「AngelHeart」で検索された香水のサイト6490件中、コスコという記載があるものが24件(0.003%)であり、請求人が甲第11号証で引用したサイトは、訂正済みのものさえある(乙第2号証の2)。2004年8月までに販売された被請求人の「AngelHeart香水」の合計数は、約62万本であるが、本件商標の登録出願前に販売されたものは、3万本(約5%)であり、被請求人がコスコ社に製造を発注したものは約5千本(0.008%)にしかすぎない。このような状態で、請求人はなにをもって、コスコ社の「AngelHeart香水」が日本でも周知などと主張するのか。宣伝、広告費は、コスコ社は皆無であり、被請求人は1億円以上である(乙第2号証の3)。
乙第10号証は、日本の最大手の香水業者、株式会社わかばの担当者の供述書であり、本件商標の登録出願時には「AngelHeart標章」が周知ではなかったこと、及びコスコ社自体は出願時も現在も周知でないことがわかる(乙第11号証)。
請求人は、「被請求人は、『AngelHeart標章』を被請求人の自社ブランド商品として製造・販売することを企画し、コスコ社もこれを承諾したと主張しているのに対し、コスコ社の元社長であるロザール・ミュフー氏に確認したが、そのような事実はないと述べ、被請求人が日本向けに香りが違うものをコスコ社につくらせた旨を述べているのに対し、請求人は、コスコ社が同一の商品について輸出先によって異なるものを製造したことはないと主張するが、その供述書は提出していない。
被請求人は、自社ブランドとして、「AngelHeart香水」をコスコ社に製造させていた事実をコスコ社の受注書(乙第12号証の1)で示す。これには、「As agreed with Mr.Brakos,all bottles will be filled with She Lilac」の記載があるが、これは、 ドイツの 「AngelHeart香水」の香りがバラ、アイリス、バイオレットなどを主体とした花系(Frord)の香りで、セクシーなイメージ(乙第14号証)なのに対し、被請求人のオリジナル製品を、「She」系統というパイナップル、グレープフルーツ、マンダリンなどの果物系の香りで、フレッシュなイメージにするという趣旨である。
したがって、甲第6号証のレシピ(ドイツの製品)とは中身が異なる(乙第13号証)。そして、香水は、香りを買うものであり、かつ繰り返し購入される商品であることを考えれば、外観や名称以上に中身の香りが生命である。したがって、香りの異なる被請求人のオリジナルブランド「AngelHeart標章」は、コスコ社の「AngelHeart香水」とは全く異なる商品である。のみならず、外箱(透明→赤)、内部のスポンジ台座(灰色→赤)、キャップ(透明→赤)などの点でも異なる(乙第2号証の4)。
そして、コスコ社は、被請求人が日本でこれらをオリジナルブランド品として販売することを了承していた。このことは、コスコ社自身が、このような製品を被請求人の指示により製造、提供していたことに他ならないから、コスコ社から商標権を譲り受けた者が、コスコ社の権利以上のものを主張できない。
被請求人は、引き続きオリジナルブランド製品をコスコ社に製造させようとしていたところ、同社が倒産し、連絡もつかなくなってしまったのでやむなく他社に製造を委託した。
しかし、コスコ社は、日本においてなんらの権利を持っているわけではない。また、被請求人は、ドイツで「AngelHeart標章」を使用するわけではないのだから、コスコ社に承諾を求めたり、ドイツの商標を取得したりする理由はなにもないのである。
そうだとすれば、被請求人が、自社のオリジナル製品の名称について商標権を取得することは、不正の目的になるはずはない。
2 商標法第4条1項7号について
請求人は、本件商標の登録出願は、コスコ社から倒産管財人を通じて正当に権利を継承した請求人の事実を妨害する不当な目的でなされた等と主張しているが、この点は、以下により一目瞭然である。
被請求人は、日本国内においてオリジナルブランドとして、「AngelHeart香水」を販売開始、約千個を販売、品薄感が生じ、追加製造、販売のためコスコ社と交渉を開始(2002年5月〜7月)。コスコ社が倒産し、連絡がつかなくなったため、やむなく第三者に製造委託した。
被請求人は、その製品を宣伝広告にも費用を投じ(月約百万円ないし2百万円)、販売したところ製品の評価が高くなり、2ケ月で約2万5千個を販売(2002年10月〜12月)し、本件商標を登録出願(2003年1月15日)した。
ゲラ氏は、倒産管財人と商標権譲渡契約を締結(他の商標とあわせて対価は、一万ユーロ(約百万円)「AngelHeart標章」の分は半分とすると約50万円)(2003年2月26日)した。
「AngelHeart香水」は、月1万から2万個以上が売れ始め、人気化した(宣伝広告費は月約数十万円から3百万円)(2003年3月〜7月)。
ゲラ氏は、米国で「AngelHeart」の文字よりなる標章を登録出願し、我が国では、有限会社タッチが「AngelHeart」の文字よりなる標章を登録出願(2003年3月)した。「AngelHeart香水」は、1月の販売額が3万個から5万個くらいになった(宣伝広告費は約月5百から1千万円)(2003年8月〜12月)。有限会社タッチの関係者が「AngelHeart標章」で製品販売を開始したので、被請求人はこれに抗議(2003年10月)した。
「AngelHeart香水」は、1月の販売額が2万から5万個くらいになり(宣伝広告費は3月で約3千万円)(2004年1月〜3月)、本件商標が設定登録(2004年4月23日)され、有限会社タッチの関係者が商品の販売を中止した。
このように、本件商標の登録出願は、ゲラ氏の商標取得以前であるから、ゲラ氏の事業を妨害するために商標の登録出願するわけはなく、逆に、ゲラ氏の商標取得の極めて低廉な対価こそ、その目的を推認させ、周知性がないからこその金額ともいえる。また、商標権譲渡契約(乙第17号証)も、コスコ社の倒産管財人の説明も、コスコ社がゲラ氏に譲渡したものは単なるドイツ国の商標権にすぎず(乙第18号証)、日本において被請求人に何らかの権利を主張できる根拠となるものではなく、本件商標の日本における周知性は、被請求人に帰属するものである。
以上の事情を考慮すれば、本件商標の登録は、公序良俗に違反してされたものではない。

第3 当審の判断
1 利害関係について
請求人は、本件商標と類似する「AngelHeart」及び「エンジェルハート」の文字よりなる標章を商標登録出願したが、本件商標を引用商標として拒絶理由通知を受けている。また、請求人は、「AngelHeart標章」を付した香水、化粧品等を我が国で販売するための準備を行っているから、本件商標が無効とされれば、この商標について登録を受け得る立場にあると主張する。
そして、請求人は、これについて争っていないし、上記主張の商願2003-25625の存在によれば、請求人は、本件審判の請求をするにつき利害関係を有するというべきである。
2 商標法第4条第1項第19号について
(1)コスコ社が「AngelHeart香水」を使用した期間
請求人の主張によれば、コスコ社が香水に標章として「AngelHeart」の文字を最初に使用したのは1999年(平成11年)であり、2002年(平成14年)10月に倒産した。その後、コスコ社は、「AngelHeart香水」の製造や販売を停止していたものであるから、同社が香水に「AngelHeart標章」を付して使用した期間は長くても3年といえる。
甲第10号証(「COSKO社 請求書リスト、伝票番号C818658(伝票日付1998年11月30日)、及び伝票番号C819153(伝票日付1998年12月7日)の請求書)によれば、商品名の欄に「AngelHeart EDT 50mlvapo」、「AngelHeart EDT100mlvapo 」といずれも 「AngelHeart」の文字を含む商品名の記載があり、合計約250個(その内の103個は、無料の試供品等と思われる。)の販売数量を認めることができる(甲第10号証)。
また、コスコ社は、1998年(平成10年)11月にも少量ではあるが、「AngelHeart香水」を既に販売していたといえる。
しかしながら、この点を考慮しても、コスコ社が香水に「AngelHeart標章」を使用した期間は、1998年11月より2002年3月迄の期間といえるから、3年を大きく越えることはなく、商標の使用期間としては必ずしも長期とはいえない。
(2)コスコ社の「AngelHeart香水」の販売金額
コスコ社が「AngelHeart標章」を使用して販売した香水の売上は、「期間売上集計 2000年1月1日〜2000年7月30日(甲第10号証)」によると、合計1,105,247ユーロの売上があり、それ以前にも同銘柄の香水の売上が当然あったものと考えられるから、一銘柄の香水として少なくない売上高といえる。
しかしながら、「COSKO社請求書リスト(甲第10号証)」によれば、コスコ社が販売した「AngelHeart香水」は、その売上数量が尻すぼみになっており、しかも、同社は、2002年(平成14年)10月に倒産するに至ったものである。
そうすると、本件商標の登録出願日(平成15年1月15日)、及び登録査定時(同16年3月30日)のコスコ社の「AngelHeart標章」に対する需要者の認知度を判断するにあたって、この売上高を過大に評価することはできない。
(3)「AngelHeart香水」は、コスコ社のものとして我が国の需要者の間に広く認識されていたか
上記(1)及び(2)よりすると、コスコ社は、「AngelHeart香水」を3年程度販売し、倒産前には、自社のウェブサイトに、「AngelHeart香水」を掲載していたといえる(甲第9号証)。
しかしながら、コスコ社は、自社のウェブサイトに「AngelHeart香水」を宣伝していたとしても、自社商品を宣伝することは通常行われる商行為の範囲内といえる。
そうすると、仮に、コスコ社は、ドイツ有数の百貨店や化粧品と香水の専門店と「AngelHeart香水」の取引があったとしても、取引の期間及び扱い量が不明であり、これについても過大に評価することはできない。また、ウェブサイトの打ち出し日も、2004年5月21日及び同22日であるから(甲第11号証)、これをもって、直ちに本件商標の登録出願日(平成15年1月15日)前にウェブサイトに、「AngelHeart香水」を掲載していたと断定することはできない。
してみると、2002年に倒産したコスコ社が、倒産後の2004年に営業活動を行っていたことは不自然であり、仮に、同社が営業活動を行っていたとしても、自社製品の宣伝を行うことは、通常の商行為の範囲内であることも前記のとおりである。
したがって、「AngelHeart標章」は、日本国内又は外国において、本件商標の登録出願日前に需要者の間に広く認識されていたということはできない。
そして、被請求人は、本件商標の登録出願時(平成15年1月15日)及び登録査定時(同16年3月30日)に、「AngelHeart香水」が、コスコ社の商品であることを日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されていたと認めるに足りる証拠を甲第1号証ないし甲第20号証以外に提出していない。
(4)被請求人の本願商標の使用は、不正の目的を有するか
当事者の争いのない事実によれば、コスコ社は、2002年(平成14年)10月に倒産し、その後、同社の「AngelHeart香水」の製造や販売は停止していた(乙第12号証の1、乙第12号証の2)。
被請求人は、2002年(平成14年)3月21日にコスコ社に「AngelHeart香水」を発注し、その受注書には、品目(Item)を「AngelHeart 100ml vapo」及び「AngelHeart EDT Tester 100ml」と記載し、数量(Quant.)を「2,880」及び「350」と記載している(乙第12号証の1)。
被請求人は、「AngelHeart標章」を香水に付して使用しているから、「AngelHeart標章」は、自社ブランドであると主張する。
そして、この点について、上記(1)ないし(3)を併せ考慮すると、「AngelHeart標章」が、被請求人の自社ブランドであるか否かは別にしても、被請求人は、平成14年3月21日当時、「AngelHeart香水」を我が国で販売する意図があった。そして、その後、コスコ社は、平成14年10月に倒産し、同社は、「AngelHeart香水」の製造、販売を停止していたといえる。
そうすると、被請求人は、本件商標を不正の目的をもって登録出願したということはできない。
(5)したがって、本件商標の登録は、商標法第4条第1項第19号に違反してされたものではない。
3 商標法第4条第1項第7号について
被請求人は、前記2のとおり、香水販売事業の一環として、片仮名文字「エンジェルハート」及び欧文字「Angel Heart」を二段書きした本件商標を我が国において登録出願し、商標権を取得したものであるから、このような被請求人の行為が、社会公共の利益に反し、又は社会の一般道徳観念に反し、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあるということはできないというのが相当である。
したがって、本件商標の登録は、商標法第4条第1項第7号に違反してされたものではない。
4 まとめ
以上のとおり、本件商標の登録は、商標法第4条第1項第7及び同第19号に違反してされたものではないから、同法第46条第1項の規定により、その登録を無効とすることはできない。
よって、結論のとおり審決する。
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示)
審理終結日 2005-09-02 
結審通知日 2005-09-07 
審決日 2005-09-29 
出願番号 商願2003-2247(T2003-2247) 
審決分類 T 1 11・ 222- Y (Y03)
T 1 11・ 22- Y (Y03)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 小川 きみえ 
特許庁審判長 野本 登美男
特許庁審判官 三澤 惠美子
中村 謙三
登録日 2004-04-23 
登録番号 商標登録第4766294号(T4766294) 
商標の称呼 エンジェルハート、エンゼルハート 
代理人 岡村 憲佑 
代理人 山崎 和香子 
代理人 佐野 義雄 
代理人 アインゼル・フェリックス=ラインハルト 
代理人 名越 秀夫 
代理人 加藤 義明 
代理人 森本 晋 

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